説明

直動案内ユニット及びその製造方法

【課題】従来のステンレス鋼製の直動案内ユニットよりも安価であり、硬化層も深く、異物が混入した潤滑下でも長寿命な直動案内ユニットを提供する。
【解決手段】直動案内レールが、質量%で、Cを0.4以上0.75以下、Mnを0.1以上1.0以下、Siを0.1以上1.0以下、Crを10.0以上16.0以下、Niを0.3以下、Nを0.20未満の割合で含有し、かつ(1)式及び(2)式を同時に満たすマルテンサイト系ステンレス鋼からなり、
(1)式;C%≦−0.05Cr%+1.41
(2)式;0.5%≦(C+N)%≦−(0.055Cr%+0.030Si%
+0.108Mn%+0.047Ni%)+1.517
軌道溝の表面層における残留オーステナイト量が6〜30容量%である直動案内ユニット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マシニングセンタ、旋盤、研削盤、ロボット、精密X−Yテーブル、計測装置、半導体や液晶等の製造設備、搬送設備等の直線運動を行う装置に用いられる直動案内ユニットに関し、特に、直動案内レールの生産性向上と長寿命化に関する。
【背景技術】
【0002】
直動案内ユニットは、その主要構成部品としてスライダーと、案内レールと、それらの間を転動する転動体を備えており、転動体はスライダーの転動体への接触面である第一の接触面と案内レールの転動体への接触面である第二の接触面とに対して転動するように構成されている。
【0003】
一般に、直動案内ユニットの材料として、SCM420等の肌焼鋼を浸炭あるいは浸炭窒化、焼入れ、焼戻し処理を施した鋼材や、AISI4150等の材料を高周波焼入れを施した鋼材等が広く使用されている。また、これらの鋼材は、繰り返しせん断応力に耐えて転がり疲労寿命を確保するべく、通常、HRC56〜64の硬度とされている。また、転動体には高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)が用いられるのが一般的である。
【0004】
しかしながら、直動案内ユニットの使用環境は多種多様であり、腐食環境下で用いられる場合、前記の材料では早期に発錆して使用不能となるため、主として焼入れ硬化性の高いJIS−SUS440C等の高炭素Crマルテンサイト系ステンレスが使用されてきた。しかし、直動案内ユニットでは、特に案内レールは複雑な異形断面形状をもつ長尺部品であり、素材はできるだけ完成品形状に近い形状まで冷間異形引抜き加工されることが多いが、前記高炭素Crマルテンサイト系ステンレスは変形抵抗が大きいため、この異形引抜きに多大な時間と費用を要し、著しく高コストになるなどの問題があった。そこで、現状では、SUS440Cに比べて炭素、Cr含有量を共に低減して冷間異形引抜き加工性を改良した0.7C−13Cr系の高炭素マルテンサイト系ステンレス鋼が主として使用されている。
【0005】
図2に、直動案内レールの一種であるリニアガイドレールの従来の製造工程を示すが、先ずリニアガイドレール素材としての鋼材(ワーク)Wを引抜加工して、レール外形形状とともに軌道溝2を形成する〔図2(a)〕。この際、材料の変形抵抗や加工硬化性、型寿命等を考慮して複数回引抜加工と軟化焼鈍とが繰り返し行なわれ、徐々に目標とする寸法形状まで成形される。
【0006】
次に、引抜加工したリニアガイドレールの軌道溝2の溝底部に、ワイヤ保持器を通すためのワイヤ溝(または油溜り溝のこともある)3、取付け基準面Wbsの基準表示線(又は溝)4等の何れか、または両方を切削加工する〔図2(b)〕。以上が前加工として行われる。
【0007】
その後、焼入れ硬化のための熱処理を施す。従来の焼入れ硬化方法としては、真空中でずぶ焼入れを行なう方法と、高周波焼入れを行なう方法とが周知であるが、前者では、部品全体を高温にした後に急冷を行なうので、部品形状が異形、長尺である程、部品全体の冷却速度にアンバランスが生じて、その結果大きな変形や曲がり、捩れを生じてしまうことがある。一方、後者の高周波焼入れを行なう方法では、部分的に焼入れ硬化を施すことは焼入れコイルの設計で容易に行うことができ、且つ部品全体に熱を加える必要がないので、焼入れ時の変形や曲がり、捩れ等も少なくて済み、更には心部等の非硬化層が十分軟質であるため、その変形等の矯正もし易いという利点がある。従って、特に直動案内ユニットを構成する案内レールやスライダー等の部品のうち、特に異形、長尺のものにあっては、焼入れは後者の高周波焼入れにより実施されることが多い。また、熱処理後には変形や曲がり、捩れ等が矯正される。
【0008】
焼入れ後、取付ボルト孔5の開孔加工を行う〔図2(c)〕。次いで、案内レール上面Wa、下面Wcを仕上げ研削加工する〔図2(d)〕。更に、軌道溝2及び両側面Wb,Wbを砥石6により同時研削〔図2(e)〕することで仕上げ研削加工〔図2(e)〕され、完成品形状とされる。
【0009】
以上述べたように、直動案内ユニットの製造では、多数の工程を要する上に、引抜加工〔図2(a)〕や切削加工〔図2(b)〕における加工精度や面粗さが仕上げ精度として不十分なため、高精度を必要としない製品に対しても仕上げ工程として研削加工〔図2(d)、(e)〕が必要となり、そのために加工時間が長く、加工コストが高くなる。加工精度を高めるために、例えば引抜加工を複数回繰り返すことも考えられるが、引抜加工では、通常、引抜毎に口付け(ダイスに入るように先を細くする)、焼鈍、熱処理のスケール落としのためのショットピーニングあるいは酸洗、リン酸塩皮膜処理等の前後処理が必要であるため、結局はコストが高くなってしまう。このように、引抜加工では加工精度が十分でなく、研削加工に際して研削取代を多めに設ける必要があり、そのために研削時間が長くかかる。
【0010】
そこで、転造技術を直動レール溝の加工に適用させることで工程数を削減してコストを低減するとともに、必要精度を確保して直動案内ユニットを製造する技術も知られている(特許文献1参照)。特にステンレス鋼は、SCM420やAISI4150等の材料に比較して研削性に劣るため、転造加工により、研削取代を削減したり、あるいは研削加工そのものを省略することは、コストの低減に大きく寄与する。
【0011】
しかしながら、前述したように、ステンレス鋼はSCM420やAISI4150等の材料より加工性に乏しいため、現状の転造技術では軌道溝2が1本に限定される等の制約を受ける場合がある。このような場合、一本の軌道溝2で全ての荷重を支えなければならないため、従来サイズより大きな転動体を用いる等して負荷容量を確保する必要があり、それに伴って軌道溝2にはより深い硬化層が必要になる。しかし、ステンレス鋼は、AISI4150等に比較して、A1変態点が高く炭化物の溶け込みが遅く、また炭素の拡散速度が小さいこともあって、高周波焼入れによる短時間加熱では十分な焼入れ硬化層深さが得られ難い。更には、高周波出力を増加させたり、ワークWの移動速度を遅くすることにより深い硬化層を得ようとすると、炭化物の溶け込み過ぎによって表面近傍のMs点が低下してマルテンサイト変態が抑制され、表層には多量の残留オーステナイトが残存し、結果として十分な硬度が得られなくなったりする場合がある。また、転動体径が大きくなると、接触楕円の面積も大きくなり、異物が混入した場合にそれが噛み込まれる確率も増加することとなる。
【0012】
また、ステンレス鋼には、元来、凝固過程で生成した粗大な共晶炭化物が多数内在しているため、これが応力集中源として作用したり、焼入れに際して高周波加熱によりオーバーヒートして硬さムラが発生するなどして短寿命の原因となっていた。
【0013】
【特許文献1】特開2001−227539号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
そこで、本願発明は、従来のステンレス鋼製の直動案内ユニットに比較してコストダウンを達成できるとともに、十分な硬化層深さを確保できて、清浄な潤滑下はもとより、異物が混入した潤滑下でも長寿命な直動案内ユニットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
係る目的を達成するために、本発明は、長手方向側面に形成された軌道溝を有する直動案内レールと、前記軌道溝と対向する軌道溝が形成され且つ前記直動案内レールに対して相対摺動するスライダーとを具備する直動案内ユニットにおいて、
少なくとも前記直動案内レールが、質量%で、Cを0.4以上0.75以下、Mnを0.1以上1.0以下、Siを0.1以上1.0以下、Crを10.0以上16.0以下、Niを0.3以下、Nを0.20未満の割合で含有し、かつ下記(1)式及び下記(2)式を同時に満たすマルテンサイト系ステンレス鋼からなるとともに、
(1)式;C%≦−0.05Cr%+1.41
(2)式;0.5%≦(C+N)%≦−(0.055Cr%+0.030Si%
+0.108Mn%+0.047Ni%)
+1.517
該直動案内レールの軌道溝の表面層における残留オーステナイト量が6〜30容量%であることを特徴とする直動案内ユニットを提供する。
【0016】
また、本発明は、長手方向側面に形成された軌道溝を有する直動案内レールと、前記軌道溝と対向する軌道溝が形成され且つ前記直動案内レールに対して相対摺動するスライダーとを具備する直動案内ユニットの製造方法であって、
質量%で、Cを0.4以上0.75以下、Mnを0.1以上1.0以下、Siを0.1以上1.0以下、Crを10.0以上16.0以下、Niを0.3以下、Nを0.20未満の割合で含有し、かつ下記(1)式及び下記(2)式を同時に満たすマルテンサイト系ステンレス鋼からなる棒状体に転造加工により軌道溝を形成し、
(1)式;C%≦−0.05Cr%+1.41
(2)式;0.5%≦(C+N)%≦−(0.055Cr%+0.030Si%
+0.108Mn%+0.047Ni%)
+1.517
次いで表面層を高周波焼入れして該表面層における残留オーステナイト量を6〜30容量%として前記直動案内レールを作製し、前記スライダーを組み付けることを特徴とする直動案内ユニットの製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0017】
本発明の直動案内ユニットは、直動案内レール材料を特定組成のマルテンサイト系ステンレス鋼とし、転造加工による加工後、高周波焼入れして表面層の硬さと残留オーステナイト量を所定の範囲となるように調整したものであるため、加工コストの低減と長寿命とを両立できるという効果がある。ステンレス鋼は一般に加工性に著しく劣るため、転造加工を施すことは、従来の異形引き抜きの手間や型寿命、あるいは、研削取代の削減または研削工程そのものの削除といった効果があり、本発明による意義は大きい。また、転造加工の精度上の制約から、軌道溝が一本に限定された場合であっても、従来のステンレス鋼より大きな硬化層深さとすることができ、かつ、高い熱処理安定性が得られるため、サイズに限定されることなく広範囲に適用できる等の多大なる効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明に関して詳細に説明する。
【0019】
本発明では、少なくとも直動案内レールを下記に示す必須成分を含有するマルテンサイト系ステンレス鋼で作製する。
[C;含有量]
Cは、基地をマルテンサイト化することにより焼入・焼戻後の硬さを向上せしめて強度を増加させる元素であり、0.4質量%以上必要である。しかし、耐食性の面からは少ないほど良く、また、多量に加えると製鋼時にCrが粗大な共晶炭化物を形成する。その結果、基地中のCr濃度が不足して十分な耐食性が得られなくなるだけでなく、疲労寿命、靱性、加工性を低下させたり、高周波加熱の際にオーバーヒートを起こし、硬さムラを生じる場合がある。従って、本発明においては、C含有量を0.4質量%以上0.75質量%以下、更に望ましくは0.6質量%未満とする。
【0020】
[Cr;含有量]
Crは鋼に耐食性を与える最も必要な元素であるが、10.0質量%に満たないと良好な耐食性が得られなくなる。また、Cr含有量が増加すると耐食性は向上するが、必要以上に添加されると、δフェライトや共晶炭化物が生成しやすくなり、靭性または疲労寿命を低下させ、更に、オーバーヒート時に残留オーステナイト量が増加して十分な焼入れ硬さが得られなくなることがあり、また、加工性等も劣化する。従って、本発明においては、Cr含有量を10質量%以上16質量%以下、好ましくは11.5質量%以上13.5質量%以下とする。
【0021】
[Mn;含有量]
Mnは製鋼時の脱酸剤として必要な元素で0.1質量%以上添加されるが、多量に添加すると冷間加工性、被削性を低下させるだけでなく、SやP等の不純物と共存して耐食性を低下させ、また、場合によってはオーバーヒート時に残留オーステナイト量が増加して十分な焼入れ硬さが得られなくなることがある。従って、本発明では、Mn含有量を0.1質量%以上1.0質量%以下、好ましくは0.1質量%以上0.5質量%以下とする。
【0022】
[Si;含有量]
SiはMnと同じく製鋼時の脱酸剤として0.1質量%以上必要である。更に、焼戻軟化抵抗性を高め、転動疲労寿命を向上させるのに有効な元素であるが、多量に添加すると靭性、冷間加工性を低下させる。従って、本発明では、Si含有量を0.1質量%以上1.0質量%以下とする。
【0023】
[Ni;含有量]
Niは強力なオーステナイト安定化元素であり、δフェライトの生成を抑え、靭性を向上させ、更に耐食性を向上させる作用があるが、多量の残留オーステナイトを生成して十分な焼入れ硬さが得られなくなることがある。従って、本発明では、Ni含有量を0.3質量%以下とする。
【0024】
[N;含有量]
NはCと同様にマルテンサイトを強化して耐食性、耐摩耗性を向上させる作用があり、さらに粗大な共晶炭化物の形成を抑制する作用もあるために、好ましくは0.05質量%以上添加される。しかし、一般に、通常の大気圧条件下での製鋼過程では溶鋼及び初晶フェライト中の窒素溶解度が小さいため、多量の窒素を添加しようとすると、凝固過程で気泡が生じてインゴット内に多量の気孔が導入され、素材の健全性が損なわれる。従って、本発明では、窒素の含有量は0.2質量%未満とする。
【0025】
更に、本発明においては、上記C、Mn、Si、Cr、Ni及びNの各含有量が、下記(1)式及び(2)式を同時に満足する必要がある。
(1)式;C%≦−0.05Cr%+1.41
(2)式;0.5%≦(C+N)%≦−(0.055Cr%+0.030Si%
+0.108Mn%+0.047Ni%)
+1.517
【0026】
マルテンサイト系ステンレス鋼では、通常、C含有量とCr含有量とが多いため、凝固過程で20μmを超えるような粗大共晶炭化物が生成する場合がある。このような粗大共晶炭化物が生成した場合には、疲労寿命、靭性、加工性を低下させたり、高周波加熱の際にオーバーヒートを起こし、硬さムラを生じる場合がある。そこで、このような粗大共晶炭化物の生成を抑制するため、C含有量とCr含有量とを上記(1)式を満足するように調整する。これにより、共晶炭化物の大きさを10μm以下、好ましくは5μm以下とする。
【0027】
また、焼入・焼戻後に十分な表面硬度と硬化層深さ、6〜30容積%の残留オーステナイト量、十分な耐摩耗性、疲労寿命を得るためには上記(2)式を満足する必要がある。C含有量とN含有量とが合計で0.5質量%に満たない場合には、所定の硬度が得られず、また残留オーステナイト量も6〜30容積%にならず本発明の期待する効果が得られない。また、その上限が(2)式の右辺を満足しない場合には、十分な硬化層深さを得ようとすると、オーバーヒートにより30容積%を超える多量のオーステナイトが残留し、十分な焼入れ硬さが得られなくなる。
【0028】
[その他;含有量]
上記に挙げた成分以外は任意であるが、任意成分の中でも好ましい成分としてMoを挙げることができる。Moは焼入性及び焼戻軟化抵抗性を著しく増大させる作用があり、更に耐食性にも有効に作用する。しかし、過剰に添加すると靭性だけでなく、焼純後の硬さが高くなり、その結果、冷間加工性及び被削性が低下し、素材コストだけでなく、軸受の製造コストが高くなる。従って、本発明では、2.0質量%以下の範囲で選択的に添加される。
【0029】
また、P、S等の不純物元素は耐食性の観点から極力少ない方が好ましく、特にPは0.03質量%以下、Sは0.01%以下とする方が良い。その他、Ti、Oは介在物となって存在し、疲労寿命に悪影響を与えるので、極力少ない方が好ましく、Tiは50ppm以下、Oは20ppm以下とする方が良い。
【0030】
尚、残部は鉄並びに不可避不純物である。
【0031】
[製造方法;転造加工、高周波焼入れ]
本発明では、上記のマルテンサイト系ステンレス鋼を転造加工により所定の直動案内レール形状に加工し、更に軌道溝の表面に高周波焼入れ処理を施して直動案内レールを製造する。以下に、図1を参照して転造加工方法の一実施形態を説明する。尚、図1は直動案内レールとしてのリニアガイドレールの軌道溝を加工するための転造加工装置の要部を概略的に示すもので、(a)は側面図、(b)は正面図である。
【0032】
図示される転造加工装置において、2つの転造加工用の回転ダイス10がリニアガイドレールの素材であるワークWを挟むように向かい合って設置されている。各回転ダイス10は円盤形の丸ダイスで、その回転軸の方向がワークWの軸の方向に対して直角に配設されている。回転ダイス10の外周面10A(溝加工面)の形状は、転造すべきリニアガイドレールの軌道溝2の溝形状に合わせた凸形状、例えば半円形(単一R形)凸形状またはゴシックアーク形凸形状等となっている。各回転ダイス10には駆動装置であるダイス回転用のモータ11がそれぞれに付設されており、回転ダイス10はこのモータ11によりベルト12を介して回転駆動される(能動型ダイスである)。また、回転ダイス10をそのモータ11と共にワークWに向けて矢符号Aのように移動させることで、回転ダイス10をワークWに押し付ける図示されない移動加圧機構を備えている。その移動加圧機構により加圧位置に送り出された回転ダイス10は、図外のストッパに突き当てて位置決めするか、または油圧NC、BS駆動等の公知の位置決め送り機構を有して位置決めを行うようになっている。更に、溝加工時に矢符号Xで示す方向(即ち、ダイス対向方向と90°位相をずらした方向)の位置を安定させるために、加工位置(又はその前後の近傍位置でも良い)に、ワークWを両側から挟んで加圧支持する例えば油圧式あるいは固定式などの位置決め支持装置13を備えている。
【0033】
先ず、図示の転造加工装置による、リニアガイドレールの軌道溝2のみの加工工程を述べる。ワークWは、ダイス寿命、転造加工力等を考慮し、加工前硬さHRC20以下程度に焼きなまししておく。軌道溝2として断面V形状に除去する場合には、後の転造加工力を低減できる利点がある。そして、対向する一対の回転ダイス10は、図外の移動加圧機構により加圧位置に送り出し、ストッパに突き当てるなどして位置決めされる。尚、ダイス間距離LをワークWの両側の軌道溝2、2間の目的寸法Dに対応させて予め設定しておく。そして、回転ダイス10を回転させた状態でワークWを、回転ダイス10間に挿入して位置決め支持装置13で正しく加工位置に保持しつつ矢符号B方向に送り、回転ダイス10間を通過させてリニアガイドレールの軌道溝2をワークWの両側面に転造成形する。尚、回転ダイス10間を1回通過して最終形状に仕上がる場合と、ダイス間距離Lを変えながら複数回の通過を繰り返して最終形状に仕上がる場合とがあり、ワークWの素材の種類や軌道溝2の加工精度、溝形状等に応じて通過回数が決定される。
【0034】
上記の転造加工により形成された軌道溝2の長手方向の面粗さ(中心線平均粗さ)は、0.05〜0.2Raと低く抑えられている。従って、高精度を必要としないリニアガイドレールの場合、そのまま十分に使用に供することができる。また、極めて高い精度が要求される場合は、必要に応じて、研削加工を施すことも可能である。切削加工を行う場合には、転造後のワークWの上面、両側面、下面の4平面、及び軌道溝2等を高精度に仕上げ研削加工する。前述した通り、転造加工されたリニアガイドレールでは、引抜加工による場合よりも高精度に加工ができるため、研削取代が少なくなる。尚、この研削加工は、図1(e)に示したように、レール両側溝の同時研削により行うことができる。
【0035】
その後、軌道溝2が転造形成されたワークWに、取付けボルト孔5の孔開け機械加工を行うことで(図2(c)参照)、軌道溝2が精度良く形成されたリニアガイドレールが得られる。
【0036】
この実施の形態によれば、従来の引抜加工によるリニアガイドレールの加工方法に比べて、次のような種々の作用効果が得られる。
(1)軌道溝2を回転ダイス10を用いて転造するため、従来の固定ダイスを用いる引抜加工に比べて加工力が小さく、装置の剛性や強度が小さくてすむ。また引抜加工では複数回引抜きを行い、軌道溝2の深さや幅を徐々に大きくすることが一般に行われるが、その都度異なるダイスを必要とする。しかし、転造加工装置では回転ダイス10の間隔を狭めるだけで軌道溝2の断面形状を調整できるため、汎用性、融通性が高く、設備費が少なくてすむ。
(2)回転ダイス10の転がり接触で加工されるため、回転ダイス10の摩耗が少なく工具寿命が長い。
(3)ワークWの転造面に転造特有の連続した加工繊維組織が得られるため、軌道溝の強度が増し、材質が良好になる。
(4)熱処理後の歪みが少ない。従って、その後必要に応じて行う軌道溝2の研削工程での研削取代が少なくなり、その結果研削時間が短縮できて加工コストが低減される。また、溝研削加工によるワークWの曲がりを小さくできる。
(5)回転ダイス10が回転接触するため加工面に潤滑剤を導入しやすく、回転ダイス10の摩耗をより少なくすることができる。
【0037】
尚、図1には軌道溝2のみ成形する場合を示しているが、軌道溝2の底部にワイヤ保持器用溝又は油溜り溝(図2(b)参照)を設ける場合には、軌道溝2及び保持器用溝又は油溜り溝を併せ持った凸形の外周面10Aを有する回転ダイス10を使用することにより、軌道溝2とワイヤ保持器用溝又は油溜り溝とを同時に転造加工することができる。このような複数個所同時転造加工によれば、従来は引抜加工及び切削加工の別々の工程を経て行われているリニアガイドレールの諸加工が、1工程で済むという利点もある。また、図1はモータ11を有する能動型の回転ダイス10を用いているが、自由回転する受動型の回転ダイスを用いても良い。この場合の回転ダイス10は、補助駆動装置で矢符号B方向に押し込み又は引き抜きされるワークWの送りにより回転して軌道溝2を転造する。この受動型回転ダイスでは、モータ11がない分、装置が簡略で低コストになる利点がある。
【0038】
また、転造加工装置は、ワークWを挟み対向して対称的に向かい合った2個一対の回転ダイス10を一組とし、複数組をワークWの加工送り方向に沿い直列に多段配設したものであっても良い。
【0039】
上記の転造後、軌道溝2を焼入れ硬化することにより硬度を高め、転がり寿命を確保する必要がある。ずぶ焼入れの場合には、前述した通り、部品全体を高温にした後に急冷を行うので、部品形状が異形、長尺である程、部品全体の冷却速度にアンバランスが生じて、その結果大きな変形や曲がり、捩れを生じてしまうことがあり、転造加工のメリットが発揮できない。そこで、本発明では、熱処理は部分焼入れが可能な高周波焼入れを行う。部分的に焼入れ硬化を施すことは焼入れコイルの設計で容易に行うことができ、且つ部品全体に熱を加える必要がないので、焼入れ時の変形や曲がり、捩れ等も少なくて済み、更には心部等の非硬化層が十分軟質であるため、仮に変形が生じてもその変形等の矯正もし易いという利点がある。
【0040】
尚、前述した回転ダイス10が複雑になればなるほど、転造加工後のリニアガイドレールの目標精度を得ることが難しくなる。特に、ステンレス鋼のような難加工性である材料の場合には、顕著であり、例えば軌道溝2が1本に限定され、転動体径を大きくしたりして負荷容量を確保する必要性が生じる場合があり、それに伴い、より深い硬化層深さが必要となる。しかしながら、ステンレス鋼の場合、A1変態点が高く炭化物の溶け込みが遅く、また炭素の拡散速度も小さいこともあって、高周波焼入れによる短時間加熱では十分な焼入れ硬化層深さが得られ難い。高周波出力を増加させたり、ワークWの移動速度を遅くすることにより硬化層を深く形成しようとすると、炭化物の溶け込み過ぎによって表面近傍のMs点が低下してマルテンサイト変態が抑制され、表面部分には多量の残留オーステナイトが残存することにより十分な硬度が得られなくなったりする場合がある。また、粗大な共晶炭化物が内在する場合には、共晶炭化物が溶融したりして硬度低下や硬さムラが生じる。更に、負荷容量を確保すべく転動体径を大きくしようとする場合には、接触楕円径が大きくなるため、軌道面に異物が混入した場合には噛み込まれる確率が増加することになる。
【0041】
そこで、本発明では、上記の高周波焼き入れにより表面層の残留オーステナイト量を6容量%以上30容量%以下とし、異物が混入して噛み込まれも応力集中を緩和させて長寿命化を図っている。残留オーステナイト量が6容量%より少ないと、異物が混入した際の寿命が低下し、30容量%より大きいと硬さが低下する。好ましくは、残留オーステナイト量を10容量%以上25容量%以下とするのが良い。
【0042】
それに伴い、硬化層を従来の2倍程度深く形成することができる。
【0043】
上記の如く転造加工及び高周波焼入れして製造されたリニアガイドレールに、対応するスライダーを組み付けることにより、本発明の直動案内ユニットであるリニアガイド装置が完成する。尚、スライダーを、上記したリニアガイドレール材料と同一材料で形成することも可能である。
【実施例】
【0044】
次に、本発明の効果を寿命試験によって確認した実施例を示し、実施例の結果から、数値限定範囲の意義を説明する。
【0045】
表1に、実施例及び比較例で用いた供試材の合金成分(尚、残部は鉄及び不可避不純物)を示す。表1において、記号A〜Fで示される供試材は本発明で規定した合金組成を満足するものであり、記号G〜Kで示される供試材は比較用である。また、表1中に素材硬さ及び冷間加工性の評価結果を併記した。冷間加工性の評価結果は、溶製材を熱間圧延して直径20mmの棒状材とし、焼きなましした後、長さ25mmに切断した試験片を用い、端面完全拘束で圧下率50%の時の変形抵抗値を測定したものである。表1に示すように、実施例である供試材A〜Fは何れも焼きなまし後の硬さが低く、変形抵抗も小さく冷間加工性は良好である。比較例の供試材GはSUS440C、供試材HはSUS440Aであるが、何れも変形抵抗は大きく加工性が劣る結果となっている。また、比較例の供試材G、H、Iについては、長径10μmを超える共晶炭化物が認められた。
【0046】
【表1】

【0047】
上記各供試材からなるワークを用意し、図1に示した転造加工装置を用いて精度良く軌道溝を1本形成し、以下に示す種々の条件で高周波焼入れ及び焼戻しを実施した。その後、熱処理時に着色した酸化スケールをバフやブラシ等の軟質物に砥粒を混合させたラップ剤を混合させて表面を磨き上げた。尚、この処理は、粗さや形状精度等にはほとんど影響はない。その後、熱処理時に生じた僅かな曲がりを矯正し、取り付け穴を加工して、サイズ25mm×レール長さ1000mmの完成品に仕上げ、試験体とした。
【0048】
(高周波焼入れ条件)
・高周波焼入機:発信方式 トランジスタ・インバータ式
出力 200kW
周波数 30kHz
・焼入れ条件 :335V〜385V(焼入れ温度1050〜1170℃)×10〜30mm/sec
水冷後−80℃×1hr
・焼戻し :150℃×2.0hr
【0049】
引き続いて、各試験体を用いて以下の条件で寿命試験を行った。
【0050】
(寿命試験条件)
・試験機名:NSK製「リニアガイド耐久寿命試験機」に各試験体を装着
・試験荷重:530kgf(接触面圧213kgf/mm
・送り速度:最大60m/min
・ストローク:500mm
・潤滑グリース:アルバニアNo.2(昭和シェル石油)
・混入異物:
組成 :Fe3C系粉
硬さ :HRC52
粒径 :74〜147μm
混入量:0.005g
【0051】
各試験体の熱処理品質と寿命試験結果を表2に示した。尚、熱処理品質は、10μm以上の共晶炭化物の有無を顕微鏡観察により求めた。また、寿命は、摩耗や剥離等の破損が出るまでの試験時間を記録した。そして、ワイブル関数分布により、10個の試験片の内、短寿命側から10%のリニアガイドが寿命に達する時間を求め、これを試験寿命とした。試験結果は試験条件による計算寿命を算出し、計算寿命時間に対する試験時間の比で示している。なお、計算寿命の1.5倍を超えたものは試験打ち切りとした。
【0052】
表2に評価結果を示す。表2には、表面硬さ(0.2mm深さ)、残留オーステナイト量(γR:0.2mm深さ)、有効硬化層深さ(比較例1を1.0としたときの比)も記載した。
【0053】
【表2】

【0054】
表2に示すように、各実施例は、表面硬さ、残留オーステナイト量がそれぞれ所定の範囲に調整されており、良好な寿命を呈している。一般に、転動体径が大きくなる場合には、より深い硬化層深さが必要になるが、より深い硬化層深さを得ようとすると表面近傍がオーバーヒートして多量の残留オーステナイトが残り、十分な硬さが得られない場合がある。実施例7〜12は比較例1の2倍程度の硬化層深さが得られるように熱処理を施したものであるが、このように硬化層を深く形成しても十分な硬さと残留オーステナイト量が得られるため、長寿命である。
【0055】
これに対して、比較例1〜3は、粗大な共晶炭化物が内在するため、実施例に比較して良好な寿命が得られていない。また、比較例4はC+N総含有量が0.5質量%に満たないため、十分な表面硬さと硬化層深さが得られず、短寿命となった。また、比較例5〜9は、比較例1の硬化層深さの2倍となるように熱処理を施したものであるが、オーバーヒートにより多量の残留オーステナイトが残り、表面硬さが得られず寿命が低下した。また、比較例10〜11に示すように、実施例の供試材であっても、過剰なオーバーヒートを受ける場合には、残留オーステナイト量が30容量%を大きく超え、それに伴い硬さが低下して寿命が低下する。
【0056】
これらのことから、表面硬さをHRC56〜64、残留オーステナイト量を6〜30容量%、好ましくは、表面硬さをHRC58〜64、残留オーステナイト量を10〜25容量%とするのが良い。
【0057】
また、98%RH、70℃×2週間の条件で湿潤試験を行ったところ、表中への記載は省略するが、各実施例は、耐食性に関しても、比較例と同等以上であることを確認した。
【0058】
上記の試験結果から、本発明に従い合金組成が規定されたマルテンサイト系ステンレス鋼は、加工性や熱処理生産性及び転動寿命や耐食性等も良好なため、転造加工を行った後、所定の硬さ、有効硬化層深さ、残留オーステナイト量となるように調整することにより、安価で且つ高機能な直動案内ユニットを提供できることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明において直動案内レール(リニアガイドレール)を製造するために使用する転造加工装置を示す構成概略図である。
【図2】従来の直動案内レール(リニアガイドレール)の製造工程の一例をワークの断面にて示す図である。
【符号の説明】
【0060】
2 軌道溝
3 ワイヤ溝
5 取付けボルト孔
6 砥石
10 回転ダイス
11 モータ
12 ベルト

【特許請求の範囲】
【請求項1】
長手方向側面に形成された軌道溝を有する直動案内レールと、前記軌道溝と対向する軌道溝が形成され且つ前記直動案内レールに対して相対摺動するスライダーとを具備する直動案内ユニットにおいて、
少なくとも前記直動案内レールが、質量%で、Cを0.4以上0.75以下、Mnを0.1以上1.0以下、Siを0.1以上1.0以下、Crを10.0以上16.0以下、Niを0.3以下、Nを0.20未満の割合で含有し、かつ下記(1)式及び下記(2)式を同時に満たすマルテンサイト系ステンレス鋼からなるとともに、
(1)式;C%≦−0.05Cr%+1.41
(2)式;0.5%≦(C+N)%≦−(0.055Cr%+0.030Si%
+0.108Mn%+0.047Ni%)
+1.517
該直動案内レールの軌道溝の表面層における残留オーステナイト量が6〜30容量%であることを特徴とする直動案内ユニット。
【請求項2】
前記直動案内レールの軌道溝の表面層が、高周波焼入れ処理されていることを特徴とする請求項1記載の直動案内ユニット。
【請求項3】
長手方向側面に形成された軌道溝を有する直動案内レールと、前記軌道溝と対向する軌道溝が形成され且つ前記直動案内レールに対して相対摺動するスライダーとを具備する直動案内ユニットの製造方法であって、
質量%で、Cを0.4以上0.75以下、Mnを0.1以上1.0以下、Siを0.1以上1.0以下、Crを10.0以上16.0以下、Niを0.3以下、Nを0.20未満の割合で含有し、かつ下記(1)式及び下記(2)式を同時に満たすマルテンサイト系ステンレス鋼からなる棒状体に転造加工により軌道溝を形成し、
(1)式;C%≦−0.05Cr%+1.41
(2)式;0.5%≦(C+N)%≦−(0.055Cr%+0.030Si%
+0.108Mn%+0.047Ni%)
+1.517
次いで表面層を高周波焼入れして該表面層における残留オーステナイト量を6〜30容量%として前記直動案内レールを作製し、前記スライダーを組み付けることを特徴とする直動案内ユニットの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−217796(P2007−217796A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−69950(P2007−69950)
【出願日】平成19年3月19日(2007.3.19)
【分割の表示】特願2002−149286(P2002−149286)の分割
【原出願日】平成14年5月23日(2002.5.23)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】