説明

炭素繊維およびその製造方法、並びにアクリロニトリル系前駆体繊維およびその製造方法

【課題】ラージトウでありながらも高い品質を有する炭素繊維、及びそれを生産性良く製造する方法を提供する。
【解決手段】単糸繊度が0.6〜1.3dtex、フィラメント数が49,000以上、かつ捲縮のない実質的にストレートなマルチフィラメントの形態を為しており、動的粘弾性測定で得られる170℃でのtanδが2.5以上、かつSi量が500〜5000ppmのアクリロニトリル系前駆体繊維を原料として用い、200℃以下で1.05〜1.4倍に延伸する工程と、1500〜6500dtex/mmの投入密度で、酸化性雰囲気中200〜300℃で耐炎化処理する工程と、300〜1000℃の不活性雰囲気中で0.7分以上熱処理する前炭素化処理を行う工程と、不活性雰囲気中1000℃以上で炭素化処理する工程と、を有する方法で炭素繊維を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は炭素繊維およびその製造方法、並びにアクリロニトリル系前駆体繊維およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維の製造方法としては、アクリロニトリル系前駆体繊維を200〜300℃の酸化性雰囲気中で加熱処理する耐炎化工程によって耐炎化繊維にした後、引き続いて1,000℃以上の不活性雰囲気中で加熱処理する炭素化工程によって炭素繊維にするのが一般的である。このようにして得られた炭素繊維は、その優れた力学的性質により、航空宇宙用途を始め、スポーツ・レジャー用途等の高性能複合材料の補強繊維素材として広く利用されている。又、近年では自動車・船舶、建材用途等、一般産業分野への用途要求が増加している。
【0003】
所謂従来のスモールトウ(総繊度21,000dtex未満)の炭素繊維は物性、品質的には優れてはいるものの、製造コストが高く、コストを重視する産業分野では多用されない傾向があり、品質と生産性が両立する炭素繊維が要求されている。
【0004】
ところで、炭素繊維の製造コストに占める割合が大きいのは、製造工程中の処理時間の最も長い耐炎化工程であり、低コスト化のためにはその生産性の向上が必要である。しかし耐炎化工程においてはアクリロニトリル系前駆体繊維の酸化反応による激しい発熱を伴う為にアクリロニトリル系前駆体繊維内部に畜熱し処理温度に対し、アクリロニトリル系前駆体繊維内部の温度が極端に高くなりスモーク等が発生しやすくなる為に、耐炎化処理温度を下げて生産を行わなければならず、十分に耐炎化の進行した耐炎化繊維を得るのに時間を要するという問題があった。
【0005】
このため、前記問題を解決するために、スモールトウでは過去に種々の検討がされてきた。例えば、特許文献1には熱風循環炉で少なくとも4つ以上の温度コントロール可能なゾーンを用いて耐炎化する際に、各温度コントロール可能なゾーンの温度を規定する方法が開示されている。しかし、得られるCF性能は低く高性能とはいい難く、生産性も不十分なものであった。
【0006】
一方、低コスト化が期待されるラージトウではスモールトウよりも畜熱が多くなる為にスモールトウより耐炎化処理温度を下げて生産を行わなければならず、生産性向上はスモールトウより困難が伴うものであった。
【0007】
ラージトウにおけるこのような問題点を解決すべく、特許文献2には耐炎化処理時におけるアクリロニトリル系前駆体繊維の断面形状を、糸幅/糸厚み比で規定される平均扁平率を略矩形に保つ方法が開示されているが、得られるCF性能は低く高性能とはいい難い。
【0008】
また、高性能なスモールトウを合糸して、ラージトウとすることが可能である。しかしながら、合糸をすることにより構成するスモールトウ単位で、糸長斑が生じ、樹脂との複合化の際に、ストランド物性に見合った機械特性が発現性しない問題点も生じる。合糸する工程の改善や、合糸場所を最適化する検討も数多く実施されているが、その効果は十分でなく、アクリルニトリル系前駆体繊維自体がラージトウであるものに及ばない状況でもある。
【特許文献1】特開平2−139425号公報
【特許文献2】特開平10−266024号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、従来技術における問題点を解決し、ラージトウでありながらも高い品質を有する炭素繊維、及びそれを生産性良く製造する方法、並びにその製造に好適な原料であるアクリロニトリル系前駆体繊維及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、
単糸繊度が0.6〜1.3dtex、フィラメント数が49,000以上、かつ捲縮のない実質的にストレートなマルチフィラメントの形態を為しており、動的粘弾性測定で得られる170℃でのtanδが2.5以上で、かつSi量が500〜5000ppmであるアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法であって、
(a)凝固糸引き取り速度/吐出線速度が0.8以下となる条件で、孔径40〜75μm、孔数49,000以上の紡糸ノズルから、アクリロニトリル系重合体の有機溶剤溶液をジメチルアセトアミド水溶液中に吐出して、膨潤糸条を得る工程と、
(b)前記膨潤糸条を洗浄及び延伸する工程と、
(c)前記洗浄及び延伸後の糸条を、シリコーン系油剤が入った油浴槽に導いて、該糸条に該シリコーン系油剤を付与する工程と、
(d)前記シリコーン系油剤が付与された糸条を乾燥緻密化する工程と、
を有し、トータルの延伸倍率を5〜9倍とすることを特徴とするアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法を提供する。
【0011】
本発明は、
単糸繊度が0.6〜1.3dtex、フィラメント数が49,000以上、かつ捲縮のない実質的にストレートなマルチフィラメントの形態を為しており、動的粘弾性測定で得られる170℃でのtanδが2.5以上で、かつSi量が500〜5000ppmであることを特徴とするアクリロニトリル系前駆体繊維を提供する。
【0012】
本発明は、
(A)単糸繊度が0.6〜1.3dtex、フィラメント数が49,000以上、かつ捲縮のない実質的にストレートなマルチフィラメントの形態を為しており、動的粘弾性測定で得られる170℃でのtanδが2.5以上、かつSi量が500〜5000ppmのアクリロニトリル系前駆体繊維を、200℃以下で1.05〜1.4倍に延伸する工程と、
(B)前記延伸後の繊維を、1500〜6500dtex/mmの投入密度で、酸化性雰囲気中200〜300℃で耐炎化処理する工程と、
(C)前記耐炎化処理後の繊維を、300〜1000℃の不活性雰囲気中で0.7分以上熱処理する前炭素化処理を行う工程と、
(D)前記前炭素化処理後の繊維を、不活性雰囲気中1000℃以上で炭素化処理する工程と、
を有することを特徴とする炭素繊維の製造方法を提供する。
【0013】
本発明は、
実質的に一体化した49,000本以上のマルチフィラメントの形態を為しており、ストランド強度が4.9GPa以上、かつストランド弾性率が245GPa以上であることを特徴とする炭素繊維を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ラージトウでありながらも高い品質を有する炭素繊維、及びそれを生産性良く製造する方法、並びにその製造に好適な原料であるアクリロニトリル系前駆体繊維およびその製造方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
(アクリロニトリル系前駆体繊維およびその製造方法)
本発明は、後述する炭素繊維の製造の原料として好適に使用できるアクリロニトリル系前駆体繊維およびその製造方法を提供する。
【0016】
本発明のアクリロニトリル系前駆体繊維は、単糸繊度が0.6〜1.3dtexのものである。単糸繊度が0.6dtex未満であるとアクリロニトリル系前駆体繊維を安定して紡糸することが難しくなる。逆に単糸繊度1.3dtexを超えると断面二重構造が顕著となり、高性能である炭素繊維が得られにくい。好ましい単糸繊度の範囲は、0.7〜1.2dtexであり、より好ましくは0.75dtex〜1.0dtexである。
【0017】
本発明のアクリロニトリル系前駆体繊維は、フィラメント数が49,000以上のものである。これにより炭素繊維の生産性が向上でき、得られる炭素繊維の性能との両立が可能となる。
【0018】
本発明のアクリロニトリル系前駆体繊維は、捲縮のない実質的にストレートなマルチフィラメントの形態を為しているものである。捲縮とはクリンプと称される座屈変形が付与され、この座屈変形は本質的にアクリロニトリル系前駆体繊維へ機械的ダメージを与えるものであり、即ち炭素繊維製造工程において単糸切れによる毛羽の発生を誘発し、ロールへの巻き付き等のトラブルや得られる炭素繊維の品位、性能の低下を招く。
【0019】
本発明のアクリロニトリル系前駆体繊維は、動的粘弾性測定で得られる170℃でのtanδが2.5以上のものである。170℃でのtanδが2.5未満であると耐炎化前での延伸性が若干悪く、その結果単糸切れによる毛羽の発生を誘発する。170℃でのtanδは2.9以上であることが好ましく、3.2以上であることがさらに好ましい。一方、170℃でのtanδが5を越える場合、アクリロニトリル系前駆体繊維としての繊維組織が十分で形成されていない場合が多く、優れた機械特性を有する炭素繊維を得られ難いことから、170℃でのtanδは5以下であることが好ましく、4.5以下であることがさらに好ましい。
【0020】
本発明のアクリロニトリル系前駆体繊維は、Si量が500〜5000ppmのものである。Si量が500ppm未満の場合、耐炎化工程などでフィラメント間での融着が発生し、優れた強度を有する炭素繊維が得られない。一方、5,000ppmを越える場合、耐炎化炉や炭素化炉内でシリコン系化合物の飛散量が多くなり、生産の安定性が悪化し、経済的に不利となる。Si量のより好ましい範囲は1,000ppm〜4,000ppmであり、さらに好ましい範囲は1,300ppm〜3,200ppmである。なお、Si量はICP発光分析装置を用いて測定することができる。
【0021】
アクリロニトリル系前駆体繊維は、不純物、内部ボイド、クレーズやクラック等の表面欠陥を含まないことが好ましい。
【0022】
以上のようなアクリロニトリル前駆体繊維を製造する本発明の方法では、まず、凝固糸引き取り速度/吐出線速度が0.8以下となる条件で、孔径40〜75μm、孔数49,000以上の紡糸ノズルから、アクリロニトリル系重合体の有機溶剤溶液をジメチルアセトアミド水溶液中に吐出して、膨潤糸条とする(工程(a))。
【0023】
アクリロニトリル系重合体としては、アクリロニトリル単独重合体若しくは共重合体、またはその混合物を用いることができる。
【0024】
アクリロニトリル共重合体は、アクリロニトリルと、それと共重合可能な他の単量体との共重合体である。共重合可能な他の単量体としては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸エステル類;塩化ビニル、臭化ビニル、塩化ビニリデン等のハロゲン化ビニル類;(メタ)アクリル酸、イタコン酸、クロトン酸等の重合性の二重結合を有する酸類およびそれらの塩類;スチレンスルホン酸ナトリウム、アリルスルホン酸ナトリウム、β−スチレンスルホン酸ナトリウム、メタアリルスルホン酸ナトリウム等のスルホン基を含む重合性不飽和単量体;2−ビニルピリジン、2−メチル−5−ビニルピリジン等のピリジン基を含む重合性不飽和単量体;マレイン酸イミド、フェニルマレイミド、(メタ)アクリルアミド、スチレン、α−メチルスチレン、酢酸ビニルなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。共重合可能な他の単量体は1種でも2種以上でも良い。アクリロニトリル共重合体は、アクリロニトリル単位を90質量%以上含有するものが好ましく、アクリロニトリル単位を95質量%以上含有するものがより好ましい。
【0025】
アクリロニトリル系重合体を得るための重合方法としは、例えば水溶液中におけるレドックス重合、不均一系における懸濁重合、分散剤を使用した乳化重合等が挙げれるが、これらに限定されるものではない。
【0026】
アクリロニトリル系重合体を溶解させる有機溶剤としては、特に制限は無く、ジメチルアセトアミドなどを用いることができる。アクリロニトリル系重合体の濃度は、例えば、10〜35質量%とすることができる。
【0027】
このアクリロニトリル系重合体の有機溶剤溶液を吐出する紡糸ノズルとしては、孔径40〜75μm、孔数49,000以上のものとする。ノズル孔径が40μm未満の場合、ノズル近傍での糸切れが多発し生産性を著しく損なう。一方、ノズル孔径が75μmを越える場合、ノズル自体が大型化しアクリロニトリル系重合体溶液の吐出の均一性が損なわれ、安定な紡糸ができなくなる。より好ましくは45〜65μmである。
【0028】
また、上記の紡糸ノズルからアクリロニトリル系重合体をジメチルアセトアミド水溶液中に吐出して膨潤糸条とする際に、凝固糸引き取り速度/吐出線速度が0.8以下でとなる条件で行う。凝固糸引き取り速度/吐出線速度が0.8を超えると、凝固浴槽での糸切れの発生は多くなり好ましくない。凝固糸引き取り速度/吐出線速度は0.6以下であることが好ましく、0.5以下であることがさらに好ましい。また、生産性の観点から、凝固糸引き取り速度/吐出線速度は0.1以上であることが好ましい。
【0029】
本発明の方法では、上記で得られた膨潤糸条を洗浄及び延伸する(工程(b))。
【0030】
洗浄の方法としては、特に制限はないが、一般的に用いられている、水中、特に温水中に浸漬させる方法がよい。
【0031】
延伸の方法としては、水中、温水中に浸漬させながら延伸する方法、熱板、ローラ等のよる空気中での乾熱延伸法、また熱風が循環している箱型炉内での延伸でも良く、これらに限定されるものではない。経済的な観点から、温水中で行うことが好ましい。
【0032】
ここでの延伸の倍率は、1.1〜7.0倍とすることが好ましい。ただし、後述するように、本発明ではトータルの延伸倍率が5〜9倍である必要があるので、後に二次延伸を行う場合、その延伸倍率を考慮して設定することが好ましい。
【0033】
なお、上記洗浄と延伸の順番については、洗浄を先に行っても良く、また同時に行っても良い。
【0034】
本発明の方法では、上記で得られた洗浄及び延伸後の糸条を、シリコーン系油剤が入った油浴槽に導いて、糸条にシリコーン系油剤を付与する(工程(c))。
【0035】
油剤としては、シリコン化合物を含有するシリコーン系油剤を使用する。シリコン化合物としては、特に限定されないが、ジメチルシリコーンオイルや有機変性シリコーンオイルを用いることができる。中でも、アミノ変性シリコーンオイルが好適である。通常は、シリコーン化合物とノニオン系乳化剤とを混合し、乳化したものを用いる。また、場合により、酸化防止剤や各種添加剤、さらにシリコン原子を含まない有機物を混合することもできる。
【0036】
シリコーン系油剤中のシリコーン化合物の濃度、及び糸条にシリコーン系油剤を付与する条件は、得られるアクリロニトリル系前駆体繊維のSi量が500〜5000ppmとなる量のシリコーン系油剤が付与されるように適宜調整することができる。油剤を付与する条件が容易に調整可能となることから、シリコーン系油剤が、有効固形成分としてのシリコーン化合物を30質量%以上含むものであることが好ましい。シリコーン化合物の含有量が30質量%未満では、結果として耐炎化工程などでの融着が生じ易くなることがある。より好ましいシリコーン化合物の含有量は40質量%以上であり、さらに好ましいシリコーン化合物の含有量は50質量%以上である。また、乳化物の紡糸工程での安定性の観点から、シリコーン化合物の含有量は95質量%以下であることが好ましい。
【0037】
本発明の方法では、上記で得られたシリコーン系油剤を付与した糸条を乾燥緻密化する(工程(d))。
【0038】
乾燥緻密化の方法としては、特に制限はなく、熱板や加熱ローラに接触させることにより行うことが一般的に用いられている。好ましくは、加熱ローラによる乾燥である。
【0039】
本発明の方法では、必要に応じて、上記で得られた乾燥緻密化後の糸条を二次延伸することもできる(工程(e))。二次延伸の方法としては、乾熱延伸、スチーム延伸等が挙げられる。
【0040】
ただし、トータルの延伸倍率を5〜9倍とする。すなわち、前述の工程(b)における膨潤糸条の延伸と、必要に応じて行う乾燥緻密化後糸条の二次延伸との延伸倍率の積が5〜9となるように、それぞれの延伸倍率を設定する。トータル延伸倍率が5倍未満では、繊維構造の形成が不十分となり、一方、9倍を越えると耐炎化前の延伸性が低下し好ましくない。トータル延伸倍率は6〜8.5倍が好ましく、6.5〜8.0倍がより好ましい。
【0041】
なお、一つのノズルにある孔数が、製造したいアクリル系前駆体繊維を形成するフィラメント数より少ない場合、複数のノズルから吐出されたものを合わせて、アクリロニトリル系前駆体繊維を49,000本以上のフィラメントとする。このような合糸により得られるアクリロニトリル系前駆体繊維を実質的に一体化したものにするためには、アクリロニトリル系前駆体繊維紡糸工程の乾燥緻密化工程の前で合糸するのが好ましく、油剤付着工程前がより好ましい。さらに洗浄・延伸工程前で合糸するのが、より好ましい。
【0042】
(炭素繊維およびその製造方法)
本発明は、ラージトウでありながらも高い品質を有する炭素繊維、及びそれを生産性良く製造する方法を提供する。なお、ラージトウとは、総繊度21,000dtex以上のものを指す。
【0043】
本発明の炭素繊維は、実質的に一体化した49,000本以上のマルチフィラメントの形態を為しており、ストランド強度が4.9GPa以上、かつストランド弾性率が245GPa以上のものである。
【0044】
「実質的に一体化した」とは、より小さなマルチフィラメントのトウを合糸したものであるような特徴を有さないことを意味するもので、このことにより複合材料の機械特性においてストランド特性を十分に発現するようになる。したがって、炭素繊維の前駆体であるアクリロニトリル系前駆体繊維において、実質的に一体化していることが好ましく、より好ましくはアクリロニトリル系前駆体繊維の乾燥緻密化工程の前段階で一体化しているのもが良い。
【0045】
本発明の炭素繊維は、優れた機械特性を持つ複合材料を得るために、ストランド強度4.9GPa以上、ストランド弾性率245GPa以上のストランド特性を有する。好ましいストランド特性としては、ストランド強度は5.1GPa以上であり、ストランド弾性率は255GPa以上である。また、複合材料の機械特性のバランスを考えると、伸度2%を有する炭素繊維が有利である。ここで伸度とは、強度と弾性率の比と定義されるものである。
【0046】
このような炭素繊維は、以下のような炭素繊維の製造方法により好適に製造できる。なお、本発明の炭素繊維の製造方法は、実質的に一体化した49000本以上のマルチフィラメントの形態を為しており、ストランド強度が4.9GPa以上、かつストランド弾性率が245GPa以上の炭素繊維の製造に特に好適であるが、他の炭素繊維の製造に利用することもできる。
【0047】
本発明の方法では、前述した本発明のアクリロニトリル前駆体繊維である、単糸繊度が0.6〜1.3dtex、フィラメント数が49,000以上、かつ捲縮のない実質的にストレートなマルチフィラメントの形態を為しており、動的粘弾性測定で得られる170℃でのtanδが2.5以上、かつSi量が500〜5000ppmのアクリロニトリル系前駆体繊維を原料として用いる。
【0048】
原料としてのアクリロニトリル系前駆体繊維は、前述した本発明のアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法により製造されたものを好適に用いることができる。ただし、上記の物性を満たすものであれば他の方法で製造されたアクリロニトリル系前駆体繊維でも良く、他の方法としては、湿式紡糸、乾湿式紡糸等の公知のアクリロニトリル系前駆体繊維の紡糸方法を利用することによって製造することができる。
【0049】
なお、一般にアクリロニトリル系前駆体繊維を製造する速度と、そのアクリロニトリル系前駆体繊維から炭素繊維を製造する速度とを比較すると、後者の方が大幅に遅いため、アクリロニトリル系前駆体繊維は一旦ボビンに巻き上げられた状態、又は、箱の中に折りたたみ積層されて収容された状態(ケンス収容という)で保管されることが多く、炭素繊維の製造に合わせて必要量使用される。
【0050】
本発明の方法では、まず、上記原料としてのアクリロニトリル前駆体繊維を、200℃以下で、1.05〜1.4倍に延伸する。
【0051】
ここで、アクリロニトリル系前駆体繊維を延伸する温度は200℃以下とする。この温度が200℃を超えると、アクリロニトリル前駆体繊維の耐炎化処理における変化が始まり化学的な構造変化を伴いながらの延伸となってしまうため、得られる炭素繊維の性能が向上しない。好ましい温度は150〜190℃であり、より好ましい温度は160〜180℃である。
【0052】
また、アクリロニトリル系前駆体繊維の延伸倍率は、1.05〜1.4倍とする。延伸倍率が1.05倍未満であると、アクリロニトリル系前駆体繊維の延伸が十分でなく得られる炭素繊維の大幅な性能向上が得られない。一方、延伸倍率が1.4倍を超えると単糸切れによる毛羽の発生を誘発し、後に行う耐炎化工程や炭素化工程においてロールへの巻き付き等のトラブルや得られる炭素繊維の品位、性能の低下を招き好ましくない。好ましい延伸倍率は1.07〜1.3倍である。
【0053】
アクリロニトリル系前駆体繊維の延伸方法は、熱板、ローラ等のよる乾熱延伸、スチーム延伸等でも良く、また熱風が循環している箱型炉内での延伸でも良く、これらに限定されるものではない。アクリロニトリル系前駆体繊維の延伸は、空気中で行っても窒素中で行ってもよく、また水蒸気を含む雰囲気中でも良い。経済的な観点から、空気中で行うことが好ましい。
【0054】
本発明の方法では、上記で得られた延伸後の繊維を、1500〜6500dtex/mmの投入密度で、酸化性雰囲気中200〜300℃で耐炎化処理する(工程(B))。
【0055】
本発明では、この耐炎化処理が炭素繊維の製造工程中で最も処理時間が長いため、炭素繊維製造の低コスト化には、耐炎化処理を短時間で行い、更にその処理に投入する繊維幅あたりの繊度(本明細書において投入密度という)を高くし、生産性を向上することを考えた。
【0056】
このような観点から、繊維の投入密度は1500〜6500dtex/mmに設定する。繊維の投入密度が1500dtex/mm未満であると、糸幅が増大し耐炎化炉機幅に対する処理糸条数が減少し、設備生産性が低下する。一方、繊維の投入密度が6500dtex/mmを超えると、断面二重構造が顕著となり高性能である炭素繊維が得られにくくなるばかりか、耐炎化工程中で繊維に撚りが入りやすくなり、撚りの部分が畜熱し暴走反応により、糸切れ、スモーク等が起こりやすく、又、得られた炭素繊維をプリプレグに加工する際に開繊性不良が生じやすくなる。より好ましい繊維の投入密度は、2500〜5500dtex/mmである。
【0057】
一般に、耐炎化処理を行う際に、繊維糸条はそれ自体が発熱し繊維内部に急激に蓄熱される。そこで、耐炎化処理中の繊維がこれによって切断しないように、耐炎化炉中の熱風の温度は、繊維糸条の蓄熱切断温度より低い温度にコントロールすることとなる。この蓄熱切断温度は、耐炎化中の繊維の耐炎化の度合いが高くなるにしたがって高くなる。更に、耐炎化中の繊維の蓄熱切断温度は、投入密度にも依存し、投入密度が高いほど蓄熱切断温度は低下する。一般的に、耐炎化の反応速度は温度が高いほど大きく、投入密度が高いほど大きいので、耐炎化反応を促進して耐炎化時間を短縮するには、耐炎化中の繊維の蓄熱切断温度より低いが、なるべく高い温度で、投入密度を高くして耐炎化中の繊維を耐炎化処理すべきである。
【0058】
そこで、耐炎化中の繊維の蓄熱切断温度が上昇していくのに併せて、その温度よりも低いが、なるべく高い温度にコントロールすることが望まれる。このようなコントロールを可能とする方法の一つとして、個別に温調可能なゾーンに分けた耐炎化炉を用いる方法が従来から公知である。温度コントロール可能なゾーンの数が増えれば耐炎化時間が短縮でき、またゾーンの数の多い時は少ない時と比べて、耐炎化中の繊維のつく熱切断温度に対し余裕を持った低い温度で耐炎化でき、同じ耐炎化時間でより不具合の生じない運転が可能である。しかし、ゾーン数を増やすと、これに伴って耐炎化炉の価格は高額となり、生産性の向上の効果は小さくなっていく。生産性向上の効果を害することなく、細かな温度制御を可能とする観点から、ゾーン数は3〜8とするのが好ましく、3〜5とするのが更に好ましい。
【0059】
耐炎化炉内の風向きは、多錘の耐炎化中の繊維が形成する面に対して平行であり、かつ耐炎化中の繊維に対して平行である平行流、垂直である直行流、多錘の耐炎化中の繊維が形成する面に対して垂直であり、かつ耐炎化中の繊維に対して垂直である垂直流等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。風速は、0.3〜5m/sccが好ましい。0.3m/sec未満であると、耐炎化炉内の風による除熱作用が得られにくくなり、除熱不良によるスモークが発生する場合がある。5m/secを超えると、耐炎化炉内の風による耐炎化中の繊維のバタツキが大きくなり、耐炎化中の繊維の接触による単糸切れが生じる場合がある。
【0060】
耐炎化炉への繊維の投入密度を制御する方法としては、耐炎化炉外に溝付ロールを設置する方法、コームとフラットロールを設置する方法などを利用できる。溝付ロールは、耐炎化中の繊維の毛羽或いは、隣接する繊維同士の干渉により、1つの溝に2錘が入ることによる、所謂合糸が生じたりすることが稀にあり、合糸が生じると投入密度が高くなるばかりでなく、撚りが生じるため、除熱不良による糸切れ、スモーク等が起こりやすくなるので注意が必要である。
【0061】
一方、フラットロールを用いる方法は、溝飛びによる合糸、撚りの発生がなく工程安定性の点で好ましい。フラットロールを用いる方法の場合は、公知の技術によりアクリロニトリル系前駆体繊維に交絡処理を施し制御することが好ましい。交絡処理条件はアクリロニトリル系前駆体繊維の総繊度により適宜決定される。
【0062】
耐炎化処理終了後の耐炎化繊維糸条の密度は、1.33〜1.40g/cm3であることが好ましく、1.34〜1.37g/cm3であることがより好ましい。耐炎化繊維糸条の密度が1.33g/cm3未満であると、後の炭素化工程で耐炎化糸条が融着しやすく、また毛羽立ちが発生しやすくなるため、高性能、高品位である炭素繊維が得られにくくなる場合がある。耐炎化繊維糸条の密度が1.40g/cm3を超えると、酸素の耐炎化繊維糸条内への過剰導入により強度が低下する場合がある。
【0063】
本発明の方法では、上記で得られた耐炎化処理後の繊維を、300〜1000℃の不活性雰囲気中で0.7分以上熱処理する前炭素化処理を行う。前炭素化処理の時間が0.7分未満であると毛羽立ちが発生する傾向がでてくるため、糸切れに至る懸念がある上に、製品品位が悪く、高性能である炭素繊維が得られにくくなる。また、装置の大きさなどの設備の観点から、前炭素化処理の時間は3分以下であることが好ましい。
【0064】
本発明の方法では、上記で得られた前炭素化処理後の繊維を、不活性雰囲気中1000℃以上で炭素化処理する(工程(D))。炭素化処理の温度が1,000℃未満であると高性能である炭素繊維が得られにくくなる。
【0065】
本発明の炭素繊維には、必要に応じて更に従来公知の技術により表面処理、サイジング付与等を行うことができる。
【0066】
以上のような本発明の炭素繊維は、ラージトウでありながらも高い品質を有する炭素繊維である。本発明の炭素繊維は、優れた機械特性を持つ複合材料の補強繊維素材として好適に使用することができる。その複合材料は、航空宇宙用途を始め、スポーツ・レジャー用途、自動車・船舶、建材用途等、一般産業分野への用途など広く利用できる。
【実施例】
【0067】
以下、本発明を、実施例に基づいて説明する。
【0068】
<アクリロニトリル系前駆体繊維の評価>
[Si量の測定]
アクリロニトリル系前駆体繊維のSi量は、ICP発光分析装置を用いて測定した。具体的には、まず、試料をテフロン(登録商標)製密閉容器にとり、硫酸次いで硝酸で加熱酸分解した後、定容して、ICP発光分析装置(ジャーレルアッシュ製、商品名:IRIS−AP)を用いて測定した。
【0069】
[動的粘弾性の測定]
動的粘弾性の測定方法はアクリロニトリル系前駆体繊維の30cmの長さに対し18mgになるように取り分ける。その繊維を試長が2cmとなるように両端をグラフ用紙ではさみサンプルを作製する。グラフ用紙と繊維を接着させる方法は、高性能接着剤アラルダイトスタンダード(商品名、ニチバン株式会社製)のエポキシ系樹脂を使用した。尚、測定の際には繊維の断面積が必要であるが、それは10cmの長さに切り取った試料の重さから求めた。測定は、DMS200(商品名、SII社製)を用いて行った。測定周波数は10Hz、昇温速度は2℃/minで室温から250℃まで測定した。測定はn=2で行い、その平均値を取った。
【0070】
<炭素繊維の評価>
[ストランド強度及びストランド弾性率の測定]
ストランド強度(CF強度と表記)及びストランド弾性率(CF弾性率と表記)は、JIS−R7601の方法により測定した。なお、CF強度及びCF弾性率は、いずれも単位をGPaで表記し、その小数点以下を切り捨てた値としている。
【0071】
(CF強度の評価基準)
5.1GPa以上の場合 →◎
4.9〜5.0GPaの場合 →○
4.8GPa以下の場合 →×
(CF弾性率の評価基準)
255GPa以上の場合 →◎
245〜254GPaの場合 →○
244GPa以下の場合 →×
(CF総合評価基準)
CF強度及びCF弾性率の評価の両方が○または◎の場合 →◎
CF強度またはCF弾性率の評価が×の場合 →×
[生産性の評価]
生産性は、投入密度(dtex/mm)を耐炎化処理時間(分)で除して、その小数点以下を切り捨てた値とした数値で定義し、以下の基準で評価した。
【0072】
(生産性の評価基準)
80以上の場合 →◎
79以下の場合 →×
[総合評価]
CF総合評価が◎、かつ生産性が◎、かつ毛羽の発生がない場合 →◎
それ以外の場合 →×
<アクリロニトリル系前駆体繊維の製造>
[実施例1]
アクリロニトリル、アクリルアミド、及びメタクリル酸を、過硫酸アンモニウム−亜硫酸水素アンモニウムおよび硫酸鉄の存在下、水系懸濁重合により共重合し、アクリロニトリル単位/アクリルアミド単位/メタクリル酸単位=96/3/1(質量比)からなるアクリロニトリル系重合体を得た。このアクリロニトリル系重合体をジメチルアセトアミドに溶解し、21質量%の紡糸原液を調製した。
【0073】
この紡糸原液を孔数50,000、孔径45μmの紡糸口金(紡糸ノズル)を通して、濃度61質量%、温度35℃のジメチルアセトアミド水溶液からなる凝固浴中に吐出させ、紡糸原液の吐出線速度の0.45倍の引取り速度で引き取ることで繊維束(膨潤糸条)を得た。
【0074】
ついで、この繊維束に対して水洗と同時に4.6倍の延伸を行い、さらに1.5質量%に調製したアミノシリコン系油剤の浴槽に導き油剤を付与した。ここで、油剤としては、両末端アミノ変性ジメチルシロキサン(25℃の動粘度450mm2/s)80質量%と、ノニオン系乳化剤(ポリオキシエチレンステアリルエーテル:エマルゲン320P(花王株式会社製商品名))20質量%とを混合し、乳化したものを用いた。
【0075】
この繊維束を熱ロールを用いて乾燥し、熱ロール間による乾熱二次延伸を1.5倍行った。その後、タッチロールにて繊維束の水分率を調整し、単繊維繊度1.2dtex、Si量3,000ppmのアクリロニトリル系繊維束を得た。このアクリロニトリル系前駆体繊維の動的粘弾性を測定したところ170℃でのtanδは3.4であった。
【0076】
[実施例2]
紡糸原液を孔数50,000、孔径75μmの紡糸口金を通して吐出させ、紡糸原液の吐出線速度の0.70倍の引取り速度で引き取ることで繊維束(膨潤糸条)を得たこと以外は、実施例1と同様の方法でアクリロニトリル系前駆体繊維を得た。得られたアクリロニトリル系前駆体繊維の単繊維繊度、Si量、及び170℃でのtanδについての評価結果を、表1に示した。
【0077】
[実施例3]
紡糸原液の吐出線速度の0.70倍の引取り速度で引き取ることで繊維束(膨潤糸条)を得たこと、及び水洗と同時に行う延伸の倍率を4.0倍としたこと以外は、実施例1と同様の方法でアクリロニトリル系前駆体繊維を得た。得られたアクリロニトリル系前駆体繊維の単繊維繊度、Si量、及び170℃でのtanδについての評価結果を、表1に示した。
【0078】
[実施例4]
紡糸原液の吐出線速度の0.55倍の引取り速度で引き取ることで繊維束(膨潤糸条)を得たこと、水洗と同時に行う延伸の倍率を4.25倍としたこと、及び乾熱二次延伸の倍率を2.0倍としたこと以外は、実施例1と同様の方法でアクリロニトリル系前駆体繊維を得た。得られたアクリロニトリル系前駆体繊維の単繊維繊度、Si量、及び170℃でのtanδについての評価結果を、表1に示した。
【0079】
[実施例5]
紡糸原液の吐出線速度の0.70倍の引取り速度で引き取ることで繊維束(膨潤糸条)を得たこと、水洗と同時に行う延伸の倍率を4.5倍としたこと、及び乾熱二次延伸の倍率を2.0倍としたこと以外は、実施例1と同様の方法でアクリロニトリル系前駆体繊維を得た。得られたアクリロニトリル系前駆体繊維の単繊維繊度、Si量、及び170℃でのtanδについての評価結果を、表1に示した。
【0080】
[実施例6]
油剤として、両末端アミノ変性ジメチルシロキサン(25℃の粘度450mm2/s)30質量%と、ノニオン系乳化剤(ポリオキシエチレンステアリルエーテル:エマルゲン320P(花王株式会社製商品名))70質量%とを混合し、乳化したものを用いたこと以外は、実施例4と同様の方法でアクリロニトリル系前駆体繊維を得た。得られたアクリロニトリル系前駆体繊維の単繊維繊度、Si量、及び170℃でのtanδについての評価結果を、表1に示した。
【0081】
[参考例]
油剤として、両末端アミノ変性ジメチルシロキサン(25℃の動粘度450mm2/s)10質量%と、ノニオン系乳化剤(ポリオキシエチレンステアリルエーテル:エマルゲン320P(花王株式会社製商品名))90質量%とを混合し、乳化したものを用いたこと以外は、実施例4と同様の方法でアクリロニトリル系前駆体繊維を得た。得られたアクリロニトリル系前駆体繊維の単繊維繊度、Si量、及び170℃でのtanδについての評価結果を、表1に示した。
【0082】
[比較例1]
紡糸原液の吐出線速度の0.23倍の引取り速度で引き取ることで繊維束(膨潤糸条)を得たこと、水洗と同時に行う延伸の倍率を6.0倍としたこと、及び乾熱二次延伸の倍率を2.0倍としたこと以外は、実施例1と同様の方法でアクリロニトリル系前駆体繊維を得た。得られたアクリロニトリル系前駆体繊維の単繊維繊度、Si量、及び170℃でのtanδについての評価結果を、表1に示した。
【0083】
[比較例2]
紡糸原液の吐出線速度の0.84倍の引取り速度で引き取ることで繊維束(膨潤糸条)を得たこと、及び水洗と同時に行う延伸の倍率を4.0倍としたこと以外は、実施例2と同様の方法でアクリロニトリル系前駆体繊維の製造を行ったところ、凝固浴槽内でのフィラメント切れが多発し、安定に紡糸することができなかった。
【0084】
【表1】

以上のように、本発明によれば、炭素繊維の製造に好適なアクリロニトリル系前駆体繊維を製造できる。
【0085】
<炭素繊維の製造>
[実施例7]
実施例1で製造したアクリロニトリル系前駆体繊維を、投入密度4,000dtex/mmで投入した180℃の熱風が循環しているバッチ炉で1.13倍に延伸し、次いで耐炎化処理温度225℃、234℃、244℃、249℃、260℃で各々10分、計50分連続的に耐炎化処理を行い、密度1.36g/cm3の耐炎化繊維糸条を得た。なお、耐炎化炉の両側に設置されたロールはフラットロールとし、耐炎化処理時の工程張力を136×10-3cN/dtexにしてアクリロニトリル系前駆体繊維及び途中耐炎化繊維糸条の収縮を制限しながら行った。
【0086】
続いて300〜700℃の温度分布を有する窒素雰囲気からなる炭素化炉中にて、68×10-3cN/dtexの張力を付し、耐炎化繊維糸条の収縮を制限しながら、1.5分間の前炭素化処理を行った。
【0087】
続いて1,000〜1,300℃の温度分布を有する窒素雰囲気からなる炭素化炉中にて、68×10-3cN/dtexの張力を付し、前炭素化処理後の糸条の収縮を制限しながら、1.5分間の炭素化処理を付すことにより、炭素繊維を得た。得られた炭素繊維のCF強度、CF弾性率、及び生産性についての評価結果を、表2に示した。
【0088】
[実施例8]
バッチ炉でのアクリロニトリル系前駆体繊維の延伸倍率を1.07倍としたこと以外は、実施例7と同様の方法で炭素繊維を得た。得られた炭素繊維のCF強度、CF弾性率、及び生産性についての評価結果を、表2に示した。
【0089】
[実施例9]
バッチ炉でのアクリロニトリル系前駆体繊維の延伸倍率を1.35倍としたこと以外は、実施例7と同様の方法で炭素繊維を得た。得られた炭素繊維のCF強度、CF弾性率、及び生産性についての評価結果を、表2に示した。
【0090】
[実施例10]
実施例2で製造したアクリロニトリル系前駆体繊維を用いたこと以外は、実施例7と同様の方法で炭素繊維を得た。得られた炭素繊維のCF強度、CF弾性率、及び生産性についての評価結果を、表2に示した。
【0091】
[実施例11]
実施例3で製造したアクリロニトリル系前駆体繊維を用いたこと、及びバッチ炉でのアクリロニトリル系前駆体繊維の延伸倍率を1.15倍としたこと以外は、実施例7と同様の方法で炭素繊維を得た。得られた炭素繊維のCF強度、CF弾性率、及び生産性についての評価結果を、表2に示した。
【0092】
[実施例12]
実施例4で製造したアクリロニトリル系前駆体繊維を用いたこと、及びバッチ炉でのアクリロニトリル系前駆体繊維の延伸倍率を1.10倍としたこと以外は、実施例7と同様の方法で炭素繊維を得た。得られた炭素繊維のCF強度、CF弾性率、及び生産性についての評価結果を、表2に示した。
【0093】
[実施例13]
実施例5で製造したアクリロニトリル系前駆体繊維を用いたこと以外は、実施例12と同様の方法で炭素繊維を得た。得られた炭素繊維のCF強度、CF弾性率、及び生産性についての評価結果を、表2に示した。
【0094】
[実施例14]
実施例6で製造したアクリロニトリル系前駆体繊維を用いたこと以外は、実施例12と同様の方法で炭素繊維を得た。得られた炭素繊維のCF強度、CF弾性率、及び生産性についての評価結果を、表2に示した。
【0095】
[比較例3]
バッチ炉でのアクリロニトリル系前駆体繊維の延伸倍率を1.02倍としたこと以外は、実施例7と同様の方法で炭素繊維を得た。得られた炭素繊維のCF強度、CF弾性率、及び生産性についての評価結果を、表2に示した。
【0096】
[比較例4]
バッチ炉でのアクリロニトリル系前駆体繊維の延伸倍率を1.45倍としたこと以外は、実施例7と同様の方法で炭素繊維を行ったところ、糸切れが発生してしまい炭素繊維の製造を行えなかった。
【0097】
[比較例5]
バッチ炉中を循環している熱風の温度を220℃としたこと以外は、実施例7と同様の方法で炭素繊維を行ったところ、糸切れが発生してしまい炭素繊維の製造を行えなかった。
【0098】
[比較例6]
アクリロニトリル系前駆体繊維の投入密度を7,500dtex/mmとしたこと以外は、実施例7と同様の方法で炭素繊維を行ったところ、糸切れが発生してしまい炭素繊維の製造を行えなかった。
【0099】
[比較例7]
比較例1で製造したアクリロニトリル系前駆体繊維を用いたこと以外は、実施例7と同様の方法で炭素繊維を得た。得られた炭素繊維のCF強度、CF弾性率、及び生産性についての評価結果を、表2に示した。なお、この方法では、耐炎化工程、炭素化工程において毛羽が多発し、製造工程の安定性が著しく低下した。
【0100】
[比較例8]
前炭素化処理の時間を0.6分間としたこと以外は、実施例7と同様の方法で炭素繊維を得た。得られた炭素繊維のCF強度、CF弾性率、及び生産性についての評価結果を、表2に示した。なお、この方法では、耐炎化工程、炭素化工程において毛羽が多発し、製造工程の安定性が著しく低下した。
【0101】
[比較例9]
参考例で製造したアクリロニトリル系前駆体繊維を用いたこと以外は、実施例12と同様の方法で炭素繊維を得た。得られた炭素繊維のCF強度、CF弾性率、及び生産性についての評価結果を、表2に示した。なお、この方法で得られた炭素繊維は、毛羽が多く、また、一部のフィラメントに融着しているものが観察された。
【0102】
【表2】

以上のように、本発明によれば、高い品質の炭素繊維を生産性良く製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単糸繊度が0.6〜1.3dtex、フィラメント数が49,000以上、かつ捲縮のない実質的にストレートなマルチフィラメントの形態を為しており、動的粘弾性測定で得られる170℃でのtanδが2.5以上で、かつSi量が500〜5000ppmであるアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法であって、
(a)凝固糸引き取り速度/吐出線速度が0.8以下となる条件で、孔径40〜75μm、孔数49,000以上の紡糸ノズルから、アクリロニトリル系重合体の有機溶剤溶液をジメチルアセトアミド水溶液中に吐出して、膨潤糸条を得る工程と、
(b)前記膨潤糸条を洗浄及び延伸する工程と、
(c)前記洗浄及び延伸後の糸条を、シリコーン系油剤が入った油浴槽に導いて、該糸条に該シリコーン系油剤を付与する工程と、
(d)前記シリコーン系油剤が付与された糸条を乾燥緻密化する工程と、
を有し、トータルの延伸倍率を5〜9倍とすることを特徴とするアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法。
【請求項2】
(e)前記乾燥緻密化後の糸条を二次延伸する工程、
をさらに有することを特徴とする請求項1に記載のアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法。
【請求項3】
前記シリコーン系油剤が、有効固形成分としてのシリコーン化合物を30質量%以上含むことを特徴とする請求項1または2に記載のアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法。
【請求項4】
単糸繊度が0.6〜1.3dtex、フィラメント数が49,000以上、かつ捲縮のない実質的にストレートなマルチフィラメントの形態を為しており、動的粘弾性測定で得られる170℃でのtanδが2.5以上で、かつSi量が500〜5000ppmであることを特徴とするアクリロニトリル系前駆体繊維。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載の方法で製造されたものであることを特徴とする請求項4に記載のアクリロニトリル系前駆体繊維。
【請求項6】
(A)単糸繊度が0.6〜1.3dtex、フィラメント数が49,000以上、かつ捲縮のない実質的にストレートなマルチフィラメントの形態を為しており、動的粘弾性測定で得られる170℃でのtanδが2.5以上、かつSi量が500〜5000ppmのアクリロニトリル系前駆体繊維を、200℃以下で1.05〜1.4倍に延伸する工程と、
(B)前記延伸後の繊維を、1500〜6500dtex/mmの投入密度で、酸化性雰囲気中200〜300℃で耐炎化処理する工程と、
(C)前記耐炎化処理後の繊維を、300〜1000℃の不活性雰囲気中で0.7分以上熱処理する前炭素化処理を行う工程と、
(D)前記前炭素化処理後の繊維を、不活性雰囲気中1000℃以上で炭素化処理する工程と、
を有することを特徴とする炭素繊維の製造方法。
【請求項7】
前記耐炎化処理を行う耐炎化炉の両側に設置されたロールが、フラットロールであることを特徴とする請求項6に記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項8】
前記アクリロニトリル系前駆体繊維が、請求項4または5に記載のアクリロニトリル系前駆体繊維であることを特徴とする請求項6または7に記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項9】
実質的に一体化した49,000本以上のマルチフィラメントの形態を為しており、ストランド強度が4.9GPa以上、かつストランド弾性率が245GPa以上の炭素繊維を製造する方法であることを特徴とする請求項6〜8のいずれかに記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項10】
実質的に一体化した49,000本以上のマルチフィラメントの形態を為しており、ストランド強度が4.9GPa以上、かつストランド弾性率が245GPa以上であることを特徴とする炭素繊維。
【請求項11】
請求項9に記載の方法で製造されたものであることを特徴とする請求項10に記載の炭素繊維。

【公開番号】特開2006−299439(P2006−299439A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−119560(P2005−119560)
【出願日】平成17年4月18日(2005.4.18)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】