説明

磁性粉末コーティング用スパッタリング装置

【解決課題】磁性を有する粉末の表面に、スパッタリング法で種々の金属をコーティングすることができる磁性粉末コーティング用スパッタリング装置を提供すること。
【解決手段】真空に保持された回転ドラム内で、磁性を有する粉末をスパッタ粒子でコーティングする粉末コーティング用スパッタリング装置であって、半円筒状ケーシングとハウジングとによって形成される半円筒状の空洞部に非磁性でかつ導磁率が1.2以下の特性を有するオーステナイト系ステンレス鋼の粉末が充填され、バッキングプレート、マグネット及び冷却水通路と、ターゲットプレート及び粉末付着防止用スカートとを備えたスパッタリングユニットがハウジングの下側に取り付けられ、ターゲットプレートの表面が装入された磁性粉末に対して回転ドラムの回転中心点よりも遠い位置に設置されており、回転ドラム内に粉末撹拌翼が設置されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空に保持された回転ドラム内で、磁性を有する粉末をスパッタ粒子でコーティングする際に使用するスパッタリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
金属、セラミックス、プラスチックス等の種々の粉末の表面に金属をコーティングすると、新しい特性を付与した粉末を製造することができる。例えば、ダイヤモンド粉末に銅をコーティングすると、焼結が容易となり、熱伝導性が向上し、その上、摩擦熱によるダイヤモンドの酸化分解を防止するので寿命の長いダイヤモンド工具を製造することができる。また、金をコーティングしたニッケル粉末は、電気抵抗が小さく、耐食性に優れており、その上、金粉よりも安価であるから、液晶パネル用やプリント基板用の導電フィラーとして多く使用されている。
【0003】
粉末にコーティングする方法としては、無電解めっき法やドライコーティング法等が知られている。
【0004】
無電解めっき法とは、粉末を懸濁状態にして、電気めっきまたは無電解めっきを行う方法である。無電解めっき法の場合は、あらかじめ金属粉末の表面をアルカリ脱脂処理および酸洗処理した後、第1層として塩化パラジウム水溶液による触媒付与処理を行って密着性を確保し、その後、第2層としてこの上に無電解金めっき層を形成する。このように、粉末表面への従来のめっき技術は、各種の水溶液を用いたウェットコーティング法である。しかし、この方法で安定した品質の製品を得るためには、これらの各種水溶液中の金属イオン濃度の経時変化に対する反応温度および反応速度などを厳密に管理しなければならず、この管理が大変であるといった課題がある。さらに、水洗、ろ過、乾燥、分級および廃液処理などの多くの処理工程が必要であり、このために製造コストが高価になるといった課題もある。しかも、この無電解めっき法は酸化・還元反応による金属イオンの単なる付着であるから、めっき皮膜と粉末表面との密着性は強固ではなく、ワレやピンホールなどの皮膜欠陥も多いといった課題もある。めっき皮膜にワレやピンホールなどの欠陥が多いと、導電性が経時変化して部分的な導通不良を起こし易いので、使用される電子部品全体の信頼性が著しく劣ってしまう。
【0005】
一方、ドライコーティング法には、真空蒸着法、CVD法およびスパッタリング法などの方法がある。しかし、金の融点は1,066℃、沸点は2,857℃、銀の融点は961℃、沸点は2,163℃と、それぞれ極めて高い温度であるため、真空蒸着法で粉末にコーティングすることは技術的に極めて難しい。また、高温で熱分解して皮膜として析出する金や銀の化合物は見当たらないため、粉末にCVD法でコーティングすることも技術的に極めて難しい。
【0006】
これらに対して、スパッタリング法は金属を高温で蒸着する方法ではなく、金属化合物を高温で熱分解させる方法でもない。スパッタリング法は高周波電気を応用して、高エネルギーのプラズマ状態まで励起した金属原子を粉末の表面に高速で衝突させるので、粉末の表面に種々の金属を強固にコーティングすることができる。その上、真空技術を応用したドライコーティング法であるから、製造工程が大幅に短縮できるといった利点もある。また、多量の廃液を発生することもないので、製造コストが安くなり、地球環境にやさしいという大きな利点もある。
【0007】
このスパッタリングによって粉末の表面にコーティングする方法の基本原理は、例えば下記特許文献1に記載されており、既に公知となっている。その後、下記特許文献2乃至5などの多くの装置特許が出願公開されている。また本発明者らも、回転ドラム方式のスパッタリング装置を下記特許文献6などで紹介している。
【0008】
これら公知の粉末コーティング用スパッタリング装置にほぼ共通しているのは、例えば図1乃至図3に示すような構成である。図1は公知の粉末コーティング用スパッタリング装置の全体構成図である。公知の粉末コーティング用スパッタリング装置の基本構成は、図1で示すように、高周波電源1に接続されたスパッタリングユニット2を内臓した回転ドラム3の中に粉末が収容されており、回転ドラム3の内部を真空排気装置4によって真空に保持する装置である。
【0009】
回転ドラム3は、駆動ロール5aおよび従動ロール5bで支持されている。駆動ロール5aは、駆動モーター5から動力を受け、回転ドラム3を水平軸回りに回転させる。スパッタリングユニット2は、真空シール型軸受け1aで気密保持されたアーム1bによって回転ドラム3の中に装入されており、回転ドラム3の軸方向長さより若干短いターゲットプレート6を斜め下向きに配置している。この気密保持されたアーム1bの中には、ターゲット用冷却水入口1c、ターゲット用冷却水出口1dおよびアルゴンガス入口1eが内臓されている。回転ドラム3は、真空シール型軸受け4aによって気密保持された真空排気装置4で真空に保持されている。
【0010】
非磁性粉末の場合には、粉末は重力によって常時回転ドラム3の底部に集まっているので、回転ドラム3を回転させると底面で流動状態になる。高周波電源1によってプラズマ状態にまで励起されたアルゴン原子などの衝撃で、ターゲットプレート6からコーティング粒子が叩き出され、回転ドラム3の中を飛翔して、この流動状態にある粉末の表面に被着する。所定のコーティング層が形成された後、回転ドラム3を停止し、大気開放してコーティングされた粉末を取り出す。
【0011】
図2は、公知の粉末コーティング用スパッタリング装置の中の回転ドラムおよびスパッタリングユニットの部分断面図である。さらに図3は、公知の粉末コーティング用スパッタリング装置の中のスパッタリングユニットの拡大断面図である。
【0012】
スパッタリングユニット2は、回転ドラム3に対して同心円状に作製した半円筒状ケーシング2aとターゲットプレート6とを有して構成されている。半円筒状ケーシング2aの内部に補強プレート2bが設けられており、このプレートにより内部空洞は空洞部2c及び2dに二分されている。
【0013】
半円筒状ケーシング2aの内部が半円筒状になっている理由は、回転ドラム3の内部を短時間で高真空状態にするために、回転ドラム3の内部の体積をできるだけ小さくする必要があるためである。常圧の大気で満たされている空洞部2cおよび2dは、回転ドラム3の内部が高真空の状態になっても、半円筒状ケーシング2aに十分な耐圧強度を付与するために、半円筒状にして補強プレート2bを取り付けてある。なお、この補強プレート2bは、スパッタリングユニット2が片持ち支持されるときの撓みを抑制する効果もある。
【0014】
半円筒状ケーシング2aの両端縁部には、取付け金具2eを介してハウジング2fが固定されている。ハウジング2fは、両側縁に支持プレート2gを垂直下方に突出させている。取付け金具2eに絶縁材を組み込み、または支持プレート2gを絶縁性とすることによって、バッキングプレート6aとハウジング2fを電気的に遮断している。
【0015】
バッキングプレート6aは、スパッタリング中に昇温するターゲットプレート6を冷却するために、銅や銅合金などの熱伝導性の良い材料で作製され、支持プレート2gによって挟持されている。バッキングプレート6aの裏側には、マグネット6bを収容する複数の凹部が形成されており、バッキングプレート6aの表側には、取付け金具6dによってターゲットプレート6が取り付けられている。また、バッキングプレート6aには、バッキングプレートマグネット6bから外部に磁束が漏えいしないように、磁気シールド6cが組み込まれている。バッキングプレート6aの表側には、プラズマを発生させる時の対極になるシールドカバー6eがバッキングプレート6aと所定の距離を保って取り付けられている。さらに、バッキングプレート6aの裏側には、水冷機構が配置されている。ここで水冷機構とは、バッキングプレート6a、サイドプレート6f及びフロントプレート6gによって囲まれた冷却水通路2hをいう。サイドプレート6fは、絶縁体6hを介してバッキングプレート6aに固定される。スパッタリングを行っている間は、半円筒状ケーシング2aをアース電位とし、高周波電源1からバッキングプレート6aを介して高電圧がターゲットプレート6に印加される。
【0016】
【特許文献1】英国特許第1497782号明細書
【特許文献2】特開平1−287202号公報
【特許文献3】特開平3−153864号公報
【特許文献4】特開平4−173955号公報
【特許文献5】特開平8−81768号公報
【特許文献6】特開平2−153068号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
最近、科学技術の発達とともに、「導電フィラー用」、「自動車排ガス触媒用」、「燃料電池触媒用」、「焼結磁石用」および「金属粉射出成型用」などの用途向けに、高性能で安価で省資源を目的とした新しいコーティング粉末が求められている。
【0018】
従来法による粉末コーティング用スパッタリング装置で非磁性粉末をコーティングする場合には何の問題もない。しかし、この装置で、鉄粉、ニッケル粉、コバルト粉、ハードフェライト粉、ソフトフェライト粉、フェライト系ステンレス鋼粉またはマルテンサイト系ステンレス鋼粉などの磁性を有する粉末の表面に、スパッタリング法によって金、銀、白金、銅、パラジウム、アルミニウムまたはチタニウムなどの各種金属をコーティングすることは技術的に困難であった。
【0019】
その理由は、一般にDC型およびRF型マグネトロンスパッタリング装置はいずれも、スパッタリング時に発生するアルゴンガスプラズマを磁界によって封じ込めてより高密度状態のプラズマを作り出しスパッタリング効率を上げるために、図2および図3に示すようなターゲットプレート6の裏面にサマリウム・コバルト系またはインジウム・鉄系の強力なマグネット6bを配置しているためである。より具体的に説明すると、図2および図3に示すように、磁性を有する粉末の表面にスパッタリングによって各種金属をコーティングする場合、磁性粉末は回転ドラム3の内周面に付着した状態で回転によって持ち上げられ、回転ドラム3の上部から落下する。その時、マグネット6bの強力な磁力の影響によって、ほとんどの磁性粉末Paは半円筒状ケーシング2aの上に付着、堆積する。半円筒状ケーシング2aの上からこぼれ落ちた磁性粉末の一部Pbは、落下途中にマグネット6bの強力な磁力の影響によって、ターゲットプレート6の表面に付着して異常放電の原因になってしまう。さらに、重力によって回転ドラム3の底部に集まった磁性粉末Pcは、強力な磁力の影響によって凝集してしまう。またこの場合、回転ドラム3の底部に集まった磁性粉末Pcに対してターゲットプレート6の表面が回転ドラムの回転中心点よりも近い位置に設置されているため、強力な磁力の影響によって底部に凝集して盛り上がった磁性粉末Pcの一部がターゲットプレート6の表面に付着してしまう。この結果、従来法による粉末コーティング用スパッタリング装置では、すべての粉末に均一にコーティングすることが技術的に不可能であった。
【0020】
そこで本発明は、従来法による粉末コーティング用スパッタリング装置の内部構造にさらなる工夫を加えることによって、上記課題を解決し、磁性を有する粉末の表面にもスパッタリングによって各種金属を均一にコーティングできる装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明に係る真空に保持された回転ドラム内で、磁性を有する粉末をスパッタ粒子でコーティングする粉末コーティング用スパッタリング装置は、(1)回転ドラムの内周面と同心円状の周壁を持つ半円筒状ケーシングと、半円筒状ケーシングに取り付けられたハウジングとによって形成される半円筒状の空洞部に、非磁性でかつ導磁率が1.2以下の特性を有する平均粒径が50μm以上300μm未満のオーステナイト系ステンレス鋼の粉末が充填されており、(2)スパッタリングユニットがハウジングの下側に取り付けられ、かつハウジングから絶縁されたバッキングプレートと、バッキングプレートとハウジングの間に配置されたマグネットおよび冷却水通路と、回転ドラム内に装入された磁性粉末に対向するようにバッキングプレートに取り付けられたターゲットプレートと、支持プレートの外側に設置した粉末付着防止用スカートとを備えており、(3)スパッタリングユニットが高周波電源に挿通したアームに片持ち支持されて回転ドラムの片側から装入され、ターゲットプレートの表面が装入された磁性粉末に対して回転ドラムの回転中心点よりも遠い位置に設置されており、(4)回転ドラム内に粉末撹拌翼が設置されている。
【発明の効果】
【0022】
以上、本発明による粉末コーティング用スパッタリング装置を用いれば、磁性を有する粉末の表面に各種金属を効率よくかつ均一にコーティングすることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明を実施するための形態について、図面を用いて説明する。ただし、本発明は異なる多くの形態による実施が可能であり、以下の実施形態、実施例に示す記載にのみ狭く限定されるものでないことはいうまでもない。
【0024】
図4は、本実施形態に係る粉末コーティング用スパッタリング装置の全体構成図であり、図1に示す公知の粉末コーティング用スパッタリング装置の構造を基本としつつ改造を加えたものとなっている。図5は、本実施形態に係る粉末コーティング用スパッタリング装置の中の回転ドラムおよびスパッタリングユニットの部分断面図であり、図6は、本実施形態に係る粉末コーティング用スパッタリング装置の中のスパッタリングユニットの拡大断面図である。
【0025】
本実施形態に係る粉末コーティング用スパッタリング装置は、以下の3項目の対策を施すことにより上記課題を解決することができる。
【0026】
(1) 半円筒状ケーシング2aの上に付着、堆積する磁性粉末Paの発生防止対策
半円筒状ケーシング2aの上に磁性粉末Paが付着、堆積する原因は、マグネット6bの強力な磁力の影響である。本発明者らは、上記課題について鋭意研究した結果、半円筒状ケーシング2aの空洞部2c及び2dに、非磁性でかつ導磁率が1.2以下の特性を有する平均粒径が50μm以上300μm未満のオーステナイト系ステンレス鋼の粉末7を充填すると、磁力の影響を激減させ、半円筒状ケーシング2aの上に磁性粉末Paを殆ど付着、堆積させないようにすることができた。
【0027】
ここで導磁率とは、ステンレス鋼の特性の一つである。通常、磁場の強さが200エルステッドにおいて測定された誘導磁気の強さ(ガウス)で示され、数値が大きくなるほど、磁性が強いことを示す。これが1.0であれば、完全な非磁性であることを意味する。非磁性でかつ導磁率が1.2以下の特性を有するオーステナイト系ステンレス鋼としては、SUS301、SUS302、SUS303、SUS304、SUS304L、SUS305、SUS309、SUS309S、SUS310、SUS310S、SUS316、SUS316L、SUS317、SUS317L、SUS321、SUS330およびSUS347などがある。好ましくは、SUS304またはSUS304Lであり、比較的安価な粉末が市販されている。なお、磁性を有し、導磁率が1.2より大きい鉄粉、ニッケル粉、コバルト粉、ハードフェライト粉、ソフトフェライト粉、SUS430などのフェライト系ステンレス鋼粉またはSUS410などのマルテンサイト系ステンレス鋼粉は、強力な永久磁石の磁力を弱めることができないので、本実施形態において採用は好ましくない。
【0028】
本実施形態において用いる半円筒状ケーシング2aに空洞部2c及び2dに充填される粉末7としては、ガスアトマイズ法で製造されたこれら市販の球状粉末を、平均粒径が50μm以上300μm未満の範囲に分級したものを使用する。平均粒径が50μm未満又は300μm以上の粉末は、ガスアトマイズ法では極めて収率が悪いので高価となってしまう。
【0029】
また、もし半円筒状ケーシング2aの空洞部2c及び2dをオーステナイト系ステンレス鋼の粉末7で充填せずに、すべて無垢のステンレス鋼とした場合、確かに磁力線の遮蔽効果を最大とすることができるが、重量が極めて重くなってしまうため方持ち支持している軸受け1aやアーム1bの強度および寿命の点で問題が大きい。その上、肉厚ステンレス鋼から削り出すのは加工費が極めて高価となるので実用的ではない。
【0030】
また、本実施形態において、半円筒状ケーシング2aは、通常SUS304系のステンレス鋼で作られているので、粉末の滑り性が悪い。そこで、この全面に、潤滑性に優れたフッ素樹脂系の粘着テープを貼るか又は塗料を塗ると、磁性粉末Paがより付着、堆積し難くなるため好ましい。
【0031】
(2) ターゲットプレート6の表面に付着する磁性粉末Pbの発生防止対策
半円筒状ケーシング2aの上からこぼれ落ちた磁性粉末の一部Pbが落下途中にターゲットプレート6の表面に付着する原因は、マグネット6bの強力な磁力の影響である。そこで、本発明者らは鋭意研究した結果、(A)支持プレート2gの外側に粉末付着防止用スカート8を設置すること、及び(B)装入された磁性粉末に対し、ターゲットプレート6の表面を回転ドラムの回転中心点よりも遠い位置に設置されることによって、半円筒状ケーシング2aの上からこぼれ落ちた磁性粉末の一部Pbが、落下途中にターゲットプレート6の表面に付着することを防止し、この結果異常放電を防止できることを見出した。
【0032】
粉末付着防止用スカート8の材質は、電気絶縁性でなければならないこと及び高温のプラズマにさらされるので耐熱性に優れていなければならないことから、厚さ1mm程度のフッ素樹脂系のポリテトラフルオロエチレン樹脂のシートであることが好適である。また、粉末付着防止用スカート8は、ターゲットプレート6の下面から10mm以上30mm以下の範囲で下方にせり出しておくことが重要である。粉末付着防止用スカート8が、ターゲットプレート6の下面から10mmよりも短い場合、磁性粉末の一部Pbが磁力線に沿って落下途中にターゲットプレート6の表面に付着してしまうのを防止することが困難となる。また一方で、粉末付着防止用スカート8が、ターゲットプレート6の下面から30mmよりも長い場合には、ターゲットプレート6の表面で磁界に沿って形成されるプラズマが安定しないという問題を発生させてしまう。
【0033】
ターゲットプレート6の表面を、装入された磁性粉末に対して、回転ドラム3の回転中心点よりも遠い位置に設置すると、マグネット6bと磁性粉末Pcとの間の距離が離れるので、磁性粉末Pcがターゲットプレート6の表面に付着し難くなる。なお、この構成により、公知の方法よりも粉末の仕込み量を多くすることができるといった利点もある。特に、かさ密度の小さい(0.2g/cm以下の)ハードフェライト粉、ソフトフェライト粉、γ−アルミナ粉またはシリカ粉の表面に種々の金属を効率良くコーティングすることも可能である。この場合において、ターゲットプレート6の表面は回転ドラム3の回転中心点に対し、10mm以上50mm以下の範囲で離れていることが好ましい。10mm以上とすることで磁性粉末Pcとターゲットプレート6との距離を十分取り、ターゲットプレート6の表面に付着し難くすることができる。一方、50mm以下とすることで(寸法にもよるが)スパッタリングユニット2を回転ドラム3の回転中心点から上部に移動させたとしても回転ドラム3の大きさの大幅な増加をもたらさずに済むという利点がある。
【0034】
(3) 強力な磁力の影響によって回転ドラム3の底部に凝集する磁性粉末Pcの発生防止対策
重力によって回転ドラム3の底部に集まる磁性粉末Pcが凝集するのは、強力な磁力の影響である。そこで、本発明者らは鋭意研究した結果、回転ドラム3内に粉末撹拌翼9を設置して磁性粉末Pcを強制的に撹拌すると、凝集して盛り上がるのをほぼ防止できることを見出した。
【0035】
この粉末撹拌翼9は、真空シール型軸受け9aによって気密保持され、揺動型粉末撹拌モーター9bで、回転ドラム3の回転軸を中心に±αの角度の範囲内を揺動することによって磁性粉末Pcの凝集を防止する。粉末撹拌翼9の材質は、銅またはSUS304オーステナイト系ステンレス鋼が好適である。その形状は、3mm以上10mm以下の径を有する棒が好適であるが、真球状、粒状、塊状、破砕状、多孔質状、凝集状、フレーク状、スパイク状、フィラメント状、ファイバー状またはウイスカー状などの粉末の形状、流動性およびかさ密度などの特性に合わせて、バドル翼、スクリュー翼、ブラシ翼、櫛翼または螺旋翼なども使用することができる。
【0036】
粉末撹拌モーター9bの揺動運動は、電気回路の正負を逆転することによって簡単に行える。揺動角度(±α)は、適宜調整可能であるが45度が好適である。揺動速度は、通常1〜3往復/分間に設定することが好ましい。粉末の凝集状態に応じて、揺動角度や揺動速度を最適な値に調整することも好ましく、さらに間欠的に撹拌しても良い。揺動角度や揺動速度の設定を誤ると、磁性粉末Pcの凝集を防止できない場合や、逆に磁性粉末Pcが舞い上がってターゲットプレートの表面に付着して異常放電の原因になってしまう場合がある。
【0037】
従来法の無電解めっき法で金や銀などをコーティングした場合、還元剤の分解生成物であるリン(P)やホウ素(B)などが皮膜中に混入するため、純度が99mass%以下に低下し、その結果皮膜の電気抵抗値が高くなり、加工性や耐食性が劣ることになってしまうが、スパッタリング法で金や銀などをコーティングする場合、ターゲットは純度が99.9mass%以上の高純度金属を使用することができ、皮膜の電気抵抗値が低くなり、加工性や耐食性も優れている。すなわち、本実施形態に係る粉末コーティング用スパッタリング装置を用いれば、磁性を有する粉末の表面に各種金属を効率よくかつ均一にコーティングすることが可能となる。
【0038】
なおターゲットプレート6として、例えば金、銀、パラジウム、白金、ロジウム、銅、アルミニウム、チタン、オーステナイト系ステンレス鋼を使用することができる。また、磁性を有する粉末としては、例えば鉄粉、ニッケル粉、コバルト粉、ハードフェライト粉、ソフトフェライト粉、SUS430などのフェライト系ステンレス鋼粉またはSUS410などのマルテンサイト系ステンレス鋼粉を使用することができる。なお、本装置は、磁性を有しないアルミニウムや銅等の各種金属系粉末、アルミナやシリカなどの各種セラミックス系粉末、アクリル樹脂やポリエステル樹脂などの各種プラスチック系粉末ならびにカーボンブラックや活性炭等も使用することができる。
【実施例】
【0039】
以下、上記実施形態に係る粉末コーティング用スパッタリング装置を作製し、その効果を確認した。主要な部分については、以下のように設定した。
【0040】
(1)半円筒状ケーシングの空洞部に、非磁性でかつ導磁率が1.2以下の特性を有する平均粒径が100μmのSUS304オーステナイト系ステンレス鋼の粉末を充填した。
(2)半円筒状ケーシングの外周面には、潤滑性に優れたフッ素樹脂系の粘着テープ(チューコーフロー粘着テープ、メーカー:中興化成工業)を貼った。
(3)粉末付着防止用スカートは、フッ素樹脂系のシート(ポリテトラフルオロエチレン樹脂、厚さ:1mm)を使用した。
(4)粉末付着防止用スカートは、ターゲットプレートの下面から20mm下方にせり出して取り付けた。
(5)装入されたニッケル粉に対して、ターゲットプレートの表面を回転ドラムの回転中心点よりも10mm遠い位置に設置した。
(6)粉末撹拌翼は、直径が5mm径の銅棒を使用した。
(7)粉末撹拌翼の揺動角度(±α)は、30度とした。
(8)粉末撹拌翼の揺動速度は、2往復/分間に設定した。
【0041】
まず、この装置に銀のターゲットプレート(寸法:10mm厚×60mm幅×150mm長)を取り付けた。次いで、磁性を有する粉末である球状ニッケル粉(平均粒径:10μm、メーカー:INCO、タイプ:CNS)200gを回転ドラムの中に装入した。
【0042】
アルゴンガスの流量を7ccmに設定し、回転ドラムを2rpmの速度で回転させながら、その内部を1×10−1Pa.の真空度に調節した。
【0043】
また、DCマグネトロン方式のスパッタリング電源を用いて、1KWの出力で2時間14分間スパッタリングを行った。なおスパッタリング操作を終了後、装置を停止し、回転ドラムを大気圧に戻した。
【0044】
この結果、球状ニッケル粉の表面に15mass%量の銀をコーティングすることができ、その得られたコーティング粉末の重量は232g(回収率:98%)と高収率であり、ほとんどの粉末一粒ずつに均一に銀がコーティングされていた。
【0045】
次に、15mass%量の銀をコーティングした球状ニッケル粉を回転ドラムの中に残したまま、銀のターゲットプレートを取り外して、金のターゲットプレート(寸法:10mm厚×60mm幅×150mm長)と交換した。
【0046】
そして再度、アルゴンガスの流量を7ccmに設定し、回転ドラムを2rpmの速度で回転させながら、その内部を1×10−1Pa.の真空度に調節した。
【0047】
DCマグネトロン方式のスパッタリング電源を用いて、1KWの出力で1時間32分間スパッタリングを行い、15mass%量の銀をコーティングした球状ニッケル粉の表面にさらに13mass%量の金を2層状態になるように重ねてコーティングした。得られた2層コーティング粉末の重量は262g(回収率:98%)と高収率であって、ほとんどの粉末に均一に金がコーティングされていた。
【0048】
この2層コーティング(上層:13mass%量の金/下層:15mass%量の銀)球状ニッケル粉の電気抵抗を測定したところ、期待値どおりの1×10−5(Ω・cm)という極めて優れた導電性を示した。
【0049】
この銀および金のスパッタリング作業を通して、(1)半円筒状ケーシングの上に付着、堆積した磁性粉末、(2)ターゲットプレートの表面に付着した磁性粉末および(3)強力な磁力の影響によって回転ドラムの底部に凝集した磁性粉末のいずれもほとんど観察されなかった。
【0050】
本実施例で得られる「金・銀2層コーティングニッケル粉」は耐圧着性、加工性、耐食性などに優れ、電気抵抗値の小さい導電フィラーであり、コーティング層をすべて金にすると極めて高価になるが、このフィラーは中間層に加工性、耐食性に優れ、電気抵抗値の小さい安価な銀を挟んだものであるため、安価な製造コストで、優れた実用特性を有する新規の導電フィラーにできた。その上、貴重な金の省資源化も実現できた。
【0051】
更に、本実施例に係る粉末コーティング用スパッタリング装置を用いると、極めて製品寿命の長い導電フィラー、例えば「金・タングステン・銀3層コーティングニッケル粉」、「金・イリジウム・銀3層コーティングニッケル粉」、「金・ロジウム・銀3層コーティングニッケル粉」、更には「金・ルテニウム・銀3層コーティングニッケル粉」といった複雑な導電フィラーを製造することができる。これらの新規開発品は、コーティング層の下地層に加工性、耐食性に優れ、電気抵抗値の小さい安価な銀を挟み、中間層には硬質で極めて耐摩耗性に優れた電気抵抗値の小さいタングステン、イリジウム、ロジウムまたはルテニウムなどを挟み、表面層には最も電気抵抗値の小さな金をコーティングしたハイブリッド材料である。このような複雑な構造のコーティング粉は、従来の無電解めっき法では決して製造することができないものである。
【0052】
また、本実施例においてはニッケル粉に金や銀をコーティングしているが、以下に示すような各種コーティングも可能である。
(1) 導電フィラー用:金コーティング鉄粉、銀コーティングアクリル樹脂、パラジウムコーティングシリカ粉等
(2) 燃料電池触媒用:白金コーティングカーボンブラック、白金/ロジウム2層コーティングカーボンナノチューブ等
(3) 自動車排ガス触媒用:白金コーティングフェライト系ステンレス鋼粉、白金/ロジウム2層コーティングγ―アルミナ粉等
(4) 焼結磁石用:銅コーティングソフトフェライト粉、アルミニウムコーティングハードフェライト粉等
(5) 金属粉射出成型用:SUS304オーステナイト系ステンレス鋼コーティング鉄粉、銅コーティングアルミニウム粉、チタニウムコーティング銅粉等
【0053】
このように、本装置を用いれば、磁性を有しないアルミニウムや銅などの各種金属系粉末、アルミナやシリカなどの各種セラミックス系粉末、アクリル樹脂やポリエステル樹脂などの各種プラスチック系粉末ならびにカーボンブラックや活性炭などの表面に各種コーティングを行うこともできる。
【0054】
(比較例)
図1、図2および図3に示すような、従来法による粉末コーティング用スパッタリング装置を使用した。主要な部分については、以下のように設定した。
(1) 半円筒状ケーシングの空洞部には何も充填しなかった。
(2) 粉末付着防止用スカートを使用しなかった。
(3) 粉末撹拌翼を使用しなかった。
【0055】
この装置を用いて、実施例と同じスパッタリング作業を行った。まず、球状ニッケル粉の表面に15mass%量の銀をコーティングした。回収されたコーティング粉末の重量は24g(回収率:10%)と低収率であり、しかもほとんどの粉末には銀が均一にコーティングされていなかった。この銀のスパッタリング作業後に装置を観察したところ、(1)半円筒状ケーシングの上に付着、堆積した磁性粉末の重量は166g(回収率:70%)、(2)ターゲットプレートの表面に付着した磁性粉末の重量は47g(回収率:20%)および(3)強力な磁力の影響によって回転ドラムの底部に凝集した磁性粉末の重量は24g(回収率:10%)であった。
【0056】
次に、15mass%量の銀をコーティングした球状ニッケル粉の表面にさらに13mass%量の金を2層状態になるように重ねてコーティングした。得られた2層コーティング粉末の重量は40g(回収率:15%)と低収率であり、しかもほとんどの粉末に均一に金がコーティングされていなかった。この金のスパッタリング作業後に観察したところ、(1)半円筒状ケーシングの上に付着、堆積した磁性粉末の重量は182g(回収率:67%)、(2)ターゲットプレートの表面に付着した磁性粉末の重量は49g(回収率:18%)および(3)強力な磁力の影響によって回転ドラムの底部に凝集した磁性粉末の重量は40g(回収率:15%)であった。
【0057】
また、この2層コーティング(上層:13mass%量の金/下層:15mass%量の銀)球状ニッケル粉の電気抵抗を測定したところ、1×10−1(Ω・cm)と不良であった。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、スパッタリング装置として産業上の利用可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】公知の粉末コーティング用スパッタリング装置の全体構成図
【図2】公知の粉末コーティング用スパッタリング装置の中の回転ドラム及びスパッタリングユニットの部分断面図である。
【図3】公知の粉末コーティング用スパッタリング装置の中のスパッタリングユニットの拡大断面図である。
【図4】実施形態に係る粉末コーティング用スパッタリング装置の全体構成図である。
【図5】実施形態に係る粉末コーティング用スパッタリング装置の中の回転ドラム及びスパッタリングユニットの部分断面図である。
【図6】実施形態に係る粉末コーティング用スパッタリング装置の中のスパッタリングユニットの拡大断面図である。
【符号の説明】
【0060】
1…高周波電源
1a…真空シール型軸受け
1b…アーム
1c…ターゲット用冷却水入口
1d…ターゲット用冷却水出口
1e…アルゴンガス入口
2…スパッタリングユニット
2a…半円筒状ケーシング
2b…補強プレート
2c…空洞部(左側)
2d…空洞部(右側)
2e…取付け金具
2f…ハウジング
2g…支持プレート
2h…冷却水通路
3…回転ドラム
4…真空排気装置
4a…真空シール型軸受け
5…駆動モーター
5a…駆動ロール
5b…従動ロール
6…ターゲットプレート
6a…バッキングプレート
6b…マグネット
6c…磁気シールド
6d…取付け金具
6e…シールドカバー
6f…サイドプレート
6g…フロントプレート
6h…絶縁体
7…オーステナイト系ステンレス鋼粉末
8…粉末付着防止用スカート
9…粉末攪拌翼
9a…真空シール型軸受け
9b…揺動型粉末攪拌モーター
P…磁性粉末
Pa…半円筒状ケーシング上に付着した磁性粉末
Pb…ターゲットプレート表面に付着した磁性粉末
Pc…磁力により凝集した磁性粉末
C…回転ドラムの回転中心点

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空に保持された回転ドラム内で、磁性を有する粉末をスパッタ粒子でコーティングする粉末コーティング用スパッタリング装置であって、
半円筒状ケーシングと、該半円筒状ケーシングに取り付けられたハウジングとによって形成される半円筒状の空洞部に、非磁性でかつ導磁率が1.2以下の特性を有する平均粒径が50μm以上300μm未満のオーステナイト系ステンレス鋼の粉末が充填されており、
スパッタリングユニットが前記ハウジングの下側に取り付けられ、かつ該ハウジングから絶縁されたバッキングプレートと、該バッキングプレートと前記ハウジングの間に配置されたマグネットおよび冷却水通路と、前記回転ドラム内に装入された磁性粉末に対向するように前記バッキングプレートに取り付けられたターゲットプレートと、支持プレートの外側に設置した粉末付着防止用スカートとを備えており、
前記スパッタリングユニットが高周波電源に挿通したアームに片持ち支持されて前記回転ドラムの片側から装入され、前記ターゲットプレートの表面が装入された磁性粉末に対して回転ドラムの回転中心点よりも遠い位置に設置されており、
前記回転ドラム内に粉末撹拌翼が設置されていることを特徴とする磁性粉末コーティング用スパッタリング装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−280879(P2009−280879A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−136109(P2008−136109)
【出願日】平成20年5月23日(2008.5.23)
【特許番号】特許第4183098号(P4183098)
【特許公報発行日】平成20年11月19日(2008.11.19)
【出願人】(508154520)有限会社 たけしま (1)
【Fターム(参考)】