説明

深溝玉軸受

【課題】保持器及び転動体の耐焼付き性、耐摩耗性、耐疲労性を向上して、軸受の耐久性及び高速回転性能を向上することができる深溝玉軸受を提供する。
【解決手段】深溝玉軸受10は、内周面に外輪軌道面11aを有する外輪11と、外周面に内輪軌道面12aを有する内輪12と、外輪軌道面11aと内輪軌道面12aとの間に転動自在に介設される複数の転動体13と、転動体13を円周方向に等間隔に保持する保持器14と、を備え、保持器14は、化学組成が重量%で、0.03≦C≦0.20、0.90≦Cr≦1.20、0.15≦Mo≦0.30の鋼からなる波形保持器であり、保持器14は、727℃以下で窒化され、Hv650以上の表面硬さと、1〜20μmの化合物層厚さと、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、保持器を備える深溝玉軸受に関し、特に、高速回転用途に好適な深溝玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、深溝玉軸受に使用されている保持器としては、例えば、保持器材料にSPCC材などの低炭素鋼板をプレス成形加工することにより製造される波形保持器が知られている。この波形保持器は、外側に膨出する玉保持部と平坦部とを円周方向に所定間隔に形成した二枚の環状保持板を、各玉保持部がポケット部を形成するように対向させ、各平坦部をリベット等で結合することで構成されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
また、深溝玉軸受の保持器には、この他に冠型保持器が使用されている。この冠型保持器は、合成樹脂の射出成形等により形成されており、複数の玉を円周方向に等間隔で転動可能に保持するポケット部が形成され、このポケット部の内周面の円周方向両端部には軸方向に突出する一対の爪部が設けられる。また、一対の爪部間には開口部が形成されており、この開口部から玉を一対の爪部を押し広げつつ、ポケット部に押し込むことにより、ポケット部内に玉が微小なすきまを介して収納される(例えば、特許文献2参照。)。
【0004】
【特許文献1】特開平10−238544号公報
【特許文献2】特開2000−170772号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、近年、自動車に用いられる転がり軸受は高速化することが予想されており、このような高速回転用途に上記特許文献1に記載の転がり軸受を適用した場合は、保持器のポケット部と転動体(玉)との間のPV値が増加して焼付き破損が生じる可能性があり、また、保持器と転動体が高速で摺動することにより保持器のポケットや転動体である鋼玉に摩耗が生じる可能性があり、さらに、保持器への課題な遠心力の負荷と転動体の進み遅れに起因する荷重負荷により疲労破損が生じる可能性があった。
【0006】
また、高速回転用途に上記特許文献2に記載の転がり軸受を適用した場合は、樹脂製保持器であるため、耐焼付き性や耐摩耗性は改善されるものの、使用温度と遠心力によりクリープ破損が生じる可能性があった。
【0007】
本発明は、このような不都合を解消するためになされたものであり、その目的は、保持器及び転動体の耐焼付き性、耐摩耗性、耐疲労性を向上して、軸受の耐久性及び高速回転性能を向上することができる深溝玉軸受を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の上記目的は、下記の構成により達成される。
(1) 内周面に外輪軌道面を有する外輪と、外周面に内輪軌道面を有する内輪と、外輪軌道面と内輪軌道面との間に転動自在に介設される複数の転動体と、転動体を円周方向に等間隔に保持する保持器と、を備える深溝玉軸受であって、保持器は、化学組成が重量%で、0.03≦C≦0.20、0.90≦Cr≦1.20、0.15≦Mo≦0.30の鋼からなる波形保持器であり、保持器は、727℃以下で窒化を施し、Hv650以上の表面硬さと、1〜20μmの化合物層厚さと、を有することを特徴とする深溝玉軸受。
(2) 転動体は、鋼玉であり、その表面の窒素濃度が0.1%以上0.6%以下、且つ表面硬さがHv750〜1000であることを特徴とする(1)に記載の深溝玉軸受。
(3) 転動体は、化学組成が重量%で、0.40≦Si≦0.80、0.90≦Mn≦1.25の鋼からなることを特徴とする(2)に記載の深溝玉軸受。
【発明の効果】
【0009】
本発明の深溝玉軸受によれば、保持器は、化学組成が重量%で、0.03≦C≦0.20、0.90≦Cr≦1.20、0.15≦Mo≦0.30の鋼からなる波形保持器であり、保持器は、727℃以下で窒化を施し、Hv650以上の表面硬さと、1〜20μmの化合物層厚さと、を有するため、保持器の耐焼付き性、耐摩耗性、耐疲労性を向上することができる。また、保持器がマルテンサイト変態することなく熱処理されるので、保持器の変形を抑制することができる。これらにより、軸受の耐久性及び高速回転性能を向上することができる。さらに、良好なプレス加工性を確保することができるので、製造コストを削減することができる。
【0010】
また、本発明の深溝玉軸受によれば、転動体は、鋼玉であり、その表面の窒素濃度が0.1%以上0.6%以下、且つ表面硬さがHv750〜1000であるため、保持器と転動体との間の耐摩耗性及び耐焼付き性を向上することができる。これにより、軸受の耐久性及び高速回転性能をさらに向上することができる。
【0011】
さらに、本発明の深溝玉軸受によれば、転動体は、化学組成が重量%で、0.40≦Si≦0.80、0.90≦Mn≦1.25の鋼からなるため、表面の炭窒化物が微細化されるので、保持器と転動体との間の摩擦係数を減少することができ、保持器と転動体との間の耐摩耗性及び耐焼付き性を向上することができる。これにより、軸受の耐久性及び高速回転性能をさらに向上することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明に係る深溝玉軸受の一実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
図1は本発明に係る深溝玉軸受を説明するため一部切欠斜視図である。
【0013】
本実施形態の深溝玉軸受10は、図1に示すように、内周面に外輪軌道面11aを有する外輪11と、外周面に内輪軌道面12aを有する内輪12と、外輪軌道面11aと内輪軌道面12aとの間に転動自在に介設される複数の玉(転動体)13と、玉13を円周方向に等間隔に保持する波形保持器(保持器)14と、を備える。
【0014】
波形保持器14は、玉13を保持するための球面状凹部16と平坦面17とを円周方向に所定の間隔を存して形成した一対の保持器部材15,15を、各球面状凹部16,16がポケット部18を形成するように対向させ、各平坦部17,17同士をリベット19で結合することで組み立てられるものである。この波形保持器14は、ポケット部18と玉13との間に潤滑油による油膜を形成することにより、ポケット部18と玉13との摺動部分の摩耗を抑制している。
【0015】
そして、本実施形態では、波形保持器14は、化学組成が重量%で、0.03≦C≦0.20、0.90≦Cr≦1.20、0.15≦Mo≦0.30の鋼からなると共に、727℃以下で窒化が施され、Hv650以上の表面硬さと、1〜20μmの化合物層厚さと、を有している。なお、波形保持器14は、その材質である鋼のクロム(Cr)及びモリブデン(Mo)が下限濃度未満の場合、耐焼付き性、耐摩耗性が不十分で、拡散層の形成も不十分なため耐疲労性が低くなり、上限濃度を超えると経済性が低下する。また、波形保持器14の化合物層厚さは、1μm未満では効果がなく、20μmを超えると経済性が低下する。
【0016】
また、本実施形態では、玉13は、鋼玉であり、その表面の窒素濃度が0.1%以上0.6%以下、且つ表面硬さがHv750〜1000である。なお、玉13は、表面窒素濃度が0.1%未満、表面硬さがHv750未満の場合、耐焼付き性、耐摩耗性が不十分で、表面窒素濃度が0.6%を超えると経済性が低下し、表面硬さがHv1000を越えると圧砕値が低下する。
【0017】
さらに、本実施形態では、玉13は、化学組成が重量%で、0.40≦Si≦0.80、0.90≦Mn≦1.25の鋼からなるものである。なお、玉13は、その材質である鋼のケイ素(Si)及びマンガン(Mn)が下限濃度未満の場合、耐焼付き性、耐摩耗性が不十分で、上限濃度を超えると経済性が低下する。
【0018】
以上説明したように、本実施形態の深溝玉軸受10によれば、波形保持器14は、化学組成が重量%で、0.03≦C≦0.20、0.90≦Cr≦1.20、0.15≦Mo≦0.30の鋼からなり、727℃以下で窒化を施し、Hv650以上の表面硬さと、1〜20μmの化合物層厚さと、を有するため、波形保持器14の耐焼付き性、耐摩耗性、耐疲労性を向上することができる。また、波形保持器14がマルテンサイト変態することなく熱処理されるので、波形保持器14の変形を抑制することができる。これらにより、軸受10の耐久性及び高速回転性能を向上することができる。さらに、良好なプレス加工性を確保することができるので、製造コストを削減することができる。
【0019】
また、本実施形態の深溝玉軸受10によれば、玉13は、鋼玉であり、その表面の窒素濃度が0.1%以上0.6%以下、且つ表面硬さがHv750〜1000であるため、波形保持器14と玉13との間の耐摩耗性及び耐焼付き性を向上することができる。これにより、軸受10の耐久性及び高速回転性能をさらに向上することができる。
【0020】
さらに、本実施形態の深溝玉軸受10によれば、玉13は、化学組成が重量%で、0.40≦Si≦0.80、0.90≦Mn≦1.25の鋼からなるため、表面の炭窒化物が微細化されるので、波形保持器14と玉13との間の摩擦係数を減少することができ、波形保持器14と玉13との間の耐摩耗性及び耐焼付き性を向上することができる。これにより、軸受10の耐久性及び高速回転性能をさらに向上することができる。
【実施例】
【0021】
以下に、本発明の深溝玉軸受10(本発明例)の作用効果を確認するために行った各試験について説明する。
【0022】
各試験に使用する本発明例、従来例の転がり軸受には、標準設計の深溝玉軸受(JIS呼び番号6011、内径φ55mm×外径φ90mm×幅18mm、PCD72.5mm)を使用し、それぞれの仕様は次の通りである。
[本発明例仕様]
(保持器)
・材質:クロムモリブデン鋼 SCM415
・表面処理:727℃以下で窒化
表面硬さHv650以上
化合物層厚さ1〜20μm
(玉)
・材質:SUJ2
・表面処理:表面窒素濃度0.1%以上0.6%以下
表面硬さHv750〜1000
[従来例仕様]
(保持器)
・材質:SPCC
・表面処理:なし
(玉)
・材質:SUJ2
・表面処理:なし
【0023】
[高速回転試験1]
本試験では、本発明例及び従来例を1個ずつ用意し、それぞれを下記の試験条件で回転させ、その保持器の状態を常時観察し、回転後の保持器及び玉の状態を観察した。結果を表1及び表2に示す。
【0024】
試験条件は、次の通りである。
回転速度:15000rpm
荷重:2000N
潤滑油:自動車用ATF
潤滑方法:強制潤滑給油
給油温度:80℃
【0025】
【表1】

【0026】
【表2】

【0027】
表1から明らかなように、従来例では、46.4hで保持器が焼付いたのに対し、本発明例では、100h経過後においても異常は確認されず、正常終了となった。また、表2から明らかなように、従来例では、保持器のポケット部摺動面や玉に著しい磨耗が生じているのに対し、本発明例では、保持器のポケット部摺動面に軽微な摺動痕が確認されたのみで、玉には特に問題は生じなかった。これらのことから、本発明例では、保持器の耐焼付き性、耐摩耗性、耐疲労性を向上することができ、軸受の耐久性及び高速回転性能を向上することができるとわかった。
【0028】
[高速回転試験2]
本試験では、本発明例仕様の深溝玉軸受に表面窒素濃度が0.05%の玉を組み込んだ参考例1と、本発明例仕様の深溝玉軸受に表面窒素濃度が0.10%の玉を組み込んだ本発明例1と、本発明例仕様の深溝玉軸受に表面窒素濃度が0.40%の玉を組み込んだ本発明例2と、を1個ずつ用意し、それぞれを下記の試験条件で回転させ、回転後の玉の状態を観察した。結果を表3に示す。
【0029】
試験条件は、次の通りである。
回転速度:15000rpm
荷重:2000N
潤滑油:自動車用ATF
潤滑方法:強制潤滑給油
給油温度:140℃
試験時間:50h
【0030】
【表3】

【0031】
表3から明らかなように、参考例1では、玉に摩耗が生じたのに対し、本発明例1では、玉に軽微な摺動痕が生じ、本発明例2では、特に問題は確認されなかった。このことから、本発明例では、ポケット部と玉との直接金属接触及びPV値の増加による保持器の摩耗を防止することができ、軸受の耐久性及び高速回転性能をさらに向上することができるとわかった。
【0032】
[高速回転試験3]
本試験では、本発明例仕様の深溝玉軸受に表面窒素濃度が0.4%のSUJ3鋼製の玉を組み込んだ本発明例3を用意し、この本発明例3を下記の試験条件で回転させ、回転後の軸受の状態を観察した。なお、SUJ3鋼は、化学組成が重量%で、0.40≦Si≦0.80、0.90≦Mn≦1.25である。
【0033】
試験条件は、次の通りである。
回転速度:30000rpm
荷重:2000N
潤滑油:自動車用ATF
潤滑方法:強制潤滑給油
給油温度:160℃
試験時間:10h
【0034】
試験の結果、本発明例3には特に問題は確認されなかったので、本発明例3が上記した過酷な試験条件に耐え得ることがわかった。このことから、本発明例は、保持器のポケット部と玉との間のPV値の増加による焼付きを防止することができ、軸受の耐久性及び高速回転性能をさらに向上することができるとわかった。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明に係る深溝玉軸受を説明するため一部切欠斜視図である。
【符号の説明】
【0036】
10 深溝玉軸受
11 外輪
11a 外輪軌道面
12 内輪
12a 内輪軌道面
13 玉(転動体)
14 波形保持器(保持器)
15 保持器部材
16 球面状凹部
17 平坦部
18 ポケット部
19 リベット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周面に外輪軌道面を有する外輪と、外周面に内輪軌道面を有する内輪と、前記外輪軌道面と前記内輪軌道面との間に転動自在に介設される複数の転動体と、前記転動体を円周方向に等間隔に保持する保持器と、を備える深溝玉軸受であって、
前記保持器は、化学組成が重量%で、0.03≦C≦0.20、0.90≦Cr≦1.20、0.15≦Mo≦0.30の鋼からなる波形保持器であり、
前記保持器は、727℃以下で窒化を施し、Hv650以上の表面硬さと、1〜20μmの化合物層厚さと、を有することを特徴とする深溝玉軸受。
【請求項2】
前記転動体は、鋼玉であり、その表面の窒素濃度が0.1%以上0.6%以下、且つ表面硬さがHv750〜1000であることを特徴とする請求項1に記載の深溝玉軸受。
【請求項3】
前記転動体は、化学組成が重量%で、0.40≦Si≦0.80、0.90≦Mn≦1.25の鋼からなることを特徴とする請求項2に記載の深溝玉軸受。

【図1】
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【公開番号】特開2008−175300(P2008−175300A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−9452(P2007−9452)
【出願日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】