説明

焼結複合摺動部品およびその製造方法

【課題】高温下での耐摩耗性および耐蝕性に優れた焼結部材からなる外側部材を、溶製鋼からなる内側部材に良好に接合した焼結複合摺動部品およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量比で、Cr:23.8〜44.3%、Mo:1.0〜3.0%、Si:1.0〜3.0%、P:0.1〜1.0%、C:1.0〜3.0%、残部Feおよび不可避不純物からなる全体組成を有し、密度比が95%以上で基地中に炭化物が分散するFe基耐摩耗性焼結部材からなる外側部材と、溶製のステンレス鋼からなる内側部材とからなり、外側部材に形成された孔部に内側部材が嵌合するとともに拡散接合して一体に形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結部材からなる外側部材と、溶製鋼からなる内側部材とを焼結拡散接合により一体化した焼結複合部品に関するものであり、特に、外側部材として、高温耐摩耗性に優れた焼結部材を適用した焼結複合摺動部品、およびその製造方法に係る。
【背景技術】
【0002】
粉末冶金法は、ニアネットシェイプに造形できることや、溶製材料では得られない複合材料を製造できること等の利点を有することから各種産業用の部品に適用されてきており、特に自動車および自動二輪車部品においては、その適用範囲が拡大してきている。このような適用範囲の拡大において、近年では、例えば、排気装置部品(特許文献1)やターボチャージャ用部品(特許文献2)のような、高温における耐摩耗性や耐蝕性が要求される部品へも適用が進んでいる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特公平05−041693号公報
【特許文献2】特開2002−226955号公報
【特許文献3】特開2008−121058号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のターボチャージャ用部品で用いられる焼結材料は、耐摩耗性が付与されているため靱性が低く、構成部品によっては強度が不足する。このため、鋼材と組み合わせて、耐摩耗性が必要な外側部材を焼結材料で構成し、強度が必要となる内側部材を鋼材で構成する試みがなされている。しかしながら、両部材をろう付けで接合すると、高温での使用時に、ろう材が熔解して部材が脱落する虞がある。また、焼結材料は多孔質であるため、熱や電気の伝導度が劣ること、気孔内にガスが残留して溶接部にブローホールを生じやすいこと、変態歪みによる焼割れを生じやすいこと等により溶接には不向きである。さらに、外側部材に内側部材を圧入もしくは外側部材を内側部材にカシメにより固定すると、靱性に乏しい焼結材料に割れが生じ易い。これを避けるため圧入代を小さくすると、両部材の接合強度が低くなり、使用時に脱落する虞がある。
【0005】
そこで、本発明は、ターボチャージャ用部品として好適な、高温下での耐摩耗性および耐蝕性に優れた焼結部材からなる外側部材を、溶製鋼からなる内側部材に良好に接合した焼結複合摺動部品およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成する本発明の第1の焼結複合摺動部品は、質量比でCr:23.8〜44.3%、Mo:1.0〜3.0%、Si:1.0〜3.0%、P:0.1〜1.0%、C:1.0〜3.0%、残部Feおよび不可避不純物からなる全体組成を有し、密度比が95%以上で基地中に炭化物が分散するFe基耐摩耗性焼結部材からなる外側部材と、溶製のステンレス鋼からなる内側部材とからなり、前記外側部材に形成された孔部に前記内側部材が嵌合するとともに拡散接合して一体になっていることを特徴とする。
【0007】
また、上記目的を達成する本発明の第2の焼結複合摺動部品は、質量比で、Cr:19.7〜41.9%、Ni:5.0〜15.0%、Mo:0.8〜2.8%、Si:0.8〜2.8%、P:0.1〜1.0%、C:1.2〜4.4%、残部Feおよび不可避不純物からなる全体組成を有し、密度比が95%以上でオーステナイト基地中に炭化物が分散するFe基耐摩耗性焼結部材からなる外側部材と、溶製のステンレス鋼からなる内側部材とからなり、前記外側部材に形成された孔部に前記内側部材が嵌合するとともに拡散接合して一体になっていることを特徴とする。
【0008】
さらに、上記目的を達成する第1の焼結複合摺動部品の製造方法は、上記第1の焼結複合摺動部品を製造する方法であり、具体的には、質量比で、Cr:25〜45%、Mo:1〜3%、Si:1〜3%、C:0.5〜1.5%、残部Feおよび不可避不純物よりなる組成の鉄基合金粉末に、P:10〜30質量%の鉄−リン合金粉末を1.0〜3.3質量%および黒鉛粉末を0.5〜1.5質量%添加して混合した原料粉末を用い、原料粉末を、溶製鋼からなる内側部材と嵌合する孔部を有する外側部材形状に圧粉成形し、得られた外側部材圧粉体の嵌合用孔部に、溶製のステンレス鋼からなる内側部材を嵌合させた後、焼結して外側部材の焼結と、外側部材と内側部材との拡散接合を同時に行って一体化させることを特徴とする。
【0009】
そして、上記目的を達成する第2の焼結複合摺動部品の製造方法は、上記第2の焼結複合摺動部品を製造する方法であり、具体的には、上記の第1の焼結複合摺動部品の製造方法において、原料粉末にニッケル粉末を添加、もしくは鉄基合金粉末にNiを含有させて、原料粉末に対して5.0〜15.0質量%となる量のNiを添加するとともに、上記黒鉛粉末の添加量を0.8〜3.0質量%としたことを特徴とする。
【0010】
本発明の焼結複合摺動部品の製造方法において、内側部材と嵌合させる外側部材として、上記の圧粉体に替えて、圧粉体を予備焼結した後再圧縮した予備焼結再圧体を用いると、外側部材の密度をより高めることができ、その結果、耐摩耗性および耐蝕性を向上させることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の焼結複合摺動部品は、高温下における耐摩耗性および耐蝕性を有する焼結部材を外側部材とし、高温下における耐蝕性を有するステンレス鋼を内側部材として、両者を拡散接合により一体にしたものであるから、高温環境下においても良好な耐摩耗性、耐蝕性および強度を有するとともに、良好な接合強度を有する。また、本発明の焼結複合摺動部品の製造方法では、外側部材の焼結と、外側部材と内側部材の拡散接合を同時に行うため、上記の焼結複合摺動部品を高い効率で製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の第1の焼結複合摺動部品の外側部材としては、特許文献2の焼結合金が適しており、具体的には、質量比で、Cr:23.8〜44.3%、Mo:1.0〜3.0%、Si:1.0〜3.0%、P:0.1〜1.0%、C:1.0〜3.0%、残部Feおよび不可避不純物からなる全体組成を有し、密度比が95%以上で基地中に炭化物が分散する焼結合金が適している。
【0013】
本発明の第1の焼結複合摺動部品の外側部材のCrは、外側部材の基地の耐熱性および耐食性の向上に寄与する。CrはCと結合して微細な粒状の炭化物を外側部材の基地中に均一に形成し、それにより外側部材の耐摩耗性を向上させるとともに、基地中のCrが耐食性を担うため、外側部材に充分な耐摩耗性と耐酸化性を付与する。上記Crの効果を外側部材の基地中に均一に作用させるため、Crは鉄基合金粉末の形態で付与する。ここで、鉄基合金粉末のCrの含有量が25質量%に満たないと、Cr炭化物の析出量が少なくなり、外側部材の耐摩耗性が不充分になるとともに、耐熱性および耐食性が低下する。一方、Crの含有量が45質量%を超えると粉末の圧縮性が著しく損なわれる。よって、鉄基合金粉末のCrの含有量は25〜45質量%とする。
【0014】
本発明の第1の焼結複合摺動部品の外側部材のMoは、外側部材の基地の耐熱性および耐食性向上に寄与するとともに、Cと結合して炭化物を形成し外側部材の耐摩耗性を向上させる。MoもCrと同様、その効果を基地全体に均一に作用させるため鉄基合金粉末の形態で付与する。鉄基合金粉末のMoの含有量が1質量%に満たないと、基地の耐熱性および耐食性向上の効果が乏しく、一方、3質量%を超えてもその効果はさほど顕著には現れない。よって、鉄基合金粉末中のMoの含有量は1〜3質量%とする。
【0015】
本発明の第1の焼結複合摺動部品の外側部材のSiは、外側部材の焼結性を向上させる作用を有する。鉄基合金粉末のSiの含有量が1%未満ではその効果が乏しく、一方、3質量%を超えると鉄基合金粉末が硬くなり過ぎて圧縮性が著しく損なわれる。よって、鉄基合金粉末中のSiの含有量は1〜3質量%とする。
【0016】
本発明の第1の焼結複合摺動部品の外側部材のPは、Cとともに焼結時にFe−P−C液相を発生させて焼結体の緻密化を促進して外側部材の密度比を95%以上にする。
このとき同時に、外側部材圧粉体より発生するFe−P−C液相が溶製のステンレス鋼からなる内側部材の外径面に濡れて外側部材の焼結体と内側部材の拡散接合を促進するとともに、外側部材圧粉体に設けられた嵌合用孔部の内径面が収縮して、外側部材圧粉体の嵌合用穴部の内径面が内側部材の外径面を締め込む圧力が発生し、この圧力が両者の拡散接合を促進する。
【0017】
このような焼結時の液相化を促進して外側部材の緻密化および外側部材と内側部材の拡散接合を図るために、Pは鉄−リン合金粉末の形態で添加する。鉄−リン合金粉末の混合粉末への添加量は、全体組成中のPの含有量が0.1質量%未満では液相発生量が乏しく、十分な緻密化が達成できず密度比が95%を下回るようになり、一方、全体組成中のPの含有量が1.0質量%を超えると基地が脆化し耐食性も劣化する。
【0018】
本発明の第1の焼結複合摺動部品の外側部材のCは、液相化温度を下げるため、焼結時にFe−P−C液相を発生させ、外側部材の緻密化および外側部材と内側部材の拡散接合を促進する。また、CはCr、Moと炭化物を形成して外側部材の耐摩耗性向上に寄与する。全体組成中のCの含有量が1.0質量%未満ではこれらの効果が乏しい。一方、3.0質量%を超えると、外側部材の基地が脆化するとともに、炭化物の析出量が増大することにより、ベーン等の相手材を摩耗させたり、基地中のCr量を低減させて耐熱性および耐食性の低下を招く。よって、全体組成中のCの含有量は1.0〜3.0質量%とする。
【0019】
ただし、Cの全量を黒鉛粉末の形態で付与すると、鉄基合金粉末はCr、MoがFe基地中に固溶された状態の粉末となり、鉄基合金粉末が硬くなり過ぎて圧縮性が損なわれる。また、多量の黒鉛粉末の使用も原料粉末の圧縮性を損なう。そのため、Cの一部を鉄基合金粉末の形態で付与し、残りのCを黒鉛粉末の形態で付与する。Cの一部を鉄基合金粉末の形態で付与すると、鉄基合金粉末中のCr、Moが炭化物として鉄基合金粉末中に析出し、鉄基合金粉末の基地中に固溶されるCr、Moの量が低減されるため、鉄基合金粉末の圧縮性を改善できる。さらに、残りのCを黒鉛粉末の形態で混合粉末に与えることにより、原料粉末自体の圧縮性も改善できる。このとき、鉄基合金粉末のCの含有量が0.5質量%未満であると、Fe基地中に固溶するCr、Moの量が多くなるため、鉄基合金粉末が硬くなって圧縮性が損なわれ、一方、1.5質量%を超えると鉄基合金粉末中に析出する炭化物の量が多くなりすぎ、逆に鉄基合金粉末の硬さが高くなる。したがって、鉄基合金粉末のCの含有量は0.5〜1.5質量%とし、残部の0.5〜1.5質量%は黒鉛粉末として混合粉末に添加する。
【0020】
以上より、本発明の第1の焼結複合摺動部品の外側部材のための原料粉末は、質量比で、Cr:25〜45%、Mo:1〜3%、Si:1〜3%、C:0.5〜1.5%、残部:Feおよび不可避不純物からなる鉄基合金粉末と、P:10〜30質量%、残部:Feおよび不可避不純物からなる鉄−リン合金粉末と、黒鉛粉末とからなり、鉄基合金粉末に鉄−リン合金粉末を1.0〜3.3質量%および黒鉛粉末を0.5〜1.5質量%添加し、混合した混合粉末を用いる。
【0021】
上記の混合粉末を用い、通常の粉末冶金法の手法で成形−焼結することにより、質量比でCr:23.8〜44.3%、Mo:1.0〜3.0%、Si:1.0〜3.0%、P:0.1〜1.0%、C:1.0〜3.0%、残部Feおよび不可避不純物からなる全体組成を有し、密度比が95%以上で基地中に炭化物が分散する本発明の第1の焼結複合摺動部品の外側部材を作製することができる。
【0022】
特に、本発明の第1の焼結複合摺動部品の外側部材は、密度比を95%以上としているので、気孔内での酸化や孔食腐蝕の進行を抑制することができ、耐食性を大幅に向上させることができる。また、微細な粒状のCr炭化物を基地中に分散させることにより、耐摩耗性と耐酸化性を向上させることができる。
【0023】
本発明の第2の焼結複合摺動部品の外側部材は、特許文献3の焼結合金であり、上記の第1の焼結複合摺動部品の外側部材にNiを与えて、外側部材の合金基地にさらに耐食性および高温強さを付与したものである。具体的には、質量比で、Cr:19.7〜41.9%、Ni:5.0〜15.0%、Mo:0.8〜2.8%、Si:0.8〜2.8%、P:0.1〜1.0%、C:1.2〜4.4%、残部Feおよび不可避不純物からなる全体組成を有し、密度比が95%以上でオーステナイト基地中に炭化物が分散するFe基耐摩耗性焼結部材からなる。
【0024】
Niは、外側部材の基地に拡散して固溶強化するとともに、外側部材の基地をオーステナイト化して耐摩耗部材の耐食性および高温強さを向上させる作用を有する。全体組成におけるNiの含有量が5.0質量%未満ではNiの効果が乏しく、一方、Niの含有量が15.0質量%を超えても高温強さはそれ以上向上しないばかりか、高温耐食性が低下する。よって、全体組成におけるNiの含有量(Ni粉の添加量)は5.0〜15.0質量%とする。上記の作用を有するNiを上記の鉄基合金粉末に固溶して与えると、Niの効果が外側部材の基地中に均一に作用するので好ましいが、NiはFe基地への拡散が比較的速いため、Ni粉末の形態で混合粉末に与えてもよい。
【0025】
一方、上記の量のNiを外側部材の基地に与えると、外側部材の基地をオーステナイト化してCの固溶限を拡大させる。このため本発明の第2の焼結複合摺動部品の外側部材においては、上記の本発明の第1の焼結複合摺動部品の外側部材よりもC量を増加させることが好ましい。しかしながら、全体組成のC量が4.4質量%を超えると、基地が脆化するとともに、炭化物の析出量が増大することによりベーン等の相手材を摩耗させたり、基地中のCr量を低減させて耐熱性および耐食性の低下を招く。このため、本発明の第2の焼結複合摺動部品の外側部材においては、C量の上限を4.4質量%とする。
【0026】
なお、鉄基合金粉末に与えることができるC量は上記のとおり0.5〜1.5質量%であることから、C量の増加分は黒鉛粉末の形態で与える。このため、本発明の第2の焼結複合摺動部品の外側部材においては、黒鉛粉末の添加量を0.8〜3.0質量%とする。
【0027】
上記の原料粉末は、内側部材と嵌合する孔部を有する所望の外側部材形状に圧粉成形されて外側部材圧粉体とされる。次いで、外側部材圧粉体の嵌合用孔部に、溶製鋼からなる内側部材を嵌合させて一体に組み立てる。なお、内側部材の溶製鋼としては、高温下における耐蝕性が求められるため、ステンレス溶製鋼を用いる。
【0028】
なお、外側部材圧粉体は液相収縮するため、外側部材圧粉体の嵌合用孔部に内側部材を隙間嵌めとして、隙間を嵌合用孔部の径の1%以下に設定しても良好な接合状態を得ることができる。しかしながら、隙間嵌めでは焼結時に内側部材の軸心がずれる可能性があるため、隙間をできるだけ小さくする、もしくは締まり嵌めとすることが好ましい。すなわち、外側部材の嵌合用穴部に、それより大径の内側部材を位置調節して圧入すると、焼結時の内側部材の軸心ずれが生じ難くなる。また、締まり嵌めとすると、外側部材圧粉体の嵌合用穴部の内径面と、内側部材の表面が密着して嵌合するため、両者の密着度が大きくなる。ただし、上記の鉄基合金粉末は純鉄粉末等に比べて硬く、外側部材圧粉体の強度が比較的低いため、締め代が嵌合用孔部の径の1%を超えると、嵌合用穴部の引っ張り応力が大きくなり外側部材の破損の虞がある。
【0029】
一体に組み立てられた外側部材圧粉体と内側部材は、焼結炉に投入され、焼結される。この焼結時において、外側部材圧粉体では、鉄−リン合金粉末がFe−P−C共晶液相を発生させ、焼結体を緻密化して収縮させる。一方、溶製鋼からなる内側部材は、加熱により熱膨張する。このため、焼結進行時(800℃以上の温度)においては、外側部材と内側部材との界面で圧力が発生し、両者が強く密着した状態となる。このとき、外側部材と内側部材との界面で両部材の成分元素が相互に固相拡散することにより、両部材の拡散接合が行われる。この結果、外側部材は高温下において優れた耐摩耗性と耐蝕性を有する焼結部材となり、外側部材と内側部材が強固に一体化した焼結複合摺動部品が得られる。
【0030】
上記の焼結複合摺動部品においては、外側部材に過大な応力が働くことがなく、圧入やカシメによる嵌合時に発生する割れの問題を回避することができる。また、外側部材と内側部材は、両者が冶金的に結合していることから、高い接合強度を有する。
【0031】
上記の方法で得られる外側部材である焼結部材は特有の気孔を有し、気孔の存在により外側部材は比表面積が大きい。腐食(酸化)は表面から生じるため、この気孔の量を低減することにより、より一層の耐蝕性の向上を図ることもできる。
【0032】
その方法の一つとして、内側部材と嵌合させる前に、外側部材圧粉体に予備焼結を施して再圧縮を行い、予備焼結再圧体を作製し、この予備焼結再圧体の嵌合用孔部に内側部材を嵌合させて、上記のように焼結する方法が挙げられる。予備焼結により圧粉体の原料粉末に蓄積されていた圧縮歪みが開放されるため、これを再圧縮することにより、圧粉体よりも密度が高い予備焼結再圧体が得られる。このような密度が高い(気孔量が少ない)材料を焼結することにより、高密度、すなわち気孔量が少なく、比表面積が小さい外側部材が得られる。予備焼結温度としては、原料粉末に蓄積された圧縮歪みを開放するため、600℃以上とすることが好ましい。一方、温度が高過ぎると、原料粉末どうしのネックの成長が始まり、再圧縮に際して緻密化しにくくなるので、上限を1000℃とすることが好ましい。
【0033】
もう一つの方法は、鉄基合金粉末として、主に最大粒径46μm以下の微粉末からなる粉末を用いることである。原料粉末として微粉末を用いると、ブリッジングが発生し易く、成形性が低下するという問題があるが、比表面積が増大し、ネック成長の起点となる粉末どうしの接触部が増大するため、焼結が進行し易く、得られる焼結体は高密度になる。この効果を良好に発揮させるため、鉄基合金粉末における最大粒径46μm以下の微粉末の量は90%以上とすることが好ましい。
【0034】
さらに、上記の微粉末を用いて焼結性を向上させて緻密化を達成する方法において、微粉末を予め平均粒径80〜150μmの大きさに造粒した造粒粉末の形態で用いると、微粉末を用いることによる成形性の低下の問題を回避でき、焼結時により一層の緻密化が達成される。
【実施例】
【0035】
[第1実施例]
組成が、質量%で、Cr:30%、Mo:2%、Si:2%、C:1%、および残部がFeと不可避不純物からなる鉄基合金粉末、組成が、P:20質量%、および残部がFeと不可避不純物からなる鉄−リン合金粉末、および黒鉛粉末を用意し、これらの粉末を、表1に示す割合で添加し混合して、表1に併記する全体組成の原料粉末を得た。これらの原料粉末を、
(1)直径30mm、高さ10mmの円板形状(耐摩耗性評価用)
(2)外径30mm、内径20mm、高さ5mmのリング形状(接合性評価用)
(3)10mm×10mm×60mmの柱形状(引張り強さ評価用)
の3種類の形状に成形圧力600MPaで成形した。これら(1)〜(3)形状の成形体試料のうち、(2)形状の接合性評価用試料については、成形後、これを外側部材圧粉体として用いて、外側部材圧粉体の内径に内側部材を嵌合した。内側部材として、JIS規格SUS316相当の溶製鋼製であり、高さが10mmで、外側部材圧粉体の内径に対してその外径が0.1mmの隙間嵌めとなるように機械加工されたピンを用いた。その後、(1)、(3)形状の成形体試料、(2)形状の成形体を用いた成形体嵌合試料をともに、真空雰囲気中1200℃で60分焼結した。
【0036】
作製した(1)形状の耐摩耗性評価用試料については、往復摺動摩擦試験を行い、試験後の摩耗量を測定した。この往復摺動摩擦試験は、上記の円板形状の試験片に、直径:15mm、厚さ22mmのロール(相手材)の側面を所定の荷重で押圧しながら往復摺動させる摩擦試験である。本試験においては、ロール材としてJIS規格SUS316相当の溶製鋼の表面にクロマイズ処理(表面にクロムを被覆するとともに硬質な鉄クロム金属間化合物層を形成して耐摩耗性、耐焼き付き性および耐食性等を向上させる処理)を施したものを用いた。そして、荷重:50N、往復摺動の周波数:40Hz、往復摺動の振幅:1.0mm、試験時間:30min、試験温度:700℃の試験条件の下で往復摺動摩擦試験を行った。
【0037】
また、作製した(2)形状の接合性評価用試料については、室温にて、外側部材を固定して、内側部材をオートグラフで200MPaまで加圧を行った。このとき、内側部材と外側部材が接合界面で破断したときの荷重を測定し、これを抜出荷重とした。なお、200MPaまで加圧しても破断しなかった試料については、抜出荷重を200MPa以上と記した。
【0038】
さらに、作製した(3)形状の引張り強さ評価用試料については、焼結後、引張り試験片形状に機械加工し、800℃に加熱した状態でオートグラフで引張り試験を行い、高温での引張り強さを高温強さとして測定した。
【0039】
【表1】

【0040】
表1より、Pを含有しない試料番号01の試料に比して、Pの含有量が0.1質量%の試料番号02の試料では、摩耗量が急減するとともに、抜出荷重、高温強さが大きく増加している。また、P含有量が増加するにつれて、摩耗量はさらに減少し、抜出荷重が著しく向上するとともに、高温強さが向上している。これは、Pの含有により焼結時に液相が発生し、耐摩耗性焼結部材(外側部材圧粉体)が焼結時に収縮して緻密化することによるもので、P含有量が増加するにつれてその効果が大きくなるためである。しかしながら、PはFe基地に固溶してFe基地を脆化させる作用を有するため、Pの含有量が1.0%を超える試料番号05の試料では、基地に固溶するP量が過多となって基地が脆化し、高温強さが低下するとともに、摩耗量が著しく増加している。このことから、全体組成中のP量を0.1〜1.0質量%とすることで、優れた耐摩耗性と良好な接合状態が得られることが確認された。
【0041】
[第2実施例]
第1実施例と同じ鉄基合金粉末、鉄−リン合金粉末、および黒鉛粉末を用い、表2に示す割合で黒鉛粉末の添加量を変えて添加し混合して、表2に併記する全体組成の原料粉末を得た。そして、第1実施例と同様の条件で(1)〜(3)形状の成形体を作製し、(2)形状の外側部材圧粉体に対しては、内側部材を圧入して焼結を行い、試料番号06〜09の試料を得た。これらの試料について、第1実施例と同様にして摩耗量、抜出荷重、および高温強さを測定した。この結果を第1実施例の試料番号03の試料の値とともに表2に示す。
【0042】
【表2】

【0043】
表2より、黒鉛粉末を添加しない試料番号06の試料に比して、黒鉛粉末を0.5質量%添加した試料番号07の試料では、耐摩耗性焼結部材の摩耗が急減するとともに、抜出荷重が著しく増加し、高温強さも増加している。これは、黒鉛粉末により耐摩耗性焼結部材(外側部材圧粉体)の焼結時の液相化が促進され、外側部材圧粉体が焼結時に液相収縮して緻密化することによるものである。また、黒鉛粉末の添加量が増加するにつれて、クロム炭化物の形成量が増加するため摩耗量はさらに減少している。しかしながら、黒鉛粉末の添加量が1.5質量%を超える試料番号09の試料では、液相発生量が過多となって型くずれが生じたため、その後の試験を中止した。このことから、黒鉛粉末の添加量を0.5〜1.5質量%とすることで、優れた耐摩耗性と良好な接合状態が得られることが確認された。
【0044】
[第3実施例]
第1実施例の鉄基合金粉末のCr量を表3のように変えた鉄基合金粉末と、第1実施例と同じ鉄−リン合金粉末および黒鉛粉末とを用いて、鉄基合金粉末に対して2.5質量%の鉄−リン合金粉末、および1.0質量%の黒鉛粉末を添加、混合して、表3に併記する全体組成の原料粉末を得た。そして、第1実施例と同様の条件で(1)〜(3)形状の成形体を作製し、(2)形状の外側部材圧粉体に対しては、内側部材を圧入して焼結を行い、試料番号10〜13の試料を得た。これらの試料について、第1実施例と同様にして摩耗量、抜出荷重、および高温強さを測定した。この結果を第1実施例の試料番号03の試料の値とともに表3に示す。
【0045】
【表3】

【0046】
表3より、鉄基合金粉末中のCr量が20質量%の試料番号10の試料に比して、鉄基合金粉末中のCr量が25〜45質量%の試料番号11、03、12の試料では、耐摩耗性焼結部材の摩耗が減少している。しかしながら、Cr量が増加するにつれて基地中に析出するクロム炭化物の量が増加するため、高温強さは低下する傾向を示している。また、Cr量が増加すると鉄基合金粉末の硬さが増加して、原料粉末の圧縮性が低下するため、鉄基合金粉末中のCr量が45質量%を超える試料番号13の試料では、この圧縮性低下の影響が著しくなって、成形体を成形することができず、その後の試験を中止した。なお、Cr量が20〜45質量%の範囲において、いずれの試料でも200MPaの荷重では破断せず、良好な接合状態が得られている。このことから、鉄基合金粉末中のCr量を25〜45質量%とすることで、優れた耐摩耗性と良好な接合状態が得られることが確認された。
【0047】
[第4実施例]
第1実施例と同じ鉄基合金粉末、鉄−リン合金粉末、および黒鉛粉末を用い、さらにニッケル粉末を新たに用意して、表4に示す割合でニッケル粉末の添加量を変えて添加し混合して、表4に併記する全体組成の原料粉末を得た。そして、第1実施例と同様の条件で(1)〜(3)形状の成形体を作製し、(2)形状の外側部材圧粉体に対しては、内側部材を圧入して焼結を行い、試料番号14〜20の試料を得た。これらの試料について、第1実施例と同様にして摩耗量、抜出荷重、および高温強さを測定した。この結果をニッケル粉末を添加していない第1実施例の試料番号03の試料の値とともに表4に示す。
【0048】
【表4】

【0049】
表4より、ニッケル粉末を添加してNiを含有させると、Niを含有しない試料番号03の試料に比して、各試料の高温強さが向上している。また、Ni量を増加させると、摩耗量が若干増加するものの、Ni量の増加にしたがって高温強さが増加することがわかる。しかしながら、Ni量が多くなると、高温強さ向上の効果が薄くなっており、15質量%を超えてNiを与えても高温強さの向上が認められない。このことから、Niの含有は高温強さの向上に有効であるが、15質量%を超えてもそれ以上の効果が認められないことから、その上限を15質量%とすべきことが確認された。
【0050】
[第5実施例]
第4実施例と同じ鉄基合金粉末、鉄−リン合金粉末、ニッケル粉末、および黒鉛粉末を用い、表5に示す割合で黒鉛粉末の添加量を変えて添加し混合して、表5に併記する全体組成の原料粉末を得た。そして、第1実施例と同様の条件で(1)〜(3)形状の成形体を作製し、(2)形状の外側部材圧粉体に対しては、内側部材を圧入して焼結を行い、試料番号21〜28の試料を得た。これらの試料について、第1実施例と同様にして摩耗量、抜出荷重、および高温強さを測定した。この結果を第4実施例の試料番号17の試料の値とともに表5に示す。
【0051】
【表5】

【0052】
表5より、黒鉛粉末の添加量が0.8質量%に満たない試料番号21の試料では、摩耗量が大きい値を示している。これは、Niを含有することで基地中へのCの固溶限が拡大し、黒鉛粉末の形態で与えたCが基地中に固溶してクロム炭化物の形成量が低下したためである。また、黒鉛粉末を0.8質量%添加した試料番号22の試料では、クロム炭化物の形成量が増加して耐摩耗性焼結部材の摩耗量が減少しており、黒鉛粉末の添加量が増加するにつれて、クロム炭化物の形成量が増加するため摩耗量が著しく低下している。なお、試料番号21の試料では黒鉛粉末が0.5質量%添加されていることから、液相発生量は足りており、200MPaの荷重の下でも破断しない良好な接合状態を得ている。しかしながら、黒鉛粉末の添加量が増加するにつれて、液相発生量が増加することは実施例2の場合と同様であり、黒鉛粉末の添加量が3.0質量%を超える試料番号28の試料では、液相発生量が過多となって型くずれが生じ、その後の試験を中止した。このことから、Niを含有する場合、黒鉛粉末の添加量は0.8〜3.0質量%とすることで、優れた耐摩耗性と良好な接合状態が得られることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、高温下での耐摩耗性および耐蝕性に優れた焼結部材からなる外側部材を、溶製鋼からなる内側部材に良好に接合した焼結複合摺動部品およびその製造方法を提供するものであり、ターボチャージャ用部品等の高温における耐摩耗性や耐蝕性が要求される部品に好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量比で、Cr:23.8〜44.3%、Mo:1.0〜3.0%、Si:1.0〜3.0%、P:0.1〜1.0%、C:1.0〜3.0%、残部Feおよび不可避不純物からなる全体組成を有し、密度比が95%以上で基地中に炭化物が分散するFe基耐摩耗性焼結部材からなる外側部材と、溶製のステンレス鋼からなる内側部材とからなり、前記外側部材に形成された孔部に前記内側部材が嵌合するとともに拡散接合して一体になっていることを特徴とする焼結複合摺動部品。
【請求項2】
質量比で、Cr:19.7〜41.9%、Ni:5.0〜15.0%、Mo:0.8〜2.8%、Si:0.8〜2.8%、P:0.1〜1.0%、C:1.2〜4.4%、残部Feおよび不可避不純物からなる全体組成を有し、密度比が95%以上でオーステナイト基地中に炭化物が分散するFe基耐摩耗性焼結部材からなる外側部材と、溶製のステンレス鋼からなる内側部材とからなり、前記外側部材に形成された孔部に前記内側部材が嵌合するとともに拡散接合して一体になっていることを特徴とする焼結複合摺動部品。
【請求項3】
質量比で、Cr:25〜45%、Mo:1〜3%、Si:1〜3%、C:0.5〜1.5%、残部Feおよび不可避不純物よりなる組成の鉄基合金粉末に、P:10〜30質量%の鉄−リン合金粉末を1.0〜3.3質量%、黒鉛粉末を0.5〜1.5質量%を添加して混合した原料粉末を用い、
前記原料粉末を、溶製鋼からなる内側部材と嵌合する孔部を有する外側部材形状に圧粉成形し、
得られた外側部材圧粉体の前記嵌合用孔部に、溶製のステンレス鋼からなる内側部材を嵌合させた後、焼結して外側部材の焼結と、外側部材と内側部材との拡散接合を同時に行って一体化させることを特徴とする焼結複合摺動部品の製造方法。
【請求項4】
前記原料粉末にニッケル粉末を添加、もしくは前記鉄基合金粉末にNiを含有させて、前記原料粉末に対して5.0〜15.0質量%となる量のNiを添加するとともに、前記黒鉛粉末の添加量を0.8〜3.0質量%としたことを特徴とする請求項3に記載の焼結複合摺動部品の製造方法。
【請求項5】
前記圧粉体を予備焼結した後、再圧縮した予備焼結再圧体とし、前記予備焼結再圧体の孔部に溶製鋼からなる内側部材を嵌合させた後、焼結して外側部材の焼結と、外側部材と内側部材との拡散接合を同時に行って一体化させることを特徴とする請求項3に記載の焼結複合摺動部品の製造方法。



【公開番号】特開2010−215951(P2010−215951A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−62482(P2009−62482)
【出願日】平成21年3月16日(2009.3.16)
【出願人】(000233572)日立粉末冶金株式会社 (272)
【Fターム(参考)】