説明

脆性材料基板のスクライブ方法

【課題】曲線状の分断予定ラインに沿って容易に分断を行うことができ、しかも耳幅を小さくすることができるようにする。
【解決手段】このスクライブ方法は、ガラス基板の分断予定ラインに沿ってスクライブ溝を形成する方法であって、加熱・冷却工程と走査工程とを含んでいる。加熱・冷却工程では、ガラス基板に対して吸収性及び透過性を有する波長のレーザを基板の表面近傍に焦点が位置するように集光して照射するとともに、レーザ照射領域にレーザ照射と同時に冷却媒体を噴射する。走査工程では、レーザ照射によるレーザスポット及び冷却媒体の噴射による冷却スポットを分断予定ラインに沿って走査する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脆性材料基板のスクライブ方法、特に、脆性材料基板の分断予定ラインに沿ってスクライブ溝を形成するスクライブ方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス基板に、分断のためのスクライブ溝を形成する方法として、レーザ光を用いて形成する方法がある。この場合は、分断予定ラインに沿ってレーザ光を照射して基板の一部を溶解、蒸発させることにより、スクライブ溝が形成される。ただ、この方法では、溶解、蒸発された基板の一部が基板表面に付着し、品質の劣化を伴う場合がある。また、溶解、蒸発された部分で形成された疵痕は基板端面強度が低下する原因になる。
【0003】
そこで、他のガラス基板の分断方法として、ガラス基板表面で吸収されるCOレーザを利用した加工方法が提供されている。ここでは、ガラス基板上にレーザを照射及び走査することによって基板表面が加熱される。そして、この加熱領域を、冷却ノズルから噴射される冷却媒体によって冷却することによって、亀裂を進展させる。これにより、分断予定ラインに沿ってスクライブ溝が形成されて、ガラス基板が分断される。
【0004】
しかし、このような方法では、レーザビームの形状が楕円形になるために、曲線状の分断予定ラインに沿ってスクライブ溝を形成したり、分断したりすることが困難である。また、ビームの長さや幅によって最適な加工条件が存在するために、これらの加工条件を見出す必要がある。さらに、少なくとも数mm/s程度の実用的な加工速度の条件では、通常、数mmの幅のビームが必要になるために、基板から分断ラインまでの距離(以下、「耳幅」と呼ぶ)に制限がある。すなわち、耳幅が極端に小さくビームの幅以下になると、このような分断予定ラインに沿って分断することが不可能になる。
【0005】
なお、特許文献1には、曲線状の分断予定ラインに沿ってガラス基板等を分断する際に、所定の長さを有する直線状のビームスポットの両端の強度を著しく増大させ、この両端が分断予定ライン上に位置するように移動させて、加工を行うことが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2003−516236号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に示された加工方法では、直線状のビームスポットの両端を分断予定ライン上に沿って走査する必要がある。このような走査を行うためには、非常に複雑な制御を実行する必要がある。また、分断可能な曲線形状も限定され、例えば曲率の小さな曲線に沿って分断することはできない。しかも、ビーム幅を小さくすることができないので、加工可能な耳幅に制限が生じるという問題を解決することはできない。
【0008】
本発明の課題は、曲線状の分断予定ラインに沿って容易に分断を行うことができ、しかも耳幅を小さくすることができるスクライブ方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
第1発明に係る脆性材料基板のスクライブ方法は、脆性材料基板の分断予定ラインに沿ってスクライブ溝を形成する方法であって、以下の工程を含んでいる。
【0010】
加熱・冷却工程:脆性材料基板に対して吸収性及び透過性を有する波長のレーザを基板の表面から裏面の範囲内に焦点が位置するように集光して照射するとともに、レーザ照射領域にレーザ照射と同時に冷却媒体を噴射する。
【0011】
走査工程:レーザ照射によるビームスポット及び冷却媒体の噴射による冷却スポットを分断予定ラインに沿って走査する。
【0012】
ここでは、基板に対してある程度の透過性及び吸収性を有するレーザが基板に照射される。このレーザ照射によって、基板は、表面だけではなく内部まで加熱される。また、この加熱と同時に、加熱された部分が冷却媒体によって冷却される。このため、基板内部には温度勾配が生じる。この温度勾配に起因して、基板表面には引張応力が生じ、基板内部には圧縮応力が生じる。これにより、基板に亀裂が生じる。そして、以上のビームスポット及び冷却スポットを分断予定ラインに沿って走査することにより、分断予定ラインに沿って亀裂が進展し、スクライブ溝が形成される。
【0013】
この方法では、レーザの焦点が基板表面から裏面の間、すなわち表面近傍に位置するように集光され、かつ冷却スポットがレーザ照射位置にレーザ照射と同時に形成されるので、曲線状の分断予定ラインに沿って容易に基板をスクライブすることができる。また、レーザ照射による加熱から冷却媒体による冷却までの時間差がほとんどないために、周囲への温度の広がりが小さくなる。このため、耳幅が小さい場合であっても、基板の端側と逆側との間の温度の非対称性が生じにくい。この結果、従来の加工方法に比較して、耳幅が小さい加工が可能になる。
【0014】
第2発明に係る脆性材料基板のスクライブ方法は、第1発明の方法において、加熱・冷却工程の前工程として、脆性材料基板の表面の分断予定ラインの走査開始端に初期亀裂を形成する初期亀裂形成工程をさらに含む。
【0015】
ここでは、分断予定ラインの走査開始端に初期亀裂が形成される。その後、加熱・冷却工程及び走査工程が実行される。この場合は、初期亀裂から分断予定ラインに沿って亀裂が進展し、スクライブ溝が形成される。
【0016】
第3発明に係る脆性材料基板のスクライブ方法は、第1又は第2発明の方法において、加熱・冷却工程におけるレーザの波長は、2.7μm以上4.0μm以下である。
【0017】
このようなレーザを用いて、例えばガラス基板を照射することにより、ガラス基板の表面だけではなく内部まで加熱することができる。
【0018】
第4発明に係る脆性材料基板のスクライブ方法は、第1から第3発明のいずれかの方法において、脆性材料基板はガラス基板である。
【0019】
第5発明に係る脆性材料基板のスクライブ方法は、第1から第4発明のいずれかの方法において、冷却媒体は、噴射痕の中心にレーザ照射による噴射加工痕が位置するように基板表面に噴射される。
【0020】
第6発明に係る脆性材料基板のスクライブ方法は、第1から第5発明のいずれかの方法において、加熱・冷却工程の前工程として、脆性材料基板の裏面にレーザを反射する反射板を設置する準備工程をさらに含む。
【0021】
前述のように、基板の厚みが薄い場合は、レーザを照射しても基板はレーザを十分に吸収することができず、加熱が不足になる。そこで、この第5発明では、基板のレーザ照射側の面と逆側の面に、レーザを反射する反射板を設置する。この工程を実行することにより、薄い基板であってもレーザを十分に吸収することができ、基板内部を十分に加熱することができる。
【発明の効果】
【0022】
以上のように、本発明では、曲線状の分断予定ラインに沿って容易に分断を行うことができ、しかも耳幅を小さくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の一実施形態によるスクライブ方法を実施するための装置の概略構成図。
【図2A】レーザ波長に対するソーダガラスの透過率を示す図。
【図2B】板厚ごとのレーザの基板透過率及び吸収率を示す図。
【図3】レーザ照射領域(照射痕)と冷却スポット(噴射痕)とを示す写真。
【図4】レーザの焦点位置(基板表面、内部、裏面)とスクライブマージンとの関係を説明するための図。
【図5】レーザの焦点位置(基板上方)とスクライブマージンとの関係を説明するための図。
【図6】本発明の一実施形態による加工方法で直線状の分断予定ラインに沿って加工した場合の分断予定ラインからのズレ量を示す図。
【図7】本発明の一実施形態による加工方法で曲線状の分断予定ラインに沿って加工した場合の分断予定ラインからのズレ量を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
[装置構成]
図1は、本発明の一実施形態による方法を実施するためのスクライブ装置の概略構成を示す図である。スクライブ装置1は、例えば、1枚のマザー基板を複数のガラス基板に分断するための装置である。ここでのガラス基板は、例えばソーダガラス基板である。
【0025】
スクライブ装置1は、加工対象としてのガラス基板Gが載置されるテーブル2と、レーザ発振器3と、レーザ発振器3からのレーザをテーブル2側に導く反射ミラー4と、集光レンズ5と、冷却ノズル6と、を備えている。
【0026】
ここで、レーザ発振器3は、ガラス基板Gに対して吸収性及び透過性を有する波長のレーザを出力する。集光レンズ5は、焦点がガラス基板Gの表面から裏面の間に位置するようにレーザを集光する。冷却ノズル6は、図示しない冷媒源から供給される冷媒をガラス基板Gの表面に噴射して冷却スポットを形成する。なお、図示していないが、ガラス基板Gが載置されたテーブル2を水平面内で移動するテーブル移動機構と、集光レンズ5を上下に移動させるレンズ移動機構と、が設けられている。テーブル移動機構によって、レーザの照射領域(ビームスポット)と、冷却スポットとが、分断予定ラインに沿って走査される。
【0027】
なお、ここでは図示していないが、ガラス基板Gの走査開始側の端部に、スクライブの起点となる初期亀裂を形成するための初期亀裂形成手段が設けられている。初期亀裂形成手段としては、圧子やカッターホイール等の機械的ツールが用いられるが、レーザアブレーション加工によって初期亀裂を形成することも可能である。
【0028】
[スクライブ方法]
まず、カッターホイール等の初期亀裂形成手段を用いて、ガラス基板Gの分断予定ラインの走査開始側の端部にスクライブの起点となる初期亀裂が形成される。
【0029】
次に、ガラス基板Gに対して、レーザが照射される。レーザは、集光レンズ5によって、焦点がガラス基板Gの表面、あるいは表面から裏面の間に位置するように集光される。また、レーザの照射と同時に、かつレーザが照射された領域に、冷却ノズル6から冷却媒体が噴射される。
【0030】
ここで、レーザとして、ガラス基板Gに対して吸収性及び透過性を有する波長のレーザが用いられるので、レーザ照射によって、ガラス基板Gの表面及び内部が加熱される。一方で、レーザ照射領域に冷却媒体が噴射されて冷却される。このため、基板内部には温度勾配が生じ、ガラス基板Gの表面には引張応力が生じ、内部には圧縮応力が生じる。これにより、基板に亀裂が生じる。
【0031】
以上のレーザスポット及び冷却スポットを分断予定ラインに沿って走査することにより、分断予定ラインに沿って亀裂が進展し、スクライブ溝が形成される。
【実施例】
【0032】
<レーザ>
図2Aに、種々の厚みを有するソーダガラスに対するレーザ(Erファイバレーザ)の波長と透過率との関係を示している。また、図2Bに、板厚ごとの透過率と吸収率とを示している。なお、吸収率は計算値である。
【0033】
これらの図から明らかなように、波長が2.8μm〜4.0μmの範囲では、厚みが1.3mm(実線)及び1.8mm(破線)のガラス基板では、透過率がそれぞれ55%、46%、吸収率がそれぞれ45%、54%であり、ある程度の吸収性及び透過性を有している。これらの厚みの基板では、照射されたレーザは基板内部に吸収され、スクライブが可能であった。
【0034】
なお、板厚が薄いなどの理由により吸収率が低い場合であっても、吸収率が10%以上以上あれば、より高出力のレーザを用いる、またはレーザが照射される面と逆側の面にレーザを反射する反射板を設けることにより、レーザを基板内部で十分に吸収させることができる。また、冷却を、レーザ照射面と逆側の面から行うことによって、基板内部に亀裂進展に十分な温度勾配を付けることができる。
【0035】
なお、以下の実験では、すべて波長が2.8μmのErファイバレーザを用いている。
【0036】
<ビームスポットと冷却スポット>
図3に加工部分の詳細を拡大して示した写真を示している。図3において、中心部の円Lで示した部分がレーザの照射痕であり、円Cで示した部分が冷却媒体の噴射痕である。この図3から明らかなように、冷却スポットの中心にビームスポットが位置するように、レーザ照射及び冷却媒体の噴射が同時に実行される。
【0037】
<焦点位置の影響>
図4に、レーザの焦点位置を、基板表面(a)、基板中央(b)、基板裏面(c)とし、レーザ出力及び走査速度を種々変えて、スクライブが可能か否か、すなわち焦点位置によってスクライブマージンがどのように変わるかを実験した結果を示す。なお、この実験で用いたガラス基板は厚みが1.3mmのソーダガラスである。
【0038】
図4において、「○」はスクライブ可能(初期亀裂から分断予定ラインに沿って亀裂が進展した)、「×」はスクライブ不可能(分断予定ラインに沿った亀裂が初期亀裂から進展しない)、「止」は加工停止(分断予定ラインに沿った亀裂が初期亀裂から進展するものの加工途中で亀裂の進展が停止した)、「先」は先走り(分断予定ラインに沿わない亀裂が進展した)であることを示している。
【0039】
図4から、焦点位置を基板表面と裏面との間で変えても、スクライブマージンはほぼ同じであることがわかる。
【0040】
一方、図5は、図4と同様のガラス基板に対して、焦点位置をガラス基板の上面から10mmだけ上方に離して加工を行った実験結果である。この場合は、ガラス基板の表面におけるビーム径は660μmである。したがって、基板表面におけるビームパワー密度が低く、基板温度が十分に高くならない。このため、走査速度を遅くし、かつレーザ出力を高くしないとスクライブができない。
【0041】
以上の実験結果から、レーザの焦点位置をガラス基板の表面から裏面の間に設定して加工を行うことが望ましいことがわかる。
【0042】
<分断予定ラインからのズレ>
図6は、本実施形態の加工方法を実施した場合に、分断予定ラインから亀裂がどの程度ずれて形成されたかを示す実験例である。横軸は分断ラインに沿った位置(0mmは初期亀裂側の基板端を示している)を示し、縦軸は分断予定ラインからのズレ量を示している。なお、実験に用いたガラス基板は、厚みが1.3mmのソーダガラスで長さは55mmである。また、レーザ出力は7.5W、走査速度は20mm/sである。
【0043】
図6に示されるように、分断予定ラインからのズレ量は、+7μmから−10μmであり、本実施形態の加工方法によっても大きなズレがないことがわかる。
【0044】
なお、図7に示すような曲線状の分断予定ラインSLに沿って本実施形態の加工方法を実施した場合は、形成されたスクライブ溝は最大20μmのズレ量が発生した。ただし、分断予定ラインSLの一方側にずれる傾向があるので、このズレを見込んで加工を行うことが可能である。
【0045】
[特徴]
(1)レーザの焦点が基板表面近傍に設定され、かつ冷却スポットがレーザ照射位置にレーザ照射と同時に形成されるので、曲線状の分断予定ラインに沿って容易に基板をスクライブすることができる。
【0046】
(2)基板の同じ領域に加熱と冷却とが同時に実行されるので、周囲への温度の広がりが小さくなる。このため、耳幅が小さい場合であっても、基板の端側と逆側との間の温度の非対称性が生じにくい。この結果、従来の加工方法に比較して、耳幅が小さい加工が可能になる。
【0047】
(3)ガラス基板に対して波長が2.8μm以上4.0μm以下のレーザを用いることによって、基板表面から内部にわたって効果的に加熱することができる。したがって、亀裂がスムーズに進展し、分断予定ラインからのズレが抑えられる。
【0048】
(4)板厚が1.0mm以上2.0mm以下のガラス基板では、波長が2.8μm以上4.0μm以下のレーザを用いることによって、基板の内部まで十分に加熱することができ、良好なスクライブ溝を形成することができる。
【0049】
[他の実施形態]
本発明は以上のような実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲を逸脱することなく種々の変形又は修正が可能である。
【0050】
例えば、前記実施形態では、脆性材料基板としてソーダガラスを用いて実験例を示したが、脆性材料基板としてはソーダガラスに限定されない。
【符号の説明】
【0051】
2 テーブル
3 レーザ発振器
5 集光レンズ
6 冷却ノズル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脆性材料基板の分断予定ラインに沿ってスクライブ溝を形成する脆性材料基板のスクライブ方法であって、
前記脆性材料基板に対して吸収性及び透過性を有する波長のレーザを前記基板の表面から裏面の範囲内に焦点が位置するように集光して照射するとともに、レーザ照射領域にレーザ照射と同時に冷却媒体を噴射する加熱・冷却工程と、
前記レーザ照射によるビームスポット及び冷却媒体の噴射による冷却スポットを前記分断予定ラインに沿って走査する走査工程と、
を含む脆性材料基板のスクライブ方法。
【請求項2】
前記加熱・冷却工程の前工程として、前記脆性材料基板の表面の分断予定ラインの走査開始端に初期亀裂を形成する初期亀裂形成工程をさらに含む、請求項1に記載の脆性材料基板のスクライブ方法。
【請求項3】
前記加熱・冷却工程におけるレーザの波長は、2.7μm以上4.0μm以下である、請求項1又は2に記載の脆性材料基板のスクライブ方法。
【請求項4】
前記脆性材料基板の板厚はガラス基板である、請求項1から3のいずれかに記載の脆性材料基板のスクライブ方法。
【請求項5】
前記冷却媒体は、噴射痕の中心に前記レーザ照射による噴射加工痕が位置するように前記基板表面に噴射される、請求項1から4のいずれかに記載の脆性材料基板のスクライブ方法。
【請求項6】
前記加熱・冷却工程の前工程として、前記脆性材料基板のレーザ照射側の面と逆側の面にレーザを反射する反射板を設置する準備工程をさらに含む、請求項1から5のいずれかに記載の脆性材料基板のスクライブ方法。


【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図6】
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【図7】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−112532(P2013−112532A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−257039(P2011−257039)
【出願日】平成23年11月25日(2011.11.25)
【出願人】(390000608)三星ダイヤモンド工業株式会社 (383)
【Fターム(参考)】