説明

自動二輪車の変速制御装置

【課題】車体のロール角に応じて駆動力伝達の態様が異なる変速制御を実行できる自動二輪車の変速制御装置を提供する。
【解決手段】自動二輪車1のエンジン13の回転駆動力を変速して後輪WRに伝達するツインクラッチ式変速機23の変速制御装置において、車体のロール角θがフルバンク状態に相当する第2のロール角θ1から第1のロール角θ2まで間の場合(例えば、45〜20度。領域C)には、通常変速制御より駆動力の経時的変化が小さいソフト変速制御によって変速動作を行う。第1のロール角θ2と第3のロール角θ3との間(例えば、20〜10度。領域B)であれば通常変速とし、直立状態から第3のロール角θ3との間(領域A)であれば通常変速制御より駆動力の経時的変化が大きいダイレクト変速で変速動作を実行する。ロール角θが第2のロール角θ1より大きい場合(領域D)は変速を禁止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動二輪車の変速制御装置に係り、特に、車体のロール角に応じた変速制御を実行することができる自動二輪車の変速制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、変速ギヤの噛み合わせをモータ等のアクチュエータで切り替えることにより、自動的(フルオートマチック)または半自動的(セミオートマチック)に変速できるようにした自動変速機が知られている。このような自動変速機は、フルオートマチック時には、エンジン回転数、変速機の変速段、スロットル開度等の情報に基づいて自動的に変速し、一方、セミオートマチック時には、操向ハンドル等に取り付けられた変速スイッチの操作に応じて変速動作が行われるように構成されている。
【0003】
特許文献1には、自動二輪車の車体のロール角(バンク角)を検知し、このロール角が所定角度以上である場合には、自動変速機の変速動作を禁止するようにした変速制御装置が開示されている。この技術によれば、ロール角が大きいコーナリング中に変速動作に伴う駆動力変化が車体姿勢等に影響を与えることを防ぐことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−218269号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、コーナリング中であっても車体のロール角が小さければ車体姿勢等に影響を与えない変速動作が可能であり、さらに、ロール角に応じて変速時の駆動力変化を制御できれば、変速可能なロール角の範囲を拡大できる可能性がある。特に、クラッチに2つ有するDCT(デュアルクラッチトランスミッション)を用いた場合には、エンジンから駆動輪に至るまでの駆動力を切断することなしに変速できるので、変速可能なロール角を拡大することができる。特許文献1に記載された技術のように、単一の所定角度を境に変速動作を禁止するのみの制御では、そのようなロール角領域での変速要求に応えることができないという課題があった。
【0006】
本発明の目的は、上記従来技術の課題を解決し、車体のロール角に応じて駆動力伝達の態様が異なる変速制御を実行できる自動二輪車の変速制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するために、本発明は、自動二輪車(1)の駆動力を生じるエンジン(13)と、該エンジン(13)と駆動輪(WR)との間に配設されると共に前記エンジン(13)の駆動力を変速して前記駆動輪(WR)に伝達する変速制御装置(23,41)と、前記自動二輪車(1)のロール角(θ)を検知するロール角検知手段(SE15)と、所定の変速要求に応じて前記変速制御装置(23,41)を制御すると共に前記ロール角(θ)が第1のロール角(θ2)を超えた場合には通常変速制御を行わないようにした制御部(42)とを備えた自動二輪車の変速制御装置において、前記制御部(42)は、前記ロール角(θ)が、前記第1のロール角(θ2)から該第1のロール角(θ2)より大きい第2のロール角(θ1)までの領域(C)では、前記通常変速制御より駆動力の経時的変化が小さいソフト変速制御によって変速動作を行う点に第1の特徴がある。
【0008】
また、前記制御部(42)は、前記ロール角(θ)がゼロの直立状態から、前記第1のロール角(θ2)より小さな第3のロール角(θ3)までの領域(A)では、前記通常変速制御より駆動力の経時的変化が大きいダイレクト変速制御によって変速動作を行い、また、前記第3のロール角(θ3)と前記第1のロール角(θ2)との間の領域(B)では、前記通常変速制御によって変速動作を行う点に第2の特徴がある。
【0009】
また、前記制御部(42)は、一方側クラッチ(51a)および他方側クラッチ(51b)を有するツインクラッチ式変速機(23)のクラッチの持ち替え速度を変化させることにより、前記ソフト変速制御、通常変速制御およびダイレクト変速制御における駆動力変化の大きさを異ならせる点に第3の特徴がある。
【0010】
また、前記ロール角(θ)が大きいほど、変速前に切断状態にあった一方側または他方側のクラッチを接続状態に切り換えるためにクラッチ容量を上昇させるタイミングが遅くなるように構成されている点に第4の特徴がある。
【0011】
また、前記ロール角(θ)は、ジャイロセンサからなる前記ロール角検知手段(SE15)を用いて、重力方向を基準として判別される点に第5の特徴がある。
【0012】
また、前記ロール角(θ)が、前記第2のロール角(θ1)を超えた場合には、変速動作を禁止するようにした点に第6の特徴がある。
【0013】
また、前記ロール角検知手段(SE15)は、前記ロール角(θ)に加えて車体のピッチ角(φ)も検知可能なジャイロセンサからなり、前記制御部(42)は、車体のピッチ角(φ)が第2のピッチ角(φ1)を超えた場合には変速動作を禁止し、前記ピッチ角(φ)が、前記第2のピッチ角(φ1)より小さい第1のピッチ角(φ2)から前記第2のピッチ角(φ1)までの領域(J)では、通常変速制御より駆動力の経時的変化が小さいソフト変速制御によって変速動作を行う点に第7の特徴がある。
【0014】
さらに、前記ロール角検知手段(SE15)は、前記ロール角(θ)に加えて車体のヨー角(γ)も検知可能なジャイロセンサからなり、前記制御部(42)は、前記ロール角(θ)に応じてソフト変速制御が実行される際に前記ヨー角(γ)を検知し、該ヨー角(γ)と前記ロール角(θ)との関係に基づいて車体がコーナー進入時であるかコーナー脱出時であるかを判定し、コーナー進入時の場合はシフトアップを禁止してシフトダウンのみの前記ソフト変速制御を実行すると共に、コーナー脱出時の場合はシフトダウンを禁止してシフトアップのみの前記ソフト変速制御を実行する点に第8の特徴がある。
【発明の効果】
【0015】
第1の特徴によれば、制御部は、ロール角が、第1のロール角から該第1のロール角より大きい第2のロール角までの領域では、通常変速制御より駆動力の経時的変化が小さいソフト変速制御によって変速動作を行うので、車体が大きくバンクした状態で駆動力が変化することを防ぐと共に、変速動作を禁止するほど運転者の操作負担が大きくならないロール角領域において、駆動力の経時的変化が小さい変速制御行うことで、自動二輪車がコーナリング等でバンクしたとしても自動で変速可能なロール角の範囲を大きく取ることができるので、そのような範囲まで極力変速要求に応えられる制御仕様を実現することができる。
【0016】
第2の特徴によれば、制御部は、ロール角がゼロの直立状態から、第1のロール角より小さな第3のロール角までの領域では、通常変速制御より駆動力の経時的変化が大きいダイレクト変速制御によって変速動作を行い、また、第3のロール角と前記第1のロール角との間の領域では、通常変速制御によって変速動作を行うので、ロール角が比較的小さく変速動作を行っても車体姿勢等に与える影響が小さい領域では、通常の変速動作を行い、ロール角が小さく車体が直立状態に近い領域では、変速時間の短縮を優先させた変速制御を行うことで、運転者の要望に沿った素早い変速動作が可能となる。
【0017】
第3の特徴によれば、制御部は、一方側クラッチおよび他方側クラッチを有するツインクラッチ式変速機のクラッチの持ち替え速度を変化させることにより、ソフト変速制御、通常変速制御およびダイレクト変速制御における駆動力変化の大きさを異ならせるので、各変速制御における駆動力変化の大きさの設定を容易かつ正確に実行することができる。
【0018】
第4の特徴によれば、ロール角が大きいほど、変速前に切断状態にあった一方側または他方側のクラッチを接続状態に切り換えるためにクラッチ容量を上昇させるタイミングが遅くなるように構成されているので、クラッチ持ち替え速度の調整を、クラッチ容量の制御により容易に実行することが可能となる。
【0019】
第5の特徴によれば、ロール角は、ジャイロセンサからなるロール角検知手段を用いて、重力方向を基準として判別されるので、路面の傾斜角度等に影響されずに正確なロール角を得ることができる。
【0020】
第6の特徴によれば、ロール角が第2のロール角を超えた場合には変速動作を禁止するようにしたので、バンク角が大きいコーナリング中に変速動作に伴う駆動力変化が生じることを防ぐことができる。
【0021】
第7の特徴によれば、ロール角検知手段は、ロール角に加えて車体のピッチ角も検知可能なジャイロセンサからなり、制御部は、車体のピッチ角が第2のピッチ角を超えた場合には変速動作を禁止し、ピッチ角が第2のピッチ角より小さい第1のピッチ角から第2のピッチ角までの領域では、通常変速制御より駆動力の経時的変化が小さいソフト変速制御によって変速動作を行うので、車体にピッチング動作が生じている場合にも、運転者の操作負担を減らしつつ運転者の変速要求に可能な限り応えることが可能となる。これにより、よりユーザの要望に応じた乗車フィーリングを得ることができる。
【0022】
第8の特徴によれば、ロール角検知手段は、ロール角に加えて車体のヨー角も検知可能なジャイロセンサからなり、制御部は、ロール角に応じてソフト変速制御が実行される際にヨー角を検知し、該ヨー角とロール角との関係に基づいて車体がコーナー進入時であるかコーナー脱出時であるかを判定し、コーナー進入時の場合はシフトアップを禁止してシフトダウンのみのソフト変速制御を実行すると共に、コーナー脱出時の場合はシフトダウンを禁止してシフトアップのみの前記ソフト変速制御を実行するので、コーナー進入時に不要なシフトアップまたはコーナー脱出時に不要なシフトダウンを禁止して、誤った変速操作により駆動力変動が生じることを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の一実施形態に係る自動二輪車の側面図である。
【図2】自動二輪車のエンジンの右側面図である。
【図3】ツインクラッチ式変速制御装置の構成図である。
【図4】自動変速機における各軸および変速ギヤの噛合関係を示す構成図である。
【図5】ツインクラッチ式変速機の断面図である。
【図6】ギヤシフト装置の断面図である。
【図7】車体のロール角と変速制御パターンとの関係を示す説明図である。
【図8】ECU(制御部)およびその周辺機器の構成を示すブロック図である。
【図9】本発明に係る変速制御装置による変速制御の手順を示すフローチャートである。
【図10】通常変速パターン、ソフト変速パターン、ダイレクト変速パターンが選択された場合のそれぞれの変速制御の流れを示すタイムチャートである。
【図11】通常変速パターン、ソフト変速パターン、ダイレクト変速パターンの変形例を示すタイムチャートである。
【図12】車体のピッチ角と変速制御パターンとの関係を示す説明図である。
【図13】車体に生じるヨー角の説明図である。
【図14】ヨー角を考慮したソフト変速制御の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照して本発明の好ましい実施の形態について詳細に説明する。以下の説明における前後左右等の向きは、特記しない限り車両の向きと同一とする。また、図中矢印のFRは車両前方を示し、LHは車両左方を、UPは車両上方をそれぞれ示す。
【0025】
図1は、本実施形態に係る変速制御装置を適用した鞍乗型車両としての自動二輪車1の側面図である。前輪2を軸支するフロントフォーク3の上部は、ステアリングステム4を介して車体フレーム5の前端部のヘッドパイプ6に操舵可能に枢支されている。ステアリングステム4の上部には操向ハンドル4aが取り付けられている。ヘッドパイプ6の後部からはメインフレーム7が後方に延びてピボットプレート8に連なっている。このピボットプレート8には、スイングアーム9の前端部が上下揺動可能に枢支されており、該スイングアーム9の後端部に後輪11が軸支されている。スイングアーム9と車体フレーム5との間には、クッションユニット12が介設されている。車体フレーム5の内側には、自動二輪車1の動力源であるエンジン13が取り付けられている。
【0026】
図2を併せて参照して、エンジン13は、クランクシャフト21の回転中心軸線C1を車幅方向に沿わせた並列4気筒であり、そのクランクケース14の上部にシリンダ15が立設されている。該シリンダ15内には各気筒に対応するピストン18が往復運動可能に嵌装されており、該各ピストン18の往復動がコンロッド19を介してクランクシャフト21の回転運動に変換される。シリンダ15の後部にはスロットルボディ16が接続され、シリンダ15の前部には排気管17が接続されている。
【0027】
クランクケース14の後方にはミッションケース22が一体に連なり、該ミッションケース22内に、ツインクラッチ式変速機23およびチェンジ機構24が収納されている。ミッションケース22の車幅方向右側はクラッチケース25とされ、該クラッチケース25の内部にツインクラッチ式変速機23のツインクラッチ26が収容されている。クランクシャフト21の回転動力は、ツインクラッチ式変速機23を介してミッションケース22の車幅方向左側に出力された後、例えば、チェーン式の動力伝達機構を介して後輪11に伝達される。回転中心軸線C2の方向に指向して配設されるメインシャフト28の下方に、回転中心軸線C3の方向に指向するカウンタシャフト29が配設されている。
【0028】
図3は、ツインクラッチ式変速制御装置の構成図である。また、図4は自動変速機における各軸および変速ギヤの噛合関係を示す構成図であり、図5はツインクラッチ式変速機の断面図であり、図6はツインクラッチ式変速機のギヤシフト装置の断面図である。
【0029】
ツインクラッチ式変速制御装置は、主に、エンジン13に連接されるツインクラッチ式変速機23と、チェンジ機構24に駆動機構39を設けてなるギヤシフト装置41と、ツインクラッチ式変速機23およびギヤシフト装置41を作動制御する電子コントロールユニット(ECU)42とから構成されている。
【0030】
ツインクラッチ式変速機23は、内シャフト43および外シャフト44からなる二重構造のメインシャフト28と、該メインシャフト28と平行に配置されるカウンタシャフト29と、メインシャフト28およびカウンタシャフト29に跨って配置される変速ギヤ群45と、メインシャフト28の車幅方向右端部に同軸配置されるツインクラッチ26と、該ツインクラッチ26に作動用油圧を供給する油圧供給装置46とを備えている。以下、メインシャフト28、カウンタシャフト29および変速ギヤ群45からなる集合体をトランスミッション47と呼称する。
【0031】
メインシャフト28は、ミッションケース22の車幅方向左右に渡る内シャフト43の右側部を外シャフト44内に相対回転可能に挿通してなる。内外シャフト43,44の外周には、変速ギヤ群45における6速分の駆動ギヤ48a,48b,48c,48d,48e,48f(以下、48a〜48f)が振り分けて配置される。一方、カウンタシャフト29の外周には、変速ギヤ群45における6速分の従動ギヤ49a,49b,49c,49d,49e,49f(以下、49a〜49f)が配置されている。
【0032】
各駆動ギヤ48a〜48fおよび従動ギヤ49a〜49fは、対応する変速段同士で互いに噛み合い、それぞれ各変速段に対応する変速ギヤ対45a,45b,45c,45d,45e,45f(以下、45a〜45f)を構成する(図5参照)。各変速ギヤ対45a〜45fは、1速から6速の順に減速比が小さくなるように設定されている。
【0033】
図5を参照して、内シャフト43の車幅方向左端部はミッションケース22の左側壁22aに至り、該左側壁22aにボールベアリング73を介して回転可能に支持されている。一方、内シャフト43の右側部は、ミッションケース22の右側壁22bを貫通してクラッチケース25内に臨み、該内シャフト43の左右中間部が、同じく右側壁22bを貫通する外シャフト44の左右中間部およびボールベアリング77を介して、ミッションケース22の右側壁22bに回転可能に支持されている。
【0034】
外シャフト44は内シャフト43よりも短く、その左端部は、ミッションケース22の左右中間部に位置している。外シャフト44における右側壁22bより左方に位置する部位には、偶数変数段(2,4,6速)に対応する駆動ギヤ48d,48f,48bが、左側から4速用、6速用、2速用の順に支持されている。一方、内シャフト43における外シャフト44の左端部よりも左方に位置する部位には、奇数変速段(1,3,5速)に対応する駆動ギヤ48a,48e,48cが、左側から1速用、5速用、3速用の順に支持されている。
【0035】
カウンタシャフト29の左右端部は、ミッションケース22の左右側壁22a,22bにそれぞれボールベアリング82,86を介して回転可能に支持されている。カウンタシャフト29の左端部は左側壁22aの左方に突出し、該左端部に、後輪11への動力伝達機構としてのドライブスプロケット83が取り付けられている。
【0036】
カウンタシャフト29におけるミッションケース22の内側に位置する部位には、各変速段に対応する従動ギヤ49a〜49fが、各駆動ギヤ48a〜48fと同様の順に支持されている。
【0037】
メインシャフト28(内シャフト43)およびカウンタシャフト29の内部には、エンジン13内各部へのオイル圧送用のメインオイルポンプ(不図示)からの油圧を供給可能な主供給油路71,72がそれぞれ形成されており、該各主供給油路71,72を介して変速ギヤ群45に適宜エンジンオイルが供給される。
【0038】
ツインクラッチ26は、互いに同軸に隣接配置される油圧式の第1および第2クラッチ51a,51bを有してなり、これら各クラッチ51a,51bに内外シャフト43,44がそれぞれ同軸に連結されている。各クラッチ51a,51bが共有するクラッチアウタ56には、クランクシャフト21のプライマリドライブギヤ58aに噛み合うプライマリドリブンギヤ58が同軸に設けられており、これら各ギヤ58,58aを介して、クラッチアウタ56にクランクシャフト21からの回転動力が入力される。クラッチアウタ56に入力された回転動力は、各クラッチ51a,51bの断続状態に応じて内外シャフト43,44に個別に伝達される。各クラッチ51a,51bの断続状態は、油圧供給装置46からの油圧供給の有無により個別に制御される。
【0039】
そして、各クラッチ51a,51bの一方を接続状態とすると共に他方を切断状態とし、内外シャフト43,44の一方に連結された何れかの変速ギヤ対を用いてトランスミッション47内の動力伝達を行うと共に、内外シャフト43,44の他方に連結された変速ギヤ対の中から次に用いるものを予め選定し、この状態から各クラッチ51a,51bの一方を切断状態とすると共に他方を接続状態とすることで、トランスミッション47の動力伝達が前記予め選定した変速ギヤ対を用いたものに切り替わり、もってトランスミッション47のシフトアップまたはシフトダウンがなされる。
【0040】
図3に示すように、油圧供給装置46は、ツインクラッチ26用の油圧発生源であるクラッチ用オイルポンプ32と、該クラッチ用オイルポンプ32の吐出口から延びる送給油路35と、該送給油路35の下流側に接続される第1および第2クラッチアクチュエータ91a,91bと、該各クラッチアクチュエータ91a,91bから各クラッチ51a,51bの接続側油圧室54a,54b(図5参照)に至る第1および第2供給油路92a,92bとを有してなる。
【0041】
クラッチ用オイルポンプ32は、前記メインオイルポンプとは別個に設けられ、クランクケース14下のオイルパン36内のエンジンオイルを吸入して送給油路35内に吐出する。送給油路35には該油路専用のオイルフィルタ89が設けられる。送給油路35には、油圧および油温を検知する油圧センサSE6および油温センサSE7、送給油路35内の油圧の上昇を制御するリリーフバルブRが設けられている。また、各供給油路92a,92bには、各クラッチ51a,51bへの供給油圧を検知する第1クラッチ油圧センサSE8および第2クラッチ油圧センサSE9が設けられている。
【0042】
送給油路35と第1,第2供給油路92a,92bとは、ソレノイドバルブからなる各クラッチアクチュエータ91a,91bの作動によって個別に連通可能である。送給油路35と第1供給油路92aとが第1クラッチアクチュエータ91aを介して連通すると、クラッチ用オイルポンプ32からの比較的高圧の油圧が第1クラッチ51aの接続側油圧室54aに供給されて、該第1クラッチ51aが接続状態となる。一方、送給油路35と第2供給油路92bとが第2クラッチアクチュエータ91bを介して連通すると、クラッチ用オイルポンプ32からの油圧が第2クラッチ51bの接続側油圧室54bに供給され、該第2クラッチ51bが接続状態となる。
【0043】
送給油路35からは油圧逃がしバルブ95を有する油圧逃がし油路96aが分岐している。油圧逃がしバルブ95は、バルブアクチュエータ95aにより作動し、油圧逃がし油路96aの開通、遮断を切り替える。ECU42によって作動制御されるバルブアクチュエータ95aは、例えば、エンジン始動時に油圧逃がし油路96aを開通してクラッチ用オイルポンプ32からのフィード油圧をオイルパン36に戻し、エンジン始動後に油圧逃がし油路96aを遮断してツインクラッチ26にフィード油圧を供給可能とする。
【0044】
また、各クラッチアクチュエータ91a,91bには、送給油路35と第1および第2供給油路92a,92bとの連通を遮断した際にクラッチ用オイルポンプ32からの油圧をオイルパン内に戻すための戻し油路93a,93bがそれぞれ設けられている。
【0045】
チェンジ機構24は、各シャフト28,29と平行に配置されたシフトドラム24aの回転により複数(この実施例では4つ)のシフトフォーク24bを軸方向で移動させ、メインシャフト28およびカウンタシャフト29間の動力伝達に用いる変速ギヤ対(変速段)を切り替える。
【0046】
各シフトフォーク24bは、メインシャフト28側に延びるものとカウンタシャフト29側に延びるものとでそれぞれ対をなし、これらの基端側が一対のシフトフォークロッド24cにそれぞれ軸方向で移動可能に支持されている。各シフトフォーク24bの基端側には、シフトドラム24a外周の複数のカム軸24dの何れかに係合する摺動突部24eがそれぞれ設けられる。各シフトフォーク24bは、メインシャフト28側およびカウンタシャフト29側において、その先端部が変速ギヤ群45のスライドギヤ(後述)に係合されている。そして、シフトドラム24aが回転すると、各カム溝24dのパターンに沿って各シフトフォーク24bが軸方向に移動し、前記スライドギヤを軸方向で移動させてトランスミッション47の変速段が変化するように構成されている。
【0047】
シフトドラム24aの一端側に設けられた駆動機構39は、チェンジ機構24のシフトドラム24aに同軸固定されるピンギヤ39aと、該ピンギヤ39aに係合するウォーム状のバレルカム39bと、該バレルカム39bに回転動力を付与する電気モータ39cとを有してなる。駆動機構39は、電気モータ39cの駆動によりシフトドラム24aを適宜回転させて、トランスミッション47の変速段を変化させる。駆動機構39には、トランスミッション47の変速段を検知するために駆動機構39の作動量を検知するギヤポジションセンサSE1が設けられている。また、シフトドラム24aの左端部に噛合する伝達ギヤには、シフトドラム24aの回転角度を検知する回転角度センサDsが設けられており、また、シフトドラム24aの右端部には、回転軸およびシフトドラム24aのデテント機構(ロストモーション機構)Dtが配設されている。
【0048】
トランスミッション47は、各変速段に対応する駆動ギヤ48a〜48fと従動ギヤ49a〜49fとが常に噛み合った常時噛み合い式である。各ギヤは、その支持軸(各シャフト28,29)に対して一体回転可能な固定ギヤと、支持軸に対して相対回転可能なフリーギヤと、シャフトに対して一体回転可能かつ軸方向で移動可能なスライドギヤとに大別される。
【0049】
具体的には、駆動ギヤ48a,48bは固定ギヤとされ、駆動ギヤ48c,48dはスライドギヤとされ、駆動ギヤ48e,48fはフリーギヤとされている。また、従動ギヤ49a〜49dはフリーギヤとされ、従動ギヤ49e,49fはスライドギヤとされている。以下、各ギヤ48c,48d,49e,49fをスライドギヤ、各ギヤ48e,48f,49a〜49dをフリーギヤと呼称することがある。そして、チェンジ機構24によって任意のスライドギヤを適宜スライド(軸方向で移動)させることで、何れかの変速段に応じた変速ギヤ対を用いた動力伝達が可能となる。
【0050】
スライドギヤ48c,48dの一側には、これらと同様に支持軸に対して一体回転可能かつ軸方向で移動可能なスライドリングSc,Sdがそれぞれ一体に設けられる。各スライドリングSc,Sdは、フリーギヤ48e,48fにそれぞれ軸方向で隣接して設けられる。各スライドリングSc,Sdには、それぞれスライド側ドッグ(ダボ)D1c,D1dが設けられ、各フリーギヤ48e,48fには、それぞれ各スライド側ドッグD1c,D1dに対応するフリー側ドッグ(ダボ)D1e,D1fが設けられる。
【0051】
また、スライドギヤ49e,49fの一側には、これらと同様に支持軸に対して一体回転可能かつ軸方向で移動可能なスライドリングSe,Sfが一体に設けられる。各スライドリングSe,Sfは、フリーギヤ49c,49dにそれぞれ軸方向で隣接して設けられる。各スライドリングSe,Sfには、それぞれスライド側ドッグ(ダボ)D2e,D2fが設けられ、各フリーギヤ49c,49dには、それぞれ各スライド側ドッグD2e,D2fに対応するフリー側ドッグ(ダボ)D2c,D2dが設けられる。
【0052】
さらに、各スライドギヤ49e,49fの他側には、それぞれスライド側ドッグ(ダボ)D3e,D3fが設けられ、これらに軸方向で隣接するフリー側ギヤ49a,49bには、それぞれ各スライド側ドッグD3e,D3fに対応するフリー側ドッグ(ダボ)D3a,D3bが設けられる。
【0053】
各スライド側ドッグおよびフリー側ドッグは、対応するスライドギヤ(スライドリング含む)およびフリーギヤ同士が近接することで互いに相対回転不能に係合し、スライドギヤおよびフリーギヤ同士が離間することで互いの係合を解除する。
【0054】
そして、各ドッグを介して各スライドギヤの何れかと対応するフリーギヤとが相対回転不能に係合することで、メインシャフト28およびカウンタシャフト29間でいずれかの変速ギヤ対を選択的に用いた動力伝達が行われる。また、各スライドギヤおよびフリーギヤ間の係合がすべて解除された状態(図5に示す状態)では、両シャフト28,29間の動力伝達が不能となり、この状態がトランスミッション47のニュートラル状態である。
【0055】
ECU42(図3参照)は、各センサ情報の他に、スロットルボディ16のスロットルバルブの開度センサTS、サイドスタンドの格納状態を検知する格納センサSS、前輪2の車輪速センサWS、操向ハンドル4a等に配設されたモードスイッチSW1、ギヤセレクトスイッチSW2、ニュートラル−ドライブ切り替えスイッチSW3等からの情報に基づいて、ツインクラッチ式変速機23およびギヤシフト装置41の作動を制御してトランスミッション47の変速段(シフトポジション)を変化させる。また、各センサ信号は、燃料噴射装置を制御するEFI−ECU42aにも伝達される。
【0056】
モードスイッチSW1により選択される変速モードは、車速(車輪速)およびエンジン回転数等の車両情報に基づき、トランスミッション47の変速段を自動で切り替えるフルオートマチックモードと、運転者の意思に基づきギヤセレクトスイッチSW2の操作のみでトランスミッション47の変速段を切り替え可能とするセミオートマチックモードとがある。現在の変速モードおよび変速段は、例えば、操向ハンドル4aの近傍に設けたメータ装置Mに表示される。また、ニュートラル−ドライブスイッチSW3の操作により、トランスミッション47を所定の変速段で動力伝達が可能な状態とニュートラル状態との間で切り替え可能とされている。
【0057】
図4を参照して、プライマリドリブンギヤ58の近傍には、エンジン回転数センサSE3が配設されている。また、駆動ギヤ48aの近傍には、内シャフト43の回転数を検知するための内シャフト回転数センサSE10が配設されており、駆動ギヤ48bの近傍には、外シャフト44の回転数を検知するための外シャフト回転数センサSE11が配設されている。さらに、カウンタシャフト29の近傍には、カウンタシャフト回転数センサSE19が配設されている。各センサ信号は、ECU42およびEFI−ECU42aに伝達される。なお、各回転数センサは、本実施形態の例に限られず、所望の情報が検知可能な種々の位置に配設することが可能である。
【0058】
図5に示すように、ツインクラッチ26は、奇数変速段用の変速ギヤ対に連結される第1クラッチ51aをクラッチケース25内の右側(車幅方向外側)に配置し、偶数変速段用の変速ギヤ対に連結される第2クラッチ51bをクラッチケース25内の左側(車幅方向内側)にそれぞれ配置してなる。各クラッチ51a,51bは、その軸方向で交互に重なる複数のクラッチ板(各クラッチディスク61a,61bおよび各クラッチプレート66a,66b)を有する湿式多板式とされる。
【0059】
各クラッチ51a,51bは、外部からの供給油圧によりプレッシャプレート52a,52bを軸方向で変位させて所定の係合力を得る油圧式であり、プレッシャプレート52a,52bをクラッチ切断側に付勢する戻しスプリング53a,53bと、プレッシャプレート52a,52bにクラッチ接続側への押圧力を付与する接続側油圧室54a,54bと、プレッシャプレート52a,52bにクラッチ切断側への押圧力を付与してその戻り動作を補助する切断側油圧室55a,55bとを有している。
【0060】
切断側油圧室55a,55bには、メインオイルポンプからの比較的低圧な油圧が常時供給されており、接続側油圧室54a,54bには、油圧供給装置46(クラッチ用オイルポンプ32)からの比較的高圧な油圧が選択的かつ個別に供給される。
【0061】
各クラッチ51a,51bは、単一のクラッチアウタ56を共有して略同一径に構成されている。クラッチアウタ56は右方に開放する有底円筒状をなし、その底部中央部が外シャフト44の左右中間部に相対回転可能に支持されている。クラッチアウタ56の左内側には第1クラッチ51a用のクラッチセンタ57aが配置され、クラッチアウタ56の右内側には第2クラッチ51b用のクラッチセンタ57bが配置されている。クラッチセンタ57bは、外シャフト44の右端部に一体回転可能に支持されている。
【0062】
クラッチアウタ56の底部左側には、スプリングダンパ59を介してプライマリドリブンギヤ58が取り付けられ、該プライマリドリブンギヤ58には、クランクシャフト21のプライマリドライブギヤ58aが噛み合う。クラッチアウタ56には、クランクシャフト21の回転動力がスプリングダンパ59を介して入力される。クラッチアウタ56は、クランクシャフト21の回転に伴い、メインシャフト28とは個別に回転する。
【0063】
クラッチアウタ56におけるプライマリドリブンギヤ58より左側には、各オイルポンプを駆動するためのドライブスプロケット56bが一体回転可能に設けられている。クラッチアウタ56の右側内周には、第1クラッチ51a用の複数のクラッチプレート61aが一体回転可能に支持されている。また、クラッチアウタ56の左側内周には、第2クラッチ51b用の複数のクラッチプレート61bが一体回転可能に支持されている。
【0064】
クラッチアウタ56の外周には、軸方向に沿う複数の係合溝が形成されており、各クラッチプレート61a,61bの内周には各係合溝に対応する複数の係合突部が形成されている。そして、この各係合突部が各係合溝に相対回転不能に係合することで、各クラッチプレート61a,61bがクラッチアウタ56に一体回転可能に支持される。
【0065】
第1クラッチ51aのクラッチセンタ57a左側のフランジ部64aには、右方に向けて起立する内壁部65aが設けられ、該内壁部65aの外周には複数のクラッチディスク(フリクションプレート)66aが一体回転可能に支持されている。
【0066】
クラッチセンタ57aの外周には、軸方向に沿う複数の係合溝が形成されており、各クラッチディスク66aの内周には各係合溝に対応する複数の係合突部が形成されている。そして、この各係合突部が各係合溝に相対回転不能に係合することで、各クラッチディスク66aがクラッチセンタ57に一体回転可能に支持される。
【0067】
フランジ部64aの右方にはプレッシャプレート52aが対向配置されており、このプレッシャプレート52aの外周側とフランジ部64aの外周側との間には、各クラッチプレート61aおよび各クラッチディスク66aが、軸方向で交互に重なった積層状態で配置されている。
【0068】
プレッシャプレート52aの内周側とフランジ部64aの内周側との間には、切断側油圧室55aが形成されると共に、プレッシャプレート52aを右方(フランジ部64aから離間する側、クラッチ切断側)に付勢する戻しスプリング53aが配置されている。プレッシャプレート52aの内周側の右方には、クラッチセンタ57a右側の中央筒部62aの外周に設けられたサポートフランジ部67aが対向配置され、このサポートフランジ部67aとプレッシャプレート52aの内周側との間に、接続側油圧室54aが形成されると共に戻しスプリング53aが配置されている。
【0069】
一方、第2クラッチ51bのクラッチセンタ57b左側のフランジ部64bには、右方に向けて起立する内壁部65bが設けられ、該内壁部65bの外周には複数のクラッチディスク66bが一体回転可能に支持されている。
【0070】
クラッチセンタ57bの外周には、軸方向に沿う複数の係合溝が形成されており、各クラッチディスク66bの内周には各係合溝に対応する複数の係合突部が形成されている。そして、この各係合突部が各係合溝に相対回転不能に係合することで、各クラッチディスク66bがクラッチセンタ57bに一体回転可能に支持される。
【0071】
フランジ部64bの右方にはプレッシャプレート52bが対向配置されており、このプレッシャプレート52bの外周側とフランジ部64bの外周側との間には、各クラッチプレート61bおよび各クラッチディスク66bが、軸方向で交互に重なった積層状態で配置されている。
【0072】
プレッシャプレート52bの内周側とフランジ部64bの内周側との間には、切断側油圧室55bが形成されると共に、プレッシャプレート52bを右方(フランジ部64bから離間する側、クラッチ切断側)に付勢する戻しスプリング53bが配置されている。プレッシャプレート52bの内周側の右方には、クラッチセンタ57b右側の中央筒部62bの外周に設けられたサポートフランジ部67bが対向配置され、このサポートフランジ部67bとプレッシャプレート52bの内周側との間に、接続側油圧室54bが形成されると共に戻しスプリング53bが配置されている。
【0073】
クラッチケース25の右側を構成するクラッチカバー69には、第1供給油路92a、第2供給油路92b、およびカバー内主供給油路71aがそれぞれ設けられている。また、内シャフト43の右中空部43a内には、各油路92a,92b,71aと個別に連通する油路が適宜形成されている。
【0074】
上記した構成により、第1供給油路92a等を通じて、クラッチ用オイルポンプ32からの油圧が第2クラッチ51bの接続側油圧室54bに供給可能となる。また、カバー内主供給油路71等を通じて、メインオイルポンプからの油圧が第1クラッチ51aの切断側油圧室55aに供給可能となる。さらに、第2供給油路92b等を通じてクラッチ用オイルポンプ32からの油圧が第1クラッチ51aの接続側油圧室54aに供給可能となり、第2クラッチ51bの切断側油圧室55bには、主供給油路71等を通じてメインオイルポンプからの油圧が供給可能となる。
【0075】
各クラッチ51a,51bは、エンジン停止状態(各オイルポンプの停止状態)では、各戻しスプリング53a,53bの付勢力によりプレッシャプレート52a,52bが右方に変位し、各クラッチプレート61a,61bおよび各クラッチディスク66a,66bの摩擦係合が解除されたクラッチ切断状態となる。また、エンジン運転状態であっても油圧供給装置46からの油圧供給が停止した状態では、プレッシャプレート52a,52bに戻しスプリング53a,53bの付勢力および各切断側油圧室55a,55bの油圧が作用し、前記同様にクラッチ切断状態となる。すなわち、本実施形態に係るツインクラッチ26は、何らの制御が行われていない時にクラッチが切断状態となる「ノーマリオープン式」とされている。
【0076】
第1クラッチ51aにおいて、エンジン運転状態かつ油圧供給装置46から接続側油圧室54aに比較的高圧の油圧が供給される状態では、切断側油圧室55aの油圧および戻しスプリング53aの付勢力に抗してプレッシャプレート52aが左方(フランジ部64a側、クラッチ接続側)に移動し、各クラッチプレート61aおよび各クラッチディスク66aが狭圧されて互いに摩擦係合することで、クラッチアウタ56とクラッチセンタ57aとの間でのトルク伝達が可能なクラッチ接続状態となる。
【0077】
また、第2クラッチ51bにおいて、エンジン運転状態かつ油圧供給装置46から接続側油圧室54bに比較的高圧の油圧が供給される状態では、切断側油圧室55bの油圧および戻しスプリング53bの付勢力に抗してプレッシャプレート52bが左方(フランジ部64b側、クラッチ接続側)に移動し、各クラッチプレート61bおよび各クラッチディスク66bが挟圧されて互いに摩擦係合することで、クラッチアウタ56とクラッチセンタ57bとの間でのトルク伝達が可能なクラッチ接続状態となる。
【0078】
そして、各クラッチ51a,51bのクラッチ接続状態から接続側油圧室54a,54bへの油圧供給が停止すると、切断側油圧室55a,55bの油圧および戻しスプリング53a,53bの付勢力によりプレッシャプレート52a,52bが右方に変位し、各クラッチプレート61a,61bおよび各クラッチディスク66a,66bの摩擦係合が解除され、クラッチアウタ56とクラッチセンタ57a,57bとの間のトルク伝達が不能となったクラッチ切断状態となる。
【0079】
各クラッチ51a,51bの切断側油圧室55a,55bに供給されたエンジンオイルは、内壁部65a,65b等に適宜形成された油路を介して油圧室外に導かれ、内壁部65a,65b外周の各クラッチプレート61a,61bおよび各クラッチディスク66a,66bに適宜供給される。このように切断側油圧室55a,55b内の作動油を逃がすことで、切断側油圧室55a,55b内の油圧を所定の低圧状態に保ち、かつ切断状態にある各クラッチ51a,51bにおける各クラッチプレート61a,61bおよび各クラッチディスク66a,66bの潤滑性および冷却性を向上させる。
【0080】
上記ツインクラッチ式変速機23において、自動二輪車1のエンジン始動後であっても、サイドスタンドが起立している等により停車状態であると判断される場合には、各クラッチ51a,51bの両者がクラッチ切断状態に保たれる。そして、例えば、サイドスタンドが格納されたり各スイッチSWA,SW2,SW3が操作された場合には、自動二輪車1の発進準備としてトランスミッション47がニュートラル状態から1速ギヤ(発進ギヤ、変速ギヤ対45a)を用いての動力伝達を可能とした1速状態となり、この状態から例えばエンジン回転数が上昇することで、第1クラッチ51aが半クラッチを経てクラッチ接続状態となり、自動二輪車1を発進させる。
【0081】
自動二輪車1の走行時には、各クラッチ51a,51bにおける現在のシフトポジションに対応する一方のみが接続状態となり、他方は切断状態のままとなる。これにより、内外シャフト43,44の一方および各変速ギヤ対45a〜45fの何れかを介しての動力伝達が行われる。このとき、車両情報に基づきECU42がツインクラッチ式変速機23の作動を制御し、次のシフトポジションに対応する変速ギヤ対を用いての動力伝達が可能な状態を予め作り出す。以下、この状態を作り出す動作を「予備変速」と呼称する。
【0082】
具体的には、現在のシフトポジション(変速段)が例えば奇数段(または偶数段)であれば、次のシフトポジションは偶数段(または奇数段)となるので、偶数段(または奇数段)の変速ギヤ対を用いての動力伝達を可能とするために予備変速を実行する。このとき、第1クラッチ51aは接続状態であるが、第2クラッチ51b(または第1クラッチ51a)は切断状態にあるため、外シャフト44(または内シャフト43)および偶数段(または奇数段)の変速ギヤ対にはエンジン出力が伝達されない。
【0083】
その後、ECU42がシフトタイミングに達したと判断すると、第1クラッチ51a(または第2クラッチ51b)を切断状態とすると共に第2クラッチ51b(または第1クラッチ51a)を接続状態とすることのみで、予め選定した次のシフトポジションに対応する変速ギヤ対を用いた動力伝達に切り替わる。これにより、変速時のタイムラグや動力伝達の途切れを生じさせない迅速かつスムーズな変速が可能となる。
【0084】
また、ツインクラッチ式変速機23は、変速段一定の通常走行時には、切断状態にあるクラッチ(51aまたは51b)の接続側油圧室に「予圧」としての微少油圧を供給して、該クラッチをクラッチ接続側へ微少量作動させるように構成されている。この微少油圧は、当該クラッチの機械的な遊びを詰めるのに必要最低限以上の油圧、換言すれば、クラッチのリターンスプリングの力に相当する以上の油圧に相当する。
【0085】
変速段一定の通常運転時において、接続状態にあるクラッチ(接続側クラッチ)では、クランクシャフト21側の部品(プライマリドリブンギヤ58と一体的に回転する部品、すなわちクラッチアウタ56、およびクラッチプレート61aまたは61b等)と、トランスミッション47側の部品(メインシャフト28と一体的に回転する部品、すなわちクラッチセンタ57aまたは57b、およびクラッチディスク66aおよび66b等)とが、互いに一体的に回転することとなる。一方、通常運転時において、切断状態にあるクラッチ(切断側クラッチ)では、クランクシャフト21側の部品が、停止状態にあるトランスミッション47側の部品に対して空転することとなる。
【0086】
各クラッチ51a,51bにおいて、クラッチアウタ56外周の係合溝と各クラッチプレート61a,61b外周の係合突部との間、および各クラッチセンタ57a,57b外周の係合溝と各クラッチディスク66a,66b内周の係合突部との間には、駆動力(トルク)の非伝達時において、それぞれ回転方向で機械的遊び(クリアランス)を有するが、前述の如く切断状態にあるクラッチをクラッチ接続側へ微少量作動させておくことにより、クランクシャフト21側の部品からトランスミッション47側の部品へ微少トルクが付与される。これにより、回転方向の遊びを詰めることができ、この遊びに基づく通常運転時の音の発生を抑えることが可能となる。
【0087】
図7は、車体のロール角と変速制御パターンとの関係を示す説明図である。前記と同一符号は、同一または同等部分を示す。自動二輪車1には、ヘッドパイプ6の車体前方側の位置に、ロール角検知手段としての角度センサSE15が取り付けられている。ジャイロセンサからなる角度センサSE15は、水平な路面Gに対する垂線Oを基準とした車体中心線Ceの傾き、すなわち重力方向に対する車体の傾斜角としてのロール角θを検知可能に構成されている。
【0088】
そして、前記したように、本実施形態に係るクラッチ制御装置は、第1クラッチ51aおよび第2クラッチ51bの断接速度を任意に調整することができる。具体的には、クラッチの持ち替えによる変速動作時に、接続状態にあった一方側のクラッチを切断する速さおよび切断状態にあった他方側のクラッチを接続する速さを変えることで、クラッチの持ち替え速度を増減することが可能である。
【0089】
本実施形態に係る変速制御装置では、車体のロール角θが第2のロール角θ1を超える「領域D」では変速動作を禁止すると共に、ロール角θが第2のロール角θ1に満たない領域で変速要求があった場合には、通常時の変速制御パターンより駆動力の経時変化が小さい変速制御パターンによる変速動作を実行する点に特徴がある。この変速制御は、車速やエンジン回転数に応じてギヤ段数を自動的に切り替えるフルオートマチックモードおよび乗員の変速スイッチ操作に基づいてギヤ段数を切り替えるセミオートマチックモードの両モードにおいて同様に実行可能である。
【0090】
なお、上記した「変速要求」とは、セミオートマチックモードにおいては、操向ハンドル4aに隣接配置されたギヤセレクトスイッチSW2の乗員による操作であり、フルオートマチックモードにおいては、ECU42に記憶された変速マップに基づく自動変速のタイミングとなる。
【0091】
本実施形態に係る変速制御を説明すると、制御部42は、ロール角θが第1のロール角θ2を超える領域では通常の変速動作を行わない。さらに具体的には、ロール角θがフルバンク状態又は車両の一部の部品が路面に接触するときに相当する第2のロール角θ1を超える領域Dでは、変速要求があった場合でも変速動作を禁止する。このような第2のロール角は、車両の旋回状態では、旋回の略中間、すなわちコーナー旋回半径の略中央であることが多い。なお、車速が高くなれば、サスペンションが縮むため、接地するロール角θ1は、小さくなる。したがって、第2のロール角θ1は、車速を基準としたテーブルに応じて可変して設定してもよい。
【0092】
また、第1のロール角θ2から該第1のロール角θ2より大きい第2のロール角θ1までの「領域C」で変速要求があった場合には、通常変速制御より駆動力の経時的変化が小さいソフト変速制御によって変速動作を行う。第1のロール角θ2は、一般的な旋回開始時点でのロール角(例えば、30〜40°)にて設定するのが良く、従来変速を禁止していた状態において旋回初期の変速(シフトダウン)を変速ショックを少なくしながら実行することが可能となる。また、第1のロール角θ2からロール角ゼロまでの領域は、旋回後半のコーナー立上がり時点でのロール角にも相等し、旋回中であってもコーナー立上がり時点での変速(シフトアップ)を変速ショックなしに実行することも可能になる。
【0093】
また、ロール角θがゼロの直立状態から、第1のロール角θ2より小さな第3のロール角θ3までの「領域A」で変速要求があった場合には、通常変速制御より駆動力の経時的変化が大きいダイレクト変速制御によって変速動作を行う。そして、第3のロール角θ3と第1のロール角θ2との間の「領域B」において変速要求があった場合には、通常変速制御によって変速動作を行うように設定されている。
【0094】
ロール角が0(ゼロ)〜θ3までの間になされるダイレクト変速は、変速時間を通常よりも短縮できることから、特に、旋回後半のコーナー立上がり時の加速状態やスロットル全開での最大加速状態などの運転状態で採用されることが好ましく、ロール角だけでなく、コーナーの立上がりを検知するためのロール角履歴での立上がり判別や、スロットルが所定以上の高開度であることなどの複合条件から上記状態判別を行い制御に入ることが望ましい。
【0095】
図8は、ECU42およびその周辺機器の構成を示すブロック図である。前記と同一符号は、同一または同等部分を示す。ECU42は、変速制御部100、クラッチ油圧検知部110およびロール角判別部120を含む。変速制御部100には、変速マップ101、タイマ102および変速パターン決定部103が含まれる。タイマ102は、エンジン回転速度の算出するための時間計測や、変速動作にかかる時間等の種々の計測を行う。変速パターン決定部103は、ロール角判別部120が判別した自動二輪車1のロール角θに基づいて、変速要求があった場合に、変速禁止、通常変速、ソフト変速およびダイレクト変速のいずれの制御で対処するかを決定する。
【0096】
変速制御部100には、ギヤポジションセンサSE1、エンジン回転数センサSE3、内シャフト回転数センサSE10、外シャフト回転数センサSE11、カウンタシャフト回転数センサSE19、スロットル開度センサTS、油温センサSE7、吸気温センサSE12、大気圧センサSE13からの信号がそれぞれ入力される。また、第1クラッチ油圧センサSE8および第2クラッチ油圧センサSE9からの信号は、クラッチ油圧検知部110を介して変速制御部100に入力される。
【0097】
変速制御部100は、車両の通常走行時、ギヤポジションセンサSE1、エンジン回転数センサSE3、スロットル開度センサTSおよび車速情報に基づいて、3次元マップ等からなる変速マップ101に従って、シフト制御モータ39c、第1クラッチアクチュエータ91aおよび第2クラッチアクチュエータ91bを駆動して変速動作を実行する。また、変速制御部100は、変速マップ101に従った自動変速制御(フルオートマチック)およびギヤセレクトスイッチSW2の操作による半自動変速制御(セミオートマチック)において、「変速信号が発せられて変速中である」等の変速状態の検知も行う。
【0098】
ロール角判別部120は、角度センサSE15の出力信号に基づいてロール角θを算出する。ツインクラッチ式変速機23におけるクラッチ持ち替え制御の速さは、第1クラッチ油圧センサSE8および第2クラッチ油圧センサSE9の出力値とタイマ102による計測値とから算出することが可能である。また、クラッチ持ち替え制御の速さは、内シャフト回転センサSE10または外シャフト回転数センサSE11の出力値とカウンタシャフト回転数センサSE19の出力値から変速機の入出力回転比率の変化を求めて、この回転比率の変化とタイマ102による計測値とから算出することも可能である。
【0099】
図9は、本発明に係る変速制御装置による変速制御の手順を示すフローチャートである。ステップS1で変速制御要求があると、ステップS2に進んで角度センサSE15の出力値が読み込まれる。続くステップS3では、角度センサSE15の出力値に基づいて、ロール角判別部120(図8参照)によって車体のロール角θが判別される。
【0100】
ステップS4では、ロール角θが第2のロール角θ1以上か否かが判定される。ステップS4で肯定判定されると、ステップS5に進んで、変速動作が禁止されて一連の制御を終了する。
【0101】
一方、ステップS4で否定判定されると、ステップS6に進んで、ロール角θが第1のロール角θ2以上でかつ第2のロール角θ1未満であるか否かが判定される。ステップS6で肯定判定されると、ステップS7に進んで、ソフト変速パターンによる変速動作が実行されて、一連の制御を終了する。
【0102】
ステップS6で否定判定されると、ステップS8に進んで、ロール角θが第3のロール角θ3以上でかつ第1のロール角θ2未満であるか否かが判定される。ステップS8で肯定判定されると、ステップS9に進んで、通常変速パターンによる変速動作が実行されて、一連の制御を終了する。
【0103】
そして、ステップS8で否定判定されると、ロール角θがゼロ以上かつ第3のロール角θ3未満であるとしてステップS10に進み、ダイレクト変速パターンによる変速動作が実行されて、一連の制御を終了する。
【0104】
図10は、通常変速パターン、ソフト変速パターン、ダイレクト変速パターンが選択された場合のそれぞれの変速制御の流れを示すタイムチャートである。この図では、上から順に、シフトアップ変速時における、エンジン回転数の推移、後輪トルクの推移およびクラッチ容量の推移をそれぞれ示している。
【0105】
まず、エンジン回転数の推移に注目すると、所定のギヤで加速中に時刻t1でシフトアップ要求に伴う変速動作が開始された場合、通常変速(実線)では、エンジン回転数N1から比較的緩やかに下降して、時刻t3でクラッチが完全接続状態(クラッチ持ち替え動作完了)となり、その後は、シフトアップ後のインギヤ状態でエンジン回転数が上昇する。これに対し、ソフト変速(二点鎖線)の場合は、時刻t1でシフトアップ要求に伴う変速動作が開始された後、通常変速を大きく上回る緩やかさでエンジン回転数N1から下降を開始し、時刻t3より遅い時刻t5でクラッチが完全接続状態となる。さらに、ダイレクト変速(破線)の場合は、時刻t1でシフトアップ要求に伴う変速動作が開始された後、通常変速より急激かつ直線的にエンジン回転数N1から下降を開始し、時刻t3より早い時刻t2でクラッチが完全接続状態となる。なお、このグラフにはマニュアル変速機を乗員が手動で操作した場合の例も示している。手動変速(一点鎖線)の場合は、エンジン回転数N1から比較的緩やかでかつ直線的に下降して、時刻t3と時刻t5の間の時刻t4でクラッチが完全接続状態となる。
【0106】
次に、後輪トルクの推移は、所定のギヤで加速中に後輪トルクT1が発生している時刻t1で、シフトアップ要求に伴う変速動作が開始された場合を示す。通常変速(実線)では、後輪トルクT1から上方に凸の曲線を描いて比較的緩やかに下降し、時刻t3でクラッチが完全接続状態(クラッチ持ち替え動作完了)となり、後輪トルクT2に移行する。これに対し、ソフト変速(二点鎖線)の場合は、時刻t1でシフトアップ要求に伴う変速動作が開始された後、下方に凸の曲線を描いて緩やかに下降を開始し、時刻t5でクラッチが完全接続状態となる。さらに、ダイレクト変速(破線)の場合は、時刻t1でシフトアップ要求に伴う変速動作が開始された後、後輪トルクが直線的に下降を開始し、時刻t3より早い時刻t2において素早くクラッチが完全接続状態となる。なお、手動変速(一点鎖線)の場合は、時刻t1からクラッチの切断に伴うトルク抜け状態となり、時刻t3の近傍から急激に立ち上がって、時刻t3と時刻t5の間の時刻t4でクラッチが完全接続状態となる。
【0107】
最後に、クラッチ容量の推移は、他方側クラッチがクラッチ容量C2により接続状態にある時刻t1で、シフトアップ要求に伴う変速動作が開始される場合を示している。時刻t1においては、他方側クラッチのクラッチ容量C2はすでに変速要求に応じて下降を開始しており、これに代わって、切断状態にあった一方側クラッチが、クラッチ持ち替え動作の準備として急激にクラッチ容量C1まで高められるように構成されている。通常変速、ソフト変速およびダイレクト変速の差異は、時刻t1以降で現れることとなる。
【0108】
一方側クラッチのクラッチ容量に関して、通常変速(実線)では、クラッチ容量C1から比較的緩やかに下降した後に時刻t3で立ち上がってクラッチが完全接続状態となり、クラッチ容量C2に以降する。これに対し、ソフト変速(二点鎖線)の場合は、時刻t1でシフトアップ要求に伴う変速動作が開始された後、下方に凸の曲線を描いて緩やかに下降した後に時刻t4で立ち上がってクラッチが完全接続状態となる。さらに、ダイレクト変速(破線)の場合は、時刻t1でシフトアップ要求に伴う変速動作が開始された後、クラッチ容量がわずかに下降した後に、時刻t3より早い時刻t2で素早く立ち上がってクラッチが完全接続状態となる。なお、手動変速(一点鎖線)の場合は、時刻t1からクラッチの切断に伴ってクラッチ容量がゼロの状態となり、時刻t3を過ぎてから近傍から急激に立ち上がって、時刻t3と時刻t5の間の時刻t4でクラッチが完全接続状態となる。
【0109】
上記したように、クラッチの持ち替え速度は、クラッチを接続するためにクラッチ容量を立ち上がらせるタイミングに連動する。クラッチ容量が立ち上がるタイミングは、ダイレクト変速→通常変速→ソフト変速の順に遅くなるように設定されており、ロール角が大きくなるほどクラッチ持ち替え速度が遅くなることとなる。
【0110】
なお、この図では、変速要求がシフトアップの場合の推移を示したが、変速要求がシフトダウンの場合でも、変速時の駆動力変化の大きさが、ソフト変速<通常変速<ダイレクト変速の関係となるように制御される点は同様である。
【0111】
上記したように、本発明に係る自動二輪車の変速制御装置によれば、変速要求があった際に、車体のロール角θが、フルバンク状態に相当する第2のロール角θ1(例えば、45度)より大きい場合には変速禁止とし、また、第2のロール角θ1と第1のロール角θ2との間(例えば、45〜20度)の場合にはソフト変速とし、また、第1のロール角θ2と第3のロール角θ3との間(例えば、20〜10度)であれば通常変速とし、さらに、直立状態から第3のロール角θ3との間であればダイレクト変速によって変速動作を実行するので、車体のロール角に応じた好適な変速制御が実行可能となる。
【0112】
より詳しくは、車体のロール角θが、フルバンク状態に相当する第2のロール角θ1より大きい場合には変速禁止とすると共に、第2のロール角θ1と第1のロール角θ2との間の場合には、通常変速制御より駆動力の経時的変化が小さいソフト変速制御によって変速動作を行うことにより、車体が大きくバンクした状態で変速による駆動力変化が生じることを防ぐと共に、変速動作を禁止するほど運転者の操作負担が大きくならないロール角領域では駆動力の経時的変化が小さい変速制御を行うことで、運転者の操作負担を減らしつつ運転者の変速要求に可能な限り応えることが可能となる。
【0113】
図11は、通常変速パターン、ソフト変速パターン、ダイレクト変速パターンの変形例を示すタイムチャートである。この図でも、上から順に、シフトアップ変速時における、エンジン回転数の推移、後輪トルクの推移およびクラッチ容量の推移をそれぞれ示している。
【0114】
まず、エンジン回転数の推移に注目すると、所定のギヤで加速中に時刻t1でシフトアップ要求に伴う変速動作が開始された場合、通常変速(実線)では、エンジン回転数N1から比較的緩やかにかつ直線的に下降して、時刻t3でクラッチが完全接続状態(クラッチ持ち替え動作完了)となり、その後は、シフトアップ後のインギヤ状態でエンジン回転数が上昇する。これに対し、ソフト変速(二点鎖線)の場合は、時刻t1でシフトアップ要求に伴う変速動作が開始された後、エンジン回転数N1から、通常変速を大きく上回る緩やかさでかつ直線的に下降を開始し、時刻t3より遅い時刻t5でクラッチが完全接続状態となる。さらに、ダイレクト変速(破線)の場合は、時刻t1でシフトアップ要求に伴う変速動作が開始された後、エンジン回転数N1から、通常変速より急激かつ直線的に下降を開始し、時刻t3より早い時刻t2でクラッチが完全接続状態となる。なお、手動変速(一点鎖線)の場合は、エンジン回転数N1から、比較的緩やかでかつ直線的に下降して、時刻t3と時刻t5の間の時刻t4でクラッチが完全接続状態となる。
【0115】
次に、後輪トルクの推移は、所定のギヤで加速中に後輪トルクT1が発生している時刻t1で、シフトアップ要求に伴う変速動作が開始された場合を示す。本実施形態では、後輪トルクが階段状に変化するようにクラッチ制御が実行される。通常変速(実線)では、時刻t1でシフトアップ要求に伴う変速動作が開始された後、後輪トルクT1から後輪トルクT3に低下させて所定時間保持し、時刻t3でクラッチが完全接続状態(クラッチ持ち替え動作完了)となって後輪トルクT5に移行する。これに対し、ソフト変速(二点鎖線)の場合は、後輪トルクT3より小さい後輪トルクT4に低下させて所定時間保持した後、時刻t5でクラッチが完全接続状態となる。さらに、ダイレクト変速(破線)の場合は、後輪トルクT3より大きい後輪トルクT2に低下させて所定時間保持した後、時刻t3より早い時刻t2において素早くクラッチが完全接続状態となる。なお、手動変速(一点鎖線)の場合は、時刻t1からクラッチの切断に伴うトルク抜け状態となり、時刻t3を過ぎてから急激に立ち上がって、時刻t3と時刻t5の間の時刻t4でクラッチが完全接続状態となる。
【0116】
最後に、クラッチ容量の推移は、他方側クラッチがクラッチ容量C14により接続状態にある時刻t1で、シフトアップ要求に伴う変速動作が開始される場合を示している。時刻t1においては、他方側クラッチのクラッチ容量C14はすでに変速要求に応じて下降を開始しており、これに代わって、切断状態にあった一方側クラッチが、クラッチ持ち替え動作の準備として急激に高められるように構成されている。
【0117】
一方側クラッチのクラッチ容量に関して、通常変速(実線)では、クラッチ容量C12で所定時間保持された後に、時刻t3で立ち上がってクラッチが完全接続状態となり、クラッチ容量C14に以降する。これに対し、ソフト変速(二点鎖線)の場合は、クラッチ容量C12より小さいクラッチ容量C11で所定時間保持した後に、時刻t3より遅い時刻t5で立ち上がってクラッチが完全接続状態となる。さらに、ダイレクト変速(破線)の場合は、クラッチ容量C12より大きいクラッチ容量C13で所定時間保持した後に、時刻t3より早い時刻t2で素早く立ち上がってクラッチが完全接続状態となる。なお、手動変速(一点鎖線)の場合は、トルク抜けの状態から時刻t3を過ぎて急激に立ち上がり、時刻t3と時刻t5の間の時刻t4でクラッチが完全接続状態となる。
【0118】
図12は、車体のピッチ角と変速制御パターンとの関係を示す説明図である。前記と同一符号は、同一または同等部分を示す。車体の傾斜角度に応じて変速パターンを変更する制御は、車体のピッチ角に応じて実行することも可能である。ジャイロセンサからなる角度センサSE15は、後輪11の駆動力によって前輪2が路面Gから離間する、いわゆるウイリー状態によって生じる、水平な路面Gに対する車体前後方向の車体中心線Cpの傾斜角、すなわち、ピッチ角φを検知可能に構成されている。
【0119】
本実施形態に係る変速制御を具体的に説明すると、制御部42は、ピッチ角φが第2のピッチ角φ1を超える領域Kでは、変速要求があった場合でも変速動作を禁止する。また、第2のピッチ角φ1より小さい第1のピッチ角φ2から第2のピッチ角φ1までの「領域J」で変速要求があった場合には、通常変速制御より駆動力の経時的変化が小さいソフト変速制御によって変速動作を行う。
【0120】
また、ピッチ角θがゼロの直立状態から第1のピッチ角φ2より小さな第3のピッチ角φ3までの「領域H」で変速要求があった場合には、通常変速制御より駆動力の経時的変化が大きいダイレクト変速制御によって変速動作を行う。そして、第3のピッチ角φ3と第1のピッチ角φ2との間の「領域I」において変速要求があった場合には、通常変速制御によって変速動作を行うように設定されている。なお、ピッチ角φに応じた変速パターンの変更制御は、ロール角θに応じた変速パターンの変速制御と組み合わせて実行することが可能である。
【0121】
図13は、車体に生じるヨー角の説明図である。前記と同一符号は、同一または同等部分を示す。自動二輪車1の車体には、コーナリング(旋回)走行時にヨー角γが発生する。ヨー角γは、車体前後方向に指向するx軸まわりの回転角度をロール角θとし、車幅方向に指向するy軸まわりの回転角度をピッチ角φとした場合に、車体上下方向に指向するz軸まわりの回転角度に相当するものである。ヨー角γを検知することにより、自動二輪車1が、直進状態であるかコーナー走行中であるかを判定できるだけでなく、ロール角の変化を併せて考慮することで、コーナーの進入時または脱出時のいずれかであるかを判定することができる。
【0122】
図14は、ヨー角γを考慮したソフト変速制御の手順を示すフローチャートである。この制御は、図9に示したフローチャートのステップS7でソフト変速制御が選択された後に実行されるものである。ステップS10においてソフト変速制御が決定されると、ステップS11ではヨー角γの判別が実行される。続くステップS12では、ヨー角γの変化率に基づいて旋回(コーナリング)状態の判別が行われる。ステップS12では、例えば、ロール角θの増加と共にヨー角の変化率が所定値を超えた場合にコーナーの進入時と判定し、ロール角θの減少と共にヨー角の変化率が所定値を超えた場合にコーナーの脱出時と判定できる。また、コーナーへの進入時または脱出時の判定は、ロール角θの増加と共にヨー角γが増加した際にコーナー進入時とし、一方、ロール角θの減少と共にヨー角γが減少した場合にコーナー脱出時とすることもできる。ヨー角γの増減は、例えば、ロール角θが所定値に到達した際のヨー角γを基準値として記憶しておくことで認識可能である。
【0123】
ステップS13では、コーナー進入時であるか否かが判定される。ステップS13で肯定判定されるとステップS14に進んで、変速動作のうちのシフトダウンのみを許可してステップS15に進み、シフトアップ禁止状態でソフト変速制御が実行される。この処理は、通常、コーナー進入時であればシフトアップする必要がないため、誤った変速操作でシフトアップが行われることを防止するものである。
【0124】
一方、ステップS13で否定判定されると、ステップS16に進んでコーナー脱出時であるか否かが判定され、肯定判定されるとステップS17に進む。ステップS17では、変速動作のうちのシフトアップのみが許可され、ステップS15に進んでソフト変速制御が実行される。この処理は、通常、コーナー脱出時であればシフトダウンする必要がないため、誤った変速操作でシフトダウンが行われることを防止するものである。なお、ステップS16で否定判定された場合は、コーナリング状態を判別できないとして、そのまま一連の制御を終了する。
【0125】
なお、ツインクラッチ式変速機の構成、通常変速、ソフト変速およびダイレクト変速における対応ロール角の設定やクラッチ持ち替え速度の設定等は、上記実施形態に限られず、種々の変更が可能である。本発明に係る変速制御装置は、鞍乗型の三/四輪車等の各種車両に適用することが可能である。
【符号の説明】
【0126】
1…自動二輪車、23…ツインクラッチ、39c…シフト制御モータ、42…ECU(制御部)、91a,91b…第1,第2クラッチアクチュエータ、100…変速制御部、101…変速マップ、102…タイマ、103…変速パターン決定部、120…ロール角判別部、SE1…ギヤポジションセンサ、SE1…ギヤポジションセンサ、SE3…エンジン回転数センサ、SE8…第1クラッチ油圧センサ、SE9…第2クラッチ油圧センサ、SE10…内シャフト回転数センサ、SE11…外シャフト回転数センサ、SE19…カウンタシャフト回転数センサ、TS…スロットル開度センサ、110…クラッチ油圧検知部、SE15…角度センサ(ジャイロセンサ)、θ…ロール角、θ1…第2のロール角、θ2…第1のロール角、θ3…第3のロール角、φ1…第2のピッチ角、φ2…第1のピッチ角、φ3…第3のピッチ角、γ…ヨー角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動二輪車(1)の駆動力を生じるエンジン(13)と、該エンジン(13)と駆動輪(WR)との間に配設されると共に前記エンジン(13)の駆動力を変速して前記駆動輪(WR)に伝達する変速制御装置(23,41)と、前記自動二輪車(1)のロール角(θ)を検知するロール角検知手段(SE15)と、所定の変速要求に応じて前記変速制御装置(23,41)を制御すると共に前記ロール角(θ)が第1のロール角(θ2)を超えた場合には通常変速制御を行わないようにした制御部(42)とを備えた自動二輪車の変速制御装置において、
前記制御部(42)は、前記ロール角(θ)が、前記第1のロール角(θ2)から該第1のロール角(θ2)より大きい第2のロール角(θ1)までの領域(C)では、前記通常変速制御より駆動力の経時的変化が小さいソフト変速制御によって変速動作を行うことを特徴とする自動二輪車の変速制御装置。
【請求項2】
前記制御部(42)は、前記ロール角(θ)がゼロの直立状態から、前記第1のロール角(θ2)より小さな第3のロール角(θ3)までの領域(A)では、前記通常変速制御より駆動力の経時的変化が大きいダイレクト変速制御によって変速動作を行い、また、前記第3のロール角(θ3)と前記第1のロール角(θ2)との間の領域(B)では、前記通常変速制御によって変速動作を行うことを特徴とする請求項1に記載の自動二輪車の変速制御装置。
【請求項3】
前記制御部(42)は、一方側クラッチ(51a)および他方側クラッチ(51b)を有するツインクラッチ式変速機(23)のクラッチの持ち替え速度を変化させることにより、前記ソフト変速制御、通常変速制御およびダイレクト変速制御における駆動力変化の大きさを異ならせることを特徴とする請求項2に記載の自動二輪車の変速制御装置。
【請求項4】
前記ロール角(θ)が大きいほど、変速前に切断状態にあった一方側または他方側のクラッチを接続状態に切り換えるためにクラッチ容量を上昇させるタイミングが遅くなるように構成されていることを特徴とする請求項3に記載の自動二輪車の変速制御装置。
【請求項5】
前記ロール角(θ)は、ジャイロセンサからなる前記ロール角検知手段(SE15)を用いて、重力方向を基準として判別されることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の自動二輪車の変速制御装置。
【請求項6】
前記ロール角(θ)が、前記第2のロール角(θ1)を超えた場合には、変速動作を禁止するようにしたことを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の自動二輪車の変速制御装置。
【請求項7】
前記ロール角検知手段(SE15)は、前記ロール角(θ)に加えて車体のピッチ角(φ)も検知可能なジャイロセンサからなり、
前記制御部(42)は、車体のピッチ角(φ)が第2のピッチ角(φ1)を超えた場合には変速動作を禁止し、前記ピッチ角(φ)が、前記第2のピッチ角(φ1)より小さい第1のピッチ角(φ2)から前記第2のピッチ角(φ1)までの領域(J)では、通常変速制御より駆動力の経時的変化が小さいソフト変速制御によって変速動作を行うことを特徴とする請求項1に記載の自動二輪車の変速制御装置。
【請求項8】
前記ロール角検知手段(SE15)は、前記ロール角(θ)に加えて車体のヨー角(γ)も検知可能なジャイロセンサからなり、
前記制御部(42)は、前記ロール角(θ)に応じてソフト変速制御が実行される際に前記ヨー角(γ)を検知し、該ヨー角(γ)と前記ロール角(θ)との関係に基づいて車体がコーナー進入時であるかコーナー脱出時であるかを判定し、コーナー進入時の場合はシフトアップを禁止してシフトダウンのみの前記ソフト変速制御を実行すると共に、コーナー脱出時の場合はシフトダウンを禁止してシフトアップのみの前記ソフト変速制御を実行することを特徴とする請求項1に記載の自動二輪車の変速制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図12】
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【図13】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図14】
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【公開番号】特開2012−197809(P2012−197809A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−60715(P2011−60715)
【出願日】平成23年3月18日(2011.3.18)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】