説明

薄膜形成装置、薄膜形成方法、分極反転可能化方法、強誘電特性測定方法、薄膜、およびキャパシタ構造

【課題】短時間で効率よく薄膜51を形成できる薄膜形成装置1を提供する。
【解決手段】VDFオリゴマー33が配置された蒸着源30と被蒸着基板10とを離間させた状態で前記蒸着源30を加熱し、前記被蒸着基板10と前記蒸着源30が離間する離間状態から、前記被蒸着基板10と前記蒸着源30のとの少なくとも一方を移動させて、前記被蒸着基板10の薄膜形成面11と前記蒸着源30のVDFオリゴマー供給面32が断熱マスク20を挟んで対向し近接する近接状態に変化させ、前記近接状態で前記VDFオリゴマー33の薄膜51を前記薄膜形成面11に蒸着する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば被蒸着基板にフッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜を形成するような薄膜形成装置と薄膜形成方法、これらで形成された薄膜を分極反転可能化するような分極反転可能化方法、前記薄膜の強誘電特性を測定するような強誘電特性測定方法、これらの方法で製造された薄膜、およびキャパシタ構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、低分子材料による機能性有機薄膜の作成法として、真空蒸着法が一般に知られている。この真空蒸着法は、10−5Pa程度の高真空下で「るつぼ」に入れた材料を加熱し、昇華させ、基板表面に物理吸着させるものである。
【0003】
この真空蒸着法は、膜中に不純物が混入することを防止できる清浄な膜形成方法である。しかし、この真空蒸着法は、高真空にするための装置が大型かつ高価であり、高真空到達から成膜完了までに長時間を要するという製造面での不利な点が存在する。
【0004】
一方、被蒸着基板の薄膜形成面に膜材料を蒸着させることによって薄膜を形成する薄膜形成方法が提案されている(特許文献1参照)。
この薄膜形成方法は、被蒸着基板の薄膜形成面と、膜材料を材料供給面に担持した供給基板の材料供給面とを、所定の間隙を確保した状態で近接対向配置し、前記材料供給面上の前記膜材料を蒸発させることにより、前記薄膜形成面に前記膜材料の薄膜を形成する。
【0005】
この薄膜形成方法により、被蒸着基板と供給基板との間隔を大きくとらなくても、被蒸着基板の薄膜形成面に良好な薄膜を成膜することができ、低真空雰囲気中で蒸着できるとされている。
【0006】
しかし、この薄膜形成方法は、均一に配向、結晶化された膜質を得るために蒸着速度が0.5nm/min以下(段落[0064]参照)となっており、必要な厚みの薄膜を得るためにある程度の時間が必要であるという問題点が残っている。
【0007】
また、フッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜を製造する方法として、フッ化ビニリデンオリゴマー薄膜製造方法が提案されている(特許文献2参照)。このフッ化ビニリデンオリゴマー薄膜製造方法では、基板を−130℃以下に冷却しつつ、フッ化ビニリデンオリゴマーを蒸着または噴霧することで薄膜が形成されている。
【0008】
この特許文献2で基板が冷却されるのは、フッ化ビニリデンオリゴマーを基板に対して平行配向させるためである。
詳述すると、フッ化ビニリデンオリゴマーは、炭素直鎖にH、F原子を有するものであり、H+とF−の電気陰性度の差から永久双極子モーメントをもつ。この材料が強誘電性を示すためには、電極で挟んだ強誘電キャパシタ構造を考えたときに、電極に対して、炭素直鎖が平行に配向している必要がある。
【0009】
上記特許文献2で、仮に基板温度を室温程度にすると、分子が基板に吸着した際、立った形で基板上をさまよって拡散し、他の吸着した分子と出会って結晶を作り始める。このとき、立った分子同士であるから、結晶は基板に対して垂直に配向され、平行配向されないことになる。
【0010】
このため、上記特許文献2では、基板を低温にしている。これにより、基板に吸着した分子は、基板から受ける熱エネルギーが小さいことから拡散することがなく、その場で倒れて平行配向する。この状態で結晶化が進むため、上記特許文献2の方法によって強誘電結晶ができる。
【0011】
しかし、上記特許文献2の方法は、冷却する装置が必要になり、高真空を得るための装置とあわせて装置の価格が高価になるという問題点を有している。
【0012】
【特許文献1】特開2006−152352号公報
【特許文献2】特開2004−76108号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
この発明は、上述の問題点に鑑み、短時間で効率よく薄膜を形成できる薄膜形成装置、薄膜形成方法、分極反転可能化方法、強誘電特性測定方法、薄膜、およびキャパシタ構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
この発明は、被蒸着基板の薄膜形成面にフッ化ビニリデンオリゴマーを蒸着させて該フッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜を形成する薄膜形成装置であって、被蒸着基板を保持する被蒸着基板保持部と、フッ化ビニリデンオリゴマーが配置された蒸着源を保持する蒸着源保持部と、前記蒸着源を加熱する加熱手段と、前記被蒸着基板と前記蒸着源との間に配置され、前記被蒸着基板側から前記蒸着源側まで貫通する貫通孔が設けられた断熱部材と、前記被蒸着基板保持部と前記蒸着源保持部の少なくとも一方を移動させて、前記被蒸着基板と前記蒸着源が離間する離間状態と、前記被蒸着基板の薄膜形成面と前記蒸着源のフッ化ビニリデンオリゴマー供給面が前記断熱部材を挟んで対向し近接する近接状態とに変化させる移動手段とを備えた薄膜形成装置であることを特徴とする。
【0015】
この発明の態様として、前記移動手段を、前記加熱手段の加熱により前記蒸着源が所定の温度になったときに前記離間状態から前記近接状態に変化させる構成にすることができる。
【0016】
またこの発明の態様として、前記被蒸着基板保持部を、前記被蒸着基板と前記断熱部材とを固定する構成とすることができる。
【0017】
またこの発明の態様として、前記離間状態の際に前記断熱部材と前記蒸着源との間を仕切り、前記近接状態に変化させる際に前記断熱部材と前記蒸着源との間を開放する開閉シャッタを備えることができる。
【0018】
またこの発明の態様として、前記被蒸着基板保持部と前記断熱部材と前記蒸着源保持部を減圧雰囲気内に配置することができる。
またこの発明の態様として、前記断熱部材の貫通孔の配置と形状により前記被蒸着基板の薄膜形成面に形成する薄膜をパターンニングする構成とすることができる。
【0019】
またこの発明の態様として、前記断熱部材の貫通孔を前記被蒸着基板の薄膜形成領域より大きく形成し、前記被蒸着基板の薄膜形成面に形成する薄膜をパターンニングするマスク部材を前記被蒸着基板の薄膜形成面に重ねる構成とすることができる。
【0020】
またこの発明の態様として、前記被蒸着基板保持部に、前記近接状態のときに前記被蒸着基板と前記断熱部材が前記蒸着源に倣って角度変位可能とする変位許容部を備えることができる。
【0021】
またこの発明は、被蒸着基板の薄膜形成面にフッ化ビニリデンオリゴマーを蒸着させることによって該フッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜を形成する薄膜形成方法であって、フッ化ビニリデンオリゴマーが配置された蒸着源と被蒸着基板とを離間させた状態で前記蒸着源を加熱する加熱工程と、前記被蒸着基板と前記蒸着源が離間する離間状態から、前記被蒸着基板と前記蒸着源のとの少なくとも一方を移動させて、前記被蒸着基板の薄膜形成面と前記蒸着源のフッ化ビニリデンオリゴマー供給面が断熱部材を挟んで対向し近接する近接状態に変化させる移動工程と、前記近接状態で前記フッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜を前記薄膜形成面に蒸着する蒸着工程とを有する薄膜形成方法とすることができる。
【0022】
この発明の態様として、前記断熱部材と前記蒸着源との間を仕切っているシャッタを前記移動工程の直前または途中に開状態に移動させるシャッタ開工程を備えることができる。
【0023】
またこの発明の態様として、前記蒸着工程を減圧雰囲気下で実施することができる。
またこの発明の態様として、室温程度の前記被蒸着基板を用いて前記各工程を実施することができる。
【0024】
またこの発明の態様として、前記被蒸着源に、前記フッ化ビニリデンオリゴマーがパターンニングされたものを用いる
またこの発明の態様として、前記蒸着工程により、薄膜化したフッ化ビニリデンオリゴマーに、前記被蒸着基板に対して平行配向された成分を存在させることができる。
【0025】
またこの発明は、前記薄膜形成方法で形成したフッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜に抗電界以上の電界の矩形波を繰り返し印加して分極反転を可能にする分極反転可能化方法とすることができる。
【0026】
またこの発明は、前記薄膜形成方法で形成したフッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜について、前記被蒸着基板を加熱して昇温させながら電界を印加して分極反転を可能にする分極反転可能化方法とすることができる。
【0027】
またこの発明は、前記薄膜形成方法で形成したフッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜に抗電界以上の電界の矩形波を繰り返し印加する電界断続印加工程を行った後、前記薄膜の強誘電特性を測定する測定工程を行う強誘電特性測定方法とすることができる。
【0028】
またこの発明は、IV特性を測定すると4つのピークを生じ、QV特性を測定するとプロペラ型のヒステリシスを生じるフッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜とすることができる。
またこの発明は、前記フッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜を2つの電極間に介在させたキャパシタ構造とすることができる。
【発明の効果】
【0029】
この発明により、短時間で効率よく薄膜を形成できる薄膜形成装置、薄膜形成方法、分極反転可能化方法、強誘電特性測定方法、薄膜、およびキャパシタ構造を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
この発明の一実施形態を以下図面と共に説明する。
【実施例1】
【0031】
図1は、実施例1の薄膜形成装置1の構成を示す正面一部断面図であり、図2は、断熱マスク20の平面図である。
【0032】
薄膜形成装置1は、図示省略するロータリポンプにより減圧されて内部に0.3〜1Paの低真空雰囲気を作り出すチャンバ2内に、上下に昇降するホルダ3と、左右に開閉するシャッタ27と、ステージ40と、セラミックヒータ45とが上からこの順で配置されて主に構成されている。チャンバ2内は、特に温度調整されておらず、室温程度の温度になっている。
【0033】
ホルダ3は、平面視略四角形の板部5と、板部5の縁部下面に設けられた固定爪4とで構成されている。このホルダ3は、板部5の上面中央にフレキシブルカップリング6が装着されている。また、このフレキシブルカップリング6には、鉛直に延びる円柱形のアーム7が装着されている。
【0034】
ホルダ3は、板部5の水平な下面に重なるように配置された被蒸着基板10と、該被蒸着基板10の下面に重なるように密着して配置された断熱マスク20とを、固定爪4で固定する。これにより、図示省略する昇降駆動部によりホルダ3が上下動すると、被蒸着基板10および断熱マスク20が互いに密着した状態のままホルダ3と共に上下動する。
【0035】
また、フレキシブルカップリング6は、柔軟に曲がって偏角や偏心を吸収する部材である。このフレキシブルカップリング6により、ホルダ3を最下位置まで下降させたときに、ホルダ3が蒸着源30に倣って偏角あるいは偏心し、断熱マスク20の下面が蒸着源30の上面に密着する。
【0036】
被蒸着基板10は、肉厚一定の水平な板形状に形成されており、この実施例では平面視四角形に形成された石英基板を用いている。被蒸着基板10の下面は、薄膜形成面11であり、この実施例ではアルミのマスクパターンが施されている。
【0037】
断熱マスク20は、肉厚一定の水平な板形状で肉厚方向に貫通する貫通孔21が複数形成されている。この実施例では、図2に示すように、直径1mmの貫通孔21が、互いの孔中心間の距離が2mmの間隔で縦横に6×6の36個形成されている。断熱マスク20の肉厚は、2mmに形成されている。従って、貫通孔21は、直径1mmで高さ2mmの円筒形状に形成されている。また、断熱マスク20は、石英またはセラミックなどのガラス加工が可能な断熱素材で形成され、この実施形態では、特殊合成石英により形成されている。この特殊合成石英は、2mmの肉厚で、片面に摂氏300℃の熱を1分間受けると、反対面の被蒸着基板10が摂氏40℃となる程度に熱伝達を抑制できるものである。なお、断熱マスク20の貫通孔21の形状および配置パターンは、これに限らず、被蒸着基板10に薄膜形成したいパターンに合わせて適宜の形状とすればよい。このとき、断熱マスク20の上面における貫通孔21の配置パターンが、被蒸着基板10に薄膜形成したいパターンの鏡面パターンとなるようにすればよい。
【0038】
図1に示すように、チャンバ2の中央付近の高さには、水平なシャッタ27が設けられている。このシャッタ27は、図示する閉状態のときにチャンバ2内を上下に仕切り、上部空間2aと下部空間2bとを完全に遮断する。これにより、セラミックヒータ45等による下部空間2bからの輻射熱を上部空間2aの断熱マスク20および被蒸着基板10に伝えないようにしている。図示省略する開閉駆動部によりシャッタ27が図1の右方向にスライド移動されて開状態になると、チャンバ2内は仕切りがなくなり、上部空間2aと下部空間2bが連通する。
【0039】
チャンバ2の下部空間2bには、底部付近にセラミックヒータ45が配置され、その上にステージ40が重ねて配置され、さらにその上に蒸着源30が重ねて配置されている。
【0040】
蒸着源30は、肉厚一定で水平な板状に形成されたプレート31の上面に、膜材料であるVDF(フッ化ビニリデン)オリゴマー[CF(CHCF)nC]33が配置されて構成されている。ここで、化学式中「n」は量体数であり、「CHCF」の繰り返し数を表している。この実施例では、「n」が「13.4」のVDFオリゴマー33を用いている。なお、nは本来整数であるが、上記「13.4」は、合成した段階の平均分子量を示している。
【0041】
プレート31の上面は、VDFオリゴマー供給面32である。この蒸着源30は、一例として、VDFオリゴマー13.4量体粉末をアセトンに1wt%の割合で溶解させ、その溶液をヒートステージ上に滴下、乾燥させて製作することができる。この実施例では、蒸着源30の形状を、被蒸着基板10および断熱マスク20の形状に合わせて平面視四角形の形状に形成している。また、この実施例では、被蒸着基板10に薄膜形成したいパターン、すなわち断熱マスク20の貫通孔21の配置パターンと同一の配置パターンにVDFオリゴマー33が配置されている。なお、VDFオリゴマー33の配置は、これに限らず、適宜のパターンに配置しても良く、またプレート31の上面全面に配置してもよい。
【0042】
ステージ40は、肉厚一定で水平な板形状であり、熱伝導性の高い素材で形成されている。この実施例では、銅素材により、被蒸着基板10および断熱マスク20の形状に合わせて平面視四角形の形状に形成されている。
【0043】
セラミックヒータ45は、高速に昇温可能なセラミックヒータで構成されている。この実施例では、蒸着源30を3分で摂氏300℃まで昇温可能なセラミックヒータにより構成されており、被蒸着基板10および断熱マスク20の形状に合わせて平面視四角形に形成されている。
【0044】
このように構成された薄膜形成装置1は、図示省略する制御部により、ホルダ3の上下駆動、シャッタ27の開閉駆動、およびセラミックヒータ45の昇熱実行が制御される。
【0045】
図3は、薄膜形成装置1による薄膜形成方法を示すフローチャートであり、図4は薄膜形成装置1の構成を示す正面一部断面図であり、図5はVDFオリゴマー33が蒸着する様子を説明する説明図である。
【0046】
薄膜形成装置1は、図1に示したように、ホルダ3を最上位置に上昇させ、シャッタ27を閉状態にし、ロータリポンプでチャンバ2内を0.3〜1Paの低真空雰囲気に減圧する減圧工程を実施して、初期状態に移行する(ステップS1)。このとき、ホルダ3にはVDFオリゴマー33蒸着前の被蒸着基板10と断熱マスク20が固定されており、ステージ40上にはVDFオリゴマー33蒸発前の蒸着源30が固定されている。
【0047】
薄膜形成装置1は、加熱工程を実施してセラミックヒータ45を加熱し(ステップS2)、予め設定した蒸着開始温度(この実施例では摂氏120℃程度)になるまで加熱を続ける(ステップS3:NO)。
【0048】
蒸着開始温度になると(ステップS3:YES)、薄膜形成装置1は、シャッタ開工程を実施し、シャッタ27を水平にスライド移動させて図4に示す全開状態とする(ステップS4)。そして、薄膜形成装置1は、近接工程を実施し、ホルダ3を下降させて断熱マスク20の下面を蒸着源30の上面にしっかりと面接触させる(ステップS5)。
【0049】
このとき、図5に示すように、断熱マスク20に形成された貫通孔21の上下の開口部は、対向し近接する被蒸着基板10の薄膜形成面11と蒸着源30のVDFオリゴマー供給面32との間でほぼ密閉される。したがって、貫通孔21は、直径1mmで高さ2mmの局所的な閉空間となる。
【0050】
そして、VDFオリゴマー33は、ステージ40およびプレート31を介してセラミックヒータ45の熱を受けて昇華して気体分子33aとなり、VDFオリゴマー供給面32から離脱して貫通孔21内に解き放たれる。貫通孔21内は、ほぼ密閉されることで極めて制限された空間になっているため、蒸気圧が平衡蒸気圧を上回り、過飽和度が高い状態となる。このため、気相からの液晶成長が効率的に促進する状態になっている。
【0051】
薄膜形成装置1は、ホルダ3を下降させてから予め設定された蒸着時間(この実施例では45秒)が経過するまで待機して蒸着工程を実施し(ステップS6:NO)、蒸着を進行させる。
【0052】
ここで、貫通孔21内は、急激な温度勾配を有しており、下方の蒸着源30側が高温(この実施例では蒸着源30が摂氏120℃〜180℃程度)で、上方の被蒸着基板10側が低温(この実施例では被蒸着基板10が摂氏50℃程度以下)になっている。
【0053】
特に、ホルダ3が下降して貫通孔21が密閉された瞬間は、被蒸着基板10がチャンバ2内の雰囲気温度(この実施例では室温)で、蒸着源30が摂氏120℃程度である。したがって、この瞬間は、被蒸着基板10と蒸着源30の間に非常に急激な温度勾配が形成される。
【0054】
また、蒸着時間(この実施例では45秒)が経過した時点でも、断熱マスク20の断熱機能により、被蒸着基板10が摂氏50℃程度、蒸着源30が摂氏180℃程度である。したがって、蒸着工程を実施している間、被蒸着基板10と蒸着源30の間の急激な温度勾配を維持できる。
【0055】
この急激な温度勾配の維持には、蒸着源30の温度を、蒸着開始時点よりも蒸着完了時点の方が高温となるように上げ続けることも寄与している。この実施例では、蒸着時間中に被蒸着基板10が温度上昇する温度差と同程度またはそれ以上に蒸着源30の温度を上昇させている。
【0056】
このように非常に急激な温度勾配により、蒸着源30から離脱した気体分子33aは、最も温度が低い被蒸着基板10の薄膜形成面11に蒸着し、気体分子33aの配向にバラツキのある状態で効率よく堆積していく。
【0057】
蒸着時間が経過すると(ステップS6:YES)、薄膜形成装置1は、離間工程を実施してホルダ3を最上位置まで上昇させる(ステップS7)。そして、薄膜形成装置1は、シャッタ閉工程を実施し、シャッタ27を水平にスライド移動させて全閉状態にする(ステップS8)。
【0058】
以上の工程により、断熱マスク20の上面に形成された貫通孔21のパターン形状と鏡面パターンとなる薄膜を、被蒸着基板10の薄膜形成面11に低真空雰囲気内で短時間に効率よく形成することができる。
【0059】
この実施例における45秒の蒸着時間で形成された薄膜の厚みは400nm程度であった。したがって、従来例の0.5nm/minの薄膜形成速度に対して、本実施例は、約533nm/minという非常に高速な薄膜形成速度を実現できた。
【0060】
また、低真空雰囲気で、かつ被蒸着基板10を冷却せずとも室温のままでVDFオリゴマー33の薄膜51を形成できるため、薄膜形成装置1を安価に提供することができる。
【0061】
また、上述した実施例により、直鎖状分子であるVDFオリゴマー33を、直鎖を平行にして被蒸着基板10上に配向させることができ、配向制御を行うことができる。
詳述すると、特許文献2に示される従来例の方法で仮に基板を室温程度とすると、通常は、垂直配向が支配的になり、VDFオリゴマーが平行配向されることはないと考えられる。
しかし、上述した実施例では、過飽和度を十分に高めているため、蒸着雰囲気内(貫通孔21内)に分子が多数存在する。そして、被蒸着基板10の薄膜形成面11に到達したVDFオリゴマーの分子は、拡散する前に他の分子と出会い、吸着して薄膜化してゆく。これにより、分子の配向は、ランダムになり、通常のるつぼからの成膜に比べて確率的に平行配向成分が多くなる。このようにして、平行配向させるように配向制御を行うことができる。
【0062】
図6は、上述した実施例により薄膜形成した被蒸着基板10を用いて製造したキャパシタ50の平面図である。このキャパシタ50の平面視は、図1に示した被蒸着基板10の底面視に該当する。
【0063】
被蒸着基板10には、あらかじめアルミのパターン配線による一直線状の下部電極13が複数形成されており、その上に上述した薄膜形成方法によってVDFオリゴマーの薄膜51が形成されている。下部電極13は、幅0.1〜0.5mmの棒状であり、薄膜51は、直径1mm程度の円形である。
【0064】
そして、薄膜51の上には、アルミのパターン配線による上部電極55が複数形成されている。この上部電極55は、幅0.1〜0.5mmの棒状であり、下部電極13と直行する配置で薄膜51の中心を通るように形成されている。したがって、上部電極55と下部電極13は、互いにショートしないように、間に挟まれた薄膜51によって完全に絶縁されている。
【0065】
図7は、キャパシタ50に対してポーリングを行う検査装置60の構成図であり、図8は、矩形波印加前のキャパシタ50のIV、QV特性を示すグラフ図であり、図9は、矩形波印加途中のキャパシタ50のIV特性を示すグラフ図であり、図10は、矩形波印加後のキャパシタ50のIV、QV特性を示すグラフ図である。
【0066】
検査装置60は、電界印加装置61がキャパシタ50の上部電極55に接続され、下部電極13が測定器62に接続されている。電界印加装置61と測定器62は、いずれもアースされている。
【0067】
電界印加装置61は、矩形波と三角波の電界を印加できる装置である。測定器62は、電界印加装置61で三角波電圧を印加したときの電流応答を測定するものである。
【0068】
ここで、検査装置60を用いて、室温、N2雰囲気下にて、電界印加装置61から150V20Hzの三角波を印加してIV,QV特性を測定すると、図8(A),(B)に示すような特性となる。図8(B)のQV特性ではプロペラ型のヒステリシスを描いており、分域の自発分極の向きがまちまちであることが示唆されている。
【0069】
そこで、この検査装置60を用いて、室温、N2雰囲気下にて、電界印加装置61から±140Vで20Hzの矩形波を1000サイクルまで印加する電界断続印加工程を実施した。また、この1000サイクル間の任意のタイミングで電界印加装置61から150Vで20Hzの三角波を印加し、測定器62により電気特性を測定する測定工程を実施した。この任意のタイミングは、最初の1〜10サイクルで均等に3回、次の10〜100サイクルで均等に3回、最後の100〜1000サイクルで均等に3回とした。
【0070】
この測定の結果、図9のIV特性に示すように、最初あった4つのピークAが低電圧側に少しずつシフトを起こし、400サイクルを超えた段階で±60V付近に新たなピークBが形成された。このピークBは、分極反転に伴うスイッチング電流である。さらに印加を続けると、当初の4つのピーク(ヒステリシス)Aがほぼ消失し、新たなピークBの電流値がピークCに急峻に増大した。
【0071】
1000サイクルの矩形波の印加を完了し、改めて三角波を印加したときのIV,QV特性を測定したところ、図10(A)に示すIV特性、および図9(B)に示すQV特性に示すように、明瞭な分極反転を示す電気特性が得られた。すなわち、矩形波を繰り返し印加することによって、強誘電特性を示す明瞭なDEヒステリシスが得られた。この例では、膜厚400nm、電極面積0.018mm2から抗電界160MV/m、残留分極量60mC/m2と計算された。
【0072】
このようにして、キャパシタ50の薄膜51が強誘電特性を示すことを確認できた。
つまり、永久双極子モーメントの向きがまちまちである薄膜51に電界をかけることで、永久双極子モーメントの向きを揃え、薄膜51内の平行成分に強誘電特性を持たせることができた。
【0073】
なお、以上の実施例1では、矩形波を繰り返し印加して強誘電特性を発現させたが、他の方法によって強誘電特性を発現させてもよい。たとえば、薄膜51を蒸着した後の被蒸着基板10を加熱し、この加熱を継続しつつ電界を印加してもよい。この場合、被蒸着基板10の加熱は、薄膜51の昇華を避けるために、摂氏50℃〜80℃以下とすることが好ましい。この場合でも、強誘電特性を発現させることができる。
【実施例2】
【0074】
図11、図12は、実施例2の薄膜形成装置1Aの構成を示す正面一部断面図である。図11は、初期の状態であり、図12は、蒸着工程の状態である。
この薄膜形成装置1Aは、ホルダ3の下面に被蒸着基板10が重ねて配置され、その下面に薄板状のマスク部材70が重ねて配置されている。そして、被蒸着基板10と薄板状のマスク部材70は、平面視四角形の断熱材20Aでホルダ3に固定されている。
【0075】
マスク部材70は、薄い板状で平面視四角形に形成されており、薄膜を形成するパターン形状に貫通孔71が形成されている。
断熱材20Aは、マスク部材70の大きさよりも小さく、かつマスク部材70に貫通孔71が設けられている領域よりも大きい貫通孔21Aが形成されている。そして、断熱材20Aは、この貫通孔21Aより上方位置に被蒸着基板10と薄板状のマスク部材70を固定している。
【0076】
その他の構成は、実施例1の薄膜形成装置1と同一であるので、同一要素に同一符号を付して詳細な説明を省略する。
この実施例2の薄膜形成装置1Aは、実施例1の薄膜形成装置1と同一の工程により薄膜を形成することができる。蒸着工程の際には、図12に示すように、断熱材20Aの底面が蒸着源30のVDFオリゴマー供給面32に密着する。そして、マスク部材70の下面と蒸着源30の上面(VDFオリゴマー供給面32)が、わずかに隙間のある状態で近接対向する。したがって、断熱材20Aの貫通孔21Aとマスク部材70の貫通孔71が一体になって局所的な閉空間を形成し、VDFオリゴマー供給面32から離脱した気体分子33aは、貫通孔21Aおよび貫通孔71を経由して最も低温である被蒸着基板10の薄膜形成面11に蒸着する。
【0077】
このようにして、実施例2の薄膜形成装置1Aは、実施例1の薄膜形成装置1Aと同様、VDFオリゴマー33の薄膜51を被蒸着基板10の薄膜形成面11に形成することができる。そして、実施例1と同様に矩形波を印加し、分極反転させて強誘電特性を得ることができる。
【0078】
この発明の構成と、上述の実施形態との対応において、
この発明の被蒸着基板保持部および移動手段は、実施形態のホルダ3に対応し、
以下同様に、
変位許容部は、フレキシブルカップリング6に対応し、
断熱部材は、断熱マスク20および断熱材20Aに対応し、
開閉シャッタは、シャッタ27に対応し、
蒸着源保持部は、プレート31に対応し、
加熱手段は、セラミックヒータ45に対応し、
所定の温度は、摂氏120℃に対応し、
離間状態は、図1に示す状態に対応し、
近接状態は、図4に示す状態に対応するも、
この発明は、上述の実施形態の構成のみに限定されるものではなく、多くの実施の形態を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】薄膜形成装置の構成を示す正面一部断面図。
【図2】断熱マスクの平面図。
【図3】薄膜形成装置による薄膜形成方法を示すフローチャート。
【図4】薄膜形成装置の構成を示す正面一部断面図。
【図5】VDFオリゴマーが蒸着する様子を説明する説明図。
【図6】被蒸着基板を用いて製造したキャパシタの平面図。
【図7】キャパシタに対してポーリングを行う検査装置の構成図。
【図8】矩形波印加前のIV、QV特性のグラフ図。
【図9】矩形波印加途中のIV特性のグラフ図。
【図10】矩形波印加後のIV、QV特性のグラフ図。
【図11】実施例2の薄膜形成装置の構成を示す正面一部断面図。
【図12】実施例2の薄膜形成装置の構成を示す正面一部断面図。
【符号の説明】
【0080】
1,1A…薄膜形成装置、3…ホルダ、10…被蒸着基板、11…薄膜形成面、20…断熱マスク、20A…断熱材、21…貫通孔、27…シャッタ、30…蒸着源、31…プレート、32…VDFオリゴマー供給面、33…VDFオリゴマー、45…セラミックヒータ、51…薄膜、70…マスク部材、71…貫通孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被蒸着基板の薄膜形成面にフッ化ビニリデンオリゴマーを蒸着させて該フッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜を形成する薄膜形成装置であって、
被蒸着基板を保持する被蒸着基板保持部と、
フッ化ビニリデンオリゴマーが配置された蒸着源を保持する蒸着源保持部と、
前記蒸着源を加熱する加熱手段と、
前記被蒸着基板と前記蒸着源との間に配置され、前記被蒸着基板側から前記蒸着源側まで貫通する貫通孔が設けられた断熱部材と、
前記被蒸着基板保持部と前記蒸着源保持部の少なくとも一方を移動させて、前記被蒸着基板と前記蒸着源が離間する離間状態と、前記被蒸着基板の薄膜形成面と前記蒸着源のフッ化ビニリデンオリゴマー供給面が前記断熱部材を挟んで対向し近接する近接状態とに変化させる移動手段とを備えた
薄膜形成装置。
【請求項2】
前記移動手段を、前記加熱手段の加熱により前記蒸着源が所定の温度になったときに前記離間状態から前記近接状態に変化させる構成にした
請求項1記載の薄膜形成装置。
【請求項3】
前記被蒸着基板保持部を、前記被蒸着基板と前記断熱部材とを固定する構成とした
請求項1または2記載の薄膜形成装置。
【請求項4】
前記離間状態の際に前記断熱部材と前記蒸着源との間を仕切り、前記近接状態に変化させる際に前記断熱部材と前記蒸着源との間を開放する開閉シャッタを備えた
請求項1、2または3記載の薄膜形成装置。
【請求項5】
前記被蒸着基板保持部と前記断熱部材と前記蒸着源保持部を減圧雰囲気内に配置した
請求項1から4のいずれか1つに記載の薄膜形成装置。
【請求項6】
前記断熱部材の貫通孔の配置と形状により前記被蒸着基板の薄膜形成面に形成する薄膜をパターンニングする構成とした
請求項1から5のいずれか1つに記載の薄膜形成装置。
【請求項7】
前記断熱部材の貫通孔を前記被蒸着基板の薄膜形成領域より大きく形成し、
前記被蒸着基板の薄膜形成面に形成する薄膜をパターンニングするマスク部材を前記被蒸着基板の薄膜形成面に重ねる構成とした
請求項1から5のいずれか1つに記載の薄膜形成装置。
【請求項8】
前記被蒸着基板保持部に、前記近接状態のときに前記被蒸着基板と前記断熱部材が前記蒸着源に倣って角度変位可能とする変位許容部を備えた
請求項1から7のいずれか1つに記載の薄膜形成装置。
【請求項9】
被蒸着基板の薄膜形成面にフッ化ビニリデンオリゴマーを蒸着させることによって該フッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜を形成する薄膜形成方法であって、
フッ化ビニリデンオリゴマーが配置された蒸着源と被蒸着基板とを離間させた状態で前記蒸着源を加熱する加熱工程と、
前記被蒸着基板と前記蒸着源が離間する離間状態から、前記被蒸着基板と前記蒸着源のとの少なくとも一方を移動させて、前記被蒸着基板の薄膜形成面と前記蒸着源のフッ化ビニリデンオリゴマー供給面が断熱部材を挟んで対向し近接する近接状態に変化させる移動工程と、
前記近接状態で前記フッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜を前記薄膜形成面に蒸着する蒸着工程とを有する
薄膜形成方法。
【請求項10】
前記断熱部材と前記蒸着源との間を仕切っているシャッタを前記移動工程の直前または途中に開状態に移動させるシャッタ開工程を有する
請求項9記載の薄膜形成方法。
【請求項11】
前記蒸着工程を減圧雰囲気下で実施する
請求項9または10記載の薄膜形成方法。
【請求項12】
室温程度の前記被蒸着基板を用いて前記各工程を実施する
請求項9、10または11記載の薄膜形成方法。
【請求項13】
前記被蒸着源に、前記フッ化ビニリデンオリゴマーがパターンニングされたものを用いる
請求項9から12のいずれか1つに記載の薄膜形成方法。
【請求項14】
前記蒸着工程により、薄膜化したフッ化ビニリデンオリゴマーに、前記被蒸着基板に対して平行配向された成分を存在させる
請求項9から13のいずれか1つに記載の薄膜形成方法。
【請求項15】
請求項9から14のいずれか1つに記載の薄膜形成方法で形成したフッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜に抗電界以上の電界の矩形波を繰り返し印加して分極反転を可能にする
分極反転可能化方法。
【請求項16】
請求項9から14のいずれか1つに記載の薄膜形成方法で形成したフッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜について、前記被蒸着基板を加熱して昇温させながら電界を印加して分極反転を可能にする
分極反転可能化方法。
【請求項17】
請求項9から14のいずれか1つに記載の薄膜形成方法で形成したフッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜に抗電界以上の電界の矩形波を繰り返し印加する電界断続印加工程を行った後、
前記薄膜の強誘電特性を測定する測定工程を行う
強誘電特性測定方法。
【請求項18】
IV特性を測定すると4つのピークを生じ、QV特性を測定するとプロペラ型のヒステリシスを生じる
フッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜。
【請求項19】
請求項18記載のフッ化ビニリデンオリゴマーの薄膜を2つの電極間に介在させた
キャパシタ構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2008−240025(P2008−240025A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−79132(P2007−79132)
【出願日】平成19年3月26日(2007.3.26)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(000002853)ダイキン工業株式会社 (7,604)
【Fターム(参考)】