説明

磁気光学材料、磁気光学素子、および磁気光学材料の製造方法

【課題】超高密度記録、センシング、生物医学、画像化技術などの広い分野に応用して好適な、貴金属に起因する表面プラズモンを用いた高い磁気光学性能を有する磁気光学材料を提供する。
【解決手段】上記課題は、チタニアナノシートなどの極薄い磁性体を貴金属表面上に配置することにより達成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超高密度記録、センシング、生物医学、画像化技術などの広い分野に応用して好適な磁気光学材料に関し、詳細には貴金属に起因する表面プラズモンを用いた、高い磁気光学性能を有する磁気光学材料とこの高磁気光学材料を使用した磁気光学素子、並びにその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金や銀などの貴金属表面では、表面プラズモンと呼ばれる、表面付近に局在する電子密度波が形成され、電磁波と相互作用を起こし共鳴状態を発現する。この共鳴状態が起きる表面近傍の近接場領域では、数桁倍に及ぶ電場増強が見られ、各種の光学効果に顕著な高揚が観察される。このため、表面プラズモンは、光学分野におけるナノテクノロジーの強力なツールとして、センシングや生物医学から画像化技術や情報技術に至る様々な分野での利用が提案され、多種多様な研究開発が行われている。
【0003】
表面プラズモンによる共鳴効果を効率的に起こすためには、ナノメートルサイズの貴金属のナノ構造体を形成することが有効であり、局在型表面プラズモン共鳴が生じることがわかっている。
【0004】
貴金属のナノ構造体の中でも、金、銀のナノ粒子からなるナノ構造体は、ナノ粒子のサイズ、形状ならびにその配列・集積構造を精密に制御することで、紫外線から可視光、近赤外領域まで共鳴波長を連続的に変化させることができ、バイオセンシング、太陽電池、超高密度記録などへの応用に好適である。
【0005】
表面プラズモンの共鳴効果を利用した応用の一つに、磁性体と貴金属のナノ構造体とを融合させた磁気光学材料がある。磁気光学とは、磁性体特有の光学効果であり、磁性(スピン)により光の偏波面を回転させたり、光で磁気記録する機能として利用される。特に、偏光面の回転現象は強磁性に特有のものであり、この性質を用いて、磁気センサ、光スイッチ、さらには、物質中の光の伝搬を一方向に限定する光アイソレータとして利用されている。実際、磁性体においては、貴金属薄膜との積層構成、貴金属ナノ粒子との複合材料構成とすることで、磁気光学効果が増大すると期待されている。
【0006】
磁性体と貴金属薄膜との積層構成としては、例えば、以下の非特許文献1〜3が知られている。詳細には、非特許文献1ではAu/Co/Auの多層構造ナノ薄膜、非特許文献2ではAu/Co/Auのナノ構造体、非特許文献3ではCo/Auからなるコアシェル型のナノ粒子を形成することで、局在表面プラズモン共鳴により磁気光学効果を増大させることが可能であることが示されている。
【0007】
他方、磁性体と貴金属ナノ粒子を組み合わせた磁気光学材料としては、例えば、非特許文献4が知られている。詳細には、非特許文献4では、典型的な磁気光学材料として知られる磁性ガーネットYFe12中に、金のナノ粒子を分散させた複合材料膜を形成することで、表面プラズモン共鳴により磁気光学効果を増大させることが可能であることが示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、貴金属と磁性体を組み合わせたナノ構造体の研究は近年に始まり、いずれの先行技術文献においても具体的に実用に耐えうる磁気光学材料、磁気光学素子としての構成についての提案はされていなかった。また、通常の表面プラズモン共鳴では、表面増強ラマン散乱、単分子分光に代表されるように、10〜10程度の信号強度の増大が観測されるが、先行技術文献のナノ構造体における磁気光学性能の増強は2〜3倍程度であり、表面プラズモン共鳴の効果を十分に活用できていなかった。
【0009】
本発明は、これらの問題点を解決するためのものであり、表面プラズモン共鳴により微弱な磁気光学信号を高感度に検出できる磁気光学材料およびそれを用いた磁気光学素子、ならびにそれの製造方法を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、極薄い磁性体をAu,Ag,Al,Cuまたはこれらの間の任意の合金(以下では貴金属等と総称する)表面上に配置することにより、表面プラズモン共鳴にて磁気光学信号の増大が起きることを見いだし、これらの知見に基づいて本発明を完成した。
【0011】
本発明の一側面によれば、膜厚が50nm以下の磁性体薄膜をAu,Ag,CuおよびAlからなる群から選択された一つの種類の金属または前記群から選択された複数の金属の合金、すなわち貴金属等、の表面上に配置した、磁気光学材料が与えられる。
ここで、前記磁性体薄膜の少なくとも一部が前記金属の表面上に形成される近接場内に入るようにしてよい。
また、前記磁性体薄膜の膜厚が10nm以下であってよい。
また、前記貴金属等の表面が10〜100nmの直径のナノ粒子から構成されていてよい。
また、前記磁性体薄膜が組成式Ti1−y(Mは、V,Cr,Mn,Fe,Co,NiおよびCuからなる群から選択された少なくとも1種の元素であり、0<y<1)で表される酸化チタン化合物で構成されていてよい。
また、前記酸化チタン化合物は厚み0.5nm〜10nm、横サイズ50nm〜100μmのシート状形状を有していてよい。
また、前記酸化チタン化合物は、組成式:ATi1−y(Aは、H、Li、Na、K、RbおよびCsからなる群から選択される少なくとも1種の元素であって0<x≦1。Mは、V,Cr,Mn,Fe,Co,NiおよびCuからなる群から選択される少なくとも1種の元素であり、0<y<1)で表される層状チタン酸化物のいずれか又はその水和物を剥離して得られたシート状形状のナノ結晶であってよい。
本発明の他の側面によれば、前記磁気光学材料を用いた磁気光学素子が与えられる。
本発明の更に他の側面によれば、Langmuir−Blodgett法により前記磁性体薄膜を前記貴金属等の表面上に付着させる、前記磁気光学材料の製造方法が与えられる。
ここで、前記磁性体薄膜を有機ポリカチオンを介して前記貴金属等の表面上に付着させてよい。
また、紫外線を照射して有機ポリカチオンを除去してよい。
また、熱により有機ポリカチオンを除去してよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の磁気光学材料は、表面プラズモン共鳴が有効に機能するよう、磁性体を貴金属等の表面上に配置した構造を有している。また、表面プラズモン共鳴の局在する近接場領域(表面から10nmの領域)に磁性体を配置できるよう、磁性体を膜厚50nm以下、好ましくは10nm以下の磁性体薄膜で構成している。さらに、磁性体および貴金属ナノ粒子の組成、形状を精密に制御し、精密集積することで、従来の材料、技術で到達しえない、数桁倍に及ぶ磁気光学効果の増強を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】チタニアナノシートの磁性体膜および貴金属等の膜からなる磁気光学材料の断面構造を概略的に例示した図。
【図2】金ナノ粒子基板上に作製したTi0.8Co0.2チタニアナノシート単層膜(実施例1)における紫外・可視吸収スペクトル。併せて、比較のためガラス基板上に作製したTi0.8Co0.2チタニアナノシート単層膜の紫外・可視吸収スペクトルを示してある。
【図3】金ナノ粒子基板上に作製したTi0.8Co0.2チタニアナノシート単層膜(実施例1)の磁気光学スペクトル。併せて、比較のためガラス基板上に作製したTi0.8Co0.2チタニアナノシート単層膜の磁気光学スペクトルを示してある。
【図4】金ナノ粒子基板上に作製したTi0.75Co0.15Fe0.1チタニアナノシート単層膜(実施例2)の磁気光学スペクトル。併せて、比較のためガラス基板上に作製したTi0.75Co0.15Fe0.1チタニアナノシート単層膜の磁気光学スペクトルを示してある。
【図5】金ナノ粒子基板上に作製したTi0.8Co0.2チタニアナノシート3層積層膜(実施例3)の磁気光学スペクトル。併せて、比較のためガラス基板上Ti0.8Co0.2チタニアナノシート膜の磁気光学スペクトルを示してある。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は上記のとおりの特徴をもつものであるが、以下にその実施の形態について説明する。
【0015】
図1は、本発明の一実施の形態に係わる磁性体をAu,Ag,Al,Cuまたはこれらの間の任意の合金である貴金属等の表面上に配置して形成した磁気光学材料の断面構造を概略的に例示した図である。図1において、(1)たとえばガラス基板(以下、単に「基板」ということがある)を示し、(2)は該基板上に形成された貴金属等の膜、(3)は磁性体膜を示している。
【0016】
なお、本発明においては、基板(1)としての、たとえばガラスに限定されることはなく、金属基板、Si基板、プラスチックなど他の種類の基板上に、同様に貴金属等の膜、チタニアナノシートが配設されていてもよい。
【0017】
貴金属等の膜(2)は、主として貴金属等のナノ粒子から構成されるものであるが、粒子サイズが10〜100nm、Au、Ag、Cu、Alもしくはこれらの間の任意の合金が例示される。特に、AuあるいはAgのナノ粒子からなる貴金属等の膜は、ナノ粒子のサイズ、形状ならびにその配列・集積構造を精密に制御することで、表面プラズモンの共鳴ピーク波長を、紫外線から可視光、近赤外領域まで連続的に変化させることができるという特徴を有する。
【0018】
このような貴金属等のナノ粒子の調整には、通常、液相還元法が利用される。液相還元法とは、液相中、保護剤存在下で金属イオンを還元し、生成した0価の貴金属等をナノサイズの粒子として安定化させる方法である。尚、貴金属等の膜の作製は、表面プラズモン共鳴に好適な、粒子サイズが10〜100nm、Au、Ag、Cu、Alもしくはこれらの合金からなる貴金属等のナノ粒子を形成できれば良く、液相還元法以外にも、金属錯体の熱分解法やガス中蒸発法、スパッター法などを利用できる。
【0019】
磁性体膜(3)は、表面プラズモン共鳴が有効に機能するよう、少なくともその一部が表面プラズモン共鳴の局在する近接場領域(表面から10nmの領域)内に入るように配置する必要があり、膜厚50nm以下、より好ましくは10nm以下の磁性体膜、磁性体ナノ材料などを利用できる。
なお、磁性体膜はそれを構成する材料が磁性を発揮するための最小単位構造(たとえば以下に述べるナノシートの場合にはその1枚の層)を持っているので、磁性体材料が決まれば、その最小単位の厚さ(たとえば単層膜の厚さ)すなわち磁性体膜の厚さの下限は自ずと決まる。従って、磁性体膜(3)の厚さの下限は、数値的に一つに指定することができる性質のものではない。
【0020】
このような磁性体膜(3)は各種あるが、本発明者がすでに提案している分子レベルの薄さの磁性体であるチタニアナノシートなどを利用することができる(特許文献1、非特許文献6〜8参照)。
【0021】
チタニアナノシート(たとえば、Ti0.8Co0.2、Ti0.75Co0.15Fe0.1)は、層状チタン化合物をソフト化学的な処理により結晶構造の基本最小単位である層1枚にまで単層剥離することにより得られる、シート状形状を有する磁性体である。
【0022】
このようなチタニアナノシートは、層状チタン酸化物より単層剥離されて得られる。この際のチタニアナノシートとしては各種のものであって良いが、例えば好適には、3d磁性金属元素をチタン格子位置に置換したチタニアナノシート、組成式Ti1−y(ただし、Mは、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cuから選ばれる磁性金属、M’は、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cuから選ばれる少なくとも1種であり、0<y<1)が例示される。
【0023】
単層剥離のための処理は、ソフト化学処理と呼ぶことができるものであって、ソフト化学処理とは、酸処理とコロイド化処理を組み合わせた処理である。すなわち、層状構造を有するチタン酸化物粉末に塩酸などの酸水溶液を接触させ、生成物をろ過、洗浄後、乾燥させると、処理前に層間に存在していたアルカリ金属イオンがすべて水素イオンに置き換わり、水素型物質が得られる。次に、得られた水素型物質をアミンなどの水溶液中に入れ撹拌すると、コロイド化する。このとき、層状構造を構成していた層が1枚1枚にまで剥離する。膜厚はサブnm〜nmの範囲で制御可能である。
【0024】
本発明の磁気光学材料は、チタニアナノシートからなる磁性体膜を少なくとも1層、貴金属表面上に配置して形成させることによって、磁気光学材料として機能する。さらに、チタニアナノシートからなる磁性体膜を、貴金属基板等の表面に塗布することによっても、磁気光学材料が構築される。
【0025】
こうした膜状の磁性体膜の作製には、本発明者らがすでに提案しているLangmuir−Blodgett法(以下、単に「LB法」ということがある)(非特許文献5参照)を利用することができる。
【0026】
LB法とは、粘土鉱物あるいは有機ナノ薄膜の製膜法として知られる手法であり、両親媒性分子を利用して気−水界面上において会合膜を形成し、これを基板に転写させることで、均一なモノレイヤー膜を作製する手法である。チタニアナノシートの場合には、低濃度のチタニアナノシート・ゾル溶液を用いると、両親媒性であるカチオン性分子を用いることなく、気−水界面にナノシートが吸着し、さらにバリヤにより、気−水界面に吸着したナノシートを寄せ集めることで、チタニアナノシートが基板表面上に緻密かつ隙間なく被覆した高品位単層膜の製造が可能になる。
【0027】
そして、上記のLB法を繰り返し行い、チタニアナノシートを積層することで、多層構造を有する磁性体膜が提供される。
【0028】
また、上記のLB法以外でも、本発明者らがすでに提案している交互自己組織化積層技術(特許文献2参照)により、同様のチタニアナノシートからなる磁性体膜を形成することができる。
実際の操作としては、基板を<1>有機ポリカチオン溶液に浸漬→<2>純水で洗浄→<3>チタニアナノシート・ゾル溶液に浸漬→<4>純水で洗浄するという一連の操作を1サイクルとして、必要回数分反復する。有機ポリカチオンとしては、以下の実施例記載のポリエチレンイミン(PEI)、さらに同様なカチオン性を有するポリジアリルジメチルアンモニウム塩化物(PDDA)、塩酸ポリアリルアミン(PAH)などが適当である。また、交互積層に際しては、基板表面に正電荷を導入することができれば基本的に問題なく、有機ポリカチオンの代わりに、正電荷を持つ無機高分子、多核水酸化物イオンを含む無機化合物を使用することもできる。
また、磁性体膜の成膜に際しては、基板表面が充分にナノシートで吸着・被覆されていれば良く、スピンコート法あるいはディップコート法を利用することも可能である。
【0029】
さらには、以上の方法において、紫外線照射により有機ポリマーを除去することで、無機磁性体膜の形成が可能となる。この際の紫外線照射は、チタニアナノシートの光触媒有機物分解反応が活性となるバンドギャップ以下の波長を含む紫外線照射であればよく、より好適には1mW/cm以上のキセノン光源を用いて12時間以上照射することが望ましい。
【0030】
無機磁性体膜の形成には、紫外線照射以外にも、低温加熱による処理も可能であり、紫外線照射と同等効果を奏することが可能となる。この際の加熱処理は、チタニアナノシートの熱安定温度である800℃以下であればよく、貴金属等のナノ粒子など耐熱温度の低い基板においては、300℃以下の温度で熱処理することが望ましい。
【0031】
以上のように、本発明では、チタニアナノシートを自己組織化的にモノレイヤーで吸着させ、これを繰り返すことによって製膜を行うため、サブnm〜nmレンジの極めて微細な膜厚の制御が可能であること、膜の組成、構造を選択、制御できる自由度が高いことなどの製膜プロセッシング上の特徴がある。特に、チタニアナノシートからなる多層超薄膜での膜厚精度は、1nm以下であり、最終的な膜厚は吸着サイクルの反復回数に依存し、μmレベルにまで厚くすることも可能である。本発明においては、多様な大きさと厚みを有するチタニアナノシートを使用することができるが、例えば厚み0.5nm〜10nm、横サイズ50nm〜100μmのナノシートを使用することができる。
【0032】
本発明では、上記の方法を工程の少なくとも一部として含むことを特徴とする磁気光学材料、磁気光学材料の製造方法、磁気光学素子、および磁気光学素子の製造方法が提供される。たとえば以下の実施例に示した形態では、層状チタン酸化物を出発原料としてチタニアナノシートを作製し、図1に示したように、貴金属等の膜上にLB法あるいは交互自己組織化積層技術により磁性体膜を作製している。
以下では実施例を例示することにより、本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例によって限定されるものでないことは言うまでもない。例えば、以下の実施例では近接場効果を有する貴金属等の膜としてAuナノ粒子からなる膜を例示したが、近接場効果を与える素材として他にAg,Cu,Al単体あるいはAu,Ag,Cu,Al間の任意の合金を使用しても実施例と同種の作用効果を達成することは明らかである。また、貴金属等の膜のナノ構造としてはナノ粒子に限定されるものではなく、例えば貴金属等の島状の領域などであっても良い。更に、近接場内に少なくともその一部が入る磁性体膜は、以下に例示した組成・構造以外であっても良い。
【実施例1】
【0033】
本実施例においては、液相還元法によりガラス基板(1)上に金ナノ粒子からなる貴金属等の膜(2)を形成し、前記貴金属等の膜(2)上にチタニアナノシート(Ti0.8Co0.2)からなる磁性体膜(3)を形成することで、図1に示した磁気光学材料を、以下のようにして作製した。
【0034】
ガラス基板(1)は、オゾン雰囲気で紫外線照射することで表面洗浄し、次いで、塩酸:メタノール=1:1の溶液に30分間浸漬した後、ピラニア溶液中に2時間浸漬し、さらにMilli−Q純水で充分に洗浄することにより親水化処理を行った。次いで、塩化金酸(HAuCl)液を作製し、この塩化金酸液に還元剤としてクエン酸を加え、ガラス基板(1)上に金ナノ粒子を析出させた。
【0035】
このようにして作製した貴金属等の膜(2)は、金の表面プラズモンに特有の赤色を呈しており、電子顕微鏡および原子間力顕微鏡による評価の結果、粒子サイズ約50nmの金ナノ粒子が基板に均一に分散していることを確認した。
【0036】
磁性体膜となるチタニアナノシート(Ti0.8Co0.2)は、層状チタン酸化物(K0.8Ti0.8Co0.2)を出発原料に、ソフト化学的な処理により結晶構造の基本最小単位である層1枚にまで剥離することにより合成した。
層状チタン酸化物(K0.8Ti0.8Co0.2)は、炭酸カリウム(KCO)、酸化チタン(TiO)および酸化コバルト(CoO)をK:Ti:Co比にして0.8:0.8:0.2の割合に混合し、800℃で40時間焼成して得られたものである。
この粉体1gを室温にて1規定の塩酸水溶液100mL中で酸処理を行ない、水素交換体(H0.8Ti0.8Co0.2)を得、次いで、この水素交換体0.5gにテトラブチルアンモニウム水酸化物(以下、TBAOHと記載する)水溶液100mLを加えて室温にて1週間程度撹拌、反応させて、組成式Ti0.8Co0.2で表される厚さ約1nm、横サイズ1〜10μmの長方形状のナノシートが分散したゾル溶液を作製した。さらに、これを50倍に希釈した溶液を調整した。
【0037】
1dmのメスフラスコにチタニアナノシート(Ti0.8Co0.2)・ゾル溶液8cmを超純水中に分散させた。この分散溶液を半日〜1日程度放置し、次いで、アセトンによりよく洗浄したLBトラフに分散溶液を展開後、水面が安定化し、かつ下層液の温度が一定となるように、30分間待つ。その後、上記で準備した基板(1)をLB製膜装置にセットし、以下に示す一連の操作をチタニアナノシートに対して行い、貴金属等の基板上に磁性体膜を形成した。
[1]圧縮速度0.5mm/分でバリヤを移動させて表面を圧縮することにより、気−水界面上に分散したチタニアナノシートを寄せ集め、一定圧力になった後30分間静置する。このようにして、気−水界面にてチタニアナノシートを並置一体化したモノレイヤー膜を形成する。
[2]引き上げ速度0.8mm/分で基板(1)を垂直に引き上げて前記モノレイヤー膜を基板に付着させることで、チタニアナノシートが緻密にパックされた薄膜を得る。
【0038】
図2は、こうして得られた金ナノ粒子基板上Ti0.8Co0.2チタニアナノシート膜における紫外・可視吸収スペクトルである。この膜は、量子サイズ効果に起因した広いバンドギャップ(300nm)を有し、さらに520nm付近に表面プラズモン共鳴に起因する吸収ピークが観測された。
【0039】
図3は、金ナノ粒子基板上Ti0.8Co0.2チタニアナノシート膜の磁気光学スペクトルである。併せて、比較のためガラス基板上Ti0.8Co0.2チタニアナノシート膜の磁気光学スペクトルを示してある。測定は、紫外可視分光式光磁気光学効果測定装置(ネオアーク製BH−M800UV)を利用し、室温下、カー配置(反射配置)にて行った。図3の結果は、各波長において±10kOeの磁場を印加して磁気光学信号を検出し、波長範囲200−800nmでスペクトル化したものである。
【0040】
図3から明らかなように、ガラス基板上Ti0.8Co0.2チタニアナノシート膜においては有意な磁気光学応答が見られないのに対し、金ナノ粒子基板上Ti0.8Co0.2チタニアナノシート膜では、表面プラズモン共鳴に起因する吸収ピークと対応する波長領域で極めて大きな磁気光学応答の増強が観測された。この大きな磁気光学応答は、ガラス基板上Ti0.8Co0.2チタニアナノシート膜について観測されたノイズフロア程度のごくわずかな測定値に比較して3桁にも及ぶ増強度となっていた。また、顕著な磁気光学ピークは、390、470、および600nmに観測された。これらの磁気光学ピークは、Ti0.8Co0.2チタニアナノシートに本質的な電子遷移と対応しており、本来光学不活性なd-d光学遷移のエネルギーと対応していた。これより、金ナノ粒子基板上Ti0.8Co0.2チタニアナノシート膜では、厚さ1nmの磁性体であるTi0.8Co0.2チタニアナノシートが、金ナノ粒子基板、特に表面プラズモン共鳴の局在する近接場領域(表面から10nmの領域)に入るように配置することにより、表面プラズモン共鳴が有効に機能し、Ti0.8Co0.2チタニアナノシートに本質的な電子遷移と対応した磁気光学応答が増強したものと結論される。尚、本発明の磁気光学材料の性能指数(1.7×10度/cm)(図3などに示す磁気光学回転角の値(度)を膜厚(cm)で除算した結果)は、可視光応答型材料では最高の特性を有する。
【実施例2】
【0041】
本実施例においては、実施例1と同様の液相還元法によりガラス基板(1)上に金ナノ粒子からなる貴金属等の膜(2)を形成し、前記貴金属等の膜(2)上にチタニアナノシート(Ti0.75Co0.15Fe0.1)からなる磁性体膜(3)を形成することで、図1に示した磁気光学材料を作製した。具体的な作製方法は以下に示すとおりであった。
【0042】
層状チタン酸化物(K0.8Ti0.75Co0.15Fe0.1)を出発原料に、チタニアナノシート(Ti0.75Co0.15Fe0.1)からなる磁性体(2)を作製した。
この層状チタン酸化物(K0.8Ti0.75Co0.15Fe0.1)は、炭酸カリウム(KCO)、酸化チタン(TiO)、酸化コバルト(CoO)および酸化鉄(Fe)をK:Ti:Co:Fe比にして0.8:0.75:0.15:0.1の割合に混合し、800℃で40時間焼成して得られたものである。
この層状チタン酸化物の粉体1gに対して室温にて1規定の塩酸水溶液100mL中で酸処理を施し、水素交換体(H0.8Ti0.75Co0.15Fe0.1)を得、次いで、この水素交換体0.5gにTBAOH水溶液100mLを加えて室温にて1週間撹拌、反応させて、組成式Ti0.75Co0.15Fe0.1で表される厚さ約1nm、横サイズ1〜10μmの長方形状のナノシート(2)が分散したゾル溶液を作製した。さらに、これを50倍に希釈した溶液を調整した。
【0043】
得られたチタニアナノシート(Ti0.75Co0.15Fe0.1)に対し、実施例1と同様のLB法により、貴金属等の基板上に磁性体膜を形成した。
【0044】
図4は、金ナノ粒子基板上Ti0.75Co0.15Fe0.1チタニアナノシート膜の磁気光学スペクトルである。併せて、比較のためガラス基板上Ti0.75Co0.15Fe0.1チタニアナノシート膜の磁気光学スペクトルを示してある。測定は、紫外可視分光式光磁気光学効果測定装置(ネオアーク製BH−M800UV)を利用し、室温下、カー配置(反射配置)にて行った。図4の結果は、各波長において±10kOeの磁場を印加して磁気光学信号を検出し、波長範囲200−800nmでスペクトル化したものである。
【0045】
図4から明らかなように、ガラス基板上Ti0.75Co0.15Fe0.1チタニアナノシート膜においては有意な磁気光学応答が見られないのに対し、金ナノ粒子基板上Ti0.75Co0.15Fe0.1チタニアナノシート膜では、表面プラズモン共鳴に起因する吸収ピークと対応する波長領域で3桁に及ぶ磁気光学応答の増強が観測された。また、顕著な磁気光学ピークは、510、590nmに観測された。これらの磁気光学ピークは、Ti0.8Co0.2チタニアナノシートに本質的な電子遷移と対応しており、本来光学不活性なd−d光学遷移のエネルギーと対応していた。これより、金ナノ粒子基板上Ti0.75Co0.15Fe0.1チタニアナノシート膜では、厚さ1nmの磁性体であるTi0.75Co0.15Fe0.1チタニアナノシートが、金ナノ粒子基板、特に表面プラズモン共鳴の局在する近接場領域(表面から10nmの領域)に入るように配置することにより、表面プラズモン共鳴が有効に機能し、Ti0.75Co0.15Fe0.1チタニアナノシートに本質的な電子遷移と対応した磁気光学応答が増強したものと結論される。すなわち、本実施例2では実施例1とは異なる材料で、本発明の有効性を実証した。
【実施例3】
【0046】
本実施例においては、実施例1と同様の液相還元法によりガラス基板(1)上に金ナノ粒子からなる貴金属等の膜(2)を形成し、前記貴金属等の膜(2)上に、交互自己組織化積層技術によりチタニアナノシート(Ti0.8Co0.2)からなる磁性体膜(3)を形成することで、図1に示した磁気光学材料を作製した。その具体的な作製方法は以下の通りである。
【0047】
磁性体膜となるチタニアナノシート(Ti0.8Co0.2)は、層状チタン酸化物(K0.8Ti0.8Co0.2)を出発原料に、実施例1と同様のソフト化学的な処理により結晶構造の基本最小単位である層1枚にまで剥離することにより合成した。
【0048】
得られたチタニアナノシート(Ti0.8Co0.2)に対し、実施例1と同様の液相還元法により作製した金ナノ粒子からなる貴金属等の膜(2)を用いて、以下に示す一連の操作[1]〜[4]を1サイクルとし、このサイクルを必要回数分反復することで、所望の膜厚を有する磁性体膜からなる磁気光学材料を作製した。例えば、本実施例では、このサイクルを3回繰り返した結果を示す。
[1]上記PDDA溶液に20分間浸漬
[2]Milli−Q純水で充分に洗浄
[3]撹拌した上記ナノシートゾル溶液中に浸漬
[4]20分経過後にMilli−Q純水で充分に洗浄
【0049】
図5は、このようにして作製した磁気光学材料に対し、実施例1と同様の手法、測定条件によって磁気光学特性の評価を行った結果である。図2との比較からも明らかなように、金ナノ粒子基板上Ti0.75Co0.15Fe0.1チタニアナノシート膜では、表面プラズモン共鳴に起因する吸収ピークと対応する波長領域で3桁に及ぶ磁気光学応答の増強が観測された。すなわち、本実施例3では、実施例1、2とは異なる素子作製手法および素子構造で、本発明の有効性を実証した。
【0050】
以上、実施例1〜3で示したように、本発明の磁気光学材料は、表面プラズモン共鳴が有効に機能するよう、チタニアナノシートからなる極薄い磁性体を貴金属表面上に配置した構造を形成することで、従来の材料、技術で到達しえない、数桁倍に及ぶ磁気光学効果の増強を実現し、従来で最高の特性を有する磁気光学材料の提供が可能となる。
【0051】
以上のようにして得られた磁気光学材料を超高密度記録、センシング、生物医学、画像化技術等に適用することにより、既往の磁気光学材料に対し、1〜2桁以上高感度の磁気光学素子を得ることができる。さらに、ナノシートの組成および貴金属のナノ粒子のサイズを精密に制御することで、表面プラズモンの共鳴ピーク波長を、紫外線から可視光、近赤外領域まで連続的に変化させることができ、磁気光学特性の応答は波長を任意に設計できるという優れた効果を奏する。
【0052】
以上の実施の形態においては、金ナノ粒子からなる貴金属膜上にチタニアナノシートの磁性膜を形成して磁気光学材料、磁気光学素子に適用する例によって本発明を説明したが、本発明に係わる磁気光学材料は、表面プラズモンを発現するAu、Ag、Cu、Alもしくはこれらの合金などにも利用でき、同様の優れた効果を奏する。
なお、磁気光学材料の利用に当たり、上記実施例1から3の手法に基づき、チタニアナノシートを多層化することも本発明の範疇である。
【0053】
以上説明した通り、本発明によれば、表面プラズモン共鳴の局在する近接場領域(表面から10nmの領域)に磁性体を配置できるよう、1nmの磁性体であるチタニアナノシートを利用し、精密集積することで、表面プラズモン共鳴が有効に機能し、従来の材料、技術で到達しえない、数桁倍に及ぶ磁気光学効果の増強を実現できた。チタニアナノシートは、室温での自己組織化などのソフト化学反応を利用することにより素子の作製が可能であるため、従来の薄膜製造プロセスで実現が困難な耐熱温度が低い様々な材料との融合が可能である。
さらに、本発明では、従来の磁性体薄膜プロセスの主流である、大型の真空装置や高価な成膜装置を必要としない、低コスト、低環境プロセスを実現することができる。従って、本発明の磁気光学材料を磁気光学材料が基幹部品となっている、超高密度記録、センシング、生物医学、画像化技術などの技術分野に使用すれば極めて有用であると結論される。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、ナノテクノロジーによって、超高密度記録、センシング、生物医学、画像化技術などの広い分野に応用して好適な、貴金属に起因する表面プラズモンを用いた高い磁気光学性能を有する磁気光学材料を創出しようというものである。本発明で提供する磁気光学材料の応用は多岐に渡っており、光磁気記録素子、光磁界センサ、光スイッチ、光アイソレータ、バイオセンサなどがあげられる。
さらに、本発明では、従来の薄膜プロセスの主流である、大型の真空装置や高価な成膜装置を必要としない、低コスト、低環境負荷プロセスを実現することができる。従って、本発明の磁気光学材料を、磁気光学材料が基幹となっている超高密度記録、センシング、生物医学、画像化技術などの技術分野に使用すれば極めて有用であると結論される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0055】
【特許文献1】特許公開2006−199556号:チタニア磁性半導体ナノ薄膜及びその製造方法
【特許文献2】特開2001−270022号:チタニア超薄膜およびその製造方法
【非特許文献】
【0056】
【非特許文献1】T. Katayama, Y. Suzuki, H. Awano, Y. Nishihara, N. Koshizuka, Phys. Rev. Lett. 60, 1426-1429 (1988).
【非特許文献2】V. I. Safarov, V. A. Kosobukin, C. Hermann, G. Lampel, J. Peretti, C. Marliere, Phys. Rev. Lett. 73, 3584-3587 (1994).
【非特許文献3】J. B. Gonzalez-Diaz, A. Garcia-Martin, J. M. Garcia-Martin, A. Cebollada, G. Armelles, B. Sepulveda, Y. Alaverdyan, M. Kall, M. Small4, 202-205 (2008).
【非特許文献4】S. Tomita, T. Kato, S. Tsunashima, S. Iwata, M. Fujii, S. Hayashi, S. Phys. Rev. Lett. 96, 167402 (2006).
【非特許文献5】K. Akatsuka, M. Haga, Y. Ebina, M. Osada, K. Fukuda, T. Sasaki, ACS Nano, 3, 1097-1106 (2009).
【非特許文献6】M. Osada, Y. Ebina, K. Fukuda, K. Ono, K. Takada, K.Yamaura, E. Takayama-Muromachi, T. Sasaki,Phys. Rev. B, 73, 153301 (2006).
【非特許文献7】M. Osada, M. Itose, Y. Ebina, K. Ono, S. Ueda, K. Kobayashi, T. Sasaki,Appl. Phys. Lett., 92, 253110 (2008).
【非特許文献8】X. Dong, M. Osada, H. Ueda, Y. Ebina, Y. Kotani, K. Ono, S. Ueda, K. Kobayashi, K. Takada, T. Sasaki,Chem. Mater., 21, 4366-4373 (2009).

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜厚が50nm以下の磁性体薄膜をAu,Ag,CuおよびAlからなる群から選択された一つの種類の金属または前記群から選択された複数の金属の合金(以下、貴金属等と称する)の表面上に配置した、磁気光学材料。
【請求項2】
前記磁性体薄膜の少なくとも一部が前記金属の表面上に形成される近接場内に入る、請求項1に記載の磁気光学材料。
【請求項3】
前記磁性体薄膜の膜厚が10nm以下である、請求項1または2に記載の磁気光学材料。
【請求項4】
前記貴金属等の表面が10〜100nmの直径のナノ粒子から構成される、請求項1から3の何れかに記載の磁気光学材料。
【請求項5】
前記磁性体薄膜が組成式Ti1−y(Mは、V,Cr,Mn,Fe,Co,NiおよびCuからなる群から選択された少なくとも1種の元素であり、0<y<1)で表される酸化チタン化合物で構成される、請求項1から4の何れかに記載の磁気光学材料。
【請求項6】
前記酸化チタン化合物は厚み0.5nm〜10nm、横サイズ50nm〜100μmのシート状形状を有している、請求項1から5の何れかに記載の磁気光学材料。
【請求項7】
前記酸化チタン化合物は、組成式:ATi1−y(Aは、H、Li、Na、K、RbおよびCsからなる群から選択される少なくとも1種の元素であって0<x≦1。Mは、V,Cr,Mn,Fe,Co,NiおよびCuからなる群から選択される少なくとも1種の元素であり、0<y<1)で表される層状チタン酸化物のいずれか又はその水和物を剥離して得られたシート状形状のナノ結晶である、請求項1から6の何れかに記載の磁気光学材料。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載の磁気光学材料を用いた磁気光学素子。
【請求項9】
Langmuir−Blodgett法により前記磁性体薄膜を前記貴金属等の表面上に付着させる、請求項1から7の何れかに記載の磁気光学材料の製造方法。
【請求項10】
前記磁性体薄膜を有機ポリカチオンを介して前記貴金属等の表面上に付着させる、請求項1から7の何れかに記載の磁気光学材料の製造方法。
【請求項11】
紫外線を照射して有機ポリカチオンを除去する、請求項10に記載の磁気光学材料の製造方法。
【請求項12】
熱により有機ポリカチオンを除去する、請求項10に記載の磁気光学材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−255916(P2012−255916A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−128998(P2011−128998)
【出願日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】