説明

熱間塑性加工用潤滑剤組成物

固体潤滑剤10〜40質量%、水分散性合成樹脂5〜20質量%、無機酸のアミン塩0.5〜5質量%、水45〜80質量%を含有し、80℃以上では、ロール冷却水により剥離あるいは洗い流されることなく潤滑性能を発揮し、40℃未満では耐水性を持たず、水により容易に洗浄される熱間塑性加工用潤滑剤組成物を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間塑性加工用潤滑剤組成物に関し、特に、主としてマンネスマン・マンドレルミルによる継目無管の製造に使用される熱間製管圧延用潤滑剤に関する。
【背景技術】
【0002】
マンネスマン・マンドレルミルによる継目無管の製造では、加熱された中実ビレットまたはブルームが穿孔機で中空管とされた後、その中空管が連続延伸圧延機により製品管に仕上げられる。延伸圧延機で圧延されるとき、加熱された中空管にマンドレルバーを挿入した後、圧延機の穴型ロール数段とマンドレルバーの間隙の調整によって中空管が連続的に延伸される。このとき、マンドレルバーと中空管の摩擦軽減や焼付防止のため様々な潤滑剤が使用されている。
【0003】
このような高温における熱間加工では、黒鉛、窒化硼素、雲母等の層状固体潤滑剤が用いられるのが通例であり、また、これらの固体潤滑剤を工具に塗布し被膜を形成して用いることも数多く提案されている。これらの提案によれば、確かに耐水性があり、ロール冷却水にて剥離や洗い流されたりしないし、潤滑性もほとんど問題ない潤滑剤が提供される。
【0004】
しかし、スプレーブースやその周辺設備、マンドレルバー搬送コンベヤーに付着した潤滑剤も乾燥すると耐水性が出て、堆積すると容易に洗浄することができず、作業環境が悪化する。また、潤滑剤が機器に堆積すると保守点検ができないばかりか故障の原因となり不具合が生じる。
【0005】
かかる不都合に対する対策として、例えば特許文献1および特許文献2には水溶性のポリマーを使用した潤滑剤組成物が提案されている。また、特許文献3には、ポリマーを使用しない潤滑剤組成物が提案されており、これらは乾燥後も確かに容易に水洗浄が可能である。
【特許文献1】特公昭62−34358号公報
【特許文献2】特願昭56−147297号公報
【特許文献3】特開平8−325584号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の継目無製管工場は、過去のものに比べて格段に良好な作業環境、設備環境を考慮した設計に改善されてきてはいるものの潤滑剤は依然として上記のような従来のものを使用している。すなわち、潤滑性能を主体にした潤滑剤は、ロール冷却水に対する耐水性を有するため、良好な潤滑性能を発揮するが、この潤滑剤がスプレーブースやその周辺設備、マンドレルバー搬送コンベヤーに付着し、作業環境の悪化や機器に支障をきたすことになる。一方、水による洗浄を可能とした特許文献1〜3に開示されている潤滑剤は、80℃以上の温度の高いマンドレルバーにスプレー塗布されて乾燥被膜を形成しても、ロール冷却水にて容易に剥離または洗い流されて、本来の潤滑性を充分に発揮することができない。これにより、潤滑性不足による焼付や、マンドレルバーの損傷、等が発生したり、摩擦係数が高くなって製管自体ができなくなってしまったりするという問題があった。
【0007】
そこで本発明は、80℃以上の高い温度では、ロール冷却水により剥離あるいは洗い流されることなく潤滑個所にとどまって潤滑性能を発揮し、一方40℃未満の低い温度では耐水性を持たず、周辺機器に堆積することなく水により洗浄することが容易な熱間塑性加工用潤滑剤組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題は通常の技術常識に従えば二律背反するものである。すなわち通常二つの液相が存在するとき、これら二相は高温では混合あるいは相溶しやすく、低温になるほど次第に混合あるいは相溶が困難となるからである。本発明者等は鋭意研究の結果、上記二律背反する課題を解決するため、高温で機能する固体潤滑剤を基本として、これに特定の水分散性合成樹脂と無機酸のアミン塩とを配合することにより、本来の潤滑性能を損なわずに作業環境を改善し、設備の故障を防ぐことができることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0009】
第一の本発明は、潤滑剤組成物全体の質量を100質量%として、固体潤滑剤10〜40質量%、水分散性合成樹脂5〜20質量%、無機酸のアミン塩0.5〜5質量%、および水45〜80質量%を含有する熱間塑性加工用潤滑剤組成物であって、前記水分散性合成樹脂が、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩、カルボキシメチルセルロースのアンモニウム塩から選択される保護コロイドを使用して乳化重合した酢酸ビニル重合体、または共重合性界面活性剤にて乳化重合した酢酸ビニル重合体である、熱間塑性加工用潤滑剤組成物である。
【0010】
第二の発明は、潤滑剤組成物全体の質量を100質量%として、固体潤滑剤15〜30質量%、水分散性合成樹脂5〜15質量%、無機酸のアミン塩0.5〜3質量%、および水47〜77質量%を含有する熱間塑性加工用潤滑剤組成物であって、前記水分散性合成樹脂が、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩、カルボキシメチルセルロースのアンモニウム塩から選択される保護コロイドを使用して乳化重合した酢酸ビニル重合体、または共重合性界面活性剤にて乳化重合した酢酸ビニル重合体である熱間塑性加工用潤滑剤組成物である。
【0011】
第三の本発明は、潤滑剤組成物全体の質量を100質量%として、固体潤滑剤10〜40質量%、水分散性合成樹脂5〜20質量%、無機酸のアミン塩0.5〜5質量%、および水45〜80質量%を含有する熱間塑性加工用潤滑剤組成物であって、前記水分散性合成樹脂が、第一成分〜第四成分全体の質量を100質量%として、第一成分:主モノマーが85〜99.7質量%、第二成分:官能基含有モノマーが0.1〜7質量%、第三成分:架橋性モノマーが0〜5質量%、第四成分:共重合性界面活性剤が2.1〜7質量%、からなる成分を重合してなる樹脂であって、前記主モノマーがメタクリル酸エステルまたはアクリル酸エステルから選ばれる2種以上のモノマーであり、かつ前記主モノマーへの水の溶解度が1%以下である、熱間塑性加工用潤滑剤組成物である。
【0012】
第四の本発明は、潤滑剤組成物全体の質量を100質量%として、固体潤滑剤10〜40質量%、水分散性合成樹脂5〜20質量%、無機酸のアミン塩0.5〜5質量%、および水45〜80質量%を含有する熱間塑性加工用潤滑剤組成物であって、前記水分散性合成樹脂が、第一成分〜第四成分全体の質量を100質量%として、第一成分:主モノマーが88〜97.4質量%、第二成分:官能基含有モノマーが0.2〜5.5質量%、第三成分:架橋性モノマーが0〜3質量%、第四成分:共重合性界面活性剤が2.4〜4.8質量%、からなる成分を重合してなる樹脂であって、前記主モノマーがメタクリル酸エステルまたはアクリル酸エステルから選ばれる2種以上のモノマーであり、かつ前記主モノマーへの水の溶解度が1%以下である、熱間塑性加工用潤滑剤組成物である。
【0013】
前記官能基含有モノマーの官能基は、カルボキシル基、エポキシ基、アミノ基、およびアセトアセチル基から選択される基であることが好ましい。
【0014】
前記共重合性界面活性剤は、アニオン系共重合性界面活性剤であることが好ましい。
【0015】
前記水分散性合成樹脂を構成するモノマー成分に、さらに第五成分:アルコキシシリル基を有する重合性モノマーが0.01〜2質量%含まれていてもよい。
【0016】
前記無機酸のアミン塩は、硼酸アミン塩であることが好ましい。
【0017】
上記の熱間塑性加工用潤滑剤組成物は、耐水性試験において80℃の温度で15%未満の剥離を示すことが好ましく、5%未満の剥離を示すことがさらに好ましい。また、水洗浄性試験において40℃の温度で85%以上の剥離を示すことが好ましく、95%以上の剥離を示すことがさらに好ましい。
【0018】
40℃以下にて耐水性があると、通常の工場雰囲気温度では設備等に付着した潤滑剤は乾燥し、その被膜は耐水性を保持し、洗浄水にて洗浄できなくなるからであり、80℃以上にて耐水性がないと、80℃以上に加熱されたマンドレルバーに塗布され乾燥被膜を形成しても耐水性を保持できず、ロール冷却水にて剥離現象や洗い流され現象を生じ本来の潤滑性を保持できないからである。
【0019】
ここに「耐水性試験」とは、調整した熱間塑性加工用潤滑剤組成物試料を、所定温度に加熱した所定形状の試片に100g/mの付着量になるようにスプレー塗布し、恒温槽にて5分間乾燥後、図1に示すように、試片11を最下点での速度が2m/秒となるよう、約1秒間に1往復の割合でスイングさせ、固定された水スプレーノズル12より、水圧0.2MPa、流量10L/minにて、20℃〜25℃の水をかけて、10往復スイングさせ、被膜の付着/剥離状況を評価するものである。
【0020】
また、「水洗浄性試験」とは、調整した熱間塑性加工用潤滑剤組成物試料を、所定温度に加熱した試片に約100g/mの付着量になるようにスプレー塗布し、24時間室温乾燥後、図2に示すように、潤滑剤組成物を塗布した試片21の表面に、水スプレーノズル22より、水圧0.2MPa、流量10L/minにて水(20℃〜25℃)を連続して1分間かけ続けて、被膜の付着/剥離状況を評価するものである。
【0021】
付着量の測定は、精密天秤を使用して、予め試験片毎に試験前重量を測定しておき、試験後に水分乾燥後の試験片重量からこれを差し引いて付着量を求めることにより行う。
【0022】
第五の本発明は、上記の熱間塑性加工用潤滑剤組成物をマンドレルバーに塗布する工程、およびこのマンドレルバーを用いて管を延伸圧延する工程を有する、継目無管の製造方法である。
【発明の効果】
【0023】
以上に説明したように、本発明によれば、80℃以上の高い温度では、ロール冷却水により剥離あるいは洗い流されることなく潤滑個所にとどまって潤滑性能を発揮し、一方40℃未満の低い温度では耐水性を持たず、周辺機器に堆積することなく水により洗浄することが容易な熱間塑性加工用潤滑剤組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】耐水性試験の概略図である。
【図2】水洗浄性試験の概略図である。
【符号の説明】
【0025】
11、21 試片
12、22 水スプレーノズル
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明の熱間塑性加工用潤滑剤組成物の必須成分は、固体潤滑剤、水分散性合成樹脂、および無機酸のアミン塩である。以下にこれらの各成分に分けて説明する。
【0027】
(1)固体潤滑剤
固体潤滑剤は本発明に必須であり、例えば、黒鉛、天然雲母、人造雲母、窒化硼素、ベントナイト、バーミキュライト、窒化ボロン、カリウム四珪素マイカ、天然金マイカ等の層状化合物が使用できる。固体潤滑剤の粒径はスプレー可能な範囲内であれば使用できるが、好ましくは平均粒径が50μm以下である。純度は80質量%以上のものが好ましく、90質量%以上のものがより好ましい。これらの固体潤滑剤は、潤滑剤組成物全量基準で10〜40質量%含まれる。固体潤滑剤の量が10質量%以上であると十分な潤滑性が得られ、製品内面に筋疵を発生させたり工具表面に疵を与えたりすることがなく、また固体潤滑剤の量が40質量%以下であると、スプレー性が良好で、潤滑面に均一かつ十分な量の潤滑剤を供給することができるので好ましいからである。
【0028】
(2)水分散性合成樹脂
水分散性合成樹脂は、本発明の熱間塑性加工用潤滑剤組成物中でミクロ的固形分として存在する。かかる固形分の組成としては、例えば酢酸ビニル樹脂や、アクリル系樹脂を使用することができる。これら樹脂は単独で使用することも、または酢酸ビニル系モノマーとアクリル系モノマーとの共重合体のように、共重合した樹脂使用することもできる。さらに被膜乾燥後の耐水性向上を目的にスチレンモノマーを配合することも可能である。水分散性合成樹脂は、80℃以上のマンドレルバーに付着、乾燥した際の耐水性の点から、潤滑剤組成物全量基準で5質量%以上であるのが好ましく、また、上記固体潤滑剤の潤滑性発揮、環境適性、経済性の観点からの20質量%以下であることが好ましい。本発明においては、80℃以上で耐水性に優れた被膜を形成し、かつ40℃以下で水にて容易に洗浄可能であるという効果と、被膜乾燥後の耐水性を良好にするという効果を、無機酸のアミン塩との組み合わせにより発揮しやすいという観点から、特定の方法で重合した酢酸ビニル樹脂や、アクリル系樹脂が好ましく用いられる。以下それについて説明する。
【0029】
<酢酸ビニル樹脂>
本発明の酢酸ビニル樹脂は、保護コロイドや界面活性剤を使用して乳化重合することにより、水分散性合成樹脂となる。使用される保護コロイドとしては、乳化重合の際に一般的に使用される物質、例えばポリビニルアルコール等が挙げられるが、中でもヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩、カルボキシメチルセルロースのアンモニウム塩を使用するのが好ましい。これらは特に無機アミン塩として硼酸アミン塩を使用したときに、硼酸アミン塩による保護コロイドのゲル化を防止することができる点で好ましい。界面活性剤としては、通常の乳化重合に使用する一般的な界面活性剤を使用することもできるが、耐水性の観点からは、共重合性界面活性剤を用いることが好ましい。ここで、「共重合性界面活性剤」とは、重合性モノマーと共重合可能な重合性基を有し、かつ界面活性剤として作用する官能基を分子内に有する化合物をいう。
【0030】
共重合性界面活性剤として、例えば、
・アルキルアリルスルホコハク酸ナトリウム(「エレミノールJS−2」として三洋化成工業社より入手可能)、
・ポリオキシプロピレンメタクリロイル硫酸ナトリウム(「エレミノールRS−30」として三洋化成工業社より入手可能)、
・ポリオキシエチレンノニルフェノキシアリルオキシ−プロパン硫酸塩(「アデカリアソープNE−10」として旭電化工業社より入手可能)、
・α−スルホ−ω−〔2−(1−プロペニル)−4−ノニルフェノキシ〕ポリオキシエチレンアンモニウム塩(「アクアロンHS−10」および「アクアロンHS−20」として第一工業製薬社より入手可能)、
・α−ヒドロ−ω−〔2−(1−プロペニル)−4−ノニルフェノキシ〕ポリオキシエチレン(「アクアロンRN−10」、「アクアロンRN−20」および「アクアロンRN−50」として第一工業製薬社より入手可能)、
・アルキルアリルオキシヒドロキシプロピルスルホコハク酸塩(「ラテムルS−180A」として花王社より入手可能)
などのほか、ポリオキシエチレンアルキルプロぺニルフェニルエーテル硫酸アンモニウム、ポリオキシエチレンポリベンジルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルプロペニルフェニルエーテルなどが使用できる。また、上記保護コロイドや共重合性界面活性剤と、一般的な界面活性剤とを併用しても良い。
【0031】
<アクリル系樹脂>
本発明で使用するアクリル系樹脂としては、下記第一成分〜第四成分、場合によっては、さらに第五成分を重合することにより得られる樹脂が好ましく用いられる。
【0032】
第一成分:主モノマー
本発明における主モノマーとは、メタクリル酸エステルまたはアクリル酸エステルから選択される2種以上のモノマーで且つ、その組み合わせへの水の溶解度が1.0質量%以下のものである。水への溶解度1.0質量%以下としたのは、重合した合成樹脂の耐水性がモノマーの水への溶解度に起因するところが大きく、このような溶解度を有する主モノマーを重合して得られる本発明の潤滑剤塑性物が、良好な性能を有するからである。
【0033】
主モノマーの具体例として、例えば、メタクリル酸エステルとしてはメタクリル酸メチル(溶解度0.99質量%)、メタクリル酸n−ブチル(溶解度0.30質量%)、メタクリル酸シクロヘキシル(溶解度0.27質量%)が挙げられる。また、アクリル酸エステルとしては、アクリル酸エチル(溶解度1.5質量%)アクリル酸n−ブチル(溶解度0.7質量%)、アクリル酸2−エチルヘキシル(溶解度0.14質量%)、が挙げられる。また、これら以外にも、主モノマーを2種以上配合したものへの水の溶解度が1.0質量%以下であれば使用できる。水分散性合成樹脂中、主モノマーの含有量は、第一成分〜第四成分全体の質量を基準(100質量%)として、被膜形成能の点から85質量%以上が好ましく、88質量%以上がより好ましい。また、耐水性、密着性の点からは99.7質量%以下であることが好ましく、97.4質量%以下であることがさらに好ましい。
【0034】
第二成分:官能基含有モノマー
本発明においては、マンドレルバーに対する密着性を向上させるために官能基含有モノマーが添加される。本発明における官能基含有モノマーとしては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸等のカルボキシル基を含有しているモノマー、グリシジルメタクリレート等のエポキシ基を含有しているモノマー、ジエチルアミノエチルメタクリレート等のアミノ基を含有しているモノマー、アリルアセテート、アセトアセトキシエチルメタクリレート等のアセトアセチル基を含有するモノマー等が使用できる。水分散性合成樹脂中、官能基含有モノマーの含有量は、第一成分〜第四成分全体の質量を基準(100質量%)として、密着性の観点から0.1質量%以上であるのが好ましく、0.2質量%以上であるのがより好ましい。また、耐水性の観点から7質量%以下であるのが好ましく、5.5質量%以下であるのがより好ましい。
【0035】
第三成分:架橋性モノマー
架橋性モノマーは、被膜の強度を増すと同時に耐水性をも向上させる目的で配合することが好ましい。本発明における架橋性モノマーとは、分子内に重合活性点を2つ以上有するモノマーであり、例えば、ジビニルベンゼン、ジアリルフタレート、トリアリルシアヌレート、トリアリルイソシアヌレート、テトラアリルオキシエタン、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート等が使用できる。被膜強度が十分にある場合は配合しなくても良いが、被膜強度および耐水性の観点から、少量添加するのが好ましく、具体的には、水分散性合成樹脂中、架橋性モノマーの含有量は、第一成分〜第四成分全体の質量を基準(100質量%)として、0〜5質量%であることが好ましく、0〜3質量%であることがより好ましい。
【0036】
第四成分:共重合性界面活性剤
共重合性界面活性剤は、上記酢酸ビニル樹脂の重合に使用した共重合性界面活性剤と同じであり、具体例もまた同じである。これを添加することで、80℃以上での耐水性を良好にすることができる。共重合性界面活性剤の中で、特にアニオン系共重合性界面活性剤がより好ましい。これらの化合物は、単独若しくは混合物として使用できる。水分散性合成樹脂中、共重合性界面活性剤の含有量は、第一成分〜第四成分全体の質量を基準(100質量%)として、2.1〜7質量%であることが好ましく、2.4〜4.8質量%であることがより好ましい。本発明の共重合性界面活性剤は、一般的に使用される界面活性剤、例えばジアルキルスルホコハク酸ナトリウム、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル硫酸ナトリウムのようなアニオン系界面活性剤や、ポリオキシエチレンアルキルエーテルのようなノニオン系界面活性剤を少量併用して用いることもできる。
【0037】
第五成分:アルコキシシリル基を有する重合性モノマー
上記アクリル系樹脂を構成する第一成分〜第四成分に加え、本発明においては、さらにアルコキシシリル基を有する重合性モノマーを、上記アクリル系樹脂を構成する第五成分として使用することができる。アルコキシシリル基を有する重合性モノマーとしては、例えば、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン等を使用できる。アルコキシシリル基を有する重合性モノマーは、水分散性樹脂が乾燥後に粒子を架橋(粒子間架橋)することを目的に配合するものである。水に合成樹脂が分散しているときには重合しないようにする必要があると同時に、40℃以下にて乾燥した被膜では重合しても耐水性ができる限りでないような添加量にしなければならないことから、これらアルコキシシリル基を有する重合性モノマーの使用量は、第一成分〜第五成分のアクリル樹脂を構成するモノマー成分全体に対して0.01〜2質量%である。
【0038】
(3)無機酸のアミン塩
無機酸のアミン塩は水分散性合成樹脂被膜の40℃以下における洗浄を容易にするための必須成分である。本発明に使用している合成樹脂のみでも一定の洗浄は可能であるが、十分な洗浄効果を得るには高圧水を長時間噴射することを要する。従って、本発明の熱間塑性加工用潤滑剤組成物においては容易な洗浄を実現するために、無機酸のアミン塩を添加する。本発明において、無機酸のアミン塩としては、水に可溶なものであれば特に限定されないが、例えば、無機酸としては、硼酸、モリブデン酸、タングステン酸等が使用できる。特に硼酸は優れた効果を発揮するので好ましく使用される。アミンとしてはモノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、モノイソプロパノールアミン、エチルモノエタノールアミン、ジメチルエタノールアミン等が使用できる。無機酸のアミン塩の配合量は、潤滑剤組成物全体の質量を基準(100質量%)として、洗浄性の効果の点から、0.5質量%以上であるのことが好ましく、1質量%以上であることがより好ましい。また、高温における耐水性劣化防止の観点から、5質量%以下であることが好ましく、3質量%以下であることがより好ましい。
【0039】
(4)その他の成分
乾燥被膜を調整するため、エチレングリコールブチルエーテル、1.2.4−トリメチルペンタンジオール1.3−モノイソブチレート等のグリコールを適宜選択して添加することも耐水性が妨げられない範囲で可能である。その他、本発明の熱間塑性加工用潤滑剤組成物の粘度を調整するため増粘剤、泡立ちを抑制するための消泡剤、腐敗を防止するための防腐剤、殺菌剤、固体潤滑剤を分散するための湿潤剤、分散剤等を適宜配合することができる。
【0040】
本発明の熱間塑性加工用潤滑剤組成物は、上記した固体潤滑剤、水分散性合成樹脂、無機酸のアミン塩等が、水中において分散または溶解された状態となっている。この潤滑剤組成物は、上記の水分散性合成樹脂を乳化重合により作製し、得られた水分散性合成樹脂を含む水溶液に、固体潤滑剤、無機酸のアミン塩等を添加して、熱間塑性加工用潤滑剤組成物としてもよいし、あるいは、水分散性重合体を単離して、これに固体潤滑剤、無機酸のアミン等、さらに水を加えて、熱間塑性加工用潤滑剤組成物を調整してもよい。
【実施例】
【0041】
以下実施例を挙げて本発明を詳細に説明する。
<水分散性合成樹脂の調整>
製造例1〜4
反応容器に、イオン交換水60質量部、表1に示す界面活性剤を加え、この混合溶液を撹拌しつつ、酢酸ビニル4.5質量部、重合開始剤として過硫酸アンモニウム0.05質量部を加え、窒素雰囲気下、加熱し80〜90℃の間にて0.5〜1.0時間保持して、プレ重合させた。
その後、混合溶液に酢酸ビニル40.5質量部および過硫酸アンモニウム0.1質量部を3〜6時間かけて連続的に滴下して、さらに、1〜1.5時間、80〜90℃に保持して、重合させた。これにより、水分散性合成樹脂を含有する水溶液を得た。
【0042】
製造例5〜13
イオン交換水30質量部、表2に示すモノマー成分を全体で45質量部、表2に示す界面活性剤の混合物を撹拌して、重合用モノマー乳化物を得た。
反応容器に、イオン交換水30質量部、上記重合用モノマー乳化物10質量部、重合開始剤として過硫酸アンモニウム0.03部を加え、窒素雰囲気下、撹拌しつつ、加熱し70〜80℃の間に0.5時間保持して重合させた。
その後、この重合溶液に、上記重合用モノマー乳化物90質量部、重合開始剤として過硫酸アンモニウム0.1質量部を3〜6時間かけて連続的に滴下して、さらに1〜1.5時間、70〜80℃に保持して重合させた。得られた重合溶液は、必要に応じて、アンモニア水によって中和した。これにより、水分散性合成樹脂を含有する水溶液を得た。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
なお、表1および表2において、共重合性界面活性剤1とは、アルキルアリルスルホコハク酸ナトリウム(商品名:「エレミノールJS−2」、三洋化成社製)である。共重合性界面活性剤2とは、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル硫酸アンモニウム(商品名:「アクアロンHS−20」、第一工業製薬社製)である。共重合性界面活性剤3とは、α−スルホ−ω−(1−(ノニルフェノキシ)メチル−2−(2−プロペニルオキシ)エトキシ・ポリ(オキシ−1,2−エタンジイル)のアンモニウム塩(商品名:「アデカリアソープSE10N」、旭電化社製)である。一般の界面活性剤とは、ポリオキシアルキレン・アルキル・エーテル硫酸エステル塩(商品名:「ニューコール707−SF」、日本乳化剤社製)である。
【0046】
実施例1〜16
表3および表4に種類および配合量を示す水分散性合成樹脂を含有する水溶液、および増粘剤および分散剤を含有する水を混合して、固形分濃度を調整した混合溶液を得た。これに、固体潤滑剤(黒鉛、窒化ボロン、カリウム四珪素マイカ、天然金マイカ)、無機酸のアミン塩(硼酸のモノエタノールアミン塩、タングステン酸のモノエタノールアミン塩)、その他の成分(防腐剤、消泡剤)を所定量添加して、熱間塑性加工用潤滑剤組成物を得た。得られた熱間塑性加工用潤滑剤組成物について、下記に示す評価方法に従って評価した。結果を表7に示す。
【0047】
【表3】

【0048】
【表4】

【0049】
比較例1〜6
表5に種類および配合量を示す水分散性合成樹脂を含有する水溶液、および増粘剤および分散剤を含有する水を混合して、固形分濃度を調整した混合溶液を得た。これに、固体潤滑剤(黒鉛、窒化ボロン、弗素金マイカ)、無機酸のアミン塩(硼酸のモノエタノールアミン塩)、その他の成分(防腐剤、消泡剤)を所定量添加して、熱間塑性加工用潤滑剤組成物を得た。得られた熱間塑性加工用潤滑剤組成物について、下記に示す評価方法に従って評価した。結果を表7に示す。
【0050】
【表5】

【0051】
比較例7〜12
水分散性合成樹脂として、
市販品(1):酢酸ビニル重合体(商品名:「モビニール50M」、クラリアントポリマー社製)、
市販品(2):アクリル酸エステル系共重合体(商品名:「アロンA104」、東亞合成社製)、
市販品(3):ポリエチレングリコール(商品名:「PEG10000」、第一工業製薬社製)、
製造例12、および製造例13で得られた水分散性合成樹脂を用いて、表6に示した各成分を所定量添加して、熱間塑性加工用潤滑剤組成物を得た。得られた熱間塑性加工用潤滑剤組成物について、下記に示す評価方法に従って評価した。結果を表7に示す。
【0052】
【表6】

【0053】
<評価方法>
(1)耐水性
得られた熱間塑性加工用潤滑剤組成物を、80℃に加熱した金属製の試片に約100g/mの付着量になるようにスプレー塗布し、5分間、室温にて乾燥させた。その後、図1のように、試片11を最下点での速度が2m/秒となるよう、約1秒間に1往復の割合でスイングさせ、固定された水スプレーノズル12より、水圧0.2MPa、流量10L/minの水(20〜25℃)をかけ続けて、10往復スイングさせた。被膜の剥離状況を以下の基準により評価した。
◎:剥離しなかった。
○:僅かに剥離した(剥離部分が全体の15%未満であった。)。
△:15%以上80%未満の割合で剥離した。
×:ほとんど剥離した(剥離部分が全体の80%以上であった。)。
【0054】
(2)水洗浄性
得られた熱間塑性加工用潤滑剤組成物を、40℃に調製した金属製の試片に約100g/mの付着量になるようにスプレー塗布し、24時間室温にて乾燥させた。その後、図2のように、潤滑剤組成物を塗布した試片21の表面に、水スプレーノズル22より、水圧0.2MPa、流量10L/minにて水(20℃〜25℃)を連続して1分間かけ続けた。洗浄の状況を以下の基準により評価した。
◎:ほとんど剥離した(剥離部分が全体の80%以上であった。)。
○:15%以上80%未満の割合で剥離した。
△:僅かに剥離した(剥離部分が全体の15%未満であった。)
×:剥離しなかった。
【0055】
(3)潤滑性
リング圧縮試験により摩擦係数を求め、以下の基準により評価した。
ここで、「リング圧縮試験」とは、リング状の試験片を平行工具間にて圧縮し、摩擦状態によって変形後のリング形状が異なることを利用した、摩擦係数を求める方法である。
◎:摩擦係数が0.06未満であった。
○:摩擦係数が0.06以上0.08未満であった。
△:摩擦係数が0.08以上0.10未満であった。
×:摩擦係数が0.10以上であった。
【0056】
<評価結果>
【0057】
【表7】

【0058】
<実機による評価試験>
5スタンドのマンドレルミルを使用した。素管としては、直径が330mm、厚さ27.0〜29.0mm、長さ9000〜11500mmのものを使用した。マンドレルミル出側サイズは、直径276mm、厚さ12.0〜14.0mm、であった。素管の材質は炭素鋼であった。マンドレルバーとしては、直径が250mmのものを用いた。また、素管の温度は1050〜1150℃であり、マンドレルバーの温度は80℃に設定した。
【0059】
熱間塑性加工用潤滑材組成物としては、実施例5、比較例3および比較例6の三種類の潤滑材組成物を用いた。潤滑剤組成物の塗布方法は、スプレー噴射であり、マンドレルバー5本に対して、5000本圧延した(マンドレルバー1本当たり1000本を圧延した。)。圧延後、損傷したマンドレルバーの本数およびパイプの内面疵の発生数を評価した。
【0060】
【表8】

【0061】
(結果)
比較例3は付着性を上げている効果で潤滑性に優れ、マンドレルバー損傷、および内面庇発生がなかったが、水洗浄ができないため残留する潤滑剤により作業環境が悪化した。一方、比較例6は水洗浄にて潤滑剤を除去することができるため、作業環境は良好であったが、潤滑剤として潤滑個所への付着性がないためマンドレルバー損傷、および、内面庇が発生した。
実施例5における潤滑材組成物においては、80℃以上において耐水性を有しているので、マンドレルバーの損傷、内面庇の発生がともに認められなかった。さらに、40℃以下において、水洗浄可能で付着性がないため、作業環境が悪化することはなかった。
【0062】
以上、現時点において、もっとも、実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨あるいは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う熱間塑性加工用潤滑剤組成物もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑剤組成物全体の質量を100質量%として、固体潤滑剤10〜40質量%、水分散性合成樹脂5〜20質量%、無機酸のアミン塩0.5〜5質量%、および水45〜80質量%を含有する熱間塑性加工用潤滑剤組成物であって、
前記水分散性合成樹脂が、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩、カルボキシメチルセルロースのアンモニウム塩から選択される保護コロイドを使用して乳化重合した酢酸ビニル重合体、または共重合性界面活性剤にて乳化重合した酢酸ビニル重合体である、熱間塑性加工用潤滑剤組成物。
【請求項2】
潤滑剤組成物全体の質量を100質量%として、固体潤滑剤15〜30質量%、水分散性合成樹脂5〜15質量%、無機酸のアミン塩0.5〜3質量%、および水47〜77質量%を含有する熱間塑性加工用潤滑剤組成物であって、
前記水分散性合成樹脂が、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩、カルボキシメチルセルロースのアンモニウム塩から選択される保護コロイドを使用して乳化重合した酢酸ビニル重合体、または共重合性界面活性剤にて乳化重合した酢酸ビニル重合体である熱間塑性加工用潤滑剤組成物。
【請求項3】
潤滑剤組成物全体の質量を100質量%として、固体潤滑剤10〜40質量%、水分散性合成樹脂5〜20質量%、無機酸のアミン塩0.5〜5質量%、および水45〜80質量%を含有する熱間塑性加工用潤滑剤組成物であって、
前記水分散性合成樹脂が、第一成分〜第四成分全体の質量を100質量%として、
第一成分:主モノマーが85〜99.7質量%
第二成分:官能基含有モノマーが0.1〜7質量%
第三成分:架橋性モノマーが0〜5質量%
第四成分:共重合性界面活性剤が2.1〜7質量%
からなる成分を重合してなる樹脂であって、前記主モノマーがメタクリル酸エステルまたはアクリル酸エステルから選ばれる2種以上のモノマーであり、かつ前記主モノマーへの水の溶解度が1%以下である、熱間塑性加工用潤滑剤組成物。
【請求項4】
潤滑剤組成物全体の質量を100質量%として、固体潤滑剤10〜40質量%、水分散性合成樹脂5〜20質量%、無機酸のアミン塩0.5〜5質量%、および水45〜80質量%を含有する熱間塑性加工用潤滑剤組成物であって、
前記水分散性合成樹脂が、第一成分〜第四成分全体の質量を100質量%として、
第一成分:主モノマーが88〜97.4質量%
第二成分:官能基含有モノマーが0.2〜5.5質量%
第三成分:架橋性モノマーが0〜3質量%
第四成分:共重合性界面活性剤が2.4〜4.8質量%
からなる成分を重合してなる樹脂であって、前記主モノマーがメタクリル酸エステルまたはアクリル酸エステルから選ばれる2種以上のモノマーであり、かつ前記主モノマーへの水の溶解度が1%以下である、熱間塑性加工用潤滑剤組成物。
【請求項5】
前記官能基含有モノマーの官能基が、カルボキシル基、エポキシ基、アミノ基、およびアセトアセチル基から選択される基である、請求の範囲第3項または第4項に記載の熱間塑性加工用潤滑剤組成物。
【請求項6】
前記共重合性界面活性剤が、アニオン系共重合性界面活性剤である、請求の範囲第3項〜第5項のいずれかに記載の熱間塑性加工用潤滑剤組成物。
【請求項7】
前記水分散性合成樹脂を構成するモノマー成分に、さらに
第五成分:アルコキシシリル基を有する重合性モノマーが0.01〜2質量%含まれる、請求の範囲第3項〜第6項のいずれかに記載の熱間塑性加工用潤滑剤組成物。
【請求項8】
前記無機酸のアミン塩が、硼酸アミン塩である、請求の範囲第1項〜第7項のいずれかに記載の熱間塑性加工用潤滑剤組成物。
【請求項9】
耐水性試験において80℃の温度で15%未満の剥離を示し、かつ、水洗浄性試験において40℃の温度で85%以上の剥離を示す、請求の範囲第1項〜第8項のいずれかに記載の熱間塑性加工用潤滑剤組成物。
【請求項10】
請求の範囲第1項〜第9項のいずれかに記載の熱間塑性加工用潤滑剤組成物をマンドレルバーに塗布する工程、およびこのマンドレルバーを用いて管を延伸圧延する工程を有する、継目無管の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【国際公開番号】WO2005/056740
【国際公開日】平成17年6月23日(2005.6.23)
【発行日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−516156(P2005−516156)
【国際出願番号】PCT/JP2004/018346
【国際出願日】平成16年12月9日(2004.12.9)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【出願人】(391045668)パレス化学株式会社 (8)
【Fターム(参考)】