説明

耐へたり性と耐久性に優れたバネ及びその製造方法

【課題】 自動車のパワートレインに使用する高い耐へたり性と耐久性とを備えた高強度バネを提供する。
【解決手段】 Cを0.50〜0.70質量%、Siを1.80〜2.20質量%、Mnを0.50〜0.80質量%、Crを0.50〜0.80質量%、及びVを0.10〜0.20質量%含み、残部が不可避不純物を除いてFeからなり、引張強度が2200MPa級、旧オーステナイト結晶粒の粒度番号が12〜13のオイルテンパー線をコイリングして得られる高強度バネであって、窒化処理により設けられた窒化層を最表面部に有し、最表面部の残留圧縮応力が700〜900MPaであって、且つ内部硬度がHv600〜700kg/mmである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車のパワートレインにおいて使用される弁バネやクラッチ用バネ等の高強度バネ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用エンジンの弁バネやクラッチ用バネ等の自動車のパワートレインに係るバネ部材においては、エンジンの高回転化や小型軽量化に対応するため、耐へたり性と耐久性に優れた材料の開発が常に進められている。一般に耐へたり性や耐久性を向上させるためには、バネ部材の硬度を高くすることが効果的であるため、従来、鋼材に添加する元素の含有率を調整したり伸線後の熱処理の条件を最適化して引張強度を高め、これにより内部硬度を高めることが行われてきた。また、コイリング後のバネに対して窒化処理やショットピーニング処理を施して表面を硬くしたり残留圧縮応力を付与したりすることも行われてきた。
【0003】
例えば、特許文献1には窒化処理により深さ20〜50μmの窒化層を設けると共に、内部硬度がHv540以上となるように処理されたバネが開示されている。そして、このバネは、ショットピーニング処理により残留圧縮応力を表層部に高く付与し、内部深くにもある程度の残留圧縮応力を付与し得ることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−112614号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の弁バネでは、例えば最大応力1350MPa、平均応力750MPa、振幅応力600MPa程度の高負荷において10万回の耐久性と、残留せん断歪で0.02%以下の耐へたり性とを達成するためには、V等を添加したオイルテンパー線(SWOSC−VHv)を例えば5.4mm程度の比較的太い径に加工して使用することが必要であった。このため、近年ますます小型軽量化している自動車のニーズに応えることが困難な状況にあった。
【0006】
本発明は、かかる状況に鑑みてなされたものであり、耐へたり性及び耐久性に優れている上、細線化によって軽量化が可能な高強度バネ及びその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明が提案する高強度バネは、Cを0.50〜0.70質量%、Siを1.80〜2.20質量%、Mnを0.50〜0.80質量%、Crを0.50〜0.80質量%、及びVを0.10〜0.20質量%含み、残部が不可避不純物を除いてFeからなり、引張強度が2200MPa級、旧オーステナイト結晶粒の粒度番号(JIS G0551)が12〜13のオイルテンパー線をコイリングして得られるバネであって、窒化処理により設けられた窒化層を最表面部に有し、最表面部の残留圧縮応力が700〜900MPaであって、且つ内部硬度がHv600〜700kg/mmであることを特徴としている。
【0008】
また、本発明が提案する高強度バネの製造方法は、Cを0.50〜0.70質量%、Siを1.80〜2.20質量%、Mnを0.50〜0.80質量%、Crを0.50〜0.80質量%、及びVを0.10〜0.20質量%含み、残部が不可避不純物を除いてFeからなる鋼に対して高周波加熱による急速加熱で930〜940℃まで加熱してその温度で保持してから焼入れを行い、更に400〜450℃で保持してから急速冷却によって焼戻しを行い、得られたオイルテンパー線をコイリング加工後に窒化処理し、更にショットピーニング処理を行うことを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、自動車のパワートレインで使用される高強度バネに要望される高い耐へたり性と耐久性を損なうことなくバネを細線化することが可能となり、よって軽量化を実現することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の高強度バネは、弁バネやクラッチ用のバネ等に代表されるような自動車のパワートレインにおいて使用されるバネであり、高サイクル条件下での高い耐へたり性と耐久性を有していることが要件となる。この要件に対応するため、本発明の高強度バネは、その線材に使用するオイルテンパー線において、添加元素の組成、引張強度、及び旧オーステナイト結晶粒の粒度番号が調整されている。更に、コイリング後に施した窒化処理により最表面部に窒化層が設けられており、所定の内部硬度を有しつつ所定の残留圧縮応力が最表面部に付与されている。
【0011】
より具体的に説明すると、本発明の高強度バネは、その素材となるオイルテンパー線が、Cを0.50〜0.70質量%、Siを1.80〜2.20質量%、Mnを0.50〜0.80質量%、Crを0.50〜0.80質量%、及びVを0.10〜0.20質量%含み、残部が不可避不純物を除いてFeである。
【0012】
Cの含有率を0.50〜0.70質量%にする理由は、Cは鋼の強度を高めることができる元素であり、この範囲内でCを含有することによって、高強度のバネが得られるからである。尚、Cの含有率が多すぎると、結晶粒界に析出するセメンタイトの影響により、高強度バネ材として所望される靱性が得られなくなるおそれがある。
【0013】
Siの含有率を1.80〜2.20質量%にする理由は、この範囲内でSiを含めることによって、Siが鋼中に置換型元素として固溶して鋼の強度や耐熱性を高め、更に、焼き戻し時に析出する炭化物を均一に微細化し、パワートレイン用のバネに加工したときに耐へたり性を高める効果を良好に発揮させることができるからである。尚、Siの含有率が多すぎると、材料を硬化させるだけでなく脆化させ、コイリングの際に折損等の問題が生じやすくなるおそれがある。
【0014】
Mnの含有率を0.50〜0.80質量%にする理由は、この範囲内でMnを含めることによって、Mnの特性である鋼の焼入れ性の向上、及び鋼中に不可避的に含まれるSの固定化によるその悪影響の阻止の効果を良好に発揮させることができるからである。尚、Mnの含有率が0.80質量%を超えると、靱性が低下するおそれがある。
【0015】
Crの含有率を0.50〜0.80質量%にする理由は、CrはMnと同様に焼入れ性を高めると共に、微細なCr炭化物を析出させることによって高強度化するのに効果的な元素であり、この範囲内でCrを含めることによってこれらの特性が良好に発揮されるからである。尚、Crの含有率が多すぎると、炭化物の固溶を抑制し強度低下を招くおそれがある。
【0016】
Vの含有率を0.10〜0.20質量%にする理由は、Vは低温で加熱してもオーステナイト相に比較的容易に固溶する元素であり、鋼中で炭化物として存在してオーステナイト粒を微細化させると共に焼入性を向上させる元素であり、この範囲内でVを含めることによってこれらの特性が良好に発揮されるからである。尚、Vの含有率が多すぎると、形成される炭化物が粗大化し靱性が低下するおそれがある。
【0017】
上記した添加元素の含有率を有する鋼材に対して所定の熱処理を施すことによって、オイルテンパー線の断面におけるJIS G0551に基づく旧オーステナイト結晶粒(旧γ結晶粒)の粒度番号を12.0〜13.0にすることができる。このように、微細化した結晶粒径を有するオイルテンパー線を得ることができるので、その引張強度を2200MPa級にすることができ、よってコイリング後の高強度バネに優れたバネ疲労強度を付与することができる。また、バネ加工性も良好となる。尚、本発明においては、引張強度が2200MPa級とは、引張強度が2170〜2230MPaの範囲内にあることを意味している。
【0018】
本発明においては、上記オイルテンパー線の線径を5.0mm以下とするのが好ましく、3.0〜5.0mmがより好ましい。その理由は、線径が5.0mmを超えると自動車のパワートレインに係る部材において要望される小型軽量化を実現することが困難になるからである。
【0019】
上記したオイルテンパー線を得るための具体的な熱処理の方法としては、例えば、高周波加熱により930〜940℃に急速加熱し、この温度で5秒間保持し、冷却剤に水を使用して焼入れを行った後、400〜450℃で10秒間保持してから急冷して焼戻しを行う方法を挙げることができる。このように、本発明においては、オイルテンパー線を得るために使用する焼戻しの際の冷却剤には、オイルの他、水等を用いることができる。
【0020】
上記方法で熱処理されたオイルテンパー線は、一般的な冷間加工法によりコイリングしてバネにすることができる。コイリング後は、必要に応じて300〜400℃で熱処理を施して加工ひずみを除去したり、外径0.2mmのスチールボールで20分間程度ショットを行って表面の酸化膜を研磨してもよい。
【0021】
次に、400〜440℃のアンモニアガス雰囲気中で2時間程度の窒化処理を行い、最表面部に好適には厚み20〜50μm程度の窒化層を形成する。これにより、負荷応力のかかり易い最表面部の硬度を向上させることができるので、バネを高強度にすることができる。
【0022】
さらにショットピーニング処理を行い、最表面部に700〜900MPaの残留圧縮応力を付与する。これにより、疲労強度を高めることができる。最表面部の残留圧縮応力を700〜900MPaにする理由は、700MPa未満だと耐疲労性向上にあまり寄与しないからである。一方、900MPaより大きな硬度を付与するにはショットピーニング処理条件が厳しくなり、窒化層を損傷するおそれがある。
【0023】
具体的なショットピーニング処理の方法としては、例えば、外径0.3mm、Hv700のスチールボールを用い、これを投射速度35メートル/秒、投射時間20分でバネに投射する方法を挙げることができる。ショットピーニング時は、アークハイト値で0.5mmA以下になるように投射速度や投射時間を調整するのが好ましい。これにより、Hv600〜700kg/mmの内部硬さを有し、且つ最表面部に700〜900MPaの残留圧縮応力を付与することができる。
【0024】
尚、内部硬さをHv600〜700kg/mmに規定する理由は、内部硬さが600kg/mm未満では耐へたり性が低下するからである。一方、700kg/mmを超えると、内部に存在する介在物等の欠陥を起点として疲労破壊が生じやすくなるためである。
【0025】
また、アークハイト値を0.5mmA以下にすることにより、バネの線径が5.0mm以下と細い場合であっても、線の変形を抑えることができる。ここでアークハイト値とは、昭和57年9月1日に社団法人日本ばね工業界から改訂第3版として発行された「ショットピーニング作業基準」の第4〜5頁に記載されている値であり、一定形状に成形されたみがき特殊帯鋼を試験片として、これにショットピーニングを施した場合の試験片の反り量を測定して、mmAの単位で表したものである。このように、アークハイト値は加工度の指標となるものでもある。
【実施例】
【0026】
下記表1に示す成分組成を有する4種類のバネ用鋼線をそれぞれ溶解、圧延、熱処理及び伸線した後、下記表1に示す条件で熱処理して試料1〜4のオイルテンパー線を作製した。尚、試料1〜4のオイルテンパー線は、いずれも線径が4.8mmとなるように伸線を行った。
【0027】
【表1】

【0028】
これら試料1〜4のオイルテンパー線に対して、それぞれJIS G0551に基づいて鋼線断面を鏡面研磨して旧オーステナイト結晶粒の粒度番号を計測した。更に、JIS Z2241に基づいて引張強度を測定した。得られたこれら粒度番号及び引張強度を下記の表2に示す。
【0029】
【表2】

【0030】
次に、上記試料1〜4のオイルテンパー線をそれぞれ冷間加工でコイリングして線径4.8mm、コイル外径38.0mm、総巻数16巻、自由長270mm、及びバネ定数10N/mmのバネを各試料ごとに作製した。これらバネに対して下記表3に示す温度条件で2時間に亘って窒化処理を施した後、外径0.3mm、Hv700のスチールボールを用いてアークハイト値で0.5mmA以下になるように調整しながらショットピーニング処理を施した。
【0031】
これら窒化処理及びショットピーニング処理が施されたバネに対して、それぞれ窒化層の厚み、最表面部の残留圧縮応力、及び内部硬度を測定した。尚、最表面部の残留圧縮応力はX線によるsinΨ法(並傾法)により測定した。また、窒化層厚みはバネの横断面を研磨して光学顕微鏡を用いて測定し、内部硬度はマイクロビッカース硬さ試験機(300gf)を用いて測定した。
【0032】
次に、このバネを用いて耐へたり性と耐久性を評価した。耐へたり性は下記式1に基づいて算出した。一方、耐久性の評価は、平均応力750MPa、最大応力1350MPa、最小応力150MPa、及び振幅応力600MPaで表される負荷を室温で3.0Hzの条件で10万回に亘ってバネに繰り返した与えた時に、折損するか否かで評価した。これら耐へたり性と耐久性の評価結果を上記の窒化層厚み、最表面部での残留圧縮応力、及び内部硬度の測定結果と共に下記の表3に示す。
【0033】
[式1]
残留せん断歪(%)=1/G×K×(8×D)/(π×d)×ΔP×100
【0034】
ここで、上記式1のGは横弾性係数(kgf/mm)、Kはコイルバネの形状によって定まる定数であるワールの修正係数、Dはコイル中心径(mm)、dは素線径(mm)、ΔPはP1−P2である。P1は所定のせん断応力を加える前のコイルバネを所定の高さまで圧縮するのに要する荷重、P2は該せん断応力を加えた後のコイルバネを同一の高さまで圧縮するのに要する荷重である。
【0035】
【表3】

【0036】
上記表3の結果より、試料1のオイルテンパー線を加工して得た本発明の要件を満たすバネは、線径5.0mm以下であるにもかかわらず、10万回の繰り返し負荷が加えられても折損することなく、へたり量も著しく低かった。すなわち、優れた耐久性及び耐へたり性を有していることが分かった。
【0037】
一方、試料2のオイルテンパー線を加工して得たバネは、各元素の含有率及び旧γ結晶粒の粒度番号が試料1と同等であるにもかかわらず、引張強度、残留圧縮応力、及び内部硬さが本発明の要件を満たしていなかったので、試料1に比べてへたり量が大きい上、10万回までの繰り返し負荷に耐えることができなかった。
【0038】
また、試料3のオイルテンパー線を加工して得たバネは、引張強度が本発明の要件を満たしていなかったので、へたり量が試料1に比べて大きかった。さらに試料4のオイルテンパー線を加工して得たバネは、引張強度及び残留圧縮応力が本発明の要件を満たしていなかったので、へたり量が試料1に比べて大きかった。
【0039】
以上、本発明の高強度バネ及びその製造方法について実施例を挙げて説明したが、本発明は係る実施例に限定されるものではなく、本発明の主旨から逸脱しない範囲内で種々の実施態様が可能である。すなわち、本発明の技術的範囲は、特許請求の範囲及びその均等物に及ぶものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cを0.50〜0.70質量%、Siを1.80〜2.20質量%、Mnを0.50〜0.80質量%、Crを0.50〜0.80質量%、及びVを0.10〜0.20質量%含み、残部が不可避不純物を除いてFeからなり、引張強度が2200MPa級、旧オーステナイト結晶粒の粒度番号(JIS G0551)が12〜13のオイルテンパー線をコイリングして得られる高強度バネであって、窒化処理により設けられた窒化層を最表面部に有し、最表面部の残留圧縮応力が700〜900MPaであって、且つ内部硬度がHv600〜700kg/mmであることを特徴とする高強度バネ。
【請求項2】
線径が5.0mm以下であることを特徴とする、請求項1に記載の高強度バネ。
【請求項3】
最大応力1350MPa、平均応力750MPa、及び振幅応力600MPaの負荷に対して10万回の耐久性を有しており、且つ耐へたり量(残留せん断歪み)が0.02%以下であることを特徴とする、請求項1または2記載の高強度バネ。
【請求項4】
Cを0.50〜0.70質量%、Siを1.80〜2.20質量%、Mnを0.50〜0.80質量%、Crを0.50〜0.80質量%、及びVを0.10〜0.20質量%含み、残部が不可避不純物を除いてFeからなる鋼材を高周波加熱による急速加熱で930〜940℃まで加熱してその温度で保持してから焼入れを行い、更に400〜450℃で保持してから急速冷却して焼戻しを行い、得られたオイルテンパー線をコイリング加工後に窒化処理し、更にショットピーニング処理を行うことを特徴とする高強度バネの製造方法。
【請求項5】
高強度バネの線径が5.0mm以下であって、ショットピーニング処理をアークハイト値で0.5mmA以下で行うことを特徴とする、請求項4に記載の高強度バネの製造方法。

【公開番号】特開2012−117092(P2012−117092A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−265767(P2010−265767)
【出願日】平成22年11月29日(2010.11.29)
【出願人】(302061613)住友電工スチールワイヤー株式会社 (163)
【Fターム(参考)】