説明

物性の解析方法、および、この解析方法を用いた物性解析システム

【課題】簡単に被検査物の物性値を測定することができる物性の解析方法、および、この解析方法を用いた物性解析システムを提供する。
【解決手段】物性の解析方法を、被検査物10の漏洩磁束の磁束密度Bを計測する計測ステップ(ステップS1)と、被検査物10の予測される物性値を設定し、この物性値を用いて被検査物10を含む領域の磁場を解析して磁束密度を求める解析ステップ(ステップS2〜S6)と、計測された磁束密度Bと、解析された磁束密度Bとが所定の相対誤差範囲内にあるときは、予測された物性値を被検査物10の物性値とする判定ステップ(ステップS7)とから構成し、この解析方法を、計測装置20と解析装置30から構成される物性解析システム1に実装する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物性の解析方法、および、この解析方法を用いた物性解析システムに関する。
【背景技術】
【0002】
MRI等の医療装置、電子線顕微鏡等の測定・検査装置、または、荷電粒子線露光装置等は、その測定精度や露光精度を向上させるために、静的にも動的にも磁気的に安定し、外乱が無いことが望まれている。磁気的に安定させるためには、磁気的影響を受けにくい材質を用いて装置を構成することが考えられ、このような磁気的影響を受けにくい材質として非磁性体や絶縁体、樹脂等があるが、強度的な観点から、また、高価であるため、これらの装置に用いられる部品には、一般的に、磁性体または導体である金属材料が用いられる。そのため、装置内の磁場が、設計された通りになるようにするために、このような部品が磁場に与える影響を正確に測定する検査装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。磁気的影響に対する部品の物性を測定するための検査工程の確立は技術開発を含め、多大なコストとリスクがあるため、現状では、限られた部品のみを専門の検査機関で検査するということが行われている。
【0003】
【特許文献1】特開2005−167105号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、このような部品は、製造、加工、または、保管方法に応じてその磁気的特性の変化が起きやすく、ある時点で測定した部品の磁性がその後の工程で変化してしまい、この部品を用いた装置の精度が劣化してしまうという課題があった。
【0005】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであり、簡単に被検査物(部品)の物性値を測定することができる物性の解析方法、および、この解析方法を用いた物性解析システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために、本発明に係る物性の解析方法は、被検査物の漏洩磁束の磁束密度を計測する計測ステップ(例えば、実施形態におけるステップS1)と、被検査物の予測される物性値を設定し、この物性値を用いて被検査物を含む領域の磁場を解析して磁束密度を求める解析ステップ(例えば、実施形態におけるステップS2〜S6)と、計測された磁束密度と、解析された磁束密度とが所定の相対誤差範囲内にあるときは、予測された物性値を被検査物の物性値とする判定ステップ(例えば、実施形態におけるステップS7)とから構成する。また、本発明に係る物性解析システムは、上述の物性の解析方法を実行する計測装置と解析装置とから構成する。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る物性の解析方法および物性解析システムを以上のように構成すると、簡単な構成で被検査物の物性を解析することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明の好ましい実施形態について図面を参照して説明する。まず、図1を用いて、本発明に係る物性検査システムの構成について説明する。この物性解析システム1は、被検査物10(例えば、上述の医療装置等に用いられる部品)から漏洩する磁界を測定する計測装置20と、被検査物10のモデルから、有限要素法と積分方程式法によりも求められた磁界の状態(磁束密度B)と、この計測装置20で測定された磁界の状態(磁束密度B)とを比較して被検査物10の物性を解析する解析装置30と、この解析装置30による解析結果を記憶する記憶装置40とから構成される。
【0009】
計測装置20は、図2および図3に示すように、サンプルホルダ収納体21、枠体22、電磁石23、磁気センサ24、および、サンプルホルダ25から構成される。サンプルホルダ収納体21は、中空円筒状をしており、その両端が蓋体21a,21bで塞がれている。この蓋体21a,21bにはそれぞれ空気孔21cが形成されており、この空気孔21cを介してサンプルホルダ収納体21内に空気圧を掛けることができるように構成されている。このサンプルホルダ収納体21は、オーステナイト系のSUS等の非磁性体やアクリル等の樹脂で形成されている。
【0010】
サンプルホルダ収納体21の外側には、枠体22が配設されており、この枠体22には、図2に示すように4つの電磁石23が取り付けられている。枠体22は、図2(b)に示すように断面が略正方形に構成されており、サンプルホルダ収納体21の中心軸ががこの枠体22の略中央部に位置するように配置されている。電磁石23は、この図2(b)に示すように配置されているため、この電磁石23により発生する磁場は枠体22内で上部から下部に向かって印加される。なお、左右方向の磁場は、各電磁石23が発生する磁場により打ち消されてほぼ0に近い状態となる。
【0011】
サンプルホルダ収納体21の側部には磁気センサ24が配設されており、図2(b)における左右方向の磁場を計測する。なお、磁気センサ24としては、検出しようとする磁場の強さに応じて、ホール素子、磁気抵抗素子等の直流型のものや、ピックアップコイル等の交流型のものを用いることができる。
【0012】
サンプルホルダ25は、非磁性体からなる円筒体26、非磁性体からなるサンプル保持板27、および、非磁性体からなるキャップ28から構成されている。サンプル保持板27は、被検査物10が載置されるものであり、被検査物10はこのサンプル保持板27に非磁性の固定部材(例えば、非磁性体のネジや接着剤)により固定される。このサンプル保持板27は、円筒体26の内周側に円筒軸方向に延びて形成された溝26b差込まれ、この円筒体26内に収納される。そして、円筒体26の両端部のそれぞれにキャップ28が取り付けられる。
【0013】
サンプルホルダ25(円筒体26およびキャップ28)の外周部には円筒軸方向に延びる溝26a,28aが形成されており、また、サンプルホルダ収納体21の内周部には円筒軸方向に延びる突起部21dが形成されている。サンプルホルダ25の外径とサンプルホルダ収納体21の内径とは略同一大きさに形成されており、サンプルホルダ収納体21の蓋体21aを取り外し、溝26a,28aと突起部21dとを嵌合させた状態で、このサンプルホルダ収納体21内にサンプルホルダ25を収納し、再度、蓋体21aを取り付ける。
【0014】
そして、空気孔21cのいずれか一方から圧縮空気を送り込み、他方から空気を吸引することにより、サンプルホルダ収納体21内でサンプルホルダ25を円筒軸方向に沿って移動させることができ、枠体22の内部を、サンプルホルダ25とともに被検査物10を通過させてそのとき発生する漏洩磁束の磁束密度Bを磁気センサ24で測定する。このように、計測装置20は、被検査物10を上述の方法により枠体22に対して移動させて、その漏洩磁束を時系列的に測定できる。
【0015】
それでは、図4を用いて、物性解析システム1による被検査物10の物性の解析方法について説明する。この物性解析システム1による被検査物10の物性の解析方法は、図5に示すように、解析する領域を複数(n個)のサブ領域に分割(この場合、被検査物10が3つの構成要素10a,10b,10cから構成され、それぞれを含む3つのサブ領域11〜13に分割)し、電磁界のモデリングから有限要素法と積分方程式法を用いて解析装置30で磁界の状態(磁束密度B)を求め、求められた磁束密度Bと計測装置20で測定された磁束密度Bとを比較して被検査物10の物性値を求めるものである。そのため、解析装置30は、コンピュータ等で構成され、被検査物10の形状等の情報が予め入力される。
【0016】
なお、この物性解析システム1における解析のための電磁界のモデリングは、以下に示すマクスウェルの電磁方程式(1)〜(4)で表される。
【0017】
【数1】

【0018】
この式(1)〜(4)において、B、H、D、E、Jの間には次式(5)〜(8)で示される電磁現象を表す基本方程式の関係がある。
【0019】
【数2】

【0020】
さらに、式(9)で表されるクーロンの法則と式(10)で表されるビオ・サバールの法則から式(11)で示される一次方程式が導出される。
【0021】
【数3】

【0022】
本システムは、まず、上述の計測装置20を用いて被検査物10により発生する漏洩磁束の磁束密度Bを計測する(ステップS1)。次に、被検査物10の物性条件を解析装置30に設定する(ステップS2)。以下に説明するステップはこの解析装置30で実行される。この被検査物10の物性条件とは、被検査物10の物性値の予測値であって、物性値として磁化M、透磁率μ、導電率σ等がある。
【0023】
そして、解析対象の磁界の初期状態を求める(ステップS3)。初期状態では他のサブ領域の影響を考慮せず、サブ領域毎に閉じた自然境界条件(境界面に対して磁束が平行になる条件)でマクスウェルの方程式(1)〜(4)を用いて有限要素法により磁界の状態を求め、その結果からクーロンの法則とビオ・サバールの法則から求められる一次方程式(11)を用いて積分方程式法により各サブ領域の境界条件を求める。
【0024】
次に、複数に分割されたサブ領域毎に、そのサブ領域の中の磁界の状態をマクスウェルの方程式(1)〜(4)を用いて有限要素法により解析する(ステップS4)。このとき、境界条件は上述したステップS3で得られた初期状態から求めた境界条件を用いる。そして、ステップS4で求めた磁束密度Bの収束判定を行い(ステップS5)、収束していれば(繰り返し行うステップS4により求められる前回の結果と今回の結果の差が所定の範囲内にあると判断されると)、後述するステップS7に進む。
【0025】
ステップS5において、各サブ領域の磁界の状態が収束していないと判断される場合は、ステップS6に進み、ステップS4の結果、および、クーロンの法則とビオ・サバールの法則とから求められる一次方程式(11)を用いて積分方程式法で各サブ領域の境界条件を求め、この境界条件をステップS4に適用して解析し、その結果をステップS5で収束判定を行い、各サブ領域の磁界の状態(磁束密度B)が収束するまで上記ステップS4〜S6の処理を繰り返す。
【0026】
ステップS5で収束したと判断されたときは、ステップS4の結果(磁束密度B)と、ステップS1において計測装置20により測定された磁束密度Bとを比較し(ステップS7)、相対誤差の許容範囲内であると判断されるときは、計算を終了し、そのときの物性条件(ステップS2で設定された予測された物性値)を被検査物10の物性値とする。この被検査物10の物性値は、例えば部品であるときはその識別情報(部品の型番等)とともに記憶装置40に記憶される(ステップS10)。
【0027】
一方、ステップS7で磁束密度Bが相対誤差範囲を超えている(許容範囲外である)と判断したときは、ステップS2で設定した物性条件とステップS4における解析結果とを記憶装置40に記憶させ(ステップS8)、最適解が求まるように被検査物10の物性条件(物性値)を変更し(ステップS9)、ステップS2〜S6の処理を繰り返す。なお、最適解となるような物性条件の変更値は、記憶装置40に記憶された物性条件と解析結果を用いて、例えば、反復法やニュートン法により決定される。
【0028】
なお、測定装置20により測定される漏洩磁束の磁束密度Bは、測定環境等により変化するため、数回測定してそれらの測定値(磁束密度B)の各々を用いて解析し物性値の最適解を求める必要がある。このとき、解析対象とする被検査物10の物性値によって測定方法を変えることにより、より正確な物性を得ることができる。例えば、被検査物10の物性値として磁化Mを解析する場合は、電磁石23による磁場を印加せずに、被検査物10を移動させ、数カ所で位置を固定して漏洩磁束を測定して測定値とする。また、被検査物10の透磁率μを解析する場合は、電磁石23により印加される磁場の大きさを変えて漏洩磁束を測定して測定値とする。さらに、被検査物10の導電率σを解析する場合は、電磁石10で磁場を印加した状態で、被検査物10の移動速度を変えて漏洩磁束を数回測定して測定値とする。
【0029】
このように、測定装置20で計測した被検査物10による漏洩磁束(磁束密度B)と上述の解析結果とを比較することにより、簡単な構成で被検査物10の物性値を解析することができる。また、被検査物10が磁場強度のオーダーが異なる要素(図5における10a〜10c)から構成されていたとしても、各々をサブ領域に分割して解析することにより、全体として高い精度の解析結果を得ることができる。また、このような方法による解析を用いると、解析装置30による解析時間を短くすることができ、解析に必要なディスク(メモリ)の容量も少なくすることができる。また、被検査物10の識別情報とともにその解析結果である物性値を記憶装置40に記憶しておくことにより、データベースとして用いることができる。このとき、解析された被検査物10がどの工程にあるときに解析されたか(製造工程や保管工程)を合わせて記憶しておくことにより、これらの情報を装置の設計や性能検査に利用しやすくなる。
【0030】
なお、以上の実施例においては、被検査物10の物性の解析において、この被検査物10の構成要素の各々10a〜10cをサブ領域11〜13に分割した場合を示したが、被検査物10を一つのサブ領域とし、その他の部分を別のサブ領域に分割して解析することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明に係る物性解析システムの構成を示すブロック図である。
【図2】測定装置のサンプルホルダ収納体および枠体の構成を示す図であり、(a)は側断面図であり、(b)は(a)のIIb−IIb断面図である。
【図3】サンプルホルダの構成を示す図であり、(a)はサンプルホルダの斜視図であり、(b)はキャップの斜視図である。
【図4】本発明に係る物性の解析方法を示すフローチャートである。
【図5】物性を解析するときのサブ領域の分割を示す説明図である。
【符号の説明】
【0032】
1 物性解析システム
10 被検査物 20 計測装置 30 解析装置 40 記憶装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検査物の漏洩磁束の磁束密度を計測する計測ステップと、
前記被検査物の予測される物性値を設定し、前記物性値を用いて前記被検査物を含む領域の磁場を解析して磁束密度を求める解析ステップと、
前記計測された磁束密度と、前記解析された磁束密度とが所定の相対誤差範囲内にあるときは、前記予測された物性値を前記被検査物の物性値とする判定ステップとから構成されたことを特徴とする物性の解析方法。
【請求項2】
前記解析ステップが、
前記被検査物を含む領域を複数のサブ領域に分割し、前記予測された物性値を用いて有限要素法により前記サブ領域の磁界の状態を求め、その結果から、積分方程式法により前記サブ領域の境界条件を求める第1のステップと、
前記第1のステップで求められた前記境界条件を用いて、有限要素法により前記サブ領域内の磁界の状態を求める第2のステップと、
前記第2のステップで求められた前記サブ領域内の磁界の状態が収束しているか否かを判定する第3のステップと、
前記第3のステップにおいて、収束していないと判定されたときに、前記第2のステップの結果を用いて、前記サブ領域の境界条件を積分方程式法により求める第4のステップとからなり、
前記第3のステップで前記サブ領域内の磁界の状態が収束するまで前記第1〜第4のステップを繰り返すように構成されたことを特徴とする請求項1に記載の物性の解析方法。
【請求項3】
前記判定ステップにおいて、前記計測された磁束密度と前記解析された磁束密度とが所定の相対誤差範囲外にあるときは、前記被検査物の予測される物性値を変更し、前記解析ステップおよび前記判定ステップを繰り返すことを特徴とする請求項1または2に記載の物性の解析方法。
【請求項4】
前記物性値が、前記被検査物の磁化であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の物性の解析方法。
【請求項5】
前記物性値が、前記被検査物の透磁率であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の物性の解析方法。
【請求項6】
前記物性値が、前記被検査物の導電率であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の物性の解析方法。
【請求項7】
被検査物の漏洩磁束による磁束密度を測定し、請求項1〜6のいずれかに記載の物性の解析方法の計測ステップを実行する計測装置と、
前記計測装置の測定値を用いて、請求項1〜6のいずれかに記載の物性の解析方法の解析ステップおよび判定ステップを実行する解析装置とから構成されることを特徴とする物性解析システム。
【請求項8】
前記計測装置が、前記被検査物を移動させて、前記被検査物の漏洩磁束の磁束密度を時系列的に計測するように構成されたことを特徴とする請求項7に記載の物性解析システム。
【請求項9】
前記解析装置による解析結果を記憶する記憶装置を有することを特徴とする請求項7または8に記載の物性解析システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−163372(P2007−163372A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−362062(P2005−362062)
【出願日】平成17年12月15日(2005.12.15)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】