説明

溶銑撹拌装置の湯面検知方法および撹拌部材の浸漬位置決定方法

【課題】 特別なセンサを設けることなく、検知精度に優れる溶銑容器内の湯面検知方法を提供する。
【解決手段】 溶銑容器内で溶銑に浸漬して使用する撹拌部材を下降する昇降モーターの電流値と、撹拌部材の昇降速度と、を測定する。撹拌部材が定速Vcで下降する際の電流値を定常電流値Icとして求める。引き続き撹拌部材が下降する際の電流値である測定電流値Irを求める。定常電流値Icと測定電流値Irとの差ΔI(=Ic−Ir)を求める。電流値の減少量である差ΔIが予め定める値以上になる時を、撹拌部材が湯面に到達する時である湯面検知時taと判断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撹拌部材が溶銑容器内の湯面に到達する時を検知する溶銑容器内の湯面検知方法および該方法に基づく撹拌部材の浸漬位置決定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼製品を製造する工程のうち製鋼工程では、溶銑中の不純物を低減する精錬処理が行われる。たとえば、製鋼炉の一種である電気炉では、原料を溶解した後、溶銑に含まれるイオウ(S)を低減する脱硫処理が行われる。従来、脱硫処理には、脱硫反応に優れる高塩基度となるように配合調整したスラグ原料が用いられている。スラグ原料が溶解して生成される高塩基度のスラグは、流動性が低い。そこで、スラグに蛍石(CaF)を添加して流動性を高め、流動性を確保したスラグと溶銑とを反応させて脱硫している。
【0003】
しかし、スラグの流動性確保のために蛍石を多用すると、脱硫処理後のスラグを路盤改良材などに二次利用する際、フッ素(F)が雨水へ溶出するなどの環境問題が懸念される。そこで、塩基度を低く抑えてスラグの流動性を確保し、塩基度を低く抑えたことによる脱硫反応の低下を、溶銑とスラグとを溶銑容器内で機械撹拌することによって補う方法がとられるに至っている。
【0004】
溶銑とスラグとが機械撹拌されると、両者の接触頻度および接触界面積が増大し、脱硫反応が促進される。この機械撹拌による脱硫反応の促進効果は、撹拌部材の溶銑への浸漬位置によって大きく影響される。特にクロムを含有する含クロム溶銑では、クロムがSの活量を低下させる元素であるため、脱硫反応が進行しにくく、相対的に多くの脱硫剤を必要とするので、スラグを十分に撹拌することが必要になる。撹拌部材の溶銑に対する浸漬位置が深すぎると、溶銑のみが撹拌されてスラグがほとんど撹拌されないので、十分な脱硫効果を得ることができない。逆に、撹拌部材の溶銑に対する浸漬位置が浅すぎると、スラグおよび湯面近傍の溶銑のみが撹拌され、溶銑容器内の深い位置に存在する溶銑とスラグとがほとんど接触しないので、十分な脱流効果を得ることができない。さらに、撹拌部材が湯面近傍の溶銑を跳ね上げてスプラッシュを増加させるので、溶銑容器内の耐火物の損耗が加速されるとともに、製鋼歩留が低下する。十分な脱硫効果を得るには、溶銑に対して撹拌部材を適当な位置に浸漬することが必要である。通常、溶銑に対する撹拌部材の浸漬位置は、溶銑の湯面を検知し、湯面の位置を基準にして定められる。したがって、湯面の位置を知るために、撹拌部材が湯面に到達する時を検知する湯面検知が重要になる。
【0005】
湯面検知方法には、撹拌部材が溶銑に浸漬された時の湯面の輝度変化を目視またはカメラで撮像して判定する方法、またマイクロ波等を利用した非接触の湯面センサを用いて判定する方法などがある。しかし、目視では、オペレータが常時湯面を監視しなければならないので、作業負荷および省力の観点から問題がある。またカメラによる判定では、溶銑表面に浮遊するスラグの性状、生成量および分布の状態により検知精度がばらつくという問題がある。湯面センサは、測定精度に優れるが、溶銑容器の近辺や建屋内の高所に設置されるので、高熱や振動により寿命が低下するという問題があり、また高価でもある。
【0006】
このような問題に対して、撹拌部材の撹拌羽根部材が溶銑に浸漬されて全没後、さらに撹拌軸部材が溶銑に浸漬されるまでの間、撹拌部材を昇降駆動する昇降モーターの電流値を測定し、撹拌部材に作用する溶銑の浮力による電流値の減少が不連続変化を示す勾配の屈曲点を検出することによって、撹拌羽根部材の全没位置を検知することが提案されている(特許文献1参照)。また、撹拌部材を回転させながら溶銑に挿入した時の撹拌モーターの電流変動を検出し、その時の撹拌部材の検出昇降位置によって湯面レベルを検出する方法、および撹拌部材が下降時に溶銑に接触した時の接地電流を検知し、その時の撹拌部材の検出昇降位置によって湯面レベルを検出することが提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2957999号公報
【特許文献2】特開2003−65684号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1に示される技術には、次のような問題がある。撹拌部材は、種々の思想に基づいて設計されるので、その形状が一律でなく多種多様なものが形成される。したがって、撹拌部材の中には、撹拌羽根部材の単位長さ当りの体積と、撹拌軸部材の単位長さ当りの体積とに、あまり大きな差がないものもある。また、撹拌を行った後には、撹拌軸部材に多量のスラグが付着し、撹拌羽根部材と撹拌軸部材との体積差は小さくなるが、特に脱硫の難しいステンレス鋼では、脱硫剤を多量に投入するため、撹拌軸部材のスラグ付着は著しく大きい。このような形状の撹拌部材では、撹拌羽根部材および撹拌軸部材に対する浮力の作用に顕著な差が生じない。撹拌羽根部材と撹拌軸部材とに作用する浮力に顕著な差がないと、昇降モーターの電流値減少の勾配の差を検出することが難しくなるので、撹拌羽根部材の全没時期を精度よく検知することができないという問題がある。
【0009】
また、特許文献2に示される技術には、次のような問題がある。撹拌部材を回転させながら溶銑に挿入する時の撹拌モーターの電流変動を検出する方法では、回転する撹拌部材が湯面に接触する時、湯面近傍の溶銑を跳ね上げて多量のスプラッシュを発生する。このスプラッシュは、溶銑容器内の耐火物を損耗させ、製鋼歩留を低下させる。また、撹拌羽根部材は、使用経過とともに外周が円形に近づいていくため、抵抗が小さくなり、精度が低下する。撹拌部材が湯面に接触した時の接地電流を検出する方法では、溶銑に接して高温になる撹拌部材に接地電流検出センサを設けなければならないので、センサの寿命低下という問題が解消されない。
【0010】
本発明の目的は、特別なセンサを設けることなく、検知精度に優れる溶銑撹拌装置の湯面検知方法および該方法に基づく撹拌部材の浸漬位置決定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、溶銑容器内で溶銑に浸漬して使用する撹拌部材が上方から下降して湯面に到達する時を検知する溶銑撹拌装置の湯面検知方法において、
撹拌部材を昇降駆動するモーターの電流値を測定し、
撹拌部材が定速で下降する際の電流値を定常電流値として求め、
引き続き撹拌部材が下降する際の電流値を測定電流値として求め、
定常電流値と測定電流値との差を求め、
差が予め定める値以上になる時を、撹拌部材が湯面に到達する時である湯面検知時と判断することを特徴とする溶銑撹拌装置の湯面検知方法である。
【0012】
また本発明は、溶銑容器内の溶銑に浸漬して使用する撹拌部材の浸漬深さ方向の位置を決める撹拌部材の浸漬位置決定方法において、
前記の湯面検知方法で湯面検知時を判断し、湯面検知時の撹拌部材の下端位置から、予め定める距離だけ撹拌部材を下降させて溶銑内での浸漬位置を決めることを特徴とする撹拌部材の浸漬位置決定方法である。
【0013】
また本発明は、クロムを5質量%以上含有する含クロム溶銑の脱硫処理で、前記の湯面検知方法または浸漬位置決定方法を用いて湯面検知または撹拌部材の浸漬位置決定を行い、含クロム溶銑を撹拌することを特徴とする機械式撹拌方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、撹拌部材を昇降駆動するモーターの電流値を測定し、撹拌部材の定速下降時の定常電流値と、引き続き撹拌部材が下降する際の測定電流値との差を求め、差が予め定める値以上になる時を湯面検知時と判断するので、特別な湯面検知用センサを必要としない。また検出が容易なモーター電流値を指標とし、その変動を明確に把握できる撹拌部材の湯面到達時を検知するので、高い検知精度を得ることができる。
【0015】
また本発明によれば、前記の湯面検知方法で湯面検知時を判断し、湯面検知時の撹拌部材の下端位置から、予め定める距離だけ撹拌部材をさらに下降させて溶銑内へ浸漬するので、撹拌部材の浸漬位置を精度良く決定することができる。このことによって、たとえば脱硫のために溶銑容器内の溶銑を撹拌する場合、撹拌部材の溶銑に対する浸漬位置を、撹拌にとって好ましい位置に精度よく位置決めすることが可能になり、脱硫率を高位安定化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態である溶銑容器内の湯面検知方法の概要を示すタイミングチャートである。
【図2】湯面検知方法が用いられる溶銑撹拌装置10の構成を示す図である。
【図3】湯面検知部16の構成を拡大して示す図である。
【図4】撹拌部材17が下降して湯面12aに到達する状態を示す図である。
【図5】湯面検知方法および目視湯面判定による湯面検知時に基づく撹拌部材17の基準位置から湯面12aまでの距離を比較して示すグラフである。
【図6】本発明の実施の形態である撹拌部材の浸漬位置決定方法の概要を示す図である。
【図7】溶銑容器でステンレス鋼の溶銑を機械撹拌で脱硫処理した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1は、本発明の実施の形態である溶銑容器内の湯面検知方法の概要を示す。図1(a)の折れ線グラフは、撹拌部材を昇降駆動するモーターの電流値であって、溶銑容器内で撹拌部材が下降する際の電流値の時間推移である。図1(b)の折れ線グラフは、モーターの電流値に対応する撹拌部材の昇降速度の時間推移である。昇降速度は、下降方向への移動速度であるためマイナス(−)を付して表す。図1(c)のグラフは、本実施形態である溶銑容器内の湯面検知方法(以下、単に湯面検知方法と称する)による湯面検知時taを表すタイミングチャートである。
【0018】
湯面検知方法は、撹拌部材が下降する際のモーターの電流値を測定し、該電流値の変動に基づいて、撹拌部材が湯面に到達する時である湯面検知時を判断する。図1に示す湯面検知方法では、撹拌部材が定速Vc=−3m/minで下降する状態のモーター電流値49Aを定常電流値Icとして求める。定常電流値Icを求めた後、さらに撹拌部材が引き続き下降する際の電流値Irを、測定電流値Irとして求める。定常電流値Icと、測定電流値Irとの差ΔI(=Ic−Ir)を求め、差ΔIが予め定める値以上になる時を湯面検知時taと判断する。図1では、予め定める値を1.5Aと定め、測定電流値Irが定常電流値Icから1.5A以上減少する時を、湯面検知時taと判断する。
【0019】
図2は、湯面検知方法が用いられる溶銑撹拌装置10の構成を示す。以下、溶銑撹拌装置10について説明するとともに、湯面検知方法を詳細に説明する。溶銑撹拌装置10は、溶銑容器11内の溶銑12を機械撹拌する装置であり、溶銑12を撹拌する撹拌部13と、撹拌部13を支持する支持部14と、撹拌部13を昇降駆動する昇降駆動部15と、湯面の検知に係る湯面検知部16とを含む。
【0020】
撹拌部13は、撹拌部材17と撹拌部材17を回転駆動する撹拌モーター18とを含む。撹拌部材17は、撹拌軸部材19と撹拌羽根部材20とを含む。撹拌羽根部材20をインペラ20と呼ぶことがある。撹拌部材17は、溶銑容器11内の溶銑12に浸漬され、撹拌モーター18で回転されて溶銑12を撹拌する。
【0021】
支持部14は、支持台21と、支持柱22と、支持柱22の上に設けられる棚板23と、支持アーム24とを含む。支持台21は、脚部21aと卓部21bとを含み、脚部21aで基準面25上に固定して設けられる。卓部21bの上面に鉛直方向に延びて支持柱22が設けられる。支持アーム24は、水平方向に延び、その一端部24aが管状に形成される。支持アーム24の管状部分に支持柱22が挿入され、支持アーム24は、支持柱22に案内されて鉛直方向に移動可能である。撹拌部材17は、撹拌軸部材19のインペラ20が設けられる側と反対側で、支持アーム24の他端部24bに回転自在に支持される。撹拌モーター18は、支持アーム24の上に設けられて撹拌部材17を回転する。
【0022】
昇降駆動部15は、支持台21の卓部21bの上面に設けられるウインチ26と、棚板23上に設けられる前滑車27および後滑車28と、支持アーム24上に設けられる動滑車29と、ワイヤ30と、デフレクタロール31と、ワイヤ固定具32と、ウインチ26に減速機33を介して接続される昇降モーター34と、を含む。ウインチ26は、回転方向を正逆に切換えることができる。減速機33を介して接続される昇降モーター34により、ウインチ26が正方向または逆方向に回転し、ワイヤ30を巻き取りまたは巻き戻しすることができる。ウインチ26から出るワイヤ30は、前滑車27および後滑車28を経て、支持アーム24上の動滑車29を周回し、デフレクタロール31を経由して棚板23上に設けられるワイヤ固定具32にその先端が固定される。昇降モーター34がウインチ26を正方向に回転駆動すると、ウインチ26がワイヤ30を巻き取り、動滑車29が取り付けられている支持アーム24が支持柱22に案内されて上昇し、支持アーム24に支持される撹拌部材17が上昇する。昇降モーター34がウインチ26を逆方向に回転駆動すると、ウインチ26がワイヤ30を巻き戻し、上記とは逆に支持アーム24に支持される撹拌部材17が下降する。このようにして、撹拌部材17は、溶銑容器11内で昇降することができる。
【0023】
図3は、湯面検知部16の構成を拡大して示す。湯面検知部16は、電流計35と、速度計36と、エンコーダ37と、検知器38と、を含む。電流計35は、昇降モーター34の電流値を測定して測定結果を検知器38へ出力する。速度計36は、ウインチ26の回転速度を検出し、撹拌部材17の昇降速度に換算して検知器38へ出力する。エンコーダ37は、ウインチ26の回転角度や回転回数を検出し、ワイヤ30の巻き取り長さおよび巻き戻し長さを、撹拌部材17の昇降距離に換算して検知器38へ出力する。検知器38は、記憶部41と演算部42とを備える。記憶部41は、撹拌部材17が定速Vcで下降するときに測定される昇降モーター34の電流値を定常電流値Icとして記憶する。定常電流値Icを記憶した後、さらに撹拌部材17が引き続き下降する際の昇降モーター34の測定電流値Irを求め、演算部42は定常電流値Icとの差ΔI(=Ic−Ir)を演算する。検知器38は、差ΔIが予め定める値以上になる時を湯面検知時taと判断するように設定される。
【0024】
図4は、撹拌部材17が下降して湯面12aに到達する状態を示す。撹拌部材17が溶銑容器11内で下降すると、インペラ20の下端が湯面12aに到達する。インペラ20は、耐火物で形成されて溶銑12より比重が小さい。したがって、インペラ20の下端が湯面12aに到達した以降も撹拌部材17を下降させると、インペラ20すなわち撹拌部材17に対して溶銑12の浮力が作用する。撹拌部材17に対して作用する浮力のために、ワイヤ30を介して昇降モーター34に掛かる負荷が減少し、昇降モーター34の電流値が減少する。この電流値が減少する変動を、差ΔIとして検出することによって、湯面検知時taを判断することができる。
【0025】
以下、検知器38による湯面検知について説明する。撹拌部材17が定速Vcで下降する状態で測定される昇降モーター34の定常電流値Icは、たとえば次のようにして定めることができる。オペレータは、撹拌部材17が定速Vcで下降するように操作し、速度計36の出力で定速下降状態であることを確認後、検知器38に対して信号入力する。検知器38は、該信号を受信し、電流計35で測定される電流値を定常電流値Icとして記憶部41に記憶する。定常電流値Icを記憶した後、さらに撹拌部材17を続いて下降させる昇降モーター34の測定電流値Irを、たとえば1秒間隔で測定する。測定電流値Irを得る都度、定常電流値Icとの差ΔIを演算部42で求める。検知器38は、差ΔIで得られる電流値の減少変動量が予め定める値以上になる時を、湯面検知時taと判断する。
【0026】
電流の減少変動量の閾値として予め定める値は、適宜定めることができる。誤差判定を防止できる範囲で予め定める値を小さくすることによって、湯面検知時taを一層精度高く検知することができる。溶銑撹拌装置の構成により、作用する浮力の影響が異なるので、予め定める値を一概に定めることはできないが、1.0A〜2.0Aの範囲内で選択して設定することが好ましい。予め定める値を1.0A未満にすると、インペラ20下降時の電流値の微小な変動を誤検出するおそれがある。予め定める値が2.0Aを超えると、真の湯面位置を通過後の検知になるおそれがあり、検知精度が低くなる。
【0027】
撹拌部材17が上昇し停止する支持アーム24の位置を定め、撹拌部材17の昇降方向の長さを求めれば、溶銑容器11内の湯面上方での撹拌部材17の基準位置を定めることができる。撹拌部材17が湯面12aに到達する湯面検知時taを検知し、撹拌部材17の基準位置から湯面検知時taまでの撹拌部材17の下降距離をエンコーダ37で求めることによって、基準位置から湯面12aまでの距離を求めることができる。
【0028】
図5は、湯面検知方法および目視湯面判定による湯面検知時に基づく撹拌部材17の基準位置から湯面12aまでの距離を比較して示す。図5に示すデータは、溶銑容器11中の溶銑12に撹拌部材17を基準位置から下降させ、湯面検知方法により湯面検知した場合の基準位置から湯面12aまでの距離と、目視湯面判定により湯面到達時を判断した場合の基準位置から湯面12aまでの距離と、を比較する。湯面検知方法と目視湯面判定とによる距離は、高い相関を有している。また、湯面検知方法と目視湯面判定とで得られた距離の差について求めた標準偏差は、26.0mmであった。たとえばステンレス鋼の溶銑を機械撹拌で脱硫する際、経験的に良好な脱硫率が得られる撹拌部材17の浸漬深さは、500mmである。浸漬深さとは、溶銑12に浸漬したインペラ20の上端から湯面12aまでの距離である。上記の標準偏差は、目標とする浸漬深さである500mmに対して5.2%と小さいので、位置決定の精度として十分に高いといえる。したがって、湯面検知方法は、目視判定に代わるものとして十分実用に耐え得ることが判る。
【0029】
図6は、本発明の実施の形態である撹拌部材の浸漬位置決定方法の概要を示す。図6(a)は撹拌部材17が湯面12aに到達する状態を示し、図6(b)は溶銑中で撹拌部材17を位置決定する状態を示す。撹拌部材17の溶銑12に対する浸漬位置を決める撹拌部材の浸漬位置決定方法(以後、単に浸漬位置決定方法と称する)は、前述の湯面検知方法で湯面検知時を判断し、湯面検知時の撹拌部材17の下端位置から予め定める距離Lbだけ、撹拌部材17をさらに下降させて溶銑12内へ浸漬して位置決めする。
【0030】
以下、浸漬位置決定方法についてさらに説明する。インペラ20の昇降方向の長さをインペラ幅Wとする。溶銑12に浸漬した状態で、インペラ20の上端から湯面12aまでの距離を前記浸漬深さDとする。インペラ幅Wと浸漬深さDとを加算した距離を撹拌部材17の浸漬位置とする。溶製する鋼種およびスラグごとに、経験的に脱硫率を最も高くすることができる浸漬位置を、予め定める距離Lbとして求めておく。前述の湯面検知方法で湯面検知時を判断し、湯面検知時の撹拌部材17の下端位置から、予め定める距離Lbだけ撹拌部材17をさらに下降させて溶銑12内へ浸漬し位置決めする。予め定める距離Lbに相当するワイヤ30の巻き戻し長さは、エンコーダ37によって求めることができる。
【0031】
この操作は、検知器38による湯面検知時の判断に基づき、湯面検知後、予め定める距離Lbに相当する長さだけ、オペレータがウインチ26のワイヤ30を巻き戻すように昇降モーター34を駆動することで実現できる。また、検知器38と昇降モーター34との間に、湯面検知信号およびエンコーダ37の出力に応じて、予め定める距離Lbに相当する長さだけ、ワイヤ30を巻き戻すように昇降モーター34を駆動制御する制御装置を設けることによっても実現することができる。このことによって、脱硫反応の撹拌にとって好ましい浸漬位置Lbに、撹拌部材17を精度よくかつ再現性よく位置決めすることができる。
【0032】
図7は、溶銑容器でステンレス鋼の溶銑を機械撹拌で脱硫処理した結果を示す。図7の結果は、前述の浸漬位置決定方法に従って撹拌部材の位置決めをして脱硫処理した場合の脱硫率と、溶銑容器内の湯面位置が撹拌部材の基準位置に対して常に一定の位置にあると仮定し、仮定湯面位置に従って撹拌部材の位置決めをして脱硫処理した場合の脱硫率と、を示す。浸漬位置決定方法では、湯面検知時の撹拌部材17の下端位置から距離Lbだけ撹拌部材17を下降させて位置決めした。仮定湯面位置による方法では、仮定湯面位置に到達する時の撹拌部材17の下端位置から距離Lbだけ撹拌部材17を下降させて位置決めした。したがって、仮定湯面位置による場合、撹拌部材17の浸漬位置は、真の湯面位置から距離Lbの位置であるとは限らない。ここで、脱硫率は、式(1)で与えられる値を百分率で表すものをいう。式(1)で[%S]は、溶銑中のイオウ含有量を表す。
脱硫率=(脱硫前[%S]−脱硫後[%S])/脱硫前[%S]・・・(1)
【0033】
図7の横軸は、脱硫スラグの成分である酸化カルシウム(CaO)の原単位である。図7中の丸記号で示すデータは、浸漬位置決定方法で撹拌部材の位置決めをして脱硫処理を行った場合の脱硫率を示す。また、四角記号で示すデータは、仮定湯面位置に従って撹拌部材の位置決めをして脱硫処理を行った場合の脱硫率を示す。仮定湯面位置に従って脱硫処理した場合、脱硫率は20%から80%の範囲で大きく変動する。一方、浸漬位置決定方法で脱硫処理した場合、脱硫率は約60%から90%の範囲で高位安定する。このように浸漬位置決定方法によれば、脱硫にとって溶銑およびスラグを好適に撹拌することができる浸漬位置Lbに、撹拌部材17を精度よくかつ再現性よく位置決めすることができるので、脱硫率を高位安定化することが可能になる。
【符号の説明】
【0034】
10 溶銑撹拌装置
11 溶銑容器
12 溶銑
17 撹拌部材
34 昇降モーター
35 電流計
36 速度計
37 エンコーダ
38 検知器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶銑容器内で溶銑に浸漬して使用する撹拌部材が上方から下降して湯面に到達する時を検知する溶銑撹拌装置の湯面検知方法において、
撹拌部材を昇降駆動するモーターの電流値を測定し、
撹拌部材が定速で下降する際の電流値を定常電流値として求め、
引き続き撹拌部材が下降する際の電流値を測定電流値として求め、
定常電流値と測定電流値との差を求め、
差が予め定める値以上になる時を、撹拌部材が湯面に到達する時である湯面検知時と判断することを特徴とする溶銑撹拌装置の湯面検知方法。
【請求項2】
溶銑容器内の溶銑に浸漬して使用する撹拌部材の浸漬深さ方向の位置を決める撹拌部材の浸漬位置決定方法において、
請求項1に記載の湯面検知方法で湯面検知時を判断し、
湯面検知時の撹拌部材の下端位置から、予め定める距離だけ撹拌部材を下降させて溶銑内での浸漬位置を決めることを特徴とする撹拌部材の浸漬位置決定方法。
【請求項3】
クロムを5質量%以上含有する含クロム溶銑の脱硫処理で、請求項1または2記載の方法を用いて湯面検知または撹拌部材の浸漬位置決定を行い、含クロム溶銑を撹拌することを特徴とする機械式撹拌方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−159921(P2010−159921A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−2355(P2009−2355)
【出願日】平成21年1月8日(2009.1.8)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【出願人】(591223149)日新工機株式会社 (26)
【Fターム(参考)】