説明

真空成膜装置および真空成膜方法

【課題】純Agからなる反射膜と略同等レベルの初期反射率に到達でき、かつ銀にビスマスを添加した材料からなる耐環境性に優れた反射膜を基板に堆積可能な、真空成膜装置および真空成膜方法を提供する。
【解決手段】真空成膜装置100は、内部を減圧可能な真空槽20と、真空槽内において、基板11を保持する基板ホルダ12と、基板ホルダ12にバイアス電圧を印加するバイアス電源V1と、真空槽内において、銀にビスマスを添加した反射膜用の材料を配置する材料ホルダ15と、材料ホルダ15から基板に向けて材料を放出させるとともに材料の放出に際して前記材料をイオン化する材料放出手段と、を備え、イオン化された材料の運動エネルギーをバイアス電圧に基づき増加させるようにして基板11に材料からなる反射膜が堆積され、反射膜の反射率はバイアス電圧およびビスマスの添加量に基づいて調整される装置である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空成膜装置および真空成膜方法に係り、更に詳しくは、真空成膜装置により基板に堆積される反射膜の特性を改善する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
光磁気ディスク等の記録媒体やランプリフレクタ等の光学部品の高性能化にともない、これらの基幹機能膜である反射膜への要求が厳しくなっている。このため、反射率が高く耐環境性に優れ、かつ経済的に見合う製品の開発が望まれている。
【0003】
ところで、反射膜材料としての銀(Ag)は、可視波長域において反射率が最も高い素材である反面、高温および高湿度環境下における黄変や白濁に起因した耐環境性劣化による反射率低下を招くという欠点がある。この欠点の対策としてAgにビスマス(Bi)、銅(Cu)およびネオジウム(Nd)等を添加すれば耐環境性は改善できると考えられているが、Agにこのような添加物を添加して基板に堆積した反射膜の初期反射率は、純粋な銀(以下、「純Ag」と略す)からなる反射膜の初期反射率より大幅に劣る。
【0004】
そこで、添加物の添加量(濃度)を適切に調整したAgと添加物の合金材料を、スパッタリング装置を用いて基板に堆積させることにより、基板上のスパッタリング膜(反射膜)の初期反射率および耐環境性の両方を改善する試みがある(例えば、従来例としての特許文献1および非特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2005−15893号公報(表3)
【非特許文献1】神戸製鋼技報、Vol.55、No.1(Apr.2005)P17〜P20
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1では、Agに添加するBi等の添加物の量により、AgおよびBiの合金(以下、「Ag/Bi合金」と略す)からなる反射膜の初期反射率が調整できることが記載されている。しかし、現実には、同技報に記載の何れのデータも可視波長域全域に亘って、純Agからなる反射膜と略同等レベルの初期反射率に到達するAg/Bi合金反射膜は得られていない(例えば、非特許文献1の図3参照)。
【0006】
特許文献1には、Agに添加するBi添加量を少なくすることにより、Ag/Bi合金反射膜の初期反射率を、純Agからなる反射膜の反射率に漸近させたデータが示されている。例えば、同公報の表3には、Biの添加量を0.01原子%に調整することにより、純Agからなる反射膜の反射率(波長405nmにおいて90.8%)と略同等レベルのAg/Bi合金反射膜の反射率(波長405nmにおいて90.1%)が、示されている。
【0007】
この特許文献1記載の反射率が相対反射率および絶対反射率の何れを指すか、および、反射率測定時の入射光角度を何度に設定したか、特許文献1の記載内容から直接的に知ることはできない。但しこの反射率(波長405nmにおいて90.1%)の数値を45°絶対反射率と見做す限りは、純Agからなる反射膜の波長400nmのおける初期の45°絶対反射率が、後記の本件発明者等の実験結果によれば略95%程度であることから、特許文献1記載のAg/Bi合金反射膜では、充分なレベルの反射率に達していない。また、Biの添加量を0.01原子%と低くした場合には、反射膜の適切な耐環境性を得られるか疑問が残る。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、純Agからなる反射膜と略同等レベルの初期反射率に到達でき、かつ銀にビスマスを添加した材料からなる耐環境性に優れた反射膜を基板に堆積可能な、真空成膜装置および真空成膜方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
従来例に記載のAg/Bi合金反射膜の反射率改善技術には、Ag/Bi合金反射膜の反射率良否を左右する、真空堆積過程における重要なプロセスパラメータの見落としがあると考えられる。見落とされたパラメータには、例えば真空成膜装置としてイオンプレーティング装置を想定すれば、基板上の反射膜の素になるイオン化された材料が基板に堆積する際に、その運動エネルギーを増すように機能する基板ホルダ印加用のバイアス電圧がある。
【0010】
よって、本発明はこのような知見に基づき案出されたものであり、本発明の真空成膜装置は、内部を減圧可能な真空槽と、前記真空槽内において、基板を保持する基板ホルダと、前記基板ホルダに所定のバイアス電圧を印加するバイアス電源と、前記真空槽内において、銀にビスマスを添加した反射膜用の材料を配置する材料ホルダと、前記材料ホルダから基板に向けて、前記材料を放出させるとともに、前記材料の放出に際して前記材料をイオン化する材料放出手段と、を備え、前記イオン化された材料の運動エネルギーを前記バイアス電圧に基づき増加させるようにして前記基板に前記材料からなる反射膜が堆積され、前記反射膜の反射率は、前記バイアス電圧および前記ビスマスの添加量に基づいて調整される装置である。
【0011】
このように、バイアス電圧を適切に調整すること、および、銀にビスマスを添加した反射膜用の材料のビスマスの添加量を適切に調整することにより、純粋な銀からなる反射膜と略同等レベルの初期反射率に到達でき、かつ当該材料からなる耐環境性に優れた反射膜を基板に堆積できる。
【0012】
なおここで、前記材料ホルダは、前記材料を格納するハースであり、前記材料放出手段は、前記ハース内の前記材料を加熱および蒸発される電子ビームを放出するとともに、前記電子ビームにより生成されたプラズマにより、蒸発された前記材料をイオン化するプラズマガンを有しても良い。
【0013】
これにより、純粋な銀からなる反射膜と略同等レベルの初期反射率に到達でき、かつ当該材料からなる耐環境性に優れた反射膜を基板に形成可能な、プラズマガンを用いたイオンプレーティング装置が得られる。
【0014】
また、前記真空槽を接地させた際の前記バイアス電圧の絶対値は50V以上、70V以下に調整されても良い。
【0015】
これにより、可視波長域の全域において、高温および高湿度環境による反射率変化量が所定レベル以下になった、反射膜が得られる。
【0016】
また、前記ビスマスの添加量が略0.5重量パーセントに調整されても良い。
【0017】
これにより、バイアス電圧を0Vに設定した場合には、可視波長域の全域において、高温および高湿度環境による反射率変化量が1.0%以下に達する反射膜が得られる。
【0018】
本発明の真空成膜方法は、真空槽内の基板ホルダに基板を配置し、前記真空槽内の材料ホルダに、銀にビスマスを添加した反射膜用の材料を配置し、前記真空槽内を減圧し、前記基板ホルダにバイアス電圧を印加し、前記基板に向けて前記材料を放出させる際に前記材料をイオン化することにより、前記バイアス電圧に基づき前記材料の運動エネルギーを増加させるようにして、前記基板に前記材料からなる反射膜を堆積し、前記反射膜の反射率を、前記バイアス電圧および前記ビスマスの濃度に基づき調整する方法である。
【0019】
このようにバイアス電圧を適切に調整すること、および、銀にビスマスを添加した反射膜用の材料のビスマスの添加量を適切に調整することにより、純粋な銀からなる反射膜と略同等レベルの初期反射率に到達でき、かつ当該材料からなる耐環境性に優れた反射膜を基板に堆積できる。
【0020】
また、前記真空槽を接地させた際の前記バイアス電圧の絶対値は50V以上、70V以下に調整されても良い。
【0021】
これにより、可視波長域の全域において、高温および高湿度環境による反射率変化量が所定レベル以下になった、反射膜が得られる。
【0022】
また、前記ビスマスの添加量が略0.5重量パーセントに調整されても良い。
【0023】
これにより、バイアス電圧を0Vに設定した場合には、可視波長域の全域において、高温および高湿度環境による反射率変化量が1.0%以下に達する反射膜が得られる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、純Agからなる反射膜と略同等レベルの初期反射率に到達でき、かつ銀にビスマスを添加した材料からなる耐環境性に優れた反射膜を基板に堆積可能な、真空成膜装置および真空成膜方法が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、図面を参照して本発明を実施するための最良の形態について説明する。
【0026】
図1は、本発明の実施の形態の真空成膜装置の内部の一構成例を示した図である。
【0027】
図1では、シリコン基板11の搬入出用の扉(不図示)を開き、基板11を基板ホルダ12にセットし、シリコン基板11に蒸着する光学反射膜(金属薄膜)用の材料13をハース15(材料ホルダ)にセットした状態の真空成膜装置100の内部の様子が図示されている。
【0028】
ここでの真空成膜プロセス用の材料13としては、上述の如く、可視波長域における高初期反射率の確保とともに耐環境性の基本的性能の確保の観点、および材料13の入手容易性や経済性の観点から、銀(Ag)にビスマス(Bi)を、その濃度が適量になるように添加したAg/Bi材料13(例えばAgとBiの合金化材料)が、選定されている。
【0029】
真空成膜装置100(ここではイオンプレーティング装置)は、図1に示す如く、接地状態の真空槽20を有する。この真空槽20の内部20eは、真空槽20の下方かつ右側壁に設けられた排気孔20aに連通する真空排気装置(不図示)により減圧可能になっている。なお、真空槽内部20eの到達真空度は略1×10-3Paであり、真空成膜プロセス中の真空槽内部20eの真空度は略2×10-2Paであった(Arガス導入により圧力が上昇する)。
【0030】
真空槽の内部20eの上方には、シリコン基板11をその裏面から保持する導電性の基板ホルダ12が配設されている。このシリコン基板11を搭載した基板ホルダ12は、少なくともゼロボルト〜数百ボルトの範囲で直流(DC)電圧を設定可能なバイアスDC電源V1のマイナス電圧側端子に接続されている。なお、バイアスDC電源V1のプラス電圧端子側は接地されている。これにより、後記のとおり、ハース15から蒸発され、プラスに帯電(イオン化)された蒸着用の粒子は、マイナスDC電圧(後記の基板バイアス電圧Biasに相当)に基づきシリコン基板11に向けて加速される。なお本実施の形態では、シリコン基板11の温度コントロールはなされていない。
【0031】
真空槽10の内部20eの下方には、Ag/Bi材料13を格納するハース15および材料放出手段が配設されている。材料放出手段は、シリコン基板11の蒸着用のAg/Bi材料13の粒子を、その上方に位置するシリコン基板11に向けて放出させ、この粒子の放出に際して当該粒子をイオン化させる各種の機器からなる。例えば、この材料放出手段は、真空槽20の左側壁の設けられた電子ビーム通過用孔20bに配設され、大電流の電子ビームEを真空槽20内に放出するプラズマガン17と、プラズマガン17に所定の電力を給電するガンDC電源V2と、ハース15の裏面に配置され、電子ビームEの向きを略90°曲げることにより、この電子ビームEをハース15内に導く永久磁石18とを備える。
【0032】
プラズマガン17は、放電ガス(Arガス)を導く減圧可能な放電空間(不図示)を有する。この放電空間内の適所には、電子およびArプラスイオンからなる高密度のArガス放電プラズマを形成し維持するための、カソード(不図示)および中間電極(不図示)が配設されている。また、放電空間外の適所には、大電流の電子を真空槽20内に引き出すための電磁空心コイル(不図示)が配置されている。
【0033】
ガンDC電源V2の一方の端子(マイナス電圧側)は、プラズマガン17のカソードに接続され、ガンDC電源V2の他方の端子(プラス電圧側)は、適宜の導電性のカバー部材19を介してアノードとしてのハース15に接続される。これにより、プラズマガン17は、ガンDC電源V2の電圧に基づく放電により、カソードからハース15に電子ビームEを誘導可能に構成されている。そしてこの電子ビームEのエネルギーにより、ハース15中のAg/Bi材料13が加熱されて蒸発される。蒸発されたAg/Bi材料13の粒子は、シリコン基板11に向けて飛散する途中の、電子ビームEによりハース15の近傍に生成されたプラズマ領域において、電子を剥ぎ取られプラスにイオン化される。これにより、当該粒子は、その運動エネルギーを増すように、上記バイアスDC電源V1に基づき、マイナスDC電圧を印加された基板ホルダ12に向かって加速され、その結果として、シリコン基板11に緻密な蒸着膜を堆積できる。また、この基板ホルダ12へのマイナスDC電圧印加は、後程詳しく述べるように、Ag/Bi材料13を光学反射膜の材料として使用する場合には、反射膜の反射率特性を決定する重要な役割を果たす。
【0034】
このようにして、ハース15に入れたAg/Bi材料13を電子ビームEにより加熱されて蒸発させると同時に、蒸発された粒子を電子ビームEによるプラズマを用いて効率的にイオン化できる。
<反射膜の初期反射率の特性評価について>
次に、Ag/Bi材料13を蒸着した反射膜の初期反射率の特性を、基板ホルダ12への印加用のマイナスDC電圧である基板バイアス電圧Biasとの関係において検証した結果を説明する。
【0035】
図2および図3は、可視波長域において、Ag/Bi材料からなる反射膜の初期反射率を純Agからなる反射膜の反射率と比較したプロファイルを示す図である。
【0036】
図2では、基板バイアス電圧Biasをゼロボルト(0V)に設定した状態において、横軸に反射光の「波長」をとり、縦軸に「45°絶対反射率」をとって、各種の反射膜についての両者間の関係が示されている。図2の反射膜として、真空成膜装置100(図1参照)により純Agを用いて蒸着した反射膜(以下、「純Ag反射膜」と略す)、略1.82重量パーセント(以下、「重量パーセント」を「wt%」と略す)の濃度のBiを添加した市販のAgおよびBiを合金化させた材料を用いて真空成膜装置100により蒸着した反射膜(以下、「Ag/Bi(1.82wt%)反射膜」と略す)、および、ハース15(図1参照)に入れたAg粒子とBi粒子とを物理的に混合することにより、重量比としてのBiが略1wt%の濃度になるように調整した混合材料を用いて真空成膜装置100により蒸着した反射膜(以下、「Ag/Bi(1wt%)反射膜」と略す)が、選定されている。
【0037】
図3では、上記Ag/Bi(1.82wt%)反射膜について、横軸に反射光の「波長」をとり、縦軸に「45°絶対反射率」をとって、基板バイアス電圧Biasをパラメータとした両者間の関係が、純Ag反射膜との比較で示されている。図3の基板バイアス電圧Bias(絶対値)として、|Bias|=0V、30V、70V、100Vの電圧が選定されている。
【0038】
最初に、図2および図3の縦軸の「45°絶対反射率」の測定原理について図7を参照して説明する。
【0039】
図7は、反射膜の45°絶対反射率を評価した分光光度計(株式会社日立ハイテクノロジーズ社製;型番「日立分光光度計U−4100」)の測定原理を示した図である。なおここでは、測定器のオプションとしての45°正反射付属装置および偏光子が装備されているが、この分光光度計の詳細な説明は省く。
【0040】
反射膜の反射率としては、試料の反射光強度と基準ミラーの反射光強度の比をとる相対反射率を指すこともあるが、この分光光度計を用いて反射膜の絶対反射率の測定が可能である。これにより、反射膜の反射率測定が高精度に行える。
【0041】
図7において、先ずは、試料をセットしない状態において、光源Lから放射され、光学フィルタFにより所定の波長(例えば400nm)に分光させた光をミラーM1およびミラーM2の光路(図7の実線参照)に通過させた後、この光の強度が測定される。そうすれば、ミラーM1、M2のベースライン測定が行える。
【0042】
次に、試料をセットした状態において、ミラーM1の位置をミラーM1’の位置に移動させ、ミラーM2をミラーM2'の位置に回転させる。そして、上記分光させた光を、ミラーM1’およびミラーM2’の光路(図7の点線参照)に通過させた後、この光の強度が測定される。
【0043】
これらの両方の光路とも、ミラーM1、M1’、M2、M2’への入射光角度および光路長を等しくすれば、試料の絶対反射率が測定できる。なお絶対反射率測定は、分光させた光の入射光角度θを適宜変えて行えるが、本実施の形態では、入射光角度θとして45°を採用した「45°絶対反射率」を評価した。
【0044】
図2によれば、可視波長域の全域に亘って、Ag/Bi(1.82wt%)反射膜の初期反射率(図2の二点鎖線参照)およびAg/Bi(1wt%)反射膜の初期反射率(図2の点線参照)の両方とも、純Ag反射膜の初期反射率(図2の実線参照)よりも劣ることが確認された。例えば、波長400nmの純Ag反射膜の初期反射率は略94.8%であるのに対し、波長400nmのAg/Bi(1.82wt%)反射膜の初期反射率は略90.7%であり、波長400nmのAg/Bi(1wt%)反射膜の初期反射率は略91.6%であった。
【0045】
図3によれば、可視波長域の全域に亘って、基板バイアス電圧Bias(絶対値)を、0V(図3の実線参照)、30V(図3の長い点線参照)、70V(図3の一点鎖線参照)および100V(図3の二点鎖線参照)のように変化させた場合のAg/Bi(1.82wt%)反射膜の初期反射率が、基板バイアス電圧Bias(絶対値)の増加に連れて、純Ag反射膜の初期反射率(図3の短い点線)に漸近することが分かった。例えば、波長400nmについて言えば、純Ag反射膜の初期反射率は略94.8%であるのに対し、基板バイアス電圧Biasを0VにしたAg/Bi(1.82wt%)反射膜の初期反射率は略90.7%であり、同電圧Biasを30Vにした同初期反射率は略94.3%であり、同電圧Biasを70Vにした同初期反射率は略94.3%であり、同電圧Biasを100Vにした同初期反射率は略94.8%であった。
【0046】
このような基板バイアス電圧Biasの印加により、Ag/Bi(1.82wt%)反射膜の初期反射率を改善可能であるという知見が得られた。そして、反射膜の初期反射率を改善するという観点では、基板バイアス電圧Biasの好適な範囲(絶対値)は、30V以上であると考えられる。これにより、可視波長域(例えば、400nm〜850nm)の全域において、反射膜の初期反射率(45°絶対反射率)が純Ag反射膜の反射率と略同等レベルの94%以上に達するAg/Bi(1.82wt%)反射膜が得られる。
【0047】
なお、基板バイアス電圧Biasの印加による反射膜の初期反射率の改善効果を裏付ける観点から、このような基板バイアス電圧Biasと、当該反射膜の表面性および厚み方向の膜構造との関係を検証した。この検証結果は後程述べる。
<反射膜の耐環境性評価について>
次に、高温および高湿度環境による反射膜の反射率への影響を、基板バイアス電圧Biasおよび反射膜のBi濃度との関係において検証した結果を説明する。
【0048】
図4は、可視波長域(例えば、青色:400nm付近の波長帯から、赤色:略800nm付近の波長帯)において、Ag/Bi(1.82wt%)反射膜の、高温および高湿度環境による反射率変化量(縦軸)と、基板ホルダに印加させる基板バイアス電圧(横軸)との間の相関関係を示した棒グラフ図である。図4の横軸の基板バイアス電圧Bias(絶対値)として、|Bias|=0V、|Bias|=10V、30V、50V、70Vの電圧が選定されている。
【0049】
図5は、同可視波長域において、基板バイアス電圧を0Vに設定した場合のAg/Bi材料からなる反射膜の、高温および高湿度環境による反射率変化量(縦軸)と、Bi濃度(添加量;横軸)との間の相関関係を示した棒グラフ図である。なお、ハース15(図1参照)に入れたAg粒子とBi粒子とを物理的に混合することによりBiの重量比が調整されている。ここでは、Biが全く含まれない純Ag反射膜、Biが0.1wt%濃度に調整された反射膜、Biが0.5wt%濃度に調整された反射膜、Biが1.0wt%濃度に調整された反射膜、および、Biが2.0wt%濃度に調整された反射膜が、選定されている。
【0050】
また、測定対象の反射膜は、温度85℃および相対湿度90%の高温および高湿度雰囲気中に24時間曝された後に、当該反射膜の45°絶対反射率が測定されている。このため、図4および図5の縦軸に示した反射率変化量とは、反射膜の初期反射率から、上記高温および高湿度環境に曝した後の反射膜の反射率を差し引いた値を、この反射膜の初期反射率で除した値(パーセント)を指す。よってこの反射率変化量が小さい程(ゼロに近い程)、高温および高湿度環境に曝された反射膜の反射率劣化の程度が低いことを意味し、反射膜の耐環境性が優れている。
【0051】
図4によれば、高温および高湿度環境によるAg/Bi(1.82wt%)反射膜の反射率変化量は、基板バイアス電圧Bias(絶対値)に依存して変化することが分かった。例えば、波長400nmの反射膜の反射率変化量は、|Bias|=0Vにおいて略2.9%、|Bias|=10Vにおいて略4.4%、|Bias|=30Vにおいて略2.3%、|Bias|=50Vにおいて略2.5%、および、|Bias|=70Vにおいて略0.3%、であった。また、波長600nmの反射膜の反射率変化量は、|Bias|=0Vにおいて略2.7%、|Bias|=10Vにおいて略2.0%、|Bias|=30Vにおいて略1.4%、|Bias|=50Vにおいて略0.4%、および、|Bias|=70Vにおいて略0.6%、であった。また、波長800nmの反射膜の反射率変化量は、|Bias|=0Vにおいて略1.4%、|Bias|=10Vにおいて略1.8%、|Bias|=30Vにおいて略1.3%、|Bias|=50Vにおいて略0.1%、および、|Bias|=70Vにおいて略0.6%、であった。
【0052】
上記結果から、高温および高湿度環境による反射膜の反射率変化量を低減させるという観点では、基板バイアス電圧Biasの好適な範囲(絶対値)は、50V以上、70V以下の範囲内に存在すると考えられる。これにより、可視波長域の全域において、高温および高湿度環境による反射率変化量が1.0%以下(|Bias|=70Vの場合)に達するAg/Bi(1.82wt%)反射膜が得られる。
【0053】
図5によれば、高温および高湿度環境によるAg/Bi(1.82wt%)反射膜の反射率変化量は、Bi濃度に依存して変化することが分かった。例えば、波長400nmの反射膜の反射率変化量は、0wt%Bi濃度において略2.2%、0.1wt%Bi濃度において略1.0%、0.5wt%Bi濃度において略0.1%、1.0wt%Bi濃度において略1.1%、および、2.0wt%Bi濃度において略3.1%、であった。また、波長600nmの反射膜の反射率変化量は、0wt%Bi濃度において略1.0%、0.1wt%Bi濃度において略1.4%、0.5wt%Bi濃度において略0.05%、1.0wt%Bi濃度において略0.4%、および、2.0wt%Bi濃度において略1.6%、であった。また、波長800nmの反射膜の反射率変化量は、0wt%Bi濃度において略0.9%、0.1wt%Bi濃度において略0.7%、0.5wt%Bi濃度において略0.05%、1.0wt%Bi濃度において略0.6%、および、2.0wt%Bi濃度において略1.2%、であった。
【0054】
上記結果から、高温および高湿度環境による反射膜の反射率変化量を低減するという観点では、Bi濃度の好適な数値は、0.5wt%付近の値であると考えられる。これにより、基板バイアス電圧Biasを0Vに設定した場合には、可視波長域の全域において、高温および高湿度環境による反射率変化量が1.0%以下に達するAg/Bi(0.5wt%)反射膜が得られる。
【0055】
以上に述べたとおり、基板バイアス電圧Biasを50V以上、70V以下に設定するとともに、Bi濃度を0.5wt%に設定することにより、高温および高湿度環境による反射膜の反射率変化量を低減させるという観点に基づく最適な反射膜が形成されると考えられる。
<基板バイアス電圧BiasおよびBi濃度と、反射膜の表面性との間の関係>
次に、反射膜の表面性が反射率に影響を及ぼすことから、基板バイアス電圧Biasおよび反射膜中のBi濃度と、反射膜の表面性との間の関係を検証した結果を説明する。
【0056】
図6は、走査電子顕微鏡(FE−SEM)による反射膜の表面の観察結果を示した図である。図6では、基板バイアス電圧Bias(絶対値)を0V、30Vおよび70Vに設定した場合の、純Ag反射膜、Ag/Bi(1wt%)反射膜、および、Ag/Bi(1.82wt%)反射膜の表面写真が示されている。
【0057】
図6によれば、Ag/Bi(1wt%)反射膜およびAg/Bi(1.82wt%)反射膜の表面の粒状径は、純Ag反射膜の粒状径に比較して小さくなることが分かった。そしてこのことが、図2に示した、Ag/Bi(1wt%)反射膜およびAg/Bi(1.82wt%)反射膜の初期反射率を、純Ag反射膜の初期反射率より劣化させた要因のひとつであると推定される。
【0058】
また、図6から理解されるとおり、Ag/Bi(1wt%)反射膜およびAg/Bi(1.82wt%)反射膜の粒状径は、基板バイアス電圧(絶対値)が増すに連れて、純Ag反射膜の粒状径に比較して大きくなる。そしてこのことが、図3に示した、Ag/Bi(1wt%)反射膜およびAg/Bi(1.82wt%)反射膜の初期反射率を、基板バイアス電圧Biasの印加により純Ag反射膜の初期反射率に漸近させる効果を裏付けるデータになると考えられる。
<基板バイアス電圧BiasおよびBi濃度と、反射膜の膜構造との間の関係>
次に、基板バイアス電圧Biasおよび反射膜中のBi濃度と、反射膜の膜構造の間の関係を検証した結果を説明する。
【0059】
反射膜の膜構造として、反射膜中の厚み方向のBi濃度分布が、下記の表1に示した測定条件によりX線光電子分光法(XPS)を用いて分析されている。また、反射膜中のビスマス含有膜の厚み測定が、下記の表2に示した測定条件によりラザフォード後方散乱法(RBS)を用いて分析されている。なお、純Ag反射膜、Ag/Bi(1wt%)反射膜およびAg/Bi(1.82wt%)反射膜が、XPS分析およびRBS分析の測定対象として選定されている。また、これらの反射膜の各々をシリコン基板11に蒸着させる際の、基板バイアス電圧Bias(絶対値)として、|Bias|=0V、30V、100Vの電圧が選定されている。
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】

【0062】
以下、XPSおよびRBSによる反射膜の分析結果を述べる。
【0063】
まず、XPS分析およびRBS分析の何れでも純Ag反射膜中のBiは検出されないことが確認された。
【0064】
次に、|Bias|=0Vの電圧において、Ag/Bi(1wt%)反射膜の最上表面には、略3.1原子%濃度のBiが、厚み略0.2nmの酸化ビスマス層(Bi23層)として検出され、Ag/Bi(1wt%)反射膜のシリコン基板11との界面には、略0.3原子%濃度のBiが、厚み略0.25nmの金属Bi濃化層として検出された。なおBi23層および金属Bi濃化層の厚みは、RBSにより検出されるBiの面密度(体積密度×厚み)を基にして、文献に載っている体積密度を用いてシミュレーションにより導かれた推定値である。
【0065】
また、|Bias|=0Vの電圧において、Ag/Bi(1.82wt%)反射膜の最上表面には、略5.3原子%濃度のBiが、厚み略0.32nmのBi23層として検出され、Ag/Bi(1.82wt%)反射膜のシリコン基板11との界面には、略0.9原子%濃度のBiが、厚み略0.26nmの金属Bi濃化層として検出された。
【0066】
また、|Bias|=30Vの電圧において、Ag/Bi(1.82wt%)反射膜の最上表面には、略3.6原子%濃度のBiが、厚み略0.2nmのBi23層として検出され、Ag/Bi(1.82wt%)反射膜のシリコン基板11との界面には、略3.1原子%濃度のBiが、厚み略1.45nmの金属Bi濃化層として検出された。
【0067】
更に、|Bias|=100Vの電圧において、Ag/Bi(1.82wt%)反射膜の最上表面には、略0.8原子%濃度のBiが、厚み略0.04nmのBi23層として検出され、Ag/Bi(1.82wt%)反射膜のシリコン基板11との界面には、略0.8原子%濃度のBiが、金属Bi濃化層(但し厚み測定不能)として検出された。
【0068】
以上に述べた分析結果を総括すれば、Ag/Bi(1wt%)反射膜およびAg/Bi(1.82wt%)反射膜の、最上表面およびシリコン基板11との界面に、Biを濃化させた層が確認され、これらの層のBi濃度および厚みが基板バイアス電圧Biasに依存して変化することが分かった。例えば、上記分析結果から理解されるとおり、基板バイアス電圧Biasが|Bias|=0V、30V、100Vの順に増加すると、Ag/Bi(1.82wt%)反射膜の最上表面に存在するBi23層中のBi濃度は、略5.3原子%濃度、略3.6原子%濃度、略0.8原子%濃度の順に減少し、その厚みは、略0.32nm、略0.2nm、略0.04nmの順に減少している。このBi23層は、バリア層として反射膜の耐環境性の改善に寄与する反面、Bi23層の膜厚が厚くなり過ぎると反射膜の初期反射率を低下させる悪影響をもたらすと推定される。このため、基板バイアス電圧Biasの適度のコントロールにより、Ag/Bi(1.82wt%)反射膜の初期反射率の改善効果が発揮されると考えられる。同様に、基板バイアス電圧Biasの適度のコントロールにより、Ag/Bi(1.82wt%)反射膜の反射率変化量の制御効果が発揮されると考えられる。
【0069】
以上に説明したように、本実施の形態の真空成膜装置100および真空成膜方法によれば、基板バイアス電圧BiasおよびAg/Bi材料のBi濃度を適切に調整することにより、純Agからなる反射膜と略同等レベルの初期反射率に到達でき、かつAg/Bi材料からなる耐環境性に優れた反射膜をシリコン基板11上に堆積できる。
【0070】
特に、基板バイアス電圧Biasを50V以上、70V以下の範囲、および、Ag/Bi材料のBi濃度を0.5wt%付近に設定することにより、可視波長域の全域において、反射膜の初期反射率(45°絶対反射率)が純Ag反射膜の反射率と略同等レベルの94%以上に達する反射膜や高温および高湿度環境による反射率変化量が1.0%以下に達する反射膜が得られ好適である。
【0071】
なおここまで、真空成膜装置100として、シリコン基板11にAg/Bi材料13の粒子を加速して蒸着させるイオンプレーティング装置を例示したが、本技術は、このようなイオンプレーティング装置の他、例えば、スパッタリング装置にも適用できる。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明の真空成膜装置は、純Agからなる反射膜と略同等レベルの初期反射率に到達でき、かつ銀にビスマスを添加した材料からなる耐環境性に優れた反射膜を基板に堆積できる真空機器として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】本発明の実施の形態の真空成膜装置の内部の一構成例を示した図である。
【図2】可視波長域において、Ag/Bi材料からなる反射膜の初期反射率を純Agからなる反射膜の反射率と比較したプロファイルを示す図である。
【図3】可視波長域において、Ag/Bi材料からなる反射膜の初期反射率を純Agからなる反射膜の反射率と比較したプロファイルを示す図である。
【図4】可視波長域において、Ag/Bi(1.82wt%)反射膜の、高温および高湿度環境による反射率変化量と、基板ホルダに印加させる基板バイアス電圧との間の相関関係を示した棒グラフ図である。
【図5】可視波長域において、基板バイアス電圧を0Vに設定した場合のAg/Bi材料からなる反射膜の、高温および高湿度環境による反射率変化量と、Bi濃度との間の相関関係を示した棒グラフ図である。
【図6】走査電子顕微鏡(FE−SEM)による反射膜の表面の観察結果を示した図である。
【図7】反射膜の45°絶対反射率を評価した分光光度計の測定原理を示した図である。
【符号の説明】
【0074】
11 シリコン基板
12 基板ホルダ
13 Ag/Bi材料
15 ハース
17 プラズマガン
18 永久磁石
19 カバー部材
20 真空槽
20a 排気孔
20b 電子ビーム通過孔
20e 内部
100 真空成膜装置
V1 バイアスDC電源
V2 ガンDC電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部を減圧可能な真空槽と、
前記真空槽内において、基板を保持する基板ホルダと、
前記基板ホルダに所定のバイアス電圧を印加するバイアス電源と、
前記真空槽内において、銀にビスマスを添加した反射膜用の材料を配置する材料ホルダと、
前記材料ホルダから前記基板に向けて、前記材料を放出させるとともに、前記材料の放出に際して前記材料をイオン化する材料放出手段と、を備え、
前記イオン化された材料の運動エネルギーを前記バイアス電圧に基づき増加させるようにして前記基板に前記材料からなる反射膜が堆積され、前記反射膜の反射率は、前記バイアス電圧および前記ビスマスの添加量に基づいて調整される、真空成膜装置。
【請求項2】
前記材料ホルダは、前記材料を格納するハースであり、前記材料放出手段は、前記ハース内の前記材料を加熱および蒸発させる電子ビームを放出するとともに、前記電子ビームにより生成されたプラズマにより、蒸発された前記材料をイオン化するプラズマガンを有する、請求項1記載の真空成膜装置。
【請求項3】
前記真空槽を接地させた際の前記バイアス電圧の絶対値は50V以上、70V以下に調整される請求項1記載の真空成膜装置。
【請求項4】
前記ビスマスの添加量が略0.5重量パーセントに調整される請求項1記載の真空成膜装置。
【請求項5】
真空槽内の基板ホルダに基板を配置し、
前記真空槽内の材料ホルダに、銀にビスマスを添加した反射膜用の材料を配置し、
前記真空槽内を減圧し、
前記基板ホルダにバイアス電圧を印加し、
前記基板に向けて前記材料を放出させる際に前記材料をイオン化することにより、前記バイアス電圧に基づき前記材料の運動エネルギーを増加させるようにして、前記基板に前記材料からなる反射膜を堆積し、
前記反射膜の反射率を、前記バイアス電圧および前記ビスマスの濃度に基づき調整する、真空成膜方法。
【請求項6】
前記真空槽を接地させた際の前記バイアス電圧の絶対値は50V以上、70V以下に調整される請求項5記載の真空成膜方法。
【請求項7】
前記ビスマスの添加量が略0.5重量パーセントに調整される請求項5記載の真空成膜方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−38161(P2008−38161A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−210129(P2006−210129)
【出願日】平成18年8月1日(2006.8.1)
【出願人】(000002358)新明和工業株式会社 (919)
【Fターム(参考)】