説明

炭素構造体、電界放射チップおよび電界放射チップの製造方法ならびにこの製造方法の実施に用いる治具

【課題】電界放射特性に優れた炭素構造体を提供する。
【解決手段】炭素核の表面に多数のナノメートルスケールの微細突起を備えて全体がボール形状になっている炭素構造体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素構造体、冷陰極型の電界放射チップおよび電界放射チップの製造方法ならびにこの製造方法の実施に用いる治具に係り、より詳しくは、本発明は、電子線ホログラフィー装置、荷電粒子装置、X線発生装置、電子線描画装置、電子顕微鏡等において電子線発生に用いて好適な冷陰極型の電界放射チップに関する。
【背景技術】
【0002】
電子線を発生することができる電界放射チップは、各種のマイクロ波真空管装置、電力増幅器、イオン銃、高エネルギー加速器、自由電子レーザー、および電子顕微鏡、そして特にフラットパネルディスプレーに用いることができる。この電界放射チップでは、例えば、電子顕微鏡では、電子線をより細く絞りかつ微細構造の観察が可能な電子線を発生できることが好ましい。この電界放射チップは、モリブデン等の、またはシリコン等の半導体から作られる。最近では、ナノサイズの炭素材料が電界放射チップに用いられている。電界放射チップに用いるナノサイズの炭素膜材料にはカーボンナノチューブ、カーボンナノウォール等が提案されている。しかしながら、金属チップのチップ面積は小さいために、そのチップ面上に電界放射特性に優れた炭素膜に成長させることは難しい。なお、この分野の従来技術の特許文献1を下記する。
【特許文献1】特開平08−129981号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明により解決すべき課題は、電界放射特性に優れた炭素構造体、それを用いた電界放射チップおよびその製造方法ならびにこの製造方法の実施に用いる治具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
電子顕微鏡などで電子線を発生させる仕組みは,熱電子放出を利用するものと,金属表面付近に強い電界をつくり,仕事関数のポテンシャル障壁を通してトンネル効果(電界放射)によって電子を引き出すものとに分かれる。前者が熱陰極,後者が冷陰極である。
【0005】
本発明に係る炭素構造体は、冷陰極型の電界放射チップにおいて、陰極基板上に配置されて陽陰極間での電界放射により電子放出を行うために用いることができるものであり、炭素核表面に多数のナノメートルスケールの微細突起を備えて全体がボール形状になっていることを特徴とするものである。この微細突起はカーボンナノウォールやカーボンナノファイバや炭素からなる針状の突起等であり、電界放射可能な形状を備えるナノメートルスケールのものである。
【0006】
本発明の炭素構造体は、表面に多数の微細突起を備え全体がボール形状であるので、容易に電界放射して電子放出することができる。
【0007】
本発明の炭素構造体はさらに、ボール形状であるから、陰極基板上における支持強度に優れ、かつ、陰極基板との電気的コンタクト性に優れ、安定して電子線を放出することができる。
【0008】
本発明に係る電界放射チップは、金属製の陰極基板の基板面上に上記炭素構造体が多数形成されていることを特徴とするものである。
【0009】
陰極基板は、ディスク形状の基板面を有することが好ましい。
【0010】
陰極基板は、円柱状の基板であることが好ましい。
【0011】
本発明の電界放射チップは、陰極基板上に炭素構造体が安定して支持されるので、電子線を細く絞り込み、高精度に走査させることが必要な電子線発生装置(電子銃)に好適する。この電子線発生装置を組み込むことができる装置には、例えば、電子線ホログラフィー装置、荷電粒子装置、X線発生装置、電子線描画装置、電子顕微鏡等があり、本発明の電界放射チップの応用分野は極めて広範囲である。
【0012】
本発明による電界放射チップの製造方法は、真空チャンバと、この真空チャンバ内に平行に対向配置された一対の平板電極とを備えたプラズマCVD装置を用いて電界放射チップを製造する方法において、一方の平板電極上に陰極基板を収納する収納部を備えた治具を配置し、その治具の収納部に陰極基板をその基板面を他方の平板電極に向けて突出させた状態で収納し、この収納状態で上記陰極基板の基板面上に請求項1に記載の炭素構造体を成膜することを特徴とするものである。
【0013】
本発明の製造方法では、一方の平板電極上に複数の陰極基板を治具を用いて配置するので、多数の陰極基板の基板面上に一度に炭素構造体を成膜することができるので製造上の歩留まりが高くなり量産性を向上することができる。また、平板電極上の陰極基板は平板電極の電極面積と比較して小さく、そのため、両平板電極間に平行に発生する等電位面は陰極基板上で歪む結果、効果的にその基板面上に電界放射特性に優れた炭素構造体を生成することができる。
【0014】
上記治具は貫通した内周面が円筒面をなす複数の収納孔を有し、これら複数の収納孔それぞれに外周面が円筒面をなす複数の陰極基板を収納することが好ましい。
【0015】
陰極基板の基板面の形状がディスク形状であることが好ましい。
【0016】
上記陰極基板は、鉄にクロムを含む材料であることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、陰極基板上に安定支持することができ、陰極基板との電気的コンタクトにも優れ、安定して電子線を電界放射することができる炭素構造体を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、添付した図面を参照して本発明の実施の形態に係る炭素構造体、これを備えた電界放射チップ、ならびにこの電界放射チップの製造方法を詳細に説明する。
【0019】
実施の形態の炭素構造体は、多数の微細突起で覆われたボール形状の炭素構造体になっている。ボール形状は図1、図2のSEM写真に示すように完全に丸い形状のボールという意味に限定されるものではなく、各種に変形したボール形状を含む。図1のSEM写真はこの炭素構造体の成長過程で炭素核と称することができるものを倍率×10000倍で撮影したものである。図1のSEM写真にはボール形状の炭素核が多数写されている。また、炭素核表面にはウォール状物が網目状になって存在していることを確認することができる。図1のSEM写真で示すように炭素核はほぼ直径が揃っていて炭素核同士間には隙間が存在していることを確認することができる。図2に倍率×5000倍で撮影したSEM写真を示す。この図2のSEM写真では図1の炭素核の表面に対してその後の成長過程で多数の微細突起が成長した状態を示す。炭素構造体は図1の炭素核の状態に成長し、この炭素核表面に多数の微細突起が成長して図2のSEM写真に示す状態になったものである。図2のSEM写真では炭素構造体の表面は微細突起で覆われて全体がボール形状になっていることを確認することができる。これらSEM写真中には1μmの単位表記があり、この単位表記で明らかであるように、炭素核の直径は0.数μmであり、この炭素核表面のウォール状物はnmサイズであり、この炭素核表面の微細突起はウォール状物の高さよりも高く、数μmないし10数μm以上の高さであり、炭素構造体全体では表面が微細突起で覆われたボール形状になって高い電界放射特性を備えたものとなっていることを確認することができる。
【0020】
SEM写真にはこのボール形状以外の炭素構造体が見られなかった。
【0021】
図3にSEM写真で示す炭素構造体の電圧電流特性(電界放射特性)を示す。図3で横軸は陽陰極間の電圧V(kV/mm)を示し、縦軸は電界放射電流I(mA/cm2)を示す。電界放射電流Iは、陰極からの電子放出量を示す電流である。この電界放射特性は、上記炭素構造体を以下で説明する製造方法でSUS基板上に成膜してなる電界放射チップによるものである。この電界放射チップを陰極としこの陰極と陽極とを対向配置し、これらの間に電圧を印加して電界放射電流を測定したものである。図3に示すように電圧Vが2.1kV/mmで、電界放射電流Iが40mA/cm2であったことから理解することができるように、実施の形態の炭素構造体は、電界放射チップに用いられて、極めて良好な電界放射特性を提供することができるものである。実施の形態のボール形状の炭素構造体の電子放出点は、SEM写真から明らかであるように、ボール形状の炭素構造体以外にカーボンナノチューブ等の他の炭素構造体が見られないことから、ボール形状の炭素構造体が電子放出点を構成しているものと考えられる。炭素構造体を成長させた陰極基板をステンレス鋼材(SUS)とした場合に特に良好な電界放射特性を得ることができたが、Ni基板、Si基板等に炭素構造体を成膜させた場合でも電界放射特性を有することを確認している。
【0022】
炭素構造体は、以下に説明する製造工程を経ることにより、図1のSEM写真で示すように陰極基板上に炭素核が生成され、この炭素核表面にはカーボンナノウォール状の炭素膜が成膜されており、さらに、図2のSEM写真で示すように、炭素核の表面に多数の微細突起が生成されたものである。この微細突起が炭素核の全表面に生成されることによりボール形状の炭素構造体の全体が電子放出点として作用しているものと考えられる。
【0023】
実施の形態の炭素構造体を備えた電界放射チップは、従来では無かったものであり、以下の製造方法により陰極基板上に製造することができた。
【0024】
以下、図4ないし図7を参照して実施の形態の電界放射チップの製造方法を説明する。図4を参照して実施の形態の炭素構造体の製造に用いる直流プラズマCVD装置を説明すると、この直流プラズマCVD装置は、真空チャンバ2と、この真空チャンバ2の内部に平行に対向配置した一対の第1、第2平板電極4,6とを備える。真空チャンバ2はガス導入口2aとガス排気口2bとを備える。直流電源8の負極側を上側の第1平板電極4に接続し、直流電源8の正極側を接地する。下側の第2平板電極6を接地する。第2平板電極6上には陰極基板10を当該第2平板電極6上に配置するための治具12が配置されている。
【0025】
この治具12について図5を参照して説明する。図5(a)に治具12の斜視図、図5(b)に治具12の断面図を示す。図5(c)は第2平板電極6上に治具12を用いて配置した陰極基板10上の等電位面を示している。
【0026】
治具12は、平面視形状が第2平板電極6の平面形状と一致する形状であり、多数の陰極基板収納孔12aが貫通形成されている。この収納孔12aの内周面は円筒面である。陰極基板10の外周面は収納孔12aにほぼ一致する円筒面をなしている。治具12の収納孔12aの治具収納深さdは、陰極基板10の基板高さh以下であり、第2平板電極6上に治具12を搭載し、その収納孔12aに陰極基板10を収納した状態で陰極基板10の基板面10aが収納孔12aから若干突出することができるようになっている。収納孔12aから陰極基板10の基板面10aが突出する突出高さは陰極基板10の側面に炭素構造体が成膜されない高さが好ましい。陰極基板の10の基板面10aはディスク形状をなしている。以上により、陰極基板10の基板面10aにのみ炭素構造体を成膜することにより、電界放射チップとしての性能を高くすることができる。
【0027】
治具12は例えばモリブデン(Mo)で構成されている。陰極基板10は、円柱形状に形成されたSUS基板である。SUSはFeに、Cr、Ni等を加えた合金であり、CrやNi等の成分の割合により種々に分類することができる。この陰極基板10は直径が数mm程度であり、高さが0.数mmないし1.数cm程度である。基板面積は微小である。もちろん、陰極基板10の形状は円柱形状に限定されない。
【0028】
図5(c)で示すように第2平板電極6上に治具12を用いて配置した陰極基板10上では、第1平板電極4と第2平板電極6との間に電圧を印加した場合に陰極基板10周辺の等電位面の状態を示している。図5(c)で明らかであるように陰極基板10周辺では等電位面18は歪んでいる。この等電位面18の歪みは陰極基板10の基板面10a上に実施の形態の炭素構造体を成膜するための1つの条件となる。
【0029】
図6を参照して炭素構造体成膜前の陰極基板10と成膜後の陰極基板10とを示す。図6(a)は炭素構造体成膜前の陰極基板10を示し、図6(b)は、炭素構造体成膜後の陰極基板10を示す。炭素構造体成膜後の陰極基板10の基板面10aには図6(b)で示すように炭素構造体14が成膜されており、この陰極基板10と炭素構造体14とで電界放射チップ16が構成される。
【0030】
次に、図7を参照して電界放射チップ16の製造方法を説明する。
【0031】
(第1工程)
真空チャンバ2内に水素ガスを導入する。
【0032】
直流電源8から両平板電極4,6間に電圧を印加して、両平板電極4,6間にプラズマを発生させる。
【0033】
水素ガス流量は500ccmである。
【0034】
圧力は30torrである。
【0035】
電流は2.5Aである。
【0036】
工程時間は20分間である。
【0037】
第1工程は陰極基板10の基板面のアニーリングである。このアニーリングにより陰極基板10の基板面10aは酸化状態を無くされ、炭素構造体の成膜に適した表面となる。
【0038】
(第2工程)
真空チャンバ2内に水素ガスとメタンガスとを導入する。
【0039】
水素ガス流量は500ccmである。
【0040】
メタンガス流量は50ccmである。
【0041】
圧力は30torrである。
【0042】
電流は4.0Aである。
【0043】
工程時間は5分間である。
【0044】
以上の第1、第2工程が炭素核の生成工程である。実施の形態では、この炭素核の生成後に、以下の第3工程以降の工程を実施して微細突起を生成させたことに特徴がある。
【0045】
(第3工程)
水素ガス流量、メタンガス流量、圧力は第2工程と同じである。
【0046】
圧力は、30torrから75torrに増加する。
【0047】
電流は4.0Aから6.0Aに増加する。
【0048】
工程時間は10分間である。
【0049】
(第4工程)
水素ガス流量は第3工程と同じである。
【0050】
メタンガス流量を50ccmから40ccmに減らす。
【0051】
圧力と電流は第3工程と同じである。
【0052】
工程時間は65分間である。
【0053】
(第5工程)
水素ガス流量は第4工程と同じである。
【0054】
メタンガス流量を40ccmから30ccmに減らす。
【0055】
圧力と電流は第2工程と同じである。
【0056】
工程時間は15分間である。
【0057】
以上の第3ないし第5工程が炭素核表面の微細突起の生成工程である。
【0058】
以上の工程後に圧力を徐々に抜き、ガスの導入を停止し、電流の印加を停止し、自然冷却する。
【0059】
以上の工程を実施することにより陰極基板10の基板面10a上に炭素構造体を成膜して電界放射チップを得ることができる。
【0060】
なお、メタンガスに代えて他の炭素を含むガス、例えば、アセチレン、エチレン、プロパン、プロピレン等の炭化水素ガスを用いることができる。
【0061】
なお、発生プラズマにより、陰極基板10の温度は900℃ないし1150℃程度となって、メタンガスが分解され、基板面10aに炭素構造体が成膜される。
【0062】
本発明は、上述の実施の形態に限定されず、種々な変形が考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】図1は本発明の炭素構造体のSEM写真である。
【図2】図2は本発明の炭素構造体のSEM写真である。
【図3】図3は本発明の炭素構造体を備えた電界放射チップの電界放射特性図である。
【図4】図4は電界放射チップを製造するための直流プラズマCVD装置の概略構成図である。
【図5】図5(a)は本発明の炭素構造体を直流プラズマCVD装置の平板電極上に配置する治具の斜視図、図5(b)は同治具の断面図、図5(c)は陰極基板周辺の等電位面を示す図である。
【図6】図6(a)は本発明の炭素構造体が成膜される陰極基板の斜視図、図6(b)は基板面に炭素構造体が成膜されて電界放射チップとされた陰極基板の斜視図である。
【図7】図7は電界放射チップの製造方法の説明に用いる工程図である。
【符号の説明】
【0064】
2 真空チャンバ
4 第1平板電極
6 第2平板電極
8 直流電源
10 陰極基板
12 治具
14 炭素構造体
16 電界放射チップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素核の表面に多数のナノメートルスケールの微細突起を備えて全体がボール形状になっている炭素構造体。
【請求項2】
金属製の陰極基板の基板面上に請求項1に記載の炭素構造体が多数形成されている電界放射チップ。
【請求項3】
陰極基板は、ディスク形状の基板面を有する、請求項2に記載の電界放射チップ。
【請求項4】
陰極基板は、円柱状の基板である、請求項3に記載の電界放射チップ。
【請求項5】
真空チャンバと、この真空チャンバ内に平行に対向配置された一対の平板電極とを備えたプラズマCVD装置を用いて電界放射チップを製造する方法において、一方の平板電極上に陰極基板を収納する収納孔を備えた治具を配置し、その治具の収納孔に陰極基板をその基板面を他方の平板電極に向けて突出させた状態で収納し、この収納状態で上記陰極基板の基板面上に請求項1に記載の炭素構造体を成膜する、電界放射チップの製造方法。
【請求項6】
上記治具は貫通した内周面が円筒面をなす複数の収納孔を有し、これら複数の収納孔それぞれに外周面が円筒面をなす複数の陰極基板を収納する、電界放射チップの製造方法。
【請求項7】
陰極基板の基板面の形状がディスク形状である、請求項5に記載の電界放射チップの製造方法。
【請求項8】
上記陰極基板は、鉄にクロムを含む材料である、請求項4ないし6のいずれかに記載の電界放射チップの製造方法。
【請求項9】
請求項4ないし7のいずれかに記載の製造方法に用いるものであって、
上記一方の平板電極上に陰極基板を収納する収納孔を複数備えた治具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−186368(P2007−186368A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−4635(P2006−4635)
【出願日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【出願人】(504224371)ダイヤライトジャパン株式会社 (105)
【Fターム(参考)】