説明

磁性イオンを含むオケルマナイト構造を有する電気磁気効果材料を用いた電気磁気効果素子

【課題】 磁気転移温度より高い温度でも電気磁気効果を発現する電気磁気効果材料を提供する。
【解決手段】 磁性イオンを含むオケルマナイト構造を有する電気磁気効果材料を用いた電気磁気効果素子であって、前記電気磁気効果材料はAMXであって、AはCa,Sr,Baであり、XはGe,Siであり、Mは磁性イオンである電気磁気効果素子を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性イオンを含むオケルマナイト構造を有する電気磁気効果材料を用いた電気磁気効果素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、外部から電場が印加されたときに磁化が誘起され、逆に、外部から磁場が印加されたときに電気分極が誘起される現象が確認されており、電気磁気効果と呼ばれている。そして、このような電気磁気効果を発現する材料はマルチフェロイック物質、あるいは電気磁気効果材料と呼ばれている。電気磁気効果を利用すれば、電場を用いて磁化を制御したり、逆に磁場を用いて電気分極を制御したりできるため、後述する磁気メモリ等の新たな電子デバイスへの応用が期待されている。
【0003】
電気磁気効果を利用した電子デバイスを実用化するにあたっては、常温で動作できることが好ましいが、現状知られている電気磁気材料は、電気磁気効果の発現温度の低いものが多い。そこで、常温でも電気磁気効果を発現する電気磁気効果材料の開発が進められている。電気磁気効果材料においては、磁気転移温度以下の温度で磁場を印加することで電気分極が誘起されることが分かっている。そのため、常温でも電気磁気効果を発現する電気磁気効果材料を開発するために、磁気転移温度が常温よりも高い(例えば300K以上)電気磁気効果材料の開発が行われてきた。例えば、非特許文献1には、常温領域で数百ガウスという弱い磁場の印加で顕著な電気磁気効果を示すZ型六方晶フェライト(化学式SrCoFe2441)が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】NATURE MATERIALS 9,797−802(2010)
【非特許文献2】Physical Review Letters 105, 137202(2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のSrCoFe2441は、類似構造や酸素量などから作製が困難である。そのため、簡単な構造で、作製が容易な電気磁気効果材料が望まれている。また、SrCoFe2441は常温で電気磁気効果を示すことが報告されているが、磁気転移温度を超えると、電気磁気効果は発現しなくなることが予想される。そのため、SrCoFe2441を用いた素子は、磁気転移温度を超えた温度で使用することはできない。そのため、温度によらず使用できる電気磁気効果素子が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述の問題を鑑みてなされたものであり、本発明の態様によれば、磁性イオンを含むオケルマナイト構造を有する電気磁気効果材料を用いた電気磁気効果素子であって、
前記電気磁気効果材料はAMXであって、AはCa,Sr,Baであり、XはGe,Siであり、Mは磁性イオンであり、
前記電気磁気効果材料の磁気転移温度よりも高い温度において電気磁気効果を発現することを特徴とする電気磁気効果素子が提供される。
【0007】
本発明によれば、AMX(A=Ca,Sr,Ba、X=Ge,Si、M=磁性イオン)という簡単な構造であって容易に作成可能な電気磁気効果素子が提供される。また、従来は磁気転移温度よりも高い温度で電気磁気効果を発現する電気磁気効果素子は存在しなかったが、本発明に係る電気磁気効果素子は、磁気転移温度よりも高い温度においても電気磁気効果を発現する。そのため、常温領域で動作することはもちろん、結晶の融点などからくる制約を除いて任意の温度で動作させることができる。なお、本発明の電気磁気効果素子は、MがMn、Co、Fe、Cuのいずれか1つであってもよい。
【0008】
本発明の電気磁気効果素子は、前記電気磁気効果材料の単結晶であって、所定の方向をc軸方向とする結晶構造を有する単結晶を含んでもよく、前記単結晶の前記c軸方向の両端には一組の電極が形成されていてもよい。例えば、図1(a)(b)に示されるような結晶構造を有する単結晶において、c軸方向の両端に一組の電極が形成されている場合には、c軸と垂直な面内において磁場を印加したときに、電極に磁気誘起電気分極による誘導電荷が現れる。なお、後述のように、本明細書においては磁場によって誘起される電気分極を、適宜、磁場誘起電気分極と呼ぶ。
【0009】
本発明の電気磁気効果素子は前記電気磁気効果材料の単結晶であって、所定の方向をc軸方向とする結晶構造を有する単結晶を含んでもよく、前記磁気効果素子は、前記単結晶の前記c軸と垂直な面内において時間的に変動する外部磁場が印加された際に、前記c軸方向に磁場誘起電気分極を発現することにより前記外部磁場を検出する磁場センサであってもよい。この場合には、単結晶の大きさ、形状を任意にしうるので、例えばサブミクロンサイズの極小の磁場センサを作製することができる。
【0010】
本発明の電気磁気効果素子は、前記電気磁気効果材料の単結晶であって、所定の方向をc軸方向とする結晶構造を有する単結晶と、前記単結晶のc軸方向両端に配置された電極とを備えてもよく、前記単結晶のc軸に垂直な平面内において、前記単結晶を横切る方向の変動磁場が印加された場合に、前記電極から磁場誘起電流を出力する発電素子であってもよい。この場合には、単結晶の大きさ、形状を任意にしうるので、例えばサブミクロンサイズの極小の発電素子を作製することができる。なお、後述のように、本明細書においては、磁場誘起電気分極の変化に伴って発生する電流を磁場誘起電流と呼ぶ。さらに、発電素子は、前記単結晶のc軸に垂直な平面内において、前記単結晶を横切る方向の磁場を発生させる磁場発生機構と、前記磁場を時間的に変動させる磁場変動機構とを備えてもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、温度によらず使用できる電気磁気効果素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1(a)、(b)はオケルマナイト構造を示す概略図である。
【図2】図2(a)、(b)は磁化の向きと電気分極の向きの関係を示す概略図である。
【図3】図3は一般の電気磁気効果材料における電気分極ドメインの概略図である。
【図4】図4の上段グラフはSrCoSiの単結晶の温度を4.5K、7K、8K、10Kにした状態で、ab平面内においてc軸の周りに回転する外部回転磁場(8T)を印加し、c軸方向に誘起される電気分極の大きさを測定した結果を示すグラフであり、図4の下段グラフは、SrCoSi単結晶の温度を4.5Kにした状態で、ab平面内においてc軸の周りに回転する外部磁場として、0T、0.5T、1T、2T、4T、8Tの大きさの外部回転磁場を印加した場合に、c軸方向に誘起される電気分極の大きさを測定した結果を示すグラフである。
【図5】図5上段のグラフは、SrCoSiにおける各温度での磁化の磁場依存性をプロットしたグラフであり、図5下段のグラフは、SrCoSiにおける各温度での電気分極の磁場依存性をプロットしたグラフである。
【図6】図6は、単結晶試料の作製方法の手順を示すフローチャートである。
【図7】図7は赤外線加熱単結晶作製装置10の概略図である。
【図8】図8は磁場誘起電気分極測定装置60の概略図である。
【図9】図9の上段のグラフは、回転磁場のa軸方向の成分(μ)の時間変化を示すグラフであり、図9の中段の太線で示したグラフは、回転磁場によって誘起された磁場誘起電気分極の変化に伴う磁場誘起電流の時間変化を示すグラフであり、図9中段の細線で示したグラフは、磁場誘起電流信号に含まれる2つの成分のうち、磁場の回転周期の半分の周期をもつ成分のみを抜き出したものであり、図9下段のグラフは磁場誘起電気分極の時間変化のグラフである。
【図10】図10は発電素子100の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る、磁性イオンを含むオケルマナイト構造を有する電気磁気効果材料として、SrCoSiを例に挙げて説明する。なお、本明細書中において、「磁性イオンを含むオケルマナイト構造を有する」物質とは、鉱物のオケルマナイト(CaMgSi)と類似の結晶構造を有する化合物であって、鉱物のオケルマナイトのMgの部分をMn、Co、Fe、Cu等の磁性イオンに置き換えたものを意味している。ここで、鉱物のオケルマナイトのMgの部分をMn、Co、Fe、Cuの各元素に置き換えたものについては結晶の作製が報告されている。しかしながら、本発明に係る「磁性イオンを含むオケルマナイト構造を有する」物質は、必ずしも磁性イオンとして、Mn、Co、Fe、Cuを含む物質に限定されるわけではなく、発明者らの知見によれば、周期表の3〜11族元素(遷移元素)を含む物質であってもよいと考えられる。なお、鉱物のオケルマナイトのCaの部分は、Sr、Ba等の他のアルカリ土類金属に置き換えてもよく、Siの部分はGeに置き換えてもよい。
【0014】
SrCoSiは、図1(a)、(b)に示すように、Co及びSiがそれぞれ4つのOに取り囲まれた四面体構造を含む結晶構造を有している。詳細には、SrCoSiは、互いに頂点(O)を共有するCoO四面体及びSiO四面体と、それらに挟まれたSr2+イオンとを含む、非中心対称な正方晶構造(空間群P(−4)2m)を有する。
【0015】
ここで、1個のCoO四面体が、図2(a)、(b)に示される向きに配置されている場合を考える。CoO四面体に対して、c軸に垂直な平面内(ab平面)においてc軸の周りに回転する外部磁場が印加された場合には、CoのスピンSが外部磁場の回転に伴って回転する。このとき、図2(a)に示すように、CoのスピンSが[110]方向に平行である場合には、c軸方向に平行な電気分極+Pが誘起され、図2(b)に示すように、CoのスピンSが[1−10]方向に平行であるときには、c軸方向に反平行な電気分極−Pが誘起されることが知られている。このような、磁場によって誘起される電気分極を、適宜、磁場誘起電気分極と呼ぶ。
【0016】
SrCoSiの結晶において、全てのCoO四面体が同じ向きを向いているわけではない。図1(a)において4隅に配置されているCoO四面体と、中央に配置されているCoO四面体とは等価ではなく、互いに異なる向きを向いている。そのため、CoのスピンSがc軸に垂直な平面(ab平面)内の所定方向(例えば[110]方向)を向いている場合に誘起される電気分極ベクトルの向き及び/又は大きさは、これらの2種類のCoO四面体において互いに異なる。しかしながら、これらの2種類のCoO四面体は、誘起された電気分極ベクトルが互いに打ち消しあうような位置関係で配置されているわけではない。そのため、SrCoSiの結晶全体において、CoのスピンSをab平面内でc軸の周りに回転させた場合に誘起される電気分極ベクトルはゼロとはならない。
【0017】
なお、一般の電気磁気効果材料においては、図3に示すように、磁気転移温度より高い温度では常誘電性(PE)を示し、磁気転移温度より低い温度において強誘電性(FE)を示す。なお、強誘電体は、通常、内部に複数の電気分極ドメインを含み、各ドメイン毎にそれぞれ自発分極を有している。各ドメイン毎の自発分極が同じ方向を向いているわけではなく、互いに打ち消しあっているので、結晶全体として大きな自発電気分極を観測するためには、外部から電場(E)を印加してドメインを一方向に揃える過程、いわゆるポーリング処理を行う必要がある。これに対して、本発明に係るSrCoSi結晶においては、上述のように2種類のCoO四面体に対するスピンの向きによって電気分極の方向が決まるので、外部電場によるポーリングを行わなくとも、結晶全体として大きな自発電気分極を観測できる。
【0018】
このことは、例えば、SrCoSi結晶と同様の構造を有するBaCoGe結晶において実験的に確かめられている(非特許文献2参照)。本発明者らは、SrCoSi結晶においても以下に示すような実験を行って、磁場誘起電気分極を計測した。
【0019】
後述の方法により作製したSrCoSiの単結晶の温度を4.5K、7K、8K、10Kにした状態で、ab平面内においてc軸の周りに回転する外部回転磁場(8T)を印加し、c軸方向に誘起される電気分極の大きさを測定した。なお、SrCoSiの磁気転移温度は約7Kである。そのときの測定結果を図4の上段のグラフに示す。また、SrCoSi単結晶の温度を4.5Kにした状態で、ab平面内においてc軸の周りに回転する外部磁場として、0T、0.5T、1T、2T、4T、8Tの大きさの外部回転磁場を印加した場合に、c軸方向に誘起される電気分極の大きさを測定した。そのときの測定結果を図4の下段のグラフに示す。
【0020】
図4の上段のグラフから、SrCoSi単結晶の温度が磁気転移温度(7K)近傍の温度である8Kあるいはそれ以下の温度である場合において、比較的大きな電気分極が誘起されていることが分かった。そして、結晶温度が磁気転移温度と比べて低くなればなるほど、誘起される電気分極が大きくなることが分かった。また、図4の下段のグラフから、一定温度の条件の下では、印加した外部回転磁場の大きさが大きくなればなるほど、誘起される電気分極が大きくなることが分かった。また、外部回転磁場がc軸の周りを180°回転する間に、誘起される電気分極は1回振動する。言い換えると、外部回転磁場の回転周期に比べて、電気分極の振動周期は半分であることが分かった。
【0021】
本発明者は、さらに、磁化飽和時における電気分極の振る舞い、及び、常磁性状態での電気分極の振る舞いを観測するために、数T〜約50Tのパルス強磁場下における電気分極の温度依存性及び磁場依存性の測定を行った。SrCoSiは、磁気転移温度(約7K)以下の温度では反強磁性を示し、磁気秩序状態が実現される。このような温度下でSrCoSi試料に強磁場を印加すると、SrCoSi試料の磁化が飽和することが予想される。そこで、磁気転移温度以下の温度において、上述のパルス強磁場を印加して、磁化飽和時の電気分極の振る舞いを観測した。また、磁気転移温度より十分高い温度では、SrCoSi試料は常磁性状態となる。ここで、前述の8T程度の外部磁場を印加した実験では、10Kの温度においてほとんど電気分極を観測できなかった。そこで、8Tよりもさらに強いパルス強磁場を印加して、常磁性状態での電気分極の振る舞いを詳しく観測することにした。
【0022】
図5上段のグラフは、SrCoSiにおける各温度での磁化の磁場依存性をプロットしたものであり、図5下段のグラフは、SrCoSiにおける各温度での電気分極の磁場依存性をプロットしたものである。図5下段のグラフから、SrCoSiでは30K,100K,200K,300Kの温度でも磁気誘導電気分極が発現することが分かった。この実験を通じて、本発明者らは、SrCoSiにおいては常磁性状態であっても十数テスラ以上の強磁場を印加することにより電気分極を誘起できることを見出した。
【0023】
本発明者らはさらに鋭意検討を重ね、常磁性状態であっても十数テスラ以上の強磁場を印加することにより電気分極を誘起できるのであれば、強磁場に代えて繰り返し周期の非常に短い変動磁場を印加することによっても、常磁性状態において電気分極を観測できるかもしれないと考え、本発明に至った。ここで、本発明者らは、試料表面の電極に溜まる分極電荷(P)の時間変化を電流(i)として検出することにより、磁場誘起電気分極の磁場変化を調べる際に、iはdP/dtに比例することから、電気分極の時間変化が大きくなれば大きな電流が流れることに着目した。磁場を速く変化させることで強磁場を用いなくても、常磁性状態の試料に対する磁場誘起電気分極の観測が可能となるかもしれないと考え、本発明に至った。
【0024】
以下、本発明者らが行った、早い繰り返し周期の変動磁場を用いた実験について詳細に説明する。実験に先がけて、本実験に用いるSrCoSiの単結晶試料を以下の手順により作製した。図6に単結晶試料の作製方法の手順をを示す。先ず、純度99.9%以上の原料粉末(SrCO、CoO、SiO)を目的の組成比となるように電子天秤を用いて秤量し(秤量工程S1)、メノウ乳鉢に入れて混合した。なお、混合に際しては、原料粉末が十分に混合されるようにエタノールを加えた湿式混合法を用いた(湿式混合工程S2)。このようにして原料粉末を十分に混合した後、エタノールを蒸発させて混合粉末を得た。
【0025】
次に、十分に混合された混合粉末をアルミナ製のるつぼに移し、電気炉を用いて空気雰囲気中、800℃で12時間程度仮焼を行った(仮焼工程S3)。なお、均一に反応させるために、仮焼の後、乾式混合を行い(第1乾式混合工程S4)、さらにその後、900℃で12時間程度、再度仮焼を行った(第2仮焼工程S5)。
【0026】
2度の仮焼の後、さらに乾式混合を行い(第2乾式混合工程S6)、均一な密度になるようにゴム風船に詰めた。まっすぐな棒状にするためにこのゴム風船を紙で巻き、油圧プレス機を用いて300〜400kgf/cm程度の圧力をかけて加圧成形して、直径約6mm、長さ約100mmの棒状の原料棒を得た(加圧成形工程S7)。加圧成形された原料棒を電気炉で1000℃、48時間程度本焼を行い、焼結棒を作製した(本焼工程S8)。
【0027】
本焼した焼結棒を用いて、浮遊帯域溶融法(Floating Zone法;以下FZ法と呼ぶ)により単結晶試料の作製を行った(結晶成長工程S9)。FZ法には、キャノンマシナリー製の赤外線加熱単結晶製造装置1(SC−M15HD)を用いた。赤外線加熱単結晶装置10は、図7に示すように、2つの回転楕円体形状のミラー11a,11bを、それぞれの焦点の1つ(第1焦点)が互いに重なるように組み合わせた回転楕円面鏡11と、各回転楕円体形状のミラー11a,11bの他の焦点(第2焦点)にそれぞれ配置された、熱源である2つのハロゲンランプ12と、各回転楕円体形状のミラー11a,11bの第1焦点を挟んで上下に対向するように配置されて、試料20を上下方向からそれぞれ固定する2つの主軸13a,bとを主に備える。主軸13a,bは、主軸13a,bの中心を回転軸として試料20を回転させつつ、試料20を上下方向に昇降させることができる。なお、試料20は各回転楕円体形状のミラー11a,11bの第1焦点に位置付けられる。
【0028】
各回転楕円体形状のミラー11a,11bの第2焦点にそれぞれ配置された、2つのハロゲンランプ12から放出された赤外線IRは、第1焦点に収束されるため、第1焦点に配置されるように主軸13a,bに取り付けられた試料20に赤外線IRが照射される。試料20の、赤外線IRが照射された部分は加熱されて溶融して溶融帯を形成する。この状態で上下の主軸13a,bを下に動かすことにより、試料20の溶融帯の位置を上方に移動させることができる。試料20の、第1焦点からずれた部分は、赤外線IRがほとんど照射されなくなるため、冷えて結晶化して種結晶が生成される。このようにして、試料20の溶融帯の位置を徐々に上方に移動させることにより、種結晶を成長させて、単結晶試料を得ることができる。このとき、上下の主軸13a,bは溶融帯を安定に保つため、及び、試料の不均一をなくすために、互いに逆回転させている。なお、溶融帯はそれと全く同じ組成の試料20と種結晶で保持されているため、不純物により汚染されるおそれがない。
【0029】
上述のFZ法により作製された単結晶試料は、急冷されたことに起因して、ドメイン混合のような結晶の小さな歪みが残留している可能性がある。そこで、この歪みを解消するために、酸素雰囲気中で500℃で2時間保持した後、20時間ほどかけて室温まで徐々に冷却した(アニール工程S10)。このようにして、SrCoSiの単結晶試料を作製した。
【0030】
次に、室温での磁場誘起電気分極の観測を行うために、以下のような実験を行った。先ず、上述の方法により作製したSrCoSiの単結晶試料から、c軸方向が厚さ方向に一致するようにして、縦横2mm、厚さ0.5mmの直方体状の試料51を切り出した。試料51のc軸方向の両側の面には後述する電流(磁場誘起電流)を観測するための電極51aを形成し、試料51を磁場誘起電気分極測定装置60に配置した。
【0031】
図8に示すように、磁場誘起電気分極測定装置60は、試料51を支持する円筒状の試料ホルダ61と、試料ホルダ61の外側において、試料ホルダ61を覆うように同心状に配置されたマグネットホルダ62と、試料ホルダ61に支持された試料51を挟むように、マグネットホルダ62に配置された一対のネオジムマグネット63と、試料ホルダ61の内部に試料51とともに固定されたピックアップコイル64と、マグネットホルダ62に連結されて、マグネットホルダ62を試料ホルダ61の周りで回転させるモータ65と、電極51a及びピックアップコイル64に接続されて、電極51a及びピックアップコイル64からの信号(電流信号)を観測する不図示のデジタルオシロスコープとを備える。
【0032】
モータ65を駆動してマグネットホルダ62を試料ホルダ61の周りで回転させると、マグネットホルダ62に固定されている1対のネオジムマグネット63が試料51の周りを回転する。ここで、ネオジムマグネット63による磁場の方向は、試料51のab平面に平行である。そのため、モータ65を駆動することにより、試料51のc軸の周りを回転する、ab平面に平行な向きの回転磁場を発生させることができる。なお、不図示のホール素子による測定により、ネオジムマグネット63が試料51の位置に作り出す磁場の強さは0.222T程度であることが分かった。また、ピックアップコイル64は試料51のa軸方向に平行に配置されている。そのため、ピックアップコイル64により、回転磁場のa軸方向の成分の大きさ(μ)を測定することができる。
【0033】
このような磁場誘起電気分極測定装置60の試料ホルダ61に試料51を配置して、モータ65を駆動することによって、試料51のc軸の周りを高速で回転する回転磁場を発生させた。そして、この回転磁場により誘起される磁場誘起電気分極を、磁場誘起電気分極の変化に伴って発生する電流として測定した。なお、本明細書では、このような磁場誘起電気分極の変化に伴って発生する電流を磁場誘起電流と呼ぶことにする。ここで、磁場誘起電流の大きさは電気分極の時間変化に比例し、電気分極の時間変化は、磁場の時間変化に比例する。そのため、磁場の時間変化を大きくすればするほど、観測される磁場誘起電流は大きくなると予想される。そこで、できるだけ磁場の時間変化を大きくするために、モータ65として高速回転可能なDCモータ(約20000rpm)を採用した。なお、本実験は常温の環境下で行われた。
【0034】
図9に本測定の結果を示す。図9の上段のグラフは、ab面内を高速回転する回転磁場によってピックアップコイル64に発生した誘導電流に基づいて測定された、回転磁場のa軸方向の成分(μ)の時間変化を示すグラフである。これを見ると、周期2.916ms(周波数342.9Hz)で磁場が回転していることが分かる。
【0035】
図9の中段の太線で示したグラフは、回転磁場によって誘起された磁場誘起電気分極の変化に伴う磁場誘起電流の時間変化を示すグラフである。このグラフの周波数成分を解析することにより、磁場誘起電流信号には、磁場の回転周期と同じ周期をもつ成分と、磁場の回転周期の半分の周期をもつ成分との2つの成分が含まれていることが分かった。なお、図9中段の細線で示したグラフは、磁場誘起電流信号に含まれる2つの成分のうち、磁場の回転周期の半分の周期をもつ成分のみを抜き出したものである。
【0036】
発明者らの知見によれば、磁場誘起電流信号に含まれる、磁場の回転周期と同じ周期を持つ成分は、回転磁場により発生した誘導電流に起因するものであると考えられる。電気回路的には、電極51aと、これに接続された配線しかないため、一見すると誘導電流は発生しないようにも思われる。しかしながら、配線には不可避的にインダクタンス成分が含まれているため、これに起因して誘導電流が発生したものと考えられる。これに対して、磁場誘起電流信号に含まれる、磁場の回転周期の半分の周期を持つ成分は、回転磁場により誘起された磁場誘起電気分極の変化に伴う、真の磁場誘起電流に対応するものである。そして、この真の磁場誘起電流に対応する、磁場の回転周期の半分の周期を持つ成分を積分することにより、磁場誘起電気分極の時間変化を求めることができる。図9下段に、このようにして得られた磁場誘起電気分極の時間変化のグラフを示す。このように、常温においても、磁場誘起電気分極を観測できた。
【0037】
従来、電気磁気効果材料は、磁気転移温度以下の温度において、すなわち、磁気秩序状態にある場合において、磁場誘起電気分極が発現することが知られていた。前述のように、常温(例えば300K)でも磁場誘起電気分極を発現する電気磁気効果材料はこれまでにも報告されているが、この場合であっても、あくまでも磁気転移温度が常温以上なのであって、磁気転移温度を超えて常磁性状態にある試料において、磁場誘起電気分極が観測された例は無かった。
【0038】
これに対して、前述のように、SrCoSiの磁気転移温度は約7Kであるので、常温においては、SrCoSiは常磁性を示す。にもかかわらず、上述の実験のように、ab面内で高速に回転する回転磁場を印加することにより、回転磁場により誘起された磁場誘起電気分極を観測することができた。
【0039】
このように、SrCoSi結晶は、磁気転移温度以下において、すなわち、磁気秩序状態にある場合において磁場誘起電気分極が発現することはもちろん、磁気転移温度より高い温度においても、すなわち、常磁性状態にある場合においても磁場誘起電気分極が発現することが分かった。言い換えると、磁気転移温度より高いか低いかを問わず、いかなる温度領域においても、電気磁気効果が発現することが分かった。
【0040】
次に、本発明に係る電気磁気効果材料を用いた電気磁気素子について、いくつかの例を挙げて説明する。上述のように、SrCoSiは、いかなる温度領域においても磁場誘起電気分極等の電気磁気効果が発現することが分かったので、これを利用すれば、動作温度を選ばない電気磁気素子を開発することができる。
【0041】
例えば、上述の試料51のように、SrCoSiの単結晶のc軸方向両端に電極を形成した素子を変動磁場センサとして利用することができる。上述の実験において、結晶のc軸の周りに回転磁場を印加したとき、それに起因して誘起される磁場誘起電気分極の変化に伴って磁場誘起電流が観測された。これを逆に見れば、磁場誘起電流が観測されたとき、結晶のc軸の周りに変動磁場が発生したことが分かる。また、磁場誘起電流の大きさ、極性、周波数等から、変動磁場の大きさ、極性、周波数等を検出することもできる。なお、結晶の大きさに制限はないため、任意の大きさ、形状の磁場変動センサを作製できる。例えば、極小のサイズの変動磁場センサを作製することもできる。
【0042】
上述の試料51のように、SrCoSiの単結晶のc軸方向両端に電極を形成した素子は発電素子としても利用することができる。図10に示すように、電磁誘導を利用した通常の発電素子では、コイルを通過する磁束密度を変化させることにより、コイルに誘導起電力を発生させている。これに対して、本発明にかかる発電素子は、結晶のab面内において回転する回転磁場のようなab面内における変動磁場を発電素子100に印加することにより、結晶のc軸に磁場誘起電気分極を発生させ、これにより磁場誘起電流を発生させている。ここでも、結晶の大きさに制限はないため、任意の大きさ、形状の発電素子を作製できる。
【0043】
上述の例では、磁場を印加することにより、電気分極を制御しうることに着目していたが、逆に、電場を印加することにより、磁化の向きを制御することもできる。このような、電気磁気効果の電場により磁化の向きを制御しうる点に着目すれば、本発明に係る電気磁気効果材料を電場制御可能な磁気メモリに応用しうる。あるいは、光の偏光制御を電場及び磁場で行うといった磁気光学素子等の光学素子への応用も可能である。
【0044】
なお、上述の説明において、磁性イオンを含むオケルマナイト構造を有する電気磁気効果材料として、SrCoSiを例に挙げて説明してきたが、本発明はこれには限られず、例えば、オケルマナイト構造を有するACoB、ANiB、AFeB(但し、AはCa、Sr又はBa、BはGe又はSi)に適用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明に係る電気磁気効果材料を発電素子に応用する場合、コイルを作製するのが困難であって、通常の電磁誘導を用いた発電素子では対応できないほど小さな発電素子を作製することができる(例えば、ミクロンオーダー、サブミクロンオーダーの発電素子など)。これにより、極小のマシンに電力を供給する発電素子として利用することができる。
【符号の説明】
【0046】
60 磁場誘起電気分極測定装置
61 試料ホルダ
62 マグネットホルダ
63 ネオジムマグネット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性イオンを含むオケルマナイト構造を有する電気磁気効果材料を用いた電気磁気効果素子であって、
前記電気磁気効果材料はAMXであって、AはCa,Sr,Baのいずれか1つであり、XはGe又はSiであり、Mは磁性イオンであり、
前記電気磁気効果材料の磁気転移温度よりも高い温度において電気磁気効果を発現することを特徴とする電気磁気効果素子。
【請求項2】
MがMn、Co、Fe、Cuのいずれか1つであることを特徴とする請求項1に記載の電気磁気効果素子。
【請求項3】
前記電気磁気効果素子は前記電気磁気効果材料の単結晶であって、所定の方向をc軸方向とする結晶構造を有する単結晶を含み、前記単結晶の、前記c軸方向の両端には電極が形成されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の電気磁気効果素子。
【請求項4】
前記電気磁気効果素子は前記電気磁気効果材料の単結晶であって、所定の方向をc軸方向とする結晶構造を有する単結晶を含み、
前記磁気効果素子は、前記単結晶の、前記c軸と垂直な面内において時間的に変動する外部磁場が印加された際に、前記c軸方向に磁場誘起電気分極を発現することにより前記外部磁場を検出する磁場センサであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の電気磁気効果素子。
【請求項5】
前記電気磁気効果素子は、
前記電気磁気効果材料の単結晶であって、所定の方向をc軸方向とする結晶構造を有する単結晶と、
前記単結晶の前記c軸方向両端に配置された電極とを備え、
前記単結晶の前記c軸に垂直な平面内において、前記単結晶を横切る方向の変動磁場が印加された場合に、前記電極から磁場誘起電流を出力する発電素子であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の電気磁気効果素子。
【請求項6】
前記発電素子は、さらに、前記単結晶のc軸に垂直な平面内において、前記単結晶を横切る方向の磁場を発生させる磁場発生機構と、
前記磁場を時間的に変動させる磁場変動機構とを備えることを特徴とする請求項5に記載の電気磁気効果素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−69724(P2013−69724A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−205239(P2011−205239)
【出願日】平成23年9月20日(2011.9.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 「日本物理学会講演概要集 第66巻 第2号 (2011年 秋季大会) 第3分冊」、社団法人 日本物理学会、平成23年8月24日発行
【出願人】(502350504)学校法人上智学院 (50)
【Fターム(参考)】