説明

蒸着装置

【課題】簡単な構成で蒸着物質の収率を向上できる蒸着装置を提供すること。
【解決手段】
プラスチックレンズ上に蒸着物質を蒸着する蒸着装置であって、上面に開口した凹部912を備える筐体と、凹部912に設けられた蒸着源92と、筐体の上面911A,913Aに接触するとともに、スライド可能に取り付けられ、かつ蒸着源92を覆う補正板93とを、備え、筐体は、蒸着源92とともに補正板93を加熱するハロゲンランプ94を内部に設けられたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチックレンズには、種々の機能が付与される。例えば、表面での光の反射を抑えるための反射防止膜が形成され、その反射防止膜の表面には、撥水処理、防曇処理等の表面処理が施される。そして、これらの反射防止膜の形成および表面処理には、真空蒸着方法が使用される。
真空蒸着方法では、蒸発源で蒸着物質の加熱を行うことにより、離れた位置に保持された基板上に蒸発した蒸着物質を蒸着させる。ここで、大面積の基板あるいは多数の基板に同時に蒸着する場合、基板の場所によって蒸発源から基板までの距離が異なると、基板の場所によって蒸着量が異なる。そこで、蒸着物質を均一の厚みで基板に蒸着させるために、蒸発源と基板との間に補正板を設けて、基板に到達する蒸着量の調整を行なっている。(例えば、特許文献1および2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−348657号公報
【特許文献2】特開2006−348376号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1では、蒸発した蒸着物質は、補正板の温度の低い表面に凝縮して付着する。すなわち、補正板の表面温度が気化した蒸発物質の蒸着温度未満である場合には、蒸着物質の付着が起こる。また、補正板を蒸発源の直上付近に設ける配置では、蒸着物質がより多く補正板に付着する。このため、蒸着物質の収率が低下するという問題がある。ここで収率とは、(基板に到達した蒸着物質の総量/蒸着物質の総量)×100で表される。
一方、特許文献2では、補正板を加熱するための加熱手段を備え、補正板への蒸着物質の付着を少なくしているが、蒸着物質の収率は十分とは言えない。また、補正板を加熱するための手段を別途設ける必要があり、装置が複雑化するという問題があった。
【0005】
そこで本発明の目的は、簡単な構成で蒸着物質の収率を向上できる蒸着装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の蒸着装置は、プラスチックレンズ上に蒸着物質を蒸着する蒸着装置であって、上面に開口した凹部を備える筐体と、前記凹部に設けられた蒸着源と、前記筐体の上面に接触するとともに、スライド可能に取り付けられ、かつ前記蒸着源を覆う補正板とを、備え、前記筐体は、前記蒸着源とともに前記補正板を加熱する加熱手段を内部に設けられたことを特徴とする。
【0007】
この発明によれば、蒸着源を覆う補正板が加熱手段により、蒸着源とともに筐体を介して加熱されるので、蒸着源で加熱され気化した蒸着物質が補正板に付着することが少なく、プラスチックレンズに到達し、蒸着物質の収率が向上する。また、補正板は筐体の上面に接触し、上面をスライド可能に取り付けられているので、筐体から離れることがなく、筐体を介して常に加熱されるので、補正板の温度が下がって、蒸着物質が補正板に付着することを防ぐことができる。さらに、蒸着源と補正板の加熱を同一の加熱手段により行うので、補正板用の加熱手段を別途設ける必要がなく、装置の構造を簡単なものにできる。
【0008】
また、本発明では、前記補正板は、複数の板状体からなることが好ましい。
この発明によれば、補正板が複数の板状体からなるので、板状体同士の相対位置を変えることで、蒸着源を覆う面積や位置を調整することができる。すなわち、蒸着物質の蒸着量をこれらの板状体の相対位置により調整し、所望の量とすることができる。
【0009】
さらに本発明では、前記複数の板状体は、互いに近接離間可能かつ回動可能に設けられたことが好ましい。
この発明によれば、複数の板状体が互いに近接離間可能かつ回動可能に設けられているので、板状体同士の相対位置を容易に変え、蒸着源を覆う面積や位置を調整することができる。したがって、蒸着条件の変化によってプラスチックレンズの保持された位置で到達する蒸着物質量の変化が生じても、板状体を容易に最適な位置に配置し、蒸着物質の蒸着量を調整することができる。これにより、補正板に付着する蒸着物質の量が減少し、蒸着物質の収率が向上する。
【0010】
そして、本発明では、前記複数の板状体は、同一平面上に設けられたことが好ましい。
この発明によれば、複数の板状体が同一平面上に設けられているので、板状体間に高さ方向の空間や隙間が生じることがない。したがって、高さ方向の空間から蒸着物質が漏れることがなく、板状体の相対位置を同一平面上で調整するだけで、確実に蒸着物質の蒸着量を調整することができる。
【0011】
また、本発明では、前記筐体は、前記蒸着源が設けられた筐体本体と、この筐体本体の平面と同一となる平面を有するとともに、前記補正板を支持するブラケットを備え、前記複数の板状体は、その幅方向の中心に溝孔を備えるコ字型に形成され、前記溝孔において、前記ブラケットに取付部材により取り付けられたことが好ましい。
この発明によれば、簡単な構成で、板状体を互いに近接離間可能かつ回動可能に取り付けることができ、かつ板状体の位置を簡単に変えることができる。したがって、蒸着物質の蒸着量を簡単に調整することができる。
【0012】
さらに本発明では、前記補正板の熱容量が前記蒸着源の熱容量よりも小さいことが好ましい。
この発明によれば、補正板の熱容量が蒸着源の熱容量よりも小さいので、補正板の温度を蒸着源の温度よりも高い温度に保つことができる。すなわち、補正板の温度を蒸着物質の蒸着温度よりも高い温度に保つことができるので、補正板に付着する蒸着物質の量が減少し、蒸着物質の収率が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施形態にかかる真空蒸着装置を示す概略図。
【図2】本発明の実施形態にかかる真空蒸着装置の一部を示す上面図。
【図3】本発明の実施形態にかかる蒸着装置を示す上面図。
【図4】本発明の実施形態にかかる蒸着装置を示す断面図。
【図5】本発明の実施形態にかかる補正板の配置を示す上面図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1には、支持装置20に保持されたプラスチックレンズ10への蒸着等の表面処理を行なう真空蒸着装置100の概略図が示されている。図1において、本発明の蒸着装置は、蒸着装置90として示されている。
図1において、プラスチックレンズ10は、支持装置20に複数保持されている。支持装置20は、ドーム状の断面形状を有している。そして、プラスチックレンズ10が同心円状に4段にわたって保持できるようになっている。
また、支持装置20は、真空蒸着装置100の内部を工程ごとに移動して、プラスチックレンズ10への表面処理が行なわれる。また、支持装置20は、各プラスチックレンズ10への処理が均一になるように、図示しない回転機構によって回転させられている。
【0015】
真空蒸着装置100は、支持装置20が内部を通過可能な三つのチャンバ30,40および50を備えている。これらのチャンバ30,40,50は互いに連結され、かつ、その内部を支持装置20がプラスチックレンズ10を保持した状態で通過可能となっている。また、各チャンバは、各チャンバ間の図示しないシャッタによって相互に密封できるようになっており、各チャンバの内圧は真空生成装置31、41および51によりそれぞれ制御されている。
【0016】
チャンバ30は、エントランスまたはゲートチャンバである。支持装置20は、外部からチャンバ30の内部に導入され、一定時間、一定の圧力下で加熱される。このとき、プラスチックレンズ10および支持装置20に吸着したガスの脱ガスが行なわれる。チャンバ30の真空生成装置31は、ロータリーポンプ32、ルーツポンプ33およびクライオポンプ34を備えている。
【0017】
チャンバ40は、真空蒸着による薄膜の形成やプラズマ等による表面処理を行なうチャンバである。チャンバ40の真空生成装置41もチャンバ30の真空生成装置31と同様に、ロータリーポンプ42、ルーツポンプ43およびクライオポンプ44を備えている。
【0018】
チャンバ40の内部には、屈折率の異なる蒸着物質を組み合わせて反射防止膜12を効率よく形成するために、蒸発源61および蒸発源62が一対設けられている。そして、これら一対の蒸発源61,62に配置された蒸着物質63,64を蒸発させる電子銃65,66および蒸着量を調整する開閉可能なシャッタ67,68が一対設けられている。
屈折率の異なる蒸着物質の例として、低屈折率物質として酸化ケイ素が、高屈折率物質としては、酸化チタン、酸化ニオブ、酸化タンタル、酸化ジルコニウムが挙げられる。
【0019】
また、チャンバ40には、プラズマ処理を行なうために、高周波プラズマ発生装置70が設置されている。高周波プラズマ発生装置70は、チャンバ内に設置されたRFコイル71と、チャンバ外でこれに接続されているマッチングボックス72と高周波発信器73とから構成されている。
プラズマ処理に使用されるガスである酸素74とアルゴン75は、オートプレシャーコントローラ77で所定の圧力になるように、マスフローコントローラ78で流量が制御されて導入される。
【0020】
さらに、チャンバ40には、イオンアシスト蒸着および表面処理を行なうためのイオンガン80が設置されている。イオンガン80には、導入ガスをプラズマ化し、正イオンを発生するためのRF電源81と正イオンを加速するためのDC電源82とが接続されている。
イオンガン80に使用する酸素74とアルゴン75は、マスフローコントローラ83で流量が制御されて導入される。
【0021】
図2には、チャンバ50内の上面図が示されている。
チャンバ50は、有機化合物である蒸着物質を蒸着することにより有機化合物層を形成するチャンバである。チャンバ50内部には、有機化合物を含む蒸着装置90がドーム状の支持装置20の下に位置するよう設置されている。そして、図1に示すように、チャンバ50は、ロータリーポンプ52、ルーツポンプ53およびターボ分子ポンプ54を備えた真空生成装置51により適当な圧力に保持されている。
【0022】
以下に、蒸着装置90について詳しく説明する。
図3には、蒸着装置90の上面図が示されている。また図4には蒸着装置90の断面図が示されている。
蒸着装置90は、上面に開口した凹部912を備える筐体91と、凹部912に設けられた蒸着源92と、蒸着源92を覆い、筐体91の上面911Aに接触し、かつ上面911A上をスライド可能に取り付けられた補正板93とを備えている。
【0023】
筐体91は、直方体状の筐体本体911と、筐体本体911の互いに対向する側面911Bの略中央に設けられた1対のブラケット913を備えている。筐体本体911は、上面911Aの略中央に、開口した凹部912を備え、内部に加熱手段であるハロゲンランプ94を有している。そして、ブラケット913は、その上面913Aが、筐体本体911の上面911Aと連続した高さとなる平面を形成し、かつ上面から見て凹部912に対称に設けられている。
筐体91は、その耐熱温度が700℃以上で、熱伝導性が良好なものが好ましい。筐体91の材料としては、各種ステンレス、アルミニウム、銅、チタン等の金属が使用できる。筐体91は、ハロゲンランプ94からの赤外光を集光して加熱される。
蒸着源92は、上面が開口した銅製の容器であり、凹部912に設けられ、ハロゲンランプ94によって筐体91とともに加熱される。なお、蒸着源92としてはその他にも、多孔質セラミックペレットを使用しても良い。
【0024】
補正板93は、長方形の一方の短辺に当該短辺の長さ寸法と同じ直径の半円931Aを組み合わせた2枚の板状体からなる。この補正板93の幅方向の中央には、他方の短辺931Bに向かう長さ方向に沿った溝孔932が設けられ、平面視でコ字型に形成されている。そして、補正板93は、ブラケット913の上面913Aに1枚ずつ、溝孔932を通してボルトーナットなどの取付部材933で取り付けられている。このようにして取り付けられた2枚の補正板93は、互いの半円931Aが、蒸着源92を挟むように配置され、筐体本体911の上面911Aとブラケット913の上面913Aに当接している。そして、補正板93は、取付部材933を緩めて、図5に示すように、溝孔932方向にスライドすることで互いに近接離間させたり、回動させることが可能になっている。これにより、蒸着源92の開口位置や面積を調整することができる。すなわち、2枚の補正板93の相対位置を調整する事により、支持装置20の異なる場所に保持されたプラスチックレンズ10に対する蒸着量を調整できるようになっている。
【0025】
なお、2枚の補正板93はいずれも、同一平面である筐体本体911の上面911Aおよびブラケット913の上面913A上に当接して設けられたもので、同一平面上をスライドするものであり、互いに重なり合うことはない。したがって、2枚の補正板93間、および、上面911Aならびに913Aと補正板93間に上下方向の隙間ができることはない。よって、2枚の補正板93の水平方向の相対位置以外により蒸着量が変化することはない。
【0026】
また、補正板93は、ブラケット913の上面913Aおよび筐体本体911の上面911Aに接触して配置されている。したがって、補正板93は、ハロゲンランプ94によって筐体本体911が加熱されると、上面911Aを介して同時に加熱される。また、補正板93は、ブラケット913の上面913Aにも接触しており、ブラケット913は、筐体本体911の側面911Bに当接して設けられているので、筐体本体911の側面911Bからブラケット913が受けた熱を上面913Aを介して受けることによっても加熱される。これにより、補正板93は、全面が筐体91に接触して、十分に加熱され、その表面温度が蒸着温度以上になるよう保持されるので、蒸着源92から蒸発した蒸着物質が補正板93に付着することを抑制することができる。
【0027】
2枚の補正板93の相対位置は、蒸着条件によって最適なものに設定する。すなわち、チャンバ容積、蒸着時の圧力、蒸着物質の分子量、基板の三次元形状、支持装置20へのプラスチックレンズ10の保持位置などを考慮する。
例えば、支持装置20は、蒸着が行なわれている間回転しているが、中心部と外周部では、蒸着装置90に対する移動速度が異なる。中心部は移動速度が遅く、外周部は早い。したがって、中心部ほど蒸着物質が多く蒸着される。このような場合には、2枚の補正板93の間を、中心部に向かっては狭く、外周部に向かって広く開口するようにハの字型に配置、固定する。
【0028】
また、補正板93の形状は、様々な形の板状のものに加え、パンチングメタル、網、ハニカム等を適宜使い分ける。また、補正板93の材質は、一般にSUSやアルミなどであるが、熱伝導効率が高く、加熱温度に耐えられ、ガス放出の少ないものであれば使用可能である。
【0029】
そして、2枚の補正板93の形状を決定するに当たっては、その熱容量の合計が蒸着源92の熱容量よりも小さくなるよう設計する。このように設計すれば、補正板93の温度が蒸着源92の温度になるよう加熱される。すなわち、補正板93の温度が蒸着物質の蒸着温度よりも高くなるよう加熱される。したがって、蒸着物質が補正板93に付着することを確実に抑制することができる。このような補正板93は、計算により決定できる。
例えば、蒸着源92の直径を20mmとし、補正板93を30mmの半円と25mm×30mmの長方形を組み合わせた形状(A)または、20mmの半円と30mm×20mmの長方形を組み合わせた形状(B)とする。そして、この蒸着源92を4.5gの銅製の容器と0.8gのスチールウールからなる、蒸着物質を含浸させる構造として、熱容量をシミュレートする。銅の比熱を0.384J/g・K、スチールウールの比熱を0.625J/g・Kとして、熱容量=質量×比熱を求めると、蒸着源およびペレットの合計熱容量は、2.2J/Kとなる。
これに対し、補正板93を例えばステンレスの中でも最も比熱の大きいSUS304(比熱 0.59J/g・K)、または銅で構成する場合、補正板93の比熱と形状は表1に示す関係となる。なお、下記表1で補正板93の重量は2枚分の重量である。
【0030】
【表1】

【0031】
表1に記載された補正板93のうち、蒸着源92およびペレットの合計熱容量2.2J/Kよりも小さい熱容量を有する補正板93を用いる。そうすれば、補正板93の温度を蒸着物質の蒸着温度よりも高く保つことができ、蒸着物質が補正板93に付着することを確実に抑制することができる。例えば、2枚の補正板93の重量の合計が10.0gである場合には、厚さを0.3mmとすれば、補正板93の熱容量が蒸着源の熱容量よりも十分に小さくなる。
【0032】
以下に、本実施形態に係るプラスチックレンズ10への表面処理工程を説明する。
まず、プラスチックレンズ10に、ハードコート層を形成する(工程A)。ハードコート層は、無機微粒子を有するゾルゲルを硬化する方法等によって得ることができる。この方法によれば、無機微粒子をプラスチックレンズ10の屈折率に合わせて選択することが可能で、プラスチックレンズ10とハードコート層との界面の反射が抑えられる。ハードコート層は、必要に応じて、片面および両面に形成される。プラスチックレンズ10の場合は、両面に形成する。
【0033】
次に、反射防止膜を形成する(工程B)。支持装置20に保持されたプラスチックレンズ10は、チャンバ30に導入され脱ガスされる。次に支持装置20は、チャンバ40に導かれ、ハードコート層の表面に反射防止膜が成膜される。この工程では、高屈折率と低屈折率の複数の薄膜が交互に積層され、反射防止膜12の最上層には、二酸化ケイ素を主成分とする薄膜が形成される。
【0034】
そして、反射防止膜の最上層である二酸化ケイ素を含む薄膜と有機化合物との反応性を高めるため、表面にシラノール基を生成するための処理を行なう(工程C)。
チャンバ40に酸素74またはアルゴン75が導入され、オートプレシャーコントローラ77とマスフローコントローラ78によって、チャンバ40内は一定圧力に制御される。高周波プラズマはおよそ10−3から10Paで発生可能であるが、1×10−2Pa〜1×10−1Paが好適である。高周波周波数は、13.56MHzとした。処理時間は、0.5〜3分で、この工程で二酸化ケイ素の表面にシラノール基が生成される。
【0035】
その他、シラノール基を生成するための処理として、イオンガン80を使用することもできる。
イオンガン80に、酸素74またはアルゴン75がマスフローコントローラ83で一定流量に制御されて導入される。導入されたガスは、イオンガン80内部でプラズマ化される。プラズマは高周波プラズマであり、RF電源81の周波数は通常13.56MHZである。生成した正イオンは、DC電源82で電圧印加された加速電極によって引き出され、二酸化ケイ素の表面に照射される。なお、プラスチックレンズ10上で絶縁破壊が起き、異常放電が発生するのを防止するため、内蔵されたニュートライザーから電子を供給し中和している。処理時間は、0.5〜3分間で、この工程で、二酸化ケイ素の表面にシラノール基が生成される。
【0036】
続いて、反射防止膜に蒸着による表面処理を行い、有機化合物層を形成する。有機化合物層としては、撥水層または防曇層を形成することができる。撥水層はフッ素を含有する有機化合物を、防曇層は親水性基を有する有機化合物を用いることで得られる。有機化合物層が形成された後、チャンバ50は徐々に大気圧に戻され、プラスチックレンズ10が支持装置20ごと取り出される。
【0037】
その後、プラスチックレンズ10は、表裏反転して再度支持装置20にセットされ、工程B〜工程Cと同様の処理を行なう。これによって、プラスチックレンズ10の両面に有機化合物層が形成される。
【0038】
プラスチックレンズ10は、チャンバ50から取り出された後、図示しない恒温恒湿槽に投入され、適当な湿度と温度の雰囲気でアニールされる。または、室内に所定時間放置してエージングが行なわれる。その後、有機化合物層の厚みを調整する必要があれば、過剰分を拭き取るなどの除去作業が行なわれる。
【0039】
このような本実施形態によれば、以下の効果がある。
蒸着源92を覆う補正板93がハロゲンランプ94により、蒸着源92とともに筐体91を介して加熱されるので、蒸着源92で加熱され気化した蒸着物質が補正板93に付着することが少なく、プラスチックレンズ10に到達し、蒸着物質の収率が向上する。
また、補正板93は筐体91の上面911Aおよび913A上に接触し、上面911Aおよび913A上をスライド可能に取り付けられているので、筐体91から離れることがなく、筐体91を介して常に加熱されるので、補正板93の温度が下がって、蒸着物質が補正板93に付着することを防ぐことができる。
さらに、蒸着源92と補正板93の加熱を同一の加熱手段であるハロゲンランプ94により同時に行うので、少ないエネルギーの使用で蒸着物質の収率を向上させることができる。また、補正板93用の加熱手段を別途設ける必要がなく、真空蒸着装置100の構造を簡単なものにできる。
【0040】
複数の補正板93の相対位置が変更可能なので、蒸着条件の変化によってプラスチックレンズ10の保持された位置で到達する蒸着物質のばらつきが生じても、補正板93を最適な位置に配置できる。したがって、補正板93に付着する蒸着物質の量を減少でき、蒸着物質の収率を向上させることができる。
【0041】
また、複数の補正板93が同一平面上に設けられているので、補正板93間に高さ方向の空間が生じることがない。したがって、補正板93の水平方向の相対位置を調整するだけで、確実に蒸着物質の蒸着量を調整することができる。
【0042】
さらに、補正板93は、その幅方向の中心に溝孔932を備えるコ字型に形成され、溝孔932において、取付部材933により取り付けられているので、簡単な構成で、補正板93を互いに近接離間可能かつ回動可能に取り付けることができ、かつ補正板93の位置を簡単に変えることができる。したがって、蒸着物質の蒸着量を簡単に調整することができる。
また、補正板93は、ブラケット913に取り付けられている。ブラケット913は、筐体91の側面911Bに設けられ、その上面913Aが、筐体本体911の上面911Aと連続した高さに設けられ、同一平面を形成している。したがって、補正板93は、筐体本体911だけでなく、ブラケット913からも熱を受け加熱されるので、蒸着物質が補正板93に付着することを防ぐことができる。
【0043】
また、補正板93の熱容量を蒸着源92の熱容量よりも小さいものとしたので、補正板93の温度を蒸着物質の蒸着温度よりも高い温度に保つことができるので、補正板に付着する蒸着物質の量が減少し、蒸着物質の収率が向上する。
【0044】
以下、実施例に基づき本発明を詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0045】
[実施例1〜3]
プラスチックレンズ10として、眼鏡用プラスチックレンズ(セイコーエプソン株式会社製:セイコースーパーソブリン)を用い、ハードコート層11が形成されたプラスチックレンズ10を支持装置20に複数配置した。
支持装置20は、図2および図3に示すように、同心円状に4段でプラスチックレンズ10を保持できるようになっている。ここで、プラスチックレンズ10の保持位置を支持装置20の中心から外周にかけて、1段目、2段目、3段目、4段目と呼ぶ。プラスチックレンズ10は、1段目から4段目にかけて各1枚ずつ保持した。
【0046】
プラスチックレンズ10と支持装置20とをチャンバ30で脱ガスした後、チャンバ40において、二酸化ケイ素と二酸化ジルコニウムの層を交互に蒸着し、これらの層からなる反射防止膜12を形成した。この反射防止膜12の最上層は、二酸化ケイ素である。
【0047】
引き続き、チャンバ40内に酸素74を導入し、圧力を4.0×10−2Paに制御しつつ、高周波プラズマ発生装置60でプラズマを発生させた。プラズマ発生条件は、13.56MHz、400Wで1分間処理を行なった。
【0048】
その後、チャンバ50に支持装置20を移動し、有機化合物層14を形成した。蒸着物質として、ダイキン工業株式会社製のフッ素含有有機ケイ素化合物(オプツールDSX)を用いた。これは、下記の一般式(1)で表される組成物を含有しており、分子量はおよそ4000〜5000である。常圧での蒸発温度は、およそ350℃〜500℃である。
【0049】
【化1】

【0050】
式中、Rfは、パーフルオロアルキル基、Xは水素、臭素、またはヨウ素、Yは水素または低級アルキル基、Zはフッ素またはトリフルオロメチル基、Rは水酸基または加水分解可能な基、Rは水素または一価の炭化水素基を表す。a、b、c、d、eは0または1以上の整数で、a+b+c+d+eは少なくとも1以上であり、a、b、c、d、eでくくられた各繰り返し単位の存在順序は、式中において限定されない。fは0、1または2を表す。gは1、2または3を表す。hは1以上の整数を表す。
【0051】
このオプツールDSXを、フッ素系溶剤(ダイキン工業株式会社製:デムナムソルベント)に希釈して固形分濃度3%を調整し、これを蒸着源92に含浸させ乾燥したものを使用した。ここで、蒸着源92への含浸量は、固形分重量で5mgから15mgまで5mgずつ変化させたものを用いた。
【0052】
補正板93は、図4に示したように筐体91に接触するよう配置した。また、補正板93は、板状のSUS製であり、その形状と取り付け位置は、事前に蒸着量分布を調べて最適なものとした。なお、事前に真空中で加熱テストも行い、補正板93が蒸着物質の蒸着温度以上に加熱されることを確認している。
【0053】
チャンバ50は、ターボ分子ポンプ54を用いて、圧力が(2.0〜3.0)×10−2Paの範囲を維持するようにして蒸着した。
蒸着中は、ハロゲンランプ94を使用し、蒸着源92内でペレットを600℃に加熱して、フッ素含有有機ケイ素化合物を蒸着させた。このとき、補正板93の最大温度は、605℃であった。加熱は、200℃/分の上昇速度で行い、加熱時間は5分間であった。有機化合物層14を形成後、支持装置20およびプラスチックレンズ10をチャンバ50から取り出した。
【0054】
[比較例1〜3]
実施例1〜3において、蒸着装置90を従来の蒸着装置変更し、蒸着物質のペレットへの含浸量を表2に示す量とした以外は同様にして、プラスチックレンズ10への蒸着を行った。
なお、従来の蒸着装置は、補正板93が筐体91の上面911Aから高さ120mm離れ、かつ筐体91がブラケット913を備えていない点で蒸着装置90と異なる。すなわち、補正板は筐体91から直接熱を受けるものではない。
【0055】
次に、実施例1〜3、および比較例1〜3において形成された薄膜について、拭き耐久性試験及び耐アルカリ性試験を行い、下記評価方法に基づき評価した。
【0056】
以下に詳しく評価方法を説明する。
試験1:拭き耐久性試験
木綿布を用い、基材の表面を200gの荷重をかけながら、5000回往復させた。拭き耐久性試験前後の防汚性能について、接触角と油性インク拭き取り性によって評価した。
試験2:耐アルカリ性試験
0.05Nに調整した水酸化ナトリウム水溶液中に、基材の一部を切り取った試験片を3時間浸漬し、浸漬後の試験片を水でよく洗った。その試験片のアルカリ浸漬前後の防汚性能について、接触角と油性インク拭き取り性によって評価した。
【0057】
(評価方法)
(評価1:接触角)
接触角の測定には、接触角計(DM−700 協和界面科学株式会社製)を使用し、液滴法による純水の接触角を測定した。
撥水膜として許容できる純水接触角は91°以上であり、91°未満は蒸着量下限以下とみなす。
(評価2:インク拭き取り性)
基材の表面に、黒色油性マーカー(「ハイマッキーケア」ゼブラ株式会社製)により約4cmの直線を描いた後5分間放置した。放置後、該マーク部をワイプ紙(「ケイドライ」株式会社クレシア製)によって拭き取りを行い、その拭き取り易さを下記の基準にて判定した。
(基準)
○;10回以下の拭き取りで完全に除去
△;11回から20回までの拭き取りで完全に除去
×;20回の拭き取り後も除去されない部分が残る
これらの評価結果を表2〜3に示す。
【0058】
【表2】

【0059】
【表3】

【0060】
表2から、含浸量10mgの実施例2および含浸量15mgの実施例3では、いずれの試験においても、すべてのプラスチックレンズ10で接触角、およびインク拭き取り性の良好な結果が得られたことがわかる。これに対し、比較例1、2では、実施例2、3とそれぞれ同じ含浸量としたにも関わらず、いずれの試験においても、試験後の接触角およびインク拭き取り性が含浸量5mgとした実施例1よりも劣る結果となった。すなわち、実施例1〜3は蒸着物質の収率がよいことがわかる。
一方、比較例3では、すべてのプラスチックレンズ10で接触角およびインク拭き取り性の良好な結果が得られているが、含浸量を20mgに増量しており、実施例1〜3と比較して収率がよいとは言えない。
【符号の説明】
【0061】
10…プラスチックレンズ、90…蒸着装置、91…筐体、92…蒸着源、93…補正板、94…ハロゲンランプ(加熱手段)、911…筐体本体、911A,913A…上面、912…凹部、913…ブラケット、932…溝孔、933…取付部材。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラスチックレンズ上に蒸着物質を蒸着する蒸着装置であって、
上面に開口した凹部を備える筐体と、
前記凹部に設けられた蒸着源と、
前記筐体の上面に接触するとともに、スライド可能に取り付けられ、かつ前記蒸着源を覆う補正板とを、備え、
前記筐体は、前記蒸着源とともに前記補正板を加熱する加熱手段を内部に設けられた
ことを特徴とする蒸着装置。
【請求項2】
請求項1に記載の蒸着装置において、
前記補正板は、複数の板状体からなる
ことを特徴とする蒸着装置。
【請求項3】
請求項2に記載の蒸着装置において、
前記複数の板状体は、互いに近接離間可能かつ回動可能に設けられた
ことを特徴とする蒸着装置。
【請求項4】
請求項2または請求項3に記載の蒸着装置において、
前記複数の板状体は、同一平面上に設けられた
ことを特徴とする蒸着装置。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれかに記載の蒸着装置において、
前記筐体は、前記蒸着源が設けられた筐体本体と、
この筐体本体の平面と同一となる平面を有するとともに、前記補正板を支持するブラケットを備え、
前記複数の板状体は、その幅方向の中心に溝孔を備えるコ字型に形成され、前記溝孔において、前記ブラケットに取付部材により取り付けられた
ことを特徴とする蒸着装置。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれかに記載の蒸着装置において、
前記補正板の熱容量が前記蒸着源の熱容量よりも小さい
ことを特徴とする蒸着装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−184453(P2012−184453A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−46442(P2011−46442)
【出願日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】