説明

耐震壁

【課題】部材の大幅な変更を伴うことなく、作用する水平方向の力に対抗して層間変形角を小さくする。
【解決手段】耐震壁は、上梁1と、下梁2と、2本の柱3からなる躯体の構面4内に、上梁1と下梁2の間に配置された2本の縦材10と該2本の縦材10の間に固定された制振材Bとを有する制振手段Aを配置し、制振手段Aを構成する2本の縦材10の上端を上梁1に接合すると共に、下端を柱脚部材12、拘束部材13、ボルト14aを利用して下梁2に対し構面4内における上下方向への移動を許容し且つ水平方向への移動を拘束し得るように接合する。制振手段Aは、鋼材ダンパー20とこの鋼材ダンパー20を挟み込んで保持する2つの枠体21を有して構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に耐震壁の下端部が固定される基礎梁等の躯体や固定の為に該躯体に固着されたアンカーボルト等の固定具に作用する引き抜き力を可及的に小さくすることのできる耐震壁に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄骨造の建物の構造形式としては、ピンブレース構造とラーメン構造が主流である。ピンブレース構造は、比較的断面が小さく軽量な柱と梁をピン接合し、躯体の所要箇所に耐震壁やブレースを配置して地震時等に作用する水平方向の外力に対抗する構造であり、比較的剛性の高い躯体である。またラーメン構造は主要な柱と梁を剛接合して、柱梁接合部の曲げ耐力によって地震時等に作用する水平方向の外力に対抗する構造である。このラーメン構造では、ピンブレース構造に比較して柱や梁の断面が大きくなるものの、耐震壁やブレースが不要であるので大空間を構成しやすい、というメリットがある。
【0003】
3階建て、4階建て程度の中層の鉄骨造ラーメン構造は大地震に対して優れた変形性能及び保有水平耐力を有する反面、中地震時に低層部での層間変形角が大きくなる傾向を示す。更に近年では、建物に対してより高い耐震性能が望まれる傾向にあり、品確法における上位の耐震等級とするために、より大きな地震力に対して層間変形角を抑制することが必要となる。
【0004】
目的の建物の構造計算の過程において、建物に生じる層間変形角が許容される層間変形角よりも大きい場合、主に建物の低層部分の剛性を高くして層間変形角を許容値以下とする必要がある。
【0005】
このような中層の鉄骨造ラーメン構造の建物の剛性を高くする方法としては、柱の断面性能を高める方法や、配置する柱の本数を多くする方法がある。部材が規格化された工業化住宅においては、既に制定されている柱部材で対応が可能な後者の方法を選択することが多いが、ラーメン構造において柱の本数を増やした場合、それに伴って基礎梁や鉄骨梁などの構造部材の使用量が増えてしまいコストアップの要因となる。
【0006】
そこで、ラーメン構造を構成する柱の本数を多くすることなく地震時の建物の変形を抑制する方法として、一対の間柱の間に斜材等を組み込んで構成した耐震壁をラーメン構造に付加することが考えられる(例えば特許文献1)。このような耐震壁であれば、既存の建物に耐震補強を施す場合にも比較的対応しやすい。
【0007】
上記の耐震壁においては、地震のような水平方向の往復の力が作用して上梁と基礎梁に相対的な変位が生じたとき、上梁と基礎梁に固定された一対の間柱の一方には圧縮力が、他方には引張力が交互に作用する。そして、圧縮側の間柱の下端では基礎梁は下方に曲げられ、引張側の間柱の下端ではアンカーボルトに引き抜き力が作用するとともに、その引き抜き力によって基礎梁が上方に曲げられることになる。更に、比較的柔な構造であるラーメン構造に強度の高い耐震壁を付加した場合、耐震壁で負担する応力が増加し、アンカーボルトに作用する引き抜き力は更に大きなものとなる。
【0008】
この耐震壁を十分に機能させるためには、基礎梁がこれらの力に耐え得る強度を有するとともに、アンカーボルトの付着強度が引き抜き力を上回るように設計することが必須である。しかし、既存の建物の耐震補強の為に耐震壁を付加する場合、既存の基礎梁の強度が不十分であったり、アンカーボルトが後施工となって十分な付着強度が得られないことがある。また、新築の建物においてはこのような対応は比較的容易ではあるが、コストアップにつながる。
【0009】
特許文献2では、水平力は負担するが材軸方向にはスライドして力が作用しないエネルギー吸収部材が提案されている。このエネルギー吸収部材は、上部構造と下部構造の間に配置されて材軸方向以外の荷重に対して抵抗するものである。このエネルギー吸収部材は、嵌合部材と被嵌合部材とを、内外に接触させて嵌め合わせ、水平力が作用したとき、接触面以外の剛性の低い部分が降伏することでエネルギーを吸収し得るように構成されている。このため、材軸方向の荷重に対してフリーとすることができ、材軸方向以外のエネルギーを有効に吸収することができる。従って、地震時に材軸方向以外の加荷重が作用した場合でも、材軸方向には力が作用しないこととなる。
【0010】
【特許文献1】特開平02−197637号公報
【特許文献2】特開2001−107601号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、このエネルギー吸収部材を備えた構造物に水平力が作用したとき、嵌合部材と被嵌合部材とは接触面を有しているので、両者の間では材軸方向の力は伝達されないもののモーメントは伝達される。従って、例えば、入力される水平力をP、エネルギー吸収部材の高さをh1とした場合、下部構造体に固定された被嵌合部材にはモーメント(P・h1)が作用することとなる。そして、下部構造体の被嵌合部材が浮き上がろうとする側のボルト位置においては、該ボルトから該ボルトと反対側のベースプレート端部までの距離をw1とした場合、引き抜き力(P・h1/w1)が作用し、前記ベースプレート端部の位置においては、この引き抜き力と同じ大きさの押し込み力が作用する。このため、ボルトの埋め込み部分においてはこの引き抜き力に耐え得る付着強度が要求され、下部構造体にこれらの力に耐え得る強度が要求されることとなり、既存の建物に対しエネルギー吸収部材を後施工するような場合には強度上の問題が生じることがある。
【0012】
本発明の目的は、耐震壁の下端部が固定される梁等の躯体に作用する力や固定の為に該躯体に固着されたアンカーボルト等の固定具に作用する力を可及的に小さくすることによって、新築の建物においては梁等の周辺部材の強度を増すことなく耐震性能を向上させることができ、既存の建物の耐震補強も容易に行うことができる耐震壁を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために本発明に係る耐震壁は、所定の間隔を有して立設された2本の柱と、該2本の柱に接続された上梁及び下梁と、からなる躯体の構面内に設置される耐震壁であって、前記上梁と下梁との間に配置された2本の縦材と該2本の縦材の間に固定された制振材とを有する制振手段とからなり、前記2本の縦材は、その上端を前記上梁に接合すると共に、その下端を前記下梁に水平方向の力のみが伝達され鉛直方向の力とモーメントは伝達されない鉛直ローラー支持となるように接合したものである。
【0014】
なお、ここで制振材とは、地震時に変形することによって地震エネルギーを吸収し得る構成のもの全般をさし、例えば、通常の鋼材や極低降伏点鋼からなり、他の構成部分よりも塑性変形し易いように剛性が小さく設定された鋼材ダンパーを有するものがある
【0015】
上記耐震壁に於いて、前記縦材の下端と前記下梁との接合部は、板状のベース部と該ベース部から起立しボルト孔を有する板状の起立部とからなり、前記下梁上面に載置、固定される拘束部材と、板状に形成された下端部の近傍にボルト孔を有する前記縦材とをボルトで連結して構成され、前記起立部のボルト孔と前記縦材の下端部の近傍のボルト孔のうち、いずれか一方が鉛直方向に長い長孔、他方が丸孔であり、前記丸穴が前記長孔の中央に位置した状態で、ボルトを挿通することで鉛直ローラー支持とすることができる
【0016】
また、上記耐震壁に於いて、前記上梁を2階の床梁とし、前記下梁を鉄筋コンクリートからなる基礎梁とすることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る耐震壁では、制振材を有する制振手段を、構成する2本の縦材の下端を水平方向の力のみが伝達され鉛直方向の力とモーメントは伝達されない鉛直ローラー支持となるように下梁に接合したので、耐震壁が水平方向の力を受けた場合に、その水平方向の力のみが2本の縦材に分配され夫々の拘束部材に伝達される。従って、ひとつの拘束部材に作用する水平方向の力は耐震壁が負担する水平方向の力のほぼ半分となる。しかも、この水平力は縦材の下端すなわち下梁に接近した位置で作用するので、縦材から伝達された水平方向の力によって下梁にモーメントが作用したとしてもそれは極めて小さな値となる。従って、耐震壁を設けたことによる下梁への負荷の増加分を小さく抑え経済的な設計を行うことができ、特に、既存の建物に対して耐震補強を行う際に好適に用いることができる。
【0018】
上記の鉛直ローラー支持は、板状のベース部とベース部から起立しボルト孔を有する板状の起立部とからなり、前記下梁上面に載置、固定される拘束部材と、板状に形成された下端部近傍にボルト孔を有する縦材とをボルトで連結して構成するものとし、起立部のボルト孔と縦材の下端部近傍のボルト孔のうち、いずれか一方を鉛直方向に長い長孔、他方を丸孔として、丸穴が長孔の中央に位置した状態で、ボルトを挿通することによって、極めて簡便に実現することができる。
【0019】
特に、上梁が2階の床梁であり、下梁が鉄筋コンクリートからなる基礎梁の場合、すなわち建物の1階部分に上記耐震壁を設置した場合、縦材を基礎梁に固定する際に必要なアンカーボルトには大きな引き抜き力が作用しないので、ケミカルアンカー等の比較的簡易なもので対応することができ経済的である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明に係る耐震壁の最良の形態について図を用いて説明する。図1は耐震壁の構成を説明する図である。図2は制振手段の構成を説明する図である。図3は制振手段を構成する縦材の脚部の構成を説明する図である。図4は中地震時における耐震壁の挙動を説明する図である。図5は大地震時における耐震壁の挙動を説明する図である。
【0021】
(第1実施例)
図1に示す耐震壁は、H形鋼からなる上梁1及び下梁2と、角形鋼管からなる2本の柱3、3とからなるラーメン構造の躯体の構面4内において、上梁1と下梁2の間に、2本の縦材10と、該2本の縦材10の間に固定された2つの制振材Bと、を有する制振手段Aを配置し、2本の縦材10の上端を上梁1に接合し、下端を下梁2に対し水平方向の力のみが伝達され鉛直方向の力とモーメントは伝達されない鉛直ローラー支持となるように接合して構成されている。
【0022】
図2に示すように、制振手段Aを構成する2本の縦材10は、上端に柱頭部10aが形成されており、該柱頭部10aが上梁1の下フランジ1aに対し図示しないボルトを利用して接合されている。従って、縦材10の上端は上梁1の水平方向への移動に伴って同方向に移動することとなる。
【0023】
2本の縦材10の下端部は、図3に示すように、夫々取付片12aと2つのプレート12bからなる側面視がT字状の柱脚部12が形成されており、プレート12bの所定位置に丸穴のボルト穴12cが形成されている。
【0024】
また、下梁2の上フランジ2a上面であって制振手段Aの2本の縦材10に対応する位置には、板状のベース部となる取付片13aと板状の起立部となるプレート13bからなる側面視がT字状の拘束部材13が、取付片13aに穿たれた4つの穴と上フランジ2a上面の4つの穴とを一致させボルトを挿通させることで取り付けられており、プレート13bの所定位置には縦方向に長く横方向には挿通するボルトとの若干のクリアランスを見込んだ長穴のボルト穴13cが形成されている。
【0025】
そして、予め下梁2の上フランジ2aに拘束部材13を図示しないボルトによって固定しておき、縦材10の下端部に形成した柱脚部12の2つのプレート12bで拘束部材13のプレート13bを挟み込むようにしてボルト14aをボルト穴12c、13cに挿通してナット14bを螺合することで、2本の縦材10は、その下端において下梁2に対し水平方向の力のみが伝達され鉛直方向の力とモーメントは伝達されない状態で接合される。
【0026】
なお、2本の縦材10がその下端において下梁2に対し水平方向の力のみが伝達され鉛直方向の力とモーメントは伝達されない鉛直ローラー支持とするには、(1)ボルト14aを半ボルトとしてナット14bを螺合してもルーズな状態が保たれるように構成する。(2)柱脚部12のプレート12b及び拘束部材13のプレート13bの表面にフッ素樹脂や二硫化モリブデン等の皮膜を形成して両者の接触面に作用する摩擦力を低減しわずかな力でスライドするように構成する。(3)両者の接触面ベアリングを介在させる、等の方法がある。
【0027】
通常時、ボルト14aのボルト穴13cに対する位置は略中央に設定されている。従って、縦材10の上方に長期荷重が作用しても縦材10の下端は下方に移動するので荷重は拘束金物13の位置では下梁2に伝達されない。また、地震時には水平力の大きさに応じてボルト14aが上下方向に移動するが、ボルト穴13cの上下方向の長さは想定される最大の水平力が作用した場合であってもボルト14aがボルト穴13cの上下端部分においてプレート13bと接触しないように設定されており、上下方向の移動が常に許容されている。
【0028】
また、2本の縦材10の下端において拘束部材13に対して水平方向の力が伝達されるようにする為に、拘束部材13に設けたボルト穴13cの上下方向の寸法は、水平方向の力が作用した際に直ちにボルト14aがプレート13bにボルト穴13cの左右端部分において接触するよう構成されている。
【0029】
なお、本実施例では、柱脚部12は対向する2つのプレート12aを備えているが、プレート12aは1つでも構わない。また、柱脚部12のプレート12aを1つとし拘束部材13のプレート13bを2つ対向させ配置してもよい。また、柱脚部12のプレート12aのボルト穴12cを長穴とし、拘束部材13のプレート13bのボルト穴13cを丸穴としてもよい。
【0030】
制振手段Aは、2本の縦材10と、その間に上下方向に配置された2つの制振材Bで構成されている。
【0031】
制振材Bは、鋼材ダンパー20と、2つの枠体21で構成されている。鋼材ダンパー20は、極低降伏点鋼からなリ、略蝶形に形成されており、作用するせん断力に応じて中央のくびれた部分が変形して地震エネルギーを吸収し得るように構成されている。枠体21は、底辺となる長辺材21aと、斜辺となる斜辺材21b、21cと、を連結材21dで連結して略二等辺三角形状に構成され、更に水平材21eが長辺材21aの中間位置から連結材21dにかけて配置されており高い剛性を有している。また鋼材ダンパー20は、枠体21の連結材21eに対してボルト接合されており、劣化した際には交換可能なように構成されている。
【0032】
制振材Bは、2つの枠体21を夫々縦材10の内側面に長辺材21aを添わせボルト接合することで連結材21eどうしが対向するような状態で固定し、更に、この長辺材21aに夫々斜辺材21b、21cを取り付けると共に、これらの斜辺材21b、21cの頂点の間に鋼材ダンパー20を連結材21eにボルト接合により固定することで構成される。
【0033】
上記制振材Bでは、地震時に作用する水平力に応じて上梁1と下梁2との間で水平方向に相対的な変位が生じたとき、この変位に伴って、向かい合う枠体21に上下方向の相対的な変位が生じる。このときの変位は鋼材ダンパー20に対しせん断力として作用し、斜辺材21b、21cに引張力、圧縮力として作用する。そして、作用するせん断力を鋼材ダンパー20が吸収する。
【0034】
上記の如く構成された制振手段Aは、2本の縦材10の上端が上梁1の下フランジ1aに接合され、下端は柱脚部12を介して予め下梁2の上フランジ2aに固定されている拘束部材13にボルト14a、ナット14bを利用して接合される。そして、このように上梁1と下梁2の間に制振手段Aを配置することで、耐震壁が構成される。
【0035】
上記の如く構成された耐震壁では、通常時は、上梁1に作用する鉛直荷重のすべてあるいは大部分は2本の柱3で負担され、2本の縦材10の下端において、柱脚部12や拘束部材13を介して下梁2に伝達されることがほとんどあるいは全くない。従って耐震壁を設置することよって、下梁2に作用する荷重が増加することはほとんどあるいは全くない。
【0036】
また、地震時に作用する水平力によって、上梁1と下梁2の間に水平方向の相対的な変位(水平方向変位)が生じたとき、2本の縦材10は上端が上梁1と共に同方向へ移動し、下端が下梁2に取り付けた拘束部材13に拘束されて初期の位置に留まり、耐震壁全体としては平行四辺形をなすように変形する。
【0037】
従って、2本の縦材10は上梁1と下梁2の水平方向変位に伴って傾斜することとなる。そして、2本の縦材10が傾斜したとき、夫々の縦材10の下端は水平方向への移動が拘束されることから、縦材10の柱脚部12のボルト14aと拘束部材13とがボルト穴13cの左右端部分において当接して反力が作用し、この反力が抵抗として作用することになる。
【0038】
2本の縦材10の傾斜は上梁1と下梁2の変位量に応じて変化し、且つ変位量に応じて反力の大きさも変化する。
【0039】
中小の地震時には、図4に示すように、作用する水平力に応じた上梁1と下梁2の相対的な変位に伴って2本の縦材10が傾斜し、ボルト14aとボルト穴13cとの当接によって反力が生じ、この反力が一方の縦材10(2本の縦材10が交互に)を介して上梁1に対し抵抗として作用する。即ち、制振手段Aそのものが抵抗となって水平力を負担することが可能となる。このため、鋼材ダンパー20の塑性変形を伴うことなく、建物の変形を抑えることが可能となる。
【0040】
このとき、縦材10の下端に形成された柱脚部12と拘束部材13との間では鉛直方向の力やモーメントを伝達し合わない為、これらの力によって下梁2を引き上げたり押し込んだりする力は作用しない。
【0041】
尚、縦材10の下端に取形成された柱脚部12と拘束部材13との間では水平方向の力は伝達し合い、耐震壁に作用する水平方向の力Pが拘束部材13を転倒させようとする力となる。その場合取付片13aの持ち上げられる側を固定するボルトには下梁2に対する引き抜き力が作用し、その値は、ボルト14aに作用する水平力P/2と、上フランジ2a上面からボルト14aの中心までの寸法h2との積を、転倒の支点となる取付片13aの端縁部13a1から該ボルトまでの寸法w2で除した値(P/2・h2/w1)で表される。また、取付片13aの端縁部13a1には、引き抜き力とは向きが正反対で同じ大きさの押し込み力が作用する。しかし、h2は上梁1と下梁2との間隔(建物の階高)に比べて極めて小さいのでこの引き抜き力や押し込み力は極めて小さな値となり、しかもこの2つの力は、接近した位置で互いに打ち消しあう方向に作用するので、下梁2の拘束部材13の取り付け位置には大きな力は作用しない。縦材の下端を一般的な方法で接合した場合に作用すると比べた場合無視できるレベルである。
【0042】
また大地震時には、図5に示すように、2本の縦材10の傾斜が大きくなり、一方の縦材10にボルト14aとボルト穴13cとの当接によってこの縦材10に圧縮力が生じたとき、更なる縦材10の傾斜は制振材Bに伝えられ、鋼材ダンパー20に対してせん断力が作用する。そして、鋼材ダンパー20は作用したせん断力に応じて塑性変形を繰り返し、エネルギーを吸収して速やかに揺れを減衰させ、建物の損傷を防ぐことが可能となる。
【0043】
上記の如くして鋼材ダンパー20が塑性変形を繰り返してエネルギーを吸収する場合であっても、2本の縦材10から下梁2に作用する力は無視でき、固定した拘束部材13に引き剥がす方向の力が作用することはない。
【0044】
特に、このような耐震壁は、制振手段Aを上梁1と下梁2の間に配置して上端を上梁1に、下端を拘束部材13を介して下梁2に夫々接合することで構成することが可能である。特に、工業化住宅のように、上梁1、下梁2のフランジに予め夫々平面モジュールに基づく所定のピッチで複数のボルト穴が形成されている躯体の場合、大きな工事を必要とせずに設置することが可能である。このため、既存の建物の耐震性を高める際に本耐震壁を採用すると有利である。
【0045】
(第2実施例)
次に、本発明に係る耐震壁の第2実施例について説明する。本発明の耐震壁は、上梁と、鉄筋コンクリート造の基礎梁と、2本の柱からなる躯体の1階構面内に、上梁と基礎梁の間に配置された2本の縦材と該2本の縦材の間に固定された制振材とを有する制振手段を配置し、制振手段を構成する2本の縦材の上端を上梁に接合すると共に、下端を基礎梁に対し水平方向の力のみが伝達され鉛直方向の力とモーメントは伝達されない鉛直ローラー支持となるように接合したものである。
【0046】
即ち、前述した耐震壁を1階の構面内に構成した建物であり、前述した耐震壁に於ける下梁2を基礎梁2と置き換えると全く同じ構成となる。
【0047】
図1を利用して本発明の耐震壁について説明する。この耐震壁は、上梁1と、基礎梁2と、2本の柱3からなる躯体の1階構面4内に、上梁1と基礎梁2との間に配置された2本の縦材10と該縦材10の間に固定された2つの制振材Bとを有する制振手段Aが配置されており、この制振手段Aを構成する2本の縦材10の上端を上梁1に接合し、下端を基礎梁2に対し、水平方向の力のみが伝達され鉛直方向の力とモーメントは伝達されない鉛直ローラー支持となるように接合したものである。
【0048】
即ち、基礎梁2には図3に示す拘束部材13が図示しないアンカーボルトを介して固定されており、縦材10の下端部には柱脚部材12が取り付けられている。そして、縦材10の上端を上梁1の下フランジ1aにボルトを利用して接合すると共に、下端を柱脚部材12と拘束部材13をボルト14aを利用して接合することで、上梁1と基礎梁2の間に配置されている。
【0049】
このように構成された耐震壁を有する耐震建物では1階部分の剛性を上層階の剛性よりも高くすることが可能であり、1階部分の層間変形角を小さくすることが可能である。しかも、第1実施例と同様に、耐震壁を付加しても地震時に基礎梁2に大きな力を作用させることがないので、基礎梁2に対する負荷の増加分を小さく抑え経済的な設計を行うことができる。
【0050】
また、拘束部材13を基礎梁2に固定しているアンカーボルトによる引き抜き力は極めて小さな値とすることができるので、縦材10を基礎梁2に固定する際に必要なアンカーボルトは、ケミカルアンカー等の比較的簡易なもので対応することができる。このため、既存の建物の1階部分の剛性を高くするような場合に採用して有利である。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の耐震壁は、躯体の剛性を高くする必要があるときには、新築建物のみならず既築の建物に採用して有利である。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】耐震壁の構成を説明する図である。
【図2】制振手段の構成を説明する図である。
【図3】制振手段を構成する縦材の脚部の構成を説明する図である。
【図4】中小地震時における耐震壁の挙動を説明する図である。
【図5】大地震時における耐震壁の挙動を説明する図である。
【符号の説明】
【0053】
A 制振手段
B 制振材
1 上梁
1a 下フランジ
2 下梁、基礎梁
2a 上フランジ
3 柱
4 躯体の構面
10 縦材
10a 柱頭部
12 柱脚部
12a 取付片
12b プレート
12c ボルト穴
13 拘束部材
13a 取付片
13b プレート
13c ボルト穴
14a ボルト
14b ナット
20 鋼材ダンパー
21 枠体
21a 長辺材
21b、21c 斜辺材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の間隔を有して立設された2本の柱と、該2本の柱に接続された上梁及び下梁と、からなる躯体の構面内に設置される耐震壁であって、前記上梁と下梁との間に配置された2本の縦材と該2本の縦材の間に固定された制振材とを有する制振手段とからなり、前記2本の縦材は、その上端を前記上梁に接合すると共に、その下端を前記下梁に水平方向の力のみが伝達され鉛直方向の力とモーメントは伝達されない鉛直ローラー支持となるように接合したことを特徴とする耐震壁。
【請求項2】
前記縦材の下端と前記下梁との接合部は、板状のベース部と該ベース部から起立しボルト孔を有する板状の起立部とからなり、前記下梁上面に載置、固定される拘束部材と、板状に形成された下端部の近傍にボルト孔を有する前記縦材と、をボルトで連結して構成され、前記起立部のボルト孔と前記縦材の下端部の近傍のボルト孔のうち、いずれか一方が鉛直方向に長い長孔で、他方が丸孔であり、前記丸穴が前記長孔の中央に位置した状態で、ボルトを挿通したことを特徴とする請求項1に記載した耐震壁。
【請求項3】
前記上梁が2階の床梁であり、前記下梁が鉄筋コンクリートからなる基礎梁であることを特徴とする請求項1または2に記載した耐震壁。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−100990(P2010−100990A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−270440(P2008−270440)
【出願日】平成20年10月21日(2008.10.21)
【出願人】(303046244)旭化成ホームズ株式会社 (703)
【Fターム(参考)】