説明

血糖値上昇抑制物質およびその製造方法、並びに血糖値上昇抑制物質を用いた食品および食品添加材

【課題】 あく抜き処理後の栃の実由来の健康効果を有する物質、及びその利用技術を提供する。
【解決手段】 木灰液で処理して食品として使用できるようにした栃の実中に含まれるエスシンに由来の新規な物質が、血糖値上昇抑制作用を有することを見いだした。エスシンのIa、IIa、Ib、そしてIIbの脱アセチル化物質として同定された.エスシンの脱アセチル化物質の生物活性は、脱アセチル化エスシンを含む画分を、マウスでの経口耐糖試験に用いて測定した。サポニンを300 mg/kgでマウスに1回の経口投与で、血糖値上昇の有意な抑制作用が明らかとなった。かかる血糖値上昇抑制物質は、食品に混ぜる等して使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はあく抜き処理後の栃の実から得られた新規な物質に関する技術で、特に食品に混ぜることで血糖値の上昇抑制を図るのに適用して有効な技術である。併せて、本発明は、あく抜き処理後の栃の実から得られたこれまで血糖上昇抑制作用がないと思われていた物質に、血糖値上昇抑制作用があることを新たに見出し、その有効適用を図るものである。
【背景技術】
【0002】
従来、トチノキ(Aesculus turbinata)の種子、すなわち、栃の実(以下、トチノミと表記する場合もある)は、古くは飢饉の際の非常食とされ、また,現在においては、日本各地で栃餅、栃の実だんご等の食品原料として使用されている。
【0003】
トチノミは、サポニンを多く含むため,苦味が強い。したがって、サポニンを除去するためのあく抜きをしなければ、トチノミを食品として使用することはできない。このサポニンの主成分は、エスシン(escin)と呼ばれるトリテルペノイド配糖体の混合物であることが分かっている。日本の各地域で伝承的に様々なあく抜き方法がとられている。その代表的な方法としては、トチノミを水に晒し、煮熟、木灰液に浸漬する工程がとられている。
【0004】
一方、このエスシン、西洋トチノキ(Aesculus hippocastanum L.)の種子にも含まれており、血糖値上昇抑制、アルコール吸収抑制、抗炎症、さらに抗腫脹などの種々の薬理活性が報告されている。この抽出物は,実際に炎症や腫脹の治療を目的とする医薬品や化粧品に使用されている。
【0005】
従来一般的に行われているトチノミの食品原料としての使用、及び使用に際してのあく抜きに関しては、非特許文献1に述べられている。トチノミの苦み成分がエスシンであることについては、非特許文献2、3に記載されている。さらに、エスシンの薬理作用等については、非特許文献2〜8に記載されている。
【0006】
また、非特許文献9には西洋栃の実の質量分析上の特徴等が記載されている。併せて、非特許文献10には中国の栃の実に関しての記述が見られる。非特許文献11には、先に出願した内容の「あく抜き処理トチノキ種子のサポニン成分の化学構造と血糖値上昇抑制抑制作用」についての記載がある。
【非特許文献1】松山利夫、「野生堅果類とくにトチノミとドングリ類のアク抜き技術とその分布」、国立民族学博物館研究報告、2、p498-528(1977)
【非特許文献2】Yoshikawa,M.、Murakami,T.、Matsuda,H.、Yamahara,J.、Murakami,N. 、and Kitagawa, I.、「Bioactive saponins and glycosides.III. horse chestnut.(1): The structures, inhibitory effects on ethanol absorption, and hypoglycemic activity of Escins Ia,IIa,Ib,IIb and IIIa from the seeds of Aesculus hippocastanum L.」、Chem. Pharm. Bull., 44, 1454-1464(1996)
【非特許文献3】Yoshikawa, M.、Harada, E.、Murakami, T.、Matsuda, H.、Wariishi, N.、Yamahara, J.、Murakami, N. and Kitagawa,I.、「Escins Ia, IIa, Ib, IIb and IIIa, bioactive triterpene oligoglycosides, from the seeds of Aesculus hippocastanum L.: Their inhibitory effects on ethanol absorption, and hypoglycemic activity on glucose tolerance test.」、Chem. Pharm. Bull., 42, 1357-1359(1994)
【非特許文献4】山原條二、松田久司、村上敏之、島田ひろみ、吉川雅之、「薬用植物の血糖値上昇抑制作用と作用成分−トリテルペン配糖体の構造と活性」、和漢医薬学雑誌、13、p295-299(1996)
【非特許文献5】吉川雅之、「薬用植物の糖尿病予防成分 医食同源の観点から」、化学と生物、40、p172-178(2002)
【非特許文献6】Guillaume, M. and Padioleau, F.、「Veintomic effect, vascular protection, anitiinflammatory and free radical scavenging properties of horse chestnut extract.」、Arzneimittelforschung, 44 , 25-35(1994)
【非特許文献7】Sirori, C. R.、「Aescin : Phamacology, phamacokinetics and therapeutic profile.」、Phamacological Research, 44, 183-193(2001)
【非特許文献8】吉川雅之、村上敏之、大槻恵子、山原條二、松田久司、「生物活性サポニン及び配糖体(第13報).西洋トチノキ種子サポニン(3):高速液体クロマトグラフィーを用いたEscin Ia,IIa, Ib 及びIIbの定量分析」、薬学雑誌、119、p81-87(1999)
【非特許文献9】Facino, R. M.,Carini, M., Moneti, G., Arlandini, E., Pietta, P. and Mauri, P., 「Mass spectrometric characterization of horse chestnut saponins (Escin).」、Org. Mass Spectrometry, 26, 989-990(1991)
【非特許文献10】Zang, Z.、Koike, K.、Jia, Z.、Nikaido, T.、Guo, D. and Zheng, J.、「New saponins from the seeds of Aesculus chinensis」、Chem. Pharm. Bull., 47, 1515-1520(1999)
【非特許文献11】木村英人、渡邉あい、地阪光生、山本達之、木村靖夫、勝部拓矢、横田一成、「あく抜き処理トチノキ種子のサポニン成分の化学構造と血糖値上昇抑制抑制作用」、食科工、51、672-679 (2004).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者は、菓子類等の食品製造の技術開発に携わるなか、日本各地で古来より使用されている栃の実の健康効果について研究を行っていた。栃の実の薬理作用については、前掲の各種文献にもあるように、種々報告されていることがわかった。
【0008】
しかし、本発明者は、ある事実に気がついた。すなわち、前掲の如く各種文献に記載の栃の実の薬理作用についての報告は、あくまで生の栃の実から得られた物質において、その研究がなされており、あく抜き処理後の栃の実に関しての薬理作用ではないことに気がついた。
【0009】
前述の如く、栃の実を食品として使用するに際しては、そのままでは苦いため、一旦あく抜き処理を行わなければならない。かかるあく抜き処理を行えば、ある程度のサポニンは除去されると考えられる。そこで、本発明者は、このようにサポニンが除去されたあく抜き処理後の栃の実でも、前掲の各種文献に記載の如き薬理作用を有するものか検討する必要があると考えた。このあく抜き後のトチノミに存在するサポニンの含有量や成分についての報告はない。医食同源の観点から、実際に食品原料として使用されているトチノミのサポニン成分やそれらの生物活性の研究が必要と考えた。
【0010】
かかる研究を通して、あく抜き処理後の栃の実から、健康効果を示す物質が見いだせれば、かかる物質を食品等に混ぜることで、古来より使用されていた栃の実を、健康食品等の材料として積極的に利用することができる筈である。また、かかる栃の実は、既に、食材の一つとして古来から利用されており、安心して摂取することが可能な筈である。
【0011】
本発明の目的は、あく抜き処理後の栃の実由来の健康効果を有する物質を見いだすことにある。
【0012】
他の本発明の目的は、あく抜き処理後の栃の実由来の健康効果を有する物質の利用技術を提供することにある。
【0013】
本発明の前記ならびにその他の目的と新規な特徴は、本明細書の記述および添付図面から明らかになるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本願において開示される発明のうち、代表的なものの概要を簡単に説明すれば、次のとおりである。
【0015】
本発明者は、前記課題に鑑み、栃の実のあく抜き処理後の薬理作用、健康効果を示す物質の探査を行う中、これまでは知られていなかった物質を見いだした。すなわち、食品原料であるあく抜き処理されたトチノミのサポニン類を同定して,それらの含有量や化学構造を明らかにした。また,あく抜き処理されたトチノミに含まれる新規のサポニン類が,血糖値上昇の抑制作用を示すことも明らかにした。
【0016】
かかる新規な物質に基づき、本発明はなされたものである。すなわち、本発明は、栃の実をあく抜き処理するステップと、あく抜き処理後の前記栃の実からデアセチルエスシン(deacetylescin:脱アセチル化エスシン)を抽出する抽出ステップとを有することを特徴とする血糖値上昇抑制物質の製造方法である。本発明は、エスシンの第22位炭素位置で脱アセチル化処理することを特徴とする血糖値上昇抑制物質の製造方法である。
【0017】
本発明の血糖値上昇抑制物質は、デアセチルエスシンを有することを特徴とする。かかる構成において、前記デアセチルエスシンは、栃の実をアルカリ処理して得られることを特徴とする。あるいは、前記デアセチルエスシンは、エスシンをアルカリ処理して得ることもできる。エスシンのアルカリ処理は、エスシンの第22位炭素位置の脱アセチル化処理であることを特徴とする。
【0018】
また、本発明者は、あく抜き処理後の栃の実から得られたこれまで血糖上昇抑制作用がないと思われていた物質に、血糖値上昇抑制作用があることを新たに見出した。すなわち、本発明は、栃の実をあく抜き処理するステップと、あく抜き処理後の前記栃の実からデサシルエスシンを抽出する抽出ステップとを有することを特徴とする血糖値上昇抑制物質の製造方法である。本発明は、エスシンの第21位炭素位置での脱アシル化処理と、第22位炭素位置での脱アセチル化処理と行うことを特徴とする血糖値上昇抑制物質の製造方法とである。
【0019】
本発明の血糖値上昇抑制物質は、デサシルエスシンを有することを特徴とする。かかる構成において、前記デサシルエスシンは、栃の実のアルカリ処理で得られ、200mg/kg体重以上を投与することを特徴とする。
【0020】
本発明の食品は、前述の血糖値上昇抑制物質の製造方法で製造された血糖値上昇抑制物質、あるいは上記記載の血糖値上昇抑制物質を含むことを特徴とする。かかる食品において、前記食品は、血糖値上昇抑制効果を有する健康食品であることを特徴とする。あるいは、前記食品は、菓子であることを特徴とする。
【0021】
本発明の食品添加材は、前述の血糖値上昇抑制物質の製造方法で製造された血糖値上昇抑制物質、あるいは上記記載の血糖値上昇抑制物質を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本願において開示される発明のうち、代表的なものによって得られる効果を簡単に説明すれば以下のとおりである。
【0023】
本発明の血糖値上昇抑制物質は、あく抜き処理後の栃の実から見いだされた物質で、あく抜き処理後の栃の実は古来より食用として用いられているため、菓子等の嗜好品をも含めた一般の食品、健康食品、食品添加材等に安心して使用することができ、血糖値上昇抑制機能を示す機能性食品の開発が行える。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、実施の形態を説明するための全図において、同一の部材には原則として同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する場合がある。
【0025】
(実施の形態1)
本発明に係る血糖値上昇抑制物質は、栃の実をあく抜き処理し、その後にあく抜き処理した栃の実を、熱水抽出あるいはエタノール等のアルコールを用いた溶媒抽出することで、製造することができる。
【0026】
栃の実のあく抜き処理のステップは、例えば、生の栃の実を水分含量20%以下までに乾燥し、その後に乾燥させた栃の実を水に浸漬、皮剥し、水でさらすか沸騰するなどのように処理して、木灰、あるいは炭酸カリウム、水酸化ナトリウム、石灰等のアルカリ剤に浸漬または煮ればよい。
【0027】
本発明を実施するに際して使用可能な栃の実は、トチノキ(Aesculus turbinata)の実である。勿論、トチノキの種類であれば、例えば、西洋トチノキ(Aesculus hippocastanum L.)、あるいは中国に植生しているトチノキの種子にも適用できることは言うまでもない。
【0028】
あく抜き処理ステップ後の抽出ステップは、例えば、熱水抽出で行えばよい。かかる熱水抽出は、例えば、あく抜きトチノミ水で煮て行えばよい。熱水温度は、50℃以上範囲で管理すればよい。かかる温度範囲に設定した理由は、温度50℃未満では抽出効率が悪く時間がかかるためである。
【0029】
また、抽出ステップは、アルコール等の有機溶媒を用いても構わない。例えば、アルコールを用いた抽出の場合には、0(0を含まない)〜100%以下のメタノール、エタノール、ブタノール、プロパノールなどのアルコールを用いて行えばよい。
【0030】
このようにして得られた物質は、血糖値上昇抑制を示す。かかる血糖値上昇抑制物質は、デアセチルエスシン(deacetylescin)で、エスシン(escin)の第22位の炭素に結合したアセチル基が、脱アセチル化されて水酸基が結合した構造を有している。かかる物質の構造、及び薬理、健康作用については、後記する実験で詳細に説明した。
【0031】
また、上記説明では、採取した栃の実を用いて血糖値上昇抑制物質を製造する場合について説明したが、本発明者が見いだした血糖値上昇抑制物質は上記の如き化学構造を有するデアセチルエスシンであるため、エスシンを出発物質として、エスシンのアルカリ処理により製造しても構わない。
【0032】
例えば、アルカリ剤として炭酸カリウムや水酸化カリウム、水酸化ナトリウム等を用い、pH8〜14の条件でエスシンに対して、加水分解処理を行わせ、エスシンの第22位の炭素に結合した官能基の脱アセチル化を行えばよい。
【0033】
このようにして得られた血糖値上昇抑制物質は、上記血糖値上昇抑作用を有する物質の単品でも構わないし、あるいはその他の物質との混合物であっても構わない。
【0034】
かかる血糖値上昇抑制物質は、食品へ混ぜて使用することができる。例えば、菓子類、総菜等の食品が挙げられる。特に、食品のうちでも菓子類としては、餅、団子、煎餅、クッキー、ゴーフレット等の菓子が例示として挙げられる。食品としては、調味料も含めても構わない。
【0035】
かかる食品に混ぜる場合には、デアセチルエスシンの含有量として、0.1重量%以上〜50重量%以下の範囲で混ぜればよい。但し、調味料への混入に際しては、種々の料理に普段に用いられて摂取されることを考慮して、0.1重量%以上〜20重量%以下の範囲で混入させておけばよい。
【0036】
さらに、食品に混ぜる食品添加材としての使用も考えられる。かかる食品添加材としては、0を含まない100重量%以下の範囲で、適宜増量材等と混ぜて構成すればよい。
【0037】
また、液剤、エキス剤、カプセル剤、顆粒剤、丸剤、錠剤、シロップ剤等の形態で提供される健康食品としての適用も考えられる。かかる健康食品としての適用に際しては、デアセチルエスシンの含有量が、5重量%以上〜100重量%以下の範囲となるように調整すればよい。
【0038】
次に、上記説明の如く、あく抜き処理後の栃の実から、血糖値上昇抑制物質としてのデアセチルエスシンが得られること、また得られたデアセチルエスシンの化学構造が既知のエスシンの化学構造の第22位の炭素部位で脱アセチル化された構成を有することについて、実験に基づき説明する。
【0039】
(1.実験材料)
本実験では、兵庫県北部で採取されたトチノミを使用した。採取したトチノミは、トチノキ(Aesculus turbinata)の種子を用いた。木灰は牧野木材工業(岡山)から得た。0.05% TMS含有ピリジン-d5は、和光純薬工業(大阪)から購入した。β-エスシン(β-escin)、その他の特級試薬、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析用のメタノール、そして蒸留水は、ナカライテスク(京都)から入手した。
【0040】
(2.トチノミのあく抜き処理方法)
乾燥した栃の実を、4日間、水に浸漬して皮をやわらかくして剥いだ後、栃の実1kg(水分52.8 %, w/w)を3倍量の水で1時間、煮熟した。煮熟後の栃の実をあく抜きするため、木灰1kgに60℃の温湯(1.4L)を加えたペースト状の木灰液を用意した。これに栃の実1kgを浸漬し、さらに48時間放置した。その後、あく抜き状態を食味により確認した後、栃の実を水道水で洗浄した。あく抜き状態の判断は、食味により苦味の程度を熟練作業者が官能評価した。
【0041】
(3.トチノミサポニンの薄層クロマトグラフィー(TLC)分析)
TLCプレートは、silica gel 60F254 (MERCK製)を使用した。展開溶媒はクロロホルム/メタノール/蒸留水(65:35:10, v/v)の下層を用いた。発色は10 %硫酸溶液を噴霧し、150℃で加熱してスポットを確認した。TLCの標準物質としては、市販のβ-エスシン(Rf値0.24)を非特許文献2に記載のYoshikawaらの方法でアルカリ加水分解して得たデサシルエスシン(desacylescin:Rf値0.12)を用いた。
【0042】
(4.トチノミからのサポニンの抽出と定量)
トチノミ中のサポニンの組成と含有量を分析するため、あく抜き前の皮剥栃の実からサポニンの抽出と精製を非特許文献2に記載のYoshikawaらの方法に準じて行った。すなわち、乾燥栃の実を、4日間、水に浸漬して皮をやわらかくした後、皮を除去した。この栃の実4 kg(水分52.2 %, w/w)を1週間、メタノールに浸漬した後、濾過した。得られたメタノール抽出物を濃縮乾固して乾燥物154 gを得た。この抽出物を、Diaion HP-20カラム(長さ500 mm×内径 60 mm、日本錬水製、東京)に供し、蒸留水3000 mlで糖類画分を、メタノール3000 mlでサポニンを含む画分を、そして酢酸エチル3000 mlで脂質画分を溶出した。このカラムでのメタノール溶出画分を濃縮乾固して、粗サポニン画分の56 gを得た。
【0043】
この粗サポニン10 gをChromatorex ODS 1024Tカラム(長さ320 mm×内径32 mm、富士シリシア化学製、愛知)に供し,40 %メタノール1000 ml、90 %メタノール1000 ml、100 %メタノール1000 mlの順に溶出した。標準物質として市販のβ-エスシン、デサシルエスシンを用いたTLC分析で、目的のサポニン類は90 %メタノール溶出画分に回収された。90 %メタノールを減圧乾固すると8.45 gの粗結晶が得られた。この操作を繰り返し、あく抜き処理前の栃の実4 kg(水分52.2%, w/w)からサポニン類 47 gを得た。あく抜き処理後の栃の実(水分 64.8 %, w/w)についても同様の方法により、サポニン類を抽出し定量をした。Dianion HP-20カラムとChromatorex ODS 1024Tカラムを用いて精製したサポニン類11 gを得た。
【0044】
(5.トチノミサポニンの高速HPLC分析と分取)
HPLC分析には、島津製作所製のLC-2010AシステムとクロマトパックCR8Aを用いた。分析用カラムとしてワイエムシィ製のYMC-Pack ODS AM(AM312-3)カラム(長さ150 mm×内径6 mm )を、また、分取用カラムには、ワイエムシィ製のYMC-Pack ODS AM (AM 322)カラム(長さ150 mm×内径10 mm )を利用した。移動相としてメタノール/ 10 mMリン酸緩衝液(pH 2.7)(62:38, v/v)を用い、溶出速度として、分析用カラムでは、0.8 ml/minに、分取用カラムでは3.0 ml/minに合わせた。検出は203 nmの波長で行った。
【0045】
(6.エスシンIa、IIa、Ib、IIbの炭酸カリウム溶液による処理と成分分析)
あく抜き処理前の栃の実成分のエスシンIa、IIa、Ib、IIbのそれぞれの成分をHPLCで分離精製した。そして、木灰浸漬時とほぼ同様のアルカリ度に調製した5 %炭酸カリウム溶液(pH 11.7)中で、個々の成分を48時間、室温で静置した。その後、0.1 M塩酸水溶液で中和した後、C18マキシクリーンカートリッジカラム(オルテック製,東京)にかけて40 %メタノールで洗浄後、70 %メタノールで溶出し、0.45μmのメンブレンフィルターで濾過後、HPLC分析にかけた。
【0046】
(7.機器分析)
1H-NMRと13C-NMR分析には、日本電子社製のJEOL JNM-A400 FT-NMR(400Mz)を用いた。試料を0.05 %TMS含有ピリジン-d5に溶解し測定にかけた。質量分析には、サーモクエスト社製のイオントラップ型質量分析装置モデルLCQ Deca XPを用いて、正イオンモードでのエレクトロスプレーイオン化(electrospray ionization, ESI)法により解析した。水分測定は、島津製作所製の赤外水分計EB-340MOCにより分析した。
【0047】
(8.マウスによる糖負荷試験)
雄のICRマウスは日本エスエルシー(静岡)から購入した。生後6週齢で雄のICRマウスを、飼料としてオリエンタル酵母工業(東京)の実験動物用固型飼料MFを用いて、2週間、予備飼育後、グルコース糖負荷試験に用いた。16時間絶食したマウスの尾静脈から採血して血糖値を測定した。その後、被検物として、あく抜き栃の実のメタノール抽出物をDianion HP-20カラムとChromatorex ODS 1024Tカラムで精製したサポニン画分を用いた。試料を生理食塩水0.3 mlに懸濁し、マウス体重1 kgあたり0、300 mg のいずれかとなるようにして胃ゾンデを用いて経口投与した。
【0048】
なお、供試マウスは体重1kgあたり試料0 mg投与区は5匹, 試料 300 mg投与区は6匹とした。試料を投与した30分後に、マウス体重1kgあたり、グルコース0.5gを生理食塩水0.1mlに溶解したものを胃ゾンデを用いて経口投与した。このグルコース負荷後、0.5、1、2時間後に、マウスの尾静脈から採血して血糖値を測定した。血糖値の測定には、グルテストエースR(三和化学研究所,愛知)を用いた。
【0049】
(9.統計処理)
血糖値は平均±標準偏差で表した。被検物0 mg / kg体重群に対する各サポニン投与群の血糖値の比較を、Dunnett法により検定し、P<0.05の場合を有意差ありとした。
【0050】
(10.実験結果及び考察)
a)あく抜き処理前後の栃の実中のサポニン含量について
あく抜き後の栃の実中のサポニン残存量を把握する目的で、前記要領で、あく抜き処理前の栃の実と、あく抜き処理後のものから同様の操作でサポニンを抽出し、Dianion HP-20カラムとChromatorex ODS 1024Tカラムにより精製したサポニン画分の重量を比較した。
【0051】
これらのサポニン画分を、TLCで分析したところ、あく抜き処理前のサポニン画分では、市販のβ-エスシンと同じ位置に主要なスポットが1つ確認された。また、あく抜き処理後のサポニン画分ではデサシルエスシンに相当するスポット、エスシンに相当するスポット、そして、エスシンとデサシルエスシンの間に主要なスポットが確認された。この結果、あく抜き前とあく抜き後では、サポニン類の組成変化が起こっていることが確認された。
【0052】
これらのサポニン画分の重量を比較したところ、あく抜き処理前の栃の実(水分52.2%, w/w) 4 kgからは47 g、あく抜き処理後の栃の実(水分64.8%, w/w)4 kgからは11 gのサポニン類を得た。したがって、水分量から、栃の実の乾燥固形重量あたりのサポニン量を算出すると、あく抜き処理前では、栃の実固形重量あたり1.0 %(w/w),あく抜き処理後では0.3 %(w/w)のサポニンを含有していることが明らかとなり、あく抜き処理した場合も、サポニン類は30 %程度残存することが確認された。
【0053】
b)あく抜き処理による栃の実中のサポニン成分の化学変化について
あく抜き処理により栃の実中のサポニン類の化学変化を調べるため、あく抜き処理前後の栃の実から抽出したサポニン画分をHPLC分析にかけた。図1に示すように、その結果、あく抜き処理前の栃の実のサポニンの溶出位置は、市販の標準品のβ-エスシンに含まれる4つの成分の保持時間と一致した。
【0054】
これらの溶出パターンは、非特許文献8に記載の吉川らの報告とも一致した。さらに、図1(A)のi、ii、iii、ivの各ピークを分取し、1H-NMR,13C-NMR、そして、ESI法による正イオンモードでの質量分析にかけた。それらの分析した結果は、非特許文献2、9に記載の文献値と一致した。このことから、図1(B)のi、ii、iii、ivの4つのピークは、それぞれ、エスシンIa、IIa、Ib、IIbに相当することが確認された。
【0055】
一方、あく抜き処理後の栃の実のサポニン成分は、図1(C)に示すように、i’、ii’、iii’、iv’の新たなピークを示した。非特許文献2記載のYoshikawaらの方法でエスシンのC21位のアシル(acyl)基、C22位のアセチル(acetyl)基がともに加水分解されたデサシルエスシンは、図1のHPLC条件で6分付近に溶出された。今回、観察されたピークは、それぞれエスシンIa、IIa、Ib、IIbが木灰のアルカリ成分により、C21位のアシル基、もしくはC22位のアセチル基が脱離したものと考えられる。
【0056】
もし、エスシンのC21位のアシル基が切断されると仮定すると、エスシンのIaとIb、そしてIIaとIIbが同一構造になり、ピークは2つになるはずであるが、今回の試料では、そのような結果は得られなかった。したがって、i’、ii’、iii’、iv’はエスシンIa、IIa、Ib、IIbのC22位のアセチル基が脱離したものであると推定された。
【0057】
このことを確認するため、あく抜き処理前の栃の実に由来するエスシンIa、IIa、Ib、IIbの個々の成分をHPLCで分取して5 %炭酸カリウム溶液(pH 11.7)中で静置した。この反応物を中和し、C18マキシクリーンカートリッジカラムによる前処理後、HPLCによる分析にかけたところ、図2(A)〜(D)に示すように、エスシンIa、IIa、Ib、IIbからそれぞれ,i’、ii’、iii’、iv’が生成していることが確認された。以上のことより、i’、ii’、iii’、iv’のピークは、エスシンIa、IIa、Ib、IIbのそれぞれが脱アセチル化したものと考えられた。したがって,栃の実の木灰によるあく抜き処理のアルカリ条件では、図3に示すように、C22位のアセチル基が選択的に脱離することが確認された。
【0058】
この理由として、エスシンのC22位のアセチル基は、C21位のアシル基に比べ立体的に水酸化物イオンの求核攻撃を受けやすいこと、そして、C21位のアシル基はα,β共役カルボニル構造を有し、アシル基のカルボニル炭素に対する水酸化物イオンの求核攻撃を妨げたためと思われる。
【0059】
また、図1(B)と図1(C)を比較した際に、あく抜き処理前後でエスシン類の存在比率が異なる理由については、i’、ii’のC21位のチグロイル(tigloyl)基は,iii’、iv’のアンゲロイル(angeloyl)基に比べ立体障害効果が少なく、i’、ii’はiii’、iv’よりも優位に加水分解され、デサシルエスシンに変換されたためと推察された。
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】

【0062】
【表3】

【0063】
c)あく抜き処理により生成したエスシン由来のサポニンの化学構造について
あく抜き処理により生成した図2のi’〜iv’の化学構造の確認のため、HPLCでそれぞれを単離し、質量分析、1H-NMR、そして13C-NMRによる構造解析を行った。質量分析の結果では、表1に示すように、エスシン類のC22位のアセチル基が脱離することに一致する分子イオンピークが得られた.また1H-NMR分析により、表2に示すように、エスシンIaとIIaのC21位のチグロイル基とIbとIIbのアンゲロイル基の存在が確認された。
【0064】
さらに、表3に示す13C-NMR分析の結果により、あく抜き処理前のエスシン類のデータと比較して、C21位のチグロイル基、あるいはアンゲロイル基に相当するシグナルが検出された。それに対して、あく抜き処理後のエスシン類のC22位のアセチル基を示す1H-NMRと 13C-NMRのシグナルは認められなかった。以上の結果より、HPLCでのi’、ii’はiii’、iv’はエスシンIa、IIa、Ib、IIbのそれぞれのC22位のアセチル基が、図3に示すように、加水分解されたものであることが確認された。この結果、あく抜き処理されて食用となる栃の実の主要サポニンは、エスシン類が木灰のアルカリ成分により、C22位のアセチル基が加水分解された化合物と同定された。
【0065】
すなわち i'は21-O-tigloylprotoaescigenin 3-O-[β-D- glucopyranosyl-(1-2)][β-D-glucopyranosyl-(1-4)]-β-D-glucuronopyranosyl acid、ii’が21-O-tigloylprotoaescigenin 3-O-[β-D-xylopyranosyl-(1-2)][β-D-glucopyranosyl-(1-4)]-β-D−glucuronopyranosyl acid、iii’が21-O-angeloylprotoaescigenin 3-O-[β-D− glucopyranosyl-(1-2)][β-D-glucopyranosyl-(1-4)]-β-D-glucuronopyranosyl acid、そしてiv’が21-O-angeloylprotoaescigenin 3-O-[β-D-xylopyranosyl-(1-2)][β-D-glucopyranosyl-(1-4)]-β-D-glucuronopyranosyl acidと決定された。
【0066】
これらの4つのサポニンのうちi’とiii’は、非特許文献10に記載の如く、中国産トチノミ(Aesculus chinenis)から単離されたAesculioside A、Aesculinoside Bと同一の化学構造である。中国産トチノミは、健胃や鎮痛の目的で使用される“Sha Luo Zi”と呼ばれる生薬の原料になっているという。しかし、ii’とiv’の化学構造をもつサポニンについては、我々の知る限り、まだ報告がない。
【0067】
d)あく抜き処理されたトチノミサポニンの血糖値上昇抑制作用について
あく抜き処理された栃の実から得たサポニン類を雄のICRマウスを用いた糖負荷試験に供し、血糖値上昇の抑制効果を調べた。この結果、あく抜き処理したトチノミサポニン類の300 mg/kg投与群は、図4に示すように、グルコース負荷0.5時間(P<0.01)と1時間(P<0.05)の両方において0 mg/kg投与群に比較して有意な低値を示した。
【0068】
図中、〇はコントロール(n=5)を、●はあく抜き処理後のトチノミ由来のサポニン300mg/kg体重(n=6)をそれぞれ示している。
【0069】
以前の研究では、非特許文献2〜5にも詳細に記載されている如く、西洋トチノキ種子(Aesculus hippocastanum L.)に含まれるエスシンIa、IIa、Ib、IIbの血糖値上昇の抑制作用が報告されている。それによると、C21位のアシル基、C22位のアセチル基は、その活性を示すための必須構造とされている。しかしながら、この報告では、C21位のアシル基とC22位のアセチル基の両方を有するエスシン類と,それらからアシル基とアセチル基の両方が加水分解で除去されたデサシルエスシンI、IIについてのみ調べている。
【0070】
しかし、今回、本発明者の実験により見い出されたあく抜き処理された栃の実に由来するC22位の脱アセチル化物の作用については全く検討されていない。HPLCによる分析の結果、今回、試験に用いた試料中には、デサシルエスシンに相当するピークが確認された。
【0071】
しかしながら、非特許文献2、5には、デサシルエスシンI、II はラットを用いた試験で体重1 kgあたり100 mgの投与でも血糖値上昇抑制作用を全く示さないと報告されている。したがって、試料中のデサシルエスシンの血糖値上昇抑制への影響はないと判断した。
【0072】
また、上記HPLCによる分析では、エスシンIb、IIbに相当する微量なピークも認められた。試料中のサポニン類のうちエスシンIbが1.24 %,IIbが0.87%と算出された。今回、あく抜き処理した栃の実のサポニン類を、マウスに投与したとき、300 mg/kgで有意な血糖値上昇の抑制作用が確認されたが、そのうち、6.3 mgがエスシンIbとIIbの混合物に相当する。
【0073】
そこで、今回エスシンIbとIIbの混合物の血糖値上昇の抑制作用に対する関与を調べる目的で、この混合物をマウス体重1 kgあたり6.3 mg/kg投与し、血糖値上昇の抑制作用効果を調べた。その結果、エスシンIbとIIbの作用は0 mg/kg投与群に比べて、有意差は見られなかった。
【0074】
以上の結果より、今回の血糖値上昇の抑制作用を示す活性本体は、C22位のアセチル基が脱離した構造のサポニンであるi’、ii’はiii’、iv’を含むサポニン類であるといえる。吉川らは、非特許文献5に記載の如く、エスシン,ギムネマ酸などのトリテルペングリコシドの血糖値上昇抑制活性の作用機序について、胃から空腸への糖類の移動遅延と小腸でのグルコースの吸収阻害によって作用発現し、小腸運動の亢進にも関与していると報告してい。したがって、脱アセチル化エスシンであるi’、ii’はiii’、iv’も同様の作用機序で機能していると推察されるが、詳細についてはさらなる研究が必要である。今後、さらに種々の生物活性を検討することにより、さらなる新規の作用が見いだされるものと期待される。
【0075】
本発明における上記実験の結果から、1)食品として使用されているあく抜き処理した栃の実には、乾燥固形重量あたり0.3%のサポニン類が含まれていたこと、2)あく抜き処理栃の実中の主要なサポニンは,エスシン類のC22位のアセチル基が脱離した構造を持つ4種類の成分であったこと、3)あく抜き処理した栃の実より分離したサポニン画分を用いて、マウスを用いた糖負荷試験を行ったところ、300 mg/kg添加群は、糖負荷後0.5時間と1時間でコントロールの0 mg/kg群に比較して、有意に血糖値上昇の抑制作用を示したことが明確に確認され、木灰液によるあく抜き処理の食用栃の実は、食品加工中に生成した新規の機能性食品因子を含むことが、本発明者により初めて見いだされた。
【0076】
(実施の形態2)
本実施の形態では、前記実施の形態とは異なり、あく抜き処理後に得られたサポニン類の各単離物の血糖値上昇抑制作用について調べた。
【0077】
前記実施の形態では、トチノミをあく抜き処理することにより、エスシンの化学変換産物が生成することを示した。すなわち、それらは、エスシンIa、IIa、Ib、IIbのそれぞれのオレアナン骨格のC-22位のアセチル基が加水分解されたデアセチルエスシンIa、IIa、Ib、IIbであることを同定した。また,これらのデアセチルエスシン類を含むサポニン画分が、血糖値の上昇を抑制することも明らかにした。これらのデアセチルエスシンは、実際に食用とされているトチノミに相当量、含まれていた。
【0078】
これまで、それらのデアセチルエスシン画分に含まれている個々の成分の食品機能性はこれまで研究されていない。本実施の形態では、デアセチルエスシンIa、IIa、Ib、IIbの単離物やそれらの関連物質を用いてマウスでの糖負荷試験を行い、それらの構造活性相関について検討した。併せて、トチノミ由来サポニン類の示す血糖値上昇抑制作用に、多糖や二糖類を基質とする消化酵素に対する阻害作用が関与する可能性についても検討した。
【0079】
(1.実験材料)
兵庫県北部で採取されたトチノミを使用した。標準品としてのβ-エスシンは、和光純薬(大阪)から購入した。その他の試薬は、ナカライテスク(京都)、または、和光純薬(大阪)から入手した。
【0080】
(2.トチノミからのサポニンの抽出、分離、精製)
あく抜き処理前の皮剥トチノミから、Yoshikawaらの方法に準じてサポニン類の抽出、分離、精製を行った。すなわち、乾燥トチノミを4日間水に浸漬して皮をやわらかくした後、皮を除去した。このトチノミ4 kgを、さらに1週間、メタノールに浸漬した後、濾過した。得られた濾液のメタノール抽出物を、濃縮乾固して乾燥物154 gを得た。
【0081】
この抽出物を、Dianion HP-20カラム(長さ500 mm×内径 60 mm、日本錬水製、東京)に供し、蒸留水3000 mlで糖類画分を、メタノール3000 mlでサポニンを含む画分を、そして、酢酸エチル3000 mlで脂質画分を溶出した。このカラムでのメタノール溶出画分を濃縮乾固することで、粗製のサポニン画分の56 gを得た。
【0082】
この粗製サポニン10 gをChromatorex ODS 1024Tカラム(長さ320 mm×内径32 mm、富士シリシア化学製、愛知)にかけて、40 %メタノール1000 ml、90 %メタノール1000 ml、100 %メタノール1000 mlの順に溶出した。90 %メタノール溶出画分を減圧乾固すると、8.45 gの粗結晶が得られた。この操作を6回繰り返し、あく抜き処理前のトチノミ4 kgからサポニン類 47 gを得た。あく抜き処理後のトチノミ4 kgについても同様の方法により、サポニン類11 gを得た。
【0083】
これらのサポニン画分から個々の成分を精製するために、逆相の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)にかけて、あく抜き処理前のサポニン画分3 gから、エスシンIaを255 mg、IIaを126 mg、Ibを169 mg、IIbを149 mgを単離した。また、あく抜き処理後のサポニン画分3 gから、デアセチルエスシンIaを58 mg、IIaを34 mg、Ibを102 mg、IIbを80 mg得た。
【0084】
HPLC分析には、島津製作所製のLC-2010AシステムとクロマトパックCR3Aを用いた。この分析装置に、ワイエムシィ製のYMC-Pack ODS AM (AM 322)カラム(長さ150 mm×内径10 mm )を装着し、メタノール/ 10 mMリン酸緩衝液(pH 2.7)(62:38、 v/v)を移動相とし、3 ml/minの溶出速度で溶出し、203 nmの波長で検出した。
【0085】
また、単離物の化学構造は、1H-NMR、13C-NMR、正イオンモードのエレクトロスプレーイオン化(electrospray ionization、ESI)法による質量分析により確認した。
【0086】
(3.トチノミサポニンの薄層クロマトグラフィー(TLC)分析)
サポニン類の分離には、シリカゲル60F254 のTLCプレートを(Merck製、Darmstadt、Germany)を使用し、クロロホルム/メタノール/水(65:35:10、v/v)の混合液の下層を展開溶媒とした。TLCプレート上での化合物の検出には、10 %硫酸溶液を噴霧し、150℃で加熱することで発色した。TLCの標準物質として、市販のβ-エスシン(Rf値0.24)、あるいはYoshikawaらの方法でβ-エスシンをアルカリ加水分解して得たデサシルエスシン(Rf値 0.12)を用いた。
【0087】
(4.糖負荷試験に用いるデサシルエスシン(I+II)の調製)
試薬のβ-エスシンを、上記に述べた逆相のHPLCにかけて、溶出されるエスシンIa、IIa、Ib、IIbを回収し、Yoshikawaらの方法でアルカリ加水分解することによりデサシルエスシン(I+II)を得た。
【0088】
(5.マウスによる糖負荷試験)
実験動物として、日本エスエルシー(静岡)から購入した雄のICRマウスを用いた。生後6週齢のマウスを用い、飼料としてオリエンタル酵母工業(東京)の実験動物用固型飼料MFを給餌して、1週間予備飼育後、グルコース糖負荷試験に用いた。16時間絶食したマウスの尾静脈から採血して血糖値を測定した後、被検物として、マウス体重1 kgあたり、あく抜き処理前、あるいは、あく抜き処理後のトチノミに由来するサポニン画分、もしくは、単離成分を投与した。
【0089】
すなわち、あく抜き処理前、あるいは、あく抜き処理後のサポニン画分では200 mg、デサシルエスシン(I+II)では、100 mgもしくは200 mgとなるようにした。また、単離した精製標品のエスシンIa、IIa、Ib、IIbそして、デアセチルエスシンIa、IIa、Ib、IIbについては、それぞれ100 mgとなるように調製した。
【0090】
そして、それぞれの調製品を生理食塩水0.3 mlに懸濁し、胃ゾンデを用いて経口投与した。なお、各試験では、1群あたり5匹のマウスを用いた。試料を投与した30分後に、マウスの体重1 kgあたり、グルコース 0.5 gを含む生理食塩水0.1 mlを胃ゾンデを用いて経口投与した。このグルコース負荷の0.5、1、2時間後に、マウスの尾静脈から採血してグルテストエースR(三和化学研究所、愛知)を用いて血糖値を測定した。
【0091】
血糖の上昇値は、グルコース負荷後の試料の採取時の血糖値から、サポニン類を投与する前の血糖値を差し引いたものである。そして、対照となる被検物0 mg/kg体重群に対する各サポニン投与群の血糖の上昇値を比較し、Dunnett法により有意差を検定した。データは、平均値±標準誤差で示している。P<0.05の場合を有意差ありとした。
【0092】
尚、デサシルエスシン(I+II)は、前述の通り調製したが、デサシルエスシンIとIIの混合比率は58:42であった。
【0093】
(6.実験結果および考察)
a)トチノミのサポニン類のTLC分析
あく抜き処理前、あるいは、あく抜き処理後のトチノミをメタノール抽出し、得られた抽出物をDianion HP-20とChromatorex ODS 1024Tカラムにより精製した。これらのサポニン画分を、図5に示すように、シリカゲルG60のTLCにより確認した。
【0094】
この結果、あく抜き処理前のトチノミからは、標準品のβ-エスシンに相当するスポット確認された。一方、あく抜き処理後では、デアセチルエスシンとデサシルエスシンが主要産物として認められた。天然のトチノミの主要成分のエスシンが、微量検出された。
【0095】
糖質分解酵素の阻害活性測定に用いるため、逆相のHPLC で回収したトチノミ由来のエスシンとデアセチルエスシンは、図5に示すように、TLCプレート上で、それぞれ1つのスポットを示した。
【0096】
尚、図5の各スポットは、1が標準品のβ-エスシンを、2が精製したデサシルエスシンを、3があく抜き処理前のサポニン画分を、4があく抜き処理後のサポニン画分を、5がHPLCで回収したエスシンを、6がHPLCで回収したデアセチルエスシンをそれぞれ示す。
【0097】
b)トチノミより単離されたサポニン成分による血糖値上昇抑制作用
糖負荷試験をする30分前に、あらかじめ、種々の量のトチノミ由来のサポニン成分をマウスに投与し、その後、グルコースを投与することで、血糖値上昇の抑制効果を調べた。
【0098】
図3は、糖負荷後の30分後において、サポニンを投与していない群に対する各投与群の血糖値の上昇率を示したものである。あく抜き処理前後のサポニン画分の投与群は、いずれもサポニン無投与群に比べて、図6(A)に示すように、有意に血糖値の上昇抑制作用を示した。200 mg/kg体重の投与で両者を比較すると、あく抜き処理前の天然トチノミに由来するサポニン画分は、あく抜き処理後の食用トチノミに由来するサポニン画分に比べ、より強い抑制効果があった。
【0099】
また、デサシルエスシン(I+II)については、100 mg/kg体重の投与ではYoshikawaらの報告に一致して有意な抑制効果は得られなかった。しかし、200 mg/kg体重の投与では、当初の予想に反して、有意に血糖値の上昇が抑制された。これは、従来100 mg/kg体重までの投与系で血糖値上昇抑制作用が無いと思われていたデサシルエスシンが、実は200 mg/kg体重以上の投与系では血糖値上昇抑制作用を示すとの結果で、本発明により初めて明らかにされたものである。
【0100】
次に、種々のクロマトグラフィーとHPLCにより単離したあく抜き処理後の食用トチノミ由来の4種類のデアセチルエスシン(図6B)と,あく抜き処理前の天然トチノミ由来の4種類のエスシン(図6C)の作用を検討した。
【0101】
デアセチルエスシンIa、IIa、Ib、IIbおよび、エスシンIa、IIa、Ib、IIbの各単離物を、それぞれ100mg/kgで投与したとき、糖負荷後30分後の血糖値の上昇率は、サポニン無投与群を100%とした場合、デアセチルエスシンIa、IIa、Ib、IIbではそれぞれ85、 84、 75、 71 %となり、一方、エスシンIa、IIa、Ib、IIbではそれぞれ46、 53、 71、 46 %の上昇率となった。
【0102】
このことにより、デアセチルエスシン類は、エスシン類に比べて阻害活性は弱いものの、有意に血糖値の上昇を抑制する作用を持つことが明らかとなった。これまでの他の研究で、あく抜き処理された食用トチノミに由来するデアセチルエスシン類の単離成分を用いて血糖値上昇の抑制作用を調べた報告はない。
【0103】
以上の結果から、トチノミのサポニン類の血糖値上昇の抑制作用の強い順に、エスシン類>デアセチルエスシン類>デサシルエスシン類となり、エスシンの21位のアシル基と22位のアセチル基は、血糖値の上昇抑制作用を発揮するのに必須であることがわかった。尚、糖負荷後の1時間と2時間では、いずれの投与群においても、無投与群に比べて有意な差は認められなかった。
【0104】
尚、今回のトチノミに由来するエスシン類やデアセチルエスシン類は、α-アミラーゼ阻害活性を示すものの、その阻害活性は非常に弱かった。マウスを用いた動物実験で観察された血糖値上昇の抑制の主な作用機序は,小腸におけるグルコース吸収の阻害であると思われる。
【0105】
すなわち、あく抜き処理前、あるいは、あく抜き処理後のトチノミ由来の各サポニン成分の単離物を用いてマウスでの糖負荷試験を行ったところ、あく抜き処理後の食用トチノミに存在する4種類のデアセチルエスシンは、いずれも同程度の血糖値上昇の抑制活性を示した。エスシン関連物質の血糖値の上昇抑制活性は、エスシン類>デアセチルエスシン類>デサシルエスシン類の順に高い傾向になった。このことより、エスシン類の21位のアシル基と22位のアセチル基が、血糖値上昇の抑制活性の強さに大きく関係していることが明らかとなった。
【0106】
かかる構成の血糖値上昇抑制物質であるデサシルエスシンは、上記血糖値上昇抑作用を有する物質の単品でも構わないし、あるいはその他の物質との混合物であっても構わない。
【0107】
かかる血糖値上昇抑制物質は、食品へ混ぜて使用することができる。例えば、菓子類、総菜等の食品が挙げられる。特に、食品のうちでも菓子類としては、餅、団子、煎餅、クッキー、ゴーフレット等の菓子が例示として挙げられる。食品としては、調味料も含めても構わない。
【0108】
かかる食品に混ぜる場合には、デサシルエスシンの含有量として、0を含まない80重量%以下の範囲で混ぜればよい。また、調味料への混入に際しても、種々の料理に普段に用いられて摂取されることを考慮して、0を含まない80重量%以下の範囲で混入させておけばよい。
【0109】
さらに、食品に混ぜる食品添加材としての使用も考えられる。かかる食品添加材としては、0を含まない100重量%以下の範囲で、適宜増量材等と混ぜて構成すればよい。
【0110】
また、液剤、エキス剤、カプセル剤、顆粒剤、丸剤、錠剤、シロップ剤等の形態で提供される健康食品としての適用も考えられる。かかる健康食品としての適用に際しては、デサシルエスシンの含有量が、0を含まない100重量%以下の範囲となるように調整すればよい。
【0111】
(実施の形態3)
本実施の形態では、あく抜き処理前後のトチノミサポニン画分の苦味を官能試験に基づき比較した。
【0112】
Dianion HP-20カラムとChromatorex ODS 1024Tカラムで精製したあく抜き処理前(A)、あるいは、あく抜き処理後のトチノミサポニン(B)を蒸留水に溶解し、1.2 mg/mlの濃度に合わせた。
【0113】
あく抜き処理前とあく抜き処理後のサポニン画分について同じ濃度の溶液(1.2 mg/ml)を調製し、官能検査を行った。その結果、すべての被験者が、あく抜き処理前のサポニン画分が、あく抜き処理後のサポニン画分に比べ、苦味がかなり強いことが示した。
【0114】
被験者が苦味を判別できる濃度を調べたところ、あく抜き処理前の1.2 mg/mlのサポニン溶液の1000倍希釈液、すなわち1.2 mg/mlの濃度までは、すべての被験者が識別できることが分かった。そこで、あく抜き処理前の1.2 mg/mlのサポニン溶液と同程度の苦味の溶液について、あく抜き処理後の1.2 mg/mlのサポニン溶液を、順次、希釈して調製した溶液、すなわち、1.2, 2.4, 12, および120 mg/mlの溶液から食味により選択してもらった。
【0115】
その結果、あく抜き処理前の1.2 mg/mlのサポニン溶液と、あく抜き処理後の2.4 〜12 mg/mlの間のサポニン溶液の苦味が同等とした人が8人中1人、あく抜き処理後の12 mg/mlのサポニン溶液と同等とした人が8人中3人、あく抜き処理後の12〜120g/mlの間のサポニン溶液の苦味と評価した人が8人中4人であった。
【0116】
かかる官能検査の結果から、あく抜き処理後のサポニン画分には、デアセチルエスシンとデサシルエスシンが主要成分として含まれていることから、エスシンのC-21位のアシル基やC-22位のアセチル基のような有機酸エステル側鎖がアルカリ加水分解されると、苦味がおよそ10分の1以上に低減化されることが明らかとなった。
【0117】
あく抜き処理後の食用トチノミ由来サポニンは、あく抜き前のものと比べて、血糖値上昇の抑制作用が弱めであるが、苦味がかなり低減化されているという点を考えると、機能性食品素材として大きなメリットがあるといえる。
【0118】
あく抜き処理前の天然トチノミに由来するサポニン画分に比較して、あく抜き処理後の食用トチノミに由来するサポニン画分では、同一濃度において明らかに苦味の低減化が認められた。
【0119】
食用トチノミに含まれるエスシンの有機酸エステルが加水分解されたサポニン類は、エスシンに比べて苦味が大きく低減化されており、また、血糖値の上昇抑制作用を保持しているので、機能性食品素材としてより好ましい。
【0120】
以上、本発明者によってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることはいうまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0121】
本発明は、血糖値上昇抑制を示す健康食品、機能性食品等の分野で利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0122】
【図1】(A)〜(C)は逆相HPLCの分析結果を示すチャートで、(A)は市販のβ-エスシンについて、(B)はあく抜き処理前の栃の実由来のサポニンについて、(C)はあく抜き処理後の栃の実由来のサポニンについての分析結果である。
【図2】エスシンIa、IIa、Ib、IIbのアルカリ反応物の逆相HPLCの分析結果を示すチャートで、(A)の上段はエスシンIa、(B)の上段はエスシンIIa、(C)の上段はエスシンIb、(D)の上段はエスシンIIbに関するもので、各々の下段にはそれぞれ5%の炭酸カリウムでアルカリ処理した後の反応後に関するものである。
【図3】あく抜き処理前後の栃の実由来のサポニンの化学構造を示す説明図である。
【図4】あく抜き処理後の栃の実由来のサポニンのマウスにおける血糖値上昇効果を示す説明図である。
【図5】あく抜き処理前後のトチノミ由来のサポニン画分のTLC分析の結果を示し説明図である。
【図6】(A)はデサシルエスシン等の血糖上昇抑制作用を、(B)はデアセチルエスシンの血糖値上昇抑制作用を、(C)はエスシンの血糖値上昇抑制作用をそれぞれ示す説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
栃の実をあく抜き処理するステップと、
あく抜き処理後の前記栃の実からデアセチルエスシンを抽出する抽出ステップとを有することを特徴とする血糖値上昇抑制物質の製造方法。
【請求項2】
栃の実をあく抜き処理するステップと、
あく抜き処理後の前記栃の実からデサシルエスシンを抽出する抽出ステップとを有することを特徴とする血糖値上昇抑制物質の製造方法。
【請求項3】
エスシンの第22位炭素位置で脱アセチル化処理することを特徴とする血糖値上昇抑制物質の製造方法。
【請求項4】
エスシンの第21位炭素位置での脱アシル化処理と、第22位炭素位置での脱アセチル化処理と行うことを特徴とする血糖値上昇抑制物質の製造方法。
【請求項5】
デアセチルエスシンを有することを特徴とする血糖値上昇抑制物質。
【請求項6】
請求項5記載の血糖値上昇抑制物質において、
前記デアセチルエスシンは、栃の実をアルカリ処理して得られることを特徴とする血糖値上昇抑制物質。
【請求項7】
請求項5記載の血糖値上昇抑制物質において、
前記デアセチルエスシンは、エスシンをアルカリ処理して得られることを特徴とする血糖値上昇抑制物質。
【請求項8】
請求項7記載の血糖値上昇抑制物質において、
前記アルカリ処理は、エスシンの第22位炭素位置の脱アセチル化処理であることを特徴とする血糖値上昇抑制物質。
【請求項9】
デサシルエスシンを有することを特徴とする血糖値上昇抑制物質。
【請求項10】
請求項9記載の血糖値上昇抑制物質において、
前記デサシルエスシンは、栃の実のアルカリ処理で得られ、200mg/kg体重以上を投与することを特徴とする血糖値上昇抑制物質。
【請求項11】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の血糖値上昇抑制物質の製造方法で製造された血糖値上昇抑制物質、あるいは請求項5〜10のいずれか1項に記載の血糖値上昇抑制物質を含むことを特徴とする食品。
【請求項12】
請求項11記載の食品において、
前記食品が、血糖値上昇抑制効果を有する健康食品であることを特徴とする食品。
【請求項13】
請求項11記載の食品において、
前記食品は、菓子であることを特徴とする食品。
【請求項14】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の血糖値上昇抑制物質の製造方法で製造された血糖値上昇抑制物質、あるいは請求項5〜10のいずれか1項に記載の血糖値上昇抑制物質を含むことを特徴とする食品添加材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−188484(P2006−188484A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−235933(P2005−235933)
【出願日】平成17年8月16日(2005.8.16)
【出願人】(593006836)寿製菓株式会社 (5)
【Fターム(参考)】