説明

表面処理金属板及び電子機器用筐体

【課題】本発明は、電子機器筐体の接合部からの電磁波漏洩を低減し、かつ、耐食性に優れる金属板及び電子機器用筐体を提供する。
【解決手段】金属又はめっき金属表面の少なくとも一部に、有機樹脂を含有する平均厚みが0.7μm以上10μm以下である皮膜を有し、周波数10MHzにおける伝達インピーダンスが2×10−4Ω以下、周波数100MHzにおける伝達インピーダンスが10−3Ω以下であることを特徴とする表面処理金属板、及び、これを少なくとも接合部に用いてなる電子機器用筐体である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子機器の筐体に好適に用いることができ、接合部の電磁波シールド性に優れた金属板及び該金属板を少なくとも一部に用いて製造された電子機器用筐体に関する。特に、放射ノイズによる電子機器の誤動作を効果的に抑制可能な金属板及び電子機器用筐体に関する。
【背景技術】
【0002】
電磁波は、以前より、放送、レーダー、船舶通信、電子レンジ等に利用されてきたが、近年、情報通信技術のめざましい発展により、その利用は飛躍的に拡大している。中でも、大容量情報の伝送が可能となるGHz帯の利用が急増し、携帯電話(1.5GHz)、ETC(Electronic Toll Collection System)(5.8GHz)、衛星放送(12GHz)、無線LAN(Local Area Network)(2.45〜60.0GHz)、車載追突防止レーダー(76GHz)等で用いられるようになってきた。一方、一般家庭においても、従来のケーブル配線に加え、マイクロ波、ミリ波を用いた無線通信でパソコンやテレビ、各種情報家電をネットワーク化して、いつでもコンピュータに繋がるユビキタス社会の到来が始まっている。
【0003】
このように、数多くの電磁波発生源が我々の周囲を取り巻き、通信デバイスの小型化、高速化、薄肉化と相まって、不要電磁波の放射とそれによる誤動作の危険性は格段に高まっているものと考えられる。
【0004】
不要な電磁波の放射(Emission)を抑制したり、不要電磁波の放射を受けても誤動作し難くする(Immunity)手段として、金属材料による電磁波シールド技術がある。電磁波シールド材として金属材料が適することは、例えば、非特許文献1に記載がある。本発明で述べる電磁波シールドとは、非特許文献1で言う「電磁シールド」のことであって、「静電シールド」や「磁気シールド」とは区別されるべきものである。即ち、周波数が凡そ1MHz以上の電磁波が、材料を貫通して漏洩するのを防止する効果を言う。この意味で、金属材料は、例えば、プラスチック等と比較して、格段に優れた電磁波シールド効果を有する。不要電磁波の発生源を金属板で囲うことにより、Emissionは抑制され、また、電子回路を金属板で囲うことにより、外部からの不要輻射から回路を守るImmunityの手段となる。したがって、金属板により隙間や接合部の無い電子機器筐体を作成できれば、良好な電磁波シールドが得られ、電磁波漏洩は殆ど問題にならない。
【0005】
しかしながら、電子機器用筐体には、ビス止め、スポット溶接、はぜ折り等による何らかの接合部がある。また、金属板の表面は、耐食性や耐指紋性を付与する目的で、有機樹脂を含有する皮膜で被覆されていることがある。このような場合には、電磁波は接合部から漏洩する可能性があり、筐体の電磁波シールド性は接合部からの漏洩の大小によって決まる。したがって、金属板といえども、電磁波シールド性を改善する技術が必要となる。
【0006】
金属板の電磁波シールド性改善を意図した従来技術を例示する。特許文献1には、亜鉛系又はアルミニウム系めっき鋼板の表面に、クロムを含有しない有機及び/又は無機皮膜を形成させた表面処理鋼板において、中心線平均粗さが大きい、即ち、凹凸があるめっき鋼板の上に皮膜を形成させることにより、皮膜厚の分布を不均一にして、電磁波シールド性と耐食性に優れた表面処理鋼板を提供する方法が開示されている。皮膜の導電性は凸部の皮膜厚が薄い部分で決定されるため、上記の構成は電磁波シールド性に優れること、また、皮膜の不均一があっても良好な耐食性が得られることが述べられている。
【0007】
金属板以外での電磁波シールドの従来技術を例示する。特許文献2には、フレーク状導電性粉末とバインダー樹脂からなる電磁波シールド膜及び電磁波シールド塗料が開示されている。導電性粉末として、アスペクト比が10〜250の銀、銅、ニッケル、コバルト、ケイ素鋼が好ましいこと、電磁波シールド膜の膜厚は10〜100μmとすべきことが述べられている。
【0008】
特許文献3には、電磁波を吸収する吸収材を含み、その隙間に電磁波反射材を配置した電磁波遮断材が開示されている。電磁波吸収材は、黒鉛又はカーボンブラック、架橋型高分子、線状高分子とアルカン系直鎖低分子からなること、電磁波反射材はNi等の金属粉体を用いることが述べられている。
【0009】
特許文献4、特許文献5には、コイル状炭素繊維をマイクロカプセルに封入してマトリクス中に分散させた電磁波シールド材が開示されている。コイル状炭素繊維として、C、SiC、TiC等種々のコイル状炭素繊維を用いることができ、繊維直径が0.05〜5μmが好ましいことが述べられている。
【0010】
特許文献6には、ニッケル微粉末とアルミニウム微粉末を変成シリコーン樹脂に分散した電磁波シールド塗料が開示されている。アドバンテスト法(近接界)にて電磁波シールド効果SEが認められると述べられている。
【0011】
特許文献7には、鉄系金属シート又は鉄系金属粉末と結合材とからなる導電層に絶縁性を有する磁性体層を設けた磁気シールドシートが開示されている。KEC法又はアドバンテスト法における磁気シールド効果が0.5MHz〜10MHzにて15dB以上であることが述べられている。
【0012】
特許文献8には、軟磁性粉末であるカルボニル鉄微粒子の表面にフェライトめっきを施した被覆微粒子を樹脂に分散した、電磁波シールド樹脂組成物が開示されている。1GHzを超える高周波での電磁波シールド特性に優れることが述べられている。
【0013】
特許文献9には、板状のアルミニウムからなるコア部材にフェライトを被覆する電磁材料が開示されている。液体に分散させた分散液を電磁波シールドしたい部材に塗布して電磁波シールド性を有する皮膜を被覆すると述べられている。
【0014】
【特許文献1】特開2004−156081号公報
【特許文献2】特開2002−232184号公報
【特許文献3】特開昭63−114635号公報
【特許文献4】特開2000−31688号公報
【特許文献5】特開2000−124658号公報
【特許文献6】特開2004−168986号公報
【特許文献7】特開2005−142551号公報
【特許文献8】特開2005−158956号公報
【特許文献9】特開2006−49335号公報
【非特許文献1】清水康敬 「最新 電磁波の吸収と遮断」 p205〜223 日経技術図書株式会社 (1999)
【非特許文献2】工藤敏夫、EMCJ89−96 (1990) p.51〜54
【非特許文献3】工藤敏夫、三菱電線工業時報、第79号 (1990) p.21〜27
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、これらの従来技術にはいずれも課題がある。特許文献1は、金属板表面に凹凸を付与することで電磁波シールド性を改善するとの技術内容である。しかし、発明者らの検討によると、国際規格(CISPR)で求められる30MHzから1GHzまでの電界波の漏洩抑制に対して、この方法は必ずしも有効ではない。特許文献1では、電磁波シールド効果を検証する方法として直流表面抵抗を測定しているが、交流である高周波のシールド性を評価する指標として原理的に適切でない。そもそもこれらの技術思想では、凹凸があるめっき鋼板を厚みの不均一な有機皮膜で被覆しており、凸部の皮膜厚が薄い部分が腐食の起点となることが懸念される。
【0016】
特許文献2及び3の電磁波シールド膜は、いずれもバインダー樹脂中に金属粉やカーボンブラック等の導電性物質を含有するものである。これを金属板に適用した場合を考えると、絶縁性皮膜で金属板を被覆することによる塗膜本来の防錆機能を損なうために、耐食性が不良となることが懸念される。
【0017】
特許文献4及び5は、コイル状炭素繊維を用いているために、工業的に高コストとなることが懸念される。
【0018】
特許文献6は、アドバンテスト法(近接界)にて効果が確認されており、国際規格(CISPR)で求められる30MHzから1GHzまでの電界波の漏洩抑制に対して、これらの方法は必ずしも有効ではない。
【0019】
特許文献7は、その磁気シールド効果を0.5〜10MHzで確認しており、国際規格(CISPR)で求められる30MHzから1GHzまでの電界波の漏洩抑制に対して、これらの方法は必ずしも有効ではない。
【0020】
特許文献8は、1GHzの電磁波に対して有効なシールド手段であると開示されており、国際規格(CISPR)で求められる30MHzから1GHzまでの電界波の漏洩抑制に対して、これらの方法は必ずしも有効ではない。
【0021】
そこで、本発明は、このような問題に鑑みてなされたもので、その目的は、電子機器筐体の接合部からの電磁波漏洩を低減し、かつ、耐食性に優れる金属板及び電子機器用筐体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、筐体接合部からの電磁波漏洩に対する電磁波シールド特性について鋭意検討した。
【0023】
その結果、筐体接合部の伝達インピーダンスが低ければ、電磁波シールド特性に優れること、及び、接合部の伝達インピーダンスは、皮膜中の誘電体によるインピーダンスと磁性体によるインピーダンスを相殺することにより低減できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0024】
本発明は、以下の(1)〜(6)を要旨とする。
(1) 金属またはめっき金属表面の少なくとも一部に、有機樹脂を含有する平均厚みが0.7μm以上10μm以下である皮膜を有し、周波数10MHzにおける伝達インピーダンスが2×10−4Ω以下、周波数100MHzにおける伝達インピーダンスが10−3Ω以下であることを特徴とする、表面処理金属板。
(2) 前記皮膜中に、誘電体を磁性金属で被覆した粒子を含有することを特徴とする、(1)記載の表面処理金属板。
(3) 金属又はめっき金属表面の少なくとも一部に、有機樹脂を含有する平均厚みが0.7μm以上10μm以下である皮膜を有し、前記皮膜中に、誘電体を磁性金属で被覆した粒子を含有することを特徴とする、表面処理金属板。
(4) 前記粒子を前記皮膜中に1体積%以上30体積%以下含有することを特徴とする、(2)又は(3)に記載の表面処理金属板。
(5) 前記金属板のJIS−B−0601による中心線平均粗さが2.0μm以下であることを特徴とする、(1)〜(4)のいずれかに記載の表面処理金属板。
(6) (1)〜(5)のいずれかに記載の表面処理金属板を少なくとも接合部に用いてなる電子機器用筐体。
【発明の効果】
【0025】
本発明により、接合部の電磁波シールド性及び耐食性に優れた表面処理金属板を提供でき、これを電子機器筐体に用いることで、国際規格(CISPR)で求められる30MHz〜1GHzの放射ノイズはもちろん、動作周波数の高速化に伴って今後発生が予想される10GHzまでの放射ノイズに対しても、これを効果的にシールドし、電子機器の誤動作を抑制可能である。したがって、従来行われてきた接合部の電磁波シールド対策、即ち、ガスケットの多用やスポット溶接やビス止め等を省略もしくは簡素化でき、生産性、経済性に優れた電子機器筐体を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
【0027】
本発明者らは、伝達インピーダンスが電磁波シールド性に対して理論的整合性を有することに着目し(非特許文献2)、電子機器筐体の接合部における伝達インピーダンスを小さくすることで電磁波シールド性を向上することを着想した。
【0028】
即ち、接合部に、有機樹脂を含有する皮膜により被覆された金属又はめっき金属板を用いる。その皮膜として、誘電体を磁性金属で被覆した粒子を含有する皮膜を用いる。
【0029】
上記の構成の電気的な等価回路では、接合部における有機樹脂と粒子は並列回路を成し、粒子のインピーダンスを有機樹脂に対して充分小さくすれば、この等価回路のインピーダンスは粒子のインピーダンスが支配的となる。
【0030】
粒子のインピーダンスに関しては、等価回路では誘電体のキャパシタンスに基づく項と磁性金属のインダクタンスに基づく項が直列に接続されたものと表現できる。
【0031】
以上の構成にて、位相が反対である誘電体のインピーダンスと磁性金属のインピーダンスが相殺し、測定周波数内で伝達インピーダンスを最小とする。
【0032】
以上を基に、本発明の内容について説明する。
【0033】
前記(1)は、上記の電磁波シ−ルド性を実現するための、金属又はめっき金属表面の皮膜厚み、及び、金属及び皮膜の伝達インピーダンスに関するものである。
【0034】
本発明で適用可能な金属板としては、電子機器の筐体もしくは筐体内の部材に適する形状、寸法、強度、加工性を備えたものであれば、特にその種類は制限されず、鋼やアルミニウム、マグネシウム、銅、亜鉛、ニッケル、チタン等の金属板及び合金板、さらには、これらの金属板を異種金属で被覆しためっき金属板等が例示できる。筐体を構成する金属板は通常、板厚3mm以下である。金属板を筐体の構造部材として用いる場合の板厚の下限値は通常0.1mmである。
【0035】
本発明に用いる有機樹脂としては、特に制限が無く、水溶性有機樹脂、エマルジョン型有機樹脂、溶剤系有機樹脂のいずれもが使用可能である。例えば、オレフィン系樹脂、アクリル系樹脂、アイオノマー系樹脂、エポキシ系樹脂、ウレタン系樹脂、ポリエステル系樹脂、フェノール系樹脂、酢酸ビニル系樹脂、ポリテトラフルオロエチレンやポリフッ化ビニリデン等のフッ素系樹脂あるいはポリスチレン、ポリエーテルサルホン、ポリフェニレンエーテル、ポリフェニルスルフィド、ポリアミドイミド、シクロオレフィンポリマー、液晶ポリマー等が例示される。これらを単独で用いても良いし、2種類以上を混合して用いたり、共重合体を用いたり(例えば、エチレン−(メタ)アクリル酸共重合体、(メタ)アクリル酸−(メタ)アクリル酸エステル共重合体、等)、互いに変性したり(例えば、エポキシ変性ウレタン樹脂、アクリル変性アイオノマー樹脂、等)、あるいは別の有機物で変性したもの(例えば、アミン変性エポキシ樹脂、等)を用いても良い。
【0036】
有機樹脂を含有する皮膜の平均厚みは、供試材の断面を適正な倍率で走査型電子顕微鏡(SEM)又は光学顕微鏡で観察することにより決定する。金属板の十分離れた位置から最低10サンプルを採取し、埋め込み・研磨の後、各サンプルとも特異でない3〜5箇所について断面観察により膜厚測定を行って、得られた合計30〜50測定の平均値を膜厚とする。
【0037】
皮膜の平均厚みは、0.7μm 以上10μm以下とする。0.7μm 未満では耐食性が不十分であり、10μm超になると本発明の技術をもってしても電磁波シールド性が不十分となる。有機樹脂を含有する皮膜は、筐体に使用される金属板の表裏面全てに形成されていても良いし、接合部として用いられる部分にのみ形成されていても良い。接合部として用いられる部分には、有機樹脂を含有する皮膜は必須である。
【0038】
伝達インピーダンスは、測定治具として三菱電線工業製ZTR39Dを用いて測定する。本治具の詳細説明は非特許文献3にある。供試材は、内径11mm、外径63mmの円盤状に打ち抜いて、治具に装着する。装着後の治具の断面図を図1に示す。ZTR39Dは、元々上下の外部導体と中心にある内部導体を用いて、円盤状の試材を挟み込む構造となっているが、本検討では、有機樹脂を含有する皮膜の伝達インピーダンスをより正確に測定するために、内径20mm、外径60mmのリング状の導体(金めっきした銅製)を作製して、供試材の上面に配置し、供試材と導体の接触面積を広くする。また、供試材の裏面には厚さ3mmのテフロン(登録商標)板を配置し、裏面からの導通を防ぐ。測定の再現性を高めるために、上下の外部導体をビス止めせずに、上側外部導体の自重のみで供試材を圧下する。このときの供試材表面における平均面圧は0.06MPaであった。治具を同軸ケーブルによりスペクトラムアナライザー(アドバンテスト社製、R3361A)に接続し、入力側電圧の周波数を1MHz〜1000MHzで掃引させ、出力側の電力を測定した。供試材を装着せずに治具をセットして測定された出力側電力P1を基準として、供試材がある場合の電力P2から、下式(I)により、各周波数における伝達インピーダンスZtrを算出する。
tr = 2×50×(P2/P1) ・・・ (I)
【0039】
伝達インピーダンスは、周波数10MHzにおいては2×10−4Ω以下、周波数100MHzにおいては10−3Ω以下が好ましい。これを電子機器筐体に用いることで、国際規格(CISPR)で求められる30MHz〜1GHzの放射ノイズを容易に抑制できる。伝達インピーダンスは低いほど有利であるが、本発明の説明で示す測定法では、完全な電磁波シールドを示す金属材でも10−10Ω以下になることは困難であり、これが伝達インピーダンスの下限となる。
【0040】
前記(2)は、上記の伝達インピーダンス特性を実現するための、金属板、皮膜、及び皮膜が含有する有機樹脂及び粒子に関するものである。粒子を構成する誘電体のインピーダンスと磁性金属のインピーダンスが相殺することで測定周波数内の伝達インピーダンスを低下させる。
【0041】
誘電体の種類としては、磁性金属で被覆可能であれば特に制限はない。例えば、強誘電体であるチタン酸バリウム、チタン酸鉛、ニオブ酸カリウム、ニオブ酸リチウム、ニオブ酸鉛、ニオブ酸ストロンチウムバリウム、タンタル酸リチウム、酒石酸ナトリウムカリウム(ロッシェル塩)、リン酸二水素カリウム、三硫化グリシン等が例示できる。これらの構成元素の一部を、キュリー温度をシフトさせる効果を有する元素(シフター)により置換したもの、例えば、チタン酸バリウムのBa2+をSr2+、Ca2+等で置換、Ti4+をSn4+、Zr4+等で置換してキュリー温度を常温付近にシフトさせたものや、さらにはCaTiO、MgTiO等のデプレッサーを添加したものも含む。
【0042】
高誘電率粒子として常誘電体を用いても構わない。例えば、チタン酸マグネシウム、チタン酸カルシウム、酸化チタン(特にルチル型)、チタン酸ストロンチウム、フォルステライト(2MgO・SiO)、ステアタイト(MgO・SiO)等が例示できる。あるいは、前述の例よりも誘電率の低いアルミナ、石英、マイカ、さらには樹脂等も本発明における誘電体として用いることができる。
【0043】
本発明の磁性金属として、鉄、ニッケル、コバルト、及びそれらを主成分とする合金、例えば、パーマロイ(例:Ni−20%Fe)、ファインメット(例:Fe72.5CuNbSi13.5)、センダスト(例:Fe−9.5%Si−5.5%Al)、電磁鋼(例:Fe−3%Si)等を用いることができる。
【0044】
これらの磁性体で誘電体を被覆する手段として、化学還元めっき及び置換めっき等の無電解めっきや、CVD(Chemical vapor deposition)及びPVD(Phisical vapor deposition)等の蒸着、さらには、前述の手法の組合せや、前述の手法によって非磁性又は磁性の金属を被覆した上で電解めっきにより磁性金属を被覆する等、公知の手法の内から選択してよい。磁性金属の付着厚みは、平均付着厚みとして0.005μm以上が好ましい。それより薄いと、磁性金属が誘電体粒子表面の全面を覆うことが難しく、抑制したいノイズ電磁波の周波数における表皮深さ(Skin depth)に比して薄くなるので、磁性金属を被覆する効果が低下する。付着厚みが厚い方がノイズ抑制に有利であるが、厚みの増加に伴い、誘電体を磁性金属で被覆した粒子全体のサイズが大きくなるので、粒子を金属板表面の皮膜に分散する事が困難となる。本発明における金属板表面の皮膜の平均厚みは10μm以下なので、磁性金属の付着厚みは7μm以下が好ましい。磁性金属の厚みが7μmを超えると、磁性金属で被覆された誘電体の直径は14μmを超えることになり、金属板表面の皮膜から大きく突出するため、皮膜から脱落し易くなったり、皮膜外観に大きく影響したりするためである。さらに良好な皮膜内への分散や、粒子の突出の少ない滑らかな皮膜表面を求めるならば、磁性金属の付着厚みは3μm以下が好ましい。
【0045】
上記の、磁性金属で被覆した誘電体のサイズは、平均粒径で0.01μm以上15μm以下が好ましい。粒径0.01μm未満の磁性金属で被覆された誘電体粒子を工業用原料として安定的かつ経済的に得ることは困難であり、粒径15μm超では、本発明の皮膜に分散させることが困難である。塗工性を考慮した場合の粒径の上限は、水系樹脂塗料を用いる場合は1μm、溶剤系塗料を用いる場合は10μmが好ましい。耐食性を考慮した場合の粒径の上限は、皮膜厚み以下が好ましい。
【0046】
前記(3)は、本発明における電磁波シールド特性を実現するための、金属板、皮膜、及び皮膜が含有する有機樹脂及び粒子に関するものである。電子機器筐体の接合部からの電磁波漏洩をシールドしたい周波数が特定されている場合は、周波数10MHzにおける伝達インピーダンスが2×10−4Ω超、又は、100MHzにおける伝達インピーダンスが10−3Ω超でも、シールドしたい周波数において、粒子を構成する誘電体のインピーダンスと磁性金属のインピーダンスが相殺すれば良い。
【0047】
この表面処理金属板における金属板、皮膜、及び、皮膜が含有する有機樹脂及び粒子については、求められる特性に合わせて、上述した各構成を適宜選択して用いれば良い。
【0048】
前記(4)は、皮膜中における粒子の好ましい体積含有率の範囲を規定したものである。1体積%未満では、電磁波シールド性を向上させる効果が不十分であり、30体積%超では皮膜の形成が困難となることがある。最適な体積含有率は、用いる樹脂と粒子との組合せによってそれぞれ異なり、実験的に求める必要があるが、概ね以下の指針に従えばよい。有機樹脂として水溶性樹脂又は溶剤系樹脂を用いた場合には、粒子を高い体積含有率まで含有させることができる。これは、樹脂が不定形のため、粒子の隙間を埋めるバインダーとして成膜できるためである。エマルジョン型樹脂を用いた場合には、エマルジョン径と粒子の径の大小により、体積含有率の上限が決まる。例えば、エマルジョンと粒子の径が同程度である場合には、粒子の含有率が20体積%を超えると、気泡の巻きこみが発生し易い。エマルジョン径が粒子の径に比べて小さいほど、粒子の体積含有率は高くできる。
【0049】
皮膜中における粒子の体積含有率は、供試材の断面を適正な倍率で走査型電子顕微鏡(SEM)又は光学顕微鏡で観察することにより決定する。金属板の十分離れた位置から最低10サンプルを採取し、埋め込み・研磨の後、各サンプルとも特異でない3〜5箇所について断面観察を行う。粒子の同定には、エネルギー分散型X線分析装置(EDX)や電子線マイクロアナライザー(EPMA)を用いて元素分析を行うのが良い。粒子の各分析断面における分布面積率を求め、これをその断面における体積含有率とする。得られた合計30〜50測定の平均値を皮膜中における粒子の体積含有率とする。
【0050】
有機樹脂を含有する皮膜中には、前記の粒子以外の構成成分があっても良い。例えば、シリカ、アルミナ、チタニア、ジルコニア等の酸化物添加剤、ポリエチレン、フッ素樹脂等からなるワックスや界面活性剤等の有機添加剤、シランカップリング剤、チタネート系カップリング剤等の有機−無機複合添加剤、着色顔料、腐食抑制剤等が例示される。
【0051】
前記(5)は、金属板の中心線平均粗さを2μm以下に規定したものである。より好適には1.5μm以下である。中心線平均粗さはJIS−B−0601に準拠し、カットオフ値0.8mmとして測定する。中心線平均粗さが2μmを超えると、皮膜の厚みが小さい部位、例えば0.7μm未満の部位では、耐食性の低下を招くので避けるべきである。表面粗さは、通常ダル鋼板程度で十分であり、ことさらテクスチャを付与する必要はない。本発明の構成によれば、金属板がブライト相当の平滑さ、即ち、中心線平均粗さが0.1μm未満であっても、十分な接合部の電磁波シールド性を発現するものである。
【0052】
前記(6)は、前記(1)〜(5)の表面処理金属板を少なくとも接合部に用いてなる電子機器用筐体である。本発明の金属板を少なくとも接合部に適用可能な電子機器筐体としては、例えば、デスクトップパーソナルコンピュータ(PC)、デジタルテレビ等のデジタル家電製品、複写機、さらにはカーナビゲーション、カーAV、エンジンルーム用電子機器、車載レーダー用筐体等のカーエレクトロニクス機器等が挙げられる。また、ノートPC、携帯電話等のモバイル製品用筐体の接合部に本発明の金属板を用いてもよい。
【0053】
本発明の金属板を筐体の接合部に用いる場合には、ビス止め、スポット溶接、はぜ折等による接合部への適用が好ましい。ただし、接合部がシーム溶接のように金属板を溶融して隙間無く接合している部位には適用しなくても問題ない。
【実施例】
【0054】
以下に、実施例を用いて、本発明を非限定的に説明する。
【0055】
(実施例1)
(1)供試した金属板
以下の3種類の金属板を用いた。
鋼板:板厚0.8mmの軟鋼板
SUS (ステンレス鋼板):板厚1.2mmのSUS304
Al(アルミニウム板):板厚0.6mmのJIS3004
【0056】
(2)めっき層
上記金属板の上に、さらにめっき層を設けた金属板については、以下の2種類の中から選択した。
Zn−EG(電気亜鉛めっき):硫酸亜鉛水溶液に硫酸を添加しためっき浴を用いて、金属板に電気亜鉛めっきした。
Zn−HD(溶融亜鉛めっき):Alを0.20%含有する溶融亜鉛浴に金属板を浸漬して溶融亜鉛めっきした。
【0057】
(3)粗度測定
金属板及びめっき金属板の表面粗度の測定には、触針式粗度計(ミツトヨ製、サーフテストSV−3100 S4)を用いた。中心線平均粗さはJIS−B−0601に準拠し、カットオフ値0.8mmとして求めた。
【0058】
(4)有機樹脂
有機樹脂には、エマルジョン系、溶剤系の合計4種類から選んで用いた。
U:エマルジョン系ウレタン樹脂(大日本インキ製、ハイドランHW)
A:エマルジョン系アクリル樹脂(三井化学製、アルマテックス)
M:溶剤系メラミン樹脂(日本ペイント製、オルガセレクト100)
PE:溶剤系ポリエステル樹脂(日本ペイント製、ユニポン400)
【0059】
(5)粒子
表1に示す粒子を用いた。
化学還元めっきは、浴組成として硫酸ニッケル26g/L、エチレンジアミンクエン酸アンモニウム90g/L、次亜リン酸ナトリウム11g/Lを含有するpH=6〜7、温度60℃の水溶液に浸漬し被覆した。
コバルト、Ni−20%Fe、及び、銅を被覆したものは、化学還元めっきにてNiで被覆した後で、電解めっきにて所定の金属を被覆した。
【0060】
【表1】

【0061】
(6)その他の添加剤
また、全水準に防錆顔料として、下記のコロイダルシリカを10mass%添加した。
コロイダルシリカ(日産化学製、スノーテックスシリーズ)
コロイダルシリカの種類は、樹脂の種類に応じて適したものを選んだ。平均粒子径は20nmのものを選んだ。
【0062】
(7)塗布、乾燥
有機樹脂、粒子とその他の添加剤を混合し、ロールコーターで金属板に塗布し、直火型の乾燥炉で乾燥した。乾燥条件(温度、時間)は、樹脂の種類と膜厚に応じて、それぞれ適切に調整した。
【0063】
(8)粒子の長径、体積含有率及び平均厚みの測定
走査型電子顕微鏡により、皮膜の断面観察を行って、粒子の長径、体積含有率及び平均厚みを測定した。10サンプルについて各3箇所ずつ、合計30箇所の測定結果を平均した。
【0064】
(9)伝達インピーダンスの測定
伝達インピーダンスは、三菱電線工業製ZTR39Dを用いて前述の条件にて測定し、前式(I)により、各周波数における伝達インピーダンスZtrを算出した。
測定は、1サンプルにつき5回行い、最高値、最低値を除く3データの平均を求めた。
【0065】
(10)電磁波シールド性の評価
板厚3mmのAl板を溶接して一辺550mmの筐体を作成し、上面にのみ137mm×137mmの開口部を設けた。これを電波半無響室内に設置し、電磁波の基準発信源として、Schaffner社製コムジェネレーターを筐体内部に固定した後、周波数10MHz〜1000MHzまで10MHz間隔でパルス波を発信した。開口部周囲に、幅5mmのソフトガスケット(森宮電機製SGK5−1)を置いた。この上に150mm×150mmの供試金属板を載せた。筐体から水平方向に3m離れた地点に受信アンテナを配置し、これをスペクトラムアナライザーに接続することにより、筐体からの漏洩電磁波の信号強度を測定し、電界強度1μV/mを0dB(基準値)としてdBで表示した。測定は3回行い、得られた結果を平均して、VCCI規格値(情報技術装置クラスBの規格:30MHz〜230MHzでは40dB以下、230MHz〜1000MHzでは47dB以下)と比較した。
○ : 30〜1000MHzにてVCCI規格値適合
× : 30〜1000MHzにてVCCI規格値不適合な測定値を認めた
【0066】
(11)耐食性の評価
供試材を150mm(L)×70mm(W)に切り出し、JIS−Z−2371に規定する塩水噴霧試験を72時間行った。腐食面積率により、以下のように評価した。
評点3 : 腐食面積率5%未満
評点2 : 腐食面積率5%以上、10%未満
評点1 : 腐食面積率10%以上
【0067】
本発明例を表2に示す。本発明例の内、No.3、19、20、25について、それぞれ粒子を用いない比較例を表2のNo.36、37、38、39に示す。
【0068】

【表2】

【0069】
本発明例は、いずれも比較例に対して、耐食性を損なうことなく、電磁波シ−ルド性が改善されている。また、表2の通り、本発明の好適範囲内では、さらに優れた電磁波シールド性を得ることができる。
【0070】
(実施例2)
表2の実施例3及び比較例36の金属板をデスクトップPCの筐体に用いた。電波半無響室内で3m離れた地点での周波数30MHz〜1000MHzの放射ノイズを測定し、VCCI規格値(情報技術装置クラスBの規格:30MHz〜230MHzでは40dB以下、230MHz〜1000MHzでは47dB以下)と比較した。この結果、実施例No.3は規格を満足し、一方、No.36からは規格値以上の放射ノイズが検出された。
【0071】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】伝達インピーダンス測定治具の一例の断面を模式的に表す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属またはめっき金属表面の少なくとも一部に、有機樹脂を含有する平均厚みが0.7μm以上10μm以下である皮膜を有し、
周波数10MHzにおける伝達インピーダンスが2×10−4Ω以下、周波数100MHzにおける伝達インピーダンスが10−3Ω以下であることを特徴とする、表面処理金属板。
【請求項2】
前記皮膜中に、誘電体を磁性金属で被覆した粒子を含有することを特徴とする、請求項1記載の表面処理金属板。
【請求項3】
金属又はめっき金属表面の少なくとも一部に、有機樹脂を含有する平均厚みが0.7μm以上10μm以下である皮膜を有し、
前記皮膜中に、誘電体を磁性金属で被覆した粒子を含有することを特徴とする、表面処理金属板。
【請求項4】
前記粒子を前記皮膜中に1体積%以上30体積%以下含有することを特徴とする、請求項2又は3に記載の表面処理金属板。
【請求項5】
前記金属板のJIS−B−0601による中心線平均粗さが2.0μm以下であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の表面処理金属板。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の表面処理金属板を少なくとも接合部に用いてなる電子機器用筐体。

【図1】
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【公開番号】特開2008−300800(P2008−300800A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−148497(P2007−148497)
【出願日】平成19年6月4日(2007.6.4)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】