説明

生体データ測定装置

【課題】試料をATR結晶に確実に接触させて、非侵襲的に生体データを測定すること。
【解決手段】
被験者(H)の生体表面(H1)に接触する接触部(3)と、赤外光源(11)から放出された赤外光(11a)が内部を透過すると共に境界面(14c)で全反射し、前記境界面(14c)が前記生体表面(H1)に接触する生体接触部材(14)と、前記生体表面(H1)を吸引して前記生体接触部材(14)に接触させる吸引装置(17)と、前記生体接触部材(14)を透過した赤外光(11a)を検出する赤外光検出装置(19)と、前記赤外光検出装置(19)で検出された赤外光に基づいて、赤外スペクトルを測定する赤外スペクトル測定手段(C4)と、備えた生体データ測定装置(1)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験者の脂質、タンパク質、糖質等の生体データを測定する生体データ測定装置に関し、特に、採血や粘膜の採取等を行わない非侵襲的に生体データを測定する生体データ測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、人間等の被験者の健康診断や代謝、異常等の診断を行う際には、採血や採尿、粘膜の採取等を行って、採取された血液等から脂質やタンパク質、糖質の量を測定し、診断を行っていた。しかし、採血や粘膜等の採取には手間がかかると共に、被験者に心理的抵抗感がある。したがって、採血等の侵襲的な測定方法ではなく、非侵襲的な測定方法で、脂質、タンパク質等の測定が行われることが望まれている。
非侵襲的に脂質等を測定する技術として、下記の特許文献1,2記載の技術が知られている。
【0003】
特許文献1(特開平6−27019号公報)には、ATR分光法(全反射減衰分光法、attenuated total reflection spectroscopy)を利用して、ATR結晶としてのZnSe製の棒状体を被験者が口にくわえた状態で、棒状体の内部に赤外線を照射することで、透過した赤外光の赤外スペクトルを分析することで、被験者の口腔内の粘膜に浸出した脂質等を測定する技術が記載されている。
特許文献2(特開2003−42952号公報)には、ATR分光法を使用して、非侵襲的に測定する装置において、ATR結晶(接触薄膜22)を有するプローブ21がフレキシブルな赤外光ケーブル27で接続され、ATR結晶を自由に動かして、ATR結晶を被験者の口腔粘膜に接触させて、測定を行う技術が記載されている。
【0004】
【特許文献1】特開平6−27019号公報(「0015」〜「0017」、「0023」〜「0026」、図4〜図8)
【特許文献2】特開2003−42952号公報(「0071」、「0102」〜「0120」、図1〜図3)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
(従来技術の問題点)
前記特許文献1では、棒状体を被験者がくわえる必要があり、被験者に心理的抵抗感があると共に、くわえ方が不十分であると、棒状体と粘膜との接触が不十分となる。ATR結晶の表面で赤外光が全反射する際の赤外光の潜り込みを利用するATR分光法では、一般的にATR結晶に圧力を加えて試料を押し当てることで、十分に接触した状態で測定しており、棒状体と粘膜との接触が不十分であると、十分に測定ができないことがあるという問題がある。
前記特許文献2では、プローブ21がフレキシブルな赤外光ケーブル27で自由に動かすことが可能となっており、ATR結晶を口腔粘膜に接触させることができるが、やはり、ATR結晶と口腔粘膜との接触が不十分であると、十分に測定できないことがあるという問題がある。
【0006】
また、特許文献1記載の技術では、測定された赤外吸収スペクトルデータから糖質のOH基や脂肪酸のメチレン基(CH=)等の検出を行っているが、測定された物質がこれらの結合の有することが検出できるだけで、物質の特定にまでは至っていない。また、特許文献2記載の技術では、脂質関連因子、糖関連因子、タンパク質関連因子、遺伝子発現関連印紙、複合因子等の変化因子を使用して、血液中の脂質「量」や糖「量」、遺伝子発現「量」糖の血中生体データを複合的に解析して測定する技術が記載されているが、測定された物質の特定にまでは至っていない。
【0007】
本発明は、前述の事情に鑑み、試料をATR結晶に確実に接触させて、非侵襲的に生体データを測定することを第1の技術的課題とする。
また、本発明は、非侵襲的に測定された生体物質を特定することを第2の技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記技術的課題を解決するために、請求項1記載の発明の生体データ測定装置は、
被験者の生体表面に接触する接触部と、
赤外光を放出する赤外光源と、
前記接触部に配置され且つ、前記赤外光源から放出された赤外光が内部を透過すると共に境界面で全反射し、前記境界面が前記生体表面に接触する生体接触部材と、
前記生体接触部材の近傍に配置され且つ、前記生体表面を吸引して前記生体接触部材に接触させる吸引装置と、
前記生体接触部材を透過した赤外光を検出する赤外光検出装置と、
前記赤外光検出装置で検出された赤外光に基づいて、赤外スペクトルを測定する赤外スペクトル測定手段と、
を備えたことを特徴とする。
【0009】
前記技術的課題を解決するために、請求項2記載の発明の生体データ測定装置は、
被験者の生体表面に接触する接触部と、
赤外光を放出する赤外光源と、
前記接触部に配置され且つ、前記赤外光源から放出された赤外光が内部を透過すると共に境界面で全反射し、前記境界面が前記生体表面に接触する生体接触部材と、
前記生体接触部材を透過した赤外光を検出する赤外光検出装置と、
前記赤外光検出装置で検出された赤外光に基づいて、赤外スペクトルを測定する赤外スペクトル測定手段と、
生体データ毎に予め測定された赤外スペクトルである基準スペクトルを記憶する基準スペクトル記憶手段と、
前記赤外スペクトル測定手段で測定された赤外スペクトルと、前記基準スペクトルとに基づいて、測定された生体表面の生体データを特定する生体データ特定手段と、
を備えたことを特徴とする。
【0010】
請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載の生体データ測定装置において、
前記生体表面としての口唇表面に接触する前記接触部、
を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
請求項1に記載の発明によれば、吸引装置で生体表面を吸引して生体接触部材に接触させることができるため、試料としての生体表面を生体接触部材の一例としてのATR結晶に確実に接触させて、非侵襲的に生体データを測定することができる。
請求項2に記載の発明によれば、非侵襲的に測定された生体物質を特定することができる。
請求項3に記載の発明によれば、皮脂腺のない口唇表面において、口腔粘膜で生体データを測定する場合に比べて、より精度が高く、非侵襲的に生体データを測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
次に図面を参照しながら、本発明の実施の形態の具体例(以下、実施例と記載する)を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
なお、以後の説明の理解を容易にするために、図面において、前後方向をX軸方向、左右方向をY軸方向、上下方向をZ軸方向とし、矢印X,−X,Y,−Y,Z,−Zで示す方向または示す側をそれぞれ、前方、後方、右方、左方、上方、下方、または、前側、後側、右側、左側、上側、下側とする。
また、図中、「○」の中に「・」が記載されたものは紙面の裏から表に向かう矢印を意味し、「○」の中に「×」が記載されたものは紙面の表から裏に向かう矢印を意味するものとする。
なお、以下の図面を使用した説明において、理解の容易のために説明に必要な部材以外の図示は適宜省略されている。
【実施例1】
【0013】
図1は本発明の実施例1の生体データ測定装置の全体説明図である。
図2は生体データ測定装置の要部説明図であり、図2Aは接触部の先端部の要部拡大図、図2Bは図2Aの矢印IIB方向から見た図である。
図1において、本発明の実施例1の生体データ測定装置1は、台上に設置された測定装置本体2と、前記測定装置本体2の前方に突出して形成された接触部3と、を有する。前記測定装置本体2の後端部には、生体データ測定装置1の作動用の電源を供給したり、外部接続機器の一例としてのパーソナルコンピュータPCに測定データを出力したりするための接続ケーブル7が連結されている。前記パーソナルコンピュータPCは、内部にCPU(中央演算処理装置)やメモリ、ハードディスク等の記憶媒体が内蔵されたコンピュータ本体H1と、前記生体データ測定装置1から出力された情報を表示する表示器の一例としてのディスプレイH2と、パーソナルコンピュータPCを操作する入力を行うためのキーボードH3およびマウスH4により構成された入力装置と、を有する。
【0014】
前記測定装置本体2の内部には、生体データ測定装置1を制御する制御回路(コントローラ)Cが配置されており、赤外レーザ11aを放出する赤外光源装置11が配置されており、前記赤外光源装置11の前方には、赤外レーザ11aを2つに分ける干渉計12が配置されている。前記干渉計12としては、たとえば、マイケルソン干渉計等の従来公知の干渉計12を使用可能である。
【0015】
前記干渉計12の前方には、前記接触部3の前部に、赤外レーザ11aを反射する入射光学系13が配置されている。図1,図2において、前記接触部3の前端部には、生体接触部材14が配置されており、前記入射光学系13により反射された赤外レーザ11aが入射する。実施例1の前記接触部材14は、円板状に形成されたATR結晶14aと、ATR結晶14aの内側面と一体的に形成され且つ内側に行くにつれて円板の径が大きくなる円錐台状に形成された集光レンズ14bと、を有する。実施例1では、前記ATR結晶14aは、ダイヤモンド(C)により構成されており、集光レンズ14bは、ダイヤモンド(C)と同様の透過率を有するセレン化亜鉛(ZnSe)により構成されている。なお、接触部材14の構成は、実施例1の構成に限定されず、従来公知の材料、構成のATR結晶を利用可能である。
実施例1では、前記接触部材14の外側境界面14cおよび内側境界面14dで、赤外光11aが全反射するように、赤外光11aの接触部材14への入射角が設定されている。よって、接触部材14に導入された赤外光11aは内部を透過し、被験者Hの口唇H1表面が接触する外側境界面14cと、内側境界面14dとの間で複数回反射した後、接触部材14から放出される。
【0016】
図2A、図2Bにおいて、前記接触部3の前端部には、前記接触部材14を保持する先端部16の外周部に沿って、所定の間隔をあけて配置された複数の吸引口16aが形成されている。図1、図2において、前記測定装置本体2内部には、吸引装置の一例としての吸引ポンプ17が配置されており、前記吸引口16aから空気を吸引するように設定されている。なお、前記吸引ポンプ17は、吸引口16aに弱い吸引力を発生させる程度のものに構成されており、生体表面の一例としての口唇H1表面を接触部材14表面に吸着し且つ吸着された口唇H1で被験者Hが痛みを感じない程度の弱い吸引力に設定されている。なお、吸引口16aから吸引を行うため、測定装置本体2や接触部3、それらの連結部分は、気密に保持されている。
【0017】
図1において、前記入射光学系13の下方には、接触部材14から放出された赤外光11aを反射する反射光学系18が配置されている。前記反射光学系18で反射された赤外光11aは、測定装置本体2内部に配置された赤外光検出装置19で受光され、検出される。
前記符号11〜14、18,19を付した部材により、実施例1のATR結晶を使用したFT−IR(Fourier transform infrared spectroscopy:フーリエ変換赤外分光法)の測定装置、すなわち、ATR装置(11〜14+18+19)が構成されている。
【0018】
図1において、前記測定装置本体2の内部には、可視光21aを照射する可視光源21と、可視光源21からの可視光21aを接触部3の前端部に向けて入射させる可視光入射光学系22と、前記接触部3で反射した可視光21aを反射する可視光反射光学系23と、前記可視光反射光学系23で反射した可視光21aを検出することでATR結晶14aの部分を撮像する撮像装置24とが配置されている。したがって、前記撮像装置24により、ATR分光法で測定している領域の可視画像を撮像できる。
前記測定装置本体2の上部には、ATR分光法による測定を開始する際に押される測定開始キー26とを有する。
【0019】
(実施例1の制御部Cの説明)
図3は実施例1の生体データ測定装置の制御部が備えている各機能を機能ブロック図で示した図である。
前記コントローラCは、いわゆる、コンピュータ装置により構成されており、必要な処理を行うためのプログラムおよびデータ等が記憶されたROM(リードオンリーメモリ)、必要なデータを一時的に記憶するためのRAM(ランダムアクセスメモリ)、前記ROMに記憶されたプログラムに応じた処理を行うCPU(中央演算処理装置)、ならびにクロック発振器等を有するマイクロコンピュータにより構成されており、前記ROMに記憶されたプログラムを実行することにより種々の機能を実現することができる。
【0020】
(前記コントローラCに接続された信号入力要素)
前記コントローラCは、測定開始キー26、赤外光検出装置19、撮像装置24、その他の信号入力要素からの信号が入力されている。
前記測定開始キー26は、利用者や被験者H等により入力があった場合に、入力されたことをコントローラCに通知する。
前記赤外光検出装置19は、入射した赤外光11aを検出する。
前記撮像装置24は、入射した可視光21aを検出することで、撮像する。
【0021】
(前記コントローラCに接続された制御要素)
また、コントローラCは、前記排気ポンプ17や、可視光源21、赤外光源11、その他の制御要素に接続されており、それらの作動制御信号を出力している。
【0022】
(前記コントローラCの機能)
前記コントローラCは、前記信号出力要素からの入力信号に応じた処理を実行して、前記各制御要素に制御信号を出力する機能を有している。
前記構成のコントローラCは、前記ROMに記憶されたプログラムを実行することにより種々の機能を実現することができる。前記コントローラCは、下記の機能手段(プログラムモジュール)を有する。
【0023】
C1:排気制御手段
排気制御手段C1は、前記排気ポンプ17を制御して、吸引口16aからの気体の吸引を制御する。なお、実施例1の排気制御手段C1は、生体データ測定装置1の電源オンにより排気ポンプ17により気体の吸引を開始する。
C2:可視画像撮像手段
可視画像撮像手段C2は、撮像装置24から入力された信号に基づいて、接続部3の先端部の画像(可視像)を撮像する。実施例1の可視画像撮像手段C2は、生体データ測定装置1の電源オンにより、可視光源21を制御して可視光を照射させ、可視画像を撮像する。
C3:可視画像表示手段
可視画像表示手段C3は、可視画像撮像手段C2で撮像された接続部3の先端部の画像(可視像)をディスプレイH2に表示する。
【0024】
C4:赤外スペクトル測定手段
赤外スペクトル測定手段C4は、前記赤外光検出装置19で検出された赤外光に基づいて、赤外スペクトルを測定する。実施例1の赤外スペクトル測定手段C4は、分光計12により干渉波となり、ATR結晶14aを透過した赤外光11aを高速フーリエ変換(いわゆるFFT、Fast Fourier Transform)演算により、各周波数成分の赤外スペクトルを測定する。なお、実施例1の赤外スペクトル測定手段C4は、測定開始キー26の入力に応じて、赤外光源11を作動させて、赤外スペクトルの測定を開始する。
C5:基準スペクトル記憶手段
基準スペクトル記憶手段C5は、口唇H1表面で検出される生体物質の一例としての脂肪酸(DHAやリノール酸、オレイン酸等)毎に予め測定された赤外スペクトルである基準スペクトルを記憶する。なお、基準スペクトルについては、図7で後述する。
【0025】
C6:生体物質特定手段
生体物質特定手段C6は、前記赤外スペクトル測定手段C4で測定された赤外スペクトルと、前記基準スペクトルとに基づいて、測定された口唇H1表面の脂肪酸を特定する。
C7:測定結果表示手段
測定結果表示手段C7は、赤外スペクトル手段C4により測定された赤外スペクトルと、生体物質特定手段C6により特定された生体物質の一例としての脂肪酸の名前をディスプレイH2に表示する。
【0026】
(実施例1の作用)
前記構成を備えた実施例1の生体データ測定装置1では、被験者Hの口唇H1の赤外スペクトルを測定する際に、吸引ポンプ17により口唇H1が吸引され、ATR結晶14a表面に接触する。したがって、口唇H1が確実にATR結晶14aに吸着した状態で、赤外スペクトルを測定することができる。そして、測定された赤外スペクトルと、予め測定された基準スペクトルとを比較することにより、測定された脂肪酸が特定される。
なお、実施例1で赤外スペクトルの測定が行われる口唇H1には皮脂腺がなく、口腔粘膜で測定を行う特許文献1,2の場合に比べて、口唇に血液中から浸み出した脂質、タンパク質、糖質等が、水分や皮脂の影響が少ない状態で測定できる。
【0027】
よって、例えば、不飽和脂肪酸の一例としてのDHA(docosahexaenoic acid:ドコサヘキサエン酸)を被験者Hが摂取後、血中から浸出するDHAに対応する赤外スペクトルを測定することで、被験者Hの不飽和脂肪酸の体内へ吸収されて浸出するまでの時間や、浸出してきたDHAが体内に再吸収されるまでの時間、すなわち、代謝を非侵襲的に測定できる。浸出するまでの時間や再吸収されるまでの時間を測定することにより、被験者Hに適した不飽和脂肪酸の摂取の間隔や量を診断することができ、被験者Hとって適切な薬剤の間隔や量を処方することができる。
また、例えば、脂質の一例としてのコレステロールの量の時間変化を測定することにより、健康診断を行うことができ、成人病の診断や治療法の指示を行うことができる。
【0028】
(実験例)
ここで、実施例1の生体データ測定装置1で、脂質等の測定が可能であるか否かを確認するために、実験を行った。
(実験例1)
実験例1では、不飽和脂肪酸の一例としてのDHA(600mg)が添加されたヨーグルト(100g)を摂取した50代男性の被験者Hについて、口唇H1で赤外スペクトルを測定した。測定は、午前6時30分に摂取し、摂取3時間後(午前9時30分)、摂取5時間後(午前11時30分)、摂取7時間後(13時30分)に測定を行った。
【0029】
図4は実験例1の実験結果の一例としてのDHA摂取3時間後の赤外スペクトルの説明図である。
図5は図4に示す赤外スペクトルの不飽和脂肪酸に対応するスペクトル成分近傍の二次微分スペクトルの時間変化の説明図である。
図4において、測定された赤外スペクトル(吸収スペクトル)において、摂取3時間後、摂取5時間後、摂取7時間後に不飽和脂肪酸としてのDHAに対応する波数3014[cm−1]の近傍のスペクトルについて、スペクトルの波形のピークを鋭く(明確に)させるために二次微分スペクトルを演算すると、図5に示す結果となる。図5に示すように、吸収スペクトルの凹んだ部分、すなわち物質を検出した部分は、摂取3時間後では波数3010[cm−1]であり、摂取5時間後では波数3014[cm−1]程度にシフトし、摂取7時間後では波数3007[cm−1]に戻る。すなわち、摂取3時間後には、DHAが検出されなかったが、摂取5時間後にDHAが検出され(すなわち、口唇表面に浸出し)、摂取7時間後には再びDHAが検出されなくなった(すなわち、体内に再吸収された)ことがわかった。
【0030】
図6はコレステロール類に対応するスペクトル成分近傍の赤外スペクトルの説明図である。
(実験例2)
実験例2では、生体データ測定装置1のコレステロール類に対応する波数954[cm−1]について、コレステロールエステルの試料(図6の実線参照)と、60歳代の6人の通常の状態の生体データを測定した。
図6において、通常の被験者Hでは、コレステロール類にピークが測定されなかったが、コレステロール類(脂質)の試料では、対応する波数954[cm−1]において、二次微分スペクトルの凹んだ部分が検出された。したがって、測定された赤外スペクトルの波数954[cm−1]近傍のスペクトル成分において、測定された赤外スペクトルの二次微分スペクトル(図6の破線や一点鎖線等参照)と、コレステロール類の試料の基準スペクトル(図6の実線参照)とを比較することにより、生体物質の一例としての脂質が検出されたか否か、あるいは、脂質が多いか否かを検出することが可能であることが確認された。
【0031】
(実験例3)
実験例3では、脂肪酸の基準スペクトルについて実験を行った。実験例3では、以下の実験試料3−1〜実験試料3−7について、市販のATR分析装置を使用して、ATR分光法で赤外スペクトルの二次微分スペクトルを測定した。
実験試料3−1として、市販の魚油、すなわち、EPA(eicosapentaenoic acid:エイコサペンタエン酸、トリグリセリドC20:5 n−3)・DHAオイルを使用した。なお、「トリグリセリドC20:5 n−3」は、炭素原子の数が20個で、二重結合の数が5つ、脂肪酸の端から3番目の位置に二重結合があるトリグリセリドを意味する。また、実験試料3−1ではEPAとDHAの比率は4:1であった。
実験試料3−2として、DHAオイル(トリグリセリドC22:6 n−3)を使用した。
実験試料3−3として、アラキドン酸(トリグリセリドC20:4 n−6)を使用した。
実験試料3−4として、アルファリノレン酸(トリグリセリドC18:3 n−3)を使用した。
実験試料3−5として、ガンマリノレン酸(トリグリセリドC18:3 n−6)を使用した。
実験試料3−6として、リノール酸(トリグリセリドC18:2 n−6)を使用した。
実験試料3−7として、オレイン酸(トリグリセリドC18:1)を使用した。
実験結果を図7に示す
【0032】
図7は実験例3の実験結果の説明図であり、波数3010近傍の二次微分スペクトルグラフである。
図7において、実験試料3−1では、凹みのピークが3012.6[cm−1]に観測された。
実験試料3−2では、凹みのピークが3013.4[cm−1]に観測された。
実験試料3−3では、凹みのピークが3011.7[cm−1]に観測された。
実験試料3−4では、凹みのピークが3010.4[cm−1]に観測された。
実験試料3−5では、凹みのピークが3010.3[cm−1]に観測された。
実験試料3−6では、凹みのピークが3008.8[cm−1]に観測された。
実験試料3−7では、凹みのピークが3005.3[cm−1]に観測された。
したがって、基準スペクトルとして、実験3で得られたスペクトル、あるいは、二次微分スペクトルのピークの波数を記憶し、観測された凹みのピークと基準スペクトルとから、検出された不飽和脂肪酸の組成の予測が可能であることが確認された。
【0033】
(実験例4)
実験例4では、DHAの代謝について実験を行った。実験は、600mgのDHAを添加したトリグリセリド強化ヨーグルト100gを摂取し、一定時間後に口唇H1で脂質および脂肪酸の分析を行った。また、実験は、20歳代前半(22歳〜25歳)の男子学生12名と、60歳代(60歳〜63歳)の男性6名を対象として、DHA強化ヨーグルトと、コントロール(対照実験)として大豆油強化ヨーグルトと、を摂取してもらい、口唇表面の赤外スペクトルの時間変化を測定した。
DHA強化ヨーグルトに関する実験結果を図8に示す
【0034】
図8は実験例4の実験データの説明図であり、横軸に経過時間、縦軸にDHA相対強度DRI(DHAの相対的なスペクトル強度)をとった実験データである。
なお、前記DRI(DHA-Relative intensity)は、DRI=(([3010]×2+[3022])/3−[3014])/([2979]−[2960])で定義され、ここで[3010]は波数3010cm−1の赤外スペクトルの強度を指す。
図8において、20歳代男性について、時間間隔をあけて3回ずつ計36回測定を行った結果を図8中の●で表示し、60歳代の男性については6回ずつ計36回測定を行った結果を図8中の■で表示する。図8の実験結果から、20歳代の男性では、DHAが摂取2時間後頃には既に観測され、4〜5時間後には再吸収されている。一方、60歳代の男性では、4時間後程度で一度にDHAが観測され、その後、7時間後程度にもう一度DHAが観測される傾向があることがわかった。したがって、DHAの浸出、再吸収といった代謝と年齢との相関関係が観測された。
【0035】
図9は実験例4の大豆油強化ヨーグルトを摂取した対照実験の実験結果の説明図であり、横軸に経過時間、縦軸にDHA相対強度DRI(DHAの相対的なスペクトル強度)をとった実験データである。
図9において、コントロールとしての大豆油強化ヨーグルトを摂取した被験者Hでは、20歳代では摂取3時間半程度でピークが検出され、60歳代では、摂取5時間程度でピークが検出された。これは、大豆油の消化吸収時に変換されたアラキドン酸が検出されたためであると考察される。よって、DHAの場合ほどではないが、代謝と年齢の相関関係が観測され、代謝を測定して年齢(推定代謝年齢)を出したい場合は、DHAを使用した方がより好ましいことが確認された。
【0036】
図10は実験例4の60代の被験者の実験結果であり、図10A、図10Bおよび図10Cは非喫煙者の実験結果、図10D、図10Eおよび図10Fは喫煙者の実験結果であって、横軸に経過時間、縦軸にDHA相対強度DRIをとった実験データである。
図10において、図8で示した実験結果から、6人の60歳代の被験者Hのそれぞれの実験結果を図10A〜図10Fに示す。図10A〜図10Cにおいて、60歳代の被験者Hのうち、非喫煙者の被験者三名の実験結果では、DHA強化ヨーグルト摂取後、2〜3時間後は、検出されるDHAが増加し(多く浸出し)、その後減少し(体内に再吸収され)、7時間後に再び上昇する傾向があることがわかった。一方、図10D〜図10Fにおいて、喫煙者の被験者三名の実験結果では、摂取後2〜3時間後では、検出されるDHAが減少する傾向があり、その後上昇する傾向があることがわかった。したがって、図10の実験結果から、喫煙の有無が代謝に何らかの影響を及ぼすことが示唆されている。
【0037】
(変更例)
以上、本発明の実施例を詳述したが、本発明は、前記実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内で、種々の変更を行うことが可能である。本発明の変更例(H01)〜(H07)を下記に例示する。
(H01)前記実施例において、可視画像を撮像する可視光源21や光学系22,23、撮像装置24を設けたが、省略することも可能である。
(H02)前記実施例において、測定位置として、被験者Hの口唇H1を例示したが、測定位置は口唇H1に限定されず、赤外光を照射可能な位置であれば、任意の位置とすることが可能である。例えば、頬や額等の皮膚において測定をすることも可能である。
【0038】
(H03)前記実施例において、吸引口16aの形状や個数は任意に変更することが可能である。
(H04)前記実施例において、生体データ測定装置1は、台上に設置する構成としたが、この構成に限定されず、キャスター付きの台座に支持する構成とすることも可能である。
(H05)前記実施例において、撮像した画像や測定した赤外スペクトルをパーソナルコンピュータPCのディスプレイH2に表示する構成としたが、この構成に限定されず、例えば、パーソナルコンピュータ本体H1を省略して、ディスプレイH2に直接接続して表示するように構成することも可能である。また、測定装置本体2に内蔵した各処理手段C1〜C7をコンピュータ本体H1側に設け、入力装置H3,H4からの入力で測定装置本体2を制御するように構成することも可能である。
【0039】
(H06)前記実施例において、吸引装置の一例としての吸引ポンプを例示したが、この構成に限定されず、例えば、気体を移送する送風ファン等を使用して吸引することも可能である。
(H07)前記実施例において、基準スペクトルとして脂肪酸を例示したが、脂肪酸に限定されず、その他の生体物質、例えば、タンパク質や糖質の基準スペクトルを予め測定し、記憶しておくことも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0040】
前記本発明の生体データ測定装置は、脂質や脂肪酸だけでなく、赤外スペクトルにおいて、タンパク質や糖質等の生体データに対応する各成分に着目することで、タンパク質や糖質の量の多寡や時間変化を測定することが可能となる。したがって、採血や採尿等を行わずに非侵襲的に、脂質、タンパク質、糖質を測定でき、例えば、個人が毎日これらのデータを蓄積することにより、健康状態の変化を判別する(すなわち、健康診断をする)ことができ、成人病予防、悪性腫瘍の早期発見等に使用することが期待できる。
また、例えば、複数の被験者の生体データを蓄積し、平均あるいは健康な被験者の生体データの範囲を統計的に算出し、生体データ測定装置で測定を行った被験者の生体データと比較することで、被験者が健康であるか否か、すなわち健康診断を行うことができる。
さらに、口唇H1に限定されず、例えば、皮膚の表面の脂質等の生体データを測定し、蓄積した統計的データと比較することで、被験者の肌の状態(肌荒れや、肌年齢等)を判別することも期待できる。この場合、例えば、肌の状態に適した薬の処方や、口紅や化粧水等の化粧品を選択する基準の一助とすることができる。また、生体データ測定装置で測定した肌に関する基礎データ(生体データ)を使用して、肌に適した化粧品の開発を行うことも期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】図1は本発明の実施例1の生体データ測定装置の全体説明図である。
【図2】図2は生体データ測定装置の要部説明図であり、図2Aは接触部の先端部の要部拡大図、図2Bは図2Aの矢印IIB方向から見た図である。
【図3】図3は実施例1の生体データ測定装置の制御部が備えている各機能を機能ブロック図で示した図である。
【図4】図4は実験例1の実験結果の一例としてのDHA摂取3時間後の赤外スペクトルの説明図である。
【図5】図5は図4に示す赤外スペクトルの不飽和脂肪酸に対応するスペクトル成分近傍の二次微分スペクトルの時間変化の説明図である。
【図6】図6はコレステロール類に対応するスペクトル成分近傍の赤外スペクトルの説明図である。
【図7】図7は実験例3の実験結果の説明図であり、波数3010近傍の二次微分スペクトルグラフである。
【図8】図8は実験例4の実験データの説明図であり、横軸に経過時間、縦軸にDHA相対強度(DHAの相対的なスペクトル強度)をとった実験データである。
【図9】図9は実験例4の大豆油強化ヨーグルトを摂取した対照実験の実験結果の説明図であり、横軸に経過時間、縦軸にDHA相対強度DRI(DHAの相対的なスペクトル強度)をとった実験データである。
【図10】図10は実験例4の60代の被験者の実験結果であり、図10A、図10Bおよび図10Cは非喫煙者の実験結果、図10D、図10Eおよび図10Fは喫煙者の実験結果であって、横軸に経過時間、縦軸にDHA相対強度DRIをとった実験データである。
【符号の説明】
【0042】
1…生体データ測定装置、
3…接触部、
11…赤外光源、
11a…赤外光、
14…生体接触部材、
14c…境界面、
17…吸引装置、
19…赤外光検出装置、
C4…赤外スペクトル測定手段、
C5…基準スペクトル記憶手段、
C6…生体物質特定手段、
H…被験者、
H1…生体表面,口唇表面。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の生体表面に接触する接触部と、
赤外光を放出する赤外光源と、
前記接触部に配置され且つ、前記赤外光源から放出された赤外光が内部を透過すると共に境界面で全反射し、前記境界面が前記生体表面に接触する生体接触部材と、
前記生体接触部材の近傍に配置され且つ、前記生体表面を吸引して前記生体接触部材に接触させる吸引装置と、
前記生体接触部材を透過した赤外光を検出する赤外光検出装置と、
前記赤外光検出装置で検出された赤外光に基づいて、赤外スペクトルを測定する赤外スペクトル測定手段と、
を備えたことを特徴とする生体データ測定装置。
【請求項2】
被験者の生体表面に接触する接触部と、
赤外光を放出する赤外光源と、
前記接触部に配置され且つ、前記赤外光源から放出された赤外光が内部を透過すると共に境界面で全反射し、前記境界面が前記生体表面に接触する生体接触部材と、
前記生体接触部材を透過した赤外光を検出する赤外光検出装置と、
前記赤外光検出装置で検出された赤外光に基づいて、赤外スペクトルを測定する赤外スペクトル測定手段と、
生体表面で検出される生体物質毎に予め測定された赤外スペクトルである基準スペクトルを記憶する基準スペクトル記憶手段と、
前記赤外スペクトル測定手段で測定された赤外スペクトルと、前記基準スペクトルとに基づいて、測定された生体表面の生体物質を特定する生体物質特定手段と、
を備えたことを特徴とする生体データ測定装置。
【請求項3】
前記生体表面としての口唇表面に接触する前記接触部、
を備えたことを特徴とする請求項1または2に記載の生体データ測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−183636(P2009−183636A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−29542(P2008−29542)
【出願日】平成20年2月8日(2008.2.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007年8月31日〜9月1日 日本脂質栄養学会主催の「日本脂質栄養学会 第16回大会」に文書をもって発表
【出願人】(304019399)国立大学法人岐阜大学 (289)
【出願人】(593230855)株式会社エス・テイ・ジャパン (13)
【Fターム(参考)】