説明

炭素膜被覆切削工具およびその製造方法

【課題】 従来よりも鋭利なエッジを有するダイヤモンド被膜等の炭素膜で被覆された炭素膜被覆切削工具を提供すると共に、この工具を高精度に加工して作製することができる製造方法を提供すること。
【解決手段】 工具基体2の切れ刃2aの表面に炭素膜3が形成された炭素膜被覆切削工具1であって、互いに隣接するすくい面4a側の炭素膜3の表面と逃げ面4b側の炭素膜3の表面とが、切れ刃2aの刃先2b近傍で凹面3aとされ、切れ刃2aに形成された炭素膜3が、すくい面4aと逃げ面4bとの成す角度より鋭角な断面形状を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋭利に被削材を加工することが可能な炭素膜被覆切削工具およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
切れ刃の表面がダイヤモンド膜で被覆されたダイヤモンド被覆切削工具において、従来、例えば切れ刃の刃先に略円弧部を研削加工し、略円弧部の角度を40°以下になるように部分的にチャンファが設けられたものが提案されている(特許文献1参照)。また、上記略円弧部を研削加工し、逃げ角を元の角度よりも小さくしたものも提案されている(特許文献2参照)。
【0003】
また、レーザの焦点をダイヤモンド被膜の表面上で走査すると共に、ダイヤモンド被膜をずらせるようにして両者に相対的に運動を与え、ダイヤモンド被膜の表面に形成された凸部を除去するダイヤモンドのレーザ研磨方法が提案されている(特許文献3参照)。さらに、波長266nmのレーザ光をダイヤモンド被膜に対して垂直に照射して加工する加工工具の製造方法が提案されている(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3477182号公報
【特許文献2】特許第3477183号公報
【特許文献3】特許第3096943号公報
【特許文献4】特開2009−6436号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記従来の技術には、以下の課題が残されている。
すなわち、研削加工による切れ刃の形成では、ダイヤモンドが砥石よりも硬いため、加工途中での砥石の形態変化を生じ、高精度に狙いの形状加工を行うことが困難であるという不都合があった。また、レーザとダイヤモンド被膜とを共に相対運動させながら走査加工する方法は、さらに形態に倣ったワーク移動が必要で制御が複雑であるという問題がある。さらに、ダイヤモンド被膜に対して垂直にレーザ光を照射する加工法では、加工後の形態が加工前の膜の起伏に倣うおそれがあり、均一なダイヤモンド被膜の形成が必須であり、やはり高精度な加工が難しいという不都合があった。特に、切削工具の切れ刃などの刃先にダイヤモンド被膜を形成すると、厚さに応じて刃先に被膜が盛り上がって形成されてしまうことから、刃先の加工が困難であった。このため、従来では、ダイヤモンド被膜でコーティングされていると共に鋭利なエッジを有した切削工具を作製することが困難であった。
【0006】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたもので、従来よりも鋭利なエッジを有するダイヤモンド被膜等の炭素膜で被覆された炭素膜被覆切削工具を提供すると共に、この工具を高精度に加工して作製することができる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。すなわち、本発明の炭素膜被覆切削工具は、工具基体の切れ刃の表面に炭素膜が形成された炭素膜被覆切削工具であって、互いに隣接するすくい面側の前記炭素膜の表面と逃げ面側の前記炭素膜の表面とが、前記切れ刃の刃先近傍で凹面とされ、前記切れ刃の刃先に形成された前記炭素膜が、前記すくい面と前記逃げ面との成す角度より鋭角な断面形状を有していることを特徴とする。
【0008】
この炭素膜被覆切削工具では、互いに隣接するすくい面側の炭素膜の表面と逃げ面側の炭素膜の表面とが、切れ刃の刃先近傍で凹面とされ、切れ刃の刃先に形成された炭素膜が、すくい面と逃げ面との成す角度より鋭角な断面形状を有しているので、従来よりもさらに鋭利なエッジを有することができる。すなわち、切れ刃の刃先部分の炭素膜表面がすくい面および逃げ面の延長面に対してえぐられて凹面化されることで、刃先部分の炭素膜が鋭く形成され、従来のようなチャンファを形成するよりも鋭利なエッジを得ることができる。
【0009】
本発明の炭素膜被覆切削工具の製造方法は、上記本発明の炭素膜被覆切削工具を製造する方法であって、工具基体の切れ刃の表面に炭素膜を形成する炭素膜形成工程と、レーザビームを照射して前記切れ刃の表面の前記炭素膜を加工するレーザ加工工程とを有し、該レーザ加工工程で、ビーム断面の光強度分布がガウシアン分布である前記レーザビームを、前記刃先前方から前記刃先近傍における前記すくい面側または前記逃げ面側の前記炭素膜に向けて照射すると共に前記刃先の延在方向に沿って走査して前記凹面を形成することを特徴とする。
【0010】
すなわち、この炭素膜被覆切削工具の製造方法では、レーザ加工工程で、ビーム断面の光強度分布がガウシアン分布であるレーザビームを、刃先前方から刃先近傍におけるすくい面側または逃げ面側の炭素膜に向けて照射すると共に刃先の延在方向に沿って走査して前記凹面を形成するので、刃先前方から照射されたレーザビームによる炭素膜の切除痕が断面円弧状となり、高精度に前記凹面を刃先に沿って形成することができる。また、炭素膜の先端部(エッジ部分)には、レーザビームの外周側が当たるため、該先端部におけるレーザビームのパワー密度を弱めることができ、炭素膜の先端部が必要以上に切除されて鈍角になることを防ぐことができる。
【0011】
また、本発明の炭素膜被覆切削工具の製造方法は、前記炭素膜形成工程において、前記切れ刃の刃先に前記炭素膜を他の部分より盛り上げて形成しておくことが好ましい。
すなわち、この炭素膜被覆切削工具の製造方法では、炭素膜形成工程において、予め切れ刃の刃先に炭素膜を他の部分より盛り上げて形成しておくことで、レーザ加工工程における炭素膜の削りしろを大きく設けて、より深い凹面およびより鋭利なエッジを形成することが可能になる。なお、すくい面と逃げ面との2面が近接する切れ刃の刃先は、炭素膜が成長し易い場所であることから、炭素膜を厚めにCVD成膜でコーティングすることで、切れ刃の刃先に炭素膜を他の部分より盛り上げて形成することができる。
【0012】
また、本発明の炭素膜被覆切削工具の製造方法は、前記炭素膜が、ダイヤモンド膜であり、前記レーザビームの波長が、360nm以下であることを特徴とする。
すなわち、この炭素膜被覆切削工具の製造方法では、炭素膜が、ダイヤモンド膜であり、レーザビームの波長が、360nm以下であるので、ダイヤモンド加工に適した波長のレーザビームにより高精度にダイヤモンド膜を加工することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、以下の効果を奏する。
すなわち、本発明に係る炭素膜被覆切削工具によれば、互いに隣接するすくい面側の炭素膜の表面と逃げ面側の炭素膜の表面とが、切れ刃の刃先近傍で凹面とされ、切れ刃の刃先に形成された炭素膜が、すくい面と逃げ面との成す角度より鋭角な断面形状を有しているので、従来よりもさらに鋭利なエッジを有することができる。
また、本発明に係る炭素膜被覆切削工具の製造方法によれば、レーザ加工工程で、ビーム断面の光強度分布がガウシアン分布であるレーザビームを、刃先前方から刃先近傍におけるすくい面側または逃げ面側の炭素膜に向けて照射すると共に刃先の延在方向に沿って走査して前記凹面を形成するので、高精度に前記凹面を刃先に沿って形成することができ、鋭利なエッジを形成することができる。
したがって、本発明の炭素膜被覆切削工具および上記製法で作製した炭素膜被覆切削工具は、炭素膜による耐摩耗性だけでなく切れ味に優れ、非鉄金属および複合材料加工用の切削工具としても適している。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る炭素膜被覆切削工具およびその製造方法の一実施形態において、炭素膜被覆切削工具の切れ刃およびレーザ加工工程を示す要部の拡大断面図である。
【図2】本実施形態に係る炭素膜被覆切削工具の製造方法に使用するレーザ加工装置を示す概略的な全体構成図である。
【図3】本実施形態において、レーザビームの走査方向とレーザビームの断面形状との関係を示す説明図である。
【図4】本実施形態において、レーザビームによる炭素膜の切除痕を示す概念図である。
【図5】本発明に係る炭素膜被覆切削工具およびその製造方法の実施例において、レーザ加工工程時の炭素膜被覆切削工具を示す要部の拡大断面図である。
【図6】本発明に係る炭素膜被覆切削工具およびその製造方法の実施例において、レーザ加工工程前およびレーザ加工工程後の切れ刃を示す拡大画像である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る炭素膜被覆切削工具およびその製造方法の一実施形態を、図1から図4を参照しながら説明する。なお、以下の説明に用いる各図面では、各部材を認識可能又は認識容易な大きさとするために必要に応じて縮尺を適宜変更している部分がある。
【0016】
本実施形態の炭素膜被覆切削工具1は、図1に示すように、工具基体2の切れ刃2aの表面に炭素膜3が形成されたドリル、エンドミルまたはインサート(スローアウェイチップ)等の炭素膜被覆切削工具であって、互いに隣接するすくい面4a側の炭素膜3の表面と逃げ面4b側の炭素膜3の表面とが、切れ刃2aの刃先2b近傍で凹面3aとされ、切れ刃2aの刃先2bに形成された炭素膜3が、すくい面4aと逃げ面4bとの成す角度θ0より鋭角な断面形状を有している。
【0017】
上記工具基体2は、例えばWC(タングステンカーバイト)等の超硬合金で形成され、炭素膜3は、CVD(化学気相成長法)等で成膜されたダイヤモンド膜、グラファイト膜またはDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜等である。
【0018】
互いに隣接するすくい面4a側の炭素膜3の表面と逃げ面4b側の炭素膜3の表面とには、上述したように、それぞれ切れ刃2aの刃先2b近傍で凹面3aが形成されている。このため、これら一対の凹面3aで構成された炭素膜3先端(エッジ)における断面の角度θ1(すくい面4aおよび逃げ面4bに直交する面における断面の先端角度)は、すくい面4aと逃げ面4bとの成す角度θ0より小さく設定されている。すなわち、「θ1<θ0」となるように切れ刃2aをコーティングしている炭素膜3が加工されている。また、切れ刃2aの刃先2bに形成された炭素膜3の先端部は、曲率半径2μm以下に加工されている。
【0019】
次に、本実施形態の炭素膜被覆切削工具を製造する方法について、図1から図4を参照して説明する。
【0020】
本実施形態の炭素膜被覆切削工具1の製造方法は、工具基体2の切れ刃2aの表面に炭素膜3を形成する炭素膜形成工程と、レーザビームLを照射して切れ刃2aの表面の炭素膜3を加工するレーザ加工工程とを有している。
上記炭素膜形成工程では、予め切れ刃2aの刃先2bに炭素膜3を他の部分より盛り上げて形成しておく。すなわち、すくい面4aと逃げ面4bとの2面が近接する切れ刃2aの刃先2bは、炭素膜3が成長し易い場所であることから、炭素膜3を厚めにCVD成膜でコーティングすることで、切れ刃2aの刃先2bに炭素膜3を他の部分より盛り上げて形成することができる。
【0021】
上記レーザ加工工程に用いるレーザ加工装置21は、図2に示すように、工具基体2に被覆された炭素膜3にレーザビーム(レーザ光)Lを照射して加工する装置であって、レーザビームLをパルス発振して炭素膜3に一定の繰り返し周波数で照射すると共に走査するレーザ光照射機構22と、炭素膜3がコーティングされた工具基体2を保持して回転可能なモータ等の回転機構23と、該回転機構23が設置されて移動可能な移動機構24と、これらを制御する制御部25と、を備えている。
【0022】
上記移動機構24は、水平面に平行なX方向に移動可能なX軸ステージ部24xと、該X軸ステージ部24x上に設けられX方向に対して垂直なかつ水平面に平行なY方向に移動方向なY軸ステージ部24yと、該Y軸ステージ部24y上に設けられ回転機構23が固定されて工具基体2を保持可能であると共に水平面に対して垂直方向に移動可能なZ軸ステージ部24zと、で構成されている。
【0023】
上記レーザ光照射機構22は、Qスイッチのトリガー信号によりレーザビームLとなるレーザ光を発振すると共にスポット状に集光させる光学系も有するレーザ光源26と、照射するレーザビームLを走査させるガルバノスキャナ27と、保持されたコーティング済みの工具基体2の加工位置を確認するために撮像するCCDカメラ28と、を備えている。
【0024】
このレーザ光照射機構22により出射されるレーザビームLは、シングルモードでありビーム断面の光強度分布がガウシアン分布となっていると共に、図3に示すように、集光点においてビーム断面の光強度分布が楕円形状となっている。
また、レーザ光照射機構22は、レーザビームLの走査方向を、楕円形状である上記光強度分布の長軸方向または短軸方向に一致させている。これは、レーザビームLの走査方向が、上記光強度分布の長軸方向または短軸方向に一致せずに長軸または短軸に対して傾いた方向であると、走査終端部分の加工形状が傾いてズレが生じてしまうためである。なお、本実施形態では、レーザビームLの走査方向を、上記光強度分布の短軸方向に一致させている。
【0025】
上記レーザ光源26は、190〜550nmのいずれかの波長のレーザ光を照射できるものが使用可能であり、例えば本実施形態では、波長355nmのレーザ光(Nd:YAGレーザの第三高調波)を発振して出射できるものを用いている。
なお、炭素膜3が、ダイヤモンド膜である場合、レーザビームLの波長は、360nm以下の紫外線レーザ光を使用する。
上記ガルバノスキャナ27は、移動機構24の直上に配置されている。また、上記CCDカメラ28は、ガルバノスキャナ27に隣接して設置されている。
【0026】
上記レーザ加工工程では、ビーム断面の光強度分布がガウシアン分布であるレーザビームLを、刃先2b前方から刃先2b近傍におけるすくい面4a側または逃げ面4b側の炭素膜3に向けて照射すると共に刃先2bの延在方向に沿って走査して凹面3aを形成する。
【0027】
また、レーザ加工工程では、刃先2b前方からレーザビームLを照射するが、移動機構24やガルバノスキャナ27を制御して、例えばすくい面4aまたは逃げ面4bに対して20°以下の角度で炭素膜3に照射する。また、刃先2bの延在方向、すなわち図1の紙面に垂直な方向にレーザビームLを走査し、図4に示すように、1ライン以上10ライン以下のカスケード状(スライドさせながらレーザビームLの走査ラインを部分的に重ねる状態)に照射を行う。なお、レーザビームLの集光角度や焦点位置に応じて、走査ラインの数が適宜設定される。本実施形態では、集光される前にレーザビームLが工具基体2の壁面に当たり、所望の部位への照射が困難なため、10ライン以下に設定している。
【0028】
このレーザ加工では、レーザビームLのビーム断面の光強度分布がガウシアン分布を有しているため、レーザビームLの中心ほど強度が高く、レーザビームLの中心ほど深く加工されると共に周辺ほど浅く加工され、炭素膜3の先端(エッジ部分)に当たるレーザビームLのパワー密度は弱くなる。
なお、炭素膜3によっては、加工表面から1μm程度まではダイヤモンドがアモルファスカーボンになる等の構造変化が起こり得る。
【0029】
このように本実施形態の炭素膜被覆切削工具1では、互いに隣接するすくい面4a側の炭素膜3の表面と逃げ面4b側の炭素膜3の表面とが、切れ刃2aの刃先2b近傍で凹面とされ、切れ刃2aの刃先2bに形成された炭素膜3が、すくい面4aと逃げ面4bとの成す角度θ0より鋭角な断面形状を有しているので、従来よりもさらに鋭利なエッジを有することができる。すなわち、切れ刃2aの刃先2b部分の炭素膜3表面がすくい面4aおよび逃げ面4bの延長面に対してえぐられて凹面化されることで、刃先2b部分の炭素膜3が鋭く形成され、従来のようなチャンファを形成するよりも鋭利なエッジを得ることができる。
【0030】
また、この炭素膜被覆切削工具1の製造方法では、レーザ加工工程で、ビーム断面の光強度分布がガウシアン分布であるレーザビームLを、刃先2b前方から刃先2b近傍におけるすくい面4a側または逃げ面4b側の炭素膜3に向けて照射すると共に刃先2bの延在方向に沿って走査して凹面3aを形成するので、図4に示すように、刃先2b前方から照射されたレーザビームLによる炭素膜3の切除痕が断面円弧状となり、高精度に凹面3aを刃先2bに沿って形成することができる。
【0031】
また、炭素膜3の先端部(エッジ部分)には、レーザビームLの外周側が当たるため、該先端部におけるレーザビームLのパワー密度を弱めることができ、炭素膜3の先端部(エッジ部分)が必要以上に切除されて鈍角になることを防ぐことができる。
さらに、炭素膜形成工程において、予め切れ刃2aの刃先2bに炭素膜3を他の部分より盛り上げて形成しておくことで、レーザ加工工程における炭素膜3の削りしろを大きく設けて、より深い凹面3aおよびより鋭利なエッジを形成することが可能になる。
【実施例】
【0032】
次に、上記本実施形態の炭素膜被覆切削工具の製造方法により、実際に作製した炭素膜被覆切削工具の実施例について、図5および図6を参照して説明する。
【0033】
本実施例では、波長262nm(Nd:YAGレーザ(基本波:波長1047nm)の4倍波)、繰り返し10kHz、平均出力0.1Wのレーザ光を照射可能な上記レーザ加工装置により、レーザ光をfθレンズ(焦点距離f=150mm)によって集光し、ガルバノスキャナを用いて25mm/sの走査速度で同じ軌跡を4回走査させて、気相合成によるダイヤモンド被膜を炭素膜3として施した切削工具1の切り刃2aを、鋭利に加工した。
【0034】
なお、準備として、図5に示すように、超硬合金製のインサート(工具基体2)に平均膜厚17mmのダイヤモンドを気相合成により成膜し、切れ刃2aである逃げ面4bとすくい面4aとのなす稜線部(切れ刃2b)に平均膜厚よりも厚くダイヤモンド膜の炭素膜3を形成した。なお、炭素膜質の測定については、ラマン分光法を用いた。
また、上述したように、切れ刃2aの部分は、成膜サイトが平面よりも多くなるため、厚くかつラウンド化してダイヤモンド膜(炭素膜3)が成膜されている。
【0035】
例えば、工具基体2の切れ刃2aの先端(刃先2b)からすくい面4aに沿って50μm以上離れた炭素膜3において、すくい面4aの膜厚を、100μm以上の部位における平均膜厚taとすると共に、切れ刃2a周辺の膜厚を、工具基体2の切れ刃2aの先端(刃先2b)からすくい面4aに沿って50μmまでの平均膜厚teとした場合、膜厚taを5μm以上としたと共に、「te>ta 」の関係になるように成膜した。
【0036】
次に、レーザビームLの照射方向に対してすくい面4aおよび逃げ面4bを10°傾け、各々の方向から切れ刃2aとなる稜線に平行にレーザビームLを走査した。図4に示すように、最初のビーム照射狙い位置P1は、すくい面4aおよび逃げ面4bの平均高さの延長線4c,4dと切れ刃部分の炭素膜3との交点から4mmの位置に設定した。
【0037】
このように上記製造方法で作製した炭素膜被覆切削工具1では、工具基体2の切れ刃角θ0が90°であるところ、炭素膜3をレーザ加工してできたエッジの切れ刃角θ1が88°であり、より鋭角化されていた。なお、膜厚taは17μmであり、膜厚teは19μmであった。また、これらの寸法精度は、レーザ顕微鏡を主に使用した。
また、このときのレーザ加工工程前の切れ刃部分の拡大画像を図6の(a)に示すと共に、レーザ加工工程後の切れ刃部分の拡大画像を図6の(b)に示す。なお、画像中の仮想線(二点鎖線)で囲んだ部分が、切れ刃部分である。これら画像からわかるように、レーザ加工工程後は、切れ刃部分がレーザ加工工程前に比べて非常にシャープに鋭角化されている。
【0038】
なお、本発明の技術範囲は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0039】
1…炭素膜被覆切削工具、2…工具基体、2a…切れ刃、2b…切れ刃の刃先、3…炭素膜、3a…凹面、4a…すくい面、4b…逃げ面、θ0…すくい面と逃げ面との成す角度、θ1…一対の凹面で構成された炭素膜先端の断面の角度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体の切れ刃の表面に炭素膜が形成された炭素膜被覆切削工具であって、
互いに隣接するすくい面側の前記炭素膜の表面と逃げ面側の前記炭素膜の表面とが、前記切れ刃の刃先近傍で凹面とされ、
前記切れ刃の刃先に形成された前記炭素膜が、前記すくい面と前記逃げ面との成す角度より鋭角な断面形状を有していることを特徴とする炭素膜被覆切削工具。
【請求項2】
請求項1に記載の炭素膜被覆切削工具を製造する方法であって、
工具基体の切れ刃の表面に炭素膜を形成する炭素膜形成工程と、
レーザビームを照射して前記切れ刃の表面の前記炭素膜を加工するレーザ加工工程と、を有し、
該レーザ加工工程で、ビーム断面の光強度分布がガウシアン分布である前記レーザビームを、前記刃先前方から前記刃先近傍における前記すくい面側または前記逃げ面側の前記炭素膜に向けて照射すると共に前記刃先の延在方向に沿って走査して前記凹面を形成することを特徴とする炭素膜被覆切削工具の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載の炭素膜被覆切削工具の製造方法において、
前記炭素膜形成工程において、前記切れ刃の刃先に前記炭素膜を他の部分より盛り上げて形成しておくことを特徴とする炭素膜被覆切削工具の製造方法。
【請求項4】
請求項2または3に記載の炭素膜被覆切削工具の製造方法において、
前記炭素膜が、ダイヤモンド膜であり、
前記レーザビームの波長が、360nm以下であることを特徴とする炭素膜被覆切削工具の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−91239(P2012−91239A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−238070(P2010−238070)
【出願日】平成22年10月23日(2010.10.23)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】