説明

硬質皮膜被覆部材、および、冶工具、並びに、ターゲット

【課題】耐摩耗性に優れた硬質皮膜被覆部材、および、これを用いた冶工具、並びに、硬質皮膜を形成するためのターゲットを提供する。
【解決手段】基材2上に硬質皮膜3を備えた硬質皮膜被覆部材1であって、硬質皮膜3は、組成が(TiCrAlSi)(C)からなり、前記RがHo、Sm、Dy、Laから選ばれる1種以上の元素であり、前記a、b、c、d、e、f、y、zが原子比であるときに、0.05≦a≦0.3、0.05≦b≦0.3、0.4≦c≦0.65、0≦d≦0.05、0≦e≦0.05、0.005≦f≦0.05、a+b+c+d+e+f=1、0≦y≦0.3、0.7≦z≦1、y+z=1、を満足することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質皮膜が表面に被覆された硬質皮膜被覆部材、および、この部材を用いた冶工具、並びに、硬質皮膜を形成するためのターゲットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、切削工具等の摺動発熱による高温下で使用される冶工具類においては、耐熱性を高め、工具寿命を伸ばすために、TiAlN等の硬質皮膜が適用されている。そして、これらの皮膜の耐酸化性を高めるために、Si、Y等を添加することが検討されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、(Ti1−a−b−c−d,Al,Cr,Si,B)(C1−e)からなる硬質皮膜であって、0.5≦a≦0.8、0.06≦b、0≦c≦0.1、0≦d≦0.1、0.01≦c+d≦0.1、a+b+c+d<1、0.5≦e≦1(a,b,c,dは、それぞれAl,Cr,Si,Bの原子比を示し、eはNの原子比を示す)であることを特徴とする切削工具用硬質皮膜が開示されている。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、(M)aCrbAlcSiZからなる硬質皮膜であって[但し、Mは、周期律表第4A族元素、5A族元素、6A族元素(Crを除く)から選択される少なくとも1種の元素であり、Zは、N、CN、NOまたはCNOのいずれかを示す]、a+b+c+d+e+f=1、0<a≦0.3、0.05≦b≦0.4、0.4≦c≦0.8、0≦d≦0.2、0≦e≦0.2、0.01≦f≦0.1、(a,b,c,d,eおよびfは、夫々M,Cr,Al,Si,BおよびYの原子比を示す)であることを特徴とする耐酸化性に優れた硬質皮膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−71611号公報
【特許文献2】特開2008−7835号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、このような硬質皮膜では、以下に示す問題がある。
従来の技術においては、所定元素を所定量添加することで、硬質皮膜の耐酸化性を向上させ、耐摩耗性の向上を図っている。
しかしながら、近年においては、切削工具等による切削速度が高速化してきているため、この高速化による摺動発熱の増大によって、使用する冶工具類が摩耗し易いという問題がある。そのため、このような切削速度の高速化に対応するために、さらに高い耐酸化性、すなわち、耐摩耗性が求められている。
【0007】
本発明は、前記問題点に鑑みてなされたものであり、耐摩耗性に優れた硬質皮膜被覆部材、および、これを用いた冶工具、並びに、硬質皮膜を形成するためのターゲットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る硬質皮膜被覆部材(以下、適宜、部材という)は、基材上に硬質皮膜(以下、適宜、皮膜という)を備えた硬質皮膜被覆部材であって、前記硬質皮膜は、組成が(TiCrAlSi)(C)からなり、前記RがHo、Sm、Dy、Laから選ばれる1種以上の元素であり、前記a、b、c、d、e、f、y、zが原子比であるときに、0.05≦a≦0.3、0.05≦b≦0.3、0.4≦c≦0.65、0≦d≦0.05、0≦e≦0.05、0.005≦f≦0.05、a+b+c+d+e+f=1、0≦y≦0.3、0.7≦z≦1、y+z=1、を満足することを特徴とする。なお、前記Rについては、例えば、Laを除く、Ho、Sm、Dyの3種から選ばれる1種以上の元素であってもよいし、Laと、Ho、Sm、Dyの3種から選ばれる1種以上の元素とからなるものであってもよい。
【0009】
このような構成によれば、皮膜がTi,Nを所定量含有することで皮膜硬さが向上し、また、Alを所定量含有することで、立方晶で安定なTiN,CrN中にAlが固溶し、準安定な立方晶AlNとなって皮膜硬さが向上する。そして、これらにより耐摩耗性が向上する。さらに、R(Ho、Sm、Dy、Laから選ばれる1種以上の元素、以下同じ)と、必要に応じてSi,Yを所定量含有することで皮膜の耐酸化性が向上し、また、Crを所定量含有することで皮膜の結晶構造が立方晶に保たれ、皮膜の耐酸化性が向上する。そして、これらにより部材の耐摩耗性が向上する。また、必要に応じてCを所定量含有することで、皮膜が炭窒化物の形態となる。
【0010】
また、本発明に係る硬質皮膜被覆部材は、基材上に硬質皮膜を備えた硬質皮膜被覆部材であって、前記硬質皮膜は、組成が(TiCrAlSiHf)(C)からなり、前記RがHo、Sm、Dy、Laから選ばれる1種以上の元素であり、前記a、b、c、d、e、f、g、y、zが原子比であるときに、0.05≦a≦0.3、0.05≦b≦0.3、0.4≦c≦0.6、0≦d≦0.05、0≦e≦0.05、0.005≦f≦0.05、0<g≦0.35、a+b+c+d+e+f+g=1、0≦y≦0.3、0.7≦z≦1、y+z=1、を満足することを特徴とする。なお、前記Rについては、例えば、Laを除く、Ho、Sm、Dyの3種から選ばれる1種以上の元素であってもよいし、Laと、Ho、Sm、Dyの3種から選ばれる1種以上の元素とからなるものであってもよい。
【0011】
このような構成によれば、前記のようにTi,Cr,Al,R,Nと、必要に応じてSi,Yを所定量含有することで、皮膜硬さや、皮膜の耐酸化性が向上する。そして、さらにHfを所定量含有することで皮膜がより高硬度となり、部材の耐摩耗性がさらに向上する。そして、これにより部材の耐摩耗性がさらに向上する。また、必要に応じてCを所定量含有することで、皮膜が炭窒化物の形態となる。
【0012】
本発明に係る冶工具は、前記の硬質皮膜被覆部材を有することを特徴とする。
このような構成によれば、前記の部材を有することによって、冶工具の耐摩耗性が向上する。
【0013】
本発明に係るターゲットは、硬質皮膜をアークイオンプレーティングプロセスによって形成するためのターゲットであって、前記の硬質皮膜に含まれる金属元素および希土類元素を、前記硬質皮膜中の組成比で含有していることを特徴とする。
このような構成によれば、ターゲットが前記部材における皮膜の組成を有することで、アークイオンプレーティング蒸着法によって、前記組成の皮膜が容易かつ簡便に形成される。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る硬質皮膜被覆部材は、耐摩耗性に優れ、切削工具や金型等の冶工具の部材として好適に用いることができ、それらの耐久性が向上する。また、本発明に係る冶工具は、耐摩耗性に優れ、切削工具や金型等の成形用冶工具として好適に用いることができ、それらの耐久性が向上する。そして、本発明に係るターゲットは、これを用いることで、本発明に係る硬質皮膜被覆部材を構成する硬質皮膜を、アークイオンプレーティング蒸着法によって、容易かつ簡便に形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明に係る硬質皮膜被覆部材を示す断面図である。
【図2】成膜装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、図面を参照して、本発明に係る硬質皮膜被覆部材について詳細に説明する。
≪硬質皮膜被覆部材≫
<第1実施形態>
図1に示すように、本発明に係る硬質皮膜被覆部材(部材)1(1a)は、基材2上に硬質皮膜(皮膜)3(3a)を備えたものである。
以下、具体的に説明する。
【0017】
(基材)
基材2としては、超硬合金、金属炭化物を有する鉄基合金、サーメット、高速度工具鋼等が挙げられる。しかし、基材2としては、これらに限定されるものではなく、チップ、ドリル、エンドミル等の切削工具や、プレス、鍛造金型、成型用金型、打ち抜きパンチ、トリム等の金型である冶工具等の部材に適用できるものであれば、どのようなものでもよい。
【0018】
(硬質皮膜)
皮膜3aは、組成が(TiCrAlSi)(C)からなり、前記RがHo、Sm、Dy、Laから選ばれる1種以上の元素であり、前記a、b、c、d、e、f、y、zが原子比であるときに、
0.05≦a≦0.3
0.05≦b≦0.3
0.4≦c≦0.65
0≦d≦0.05
0≦e≦0.05
0.005≦f≦0.05
a+b+c+d+e+f=1
0≦y≦0.3
0.7≦z≦1
y+z=1
を満足する。
【0019】
このように、皮膜3aの基本組成は、立方晶岩塩構造を有する(TiCrAl)Nであり、格子定数の異なるTiN(0.424nm)、CrN(0.412nm)およびAlN(0.414nm)を混合することで、格子歪みにより皮膜硬さを向上させている。そして、この組成に、さらにR(Ho、Sm、Dy、Laから選ばれる1種以上の元素)を添加させている。すなわち、本発明においては、まずTiを添加することで皮膜3a全体の硬さを増加させ、さらにHo、Sm、Dy、Laから選ばれる1種以上の元素を添加することで著しい耐酸化性の向上を実現している。
【0020】
[Ti:a(0.05≦a≦0.3,a+b+c+d+e+f=1)]
(a)は、Tiの原子比である。Tiは皮膜硬さを向上させるため、0.05以上添加する必要がある。しかし、0.3を超えて添加すると耐酸化性が低下することから、上限を0.3とする。より好ましくは0.1以上0.3以下である。
【0021】
[Cr:b(0.05≦b≦0.3,a+b+c+d+e+f=1)]
(b)は、Crの原子比である。Crは皮膜3aの結晶構造を立方晶に保ち、耐酸化性を増加させるために必要であり、0.05以上が必要である。しかし、0.3を超えて添加すると皮膜3a全体の硬さが低下する傾向にあることから、上限を0.3とする。より好ましくは0.1以上0.3以下である。
【0022】
[Al:c(0.4≦c≦0.65,a+b+c+d+e+f=1)]
(c)は、Alの原子比である。AlNは、本来は六方晶の結晶構造で安定な化合物であるが、立方晶で安定なTiN,CrN中に固溶することで準安定な立方晶AlNとなり、皮膜硬さが向上する。従って、Alに関しては、添加することにより、最表面にAlリッチの酸化物を形成して耐酸化性を向上させることから、0.4以上は必要である。しかし、0.65を超えて添加すると皮膜3aの結晶構造が六方晶に変化し、皮膜硬さが低下することから、0.65を上限とする。より好ましくは0.45以上0.55以下である。
【0023】
[Si:d(0≦d≦0.05,a+b+c+d+e+f=1)]
[Y:e(0≦e≦0.05,a+b+c+d+e+f=1)]
(d)は、Siの原子比、(e)は、Yの原子比である。Si,Yは、両方とも添加しなくてもよいが、Si,Yのいずれかを添加することで、さらに耐酸化性を向上させる効果がある。具体的には、「d+e>0.01」であることが好ましい。また、Si,Yの両方を添加すること(具体的には、d>0.01、かつ、e>0.01)がさらに好ましい。また、Si、Y共に、0.05以下の添加で効果を示す。これを超えて添加すると皮膜3aの結晶構造が変化し、皮膜硬さが低下することから、Si、Y共に、0.05を上限とする。より好ましくは、Si、Y共に0.03以下である。
【0024】
[R:f(0.005≦f≦0.05,a+b+c+d+e+f=1)]
(f)は、Rの原子比である。耐酸化性を向上させるのに必要なR(Ho、Sm、Dy、Laから選ばれる1種以上)は、0.005以上添加する必要がある。しかし、0.05を超えて添加すると却って耐酸化性が劣化する結果となることから、0.05を上限とする。より好ましくは0.01以上0.03以下である。なお、前記の元素の中でも、特にHo、Laは耐酸化性を向上させる効果が大きく、添加元素として好ましい。
【0025】
ここでRとしては、例えば、Ho、Sm、Dy、Laの元素を単独で添加してもよい。また、例えば、Laと、Ho、Sm、Dyから選ばれる1種以上の元素とからなるもの、すなわちLaと、Ho、Sm、Dyのいずれか1種以上との組み合わせであってもよい。なお、Laを添加せず、Ho、Sm、Dyから選ばれる1種以上の元素を添加してもよい。上記の皮膜の耐酸化性を向上させる元素のうち、Si、Y、Ho、Sm、Dyについては添加することで、表面に形成される酸化皮膜を緻密化することで耐酸化性を向上させるが、Laについては添加することで皮膜中の元素の拡散を抑える効果により耐酸化性を向上させる。従って、これらの異なる耐酸化性向上メカニズムを有する元素を複合添加することで、一層の耐酸化性の向上が可能となる。
【0026】
[C:y(0≦y≦0.3,y+z=1)]
(y)は、Cの原子比である。本発明の化合物は窒化物としての形態だけではなく、成膜時にCを含むガスを導入し、炭窒化物とすることも可能である。その場合、Cを0.3を超えて添加すると、耐酸化性、皮膜硬さが低下することから、0.3を上限とする。より好ましくは0.2以下である。
【0027】
[N:z(0.7≦z≦1,y+z=1)]
(z)は、Nの原子比である。Nは、皮膜3aを高硬度化して耐摩耗性を向上させるために必須の元素であり、0.7以上添加する必要がある。
【0028】
前記のとおり、Ti,Cr,Al,R,Nは必須の成分であり、Si,Y,Cは任意の成分であることから、皮膜3aの組成に関する組み合わせは、(TiCrAlR)N、(TiCrAlSiR)N、(TiCrAlYR)N、(TiCrAlSiYR)N、(TiCrAlR)(CN)、(TiCrAlSiR)(CN)、(TiCrAlYR)(CN)、(TiCrAlSiYR)(CN)等が挙げられる。
【0029】
<第2実施形態>
図1に示すように、本発明に係る硬質皮膜被覆部材(部材)1(1b)は、基材2上に硬質皮膜(皮膜)3(3b)を備えたものである。
以下、具体的に説明する。なお、基材2については、第1実施形態における基材2と同様であるため、ここでは説明を省略する。
【0030】
(硬質皮膜)
皮膜3bは、組成が(TiCrAlSiHf)(C)からなり、前記RがHo、Sm、Dy、Laから選ばれる1種以上の元素であり、前記a、b、c、d、e、f、g、y、zが原子比であるときに、
0.05≦a≦0.3
0.05≦b≦0.3
0.4≦c≦0.6
0≦d≦0.05
0≦e≦0.05
0.005≦f≦0.05
0<g≦0.35
a+b+c+d+e+f+g=1
0≦y≦0.3
0.7≦z≦1
y+z=1
を満足する。
【0031】
第2実施形態の部材1bの皮膜3bは、第1実施形態の部材1aの皮膜3aの組成にHfを含有させたものである。また、これに対応して、Al量を0.6以下とする。その他の構成については、「a+b+c+d+e+f+g=1」とする以外は第1実施形態の皮膜3aと同様であるため、ここでは説明を省略し、HfおよびAlの上限値のみについて説明する。
【0032】
[Hf:g(0<g≦0.35,a+b+c+d+e+f+g=1)]
[Al:c(0.4≦c≦0.6,a+b+c+d+e+f+g=1)]
(g)は、Hfの原子比である。皮膜3b中に、より格子定数の大きいHf(HfN 0.452nm)を添加することで、より高硬度の皮膜3bとなる。このような効果を期待する場合には、0.01以上の添加が好ましいが、0.35を超えて添加すると皮膜3bの結晶構造が六方晶に変化しやすくなり、皮膜硬さが低下する。より好ましくは0.2以下、さらに好ましくは0.15以下である。
また、Hfを添加した場合には、結晶構造が六方晶に変化しやすくなることから、Al量の上限を0.6にする必要がある。
【0033】
前記のとおり、Ti,Cr,Al,R,Hf,Nは必須の成分であり、Si,Y,Cは任意の成分であることから、皮膜3bの組成に関する組み合わせは、(TiCrAlRHf)N、(TiCrAlSiRHf)N、(TiCrAlYRHf)N、(TiCrAlSiYRHf)N、(TiCrAlRHf)(CN)、(TiCrAlSiRHf)(CN)、(TiCrAlYRHf)(CN)、(TiCrAlSiYRHf)(CN)等が挙げられる。
【0034】
前記した部材1(1a,1b)において、皮膜3(3a,3b)の形成は、アークイオンプレーティング蒸発法によって形成することが好ましいが、アンバランスド・マグネトロン・スパッタリング蒸発法で形成してもよい。また、アークイオンプレーティング蒸発法を用いた成膜装置としては、例えば、以下のような成膜装置を用いる。
【0035】
図2に示すように、成膜装置10は、真空排気する排気口と、成膜ガスおよび希ガスを供給するガス供給口15とを有するチャンバー11と、アーク式蒸発源12に接続されたアーク電源13と、被処理体(基材2)を支持する基板ステージ16上の支持台17と、この支持台17と前記チャンバー11との間で支持台17を通して被処理体に負のバイアス電圧を印加するバイアス電源14とを備えている。また、ヒータ18、放電用直流電源19、フィラメント加熱用交流電源20、フィラメント21等を備えている。本発明の部材を得るための成膜に際しては、ガス供給口15からチャンバー11内へ供給するガスは、成膜成分(皮膜の組成)に合わせて窒素(N)、メタン(CH)等の成膜ガスと、これらとアルゴン等の希ガスとの混合ガスを使用する。
【0036】
そして、成膜方法の一例としては、まず、基材2を成膜装置10に導入し、1×10−3Pa以下に排気した後、550℃まで基材2を加熱する。その後、Arイオンを用いたスパッタクリーニングを実施し、窒素を4Paまでチャンバー11内に導入して、各種ターゲットを用いて150Aの電流値でアーク放電を実施して基材2上に窒化物を形成する。なお、Cを皮膜中に含有させる場合には、0.1〜0.5Paの範囲でメタンガスも導入する。また、成膜時のバイアス電圧は接地電位に対して−100Vとする。
【0037】
なお、皮膜3の組成は、一例として、EDX(Energy DispersiveX-ray spectrometer:エネルギー分散形X線分析装置)によるEDX分析により測定することができる。
【0038】
次に、本発明に係る冶工具について説明する。
≪冶工具≫
冶工具は、図示しないが、前記硬質皮膜被覆部材1(1a,1b)を有するものである。冶工具は、部材1を有するため、耐摩耗性に優れ、切削工具や金型等の成形用冶工具として好適に用いることができ、それらの耐久性が向上する。切削工具としては、一例として、チップ、ドリル、エンドミル等を挙げることができ、金型としては、一例として、プレス金型、鍛造金型、成型用金型等の塑性加工型、打ち抜きパンチ、トリム等のせん断型あるいはダイカスト型等を挙げることができる。
【0039】
次に、本発明に係るターゲットについて説明する。
≪ターゲット≫
ターゲットは、図示しないが、硬質皮膜、ここでは前記した硬質皮膜3(3a,3b)をアークイオンプレーティングプロセスによって形成するためのものである。そして、このターゲットは、前記皮膜3(3a,3b)に含まれる金属元素(半金属元素であるSiを含む)および希土類元素を、皮膜3(3a,3b)中の組成比で含有している。すなわち、前記第1実施形態の皮膜3aに含まれる金属元素(Ti,Cr,Al,Si)および希土類元素(Y,Ho,Sm,Dy、La)を、皮膜3a中の組成比で含有しているか、あるいは、前記第2実施形態の皮膜3bに含まれる金属元素(Ti,Cr,Al,Si,Hf)および希土類元素(Y,Ho,Sm,Dy、La)を、皮膜3b中の組成比で含有している。
【0040】
ターゲットの製造方法については、特に限定されるものではないが、例えば、量比や粒径等を適切に調整した原材料のTi粉末、Cr粉末、Al粉末、Si粉末、Y粉末、Hf粉末、元素Rの粉末等を、V型ミキサー等で均一に混合して混合粉末とした後、これに冷間静水圧加圧処理(CIP(Cold Isostatic Pressing)処理)あるいは熱間静水圧加圧処理(HIP(Hot Isostatic Pressing)処理)を施す粉末冶金法が本発明のターゲットを得る有効な方法として挙げられる。前記HIP処理による方法(HIP法)で成形する場合、焼結温度400〜550℃、1000気圧の条件でHIP処理することが好ましい。
【0041】
これらの方法の他、熱間押出法や超高圧ホットプレス法、熱間鍛造法、温間鍛造法等によっても本発明のターゲットを製造することができる。さらには、前記のようにして混合粉末を調製した後、ホットプレス処理(HP)にてターゲットを製造する方法や、あるいは混合粉末を用いて製造する方法の他、予め合金化させた粉末を用いて、CIP処理やHIP処理を行ったり、溶解・凝固させたりしてターゲットを得る方法も挙げられる。
【実施例】
【0042】
本発明の実施例および比較例を以下に説明する。なお、本発明はこの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0043】
図2に示す成膜装置であるカソード放電型のアークイオンプレーティング装置によって、粉末冶金法で作製した各種ターゲットを用い、鏡面研磨した超硬合金(JIS−P種)基板、超硬合金製エンドミル(直径10mm、6枚刃)および白金箔(30×5×0.1mm厚み)を基材として、この基材上に皮膜を形成した。ターゲットの作製に当たってはHIP法を用い、焼結温度500℃、1000気圧で固化・緻密化を実施した。
【0044】
まず、基材を装置に導入し、1×10−3Pa以下に排気した後、550℃まで基材を加熱した。その後、Arイオンを用いたスパッタクリーニングを実施し、窒素を4Paまでチャンバー内に導入して、前記した各種ターゲットを用いて150Aの電流値でアーク放電を実施して基材上に窒化物を形成した。なお、Cを皮膜中に含有させる場合には、0.1〜0.5Paの範囲でメタンガスも導入した。また、成膜時のバイアス電圧は接地電位に対して−100Vとした。
【0045】
成膜終了後、皮膜中の金属成分組成の分析、皮膜の硬度および酸化開始温度の測定を行うと共に、耐摩耗性について評価を行った。これらについて以下に説明すると共に、結果を表1〜3に示す。なお、表中、「−」は、成分を含有しないものであり、本発明の構成を満たさないものには、数値等に下線を引いて示す。
【0046】
<皮膜組成>
成膜後の組成については、超硬合金基板における皮膜中の金属元素の成分組成を、EDX分析により測定した。
【0047】
<硬度>
皮膜の硬度については、超硬合金基板における皮膜のビッカース硬度(室温、荷重0.25N、保持時間15秒)を測定した。
【0048】
<酸化開始温度>
酸化開始温度については、熱天秤を使用して、白金箔上に皮膜を形成した各サンプルを乾燥空気中で加熱し(昇温速度4℃/分)、酸化増量(酸化質量増加)を測定することにより、各皮膜の酸化開始温度を決定した。なお、急激に酸化質量増加が観察された温度を酸化開始温度と定義した。
【0049】
<耐摩耗性>
耐摩耗性は、皮膜を形成した超硬合金製エンドミルを用い、以下の条件で切削試験を行って刃先逃げ面の摩耗量(摩耗幅)を測定することで評価した。摩耗量が100μm以下のものを合格とした。
【0050】
[切削試験条件]
被削材:SKD11(HRC60)
切削速度:150m/分
刃送り:0.05mm/刃
軸切り込み:5mm
径方向切り込み:0.1mm
切削長:100m
その他:ダウンカット、ドライカット、エアブローのみ
【0051】
【表1】

【0052】
【表2】

【0053】
【表3】

【0054】
表1〜3に示すように、本発明の実施例であるNo.1〜32は、本発明の要件を満たすため、本発明の要件を満たさない比較例であるNo.33〜49に比べ、摩耗量が顕著に抑制されており、耐摩耗性が優れていた。中でも、No.1〜25については、RとしてHoを含有し、Ti,Cr,Al,Si,Y,R(Hfを含有する場合はHf)の含有量が全て好ましい範囲内のもの(No.2,6,7,8,12,14,15,16,18,19,20,22,24,25)は高い耐摩耗性(摩耗量30μm以下)が得られ、特に、0.01以上0.15以下のHfを含有するもの(No.18,19,24,25)は、きわめて高い耐摩耗性(摩耗量15μm以下)が得られた。
【0055】
また、No.26〜32については、RとしてLaを含有するもの(No.26〜32)も高い耐摩耗性(摩耗量25μm以下)が得られた。また、LaとHoを複合添加させたもの(No.30〜32)は、特に高い耐摩耗性(摩耗量18μm以下)が得られた。さらに、RとしてLaを含有し、Ti,Cr,Al,Si,Y,R(Hfを含有する場合はHf)の含有量が全て好ましい範囲内のもの(No.29,31,32)は、きわめて高い耐摩耗性(摩耗量15μm以下)が得られ、特に、0.01以上0.15以下のHfを含有するもの(No.32)は、高い耐摩耗性(摩耗量8μm以下)が得られた。
【0056】
一方、表3に示すように、比較例であるNo.33〜49は、本発明の要件を満たさないため、耐摩耗性に劣った。すなわち、No.33は、Tiの含有量が上限値を超え、Cr、Rの含有量が下限値未満のため、耐摩耗性に劣った。No.34は、Rの含有量が下限値未満のため、耐摩耗性に劣った。No.35は、Rの含有量が上限値を超えるため、耐摩耗性に劣った。
【0057】
No.36は、Siの含有量が上限値を超えるため、耐摩耗性に劣った。No.37は、Yの含有量が上限値を超えるため、耐摩耗性に劣った。No.38は、Ti、Crの含有量が上限値を超え、Alの含有量が下限値未満のため、耐摩耗性に劣った。No.39は、Alの含有量が上限値を超えるため、耐摩耗性に劣った。No.40は、Tiの含有量が下限値未満のため、耐摩耗性に劣った。
【0058】
No.41は、Tiの含有量が上限値を超えるため、耐摩耗性に劣った。No.42は、Crの含有量が下限値未満のため、耐摩耗性に劣った。No.43は、Crの含有量が上限値を超えるため、耐摩耗性に劣った。No.44は、Cの含有量が上限値を超え、Nの含有量が下限値未満のため、耐摩耗性に劣った。
【0059】
No.45は、Ti、Crの含有量が上限値を超え、Alの含有量が下限値未満のため、耐摩耗性に劣った。No.46は、Tiの含有量が下限値未満のため、耐摩耗性に劣った。No.47は、Hfの含有量が上限値を超えるため、耐摩耗性に劣った。No.48は、Alの含有量が下限値未満のため、耐摩耗性に劣った。No.49は、Alの含有量が上限値を超えるため、耐摩耗性に劣った。
【0060】
以上、本発明に係る硬質皮膜被覆部材、および、冶工具、並びに、ターゲットについて、実施の形態および実施例を示して詳細に説明したが、本発明の趣旨は前記した内容に限定されることなく、その権利範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて広く解釈しなければならない。なお、本発明の内容は、前記した記載に基づいて広く改変・変更等することができることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0061】
1(1a,1b) 硬質皮膜被覆部材(部材)
2 基材
3(3a,3b) 硬質皮膜(皮膜)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に硬質皮膜を備えた硬質皮膜被覆部材であって、
前記硬質皮膜は、組成が(TiCrAlSi)(C)からなり、前記RがHo、Sm、Dy、Laから選ばれる1種以上の元素であり、前記a、b、c、d、e、f、y、zが原子比であるときに、
0.05≦a≦0.3
0.05≦b≦0.3
0.4≦c≦0.65
0≦d≦0.05
0≦e≦0.05
0.005≦f≦0.05
a+b+c+d+e+f=1
0≦y≦0.3
0.7≦z≦1
y+z=1
を満足することを特徴とする硬質皮膜被覆部材。
【請求項2】
前記RがHo、Sm、Dyから選ばれる1種以上の元素であることを特徴とする請求項1に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項3】
前記RがLaと、Ho、Sm、Dyから選ばれる1種以上の元素とからなることを特徴とする請求項1に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項4】
基材上に硬質皮膜を備えた硬質皮膜被覆部材であって、
前記硬質皮膜は、組成が(TiCrAlSiHf)(C)からなり、前記RがHo、Sm、Dy、Laから選ばれる1種以上の元素であり、前記a、b、c、d、e、f、g、y、zが原子比であるときに、
0.05≦a≦0.3
0.05≦b≦0.3
0.4≦c≦0.6
0≦d≦0.05
0≦e≦0.05
0.005≦f≦0.05
0<g≦0.35
a+b+c+d+e+f+g=1
0≦y≦0.3
0.7≦z≦1
y+z=1
を満足することを特徴とする硬質皮膜被覆部材。
【請求項5】
前記RがHo、Sm、Dyから選ばれる1種以上の元素であることを特徴とする請求項4に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項6】
前記RがLaと、Ho、Sm、Dyから選ばれる1種以上の元素とからなることを特徴とする請求項4に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の硬質皮膜被覆部材を有することを特徴とする冶工具。
【請求項8】
硬質皮膜をアークイオンプレーティングプロセスによって形成するためのターゲットであって、
請求項1〜6のいずれか1項に記載の硬質皮膜に含まれる金属元素および希土類元素を、前記硬質皮膜中の組成比で含有していることを特徴とするターゲット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−190529(P2011−190529A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−270683(P2010−270683)
【出願日】平成22年12月3日(2010.12.3)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】