説明

湿式摩擦プレート

【課題】摩擦材の総面積の減少を抑えつつ更なる引き摺りトルクの低減を実現可能な湿式摩擦プレートを提供する。
【解決手段】クラッチ摩擦板200は、平板環状の芯金201上に摩擦材210および油溝220を備えて構成されている。芯金201におけるクラッチプレート103に対向する側面には、複数の小片状の摩擦材210が芯金201の周方向に沿って油溝220を介してそれぞれ設けられている。摩擦材210は、連続的に並んで配置される5つの摩擦材210を一組とする摩擦材群211ごとに配置される。摩擦材群211を構成する摩擦材210は、各外側周縁部213および各内側周縁部214が芯金201の回転中心Oからの距離L213,L214が連続的に変化する円弧状の連続変化形状213a,214aにそれぞれ形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油中で使用される湿式摩擦プレートに関するもので、特には、原動機と同原動機によって回転駆動される被動体との間に配置されて原動機の駆動力を被動体に伝達または遮断する摩擦クラッチ装置や同原動機による回転運動を制動するブレーキ装置に適した湿式摩擦プレートに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、四輪自動車や二輪自動車などの車両においては、摩擦クラッチ装置やブレーキ装置が搭載されている。摩擦クラッチ装置は、エンジンなどの原動機の回転駆動力を車輪などの被動体に伝達または遮断するための機械装置である。また、ブレーキ装置は、原動機の回転駆動力を制動するための機械装置である。一般に、これらの摩擦クラッチ装置やブレーキ装置は、油中にて互いに対向配置される2つのプレート、具体的には、平板環状の芯金の表面に摩擦材を設けた湿式摩擦プレートと摩擦材がないプレーンプレートとを互いに押し付け合うことにより回転駆動力の伝達または制動が行なわれている。
【0003】
このような摩擦クラッチ装置やブレーキ装置においては、これらの装置が搭載される車両の燃費向上を目的として所謂引き摺りトルクの低減が常に求められる。引き摺りトルクは、湿式摩擦プレートとプレーンプレートとが離隔状態において、湿式摩擦プレートとプレーンプレートとの回転数の差に起因してこれら2つのプレート間に存在する油の粘性抵抗によって湿式摩擦プレートとプレーンプレートとの間で伝達されるトルクであり、車両の燃費悪化の一因となるものである。
【0004】
このため、例えば、下記特許文献1には、湿式摩擦プレートとしてのクラッチ摩擦板において、クラッチ摩擦板の周方向に沿って小片状の摩擦材を油溝を構成する隙間を介して配列するとともに、この摩擦材列に間欠的に油溝より幅広の間欠部を設けることによりクラッチオイルの排出性を高めて引き摺りトルクの低減を図ったクラッチ摩擦板が開示されている。この場合、上記特許文献1に記載のクラッチ摩擦板においては、摩擦材の総面積の減少率が16.6%に対して引き摺りトルクの減少率が24.2%となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−38963号公報
【0006】
しかしながら、湿式摩擦プレートとプレーンプレートとの間に油が介在する湿式型の摩擦クラッチ装置やブレーキ装置においては、湿式摩擦プレートとプレーンプレートとの間で生じる引き摺りトルクの低減は常に求められるものであり、上記従来技術によって満足されるものではない。一般に、摩擦クラッチ装置やブレーキ装置における引き摺りトルクは、湿式摩擦プレートに設けられた摩擦材の総面積に依存することが知られている。すなわち、湿式摩擦プレートに設けられた摩擦材の総面積の減少とともに引き摺りトルクも減少する。しかし、摩擦材の総面積を減少させると摩擦クラッチ装置やブレーキ装置における回転駆動力の伝達能力や制動能力が低下するため、単純に摩擦材の総面積を減少させることはできない。
【0007】
本発明は上記問題に対処するためなされたもので、その目的は、摩擦材の総面積の減少を抑えつつ更なる引き摺りトルクの低減を実現可能な湿式摩擦プレートを提供することにある。
【発明の概要】
【0008】
上記目的を達成するため、請求項1に係る本発明の特徴は、平板環状に形成した芯金の表面に周方向に沿って複数の摩擦材を隙間を介して配置することにより各摩擦材間に隙間による油溝が形成された湿式摩擦プレートにおいて、摩擦材は、芯金の径方向における外側周縁部および内側周縁部のうちの少なくとも一方の周縁部の芯金の回転中心からの距離が、互いに隣接する少なくとも2つの摩擦材からなる一組の摩擦材群内で連続的に変化する連続変化形状に形成されていることにある。
【0009】
このように構成した請求項1に係る本発明の特徴によれば、湿式摩擦プレートは、摩擦材の外側周縁部および/または内側周縁部の芯金の回転中心に対する距離が、少なくとも2つの摩擦材間で連続的に変化する連続変化形状に形成されている。これにより、本発明者らによる実験によれば、従来技術に比べて、摩擦材の面積減少を抑えつつ更なる引き摺りトルクの低減が可能であることを確認した。このような効果を得た原因は、必ずしも明確ではないが、湿式摩擦プレートが回転する際に摩擦材が回転変位するリング状の変位領域に生じるリング状の油膜の外側周縁部および/または内側周縁部が摩擦材の外側周縁部および/または内側周縁部における連続変化形状によって乱れるため、連続的なリング状の油膜の形成の維持が困難となって油膜に部分的な分断が生じるからではないかと考えられる。
【0010】
また、請求項2に係る本発明の他の特徴は、前記湿式摩擦プレートにおいて、摩擦材における連続変化形状は、円弧形状であることにある。
【0011】
このように構成した請求項2に係る本発明の他の特徴によれば、湿式摩擦プレートは、摩擦材における連続変化形状が円弧状に形成されているため、連続変化形状を直線状に形成した場合に比べて摩擦材の面積の減少を抑えることができる。
【0012】
また、請求項3に係る本発明の他の特徴は、前記湿式摩擦プレートにおいて、連続変化形状は、摩擦材における外側周縁部および内側周縁部にそれぞれ形成されていることにある。
【0013】
このように構成した請求項3に係る本発明の他の特徴によれば、湿式摩擦プレートは、連続変化形状は、摩擦材における外側周縁部および内側周縁部にそれぞれ形成されているため、より効果的に油膜を分断することができ、結果として引き摺りトルクを低減することができる。
【0014】
また、請求項4に係る本発明の他の特徴は、前記湿式摩擦プレートにおいて、摩擦材群は、互いに隣接して2組以上存在しており、互いに隣接する摩擦材群間にて外側周縁部側および内側周縁部側のうちの少なくとも一方の周縁部側にて互いに隣接する摩擦材の2つの各端部が、互いに芯金の径方向に段違いに形成されていることにある。

【0015】
このように構成した請求項4に係る本発明の他の特徴によれば、湿式摩擦プレートは、互いに隣り合う2つの摩擦材群間にて外側周縁部および/また内側周縁部の各端部が互いに芯金の径方向に段違いに形成されている。これにより、湿式摩擦プレートが回転する際に摩擦材が回転変位するリング状の変位領域に連続的なリング状に形成される油膜の外側周縁部および/または内側周縁部を、前記段違いに形成され縁部によって乱れさせて油膜を分断するきっかけとすることができる。
【0016】
また、請求項5に係る本発明の他の特徴は、前記湿式摩擦プレートにおいて、摩擦材群は、互いに隣接して2組以上存在しており、油溝は、互いに隣接する摩擦材群間にて互いに対向する摩擦材の2つの各縁部が、芯金の内周側から外周側に向かって接近または離隔する方向に延びて形成されることにより扇状に形成されていることにある。
【0017】
このように構成した請求項5に係る本発明の他の特徴によれば、湿式摩擦プレートは、摩擦材群間に設けられる油溝が芯金の内周側から外周側に向かって拡がるまたは狭まる扇状に形成されている。これにより、回転変位する湿式摩擦プレートにおける内側から外側への油の流通性が促進されるため、摩擦材の回転変位領域における連続的なリング状の油膜の生成を阻害することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施形態に係る湿式摩擦プレートとしてのクラッチ摩擦板を備えた摩擦クラッチ装置の全体構成を示す断面図である。
【図2】図1に示す摩擦クラッチ装置内に組み込まれる本発明の一実施形態に係る湿式摩擦プレートとしてのクラッチ摩擦板の外観を模式的に示す平面図である。
【図3】本発明に係る摩擦材の形状と引き摺りトルクとの関係を明らかにするために、図1に示す本発明に係るクラッチ摩擦板における引き摺りトルクと従来のクラッチ摩擦板における引き摺りトルクと比較して示したグラフである。
【図4】本発明の変形例に係るクラッチ摩擦板の外観を模式的に示す平面図である。
【図5】本発明の他の変形例に係るクラッチ摩擦板の外観を模式的に示す平面図である。
【図6】本発明の他の変形例に係るクラッチ摩擦板の外観を模式的に示す平面図である。
【図7】本発明の他の変形例に係るクラッチ摩擦板の外観を模式的に示す平面図である。
【図8】本発明の他の変形例に係るクラッチ摩擦板の外観を模式的に示す平面図である。
【図9】従来技術に係るクラッチ摩擦板の外観を模式的に示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係る湿式摩擦プレートの一実施形態について図面を参照しながら説明する。図1は、本発明に係る湿式摩擦プレートとしてのクラッチ摩擦板200を備えた摩擦クラッチ装置100の全体構成を概略を模式的に示す断面図である。なお、本明細書において参照する各図は、本発明の理解を容易にするために一部の構成要素を誇張して表わすなど模式的に表している。このため、各構成要素間の寸法や比率などは異なっていることがある。この摩擦クラッチ装置100は、二輪自動車(オートバイ)における原動機であるエンジン(図示せず)の駆動力を被動体である車輪(図示せず)に伝達または遮断するための機械装置であり、同エンジンと変速機(トランスミッション)(図示せず)との間に配置されるものである。
【0020】
(クラッチ摩擦板200の構成)
摩擦クラッチ装置100は、アルミニウム合金製のハウジング101を備えている。ハウジング101は、有底円筒状に形成されており、摩擦クラッチ装置100の筐体の一部を構成する部材である。このハウジング101における図示左側側面には、入力ギア102がトルクダンパ102aを介してリベット102bによって固着されている。入力ギア102は、エンジンの駆動により回転駆動する図示しない駆動ギアと噛合って回転駆動する。ハウジング101における内周面には、複数枚(本実施形態においては8枚)のクラッチプレート103がハウジング101の軸線方向に沿って変位可能、かつ同ハウジング101と一体回転可能な状態でスプライン嵌合によってそれぞれ保持されている。
【0021】
クラッチプレート103は、後述するクラッチ摩擦板200に押し当てられる平板環状の部品であり、SPCC(冷間圧延鋼板)材からなる薄板材を環状に打ち抜いて成形されている。これらのクラッチプレート103における各両側面(表裏面)には、後述するクラッチオイルを保持するための深さ数μm〜数十μmの図示しない油溝が形成されている。また、クラッチプレート103における油溝が形成された各両側面(表裏面)には、耐摩耗性を向上させる目的で表面硬化処理がそれぞれ施されている。なお、この表面硬化処理については本発明に直接関わらないため、その説明は省略する。
【0022】
ハウジング101の内部には、略円筒状に形成された摩擦板ホルダ104がハウジング101と同心で配置されている。この摩擦板ホルダ104の内周面には、摩擦板ホルダ104の軸線方向に沿って多数のスプライン溝が形成されており、同スプライン溝にシャフト105がスプライン勘合している。シャフト105は、中空状に形成された軸体であり、一方(図示右側)の端部側がニードルベアリング105aを介して入力ギア102およびハウジング101を回転自在に支持するとともに、前記スプライン勘合する摩擦板ホルダ104をナット105bを介して固定的に支持する。すなわち、摩擦板ホルダ104は、シャフト105とともに一体的に回転する。一方、シャフト105における他方(図示左側)の端部は、二輪自動車における図示しない変速機に連結されている。
【0023】
シャフト105の中空部には、軸状のプッシュロッド106がシャフト105における前記一方(図示右側)の端部から突出した状態で貫通して配置されている。プッシュロッド106は、シャフト105における一方(図示右側)の端部から突出した端部の反対側(図示左側)が二輪自動車における図示しないクラッチ操作レバーに連結されており、同クラッチ操作レバーの操作によってシャフト105の中空部内をシャフト105の軸線方向に沿って摺動する。
【0024】
摩擦板ホルダ104の外周面には、複数枚(本実施形態においては7枚)のクラッチ摩擦板200が前記クラッチプレート103を挟んだ状態で、摩擦板ホルダ104の軸線方向に沿って変位可能、かつ同摩擦板ホルダ104と一体回転可能な状態でスプライン嵌合によってそれぞれ保持されている。このクラッチ摩擦板200が、本発明に係る湿式摩擦プレートに相当する。なお、クラッチプレート103は、前記従来技術におけるプレーンプレートに相当する。
【0025】
クラッチ摩擦板200は、詳しくは図2に示すように、平板環状の芯金201上に摩擦材210および油溝220を備えて構成されている。芯金201は、クラッチ摩擦板200の基部となる部材であり、SPCC(冷間圧延鋼板)材からなる薄板材を略環状に打ち抜いて成形されている。このクラッチ摩擦板200における前記クラッチプレート103に対向する側面、すなわち、芯金201におけるクラッチプレート103に対向する側面には、複数(本実施形態においては40枚)の小片状の摩擦材210が芯金201の周方向に沿って隙間を介してそれぞれ設けられている。なお、図においては、摩擦材210を明確にするために点状のハッチングを施して示している(他の図においても同様)。
【0026】
摩擦材210は、前記クラッチプレート103に対する摩擦力を向上させるものであり、摩擦抵抗の大きい紙材を4つの辺と4つの角(かど)からなる小片に成形して構成されている。この場合、各摩擦材210は、それぞれ芯金201の径方向の長さが同芯金201の環状部の幅より短い長さで形成されている。そして、これらの摩擦材210は、芯金201上において連続的に並んで配置される5つの摩擦材210を一組とする摩擦材群211ごとに配置される。
【0027】
具体的には、一組の摩擦材群211を構成する5つの摩擦材210は、互いに隣接して対向する縁部212a,212bが互いに平行に形成されるとともに所定の隙間を介して配置される。また、この一組の摩擦材群211を構成する5つの摩擦材210は、各外側周縁部213および各内側周縁部214が芯金201の回転中心Oからの距離L213,L214が連続的に変化する円弧状の連続変化形状213a,214aにそれぞれ形成されている。この円弧状の連続変化形状213a,214aは、それぞれ芯金201の半径より十分に小さい互いに同一半径かつ同一中心の円弧によって構成されている。本発明者らの実験によれば、円弧状の連続変化形状213a,214aは、芯金201の半径の概ね3/4以下の半径の円弧で形成するのが好適である。
【0028】
そして、この摩擦材群211は、複数の摩擦材群211が前記各摩擦材210間の隙間と同じ隙間を介して芯金201上に同芯金201の周方向に沿って並べて配置される。本実施形態においては、8組の摩擦材群211が芯金201の周方向に沿って並べて配置されている。この場合、これらの各摩擦材210は、接着剤によって芯金201上にそれぞれ貼り付けられる。なお、摩擦材210は、クラッチ摩擦板200とクラッチプレート103との摩擦力を向上させることができる素材で構成されていれば、紙材以外の素材、例えば、コルク材、ゴム材またはガラス材などを用いることもできる。
【0029】
また、芯金201上に配置されるすべての各摩擦材210間に形成される隙間は、摩擦材210における芯材201の周方向の幅より十分短い長さに形成されて油溝220を構成する。油溝220は、クラッチ摩擦板200の径方向内側および径方向外側に向ってクラッチオイルを導く流路であるとともにクラッチ摩擦板220とクラッチプレート103との間にクラッチオイルを存在させておくためのオイル保持部である。また、芯金201の内周部には、摩擦板ホルダ104とスプライン勘合させるための内歯状のスプライン202が形成されている。
【0030】
一方、摩擦板ホルダ104の内部には、所定量のクラッチオイル(図示しない)が充填されているとともに、3つの筒状支持柱104aがそれぞれ形成されている(図においては1つのみ示す)。クラッチオイルは、クラッチ摩擦板200とクラッチプレート103との間に供給されてこれらのクラッチ摩擦板200とクラッチプレート103との間で生じる摩擦熱の吸収や摩擦材210の摩耗を防止する。すなわち、この摩擦クラッチ装置100は、所謂湿式多板摩擦クラッチ装置である。
【0031】
また、3つの筒状支持柱104aは、摩擦板ホルダ104の軸線方向外側(図示右側)に向って突出した状態でそれぞれ形成されており、摩擦板ホルダ104と同心の位置に配置された押圧カバー107がボルト108a,受け板108bおよびコイルバネ108cを介してそれぞれ組み付けられている。押圧カバー107は、クラッチ摩擦板200の外径と略同じ大きさの外径の略円板状に形成されており、前記コイルバネ108cによって摩擦板ホルダ104側に押圧されている。また、押圧カバー107の内側中心部には、プッシュロッド106における図示右側先端部に対向する位置にリレーズベアリング107aが設けられている。
【0032】
(クラッチ摩擦板200の作動)
次に、上記のように構成したクラッチ摩擦板200の作動について説明する。このクラッチ摩擦板200は、前記したように摩擦クラッチ装置100内に組み付けられて用いられる。そして、この摩擦クラッチ装置100は、前記したように、車両におけるエンジンと変速機との間に配置されるものであり、車両の操作者によるクラッチ操作レバーの操作によってエンジンの駆動力の変速機への伝達および遮断を行なう。
【0033】
すなわち、車両の操作者(図示せず)がクラッチ操作レバー(図示せず)を操作してプッシュロッド106を後退(図示左側に変位)させた場合には、プッシュロッド106の先端部がリレーズベアリング107aを押圧しない状態となり、押圧カバー107がコイルバネ108cの弾性力によってクラッチプレート103を押圧する。これにより、クラッチプレート103およびクラッチ摩擦板200は、摩擦板ホルダ104の外周面にフランジ状に形成された受け部104b側に変位しつつ互いに押し当てられて摩擦連結された状態となる。この結果、入力ギア102に伝達されたエンジンの駆動力がクラッチプレート103、クラッチ摩擦板200、摩擦板ホルダ104およびシャフト105を介して変速機に伝達される。
【0034】
一方、車両の操作者がクラッチ操作レバー(図示せず)を操作してプッシュロッド106を前進(図示右側に変位)させた場合には、プッシュロッド106の先端部がリレーズベアリング107aを押圧する状態となり、押圧カバー107がコイルバネ108cの弾性力に抗しながら図示右側に変位して押圧カバー107とクラッチプレート103とが離隔する。これにより、クラッチプレート103およびクラッチ摩擦板200は、押圧カバー107側に変位しつつ互いに押し当てられて連結された状態が解除されて互いに離隔する。この結果、クラッチプレート103からクラッチ摩擦板200への駆動力の伝達が行われなくなり、入力ギア102に伝達されたエンジンの駆動力の変速機への伝達が遮断される。
【0035】
このクラッチプレート103とクラッチ摩擦板200とが離隔した状態においては、クラッチプレート103とクラッチ摩擦板200との直接的な摩擦接触が解消される一方で、クラッチプレート103とクラッチ摩擦板200との間に存在するクラッチオイルによって両者は間接的に接続された状態となる。より具体的には、主として、クラッチ摩擦板200における摩擦材210に接するクラッチオイルが粘性抵抗によって同摩擦材210に引き摺られるため、この引き摺られたクラッチオイルに接したクラッチプレート103がクラッチオイルの粘性抵抗によって引き摺られて回転速度が低下する。
【0036】
この場合、クラッチプレート103とクラッチ摩擦板200との間に存在するクラッチオイルは、主として、摩擦材210が回転変位するリング状の変位領域に対応してリング状の油膜になると考えられる。しかし、この場合、摩擦材210の外側周縁部213および内側周縁部214には、それぞれ全周に亘って5つの摩擦材210ごと、すなわち、摩擦材群211ごとに円弧状の凹凸を繰り返す連続変化形状213a,214aがそれぞれ形成されている。このため、クラッチプレート103とクラッチ摩擦板200との間に存在する連続的なリング状の油膜は、その外側周縁部および内側周縁部が摩擦材210の外側周縁部213および内側周縁部214の凹凸形状によって乱されることにより、連続的なリング状の油膜の形成の維持が困難となって部分的に油膜の厚さが薄くなったり油膜が分断されたりすると考えられる。
【0037】
これにより、クラッチプレート103とクラッチ摩擦板200との間に存在するクラッチオイルは、部分的に欠損した状態となりクラッチプレート103とクラッチ摩擦板200との相互間のトルク伝達性能が低下する。この結果、クラッチプレート103とクラッチ摩擦板200とは、クラッチオイルを介した間接的な摩擦接触状態が緩和されて伝達されるトルク、すなわち、引き摺りトルクが減少する。
【0038】
ここで、本発明者らによる実験結果について説明しておく。図3は、図9に示す従来技術に係るクラッチ摩擦板90を用いた図示しない摩擦クラッチ装置における引き摺りトルクのピーク値と本発明に係るクラッチ摩擦板200を用いた摩擦クラッチ装置100における引き摺りトルクのピーク値とをそれぞれ示したグラフである。なお、図3において、縦軸のトルク値の値自体は、本発明の優位性の立証には不要であるため省略している。
【0039】
本実験に用いた従来技術に係るクラッチ摩擦板90は、図9に示すように、芯金91の周方向に沿って小片状の摩擦材92が油溝93を介して貼り付けられているととともに、各摩擦材92の外側周縁部94および内側周縁部95の芯金91の回転中心Oからの距離L94,L95が全周に亘って一定距離で構成されている。すなわち、クラッチ摩擦板90は、摩擦材92の外側周縁部94および内側周縁部95が芯金91と同心で互いに異なる半径の円弧で構成されている。そして、クラッチ摩擦板90における摩擦材92の総面積は1375mmであり、クラッチ摩擦板200における摩擦材210の総面積は1268mmである。すなわち、クラッチ摩擦板90の摩擦材92に対するクラッチ摩擦板200の摩擦材210の総面積の減少率は約7.8%である。また、従来技術に係る摩擦クラッチ装置は、本発明に係る摩擦クラッチ装置100に対してクラッチ摩擦板200を除いて同一の構成である。
【0040】
図3に示す実験結果から明らかなように、本発明に係るクラッチ摩擦板200を用いた摩擦クラッチ装置100は、従来技術に係るクラッチ摩擦板90を用いた摩擦クラッチ装置に対して約30%の引き摺りトルクの低減を実現している。すなわち、本発明に係るクラッチ摩擦板200は、摩擦材210の面積減少率が約7.8%に対して引き摺りトルクが約30%低減しており、従来技術に係るクラッチ摩擦板90に対して少ない面積減少率で極めて大きな引き摺りトルクの低減を実現している。
【0041】
上記作動説明からも理解できるように、上記実施形態によれば、クラッチ摩擦板200は、摩擦材210の外側周縁部213および内側周縁部214の芯金201の回転中心Oに対する距離L213,L214が、5つの摩擦材210間で連続的に変化する連続変化形状213a,214aに形成されている。これにより、本発明者らによる実験によれば、従来技術に比べて、摩擦材210の面積減少を抑えつつ更なる引き摺りトルクの低減が可能であることを確認した。
【0042】
さらに、本発明の実施にあたっては、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。なお、下記に示す各変形例においては、上記実施形態におけるクラッチ摩擦板200と同様の構成部分にはクラッチ摩擦板200に付した符号に対応する符号を付して、その説明は省略する。
【0043】
例えば、上記実施形態においては、クラッチ摩擦板200は、摩擦材210における外側周縁部213および内側周縁部214にそれぞれ連続変化形状213a,214aが形成されている。しかし、連続変化形状213a,214aは、摩擦材210における外側周縁部213および内側周縁部214うちの少なくとも一方の周縁部に形成されていればよい。例えば、図4に示すように、摩擦材210における外側周縁部213にのみ連続変化形状213aを形成してもよいし、図5に示すように、摩擦材210における内側周縁部214にのみ連続変化形状214aを形成してもよい。なお、図5に示すクラッチ摩擦板200においては、内側周縁部214に形成した連続変化形状214aを図2に示した連続変化形状214aよりも曲率の大きい円弧で形成している。
【0044】
また、上記実施形態においては、クラッチ摩擦板200は、摩擦材210における外側周縁部213および内側周縁部214の各全周に亘って連続変化形状213a,214aが形成されている。しかし、連続変化形状213a,214aは、摩擦材210における少なくとも2つの摩擦材210間(すなわち摩擦材群211)で形成されていればよい。したがって、例えば、芯金201の周方向に沿って設けられた摩擦材210のうちの少なくとも一か所以上で互いに隣接する2つの摩擦材210間(すなわち摩擦材群211)に連続変化形状213aおよび/または連続変化形状214aを形成することができる。
【0045】
また、上記実施形態においては、互いに異なる摩擦材群211に含まれて互いに隣接する2つの摩擦材210における各外側周縁部213の互いに隣接する2つの端部215a,215bは、それぞれ芯金201の回転中心Oからの各距離L213が互いに同一となる。また、互いに異なる摩擦材群211に含まれて互いに隣接する2つの摩擦材210における各内側周縁部214の互いに隣接する2つの端部216a,216bは、それぞれ芯金201の回転中心Oから各距離L214が互いに同一となる。すなわち、互いに隣接する摩擦材群211間において外側周縁部213側および内側周縁部214側でそれぞれ互いに隣接する各2つの端部215a,215b,216a,216bは、それぞれ芯金201の回転中心Oからの距離L213,L214が互いに同一となる。
【0046】
しかし、例えば、図6に示すように、互いに隣接する摩擦材群211間にて外側周縁部213側および内側周縁部214側でそれぞれ互いに隣接する各端部215a,215b,216a,216bを芯金201の径方向に段違いに形成することにより、これら2つの各端部215a,215b,216a,216bにおける芯金201の回転中心Oからの距離L213,L214をそれぞれ異ならせるようにしてもよい。
【0047】
これによれば、クラッチプレート103とクラッチ摩擦板200との間に存在する連続的なリング状の油膜の外側周縁部および内側周縁部は、互いに隣接する摩擦材群211間にて互いに段違いに形成された各端部215a,215b,216a,216bによって乱されるため、連続的なリング状の油膜の形成の維持がより困難となって部分的に油膜の厚さが薄くなったり油膜が分断されたりする。これにより、より効果的に引き摺りトルクを低減することができる。なお、この場合、互いに隣接する摩擦材群211間にて外側周縁部213側および内側周縁部214側でそれぞれ互いに隣接する各端部215a,215b,216a,216bに対して、どちらか一方、すなわち、端部215a,215bまたは端部216a,216bに対して芯金201の径方向に段違いに形成するようにしてもよい。
【0048】
また、上記実施形態においては、互いに隣接する2つの摩擦材群211間の隙間によって形成される油溝220の幅を一定に形成した。しかし、油溝220は、互いに隣接する摩擦材群211間にて互いに対向する摩擦材210の2つの各縁部212a,212bが、芯金201の内周側から外周側に向かって接近または離隔する方向に延びて形成されることにより扇状に形成することもできる。例えば、図7に示すように、油溝220は、互いに隣接する摩擦材群211間にて互いに対向する摩擦材210の2つの各縁部212a,212bが、芯金201の内周側から外周側に向かって離隔する方向に延びて形成することにより扇状に形成することができる。これによれば、クラッチプレート103とクラッチ摩擦板200との間に存在するクラッチオイルがクラッチ摩擦板200の内側から外側に向って流れる際の流動性が向上するため、引き摺りトルクのより効果的に低減することができる。
【0049】
また、上記実施形態においては、クラッチ摩擦板200は、摩擦材210における外側周縁部213および内側周縁部214にそれぞれ円弧状の連続変化形状213a,214aが形成されている。この場合、連続変化形状213a,214aは、互いに同じ半径の円弧で構成されている。しかし、連続変化形状213a,214aは、芯金201の回転中心Oからの距離が一組の摩擦材群211内で連続的に変化する形状であればよく、必ずしも上記実施形態に限定されるものではない。すなわち、連続変化形状213a,214aは、円弧、曲線および直線を単独でまたはこれらを適宜組み合わせて構成することができる。この場合、連続変化形状213aと連続変化形状214aとを互いに異なる形状で構成することもできる。例えば、摩擦材200の外側周縁部213に形成する連続変化形状213aと内側周縁部214に形成する連続変化形状214aとで互いに半径や中心位置などが異なる円弧に形成することができる。また、連続変化形状213a,214aは、図8に示すように、直線状に形成することもできる。
【0050】
また、上記実施形態においては、一組の摩擦材群211を連続配置された5つの摩擦材210で構成した。しかし、一組の摩擦材群211は、互いに隣接する少なくとも2つの摩擦材210で構成されていればよい。例えば、一組の摩擦材群211は、2つ以上4つ以下、または6つ以上の摩擦材210でそれぞれ構成することができる。また、摩擦材210の数が互いに異なる複数種類の摩擦材群211によって一つのクラッチ摩擦板200を構成することもできる。
【0051】
また、上記実施形態においては、本発明に係る湿式摩擦プレートを摩擦クラッチ装置100に用いられるクラッチ摩擦板200に適用した例について説明した。しかし、本発明に係る湿式摩擦プレートは、油中で使用される湿式摩擦プレートであればよく、摩擦クラッチ装置100ほかに、原動機による回転運動を制動するブレーキ装置に用いられる摩擦プレートにも適用できるものである。
【符号の説明】
【0052】
O…回転中心、L213,L214,L94,L95…回転中心Oからの距離
90…クラッチ摩擦板、91…芯金、92…摩擦材、93…油溝、94…外側周縁部、95…内側周縁部、
100…摩擦クラッチ装置、101…ウジング、102…入力ギア、103…クラッチプレート、104…摩擦板ホルダ、105…シャフト、106…プッシュロッド、107…押圧カバー、
200…クラッチ摩擦板、201…芯金、202…スプライン、
210…摩擦板、211…摩擦材群、212a,212b…縁部、213…外側周縁部、213a…連続変化形状、214…内側周縁部、214a…連続変化形状、215a,215b,216a,216b…端部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平板環状に形成した芯金の表面に周方向に沿って複数の摩擦材を隙間を介して配置することにより各前記摩擦材間に前記隙間による油溝が形成された湿式摩擦プレートにおいて、
前記摩擦材は、
前記芯金の径方向における外側周縁部および内側周縁部のうちの少なくとも一方の周縁部の前記芯金の回転中心からの距離が、互いに隣接する少なくとも2つの前記摩擦材からなる一組の摩擦材群内で連続的に変化する連続変化形状に形成されていることを特徴とする湿式摩擦プレート。
【請求項2】
請求項1に記載した湿式摩擦プレートにおいて、
前記摩擦材における前記連続変化形状は、円弧形状であることを特徴とする湿式摩擦プレート。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載した湿式摩擦プレートにおいて、
前記連続変化形状は、前記摩擦材における前記外側周縁部および前記内側周縁部にそれぞれ形成されていることを特徴とする湿式摩擦プレート。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のうちのいずれか1つに記載した湿式摩擦プレートにおいて、
前記摩擦材群は、互いに隣接して2組以上存在しており、
前記互いに隣接する前記摩擦材群間にて前記外側周縁部側および前記内側周縁部側のうちの少なくとも一方の周縁部側にて互いに隣接する前記摩擦材の2つの各端部が、互いに前記芯金の径方向に段違いに形成されていることを特徴とする湿式摩擦プレート。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のうちのいずれか1つに記載した湿式摩擦プレートにおいて、
前記摩擦材群は、互いに隣接して2組以上存在しており、
前記油溝は、
前記互いに隣接する前記摩擦材群間にて互いに対向する前記摩擦材の2つの各縁部が、前記芯金の内周側から外周側に向かって接近または離隔する方向に延びて形成されることにより扇状に形成されていることを特徴とする湿式摩擦プレート。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−229765(P2012−229765A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−99080(P2011−99080)
【出願日】平成23年4月27日(2011.4.27)
【出願人】(000128175)株式会社エフ・シー・シー (109)
【Fターム(参考)】