説明

耐遅れ破壊特性および溶接性に優れる高強度厚鋼板およびその製造方法

【目的】耐遅れ破壊特性および溶接性に優れる高強度厚鋼板とその製造方法を提供する。
【解決手段】
質量%で、C:0.18%以上、0.23%以下、Si:0.03%以上、0.5%以下、Mn:1.0%以上、2.2%以下、P:0.020%以下、S:0.010%以下、Nb:0.003%以上、0.10%以下、Ti:0.005%以上、0.030%以下、Al:0.01%以上、0.10%以下、B:0.0003%以上、0.0030%以下、N:0.006%以下を含み、Pcmが0.33%以下である成分組成を有し、マルテンサイト組織分率が90%以上であり、降伏強度が1300MPa以上であり、引張強度が1400MPa〜1650MPaであり、かつ旧オーステナイト結晶粒の平均アスペクト比(AR)と引張強度(TS)との関係が、AR≧([TS]−1400)×0.004+1.8の関係を満たす。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、建設機械や産業機械の構造部材に用いられる耐遅れ破壊特性および溶接性に優れる降伏強度1300MPa以上でかつ引張強度1400MPa以上の高強度で、板厚6mm以上、32mm以下である高強度厚鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、世界的な建設需要背景に、クレーンやコンクリートポンプ車などの建設機械の生産が伸び続けており、同時にこれら建設機械の大型化が進んでいる。機械の大型化に伴う重量増を抑制するため、構造部材の軽量化ニーズがより高まってきており、降伏強度900MPaないしは1100MPa級の高張力鋼へのシフトが進んでいる。最近ではさらに高強度である、降伏強度1300MPa以上(引張強度1400MPa以上)の構造部材用厚鋼板への要望が高まっている。
【0003】
一般に引張強度が1200MPaを超えると水素による遅れ割れが生じる可能性があるとされるので、降伏強度1300MPa級鋼板に対しては、耐遅れ破壊特性に優れることが重要となる。また、高強度になるほど溶接性の面では不利となるが、これらについても従来の1100MPa級高張力鋼に比べて大きく低下しないことが要求される。
【0004】
降伏強度1300MPa級の構造部材用厚鋼板に関する技術開示については、例えば特許文献1において、引張強度が1370〜1960N/mm2級でかつ耐水素脆化特性も優れた鋼板の製造方法が開示されている。しかしながら、特許文献1の技術は1.8mmの冷延板に関するものであり、70℃/sec以上の高い冷速を前提としており、また溶接性についてはなんら考慮されていない。
【0005】
耐摩耗性の要求される用途には、降伏強度1300MPa級に相当する高強度の鋼材が広く使用されており、耐遅れ破壊特性が考慮された鋼材の例もある。例えば、特許文献2は引張強度1400MPa〜1500MPaの、特許文献3は引張強度1450MPa〜1600MPaの、それぞれ耐遅れ破壊特性に優れる耐摩耗鋼に関するものである。しかしながら、特許文献2、特許文献3とも降伏応力については記載がない。耐摩耗性に対しては硬さが重要な因子であって、引張強度は耐摩耗性に影響するが、降伏強度はあまり影響しないため、通常耐摩耗鋼では降伏強度は考慮されない。そのため、建設機械や産業機械の構造部材としては適切でないと考えられる。
【0006】
特許文献4は、旧オーステナイト粒を伸長粒とすることと、急速加熱焼戻しにより、降伏強度1300MPa級の高強度ボルト鋼材の耐遅れ破壊特性を向上させるとするものである。しかしながら、急速加熱焼戻しは通常の厚板の熱処理設備では困難であり、厚鋼板への適用は難しい。
【0007】
このように、降伏強度1300MPa以上でかつ引張強度1400MPa以上であって、さらに耐遅れ破壊特性や溶接性などの使用性能を具備した構造部材用高強度厚鋼板鋼材を経済的に得るためには、従来の技術では十分ではなかった。
【特許文献1】特開平7−90488号公報
【特許文献2】特開平11−229075号公報
【特許文献3】特開平1−149921号公報
【特許文献4】特開平9−263876号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、建設機械や産業機械の構造部材に用いられる耐遅れ破壊特性および溶接性に優れる降伏強度1300MPa以上でかつ引張強度1400MPa以上の構造部材用高強度厚鋼板およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
降伏強度1300MPa以上の高強度を得るための最も経済的な手段は、鋼材組織をマルテンサイトとすることである。マルテンサイト組織を得るためには、鋼の焼入性と冷却速度が適切でなければならない。クレーンやコンクリートポンプ車用途の厚鋼板の板厚は多くが25mm以下であり、高々32mmまでである。板厚32mmの場合、水冷による焼入れ熱処理時の板厚中心部の冷却速度は通常15℃/sec以上であることから、冷却速度15℃/secでもマルテンサイト組織となるのに十分な焼入性を有する鋼材組成が必要となる。
【0010】
焼入性を高め、強度を高めるには合金元素を多く添加すればよいが、合金元素が増加すると溶接性が低下する。発明者は、板厚32mmで降伏強度が1300MPa〜1400MPaである種々の鋼板について、JIS Z 3158に規定のy型溶接割れ試験を実施し、溶接割れ感受性指標Pcmと、予熱温度との関係を調査した。その結果を図1に示す。溶接施工上の負荷を軽減するためには、できるだけ予熱温度が低いことが望ましい。ここでは、板厚32mmで割れ停止予熱温度すなわちルート割れ率が0となる予熱温度が125℃以下であることを目標とした。図1から、予熱温度125℃で、ルート割れ率が0となるためのPcmは0.33%以下であり、これを合金添加量の上限のめやすとした。
【0011】
比較的少ない合金量でマルテンサイト組織の強度を高めるには、TMCPの活用が有効である。具体的には、未再結晶域における制御圧延+直接焼入れにより、マルテンサイト組織の強度、靭性を向上させることができる。発明者はマルテンサイト組織と耐遅れ破壊特性の関係を種々調査した結果、特に熱間圧延時に未再結晶域での圧下率を高くして旧オーステナイト結晶粒のアスペクト比(圧延方向の平均粒径/厚さ方向の平均粒径)を高くすることがマルテンサイト組織の遅れ破壊感受性の低減にも極めて有効であるという知見を得た。さらに引張強度と組織、遅れ破壊感受性との関係を詳細に検討した結果、引張強さと旧オーステナイト結晶粒のアスペクト比とを適切な範囲内に制御することで、一定以上の耐遅れ破壊特性が得られることを知見するに至った。
【0012】
耐遅れ破壊特性の評価は、遅れ破壊試験で破断しない水素量の上限値である「限界拡散性水素量」で評価した。この方法は、鉄と鋼、Vol.83(1997)、p454に記載の方法である。具体的には、図2に示す形状の切り欠き付き試験片に、丸棒電解水素チャージにより種々のレベルの拡散性水素量を試料に含有させた後、試料表面にめっき処理を施して水素の逸散を防止する。これに大気中で所定の荷重を負荷して保持し、遅れ破壊が発生するまでの時間を測定する。遅れ破壊試験における負荷応力は、それぞれの鋼材の引張強度の0.8倍とした。図3は、拡散性水素量と遅れ破壊に至るまでの破断時間の関係の一例である。試料中に含まれる拡散性水素量が少なくなるほど遅れ破壊に至るまでの時間が長くなり、拡散性水素量がある値以下では遅れ破壊が発生しなくなる。試験後すみやかに試験片を回収して、100℃/hrの昇温条件でガスクロマトグラフで測定した拡散性水素量の積分値「拡散性水素量」とし、破断しなくなる限界の水素量を「限界拡散性水素量Hc」と定義する。
【0013】
一方、環境から鋼材に侵入する水素量も鋼材の冶金的因子によって変化する。環境からの侵入水素を評価するため、腐食促進試験を行った。この試験は、5mass%NaCl溶液を用いて、図4に示すサイクルで30日間乾湿繰り返しを行う試験である。試験後、鋼材中に侵入した水素量を同じ昇温条件によるガスクロマトグラフで測定し、これを「環境から侵入する拡散性水素量HE」と定義した。
「限界拡散性水素量Hc」が「環境から侵入する拡散性水素量HE」よりも相対的に十分高いと、遅れ破壊感受性が低いと考えられる。Hc/HEが3より大きい場合に、遅れ破壊感受性が低く、耐遅れ破壊特性が良好であると評価した。
【0014】
引張強度と旧オーステナイト結晶粒のアスペクト比を変化させたマルテンサイト組織鋼の遅れ破壊感受性を評価した結果を図5に示す。図中、Hc/HE>3を○で、Hc/HE≦3を×で示している。図5から、遅れ破壊感受性は、引張強度と旧オーステナイト結晶粒のアスペクト比でよく整理されることがわかる。すなわち、引張強度と旧オーステナイト粒径をあわせて制御することによって、耐遅れ破壊感受性を確実に向上できることを示すものである。
また、引張強度が1650MPaを超えると曲げ加工性等が大きく低下し、また靭性確保も難しくなるので、これを引張強度の上限とする。
【0015】
図5より、引張強度1400MPa以上、1650MPa以下において、遅れ破壊感受性が低いと考えられるHc/HE>3を満たすためには、AR≧([TS]−1400)×0.004+1.8の関係を満たしていれば良いことになる。
【0016】
ここで、[TS]は、引張強度(MPa)、ARは、鋼板の板厚1/4t部での圧延方向と垂直な断面における旧オーステナイト結晶粒の平均アスペクト比である。圧延方向と垂直な断面での測定としたのは、一般に圧延方向と平行な断面より、圧延方向と垂直な断面のほうがアスペクト比は小さくなるためである。上記引張強度と平均アスペクト比の範囲は、図5中に太線で囲んだ範囲である。
【0017】
上述のように、遅れ破壊感受性低減のためには引張強度は低いほうが有利である。引張強度を抑制しながら降伏強度1300MPa以上を得るためには、降伏比(降伏強度/引張強度)を大きくする必要がある。焼入れたままの状態のマルテンサイト組織は、引張強度は高い反面、降伏強度が低く、降伏比が低い。一方、通常500℃〜700℃で焼戻し熱処理することで得られる焼戻しマルテンサイト組織は、降伏比は高くなるものの、1300MPa以上の降伏強度を確保するには析出強化効果のある合金元素などを多く添加する必要があり、TMCPを活用したとしてもPcmを0.33%以下とすることは困難となる。種々の検討の結果、マルテンサイト組織鋼を200℃以上300℃以下の低温で焼き戻すことにより、引張強度はほとんど低下させることなく時効効果によって降伏強度を上昇させることが可能であり、Pcm0.33%以下で、1300MPa以上の高い降伏強度と適度な引張強度を両立させ得ることを見出した。
【0018】
これらの知見を総合することにより、降伏強度1300MPa以上、かつ引張強度1400MPa以上、1650MPa以下で、耐遅れ破壊特性および溶接性に優れる板厚6mm〜32mmの厚鋼板を得ることができる。
【0019】
本発明の要旨とするところは下記のとおりである。
(1) 質量%で、C:0.18%以上、0.23%以下、Si:0.03%以上、0.5%以下、Mn:1.0%以上、2.2%以下、P:0.020%以下、S:0.010%以下、Nb:0.003%以上、0.10%以下、Ti:0.005%以上、0.030%以下、Al:0.01%以上、0.10%以下、B:0.0003%以上、0.0030%以下、N:0.006%以下を含み、その他Feおよび不可避的不純物からなり、かつ下記Pcmが0.33%以下であることを満たす成分組成を有し、マルテンサイト組織分率が90%以上であり、降伏強度が1300MPa以上であり、引張強度が1400MPa以上、1650MPa以下であり、旧オーステナイト結晶粒の平均アスペクト比と引張強度との関係が下記(a)の関係を満たすことを特徴とする、耐遅れ破壊特性および溶接性に優れる高強度厚鋼板。Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5[B] ここで、[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]、[B]はそれぞれ、C、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Bの質量%である。 (a):AR≧([TS]−1400)×0.004+1.8 ここで、[TS]は、引張強度(MPa)、ARは、鋼板の板厚1/4t部での圧延方向と垂直な断面における旧オーステナイト結晶粒の平均アスペクト比である。
【0020】
(2) 質量%で、さらに、Cu:0.05%以上、0.5%以下、Ni:0.1%以上、2.0%以下、Cr:0.05%以上、1.0%以下、Mo:0.03%以上、0.5%以下、V:0.01%以上、0.10%以下のうちの1種または2種を含有することを特徴とする、(1)に記載の、耐遅れ破壊特性および溶接性に優れる高強度厚鋼板。
【0021】
(3) (1)または(2)に記載の成分組成を有する鋼片または鋳片を1100℃以上に加熱し、860℃以下、800℃以上の温度範囲の累積圧下率が35%以上、65%以下である熱間圧延を行って板厚6mm以上、32mm以下の鋼板とし、直ちに600℃から300℃までの板厚中心部における平均冷却速度が15℃/sec以上となる冷却条件で200℃以下まで加速冷却を行い、さらにその後200℃以上、300℃以下の温度範囲で焼戻し熱処理を行うことを特徴とする、耐遅れ破壊特性および溶接性に優れる高強度厚鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、建設機械や産業機械の構造部材に用いられる耐遅れ破壊特性、曲げ加工性および溶接性に優れる降伏強度1300MPa以上でかつ引張強度1400MPa以上の厚鋼板を経済的に提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明について詳細に説明する。
まず、本発明の鋼成分の限定理由を述べる。
Cは、マルテンサイト組織の強度に大きく影響する重要な元素である。C含有量は、本発明において板厚6mm〜32mmまでの範囲で、マルテンサイト組織分率が90%以上であるときに、1300MPa以上の降伏強度と、1400MPa以上、1650MPa以下の引張強度を得るために必要な量として決定され、その範囲は0.18%以上0.23%以下である。
【0024】
Siは、脱酸材および強化元素として作用し、0.03%以上の添加でその効果が認められるが、多く添加すると溶接性や靭性を阻害する恐れもあるため、上限を0.5%とする。
【0025】
Mnは、焼入性を高め、強度を向上させるのに有効な元素であるので、1.0%以上を添加する。しかし2.2%を超えると偏析を助長して靭性や溶接性を阻害することがあるので、2.2%を添加の上限とする。
【0026】
Pは、不可避的不純物として、耐遅れ破壊性を低下させる有害な元素である。したがって、含有量を0.020%以下に抑制する。
【0027】
Sは、やはり不可避的不純物として、耐遅れ破壊特性や、靭性を低下させる有害な元素である。したがって、含有量を0.010%以下に抑制する。
【0028】
Nbは、圧延中に微細炭化物鋼を生成して未再結晶温度域を広げて制御圧延効果を高め、オーステナイト組織を伸長化させて焼入れ組織のアスペクト比を高めることから、本発明においては必須の元素である。この目的のために、Nbは0.003%以上添加する。しかし過剰に添加すると溶接性を阻害することがあるため、添加量は0.10%以下とする。
【0029】
Tiは、焼入性向上に必要なフリーBを確保するためにNを固定する目的で0.005%以上添加するが、過剰な添加は溶接性や靭性を低下させる場合があるので上限は0.030%とする。
【0030】
Alは、主として脱酸の目的のため0.01%以上添加するが、過剰な添加は靭性を低下させる場合があるので上限は0.10%とする。
【0031】
Bは、焼入性を高めるために有効な必須元素である。その効果を発揮するには0.0003%以上必要であるが、0.0030%を超えて添加すると溶接性や靭性を低下させることがあるので、Bの含有量は0.0003%以上、0.0030%以下とする。
【0032】
Nは、過剰に含有されると靱性を低下させるとともに、BNを形成してBの焼入性向上効果を阻害するので、含有量を0.006%以下に抑制する。
【0033】
以上は本発明における鋼の基本成分であるが、さらに本発明では上記成分の他に、Cu、Ni、Cr、Mo、Vのうち一種または二種以上添加することができる。
【0034】
Cuは、固溶強化により靭性を低下させないで強度を向上させ得る元素であり、その目的のために0.05%以上添加してもよい。しかしながら、多量に添加しても強度向上効果には限りがあり、高価な元素でもあるため、添加は0.5%以下とする。
【0035】
Niは焼入性を向上させ、靭性を向上させる効果がある。これらの目的のために少なくとも0.1%以上を添加する。しかし、Niは高価な元素であるので、添加は2.0%以下とする。
【0036】
Crは、焼入性を向上させ、強度向上に有効であることから、0.05%以上添加してもよい。しかしながら、過剰に添加すると溶接性や靭性を低下させることがあるため、添加は1.0%以下とする。
【0037】
Moは、焼入性を向上させ、強度向上に有効であることから、0.03%以上添加してもよい。しかしながら、焼戻し温度が低い本発明の製造条件では析出強化の効果は期待できないため多量に添加しても強度向上効果には限りがあり、また高価な元素でもあるため、添加は0.5%以下とする。
【0038】
Vも、焼入性を向上させ、強度向上に有効であることから、0.01%以上添加してもよい。しかしながら、やはり焼戻し温度が低い本発明の製造条件では析出強化の効果は期待できないため多量に添加しても強度向上効果には限りがあり、また高価な元素でもあるため、添加は0.10%以下とする。
【0039】
以上の成分範囲の限定に加え、上述したように本発明では、溶接性を確保するため、下記Pcmが0.39%となるように成分組成を限定する。
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5[B]であり、ここで、[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]、[B]はそれぞれ、C、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Bの質量%である。
【0040】
次に製造方法について述べる。
まず、上記の鋼成分組成の鋼片または鋳片を加熱して熱間圧延を行う。加熱温度はNbが十分固溶するように、1100℃以上とする。
本発明においては、マルテンサイト組織分率を90%以上とし、かつ高いアスペクト比を得るため、制御圧延と直接焼入れにより鋼板を製造する。
【0041】
熱間圧延は、860℃以下、800℃以上の温度範囲の累積圧下率が35%以上、65%以下として板厚6mmから32mmの厚鋼板とする。これにより旧オーステナイト結晶粒を伸長化させ、平均アスペクト比が1.8以上の組織を得る。熱間圧延終了後は直ちに600℃から300℃までの板厚中心部における平均冷却速度が15℃/sec以上となる冷却条件で200℃以下まで加速冷却を行う。これは板厚6mmから32mmまでの厚鋼板において組織分率で90%以上のマルテンサイト組織を得ることが目的である。
【0042】
焼入れたままの状態のマルテンサイト組織は降伏比が高いため、時効効果によって降伏強度を上昇させることを目的として、200℃以上、300℃以下の温度範囲で焼戻し熱処理を行う。焼戻し温度が200℃未満では時効効果がなく、逆に焼戻し温度が300℃を越えると脆化のため靭性が低下したり、引張強度が低下することがあるので、焼戻し熱処理は200℃以上、300℃以下とする。焼戻し熱処理の時間は30分程度でよい。
【実施例】
【0043】
表1に示す成分組成を有するA〜ACの鋼を溶製して得られた鋼片を、表2に示す1〜15の本発明例と16〜40の比較例のそれぞれの製造条件により、板厚6mm〜32mmの厚鋼板を製造した。
これらの鋼板について、降伏強度、引張強度、旧オーステナイト結晶粒の平均アスペクト比、マルテンサイト組織分率、溶接割れ性、耐遅れ破壊特性、靭性を評価した。
【0044】
【表1】

【0045】
【表2】

【0046】
降伏強度と引張強度は、JIS Z 2201に規定の1A号引張試験片を採取して、JIS Z 2241に規定の引張試験により測定した。
【0047】
旧オーステナイト結晶粒の平均アスペクト比は、鋼板の板厚1/4t部での圧延方向と垂直な断面の組織観察により測定した。
【0048】
溶接割れ性は、JIS Z 3158に規定のy型溶接割れ試験での評価を行った。溶接条件はCO2溶接で入熱15kJ/cmであり、評価に供した鋼板の板厚はすべて32mmである。試験の結果、予熱温度125℃でルート割れ率が0となれば合格と評価した。また、板厚が32mm未満の実施例2、5、11、14の鋼板については、溶接性はそれぞれ同一成分の実施例1、4、10、13と同じと考えられることから、y型溶接割れ試験は省略した。
【0049】
耐遅れ破壊特性の評価は、それぞれの鋼板の「限界拡散性水素量Hc」および「環境から侵入する拡散性水素量HE」を測定し、Hc/HEが3より大きい場合に、耐遅れ破壊特性が良好であると評価した。
【0050】
靱性はJIS Z 2201 4号シャルピー試験片を板厚中心部から圧延方向に直角に採取し、−20℃における衝撃試験の吸収エネルギー値の3本の平均値で評価し、27Jを目標値とした。なお、板厚が6mmの鋼板については5mmサブサイズのシャルピー試験片とし、1cmあたりの吸収エネルギー値が27J以上であることを目標値とした。
【0051】
なお、表1中で下線を付した化学成分、Pcm値の数値は、その値が本発明外であることを示し、表2中で下線を付した数値は、製造条件が本発明外であること、あるいは特性が不十分なものを示している。
【0052】
表2の本発明例1〜15においては、すべて前記の降伏強度、引張強度、旧オーステナイト粒度番号、マルテンサイト組織分率、溶接割れ性、耐遅れ破壊特性、靭性の目標値を満足している。これに対し、表中下線で示す化学成分が本発明により限定された範囲を逸脱している比較例16〜34においては、製造法は本発明法であるにもかかわらず、降伏強度、引張強度、旧オーステナイト粒度番号、マルテンサイト組織分率、溶接割れ性、耐遅れ破壊特性、靭性のうちひとつ以上で目標値に満たない。鋼成分組成は本発明範囲内であるが、Pcm値が本発明範囲を逸脱している比較例35は、溶接割れ性が不合格である。鋼成分組成、Pcm値がいずれも本発明範囲内であっても、加熱温度が低くNbが固溶しない比較例36と、860℃以下、800℃以上での累積圧下率が低い比較例37は、いずれも制御圧延効果が不十分となって、オーステナイトの伸長化が不十分となり耐遅れ破壊特性が不合格である。600℃から300℃までの冷却速度の小さい比較例38は、90%以上のマルテンサイト組織分率が得られないため降伏強度および引張強度が低く、焼戻しをしない比較例39は降伏強度が低く、焼戻し温度が300℃を超えている比較例42は、降伏強度および靭性が低い。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】Pcmとy型溶接割れ試験における割れ停止予熱温度との関係を示すグラフである。
【図2】耐水素脆化特性評価用切欠き試験片の説明図である。
【図3】拡散性水素量と遅れ破壊に至るまでの破断時間の関係の一例を示すグラフである。
【図4】腐食促進試験の、乾湿および温度の繰り返し条件を示すグラフである。
【図5】旧オーステナイト結晶粒の平均アスペクト比、引張強度と、耐遅れ破壊特性との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.18%以上、0.23%以下、
Si:0.03%以上、0.5%以下、
Mn:1.0%以上、2.2%以下、
P:0.020%以下、
S:0.010%以下、
Nb:0.003%以上、0.10%以下、
Ti:0.005%以上、0.030%以下、
Al:0.01%以上、0.10%以下、
B:0.0003%以上、0.0030%以下、
N:0.006%以下
を含み、その他Feおよび不可避的不純物からなり、かつ下記Pcmが0.33%以下であることを満たす成分組成を有し、マルテンサイト組織分率が90%以上であり、降伏強度が1300MPa以上であり、引張強度が1400MPa以上、1650MPa以下であり、旧オーステナイト結晶粒の平均アスペクト比(圧延方向の平均粒径/厚さ方向の平均粒径)と引張強度との関係が下記(a)の関係を満たすことを特徴とする、耐遅れ破壊特性および溶接性に優れる高強度厚鋼板。
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5[B]
ここで、[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]、[B]はそれぞれ、C、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Bの質量%である。
(a):AR≧([TS]−1400)×0.004+1.8
ここで、[TS]は、引張強度(MPa)、ARは、鋼板の板厚1/4t部での圧延方向と垂直な断面における旧オーステナイト結晶粒の平均アスペクト比である。
【請求項2】
質量%で、さらに、
Cu:0.05%以上、0.5%以下、
Ni:0.1%以上、2.0%以下、
Cr:0.05%以上、1.0%以下、
Mo:0.03%以上、0.5%以下、
V:0.01%以上、0.10%以下
のうちの1種または2種を含有することを特徴とする、請求項1に記載の耐遅れ破壊特性および溶接性に優れる高強度厚鋼板。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の成分組成を有する鋼片または鋳片を1100℃以上に加熱し、860℃以下、800℃以上の温度範囲の累積圧下率が35%以上、65%以下である熱間圧延を行って板厚6mm以上、32mm以下の厚鋼板とし、直ちに600℃から300℃までの板厚中心部における平均冷却速度が15℃/sec以上となる冷却条件で200℃以下まで加速冷却を行い、さらにその後200℃以上、300℃以下の温度範囲で焼戻し熱処理を行うことを特徴とする、耐遅れ破壊特性および溶接性に優れる高強度厚鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−132945(P2010−132945A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−308071(P2008−308071)
【出願日】平成20年12月3日(2008.12.3)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】