液体噴射ヘッドの製造方法、液体噴射装置及び圧電素子の製造方法並びに圧電体膜形成用組成物の製造方法
【課題】環境負荷が小さく且つ(100)面に優先配向した圧電体層を有する液体噴射ヘッドの製造方法を提供する。
【解決手段】液体を噴射するノズル開口に連通する圧力発生室と前記圧力発生室に圧力変化を生じさせる圧電素子とを有する液体噴射ヘッドの製造方法であって、(111)面に優先配向している白金からなる白金膜を形成する工程と、前記白金膜上に、Bi、La、Fe、Mnを含み、少なくともLaを含有する有機金属化合物のキシレン溶液及びFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液を混合して得られる圧電体膜形成用組成物により圧電体前駆体膜を形成する工程と、前記圧電体前駆体膜を焼成することにより圧電体層を形成する工程と、前記圧電体層上に電極を形成する工程とを有する。
【解決手段】液体を噴射するノズル開口に連通する圧力発生室と前記圧力発生室に圧力変化を生じさせる圧電素子とを有する液体噴射ヘッドの製造方法であって、(111)面に優先配向している白金からなる白金膜を形成する工程と、前記白金膜上に、Bi、La、Fe、Mnを含み、少なくともLaを含有する有機金属化合物のキシレン溶液及びFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液を混合して得られる圧電体膜形成用組成物により圧電体前駆体膜を形成する工程と、前記圧電体前駆体膜を焼成することにより圧電体層を形成する工程と、前記圧電体層上に電極を形成する工程とを有する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電体層と電極とが設けられた圧電素子を有する液体噴射ヘッドの製造方法、液体噴射装置及び圧電素子の製造方法並びに圧電体膜形成用組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子としては、電気的機械変換機能を呈する圧電材料、例えば、結晶化した誘電材料からなる圧電体層を、2つの電極で挟んで構成されたものがある。このような圧電素子は、例えば撓み振動モードのアクチュエーター装置として液体噴射ヘッドに搭載される。液体噴射ヘッドの代表例としては、例えば、インク滴を吐出するノズル開口と連通する圧力発生室の一部を振動板で構成し、この振動板を圧電素子により変形させて圧力発生室のインクを加圧してノズル開口からインク滴として吐出させるインクジェット式記録ヘッドがある。このようなインクジェット式記録ヘッドに搭載される圧電素子は、例えば、振動板の表面全体に亘って成膜技術により均一な圧電材料層を形成し、この圧電材料層をリソグラフィー法により圧力発生室に対応する形状に切り分けて圧力発生室毎に独立するように圧電素子を形成したものがある。
【0003】
このような圧電素子に用いられる圧電材料として、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が挙げられる(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−223404号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前述したチタン酸ジルコン酸鉛には鉛が多量に含まれているため、環境問題の観点から、鉛の含有量を抑制した圧電材料が求められている。そして、鉛を含有しない圧電材料としては、例えばABO3で示されるペロブスカイト構造を有するBiFeO3などがある。
【0006】
ここで、圧電体層の結晶の配向が、変位量や安定性などの液体噴射特性に影響すると考えられており、圧電体層を所望の配向にすることが望まれているが、BiFeO3系の圧電材料は、電極材料として使用する白金やイリジウム等の貴金属上で配向膜になり難いという問題がある。なお、このような問題はインクジェット式記録ヘッドに代表される液体噴射ヘッドに限定されず、他の装置に搭載されるアクチュエーター装置等の圧電素子においても同様に存在する。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑み、環境負荷が小さく且つ(100)面に優先配向した圧電体層を有する液体噴射ヘッドの製造方法、液体噴射装置及び圧電素子の製造方法並びに圧電体膜形成用組成物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する本発明の態様は、液体を噴射するノズル開口に連通する圧力発生室と前記圧力発生室に圧力変化を生じさせる圧電素子とを有する液体噴射ヘッドの製造方法であって、(111)面に優先配向している白金からなる白金膜を形成する工程と、前記白金膜上に、Bi、La、Fe、Mnを含み、少なくともLaを含有する有機金属化合物のキシレン溶液及びFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液を混合して得られる圧電体膜形成用組成物により圧電体前駆体膜を形成する工程と、前記圧電体前駆体膜を焼成することにより圧電体層を形成する工程と、前記圧電体層上に電極を形成する工程と、を有することを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法にある。
かかる態様では、Bi、La、Fe、Mnを含み、少なくともLaを含有する有機金属化合物のキシレン溶液及びFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液を混合して得られる圧電体膜形成用組成物を用いて(111)面に優先配向している白金からなる白金膜上に圧電体層を形成することにより、圧電体層を(100)面に優先配向させることができる。また、圧電体層の鉛の含有量を抑えられるため環境への負荷を低減できる。なお、「(100)面に優先配向している」とは、全ての結晶が(100)面に配向している場合と、ほとんどの結晶(例えば、90%以上)が(100)面に配向している場合とを含むものである。同様に、「(111)面に優先配向している」とは、全ての結晶が(111)面に配向している場合と、ほとんどの結晶(例えば、90%以上)が(111)面に配向している場合とを含むものである。
【0009】
また、前記(111)面に優先配向している白金からなる白金膜を形成する工程では、チタンからなるチタン膜上に前記白金膜を形成し、前記圧電体前駆体膜を焼成することにより圧電体層を形成する工程は不活性ガス雰囲気中で行うことが好ましい。これによれば、環境への負荷が低減され且つ(100)面に優先配向した圧電体層を有する液体噴射ヘッドを容易に製造することができる。
【0010】
そして、前記圧電体膜形成用組成物は、Biを含有する有機金属化合物のオクタン溶液又はキシレン溶液、及び、Mnを含有する有機金属化合物のオクタン溶液又はキシレン溶液を混合して得られるものであることが好ましい。これによれば、BiやMnを含有する有機金属化合物のオクタン溶液やキシレン溶液を混合した圧電体膜形成用組成物を用いて、環境への負荷が低減され且つ(100)面に優先配向した圧電体層を製造することができる。例えば、Biを含有する有機金属化合物のオクタン溶液及びMnを含有する有機金属化合物のオクタン溶液を混合した圧電体膜形成用組成物を用いることにより、環境への負荷が低減され且つ(100)面に優先配向した圧電体層を形成でき、さらに、圧電体膜形成用組成物の保存安定性及び濡れ性が良好になり、圧電体前駆体膜の塗布ムラを抑制することができる。
【0011】
また、前記圧電体前駆体膜形成用組成物は、ジエタノールアミンを含んでいてもよく、例えば、前記Laを含有する有機金属化合物のキシレン溶液が、ジエタノールアミンを含んでいてもよい。これによれば、環境への負荷が低減され且つ(100)面に優先配向した圧電体層を形成でき、そして、形成される圧電体前駆体膜を厚くすることができるため製造コストを抑制することができる。
【0012】
本発明の他の態様は、上記態様の液体噴射ヘッドの製造方法により製造された液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置にある。これによれば、環境への負荷が低減され且つ(100)面に優先配向した圧電体層を有する液体噴射装置となる。
【0013】
また、本発明の他の態様は、(111)面に優先配向している白金からなる白金膜を形成する工程と、前記白金膜上に、Bi、La、Fe、Mnを含み、少なくともLaを含有する有機金属化合物のキシレン溶液及びFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液を混合して得られる圧電体膜形成用組成物により圧電体前駆体膜を形成する工程と、前記圧電体前駆体膜を焼成することにより圧電体層を形成する工程と、前記圧電体層上に電極を形成する工程と、を有することを特徴とする圧電素子の製造方法にある。これによれば、Bi、La、Fe、Mnを含み少なくともLaを含有する有機金属化合物のキシレン溶液及びFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液を混合して得られる圧電体膜形成用組成物を用いて(111)面に優先配向している白金からなる白金膜上に圧電体層を形成することにより、圧電体層を(100)面に優先配向させることができる。また、圧電体層の鉛の含有量を抑えられるため環境への負荷を低減できる。
【0014】
本発明の他の態様は、Laを含有する有機金属化合物のキシレン溶液、Feを含有する有機金属化合物のキシレン溶液、Biを含有する有機金属化合物の溶液及びFeを含有する有機金属化合物の溶液を混合することを特徴とする圧電体膜形成用組成物の製造方法にある。この製造方法により製造された圧電体膜形成用組成物を用いることにより、(100)面に優先配向した圧電体層を形成することができる。また、鉛の含有量を抑えられるため環境への負荷を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施形態1に係る記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図である。
【図2】実施形態1に係る記録ヘッドの平面図である。
【図3】実施形態1に係る記録ヘッドの断面図である。
【図4】サンプル1のP−V曲線を表す図である。
【図5】サンプル2のP−V曲線を表す図である。
【図6】サンプル3のP−V曲線を表す図である。
【図7】サンプル4のP−V曲線を表す図である。
【図8】サンプル5のP−V曲線を表す図である。
【図9】サンプル6のP−V曲線を表す図である。
【図10】サンプル7のP−V曲線を表す図である。
【図11】サンプル8のP−V曲線を表す図である。
【図12】サンプル9のP−V曲線を表す図である。
【図13】サンプル10のP−V曲線を表す図である。
【図14】サンプル11のP−V曲線を表す図である。
【図15】サンプル12のP−V曲線を表す図である。
【図16】サンプル13のP−V曲線を表す図である。
【図17】サンプル14のP−V曲線を表す図である。
【図18】サンプル15のP−V曲線を表す図である。
【図19】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図20】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図21】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図22】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図23】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図24】実施例1〜2及び比較例1〜2のX線回折パターンを示す図である。
【図25】実施例1〜2及び比較例3〜4のX線回折パターンを示す図である。
【図26】実施例4及び実施例5のX線回折パターンを示す図である。
【図27】実施例1〜2及び比較例1〜2の断面及び表面を観察したSEM写真である。
【図28】実施例1及び比較例3の断面及び表面を観察したSEM写真である。
【図29】実施例4及び実施例5の断面及び表面を観察したSEM写真である。
【図30】実施例1〜2及び比較例1〜2のTG測定結果を示す図である。
【図31】実施例1及び比較例3のTG測定結果を示す図である。
【図32】実施例1〜2及び比較例1のP−V曲線を示す図である。
【図33】実施例1及び比較例3のP−V曲線を示す図である。
【図34】実施例4及び実施例5のP−V曲線を示す図である。
【図35】本発明の一実施形態に係る記録装置の概略構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(実施形態1)
図1は、本発明の実施形態1に係る製造方法によって製造される液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図であり、図2は図1の平面図であり、図3は図2のA−A′断面図である。図1〜図3に示すように、本実施形態の流路形成基板10は、シリコン単結晶基板からなり、その一方の面には二酸化シリコンからなる弾性膜50が形成されている。
【0017】
流路形成基板10には、複数の圧力発生室12がその幅方向に並設されている。また、流路形成基板10の圧力発生室12の長手方向外側の領域には連通部13が形成され、連通部13と各圧力発生室12とが、各圧力発生室12毎に設けられたインク供給路14及び連通路15を介して連通されている。連通部13は、後述する保護基板のマニホールド部31と連通して各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールドの一部を構成する。インク供給路14は、圧力発生室12よりも狭い幅で形成されており、連通部13から圧力発生室12に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。なお、本実施形態では、流路の幅を片側から絞ることでインク供給路14を形成したが、流路の幅を両側から絞ることでインク供給路を形成してもよい。また、流路の幅を絞るのではなく、厚さ方向から絞ることでインク供給路を形成してもよい。本実施形態では、流路形成基板10には、圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15からなる液体流路が設けられていることになる。
【0018】
また、流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズルプレート20が、接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、例えば、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼等からなる。
【0019】
一方、このような流路形成基板10の開口面とは反対側には、上述したように弾性膜50が形成され、この弾性膜50上には、酸化ジルコニウムからなる絶縁体膜55が形成されている。
【0020】
さらに、この絶縁体膜55上には、第1電極60と、厚さが例えば2μm以下、好ましくは0.3〜1μmの薄膜である圧電体層70と、第2電極80とが、積層形成されて、圧電素子300を構成している。ここで、圧電素子300は、第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子300の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層70を各圧力発生室12毎にパターニングして構成する。本実施形態では、第1電極60を圧電素子300の共通電極とし、第2電極80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。また、ここでは、圧電素子300と当該圧電素子300の駆動により変位が生じる振動板とを合わせてアクチュエーター装置と称する。なお、上述した例では、弾性膜50、絶縁体膜55及び第1電極60が振動板として作用するが、勿論これに限定されるものではなく、例えば、弾性膜50や絶縁体膜55を設けなくてもよい。また、圧電素子300自体が実質的に振動板を兼ねるようにしてもよい。
【0021】
本実施形態においては、第1電極60は(111)面に優先配向している白金を含むものである。そして、本実施形態においては、圧電体層70は、詳しくは後述する所定の圧電体膜形成用組成物を用いて作成されたものであり、ビスマス(Bi)、ランタン(La)、鉄(Fe)及びマンガン(Mn)を含む圧電材料、すなわち、鉄マンガン酸ビスマスランタンを含むペロブスカイト型構造の複合酸化物である。なお、ペロブスカイト型構造、すなわち、ABO3型構造のAサイトは酸素が12配位しており、また、Bサイトは酸素が6配位して8面体(オクタヘドロン)をつくっており、このAサイトにBi及びLaが、BサイトにFe及びMnが位置している。
【0022】
また、圧電体層70は、後述する所定の圧電体膜形成用組成物を用いて作成されたものであるので、後述する試験例に示すように、結晶が(100)面に優先配向し、密な膜となっており、また、圧電素子300は良好なヒステリシス特性を有し、インクジェット式記録ヘッドの圧力発生手段として良好なものである。
【0023】
また、ビスマス(Bi)、ランタン(La)、鉄(Fe)及びマンガン(Mn)を含む圧電体層70は、下記一般式(1)で表される組成比であることが好ましい。下記一般式(1)で表される組成比とすることで、圧電体層70を強誘電体とすることができる。このように、強誘電体であるものを圧電体層70とすると、歪み量の制御が容易になるため、例えば圧電素子を液体噴射ヘッド等に用いた場合、吐出するインク滴サイズ等を容易に制御できる。なお、Bi、La、Fe及びMnを含むペロブスカイト型構造の複合酸化物は、その組成比によって、強誘電体、反強誘電体、常誘電体という異なる特性を示した。下記一般式(1)の組成比を変えた圧電素子(サンプル1〜18)を作成し、25V又は30Vの三角波を印加して、P(分極量)−V(電圧)の関係を求めた結果をそれぞれ図4〜18に、また組成を表1に示す。なお、サンプル16〜18はリークが大きすぎて測定することができず、圧電材料としては使用できないものであった。図4〜図14に示すように、0.10≦x≦0.20,0.01≦y≦0.09の範囲であるサンプル1〜11では、強誘電体に特徴的なヒステリシスループ形状が観測された。したがって、サンプル1〜11は、歪み量が印加電圧に対して直線的に変化するため、歪み量の制御が容易である。一方、下記一般式(1)において0.10≦x≦0.20,0.01≦y≦0.09の範囲外であるサンプル12〜14は、図15〜17に示すように反強誘電体に特徴的な正の電界方向と負の電界方向で2つのヒステリシスループ形状を持つダブルヒステリシスが観測されたため反強誘電体であり、サンプル15は図18に示すように常誘電体であり、また、サンプル16〜18は上述したようにリークが大きすぎで圧電材料としては使用できないものであり、サンプル12〜18のいずれも強誘電体ではなかった。
(Bi1-x,Lax)(Fe1-y,Mny)O3 (1)
(0.10≦x≦0.20,0.01≦y≦0.09)
【0024】
【表1】
【0025】
ここで、自発分極が互い違いに並んでいる物質である反強誘電体、すなわち、電界誘起相転移を示すものを圧電体層とした場合、一定印加電圧以上で電界誘起相転移を示し、大きな歪みを発現するため、強誘電体を超える大きな歪みを得ることが可能であるが、一定電圧以下では駆動せず、歪み量も電圧に対して直線的に変化しない。なお、電界誘起相転移とは、電場によって起こる相転移であり、反強誘電相から強誘電相への相転移や、強誘電相から反強誘電相への相転移を意味する。そして、強誘電相とは、分極軸が同一方向に並んでいる状態であり、反強誘電相とは分極軸が互い違いに並んでいる状態である。例えば、反強誘電相から強誘電相への相転移は、反強誘電相の互い違いに並んでいる分極軸が180度回転することにより分極軸が同一方向になって強誘電相になることであり、このような電界誘起相転移によって格子が膨張又は伸縮して生じる歪みが、電界誘起相転移により生じる相転移歪みである。このような電界誘起相転移を示すものが反強誘電体であり、換言すると、電場のない状態では分極軸が互い違いに並んでおり、電場により分極軸が回転して同一方向に並ぶものが反強誘電体である。このような反強誘電体は、反強誘電体の分極量Pと電圧Vの関係を示すP−V曲線において、正の電界方向と負の電界方向で2つのヒステリシスループ形状を持つダブルヒステリシスとなる。そして、分極量が急激に変化している領域が、強誘電相から反強誘電相への相転移や、反強誘電相から強誘電相への相転移している箇所である。
【0026】
一方、強誘電体は、反強誘電体のようにP−V曲線がダブルヒステリシスとはならず、分極方向を一方向に揃えることで歪み量が印加電圧に対して直線的に変化する。したがって、歪み量の制御が容易なので吐出させる液滴サイズ等の制御も容易であり、微振動を発生させる小振幅振動及び大きな排除体積を発生させる大振幅振動の両者を一つの圧電素子により発生させることができる。
【0027】
そして、圧電体層70は、粉末X線回折測定した際、該回折パターンにおいて、強誘電性を示す相(強誘電相)に帰属される回折ピークと、反強誘電性を示す相(反強誘電相)に帰属される回折ピークが同時に観測されることが好ましい。このように、強誘電性を示す相に帰属される回折ピークと、反強誘電性を示す相に帰属される回折ピークが同時に観測される、すなわち、反強誘電相と強誘電相の組成相境界(M.P.B.)である圧電体層70とすると、歪み量の大きな圧電素子とすることができる。また、圧電体層70は、上記一般式(1)において、0.17≦x≦0.20であることが好ましく、更に好ましくは、0.19≦x≦0.20である。この範囲では、粉末X線回折測定した際に、強誘電性を示す相(強誘電相)に帰属される回折ピークと、反強誘電性を示す相(反強誘電相)に帰属される回折ピークが同時に観測され反強誘電相と強誘電相を同時に示す。したがって、反強誘電相と強誘電相のM.P.B.であるため、歪み量の大きな圧電素子とすることができる。
【0028】
このような圧電素子300の個別電極である各第2電極80には、インク供給路14側の端部近傍から引き出され、絶縁体膜55上にまで延設される、例えば、金(Au)等からなるリード電極90が接続されている。
【0029】
このような圧電素子300が形成された流路形成基板10上、すなわち、第1電極60及びリード電極90上には、マニホールド100の少なくとも一部を構成するマニホールド部31を有する保護基板30が接着剤35を介して接合されている。このマニホールド部31は、本実施形態では、保護基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の幅方向に亘って形成されており、上述のように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールド100を構成している。また、流路形成基板10の連通部13を圧力発生室12毎に複数に分割して、マニホールド部31のみをマニホールドとしてもよい。さらに、例えば、流路形成基板10に圧力発生室12のみを設け、流路形成基板10と保護基板30との間に介在する部材(例えば、弾性膜50、絶縁体膜55等)にマニホールドと各圧力発生室12とを連通するインク供給路14を設けるようにしてもよい。
【0030】
また、保護基板30の圧電素子300に対向する領域には、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有する圧電素子保持部32が設けられている。圧電素子保持部32は、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有していればよく、当該空間は密封されていても、密封されていなくてもよい。
【0031】
このような保護基板30としては、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料、例えば、ガラス、セラミック材料等を用いることが好ましく、本実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
【0032】
また、保護基板30には、保護基板30を厚さ方向に貫通する貫通孔33が設けられている。そして、各圧電素子300から引き出されたリード電極90の端部近傍は、貫通孔33内に露出するように設けられている。
【0033】
また、保護基板30上には、並設された圧電素子300を駆動するための駆動回路120が固定されている。この駆動回路120としては、例えば、回路基板や半導体集積回路(IC)等を用いることができる。そして、駆動回路120とリード電極90とは、ボンディングワイヤー等の導電性ワイヤーからなる接続配線121を介して電気的に接続されている。
【0034】
また、このような保護基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。ここで、封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料からなり、この封止膜41によってマニホールド部31の一方面が封止されている。また、固定板42は、比較的硬質の材料で形成されている。この固定板42のマニホールド100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、マニホールド100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0035】
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIでは、図示しない外部のインク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、マニホールド100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、駆動回路120からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの第1電極60と第2電極80との間に電圧を印加し、弾性膜50、絶縁体膜55、第1電極60及び圧電体層70をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0036】
次に、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドの製造方法の一例について、図19〜図23を参照して説明する。なお、図19〜図23は、圧力発生室の長手方向の断面図である。
【0037】
まず、図19(a)に示すように、シリコンウェハーである流路形成基板用ウェハー110の表面に弾性膜50を構成する二酸化シリコン(SiO2)等からなる二酸化シリコン膜を熱酸化等で形成する。次いで、図19(b)に示すように、弾性膜50上に、酸化ジルコニウムからなる絶縁体膜55を反応性スパッタ法や熱酸化等で形成する。次に、絶縁体膜55上に、チタン等からなる密着層56を、DCスパッタ法やイオンスパッタ法等で形成する。
【0038】
次に、図20(a)に示すように、密着層56上に、(111)面に優先配向した白金からなる白金膜57をスパッタリング法等により全面に形成する。この白金膜57が第1電極60となる。
【0039】
次いで、白金膜57上に、圧電体層70を積層する。圧電体層70は、MOD(Metal-Organic Decomposition)法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いて形成できる。具体的には、所定の圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)により圧電体前駆体膜を形成し、圧電体前駆体膜を焼成して結晶化させることにより、圧電体層70を形成できる。
【0040】
そして、本発明においては、圧電体膜形成用組成物は、Bi、La、Fe、Mnを含むものであって、少なくともLaを含有する有機金属化合物のキシレン溶液及びFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液を混合して得られるものである。具体的には、Laを含有する有機金属化合物をキシレンを含む溶媒に溶解又は分散させた溶液、Feを含有する有機金属化合物をキシレンを含む溶媒に溶解又は分散させた溶液、Biを含有する有機金属化合物を有機溶媒に溶解又は分散させた溶液、及び、Mnを含有する有機金属化合物を有機溶媒に溶解又は分散させた溶液を原料溶液とし、これら原料溶液を混合することにより得られるゾルやMOD溶液(前駆体溶液)等である。
【0041】
このように、Laの原料溶液及びFeの原料溶液の溶媒をキシレンを含むもの(例えばキシレンが60質量%以上)とすることにより、(100)面に結晶が優先配向し、Bi、La、Fe及びMnを含有したペロブスカイト型構造の圧電材料からなる圧電体層70を製造することができる。一方、Laの原料溶液及びFeの原料溶液の溶媒がキシレンを含まない場合は、圧電体層を(100)面に優先配向させることはできず、例えば、Laの原料溶液及びFeの原料溶液の溶媒をオクタンやブタノール等とすると、(100)面と(111)面に結晶が配向したランダムな圧電体層となり、良好なヒステリシス特性を有さない圧電素子となる。ここで重要なのは、Laの原料溶液及びFeの原料溶液の溶媒がキシレンを含んでいることであり、例えばBiの原料溶液やMnの原料溶液の溶媒としてキシレンを用い、各元素の原料溶液を混合した混合溶液全体としてキシレンを含むものとなっていたとしても、Laの原料溶液及びFeの原料溶液の溶媒がキシレンを含まない場合は、後述する比較例に示すように、圧電体層を(100)面に優先配向したものとすることはできない。このように、Laの原料溶液やFeの原料溶液の溶媒により製造される圧電体層の配向が異なる機構は不明だが、キシレンを含む溶媒とした場合とキシレンを含まない場合とで、LaやFeの形態が異なるためと推測される。なお、Bi、La、FeやMnの各原料溶液の金属濃度は特に限定されないが、例えば、2〜20質量%程度とすればよい。また、Biの原料溶液、Laの原料溶液、Feの原料溶液及びMnの原料溶液の混合割合は特に限定されず、Bi、La、Fe及びMnが所望のモル比となるように混合すればよいが、例えば、Biの原料溶液:Laの原料溶液:Feの原料溶液:Mnの原料溶液=30〜45:5〜20:45〜55:0.5〜4(体積比,原料が同一のモル濃度である場合)程度とすればよい。
【0042】
また、BiやMnを含有する有機金属化合物の溶液の溶媒、すなわち、Biの原料溶液の溶媒や、Mnの原料溶液の溶媒としては、例えば、オクタン、キシレンやこれらの混合溶媒が挙げられるが、オクタンを含むことが好ましい。BiやMnの原料溶液の溶媒としてオクタンを用いると、圧電体膜形成用組成物の保存安定性が良好になり、また、形成される圧電体前駆体膜の塗布ムラも生じず、均一な厚さの圧電体層70を形成することができるためである。
【0043】
また、圧電体膜形成用組成物に、ジエタノールアミンを含有させてもよい。ジエタノールアミンを含有すると、形成される圧電体前駆体膜を厚くできる。したがって、複数の圧電体前駆体膜を積層して圧電体層70を形成する場合に、圧電体前駆体膜の積層回数が少なくても比較的厚い圧電体層70を製造することができるため、製造コストを抑制することができる。
【0044】
また、圧電体膜形成用組成物に、ポリエチレングリコールを含有させてもよい。ポリエチレングリコールを含有すると、形成される圧電体層70のクラックの発生を抑制することができる。
【0045】
ジエタノールアミンやポリエチレングリコールは、原料溶液、例えば、Laを含有する有機金属化合物のキシレン溶液に含有させてもよく、また、Bi、La、Fe、Mnの原料溶液を混合して得た混合溶液に添加するようにしてもよい。ジエタノールアミンやポリエチレングリコールの配合割合は特に限定されないが、Laの原料溶液やFeの原料溶液、すなわち、Laを含有する有機金属化合物のキシレン溶液やFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液に含有させる場合は、それぞれ、キシレンの含有割合が各原料溶液の溶媒に対して60質量%以上となるようにすることが好ましい。また、Bi、La、Fe、Mnの原料溶液を混合して得られる混合溶液に、ジエタノールアミンやポリエチレングリコールを添加する場合は、混合溶液:ジエタノールアミンまたはポリエチレングリコール=100:1〜10(体積比)程度とすればよい。なお、圧電体膜形成用組成物にジエタノールアミンやポリエチレングリコールを含有させても、圧電体層70の結晶の(100)面優先配向や緻密性を維持できる。また、このジエタノールアミンやポリエチレングリコールは、原料溶液の溶媒と同様に、焼成する際に消失し、圧電体層70には残存しないものである。
【0046】
Bi、La、Fe、Mnをそれぞれ含有する有機金属化合物としては、例えば、金属アルコキシド、有機酸塩、βジケトン錯体などを用いることができる。Biを含む有機金属化合物としては、例えば2−エチルヘキサン酸ビスマスなどが挙げられる。Laを含む有機金属化合物としては、2−エチルヘキサン酸ランタンなどが挙げられる。Feを含む有機金属化合物としては、例えば2−エチルヘキサン酸鉄などが挙げられる。Mnを含む有機金属化合物としては、例えば2−エチルヘキサン酸マンガンなどが挙げられる。勿論、Bi、La、FeやMnを2種以上含有する有機金属化合物を用いてもよい。
【0047】
圧電体層70の具体的な形成手順例としては、まず、図20(b)に示すように、白金膜57上に、上記圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)を、スピンコート法、ディップコート法、インクジェット法等を用いて、塗布して圧電体前駆体膜71を形成する(塗布工程)。
【0048】
次いで、この圧電体前駆体膜71を所定温度に加熱して一定時間乾燥させる(乾燥工程)。次に、乾燥した圧電体前駆体膜71を所定温度に加熱して一定時間保持することによって脱脂する(脱脂工程)。なお、ここで言う脱脂とは、圧電体前駆体膜71に含まれる有機成分を、例えば、NO2、CO2、H2O等として離脱させることである。乾燥工程や脱脂工程の雰囲気は限定されず、大気中でも不活性ガス中でもよい。
【0049】
次に、図20(c)に示すように、不活性ガス雰囲気中で、圧電体前駆体膜71を所定温度、例えば600〜800℃程度に加熱して一定時間保持することによって結晶化させ、圧電体膜72を形成する(焼成工程)。ここで、不活性ガス雰囲気とは、ヘリウム、アルゴン等の希ガス、窒素ガス等の不活性ガスや、これらの混合ガス雰囲気である。加熱装置内を不活性ガスで置換した状態でも、加熱装置内に不活性ガスをフローさせた状態でもよい。また、不活性ガス濃度は100%でなくてもよく、例えば、酸素濃度が20%未満である。この焼成工程を不活性ガス雰囲気中で行わない場合は、圧電体層70を(100)面に優先配向させることはできない。
【0050】
なお、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置やホットプレート等が挙げられる。
【0051】
次に、図21(a)に示すように、圧電体膜72上に所定形状のレジスト(図示無し)をマスクとして第1電極60及び圧電体膜72の1層目をそれらの側面が傾斜するように同時にパターニングする。
【0052】
次いで、レジストを剥離した後、上述した塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程や、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返して複数の圧電体膜72からなる圧電体層70を形成することで、図21(b)に示すように複数層の圧電体膜72からなる所定厚さの圧電体層70を形成する。例えば、塗布溶液の1回あたりの膜厚が0.1μm程度の場合には、例えば、10層の圧電体膜72からなる圧電体層70全体の膜厚は約1.1μm程度となる。なお、本実施形態では、圧電体膜72を積層して設けたが、1層のみでもよい。
【0053】
なお、圧電体前駆体膜71を結晶化する工程を経る際に、焼成条件等によっては、白金からなる白金膜57は、白金を含み、チタンの拡散の程度によってはチタンや酸化チタンも含む白金層となる。また、拡散したチタンにより、白金層と圧電体層70との間に、酸化チタンを含む層が形成される場合がある。また、白金層の流路形成基板10側に、拡散しなかったチタンにより、酸化チタンを含む層が形成される場合がある。これらの酸化チタンを含む層は、完全な層状に限らず、例えばアイランド状となる場合がある。
【0054】
このように圧電体層70を形成した後は、図22(a)に示すように、圧電体層70上に白金等からなる第2電極80をスパッタリング法等で形成し、各圧力発生室12に対向する領域に圧電体層70及び第2電極80を同時にパターニングして、第1電極60と圧電体層70と第2電極80からなる圧電素子300を形成する。なお、圧電体層70と第2電極80とのパターニングでは、所定形状に形成したレジスト(図示なし)を介してドライエッチングすることにより一括して行うことができる。その後、必要に応じて、600℃〜700℃の温度域でポストアニールを行ってもよい。これにより、圧電体層70と第1電極60や第2電極80との良好な界面を形成することができ、かつ、圧電体層70の結晶性を改善することができる。
【0055】
次に、図22(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の全面に亘って、例えば、金(Au)等からなるリード電極90を形成後、例えば、レジスト等からなるマスクパターン(図示なし)を介して各圧電素子300毎にパターニングする。
【0056】
次に、図22(c)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の圧電素子300側に、シリコンウェハーであり複数の保護基板30となる保護基板用ウェハー130を接着剤35を介して接合した後に、流路形成基板用ウェハー110を所定の厚さに薄くする。
【0057】
次に、図23(a)に示すように、流路形成基板用ウェハー110上に、マスク膜52を新たに形成し、所定形状にパターニングする。
【0058】
そして、図23(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110をマスク膜52を介してKOH等のアルカリ溶液を用いた異方性エッチング(ウェットエッチング)することにより、圧電素子300に対応する圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15等を形成する。
【0059】
その後は、流路形成基板用ウェハー110及び保護基板用ウェハー130の外周縁部の不要部分を、例えば、ダイシング等により切断することによって除去する。そして、流路形成基板用ウェハー110の保護基板用ウェハー130とは反対側の面のマスク膜52を除去した後にノズル開口21が穿設されたノズルプレート20を接合すると共に、保護基板用ウェハー130にコンプライアンス基板40を接合し、流路形成基板用ウェハー110等を図1に示すような一つのチップサイズの流路形成基板10等に分割することによって、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIとする。
【実施例】
【0060】
以下、実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0061】
(実施例1)
(圧電体膜形成用組成物の作成)
2−エチルヘキサン酸ビスマスの12質量%オクタン溶液、2−エチルヘキサン酸ランタンの2質量%キシレン溶液、2−エチルヘキサン酸鉄の5質量%キシレン溶液、2−エチルヘキサン酸マンガンの5質量%オクタン溶液を、体積比で29:35:35:1の割合で混合して、圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)を調製した。
【0062】
(圧電素子の作成)
まず、単結晶シリコン基板の表面に熱酸化により二酸化シリコン膜を形成した。次に、二酸化シリコン膜上にスパッタ法により膜厚400nmの酸化ジルコニウム膜を形成した。次いで、酸化ジルコニウム膜上に、スパッタ法により膜厚20nmのチタン膜を形成した。次に、チタン膜上にスパッタ法により膜厚130nmの白金膜を形成した。
【0063】
次いで、白金膜上に圧電体層をスピンコート法により形成した。その手法は以下のとおりである。まず、上記圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)を白金膜が形成された上記基板上に滴下し、最初は500rpmで5秒間、次に、1500rpmで30秒基板を回転させて圧電体前駆体膜を形成した(塗布工程)。次に、大気中、150℃で2分間、350℃で4分間乾燥・脱脂を行った(乾燥及び脱脂工程)。この塗布工程・乾燥及び脱脂工程を3回繰り返した後に、加熱装置内を5L/分の流量の窒素でフローしたRapid Thermal Annealing (RTA)で650℃、2分間焼成を行った(焼成工程)。この塗布工程・乾燥及び脱脂工程を3回繰り返した後に一括して焼成する焼成工程を行う工程を4回繰り返し、その後、加熱装置内を5L/分の流量の窒素でフローしたRTAで650℃、5分間焼成を行うことで、計12回の塗布により圧電体層を形成した。なお、圧電体層は、全体で厚さ480nmであった。
【0064】
その後、圧電体層上に、第2電極としてスパッタ法により膜厚100nmの白金膜を形成した後、加熱装置内を5L/分の流量の窒素でフローしたRTAで650℃、5分間焼成を行うことで、x=0.19、y=0.03の上記一般式(1)で表されるペロブスカイト構造を有する複合酸化物を圧電体層とする圧電素子を形成した。
【0065】
(実施例2)
2−エチルヘキサン酸ランタンの2質量%キシレン溶液の代わりに、2−エチルヘキサン酸ランタンの5質量%キシレンとアミルアルコールとジエタノールアミンとの混合溶媒溶液(キシレン:アミルアルコール:ジエタノールアミン=70:25:5(質量比))を用いた以外は、実施例1と同様にして、圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)を調製した。また、実施例1と同様にして、単結晶シリコン基板上に順に二酸化シリコン膜、酸化ジルコニウム膜、チタン膜及び白金膜を形成した。次いで、白金膜上に圧電体層をスピンコート法により形成した。その手法は以下のとおりである。まず、上記圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)を白金膜が形成された上記基板上に滴下し、最初は500rpmで5秒間、次に、1500rpmで30秒基板を回転させて圧電体前駆体膜を形成した(塗布工程)。次に、大気中、150℃で2分間、350℃で4分間乾燥・脱脂を行った(乾燥及び脱脂工程)。この塗布工程・乾燥及び脱脂工程を2回繰り返した後に、加熱装置内を5L/分の流量の窒素でフローしたRapid Thermal Annealing (RTA)で650℃、2分間焼成を行った(焼成工程)。この塗布工程・乾燥及び脱脂工程を2回繰り返した後に一括して焼成する焼成工程を行う工程を3回繰り返し、その後、加熱装置内を5L/分の流量の窒素でフローしたRTAで650℃、5分間焼成を行うことで、計6回の塗布により圧電体層を形成した。なお、圧電体層の厚さは、450nmであった。
【0066】
(実施例3)
2−エチルヘキサン酸ビスマスの12質量%オクタン溶液の代わりに2−エチルヘキサン酸ビスマスの12質量%キシレン溶液を用い、2−エチルヘキサン酸マンガンの5質量%オクタン溶液の代わりに2−エチルヘキサン酸マンガンの5質量%キシレン溶液を用いた以外は、実施例1と同様にして、圧電素子を形成した。なお、圧電体層の厚さは、480nmであった。
【0067】
(実施例4)
実施例1の圧電体膜形成用組成物に、ジエタノールアミンを、実施例1の圧電体膜形成用組成物:ジエタノールアミン=95:5(体積比)となるように添加し、実施例4の圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)とした。そして、この圧電体膜形成用組成物を用いて、実施例1と同様の方法で、圧電素子を形成した。なお、圧電体層の厚さは、570nmであった。
【0068】
(実施例5)
実施例1の圧電体膜形成用組成物に、ポリエチレングリコール(分子量400)を、実施例1の圧電体膜形成用組成物:ポリエチレングリコール=97.5:2.5(体積比)となるように添加し、実施例5の圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)とした。そして、この圧電体膜形成用組成物を用いて、実施例1と同様の方法で、圧電素子を形成した。なお、圧電体層の厚さは、480nmであった。
【0069】
(比較例1)
2−エチルヘキサン酸ランタンの2質量%キシレン溶液の代わりに、2−エチルヘキサン酸ランタンの2質量%のオクタン溶液を用いた以外は、実施例1と同様にして、圧電素子を形成した。なお、圧電体層の厚さは、600nmであった。
【0070】
(比較例2)
2−エチルヘキサン酸ランタンの2質量%キシレン溶液の代わりに、2−エチルヘキサン酸ランタンの3質量%のブタノール溶液を用いた以外は、実施例1と同様にして、圧電素子を形成した。なお、圧電体層の厚さは、630nmであった。
【0071】
(比較例3)
2−エチルヘキサン酸鉄の5質量%キシレン溶液の代わりに、2−エチルヘキサン酸鉄及び2−エチルヘキサン酸ビスマスの10質量%(Bi:Fe=1:1(質量比))のオクタン溶液を用いた以外は、実施例1と同様にして、圧電素子を形成した。なお、圧電体層の厚さは、450nmであった。
【0072】
(比較例4)
2−エチルヘキサン酸ビスマスの12質量%オクタン溶液及び2−エチルヘキサン酸鉄の5質量%キシレン溶液の代わりに、2−エチルヘキサン酸鉄及び2−エチルヘキサン酸ビスマスの10質量%(Bi:Fe=1:1(質量比))のオクタン溶液を用いた以外は、実施例2と同様にして、圧電素子を形成した。なお、圧電体層の厚さは、390nmであった。
【0073】
(比較例5)
2−エチルヘキサン酸ランタンの2質量%キシレン溶液の代わりに、2−エチルヘキサン酸ランタンの2質量%オクタン溶液を用いた以外は、実施例3と同様にして、圧電素子を形成した。なお、圧電体層の厚さは、600nmであった。
【0074】
(試験例1)
実施例1〜5及び比較例1〜5の圧電素子について、Bruker AXS社製の「D8 Discover」を用い、X線源にCuKα線を使用し、室温で、圧電体層の粉末X線回折パターンを求めた。(100)面に優先配向していた場合を○、(100)面に優先配向していなかった場合を×、として、配向を評価した結果を表2に示す。また、回折強度−回折角2θの相関関係を示す図であるX線回折パターンを、図24に実施例1〜2及び比較例1〜2を、図25に実施例1〜2及び比較例3〜4を、図26に実施例4及び実施例5を、結果の一例として示す。なお、実施例1〜5及び比較例1〜5すべてにおいて、ペロブスカイト型構造(ABO3型構造)由来の回折ピークが観測され、実施例1〜5及び比較例1〜5の圧電体層はペロブスカイト型構造を形成していた。
【0075】
表2及び図24に示すように、Laの原料溶液の溶媒によって、粉末X線回折パターンが異なり、Laの原料溶液の溶媒がキシレンを含有する実施例1〜3では(100)面に優先配向した配向膜となっていることが分かる。具体的には、実施例1〜3は、20°<2θ<25°に観測されるABO3由来の回折ピークの強度が、20°<2θ<50°に観測されるABO3由来の回折ピークの面積強度の総和の90%以上であり、(100)面に優先配向した配向膜となっていた。一方、Laの原料溶液の溶媒がオクタンである比較例1及び比較例5やブタノールである比較例2では、配向はランダムであった。そして、図24に示すように、実施例1は、強誘電相を示す2θ=46.1°近傍の回折ピーク及び反強誘電相を示す2θ=46.5°近傍の回折ピークが混在したピークを有しているため、実施例1は強誘電体に起因する構造と反強誘電体に起因する構造の両者が共存する組成相境界(M.P.B.)であることがわかる。
【0076】
また、表2及び図25に示すように、Feの原料溶液の溶媒によって、粉末X線回折パターンが異なり、Feの原料溶液の溶媒がキシレンを含有する実施例1〜3では(100)面に優先配向した配向膜となっていることが分かる。具体的には、実施例1〜3は、20°<2θ<25°に観測されるABO3由来の回折ピークの強度が、20°<2θ<50°に観測されるABO3由来の回折ピークの面積強度の総和の90%以上であり、(100)面に優先配向した配向膜となっていたのに対し、Feの原料溶液の溶媒がオクタンである比較例3及び比較例4では、配向はランダムであった。
【0077】
ここで、(100)面に優先配向している実施例1は、配向がランダムな比較例5と同様に、圧電体膜形成用組成物、すなわち各元素の原料溶液を混合した混合溶液の溶媒が、キシレン:オクタン=7:3(体積比)となっている。したがって、混合溶液全体の溶媒が重要なのではなく、LaやFeの原料溶液の溶媒がキシレンであることが、圧電体層70の結晶を(100)面に優先配向させるためには必要であるといえる。
【0078】
また、図26に示すように、実施例1の圧電体膜形成用組成物にジエタノールアミンを添加した実施例4やポリエチレングリコールを添加した実施例5は、実施例1と同様の粉末X線回折パターンであり、混合溶液にジエタノールアミンやポリエチレングリコールを添加しても、(100)面配向が維持できることが確認された。
【0079】
(試験例2)
実施例1〜5及び比較例1〜5において、第2電極を形成する前に、圧電体層の断面及び表面を50000倍の走査電子顕微鏡(SEM)により観察した。圧電体層表面及び断面が荒れておらず緻密な場合を○、圧電体層が荒れていた場合を×、として、膜荒れを評価した結果を表2に示す。また、図27(a)(断面)、図27(b)(表面)、図28(a)(断面)及び図28(b)(表面)に実施例1を、図27(c)(断面)及び図27(d)(表面)に実施例2を、図27(e)(断面)及び図27(f)(表面)に比較例1を、図27(g)(断面)及び図27(h)(表面)に比較例2を、図28(c)(断面)及び図28(d)(表面)に比較例3を、図29(a)(断面)、図29(b)(表面)に実施例4を、図29(c)(断面)、図29(d)(表面)に実施例5を示す。
【0080】
表2及び図27に示すように、Laの原料溶液の溶媒がキシレンを含有する実施例1〜3では、非常に密な膜構造であるのに対し、Laの原料溶液の溶媒がオクタンである比較例1及び比較例5やブタノールである比較例2では、膜中に空孔が多く見られ、表面モフォロジーも大きく荒れていた。
【0081】
また、図28に示すように、Feの原料溶液の溶媒がキシレンを含有する実施例1〜3では非常に密な膜構造であるのに対し、Feの原料溶液の溶媒がオクタンである比較例3や比較例4では、膜中に空孔が多く見られ、表面モフォロジーも大きく荒れていた。
【0082】
また、図29に示すように、実施例1の圧電体膜形成用組成物にジエタノールアミンを添加した実施例4やポリエチレングリコールを添加した実施例5は、実施例1と同様に非常に密な膜構造であった。
【0083】
(試験例3)
実施例1〜5及び比較例1〜5の各圧電体膜形成用組成物について、熱重量測定(TG測定)により重量減少率を測定した。温度に対する質量変化を測定した。結果の一例として、図30(a)及び図31(a)に実施例1を、図30(b)に実施例2を、図30(c)に比較例1を、図30(d)に比較例2を、図31(b)に比較例3を示す。図30及び図31に示すように、実施例1〜5及び比較例1〜5のいずれも350〜400℃以上で重量が一定となっており、実施例1〜5及び比較例1〜5において、乾燥及び脱脂工程での温度350℃は十分な温度であることが確認された。圧電体層の配向の差やモフォロジーが荒れる原因として、一般的には乾燥及び脱脂工程での温度が低いことが考えられるが、この試験例3の結果から、試験例1の配向の差や、試験例2の圧電体層のモフォロジー荒れは、乾燥及び脱脂工程での温度が低いことに起因しないと考えられる。
【0084】
(試験例4)
実施例1〜2及び比較例1〜2の各圧電体膜形成用組成物について、pHを測定したところ、実施例1は5.4、実施例2は8.0であり、比較例1及び比較例2は4.9であった。この試験例4の結果から、圧電体膜形成用組成物のpHと、圧電体層の配向の差及びモフォロジー荒れの相関は、特に見受けられなかった。
【0085】
(試験例5)
実施例1〜5及び比較例1〜5の各圧電素子について、東陽テクニカ社製「FCE−1A」で、φ=400μmの電極パターンを使用し、室温で周波数1kHzの三角波を印加して、分極量と電圧の関係(P−V曲線)を求めた。良好なヒステリシスであった場合を○、良好なヒステリシスではなかった場合を×、として、ヒステリシス特性を評価した結果を表2に示す。また、結果の一例として、図32(a)及び図33(a)に実施例1を、図32(b)に実施例2を、図32(c)に比較例1を、図33(b)に比較例3を、図34(a)に実施例4を、図34(b)に実施例5示す。なお、比較例2は、ショートして測定することができなかった。
【0086】
図32に示すように、Laの原料溶液の溶媒がキシレンを含有する実施例1〜3では良好なヒステリシスとなったのに対し、Laの原料溶液の溶媒がオクタンである比較例1や比較例5ではヒステリシスが閉じる傾向があり変位量が小さく、また、溶媒がブタノールである比較例2ではショートし、良好なヒステリシスではなかった。また、図33に示すように、Feの原料溶液の溶媒がキシレンを含有する実施例1〜3では良好なヒステリシスとなったのに対し、Feの原料溶液の溶媒がオクタンである比較例3や比較例4ではヒステリシスが閉じる傾向があり変位量が小さく、良好なヒステリシスではなかった。比較例1〜5が良好なヒステリシスとならなかったのは、試験例1及び試験例2に示すように、配向がランダムであったことやモフォロジー荒れに起因していると考えられる。
【0087】
また、図34に示すように、実施例1の圧電体膜形成用組成物にジエタノールアミンを添加した実施例4やポリエチレングリコールを添加した実施例5は、実施例1と同様に非常に良好なヒステリシスであった。
【0088】
(試験例6)
実施例1〜5及び比較例1〜5の各圧電体膜形成用組成物について、7日間放置した。7日経過しても析出物が生じなかった場合を○、析出物が生じた場合を×として、圧電体膜形成用組成物の保存安定性を評価した結果を表2に示す。この結果、Biの原料溶液の溶媒及びMnの原料溶液の溶媒がオクタンである実施例1、2、4、5及び比較例1〜4の圧電体膜形成用組成物は、析出物が生じなかったが、Biの原料溶液の溶媒及びMnの原料溶液の溶媒がキシレンである実施例3及び比較例5では、圧電体膜形成用組成物を製造してから1日経過後には固形物が析出した。なお、実施例1〜5及び比較例1〜5の各圧電体膜形成用組成物は、製造直後は、沈殿は生じていなかった。
【0089】
(試験例7)
実施例1〜5及び比較例1〜5の各圧電体前駆体膜について、目視により観察し、ストライエーション(放射状の縞模様)が生じなかった場合を○、ストライエーション(放射状の縞模様)が生じた場合を×として評価した。また、圧電体前駆体膜に塗布ムラが生じなかった場合を○、塗布ムラ(析出物等の異物などに起因するもの)が生じた場合を×として評価した。結果を表2に示す。この結果、Biの原料溶液の溶媒及びMnの原料溶液の溶媒がオクタンである実施例1、2、4、5及び比較例1〜4の圧電体前駆体膜は、ストライエーション及び塗布ムラが生じておらず、均一な圧電体前駆体膜であった。一方、Biの原料溶液の溶媒及びMnの原料溶液の溶媒がキシレンである実施例3及び比較例5では、ストライエーションは生じなかったが、濡れ性が悪いため塗布ムラが生じていた。
【0090】
以上述べたように、La及びFeの原料溶液の溶媒がキシレンである実施例1〜5では、圧電体層は(100)面に優先配向し、密であり、また、圧電素子は良好なヒステリシスを描くものであった。また、Laの原料溶液の溶媒や混合溶液にジエタノールアミンを添加した実施例2や実施例4では、ジエタノールアミンを添加していない場合よりも、厚い膜を形成することができた。そして、Bi及びMnの原料溶液がオクタンである実施例1、2、4及び5では、圧電体膜形成用組成物の保存安定性及び濡れ性が良好であり、また、圧電体前駆体膜の塗布ムラも生じず、均一な厚さの圧電体層を形成することができた。
【0091】
【表2】
【0092】
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明の基本的構成は上述したものに限定されるものではない。例えば、上述した実施形態では、流路形成基板10として、シリコン単結晶基板を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、SOI基板、ガラス等の材料を用いるようにしてもよい。
【0093】
さらに、上述した実施形態では、基板(流路形成基板10)上に第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を順次積層した圧電素子300を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、圧電材料と電極形成材料とを交互に積層させて軸方向に伸縮させる縦振動型の圧電素子にも本発明を適用することができる。
【0094】
また、これら実施形態のインクジェット式記録ヘッドは、インクカートリッジ等と連通するインク流路を具備する記録ヘッドユニットの一部を構成して、インクジェット式記録装置に搭載される。図35は、そのインクジェット式記録装置の一例を示す概略図である。
【0095】
図35に示すインクジェット式記録装置IIにおいて、インクジェット式記録ヘッドIを有する記録ヘッドユニット1A及び1Bは、インク供給手段を構成するカートリッジ2A及び2Bが着脱可能に設けられ、この記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に軸方向移動自在に設けられている。この記録ヘッドユニット1A及び1Bは、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出するものとしている。
【0096】
そして、駆動モーター6の駆動力が図示しない複数の歯車およびタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達されることで、記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3はキャリッジ軸5に沿って移動される。一方、装置本体4にはキャリッジ軸5に沿ってプラテン8が設けられており、図示しない給紙ローラーなどにより給紙された紙等の記録媒体である記録シートSがプラテン8に巻き掛けられて搬送されるようになっている。
【0097】
なお、上述した実施形態では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものであり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも勿論適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレイ等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレイ、FED(電界放出ディスプレイ)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
【0098】
また、本発明は、インクジェット式記録ヘッドに代表される液体噴射ヘッドに搭載される圧電素子に限られず、超音波発信機等の超音波デバイス、超音波モーター、圧電トランス、並びに赤外線センサー、超音波センサー、感熱センサー、圧力センサー及び焦電センサー等の各種センサー等の圧電素子に適用することができる。また、本発明は、強誘電体メモリー等の強誘電体素子にも同様に適用することができる。
【符号の説明】
【0099】
I インクジェット式記録ヘッド(液体噴射ヘッド)、 II インクジェット式記録装置(液体噴射装置)、 10 流路形成基板、 12 圧力発生室、 13 連通部、 14 インク供給路、 20 ノズルプレート、 21 ノズル開口、 30 保護基板、 31 マニホールド部、 32 圧電素子保持部、 40 コンプライアンス基板、 60 第1電極、 70 圧電体層、 80 第2電極、 90 リード電極、 100 マニホールド、 120 駆動回路、 300 圧電素子
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電体層と電極とが設けられた圧電素子を有する液体噴射ヘッドの製造方法、液体噴射装置及び圧電素子の製造方法並びに圧電体膜形成用組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子としては、電気的機械変換機能を呈する圧電材料、例えば、結晶化した誘電材料からなる圧電体層を、2つの電極で挟んで構成されたものがある。このような圧電素子は、例えば撓み振動モードのアクチュエーター装置として液体噴射ヘッドに搭載される。液体噴射ヘッドの代表例としては、例えば、インク滴を吐出するノズル開口と連通する圧力発生室の一部を振動板で構成し、この振動板を圧電素子により変形させて圧力発生室のインクを加圧してノズル開口からインク滴として吐出させるインクジェット式記録ヘッドがある。このようなインクジェット式記録ヘッドに搭載される圧電素子は、例えば、振動板の表面全体に亘って成膜技術により均一な圧電材料層を形成し、この圧電材料層をリソグラフィー法により圧力発生室に対応する形状に切り分けて圧力発生室毎に独立するように圧電素子を形成したものがある。
【0003】
このような圧電素子に用いられる圧電材料として、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が挙げられる(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−223404号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前述したチタン酸ジルコン酸鉛には鉛が多量に含まれているため、環境問題の観点から、鉛の含有量を抑制した圧電材料が求められている。そして、鉛を含有しない圧電材料としては、例えばABO3で示されるペロブスカイト構造を有するBiFeO3などがある。
【0006】
ここで、圧電体層の結晶の配向が、変位量や安定性などの液体噴射特性に影響すると考えられており、圧電体層を所望の配向にすることが望まれているが、BiFeO3系の圧電材料は、電極材料として使用する白金やイリジウム等の貴金属上で配向膜になり難いという問題がある。なお、このような問題はインクジェット式記録ヘッドに代表される液体噴射ヘッドに限定されず、他の装置に搭載されるアクチュエーター装置等の圧電素子においても同様に存在する。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑み、環境負荷が小さく且つ(100)面に優先配向した圧電体層を有する液体噴射ヘッドの製造方法、液体噴射装置及び圧電素子の製造方法並びに圧電体膜形成用組成物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する本発明の態様は、液体を噴射するノズル開口に連通する圧力発生室と前記圧力発生室に圧力変化を生じさせる圧電素子とを有する液体噴射ヘッドの製造方法であって、(111)面に優先配向している白金からなる白金膜を形成する工程と、前記白金膜上に、Bi、La、Fe、Mnを含み、少なくともLaを含有する有機金属化合物のキシレン溶液及びFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液を混合して得られる圧電体膜形成用組成物により圧電体前駆体膜を形成する工程と、前記圧電体前駆体膜を焼成することにより圧電体層を形成する工程と、前記圧電体層上に電極を形成する工程と、を有することを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法にある。
かかる態様では、Bi、La、Fe、Mnを含み、少なくともLaを含有する有機金属化合物のキシレン溶液及びFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液を混合して得られる圧電体膜形成用組成物を用いて(111)面に優先配向している白金からなる白金膜上に圧電体層を形成することにより、圧電体層を(100)面に優先配向させることができる。また、圧電体層の鉛の含有量を抑えられるため環境への負荷を低減できる。なお、「(100)面に優先配向している」とは、全ての結晶が(100)面に配向している場合と、ほとんどの結晶(例えば、90%以上)が(100)面に配向している場合とを含むものである。同様に、「(111)面に優先配向している」とは、全ての結晶が(111)面に配向している場合と、ほとんどの結晶(例えば、90%以上)が(111)面に配向している場合とを含むものである。
【0009】
また、前記(111)面に優先配向している白金からなる白金膜を形成する工程では、チタンからなるチタン膜上に前記白金膜を形成し、前記圧電体前駆体膜を焼成することにより圧電体層を形成する工程は不活性ガス雰囲気中で行うことが好ましい。これによれば、環境への負荷が低減され且つ(100)面に優先配向した圧電体層を有する液体噴射ヘッドを容易に製造することができる。
【0010】
そして、前記圧電体膜形成用組成物は、Biを含有する有機金属化合物のオクタン溶液又はキシレン溶液、及び、Mnを含有する有機金属化合物のオクタン溶液又はキシレン溶液を混合して得られるものであることが好ましい。これによれば、BiやMnを含有する有機金属化合物のオクタン溶液やキシレン溶液を混合した圧電体膜形成用組成物を用いて、環境への負荷が低減され且つ(100)面に優先配向した圧電体層を製造することができる。例えば、Biを含有する有機金属化合物のオクタン溶液及びMnを含有する有機金属化合物のオクタン溶液を混合した圧電体膜形成用組成物を用いることにより、環境への負荷が低減され且つ(100)面に優先配向した圧電体層を形成でき、さらに、圧電体膜形成用組成物の保存安定性及び濡れ性が良好になり、圧電体前駆体膜の塗布ムラを抑制することができる。
【0011】
また、前記圧電体前駆体膜形成用組成物は、ジエタノールアミンを含んでいてもよく、例えば、前記Laを含有する有機金属化合物のキシレン溶液が、ジエタノールアミンを含んでいてもよい。これによれば、環境への負荷が低減され且つ(100)面に優先配向した圧電体層を形成でき、そして、形成される圧電体前駆体膜を厚くすることができるため製造コストを抑制することができる。
【0012】
本発明の他の態様は、上記態様の液体噴射ヘッドの製造方法により製造された液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置にある。これによれば、環境への負荷が低減され且つ(100)面に優先配向した圧電体層を有する液体噴射装置となる。
【0013】
また、本発明の他の態様は、(111)面に優先配向している白金からなる白金膜を形成する工程と、前記白金膜上に、Bi、La、Fe、Mnを含み、少なくともLaを含有する有機金属化合物のキシレン溶液及びFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液を混合して得られる圧電体膜形成用組成物により圧電体前駆体膜を形成する工程と、前記圧電体前駆体膜を焼成することにより圧電体層を形成する工程と、前記圧電体層上に電極を形成する工程と、を有することを特徴とする圧電素子の製造方法にある。これによれば、Bi、La、Fe、Mnを含み少なくともLaを含有する有機金属化合物のキシレン溶液及びFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液を混合して得られる圧電体膜形成用組成物を用いて(111)面に優先配向している白金からなる白金膜上に圧電体層を形成することにより、圧電体層を(100)面に優先配向させることができる。また、圧電体層の鉛の含有量を抑えられるため環境への負荷を低減できる。
【0014】
本発明の他の態様は、Laを含有する有機金属化合物のキシレン溶液、Feを含有する有機金属化合物のキシレン溶液、Biを含有する有機金属化合物の溶液及びFeを含有する有機金属化合物の溶液を混合することを特徴とする圧電体膜形成用組成物の製造方法にある。この製造方法により製造された圧電体膜形成用組成物を用いることにより、(100)面に優先配向した圧電体層を形成することができる。また、鉛の含有量を抑えられるため環境への負荷を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施形態1に係る記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図である。
【図2】実施形態1に係る記録ヘッドの平面図である。
【図3】実施形態1に係る記録ヘッドの断面図である。
【図4】サンプル1のP−V曲線を表す図である。
【図5】サンプル2のP−V曲線を表す図である。
【図6】サンプル3のP−V曲線を表す図である。
【図7】サンプル4のP−V曲線を表す図である。
【図8】サンプル5のP−V曲線を表す図である。
【図9】サンプル6のP−V曲線を表す図である。
【図10】サンプル7のP−V曲線を表す図である。
【図11】サンプル8のP−V曲線を表す図である。
【図12】サンプル9のP−V曲線を表す図である。
【図13】サンプル10のP−V曲線を表す図である。
【図14】サンプル11のP−V曲線を表す図である。
【図15】サンプル12のP−V曲線を表す図である。
【図16】サンプル13のP−V曲線を表す図である。
【図17】サンプル14のP−V曲線を表す図である。
【図18】サンプル15のP−V曲線を表す図である。
【図19】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図20】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図21】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図22】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図23】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図24】実施例1〜2及び比較例1〜2のX線回折パターンを示す図である。
【図25】実施例1〜2及び比較例3〜4のX線回折パターンを示す図である。
【図26】実施例4及び実施例5のX線回折パターンを示す図である。
【図27】実施例1〜2及び比較例1〜2の断面及び表面を観察したSEM写真である。
【図28】実施例1及び比較例3の断面及び表面を観察したSEM写真である。
【図29】実施例4及び実施例5の断面及び表面を観察したSEM写真である。
【図30】実施例1〜2及び比較例1〜2のTG測定結果を示す図である。
【図31】実施例1及び比較例3のTG測定結果を示す図である。
【図32】実施例1〜2及び比較例1のP−V曲線を示す図である。
【図33】実施例1及び比較例3のP−V曲線を示す図である。
【図34】実施例4及び実施例5のP−V曲線を示す図である。
【図35】本発明の一実施形態に係る記録装置の概略構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(実施形態1)
図1は、本発明の実施形態1に係る製造方法によって製造される液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図であり、図2は図1の平面図であり、図3は図2のA−A′断面図である。図1〜図3に示すように、本実施形態の流路形成基板10は、シリコン単結晶基板からなり、その一方の面には二酸化シリコンからなる弾性膜50が形成されている。
【0017】
流路形成基板10には、複数の圧力発生室12がその幅方向に並設されている。また、流路形成基板10の圧力発生室12の長手方向外側の領域には連通部13が形成され、連通部13と各圧力発生室12とが、各圧力発生室12毎に設けられたインク供給路14及び連通路15を介して連通されている。連通部13は、後述する保護基板のマニホールド部31と連通して各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールドの一部を構成する。インク供給路14は、圧力発生室12よりも狭い幅で形成されており、連通部13から圧力発生室12に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。なお、本実施形態では、流路の幅を片側から絞ることでインク供給路14を形成したが、流路の幅を両側から絞ることでインク供給路を形成してもよい。また、流路の幅を絞るのではなく、厚さ方向から絞ることでインク供給路を形成してもよい。本実施形態では、流路形成基板10には、圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15からなる液体流路が設けられていることになる。
【0018】
また、流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズルプレート20が、接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、例えば、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼等からなる。
【0019】
一方、このような流路形成基板10の開口面とは反対側には、上述したように弾性膜50が形成され、この弾性膜50上には、酸化ジルコニウムからなる絶縁体膜55が形成されている。
【0020】
さらに、この絶縁体膜55上には、第1電極60と、厚さが例えば2μm以下、好ましくは0.3〜1μmの薄膜である圧電体層70と、第2電極80とが、積層形成されて、圧電素子300を構成している。ここで、圧電素子300は、第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子300の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層70を各圧力発生室12毎にパターニングして構成する。本実施形態では、第1電極60を圧電素子300の共通電極とし、第2電極80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。また、ここでは、圧電素子300と当該圧電素子300の駆動により変位が生じる振動板とを合わせてアクチュエーター装置と称する。なお、上述した例では、弾性膜50、絶縁体膜55及び第1電極60が振動板として作用するが、勿論これに限定されるものではなく、例えば、弾性膜50や絶縁体膜55を設けなくてもよい。また、圧電素子300自体が実質的に振動板を兼ねるようにしてもよい。
【0021】
本実施形態においては、第1電極60は(111)面に優先配向している白金を含むものである。そして、本実施形態においては、圧電体層70は、詳しくは後述する所定の圧電体膜形成用組成物を用いて作成されたものであり、ビスマス(Bi)、ランタン(La)、鉄(Fe)及びマンガン(Mn)を含む圧電材料、すなわち、鉄マンガン酸ビスマスランタンを含むペロブスカイト型構造の複合酸化物である。なお、ペロブスカイト型構造、すなわち、ABO3型構造のAサイトは酸素が12配位しており、また、Bサイトは酸素が6配位して8面体(オクタヘドロン)をつくっており、このAサイトにBi及びLaが、BサイトにFe及びMnが位置している。
【0022】
また、圧電体層70は、後述する所定の圧電体膜形成用組成物を用いて作成されたものであるので、後述する試験例に示すように、結晶が(100)面に優先配向し、密な膜となっており、また、圧電素子300は良好なヒステリシス特性を有し、インクジェット式記録ヘッドの圧力発生手段として良好なものである。
【0023】
また、ビスマス(Bi)、ランタン(La)、鉄(Fe)及びマンガン(Mn)を含む圧電体層70は、下記一般式(1)で表される組成比であることが好ましい。下記一般式(1)で表される組成比とすることで、圧電体層70を強誘電体とすることができる。このように、強誘電体であるものを圧電体層70とすると、歪み量の制御が容易になるため、例えば圧電素子を液体噴射ヘッド等に用いた場合、吐出するインク滴サイズ等を容易に制御できる。なお、Bi、La、Fe及びMnを含むペロブスカイト型構造の複合酸化物は、その組成比によって、強誘電体、反強誘電体、常誘電体という異なる特性を示した。下記一般式(1)の組成比を変えた圧電素子(サンプル1〜18)を作成し、25V又は30Vの三角波を印加して、P(分極量)−V(電圧)の関係を求めた結果をそれぞれ図4〜18に、また組成を表1に示す。なお、サンプル16〜18はリークが大きすぎて測定することができず、圧電材料としては使用できないものであった。図4〜図14に示すように、0.10≦x≦0.20,0.01≦y≦0.09の範囲であるサンプル1〜11では、強誘電体に特徴的なヒステリシスループ形状が観測された。したがって、サンプル1〜11は、歪み量が印加電圧に対して直線的に変化するため、歪み量の制御が容易である。一方、下記一般式(1)において0.10≦x≦0.20,0.01≦y≦0.09の範囲外であるサンプル12〜14は、図15〜17に示すように反強誘電体に特徴的な正の電界方向と負の電界方向で2つのヒステリシスループ形状を持つダブルヒステリシスが観測されたため反強誘電体であり、サンプル15は図18に示すように常誘電体であり、また、サンプル16〜18は上述したようにリークが大きすぎで圧電材料としては使用できないものであり、サンプル12〜18のいずれも強誘電体ではなかった。
(Bi1-x,Lax)(Fe1-y,Mny)O3 (1)
(0.10≦x≦0.20,0.01≦y≦0.09)
【0024】
【表1】
【0025】
ここで、自発分極が互い違いに並んでいる物質である反強誘電体、すなわち、電界誘起相転移を示すものを圧電体層とした場合、一定印加電圧以上で電界誘起相転移を示し、大きな歪みを発現するため、強誘電体を超える大きな歪みを得ることが可能であるが、一定電圧以下では駆動せず、歪み量も電圧に対して直線的に変化しない。なお、電界誘起相転移とは、電場によって起こる相転移であり、反強誘電相から強誘電相への相転移や、強誘電相から反強誘電相への相転移を意味する。そして、強誘電相とは、分極軸が同一方向に並んでいる状態であり、反強誘電相とは分極軸が互い違いに並んでいる状態である。例えば、反強誘電相から強誘電相への相転移は、反強誘電相の互い違いに並んでいる分極軸が180度回転することにより分極軸が同一方向になって強誘電相になることであり、このような電界誘起相転移によって格子が膨張又は伸縮して生じる歪みが、電界誘起相転移により生じる相転移歪みである。このような電界誘起相転移を示すものが反強誘電体であり、換言すると、電場のない状態では分極軸が互い違いに並んでおり、電場により分極軸が回転して同一方向に並ぶものが反強誘電体である。このような反強誘電体は、反強誘電体の分極量Pと電圧Vの関係を示すP−V曲線において、正の電界方向と負の電界方向で2つのヒステリシスループ形状を持つダブルヒステリシスとなる。そして、分極量が急激に変化している領域が、強誘電相から反強誘電相への相転移や、反強誘電相から強誘電相への相転移している箇所である。
【0026】
一方、強誘電体は、反強誘電体のようにP−V曲線がダブルヒステリシスとはならず、分極方向を一方向に揃えることで歪み量が印加電圧に対して直線的に変化する。したがって、歪み量の制御が容易なので吐出させる液滴サイズ等の制御も容易であり、微振動を発生させる小振幅振動及び大きな排除体積を発生させる大振幅振動の両者を一つの圧電素子により発生させることができる。
【0027】
そして、圧電体層70は、粉末X線回折測定した際、該回折パターンにおいて、強誘電性を示す相(強誘電相)に帰属される回折ピークと、反強誘電性を示す相(反強誘電相)に帰属される回折ピークが同時に観測されることが好ましい。このように、強誘電性を示す相に帰属される回折ピークと、反強誘電性を示す相に帰属される回折ピークが同時に観測される、すなわち、反強誘電相と強誘電相の組成相境界(M.P.B.)である圧電体層70とすると、歪み量の大きな圧電素子とすることができる。また、圧電体層70は、上記一般式(1)において、0.17≦x≦0.20であることが好ましく、更に好ましくは、0.19≦x≦0.20である。この範囲では、粉末X線回折測定した際に、強誘電性を示す相(強誘電相)に帰属される回折ピークと、反強誘電性を示す相(反強誘電相)に帰属される回折ピークが同時に観測され反強誘電相と強誘電相を同時に示す。したがって、反強誘電相と強誘電相のM.P.B.であるため、歪み量の大きな圧電素子とすることができる。
【0028】
このような圧電素子300の個別電極である各第2電極80には、インク供給路14側の端部近傍から引き出され、絶縁体膜55上にまで延設される、例えば、金(Au)等からなるリード電極90が接続されている。
【0029】
このような圧電素子300が形成された流路形成基板10上、すなわち、第1電極60及びリード電極90上には、マニホールド100の少なくとも一部を構成するマニホールド部31を有する保護基板30が接着剤35を介して接合されている。このマニホールド部31は、本実施形態では、保護基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の幅方向に亘って形成されており、上述のように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールド100を構成している。また、流路形成基板10の連通部13を圧力発生室12毎に複数に分割して、マニホールド部31のみをマニホールドとしてもよい。さらに、例えば、流路形成基板10に圧力発生室12のみを設け、流路形成基板10と保護基板30との間に介在する部材(例えば、弾性膜50、絶縁体膜55等)にマニホールドと各圧力発生室12とを連通するインク供給路14を設けるようにしてもよい。
【0030】
また、保護基板30の圧電素子300に対向する領域には、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有する圧電素子保持部32が設けられている。圧電素子保持部32は、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有していればよく、当該空間は密封されていても、密封されていなくてもよい。
【0031】
このような保護基板30としては、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料、例えば、ガラス、セラミック材料等を用いることが好ましく、本実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
【0032】
また、保護基板30には、保護基板30を厚さ方向に貫通する貫通孔33が設けられている。そして、各圧電素子300から引き出されたリード電極90の端部近傍は、貫通孔33内に露出するように設けられている。
【0033】
また、保護基板30上には、並設された圧電素子300を駆動するための駆動回路120が固定されている。この駆動回路120としては、例えば、回路基板や半導体集積回路(IC)等を用いることができる。そして、駆動回路120とリード電極90とは、ボンディングワイヤー等の導電性ワイヤーからなる接続配線121を介して電気的に接続されている。
【0034】
また、このような保護基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。ここで、封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料からなり、この封止膜41によってマニホールド部31の一方面が封止されている。また、固定板42は、比較的硬質の材料で形成されている。この固定板42のマニホールド100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、マニホールド100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0035】
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIでは、図示しない外部のインク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、マニホールド100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、駆動回路120からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの第1電極60と第2電極80との間に電圧を印加し、弾性膜50、絶縁体膜55、第1電極60及び圧電体層70をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0036】
次に、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドの製造方法の一例について、図19〜図23を参照して説明する。なお、図19〜図23は、圧力発生室の長手方向の断面図である。
【0037】
まず、図19(a)に示すように、シリコンウェハーである流路形成基板用ウェハー110の表面に弾性膜50を構成する二酸化シリコン(SiO2)等からなる二酸化シリコン膜を熱酸化等で形成する。次いで、図19(b)に示すように、弾性膜50上に、酸化ジルコニウムからなる絶縁体膜55を反応性スパッタ法や熱酸化等で形成する。次に、絶縁体膜55上に、チタン等からなる密着層56を、DCスパッタ法やイオンスパッタ法等で形成する。
【0038】
次に、図20(a)に示すように、密着層56上に、(111)面に優先配向した白金からなる白金膜57をスパッタリング法等により全面に形成する。この白金膜57が第1電極60となる。
【0039】
次いで、白金膜57上に、圧電体層70を積層する。圧電体層70は、MOD(Metal-Organic Decomposition)法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いて形成できる。具体的には、所定の圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)により圧電体前駆体膜を形成し、圧電体前駆体膜を焼成して結晶化させることにより、圧電体層70を形成できる。
【0040】
そして、本発明においては、圧電体膜形成用組成物は、Bi、La、Fe、Mnを含むものであって、少なくともLaを含有する有機金属化合物のキシレン溶液及びFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液を混合して得られるものである。具体的には、Laを含有する有機金属化合物をキシレンを含む溶媒に溶解又は分散させた溶液、Feを含有する有機金属化合物をキシレンを含む溶媒に溶解又は分散させた溶液、Biを含有する有機金属化合物を有機溶媒に溶解又は分散させた溶液、及び、Mnを含有する有機金属化合物を有機溶媒に溶解又は分散させた溶液を原料溶液とし、これら原料溶液を混合することにより得られるゾルやMOD溶液(前駆体溶液)等である。
【0041】
このように、Laの原料溶液及びFeの原料溶液の溶媒をキシレンを含むもの(例えばキシレンが60質量%以上)とすることにより、(100)面に結晶が優先配向し、Bi、La、Fe及びMnを含有したペロブスカイト型構造の圧電材料からなる圧電体層70を製造することができる。一方、Laの原料溶液及びFeの原料溶液の溶媒がキシレンを含まない場合は、圧電体層を(100)面に優先配向させることはできず、例えば、Laの原料溶液及びFeの原料溶液の溶媒をオクタンやブタノール等とすると、(100)面と(111)面に結晶が配向したランダムな圧電体層となり、良好なヒステリシス特性を有さない圧電素子となる。ここで重要なのは、Laの原料溶液及びFeの原料溶液の溶媒がキシレンを含んでいることであり、例えばBiの原料溶液やMnの原料溶液の溶媒としてキシレンを用い、各元素の原料溶液を混合した混合溶液全体としてキシレンを含むものとなっていたとしても、Laの原料溶液及びFeの原料溶液の溶媒がキシレンを含まない場合は、後述する比較例に示すように、圧電体層を(100)面に優先配向したものとすることはできない。このように、Laの原料溶液やFeの原料溶液の溶媒により製造される圧電体層の配向が異なる機構は不明だが、キシレンを含む溶媒とした場合とキシレンを含まない場合とで、LaやFeの形態が異なるためと推測される。なお、Bi、La、FeやMnの各原料溶液の金属濃度は特に限定されないが、例えば、2〜20質量%程度とすればよい。また、Biの原料溶液、Laの原料溶液、Feの原料溶液及びMnの原料溶液の混合割合は特に限定されず、Bi、La、Fe及びMnが所望のモル比となるように混合すればよいが、例えば、Biの原料溶液:Laの原料溶液:Feの原料溶液:Mnの原料溶液=30〜45:5〜20:45〜55:0.5〜4(体積比,原料が同一のモル濃度である場合)程度とすればよい。
【0042】
また、BiやMnを含有する有機金属化合物の溶液の溶媒、すなわち、Biの原料溶液の溶媒や、Mnの原料溶液の溶媒としては、例えば、オクタン、キシレンやこれらの混合溶媒が挙げられるが、オクタンを含むことが好ましい。BiやMnの原料溶液の溶媒としてオクタンを用いると、圧電体膜形成用組成物の保存安定性が良好になり、また、形成される圧電体前駆体膜の塗布ムラも生じず、均一な厚さの圧電体層70を形成することができるためである。
【0043】
また、圧電体膜形成用組成物に、ジエタノールアミンを含有させてもよい。ジエタノールアミンを含有すると、形成される圧電体前駆体膜を厚くできる。したがって、複数の圧電体前駆体膜を積層して圧電体層70を形成する場合に、圧電体前駆体膜の積層回数が少なくても比較的厚い圧電体層70を製造することができるため、製造コストを抑制することができる。
【0044】
また、圧電体膜形成用組成物に、ポリエチレングリコールを含有させてもよい。ポリエチレングリコールを含有すると、形成される圧電体層70のクラックの発生を抑制することができる。
【0045】
ジエタノールアミンやポリエチレングリコールは、原料溶液、例えば、Laを含有する有機金属化合物のキシレン溶液に含有させてもよく、また、Bi、La、Fe、Mnの原料溶液を混合して得た混合溶液に添加するようにしてもよい。ジエタノールアミンやポリエチレングリコールの配合割合は特に限定されないが、Laの原料溶液やFeの原料溶液、すなわち、Laを含有する有機金属化合物のキシレン溶液やFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液に含有させる場合は、それぞれ、キシレンの含有割合が各原料溶液の溶媒に対して60質量%以上となるようにすることが好ましい。また、Bi、La、Fe、Mnの原料溶液を混合して得られる混合溶液に、ジエタノールアミンやポリエチレングリコールを添加する場合は、混合溶液:ジエタノールアミンまたはポリエチレングリコール=100:1〜10(体積比)程度とすればよい。なお、圧電体膜形成用組成物にジエタノールアミンやポリエチレングリコールを含有させても、圧電体層70の結晶の(100)面優先配向や緻密性を維持できる。また、このジエタノールアミンやポリエチレングリコールは、原料溶液の溶媒と同様に、焼成する際に消失し、圧電体層70には残存しないものである。
【0046】
Bi、La、Fe、Mnをそれぞれ含有する有機金属化合物としては、例えば、金属アルコキシド、有機酸塩、βジケトン錯体などを用いることができる。Biを含む有機金属化合物としては、例えば2−エチルヘキサン酸ビスマスなどが挙げられる。Laを含む有機金属化合物としては、2−エチルヘキサン酸ランタンなどが挙げられる。Feを含む有機金属化合物としては、例えば2−エチルヘキサン酸鉄などが挙げられる。Mnを含む有機金属化合物としては、例えば2−エチルヘキサン酸マンガンなどが挙げられる。勿論、Bi、La、FeやMnを2種以上含有する有機金属化合物を用いてもよい。
【0047】
圧電体層70の具体的な形成手順例としては、まず、図20(b)に示すように、白金膜57上に、上記圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)を、スピンコート法、ディップコート法、インクジェット法等を用いて、塗布して圧電体前駆体膜71を形成する(塗布工程)。
【0048】
次いで、この圧電体前駆体膜71を所定温度に加熱して一定時間乾燥させる(乾燥工程)。次に、乾燥した圧電体前駆体膜71を所定温度に加熱して一定時間保持することによって脱脂する(脱脂工程)。なお、ここで言う脱脂とは、圧電体前駆体膜71に含まれる有機成分を、例えば、NO2、CO2、H2O等として離脱させることである。乾燥工程や脱脂工程の雰囲気は限定されず、大気中でも不活性ガス中でもよい。
【0049】
次に、図20(c)に示すように、不活性ガス雰囲気中で、圧電体前駆体膜71を所定温度、例えば600〜800℃程度に加熱して一定時間保持することによって結晶化させ、圧電体膜72を形成する(焼成工程)。ここで、不活性ガス雰囲気とは、ヘリウム、アルゴン等の希ガス、窒素ガス等の不活性ガスや、これらの混合ガス雰囲気である。加熱装置内を不活性ガスで置換した状態でも、加熱装置内に不活性ガスをフローさせた状態でもよい。また、不活性ガス濃度は100%でなくてもよく、例えば、酸素濃度が20%未満である。この焼成工程を不活性ガス雰囲気中で行わない場合は、圧電体層70を(100)面に優先配向させることはできない。
【0050】
なお、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置やホットプレート等が挙げられる。
【0051】
次に、図21(a)に示すように、圧電体膜72上に所定形状のレジスト(図示無し)をマスクとして第1電極60及び圧電体膜72の1層目をそれらの側面が傾斜するように同時にパターニングする。
【0052】
次いで、レジストを剥離した後、上述した塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程や、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返して複数の圧電体膜72からなる圧電体層70を形成することで、図21(b)に示すように複数層の圧電体膜72からなる所定厚さの圧電体層70を形成する。例えば、塗布溶液の1回あたりの膜厚が0.1μm程度の場合には、例えば、10層の圧電体膜72からなる圧電体層70全体の膜厚は約1.1μm程度となる。なお、本実施形態では、圧電体膜72を積層して設けたが、1層のみでもよい。
【0053】
なお、圧電体前駆体膜71を結晶化する工程を経る際に、焼成条件等によっては、白金からなる白金膜57は、白金を含み、チタンの拡散の程度によってはチタンや酸化チタンも含む白金層となる。また、拡散したチタンにより、白金層と圧電体層70との間に、酸化チタンを含む層が形成される場合がある。また、白金層の流路形成基板10側に、拡散しなかったチタンにより、酸化チタンを含む層が形成される場合がある。これらの酸化チタンを含む層は、完全な層状に限らず、例えばアイランド状となる場合がある。
【0054】
このように圧電体層70を形成した後は、図22(a)に示すように、圧電体層70上に白金等からなる第2電極80をスパッタリング法等で形成し、各圧力発生室12に対向する領域に圧電体層70及び第2電極80を同時にパターニングして、第1電極60と圧電体層70と第2電極80からなる圧電素子300を形成する。なお、圧電体層70と第2電極80とのパターニングでは、所定形状に形成したレジスト(図示なし)を介してドライエッチングすることにより一括して行うことができる。その後、必要に応じて、600℃〜700℃の温度域でポストアニールを行ってもよい。これにより、圧電体層70と第1電極60や第2電極80との良好な界面を形成することができ、かつ、圧電体層70の結晶性を改善することができる。
【0055】
次に、図22(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の全面に亘って、例えば、金(Au)等からなるリード電極90を形成後、例えば、レジスト等からなるマスクパターン(図示なし)を介して各圧電素子300毎にパターニングする。
【0056】
次に、図22(c)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の圧電素子300側に、シリコンウェハーであり複数の保護基板30となる保護基板用ウェハー130を接着剤35を介して接合した後に、流路形成基板用ウェハー110を所定の厚さに薄くする。
【0057】
次に、図23(a)に示すように、流路形成基板用ウェハー110上に、マスク膜52を新たに形成し、所定形状にパターニングする。
【0058】
そして、図23(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110をマスク膜52を介してKOH等のアルカリ溶液を用いた異方性エッチング(ウェットエッチング)することにより、圧電素子300に対応する圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15等を形成する。
【0059】
その後は、流路形成基板用ウェハー110及び保護基板用ウェハー130の外周縁部の不要部分を、例えば、ダイシング等により切断することによって除去する。そして、流路形成基板用ウェハー110の保護基板用ウェハー130とは反対側の面のマスク膜52を除去した後にノズル開口21が穿設されたノズルプレート20を接合すると共に、保護基板用ウェハー130にコンプライアンス基板40を接合し、流路形成基板用ウェハー110等を図1に示すような一つのチップサイズの流路形成基板10等に分割することによって、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIとする。
【実施例】
【0060】
以下、実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0061】
(実施例1)
(圧電体膜形成用組成物の作成)
2−エチルヘキサン酸ビスマスの12質量%オクタン溶液、2−エチルヘキサン酸ランタンの2質量%キシレン溶液、2−エチルヘキサン酸鉄の5質量%キシレン溶液、2−エチルヘキサン酸マンガンの5質量%オクタン溶液を、体積比で29:35:35:1の割合で混合して、圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)を調製した。
【0062】
(圧電素子の作成)
まず、単結晶シリコン基板の表面に熱酸化により二酸化シリコン膜を形成した。次に、二酸化シリコン膜上にスパッタ法により膜厚400nmの酸化ジルコニウム膜を形成した。次いで、酸化ジルコニウム膜上に、スパッタ法により膜厚20nmのチタン膜を形成した。次に、チタン膜上にスパッタ法により膜厚130nmの白金膜を形成した。
【0063】
次いで、白金膜上に圧電体層をスピンコート法により形成した。その手法は以下のとおりである。まず、上記圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)を白金膜が形成された上記基板上に滴下し、最初は500rpmで5秒間、次に、1500rpmで30秒基板を回転させて圧電体前駆体膜を形成した(塗布工程)。次に、大気中、150℃で2分間、350℃で4分間乾燥・脱脂を行った(乾燥及び脱脂工程)。この塗布工程・乾燥及び脱脂工程を3回繰り返した後に、加熱装置内を5L/分の流量の窒素でフローしたRapid Thermal Annealing (RTA)で650℃、2分間焼成を行った(焼成工程)。この塗布工程・乾燥及び脱脂工程を3回繰り返した後に一括して焼成する焼成工程を行う工程を4回繰り返し、その後、加熱装置内を5L/分の流量の窒素でフローしたRTAで650℃、5分間焼成を行うことで、計12回の塗布により圧電体層を形成した。なお、圧電体層は、全体で厚さ480nmであった。
【0064】
その後、圧電体層上に、第2電極としてスパッタ法により膜厚100nmの白金膜を形成した後、加熱装置内を5L/分の流量の窒素でフローしたRTAで650℃、5分間焼成を行うことで、x=0.19、y=0.03の上記一般式(1)で表されるペロブスカイト構造を有する複合酸化物を圧電体層とする圧電素子を形成した。
【0065】
(実施例2)
2−エチルヘキサン酸ランタンの2質量%キシレン溶液の代わりに、2−エチルヘキサン酸ランタンの5質量%キシレンとアミルアルコールとジエタノールアミンとの混合溶媒溶液(キシレン:アミルアルコール:ジエタノールアミン=70:25:5(質量比))を用いた以外は、実施例1と同様にして、圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)を調製した。また、実施例1と同様にして、単結晶シリコン基板上に順に二酸化シリコン膜、酸化ジルコニウム膜、チタン膜及び白金膜を形成した。次いで、白金膜上に圧電体層をスピンコート法により形成した。その手法は以下のとおりである。まず、上記圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)を白金膜が形成された上記基板上に滴下し、最初は500rpmで5秒間、次に、1500rpmで30秒基板を回転させて圧電体前駆体膜を形成した(塗布工程)。次に、大気中、150℃で2分間、350℃で4分間乾燥・脱脂を行った(乾燥及び脱脂工程)。この塗布工程・乾燥及び脱脂工程を2回繰り返した後に、加熱装置内を5L/分の流量の窒素でフローしたRapid Thermal Annealing (RTA)で650℃、2分間焼成を行った(焼成工程)。この塗布工程・乾燥及び脱脂工程を2回繰り返した後に一括して焼成する焼成工程を行う工程を3回繰り返し、その後、加熱装置内を5L/分の流量の窒素でフローしたRTAで650℃、5分間焼成を行うことで、計6回の塗布により圧電体層を形成した。なお、圧電体層の厚さは、450nmであった。
【0066】
(実施例3)
2−エチルヘキサン酸ビスマスの12質量%オクタン溶液の代わりに2−エチルヘキサン酸ビスマスの12質量%キシレン溶液を用い、2−エチルヘキサン酸マンガンの5質量%オクタン溶液の代わりに2−エチルヘキサン酸マンガンの5質量%キシレン溶液を用いた以外は、実施例1と同様にして、圧電素子を形成した。なお、圧電体層の厚さは、480nmであった。
【0067】
(実施例4)
実施例1の圧電体膜形成用組成物に、ジエタノールアミンを、実施例1の圧電体膜形成用組成物:ジエタノールアミン=95:5(体積比)となるように添加し、実施例4の圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)とした。そして、この圧電体膜形成用組成物を用いて、実施例1と同様の方法で、圧電素子を形成した。なお、圧電体層の厚さは、570nmであった。
【0068】
(実施例5)
実施例1の圧電体膜形成用組成物に、ポリエチレングリコール(分子量400)を、実施例1の圧電体膜形成用組成物:ポリエチレングリコール=97.5:2.5(体積比)となるように添加し、実施例5の圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)とした。そして、この圧電体膜形成用組成物を用いて、実施例1と同様の方法で、圧電素子を形成した。なお、圧電体層の厚さは、480nmであった。
【0069】
(比較例1)
2−エチルヘキサン酸ランタンの2質量%キシレン溶液の代わりに、2−エチルヘキサン酸ランタンの2質量%のオクタン溶液を用いた以外は、実施例1と同様にして、圧電素子を形成した。なお、圧電体層の厚さは、600nmであった。
【0070】
(比較例2)
2−エチルヘキサン酸ランタンの2質量%キシレン溶液の代わりに、2−エチルヘキサン酸ランタンの3質量%のブタノール溶液を用いた以外は、実施例1と同様にして、圧電素子を形成した。なお、圧電体層の厚さは、630nmであった。
【0071】
(比較例3)
2−エチルヘキサン酸鉄の5質量%キシレン溶液の代わりに、2−エチルヘキサン酸鉄及び2−エチルヘキサン酸ビスマスの10質量%(Bi:Fe=1:1(質量比))のオクタン溶液を用いた以外は、実施例1と同様にして、圧電素子を形成した。なお、圧電体層の厚さは、450nmであった。
【0072】
(比較例4)
2−エチルヘキサン酸ビスマスの12質量%オクタン溶液及び2−エチルヘキサン酸鉄の5質量%キシレン溶液の代わりに、2−エチルヘキサン酸鉄及び2−エチルヘキサン酸ビスマスの10質量%(Bi:Fe=1:1(質量比))のオクタン溶液を用いた以外は、実施例2と同様にして、圧電素子を形成した。なお、圧電体層の厚さは、390nmであった。
【0073】
(比較例5)
2−エチルヘキサン酸ランタンの2質量%キシレン溶液の代わりに、2−エチルヘキサン酸ランタンの2質量%オクタン溶液を用いた以外は、実施例3と同様にして、圧電素子を形成した。なお、圧電体層の厚さは、600nmであった。
【0074】
(試験例1)
実施例1〜5及び比較例1〜5の圧電素子について、Bruker AXS社製の「D8 Discover」を用い、X線源にCuKα線を使用し、室温で、圧電体層の粉末X線回折パターンを求めた。(100)面に優先配向していた場合を○、(100)面に優先配向していなかった場合を×、として、配向を評価した結果を表2に示す。また、回折強度−回折角2θの相関関係を示す図であるX線回折パターンを、図24に実施例1〜2及び比較例1〜2を、図25に実施例1〜2及び比較例3〜4を、図26に実施例4及び実施例5を、結果の一例として示す。なお、実施例1〜5及び比較例1〜5すべてにおいて、ペロブスカイト型構造(ABO3型構造)由来の回折ピークが観測され、実施例1〜5及び比較例1〜5の圧電体層はペロブスカイト型構造を形成していた。
【0075】
表2及び図24に示すように、Laの原料溶液の溶媒によって、粉末X線回折パターンが異なり、Laの原料溶液の溶媒がキシレンを含有する実施例1〜3では(100)面に優先配向した配向膜となっていることが分かる。具体的には、実施例1〜3は、20°<2θ<25°に観測されるABO3由来の回折ピークの強度が、20°<2θ<50°に観測されるABO3由来の回折ピークの面積強度の総和の90%以上であり、(100)面に優先配向した配向膜となっていた。一方、Laの原料溶液の溶媒がオクタンである比較例1及び比較例5やブタノールである比較例2では、配向はランダムであった。そして、図24に示すように、実施例1は、強誘電相を示す2θ=46.1°近傍の回折ピーク及び反強誘電相を示す2θ=46.5°近傍の回折ピークが混在したピークを有しているため、実施例1は強誘電体に起因する構造と反強誘電体に起因する構造の両者が共存する組成相境界(M.P.B.)であることがわかる。
【0076】
また、表2及び図25に示すように、Feの原料溶液の溶媒によって、粉末X線回折パターンが異なり、Feの原料溶液の溶媒がキシレンを含有する実施例1〜3では(100)面に優先配向した配向膜となっていることが分かる。具体的には、実施例1〜3は、20°<2θ<25°に観測されるABO3由来の回折ピークの強度が、20°<2θ<50°に観測されるABO3由来の回折ピークの面積強度の総和の90%以上であり、(100)面に優先配向した配向膜となっていたのに対し、Feの原料溶液の溶媒がオクタンである比較例3及び比較例4では、配向はランダムであった。
【0077】
ここで、(100)面に優先配向している実施例1は、配向がランダムな比較例5と同様に、圧電体膜形成用組成物、すなわち各元素の原料溶液を混合した混合溶液の溶媒が、キシレン:オクタン=7:3(体積比)となっている。したがって、混合溶液全体の溶媒が重要なのではなく、LaやFeの原料溶液の溶媒がキシレンであることが、圧電体層70の結晶を(100)面に優先配向させるためには必要であるといえる。
【0078】
また、図26に示すように、実施例1の圧電体膜形成用組成物にジエタノールアミンを添加した実施例4やポリエチレングリコールを添加した実施例5は、実施例1と同様の粉末X線回折パターンであり、混合溶液にジエタノールアミンやポリエチレングリコールを添加しても、(100)面配向が維持できることが確認された。
【0079】
(試験例2)
実施例1〜5及び比較例1〜5において、第2電極を形成する前に、圧電体層の断面及び表面を50000倍の走査電子顕微鏡(SEM)により観察した。圧電体層表面及び断面が荒れておらず緻密な場合を○、圧電体層が荒れていた場合を×、として、膜荒れを評価した結果を表2に示す。また、図27(a)(断面)、図27(b)(表面)、図28(a)(断面)及び図28(b)(表面)に実施例1を、図27(c)(断面)及び図27(d)(表面)に実施例2を、図27(e)(断面)及び図27(f)(表面)に比較例1を、図27(g)(断面)及び図27(h)(表面)に比較例2を、図28(c)(断面)及び図28(d)(表面)に比較例3を、図29(a)(断面)、図29(b)(表面)に実施例4を、図29(c)(断面)、図29(d)(表面)に実施例5を示す。
【0080】
表2及び図27に示すように、Laの原料溶液の溶媒がキシレンを含有する実施例1〜3では、非常に密な膜構造であるのに対し、Laの原料溶液の溶媒がオクタンである比較例1及び比較例5やブタノールである比較例2では、膜中に空孔が多く見られ、表面モフォロジーも大きく荒れていた。
【0081】
また、図28に示すように、Feの原料溶液の溶媒がキシレンを含有する実施例1〜3では非常に密な膜構造であるのに対し、Feの原料溶液の溶媒がオクタンである比較例3や比較例4では、膜中に空孔が多く見られ、表面モフォロジーも大きく荒れていた。
【0082】
また、図29に示すように、実施例1の圧電体膜形成用組成物にジエタノールアミンを添加した実施例4やポリエチレングリコールを添加した実施例5は、実施例1と同様に非常に密な膜構造であった。
【0083】
(試験例3)
実施例1〜5及び比較例1〜5の各圧電体膜形成用組成物について、熱重量測定(TG測定)により重量減少率を測定した。温度に対する質量変化を測定した。結果の一例として、図30(a)及び図31(a)に実施例1を、図30(b)に実施例2を、図30(c)に比較例1を、図30(d)に比較例2を、図31(b)に比較例3を示す。図30及び図31に示すように、実施例1〜5及び比較例1〜5のいずれも350〜400℃以上で重量が一定となっており、実施例1〜5及び比較例1〜5において、乾燥及び脱脂工程での温度350℃は十分な温度であることが確認された。圧電体層の配向の差やモフォロジーが荒れる原因として、一般的には乾燥及び脱脂工程での温度が低いことが考えられるが、この試験例3の結果から、試験例1の配向の差や、試験例2の圧電体層のモフォロジー荒れは、乾燥及び脱脂工程での温度が低いことに起因しないと考えられる。
【0084】
(試験例4)
実施例1〜2及び比較例1〜2の各圧電体膜形成用組成物について、pHを測定したところ、実施例1は5.4、実施例2は8.0であり、比較例1及び比較例2は4.9であった。この試験例4の結果から、圧電体膜形成用組成物のpHと、圧電体層の配向の差及びモフォロジー荒れの相関は、特に見受けられなかった。
【0085】
(試験例5)
実施例1〜5及び比較例1〜5の各圧電素子について、東陽テクニカ社製「FCE−1A」で、φ=400μmの電極パターンを使用し、室温で周波数1kHzの三角波を印加して、分極量と電圧の関係(P−V曲線)を求めた。良好なヒステリシスであった場合を○、良好なヒステリシスではなかった場合を×、として、ヒステリシス特性を評価した結果を表2に示す。また、結果の一例として、図32(a)及び図33(a)に実施例1を、図32(b)に実施例2を、図32(c)に比較例1を、図33(b)に比較例3を、図34(a)に実施例4を、図34(b)に実施例5示す。なお、比較例2は、ショートして測定することができなかった。
【0086】
図32に示すように、Laの原料溶液の溶媒がキシレンを含有する実施例1〜3では良好なヒステリシスとなったのに対し、Laの原料溶液の溶媒がオクタンである比較例1や比較例5ではヒステリシスが閉じる傾向があり変位量が小さく、また、溶媒がブタノールである比較例2ではショートし、良好なヒステリシスではなかった。また、図33に示すように、Feの原料溶液の溶媒がキシレンを含有する実施例1〜3では良好なヒステリシスとなったのに対し、Feの原料溶液の溶媒がオクタンである比較例3や比較例4ではヒステリシスが閉じる傾向があり変位量が小さく、良好なヒステリシスではなかった。比較例1〜5が良好なヒステリシスとならなかったのは、試験例1及び試験例2に示すように、配向がランダムであったことやモフォロジー荒れに起因していると考えられる。
【0087】
また、図34に示すように、実施例1の圧電体膜形成用組成物にジエタノールアミンを添加した実施例4やポリエチレングリコールを添加した実施例5は、実施例1と同様に非常に良好なヒステリシスであった。
【0088】
(試験例6)
実施例1〜5及び比較例1〜5の各圧電体膜形成用組成物について、7日間放置した。7日経過しても析出物が生じなかった場合を○、析出物が生じた場合を×として、圧電体膜形成用組成物の保存安定性を評価した結果を表2に示す。この結果、Biの原料溶液の溶媒及びMnの原料溶液の溶媒がオクタンである実施例1、2、4、5及び比較例1〜4の圧電体膜形成用組成物は、析出物が生じなかったが、Biの原料溶液の溶媒及びMnの原料溶液の溶媒がキシレンである実施例3及び比較例5では、圧電体膜形成用組成物を製造してから1日経過後には固形物が析出した。なお、実施例1〜5及び比較例1〜5の各圧電体膜形成用組成物は、製造直後は、沈殿は生じていなかった。
【0089】
(試験例7)
実施例1〜5及び比較例1〜5の各圧電体前駆体膜について、目視により観察し、ストライエーション(放射状の縞模様)が生じなかった場合を○、ストライエーション(放射状の縞模様)が生じた場合を×として評価した。また、圧電体前駆体膜に塗布ムラが生じなかった場合を○、塗布ムラ(析出物等の異物などに起因するもの)が生じた場合を×として評価した。結果を表2に示す。この結果、Biの原料溶液の溶媒及びMnの原料溶液の溶媒がオクタンである実施例1、2、4、5及び比較例1〜4の圧電体前駆体膜は、ストライエーション及び塗布ムラが生じておらず、均一な圧電体前駆体膜であった。一方、Biの原料溶液の溶媒及びMnの原料溶液の溶媒がキシレンである実施例3及び比較例5では、ストライエーションは生じなかったが、濡れ性が悪いため塗布ムラが生じていた。
【0090】
以上述べたように、La及びFeの原料溶液の溶媒がキシレンである実施例1〜5では、圧電体層は(100)面に優先配向し、密であり、また、圧電素子は良好なヒステリシスを描くものであった。また、Laの原料溶液の溶媒や混合溶液にジエタノールアミンを添加した実施例2や実施例4では、ジエタノールアミンを添加していない場合よりも、厚い膜を形成することができた。そして、Bi及びMnの原料溶液がオクタンである実施例1、2、4及び5では、圧電体膜形成用組成物の保存安定性及び濡れ性が良好であり、また、圧電体前駆体膜の塗布ムラも生じず、均一な厚さの圧電体層を形成することができた。
【0091】
【表2】
【0092】
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明の基本的構成は上述したものに限定されるものではない。例えば、上述した実施形態では、流路形成基板10として、シリコン単結晶基板を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、SOI基板、ガラス等の材料を用いるようにしてもよい。
【0093】
さらに、上述した実施形態では、基板(流路形成基板10)上に第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を順次積層した圧電素子300を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、圧電材料と電極形成材料とを交互に積層させて軸方向に伸縮させる縦振動型の圧電素子にも本発明を適用することができる。
【0094】
また、これら実施形態のインクジェット式記録ヘッドは、インクカートリッジ等と連通するインク流路を具備する記録ヘッドユニットの一部を構成して、インクジェット式記録装置に搭載される。図35は、そのインクジェット式記録装置の一例を示す概略図である。
【0095】
図35に示すインクジェット式記録装置IIにおいて、インクジェット式記録ヘッドIを有する記録ヘッドユニット1A及び1Bは、インク供給手段を構成するカートリッジ2A及び2Bが着脱可能に設けられ、この記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に軸方向移動自在に設けられている。この記録ヘッドユニット1A及び1Bは、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出するものとしている。
【0096】
そして、駆動モーター6の駆動力が図示しない複数の歯車およびタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達されることで、記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3はキャリッジ軸5に沿って移動される。一方、装置本体4にはキャリッジ軸5に沿ってプラテン8が設けられており、図示しない給紙ローラーなどにより給紙された紙等の記録媒体である記録シートSがプラテン8に巻き掛けられて搬送されるようになっている。
【0097】
なお、上述した実施形態では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものであり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも勿論適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレイ等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレイ、FED(電界放出ディスプレイ)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
【0098】
また、本発明は、インクジェット式記録ヘッドに代表される液体噴射ヘッドに搭載される圧電素子に限られず、超音波発信機等の超音波デバイス、超音波モーター、圧電トランス、並びに赤外線センサー、超音波センサー、感熱センサー、圧力センサー及び焦電センサー等の各種センサー等の圧電素子に適用することができる。また、本発明は、強誘電体メモリー等の強誘電体素子にも同様に適用することができる。
【符号の説明】
【0099】
I インクジェット式記録ヘッド(液体噴射ヘッド)、 II インクジェット式記録装置(液体噴射装置)、 10 流路形成基板、 12 圧力発生室、 13 連通部、 14 インク供給路、 20 ノズルプレート、 21 ノズル開口、 30 保護基板、 31 マニホールド部、 32 圧電素子保持部、 40 コンプライアンス基板、 60 第1電極、 70 圧電体層、 80 第2電極、 90 リード電極、 100 マニホールド、 120 駆動回路、 300 圧電素子
【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を噴射するノズル開口に連通する圧力発生室と前記圧力発生室に圧力変化を生じさせる圧電素子とを有する液体噴射ヘッドの製造方法であって、
(111)面に優先配向している白金からなる白金膜を形成する工程と、
前記白金膜上に、Bi、La、Fe、Mnを含み、少なくともLaを含有する有機金属化合物のキシレン溶液及びFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液を混合して得られる圧電体膜形成用組成物により圧電体前駆体膜を形成する工程と、
前記圧電体前駆体膜を焼成することにより圧電体層を形成する工程と、
前記圧電体層上に電極を形成する工程と、を有することを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項2】
前記(111)面に優先配向している白金からなる白金膜を形成する工程では、チタンからなるチタン膜上に前記白金膜を形成し、
前記圧電体前駆体膜を焼成することにより圧電体層を形成する工程は不活性ガス雰囲気中で行うことを特徴とする請求項1に記載する液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項3】
前記圧電体膜形成用組成物は、Biを含有する有機金属化合物のオクタン溶液又はキシレン溶液、及び、Mnを含有する有機金属化合物のオクタン溶液又はキシレン溶液を混合して得られるものであることを特徴とする請求項1または2に記載する液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項4】
前記圧電体前駆体膜形成用組成物は、ジエタノールアミンを含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載する液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項5】
前記Laを含有する有機金属化合物のキシレン溶液は、ジエタノールアミンを含むことを特徴とする請求項4に記載する液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載する液体噴射ヘッドの製造方法により製造された液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置。
【請求項7】
(111)面に優先配向している白金からなる白金膜を形成する工程と、
前記白金膜上に、Bi、La、Fe、Mnを含み、少なくともLaを含有する有機金属化合物のキシレン溶液及びFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液を混合して得られる圧電体膜形成用組成物により圧電体前駆体膜を形成する工程と、
前記圧電体前駆体膜を焼成することにより圧電体層を形成する工程と、
前記圧電体層上に電極を形成する工程と、を有することを特徴とする圧電素子の製造方法。
【請求項8】
Laを含有する有機金属化合物のキシレン溶液、Feを含有する有機金属化合物のキシレン溶液、Biを含有する有機金属化合物の溶液及びFeを含有する有機金属化合物の溶液を混合することを特徴とする圧電体膜形成用組成物の製造方法。
【請求項1】
液体を噴射するノズル開口に連通する圧力発生室と前記圧力発生室に圧力変化を生じさせる圧電素子とを有する液体噴射ヘッドの製造方法であって、
(111)面に優先配向している白金からなる白金膜を形成する工程と、
前記白金膜上に、Bi、La、Fe、Mnを含み、少なくともLaを含有する有機金属化合物のキシレン溶液及びFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液を混合して得られる圧電体膜形成用組成物により圧電体前駆体膜を形成する工程と、
前記圧電体前駆体膜を焼成することにより圧電体層を形成する工程と、
前記圧電体層上に電極を形成する工程と、を有することを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項2】
前記(111)面に優先配向している白金からなる白金膜を形成する工程では、チタンからなるチタン膜上に前記白金膜を形成し、
前記圧電体前駆体膜を焼成することにより圧電体層を形成する工程は不活性ガス雰囲気中で行うことを特徴とする請求項1に記載する液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項3】
前記圧電体膜形成用組成物は、Biを含有する有機金属化合物のオクタン溶液又はキシレン溶液、及び、Mnを含有する有機金属化合物のオクタン溶液又はキシレン溶液を混合して得られるものであることを特徴とする請求項1または2に記載する液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項4】
前記圧電体前駆体膜形成用組成物は、ジエタノールアミンを含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載する液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項5】
前記Laを含有する有機金属化合物のキシレン溶液は、ジエタノールアミンを含むことを特徴とする請求項4に記載する液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載する液体噴射ヘッドの製造方法により製造された液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置。
【請求項7】
(111)面に優先配向している白金からなる白金膜を形成する工程と、
前記白金膜上に、Bi、La、Fe、Mnを含み、少なくともLaを含有する有機金属化合物のキシレン溶液及びFeを含有する有機金属化合物のキシレン溶液を混合して得られる圧電体膜形成用組成物により圧電体前駆体膜を形成する工程と、
前記圧電体前駆体膜を焼成することにより圧電体層を形成する工程と、
前記圧電体層上に電極を形成する工程と、を有することを特徴とする圧電素子の製造方法。
【請求項8】
Laを含有する有機金属化合物のキシレン溶液、Feを含有する有機金属化合物のキシレン溶液、Biを含有する有機金属化合物の溶液及びFeを含有する有機金属化合物の溶液を混合することを特徴とする圧電体膜形成用組成物の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【図34】
【図35】
【図27】
【図28】
【図29】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【図34】
【図35】
【図27】
【図28】
【図29】
【公開番号】特開2012−18994(P2012−18994A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−154318(P2010−154318)
【出願日】平成22年7月6日(2010.7.6)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年7月6日(2010.7.6)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】
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