説明

男性の生殖能力低下の診断および治療のための方法ならびに薬理学的組成物

本発明は、精細胞に対する細胞外DNAの影響の減少を引き起こす物質を含む、男性の生殖能力低下の治療のための医薬組成物を提供する。この物質は、例えば、DNアーゼのようなDNAを分解する酵素、細胞遊離DNAと精細胞表面受容体との相互作用を遮断する物質、DNAに結合する物質、内因性精細胞DNアーゼを阻害する物質、DNAが精細胞表面受容体に結合することにより媒介されるシグナル伝達経路の構成要素を阻害する物質、または精細胞に対する細胞遊離DNAの避妊効果の減少を引き起こす内因性物質の産生を促進する物質であってよい。本発明はまた、本発明の医薬組成物を投与することを含む、男性の生殖能力低下を治療する方法を提供する。本発明はさらに、男性対象における生殖能力の状態を判定する方法、生殖補助方法、生殖補助医療技術(ART)を選択する方法、および生殖補助医療技術において用いるために精細胞群の精細胞を選別する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方法および薬理学的組成物、より詳細には、男性(male)の生殖能力低下の診断および治療に用いるための方法ならびに薬理学的組成物に関する。
【0002】
先行技術文献のリスト
下記は、本発明を理解するのに適切であると思われる先行技術文献のリストである。これらの文献は、本明細書において、下記のリストに示される文献番号を括弧内に時折表示することにより認識されるであろう。
1. Isidori A, Latini M, Romanelli F.(l) Isidori A, Latini M, Romanelli F. Treatment of male infertility. Contraception. 2005 Oct;72(4):314-8.
2. Kerin JFP, Peek J, Warms GM, Kirby C, Jeffrey R, Matthews CD, Cox LW (1984) Improved conception rate after intrauterine insemination of washed spermatozoa from men with poor quality semen. Lancet 1:533-534.
3. Ombelet W, Puttemans P, Bosnians E (1995) Intrauterine insemination: a first step procedure in the algorithm of male subfertility treatment. Hum Reprod 10:90-102.
4. Hinting A, Comhaire F, Vermeulen L, Dhont M, Vermeulen A, Vandekerckhove D (1990) Possibilities and limitations of techniques of assisted reproduction for the treatment of male infertility. Hum Reprod 5:544-548.
5. Comhaire F, Milingos S, Liapi A, Gordts S, Campo R, Depypere H, Dhont M, Schoonjans F (1995) The effective cumulative pregnancy rate of different modes of treatment of male infertility. Andrologia 27:217-221.
6. Palermo GD, Cohen J, Alikani M, Adler A, Rozenwaks Z (1995) Intracytoplasmic sperm injection: a novel treatment for all forms of male factor infertility. Fertil Steril 63:1231-1240.
7. Bartoov B, Berkovitz A, Eltes F. Selection of spermatozoa with normal nuclei to improve the pregnancy rate with intracytoplasmic sperm injection. N Engl J Med. 2001 Oct 4;345(14):1067-8.
8. Bartoov B, Berkovitz A, Eltes F, Kogosovsky A, Yagoda A, Lederman H, Artzi S, Gross M, Barak Y. Pregnancy rates are higher with intracytoplasmic morphologically selected sperm injection than with conventional intracytoplasmic injection. Fertil Steril. 2003 Dec;80(6):1413-9.
9. Berkovitz A, Eltes F, Lederman H, Peer S, Ellenbogen A, Feldberg B, Bartoov B. How to improve IVF-ICSI outcome by sperm selection. Reprod Biomed Online. 2006 May;12(5):634-8.
10. WHO laboratory manual for the examination of human semen and sperm-cervical mucus interaction. Fourth edition 1999. World Health Organization. Cambridge university press.
11. Aitken RJ. Sperm function tests and fertility. Int J Androl. 2006 Feb;29(l):69-75; discussion 105-8.
12. Bartoov B, Berkovitz A, Eltes F, Kogosowski A, Menezo Y, Barak Y. Real-time fine morphology of motile human sperm cells is associated with IVF-ICSI outcome. J Androl. 2002 Jan-Feb;23(l):l-8.
13. Spadafora C. Sperm cells and foreign DNA: a controversial relation. Bioessays. 1998 Nov;20(ll):955-64.
14. Shak S, Capon DJ, Hellmiss R, Marsters SA, Baker CL. Recombinant human DNase I reduces the viscosity of cystic fibrosis sputum. Proc Natl Acad Sci USA 1990; 87: 9188-92.
【背景技術】
【0003】
今日、西洋では、およそ5組に1組のカップルの生殖能力が低下している。生殖能力の低下は、避妊をしていないのに1年以上にわたって妊娠に至ることができない状態と定義される。生殖能力が低下しているすべてのカップルのうちおよそ半分において、男性の生殖能力低下が観察され、このようなカップルのうちほぼ40%において、生殖能力の低下は男性側の要因のみに原因がある。
【0004】
男性の生殖能力の状態は、精液を分析することによって評価される。「通常の精液分析」として知られる最も一般的な分析は、射精液中に存在する精子の数、運動性(および/または漸進運動性)精子の割合、ならびに形態学的に正常な細胞の割合についての情報を提供する。男性の生殖能力低下は通常、精子産生の低下(乏精子症)、精子運動性の低下(精子無力症)、および精子の異常形態(奇形精子症)のうちの1つ以上と関連する。これらの3つの欠陥のすべてからなる組合せ(乏精子−精子無力−奇形精子症、OAT症候群)は、男性の生殖能力低下の最も一般的な原因である。精子の濃度、運動性、および正常な形態が増加すれば、妊娠の確率は増加する。世界保健機関(WHO)は、精液サンプルが正常であるかまたは異常であるかを分類するための、これらのパラメーターについての閾値を具体的に示すガイドラインを提案している(10)。
【0005】
しかしながら、通常の精液分析には限界があり、その結果として、かなり多くの割合の患者が示す生殖能力低下については説明されていない。診断を精密にするために、ヒト精液の受精の可能性についてより多くの情報を提供するさらなる検査が開発されている。これらの検査には、様々な精細胞機能試験(11)、「運動性精子細胞小器官形態検査(motile sperm organelle morphology examination)」(MSOME, 12)という機能性形態検査、および精細胞におけるDNA損傷の程度を調べる検査(例えば、精子核クロマチン構造解析(SCSA, 11)が含まれる。
【0006】
いくつかの場合においては、男性の生殖能力低下の原因が知られている。これらには、精索静脈瘤、ホルモン障害、感染症、免疫性不妊症、精管閉塞、および停留精巣が含まれる。現在の内科的および外科的治療法は、これらの症状に対して用いることができる(1)。しかしながら、男性の生殖能力低下の多くの場合においては、その原因が知られていない。これらの場合においては、生殖能力が低下している男性に対して、しばしば特別な基準で、様々な治療法が適用され得る。これらの治療法には、抗エストロゲン剤、アロマターゼ阻害剤、アンドロゲン剤、FSH、ペントキシフィリン、アルギニン、カルニチン、グルタチオン、ビタミン剤(A、CおよびE)、ならびに微量金属(亜鉛、セレン)が含まれる(1)。
【0007】
男性不妊症の治療後相当期間経過しても妊娠に至らない場合や、診断測定値が生殖能力状態に改善する可能性がないことを示している場合には、生殖補助医療技術(ART)が検討され得る。様々な生殖補助医療技術を用いて、下部および上部女性生殖管ならびに卵子外殻の遊走障壁の一部または全部を回避することにより、精子の受精可能性を高める。今日では一般的であるARTには、子宮内人工授精法(IUI, 2, 3)、標準的な体外受精(IVF, 4, 5)、およびIVF-卵細胞質内精子注入法(IVF-ICSI, 6)が含まれる。ICSIの改良法は、「卵細胞質内形態選別注入法(intracytoplasmic morphologically selected injection)」として知られる技術であり(IMSI, 7-9)、この方法では運動性精子の微細な形態が高倍率顕微鏡で検査され、最良の核形態を示す精子がICSIに用いるために選別される。
【0008】
多くの種に由来する精細胞が、in vitroにおいて外因性DNAと結合してこれを取り込むことが示されている(13)。DNAの結合は、精細胞表面に存在するCD4およびMHC II分子によって少なくとも部分的に媒介され、精液中に存在する糖タンパク質IF−1によって拮抗される。精子と細胞外の細胞遊離DNAとの相互作用によって、精子ゲノムDNAを切断するDNアーゼなどの細胞内ヌクレアーゼが活性化され、その結果としてアポトーシスに似た細胞死プロセスに至る。
【0009】
1965年以来、ウシDNアーゼが臨床で用いられてきた。これは、旧ソビエト連邦諸国において、ヘルペスおよびアデノウイルスなどのDNAウイルスによって引き起こされる感染症を治療するのに用いられている。DNアーゼはウイルスDNAをモノおよびオリゴヌクレオチドに分解すると考えられている。この薬物療法は通常、単純疱疹2型(性器ヘルペス)感染症、単純ヘルペスウイルスを原因とする眼ヘルペス感染症、帯状疱疹感染症、気管支炎および肺炎のような気道の炎症、ならびに結核を治療するのに用いられる。これらの適用については、この薬剤は、筋肉内注射、吸入により、または点眼剤として投与される。組換えヒトDNアーゼIは、臨床で用いられる別のDNアーゼである。これは、嚢胞性線維症(CF)の患者を治療するために吸入によって投与される、FDAによって認可された医薬品である。これらの患者では、気道において粘液性の化膿性分泌物が滞留することにより、肺機能の低下と感染症の悪化との両方が引き起こされる。肺の化膿性分泌物には、感染に応答して集まる白血球を分解することにより放出される、高濃度の細胞外DNAが含まれる。DNアーゼIは、CF患者の痰に含まれるDNAを加水分解し、痰の粘弾性を低下させる(14)。
【発明の概要】
【0010】
本発明は、男性の血液循環中に存在する高濃度の細胞遊離デオキシオリゴヌクレオチドが生殖能力低下と関連していること、および外因性の細胞遊離DNAを投与すると精子の質が低下し生殖能力低下を引き起こすこと、という新規で予期しなかった発見に基づいている。このように、本発明者らは、生殖能力が低下している男性にDNアーゼを投与することにより、精液の質および受精可能性を向上させることができることを見出した。
【0011】
本発明の第1の態様によれば、男性の生殖能力低下を治療するための医薬組成物が提供される。本発明の医薬組成物は、精細胞に対する細胞遊離デオキシリボ核酸分子の影響を遮断する物質、または精細胞に対する細胞遊離デオキシリボ核酸分子の影響を遮断する内因性物質の産生を誘導する物質のいずれかを含む。例えば、膵臓および耳下腺は刺激されて、より高濃度のDNアーゼを分泌し得る。膵臓および耳下腺の刺激は、InsP3受容体を活性化するイノシトール1,4,5-トリスホスファート(InsP3)を用いることによって、またはリアノジン受容体を活性化するCa2+によって及ぼされ得る。これらの2つの受容体を活性化することにより、腺房細胞へのCa2+放出が引き起こされ、これらの器官からの分泌が開始される。本発明の医薬組成物は、医薬上許容可能な担体をさらに含む。
【0012】
本発明の第2の態様によれば、精細胞に対する細胞遊離デオキシリボ核酸分子の影響を遮断する物質、または精細胞に対する細胞遊離デオキシリボ核酸分子の影響を遮断する内因性物質の産生を誘導する物質を投与することを含む、男性を治療する方法が提供される。
【0013】
より好ましい態様によれば、上記物質はタンパク質、好ましくは、体液中の細胞遊離デオキシリボ核酸分子の濃度に影響を及ぼす酵素である。この態様によれば、酵素は好ましくは、デオキシリボヌクレアーゼ(DNアーゼ)である。DNアーゼは、エンドデオキシリボヌクレアーゼまたはエキソデオキシリボヌクレアーゼであってよい(エンドデオキシリボヌクレアーゼがデオキシリボ核酸分子の内側を開裂させるのに対し、エキソデオキシリボヌクレアーゼはデオキシリボ核酸分子の3’末端または5’末端のいずれか一方の末端から開裂させる。)。
【0014】
多種多様のDNアーゼが知られており、これらは、その基質特異性、化学的機構、および生物学的機能が異なる。本発明に利用可能なDNアーゼの非制限的な例は、DNアーゼI、DNアーゼII、DNアーゼγ、カスパーゼで活性化されるDNアーゼ(CAD)、L−DNアーゼII、DHPIIである。本発明の好ましい態様によれば、DNアーゼはDNアーゼIである。DNアーゼは、動物、植物、細菌、ウイルス、酵母、もしくは原生動物に由来するDNアーゼであってよく、または組換えDNアーゼ、好ましくはヒトDNアーゼであってよい。
【0015】
本発明の別の態様によれば、上記物質は、精細胞表面受容体に結合するデオキシリボ核酸分子の能力を妨げる分子であってよい。これらの分子は、受容体に結合して受容体を遮断する分子、またはデオキシリボ核酸分子に結合して遮断する分子であってよい。受容体を遮断する分子は、低分子量の分子(例えばデオキシリボヌクレオチド二量体、ホスホデオキシリボシル パイロホスファート(PdRPP)、デオキシリボヌクレオチド、または金属イオン)であってもよいし、高分子量の分子(例えばペプチド、ポリペプチド、タンパク質、抗体、または糖タンパク質)であってもよい。好ましい態様において、この分子は、糖タンパク質IF−1、または細胞遊離DNAと精細胞受容体との相互作用を遮断することができるその類似体である。デオキシリボ核酸分子に結合して遮断する分子は、ペプチド、ポリペプチド、タンパク質、DNA結合タンパク質、核タンパク質(ヒストン、プロタミンなど)、または抗体であってよい。デオキシリボ核酸分子はまた、精細胞タンパク質の表面と受容体ではない脂質とに結合することにより、有害な作用を及ぼし得る。この場合において、上記物質は、この結合を妨げる分子であってよい。
【0016】
本発明の別の態様によれば、上記物質は、精細胞表面受容体へのデオキシリボ核酸分子の結合により生じるシグナル伝達経路における段階を遮断する分子であってよい。この物質は、低分子量化合物であってもよいし、またはポリマー(例えばZVADおよびbcl−2タンパク質ファミリーのようなカスパーゼ阻害剤、もしくはカスパーゼ ドミナントネガティブタンパク質)であってもよい。
【0017】
細胞遊離DNAによって引き起こされる精細胞の損傷は、精細胞内におけるDNアーゼ活性の上昇を伴い得る。従って、本発明の別の態様によれば、本発明の医薬組成物は、精細胞内の内因性DNアーゼの活性を阻害するDNアーゼ阻害剤を含み得る。この物質は、低分子量化合物またはポリマーであってよい。好ましい物質には、アウリントリカルボン酸(ATA)、クエン酸、またはこれらの機能性類似体が含まれる。
【0018】
本組成物は、この物質と組み合わせて、医薬上許容可能な担体を含み得る。用語「医薬上許容可能な担体」とは、任意の不活性、非毒性の賦形剤であって、精細胞に対して影響を及ぼすDNAを阻害する物質と本質的に反応せず、かつ、組成物に添加することにより組成物に形と堅さ(consistency)とを付与し、この物質の分解を防いで身体の内外におけるその寿命を延長し、体内へと透過させて体液中に送達し、対象の体内におけるこの物質の分配を促進して標的部位へと(細胞遊離DNAへ、標的細胞表面受容体へ、または精細胞内へのいずれか)送達する賦形剤を意味する。
【0019】
一実施形態によれば、組成物は経口投与に適した形態である。別の実施形態によれば、組成物は、注射、好ましくは筋肉内(IM)注射、皮下注射、または静脈内(i.v.)注射に適した形態である。さらに別の実施形態によれば、組成物は吸入に適した形態である。他の投与形態もまた利用可能であるが、治療に対するより良好な服薬コンプライアンスが得られるので、本発明においては、経口投与が好ましい投与経路である。
【0020】
本発明の方法により治療される男性から得られる精液サンプルは、任意の従来の生殖補助医療技術(ART)において用いられ得る。生殖補助医療技術の非制限的な例には、子宮内人工授精法(IUI)、体外受精(標準的なIVF)、卵細胞質内精子注入法(ICSI)、および卵細胞質内形態選別注入法(IMSI)、ならびに生殖医療分野で知られている他の技術が含まれる。
【0021】
本発明の物質は、男性対象の臨床状態、投与部位および投与方法、投与計画、対象の年齢、体重、ならびに医療従事者に知られている他の因子を考慮して、適切な医療行為によって投与および投薬される。投与は、1日または数日/数週間/数ヶ月(など)の期間に渡る、単回投与または複数回投与であってよい。治療は一般的に、生殖能力低下状態の重篤度、薬剤の有効性、および治療される男性対象に応じた期間行われる。
【0022】
投与量は、複数の被験対象(生殖能力低下を示す対象)に様々な量の試験物質を投与した後、精液の質の変化を投与量の関数としてグラフに示すことにより、容易に決定することができる。あるいは、投与量は、適切な動物モデルで実施される実験を行った後、複数の変換方法のうちの1つを用いてヒトについて推定することにより決定してもよい。知られているように、対象において有効と考えられる量は、投与方法(例えば、経口投与は、薬剤が所定の血漿濃度に達するためには、静脈内投与に比べてより高用量を必要とし得る。);対象の年齢、体重、体表面積、健康状態、および遺伝因子;ならびに、対象に同時に投与される薬剤などの様々な因子に因る。
【0023】
治療期間は、精液の量および質にしたがって決定されなければならない。精子形成は精巣内で行われ、ヒトではおよそ64日かかる。その後8〜10日の間に精巣上体輸送(EPT)される。細胞遊離DNAの有害な作用は、男性生殖管の様々な部位(精巣の精細管および精巣上体尾部)で観察される。このように、細胞遊離DNAは、精子形成の様々な段階に影響を及ぼし、様々な重篤度を示す精細胞への損傷を引き起こし得る。精巣の損傷は質および量の両方においてであるが、精巣上体の損傷は主として質においてである。したがって、治療期間は、精液の量および質によって変化し得るものであり、精液の量および質にしたがって決定されるべきである。治療期間は、好ましくは下記の投与方法から選択される。
急性治療:
A.10日間
この期間は、精巣上体輸送の間に、精細胞に対する細胞遊離DNAの影響を減少させることを目的とする。
B.16日間
この期間は、精子形成の成熟期の間および精巣上体輸送の間に、精細胞に対する細胞遊離DNAの影響を減少させることを目的とする。
準慢性治療
C.26日間
この期間は、精子形成サイクルの間および精巣上体輸送の間に、精細胞に対する細胞遊離DNAの影響を減少させることを目的とする。
D.32日間
この期間は、精子形成の全期間および精巣上体輸送の間に、精細胞に対する細胞遊離DNAの有害な影響を減少させることを目的とする。
慢性治療
E.74日間
この期間は、精子形成の全期間および精巣上体輸送の間に、精細胞に対する細胞遊離DNAの有害な影響を減少させることを目的とする。
【0024】
本発明はまた、男性の生殖能力を評価するための方法を提供する。本発明のこの態様によれば、細胞遊離デオキシリボ核酸分子および/または精細胞に対する細胞遊離デオキシリボ核酸分子の影響を阻害する物質の濃度は、対象の体液中で測定される。細胞遊離デオキシリボ核酸分子の濃度が予め規定された閾値に比べて統計的に有意に高い場合、および/または上記量の上記物質の濃度が予め規定された閾値に比べて統計的に有意に低い場合に、対象は、生殖能力が低下していると診断される。好ましい実施形態によれば、この物質は、タンパク質、好ましくは体液中の細胞遊離デオキシリボ核酸分子の濃度に影響を与える酵素である。この実施形態によれば、この酵素は好ましくはデオキシリボヌクレアーゼ(DNアーゼ)である。判定の結果に従い、生殖能力低下を克服するために、最適な生殖補助医療技術(ART)が選択され得る。体液は、例えば全血、血漿、血清、精液、精漿、リンパ液、汗、唾液、または涙液であってよい。
【0025】
別の実施形態によれば、男性生殖能力の指標であるマーカーの活性は、精細胞中で測定される。この活性が予め規定された閾値に比べて統計的に有意に高い場合に、対象は、生殖能力が低下していると診断される。判定の結果に従い、生殖能力低下を克服するために、最適なARTが選択され得る。本発明者らは、デオキシリボ核酸分子をオスの哺乳類に静脈内注射すると、精細胞中で、アポトーシスのマーカーであるFas受容体、カスパーゼ3、および内因性デオキシリボヌクレアーゼ(DNアーゼ)の活性化が誘導されること、および精細胞表面のFas受容体発現の増加が生殖能力低下の指標であることを見出した。このように、このマーカーはアポトーシス関連タンパク質であり、この実施形態によれば、このアポトーシス関連タンパク質は好ましくは、細胞表面Fas受容体、細胞内マーカーであるカスパーゼ−3、または内因性デオキシリボヌクレアーゼ(DNアーゼ)である。別のマーカーは、DNA−DNA複合体受容体である。精細胞上のFas受容体の発現は、抗Fas受容体抗体を用いて免疫学的に測定され得る。この抗体は、蛍光色素への結合によってか、または当技術分野で知られている任意の方法(免疫組織化学、ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼなど)を用いて検出することができる。
【0026】
本発明はまた、生殖補助医療技術に用いるために、受精能力が高い精細胞の部分群(sub-population)を選択する方法であって、精液サンプルから、アポトーシスの指標である膜マーカーを発現する精細胞を除去し、精細胞の上記部分群を得るステップを含む方法を提供する。好ましいマーカーは、Fas受容体である。別のマーカーは、DNA−DNA複合体受容体である。好ましくは、マーカーを発現する精細胞の選択には、マーカーに対する抗体を用いる。抗体と反応する精細胞は、妊娠の継続が不可能な精細胞であると認識され、このサンプルから除去される。抗体は蛍光標識されてよく、この場合に、抗体に結合した精細胞は、蛍光活性化細胞選別器を用いて除去される。抗体は樹脂ビーズに結合されてもよく、非結合精細胞は、カラム、遠心分離、または磁石を用いて樹脂に結合した精細胞から分離される。
【0027】
したがって、1つの態様においては、本発明は、DNAを分解する酵素と生理学的に許容可能な担体とを含む、男性の生殖能力低下を治療するための医薬組成物を提供する。
【0028】
別の態様においては、本発明は、細胞遊離DNAと精細胞表面受容体との相互作用を遮断する物質と、生理学的に許容可能な担体とを含む、男性の生殖能力低下を治療するための医薬組成物を提供する。
【0029】
別の実施形態においては、本発明は、DNAに結合する物質と生理学的に許容可能な担体とを含む、男性の生殖能力低下を治療するための医薬組成物を提供する。
【0030】
別の実施形態においては、本発明は、内因性精細胞DNアーゼを阻害する物質と生理学的に許容可能な担体とを含む、男性の生殖能力低下を治療するための医薬組成物を提供する。
【0031】
別の実施形態においては、本発明は、DNAが精細胞表面受容体に結合することにより媒介されるシグナル伝達経路の構成要素を阻害する物質と、生理学的に許容可能な担体とを含む、男性の生殖能力低下を治療するための医薬組成物を提供する。
【0032】
別の実施形態においては、本発明は、精細胞に対する細胞遊離DNAの避妊効果の減少を引き起こす内因性物質の産生を促進する物質と、生理学的に許容可能な担体とを含む、男性の生殖能力低下を治療するための医薬組成物を提供する。
【0033】
別の実施形態においては、本発明は、DNAを分解する酵素を投与することを含む、男性の生殖能力低下を治療するための方法を提供する。
【0034】
別の実施形態においては、本発明は、細胞遊離DNAと精細胞表面受容体との相互作用を遮断する物質を投与することを含む、男性の生殖能力低下を治療するための方法を提供する。
【0035】
別の実施形態においては、本発明は、DNAに結合する物質を投与することを含む、男性の生殖能力低下を治療するための方法を提供する。
【0036】
別の実施形態においては、本発明は、内因性精細胞DNアーゼを阻害する物質を投与することを含む、男性の生殖能力低下を治療するための方法を提供する。
【0037】
別の実施形態においては、本発明は、DNAが精細胞表面受容体に結合することにより媒介されるシグナル伝達経路の構成要素を阻害する物質を投与することを含む、男性の生殖能力低下を治療するための方法を提供する。
【0038】
別の実施形態においては、本発明は、精細胞に対する細胞遊離DNAの避妊効果の減少を引き起こす内因性物質の産生を促進する物質を投与することを含む、男性の生殖能力低下を治療するための方法を提供する。
【0039】
別の実施形態においては、本発明は、
(a)男性対象から身体組織または体液のサンプルを得るステップと、
(b)上記サンプル中の細胞遊離DNAレベル、または精細胞に対する細胞遊離DNAの影響の減少を引き起こす物質のレベルを測定するステップと、
(c)測定された上記レベルと、1以上の予め決定された閾値とを比較するステップと、
(d)上記比較に基づいて生殖能力の状態を判定するステップ
とを含む、男性対象における生殖能力の状態を判定する方法を提供する。
【0040】
別の実施形態においては、本発明は、
(a)男性対象から精細胞を含むサンプルを得るステップと、
(b)上記精細胞において、アポトーシスの指標である物質のレベルを測定するステップと、
(c)測定された上記レベルと、1以上の予め決定された閾値とを比較するステップと、
(d)上記比較に基づいて生殖能力の状態を判定するステップ
とを含む、男性対象における生殖能力の状態を判定する方法を提供する。
【0041】
別の実施形態においては、本発明は、
(a)本発明の方法により治療される男性から精細胞を含むサンプルを得るステップと、
(b)生殖補助医療技術(ART)において上記サンプルを使用するステップ
とを含む、生殖補助方法を提供する。
【0042】
別の実施形態においては、本発明は、
(a)本発明の方法により、男性対象における生殖能力の状態を判定するステップと、
(b)上記生殖能力の状態に基づき生殖補助医療技術(ART)を決定するステップ
とを含む、生殖補助医療技術(ART)を選択する方法を提供する。
【0043】
別の実施形態においては、本発明は、
(a)精細胞を含む精液サンプルを得るステップと、
(b)上記サンプルから、アポトーシスマーカーを発現する精細胞を除去し、精細胞の部分群を得るステップ
とを含む、生殖補助医療技術において用いるために精細胞群の精細胞を選択する方法を提供する。
【0044】
別の実施形態においては、本発明は、
(a)精細胞に対する細胞外DNAの影響の減少を引き起こす物質、および
(b)精細胞に対する細胞外DNAの影響の減少を引き起こす内因性物質の産生を促進する物質
から選択される物質を、生理学的に許容可能な担体と共に含む、男性の生殖能力低下を治療するための医薬組成物を提供する。
【0045】
別の実施形態においては、本発明は、
(a)精細胞に対する細胞外DNAの影響の減少を引き起こす物質、および
(b)精細胞に対する細胞外DNAの影響の減少を引き起こす内因性物質の産生を促進する物質
から選択される物質を投与することを含む、男性の生殖能力低下を治療するための方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0046】
本発明を理解し、本発明が実際にどのようにして実施され得るのか知るために、単に非制限的な例を用いて、添付の図面を参照して、好ましい実施形態を以下に記載する。
【図1】生殖能力を有する男性と生殖能力が低下した男性におけるDNA濃度を示すヒストグラムである。
【図2】オスのマウスの生殖能力に対するDNA注射の効果を示すヒストグラムである。
【図3】精細胞クロマチンの安定性に対する、細胞遊離DNAのマウスへの注射の効果を示すヒストグラムである。
【図4】Fas受容体を発現する精細胞の割合に対する、細胞遊離DNAのマウスへの注射の効果を示すヒストグラムである。
【図5】精細胞中のカスパーゼ3の活性に対する、細胞遊離DNAのマウスへの注射の効果を示すヒストグラムである。
【図6】精細胞中の内因性DNアーゼの活性に対する、細胞遊離DNAのマウスへの注射の効果を示すヒストグラムである。
【図7】DNA注射によって精巣組織に引き起こされた形態学的損傷を示す。
【図8】DNA注射によって精巣組織に引き起こされたアポトーシス損傷を示す(TUNEL染色)。
【図9】DNA注射によって精巣組織に引き起こされたアポトーシス損傷を定量化したものを示す。
【図10】DNA注射によって精巣組織に引き起こされた形態学的損傷およびアポトーシス損傷を示す(TUNEL染色)。
【図11】生殖能力が低下した男性の精液中における精子密度に対する、DNアーゼ筋肉内注射の効果を示すヒストグラムである。
【図12】生殖能力が低下した男性の精液中における精子運動性に対する、DNアーゼ筋肉内注射の効果を示すヒストグラムである。
【図13】生殖能力が低下した男性の精液中における精子の漸進運動性に対する、DNアーゼ筋肉内注射の効果を示すヒストグラムである。
【図14】WHOに従い光学顕微鏡法を用いて実施された、生殖能力が低下した男性の精液中における正常な精細胞の割合に対する、DNアーゼ筋肉内注射の効果を示すヒストグラムである。
【図15】WHOに従い光学顕微鏡法を用いて実施された、生殖能力が低下した男性の精液中における様々な頭部欠損を有する精細胞の割合に対する、DNアーゼ筋肉内注射の効果を示すヒストグラムである。
【図16】WHOに従い光学顕微鏡法を用いて実施された、生殖能力が低下した男性の精液中における無定形頭部を有する精細胞の割合に対する、DNアーゼ筋肉内注射の効果を示すヒストグラムである。
【図17】WHOに従い光学顕微鏡法を用いて実施された、生殖能力が低下した男性の精液中における中間部欠損を有する精細胞の割合に対する、DNアーゼ筋肉内注射の効果を示すヒストグラムである。
【図18】生殖能力が低下した男性の精液中における精細胞クロマチン安定性に対する、DNアーゼ筋肉内注射の効果を示すヒストグラムである。
【図19】生殖能力が低下した男性の精液中におけるFas受容体発現精細胞の割合に対する、DNアーゼ筋肉内注射の効果を示すヒストグラムである。
【図20】精子密度に対するDNアーゼの経口投与の効果を示すヒストグラムである。
【図21】精液体積に対するDNアーゼの経口投与の効果を示すグラフである。
【図22】精細胞濃度に対するDNアーゼの経口投与の効果を示すヒストグラムである。
【図23】MSOMEにより実施された、正常な核形態を有する精細胞の割合に対する、DNアーゼの経口投与の効果を示すグラフである。
【図24】MSOMEにより実施された、正常な核形態を有する精細胞の数に対する、DNアーゼの経口投与の効果を示すグラフである。
【図25】MSOMEにより実施された、細長い頭部形態(narrow head morphology)を有する精細胞の割合に対する、DNアーゼの経口投与の効果を示すヒストグラムである。
【図26】精細胞クロマチン安定性に対する、DNアーゼの経口投与の効果を示すヒストグラムである。
【図27】Fas受容体発現精細胞の割合に対する、DNアーゼの経口投与の効果を示すグラフである。
【図28】MSOMEにより実施された、正常な核形態を有する精細胞の割合に対する、DNアーゼの吸入の効果を示すグラフである。
【図29】DNアーゼ阻害剤であるクエン酸による、内因性精細胞DNアーゼの活性の阻害を示すヒストグラムである。
【図30】生殖能力を有する男性と生殖能力が低下した男性の精細胞表面上Fas受容体の発現を示すヒストグラムである。
【図31】生殖能力が低下した男性のFas受容体発現精細胞またはFas受容体非発現精細胞のいずれかにおけるカスパーゼ−3の活性を示すヒストグラムである。
【図32】Fas受容体発現精細胞またはFas受容体非発現精細胞のいずれかを用いたマウスの人工授精により得られた子孫の数を示すヒストグラムである。
【図33】Fas受容体発現精細胞またはFas受容体非発現精細胞のいずれかを用いたマウスの人工授精により得られた2PN接合体の数を示すヒストグラムである。
【図34】自然受精後、またはFas受容体発現精細胞もしくはFas受容体非発現精細胞のいずれかを用いた人工授精の後におけるマウスの胎芽の発達を示す。
【図35】IUI治療が成功または失敗した、生殖能力が低下した男性の精液中におけるFas受容体発現精細胞の割合を示すヒストグラムである。
【図36】DNアーゼ投与後のマウス血漿中におけるDNアーゼ活性を示すヒストグラムである。
【実施例】
【0047】
材料
標準DNA溶液:
100mMの子牛胸腺DNAを再蒸留水(DDW)中に溶解させた。
DPA溶液:
1.5gのジフェニルアミンを100mlの氷酢酸中に溶解させ、1.5mlの硫酸を添加した。使用する日に、0.5mlのアセトアルデヒドを添加した。
ポリビニルピロリドン(PVP)溶液:
Medi−Cultから入手したPVP培地10890001。
Kunitz DNアーゼ活性反応バッファー:
5mMのMgSOx7HO、0.1Mの酢酸ナトリウム(pH5)、4mg%の子牛胸腺DNA。
【0048】
方法
DNAおよびデオキシオリゴヌクレオチドの濃度(Burton法):
標準DNA溶液を166μl中5、10、20および50μg/mlに希釈した。166μlの血漿サンプルまたはDNA標準サンプルの各々に、166μlの1N HClOおよび664μlのDPA溶液を添加した。サンプルを37℃で20時間インキュベーションし、その後10分間(15,000g、37℃)遠心分離した。300μlの上清を96ウェルプレートに移し、600nmにおいて分光光度計で測定した。
【0049】
精液体積、精子密度(density)、および精子濃度(concentration):
それぞれの精液の体積は、ピペットを用いて測定された。
精子濃度は、Helber血球計またはNeubauer血球計のいずれかを用いて細胞を計数することにより測定された(Helber血球計は精子濃度が高い場合に用いられ、Neubauer血球計は精子濃度が低いときに用いられる)。
精子密度(=全精液中の細胞数)は、精液体積を精子濃度と掛け合わせることにより計算された。
【0050】
精子運動性および漸進運動性:
運動性および非運動性の精細胞をHelber血球計またはNeubauer血球計のいずれかを用いて計数し、その結果に従い、運動性精細胞の割合を算出した。無作為に選んだ20個の精細胞を含むサンプルを、それらが200μmを直進する能力を調べることにより漸進運動性について試験し、その結果に従い、漸進運動性精細胞の割合を算出した。
【0051】
エオシン−ニグロシン染色法を用いた精子形態分析:
精細胞は、2%エオシン、核染色、およびバックグラウンドとして10%ニグロシンを用いて染色した。50個の精細胞を、光学顕微鏡法(1000xの倍率で浸漬油を用いて)により評価した。精子形態分析は、WHOのガイドライン(10)に従って行った。
【0052】
乾性(dry)および湿性(wet)(通常の)運動性精子細胞小器官形態検査(MSOME):
湿性(通常の)MSOMEにおける形態学的観察のための精子の調製:
数千個の精子を含む精子懸濁液の1〜2μlの分液を、0%〜8%のポリビニルピロリドン(PVP)溶液を含む微少量(a microdroplet)の精子培地に移し、パラフィン油を入れた細胞培養皿(ガラスボトム)中に入れた。動いている精細胞の形態学的評価は、微小滴(droplets)の縁から拡がる微小の区画(bays)の形成によって可能となり、これによって運動性の精子の頭部を捕捉した。
【0053】
乾性MSOMEにおける形態学的観察のための精子の調製
液化後の新鮮な精液を、室温(22〜25℃)で15mlの丸底チューブに移した。射出された精細胞の柔らかいペレットが、室温において15分間、1500RPMでスイングアウトバケットにて遠心分離することにより得られた。精漿上清を除去した、精子ペレットを1mlのFerticult-IVF培地(FertiPro N. V. Beernem, Belgium)中に懸濁させ、その後、室温にて5分間、1500RPMで再び遠心分離した。その後チューブを、5%CO、37℃のインキュベーターに移し、40分間、45度に傾けてスイムアップ(swim-up)インキュベーションした。その後、精子ペレットの中間層(interphase)まで、上清を注意深く除去した。スイムアップ上清を、室温にて5分間、1500PRMで遠心分離し、上清を捨てた。ペレットは、顕微鏡用スライドガラス上に塗りつけて風乾させた。
【0054】
精子MSOME観察:
精細胞は、ノマルスキー(Nomarski)光学レンズ、Uplan Apo X 100/1.35 対物レンズ、および0.55 NA集束レンズを備えた倒立顕微鏡(Olympus IX 70)で調べた。画像は、高画質を得るために約38万の有効画素数(ピクセル)を有する1/2インチ、3-chip power HAD CCDを備えるDXC-950Pカラービデオカメラ(Sony)、およびカラービデオモニター(Sony PVM-14M4E, HR-Trinitron)により捕捉された。形態学的評価は、モニタースクリーン上で行い、上記の構成で実際の倍率は6300倍に達した。各精子サンプルからの100個の運動性精子が、6つの細胞内オルガネラ(アクロソーム、ポストアクロソーマル ラミナ(postacrosomal lamina)、頚部、ミトコンドリア、尾部、および核)の形態学的状態について調べられた。これらの細胞内オルガネラのうち最初から5つについては、Bartoov et al, 1981、ならびにGlezermanおよびBartoov, 1993に開示されたように定義される特定の奇形の存在に基づいて、形態学的に正常または異常であると判断される。核については、形態学的状態は、形態とクロマチン含量との両方によって定義される。正常形態の核についてのMSOMEによる基準は、平滑、対称、および卵形の形態である。精子核の長さおよび幅の正常な範囲は、それぞれ4.75±0.28μmおよび3.28±0.20μm(平均値±標準偏差)とし、この範囲外の精細胞は異常であると判断された。核クロマチンの質量は均質であり、局所の核障害がなく、前方から見た境界線の直径が0.78±0.18μmである空胞が1つ以下である。形態学的に正常であると判断されるためには、精子核は、正常な形態と正常なクロマチン含量との両方を有していなければならなかった。正常な核、ならびに正常なアクロソーム、ポストアクロソーマル ラミナ、頚部、尾部、ミトコンドリアを示し、頭部の周りに細胞質小体または細胞質を示さない精細胞は、形態学的に正常であると分類される。
【0055】
精子クロマチン構造解析(SCSA):
SCSAでは、異常なクロマチン構造を有する精子の割合が測定される。異常なクロマチン構造とは、精子DNAのin situでの酸誘導性変性に対する感受性が増加することと定義された。細胞1個当たりのDNA変性の量は、フローサイトメトリーで測定され、アクリジン−オレンジ染色した核における緑色蛍光(天然型DNA)から赤色蛍光(変性した一本鎖DNA)への変化が測定された。この変化は、蛍光強度の合計(赤色+緑色)に対する赤色蛍光強度の割合であるDFI(DNA断片化指標)として表され、これは、すべての細胞DNAに対する変性一本鎖DNAの量を示す。SCSAでは、DFIはサンプル中のそれぞれの精子について計算され、その結果は、5000個の精細胞についての平均値として表された。精細胞懸濁液の100μlの分液を、2mlのTNE緩衝液(0.01 M Tris, 0.15 M NaCl, 0.001 M EDTA, pH 7.4)と混合し、25℃で15分間、400 x gmaxで遠心分離した。最終のペレットを2mlのTNE緩衝液に再懸濁した。懸濁液を4℃で15分間、3000 x gmaxで遠心分離した。得られた核ペレットを、500μlの固定液(アセトン:70% エタノール, l:l v/v)中に力を込めてピペットで移すことにより固定した。上記の手順のすべての段階は4℃で行った。サンプルを室温で15分間、3000 x gmaxで遠心分離し、ペレットを4℃で30秒間、100μlの酸性洗浄溶液(0.08 M HCl, 0.15 M NaCl, 0.1% Triton X-100, pH 1.2)と混合した。その後、サンプルは、6mg/mlのアクリジンオレンジ(AO)を含む5μlのAO色素溶液を添加することにより染色した。サンプルを、500μlのクエン酸緩衝液(0.037 M クエン酸, 0.126 M Na2HPO4, 0.001 M EDTA, 0.15 M NaCl, pH 6.0)で希釈した。その後、サンプルは、UltraSenseと15mWアルゴンイオンレーザー(励起波長488nm)とを備えるBecton-Dickenson FACSortフローサイトメーター, San Francisco, CA, USAを用いてフローサイトメトリー測定を行った。DFI比は、Jan van der Aaに
よって作製されたratio-time 1.1 software package (Becton- Dickenson, Erembodegem, Belgium)とWinMDI 2.8 softwareとを用いて計算された。DNA断片化指標(DFI)は、核DNA断片化を伴う精細胞の平均蛍光値である。%DNA断片化指標(%DFI)は、核DNA断片化を伴う精細胞の割合である。このパラメーターは、DFIの分布に基づいて算定された。
【0056】
細胞内DNアーゼおよび血漿DNアーゼの活性:
精細胞は、凍結および融解の3サイクルを行い、その後10分間(27,000g、4℃)遠心分離した。血漿は、EDTAチューブ中で遠心分離することにより血液から分離された。0.3mlの上清を0.6mlのDNアーゼ活性緩衝液に添加し、この混合物を、緩衝液と培地のみを含む対照に対して、分光光度計を用いて260nmで測定した。検量線は、市販のウシDNアーゼIを用いて作製した。精細胞内因性DNアーゼは、Kunitz単位で測定した。1Kunitz単位とは、5 mM MgSO4x7H2O, 0.1 M 酢酸ナトリウム pH 5、および4mg% 子牛胸腺DNAを含む反応バッファー中、pH5、25℃で、1cmのパス長を260nmにおいて1分間当たり1 O.D.増加させるDNアーゼの量として定義される。血漿DNアーゼは、Bartoov単位で測定した。1Bartoov単位(BU)とは、0.1 M Tris, 10 mM CaCl2, 10 mM MnCl2および0.05 mg/ml 子牛胸腺DNAを含む反応バッファー中、pH7.5、25℃で、1cmのパス長において1分間当たりのΔA260が0.001である酵素の量として定義される。
【0057】
精細胞上のFas受容体発現:
精細胞をPBSで洗浄し、25℃で30分間、4%パラホルムアルデヒド(PFA)中でインキュベーションした。細胞をその後、ブロッキング溶液(PBS中、1% BSA)中で15分間インキュベーションし、その後40分間、ヤギ抗Fas受容体抗体と共にインキュベーションした。抗ヒトFas受容体抗体は、FITCで標識され、第2の抗体は必要としなかった。マウス精細胞を使用した場合には、細胞はPBSで洗浄し、第2の抗体(FITC標識抗ヤギ抗体)と共に30分間インキュベーションした。細胞を洗浄し、Becton-Dickenson FACSortフローサイトメーターで蛍光を測定した。
【0058】
精細胞中のカスパーゼ−3の活性:
カスパーゼ−3の活性は、R&D Companyから入手される熱量測定キットを用いて測定した。精細胞をPBSで洗浄し、4℃で10分間、溶解緩衝液中でインキュベーションし、10000gで1分間遠心分離した。50μlの反応バッファーと5μlのカスパーゼ−3熱量測定用基質とを50μlの上清のそれぞれに加え、37℃で2時間インキュベーションした。活性は、分光光度計を用いて405nmで測定した。
【0059】
Fas受容体非発現精細胞からのFas受容体発現精細胞の分離:
精細胞をPBSで洗浄し、ヤギ抗Fas受容体抗体と共に30分間インキュベーションした。抗ヒトFas受容体抗体は、ビオチンで標識され、第2の抗体は必要としなかった。マウス精細胞を使用した場合には、細胞はPBSで洗浄し、第2の抗体(FITC標識抗ヤギ抗体)と共にさらに30分間インキュベーションした。細胞をその後PBSで洗浄し、カスパーゼ活性の測定については鉄イオンを含むマイクロビーズに結合した抗ビオチン抗体(Myltenyi biotech Company)と共に、またはマウス授精についてはこのマイクロビーズに結合した抗FITC抗体と共に、20分間インキュベーションした。Fas受容体を発現および非発現している精細胞の分離は、以下のようにして実施した。細胞をPBSで洗浄し、Myltenyi biotech Company製の免疫磁気分離カラム(MACS)に通した。Fas受容体を発現しなかった非標識精細胞は、結合することなくカラムを通過した。Fas受容体を発現した精細胞は、カラムに結合し、ピストン圧力を用いて後から溶出された。
【0060】
経口投与または注射投与の後のマウスにおける血漿DNアーゼの検査
C57/blackマウスを12時間絶食させた後、PBSの経口投与(プラセボ、n=10)、または200μlのPBS中9mgのDNアーゼIの経口投与(n=14)、または200μlのPBS中3mgのDNアーゼIの腹腔内注射(n=6)を行った。対照マウスには何も処置をしなかった(n=10)。注射の40分後または経口投与の1時間後のマウスの心臓から、血液を採取した。EDTAチューブ中で遠心分離することにより、血漿を血液から分離し、−20℃で保管した。血漿中のDNアーゼ活性は、Bartoov単位で測定した。
【0061】
結果
細胞遊離DNAのin vivoにおける効果
図1に示されているように、内因性細胞遊離DNAの濃度は、生殖能力を有する男性と比較して、生殖能力が低下している男性の血液中で増加しており、これは、高い血中DNA濃度と生殖能力低下との関係を示している。実際、オスのマウスに細胞遊離DNAを静脈内注射すると、生殖能力が低下した。10匹のオスのマウスからなる2群に、200μgの細胞遊離DNAまたはPBSのいずれかを15日間に渡って静脈内注射した。その後、これらのマウスをメスのマウスと交尾させ、両群において子孫の数を計数した。図2は、対照マウスとの交尾によってメス1匹当たり6.9±1.7匹の子孫が得られ、一方DNAを注射したマウスとの交尾によってメス1匹当たり0.7±2.2匹の子孫が得られたことを示す。また、マウスに細胞遊離DNAを静脈内注射すると、DFIの増加で表される精細胞クロマチン安定性の低下によって観察されるように、精細胞核の質を低下させた(図3)。さらに、マウスに細胞遊離DNAを静脈内注射すると、精細胞中において、アポトーシスマーカーであるFas受容体、カスパーゼ3,およびDNアーゼの活性化を誘導した(図4〜6)。
【0062】
細胞遊離DNAの注射の影響は、精細胞にだけでなく、精巣組織にも及ぶ。図7および10に示されているように、細胞遊離DNAによって巨大細胞が出現し、精巣の成熟胚細胞および未熟胚細胞を細管内腔に放出すること(sloughing)による細管上皮の減少が生じた。細胞遊離DNAの注射はまた、アポトーシスの面積を大きくした(図8〜10)。精巣における精子形成は、ヒトではおよそ64日間かかる。したがって、DNAによる精巣の障害は、長期間に渡り、精細胞の発達に対して影響を及ぼすと予想され、このような障害の修復は長期の治療を必要とするものである。
【0063】
DNアーゼIの筋肉内投与
DNアーゼIが精液の質および生殖能力を改善し得るかどうかを調べるために、DNアーゼIを生殖能力が低下している男性に投与した。男性が生殖能力低下であることが予め同定され、1回のIVF-ICSI治療で妊娠に失敗した11組のカップルからなる群において、男性に1日4回、25mgのウシDNアーゼIを7〜10日間、筋肉内(IM)注射した。最初の注射の7〜11日後、カップルは2回目のICSI治療を受けた。治療開始前に2回、ならびに最初の注射の4〜7日後および8〜15日後に、精液サンプルおよび血液サンプルを対象から採取し、分析した。図11に示されるように、精液分析は、精子密度が、治療前に比べて治療の8〜15日後に70%増加したことを明らかにした(それぞれ14.31±10.15xl06細胞/精液に対し、24.28±14.73xl06細胞/精液、P<0.08)。さらに、治療前に比べて治療の4〜7日後に、精子運動性が60%増加したことが観察され(それぞれ19±11.3%に対し、30.6±12.6%、P<0.033、図12)、治療前に比べて治療の8〜15日後に、漸進運動性が76%増加したことが観察された(それぞれ26.7±23.4%に対し、47±33.1%、P<0.010、図13)。
【0064】
精細胞の形態は、WHOのガイドライン(10)に従って分析した。対象の精液中における形態学的に正常な形態の精細胞の割合は、治療前に比べてDNアーゼ治療の8〜15日後には、129%増加した(それぞれ8.7±15.6%に対し、19.9±12.1%、P<0.098、図14)。さらに、DNアーゼ治療が、治療前に比べて治療の8〜15日後に、すべての頭部欠損の割合を24%減少させたことが示された(それぞれ77.3±13.4%に対し、57.3±17.6%、P<0.015、図15)。特に、治療前に比べて治療の8〜15日後に、無定形の頭部奇形の割合が73%減少したことが観察された(それぞれ34.5±29.3%に対し、9.4±7.3%、P<0.043、図16)。また、治療前に比べて治療の8〜15日後に、中間部欠損の割合が60%減少したことが観察された(それぞれ13.5±8.6%に対し、5.4±5.1%、P<0.040、図17)。精細胞の形態は、3人の対象についてMSOMEによっても分析された。DNアーゼ治療の後、これらの対象について様々なMSOMEパラメーターの改善が観察された(表1)。特に、正常な核を有する精細胞の割合が増加した。
【0065】
【表1】

【0066】
精細胞のDNA損傷は、妊娠率の低下ならびに子孫の健康状態と関連する。このような損傷を評価するのに最も用いられる方法の1つは、「精子クロマチン構造解析」(SCSA)であり、これは、酸性媒体に曝露された細胞中の精細胞クロマチンの安定性を測定する。図18は、DNアーゼ治療によって、治療前に比べて治療の4〜7日後に、精細胞クロマチンの安定性が改善した(%DFIの値がより小さい)ことを示す(それぞれ25±19.6%に対し、15.1±12.4%、P<0.033)。また、DNアーゼ治療によって、アポトーシスマーカーであるFas受容体の精細胞における発現が、治療前に比べて治療の4〜7日後と8〜15日後の両方において減少した(それぞれ39.7±23%に対し、29.2±17.4%および26.5±12.5%、4〜7日後についてP<0.009および8〜15日後についてP<0.023、図19)。
【0067】
11組のうち4組のカップル(36%)が、DNアーゼ治療後に2回目のICSI治療を行った後、妊娠に至った。このような試みを行っているIVFセンターにおける1回目のICSIサイクルの平均妊娠率は25%(18%〜32%の範囲)である。治療を行っていない患者の2回目のICSIサイクルの妊娠率は不明であるが、これは、1回目のICSIがうまくいかなかった後に2回目のICSIが行われず、むしろ、1回目のICSIがうまくいかなかった患者には、提供精子による人工授精が勧められているからである。いずれにせよ、2回目のICSI治療の36%という成功率は、IVFセンターの25%を上回っており、したがって、DNアーゼ治療によってICSI治療による妊娠の可能性が増加することは明らかである。
【0068】
図11〜19および表1に示される結果は、DNアーゼIの筋肉内投与が、精液の質に関するほとんどのパラメーターについて、精液の質を改善したことを示す。精子密度は、実験の最終段階において70%増加した。精子運動性は、治療の4〜7日後に既に60%増加したが、おそらくは、7日目当たりに発生して24時間の発熱として観察された免疫反応のために、運動性がその後低下した。精子漸進運動性は、実験の最終段階において76%増加した。精子運動性および精子密度の増加は、対象の生殖能力を向上させ、1回目のICSI治療で成功しなかった対象が、2回目のICSI治療において(そしておそらく、標準的なIVF、またはそれどころかIUI治療などの他のART治療においても)妊娠することを可能にした。
【0069】
DNアーゼの筋肉内投与はまた、WHOのガイドライン(10)に従って分析した精子の形態を改善した。正常な精細胞の割合は129%増加した。頭部欠損を有する精細胞の割合は24%減少し、正常値(≦65)になった。無定形頭部を有する精細胞の割合は73%減少し、中間部欠損を有する精細胞の割合は60%減少した。精子の形態の改善は、MSOMEを用いても観察された。精細胞の数をMSOME解析について検討し、正常核を有する精細胞の数は、治療後に増加した。核に空胞を有する精細胞の数、細長い形態を有する精細胞の数、および局所障害を有する精細胞の数が減少した。
【0070】
また、DNアーゼ治療は、精細胞における損傷を減少させた。精細胞クロマチン損傷(SCSAによって解析される)は、治療の4〜7日後に既に40%減少し、アポトーシスマーカーであるFas受容体の発現は、治療の4〜7日後には26%減少し、治療の8〜15日後には33%減少した。DNアーゼ治療後に観察された精液の質の改善は、生殖能力を改善すると予測され、実際に、ICSI治療の成功率が治療後に増加したことが観察された。
【0071】
DNアーゼIの経口投与
DNアーゼIの経口投与が、筋肉内投与の場合に観察されたように精液の質を改善し得るかどうかを調べるために、9人の男性からなる群に1日4回、50mgのDNアーゼIを16日間経口投与した。治療開始の5日前、治療開始日、ならびに治療の5日目、10日目、および17日目に、対象から精液サンプルを採取し分析した。表2に示されるように、精液の解析により、精子密度(総精子数/精液)が、治療前と比較して治療後には有意に増加したことが明らかになった(それぞれ42±38xlO6細胞/精液に対し、103±50xl06細胞/精液、P<0.05)。結果を対照に対する割合(%)で表すと、精子密度は、治療の5日後において既に増加しており、治療の10日後および17日後にはさらに劇的に増加していることが観察された(それぞれ対照100%に対し、235±95%、160±72%、および284±138%、P<0.005、図20)。
【0072】
【表2】

【0073】
また、精液の体積は、治療の17日後に増加していることが観察された(治療前の1.3±0.5 mlに対し、治療の17日後には2.3±0.6 ml、P<0.001、表2および図21)。このような増加は、生殖付属腺の機能の改善を示している。表2および図22に示されるように、精子濃度もまた、治療中に増加した。
【0074】
表3および図23に示されているように、MSOME解析により、正常な核を有する精細胞の割合が、治療前のレベルと比較して治療の5日後および10日後に既に2倍に増加していることが示された。正常な核を有する精細胞の数もまた、治療前と比較して治療の10日後および17日後に増加した(それぞれ1.6±2.1xlO6細胞に対し、5.0±3.4xl06細胞および5.7±5.1xlO6細胞、P<0.05、表3および図24)。また、細長い頭部を有する精細胞は、対照と比較して治療の5日後、10日後、および17日後には減少した(それぞれ対照100%に対し、84±15 %, 85±15 %および83±21 %、P<0.05、図25)。
【0075】
【表3】

【0076】
精細胞クロマチン安定性の増加(DFI値がより小さい)は、対照と比較して治療の5日後には既に観察された(それぞれ100%に対し、75±35 %、P<0.05、図26)。この減少は、10日後および17日後には、より顕著になった(それぞれ100%に対し、65±31 %および62±33 %、P<0.005、図26)。さらに、アポトーシスマーカーであるFas受容体を発現する精細胞の割合は、治療前と比較して治療の10日後には減少した(それぞれ35.4±26.4 %に対し、10.6±7.5 %、P<0.05、図27)。治療前と比較して治療の17日後には、さらなる減少が観察された(それぞれ35.4±26.4 %に対し、6.4±5.2 %、P<0.005、図27)。
【0077】
DNアーゼ経口投与実験に参加した対象者のうちただ1人が、その女性のパートナーと妊娠に至るかどうかを試みた。このカップルは既に、4回のIUI法に失敗していた。DNアーゼ治療の後、このカップルは自然妊娠に至った。
【0078】
図20〜27ならびに表2および3の結果は、DNアーゼIの経口投与により下記のような効果が得られることを示している。
1.精液体積の増加
2.精細胞の濃度および密度の増加
3.正常な核を有する精細胞フラクションの増加、クロマチン安定性の増加、およびFas受容体発現細胞の割合の減少による、精子の質の改善
【0079】
DNアーゼの吸入による投与が精液の質に対して同様の影響を及ぼすかどうかを調べるために、1つの症例について試験した。吸入法では、対象者は、8mgの酵素を1日3回、4時間間隔で吸入した。酵素の吸入によって、正常な核の割合が増加し、これは、吸入の9日後および17日後に最も顕著であった(図28)。
【0080】
内因性精細胞DNアーゼの阻害
DNアーゼ阻害剤であるクエン酸が細胞内の精細胞DNアーゼを阻害し得るかどうかを調べるために、10mMのクエン酸の存在下または非存在下で、精細胞を最大8時間インキュベーションした。細胞内DNアーゼ活性を1時間毎に測定し、DNアーゼ活性の合計を計算した。クエン酸で処理した精細胞におけるDNアーゼ活性の合計は、対照の精細胞の活性の43%であり(図29)、これは、クエン酸による細胞内DNアーゼ活性の阻害を示した。
【0081】
精細胞におけるFas受容体の発現およびカスパーゼ−3の活性と、生殖能力との関係
アポトーシスマーカーとして知られているものの1つに、Fas受容体の発現がある。図4に示されているように、マウスへの細胞遊離DNAの注射によって、その精細胞膜上のFas受容体の発現が統計的に有意に増加した。精細胞を細胞遊離DNAと共にin vitroでインキュベーションすることによっても同様に、精細胞膜上のFas受容体の発現が有意に増加した(データは示さず)。Fas受容体発現と男性の生殖能力との間に関連があるかどうかを判定するために、精細胞表面上のFas受容体の発現を、生殖能力を有する男性と生殖能力が低下した男性について測定した。Fas受容体発現精細胞の割合は、生殖能力を有する男性に比べて生殖能力が低下した男性では4倍高かった(12.7±6.4に対し、78.8±27.4、P<0.001、図30)。次に、生殖能力が低下した男性の精細胞におけるFas受容体発現とアポトーシスマーカーであるカスパーゼ−3の活性との間の関連を調べるために、Fas受容体の発現に従い、生殖能力が低下した男性からの精細胞を分離した。カスパーゼ−3の活性は、それぞれの精細胞群について測定した。Fas受容体発現精細胞におけるカスパーゼ−3の活性の割合は、Fas受容体非発現部分群における活性に比べて4倍高かった(207.2±39.6に対して、47.2±10.5、P<0.001、図31)。
【0082】
Fas受容体発現が生殖能力と関連するかどうかを判定するために、以下の実験を行った。マウスの精細胞を細胞遊離DNA(これは、Fas受容体発現を促進することが見出された。)と共にインキュベーションした後、Fas受容体発現精細胞をFas受容体非発現細胞から分離した。10匹のメスのマウスからなる4群に、Fas受容体発現精細胞(Fas+)、Fas受容体非発現精細胞(Fas-)、細胞遊離DNAと共にインキュベーションされたがFas受容体発現によっては選別していない精細胞、およびDNAに曝露されなかった対照細胞のいずれかを人工授精した。すべての人工授精は、同数の精細胞を用いて行われた。図32に示されるように、Fas(+)精細胞による人工授精からは胎児は得られなかったが、これに対し、Fas(-)精細胞または対照の精細胞による人工授精では、それぞれ、メスのマウス1匹当たり平均3±1.4および2.7±1.1匹の胎児が得られた。細胞遊離DNAと共にインキュベーションされたが選別していない精細胞による人工授精では、メス1匹当たり平均わずか0.3±0.4匹の胎児が得られた。
【0083】
Fas受容体発現精細胞によって子孫の産生に失敗する段階を特定するために、メスのマウスからなる4群に、上述のようにして精細胞を人工授精した。人工授精の16〜20時間後、メスのマウスを屠殺し、卵管から卵母細胞を採取し、2前核期(2PN)接合体の数を計数した。図33に示されるように、Fas(+)細胞およびFas(-)細胞では、同様の数の2PN接合体を生じ、また、対照の精細胞と細胞遊離DNAと共にインキュベーションされた精細胞との間において、有意な差は観察されなかった。そこで、、Fas(+)細胞およびFas(-)細胞を用いて同様の人工授精を行い、妊娠の様々な段階でメスのマウスを屠殺した。胚の発達は、両方の処置において調べ、自然妊娠における胚の発達と比較した。Fas(+)細胞による人工授精をしたメスでは、2PN段階の後において胚の発達は観察されなかったが、一方、Fas(-)細胞による人工授精をしたメスでは、自然妊娠の場合と同様の正常な胚の発達を示した(図34)。
【0084】
さらに、精細胞上のFas受容体発現とIUI治療の結果との関連をヒトにおいて調べた。IUI治療を経験した72組の生殖能力が低下したカップルからの精液サンプルを、ヒト抗Fas受容体抗体を用いた免疫蛍光染色およびFACS分析によって、Fas発現について検査した。18の症例で妊娠に至ったが、一方、54の症例では妊娠に至らなかった。図35に示されるように、妊娠に至った群におけるFas(+)精細胞の頻度は、妊娠に至らなかった群における頻度に比べて有意に低かった(それぞれ22.4%±18.2に対し、33.1%±16.6、P<O.027)。
【0085】
マウス血漿中のDNアーゼ活性
経口投与の際に血流に到達するDNアーゼの能力を調べるために、マウスに、腹腔内注射または経口投与のいずれかによってDNアーゼを投与し、1時間後にDNアーゼ活性を調べた。図36に示されるように、血漿DNアーゼ活性は、腹腔内注射群および経口投与群の両方において、陰性対照群と比べて有意に増加した(それぞれ14399±4000および10853±2150に対し、1345±580、p<O.001)。プラセボ投与群においても、DNアーゼ活性のわずかな増加が観察された(4055±3500)。
【0086】
DNアーゼの安全性および有効性を調べる動物実験
齧歯類およびイヌを用いた、DNアーゼの安全性および有効性を調べる動物実験は、ロシア連邦の連邦毒性学研究所(Federal Institute of Toxicology)で実施された。この研究により、DNアーゼの急性投与および長期投与は、研究された温血実験動物に対して毒性効果をもたらさないことが示された。長期(30日間)に渡って毎日、ヒトについて推奨される用量の100倍を超える用量で、DNアーゼを実験動物に投与しても、身体の主たる系(神経系、心血管系、造血系、分泌系、呼吸器系)、代謝、一般的健康状態、発育、および生物の基本的なホメオスタシスのパラメーターに対し、検出できる有害な影響を及ぼさなかった。DNアーゼ投与に際し、消化器系に対する炎症作用もまた観察されなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
DNAを分解する酵素と生理学的に許容可能な担体とを含む、男性の生殖能力低下を治療するための医薬組成物。
【請求項2】
前記酵素が、エンドデオキシリボヌクレアーゼまたはエキソデオキシリボヌクレアーゼから選択されるデオキシリボヌクレアーゼ(DNアーゼ)である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記DNアーゼがDNアーゼIである、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記酵素が、動物、植物、細菌、ウイルス、酵母、もしくは原生動物に由来するものであるか、または組換え酵素もしくはヒト組換え酵素である、請求項1から3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
経口投与に適した形態である、請求項1から4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
吸入投与に適した投与形態である、請求項1から5のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
注射投与に適した投与形態である、請求項1から5のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
細胞遊離DNAと精細胞表面受容体との相互作用を遮断する物質、および生理学的に許容可能な担体を含む、男性の生殖能力低下を治療するための医薬組成物。
【請求項9】
前記物質が糖タンパク質IF−1である、請求項8に記載の組成物。
【請求項10】
前記受容体がCD4およびMHC IIから選択される、請求項8に記載の組成物。
【請求項11】
DNAに結合する物質と生理学的に許容可能な担体とを含む、男性の生殖能力低下を治療するための医薬組成物。
【請求項12】
内因性精細胞DNアーゼを阻害する物質と生理学的に許容可能な担体とを含む、男性の生殖能力低下を治療するための医薬組成物。
【請求項13】
前記物質が、アウリントリカルボン酸(ATA)もしくはクエン酸またはそれらの塩から選択される、請求項12に記載の組成物。
【請求項14】
DNAが精細胞表面受容体に結合することにより媒介されるシグナル伝達経路の構成要素を阻害する物質と、生理学的に許容可能な担体とを含む、男性の生殖能力低下を治療するための医薬組成物。
【請求項15】
前記物質がカスパーゼ阻害剤である、請求項14に記載の組成物。
【請求項16】
精細胞に対する細胞遊離DNAの避妊効果の減少を引き起こす内因性物質の産生を促進する物質と、生理学的に許容可能な担体とを含む、男性の生殖能力低下を治療するための医薬組成物。
【請求項17】
DNAを分解する酵素を投与することを含む、男性の生殖能力低下を治療するための方法。
【請求項18】
前記酵素が、エンドデオキシリボヌクレアーゼまたはエキソデオキシリボヌクレアーゼから選択されるデオキシリボヌクレアーゼ(DNアーゼ)である、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記DNアーゼがDNアーゼIである、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記酵素が、動物、植物、細菌、ウイルス、酵母、もしくは原生動物に由来するものであるか、または組換え酵素もしくはヒト組換え酵素である、請求項17から19のいずれか1項に記載の方法。
【請求項21】
前記酵素が経口投与される、請求項17から20のいずれか1項に記載の方法。
【請求項22】
前記酵素が吸入投与される、請求項17から20のいずれか1項に記載の方法。
【請求項23】
前記酵素が注射により投与される、請求項17から20のいずれか1項に記載の方法。
【請求項24】
細胞遊離DNAと精細胞表面受容体との相互作用を遮断する物質を投与することを含む、男性の生殖能力低下を治療するための方法。
【請求項25】
前記物質が糖タンパク質IF−1である、請求項24に記載の方法。
【請求項26】
前記受容体がCD4およびMHC IIから選択される、請求項24に記載の方法。
【請求項27】
DNAに結合する物質を投与することを含む、男性の生殖能力低下を治療するための方法。
【請求項28】
内因性精細胞DNアーゼを阻害する物質を投与することを含む、男性の生殖能力低下を治療するための方法。
【請求項29】
前記DNアーゼを阻害する物質が、アウリントリカルボン酸(ATA)もしくはクエン酸またはそれらの塩から選択される、請求項28に記載の方法。
【請求項30】
DNAが精細胞表面受容体に結合することにより媒介されるシグナル伝達経路の構成要素を阻害する物質を投与することを含む、男性の生殖能力低下を治療するための方法。
【請求項31】
前記物質がカスパーゼ阻害剤である、請求項30に記載の方法。
【請求項32】
精細胞に対する細胞遊離DNAの避妊効果の減少を引き起こす内因性物質の産生を促進する物質を投与することを含む、男性の生殖能力低下を治療するための方法。
【請求項33】
投与期間が急性、準慢性、または慢性である、請求項17から32のいずれか1項に記載の方法。
【請求項34】
(a)男性対象から身体組織または体液のサンプルを得るステップと、
(b)前記サンプル中の細胞遊離DNAレベル、または精細胞に対する細胞遊離DNAの影響の減少を引き起こす物質のレベルを測定するステップと、
(c)測定された前記レベルと、1以上の予め決定された閾値とを比較するステップと、
(d)前記比較に基づいて生殖能力の状態を判定するステップ
とを含む、男性対象における生殖能力の状態を判定する方法。
【請求項35】
前記物質がDNアーゼである、請求項34に記載の方法。
【請求項36】
(a)男性対象から精細胞を含むサンプルを得るステップと、
(b)前記精細胞において、アポトーシスの指標である物質のレベルを測定するステップと、
(c)測定された前記レベルと、1以上の予め決定された閾値とを比較するステップと、
(d)前記比較に基づいて生殖能力の状態を判定するステップ
とを含む、男性対象における生殖能力の状態を判定する方法。
【請求項37】
前記物質がFas受容体、カスパーゼ3、および精細胞内因性DNアーゼから選択される、請求項36に記載の方法。
【請求項38】
(a)請求項17から33に記載の方法により治療される男性から精細胞を含むサンプルを得るステップと、
(b)生殖補助医療技術(ART)において前記サンプルを使用するステップ
とを含む、生殖補助方法。
【請求項39】
(a)請求項34から37のいずれか1項に記載の方法により、男性対象における生殖能力の状態を判定するステップと、
(b)前記生殖能力の状態に基づき生殖補助医療技術(ART)を決定するステップ
とを含む、生殖補助医療技術(ART)を選択する方法。
【請求項40】
(a)精細胞を含む精液サンプルを得るステップと、
(b)前記サンプルから、アポトーシスマーカーを発現する精細胞を除去し、精細胞の部分群を得るステップ
とを含む、生殖補助医療技術において用いるために精細胞群の精細胞を選択する方法。
【請求項41】
前記マーカーが細胞表面Fas受容体である、請求項40に記載の方法。
【請求項42】
前記マーカーがDNA-精細胞表面受容体複合体である、請求項40に記載の方法。
【請求項43】
精細胞を除去するステップが、
マーカーが抗体と結合するステップと、
前記精液サンプルから抗体が結合した精細胞を除去するステップ
とを含む、請求項40に記載の方法。
【請求項44】
前記抗体が蛍光標識されており、前記抗体に結合した精細胞が、蛍光活性化細胞選別器を用いて除去される、請求項43に記載の方法。
【請求項45】
前記抗体が樹脂ビーズに結合することができ、非結合精細胞が、カラムまたは遠心分離または磁石を用いて、樹脂に結合した精細胞から分離される、請求項43に記載の方法。
【請求項46】
前記生殖補助医療技術が、子宮内人工授精法、体外受精、卵細胞質内精子注入法(ICSI)、および卵細胞質内形態選別注入法(IMSI)から選択される、請求項39に記載の方法。
【請求項47】
(a)精細胞に対する細胞外DNAの影響の減少を引き起こす物質、および
(b)精細胞に対する細胞外DNAの影響の減少を引き起こす内因性物質の産生を促進する物質
から選択される物質を、生理学的に許容可能な担体と共に含む、男性の生殖能力低下を治療するための医薬組成物。
【請求項48】
(a)精細胞に対する細胞外DNAの影響の減少を引き起こす物質、および
(b)精細胞に対する細胞外DNAの影響の減少を引き起こす内因性物質の産生を促進する物質
から選択される物質を投与することを含む、男性の生殖能力低下を治療するための方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【図36】
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【公表番号】特表2010−506903(P2010−506903A)
【公表日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−532957(P2009−532957)
【出願日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際出願番号】PCT/IL2007/001250
【国際公開番号】WO2008/047364
【国際公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【出願人】(509111157)ペリネス リミテッド (1)
【Fターム(参考)】