説明

蒸着マスク

【課題】ガラスを支持基板として個別マスクを複数配置することで、蒸着マスクを大面積化することが可能となるが、蒸着工程後に蒸着マスクと被蒸着基板とを離す際に、個別マスクと被蒸着基板との間で剥離帯電が起きるため、個別マスクと被蒸着基板との間で放電が発生し、被蒸着基板中に備えられているTFTや、有機EL装置の発光部が破壊され、被蒸着基板の特性が劣化するという課題がある。
【解決手段】蒸着マスク100は、個別マスク101、支持基板102、フレーム103、導電性領域104を備えている。支持基板102は、個別マスク101を支える機能を有しており、硬質ガラスにより構成されている。導電性領域104は、個別マスク101と電気的に接続され、支持基板102を介して導電性のフレーム103と電気的に接続されるよう配置され、剥離帯電による静電気を個別マスク101から被蒸着基板へと導き、被蒸着基板の破損を防止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸着マスクに関する。
【背景技術】
【0002】
蒸着マスクを用いて選択的に膜を形成する技術は、たとえば有機エレクトロルミネッセンス(以下ELと略称する)装置関連の製造工程で用いられている。有機EL装置に用いられる有機機能層は、水分や溶剤、酸素を極度に嫌う。そのため、有機EL装置の製造工程中には、シリコン系デバイスで好適に用いられるフォトリソグラフ・エッチング法の適用が難しい工程がある。そのため、蒸着マスクを用いて選択的に膜を形成する技術が好適な技術として用いられている。なお、ここで、「蒸着」とはPVD(物理蒸着)を指すものとし、抵抗加熱蒸着、電子ビーム蒸着、イオンプレーティング蒸着、スパッタ蒸着、イオンビーム蒸着等を含むものとして扱う。
【0003】
蒸着マスクの構成としては、特許文献1に記載されているように、単結晶シリコンを用いた個別マスク(チップと呼称している)をパイレックス(登録商標)ガラス等で形成された支持基板上に複数配置する構成が知られている。ガラスは高い平面精度、平坦性を保った状態で2m×2m程度の大きな寸法を有する板を形成することができる。そのため、大きな被蒸着基板に対して蒸着処理を行うことが可能となるという利点を有している。
【0004】
【特許文献1】特開2005−276480号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ガラスを支持基板として個別マスクを複数配置することで、蒸着マスクを大面積化することが可能となるが、蒸着工程後に蒸着マスクと被蒸着基板とを離す際に、個別マスクと被蒸着基板との間で剥離帯電が起こる場合がある。剥離帯電が生じることで、個別マスクと被蒸着基板との間で放電が発生し、被蒸着基板中に備えられているTFT(薄膜トランジスタ)や、有機EL装置の発光部が破壊され、被蒸着基板の特性が劣化するという課題がある。
【0006】
また、ITO(インジウム・錫・酸化物)の方法として用いられるイオンプレーティング蒸着法等、蒸着法によっては蒸着粒子が電荷を持つ場合があり、蒸着を行う工程で支持基板と被蒸着基板とに電荷が蓄積されることで放電が発生し、やはりTFTや有機EL装置の発光部が破壊され、被蒸着基板の特性が劣化するという課題がある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり以下の形態又は適用例として実現することが可能である。なお、ここで、「蒸着」とは広義のPVD(物理蒸着法)を指すものとし、抵抗加熱蒸着、電子ビーム蒸着、イオンプレーティング蒸着、スパッタ蒸着、イオンビーム蒸着等を含むものとして定義する。また、「導電性」とは、静電気帯電による電荷による電位や、蒸着プロセスで印加された電荷により生じる電位が被蒸着基板と蒸着マスクとの間でのスパーク状放電を抑制し、さらに被蒸着基板が受けるダメージが防がれるよう電荷を輸送しうる機能を有する状態として定義する。
【0008】
[適用例1]本適用例にかかる蒸着マスクは、被蒸着基板と重ねて配置され、前記被蒸着基板に選択的に蒸着層を形成する蒸着マスクであって、少なくとも一部が電気的に導電性を有し前記被蒸着基板と電気的に接続されたフレームと、前記フレームに固定された電気的に絶縁性を有する支持基板と、前記支持基板に固定された導電性を有する領域を備えた個別マスクと、を含み、前記支持基板は、前記個別マスクの導電性を有する領域と前記フレームとの間を電気的に接続する導電性領域を備えていることを特徴とする。
【0009】
これによれば、蒸着工程後、被蒸着基板と蒸着マスクとを離す際に、剥離帯電により生じる被蒸着基板と個別マスク間での電荷を、個別マスクから支持基板の導電性領域、フレームとを介して被蒸着基板に導くことが可能となり、被蒸着基板と個別マスクとの間での放電により生じる被蒸着基板に備えられているTFTや、有機EL素子の静電破壊を防止することが可能となる。また、剥離帯電に限らず、蒸着工程中に印加される電荷に対しても同様に導き、放電を防ぐことが可能となる。
【0010】
[適用例2]上記適用例にかかる蒸着マスクは、前記導電性領域は前記支持基板全面に備えられていることを特徴とする。
【0011】
上記した適用例によれば、個別マスクとフレームとの間の導通を確実に取ることが可能となり、被蒸着基板の静電気による損傷を防止することが可能となる。
【0012】
[適用例3]上記適用例にかかる蒸着マスクは、前記導電性領域は前記支持基板内での平面視にて一部分に存在していることを特徴とする。
【0013】
上記した適用例によれば、支持基板からの導電性領域の剥がれを抑えることができる。蒸着マスクは、被蒸着基板の製造工程中に熱量が印加され、温度上昇が生じる。この温度上昇により支持基板と導電性領域との間に熱応力が発生する。ここで、導電性領域が一部分に存在していることで、熱応力を緩和する領域が確保され、導電性領域の剥がれは抑制される。そのため、導電性領域の剥がれに起因するパーティクルの発生が抑えられ、被蒸着基板の不良発生を抑えることが可能となる。また、応力に伴う支持基板の反りが抑えられるようになるため、被蒸着基板と蒸着マスクとの密着性を確保することが容易となる。
【0014】
[適用例4]上記適用例にかかる蒸着マスクは、前記導電性領域は線形状を備え、かつ前記導電性領域の線幅は50μm以上500μm以下の値を有することを特徴とする。
【0015】
上記した適用例によれば、導電性領域の剥がれや、応力に伴う支持基板の反りが抑えられる。ここで、50μm以上の線幅を確保することで、導電性領域と他物体との接触、あるいは蒸着マスクの洗浄に伴う損傷による断線を抑制することができる。また、500μm以下の線幅に抑えることで、応力に起因する支持基板からの導電性領域の剥がれを抑制することができる。また、応力による支持基板の変形を抑制することが可能となる。
【0016】
[適用例5]上記適用例にかかる蒸着マスクは、前記個別マスクと前記被蒸着基板との電気的経路の途中に電気抵抗を備え、かつ前記電気抵抗の抵抗値は、10kΩ以上10MΩ以下であることを特徴とする。
【0017】
上記した適用例によれば、急激な放電による被蒸着基板への損傷を防ぐことが可能となる。ここで、10kΩ以上の抵抗値を持つ電気抵抗を介して電荷を逃がすことで、蒸着マスクと被蒸着基板との間を通る電荷の移動速度を抑え、被蒸着基板に備えられているTFTや、有機EL素子の静電破壊を防止することが可能となる。また、10MΩ以下の抵抗値を介して電荷を逃がすことで、電荷の蓄積を防ぎ、電荷を速やかに逃がすことが可能となる。
【0018】
[適用例6]上記適用例にかかる蒸着マスクは、前記支持基板にガラスを用いることを特徴とする。
【0019】
上記した適用例によれば、ガラスは高い平面精度、平坦性を保った状態で2m×2m程度の大きな寸法を有する板を形成することができる。そのため、大きな被蒸着基板に対して蒸着処理を行うことが可能となり、スループットの向上を図ることが可能となる。
【0020】
[適用例7]上記適用例にかかる蒸着マスクは、前記導電性領域はクロムまたはコバール合金、またはシリコンを用いることを特徴とする。
【0021】
上記した適用例によれば、クロム(7×10-6/K)やコパール合金(5×10-6/K)、シリコン(3×10-6/K)は、ガラス(3×10-6/K)と熱膨張係数が近いため、熱応力による支持基板の撓みや、導電性領域の断線を防止することが可能となる。
【0022】
[適用例8]上記適用例にかかる蒸着マスクは、前記個別マスクにシリコンを用いることを特徴とする。
【0023】
上記した適用例によれば、シリコン(3×10-6/K)はガラス(3×10-6/K)と熱膨張係数が近いため、熱応力による支持基板や個別マスクの歪みを防止することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明を具体化した各実施形態を図面に基づいて説明する。
(第1の実施形態:導電性領域を備えた蒸着マスクの構成)
以下、第1の実施形態として導電性領域を備えた蒸着マスクの構成について説明する。図1(a)は、蒸着マスクの平面図、(b)は、蒸着マスクのA−A’線断面図である。図2は、蒸着マスクを用いて被蒸着基板に蒸着を行う蒸着装置の模式図である。蒸着マスク100は、個別マスク101、支持基板102、フレーム103、導電性領域104を備えている。
【0025】
蒸着装置110は、真空容器111、排気系112、搬送系113、蒸着源114、シャッター115を備え、蒸着マスク100を用いて被蒸着基板120への蒸着を行う。
【0026】
真空容器111は、蒸着マスク100や、被蒸着基板120、搬送系113、蒸着源114、シャッター115を内包しており、大気と遮断する機能を有している。真空容器111は、典型的にはステンレス鋼(SUS)により構成される。
【0027】
排気系112は、真空容器111内の雰囲気を排気し、後述する蒸着源114からの蒸着物質の平均自由工程を確保し、また蒸着物質と雰囲気との反応を抑制すべく真空容器111内を減圧する機能を有している。排気系としては、ドライポンプ、ターボ分子ポンプ、クライオポンプ等のポンプを用いることができる。
【0028】
搬送系113は、蒸着マスク100と、被蒸着基板120とを重ねた状態で搬送する機能を有している。
【0029】
蒸着源114は、被蒸着基板120に蒸着物質を供給し、蒸着方法を用いた成膜を行う機能を有している。蒸着源114は、たとえば抵抗加熱を用いて蒸着物質を気相状にして被蒸着基板120に蒸着物質を供給している。
【0030】
シャッター115は、蒸着源114から被蒸着基板120に導かれる蒸着物質の流れを制御し、蒸着源114からの蒸着物質の供給が安定したときに開けられ、所望の膜厚まで膜が形成されたときに閉じられる。シャッター115は、被蒸着基板120に成膜される層厚を制御する機能を有している。
【0031】
個別マスク101は、被蒸着基板120と接触し、蒸着工程におけるマスクとして機能する。典型的には、単結晶シリコン基板を用いてエッチングを行うことで形成される。単結晶シリコン基板は、水酸化カリウム等を用いて異方性エッチングを行うことができる。この異方性エッチングを用いて、被蒸着基板120上に、微細なパターンを形成し得る個別マスク101を得ることが可能となる。
【0032】
また、単結晶シリコン基板の熱膨張係数は3×10-6/℃程度であり、SUSに代表される金属の15×10-6/℃と比べ熱膨張係数が小さく、より精密なパターン寸法を形成する蒸着マスク100に好適に用いることができる。
【0033】
支持基板102は、個別マスク101を支える機能を有しており、典型的には硬質ガラス(たとえば硼珪酸ガラス)により構成されている。硬質ガラスは、3×10-6/℃程度の熱膨張係数を持っており、蒸着工程で支持基板102の温度が上昇しても、パターン寸法の変動は小さく抑えられ、精密なパターン形成を行うことを可能としている。特に個別マスク101に単結晶シリコンを用いた場合、硬質ガラスと単結晶シリコンとの熱膨張係数はほぼ同一の値を有することから、蒸着工程中に温度が上昇しても支持基板102や個別マスク101の歪みを小さく抑えることが可能となる。加えて、硬質ガラスはたとえば2m×2m程度の大型基板でも容易に得ることが可能であり、かつ高い平面精度を実現していることから、多数の個別マスク101を精度良く支えることを可能としている。支持基板102と個別マスク101は、たとえばエポキシ系の樹脂により接着されている。
【0034】
フレーム103は、支持基板102を支える機能を有しており、典型性にはSUSにより構成されている。SUSは、ガス吸着性が低く、かつ防錆性を備えているため、真空雰囲気内で好適に用いられる。ここで、フレーム103は、図2に示す真空容器111を介して接地されている。フレーム103と支持基板102とは、ねじ止めなどの機械的保持機構により組み合わされている。
【0035】
導電性領域104は、個別マスク101と電気的に接続され、支持基板102を介してフレーム103と電気的に接続されるよう配置される。典型的なパターンとしては、図1に示すように、マトリクス状の配線パターンが用いられる。導電性領域104を構成する物質としては、典型的には金属のクロムが用いられる。クロムは、熱膨張係数が6×10-6/℃と、硬質ガラスと比較的近い熱膨張係数を持っている。そのため、支持基板102の構成材料として硬質ガラスを用いた場合に、蒸着工程中に温度が上昇しても支持基板102からの導電性領域104の剥がれ等の不具合発生を抑えることができる。なお、導電性領域104は細いパターンを用いており、図1(a)に示す平面図では、ハッチングで記載すると視認性が悪くなるため、図1(a)では太い実線で示している。
【0036】
また、クロムは高い硬度(ピッカース硬度で1000HV程度)を備えているため、機械的接触による損傷を受け難いという特性を有している。導電性領域104を構成する物質としてクロムを用いた場合には、パターン幅として50μm以上500μm以下の幅のものを用いることが好適である。50μm以上のパターン幅があれば、機械的損傷によるパターンの断線を防止することが可能となる。また、500μm以下のパターン幅に抑えることで、支持基板102と導電性領域104との間での熱応力による歪みを抑えることができ、支持基板102の変形等の発生を抑えることができる。
【0037】
また、図1(a)に示すように、支持基板102の個別マスク101が固定された面(被蒸着基板120と接触する面)に導電性領域104を形成することが好適である。蒸着粒子は導電性領域104と支持基板102を介して反対側から飛来してくるため、導電性領域104は蒸着による成膜は行われない。そのため、少ない損傷で蒸着マスク100を管理することが可能となる。
【0038】
ここで、支持基板102と個別マスク101とはエポキシ樹脂等で固定されている。エポキシ樹脂は電気的には絶縁体であるが、個別マスク101と支持基板102を押えて接着することで、エポキシ樹脂が介在しない領域ができるため、支持基板102上に配置された導電性領域104と個別マスク101とは電気的に接続されることとなる。
【0039】
導電性領域104とフレーム103とは、機械的に密接されることで電気的に接続される。フレーム103は、機械的に蒸着装置110の搬送系113と結合されており、搬送系113を介して蒸着装置110の真空容器111と電気的に接続され、設置される。そのため、個別マスク101に蓄積された電荷は、導電性領域104、フレーム103、搬送系113、真空容器111へと伝えられて接地電位に導かれる。この場合、蒸着マスク100のフレーム103と搬送系113とは、導線等の機構により、機械的に分離された状態でも電気的に接地される構成を取っても良く、この場合、被蒸着基板120と蒸着マスク100とを離す際、確実に静電気を逃がすことができる。また、被蒸着基板120に蓄積された電荷は、搬送系113、真空容器111へと伝えられて接地電位に導かれる。そのため、静電気による破壊を抑えることが可能となる。
【0040】
ここで、被蒸着基板120と蒸着マスク100とを離す際に生じる剥離帯電について簡単に説明する。剥離帯電とは、2個の物体を接触させたときにその界面で電荷の移動が生じ、その物体を離すとそれぞれの表面上に移動した電荷が残って帯電した状態になることをいう。剥離帯電により発生した静電気が蓄積した状態では、例えば放電(Electro Static Discharge,ESD)により、被蒸着基板120の破壊に繋がる場合がある。また放電が起きない場合でも、帯電した状態では蒸着を行った後で発生する塵埃などを静電吸着(Electro Static Attraction、ESA)することで蒸着マスク100の個別マスク101が汚染され、パターン不良を発生させる場合がある。そこで、導電性領域104を用いて個別マスク101に蓄積された剥離帯電等による電荷を接地電位に導くことで被蒸着基板120の破壊、個別マスク101の汚染を防止することが可能となる。
【0041】
(第2の実施形態:蒸着工程により生じる帯電対策)
第1の実施形態においては、剥離帯電等による電荷が蒸着マスク100と被蒸着基板120との間でスパーク状に放電し、このエネルギーによる破壊を防止すべく被蒸着基板120と蒸着マスク100の両方を接地することで双方を電気的に導通させ、剥離帯電等に起因する静電気帯電を消去させる構成について説明したが、この構成は、蒸着工程により生じる帯電対策としても有効である。以下、第2の実施形態として、蒸着工程により生じる帯電に対する動作について説明する。電荷の蓄積を伴う蒸着方法としては、電子ビーム蒸着法、イオンプレーティング蒸着法、スパッタ蒸着法、イオンビーム蒸着法等がある。ここでは、ITO(インジウム・錫・酸化物)の蒸着成膜に好適な手段として用いられるイオンプレーティング蒸着工程で蓄積される電荷を接地電位に導く構成について説明する。
【0042】
ここでは、まずイオンプレーティング蒸着装置の概略を説明する。そして、蒸着工程中に電荷が蓄積される理由を説明し、この電荷に対しても、図1(a)で説明した導電性領域104を備えることが有効であることを説明する。
【0043】
図3は、イオンプレーティング蒸着装置の模式断面図である。イオンプレーティング蒸着装置210は、圧力勾配型プラズマガン220、磁場発生コイル230、ガイド電極240、搬送系250、プロセスガス導入部260、ターゲット270、排気系280、真空容器290、を含み、蒸着マスク100を用いて被蒸着基板120にパターン状の薄膜を形成する。
【0044】
圧力勾配型プラズマガン220は、陰極220aに熱電子を高い密度で放出する材質(材質としては例えばLaB6)を用い、ターゲット270との間でアーク放電を行い、蒸着粒子を生成させる。その本体部分は真空容器290の側壁に備えられる。圧力勾配型プラズマガン220の陰極220a、中間電極220b、中間電極220c、磁場発生コイル230への給電を調整することにより、真空容器290中に供給されるプラズマの状態が制御される。
【0045】
アーク放電により発生した蒸着粒子は、Arガスプラズマ(図中影パターンで表示)によりイオン化される。圧力勾配型プラズマガン220は、陰極220aと真空容器290との間に中間電極220b,220cを配置することで、圧力勾配を実現している。ここで、Arに代表されるプラズマ発生ガスを供給するガス供給部220dよりも上流側に陰極220aは配置されている。
【0046】
この結果、陰極220aを構成する材料の薄膜への混入もなく、陰極寿命が長くなり、安定した長時間蒸着成膜が可能となる。更に、大電流(例えば数100A)の直流アーク放電を利用することができるため、高密度のプラズマを発生することが可能であり、ターゲット270の蒸発速度は従来のスパッタ蒸着法を用いた場合と比べて大きく、高速で蒸着処理することを可能としている。他にも、蒸発とイオン化、励起を1つのガンで行うことができる特徴がある。
【0047】
ターゲット270は適当な電位に制御されており、圧力勾配型プラズマガン220により励起される高密度プラズマを下方に吸引する。ターゲット270は、圧力勾配型プラズマガン220からのエネルギーを受けて蒸発し消耗するため、この消耗を補正すべく徐々に上昇させる構造を有しており(図示せず)、ターゲット270の減少によるプラズマ状態の変動を補正している。
【0048】
ガイド電極240は、ターゲット270の周囲に同心に配置された環状の容器として構成され、当該容器内には、磁場発生コイル230が収容されている。磁場発生コイル230とガイド電極240との協働によりターゲット270に入射するプラズマの状態は制御される。
【0049】
プロセスガス導入部260からは、例えば酸素が供給され、蒸着粒子となるITOや窒化酸化珪素の蒸着状態を制御している。
【0050】
排気系280は、例えばターボ分子ポンプ等の真空ポンプにより構成され、真空容器290内の雰囲気を真空に保つべく動作する。
【0051】
搬送系250は、被蒸着基板120と蒸着マスク100とをスライドさせる形で移動させるものであり、密接して配置された被蒸着基板120と蒸着マスク100の入れ替えを行う機能を有している。
【0052】
ここで、上記した構成を有するイオンプレーティング蒸着装置210を用いたイオンプレーティング蒸着方法を説明する。
【0053】
まず、真空容器290の下部にターゲット270を装着する。そして、ターゲット270の上方の対向する位置に被蒸着基板120と蒸着マスク100を配置する。次に、蒸着条件に応じたプロセスガスを真空容器290に導入する。続けて、圧力勾配型プラズマガン220の陰極220aとターゲット270との間に直流電圧を印加する。
【0054】
そして、圧力勾配型プラズマガン220の陰極220aとターゲット270との間で放電を生じさせて高密度プラズマを生成する。高密度プラズマは、磁場発生コイル230、及びガイド電極240により導かれてターゲット270に到達する。
【0055】
ターゲット270は、圧力勾配型プラズマガン220からのエネルギーを受けて蒸発し、蒸着粒子が射出される。蒸着粒子は、高密度プラズマによりイオン化される。この蒸着粒子は、蒸着マスク100をマスクとして被蒸着基板120に付着し、蒸着成膜が行われる。ここで、磁場発生コイル230による磁場と、ガイド電極240の電位を制御することにより、蒸着粒子の飛行方向を制御することができるため、ターゲット270の上方におけるプラズマの分布を制御することで、被蒸着基板120上での蒸着速度分布を調整でき、広い面積にわたって均一な膜質の薄膜を得ることができる。
【0056】
図3中の吹き出し部に、被蒸着基板120と蒸着マスク100との位置関係を模式的に示す。蒸着マスク100は、被蒸着基板120とターゲット270との間に配置され、被蒸着基板120を覆う位置に配置される。そして、蒸着マスク100が開口されている領域では被蒸着基板120上に蒸着成膜が行われ、他の領域では、蒸着マスク100により蒸着粒子が遮られ、被蒸着基板120上での蒸着成膜は行われない。このようにして、被蒸着基板120上にパターン構造を有する膜が形成される。
【0057】
ここで、被蒸着基板120は、蒸着粒子の発生が安定してから搬送系250により移動させても良い。この場合には、プラズマ発生初期の不安定性を回避できる。また、搬送系250で搬送しながら蒸着粒子の照射を行っても良い。この場合には、搬送速度に応じて膜厚の制御が行われる。更に、連続的に被蒸着基板120の処理を行うことが可能となる。
【0058】
ここで、蒸着粒子は、高密度プラズマによりイオン化される。この蒸着粒子は、蒸着マスク100をマスクとして被蒸着基板120に付着し、蒸着成膜が行われている。すなわち、蒸着粒子は帯電(この場合、正に帯電している)した状態で被蒸着基板120、蒸着マスク100に飛来してくる。そのため、蒸着工程中に被蒸着基板120、蒸着マスク100は共に帯電する。
【0059】
ここで、被蒸着基板120は搬送系250に取り付けられている。そのため、被蒸着基板120に蓄積された電荷は、搬送系250、真空容器290を介して接地電位に導かれる。従って、被蒸着基板120への電荷の蓄積は抑えられる。
【0060】
一方、蒸着マスク100の個別マスク101へも蒸着粒子が飛来してくる。この蒸着粒子に由来する電荷は、支持基板102上に形成された導電性領域104があることで、個別マスク101から、導電性領域104、フレーム103、搬送系250、真空容器290を介して接地電位に導かれるため、蒸着マスク100に含まれる個別マスク101の帯電を抑えることが可能となる。
【0061】
この構成は、特に被蒸着基板120の表面が絶縁膜に覆われている場合や、被蒸着基板120上に絶縁膜を形成する場合、導体膜を形成する場合において個別マスク101の影に導体層が付着しない場合、個別マスク101が酸化等により絶縁性を備えた場合等、個別マスク101から被蒸着基板120への電荷の移動が困難な場合に特に好適である。
【0062】
電荷が蓄積した状態では、例えば放電(ESD)により、被蒸着基板120の破壊に繋がる場合がある。また放電が起きない場合でも、蒸着マスク100が帯電した状態では、蒸着を行った後で発生する塵埃などを静電吸着(ESA)することで蒸着マスク100の個別マスク101が汚染され、パターン不良を発生させる場合がある。そこで、導電性領域104を用いて個別マスク101に蓄積された電荷を接地電位に導くことで被蒸着基板120の破壊、個別マスク101の汚染を防止することが可能となる。
【0063】
(第1の実施形態および第2の実施形態の変形例)
以下、第1の実施形態および第2の実施形態の変形例について説明する。
上記した実施形態では、図2に示すように、個別マスク101、支持基板102上に形成された導電性領域104、フレーム103、搬送系113、真空容器111を経て直接接地されているが、これは電気抵抗を介して行うことも好適である。導体により蒸着マスク100と被蒸着基板120が並列に接地される場合、大きなエネルギーを持つ電荷が、急速に接地された領域に流れ込む。すると、被蒸着基板120中で急激なポテンシャル変化が発生し、被蒸着基板120が損傷を受ける畏れが生じる。
【0064】
ここで、たとえば蒸着マスク100のフレーム103と搬送系113との間に電気的な抵抗を挿入することで、このような損傷の発生を抑制することが可能となる。この抵抗値としては、10kΩ以上10MΩ以下であることが好適である。10kΩ以上の抵抗値を持つ電気抵抗を介して電荷を逃がすことで、蒸着マスク100と被蒸着基板120との間を通る電荷の移動速度を抑え、被蒸着基板120に備えられているTFTや、有機EL素子の静電破壊を防止することが可能となる。また、10MΩ以下の抵抗値を介して電荷を逃がすことで、電荷の蓄積を防ぎ、蒸着マスク100と被蒸着基板120との間の電荷を速やかに逃がすことが可能となる。なお、電気抵抗を配置する位置は、蒸着マスク100の個別マスク101と被蒸着基板120との間に設けられていれば良く、フレーム103と搬送系113との間に限定されることはない。
【0065】
また、支持基板102の個別マスク101が固定された面(被蒸着基板120と接触する面)に導電性領域104を形成したが、これは、個別マスク101と対向する面に導電性領域104を配置しても良い。この場合、導電性領域104の剥がれに起因する異物が発生した場合でも、被蒸着基板120の汚染を防止することが可能となる。
【0066】
また、導電性領域104の厚みは支持基板102中で分布を持たせても良い。図4(a)は蒸着マスク100の平面図、(b)は図4(a)のA−A’線断面図である。図4(a)、(b)に示すように、たとえば、個別マスク101と密接する領域で部分的に厚い領域を形成することで、エポキシ樹脂等を用いた固定法を用いる場合に、個別マスク101と導電性領域104との電気的な接続をより確実に行うことが可能となる。また、導電性領域104の厚みを、フレーム103により固定される領域で厚く形成することで、フレーム103との間での磨耗による導通不良発生を抑制することが可能となる。なお、導電性領域104は細いパターンを用いており、図4(a)に示す平面図では、ハッチングで記載すると視認性が悪くなるため、図4(a)では太い実線で示している。
【0067】
また、導電性領域104を線状に配置し、そのパターン幅として50μm以上500μm以下の幅のものを用いているが、これは全面ベタ状に形成しても良い。この場合の平面図を図5に示す。この場合、個別マスク101とフレーム103との間を確実に導通させることができる。若干の剥離があった場合でも、蒸着マスク100や被蒸着基板120の帯電が防止されているため、容易に除去することが可能である。なお、図5においては、ベタ状の配線形態を示すため、フレーム103に隠れている領域についても表示している。
【0068】
また、導電性領域104を、全ての個別マスク101と重なる領域を並列に繋げるパターンに代えて、個別マスク101を複数のブロックに分離して、各ブロック毎にフレーム103と電気的に接続しても良い。この場合の平面図を図6に示す。この場合、導電性領域104のパターン平面形状により高い自由度を持たせることが可能となる。
【0069】
また、導電性領域104を構成する物質として、クロムに代えてコバール(典型的な組成としては鉄54%、ニッケル29%、コバルト17%)合金を用いても良い。コバール合金は、硬質ガラスと熱膨張係数がほぼ等しいため、支持基板102に硬質ガラスを用いた場合に、剥がれ等の不具合を起こす畏れは小さい。従って、コバール合金を導電性領域104として用い、導電性領域104を線状に配置する場合には、パターン幅の上限は消失し、線状のパターンで線幅50μm以上であれば、ベタパターンまでパターンレイアウトの制限事項を無くすことができる。また、クロムを用いた場合でも、硬質ガラスに代えて熱膨張係数が大きいガラスを支持基板102にした場合では、同様の構成を取ることができる。また、導電性領域104を構成する物質としてシリコン膜を用いても良い。シリコンは硬質ガラスとほぼ同じ熱膨張係数を有しているため上記したものと同様に扱うことが可能である。
【0070】
ここで、導電性領域104を構成する物質としてクロム、コバール合金、シリコンを用いた例について説明したが、これは、別の導電性物質を用いても良い。たとえばアルミニウムは25×10-6/℃程度の熱膨張係数を有しているが、このような素材を用いた場合でも、線状のパターンを用いることで応力による破壊を防止することができるため、導電性領域104を構成する物質として用いることが可能となる。また、金属は一般的に応力に対して弾性変形し、応力を吸収する機能を有しているため、支持基板102の若干の変形が容認できる程度の寸法精度で500μmを超える線幅を与えても蒸着マスク100を用いた蒸着工程を行うことができる。
【0071】
また、蒸着マスク100のフレーム103と搬送系113との間に電気的な抵抗を挿入することで、蒸着マスク100と被蒸着基板120との間での急激なポテンシャル変動を避ける例について説明しているが、これは等価的に電気抵抗となるものを挿入することで個別部品としての抵抗に代えることができる。具体的には、導電性領域104を構成する物質として、抵抗率の高い導体を用いることで対応することができる。たとえば、ニクロムやカンタル等、発熱体を構成すべく高い電気抵抗を有する材質を用いることで配線抵抗を高め、蒸着マスク100と被蒸着基板120との間での急激なポテンシャル変動を避けさせることが可能となる。なお、この場合、個別マスク101と導電性領域104とが重なる領域に、導電性領域104よりも電気的な比抵抗が低い物質を備えさせても良い。この場合、導電性領域104と個別マスク101との間をより確実に電気的に結合させることが可能となる。同様に、フレーム103と個別マスク101とが重なる領域に電気抵抗が低い物質を備えさせても良い。この場合、導電性領域104を除いたパターンに対して、導電性領域104よりも電気的な比抵抗が低い物質を備えても良く、また、導電性領域104を残したパターンに対して、導電性領域104よりも電気的な比抵抗が低い物質を備えても良い。
【0072】
また、個別マスク101を支持基板102と固定する際にエポキシ樹脂を用いた例について説明したが、これはポリイミド樹脂や、シアノアクリレート樹脂や、ウレタン樹脂等を用いても良い。また、絶縁性接着剤を用いて、個別マスク101と支持基板102上に配置された導電性領域104を押し付けることで個別マスク101の一部と導電性領域104の一部を直接触れさせて密接させる方法に代えて、金ペースト、銀ペースト、銅ペースト等の導電性接着剤を用いても良い。この場合には、電気的な導通を確実に得ることが可能となる。
【0073】
また、個別マスク101を構成する物質として単結晶シリコンを用いた例について説明したが、これは金属を用いても良い。金属は単結晶シリコンと比べ弾性が高いため応力による割れが生じにくい。金属を用いることで、単結晶シリコンを用いた場合と比べ、蒸着マスク100の取り付け作業等にかかる応力による破損等の現象を未然に防ぐことが可能となる。
【0074】
特に、コバール合金を用いた場合、支持基板102に硬質ガラスを用いた場合、支持基板102と同程度の熱膨張係数を有することから、蒸着工程で支持基板102の温度が上昇しても、パターン寸法の変動は小さく抑えられ、精密なパターン形成を行うことが可能となる。
【0075】
また、支持基板102を構成する物質として硬質ガラスを用いた例について説明したが、これは硬質ガラス以外の素材を用いても良い。たとえば、ソーダガラス、石英ガラス等のガラス類や、アルミナ、窒化アルミニウム等のセラミック類、エポキシ樹脂やフェノール樹脂、ポリイミド樹脂等のプラスチック類を用いても良い。石英ガラスは熱膨張係数が0.6×10-6/℃程度と低いため、蒸着工程中に支持基板102の温度上昇が生じても個別マスク101の位置変動量を小さく抑えることができるため好適である。また、セラミック系の物質を用いた場合、セラミックが化学的に安定な物質であることから、蒸着工程のマスクとして用いられることで付着した蒸着物質の除去等に用いられる化学的処理により受ける損傷を抑えることができるため好適である。また、プラスチックは容易に大きな板を作ることが可能である。そのため、被蒸着基板120の大型化に容易に対応することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】(a)は、蒸着マスクの平面図、(b)は、蒸着マスクのA−A’線断面図。
【図2】蒸着マスクを用いて被蒸着基板に蒸着を行う蒸着装置の模式図。
【図3】イオンプレーティング蒸着装置の模式断面図。
【図4】(a)は蒸着マスクの平面図、(b)は(a)のA−A’線断面図。
【図5】導電性領域を全面ベタ状に形成した場合の平面図。
【図6】個別マスクを複数のブロックに分離して、各ブロック毎にフレームと電気的に接続した場合の平面図。
【符号の説明】
【0077】
100…蒸着マスク、101…個別マスク、102…支持基板、103…フレーム、104…導電性領域、110…蒸着装置、111…真空容器、112…排気系、113…搬送系、114…蒸着源、120…被蒸着基板、210…イオンプレーティング蒸着装置、220…圧力勾配型プラズマガン、220a…陰極、220b…中間電極、220c…中間電極、220d…ガス供給部、230…磁場発生コイル、240…ガイド電極、250…搬送系、260…プロセスガス導入部、270…ターゲット、280…排気系、290…真空容器。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被蒸着基板と重ねて配置され、前記被蒸着基板に選択的に蒸着層を形成する蒸着マスクであって、
少なくとも一部が電気的に導電性を有し前記被蒸着基板と電気的に接続されたフレームと、
前記フレームに固定された電気的に絶縁性を有する支持基板と、
前記支持基板に固定された導電性を有する領域を備えた個別マスクと、
を含み、
前記支持基板は、前記個別マスクの導電性を有する領域と前記フレームとの間を電気的に接続する導電性領域を備えていることを特徴とする蒸着マスク。
【請求項2】
請求項1に記載の蒸着マスクであって、前記導電性領域は前記支持基板全面に備えられていることを特徴とする蒸着マスク。
【請求項3】
請求項1に記載の蒸着マスクであって、前記導電性領域は前記支持基板内での平面視にて一部分に存在していることを特徴とする蒸着マスク。
【請求項4】
請求項3に記載の蒸着マスクであって、前記導電性領域は線形状を備え、かつ前記導電性領域の線幅は50μm以上500μm以下の値を有することを特徴とする蒸着マスク。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載の蒸着マスクであって、前記個別マスクと前記被蒸着基板との電気的経路の途中に電気抵抗を備え、かつ前記電気抵抗の抵抗値は、10kΩ以上10MΩ以下であることを特徴とする蒸着マスク。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか一項に記載の蒸着マスクであって、前記支持基板にガラスを用いることを特徴とする蒸着マスク。
【請求項7】
請求項6に記載の蒸着マスクであって、前記導電性領域はクロムまたはコバール合金、またはシリコンを用いることを特徴とする蒸着マスク。
【請求項8】
請求項6に記載の蒸着マスクであって、前記個別マスクにシリコンを用いることを特徴とする蒸着マスク。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−97742(P2010−97742A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−266026(P2008−266026)
【出願日】平成20年10月15日(2008.10.15)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】