説明

無針注射器を用いた細胞播種法

【課題】非常に簡便な方法であって、スキャフォールド自身へ大きな損傷を起こすことなく、スキャフォールドの内部にまで細胞を埋め込むことが可能で、しかもスキャフォールド内の広い領域に細胞を分散させることが可能な細胞播種法を提供する。さらに、緻密な構造を有するスキャフォールドの場合であっても、非常に簡便な方法で、スキャフォールドの内の広い領域に細胞を分散させることが可能な細胞播種法を提供する
【解決手段】スキャフォールドへ細胞を播種する方法であって、播種すべき細胞を、無針注射器を用いてスキャフォールドへ噴射することによって、前記細胞を前記スキャフォールド内部へ包埋する、細胞播種法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再生医療分野に関する。より詳しくは、本発明は、再生医療において有用となる細胞の播種方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生医療分野では、細胞移植のための足場材料(スキャフォールド(scaffold); 担体)に細胞を組み込み、組み込まれた細胞を培養した後に患者に移植する方法や、患者の患部に直接細胞を注入することによって治療を行う方法の開発が注目されている。
【0003】
細胞移植にスキャフォールドを利用する分野においては、スキャフォールドとして適する材料を見出すために、合成素材と生体由来素材との両面から研究が行われており、様々な組成を有するものだけでなく、様々な空隙率(細胞が入り込む隙間)や力学特性などを有するものの開発が行われている。
【0004】
スキャフォールドとして生体由来素材を用いる分野においては、生体から採取した組織を脱細胞処理して得られたスキャフォールドが報告されている。脱細胞処理の具体的な方法としては、超高静水圧を印加する方法(特開2004−97552号公報)や、低温でマイクロ波を照射する方法(特開2004−187952号公報)などが挙げられる。
【0005】
スキャフォールドへの細胞の播種方法についても、いくつかの方法が一般的な方法として検討されている。
たとえば、細胞懸濁液をスキャフォールドへ滴下する方法が挙げられる。この方法はもっとも簡便な方法として用いられている。しかしながら、この方法ではスキャフォールドの内部に細胞を播種することはできない。
また、細胞の播種方法の他の例として、細胞懸濁液を有針注射器によってスキャフォールドへ注入する方法が挙げられる。この方法は、スキャフォールドの内部に播種できる方法である。
さらに、遠心力を利用した細胞の播種方法が挙げられる。この方法によると、スキャフォールドの表面への細胞の接着、及び、空隙の大きなスキャフォールドの場合であればスキャフォールド内部への細胞の播種を行うことができる。
【0006】
そのほかにも、スキャフォールドへの細胞の播種方法として、播種すべき細胞が内腔に充填された生分解性中空糸を、脱細胞した生体組織片(スキャフォールド)へ埋め込み、当該組織片内部で、中空糸内に充填された細胞を放出させる方法が報告されている(特開2007−168号公報)。
【0007】
【特許文献1】特開2004−97552号公報
【特許文献2】特開2004−187952号公報
【特許文献3】特開2007−168号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
細胞をスキャフォールドに播種する方法を用いた移植は、以下の1)及び2)のような点で大変有用である。
1)このような移植方法は、生体外にて細胞をある程度培養し、その後、体内へ移植するというものである。すなわち、培養条件下である程度の組織を構築した後、患者への移植を行うことになる。このため、移植片と移植先の生体組織との融合が速やかで、患部の治癒が促進される。
【0009】
2)あらかじめ培養しておくことで、スキャフォールドに接着した細胞が移植後に流出しにくくなる。このため、より多くの細胞を患部に保持することができる。
これに対し、一般的な細胞移植法においては、細胞懸濁液を通常の注射の要領で注射する。すなわち、細胞懸濁液を直接患者体内に注射することによって、細胞を患者に移植する。このため、移植後、患者の組織からの移植細胞の流出が著しく、移植効率が悪いことが既に報告され、問題となっている。
【0010】
ある程度の大きさや厚みを有するスキャフォールドに細胞を播種して移植する場合には、スキャフォールドの内部にまで細胞が注入されるべきである。
スキャフォールド内部まで細胞を播種することが好ましいことを、図10を参照して説明する。心筋梗塞による心筋損傷部位へ移植を行う場合において、細胞を播種しないスキャフォールドを移植片として用いたケース(A)、表面のみに細胞が播種されたスキャフォールドを移植片として用いたケース(B)、及び、内部に細胞が播種されたスキャフォールドを移植片として用いたケース(C)について考える。ケース(A)では、スキャフォールドに細胞がないため、移植後、移植部周囲から移植片への細胞の侵入の可能性はあるが、組織再生には時間を要する。ケース(B)では、スキャフォールドの表面に接着した細胞が、移植後、徐々にスキャフォールド内部に侵入する可能性はあるが、組織再生にはやはり時間を要する。一方、ケース(C)では、もともと移植片内部に細胞が入っているため、移植部周囲の患者の毛細血管を誘起することにより移植片への毛細血管への侵入が促進される。これにより、著しい組織再生の促進が可能となる。このため、心筋損傷部位の早期治癒が可能になる。
【0011】
しかしながら、通常の細胞播種方法では、深部や広い領域に細胞を播種することは困難である。たとえば、深部に細胞を播種するためには、前述のように、有針注射器を用いることが知られている。
【0012】
有針注射器を用いたスキャフォールドへの細胞播種や、患部への直接的な細胞移植は、通常よく行われる方法である。しかしこの方法は、以下の1)及び2)のような点で有効でない。
1)スキャフォールドや患部組織内部で細胞懸濁液の液溜まりができるため、細胞を広範に分散させることが不可能である(図11(A)参照)。バイオスキャフォールドを用いる場合は、スキャフォールドの構造が緻密であるため、細胞を広範に分散させることはさらに困難となる。
2)針が貫通することによる、スキャフォールドや患部組織の損傷が大きい(図11(B)参照)。
【0013】
また、遠心力を使用した細胞の播種方法によっても、スキャフォールドの内部に細胞を播種することが可能であるが、この方法は、空隙の大きなスキャフォールドを用いた場合にしか有効に用いることができない。すなわち、緻密な構造を有するスキャフォールド内部への細胞播種を行うことはできない。
【0014】
そこで、本発明の目的は、非常に簡便な方法であって、スキャフォールド自身へ大きな損傷を起こすことなく、スキャフォールドの内部にまで細胞を埋め込むことが可能で、しかもスキャフォールド内の広い領域に細胞を分散させることが可能な細胞播種法を提供することにある。さらに、本発明の目的は、緻密な構造を有するスキャフォールドの場合であっても、非常に簡便な方法で、スキャフォールドの内の広い領域に細胞を分散させることが可能な細胞播種法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、鋭意検討の結果、無針注射器を用いて細胞の播種を行うことによって、上記本発明の目的が達成されることを見出し、本発明を完成するに至った。
本発明は、以下の発明を含む。
下記[1]〜[7]は、細胞播種法に向けられる。
【0016】
[1]
スキャフォールドへ細胞を播種する方法であって、播種すべき細胞を、無針注射器を用いてスキャフォールドへ噴射することによって、前記細胞を前記スキャフォールド内部へ包埋する、細胞播種法。
すなわち、本発明は、スキャフォールドへ細胞を播種する手段として、無針注射器を用いることを特徴とする。本発明では、無針注射器により、細胞をスキャフォールドの内部にまで到達させる。このため、本明細書では、スキャフォールドへ細胞を「播種する」ことを、スキャフォールド内部へ細胞を「包埋する」「埋め込む」と記載する場合がある。また、本発明では、無針注射器により、スキャフォールドの比較的広い領域に細胞を播種する。このため、本明細書では、スキャフォールドへ細胞を「播種」することを、スキャフォールド内へ細胞を「分散させる」「散在させる」と記載する場合がある。
【0017】
[2]
前記スキャフォールドは、生体由来素材又は合成素材からなるものである、[1]に記載の細胞播種法。
本発明では、生体由来素材からなるスキャフォールドを、バイオスキャフォールドと記載する場合がある。また、合成素材からなるスキャフォールドを、人工スキャフォールドと記載する場合がある。
【0018】
[3]
前記スキャフォールドは、脱細胞した生体組織片である、[1]又は[2]に記載の細胞播種法。
脱細胞の処理には、生体組織片からの細胞成分の除去及び細菌・ウィルスの除去及び/又は不活性化を含む。脱細胞のための処理としては、超高静水圧の印加による処理や、マイクロ波照射による処理などが好ましく行われる。
【0019】
[4]
前記生体組織片は、ヒトから採取された生体組織片、又は、ヒト以外の哺乳動物から採取された生体組織片である、[3]に記載の細胞播種法。
【0020】
[5]
前記播種すべき細胞は、細胞培養液、生体適合性ゾル、及び生体適合性ゲル液から選ばれる液体中に分散された懸濁液の形態で、前記無針注射器に収容される、[1]〜[4]のいずれかに記載の細胞播種法。
【0021】
[6]
前記播種すべき細胞は、ヒトの細胞、及び、前記播種すべき細胞が包埋されたスキャフォールドが移植されてよい患者の自家細胞からなる群から選ばれる、[1]〜[5]のいずれかに記載の細胞播種法。
【0022】
[7]
前記無針注射器は、バネ方式、ガス圧方式、火薬方式、電磁力方式、及び圧電方式からなる群から選ばれる方式を用いた押圧機構を有する、[1]〜[6]のいずれかに記載の細胞播種法。
【0023】
下記[8]は、細胞の播種に用いることができる無針注射器に向けられる。下記[8]の無針注射器は、上記[1]〜[7]の方法において有用に用いられる。
[8]
播種すべき細胞を収容した無針注射器。
【発明の効果】
【0024】
本発明によると、非常に簡便な方法であって、スキャフォールド自身へ大きな損傷を起こすことなく、スキャフォールドの内部にまで細胞を埋め込むことが可能で、しかもスキャフォールド内の広い領域に細胞を分散させることが可能な細胞播種法を提供することができる。さらに本発明によると、緻密な構造を有するスキャフォールドの場合であっても、非常に簡便な方法で、スキャフォールドの内の広い領域に細胞を分散させることが可能な細胞播種法を提供することができる。
したがって、本発明によると、再生医療において有用性の高い細胞播種法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
[1.スキャフォールド]
スキャフォールドの素材としては、生体由来素材及び合成素材とを問わない。
[1−1.生体由来素材からなるスキャフォールド]
生体由来素材からなるスキャフォールド(バイオスキャフォールド)は、生体から採取した組織片を脱細胞処理することにより作製される。
【0026】
[1−1−1.バイオスキャフォールドの作製]
脱細胞処理には、細胞成分の除去や、細菌・ウィルスの除去及び/又は不活性化を含む。脱細胞処理としては、特に限定されない。当業者によって、化学的処理、生化学的処理、及び物理的処理から適宜選択されうる。
たとえば、化学的処理としては、グルタルアルデヒド、界面活性剤、その他の薬液を用いた処理が挙げられる。界面活性剤の具体例としては、TritonX−100などが挙げられる。薬液の具体例としては、CryoLife社製SynerGraftなどが挙げられる。
生化学的処理としては、トリプシンなどのタンパク質分解酵素を用いた処理が挙げられる。
【0027】
物理的処理としては、超高静水圧の印加による処理や、マイクロ波照射による処理などが挙げられる。
超高静水圧の印加による処理においては、媒体(液体)中で、生体組織に対し、超高静水圧を印加する。これにより、構造及び生体力学的特性をインタクトに保った状態で、生体組織中の結合組織を、細胞成分などから分離する。この処理法においては、超高静水圧とは、5000気圧から15000気圧程度をいう。そして、温度としては、0℃〜40℃の範囲を保つ。このような処理を行うことができる装置としては、神戸製鋼所製ドクターシェフなどの装置や、光工学社製の超高圧実験装置などが挙げられる。超高静水圧の印加による処理の更なる詳細については、特開2004−97552号公報に記載されている。
【0028】
マイクロ波照射による処理においては、処理液中に浸漬した生体組織に対し、0℃〜40℃の温度を維持しながらマイクロ波を照射する。マイクロ波の周波数は、2450MHzとすることができる。このような処理は、市販のマイクロウエーブ迅速試料処理装置を用いることによって行うことができる。マイクロ波照射による処理の更なる詳細については、特開2004−187952号公報に記載がある。
【0029】
このような物理学的処理法は、以下のような点から好ましい方法である。化学的処理や生化学的処理では達成できない、比較的大きな組織の内部の細胞成分、細菌・ウイルスの除去を達成することが可能である点;生体力学的特性を損なうことなく処理を行うことが可能である点;及び簡便かつ短時間で処理を行うことが可能である点。
【0030】
[1−1−2.バイオスキャフォールドの由来元となる生物及び組織]
生体由来素材となる組織片は、ヒト又はヒト以外の哺乳動物に由来するものであってよい。ヒトの場合、脳死又は心臓死ドナーから摘出された組織が含まれる。ヒト以外の場合、ブタ、ウシ、サルなどを含む哺乳動物から摘出された組織が含まれる。
ヒト以外の動物から、厳密な脱細胞処理によって安全な生体由来素材を得ることは、ドナー不足の現状において、安価で有用な素材の供給を可能にするという点で大きな意義を有する。
【0031】
生体由来素材となる組織片は、心臓、腎臓、肝臓、膵臓、脳、及び肺などの臓器から得ることができる。したがって、当該組織片としては、軟組織及び硬組織を問わない。軟組織としては、血管、心臓弁膜、心膜、角膜、羊膜、硬膜、及び気管などが挙げられる。硬組織としては、骨、軟骨、及び歯などが挙げられる。
【0032】
このような組織から作製されるバイオスキャフォールドは、元来生体組織の持つ構造を維持しているため、必要な造形性や力学的特性有する移植片を調製することが可能になる。このため、バイオスキャフォールドは、合成素材からなるスキャフォールドの場合では困難な部位に対しても、移植を行うことが可能である。特に、気管、心膜、軟骨などの部位に移植を行う場合に、バイオスキャフォールドは有用である。
また、バイオスキャフォールドは、元来生体組織の持つ緻密な構造が維持されている。このため、多孔質構造を有する人工スキャフォールドとは異なり、播種された細胞が流出しにくく、従って細胞の定着性が良いという利点がある。
【0033】
[1−2.合成素材からなるスキャフォールド]
合成素材からなるスキャフォールド(人工スキャフォールド)は、生体適合性高分子を任意の適切な形状に作製した、多孔質の素材である。形状としては、特に限定されず、ディスク、シート、パッチ、フィルム、スポンジ、メッシュなどの平面構造体が挙げられる。さらに、球、楕円体、管などの立体構造体であっても良い。これらの立体構造体は、中空体であってもよい。
【0034】
生体適合性高分子は、生分解性もしくは生体吸収性のものが挙げられる。生分解性高分子としては、速生分解性のものであることが好ましい。速生分解性とは、遅くとも数日で分解する性質をいう。この性質は、比較的分子量が小さいポリマーの使用、素材の薄肉化、エステラーゼ酵素の素材への含浸などによって実現されうる。
【0035】
生体適合性高分子としては、一般に知られているものを特に限定されることなく用いることができる。
例えば、生体適合性高分子として、ポリエステル類、ポリオルトエステル類、ポリ無水物類のような高分子材料が挙げられる。このような高分子材料の具体例としては、乳酸、ラクチド(乳酸の環状二量体)、グリコール酸、又はセバシン酸の重合体及びそれらの共重合体が挙げられる。
【0036】
また、生体適合性高分子としては、カプロラクトン類、アミド類、カーボネート類、アミノ酸類、アセタール類、オルトエステル類、シアノアクリレート類、又はウレタン類のポリマー及びそれらの共重合体も挙げられる。
さらに、生体適合性高分子としては、デンプン及びその部分加水分解物などの多糖類、コラーゲンなどのタンパク質性ポリマーも挙げられる。
【0037】
[2.播種すべき細胞]
[2−1.播種すべき細胞の調製]
播種すべき細胞は、生理学的に許容される液体中に分散した細胞懸濁液の形態で調製される。生理学的に許容される液体は、細胞培養液、生体適合性ゾル、及び生体適合性ゲル液から選択することができる。播種すべき細胞を、生体適合性ゾルやゲルを含む液体中に分散された細胞懸濁液の形態で用いる場合は、播種後、スキャフォールド内で当該ゲルやゾルが硬化することによって、播種された細胞が包接される。スキャフォールド内で細胞を包接することは、水分を閉じ込め、水分とともに細胞が流出したり漏れたりすることを防止することが可能である。
【0038】
本発明における生体適合性ゾル及び生体適合性ゲルは、水溶性高分子であり、好ましくは生分解性の水溶性高分子である。このような水溶性高分子としては、米国特許第5709854号明細書に記載のものを用いることができる。
【0039】
[2−2.播種すべき細胞の種類及び由来元]
播種すべき細胞の種類は、移植される部位及び再細胞化の目的に応じて、当業者が適宜決定することができる。例えば、内皮細胞、内皮前駆細胞、骨髄細胞、前骨芽細胞、軟骨細胞、繊維芽細胞、皮膚細胞、筋肉細胞、肝臓細胞、腎臓細胞、腸管細胞、幹細胞、その他再生医療の分野で考慮されるあらゆる細胞が挙げられる。
【0040】
このような細胞の由来元は、通常ヒトである。好ましくは、移植されるべきヒトから採取した自家細胞であるが、臍帯血由来細胞や、市販の細胞なども許容される。市販の細胞の具体例としては、HUVEC(human unbilical vein endothelial cells;ヒト臍帯血管内皮細胞)、PBMC(peripheral blood monoclonal cells;ヒト末梢血単核球)、ヒト皮膚細胞などが挙げられる。市販のヒト皮膚細胞のさらなる具体例としては、例えばapligraf;アプリグラフ(オルガノジェネシス社製)の商品名で販売されているものが挙げられる。
【0041】
[3.無針注射器]
本発明において用いられる無針注射器としては特に限定されるものではない。
具体的には、ノズル孔を有し、播種すべき細胞を含む液(細胞懸濁液)を収容するためのチャンバと、押圧手段を備えた注射器本体とを有するものを用いることができる。押圧手段は、チャンバに収容された細胞懸濁液を、ノズル孔の方向に向かって押圧して、ノズル孔から細胞懸濁液を噴射させるためのものである。
【0042】
押圧手段としては、バネ(コイルバネ、板バネ、皿バネ、発条、タケノコバネなどの各種バネ)、コンプレッサー(空気圧の利用)、ボンベ(例えば炭酸ガスのボンベなどの各種ボンベ)、圧電素子、爆薬(化学反応、発破=空気圧)、電磁力、油圧、水圧・蒸気、電動機(モーター)、原動機(エンジン)、磁石(永久磁石、超伝導磁石などの各種磁石)、形状記憶合金等が挙げられる。
【0043】
本発明において用いられる無針注射器をさらに説明する。無針注射器は、ノズル孔を有し、ピストンが備えられた細胞懸濁液収容用チャンバと、押圧機構を備えた注射器本体とを有している。ピストンは、細胞懸濁液を挟んでノズル孔と反対側に位置するように備えられる。押圧機構は、ピストンをノズル孔の方向に向かって押圧して、ノズル孔から細胞懸濁液を噴射させるためのものである。
【0044】
押圧機構としては、バネ方式(圧縮バネ方式又は引張バネ方式)、ガス圧(炭酸ガス、窒素ガス)方式、火薬方式、電磁力方式、圧電方式等のいずれの方式によるものでもよい。ガス圧方式によるものとしては、特開昭61−265147号公報、特表平3−503374号公報(WO89/08469)、特表平8−509604号公報(WO94/24263)等を参照することができ、圧縮バネ方式によるものとしては、特開2000−126293号公報、特開2001−187139号公報、特開2001−61964号公報等を参照することができる。これらのうち、取扱いが容易で安全な圧縮バネ方式によるものが好ましい。
【0045】
本発明においては、無針注射器としては、ノズル孔を1つ有するもの、及び複数有するもののいずれをも用いることができる。より広範囲に細胞を散在させて播種することができるという観点からは、複数のノズル孔を有するものを好ましく用いることができる。
【0046】
本発明においては、無針注射器としては、1回限りの使用が可能なもの、及び繰り返し使用が可能なもののいずれをも用いることができる。注射器の再使用による感染等の事故を防止できるという観点からは、1回限りの使用が可能なものが好ましい。
【0047】
[3−1.無針注射器の具体例]
本発明において用いることができる無針注射器の例としては、島津製作所製シマジェット(ShimaJET)などが挙げられる。
本発明において無針注射器としては、以下の図面を参照して説明するような、特開2004−329635号公報、特開2004−358234号公報、及び国際公開第2004/110533号パンフレットに開示のものを用いることができる。
【0048】
図1は、本発明において用いられてよい注射器の一例の使用時の縦断面図である。図2は、同注射器の保存時の縦断面図である。図3は、図1のIII −III 線に沿う横断面図である。図4は、図1のIV−IV線に沿う横断面図である。図5は、同注射器の保持部材の拡大斜視図である。以下の説明において、上下は、図1を基準としていうものとする。
【0049】
図1を参照すると、針無注射器は、ノズルアンプル11と、ノズルアンプル11が取付られる注射器本体12とを備えている。図2を参照すると、注射器本体12は、ノズルアンプル11に代わって、注射器本体12に取付られる安全キャップ13を備えている。
【0050】
ノズルアンプル11は、上端にアンプル開口21を有し且つ内部を細胞懸濁液チャンバ22とする有底筒体よりなるものである。ノズルアンプル11の細胞懸濁液チャンバ22の底面は、上向き凹状円錐面に形成されている。細胞懸濁液チャンバ22内には細胞懸濁液L及びその上からピストン23が収容されている。ノズルアンプル11は、細胞懸濁液Lを視認するために細胞懸濁液Lに適合するような透明材料製、例えばポリカーボネート等の透明硬質プラスチック製又はガラス製であることが好ましい。
【0051】
アンプル開口21縁部には、円環状の一部をなす形状をもつ2つの凸状嵌合部24が互いに反対方向側方に突き出すように設けられている。各凸状嵌合部24の挟み角度は、90度弱である(図3参照)。ノズルアンプル11下面中央部に細胞懸濁液チャンバ22に連通するようにノズル孔25が形成されている。ノズルアンプル11の下部にはノズル保護キャップ26が備えられている。保護キャップ26は通常、プラスチック製であるが、ノズル孔25と接触する中心部分には、図示しないシール用の薄いゴム材、例えばシリコーンゴムが取り付けられたものが好ましい。ゴム材によって、細胞懸濁液の漏れを防止できる。
【0052】
ピストン23は通常、プラスチック製であり、ノズルアンプル11の周壁に上下摺動自在に嵌め合わされた水平円板状のものである。ピストン23の下面は、細胞懸濁液チャンバ22の底面と合致する下向き凸状円錐面に形成されている。ピストン23の外周面にOリング27が取付られている。ピストン23の上面は、ノズルアンプル11の上端面と面一である。
【0053】
注射器本体12は、垂直筒状ハウジング31と、ハウジング31内に収容され且つピストン23を下向きに押圧するための押圧機構32とを備えている。ハウジング31は、強度を保持するためには金属製が好ましいが、プラスチック製であってもよい。
【0054】
ハウジング31内は、水平隔壁33によって下部のバネチャンバ34及び上部の解放チャンバ35に仕切られている。隔壁33中央部には連通孔36が形成されている。バネチャンバ34の下端には、アンプル開口21と合致させられたハウジング開口37が形成されている。解放チャンバ35の上端には端壁38が設けられている。端壁38中央部には保持孔39が形成されている。
【0055】
ハウジング開口37縁部には、各凸状嵌合部24を嵌め入れた2つの凹状嵌合部41が設けられている。各凹状嵌合部41の挟み角度は、凸状嵌合部24のそれにほぼ等しい。
【0056】
押圧機構32は、ハウジング31内に上下自在に保持されている押圧部材42と、押圧部材42を下向きに付勢している圧縮コイルバネ43と、バネ43を圧縮させた状態で押圧部材42のバネ43による移動を解放自在に保持している保持部材44と、保持部材44による保持を解放する解放部材45とを備えている。
【0057】
押圧部材42は、ピストン23の上面に当接させられ且つバネチャンバ34周壁内面と摺接させられた立上り状ガイド筒51を外周縁部に有している水平円板状バネ受け52と、バネ受け52中央部に直立状に設けられ且つ上端部が連通孔36を介して解放チャンバ35内に突出させられている垂直ロッド53とを備えている。ロッド53の上端部には環状外向き係合突起54が設けられている。係合突起54は隔壁33の連通孔36を通過できない大きさに形成されている。突起54の下側面は、上拡がりテーパ状に形成されている。押圧部材42は、金属製であることが好ましい。
【0058】
バネ43は、ロッド53を取り囲み且つ隔壁33及びバネ受け52間に介在させられるようにバネチャンバ34内に圧縮された状態で収容されている。
【0059】
保持部材44は、例えば硬質プラスチックで一体成形されたもので、図4及び図5に詳細に示すように、ロッド53を取り囲んで隔壁33で受けられているリング部61と、ロッド53と同心となるようにリング部61上面に直立状に設けられている垂直筒状部62とよりなる。筒状部62の内面上端部には環状内向き係合突起63が設けられている。内向き係合突起63の上側面には上拡がりテーパ凹状ストッパ面64が形成されている。ストッパ面64の内縁部は、ロッド53の外向き係合突起54の下側面に下側から係合させられている。筒状部62を周方向に4等分する位置に、内向き係合突起63を含めて縦断するようにスリット65が形成されている。各スリット65の両縁部の高さの中程部において、易破断性の破断可能部66によって部分的に連結されている。すなわち、筒状部62は4つの各片からなり、各片は互いに破断可能部66によって部分的に連結されている。保持部材44のプラスチック材料としては、弾性質のものが選択される。図示の例では、筒状部62はスリット65によって周方向に4等分されているが、複数個に分けられていればよく、必ずしも等分されている必要性もない。
【0060】
解放部材45は、保持孔39に上下動自在に嵌め入れられているプラスチック製両端閉鎖垂直状筒体よりなる。解放部材45の底面外周よりの部分には、ストッパ面64と合致させられた下細りテーパ凸状押広げ面67が形成されている。解放部材45を包み込むようにハウジング31の上端部には保護キャップ68が付けられている。
【0061】
ストッパ面64に押広げ面67が当接させられた状態で、ロッド53上端面と解放部材45の底面中央部の間には若干の破断間隙C1が形成されている。
【0062】
安全キャップ13は、下面中央部に半球状把持部71を一体に形成したプラスチック製円板状体よりなる。安全キャップ13の外周縁部には、ノズルアンプル11の凸状嵌合部24と同形状の凸状嵌合部72が2つ同じように設けられている。安全キャップ13の上面中央部には、アンプル開口21にぴったりと嵌め入れられ且つ破断間隙C1に相当する高さをもった円形隆起状押上部73が設けられている。ハウジング31の凹状嵌合部41に安全キャップ13の凸状嵌合部72が嵌め入れられることにより、ハウジング31への安全キャップ13の取付が果たされている。この状態で、ハウジング31にノズルアンプル11が取付られていた状態と比較して、押圧部材42は、押上部73の高さに相当する高さだけ持上げられている。これにより、破断間隙C1に代わって、安全間隙C2が、ロッド53の外向き係合突起54と保持部材44の内向き係合突起63との間に形成される。安全間隙C2が形成されることにより、バネ43のバネ力は、保持部材44に全く作用しなくなっている。注射器保管時のさらに高い安全性が確保される。
【0063】
注射器を使用しない場合、すなわち通常は注射器製造から注射器使用の直前までの間には、注射器本体12には安全キャップ13が取付られる。細胞懸濁液が封入されたノズルアンプル11は、別途、冷蔵庫等で保存するとよい。
【0064】
注射器の使用に際しては、ハウジング31と安全キャップ13を互いに反対方向に90度程度回転させる。そうすると、ハウジング31の凹状嵌合部41から安全キャップ13の凸状嵌合部72が抜け出て、ハウジング31から安全キャップ13が取外される。そうすると、安全間隙C2に代わり、破断間隙C1が形成される。この状態で、バネ受け52の下面は、ハウジング31の下端面と面一となる。
【0065】
次に、安全キャップ13に代わり、ハウジング31に細胞懸濁液が封入されたノズルアンプル11を取付ける。ハウジング31の2つの凹状嵌合部41の間にノズルアンプル11の2つの凸状嵌合部24をそれぞれ位置させて、ハウジング31と安全キャップ13を互いに反対方向に90度程度回転させると、双方の嵌合部24、41 がそれぞれに嵌合される。
【0066】
上下の保護キャップ26、68 を取外した後、噴射すべきスキャフォールドにノズル孔25を押付け、解放部材45を押下げる。解放部材45を押下げると、押広げ面67がストッパ面64を斜め下向きに押圧することになり、筒状部62が上拡がりに拡げられようとする。これにより、まず、全ての破断可能部66あるいは一部が破断される。続いて、解放部材45を押下げると、さらに筒状部62が上拡がりに拡げられるとともに、筒状部62の各片が弾性変形して外向きに倒れていく。これにともない、ストッパ面64が次第に外側に移動していき、やがて、ストッパ面64の内向き係合突起63とロッド53の外向き係合突起54との係合が解除される。そうすると、バネ43の力によって押圧部材42が下向きに勢いよく押下げられ、同時に、ピストン23が押下げられることにより、細胞懸濁液Lが高圧で圧縮され、ノズル孔25から高速で噴射されスキャフォールド内部に注射が行われる。ロッド53の係合突起54は隔壁33の連通孔36を通過できないので、細胞懸濁液噴射後、押圧部材42は所定位置で停止され安全性が確保される。
【0067】
以上、ノズルアンプルと注射器本体とが着脱自在である針無注射器について説明した。しかしながら、ノズルアンプルと注射器本体とが着脱自在となされていることを除く他の構成、特に押出機構32、とりわけ保持部材44、破断可能部66、押出部材42、解放部材45の各構成は、ノズルアンプルが注射器本体に固定されている針無注射器にも適用される。
【0068】
図6及び図7は、ノズルアンプル11の変形例を示すものである。図6及び図7において、図1に示す部分と対応する部分については、同一の符号を付して示す。
【0069】
この変形例によるノズルアンプル11の細胞懸濁液チャンバ22は、上部に位置する1つの大径チャンバ81と、これの下端にそれぞれ連なる4つの小径チャンバ82とよりなる。各小径チャンバ82は、図7に示されるように、大径チャンバ81の周壁内面が画定する円内に周方向に等間隔で並んでいる。
【0070】
ピストン23は、大径チャンバ81と摺動自在に嵌め合わされ且つ中央部にエア抜き91を有している1つの水平円板状大径ピストン92と、大径ピストン92下面に垂下状に設けられ且つ各小径チャンバ82に摺動自在に嵌め合わされている4つの垂直丸棒状小径ピストン93とよりなる。
【0071】
各小径チャンバ82の底面が上向き凹状円錐面に形成されるとともに、各小径ピストン93の下面が小径チャンバ82の底面と合致する下向き凸状円錐面に形成されている。各小径チャンバ82の下端にノズル孔94が形成されている。各小径ピストン93外面にはOリング95が取付られている。
【0072】
この変形例によるノズルアンプル11のように、複数個のノズル孔94が形成されていると、単一ノズル孔の場合に比べ、細胞懸濁液Lをスキャフォールド組織内の広範囲に均一に注射できるという利点がある。本発明で用いる無針注射器においては、治療の目的や細胞懸濁液の種類に応じて、複数個のノズル孔を有するノズルアンプルを用いるとよい。なお、この変形例では4つのノズル孔を示したが、ノズル孔の数は適宜変更できることは言うまでもない。ノズル孔の数の変更は、ノズルアンプルと注射器本体とが着脱自在である針無注射器にも、ノズルアンプルが注射器本体に固定されている針無注射器にも適用される。
【0073】
図8及び図9は、保持部材44の変形例を示すものである。この変形例においては、ハウジング31の解放チャンバ35の周壁の一部には厚肉状保持部101 が設けられると共に、ロッド53を挟んで保持部101 と反対側には、案内部102 が設けられている。案内部102 にはロッド53が摺接させられている。
【0074】
保持部101 にはこれを内外に貫通してロッド53と直交する方向にのびたロック孔103 が形成されている。一方、解放チャンバ35の周壁外面には上下にのびた内部拡大ガイド溝104 が形成されている。ガイド溝104 の底面には、ロック孔103の外方端部が開口している。また、ロッド53の上端部外面には、保持部101 に向かってのびた係合突出部105 が設けられている。係合突出部105 の下面は傾斜面とされている。係合突出部105 は隔壁33の連通孔36を通過できない大きさに形成されている。
【0075】
保持部材44は、ロック孔103 に移動自在に挿入され且つ内方端部に上向きストッパ面112 が設けられているストッパ片111 よりなる。
【0076】
ガイド溝104 にはロック部材121 が上下摺動自在に嵌め入れられている。ロック部材121 の内側面には、ストッパ片111 の外方端部の挿入を許す凹所122 が形成されている。
【0077】
ガイド溝104 の上端面にロック部材121 が当接させられた状態では、凹所122はガイド溝104 の底面によって塞がれている。さらに、同状態では、ガイド溝104 の下端面とロック部材121 の間には間隙が生じており、この間隙に安全ピン131 が抜差し自在に差し込まれている。
【0078】
安全ピン131 によってロック部材121 の下向きの移動が規制され、同時に、ロック部材121 によってストッパ片111 の外向きの移動が規制されている。安全ピン131 を抜き去ると、ロック部材121 の移動が自由となる。ロック部材121 を下向きに移動させ、ストッパ片111 と凹所122 の高さが一致させられると、ストッパ片111 の外向きの移動が自由となる。バネ43の力によってロッド53が下向きに付勢させているため、ロッド53の係合突出部105 によってストッパ片111 が外向きに押動される。そうすると、係合突出部105 とストッパ片111 の係合が解除され、バネ43の力によってロッド53が一気に押下げられ、同時に、ピストン23が押下げられることにより、細胞懸濁液Lが高圧で圧縮され、ノズル孔25から高速で噴射されスキャフォールド内部に注射が行われる。ロッド53の係合突出部105 は隔壁33の連通孔36を通過できないので、細胞懸濁液噴射後、押圧部材42は所定位置で停止され安全性が確保される。
【0079】
図8及び図9に示された保持部材44の変形例は、ノズルアンプルと注射器本体とが着脱自在である針無注射器にも、ノズルアンプルが注射器本体に固定されている針無注射器にも適用される。
【0080】
なお、ノズルアンプルと注射器本体とが着脱自在である針無注射器の場合、図8の変形例は、注射器の使用時における状態を表したものであり、図1に相当する図である。図8の変形例に示す注射器を保存しておく場合には、図2に示したのと同じように、注射器本体12に安全キャップ13が取付られる。安全キャップ13を取り付けることによって、ロッド53は、キャップ13の押上部73の高さに相当する高さだけ持上げられ、ロッド53の係合突出部105 とストッパ片111 との間に安全間隙(図2における安全間隙C2に相当する)が形成される。安全間隙により、バネ43のバネ力は、ストッパ片111 に全く作用しないので、保存時の注射器のより高い安全性が確保される。
【0081】
以上のように、複数個のノズル孔を有するノズルアンプルの変形例、及び保持部材の変形例を示したが、本発明で用いることができる無針注射器はこれに限定されることなく、種々の形態のものを用いることができる。従って、上述の実施の形態は単なる例示にすぎず、限定的に解釈してはならない。
【0082】
[3−2.噴射方法]
無針注射器の噴射方法としては、特に限定されない。基本的に、細胞懸濁液がチャンバ収容された無針注射器のノズル孔をスキャフォールドに押し当て、或いは、ノズル孔とスキャフォールドとの間に一定の間隔をおいて、ノズル孔から細胞懸濁液をスキャフォールドに噴射する。
【0083】
無針注射器において、バネ力と細胞懸濁液の噴射力とは、一般に相関性がある。このため、スキャフォールドの材料組成、厚みなどの形状、力学的特性などに応じて、スキャフォールドに損傷を与えないように、当業者によってバネ力が適宜調整される。
【0084】
また、このような調整を行う場合、スキャフォールドと無針注射器のノズル孔との間にクッション材を介在させ、クッション材によって、スキャフォールドに直接かかる細胞懸濁液の噴射力を緩和しても良い。この場合、クッション材の材料組成、厚み、力学的特性などをさらに考慮し、さらに細かい調整を行うことが可能である。クッション材は、スキャフォールドと注射器のノズル孔との間に挟まれた状態で、自身を介して、ノズル孔から噴射された細胞懸濁液をスキャフォールド内部に届かせることができるものであればよく、特に限定されるものではない。たとえば、寒天などを用いることができる。
【0085】
[3−3.無針注射器を用いることの利点]
従来の細胞播種法のうち、有針注射器を用いる方法以外の方法では、スキャフォールドの内部に細胞が組み込まれないため、培養を行ってもスキャフォールドの表面のみが細胞化する。表面のみが細胞化したスキャフォールドを移植しても、移植先において、スキャフォールドの表面に接着した細胞が、徐々にスキャフォールド内部に侵入する可能性はあるものの、組織再生には時間を要する(図10ケース(B)参照)。
【0086】
これに対し、無針注射器を用いる本発明の細胞播種方法では、スキャフォールドの内部にまで細胞を埋め込むことができるため、培養を行うことによって、スキャフォールドの内部まで細胞化される。内部まで細胞化されたスキャフォールドを移植すると、もともとスキャフォールド内部に細胞があるため、移植先において、周囲の毛細血管が誘起され、組織再生が促進される。このため、移植部位の早期治癒が可能になる(図10ケース(C)参照)。
【0087】
また、従来の細胞播種法のうち、有針注射器を用いる方法は、スキャフォールドの内部に細胞を注入することは可能である。しかしながら、図11(A)が示すように、有針注射器を用いた細胞播種後、スキャフォールドの、水平断面(面(a)による断面)を観察すると、スキャフォールド内部で、細胞懸濁液の液溜まり(図11(A)中の白矢印参照)ができる。このように、有針注射器を用いた方法は、局所的な細胞播種が行えるに過ぎず、広範囲に細胞を播種することはできない。それだけでなく、図11(B)が示すように、スキャフォールドの、垂直縦断面(面(b)による断面)を観察すると、針の通過により、スキャフォールド組織自体が大きな損傷(図11(B)中の白矢印参照)を受ける。
【0088】
これに対し、無針注射器を用いる本発明の細胞播種法では、スキャフォールドへ細胞懸濁液を噴射するため、スキャフォールド内部に液溜まりができることなく、ただ1回の注射によっても、細胞を比較的広範囲にわたり散在させて埋め込むことが可能になる。そして、本発明の細胞播種方では、針を用いた細胞懸濁液の注入ではなく、バネ力による圧力を用いた細胞懸濁液の噴出が行われるため、スキャフォールド組織の維持が可能になる。
【実施例】
【0089】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0090】
[実施例1]
1. 以下のようにして、細胞懸濁液の調製を行った。
培養皿(直径 100 mm)にて培養した L929 細胞をトリプシン/EDTA 溶液にて剥離し、遠心管に回収した。遠心操作(1000回転/分、5 分間)にて細胞を沈殿させ、上清を廃棄したのち、用事調整したコラーゲンゲル(細胞培養用)を、細胞密度が 1 x 106/ mL となるように添加して懸濁した。
【0091】
2. 無針注射器(島津製作所製シマジェット;ShimaJET)に装着したノズルアンプルに上記細胞懸濁液を封入した。このとき、無針注射器に封入される液量は注射器に設定されている1 単位量とした。
【0092】
3. 培養皿(直径 60 mm)に心筋スキャフォールド(脱細胞化心筋組織;厚さ 3.2 mm)を静置し、スキャフォールド表面と無針注射器のノズル孔との間の距離が15 cmとなるように注射器を設置した。
注射器の開放部材を押し下げて細胞懸濁液を噴出させ、細胞を播種した。
【0093】
4. スキャフォールドが入っている培養皿に培地を4 mL 添加し、温度37℃、5% CO2、湿度 100%雰囲気内に静置し、培養した。培地交換は週 2 回とした。
【0094】
5. 一ヶ月の培養後、スキャフォールドを横断方向に半分に切断し、一方はカルセインAM/PI染色液にて生死判別染色を、他方はヘマトキシリンエオシン染色を行い、それぞれ顕微鏡下で観察した。
【0095】
図12 (A) はカルセインAM/PI染色した組織を共焦点レーザー走査型顕微鏡にて観察したスキャフォールド水平断面写真の一例である。細長い形状を示すスキャフォールドの骨格の間に、生存細胞が散在していることが確認できる。
ヘマトキシリンエオシン染色した組織から、水平断面を観察するために、厚さ4マイクロメートルの水平断面方向の切片を複数個作製し、光学顕微鏡を用いて観察した。図12 (B)はスキャフォールドの表面から300マイクロメートルの深さにおける水平断面写真であるが、細胞の定着が確認できる。また、他の深さにおいても同様に細胞の定着が確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0096】
【図1】本発明で用いられうる注射器の一例の使用時の縦断面図である。
【図2】同注射器の保存時の縦断面図である。
【図3】図1のIII−III 線に沿う横断面図である。
【図4】図1のIV−IV線に沿う横断面図である。
【図5】同注射器の保持部材の拡大斜視図である。
【図6】本発明で用いられうる注射器の変形例によるノズルアンプルの縦断面図である。
【図7】図6のVII−VII 線に沿う横断面図である。
【図8】本発明で用いられうる注射器の変形例による保持部材の縦断面図である。
【図9】図8に示す部分の側面図である。
【図10】スキャフォールド内部まで細胞を播種することが好ましいことを説明するための図である。
【図11】有針注射器を用いたスキャフォールド内部への細胞播種を行った場合の、スキャフォールドの水平断面写真(A)及び垂直縦断面写真(B)である。
【図12】実施例1において、無針注射器を用いたスキャフォールド内部への細胞播種を行った場合の、カルセインAM/PI染色したスキャフォールド水平断面写真(A)、及びヘマトキシリンエオシン染色したスキャフォールド水平断面写真(B)である。
【符号の説明】
【0097】
11:ノズルアンプル
12:注射器本体
23:ピストン
25:ノズル孔
32:押圧機構
L:細胞懸濁液



【特許請求の範囲】
【請求項1】
スキャフォールドへ細胞を播種する方法であって、播種すべき細胞を、針無注射器を用いてスキャフォールドへ噴射することによって、前記細胞を前記スキャフォールド内部へ包埋する、細胞播種法。
【請求項2】
前記スキャフォールドは、生体由来素材又は合成素材からなるものである、請求項1に記載の細胞播種法。
【請求項3】
前記スキャフォールドは、脱細胞した生体組織片である、請求項1又は2に記載の細胞播種法。
【請求項4】
前記生体組織片は、ヒトから採取された生体組織片、又は、ヒト以外の哺乳動物から採取された生体組織片である、請求項3に記載の細胞播種法。
【請求項5】
前記播種すべき細胞は、細胞培養液、生体適合性ゾル、及び生体適合性ゲル液から選ばれる液体中に分散された懸濁液の形態で、前記針無注射器に収容される、請求項1〜4のいずれか1項に記載の細胞播種法。
【請求項6】
前記播種すべき細胞は、ヒトの細胞、及び、前記播種すべき細胞が包埋されたスキャフォールドが移植されてよい患者の自家細胞からなる群から選ばれる、請求項1〜5のいずれか1項に記載の細胞播種法。
【請求項7】
前記針無注射器は、バネ方式、ガス圧方式、火薬方式、電磁力方式、及び圧電方式からなる群から選ばれる方式を用いた押圧機構を有する、請求項1〜6のいずれか1項に記載の細胞播種法。
【請求項8】
播種すべき細胞を収容した針無注射器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2008−206477(P2008−206477A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−47829(P2007−47829)
【出願日】平成19年2月27日(2007.2.27)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】