説明

疲労特性と曲げ成形性に優れた機械構造鋼管とその製造方法

【課題】曲げ成形性と疲労特性を両立させた機械構造鋼管とその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の疲労特性と曲げ成形性に優れた機械構造鋼管は、ミクロ組織の面分率の80%以上がマルテンサイトであり、マルテンサイト組織の平均ブロック径が3μm以下であり、かつ最大ブロック径が平均ブロック径の1倍以上3倍以下であり、10gビッカースでの最大硬さが平均硬さの1倍以上1.2倍以下である。この鋼管は、鋼スラブを1070℃以上1300℃以下に加熱した後、仕上げ圧延温度を850℃以上1070℃以下とする熱間圧延を施し、仕上げ圧延後冷却速度8℃/sec以上で300℃以下まで冷却して熱延コイルとし、その後造管した後に整形工程にて4ロールサイジングでの縮径歪の合計が0.2%以上0.6%以下となるように縮径し、その後高周波で昇温速度35℃/sec以上で850℃以上1050℃以下まで加熱し、冷却速度100℃/sec以上で冷却する方法で製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば自動車構造鋼管、自動車足回り部品鋼管等として用いるに適した、疲労特性と曲げ成形性に優れた機械構造鋼管とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機械構造鋼管は、一般機械、産業機械、建設機械、輸送機械(自動車、輸送車両など)等で使用される部材や部品用の素材として産業界で広く使用されてきている。前記鋼材のひとつに、筒状中空体の機械構造鋼管がある。前記の鋼管については、使用時の繰り返し荷重による疲労特性と部材や部品加工のために曲げ成形性が要求される。機械構造鋼管の中でも自動車構造鋼管は、自動車の保安部材にも適用されるので、曲げ成形性ばかりでなく、特に優れた疲労特性が要求される。この自動車構造鋼管の一例に自動車足回り部品鋼管がある。自動車足回り部品としては、自動車の左右の車輪間に配置されるアクスルビームや、その周辺のサスペンション部材などがある。これらは、いずれも走行中に繰り返して衝撃荷重やねじり荷重等を受けるため、高い強度とともに高い疲労特性が必要である。また、自動車構造部材、特に自動車足回り部品は、複雑な部品形状に加工する場合が多く高い成形性が必要である。特に、曲げ半径Rの小さな曲げ成形を施す部材や部品においては、極めて高い曲げ成形性が必要である。
【0003】
特許文献1には、部分的に焼入れを施した疲労特性に優れた均一微細なマルテンサイト鋼及びその製造方法について記載されている。しかし一部が疲労特性に優れるだけでは、自動車部品として十分とは言えない。また、高Cのマルテンサイトでは、硬すぎて十分な成形性を確保する事ができない。
【0004】
特許文献2には、加工性に優れた高強度鋼管及びその製造方法について記載されている。特許文献2ではベイナイト、マルテンサイトを主体とする組織とし、冷延焼鈍によりr値をコントロールして成形性を上げているが、均一かつ微細な組織ではない為、十分な疲労特性を有するとは言えない。
【特許文献1】特開2007-262469号公報
【特許文献2】特開2004-225131号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記したように、現在までに十分な曲げ成形性と疲労特性を有する鋼管は存在しない。従って本発明の目的は、曲げ成形性と疲労特性を両立させた疲労特性と曲げ成形性に優れた機械構造鋼管とその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は上記の課題を解決するために検討を重ねた結果、低C(0.03〜0.15%)系の鋼材を用い、熱延で組織を下部ベイナイト又はマルテンサイトとしてCを均一に分散し、造管で4rollSZ(4ロールサイジング)での均一縮径を合計縮径量0.2%〜0.6%歪と十分に行う事により、高周波焼き入れでの逆変態時の核生成サイトが均一かつ十分にでき、全面を均一微細なフルマルテンサイト組織とすることにより、曲げ成形性と疲労特性を両立させた疲労特性と曲げ成形性に優れた機械構造鋼管が得られることを見出した。
【0007】
上記の知見に基づいてなされた本発明の疲労特性と曲げ成形性に優れた機械構造鋼管は、ミクロ組織の面分率の80%以上がマルテンサイトであり、マルテンサイト組織の平均ブロック径が3μm以下であり、かつ最大ブロック径が平均ブロック径の1倍以上3倍以下であり、10gビッカースでの最大硬さが平均硬さの1倍以上1.2倍以下であることを特徴とするものである。
【0008】
なお請求項2のように、本発明の機械構造鋼管は、質量%で、C:0.03〜0.15、Si:0.05〜1.0、Mn:0.3〜2.5、P:0.03以下、S:0.025以下、Ti:0.005〜0.1、Sol.Al:0.005〜0.1、N:0.0005〜0.01、B:0.0001〜0.01、を満たし、残部Fe及び不可避不純物からなる鋼からなることが好ましい。
【0009】
また請求項3のように、本発明の機械構造鋼管は更に、マルテンサイト生成促進元素群として、Cu:0.005〜1.0、Ni:0.005〜1.0、Mo:0.02〜1.0、Cr:0.03〜1.0、ブロック径微細化元素群として、Nb:0.003〜0.2、V:0.001〜0.2、W:0.001〜0.1、介在物形態制御元素群として、Ca:0.0001〜0.02、Mg:0.0001〜0.02、Zr:0.0001〜0.02、REM:0.0001〜0.02の中の、1つまたは2つ以上の元素群から選択され、各選択された各選択された元素群内の元素1種または2種以上を含有することが好ましい。
【0010】
また請求項4に係る本発明の疲労特性と曲げ成形性に優れた機械構造鋼管の製造方法は、質量%で、C:0.03〜0.15、Si:0.05〜1.0、Mn:0.3〜2.5、P:0.03以下、S:0.025以下、Ti:0.005〜0.1、Sol.Al:0.005〜0.1、N:0.0005〜0.01、B:0.0001〜0.01、残部Fe及び不可避不純物からなる鋼スラブを1070℃以上1300℃以下に加熱した後、仕上げ圧延温度を850℃以上1070℃以下とする熱間圧延を施し、仕上げ圧延後冷却速度8℃/sec以上で300℃以下まで冷却して熱延コイルとし、その後造管した後に整形工程にて4ロールサイジングでの縮径歪の合計が0.2%以上0.6%以下となるように縮径し、その後高周波で昇温速度35℃/sec以上で850℃以上1050℃以下まで加熱し、冷却速度100℃/sec以上で冷却することを特徴とするものである。
【0011】
さらに請求項5に係る本発明の疲労特性と曲げ成形性に優れた機械構造鋼管の製造方法は、質量%で、C:0.03〜0.15、Si:0.05〜1.0、Mn:0.3〜2.5、P:0.03以下、S:0.025以下、Ti:0.005〜0.1、Cr:0.03〜1.0、Sol.Al:0.005〜0.1、N:0.0005〜0.01、B:0.0001〜0.01を含有し、更にマルテンサイト生成促進元素群として、Cu:0.005〜1.0、Ni:0.005〜1.0、Mo:0.02〜1.0、Cr:0.03〜1.0、ブロック径微細化元素群として、Nb:0.003〜0.2、V:0.001〜0.2、W:0.001〜0.1、介在物形態制御元素群として、Ca:0.0001〜0.02、Mg:0.0001〜0.02、Zr:0.0001〜0.02、REM:0.0001〜0.02の中の、1つまたは2つ以上の元素群から選択され、各選択された元素群内の元素1種または2種以上を含有し、残部Fe及び不可避不純物からなる鋼スラブを1070℃以上1300℃以下に加熱した後、仕上げ圧延温度を850℃以上1070℃以下とする熱間圧延を施し、仕上げ圧延後8℃/sec以上で300℃以下まで冷却して熱延コイルとし、その後造管した後に整形工程にて4ロールサイジングでの縮径歪の合計が0.2%以上0.6%以下となるように縮径し、その後高周波で昇温速度35℃/sec以上で850℃以上1050℃以下まで加熱し、冷却速度100℃/sec以上で冷却することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の疲労特性と曲げ成形性に優れた機械構造鋼管は、全面が均一微細なマルテンサイト組織であり、かつ低Cであるので強度が硬すぎずまた柔らか過ぎない為、以下に述べるように曲げ成形性及び疲労特性共に優れる。
【0013】
本発明の鋼管は曲げ成形性に優れる。すなわち、本発明の鋼管の組織は80%以上が均一(10gビッカースでの平均硬さと最大硬さの比が1以上1.2以下)なマルテンサイト組織であるので、特に軟質な部分が存在せず、曲げ成形時の歪が局在化しない。これは、低Cマルテンサイト鋼の曲げ性を種々観察した所、硬い所では歪が小さくなり、柔らかい所では歪が大きくなり、硬度差が大きいと歪の差が大きくなって割れに至っている様子が観察された事から見出された。
【0014】
また本発明の鋼管は疲労特性に優れる。すなわち、本発明の鋼管の組織は80%以上が均一(10gビッカースでの平均硬さと最大硬さの比が1以上1.2以下)なマルテンサイト組織であるので、特に軟質な部分が存在せず、疲労損傷が局在化しない。また、平均ブロック径が3μm以下であり、かつ最大ブロック径が平均ブロック径の3倍以下と均一微細である事から、いたる所でブロック境界の面積が大きく、疲労き裂の進展抵抗が高い。これは、低Cマルテンサイト鋼の疲労損傷を種々観察した所、同じ方位のラスの集合体であるブロックを基本単位として疲労損傷しており、ブロック境界に沿ってき裂進展していた事から見出された。
【0015】
また本発明の鋼管は高周波焼き入れ時にマルテンサイトとするので、熱延時にマルテンサイトとする場合に比べてさらに特性が優れる。すなわち、熱延時にマルテンサイト組織とした場合(熱延→造管→ユーザーで曲げ成形)は、熱延後に造管した際に加工歪が入り、その分部品等に成形する際の曲げ成形性が劣る。また、電縫溶接時に熱影響部は鈍され、その部分は疲労特性が低下する。一方本発明のように高周波焼入れにてマルテンサイトとした場合(熱延→造管→高周波焼き入れ→ユーザーで曲げ成形)は、造管で入った歪が高周波焼き入れ時に解放される為に、加工歪による曲げ成形性の低下はなく、また電縫溶接時の熱影響部も、高周波焼入れ時に均一微細なマルテンサイト組織となるので、母材部と同等の曲げ成形性及び疲労特性を有する。
【0016】
従って本発明により得られた鋼管は、相反する特性である疲労特性と曲げ成形性が共に優れるので、この両特性が要求される機械構造部材、自動車構造部材、自動車の足回り部品用の鋼管として適する。
【0017】
また請求項4,5に記載された本発明の機械構造鋼管の製造方法によれば、上記した疲労特性と曲げ成形性を両立させた機械構造鋼管を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に本発明の好ましい実施形態を詳細に説明する。先ず本発明において、組織、ブロック径、10gビッカース硬さの限定理由について以下に述べる。
【0019】
鋼管のミクロ組織の面分率と疲労特性の指標である疲労限と曲げ成形性の指標である限界曲げ率との関係を、図1、図2に示す。但し、強度により疲労特性と曲げ成形性は異なるので、図は縦軸を降伏強度YSで整理した値で示す。これらの図より、マルテンサイト面分率80%以上の場合に疲労特性と曲げ成形性に優れる事が分かる。マルテンサイトの面分率が80%未満で特性が十分でない理由は、軟質な相が増えるとその部分が優先的に疲労損傷し、また曲げ成形時には軟質な部分と硬質なマルテンサイトの部分とで歪の差が大きくなり、その部分に応力集中して割れに至るためと考えられる。
【0020】
次に、マルテンサイト組織のブロック径と疲労特性との関係を図3、図4に示す。これらの図より、平均ブロック径が3μm以下で十分な疲労特性を示し、また最大ブロック径が平均ブロック径の1倍以上3倍以下で十分な疲労特性を示す事が分かる。本条件外で疲労特性が十分でない理由は、前記したように、ブロック径が大きくなるとブロック境界の面積が少なくなり、疲労でのき裂進展抵抗が下がるためと考えられる。
【0021】
次に、マルテンサイト組織の10gビッカース硬さと疲労特性及び曲げ成形性との関係を図5、図6に示す。これらの図より、10gビッカースでの最大硬さが平均硬さの1倍以上1.2倍以下で十分な疲労特性及び曲げ成形性を示す事が分かる。本条件外で疲労特性が十分でない理由は、前記したように、硬さにバラツキがあると軟質部が優先的に疲労損傷する為と考えられる。また、本条件外で曲げ成形性が十分でない理由は、前記したように、硬さにバラツキがあると曲げ成形時には軟質な部分と硬質なマルテンサイトの部分とで歪の差が大きくなり、その部分に応力集中して割れに至る為と考えられる。
【0022】
以下にマルテンサイトの面分率、ブロック径、10gビッカース硬さの求め方を示す。
マルテンサイトの組織面分率は、板厚断面を埋め込み研磨後、3%ナイタール溶液にて腐食し、光学顕微鏡にて400倍で鋼のミクロ組織を観察し、マルテンサイト部分の面積率を定量化して求めた。
【0023】
ブロック径は、EBSP(Electron Back Scattering Pattern)法により結晶方位分布像を観察し、結晶方位の差による色相差からブロック境界を特定して、その画像から観察されたブロックの中で最も長い対角線長さ(図7)とした。また、ブロック径はランダムに少なくとも50個測定し、その結果から平均ブロック径と最大ブロック径とを求めた。
【0024】
10gビッカース硬さは、板厚断面を埋め込み研磨後、マイクロビッカース硬さ測定機にて荷重は10gfで、マルテンサイト組織部分のみをランダムに少なくとも50点測定し、その結果から平均硬さと最大硬さとを求めた。
【0025】
前記の鋼管用熱延鋼板の疲労特性と曲げ成形性は、平面曲げ疲労試験と、曲げ成形試験を行い評価すれば良い。平面曲げ疲労試験は、鋼管から弧状の鋼板を切り出し、平板となるように矯正した後に、周波数30Hzの両振りで、応力条件を変えて試験を行い、疲労限を求めた。また曲げ成形試験は、鋼管から同様の方法で平板を採取し、先端に種々の曲率半径RのついたV字のポンチで押し込み、割れ発生する限界のRの大きさを調査し、その値から最外表面の曲げ歪の大きさ(限界曲げ歪)を算出して評価した。良好とする判断基準は、疲労特性は、疲労限/YSが0.7以上、曲げ成形性は限界曲げ歪×YSが250MPa以上とした。
【0026】
次に前記のマルテンサイト面分率、ブロック径、10gビッカース硬さを同時に満足するのに好適な鋼組成について述べる。
Cは必要とされる強度レベル(例えば590MPa級、690MPa級、780MPa級、980MPa級、1200MPa級)を得るために0.03%以上が好ましい。一方、0.15%を超えると強度が高くなって曲げ成形性が損なわれる場合があり、また靭性が低下して疲労特性に影響する。Cの好ましい範囲は、0.03〜0.15%である。
Siは曲げ成形性や疲労特性を阻害する粗大な酸化物を抑制するための脱酸元素として0.05%以上を含有させることが有効である。一方、1.0%超添加すると造管での電縫溶接時に溶接部にSiO起因の欠陥を発生する可能性がある。そこでSiの好ましい範囲は0.05〜1.0%とする。
Mnは焼入れ性を確保し、マルテンサイト組織を得るために有効であり、そのためには0.3%以上が望ましい。2.5%を超えるとMnOによる欠陥発生及びMnSによる中心偏析が顕著になる。Mnの好ましい範囲は0.3〜2.5%である。
Pは結晶粒界に濃化し易く、0.03%超では粒界の疲労強度を低下させる場合がある。このために、Pは0.03%以下が望ましい。また、Sは、0.025%超では粗大なMnSを形成して曲げ成形性や疲労特性を損なう場合がある。このため、Sは0.025%以下が望ましい。
【0027】
Tiはオーステナイト粒径の粗大化を抑制し、ブロック径の微細化を達成するのに有効である。この効果を得るには0.005%以上含有することが望ましい。一方、0.1%超では、微細化効果がほぼ飽和し、また粗大なTiNを生成して疲労特性及び曲げ成形性を低下させる可能性がある。このため、Tiは0.005〜0.1%が好ましい。
【0028】
Sol.AlとNは、製造過程でAlNを生成してオーステナイト粒の粗大化を抑制してブロック径の微細化を促進するために有効である。Alが0.005%未満ではその効果が必ずしも十分ではなく、Alが0.1%、Nが0.01%を越えると鋼の清浄度が下がるとともに粗大なAlNが生成して曲げ成形性及び/又は疲労特性が低下する場合がある。NはAlNの前記オーステナイト粒の粗大化抑制効果を利用するには0.0005%以上あれば十分である。Sol.Alは0.005〜0.1%が望ましく、Nは0.0005〜0.01%が望ましい。
【0029】
Bは鋼の焼入性を向上し、微細なマルテンサイト組織を得るために極めて有効な元素であり、Bが0.0001%未満ではその効果は必ずしも十分でなく、0.01%を超えると粗大な硼化物(硼化炭化物、硼化炭化物、硼化炭窒化物など)を生成し易くなり焼入性を損ない、また曲げ成形の際や疲労荷重が負荷された際に割れ起点や微小ボイドの起点にもなり易い。Bは、0.0001〜0.01%が好ましい。
【0030】
前記の基本的な鋼組成以外に、更に次の元素群(1)、(2)、(3)の中から一つまたは二つ以上の元素群を選択し、更に選択された元素群中の1種または2種以上の元素を含有することが可能である。
(1)べイナイト生成促進元素群として、Cu:0.005〜1.0%、Ni:0.005〜1.0%、Mo:0.02〜1.0%。、Cr:0.03〜1.0%。
(2)ブロック径微細化元素群として、Nb:0.003〜0.5%、V:0.001〜0.5%。
(3)介在物形態制御元素群として、Ca:0.0001〜0.02%、Mg:0.0001〜0.02%、Zr:0.0001〜0.02%、REM:0.0001〜0.02%。
【0031】
前記の元素群(1)のマルテンサイト生成促進元素群のCu、Ni、Mo、Crは、いずれも焼入性を向上しマルテンサイト組織の生成に有効である。(Cu、Ni、Mo、Crが、それぞれ、0.005%未満、0.005%未満、0.02%未満、0.03%未満の場合には、各元素のマルテンサイト生成促進作用が十分には得られにくい。一方、Cu、Ni、Mo、Crが、それぞれ、1.0%超、1.0%超、1.0%超、1.0%超の場合にはマルテンサイト生成促進作用が飽和し、添加量に見合う効果が期待できない。Cuは0.005〜1.0%、Niは0.005〜1.0%、Moは0.02〜1.0%、Crは0.03〜1.0%の範囲で鋼中に含有することが出来る。
【0032】
前記の元素群(2)ブロック径微細化元素群のNb、VとWは、いずれもオーステナイト粒の粗大化を抑制してブロック径の微細化を促進するために有効である。このためには、Nbは0.003%以上、Vは0.001%以上、Wは0.001%以上の含有が望ましい。また、Nbが0.2%超、Vが0.2%超、Wが0.1%超では、鋼中に粗大炭化物が形成し易く、曲げ成形時に割れ起点になったり、粗大炭化物付近に成形時の加工歪が局在化して素材、部材や部品の表面品位を低下し、部材や部品に加工後利用中に疲労損傷の局在化を誘発し、疲労特性を低下する懸念がある。よって、Vは0.003〜0.2%、Nbは0.001〜0.2%、Wは0.001〜0.1%の範囲で鋼中に含有せしめることが出来る。
【0033】
前記の元素群(3)の介在物形態制御元素群として、Caは0.0001〜0.02%、Mgは0.0001〜0.02%、Zrは0.0001〜0.02%、REMは0.0001〜0.02%で含有することが可能である。Ca、Mg、Zr、とREMはいずれも硫化物を形態制御して成形性を高める作用がある。この作用を利用するには、Caは0.0001%以上、Mgは0.0001%以上、Zrは0.0001%以上、REMは0.0001%以上含有することが望ましい。これら元素を過剰に含有する場合にはこれら元素の粗大硫化物やクラスター化した酸化物との複合化合物を形成して逆に曲げ成形性と疲労特性を低下せしめる場合がある。このため、Caは0.0001〜0.02%、Mgは0.0001〜0.02%、Zrは0.0001〜0.02%、REMは0.0001〜0.02%で含有することが望ましい。
【0034】
次に、本発明の鋼管の好適な製造方法について述べる。
本発明においては、質量%で、C:0.03〜0.15、Si:0.05〜1.0、Mn:0.3〜2.5、P:0.03以下、S:0.025以下、Ti:0.005〜0.1、Sol.Al:0.005〜0.1、N:0.0005〜0.01、B:0.0001〜0.01、からなる鋼スラブを用いる。鋼組成の限定理由は、前記した通りである。
【0035】
前記の組成の鋼スラブを、1070℃以上1300℃以下に加熱した後、仕上げ圧延温度を850℃以上1070℃以下とする熱間圧延を施すことが本発明の鋼管とする為の前組織を得るのに有効である。鋼スラブを1070℃以上に加熱すると、溶鋼凝固過程で析出した炭化物、窒化合物、炭窒化合物を鋼中で固溶させることにより、鋼中の成分の不均一さが極めて少なくなる。鋼スラブを1300℃超に加熱するとAlNが熱間圧延工程で、又は圧延後の冷却工程で粗大に析出したり、Bの焼入性向上効果を阻害する硼化物(炭化硼素、窒化硼素、炭窒化硼素)を形成することがあるので望ましくない。鋼スラブの熱間圧延での加熱温度は1070℃以上1300℃以下が好ましい。
【0036】
高周波焼き入れ後にブロック径の微細なマルテンサイトを得る為には、高周波焼入れの前組織である熱延後でも極力微細な組織とした方が有利である。その為には、ほぼオーステナイト単相でかつ再結晶域である850℃以上の温度域で行うことが望ましい。一方、1070℃超では、オーステナイト粒径が著しく粗大化してしまう。よって、熱間圧延の仕上圧延温度は、850℃以上1070℃以下が好ましい。
【0037】
前記の組成の鋼スラブを、仕上げ圧延後冷却速度8℃/sec以上で300℃以下まで冷却する事が本発明の鋼管とする為の前組織を得るのに有効である。
高周波焼き入れ後にブロック径及び硬さの均一なマルテンサイトを得る為には、高周波焼入れの前組織である熱延後でも極力均一な組織とした方が有利である。特に高周波焼き入れ時の逆変態は、Cの存在する場所から起こるため、熱延後にCを極力均一に分散しておいた方が望ましい。その為には熱延後にマルテンサイト組織又は下部ベイナイト組織としておくと有利であり、その為には仕上げ圧延後冷却速度8℃/sec以上で300℃以下まで冷却する事が有効である。圧延後冷却速度が8℃/sec未満ではフェライトが析出して不均一な組織となってしまう可能性がある。また、冷却停止温度が300℃超では、上部ベイナイト組織となってCが粒界に偏析、又はフェライトパーライト組織となって、不均一な組織となってしまう可能性がある。
【0038】
熱延後は造管を行う。前記熱延条件の熱延コイルから通常の造管を行った後に、成形工程にて4rollSZ(4ロールサイジング:4個のサイジングロールを用いた造管)での縮径歪の合計が0.2%以上0.6%以下となるように縮径を行う事が、本発明の鋼管を得る為に有効である。高周波焼き入れ時の逆変態は、Cが存在する場所の中でも転位の存在する場所から起こり易い為、転位を鋼管全体に均一に分散した方が均一微細なブロック径かつ均一な硬さを有するマルテンサイト鋼を得るのに有利である。
【0039】
一般的にサイジング工程では、ロール分割数が2である2rollSZとロール分割数が4である4rollSZが使われるが、2rollSZでは鋼管の0°位置及び180°位置に転位が集中してしまい、逆に90°位置及び270°位置には転位がほとんど入らない。一方4rollSZでは、鋼管の全面に転位を入れる事が可能である。
縮径歪の合計が0.2%未満では十分な転位を入れる事ができなく、また縮径歪の合計が0.6%超では、十分な転位は導入されるもののかなりの強加工となる為、加工割れや偏肉がおこる可能性があり、いずれも好ましくない。よって縮径歪の合計は0.2%以上0.6%以下とする事が望ましい。
【0040】
造管後に高周波焼入れを行って、本発明の鋼管とする。整形工程を終えた鋼管を昇温速度35℃/sec以上で850℃以上1050℃以下まで加熱し、冷却速度100℃/sec以上で高周波焼入れを行う。
昇温速度が35℃/sec未満であると、先に逆変態したオーステナイト粒の粒成長が進み、後から逆変態したオーステナイト粒とのブロック径に大きな差が生じる。加熱温度が850℃未満であると、温度が低い為に逆変態できない部位が生じ、不均一な組織となる可能性がある。また加熱温度が1050℃以上であると、オーステナイト粒が粒成長し、焼き入れ後のブロック径も粗大なものとなってしまう。また冷却速度が100℃/sec未満であると、冷却速度が足りずに80%以上をマルテンサイト組織とできない可能性がある。以上の事から、高周波焼入れの条件は、昇温速度35℃/sec以上で850℃以上1050℃以下まで加熱し、冷却速度100℃/sec以上とする事が望ましい。
【0041】
本発明の鋼管は、機械構造用鋼管、例えば自動車構造用鋼管、自動車の足回り部品に用いられる鋼管に適用すると効果的であるが、他にも疲労特性及び曲げ成形性が共に要求される例えば輸送機械である航空機や鉄道等の輸送車両の鋼管製部品に適用しても効果的である事は言うまでもない。また、本発明の疲労特性と曲げ成形性に優れた機械構造鋼管用鋼板は、本発明の範囲内で成分及び熱延条件を調節して、強度を高めとすることにより、特に疲労特性が重視される機械構造部材・部品に最適となり、強度を低めとすることにより、特に曲げ成形性が重視される機械構造部材・部品に最適となる。
【実施例】
【0042】
表1に示す成分(wt%)の鋼を溶解、鋳造した。その鋼塊を加熱後、表2に示す条件の熱延、造管、高周波焼入れを行って、φ114.3×t2.0mmの鋼管とした後に、一部を弧状に切り出して平板となるように矯正した後に、曲げ成形用試験片と平面曲げ疲労用試験片とに加工した。平面曲げ疲労試験は、周波数30Hzの両振りで、応力条件を変えて行い、疲労限を求めた。また曲げ成形試験は、先端に種々の曲率半径RのついたV字のポンチで押し込み、割れ発生する限界のRの大きさを調査し、その時の最外表面の曲げ歪の大きさ(限界曲げ歪)を算出して評価した。良好とする判断基準は、疲労特性は、疲労限/YSが0.7以上、曲げ成形性は限界曲げ歪×YSが250MPa以上とした。熱延条件、造管条件、高周波焼き入れ条件、マルテンサイト面分率、平均ブロック径、最大ブロック径/平均ブロック径、最大硬さ/平均硬さ、及び平面曲げ疲労試験と曲げ成形試験の結果は表2に示す通りである。なお表1及び表2で、本発明の範囲を逸脱した箇所には下線を引いてある。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
本発明鋼は、前記したように、全面がほぼマルテンサイト組織からなり組織のバラツキが小さく、また組織が十分に均一かつ微細であるので、疲労限/YSが0.7以上の疲労特性と限界曲げ歪×YSが250以上の曲げ成形性を両立できる。
【0046】
これに対し、マルテンサイト面分率、平均ブロック径、最大ブロック径/平均ブロック径、最大硬さ/平均硬さの一部が本発明の範囲から逸脱した比較例では、疲労特性と曲げ成形性を両立することができない。
比較例1は、Tiが条件から外れているために、Bを有効活用する事ができずに、マルテンサイト面分率、平均ブロック径、最大ブロック径/平均ブロック径、最大硬さ/平均硬さが本発明範囲を逸脱し、疲労特性と曲げ成形性共に不十分であった。
比較例2は、Bが条件から外れているために、十分な焼入れ性を確保する事ができずに、マルテンサイト面分率、平均ブロック径、最大ブロック径/平均ブロック径、最大硬さ/平均硬さが本発明範囲を逸脱し、疲労特性と曲げ成形性共に不十分であった。
比較例3は、熱延での冷却速度が遅いために、熱延後の組織がフェライトとパーライトとベイナイトの入り混じった不均一な組織となってしまった。そのため、最大ブロック径/平均ブロック径、最大硬さ/平均硬さが本発明範囲を逸脱し、疲労特性と曲げ成形性共に不十分であった。
比較例4は、熱延での冷却停止温度が高いために、熱延後の組織がフェライトパーライト組織となってしまった。そのため、最大ブロック径/平均ブロック径、最大硬さ/平均硬さが本発明範囲を逸脱し、疲労特性と曲げ成形性共に不十分であった。
比較例5は、造管での4roll縮径量が十分でないため、均一なマルテンサイトとする為の十分な量の歪を鋼中に分散できなかった。そのため、最大ブロック径/平均ブロック径、最大硬さ/平均硬さが本発明範囲を逸脱し、疲労特性と曲げ成形性共に不十分であった。
比較例6は、高周波焼き入れ時の加熱温度が高いために、オーステナイトが粗大化して、平均ブロック径も粗大なものとなってしまったために、疲労特性が不十分であった。
比較例7は、高周波焼入れ時の冷却速度が遅いために、マルテンサイト面分率が低くなってしまい、疲労特性と曲げ成形性共に不十分であった。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】マルテンサイトの組織面分率と疲労特性との関係を示した図である。
【図2】マルテンサイトの組織面分率と曲げ成形性との関係を示した図である。
【図3】マルテンサイトの平均ブロック径と疲労特性との関係を示した図である。
【図4】マルテンサイトのブロック径バラツキと疲労特性との関係を示した図である。
【図5】マルテンサイトの10gビッカース硬さバラツキと疲労特性との関係を示した図である。
【図6】マルテンサイトの10gビッカース硬さバラツキと曲げ成形性との関係を示した図である。
【図7】マルテンサイトのブロック径を定義した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミクロ組織の面分率の80%以上がマルテンサイトであり、マルテンサイト組織の平均ブロック径が3μm以下であり、かつ最大ブロック径が平均ブロック径の1倍以上3倍以下であり、10gビッカースでの最大硬さが平均硬さの1倍以上1.2倍以下であることを特徴とする疲労特性と曲げ成形性に優れた機械構造鋼管。
【請求項2】
質量%で、C:0.03〜0.15、Si:0.05〜1.0、Mn:0.3〜2.5、P:0.03以下、S:0.025以下、Ti:0.005〜0.1、Sol.Al:0.005〜0.1、N:0.0005〜0.01、B:0.0001〜0.01、を満たし、残部Fe及び不可避不純物からなる鋼からなることを特徴とする請求項1に記載の疲労特性と曲げ成形性に優れた機械構造鋼管。
【請求項3】
鋼が更に、質量%で、
マルテンサイト生成促進元素群として、
Cu:0.005〜1.0、Ni:0.005〜1.0、Mo:0.02〜1.0、Cr:0.03〜1.0、
ブロック径微細化元素群として、
Nb:0.003〜0.2、V:0.001〜0.2、W:0.001〜0.1、
介在物形態制御元素群として、
Ca:0.0001〜0.02、Mg:0.0001〜0.02、Zr:0.0001〜0.02、REM:0.0001〜0.02
の中の、1つまたは2つ以上の元素群から選択され、各選択された元素群内の元素1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項2に記載の疲労特性と曲げ成形性に優れた機械構造鋼管。
【請求項4】
質量%で、C:0.03〜0.15、Si:0.05〜1.0、Mn:0.3〜2.5、P:0.03以下、S:0.025以下、Ti:0.005〜0.1、Sol.Al:0.005〜0.1、N:0.0005〜0.01、B:0.0001〜0.01、残部Fe及び不可避不純物からなる鋼スラブを1070℃以上1300℃以下に加熱した後、仕上げ圧延温度を850℃以上1070℃以下とする熱間圧延を施し、仕上げ圧延後冷却速度8℃/sec以上で300℃以下まで冷却して熱延コイルとし、その後造管した後に整形工程にて4ロールサイジングでの縮径歪の合計が0.2%以上0.6%以下となるように縮径し、その後高周波で昇温速度35℃/sec以上で850℃以上1050℃以下まで加熱し、冷却速度100℃/sec以上で冷却することを特徴とする疲労特性と曲げ成形性に優れた機械構造鋼管の製造方法。
【請求項5】
質量%で、C:0.03〜0.15、Si:0.05〜1.0、Mn:0.3〜2.5、P:0.03以下、S:0.025以下、Ti:0.005〜0.1、Cr:0.03〜1.0、Sol.Al:0.005〜0.1、N:0.0005〜0.01、B:0.0001〜0.01を含有し、更に
マルテンサイト生成促進元素群として、
Cu:0.005〜1.0、Ni:0.005〜1.0、Mo:0.02〜1.0、Cr:0.03〜1.0、
ブロック径微細化元素群として、
Nb:0.003〜0.2、V:0.001〜0.2、W:0.001〜0.1、
介在物形態制御元素群として、
Ca:0.0001〜0.02、Mg:0.0001〜0.02、Zr:0.0001〜0.02、REM:0.0001〜0.02
の中の、1つまたは2つ以上の元素群から選択され、各選択された元素群内の元素1種または2種以上を含有し、残部Fe及び不可避不純物からなる鋼スラブを1070℃以上1300℃以下に加熱した後、仕上げ圧延温度を850℃以上1070℃以下とする熱間圧延を施し、仕上げ圧延後8℃/sec以上で300℃以下まで冷却して熱延コイルとし、その後造管した後に整形工程にて4ロールサイジングでの縮径歪の合計が0.2%以上0.6%以下となるように縮径し、その後高周波で昇温速度35℃/sec以上で850℃以上1050℃以下まで加熱し、冷却速度100℃/sec以上で冷却することを特徴とする疲労特性と曲げ成形性に優れた機械構造鋼管の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−70789(P2010−70789A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−237602(P2008−237602)
【出願日】平成20年9月17日(2008.9.17)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】