説明

磁性シートの製造方法及び磁性シート

【課題】 エージングによる厚みの変化を低減し、極めて高品質の磁性シートを製造する。
【解決手段】 磁性シートを製造するにあたっては、少なくとも磁性材料と溶媒に溶解した高分子結合剤とを混合して作製された磁性塗料を用いて形成された磁性シート10を所定のプレス板20,21を用いて押圧して圧縮する際に、少なくともプレス板20,21と磁性シート10の片面との間に、ベック平滑度が150秒/ml以下である通気材30,31を介在させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁波ノイズを抑制するICカードやICタグ等に用いて好適な磁性シートの製造方法、及びこの製造方法によって製造された磁性シートに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、いわゆるRFID(Radio Frequency IDentification)と称される個体管理を行うシステムが各種業界で導入されつつある。このRFIDシステムは、トランスポンダと称される各種データを読み出し及び/又は書き込み可能に記憶するとともに通信機能を有する小型の非接触型集積回路(Integrated Circuit;以下、ICという。)デバイスと所定のリーダ/ライタとの間で無線通信を行うことにより、トランスポンダに対して非接触でデータの読み出し及び/又は書き込みを行う技術である。具体的には、RFIDシステムにおいては、電磁誘導の原理に基づいて、リーダ/ライタ側のループアンテナから磁束が放出されるのに応じて、放出された磁束が誘導結合によってトランスポンダ側のループアンテナと磁気的結合し、トランスポンダとリーダ/ライタとの間で通信が行われる。このRFIDシステムは、例えば、トランスポンダをICタグとして構成し、このICタグを商品に取り付けることによって生産・物流管理を行う用途の他、トランスポンダをICカードとして構成し、交通機関の料金徴収や建物への入退室に用いる身分証明書、さらには電子マネーといった様々な用途への適用が期待されている。
【0003】
このようなRFIDシステムは、従来の接触型ICカードシステムのように、リーダ/ライタに対してICカードを装填したり、金属接点を接触させたりする手間が省け、簡易且つ高速にデータの書き込みや読み出しを行うことができる。また、RFIDシステムは、電磁誘導によってリーダ/ライタからトランスポンダに対して必要な電力の供給が行われるため、トランスポンダ内に電池等の電源を内蔵する必要がなく、簡易な構成且つ低価格で信頼性の高いトランスポンダを提供することができるという利点も有する。
【0004】
ただし、RFIDシステムにおいては、トランスポンダの周囲に他の金属体がある場合には、その影響を受けて通信に支障が生じる場合がある。電磁誘導方式においては、金属体が周囲に存在すると、その影響を受けてインダクタンスが変化することによる共振周波数のずれや磁束変化等が生じ、電力確保ができなくなるためである。したがって、RFIDシステムにおいては、トランスポンダとリーダ/ライタとの十分な通信可能範囲を確保するために、ある程度の磁界強度を持った電磁場を放射することができるループアンテナをトランスポンダ側に設ける必要がある。
【0005】
この場合、空間配置以外の方法によって金属体によるループアンテナへの影響を低減するためには、例えば磁性材料を用いることが有効であり、これによって金属体による影響を低減し、通信距離を大きくすることができる。また、近年の通信機器や電子機器においては、クロック周波数が高周波数化するのにともない、ノイズ電磁波の放射頻度が高まり、外部又は内部干渉による機器それ自体の誤動作や周辺機器への悪影響等が発生しているが、このような電磁波障害の発生を防止するためにも磁性材料が有効である。このような状況から、例えば適量の軟磁性粉末をゴムやプラスチックス等の結合剤に分散・混合してなる各種の複合磁性シート(軟磁性シート)が提案されている。
【0006】
このような磁性シートを製造するにあたっては、通常、軟磁性粉末と高分子結合剤(バインダー)と溶媒とを混合して磁性塗料を作製し、これをコーターを用いて剥離用PET(ポリエチレンテレフタレート)に塗布することによって1層分の磁性シートを形成した上で、剥離用PET上に形成された磁性シートを剥離して複数枚積層する。そして、磁性シートを製造するにあたっては、積層した複数枚の磁性シートをラミネーターや熱プレス機を用いて圧縮することにより、最終製造物としての磁性シートを製造していた。ここで、磁性シートを圧縮するのは、軟磁性粉末の充填率を上げて磁気特性(透磁率)を向上させるためであるが、磁性シートを製造するにあたっては、圧縮によって厚みが減少した磁性シートが経時にともない膨張してしまうのを低減するために、熱硬化性のバインダーを用いることが有効である。
【0007】
なお、このような複数枚のシート状部材を積層する際に圧縮する技術としては、例えば特許文献1等がある。また、かかる圧縮を行う際には、通常、プレス対象物としてのシート状部材の全面に均等な圧力を加えたり、容易な離型を実現したりするために、シート状部材とプレス板との間に所定のクッション材や離型フィルムを介在させるが、かかるクッション材や離型フィルムに関する技術としては、例えば特許文献2乃至特許文献4等が提案されている。
【0008】
【特許文献1】特開平2−248222号公報
【特許文献2】特開2000−52369号公報
【特許文献3】特開2003−103552号公報
【特許文献4】特開2006−120839号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、従来の磁性シートの製造方法においては、磁性シートを積層するのにともない、重なり合う磁性シートと磁性シートとの間に空気を巻き込む事態を頻繁に生じていた。ここで、軟磁性粉末が高充填されたバインダーの架橋を完了させるためには、所定時間、磁性シートに熱と圧力とを加えておく必要がある。そのため、かかる製造方法によって製造される磁性シートは、磁性シートと磁性シートとの間に巻き込んだ空気や、反応にともなって発生するアウトガスが、圧縮工程後も当該磁性シート内に残留すると、高温環境下又は高温高湿環境下でのエージングによって厚みが厚くなる方向に変化してしまい、サイズ不良や磁気特性(透磁率)の経時変化を招来するという問題があった。
【0010】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、圧縮工程の際に磁性シート内に存在する空気やアウトガスを確実に排出してエージングによる厚みの変化を低減し、極めて高品質の磁性シートを製造することができる磁性シートの製造方法、及びこの製造方法によって製造された磁性シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者は、磁性シートを製造する際の圧縮工程に関して鋭意研究を重ねた結果、磁性シート内に存在する空気やアウトガスを確実に排出することができる技術を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、上述した目的を達成する本発明にかかる磁性シートの製造方法は、少なくとも磁性材料と溶媒に溶解した高分子結合剤とを混合して作製された磁性塗料を用いて磁性シートを形成するシート形成工程と、上記シート形成工程にて形成された上記磁性シートを所定のプレス板を用いて押圧して圧縮する圧縮工程とを備え、上記圧縮工程では、少なくとも上記プレス板と上記磁性シートの片面との間に、ベック平滑度が150秒/ml以下である通気材を介在させることを特徴としている。
【0013】
また、上述した目的を達成する本発明にかかる磁性シートは、少なくとも磁性材料と溶媒に溶解した高分子結合剤とを混合して作製された磁性塗料を用いて形成されたシートを所定のプレス板を用いて押圧して圧縮して製造される磁性シートであって、少なくとも上記プレス板と上記シートの片面との間に、ベック平滑度が150秒/ml以下である通気材を介在させた状態で当該シートを圧縮して製造されたことを特徴としている。
【0014】
このような本発明においては、通気材を介在させた圧縮を行うことにより、プレス板による押圧時に、磁性シート内に存在する空気やアウトガスを迅速に排出しやすい状況を作り出すことができることから、これら空気やアウトガスを確実に排出することが可能となる。したがって、本発明においては、エージングによる磁性シートの厚みの変化を低減することができ、また、磁性シート内に存在する空気やアウトガスの量が少なくなることから、高い圧力で圧縮した場合であっても、空気やアウトガスが噴出した跡が残らず良好な外観を維持しつつ、透磁率が大きい磁性シートを製造することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、エージングによる厚みの変化を低減し、外観及び磁気特性がともに良好な極めて高品質の磁性シートを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を適用した具体的な実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0017】
この実施の形態は、いわゆるRFID(Radio Frequency IDentification)システムにおいて用いられるIC(Integrated Circuit)カードやICタグ等に用いて好適な磁性シートの製造方法である。特に、この磁性シートの製造方法は、磁性シートを圧縮する際に、磁性シートとプレス板との間に所定条件を満たす通気材を介在させることにより、磁性シート内に存在する空気やアウトガスを確実に排出してエージングによる厚みの変化を低減することができるものである。
【0018】
まず、磁性シートを製造するにあたっては、少なくとも磁性材料と溶媒に溶解した高分子結合剤(バインダー)とを混合して磁性塗料を作製し、その磁性塗料を所定の基材上に塗布した後に乾燥させ、磁性シートを形成する。
【0019】
ここで、磁性材料としては、扁平な軟磁性粉末が望ましい。かかる扁平な軟磁性粉末を構成する磁性材料としては、任意の軟磁性材料を用いることができるが、例えば、磁性ステンレス(Fe−Cr−Al−Si系合金)、センダスト(Fe−Si−Al系合金)、パーマロイ(Fe−Ni系合金)、ケイ素銅(Fe−Cu−Si系合金)、Fe−Si系合金、Fe−Si−B(−Cu−Nb)系合金、Fe−Ni−Cr−Si系合金、Fe−Si−Cr系合金、Fe−Si−Al−Ni−Cr系合金等が好適である。これらの軟磁性材料からなる軟磁性粉末を用いて作製した磁性シートは、軟磁性粉末が軟磁気特性に優れることから、RFIDシステムの用途や電波吸収体として好適に用いることができる。
【0020】
また、軟磁性粉末としては、扁平な形状の軟磁性粉末を用いるが、長径が1〜200μmであり、扁平度が10〜50のものを用いるのが望ましい。扁平な軟磁性粉末の大きさを揃えるためには、必要に応じて、ふるい等を使用して分級すればよい。
【0021】
さらに、軟磁性粉末としては、例えばシランカップリング剤等のカップリング剤を用いてカップリング処理した軟磁性粉末を用いるようにしてもよい。カップリング処理した軟磁性粉末を用いることにより、扁平な軟磁性粉末と高分子結合剤界面との補強効果を高め、比重や耐食性を向上させることができる。カップリング剤としては、例えば、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン等を用いることができる。なお、カップリング処理は、予め軟磁性粉末に対して施しておいてもよいし、軟磁性粉末とバインダーとを混合する際に同時に混合し、その結果、カップリング処理が行われるようにしてもよい。
【0022】
一方、バインダー(高分子結合剤)としては、ポリエステル系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリエチレンやポリプロピレン等のオレフィン系樹脂、塩化ビニル、酢酸ビニル、エチレン酢酸ビニル共重合体等のビニル系樹脂、アクリル系樹脂、合成ゴム系樹脂、天然ゴム系樹脂、ポリアミド系樹脂、スチレン系樹脂、エポキシ系樹脂等、さらにはこれらの共重合体を用いることができる。特に、バインダーとしては、加工性が良好で、扁平な軟磁性粉末を高密度に配向させることが可能な樹脂であるポリエステル系樹脂を用いることができる。バインダーとして用いるポリエステル系樹脂として、リン酸残基を有するリン内添ポリエステル系樹脂を用いてもよい。磁性シートは、このリン内添ポリエステル系樹脂を用いることにより、難燃性が付与されたものとすることができる。
【0023】
リン内添ポリエステル系樹脂は、上述したように、分子中にリン酸残基を有するものであり、その具体例としては、例えばリン変性飽和ポリエステル共重合体を挙げることができる。リン変性飽和ポリエステル共重合体は、飽和共重合ポリエステルの主骨格にリン成分が導入されているものであり、ポリエステル成分とリン成分とを共重合させることによって得られる。ここでポリエステル成分としては、エチレングリコールとテレフタル酸、ナフタレンカルボン酸、アジピン酸、セバシン酸又はイソフタル酸とから形成される高分子化合物や、1,4−ブタンジオールとテレフタル酸、アジピン酸又はセバシン酸とから形成される高分子化合物や、1,6−ヘキサンジオールとアジピン酸、セバシン酸又はイソフタル酸とから形成される高分子化合物等を使用することができる。また、リン成分としては、ホスフォネート型ポリオール、ホスフェート型ポリオール、ビニルホスフォネート、アリルホスフォネート等を使用することができる。このように主骨格にリン成分を導入したポリエステル共重合体は、単にポリエステルにリン成分を混合分散させたものよりも高い難燃性を呈する。
【0024】
リン内添ポリエステル系樹脂のリン含有率は、ポリエステル系樹脂の主骨格の種類、リン成分(リン酸残基)の種類、磁性シートを構成するその他の成分の種類に応じて、所定の難燃性を満足するように定めることができるが、リン含有率は0.5重量%〜4.0重量%である。リン含有率を0.5重量%未満であると難燃性が低く、難燃剤を多量に添加しなければ、十分な難燃性を得ることができない。また、4.0重量%を超えるとポリエステル系樹脂の分子量を大きくすることができなくなるため、機械的強度が低下してしまうことになる。
【0025】
また、リン内添ポリエステル系樹脂の数平均分子量は、8000〜50000であることが望ましい。数平均分子量が8000未満では、得られる磁性シートの機械的強度が不十分となる場合がある。一方、数平均分子量が50000より大きい場合には、得られる磁性シートが硬くなるため、所望の可撓性を得ることができない。そして、リン内添ポリエステル系樹脂のガラス転移温度は、−20℃〜40℃であることが望ましい。ガラス転移温度が−20℃以下になると高温下で弾性率が低下し、高温環境下又は高温高湿環境下において、軟磁性粉末同士の接着力が低下する。また、ガラス転移温度が40℃を超えると、室温での磁性シートの硬さが硬くなる。
【0026】
磁性シートを製造するにあたっては、このような軟磁性粉末と溶媒に溶解したバインダーとを混合して磁性塗料を作製する。ここで、磁性塗料には、バインダーであるポリエステル系樹脂に相溶せずに、ポリエステル系樹脂に分散される分散粒子を添加するようにしてもよい。磁性シートは、この分散粒子により、表面が平滑となり、後の工程で圧縮する際にポリエステル系樹脂中の空気やアウトガスの噴出跡が残らないような良好な外観とすることができる。ここで、分散粒子は、絶縁性のものが望ましい。さらに、分散粒子が難燃剤であれば磁性シートに難燃性を付与することができる。
【0027】
難燃剤としては、任意のものを使用できるが、例えば亜鉛系難燃剤、窒素系難燃剤又は水酸化物系難燃剤が挙げられる。さらに、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム等も挙げることができる。亜鉛系難燃剤としては、炭酸亜鉛、酸化亜鉛又はホウ酸亜鉛等が挙げられ、中でも炭酸亜鉛が望ましい。窒素系難燃剤としては、例えばメラミン(シアヌル酸トリアミド)、アムメリン(シアヌル酸ジアミド)、アムメリド(シアヌル酸モノアミド)、メラム、メラミンシアヌレート、ベンゾグアナミン等のメラミン誘導体を用いることができる。なお、ポリエステル系樹脂への分散性、混合性の観点から、メラミンシアヌレートを用いることが望ましい。また、難燃剤の代わりに、カーボンブラック、酸化チタン、窒化ホウ素窒化アルミニウム、アルミナ等を添加してもよい。
【0028】
分散粒子は、ポリエステル系樹脂の重量に対してその重量が7/13以下であることが望ましい。ポリエステル系樹脂に相溶せずに分散する分散粒子を添加する重量がポリエステル系樹脂の重量に対して7/13以下であれば、良好な磁気特性を有したまま、高温環境下又は高温高湿環境下での磁性シートの厚みが変化するという寸法変化を抑制することができ、良好な加工性を得ることができる。一方、ポリエステル系樹脂に対して分散粒子の重量を7/13より多くの量を添加すると、高温環境下又は高温高湿環境下での磁性シートの厚みの寸法変化は抑制できるが、加工性が低下してしまうことになる。
【0029】
また、ポリエステル系樹脂に相溶せずに分散する分散粒子の粒径は、0.01μm〜15μmであることが望ましい。分散粒子の粒径が0.01μm未満であれば、磁性シートの厚みの変化を抑制する効果が得られない。また、分散粒子の粒径が15μm以上であれば、磁気特性が低下することになる。
【0030】
磁性シートは、後の工程で圧縮する際に樹脂内の空気やアウトガスを排出してその比重を大きくするが、通常、圧縮によって空気やアウトガスの抜け道が制限されてしまう。また、多量に配合される軟磁性粉末が重なり、極めて薄い隙間までバインダーが行き渡らず、必然的に空隙が残ってしまう。これに対して、分散粒子を添加した磁性シートは、平滑に形成されるため、当該磁性シート内に含まれる空気量やアウトガス量を少なくすることができ、比重を大きくすることができる。すなわち、磁性シートは、良好な磁性特性を得ることができるものとなる。また、磁性シートにおいては、圧縮によって比重を大きくすると、内部に含まれる空気量やアウトガス量が少なくなるため、難燃性をさらに向上させることができる。
【0031】
また、磁性シートは、軟磁性粉末とバインダーとしてのポリエステル系樹脂との他に、架橋剤を含有していてもよい。架橋剤としては、例えばブロックイソシアネートが挙げられる。ブロックイソシアネートは、イソシアネート基(−NCO)が室温で反応しないように加熱によって解離(脱保護)できる保護基で保護されたイソシアネート化合物である。このブロックイソシアネートは、室温ではポリエステル系樹脂を架橋しないが、保護基の解離温度以上に加熱されることにより、保護基が解離し、イソシアネート基が活性化し、ポリエステル系樹脂が架橋される。
【0032】
なお、ブロックイソシアネートとしては、保護基の解離温度が120℃〜160℃の範囲のものを使用することが望ましい。この解離温度を120℃よりも高くすることで、基材上に塗布される磁性塗料の粘度を調整するために使用するメチルエチルケトンやトルエンを蒸発させ、形成される磁性シートを乾燥させることができる。一方、解離温度が120℃よりも低い温度である場合には、磁性塗料を基材上に塗布して、メチルエチルケトンやトルエンの沸点以上の温度で乾燥させるときに、ブロックイソシアネートの保護基が解離されてポリエステル系樹脂の架橋が進行してしまうおそれがある。また、基材に使用するフィルムの耐熱温度が160℃以下であるため、解離温度は160℃以下であることが望ましい。ポリエステル系樹脂を架橋する反応は、室温でもゆっくり進行するため、加熱終了後に全体を室温まで冷却し、長時間放置することにより、ポリエステル系樹脂が完全に架橋し、バインダーが完全に硬化することになる。
【0033】
また、ブロックイソシアネートは、バインダーであるポリエステル系樹脂に対して0.5重量%以上配合することが望ましい。これによって十分な効果を得ることができる。ブロックイソシアネートの配合量が0.5重量%未満であると、架橋が不十分となり、高温環境下又は高湿環境下において、厚みの変化が大きくなってしまうおそれがある。
【0034】
さらに、保護されていないイソシアネートを用いた場合には、磁性塗料を基材上に塗布して溶剤を乾燥してシート化する際に、ポリエステル系樹脂の架橋が進行してしまうため、圧縮しても良好な磁気特性を得ることができない。また、硬化が進んだものを圧縮するため、厚みが厚くなるような変化が大きくなる。
【0035】
ここで、扁平な軟磁性粉末をバインダーとしてのポリエステル系樹脂と混合し、高密度に充填することは容易なことではない。扁平な軟磁性粉末をバインダーと混合する場合には、混合中の負荷によって扁平な軟磁性粉末が粉砕されて小さくなったり、大きな歪みを受けて透磁率μ'を低下させたりする原因となるからである。そのため、扁平な軟磁性粉末とバインダーの混合には、溶媒に溶解させた高分子結合剤を使用し、極力扁平な軟磁性粉末に負荷を与えないように混合して磁性塗料とし、これを基材に塗布して磁性シートを製造することが望ましい。
【0036】
本発明の実施の形態として示す磁性シートの製造方法においては、このような磁性塗料を作製し、これをコーターやドクターブレード法等を適用して所定の基材上に所望の厚みをもって塗布した後に乾燥させ、磁性シートを形成する。
【0037】
基材としては、フィルム状のものを用いることができ、例えばポリエチレンテレフタレートフィルム、ポリエチレンナフタレートフィルム、ポリイミドフィルム、ポリフェニレンスルフィドフィルム、ポリプロピレノキサイドフィルム、ポリエチレンフィルム、ポリプロピレンフィルム、ポリアミドフィルム等を挙げることができる。また、その厚みは適宜選択することができ、例えば数μm〜数百μmとすることができる。さらに、磁性シート形成面には、離型剤が塗布されていることが望ましい。
【0038】
ここで、磁性塗料の塗布時には、磁場を加えることにより、扁平な軟磁性粉末を面内方向に配向、配列させる効果が得られ、軟磁性粉末を高密度に充填することが可能となる。なお、乾燥は、溶剤の含有量が1%以下となる程度に行うのが望ましい。溶剤の含有量が1%以上ある場合には、乾燥した磁性シートを基材から剥離する際に、伸びたり、ちぎれたりする可能性があり、また、揮発した溶剤が磁性シート表面に膨れとなって現れるためである。また、塗布後の乾燥温度は、架橋剤が含有されている場合には、その架橋剤の架橋開始温度よりも低いものとする。
【0039】
さらに、配向を容易に行うためにも、バインダーとしての樹脂は流動性の高いものにすることが望ましく、バインダーを溶媒に溶解させ、所定の粘度の磁性塗料とすることが望ましい。磁性塗料の粘度の調整には、各種溶媒を用いることができ、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素化合物、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン、メチルイソブチルケトン等を用いることができる。
【0040】
磁性塗料の粘度は、コーターやドクターブレード法等を用いて塗布できるように調節すればよいが、あまり粘度を小さくしすぎるとバインダー成分が多くなるために、シート化した際に比重が小さくなってしまうという問題がある。固形分は、50%〜70%の範囲とすることが望ましい。固形分が70%以上で粘度が大きい場合には、塗布できなかったり、塗布する際にシートに筋が入ったりするという不都合が生ずる可能性がある。固形分を50%以下にすると、磁性塗料を基材上に塗布する際に基材上の離型剤ではじき等の問題が生じる。
【0041】
そして、磁性シートの製造方法においては、このようにして磁性シートを形成すると、その比重を向上させるために、乾燥した磁性シートを圧縮する。このとき、この製造方法においては、架橋剤が含有されている場合には、乾燥して形成した磁性シートをバインダーのガラス転移温度以上且つバインダーと架橋剤との反応開始未満で圧縮し、さらに、バインダーと架橋剤との反応開始温度以上で圧縮するのが望ましい。
【0042】
さて、かかる圧縮工程は、例えば図1に示すように、磁性シート10と当該磁性シート10を両面から挟持して押圧する例えばステンレス鋼からなる2枚のプレス板20,21との間に、所定条件を満たす通気材30,31を介在させて行われる。なお、同図においては、磁性シート10の両面とプレス板20,21のそれぞれとの間に通気材30,31を介在させている様子を示しているが、かかる通気材は、2枚のプレス板20,21のうち少なくとも1枚のプレス板と磁性シート10の片面との間に介在させればよい。すなわち、圧縮工程においては、通気材30,31のいずれか1つを用いればよい。
【0043】
ここで、通気材30,31としては、いわゆるベック平滑度が150秒/ml以下である紙や布等のシート状部材が用いられる。ベック平滑度とは、紙や布等のシート状部材の凹凸を有する表面を、ある特定量の空気が通過するのに要する時間として定義されるパラメータである。すなわち、通気材30,31の所定条件とは、1mlの空気が当該通気材30,31の表面を通過するのに要する時間が150秒以下であることである。圧縮工程においては、このように表面を空気が速く通過するような通気材30,31を用いることにより、プレス板20,21による押圧時に、磁性シート10内に存在する空気やアウトガスを迅速に排出しやすい状況を作り出すことができることから、これら空気やアウトガスを確実に排出することが可能となる。なお、通気材30,31の厚みについては、特に制限はなく、使用する素材によって任意の値をとり得るが、現実的には50μm〜300μm程度が望ましい。
【0044】
また、通気材30,31としては、少なくともその片面に離型処理を施すのが望ましい。そして、圧縮工程においては、離型処理が施された通気材30,31の離型面が磁性シート10の側となるようにセットすることにより、圧縮後に磁性シート10を容易に離型することが可能となる。また、圧縮工程においては、離型処理を施していない通気材30,31を用いる場合には、例えば図2に示すように、磁性シート10と通気材30,31との間に、PET(ポリエチレンテレフタレート)等からなる剥離用フィルム40,41を介在させることによっても、圧縮後に磁性シート10を容易に離型することが可能となる。なお、この場合、通気材30,31による通気性を阻害しないように、剥離用フィルム40,41の厚みが50μm以下であるのが望ましい。
【0045】
以上説明したように、本発明の実施の形態として示した磁性シートの製造方法においては、少なくとも1枚のプレス板と磁性シートの片面との間に、所定条件を満たす通気材を介在させて圧縮することにより、磁性シート内に存在する空気やアウトガスを確実に排出することが可能となる。したがって、この製造方法においては、エージングによる磁性シートの厚みの変化を低減することができ、また、磁性シート内に存在する空気やアウトガスの量が少なくなることから、高い圧力で圧縮した場合であっても、空気やアウトガスが噴出した跡が残らず良好な外観を維持しつつ、透磁率が大きい磁性シートを製造することができる。
【0046】
[実施例]
本願発明者は、実際に磁性シートを製造し、エージング前後における磁性シートの厚みの変化を測定した。
【0047】
磁性シートの組成は、以下の通りである。
P/B比=5.0
磁性材料:粒径(D50)が20μmのFe−Si−Cr系合金粉末からなる扁平形状の軟磁性粉末
バインダー:ポリエステル系樹脂(バイロン300;東洋紡績株式会社製)と架橋剤としてのブロックイソシアネート(コロネート2507;日本ポリウレタン工業株式会社製)とを重量比で97:3の割合で混合したポリエステル系樹脂
【0048】
このような組成材料を用いた磁性塗料を120μmの厚みで塗布することによって作製したシートを4層積層し、これを80℃に設定されたラミネーターを用いて貼り合わせ、厚みが約300μmの磁性シートを形成した。そして、この磁性シートを先に図2に示したような配置でセットした状態で圧縮した。このとき用いた通気材及び剥離用フィルムの組み合わせは、次表1に示すとおりである。
【0049】
【表1】

【0050】
具体的には、実施例1では、通気材として王子製紙株式会社製の上質紙(OKプリンス上質70)を用いるとともに、剥離用フィルムとしてリンテック株式会社製のPETフィルム(PET38GS、厚み38μm)を用いた。このときの通気材のベック平滑度は、6.2秒/mlである。
【0051】
また、実施例2では、通気材として東洋ファイバー株式会社製のクッション紙(TF190)を用いるとともに、剥離用フィルムとしてリンテック株式会社製のPETフィルム(PET38GS、厚み38μm)を用いた。このときの通気材のベック平滑度は、1.7秒/mlである。
【0052】
さらに、実施例3では、通気材として東京スクリーン株式会社製のナイロンメッシュ(N−NO.110S)を用いるとともに、剥離用フィルムとしてリンテック株式会社製のPETフィルム(PET38GS、厚み38μm)を用いた。このときの通気材のベック平滑度は、0.1秒/ml未満である。
【0053】
さらにまた、実施例4では、通気材として日本規格協会で定められている綿布(かなきん3号)を用いるとともに、剥離用フィルムとしてリンテック株式会社製のPETフィルム(PET38GS、厚み38μm)を用いた。このときの通気材のベック平滑度は、0.1秒/ml未満である。
【0054】
また、実施例5では、通気材として大福製紙株式会社製の粘着材用原紙(SO原紙18G)を用いるとともに、剥離用フィルムとしてリンテック株式会社製のPETフィルム(PET38GS、厚み38μm)を用いた。このときの通気材のベック平滑度は、0.1秒/ml未満である。
【0055】
さらに、実施例6では、通気材として王子製紙株式会社製の両面剥離紙(100GVW、高平滑面)を用いるとともに、剥離用フィルムとしてリンテック株式会社製のPETフィルム(PET38GS、厚み38μm)を用いた。このときの通気材のベック平滑度は、146秒/mlである。
【0056】
さらにまた、実施例7では、通気材として王子製紙株式会社製の両面剥離紙(100GVW、低平滑面)を用いるとともに、剥離用フィルムとしてリンテック株式会社製のPETフィルム(PET38GS、厚み38μm)を用いた。このときの通気材のベック平滑度は、66秒/mlである。
【0057】
また、実施例8では、通気材として実施例7と同一の両面剥離紙(100GVW、低平滑面)を用いる一方で、剥離用フィルムを介在させなかった。
【0058】
これに対して、比較例1では、通気材としてカイト化学工業株式会社製の剥離紙(SL−80KCZA)を用いるとともに、剥離用フィルムとしてリンテック株式会社製のPETフィルム(PET38GS、厚み38μm)を用いた。このときの通気材のベック平滑度は、220秒/mlである。
【0059】
また、比較例2では、通気材としてリンテック株式会社製の剥離紙(EN78P)を用いるとともに、剥離用フィルムとしてリンテック株式会社製のPETフィルム(PET38GS、厚み38μm)を用いた。このときの通気材のベック平滑度は、195秒/mlである。
【0060】
さらに、比較例3では、通気材を介在させずに、剥離用フィルムとしてリンテック株式会社製のPETフィルム(PET38GS、厚み38μm)のみを介在させた。
【0061】
このような通気材及び剥離用フィルムの組み合わせのもとに、ステンレス鋼からなる150℃に設定された2枚のプレス板を用いて、磁性シートを2.0MPaで10分間圧縮し、約250μmの最終製造物としての磁性シートを得た。そして、圧縮後の磁性シートを85℃に設定されたオーブン内に24時間安置し、エージング前後における磁性シートの厚みの変化を測定した。判定評価としては、磁性シートの厚み戻り率が1.0%以下であるものを"◎"とし、1.0%よりも大きく3.0%以下であるものを"○"とし、3.0%よりも大きく5.0%以下であるものを"△"とし、5.0%よりも大きいものを"×"とした。なお、エージング前後における磁性シートの厚み戻り率は、5.0%以下が製品として求められる基準である。この結果を次表2に示す。
【0062】
【表2】

【0063】
上表2から明らかなように、実施例1〜実施例8における磁性シートは、いずれも厚み戻り率が5.0%以下となり、製品として求められる基準を満たす結果が得られるものとなった。一方、比較例1〜比較例3における磁性シートは、いずれも厚み戻り率が5.0%よりも大きくなってしまい、所望の品質を得ることができないものであった。
【0064】
これらの結果から、本発明にて提案した製造方法は、極めて有効であることがわかる。なお、これら実施例1〜8、及び比較例1〜3においては、扁平な軟磁性粉末としてFe−Si−Cr系合金粉末を用いるとともに、バインダーとしてポリエステル系樹脂を用いたが、これら以外の軟磁性粉末と樹脂との組み合わせでも、同様の結果が得られることは容易に推察される。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明の実施の形態として示す磁性シートの製造方法における圧縮工程の様子を説明する側面図である。
【図2】本発明の実施の形態として示す磁性シートの製造方法における他の圧縮工程の様子を説明する側面図である。
【符号の説明】
【0066】
10 磁性シート
20,21 プレス板
30,31 通気材
40,41 剥離用フィルム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも磁性材料と溶媒に溶解した高分子結合剤とを混合して作製された磁性塗料を用いて磁性シートを形成するシート形成工程と、
上記シート形成工程にて形成された上記磁性シートを所定のプレス板を用いて押圧して圧縮する圧縮工程とを備え、
上記圧縮工程では、少なくとも上記プレス板と上記磁性シートの片面との間に、ベック平滑度が150秒/ml以下である通気材を介在させること
を特徴とする磁性シートの製造方法。
【請求項2】
上記通気材は、少なくともその片面に離型処理が施されたものであり、
上記圧縮工程では、上記離型処理が施された上記通気材の離型面が上記磁性シートの側となるように、少なくとも上記プレス板と上記磁性シートの片面との間に、上記通気材を介在させること
を特徴とする請求項1記載の磁性シートの製造方法。
【請求項3】
上記圧縮工程では、上記磁性シートと上記通気材との間に、所定の剥離用フィルムを介在させること
を特徴とする請求項1記載の磁性シートの製造方法。
【請求項4】
上記剥離用フィルムは、50μm以下の厚みを有するものであること
を特徴とする請求項3記載の磁性シートの製造方法。
【請求項5】
上記圧縮工程では、上記磁性シートと当該磁性シートを両面から挟持して押圧する2枚の上記プレス板のそれぞれとの間に上記通気材を介在させること
を特徴とする請求項1記載の磁性シートの製造方法。
【請求項6】
上記磁性材料は、扁平な軟磁性粉末であること
を特徴とする請求項1乃至請求項5のうちいずれか1項記載の磁性シートの製造方法。
【請求項7】
上記磁性塗料には、上記高分子結合剤に分散するように添加された分散粒子が含有されていること
を特徴とする請求項1乃至請求項6のうちいずれか1項記載の磁性シートの製造方法。
【請求項8】
上記分散粒子は、難燃剤であること
を特徴とする請求項7記載の磁性シートの製造方法。
【請求項9】
少なくとも磁性材料と溶媒に溶解した高分子結合剤とを混合して作製された磁性塗料を用いて形成されたシートを所定のプレス板を用いて押圧して圧縮して製造される磁性シートであって、
少なくとも上記プレス板と上記シートの片面との間に、ベック平滑度が150秒/ml以下である通気材を介在させた状態で当該シートを圧縮して製造されたこと
を特徴とする磁性シート。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−183779(P2008−183779A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−18475(P2007−18475)
【出願日】平成19年1月29日(2007.1.29)
【出願人】(000108410)ソニーケミカル&インフォメーションデバイス株式会社 (595)
【Fターム(参考)】