説明

耐塗膜剥離性に優れた鋼材

【課題】塗膜の密着性に優れる鋼材を提供する。
【解決手段】質量%で、C: 0.01〜0.15%、Si:0.10〜0.60%、Mn:0.2〜1.8%、P:0.03%以下、S:0.02%以下、N:0.01%以下、Nb:0.01〜0.20%、Al:0.10%以下を含み、あるいはさらに、Cu:0.5%以下、Ni:2.0%以下、Mo:0.5%以下、W:0.5%以下、Sb:0.3%以下、Sn:0.3%以下のうちから選ばれた1種または2種以上、および/または、Cr:2.0%未満を含有する組成と、結晶粒度番号が7.0以上で、面積率で80%以上のフェライト相の組織とを有する鋼材とする。これにより、表面に、塗膜を形成した際に、塗膜の密着性に優れ、さらには、端部、疵部等からの塗膜剥離を抑制して、塗膜の寿命延長を図ることができ、鋼構造物のメンテナンスコストの低減、すなわちミニマムメンテナンス化によるライフサイクルコストの向上が期待できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海水中、飛沫帯等の海水腐食環境に曝される、土木・建築、橋梁、船舶、建設機械、海洋構造物等の各種鋼構造物用素材として好適な、塗装を施されて使用される鋼材に係り、とくに鋼材表面に形成される塗膜の密着性向上、さらには、端部、疵部等からの塗膜剥離を抑制し、塗膜の寿命延長を図る、耐塗膜剥離性向上に関する。
【背景技術】
【0002】
土木・建築、橋梁、船舶、建設機械、海洋構造物等の各種鋼構造物用素材として利用される鋼材は、通常、少なくとも熱間圧延工程を経て、所定の寸法形状の製品とされ、使用されている。熱間圧延工程を施された後の鋼材の表面には、スケールと称される酸化物層が形成されている。このスケールは、鋼材(地鉄)との密着性が低く、熱間圧延し冷却した後に、ローラ矯正やプレス矯正などにより歪が付加されると、容易に剥離したり、クラックを生じて容易に剥離しやすい状態となる。このような状態のスケールが付着した鋼材に、防錆のため塗装を施すと、塗膜の密着性が低く、塗膜が容易に剥離し、塗膜寿命が短いという問題がある。
【0003】
このような問題に対し、例えば特許文献1には、「塗膜密着性に優れた形鋼の製造方法」が記載されている。特許文献1に記載された技術では、C:0.03〜0.22%、Si:0.1〜0.5%、Mn:0.2〜1.6%、Al:0.003〜0.09%、Mo:0.01〜0.7%を含む鋼片に、粗圧延機、中間圧延機で熱間圧延後、高圧水を、衝突圧力が2.5kg/cm以上で、衝突回数が同じ場所に対して5s以内に2回以上となるように噴射・衝突させてデスケーリングを施してから仕上げ圧延機で、圧延温度700〜1000℃、圧下率15%以下の熱間仕上げ圧延を行い、圧延直後に、形鋼表面に、好ましくは機械的打撃により微細な凹凸を付与して、形鋼の表面粗度を調整し、その直後に、形鋼表面に高圧水を噴射・衝突させてデスケーリングを施し、あるいは施すことなく、0.5〜20℃/sの冷却速度で500℃以下に冷却する。特許文献1に記載された技術では、Siを適正範囲に限定しスケールと地鉄との密着性を向上させるとともに、仕上げ圧延直後に機械的打撃を行って微細な凹凸を形成し、表面に厚みが15μm以下で表面粗度(Rz)が40〜100μmのタイトスケールを形成して、塗膜密着性に優れるとともに、機械的性質、溶接性にも優れた形鋼としている。
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載された技術では、スケールを残存させたまま、塗装を行うことを前提としており、腐食環境に曝されると、疵部や端部で塗膜の膨れが進展するなど、必ずしも十分な塗膜密着性を確保できておらず、所望の塗膜寿命を十分に保持できないという問題があった。
また、特許文献2には、棒鋼に、前処理としてショットブラスト処理を施し、棒鋼表面の酸化被膜を除去したのち、クローメート被膜を形成するクロメート処理を施し、さらに合成樹脂塗膜を形成する、耐食性棒鋼の製造方法が記載されている。これにより、棒鋼と合成樹脂被膜との密着性(塗膜密着性)が向上し、耐食性が高まるとしている。
【0005】
しかし、特許文献2に記載された技術では、クロメート処理液を扱うために、Cr6+を含有した処理液の廃液処理などを必要とし、環境への配慮が必要になるといった問題がある。
また、特許文献3には、亜鉛系めっき鋼材に熱間プレスを施して鉄−亜鉛固溶相を含む亜鉛系めっき層およびその上に酸化亜鉛層を備えた熱間プレス品とする工程と、得られた熱間プレス成形品の最表層の酸化亜鉛層の平均膜厚が2μm以下となるように当該酸化亜鉛層の一部または全部を除去する工程を含む熱間プレス成形品の製造方法が記載されている。特許文献3に記載された技術では、酸化亜鉛層の一部または全部を除去する工程として、平均粒径が100〜500μmの鋼球をショット弾として使用するショットブラストを施す工程とすることが好ましいとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平09−272951号公報
【特許文献2】特開2002−220679号公報
【特許文献3】特開2004−323897号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献3に記載された技術では、ショットブラスト処理で使用するショット弾が細かく、処理により形成される鋼材表層の凹凸が小さいため、薄い被膜(酸化層)の除去には有効であるが、厚い被膜(酸化層)の除去については効果が少ないという問題がある。また、この技術では、鋼材表層に形成される凹凸が小さいため、重防食被覆を施すような場合には、塗膜密着性が十分に向上するまでには至らないという問題がある。
【0008】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、表面に塗装を施して使用する鋼材を対象とし、塗膜の密着性に優れさらには、海水中、あるいは飛沫帯等の海水腐食環境下で、端部、疵部等からの塗膜剥離を抑制でき、塗膜の寿命延長を図ることができる、耐塗膜剥離性にも優れた、鋼材を提供することを目的とする。なお、ここでいう「鋼材」には、鋼板、鋼帯、厚鋼板、形鋼、棒鋼、鋼管等が含まれる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、端部、疵部等からの塗膜剥離を抑制し、上記した目的を達成するには、塗膜を被成された鋼材の耐食性が重要な要因となることに思い至った。そこでまず、鋼材の組織に着目し、耐食性、ひいては塗膜の剥離、に及ぼす鋼材組織の影響について鋭意研究した。その結果、海水中、飛沫帯等の海水腐食環境下では、フェライトとパーライトからなる組織を有する鋼材の腐食の起点は、セメンタイトに代表される炭化物とフェライトとの界面、あるいはMnSに代表される可溶性介在物とフェライトとの異相界面であり、とくに、セメンタイトに代表される、粗大な炭化物は、海水中、飛沫帯等の海水腐食環境下では、カソードとして働き、局部腐食の進展を助長することを見出した。
【0010】
そこで、本発明者らは、鋼材の組織を、フェライト相以外の第二相を極力低減した、フェライト相主体の組織とし、さらに適正量のNbを含有する組成とすることに想到した。これにより、フェライト結晶粒を所定値以下に微細化するとともに、微細NbCを生成しセメンタイト等の粗大炭化物の生成が抑制され、炭化物が微細にしかも均一に分散することができ、海水等、塩素イオンを含有した水溶液腐食雰囲気下における、局部腐食の進行が顕著に抑制されて、耐食性が向上し、それに伴い、端部、疵部等からの塗膜剥離が抑制されて、塗装鋼材の塗膜寿命の延長に大きく寄与するという知見を得た。
【0011】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである、すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)質量%で、C: 0.01〜0.15%、Si: 0.10〜0.60%、Mn:0.2〜1.8%、P:0.03%以下、S:0.02%以下、N:0.01%以下、Nb:0.01〜0.20%、Al:0.10%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、JIS G 0551の規定に準拠して算出した結晶粒度番号が7.0以上で、面積率で80%以上のフェライト相の組織と、を有することを特徴とする塗膜密着性に優れた鋼材。
【0012】
(2)(1)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.5%以下、Ni:2.0%以下、Mo:0.5%以下、W:0.5%以下、Sb:0.3%以下、Sn:0.3%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする鋼材。
(3)(1)または(2)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Cr:2.0%未満を含有する組成とすることを特徴とする鋼材。
【0013】
(4)(1)ないし(3)のいずれかにおいて、表面粗さが、RzJISで、40〜100μmであることを特徴とする鋼材。
(5)(4)において、前記鋼材の表面が、平均粒径が0.40〜1.0 mmのショット粒子を衝突させるショットブラスト処理を施されてなることを特徴とする鋼材。
(6)(1)ないし(5)のいずれかに記載の鋼材からなる部材。
【0014】
(7)(6)に記載の部材からなる構造物。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、鋼材の表面に塗膜を形成した際に、塗膜の密着性に優れ、さらには、端部、疵部等からの塗膜剥離を抑制でき、塗膜の寿命延長を図ることができ、鋼構造物のメンテナンスコストの低減、すなわちミニマムメンテナンス化によるライフサイクルコストの向上が期待でき、産業上格段の効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の鋼材は、質量%で、C: 0.01〜0.15%、Si:0.10〜0.60%、Mn:0.2〜1.8%、P:0.03%以下、S:0.02%以下、N:0.01%以下、Nb:0.01〜0.20%、Al:0.10%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、JIS G 0551の規定に準拠して算出した結晶粒度番号が7.0以上で、面積率で80%以上のフェライトの組織と、を有する鋼材である。
【0017】
まず、本発明鋼材の組成限定理由について説明する。以下、とくに断わらない限り、質量%は、単に%で記す。
C: 0.01〜0.15%
Cは、固溶して鋼材の強度を増加させるとともに、Cr、Fe等と結合し炭化物を形成する元素である。Cr炭化物、セメンタイト等の炭化物は、塩素イオンを含有した水溶液中、とくに海水や飛沫帯等の海水腐食環境下ではカソードとなりやすく、局部腐食を促進するため、耐食性の観点からはできるだけ低減することが望ましいが、本発明では、所望の強度を確保するために、0.01%以上、含有させる。一方、0.15%を超える含有は、鋼材を硬質化し、溶接性を低下させる。このため、Cは0.01〜0.15%の範囲に限定した。
【0018】
Si: 0.10〜0.60%
Siは、脱酸剤として作用するとともに、固溶して強度を増加させる元素であり、所望の強度を確保するために、本発明では0.10%以上含有させる。Siは、加熱時の酸化に際し、地鉄とスケール界面にファイアライトを生成し、スケールと地鉄との密着性を増加させる作用を有するが、0.60%を超える多量の含有は、靭性を低下させるとともに、熱間圧延時に地鉄とスケールとの界面厚さが増大しすぎて、ローラ矯正、プレス矯正時に、スケールの割れ、剥離が顕著となる。このため、Siは0.10〜0.60%の範囲に限定した。なお、鋼材の硬質化と脱スケール性の観点からは、好ましくは0.50%以下である。
【0019】
Mn:0.2〜1.8%
Mnは、固溶して鋼材の強度を増加させるとともに、靭性を向上させる作用を有する元素である。また、MnはSと結合しMnSを形成し、有害なFeSの形成を抑制し、鋼材表面および鋼中でのSの悪影響を抑制する作用を有する。このような効果を得るためには、Mnは0.2%以上の含有を必要とする。一方、1.8%を超える含有は、溶接性を低下させ、機械加工性を低下させる。このため、Mnは0.2〜1.8%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.4〜1.5%、より好ましくは0.6〜1.0%である。
【0020】
P:0.03%以下
Pは、鋼材の強度を増加させる作用を有するが、粒界に偏析し、耐食性を低下させるとともに、二次加工脆性の原因となり、鋼材の加工性を低下させる。このため、加工性向上の観点からはできるだけ低減することが望ましいが、過度の低減は精錬コストを高騰させる。このため、0.005%程度以上とすることが望ましい。また、このような加工性の低下は0.03%を超える含有で顕著となる。このため、Pは0.03%以下に限定した。なお、好ましくは0.02%以下である。
【0021】
S:0.02%以下
Sは、本発明におけるようなMn含有量の高い組成では、可溶性非金属介在物であるMnSを形成する。MnSは、海水中、あるいは飛沫帯等の海水腐食環境下では腐食の起点となり、耐食性を低下させる。とくにCrを含有する場合には、局部腐食の起点となるため、できるだけ低減することが望ましいが、0.02%までは許容できる。このようなことから、Sは0.02%以下に限定した。なお、好ましくは0.005%以下である。
【0022】
N:0.01%以下
Nは、固溶して鋼材の強度を増加させるが、多量の含有は、鋼材を硬質化させ、靭性、溶接性を低下させる。また、Nは、Crを含有する場合にはCrと結合し、CrN等の窒化物を形成し、耐食性向上に有効な固溶Crを実質的に低下させる。溶接性の低下という観点からはNは、できるだけ低減することが望ましいが、過度の低減は精錬コストを高騰させるため、0.001%程度以上とすることが好ましい。一方、0.01%を超えて多量に含有すると、鋼材が硬質化し、靭性が低下するとともに、溶接性が低下する。このため、Nは0.01%以下に限定した。なお、好ましくは0.005%以下である。
【0023】
Nb:0.01〜0.20%
Nbは、本発明で最も重要な元素であり、Cと結合し微細なNbCとして析出する。これに伴い、海水中、あるいは飛沫帯等の海水腐食環境下で腐食の起点となるセメンタイト等の粗大な炭化物の形成が抑制され、耐食性、とくに耐局部腐食性が向上するようになる。またさらに、Nbの含有により粗大炭化物の形成が抑制され、靭性が向上する。このような効果を得るためには0.01%以上の含有を必要とする。一方、0.20%を超える含有は、耐食性向上効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できなくなり、経済的に不利となるとともに、鋼材の硬質化を招く。このため、Nbは0.01〜0.20%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.05〜0.10%である。
【0024】
Al:0.10%以下
Alは、脱酸剤として作用するとともに、結晶粒を微細化する元素である。このような効果を得るためには、0.01%以上含有することが好ましいが、0.10%を超える含有は、酸化物系介在物が増加し、鋼材の清浄度が低下する。このため、Alは0.10%以下に限定した。
上記した成分が基本の成分であるが、本発明では、この基本の組成に加えてさらに、Cu:0.5%以下、Ni:2.0%以下、Mo:0.5%以下、W:0.5%以下、Sb:0.3%以下、Sn:0.3%以下のうちから選ばれた1種または2種以上、および/または、Cr:2.0%未満を必要に応じて、選択して含有できる。
【0025】
Cu:0.5%以下、Ni:2.0%以下、Mo:0.5%以下、W:0.5%以下、Sb:0.3%以下、Sn:0.3%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
Cu、Ni、Mo、W、Sb、Snは、いずれも、局部腐食を抑制する元素であり、必要に応じて選択して1種または2種以上含有できる。Cu、Ni、Mo、W、Sb、Snは、いずれも、孔食の起点となるアノード部の溶解を抑制して、耐局部腐食性を向上させる。このような効果を得るためには、Cu:0.1%以上、Ni:0.1%以上、Mo:0.05%以上、W:0.05%以上、Sb:0.05%以上、Sn:0.05%以上、それぞれを含有させることが望ましい。一方、Cu:0.5%、Ni:2.0%、Mo:0.5%、W:0.5%、Sb:0.3%、Sn:0.3%、をそれぞれ超える含有は、加工性を低下させ、鋼材の製造性を損なう。このため、含有する場合は、Cu:0.5%以下、Ni:2.0%以下、Mo:0.5%以下、W:0.5%以下、Sb:0.3%以下、Sn:0.3%以下、にそれぞれ限定することが好ましい。なお、より好ましくは、Cu:0.3%以下、Ni:0.5%以下、Mo:0.3%以下、W:0.3%以下、Sb:0.10%以下、Sn:0.10%以下である。
【0026】
Cr:2.0%未満
Crは、鋼中に固溶して耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて含有できる。このような効果を得るためには、0.10%以上含有することが望ましいが、2.0%以上含有すると、とくに海水中、あるいは飛沫帯等の海水腐食環境下で局部腐食が顕著となり、耐海水性を低下させる。このため、含有する場合には、Crは2.0%未満に限定することが好ましい。より好ましくは1.0%以下である。
【0027】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。なお、不可避的不純物としては、O:0.0050%以下、Mg:0.005%以下、REM:0.005%以下、B:0.005%以下、Ca:0.005%以下が許容できる。
つぎに、本発明鋼材の組織限定理由について説明する。
本発明鋼材は、上記した組成を有しさらに、JIS G 0551の規定に準拠して算出した結晶粒度番号が7.0以上で、組織全体に対する面積率で、80%以上のフェライト相と、残部がフェライト相以外の第二相とからなる組織を有する。
【0028】
フェライト相:80%以上
本発明鋼材は、組織全体に対する面積率で、80%以上のフェライト相と、フェライト以外の第二相とからなる組織を有する。本発明の組成範囲では、鋼材の組織は、フェライト単相、フェライト相とパーライト相との混合、ベイナイト相、マルテンサイト相、あるいはそれらの混合した組織等、種々の組織を呈する。本発明者らの検討によれば、海水中、あるいは飛沫帯等の海水腐食環境下(中性塩化物環境下)では、耐食性が最も優れている組織はフェライト相であるという知見を得ている。このようなことから、本発明では、組織を、組織全体に対する面積率で、80%以上の、フェライト相を主体とする組織に限定した。
【0029】
海水中、あるいは飛沫帯等の海水腐食環境下(中性塩化物環境下)では、フェライト相単相以外の組織の場合は、腐食の起点は、主として、炭化物とマトリックスとの異相界面、とくに粗大な炭化物とマトリックスの界面であり、耐食性の観点からは、フェライト相単相組織とすることが好ましいが、フェライト相単相では、鋼材に所望の特性、たとえば、所望の高強度を付与することが難しくなる。そのため、本発明では、耐食性と、他の特性とのバランスを考慮して、フェライト相は、組織全体に対する面積率で、80%以上に限定した。なお、好ましくは85〜95%である。また、フェライト相は、組織全体に対する面積率で、80%以上であっても、炭化物が粗大化していては、耐食性の向上は得られないため、フェライト相の微細化、さらにはフェライト相以外の第二相が、微細でかつ均一に分布していることが肝要となる。
【0030】
フェライト相以外の残部は、セメンタイト、パーライト相、ベイナイト相、残留オーステナイト相、マルテンサイト相等の第二相である。第二相は、組織全体に対する面積率で、20%未満である。第二相が、20%を超えて多量に存在すると、耐食性(耐海水腐食性)が低下する。なお、好ましくは15%以下である。
結晶粒度番号:7.0以上
フェライト相が、上記したように、組織全体に対する面積率で、80%以上であるとしても、炭化物が粗大化していては、耐食性の向上は得られない。このため、本発明では、フェライト相の微細化、さらにはフェライト相以外の第二相が、微細でかつ均一に分布していることが好ましい。このような観点から、本発明鋼材では、フェライト相の結晶粒度番号が7.0以上の微細な組織とする。組織(フェライト結晶粒)を微細化することにより、結果的に、結晶粒界を長くすることができ、結晶粒界に析出しやすい炭化物も微細に分散するようになる。結晶粒が微細なほど、炭化物の微細分散を図ることができるが、製造工程の負荷を考慮して、結晶粒度番号:7.0以上に限定した。なお、好ましくは7.5以上である。なお、本発明では、結晶粒度番号は、JIS G 0551の規定に準拠して算出した値を用いるものとする。
【0031】
なお、本発明鋼材では、表面に塗膜を形成する際には、通常、表面の酸化スケールは除去する。その際、本発明では、上記した組成、組織を有する鋼材に、ショットブラスト処理等を施し、鋼材の表面粗さを、RzJISで、40〜100μmとすることが好ましい。なお、ここでは、鋼材表面の表面粗さは、JIS B 0601−2001の規定に準拠して測定された、十点平均粗さRz JISを用いて表示するものとする。
【0032】
鋼材表面に上記したような凹凸を形成することにより、塗膜の密着性を向上させるアンカー効果が期待できる。鋼材表面の表面粗さが、Rz JISで40μm未満では、表面に形成される凹凸が小さすぎて、所望のアンカー効果が期待できない。一方、100μmを超えて粗くなると、凹凸が大きくなりすぎて、所望の塗膜密着性を確保できなくなる。なお、より好ましくはRz JISで70μm以下である。なお、上記した表面粗さを付与するためには、平均粒径が0.40〜1.0 mmのショット粒子を衝突させるショットブラスト処理を施すことが好ましい。なお、投射速度等のショット条件は、上記した表面粗さを付与できればよく、とくに限定する必要はない。
【0033】
ついで、本発明鋼材の好ましい製造方法について説明する。
上記した組成を有する鋼材の製造方法は、通常公知の方法がいずれも適用可能であり、とくに限定されない。
本発明鋼材が厚鋼板である場合には、上記した組成の溶鋼を、転炉等の通常公知の溶製方法で溶製し、連続鋳造法等の常用の鋳造方法でスラブ等の鋼素材としたのち、鋼素材を加熱し、厚板圧延(熱間圧延)を施し、冷却、あるいはさらに矯正等を施して所望の寸法形状の厚鋼板とする。なお、厚板圧延では、通常の圧延に加えて、制御圧延、制御冷却等を適用して所望の強度、靭性等の特性を付与することもできる。
【0034】
鋼材が厚鋼板である場合には、例えば、鋼素材を、1000〜1250℃に加熱したのち、700〜1050℃の温度域で累積圧下率:20%以上で、圧延終了温度:650℃以上とする厚板圧延を施して、厚鋼板としたのち、20℃/s以下の冷却速度で600℃以下まで冷却する製造方法とすることが好ましいが、これに限定されないことはいうまでもない。なお、圧延後の冷却条件を制御することに代えて、室温まで空冷したのち、熱処理を施してもよい。熱処理条件としては、所望の組織が確保できるように、加熱温度:600〜950℃、冷却条件:0.01〜2.0℃/s、または加熱後空冷とすることが好ましい。
【0035】
また、鋼材が、形鋼の場合には、上記した組成の溶鋼を、転炉等の通常公知の溶製方法で溶製し、連続鋳造法等の常用の方法でブルーム等の鋼素材としたのち、鋼素材を加熱し、形鋼圧延(熱間圧延)を施し、冷却、あるいはさらに矯正等を施して所望の寸法形状の、H形鋼、鋼矢板等の形鋼とする。形鋼圧延は、通常の圧延方法がいずれも適用可能である。また、鋼材が棒鋼である場合も同様で、通常の条件で棒鋼圧延を適用して所望の寸法形状で、所要の組織を有する棒鋼となるように、製造条件を調整することが好ましい。
【0036】
なお、形鋼圧延、棒鋼圧延では、圧延後の冷却条件は、鋼材の肉厚にもよるが、2.0℃/s以下の冷却速度で600℃以下まで冷却する冷却とすることが、所望の組織を有する鋼材を得るために好ましい。
以下、実施例に基づいて、さらに本発明について詳細に説明する。
【実施例】
【0037】
表1に示す組成の鋼材(厚鋼板:板厚60 mm)を素材とした。素材とした厚鋼板は、上記した組成を有する鋼素材(スラブ)を1130℃または1070℃に加熱し、1050〜730℃の温度範囲での累積圧下率が30%以上で、かつ圧延終了温度:730℃以上とする厚板圧延を施し、圧延終了後、30℃/s以下の冷却速度(水冷による強制冷却若しくは空冷)で冷却して、厚鋼板を得た。これら厚鋼板に、表2に示す条件の熱処理を施した。
【0038】
得られた厚鋼板に、ショットブラスト処理を施し、表面の酸化スケールを除去した。一部の厚鋼板では酸化スケールの除去は行わなかった。
得られた厚鋼板について、組織観察、表面粗さを測定した。試験方法は次のとおりとした。
得られた厚鋼板から組織観察用試験片を採取し、圧延方向に直交する断面を研磨し、ナイタール液で腐食して、板厚方向1/4位置について、光学顕微鏡(倍率:400倍)を用いて組織を観察し、各5視野ずつ撮像して、画像解析装置を用いて、画像処理して組織の種類(フェライト相、フェライト相以外の第二相の区別)、その組織分率(組織全体に対する面積%)を求めた。また、JIS G 0551の規定に準拠して、組織、すなわちフェライト相(粒)の結晶粒度番号を算出した。
【0039】
また、得られた厚鋼板から試験材を採取し、試験材表面の表面粗さを測定した。表面粗さの測定は、JIS B 0601−2001の規定に準拠して、触針式表面粗さ計を用い、試験材の圧延方向(長手方向)に沿って測定し、十点平均粗さRz JISで表示した。
ついで、得られた厚鋼板から試験材を採取し、塗装前処理、塗装処理を施して、塗装厚鋼板(塗装試験材)を得た。
【0040】
なお、塗装前処理は、ショットブラスト処理済み(一部、ショットブラスト処理なし)の厚鋼板表面(片面)に、クロメート処理液(商品名:関西ペイント(株)製コスマー100)をスプレー塗布し、板温:100℃で焼き付ける処理とした。また一部の試験材では、ショットブラスト処理済みの厚鋼板表面に、ノンクロメート処理液(商品名:日本ペイント(株)製サーフコートCM 1706)をスプレー塗布し、板温:110℃で焼き付ける処理を施した。
【0041】
また、塗装処理は、前処理済みの厚鋼板表面(片面)に、ポリウレタン塗装を施し、塗装厚さ:2.5mmとする処理とした。ポリウレタン塗装は、二液反応型ポリウレタン(商品名:第一工業製薬(株)製パーマガード137)を用い、厚鋼板表面に無溶剤スプレー塗布する処理とした。なお、塗装面は片面とし、他の面、すなわち端面と裏面は、防錆のため2倍の厚さの塗装を行った。
【0042】
ついで、得られた塗装試験材について、初期密着性試験、接着性試験、耐剥離性試験を実施し、塗膜の密着性、耐塗膜剥離性を評価した。試験方法は次の通りとした。
(1)初期密着性試験
初期密着性試験として、剥離強度試験を実施した。得られた塗装試験材の塗膜表面に、剛体棒(鉄製ピン:10mmφ)を接着し、塗膜に対して垂直に引張り荷重を負荷し、塗膜が剥離するときの荷重を求め、剥離強度(N/mm)を算出し、塗膜の初期密着性を評価した。なお、剥離強度が100 N/mm以上である場合を塗膜の初期密着性が良好と評価した。
(2)接着性試験
接着性試験として、温度勾配試験を実施した。得られた塗装試験材から両面サンプル片を採取し、該両面サンプル片を、片面(塗装面)が80℃の溶液に接し、他の面(無塗装面)が70℃の溶液に接するように、60日間浸漬したのち、塗膜表面に、剛体棒(鉄製ピン:10mmφ)を接着し、塗膜に対して垂直に引張り荷重を負荷し、塗膜が剥離するときの荷重を求め、剥離強度(N/mm)を算出し、塗膜の接着性を評価した。なお、剥離強度が50 N/mm以上である場合を塗膜の接着性が良好と評価した。
(3)耐剥離性試験
耐剥離性試験として、陰極剥離試験を実施した。得られた塗装試験材からサンプル片を採取し、地鉄に達するまでの5mmφの初期穴を形成して、液温:60℃の3%NaCl溶液中で、負荷電圧:−1.5V(対SCE)として、30日間浸漬したのち、最大5点の剥離幅(mm)を測定し、その算術平均値を、その塗装試験材の剥離距離とし、塗膜の耐剥離性を評価した。なお、最大5点の剥離幅(mm)が14.0 mm以下である場合を塗膜の耐剥離性が良好、14.0mmを超え15.0mm以下である場合をやや不良、15.0mmを超える場合を不良と評価した。
【0043】
塗膜の初期密着性、塗膜の接着性、および、塗膜の耐剥離性を総合して、耐剥離性試験(陰極剥離試験)、接着性試験(温度勾配試験)それぞれが良好であるものを総合評価良好:◎、また、耐剥離性試験(陰極剥離試験)が良好であり、接着性試験(温度勾配試験)が良好でないものを総合評価良:○、また、耐剥離性試験(陰極剥離試験)がやや不良であり、接着性試験(温度勾配試験)が良好でないものを総合評価やや不良:△、また、耐剥離性試験(陰極剥離試験)が良好でないものを総合評価不良:×、として評価した。
得られた結果を、表3に示す。
【0044】
【表1】

【0045】
【表2】

【0046】
【表3】

【0047】
【表4】

【0048】
【表5】

【0049】
本発明例は、剥離強度が高く、塗膜の初期密着性に優れるうえ、温度差のある溶液中に浸漬されたのちにも、高い剥離強度を有し、塗膜の接着性に優れ、かつ塗膜の耐剥離性にも優れた鋼材となっている。これに対し、本発明の範囲を外れる比較例は、塗膜の初期密着性が低いか、温度差のある溶液中に浸漬されたのちに、剥離強度が低下し、塗膜の接着性が低下しているか、あるいは、塗膜の耐剥離性が低下している。
【0050】
なお、厚鋼板表面の表面粗さが好ましい範囲を外れた本発明例では、塗膜の初期密着性、塗膜の接着性が若干低下している。
また、酸化スケールを除去しない場合には、塗膜の初期密着性、塗膜の接着性、塗膜の耐剥離性が低下している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C: 0.01〜0.15%、 Si: 0.10〜0.60%、
Mn:0.2〜1.8%、 P:0.03%以下、
S:0.02%以下、 N:0.01%以下、
Nb:0.01〜0.20%、 Al:0.10%以下、
を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、
JIS G 0551の規定に準拠して算出した結晶粒度番号が7.0以上で、面積率で80%以上のフェライト相の組織と、
を有することを特徴とする塗膜密着性に優れた鋼材。
【請求項2】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.5%以下、Ni:2.0%以下、Mo:0.5%以下、W:0.5%以下、Sb:0.3%以下、Sn:0.3%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項1に記載の鋼材。
【請求項3】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Cr:2.0%未満を含有する組成とすることを特徴とする請求項1または2に記載の鋼材。
【請求項4】
表面粗さが、RzJISで、40〜100μmであることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の鋼材。
【請求項5】
前記鋼材の表面が、平均粒径が0.40〜1.0 mmのショット粒子を衝突させるショットブラスト処理を施されてなることを特徴とする請求項4に記載の鋼材。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれかに記載の鋼材からなる部材。
【請求項7】
請求項6に記載の部材からなる構造物。

【公開番号】特開2011−236496(P2011−236496A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−17924(P2011−17924)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】