説明

窒素含有低ニッケル焼結ステンレス鋼

10.5〜30.0重量%のCr、0.5〜9.0重量%のNi、0.01〜2.0重量%のMn、0.01〜3.0重量%のSn、0.1〜3.0重量%のSi、0.01〜0.4重量%のN、任意で最大7.0重量%のMo、任意で最大7.0重量%のCu、任意で最大3.0重量%のNb、任意で最大6.0重量%のV、残部の鉄及び最大0.5重量%の不可避不純物を含む、水噴霧ステンレス鋼粉末。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結ステンレス鋼合金粉末、粉末組成物、粉末組成物から焼結部材を作製する方法及び粉末組成物から作製された焼結部材に関する。粉末及び粉末組成物は、0.1%〜1%の窒素を含有する、オーステナイト相の最小含有量が40%である低ニッケル、低マンガン焼結ステンレス鋼部材の製造を可能にするように設計される。
【背景技術】
【0002】
高窒素含有ステンレス鋼に関する文献は、窒素の溶解度を増加させるために、通常は5重量%を越える高いマンガン含有量に対する需要について教示している。ニッケル含有量を低減するために、さらに多量のMnが推奨されている。10%を超えるMn含有量を伴う高窒素、低ニッケル加工ステンレス鋼は、多くの場合、文献において記述されており、市場に出ている。
【0003】
圧縮性は、PM技術において重要な特性であり、合金を設計する場合には制約要因である。Mnの高添加が圧縮性を著しく低減させるので、これはPM技術を使用する場合には選択肢として考慮されない。製造過程で部材が壊れないために、部材が圧縮後に良好なグリーン強度を有することも重要である。水噴霧粉末が好ましく、それは、水噴霧粉末が、粒子の不規則な形状のため、この点においてガス噴霧粉末より大きく性能が優れているからである。
【0004】
現在、PM産業において代表的な4種類のステンレス鋼が存在する。
マルテンサイトステンレス鋼:典型的な等級−410。低クロム含有量の、一般に高い強度及び硬度を有するFe−Cr合金。
【0005】
フェライトステンレス鋼:典型的な等級 430、434。Crクロム含有量が18重量%であるFe−Cr合金であり、幾つかの等級は、Mo又はNbで安定化されている。これらのステンレス鋼は、一般に、650℃までの温度の空気中において、高い耐食性、電気化学的腐食に対する低い抵抗性及び中程度の機械的特性を有する。
【0006】
オーステナイトステンレス鋼:典型的な等級 304、316、310。F−Cr−Ni合金は、17〜25重量%のCr及び10〜20重量%のNiを含有する。幾つかの等級は、耐孔食性を改善するために、6重量%までの量でMoを含有する(例えば、等級Cold 100)。これらのステンレス鋼は、一般に、オーステナイト構造、優れた耐食性を有するが、純粋な水素下で焼結した場合、低い機械的特性を有する。これらのステンレス鋼の機械的特性を、解離アンモニア雰囲気下で焼結することによって改善することができるが(MPIF基準No.35による等級316N1、316N2、304N1、304N2)、耐食性は、冷却の際にCrNが形成されるので、この場合では減少する。これらのステンレス鋼の他の欠点は、オーステナイト構造の安定化に必要なNi及び耐孔食性を改善するMo含有量が多量であるため、そのコストが高いことである。
【0007】
二相等級:典型的な等級 17−4。Fe−Cr−Ni合金は、17〜20重量%のCr及び3〜5重量%のNiを含有する。これらの鋼は、高い機械的特性及び中程度の耐食性を有する。
【0008】
窒素含有雰囲気下で焼結された300系列のオーステナイトステンレス鋼の耐食性は、Sn、Al、Pb、Zn、Mg、希土類金属、As、Biの群から選択される元素によって粉末を追加的に合金化することによって増加されうることが、US4,240,831及びUS4,350,529により知られている。これらの特許によると、記述された金属は、粉末表面上の表面酸化ケイ素の量を減少させ、それによって耐食性を改善する。スズは、標準ステンレス鋼等級の耐食性を改善する添加剤として文献に記述されている。スズの添加は、粒子表面に近接しているCr含有量を減少させ、このことは、窒素含有雰囲気下での冷却の際にCrN形成を防止するのを助けると考えられる。US4,420,336、US4,331,478及びUS4,314,849は、全て、耐食性を改善するための標準PMステンレス鋼粉末等級へのスズ添加に関する。しかし、これらの特許も、US4,240,831又はUS4,350,529のいずれも、ニッケル含有量が11.2重量%未満であるステンレス鋼に関して教示していない。
【0009】
25容量%までの量の窒素を含有する雰囲気下で標準的な300系列のステンレス鋼を焼結するための高速冷却の使用が、文献において提案されている。1100〜700℃の温度範囲による高速冷却は、冷却過程でCrN形成を防止することがよく知られている。しかし、この目的で提案された冷却速度は、約195℃/分であり、この冷却速度は、大部分の市販の炉において達成することが極めて困難である。
【0010】
CN101338385Aは、ほぼ完全密度の高窒素ステンレス鋼製品に関する。この製品は、0.1〜10重量%のマンガン、5〜25重量%のニッケル及び0.4〜1.5重量%の窒素を含むステンレス鋼粉末を、静水圧ホットプレス成形に付すことにより得られる。CN101338385Aにおける全ての例は、5重量%を超えるMn及び9重量%以上のニッケル含有量を有する。
【0011】
US6168755B1などの他の特許は、窒素ガス噴霧により製造される窒素合金ステンレス鋼に関する。しかし、ガス噴霧粉末は、プレス及び焼結技術にはあまり適していない。
【0012】
US5714115は、高窒素含有量の低ニッケルステンレス鋼合金に関する。しかし、この合金のマンガン含有量は2〜26重量%である。
【0013】
US6093233は、窒素が少なくとも0.4重量%であるフェライト及び磁気構造を有する、ニッケル無含有(0.5重量%未満)ステンレス鋼に関する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の1つの目的は、粉末、粉末組成物、並びにオーステナイト相が少なくとも40容量%である相対的に低ニッケル及び低マンガンの焼結ステンレス鋼部材を製造するのに適した方法を提供することである。
【0015】
別の目的は、粉末、粉末組成物、並びに比較的に良好な耐食性及び機械的特性を有する相対的に低ニッケル及び低マンガンの焼結ステンレス鋼部材を製造するのに適した方法を提供することである。
【0016】
本発明のなお別の目的は、良好な腐食特性を保持しながら、部材製作過程で焼結工程のコストを低減し、焼結ステンレス鋼部材を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
これらの目的の少なくとも1つは、以下によって達成される:
・ 10.5〜30.0重量%のCr、0.5〜9.0重量%のNi、0.01〜2.0重量%のMn、0.01〜3.0重量%のSn、0.1〜3.0重量%のSi、0.01〜0.4重量%のN及び最大0.5重量%の炭素又は酸素などの不可避不純物を含み、残部が鉄である水噴霧ステンレス鋼粉末。本発明による水噴霧粉末は、Mo(最大7.0重量%)、Cu(最大7.0重量%)などの腐食特性又は焼結特性を改善する典型的な添加剤、又はNb(最大3.0重量%)又はV(最大6.0重量%)などの慣用のステンレス鋼安定剤元素を、製造される部材にこれらの添加剤が必要であるとみなされると、必要に応じて含有することができる。そのような粉末を使用して、オーステナイト相が少なくとも40%であり、比較的良好な耐食性及び機械的特性を有する、相対的に低ニッケル及び低マンガンのステンレス鋼部材を製造することができる。
・ 組成物の0.05〜2.0重量%の潤滑剤(ステンレス鋼に適した任意の市販の潤滑剤を使用することができる)を有するステンレス鋼粉末に基づいた組成物。Cu、Mo、Cr、Ni及び/又はCを含有する粉末、硬質相材料、並びに機械加工性向上剤などの追加的な合金化元素を、寸法の変化及び材料特性の変更のために、任意に組成物に添加することができる。そのような粉末組成物を使用して、オーステナイト相が少なくとも40%であり、比較的良好な耐食性及び機械的特性を有する、相対的に低ニッケル及び低マンガンのステンレス鋼部材を製造することができる。
・ 焼結部材を製造する方法であって、
a)上記の鉄系ステンレス鋼粉末組成物を調製する工程、
b)組成物を400から2000MPaの間の圧密に付す工程、
c)得られたグリーン部材を、窒素含有雰囲気下、好ましくは5〜100%のNにおいて、1000〜1400℃の間、好ましくは1100〜1350℃、より好ましくは1200〜1280℃の温度で焼結する工程、
d)任意で、焼結部材を急速冷却に付す工程、
e)任意で、焼結部材は1000℃を超える温度でアニーリングされた溶液になることができ、続いて急速冷却又はクエンチングする工程続いて急速冷却又はクエンチングすることができる工程
を含む方法。
そのような方法を使用して、部材製作過程での焼結工程のコストを低減しながら、オーステナイト相が少なくとも40%であり、比較的良好な耐食性及び機械的特性を有する、相対的に低ニッケル及び低マンガンのステンレス鋼部材を製造することができる。
・ 任意で、部材は、焼結工程c)の前に窒化工程に付され、窒化工程は、焼結温度よりも20〜300℃低い、好ましくは40〜150℃低い温度で実施される。窒化工程中の雰囲気は、5〜100%のNの含有量を有する。
・ 10.5〜30.0重量%のCr、0.5〜9.0重量%のNi、0.01〜2.0重量%のMn、0.01〜3.0重量%のSn、0.1〜3.0重量%のSi、0.1〜1.0重量%のN、任意で最大3.0重量%のC、任意で最大7.0重量%のMo、任意で最大7.0重量%のCu、任意で最大3.0重量%のNb、任意で最大6.0重量%のV、残部の鉄及び最大0.5重量%の不可避不純物を含み、少なくとも40%のオーステナイト相を含む微細構造を有する焼結ステンレス鋼部材。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】50%水素+50%窒素ミックスで焼結し、続いて従来の冷却を行い、Glyceregiaでエッチングした後の、粉末1により作製された鋼部材の微細構造を示す図である。
【図2】50%水素+50%窒素ミックスで焼結し、続いて従来の冷却を行い、Glyceregiaでエッチングした後の、粉末2により作製された鋼部材の微細構造を示す図である。
【図3】75%水素+25%窒素ミックスで焼結し、続いて従来の冷却を行い、Glyceregiaでエッチングした後の、粉末3により作製された鋼部材の微細構造を示す図である。
【図4a】90%水素+10%窒素ミックスで焼結し、続いて従来の冷却を行い、Glyceregiaでエッチングした後の、粉末3により作製された鋼部材の微細構造を異なる倍率で示す図である。
【図4b】90%水素+10%窒素ミックスで焼結し、続いて従来の冷却を行い、Glyceregiaでエッチングした後の、粉末3により作製された鋼部材の微細構造を異なる倍率で示す図である。
【図5】5%のNaCl水溶液における75時間の浸漬試験の後の異なる試料を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
ステンレス鋼粉末の調製
ステンレス鋼粉末は、鉄溶融体の水噴霧により製造される。噴霧粉末を、アニーリング工程に更に付すことができる。噴霧粉末合金の粒径は、プレス及び焼結又は粉末鋳造工程に適合する限り、任意のサイズであり得る。
【0020】
鋼粉末の含有物
クロム(Cr)は、10.5〜30重量%の範囲で存在する。10.5重量%未満のCrでは、鋼はステンレスにはならない。10.5重量%のCrを含有する合金に対する窒素の溶解度は、およそ0.1重量%であり、これは本発明における窒素の下限に相当する。
【0021】
30重量%を超えるCr含有量は、シグマ相形成により材料の脆化を促進する。多量のCrも、粉末圧縮性を低減する。一方、Crは、フェライト相形成を促進し、これによってCrが多いほど、多くのNiの添加が、オーステナイトの安定化のために必要となる。したがって、Ni含有量は、少なくとも0.5重量%、好ましくは少なくとも1重量%であるべきである。1つの実施形態において、Niの最小含有量は、重量%で、最小Ni=0.5+(Cr−10.5)0.1に限定される。上限としては、合金におけるNiの含有量は、最大9.0重量%、好ましくは最大8重量%に限定される。これを超える量は不必要であり、何故なら、窒素も存在し、最終部材におけるオーステナイトの安定化も助けるからである。
【0022】
マンガンは、オーステナイト相の安定性を増加させ、鋼に対する窒素の溶解度を増加させる。Mnが粉末の圧縮性を著しく低減するので、Mnの好ましい量は、2重量%未満、好ましくは1重量%未満、より好ましくは0.5重量%未満、さらにより好ましくは0.2重量%未満であるべきである。0.01重量%未満のマンガンレベルは、現在の噴霧技術により達成するのが極めて困難であり、それ故に下限に設定されている。
【0023】
スズは、冷却過程で、CrN形成はもとより他の窒化クロムの形成を抑制するために、3.0重量%までの含有量で粉末中に存在し、これによりCrNを回避するのに必要な冷却速度を低減する。窒化クロムの形成はマトリックスからクロムを引き出し、これにより耐食性を低減する。しかし、3.0重量%を超えるスズ含有量は、合金に金属間相を形成する傾向があり、このことは腐食特性を劣化させる。好ましくは、スズ含有量は2.0重量%までである。
【0024】
理論的には、スズ無含有合金を使用することができるが、過剰なCrN形成を防止するために、焼結後の冷却速度を極めて速くする必要がある。現在の市販の炉では、これはオプションにはならず、したがって少なくとも0.01重量%、好ましくは少なくとも0.1重量%、より好ましくは0.3重量%のスズがCrN形成を抑制するために必要である。
【0025】
窒素を、その製作過程で粉末に及び/又は焼結工程で部材に添加することができる。粉末の製作の際に添加される窒素の量は、最大0.4重量%であるべきであり、これは大気圧下、溶融温度での液体金属に対する窒素の最大溶解度に相当する。0.01重量%未満の窒素レベルは、現在の噴霧技術により達成するのが極めて困難であり、したがって粉末における窒素の下限は、0.01重量%に設定される。粉末の製作過程で、窒素を、高窒素FeCr、CrN、SiNなどの窒素合金フェロアロイ又は他の窒素含有添加剤を溶融体の原料として使用することによって、添加することができる。窒素を、窒素含有雰囲気下で水噴霧又は溶融工程を実施することにより、粉末に添加することもできる。粉末において窒素含有量が高すぎると、圧縮性に悪影響を与える。しかし、粉末は、焼結過程で必要な窒素合金化の量を低減するために、任意で0.4重量%まで窒素含有量を有することが可能である。
【0026】
モリブデンを、式:PREN(耐孔食性指数)=%Cr+3.3%Mo+16%Nに従って材料の耐孔食性を追加的に改善するために、任意でおよそ7.0重量%までの量を添加することができる。しかし、7重量%を超えるMoでは耐食性にあまり改善がなく、したがってこの量が上限として設定されている。PREN数は、その化学組成に従って合金の耐孔食性のレベルを予測する。PREN数が高いほど、耐孔食性が良好である。例えば、標準316L等級のPREN数は、公称合金化元素含有量(nominal alloying element content)を使用して計算すると、24.3である。この鋼は、海洋雰囲気下において腐食に耐えることができる。PREN数が20未満であるステンレス等級は、海洋環境において測定可能な重量損失を示す。1つの実施形態において、Mo含有量は0.01〜1.5重量%である。
【0027】
銅を、オーステナイト相の安定剤として7.0重量%までの含有量で鋼に任意で添加することができる。銅含有量の上限は、オーステナイトに対する銅の最大溶解度に相当する。
【0028】
炭素が、粉末組成物を調製するときに、グラファイト又は他の炭素含有物質の形態で添加されない場合、ニオブを、Crと比較して窒素に強い親和性を有するので、CrN形成を防止するための粉末への安定剤として1.0重量%までの含有量で鋼に添加することが、任意で可能である。より高い含有量は、圧縮性に悪影響を与えることがある。しかし、炭素が、粉末組成物を調製するときにグラファイトの形態で添加される場合、ニオブを、この場合には機械的特性を改善するために炭化物形成剤として3.0重量%までの含有量で粉末に添加することが、任意で可能である。
【0029】
炭素が、粉末組成物を調製するときに、グラファイト又は他の炭素含有物質の形態で添加されない場合、バナジウムを、Crと比較して窒素に強い親和性を有するので、CrN形成を防止するために粉末への安定剤として0.6重量%までの含有量で鋼に添加することができる。より高い含有量は、圧縮性に悪影響を与えることがある。しかし、炭素が、粉末組成物を調製するときにグラファイト又は他の炭素含有物質の形態で添加される場合、バナジウムを、この場合には材料の耐摩耗性を改善するために炭化物形成剤として、6.0重量%までの含有量で鋼に添加することができる。バナジウムは、非常に強力なフェライト安定剤であり、ステンレス鋼のCr電位を増加させる。したがって6.0重量%を超えるVの添加は、焼結の後に過剰なフェライト構造を材料にもたらし、これは本発明の文脈において望ましくない。
【0030】
粉末組成物
圧密の前に、水噴霧ステンレス鋼粉末を、ステンレス鋼製作に適した任意の市販の潤滑剤と任意で混合することができる。Cu、Mo、Cr、Ni、B及び/又はCを含有する粉末、硬質相材料、並びに機械加工性向上剤などの追加的な合金化元素を、寸法の変化及び材料特性の変更のために、任意で組成物に添加することができる。
【0031】
潤滑剤は、圧密及び圧密部材の排出を促進するために、組成物に添加される。組成物の0.05重量%未満の潤滑剤の添加は、有意ではない効果を有し、組成物の2重量%を超える添加は、密度が低すぎる圧密体をもたらす。潤滑剤を、ステアリン酸金属塩、ロウ、脂肪酸及びその誘導体、オリゴマー、ポリマー、並びに潤滑効果を有する他の有機物質の群から選択することができる。
【0032】
炭素を、焼結部材において固溶体として存在させる目的でグラファイト粉末として任意で添加することができる。固溶体の炭素は、オーステナイトを安定化し、材料を強化し、幾つかの場合では、特に、非常に高速の冷却が適用可能である場合には耐食性を増加させる。しかし、炭化物形成剤(Cr以外)が材料に存在しない場合、添加は、Cr−炭化物の過剰な形成により腐食特性に対して悪影響を与えないほど十分に少ない必要がある。炭素がこの意図により添加される場合、含有量は、好ましくは0.15重量%未満であるべきである。
【0033】
より高い含有量の炭素は、一般に、Crよりも強力な炭化物形成剤(例えば、Mo、V、Nb)を含有する粉末にのみ添加される。これらの炭化物形成剤は、材料の耐摩耗性を増加させる炭化物を作り出す。この目的のために、炭素をグラファイト粉末として3.0重量%までの量で組成物に添加することができる。3.0重量%を超える炭素の量は、過剰な炭化物形成、さらには焼結温度で材料の部分的な溶融をもたらす可能性がある。
【0034】
銅を、焼結の際の寸法変化を変更するため、ミックスの圧縮性を増加させるため及び器具の摩耗を低減するために、粉末と混合することが任意で可能である。加えて、銅を、液相焼結の促進のために添加することができる。合金に既に存在する銅の量に応じて、混合される銅の量は変わりうる。しかし、組成物における銅の総量は、最大7重量%であるべきであり、それはより多量の銅が焼結の後に遊離銅相(free copper phase)を形成する傾向があり、そのことがガルバニック腐食をもたらす可能性があるからである。
【0035】
幾つかの場合において、噴霧過程で粉末を合金化する代わりに、ニッケル及び/又はモリブデンを粉末組成物に添加することが好ましい場合がある。この目的のために、銅若しくはニッケル粉末などの純粋な粉末又はフェロアロイなどのこれらの元素を含有する粉末が使用される。銅では、合金に既に存在しているニッケル及び/又はモリブデンの量に応じて、混合されるニッケル及び/又はモリブデンの量は変わりうる。しかし、組成物におけるニッケル及び/又はモリブデンの総量は、ニッケルでは最大9.0重量%であり、モリブデンでは最大7.0重量%であるべきである。
【0036】
NiB又はFeBなどのホウ素含有粉末を、任意で、組成物に添加することができる。ホウ素は、液体焼結を誘導し、縮みを促進し、焼結密度を増加させる。しかし、高添加は、材料に脆性ホウ化物の形成をもたらす傾向があり、これにより機械的特性と腐食特性との両方に悪影響を与える。添加される場合、組成物における最適なホウ素含有量は、0.05〜0.50重量%である。
【0037】
例えばMnS、MoS、CaFなどの硬質相材料及び機械加工性向上剤などの他の物質を添加することができる。
【0038】
焼結
ステンレス鋼粉末組成物を、金型に移し、約400〜2000MPaの圧密圧力で冷間又は温間圧密に付す。得られたグリーン部材は、5.6g/cm以上、好ましくは6.2〜7.0g/cmの間のグリーン密度を有するべきである。グリーン部材を、5〜100体積%のNを含有する雰囲気下、約1000〜1400℃の温度での焼結に更に付す。より良好な耐食性を得るために、焼結温度は、CrN形成の温度を超えるべきである。
【0039】
焼結温度を変えることは、材料における窒素含有量を調節する可能性を提供する。温度を増加させると材料中の窒素含有量を低減する傾向があるが、オーステナイトにおけるNの拡散係数を増加させ、材料のより良好な均質化を促進する。対照的に、焼結温度を下げると、より多量の窒素を鋼に挿入することを可能にする。異なる温度での窒素溶解度の差を考慮して、窒化のためにより低い温度で追加の工程や均質化のためにより高い温度で追加の工程を、焼結工程の過程で適用することができる。例えば、窒化工程を1200℃で1時間実施することができ、続いて1250℃で20分間焼結工程を実施することができる。この手順は、酸化物を低減し、焼結部材においてより均一な窒素分布を達成する。好ましい焼結温度は、1100〜1350℃、より好ましくは1200〜1280℃である。
【0040】
焼結及び/又は窒化の持続時間を、部材のサイズ、形状及び化学組成、焼結温度に応じて最適化することができ、窒素の量及び部材における窒素の拡散を制御するために使用することもできる。窒化+焼結は、好ましくは10分間から3時間、より好ましくは15分間から2時間にわたって実施される。
【0041】
最終部材の窒素含有量は、雰囲気中の窒素の含有量を変えることにより調節することもできる。したがって、部材中の窒素は、例えば、1)粉末中の窒素の含有量を制御すること、2)焼結の温度及び持続時間を制御し、任意で、焼結の前に窒化工程を有すること、並びに3)窒化及び/又は焼結の過程で雰囲気中の窒素含有量を制御することによって、調節することができる。オーステナイト中の窒素の拡散及び材料の均質化は、焼結及び/又は窒化の過程での温度を変えることにより制御することができる。
【0042】
任意で、部材を焼結の直後に急速冷却に付してもよい。これは、特に低Sn含有量の合金にとってCrN形成を抑制するために必要な場合がある。本発明による合金の急速冷却は、1100〜700℃の温度で5℃/秒を超える、好ましくは10℃/秒、より好ましくは100℃/秒の速度で実施されるべきである。
【0043】
後焼結処理
急速冷却の代わりに、低Sn添加の焼結部材を、任意で、1000℃を超える温度で溶液焼鈍(solution annealing)に付し、続いて窒素含有雰囲気下で急速冷却又はクエンチングに付して、過剰CrNを溶解することができる。
【0044】
本発明による部材を、焼結部材に適した機械的処理及び例えばショットピーニング、表面被覆などの追加的な処理に、任意で付すことができる。
【0045】
最終部材の特性
本発明は、良好な耐食性及び高レベルの機械的特性を有する新たな低コストの粉末冶金ステンレス鋼を提供する。焼結部材の得られる耐食性は、標準316Lと同じレベルである。
【0046】
例えば、約25%高い引張り強さ及び約70%高い降伏強さを、粉末鋼材316Lにより作製された部材と比較して、18重量%のCr、7重量%のNi、0.5重量%のMo及び0.4重量%のNを含有する焼結鋼部材によって達成することができる。
【0047】
部材は、微細構造のオーステナイト相を安定化するために窒素を含む。
【0048】
スズの存在は、高速冷却を使用して良好な耐食性を達成する重要性を低減し、それはスズがCrN形成を抑制するからである。好ましくは、鋼における窒化クロムの総量は、最大で2重量%、より好ましくは最大で1重量%であるべきである。
【0049】
好ましくは、焼結ステンレス鋼部材は、10.5〜30.0重量%のCr、0.5〜9.0重量%のNi、0.01〜2.0重量%のMn、0.01〜3.0重量%のSn、0.1〜3.0重量%のSi、0.1〜1.0重量%のN、任意で最大7.0重量%のMo、任意で最大7.0重量%のCu、任意で最大3.0重量%のNb、任意で最大6.0重量%のV、残部の鉄及び最大0.5重量%の不可避不純物を含み、少なくとも40%のオーステナイト相を含む微細構造を有する。
【0050】
本発明の鋼部材の製作コストは、対応する標準オーステナイト二相等級よりも低い。
【0051】
本発明の焼結鋼を、現存のオーステナイト二相粉末冶金鋼の低コスト代替物として適用することができ、高強度耐食性鋼として使用することができる。
【実施例】
【0052】
(例1)
2つの粉末、粉末1及び2を、水噴霧技術により製作した。基準試料として、Hoganas ABにより製造された2つの市販の標準粉末を使用した。粉末の化学的及び技術的な特性を表1及び2に記述する。
【表1】


【表2】

【0053】
粉末1及び2を、潤滑剤の1%Amide Wax PMと混合した。SS−EN ISO2740のよる標準TSバーを調査用試料として使用した。試料を圧密して、6.4g/cmの密度にした。圧密圧力を表3に記述する。
【表3】

【0054】
2つの焼結試験を、表4に表した条件に従って調査粉末により実施した。焼結雰囲気は、焼結サイクルの全体を通して50%のH+50%のNであった。基準試料を純粋な水素下、1250℃の温度で30分間焼結し、続いて従来の冷却を行った。
【表4】

【0055】
粉末1及び粉末2に基づいた鋼2及び4の微細構造を図1、2に表す。図1から分かるように、粉末1により作製された鋼2は、窒素含有雰囲気下で焼結し、従来の冷却を行った後、高度な鋭敏化を示した。図2において、粉末2に基づき、CrN形成に対する安定剤としてスズを含有する鋼4は、結晶粒界に別個の窒化クロムがほとんどない完全なオーステナイト構造を示す。
【0056】
SS−EN ISO 10002−1に従って試験した鋼の機械的特性を表5に表す。耐食性を、5%のNaCl水溶液への浸漬試験により評価した。TSバーの部分を試料として使用した。各材料の4片を腐食試験に使用した。最初の腐食が現れた時間(評価B)を各材料で決定した。
【表5】

【0057】
表5から分かるように、粉末1〜2により作製された鋼1〜4は、標準等級316L及びCold100からそれぞれ作製された鋼5及び6と比較して、はるかに高い降伏強さ及び引張り強さを有する。
【0058】
粉末2により作製された鋼2及び3の耐食性は、粉末等級316Lにより作製された鋼5よりも良好であり、高合金等級Cold100により作製された鋼6に匹敵する。
しかし、粉末1に基づいた鋼1〜2は、鋭敏化レベルが、急速冷却を伴って焼結された鋼よりもはるかに低いにもかかわらず、鋭敏化及び不十分な耐食性を示した。
【0059】
(例2)
粉末3を水噴霧技術により製作した。基準試料として、Hoganas ABにより製造された標準粉末を使用した。粉末の化学的及び技術的な特性を表6及び7に記述する。
【表6】

【0060】
粉末の粒径は、150μm未満であった。
粉末を潤滑剤の1%Amide Wax PMと混合した。標準TSバーを調査用試料として使用した。試料を圧密して、6.4g/cmの密度にした。開発した材料の圧密圧力を表7に記述する。
【表7】

【0061】
2つの焼結試験を、表8に表した条件に従って調査粉末により実施した。2つの試験は、焼結雰囲気の組成において異なっていた。
【表8】

【0062】
基準試料を純粋な水素下、1250℃の温度で30分間焼結し、続いて従来の冷却を行った。
【0063】
第1焼結試験である表8の焼結1に従って粉末3により作製された材料の微細構造を、図3に示す。この試料は、結晶粒界に幾つかの窒化物を有する完全なオーステナイト微細構造を示したが、層状窒化物は観察されなかった。
【0064】
一方、10%のN及び90%の水素を含有する雰囲気下で焼結すると(表8の「焼結3」)、材料は、二重相オーステナイト−フェライト微細構造を示す。微細構造を、図4a及び4bにおいて異なる倍率レベルで示す。フェライトの量は、およそ8〜10%であり、結晶粒界は窒化物が除去されている。
【0065】
SS−EN ISO 10002−1に従って試験した試料の機械的特性を表9に表す。
【0066】
耐食性を、5%のNaCl水溶液への浸漬試験により評価した。TSバーの部分を試料として使用した。各材料の3片を腐食試験に使用した。最初の腐食が現れた時間(評価B)を各材料で決定した。浸漬試験の結果を図5及び表9に表す。異なる試料は試料Iであり、試料Iは表8に「焼結3」として記載された条件で焼結した粉末3である。更に、試料IIは、表8に「焼結4」として記載された条件で焼結した粉末3である。それぞれ標準等級316L及びCold100の2つの基準試料III及びIVを、純粋な水素下、1250℃の温度で30分間焼結し、続いて従来の冷却を行った。
【表9】

【0067】
表9から分かるように、開発された鋼(粉末3)は、標準等級316L及びCold100と比較してはるかに高い強度を有する。図5及び表9から、開発された材料(試料I及びII)の耐食性は、焼結雰囲気に応じて、水素焼結ステンレス鋼316L(試料III)の耐食性と同様又はそれよりも高いことが分かる。10%のNを含有する雰囲気下で焼結された試料IIは、25%のNを含有する雰囲気下で焼結された試料Iよりも良好な耐食性を示し、両方の試料は粉末3により作製された。試料IIは、焼結後にはるかに少ない窒化物が微細構造に示されたので、より良好な耐食性を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
10.5〜30.0重量%のCr、
0.5〜9.0重量%のNi、
0.01〜2.0重量%のMn、
0.01〜3.0重量%のSn
0.1〜3.0重量%のSi、
0.01〜0.4重量%のN、
任意で、最大7.0重量%のMo、
任意で、最大7.0重量%のCu、
任意で、最大3.0重量%のNb、
任意で、最大6.0重量%のV、
残部の鉄及び最大0.5重量%の不可避不純物
を含む、水噴霧ステンレス鋼粉末。
【請求項2】
Mn含有量が、0.01〜0.50重量%の間である、請求項1に記載の水噴霧ステンレス鋼粉末。
【請求項3】
Sn含有量が、0.10〜2.0重量%である、請求項1又は2に記載の水噴霧ステンレス鋼粉末。
【請求項4】
N含有量が、0.01〜0.10重量%である、請求項1から3までのいずれか一項に記載の水噴霧ステンレス鋼粉末。
【請求項5】
Si含有量が、0.3〜0.9重量%である、請求項1から4までのいずれか一項に記載の水噴霧ステンレス鋼粉末。
【請求項6】
Ni含有量が、1.0〜8.5重量%である、請求項1から5までのいずれか一項に記載の水噴霧ステンレス鋼粉末。
【請求項7】
Mo含有量が、0.01〜1.5重量%である、請求項1から6までのいずれか一項に記載の水噴霧ステンレス鋼粉末。
【請求項8】
請求項1から7までのいずれか一項に記載の水噴霧ステンレス鋼粉末に基づいた粉末組成物であって、
0.05〜2.0重量%の潤滑剤、
任意で、最大3重量%のC、
任意で、最大7.0重量%のMo、
任意で、最大7.0重量%のCu、
任意で、最大3.0重量%のNb、
任意で、最大6.0重量%のV、
任意で、最大0.5重量%のB、
任意で、MnS、MoS、CaFなどの硬質相材料及び機械加工性向上剤、並びに
最大0.5重量%の不可避不純物
を含む、前記粉末組成物。
【請求項9】
焼結部材を製造する方法であって、
a)請求項8に記載のステンレス鋼粉末組成物を調製する工程、
b)前記組成物を400から2000MPaの間の圧密に付す工程、
c)得られた圧粉部材を、窒素含有雰囲気下、好ましくは5〜100%のNにおいて、1000〜1400℃の間、好ましくは1100〜1350℃、より好ましくは1200〜1280℃の温度で焼結する工程、
d)任意で、焼結部材を急速冷却に付す工程、
e)任意で、焼結部材は1000℃を超える温度でアニーリングされた溶液になることができ、続いて急速冷却又はクエンチングする工程
を含む、前記方法。
【請求項10】
部材を焼結工程c)の前に窒化工程に付し、窒化工程を焼結温度よりも20〜300℃低い温度で実施し、窒化工程中の雰囲気が、5〜100%のNの窒素含有量を有する、請求項9に記載の焼結部材を製造する方法。
【請求項11】
10.5〜30.0重量%のCr、
0.5〜9.0重量%のNi、
0.01〜2.0重量%のMn、
0.01〜3.0重量%のSn
0.1〜3.0重量%のSi、
0.1〜1.0重量%のN、
任意で、最大3.0重量%のC、
任意で、最大7.0重量%のMo、
任意で、最大7.0重量%のCu、
任意で、最大3.0重量%のNb、
任意で、最大6.0重量%のV、
残部の鉄及び最大0.5重量%の不可避不純物
を含み、
少なくとも40%のオーステナイト相を含む微細構造を有する
焼結ステンレス鋼部材。
【請求項12】
請求項9又は10に記載の方法を使用して製造される、請求項11に記載の焼結ステンレス鋼部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4a】
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【図4b】
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【図5】
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【公表番号】特表2013−507528(P2013−507528A)
【公表日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−533638(P2012−533638)
【出願日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際出願番号】PCT/EP2010/065456
【国際公開番号】WO2011/045391
【国際公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【出願人】(595054486)ホガナス アクチボラゲット (66)
【Fターム(参考)】