説明

薄膜状有機単結晶の作製方法および作製装置

【課題】 熱などに不安定で融液法では結晶化ができない有機材料であっても、溶媒蒸発法により任意の厚さでかつ大型、高品質な有機単結晶6を作製できる薄膜状有機単結晶の製造方法を提供し、かつ任意の厚さでかつ大型で高品質な有機単結晶6の作製に適した薄膜状有機単結晶の製造装置を提供する。
【解決手段】 一対の基板4a,4bによって形成された隙間に、結晶化させる有機物質を溶媒に溶解させて得られた溶液5を充填した後、溶液5を充填した一対の基板4a,4bから溶媒を蒸発させる速度の制御を行って有機単結晶6を作製する薄膜状有機単結晶の作製方法などにより課題を解決した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非線形光学材料、電子材料、発光材料等に用いられる薄膜状有機単結晶を基板上に形成する、溶媒蒸発法を用いた薄膜状有機単結晶の作製方法および作製装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、有機材料は、無機材料と比較して、優れた電気的特性、光学特性を有することが明らかとなり、熱伝導材料、EL(エレクトロルミネッセンス)材料、PHB(フォトケミカルホールバーニング)材料、フォトクロミック材料、非線形光学材料などの分野への応用開発が盛んに進められている。中でも、有機材料を非線形光学材料として使用する場合には、無機材料と比較して、大きな非線形光学定数が得られ、高速応答性などに優れていることが見出され、有機材料の二次の非線形光学効果を利用した、光波長変換用バルク単結晶、光波長変換素子、光変調器や、有機材料の三次の非線形光学効果を利用した、光双安定素子、光シャッタ、光位相共役素子などの各種非線形光学素子への開発が盛んに進められている。
【0003】
従来から、有機物質の単結晶の作成方法としては、真空蒸着法、分子線エピタキシャル(MBE)法、などの乾式法と、溶媒蒸発法、融液法、ラングミュア−ブロジェット(LB)法などの湿式法が用いられている。
【0004】
乾式法は、均一性、膜厚の制御性が優れている反面、有機材料は一般的に熱分解点が低く、熱による分解が発生するため、使用できる材料が非常に限定されている。
【0005】
湿式法では、有機材料を融点まで加温し液体にした後、除冷し結晶化を行う融液法と、有機材料を可溶な溶媒に完全に溶解した後に、溶質の飽和濃度を制御することで結晶化を行う溶液法が用いられている。
【0006】
融液法は、これまでも数多くの報告例があるが、有機材料の融点まで温度を上げる必要があるため、熱による昇華や分解のおそれのある材料では使用できないことから、使用できる材料が限定されている。
【0007】
溶液法は、バルク単結晶の製造方法として、徐冷法、溶媒蒸発法などが、一般的に用いられている。
【0008】
徐冷法では、飽和していない溶液を温度制御(冷却)し、飽和状態(材料によっては過飽和状態)にすることで、結晶を析出させる。また、溶媒蒸発法では、溶媒の蒸発により溶液を飽和状態(材料によっては過飽和状態)にして、結晶を析出させる方法である。
【0009】
有機単結晶は、上述したような多様な作製方法が提案されているが、実際の応用を考えた場合には、それぞれの析出した結晶形状をそのまま使用することは困難である。特に光学素子として使用する場合には、表面状態の平面性が特に問題となることが多いため、結晶作製後に研磨、研削等による加工が必要となる。
【0010】
しかし、有機結晶の場合には一般的に硬度が低く、クラック(ひび)や、欠けの発生など加工上の問題が起こるため、特許文献1では、あらかじめ薄膜状に結晶を成長させる報告がされているが、融液法の応用であり、前述したように、融点付近で分解が発生する有機材料では使用できず、材料が限定される。
【0011】
一方、図5に示した、4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシレート(4−dimethylamino−N−methyl−4−stilbazolium tosylate)(以下、「DAST」という。)は、東北大学中西研究室において開発され、極めて大きな非線形光学定数と電気光学定数を有し、有機結晶特有の低い誘電率であるため、低電圧、高速の光変調や検波、ミリ波発生など関心を集めている。DASTの電気光学定数は、r11=53「pm/V」(1.3μm)、92「pm/V」(720nm)とLiNbO3のr33=30.8「pm/V」(633nm)と比較して大きい。DASTの誘電率は、ε11=5.2と、LiNbO3の28に比べて小さいため、光変調器において高速、低電圧の光変調の可能性がある。DASTの透過特性は、0.8〜1.6μmにおいてほぼ平坦であり、光通信波長帯用デバイスに適した材料である。
【0012】
DAST結晶作製に関しては、溶液からのバルク結晶の作製法(溶液法)では、大阪大学佐々木研究室などにより、数多くの報告がなされている(例えば、特許文献2など)。
【0013】
しかし、結晶形状は制御されていないため、得られた結晶を加工なしで応用することは非常に困難である。また、溶液からのバルク結晶作製方法では、温度パラメータなどにより、結晶の厚さ(結晶形状)を任意に制御することは極めて困難である。
【0014】
また、DAST薄膜状結晶作製については、M.Thakurらにより、非特許文献1において、改良シェア法を用いた、厚さ3〜4μm、1cm2の薄膜結晶の報告がされている。
【0015】
しかし、非特許文献1に記載された改良シェア法は、スペーサを用いずに加重でのみ制御しているため、数ミクロン程度の比較的薄い方向でしか結晶の厚さを制御することができない。
【0016】
さらに、P.Gunterらにより、DASTは、融点(約260℃)と熱分解点(約290℃)が近いため、融点付近では熱分解が発生し、多くの不純物を含んでしまうことが報告されており、融液法を用いて単結晶作製することはできないことが知られている。
【特許文献1】特開平6−186600号公報
【特許文献2】特開2002−29899号公報
【非特許文献1】M.Thakur APPLIED PHYSICS LETTERS,vol.74(1999)635
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
以上のように、これまでDAST結晶を、任意の厚さに制御し、薄膜状単結晶を作製した報告はない。
【0018】
本発明は、以上の点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、熱などに不安定で融液法では結晶化ができない有機材料であっても、溶媒蒸発法により任意の厚さでかつ大型、高品質な有機単結晶を作製できる薄膜状有機単結晶の製造方法を提供し、かつ任意の厚さでかつ大型で高品質な有機単結晶作製に適した薄膜状有機単結晶の製造装置を提供することにあり、さらに、DASTの有機単結晶を作製する薄膜状有機単結晶の製造方法および製造装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、上記目的を達成すべく様々な検討を重ねた結果、一対の基板によって形成された隙間に、結晶化させる有機物質を溶媒に溶解させて得られた溶液を充填した後、溶媒を蒸発させる速度の制御を行うことにより、上記課題を達成することを見出し、本発明をするに至った。
【0020】
即ち、請求項1記載の薄膜状有機単結晶の作製方法は、一対の基板によって形成された隙間に、結晶化させる有機物質を溶媒に溶解させて得られた溶液を充填した後、当該溶液を充填した当該一対の基板から当該溶媒を蒸発させる速度の制御を行って有機単結晶を作製することを特徴とする。
【0021】
請求項2記載の薄膜状有機単結晶の作製方法は、請求項1に記載の発明において、前記溶媒を蒸発させる速度の制御は、前記溶液が充填された一対の基板を密閉可能な作製容器内に設置した後、前記溶媒の一定の蒸気量を含む添加ガスを収納したガス収納容器から当該作製容器内に、当該添加ガスを導入して行うことを特徴とする。
【0022】
請求項3記載の薄膜状有機単結晶の作製方法は、請求項2に記載の発明において、前記溶媒を蒸発させる速度の制御は、前記作製容器内と前記ガス収納容器内を、異なる温度に制御して行うことを特徴とする。
【0023】
請求項4記載の薄膜状有機単結晶の作製方法は、請求項2または3に記載の発明において、前記溶媒を蒸発させる速度の制御は、前記溶媒を飽和状態になるまで蒸発させて前記作製容器内を前記溶媒蒸気の飽和状態にした後、前記溶液を充填した一対の基板を密閉可能な作製容器内に配置することを特徴とする。
【0024】
請求項5記載の薄膜状有機単結晶の作製方法は、請求項1〜4のいずれか1項に記載の発明において、前記隙間は、前記一対の基板の間にスペーサを設置して形成することを特徴とする。
【0025】
請求項6記載の薄膜状有機単結晶の作製方法は、請求項1〜5のいずれか1項に記載の発明において、前記有機物質は、4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシレートであることを特徴とする。
【0026】
請求項7記載の薄膜状有機単結晶の作製装置は、ガスを導入するガス導入口および当該ガス導入口から導入されるガスの流量を調節する導入ガス流量弁と、ガスを排出するガス排出口および当該ガス排出口から排出されるガスの流量を調節する排出ガス流量弁とを備えた密閉可能な作製容器と、当該ガス導入口と接続され、結晶化させる有機物質を溶解させる溶媒の一定の蒸気量を含む添加ガスを収納したガス収納容器とを有する薄膜状有機単結晶の作製装置であって、前記作製容器内と前記ガス収納容器内とを異なる温度に制御することができるように構成したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0027】
請求項1記載の発明によれば、熱による分解などで融液法が使用できない有機材料においても、溶液蒸発法において溶媒の蒸発量を制御することで、基板上に安定して大型で高品質な薄膜状有機単結晶を作製することができる。
【0028】
請求項2記載の発明によれば、溶液が充填された一対の基板を設置する作製容器内に溶媒の一定の蒸気量を含むガスを導入することで、溶媒の蒸発量を制御することができ、基板上に安定して大型で高品質な薄膜状有機単結晶を作製することができる。
【0029】
請求項3記載の発明によれば、一対の基板が配置された作製容器内の温度と、溶媒の一定の蒸気量を含むガスを収納したガス収納容器内の温度を、異なる温度に制御して行うことで、作製容器内よりも少ない溶媒の蒸気量を含むガスを作製することができ、溶媒の蒸発量をより-容易に制御することが可能となり、基板上に安定して大型で高品質な薄膜状単結晶を作製することができる。
【0030】
請求項4記載の発明によれば、作製容器内を溶媒により飽和状態にした後、溶液を充填した一対の基板を密閉可能な作製容器内に配置することにより、単結晶の作製時における最初の溶媒の蒸発を緩やかにすることが可能となり、急激な溶媒の蒸発による多結晶化を抑え、基板上により安定して大型で高品質な薄膜状単結晶を作製することができる。
【0031】
請求項5記載の発明によれば、一対の基板の間にスペーサを設置して隙間を形成することによって、薄膜状単結晶の厚さを任意に調節することができる。
【0032】
請求項6記載の発明によれば、結晶化させる有機物質が4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシレートであることにより、極めて大きな非線形光学定数と電気光学定数を有し、有機結晶特有の低い誘電率であり、低電圧、高速の光変調や検波、ミリ波発生などに展開が可能なDASTの薄膜状単結晶を作製することができる。
【0033】
請求項7記載の発明によれば、密閉可能な作製容器内とガス収納容器内を異なる温度に制御することができるように構成されているため、一対の基板の隙間から蒸発する溶媒の蒸発量を安定して制御することができ、その結果、基板上に安定して大型で高品質な薄膜状有機単結晶を作製することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
本発明の薄膜状有機単結晶の作製方法は、「溶媒蒸発法による有機単結晶の作製において」一対の基板によって形成された隙間に結晶化させる有機物質を溶媒に溶解させて得られた溶液を充填した後、溶液を充填した一対の基板から溶媒を蒸発させる速度の制御を行って薄膜状有機単結晶を作製することを特徴とする。
【0035】
一対の基板によって形成された隙間で単結晶を作製することにより、得られる単結晶の厚さは、一対の基板によって形成された隙間の距離となり、平面性も良好となる。また、溶媒の蒸発速度を制御することで、急激な蒸発(急激な過飽和度の上昇)による多結晶化を抑えて、大型かつ高品質な薄膜状単結晶を効率的に作製することができる。
【0036】
一対の基板は、石英基板、ポリイミド、ポリエチレンなどの樹脂基板、ガラス、シリコンなどを用いることができるが、発明の効果の点から、石英基板が好ましい。なお、一対の基板の表面形状は、特に限定されず、例えば、円形であっても、四角形であっても、楕円形であってもよい。
【0037】
一対の基板によって形成された隙間の距離は、任意に定めることができ、特に限定されないが、光変調器などの光学デバイスへの応用を考えると、0.1μm〜1000μmが好ましく、特に、1.0μm〜100μmがより好ましい。
【0038】
有機物質としては、従来用いられ、KH2PO4、LiNbO3などに代表される無機材料に比べ、非線形光学定数が大きい有機材料であれば用いることができ、例えば、4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシレート(DAST)、2−メチル−4−ニトロアニリン(MNA)、メタニトロアニリン(mNA)、3−メチル−4−ニトロピリジン−1−オキサイド(POM)、尿素、2−シアノ−3−(2−メトキシフェニル)−2−プロペン酸メチル(CMPメチル)、L−アルギニンフォスフェイトモノハイドレイト(LAP)、4−(N,Nジメチルアミノ)−3−アセトアミドニトロベンゼン(DAN)、3,5−ジメチル−1−(4−ニトロフェニル)ピラゾール(DMNP)等が挙げられる。ここで、極めて大きな非線形光学定数と電気光学定数を有し、有機結晶特有の低い誘電率であることから、4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシレート(DAST)であることが好ましい。
【0039】
溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、アセトン、2−ブタノン、クロロホルム、ジクロロメタン、1,2−ジクロロエタン、ジメチルエーテル、酢酸エチル、ヘキサン、シクロヘキサン、アセトニトリル、トルエン等を用いることができるが、揮発性が高く、低価格であり、入手が容易であるなどの理由から、メタノールが好ましい。
【0040】
隙間に溶液を充填させる方法としては、毛細管現象等を利用して隙間に溶液を充填してもよく、注入手段を用いて隙間に溶液を適宜充填してもよく、特に限定されない。
【0041】
溶液を充填した一対の基板から溶媒を蒸発させる速度の制御は、溶液が充填された一対の基板を密閉可能な作製容器内に設置した後、溶媒の一定の蒸気量を含む添加ガスを収納したガス収納容器から作製容器内にその添加ガスを導入して行うことが好ましい。作製容器内に溶媒の一定の蒸気量を含む添加ガスを流すことにより、一対の基板の隙間から蒸発する溶媒の速度を一定にすることが可能になり、急激な蒸発速度の変化による多結晶化や品質の低下を抑えて、大型かつ高品質な薄膜状単結晶を効率的に作製することができるからである。
【0042】
一対の基板の隙間に充填された溶液から溶媒を蒸発させた結果生じる結晶成長については、溶液から溶媒を急激に蒸発させると、短時間に結晶が多数析出してしまうため、一つ一つの結晶が大きく成長せず、多結晶状態になるか又は結晶中に溶媒が取り込まれ欠陥となるなどの問題が発生するが、溶媒をゆっくり蒸発させることで、結晶数を少なく、かつ大きくすることが可能となる。
【0043】
例えば、溶媒の一定の蒸気量と窒素ガスを含む添加ガスを作製容器内に流した場合の方が、通常の窒素ガスのみを作製容器内に流した場合よりも、一対の基板の隙間に充填された溶液からの溶媒の蒸発速度を遅くすることが可能であり、溶媒の蒸発量を制御することが可能である。
【0044】
ここにいう溶媒の一定の蒸気量は、必ずしも溶媒の飽和蒸気である必要はなく、一対の基板の隙間に充填された溶液から溶媒が蒸発する量の制御が可能であればよいため、作製容器内の溶媒の飽和蒸気量よりも少ない一定の蒸気量であってもよい。なお、ここにいう溶媒の一定の蒸気量は、溶媒の蒸発量の制御が非常に良好になる点から、溶媒の飽和蒸気付近の蒸気量であればより好ましく、溶媒の飽和蒸気であればさらに好ましい。
【0045】
溶媒の一定の蒸気量を含む添加ガスとしては、例えば、溶媒の一定の蒸気量と窒素ガスの混合ガスが適しているが、有機物質を変質させないものであれば、窒素ガスの代わりにまたは窒素ガスに加えて他のガスを用いることができる。
【0046】
溶液を充填した一対の基板から溶媒を蒸発させる速度の制御は、作製容器内とガス収納容器内を、異なる温度に制御して行うことがより好ましい。一対の基板を配置した作製容器内の温度と、溶媒の一定の蒸気量を含む添加ガスを収納したガス収納容器内の温度を異なる温度に制御することにより、作製容器内の溶媒蒸気量よりも少ない溶媒蒸気量を容易にかつ確実に実現することができ、溶媒の蒸発速度を正確に制御することが可能となり、大型かつ高品質な薄膜状有機単結晶を効率的に作製することができるからである。
【0047】
作製容器内とガス収納容器内を異なる温度に制御する方法としては、例えば、恒温槽による温度制御、シート型ヒーターによる温度制御などが挙げられるが、これに限定されず、公知の温度制御方法を用いることが可能である。
【0048】
溶液を充填した一対の基板から溶媒を蒸発させる速度の制御は、溶媒を飽和状態になるまで蒸発させて、作製容器内を溶媒蒸気の飽和状態にした後、溶液を充填した一対の基板を密閉可能な作製容器内に配置することがさらに好ましい。作製容器内に結晶化させる有機物質を溶媒に溶解させて得られた溶液を充填した一対の基板を配置する前の段階で、作製容器内を溶媒蒸気の飽和状態にすることで、結晶作製時の最初の溶媒蒸発を緩やかにすることが可能となり、急激な溶媒蒸発による多結晶化を抑えて、大型かつ高品質な薄膜状有機単結晶をより効率的に作製することができるからである。
【0049】
一対の基板によって形成された隙間は、一対の基板の間にスペーサを設置して形成することが好ましい。一対の基板間にスペーサを設置することにより、作製する薄膜状単結晶の厚さを自在に変化させることができ、任意の厚さとすることが可能となるからである。
【0050】
スペーサは、隙間に充填した溶液によって変質しないものであれば特に限定されない。スペーサとしては、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、パーフロロアルコキシエチレン樹脂(PFA)、ポリカーボネイト(PC)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)、ポリスチレン、ポリサルフォン(PSF)、ポリエーテルサルフォン(PES)、ポリイミドなどが挙げられる。
【0051】
本発明の薄膜状有機単結晶の作製装置は、ガスを導入するガス導入口およびガス導入口から導入されるガスの流量を調節する導入ガス流量弁と、ガスを排出するガス排出口およびガス排出口から排出されるガスの流量を調節する排出ガス流量弁とを備えた密閉可能な作製容器と、ガス導入口と接続され、結晶化させる有機物質を溶解させる溶媒の一定の蒸気量を含む添加ガスを収納したガス収納容器とを有し、作製容器内とガス収納容器内とを異なる温度に制御することができるように構成したことを特徴とする。本発明の薄膜状有機単結晶の作製装置により、大型かつ高品質な薄膜状有機単結晶の作製装置を提供することが可能となる。
【実施例】
【0052】
(実施例1)
まず、作製容器1の中にメタノール(溶媒)を入れた容器3を置き、作製容器1のガス導入口にある導入ガス流量弁8およびガス排出口にある排出ガス流量弁9を閉じて、作製容器1内を恒温槽で20℃にして2時間保持し、作製容器1内をメタノール蒸気の飽和状態にした(図1−1)。
【0053】
これとは別に、直径100mmの円形石英基板を二枚用意して、基板間の距離を1μmとして一対の基板4a,4bを形成し、一対の基板4a,4bを、4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシレート(DAST、有機物質)25mgにつきメタノール1mlを加えて作成したDASTメタノール溶液5(溶液)に接触させ、毛細管現象等を利用して、一対の基板4a,4bの隙間にDASTメタノール溶液5を充填した。
【0054】
次いで、メタノールを入れた容器3を作製容器1から取り出した後、DASTメタノール溶液5を隙間に充填した一対の基板4a,4bを作製容器1内に設置した(図1−2)。なお、この段階では、作製容器1内は、メタノール蒸気の飽和状態になっているため、一対の基板4a,4bの隙間に存在するDASTメタノール溶液5からメタノールが蒸発することがない。
【0055】
これとは別に、メタノールを入れたガス収納容器内2を恒温槽で15℃にして保持し、ガス収納容器2内をメタノール蒸気の飽和状態にしてから、メタノールの中に窒素ガスを毎分0.5ml流し、メタノールの飽和蒸気と窒素ガスとからなる添加ガスを作製した。
【0056】
なお、メタノールの中に窒素ガスを流すのが望ましいのは、時間当たりの窒素ガスとメタノールの接触面積が増え、混合ガス中のメタノール蒸気の量が一定になり、混合ガスの混合比が安定するからであり、逆に、メタノールの中に窒素ガスを流さないと、メタノールが液体/気体の平衡状態に達する時間が足りず、メタノール蒸気が少なくなり、混合ガス中のメタノール蒸気の比率が少なくなるからである。
【0057】
また、メタノールの中に窒素ガスを流す管の先は、ガラスフィルタのように多孔状になっている方が望ましい。時間当たりの窒素ガスとメタノールの接触面積が増加し、効率よくメタノールの飽和蒸気と窒素ガスとからなる添加ガスを作成することができるからである。
【0058】
そして、作製した添加ガスを、導入ガス流量弁8を調節して、ガス収納容器2から作製容器1内へ毎分0.5mlの流量で流した(図1−3)。ここで、15℃におけるメタノール蒸気の飽和量は、20℃におけるメタノール蒸気の飽和量よりも小さいため、20℃に保持されている作製容器1内のメタノール蒸気の量は徐々に減少することから、一対の基板4a,4bの隙間に充填されたDASTメタノール溶液5からメタノールが徐々に蒸発し、DASTメタノール溶液におけるDASTの濃度が上昇することで、有機単結晶6が析出し始めた。
【0059】
なお、当然であるが、メタノールの飽和蒸気と窒素ガスを含む添加ガスを作製容器1内に流した場合の方が、通常の窒素ガスのみを作製容器1内に流した場合よりも、一対の基板4a,4bの隙間に充填されたDASTメタノール溶液5からのメタノールの蒸発速度は遅くすることが可能であり、メタノールの蒸発量を制御することが可能である。
【0060】
また、一対の基板4a,4bの隙間に充填されたDASTメタノール溶液5からメタノールを蒸発させた結果生じる結晶成長は、DASTメタノール溶液5からメタノールを急激に蒸発させると、短時間に結晶が多数析出してしまうため、一つ一つの結晶が大きく成長せず、多結晶状態になるか又は結晶中に溶媒が取り込まれ欠陥となるなどの問題が発生するが、蒸発速度をゆっくりとすることで、結晶数を少なく、かつ大きくすることが可能となる。
【0061】
添加ガスを作製容器1内に流し始めてから168時間後(7日後)、一対の基板4a,4bの隙間に存在した溶媒は完全に消滅した。その後、作製容器1のガス導入口から作製容器内に導入するガスを窒素ガスのみに変更して5時間流し続け、作製容器1内のメタノールを完全に除去した(図1−4)。
【0062】
一対の基板4a,4bを取り出し結晶を確認したところ、厚さ1μm、約5.0mm×約5.0mmの有機単結晶6を3個得ることができた。結晶の均一性を調べるために、偏光顕微鏡による観察を行ったところ、結晶全体で一様に消光し、欠陥がないこと確認され、大型で高品質な有機単結晶6が得られていることわかった。
【0063】
(実施例2)
まず、作製容器1とメタノールを入れたガス収納容器2とを接続した後、恒温槽で両容器内を20℃にして2時間保持して、作製容器1内をメタノール蒸気の飽和状態にした(図2−1)。ここで、ガス収納容器2内のメタノール中には窒素ガスを毎分0.5ml流した。
【0064】
これとは別に、直径100mmの円形石英基板を二枚用意して、基板間の距離を1μmとして一対の基板4a,4bを形成し、一対の基板4a,4bを、DAST25mgにつきメタノール1mlを加えて作成したDASTメタノール溶液5に接触させ、毛細管現象等を利用して、一対の基板4a,4bの隙間にDASTメタノール溶液5を充填した後、DASTメタノール溶液5を隙間に充填した一対の基板4a,4bを作製容器1内に設置した(図2−2)。なお、この段階では、作製容器1内はメタノール蒸気の飽和状態になっているため、一対の基板4a,4bの隙間に存在するDASTメタノール溶液5からメタノールが蒸発することがない。
【0065】
そして、ガス収納容器2内を恒温槽で15℃にし、メタノールの飽和蒸気と窒素ガスを含む添加ガスを、導入ガス流量弁8を調節して、ガス収納容器2から作製容器1内へ毎分0.5mlの流量で流した(図2−3)。
【0066】
添加ガスを作製容器内に流し始めてから168時間後(7日後)、一対の基板4a,4bの隙間に存在した溶媒は完全に消滅した。その後、作製容器1の導入口から作製容器1内に導入するガスを窒素ガスのみに変更して5時間流し続け、作製容器1内のメタノールを完全に除去した(図2−4)。
【0067】
一対の基板4a,4bを取り出し結晶を確認したところ、厚さ1μm、約5.0mm×約5.0mmの有機単結晶6を3個得ることができた。ここで、結晶の均一性を調べるため、偏光顕微鏡による観察を行ったところ、結晶全体で一様に消光し、欠陥がないこと確認され、大型で高品質な有機単結晶6が得られていることがわかった。
【0068】
(実施例3)
実施例2と同様の操作を繰り返し、作製容器1内(20℃)をメタノール蒸気の飽和状態にした(図3−1)。
【0069】
これとは別に、直径100mmの円形石英基板を二枚用意して、二枚の円形石英基板の間に厚さ12μmのPETフィルムを配置してスペーサ7とし、隙間12μmの一対の基板4a,4bを作製した(図4)。
【0070】
次いで、一対の基板4a,4bを、DAST30mgにつきメタノール1mlを加えて作成したDASTメタノール溶液5に接触させ、毛細管現象等を利用して、一対の基板4a,4bの隙間にDASTメタノール溶液5を充填した後、DASTメタノール溶液5を隙間に充填した一対の基板4a,4bを作製容器1内に設置した(図3−2)。なお、この段階では、作製容器1内はメタノール蒸気の飽和状態になっているため、一対の基板4a,4bの隙間に存在するDASTメタノール溶液5からメタノールが蒸発することがない。
【0071】
そして、ガス収納容器2内を恒温槽で17℃にし、メタノールの飽和蒸気と窒素ガスを含む添加ガスを、導入ガス流量弁8を調節して、ガス収納容器2から作製容器1内へ毎分0.5mlの流量で流した(図3−3)。
【0072】
添加ガスを作製容器1内に流し始めてから240時間後(10日後)、一対の基板4a,4bの隙間に存在した溶媒は完全に消滅した。その後、作製容器1を30℃に保持し、作製容器1の導入口から作製容器1内に導入するガスを窒素ガスのみに変更して5時間流し続け、作製容器1内のメタノールを完全に除去した(図3−4)。
【0073】
一対の基板4a,4bを取り出し結晶を確認したところ、厚さ12μm、約3.0mm×約3.0mmの有機単結晶6を3個得ることができた。ここで、結晶の均一性を調べるために、偏光顕微鏡による観察を行ったところ、結晶全体で一様に消光し、欠陥がないこと確認され、大型で高品質な有機単結晶6が得られていることがわかった。
【0074】
(比較例1)
メタノールの飽和蒸気と窒素ガスを含む添加ガスを窒素ガスのみに代えた以外は、実施例2と同様の操作を繰り返した。
【0075】
窒素ガスを作製容器1内に流し始めてから3時間後、一対の基板4a,4bの隙間に存在した溶媒は完全に消滅した。
【0076】
一対の基板4a,4bの隙間には、数μm〜数10μmの結晶が多数析出した。これらの結晶には、クラックや溶媒の取り込みによると思われる欠陥が見られた。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】本発明の薄膜状有機単結晶の作製方法における手順の概略の一例を示す図である。
【図2】本発明の薄膜状有機単結晶の作製方法における手順の概略の他の一例を示す図である。
【図3】本発明の薄膜状有機単結晶の作製方法における手順の概略の他の一例を示す図である。
【図4】スペーサを設置して隙間を形成した一対の基板の一例を示す概略図である。
【図5】4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシレート(DAST)の構造式を示す図である。
【符号の説明】
【0078】
1 作製容器
2 ガス収納容器
3 メタノールを入れた容器
4a,4b 一対の基板
5 DASTメタノール溶液
6 有機単結晶
7 スペーサ
8 導入ガス流量弁
9 排出ガス流量弁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の基板によって形成された隙間に、結晶化させる有機物質を溶媒に溶解させて得られた溶液を充填した後、当該溶液を充填した当該一対の基板から当該溶媒を蒸発させる速度の制御を行って有機単結晶を作製することを特徴とする薄膜状有機単結晶の作製方法。
【請求項2】
前記溶媒を蒸発させる速度の制御は、前記溶液が充填された一対の基板を密閉可能な作製容器内に設置した後、前記溶媒の一定の蒸気量を含む添加ガスを収納したガス収納容器から当該作製容器内に、当該添加ガスを導入して行うことを特徴とする請求項1に記載の薄膜状有機単結晶の作製方法。
【請求項3】
前記溶媒を蒸発させる速度の制御は、前記作製容器内と前記ガス収納容器内を、異なる温度に制御して行うことを特徴とする請求項2に記載の薄膜状有機単結晶の作製方法。
【請求項4】
前記溶媒を蒸発させる速度の制御は、前記溶媒を飽和状態になるまで蒸発させて前記作製容器内を前記溶媒蒸気の飽和状態にした後、前記溶液を充填した一対の基板を密閉可能な作製容器内に配置することを特徴とする請求項2または3に記載の薄膜状有機単結晶の作製方法。
【請求項5】
前記隙間は、前記一対の基板の間にスペーサを設置して形成することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の薄膜状有機単結晶の作製方法。
【請求項6】
前記有機物質は、4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシレートであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の薄膜状有機単結晶の作製方法。
【請求項7】
ガスを導入するガス導入口および当該ガス導入口から導入されるガスの流量を調節する導入ガス流量弁と、ガスを排出するガス排出口および当該ガス排出口から排出されるガスの流量を調節する排出ガス流量弁とを備えた密閉可能な作製容器と、当該ガス導入口と接続され、結晶化させる有機物質を溶解させる溶媒の一定の蒸気量を含む添加ガスを収納したガス収納容器とを有する薄膜状有機単結晶の作製装置であって、
前記作製容器内と前記ガス収納容器内とを異なる温度に制御することができるように構成したことを特徴とする薄膜状有機単結晶の作製装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−21976(P2006−21976A)
【公開日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−203696(P2004−203696)
【出願日】平成16年7月9日(2004.7.9)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】