説明

表面被覆切削工具

【課題】高速加工およびドライ加工でさらなる長寿命化を達成することができる表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】基材と基材上に形成された被覆膜とを備え、被覆膜は、周期律表のIVA族元素、VA族元素、VIA族元素、AlおよびSiからなる群から選択された少なくとも1種の元素の窒化物からなるA層と、Crの窒化物からなるB層と、が交互に積層されて構成されており、A層およびB層の厚みはそれぞれ0.2nm以上30nm以下であり、A層の厚みをλaとし、B層の厚みをλbとしたときに、互いに接しているA層およびB層の厚みの比であるλa/λbの値が、基材に最も近い位置においては1.5よりも大きく、基材側から前記被覆膜の最表面側に進むにしたがって連続的および/または段階的に減少していき、被覆膜の最表面に最も近い位置においては1未満となる、表面被覆切削工具である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具に関し、特に、ドリル、エンドミル、フライス加工用スローアウェイチップ、旋削用スローアウェイチップ、メタルソー、歯切工具、リーマまたはタップなどの表面被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
最近の表面被覆切削工具の動向として、地球環境保全の観点から、切削油剤を用いないドライ加工が求められていること、被削材が多様化していること、および加工能率を一層向上させるため切削速度がより高速になってきていることなどの理由から、表面被覆切削工具の刃先温度はますます高温になる傾向にある。その結果、表面被覆切削工具の寿命が短くなるため、表面被覆切削工具を構成する材料に要求される特性は厳しくなる一方である。表面被覆切削工具の長寿命化のために表面被覆切削工具を構成する材料に要求される特性としては、基材上に形成される被覆膜の安定性(被覆膜の耐酸化特性や密着性)は勿論のこと、被覆膜の耐摩耗性や潤滑性も重要となってくる。
【0003】
表面被覆切削工具の耐摩耗性の改善のため、WC基超硬合金、サーメット、高速度鋼などの基材上に、TiAlNを単層または複数層積層して、被覆膜を形成することはよく知られている。しかしながら、最近の高速加工およびドライ加工においては、TiAlNのみからなる被覆膜では長寿命の表面被覆切削工具を得ることができないのが現状である。
【0004】
このような問題を解決するため、特許文献1には、TiAlNからなる層と、CrSiNまたはCrSiBNからなる層を交互に積層することで、耐摩耗性および潤滑性に優れた被覆膜を形成して、ドライ加工での長寿命化を図った表面被覆切削工具が開示されている。しかしながら、CrSiNからなる層およびCrSiBNからなる層は潤滑性は優れているものの低硬度であるため、高硬度を有する被削材の加工においては耐摩耗性が問題となっていた。また、この被覆膜を物理蒸着法によって製造する場合には、CrとSiを混合したターゲットを使用するため、ターゲットのコストが高くなるという問題もあった。
【0005】
また、特許文献2においては、TiAlNまたはTiAlCNからなる層とCrNからなる層とを交互に積層することによって、耐摩耗性と靭性を両立させた表面被覆切削工具が開示されている。しかしながら、高速加工およびドライ加工においてさらなる長寿命化が望まれる。
【特許文献1】特許第3388267号公報
【特許文献2】特開2002−275618号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、高速加工およびドライ加工でさらなる長寿命化を達成することができる表面被覆切削工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、基材と基材上に形成された被覆膜とを備え、被覆膜は、周期律表のIVA族元素、VA族元素、VIA族元素、AlおよびSiからなる群から選択された少なくとも1種の元素の窒化物からなるA層と、Crの窒化物からなるB層と、が交互に積層されて構成されており、A層およびB層の厚みはそれぞれ0.2nm以上30nm以下であり、A層の厚みをλaとし、B層の厚みをλbとしたときに、互いに接しているA層およびB層の厚みの比であるλa/λbの値が、基材に最も近い位置においては1.5よりも大きく、基材側から前記被覆膜の最表面側に進むにしたがって連続的および/または段階的に減少していき、被覆膜の最表面に最も近い位置においては1未満となる、表面被覆切削工具である。
【0008】
ここで、本発明の表面被覆切削工具において、被覆膜の全体の厚みは、0.5μm以上10μm以下であることが好ましい。
【0009】
また、本発明の表面被覆切削工具において、被覆膜は、物理蒸着法により形成されたことが好ましい。
【0010】
また、本発明の表面被覆切削工具において、基材は、WC基超硬合金、サーメット、高速度鋼、セラミックス、立方晶型窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体、窒化硼素焼結体、または酸化アルミニウムと炭化チタンとからなる基材のいずれかであることが好ましい。
【0011】
また、本発明の表面被覆切削工具は、基材と被覆膜との間にTi、Cr、Tiの窒化物またはCrの窒化物からなる中間層を有していてもよく、中間層の厚みは、0.1μm以上1μm以下であることが好ましい。
【0012】
また、本発明の表面被覆切削工具は、被覆膜の最表面上にTi、Al、CrおよびSiからなる群から選択された少なくとも1種を含む炭窒化物からなる表面保護層を有していてもよく、表面保護層の厚みは、0.1μm以上2μm以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高速加工およびドライ加工でさらなる長寿命化を達成することができる表面被覆切削工具を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、本発明の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表わすものとする。
【0015】
図1に、本発明の表面被覆切削工具の一例の模式的な拡大断面図を示す。ここで、表面被覆切削工具は、基材1と基材1上に形成された被覆膜2とを備え、被覆膜2は、周期律表のIVA族元素、VA族元素、VIA族元素、AlおよびSiからなる群から選択された少なくとも1種の元素の窒化物からなるA層3と、Crの窒化物からなるB層4と、が交互に積層されて構成されている。そして、A層3およびB層4の厚みはそれぞれ0.2nm以上30nm以下であって、A層3の厚みをλaとし、B層4の厚みをλbとしたときに、互いに接しているA層3およびB層4の厚みの比であるλa/λbの値は、基材1に最も近い位置においては1.5よりも大きく、基材1側から被覆膜2の最表面側に進むにしたがって連続的および/または段階的に減少していき、被覆膜2の最表面に最も近い位置においては1未満となっている。
【0016】
これは、本発明者が鋭意検討した結果、耐摩耗性に優れる周期律表のIVA族元素、VA族元素、VIA族元素、AlおよびSiからなる群から選択された少なくとも1種の元素の窒化物からなるA層3と、潤滑性と強度に優れるCrの窒化物からなるB層4とを積層し、さらに、被覆膜2中の部位によって積層する層の厚みを制御した被覆膜2を基材1上に形成することによって優れた切削性能を有する表面被覆切削工具が得られることを見い出したことによるものである。特に、本発明者は、上記のA層3とB層4の厚みをそれぞれ0.2nm以上30nm以下として、A層3とB層4とを交互に積層し、A層3の厚みをλaとし、B層4の厚みをλbとしたときに、互いに接しているA層3およびB層4の厚みの比であるλa/λbの値を基材1に最も近い位置においては1.5よりも大きくし、基材1側から被覆膜2の最表面側に進むにしたがって連続的および/または段階的に減少させ、被覆膜2の最表面に最も近い位置においては1未満とすることによって、高速加工およびドライ加工でさらなる長寿命化を達成することができることを見い出し、本発明が完成するに至ったものである。
【0017】
ここで、A層は、周期律表のIVA族元素、VA族元素、VIA族元素、AlおよびSiからなる群から選択された少なくとも1種の元素の窒化物からなることを特徴とする。A層は、周期律表のIVA族元素、VA族元素、VIA族元素、AlおよびSiからなる群から選択された少なくとも1種の元素の窒化物からなることにより耐摩耗性および耐熱性に優れるため、基材上にA層を形成した表面被覆切削工具は高速加工時の酸化摩耗に対して効果的である。しかしながら、A層は高硬度であるものの低強度であるため、基材上にA層のみを形成した表面被覆切削工具は切削初期に欠損して寿命が短くなる傾向にある。また、A層は、鋼系の被削材などとの摩擦係数が高く、潤滑性に乏しいため、基材上にA層のみを形成した表面被覆切削工具を用いて切削した場合には、被削材の加工品位が低下するとともに、高速加工時およびドライ加工時の刃先温度が上昇して、表面被覆切削工具の寿命が短くなる傾向にある。
【0018】
なお、周期律表のIVA族元素としては、Ti(チタン)、Zr(ジルコニウム)およびHf(ハフニウム)が挙げられる。また、周期律表のVA族元素としては、V(バナジウム)、Nb(ニオブ)およびTa(タンタル)が挙げられる。さらに、周期律表のVIA族元素としては、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)およびW(タングステン)が挙げられる。
【0019】
また、B層は、Crの窒化物からなることを特徴としている。B層は、Crの窒化物からなるため、鋼系の被削材などとの摩擦係数が低く、潤滑性が高い。したがって、基材上にB層のみを形成した表面被覆切削工具を用いて切削した場合には、被削材の加工品位が向上する傾向にあり、高速加工時およびドライ加工時の刃先温度の低下に対して効果的である。また、Crの窒化物はTiAlN系材料などの他の材料と比較して強度が高いため、B層を用いた場合には表面被覆切削工具の靭性向上に効果的である。さらに、B層を物理蒸着法により形成する場合には、Crの単一材料のターゲットを使用することができるため、製造コストが低くなる傾向にある。しかしながら、B層は硬度が低いため、耐摩耗性に乏しいという問題がある。
【0020】
(1)そこで、耐摩耗性に優れるA層と、潤滑性および強度に優れるB層とを交互に積層することによってA層が有する特性とB層が有する特性とを相互補完させ、A層またはB層を単独で形成した場合と比べて被覆膜の耐摩耗性、潤滑性および強度のそれぞれを優れたものにすることができる。また、A層とB層とを交互に積層することにより、切削時の衝撃によって被覆膜に生じる亀裂の進行をA層とB層との層間で停止することができるため、表面被覆切削工具の寿命が長くなる傾向にある。
【0021】
(2)そして、基材に近い側においてB層を厚く形成した場合には被覆膜の硬度の低下が生じて被覆膜の耐摩耗性が低下する傾向にあるため、基材に近い側ではA層の厚みを厚くすることで被覆膜の耐摩耗性を高くすることができる。ここで、被覆膜の耐摩耗性を高くするためには、基材に最も近い位置におけるλa/λbの値は1.5よりも大きくする必要がある。また、被覆膜の耐摩耗性を高くする観点からは、基材に最も近い位置におけるλa/λbの値は2よりも大きいことが好ましい。
【0022】
(3)また、被覆膜の最表面に近い側においては、B層を厚く形成することで、B層の潤滑性の高さにより、表面被覆切削工具の切削時における刃先温度を低下するとともに被削材の加工品位を向上することができる。また、被覆膜の最表面に近い側においてB層を厚く形成することで、被覆膜の最表面側における強度が高くなり、被覆膜の内部への亀裂伝播が抑制されるため、被覆膜の強度を向上することができる。ここで、被覆膜の潤滑性および強度を高くするためには、被覆膜の最表面に最も近い位置におけるλa/λbの値は1よりも小さくする必要がある。また、被覆膜の潤滑性および強度を高くする観点からは、被覆膜の最表面に最も近い位置におけるλa/λbの値は0.8よりも小さいことが好ましい。
【0023】
(4)したがって、上記の(2)および(3)を考慮すると、互いに接しているA層およびB層の厚みの比であるλa/λbの値は、基材側から被覆膜の最表面側に進むにしたがって連続的および/または段階的に減少させることが好ましい。
【0024】
なお、本発明において、「連続的に減少」とは、たとえば図2に示すように、基材から被覆膜の最表面にかけて進むにしたがってλa/λbの値が直線状に減少する場合が挙げられるが、直線状に減少する場合に限定されず、指数関数状に減少する場合も含まれる。また、本発明において、「段階的に減少」とは、たとえば図3に示すように、基材から被覆膜の最表面にかけて進むにしたがってλa/λbの値が階段状に減少する場合が挙げられるが、図3に示す形態には限定されない。また、本発明においては、基材から被覆膜の最表面にかけて、λa/λbの値が連続的に減少する箇所と段階的に減少する箇所とが入り混じっていてもよい。
【0025】
(5)さらに、交互に積層されるA層およびB層の1層当たりの厚みをそれぞれ0.2nm以上30nm以下とすることによって、被覆膜全体の硬度が向上する。これは、格子定数の異なるA層およびB層が界面で結合するため結晶構造に歪みが生じ、この歪みが被覆膜全体の硬度の向上に寄与すると考えられる。また、A層およびB層をそれぞれ0.2nm未満の厚みに形成することは困難であり、30nmよりも厚く形成するとA層およびB層が厚くなりすぎて結晶構造に生じる歪みがA層およびB層のぞれぞれの内部にまで発生せず、被覆膜全体の硬度が向上しないおそれがある。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みは透過型電子顕微鏡観察により可能である。
【0026】
また、本発明において、被覆膜の全体の厚みは、0.5μm以上10μm以下であることが好ましい。被覆膜の全体の厚みが0.5μm未満である場合には被覆膜の耐摩耗性が低下するおそれがあり、10μmを超える場合には被覆膜の靭性が低下するおそれがある。
【0027】
また、結晶性の高い化合物を形成することができる成膜プロセスを用いて基材上に被覆膜を形成することが好ましい。そこで、種々の成膜プロセスを検討した結果、物理蒸着法を用いて被覆膜を形成することが好ましいことが判明した。物理蒸着法としては、たとえば、スパッタリング法またはイオンプレーティング法などが挙げられるが、特に、原料となる元素のイオン化率が高いカソードアークイオンプレーティング法が最も好ましい。基材の表面上に直接被覆膜を形成するための成膜プロセスとしてカソードアークイオンプレーティング法を用いた場合には、被覆膜の形成前に基材表面に対して金属イオンおよび/またはガスイオンによるイオンボンバードメント処理が可能となるため、基材と被覆膜の密着性が格段に向上する傾向にある。
【0028】
また、基材としては、WC基超硬合金、サーメット、高速度鋼、セラミックス、立方晶型窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体、窒化硼素焼結体、または酸化アルミニウムと炭化チタンとからなる基材のいずれかを用いることが好ましい。
【0029】
また、基材と被覆膜の密着性を向上する観点からは、基材と被覆膜との間に、Ti、Cr、Tiの窒化物またはCrの窒化物からなる中間層を設けることも望ましい。Ti、Cr、Tiの窒化物またはCrの窒化物からなる中間層は、上記の基材および被覆膜のそれぞれと密着性が高いため、基材と被覆膜との間に中間層を設けた場合には、基材と被覆膜の密着性が向上する傾向にある。
【0030】
また、中間層の厚みは0.1μm以上1μm以下であることが好ましい。中間層の厚みが0.1μm未満である場合には中間層が薄すぎて基材と被覆膜の密着性を向上することができないおそれがあり、1μmを超えた場合には基材と被覆膜の密着性のさらなる向上が見られない傾向にある。
【0031】
また、被覆膜の最表面上には、Ti、Al、CrおよびSiからなる群から選択された少なくとも1種を含む炭窒化物からなる表面保護層を設けることも望ましい。Ti、Al、CrおよびSiからなる群から選択された少なくとも1種を含む炭窒化物からなる表面保護層を被覆膜の最表面上に設けた場合には、表面保護層中のカーボンによって潤滑性を発現させるため、切削時の刃先温度の低下および加工品位の向上がさらに促進する傾向にある。
【0032】
また、表面保護層の厚みは0.1μm以上2μm以下であることが好ましい。表面保護層の厚みが0.1μm未満である場合には表面保護層の厚みが薄すぎて、切削開始後すぐに表面保護層が摩耗してなくなってしまうおそれがあり、2μmを超える場合には表面保護層が厚すぎて、被覆膜から表面保護層が剥離しやすくなる。
【実施例】
【0033】
以下のようにして、実施例1〜実施例10および比較例1〜比較例5のそれぞれの表面被覆切削工具について作製し、それぞれ表面被覆切削工具の寿命について評価した。なお、実施例1〜実施例10および比較例1〜比較例5のそれぞれの表面被覆切削工具の中間層の構成を表1に示し、被覆膜の構成を表2に示し、表面保護層の構成を表3に示す。また、それぞれ表面被覆切削工具の寿命について評価結果を表4に示す。なお、表2においては、被覆膜を構成するA層およびB層のうち、基材に最も近い位置において互いに接しているA層およびB層並びに被覆膜の最表面に最も近い位置において互いに接しているA層およびB層のみを示している。
【0034】
(実施例1)
図4にその概略を示した装置を用い、カソードアークイオンプレーティング法により基材上に被覆膜を形成して表面被覆切削工具を作製した。
【0035】
図4に示す装置10は、第1アーク蒸発源13、第2アーク蒸発源14および第3アーク蒸発源15という3つのアーク蒸発源とともに、回転テーブル11およびヒータ12を有している。
【0036】
まず、回転テーブル11に基材1をセットするとともに、第1アーク蒸発源13としてTiAlSiターゲットを、第2アーク蒸発源14としてCrターゲットをセットした。
【0037】
次に、装置10内を真空引きした後にアルゴンをガス導入口16から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材1を450℃まで加熱した。
【0038】
次いで、基材1にバイアス電圧を徐々に印加しながらバイアス電圧を−1000Vまで上げてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材1の表面のクリーニング処理を15分間行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置10からアルゴンを排気した。
【0039】
続いて、窒素をガス導入口16から装置10内に導入した後、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、回転テーブル11を3rpmの回転速度で回転させ、第1アーク蒸発源13および第2アーク蒸発源14にそれぞれアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上にTiAlSiNからなるA層とCrNからなるB層とを交互に積層して被覆膜を形成した。
【0040】
ここで、基材1が第1アーク蒸発源13の前を通るときにはA層が積層され、第2アーク蒸発源14の前を通るときにはB層が積層された。被覆膜の形成開始直後は、第1アーク蒸発源13に流れるアーク電流を150A、第2アーク蒸発源14に流れるアーク電流を70Aとして、基材に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の厚みの比がλa/λb=2.1を満たすようにA層およびB層を形成した。そして、被覆膜の形成の進行に伴って、第1アーク蒸発源13に流れるアーク電流については連続的に減少させるとともに、第2アーク蒸発源14に流れるアーク電流については連続的に増加させることによって、λa/λbの値を連続的に減少させながら、A層およびB層をそれぞれ1層ずつ交互に順次積層していった。そして、被覆膜の最表面に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の形成時においては、第1アーク蒸発源13に流れるアーク電流を70A、第2アーク蒸発源14に流れるアーク電流を150Aとして、λa/λb=0.5を満たすA層およびB層を形成した。
【0041】
なお、被覆膜の形成は、基材上にまずA層を形成し、その後B層を形成して、A層およびB層を順次交互に形成した後、被覆膜の最表面にB層が設置されるように行なった。また、被覆膜の形成後は、装置10内のガスを排気した。また、被覆膜全体の厚みは3.2μmであった。
【0042】
また、基材として、6枚刃で外径10mmの超硬合金製エンドミル、外径8mmの超硬合金製ドリルおよびP30超硬合金製フライス用スローアウェイチップ(形状:SDKN42)をそれぞれ用いて、それぞれの基材上に上記の被覆膜を形成し、表面被覆切削工具として、エンドミル、ドリルおよびフライス用スローアウェイチップをそれぞれ作製した。
【0043】
そして、上記のようにして作製したエンドミル、ドリルおよびフライス用スローアウェイチップのそれぞれについて、以下の切削試験を行ない、表面被覆切削工具の寿命の評価を行なった。
【0044】
(i)エンドミル切削試験
被削材としてSKD61(HRC53)を用い、被削材の側面切削をダウンカットで、切削速度が200m/min、送り量が0.025mm/tooth、切り込み量Adが10mm、切り込み量Rdが0.6mmの条件で、エアブローをしながら切削を行なった。そして、切れ刃外周の摩耗幅が0.1mmを超えた時点の切削距離を表面被覆切削工具の寿命として評価した。
【0045】
(ii)ドリル切削試験
被削材としてS50Cを用い、被削材の穴加工を、切削速度が70m/min、送り量が0.25mm/rev、切削油なしの条件で、穴深さが30mmの貫通穴を形成することにより行なった。そして、表面被覆切削工具の先端マージン部の摩耗幅が0.2mmを超えた時点の加工穴数を表面被覆切削工具の寿命として評価した。
【0046】
(iii)フライス切削試験
被削材としてSCM435を用い、その被削材について直径160mmの正面フライス切削を、切削速度が250m/min、送り量が0.3mm/tooth、切り込み量が2mm、切削油なしの条件で行なった。そして、表面被覆切削工具の逃げ面の摩耗幅が0.2mmを超えた時点の切削距離を表面被覆切削工具の寿命として評価した。
【0047】
(実施例2)
図4に示す回転テーブル11に基材1をセットするとともに、第1アーク蒸発源13としてTiAlターゲットを、第2アーク蒸発源14としてCrターゲットをセットした。その後は、実施例1と同様にして、基材上に被覆膜を形成し、表面被覆切削工具として、エンドミル、ドリルおよびフライス用スローアウェイチップをそれぞれ作製した。そして、これらの表面被覆切削工具について、実施例1と同様にして、切削試験を行ない、表面被覆切削工具の寿命の評価を行なった。
【0048】
なお、実施例2においては、被覆膜の形成開始直後は、基材に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の厚みの比がλa/λb=2.5を満たすようにA層およびB層を形成した。そして、被覆膜の形成の進行に伴って、第1アーク蒸発源13に流れるアーク電流については連続的に減少させるとともに、第2アーク蒸発源14に流れるアーク電流については連続的に増加させることによって、λa/λbの値を連続的に減少させながら、A層およびB層をそれぞれ1層ずつ交互に順次積層していった。そして、被覆膜の最表面に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の形成時においては、λa/λb=0.8を満たすようにA層およびB層を形成した。
【0049】
また、被覆膜の形成は、基材上にまずA層を形成し、その後B層を形成して、A層およびB層を順次交互に形成した後、被覆膜の最表面にB層が設置されるように行なった。また、被覆膜の形成後は、装置10内のガスを排気した。また、被覆膜全体の厚みは4.0μmであった。
【0050】
(実施例3)
図4に示す回転テーブル11に基材1をセットするとともに、第1アーク蒸発源13としてTiSiターゲットを、第2アーク蒸発源14としてCrターゲットをセットした。
【0051】
次に、装置10内を真空引きした後にアルゴンをガス導入口16から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材1を450℃まで加熱した。
【0052】
次いで、基材1にバイアス電圧を徐々に印加しながらバイアス電圧を−1000Vまで上げてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材1の表面のクリーニング処理を15分間行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置10からアルゴンを排気した。
【0053】
続いて、窒素をガス導入口16から装置10内に導入した後、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、第2アーク蒸発源14にアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上に0.3μmの厚みのCrNからなる中間層を形成した。
【0054】
そして、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、回転テーブル11を回転させ、第1アーク蒸発源13および第2アーク蒸発源14にそれぞれアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上にTiSiNからなるA層とCrNからなるB層とを交互に積層して被覆膜を形成した。
【0055】
ここで、被覆膜の形成開始直後は、基材に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の厚みの比がλa/λb=2.5を満たすようにA層およびB層を形成した。そして、被覆膜の形成の進行に伴って、第1アーク蒸発源13に流れるアーク電流については段階的に減少させるとともに、第2アーク蒸発源14に流れるアーク電流については段階的に増加させることによって、λa/λbの値を段階的に減少させながら、A層およびB層をそれぞれ1層ずつ交互に順次積層していった。そして、被覆膜の最表面に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の形成時においては、λa/λb=0.4を満たすようにA層およびB層を形成した。
【0056】
なお、被覆膜の形成は、基材上に形成した中間層上にまずA層を形成し、その後B層を形成して、A層およびB層を順次交互に形成した後、被覆膜の最表面にB層が設置されるように行なった。また、被覆膜の形成後は、装置10内のガスを排気した。また、被覆膜の全体の厚みは3.5μmであった。
【0057】
また、基材としては、実施例1と同様のものをそれぞれ用いて、それぞれの基材上に上記の被覆膜を形成し、表面被覆切削工具として、エンドミル、ドリルおよびフライス用スローアウェイチップをそれぞれ作製した。
【0058】
そして、これらの表面被覆切削工具について、実施例1と同様にして、切削試験を行ない、表面被覆切削工具の寿命の評価を行なった。
【0059】
(実施例4)
図4に示す回転テーブル11に基材1をセットするとともに、第1アーク蒸発源13としてTiAlCrターゲットを、第2アーク蒸発源14としてCrターゲットを、第3アーク蒸発源15としてTiターゲットをセットした。
【0060】
次に、装置10内を真空引きした後にアルゴンをガス導入口16から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材1を450℃まで加熱した。
【0061】
次いで、基材1にバイアス電圧を徐々に印加しながらバイアス電圧を−1000Vまで上げてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材1の表面のクリーニング処理を15分間行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置10からアルゴンを排気した。
【0062】
続いて、窒素をガス導入口16から装置10内に導入した後、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、第3アーク蒸発源15にアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上に0.2μmの厚みのTiNからなる中間層を形成した。
【0063】
そして、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、回転テーブル11を回転させ、第1アーク蒸発源13および第2アーク蒸発源14にそれぞれアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上にTiAlCrNからなるA層とCrNからなるB層とを交互に積層して被覆膜を形成した。
【0064】
ここで、被覆膜の形成開始直後は、基材に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の厚みの比がλa/λb=3.0を満たすようにA層およびB層を形成した。そして、被覆膜の形成の進行に伴って、第1アーク蒸発源13に流れるアーク電流については段階的に減少させるとともに、第2アーク蒸発源14に流れるアーク電流については段階的に増加させることによって、λa/λbの値を段階的に減少させながら、A層およびB層をそれぞれ1層ずつ交互に順次積層していった。そして、被覆膜の最表面に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の形成時においては、λa/λb=0.3を満たすようにA層およびB層を形成した。
【0065】
また、被覆膜の形成は、基材上に形成した中間層上にまずA層を形成し、その後B層を形成して、A層およびB層を順次交互に形成した後、被覆膜の最表面にB層が設置されるように行なった。また、被覆膜の形成後は、装置10内のガスを排気した。また、被覆膜の全体の厚みは4.2μmであった。
【0066】
そして、被覆膜の形成後は、装置10から窒素を一旦排気した後に、装置10内に窒素とメタンの混合ガスを導入し、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、第3アーク蒸発源15にアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上に0.5μmの厚みのTiCNからなる表面保護層を形成した。
【0067】
なお、基材としては、実施例1と同様のものをそれぞれ用いて、それぞれの基材上に上記の被覆膜を形成し、表面被覆切削工具として、エンドミル、ドリルおよびフライス用スローアウェイチップをそれぞれ作製した。
【0068】
そして、これらの表面被覆切削工具について、実施例1と同様にして、切削試験を行ない、表面被覆切削工具の寿命の評価を行なった。
【0069】
(実施例5)
図4に示す回転テーブル11に基材1をセットするとともに、第1アーク蒸発源13としてAlCrターゲットを、第2アーク蒸発源14としてCrターゲットを、第3アーク蒸発源15としてTiターゲットをセットした。
【0070】
次に、装置10内を真空引きした後にアルゴンをガス導入口16から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材1を450℃まで加熱した。
【0071】
次いで、基材1にバイアス電圧を徐々に印加しながらバイアス電圧を−1000Vまで上げてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材1の表面のクリーニング処理を15分間行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置10からアルゴンを排気した。
【0072】
続いて、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、第3アーク蒸発源15にアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上に0.2μmの厚みのTiからなる中間層を形成した。
【0073】
そして、窒素をガス導入口16から装置10内に導入した後、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、回転テーブル11を回転させ、第1アーク蒸発源13および第2アーク蒸発源14にそれぞれアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上にAlCrNからなるA層とCrNからなるB層とを交互に積層して被覆膜を形成した。
【0074】
ここで、被覆膜の形成開始直後は、基材に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の厚みの比がλa/λb=3.0を満たすようにA層およびB層を形成した。そして、被覆膜の形成の進行に伴って、第1アーク蒸発源13に流れるアーク電流については連続的に減少させるとともに、第2アーク蒸発源14に流れるアーク電流については連続的に増加させることによって、λa/λbの値を連続的に減少させながら、A層およびB層をそれぞれ1層ずつ交互に順次積層していった。そして、被覆膜の最表面に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の形成時においては、λa/λb=0.7を満たすようにA層およびB層を形成した。
【0075】
ここで、被覆膜の形成は、基材上に形成した中間層上にまずA層を形成し、その後B層を形成して、A層およびB層を順次交互に形成した後、被覆膜の最表面にB層が設置されるように行なった。また、被覆膜の形成後は、装置10内のガスを排気した。また、被覆膜の全体の厚みは3.8μmであった。
【0076】
そして、被覆膜の形成後は、装置10から窒素を一旦排気した後に、装置10内に窒素とメタンの混合ガスを導入し、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、第3アーク蒸発源15にアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上に1.0μmの厚みのTiCNからなる表面保護層を形成した。
【0077】
また、基材としては、実施例1と同様のものをそれぞれ用いて、それぞれの基材上に上記の被覆膜を形成し、表面被覆切削工具として、エンドミル、ドリルおよびフライス用スローアウェイチップをそれぞれ作製した。
【0078】
そして、これらの表面被覆切削工具について、実施例1と同様にして、切削試験を行ない、表面被覆切削工具の寿命の評価を行なった。
【0079】
(実施例6)
図4に示す回転テーブル11に基材1をセットするとともに、第1アーク蒸発源13としてTiZrターゲットを、第2アーク蒸発源14としてCrターゲットをセットした。
【0080】
次に、装置10内を真空引きした後にアルゴンをガス導入口16から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材1を450℃まで加熱した。
【0081】
次いで、基材1にバイアス電圧を徐々に印加しながらバイアス電圧を−1000Vまで上げてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材1の表面のクリーニング処理を15分間行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置10からアルゴンを排気した。
【0082】
続いて、窒素をガス導入口16から装置10内に導入した後、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、第2アーク蒸発源14にアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上に0.3μmの厚みのCrNからなる中間層を形成した。
【0083】
そして、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、回転テーブル11を回転させ、第1アーク蒸発源13および第2アーク蒸発源14にそれぞれアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上にTiZrNからなるA層とCrNからなるB層とを交互に積層して被覆膜を形成した。
【0084】
ここで、被覆膜の形成開始直後は、基材に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の厚みの比がλa/λb=1.7を満たすようにA層およびB層を形成した。そして、被覆膜の形成の進行に伴って、第1アーク蒸発源13に流れるアーク電流については連続的に減少させるとともに、第2アーク蒸発源14に流れるアーク電流については連続的に増加させることによって、λa/λbの値を連続的に減少させながら、A層およびB層をそれぞれ1層ずつ交互に順次積層していった。そして、被覆膜の最表面に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の形成時においては、λa/λb=0.8を満たすようにA層およびB層を形成した。
【0085】
ここで、被覆膜の形成は、基材上に形成した中間層上にまずA層を形成し、その後B層を形成して、A層およびB層を順次交互に形成した後、被覆膜の最表面にB層が設置されるように行なった。また、被覆膜の形成後は、装置10内のガスを排気した。また、被覆膜の全体の厚みは8.0μmであった。
【0086】
また、基材としては、実施例1と同様のものをそれぞれ用いて、それぞれの基材上に上記の被覆膜を形成し、表面被覆切削工具として、エンドミル、ドリルおよびフライス用スローアウェイチップをそれぞれ作製した。
【0087】
そして、これらの表面被覆切削工具について、実施例1と同様にして、切削試験を行ない、表面被覆切削工具の寿命の評価を行なった。
【0088】
(実施例7)
図4に示す回転テーブル11に基材1をセットするとともに、第1アーク蒸発源13としてTiAlターゲットを、第2アーク蒸発源14としてCrターゲットを、第3アーク蒸発源15としてTiSiターゲットをセットした。
【0089】
次に、装置10内を真空引きした後にアルゴンをガス導入口16から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材1を450℃まで加熱した。
【0090】
次いで、基材1にバイアス電圧を徐々に印加しながらバイアス電圧を−1000Vまで上げてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材1の表面のクリーニング処理を15分間行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置10からアルゴンを排気した。
【0091】
そして、窒素をガス導入口16から装置10内に導入した後、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、回転テーブル11を回転させ、第1アーク蒸発源13および第2アーク蒸発源14にそれぞれアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上にTiAlNからなるA層とCrNからなるB層とを交互に積層して被覆膜を形成した。
【0092】
ここで、被覆膜の形成開始直後は、基材に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の厚みの比がλa/λb=1.7を満たすようにA層およびB層を形成した。そして、被覆膜の形成の進行に伴って、第1アーク蒸発源13に流れるアーク電流については段階的に減少させるとともに、第2アーク蒸発源14に流れるアーク電流については段階的に増加させることによって、λa/λbの値を段階的に減少させながら、A層およびB層をそれぞれ1層ずつ交互に順次積層していった。そして、被覆膜の最表面に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の形成時においては、λa/λb=0.8を満たすようにA層およびB層を形成した。
【0093】
ここで、被覆膜の形成は、基材上にまずA層を形成し、その後B層を形成して、A層およびB層を順次交互に形成した後、被覆膜の最表面にB層が設置されるように行なった。また、被覆膜の形成後は、装置10内のガスを排気した。また、被覆膜の全体の厚みは5.5μmであった。
【0094】
そして、被覆膜の形成後は、装置10から窒素を一旦排気した後に、装置10内に窒素とメタンの混合ガスを導入し、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、第3アーク蒸発源15にアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上に1.5μmの厚みのTiSiCNからなる表面保護層を形成した。
【0095】
また、基材としては、実施例1と同様のものをそれぞれ用いて、それぞれの基材上に上記の被覆膜を形成し、表面被覆切削工具として、エンドミル、ドリルおよびフライス用スローアウェイチップをそれぞれ作製した。
【0096】
そして、これらの表面被覆切削工具について、実施例1と同様にして、切削試験を行ない、表面被覆切削工具の寿命の評価を行なった。
【0097】
(実施例8)
図4に示す回転テーブル11に基材1をセットするとともに、第1アーク蒸発源13としてTiAlVターゲットを、第2アーク蒸発源14としてCrターゲットを、第3アーク蒸発源15としてTiAlターゲットをセットした。
【0098】
次に、装置10内を真空引きした後にアルゴンをガス導入口16から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材1を450℃まで加熱した。
【0099】
次いで、基材1にバイアス電圧を徐々に印加しながらバイアス電圧を−1000Vまで上げてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材1の表面のクリーニング処理を15分間行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置10からアルゴンを排気した。
【0100】
続いて、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、第2アーク蒸発源14にアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上に0.2μmの厚みのCrからなる中間層を形成した。
【0101】
そして、窒素をガス導入口16から装置10内に導入した後、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、回転テーブル11を回転させ、第1アーク蒸発源13および第2アーク蒸発源14にそれぞれアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上にTiAlVNからなるA層とCrNからなるB層とを交互に積層して被覆膜を形成した。
【0102】
ここで、被覆膜の形成開始直後は、基材に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の厚みの比がλa/λb=2.1を満たすようにA層およびB層を形成した。そして、被覆膜の形成の進行に伴って、第1アーク蒸発源13に流れるアーク電流については段階的に減少させるとともに、第2アーク蒸発源14に流れるアーク電流については段階的に増加させることによって、λa/λbの値を段階的に減少させながら、A層およびB層をそれぞれ1層ずつ交互に順次積層していった。そして、被覆膜の最表面に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の形成時においては、λa/λb=0.5を満たすようにA層およびB層を形成した。
【0103】
ここで、被覆膜の形成は、基材上に形成した中間層上にまずA層を形成し、その後B層を形成して、A層およびB層を順次交互に形成した後、被覆膜の最表面にB層が設置されるように行なった。また、被覆膜の形成後は、装置10内のガスを排気した。また、被覆膜の全体の厚みは4.5μmであった。
【0104】
そして、被覆膜の形成後は、装置10から窒素を一旦排気した後に、装置10内に窒素とメタンの混合ガスを導入し、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、第3アーク蒸発源15にアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上に1.0μmの厚みのTiAlCNからなる表面保護層を形成した。
【0105】
また、基材としては、実施例1と同様のものをそれぞれ用いて、それぞれの基材上に上記の被覆膜を形成し、表面被覆切削工具として、エンドミル、ドリルおよびフライス用スローアウェイチップをそれぞれ作製した。
【0106】
そして、これらの表面被覆切削工具について、実施例1と同様にして、切削試験を行ない、表面被覆切削工具の寿命の評価を行なった。
【0107】
(実施例9)
図4に示す回転テーブル11に基材1をセットするとともに、第1アーク蒸発源13としてTiCrターゲットを、第2アーク蒸発源14としてCrターゲットを、第3アーク蒸発源15としてTiターゲットをセットした。
【0108】
次に、装置10内を真空引きした後にアルゴンをガス導入口16から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材1を450℃まで加熱した。
【0109】
次いで、基材1にバイアス電圧を徐々に印加しながらバイアス電圧を−1000Vまで上げてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材1の表面のクリーニング処理を15分間行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置10からアルゴンを排気した。
【0110】
続いて、窒素をガス導入口16から装置10内に導入した後、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、第3アーク蒸発源15にアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上に0.3μmの厚みのTiNからなる中間層を形成した。
【0111】
そして、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、回転テーブル11を回転させ、第1アーク蒸発源13および第2アーク蒸発源14にそれぞれアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上にTiCrNからなるA層とCrNからなるB層とを交互に積層して被覆膜を形成した。
【0112】
ここで、被覆膜の形成開始直後は、基材に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の厚みの比がλa/λb=2.5を満たすようにA層およびB層を形成した。そして、被覆膜の形成の進行に伴って、第1アーク蒸発源13に流れるアーク電流については連続的に減少させるとともに、第2アーク蒸発源14に流れるアーク電流については連続的に増加させることによって、λa/λbの値を連続的に減少させながら、A層およびB層をそれぞれ1層ずつ交互に順次積層していった。そして、被覆膜の最表面に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の形成時においては、λa/λb=0.4を満たすようにA層およびB層を形成した。
【0113】
ここで、被覆膜の形成は、基材上に形成した中間層上にまずA層を形成し、その後B層を形成して、A層およびB層を順次交互に形成した後、被覆膜の最表面にB層が設置されるように行なった。また、被覆膜の形成後は、装置10内のガスを排気した。また、被覆膜の全体の厚みは3.5μmであった。
【0114】
そして、被覆膜の形成後は、装置10から窒素を一旦排気した後に、装置10内に窒素とメタンの混合ガスを導入し、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、第1アーク蒸発源13にアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上に0.8μmの厚みのTiCrCNからなる表面保護層を形成した。
【0115】
また、基材としては、実施例1と同様のものをそれぞれ用いて、それぞれの基材上に上記の被覆膜を形成し、表面被覆切削工具として、エンドミル、ドリルおよびフライス用スローアウェイチップをそれぞれ作製した。
【0116】
そして、これらの表面被覆切削工具について、実施例1と同様にして、切削試験を行ない、表面被覆切削工具の寿命の評価を行なった。
【0117】
(実施例10)
図4に示す回転テーブル11に基材1をセットするとともに、第1アーク蒸発源13としてTiAlターゲットを、第2アーク蒸発源14としてCrターゲットを、第3アーク蒸発源15としてTiターゲットをセットした。
【0118】
次に、装置10内を真空引きした後にアルゴンをガス導入口16から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材1を450℃まで加熱した。
【0119】
次いで、基材1にバイアス電圧を徐々に印加しながらバイアス電圧を−1000Vまで上げてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材1の表面のクリーニング処理を15分間行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置10からアルゴンを排気した。
【0120】
続いて、窒素をガス導入口16から装置10内に導入した後、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、回転テーブル11を回転させ、第1アーク蒸発源13および第2アーク蒸発源14にそれぞれアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上にTiAlNからなるA層とCrNからなるB層とを交互に積層して被覆膜を形成した。
【0121】
ここで、被覆膜の形成開始直後は、基材に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の厚みの比がλa/λb=2.0を満たすようにA層およびB層を形成した。そして、被覆膜の形成の進行に伴って、第1アーク蒸発源13に流れるアーク電流については連続的に減少させるとともに、第2アーク蒸発源14に流れるアーク電流については連続的に増加させることによって、λa/λbの値を連続的に減少させながら、A層およびB層をそれぞれ1層ずつ交互に順次積層していった。そして、被覆膜の最表面に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の形成時においては、λa/λb=0.8を満たすようにA層およびB層を形成した。
【0122】
ここで、被覆膜の形成は、基材上にまずA層を形成し、その後B層を形成して、A層およびB層を順次交互に形成した後、被覆膜の最表面にB層が設置されるように行なった。また、被覆膜の形成後は、装置10内のガスを排気した。また、被覆膜の全体の厚みは5.0μmであった。
【0123】
そして、被覆膜の形成後は、装置10から窒素を一旦排気した後に、装置10内に窒素とメタンの混合ガスを導入し、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、第3アーク蒸発源15にアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上に0.5μmの厚みのTiCNからなる表面保護層を形成した。
【0124】
また、基材としては、実施例1と同様のものをそれぞれ用いて、それぞれの基材上に上記の被覆膜を形成し、表面被覆切削工具として、エンドミル、ドリルおよびフライス用スローアウェイチップをそれぞれ作製した。
【0125】
そして、これらの表面被覆切削工具について、実施例1と同様にして、切削試験を行ない、表面被覆切削工具の寿命の評価を行なった。
【0126】
(比較例1)
図4に示す回転テーブル11に基材1をセットするとともに、第1アーク蒸発源13としてTiAlSiターゲットを、第2アーク蒸発源14としてCrターゲットをセットした。
【0127】
次に、装置10内を真空引きした後にアルゴンをガス導入口16から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材1を450℃まで加熱した。
【0128】
次いで、基材1にバイアス電圧を徐々に印加しながらバイアス電圧を−1000Vまで上げてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材1の表面のクリーニング処理を15分間行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置10からアルゴンを排気した。
【0129】
続いて、窒素をガス導入口16から装置10内に導入した後、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、回転テーブル11を回転させ、第1アーク蒸発源13および第2アーク蒸発源14にそれぞれアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上にTiAlSiNからなるA層とCrNからなるB層とを交互に積層して被覆膜を形成した。
【0130】
ここで、被覆膜の形成開始直後は、基材に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の厚みの比がλa/λb=0.7を満たすようにA層およびB層を形成した。その後も、A層およびB層の厚みの比がλa/λb=0.7を満たすように、A層およびB層をそれぞれ1層ずつ交互に順次積層していった。そして、被覆膜の最表面に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の形成時においても、λa/λb=0.7を満たすようにA層およびB層を形成した。
【0131】
また、被覆膜の形成は、基材上にまずA層を形成し、その後B層を形成して、A層およびB層を順次交互に形成した後、被覆膜の最表面にB層が設置されるように行なった。また、被覆膜の形成後は、装置10内のガスを排気した。また、被覆膜の全体の厚みは4.0μmであった。
【0132】
また、基材としては、実施例1と同様のものをそれぞれ用いて、それぞれの基材上に上記の被覆膜を形成し、表面被覆切削工具として、エンドミル、ドリルおよびフライス用スローアウェイチップをそれぞれ作製した。
【0133】
そして、これらの表面被覆切削工具について、実施例1と同様にして、切削試験を行ない、表面被覆切削工具の寿命の評価を行なった。
【0134】
(比較例2)
図4に示す回転テーブル11に基材1をセットするとともに、第1アーク蒸発源13としてTiAlターゲットを、第2アーク蒸発源14としてCrターゲットをセットした。
【0135】
次に、装置10内を真空引きした後にアルゴンをガス導入口16から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材1を450℃まで加熱した。
【0136】
次いで、基材1にバイアス電圧を徐々に印加しながらバイアス電圧を−1000Vまで上げてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材1の表面のクリーニング処理を15分間行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置10からアルゴンを排気した。
【0137】
続いて、窒素をガス導入口16から装置10内に導入した後、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、回転テーブル11を回転させ、第1アーク蒸発源13および第2アーク蒸発源14にそれぞれアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上にTiAlNからなるA層とCrNからなるB層とを交互に積層して被覆膜を形成した。
【0138】
ここで、被覆膜の形成開始直後は、基材に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の厚みの比がλa/λb=1.7を満たすようにA層およびB層を形成した。そして、被覆膜の形成の進行に伴って、第1アーク蒸発源13に流れるアーク電流については段階的に減少させるとともに、第2アーク蒸発源14に流れるアーク電流については段階的に増加させることによって、λa/λbの値を段階的に減少させながら、A層およびB層をそれぞれ1層ずつ交互に順次積層していった。そして、被覆膜の最表面に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の形成時においては、λa/λb=1.3を満たすようにA層およびB層を形成した。
【0139】
ここで、被覆膜の形成は、基材上にまずA層を形成し、その後B層を形成して、A層およびB層を順次交互に形成した後、被覆膜の最表面にB層が設置されるように行なった。また、被覆膜の形成後は、装置10内のガスを排気した。また、被覆膜の全体の厚みは5.2μmであった。
【0140】
また、基材としては、実施例1と同様のものをそれぞれ用いて、それぞれの基材上に上記の被覆膜を形成し、表面被覆切削工具として、エンドミル、ドリルおよびフライス用スローアウェイチップをそれぞれ作製した。
【0141】
そして、これらの表面被覆切削工具について、実施例1と同様にして、切削試験を行ない、表面被覆切削工具の寿命の評価を行なった。
【0142】
(比較例3)
図4に示す回転テーブル11に基材1をセットするとともに、第1アーク蒸発源13としてTiAlCrターゲットを、第2アーク蒸発源14としてCrターゲットを、第3アーク蒸発源15としてTiターゲットをセットした。
【0143】
次に、装置10内を真空引きした後にアルゴンをガス導入口16から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材1を450℃まで加熱した。
【0144】
次いで、基材1にバイアス電圧を徐々に印加しながらバイアス電圧を−1000Vまで上げてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材1の表面のクリーニング処理を15分間行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置10からアルゴンを排気した。
【0145】
続いて、窒素をガス導入口16から装置10内に導入した後、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、第3アーク蒸発源15にアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上に0.3μmの厚みのTiNからなる中間層を形成した。
【0146】
そして、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、回転テーブル11を回転させ、第1アーク蒸発源13および第2アーク蒸発源14にそれぞれアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上にTiAlCrNからなるA層とCrNからなるB層とを交互に積層して被覆膜を形成した。
【0147】
ここで、被覆膜の形成開始直後は、基材に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の厚みの比がλa/λb=3.5を満たすようにA層およびB層を形成した。そして、被覆膜の形成の進行に伴って、第1アーク蒸発源13に流れるアーク電流については連続的に減少させるとともに、第2アーク蒸発源14に流れるアーク電流については連続的に増加させることによって、λa/λbの値を連続的に減少させながら、A層およびB層をそれぞれ1層ずつ交互に順次積層していった。そして、被覆膜の最表面に最も近い位置において互いに接するA層およびB層の形成時においては、λa/λb=0.9を満たすようにA層およびB層を形成した。
【0148】
ここで、被覆膜の形成は、基材上に形成した中間層上にまずA層を形成し、その後B層を形成して、A層およびB層を順次交互に形成した後、被覆膜の最表面にB層が設置されるように行なった。また、被覆膜の形成後は、装置10内のガスを排気した。また、被覆膜の全体の厚みは3.8μmであった。
【0149】
また、基材としては、実施例1と同様のものをそれぞれ用いて、それぞれの基材上に上記の被覆膜を形成し、表面被覆切削工具として、エンドミル、ドリルおよびフライス用スローアウェイチップをそれぞれ作製した。
【0150】
そして、これらの表面被覆切削工具について、実施例1と同様にして、切削試験を行ない、表面被覆切削工具の寿命の評価を行なった。
【0151】
(比較例4)
図4に示す回転テーブル11に基材1をセットするとともに、第1アーク蒸発源13としてTiAlターゲットをセットした。
【0152】
次に、装置10内を真空引きした後にアルゴンをガス導入口16から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材1を450℃まで加熱した。
【0153】
次いで、基材1にバイアス電圧を徐々に印加しながらバイアス電圧を−1000Vまで上げてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材1の表面のクリーニング処理を15分間行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置10からアルゴンを排気した。
【0154】
続いて、窒素をガス導入口16から装置10内に導入した後、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、第1アーク蒸発源13にアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上に4.0μmの厚みのTiAlNからなる被覆膜を形成した。
【0155】
ここで、基材としては、実施例1と同様のものをそれぞれ用いて、それぞれの基材上に上記の被覆膜を形成し、表面被覆切削工具として、エンドミル、ドリルおよびフライス用スローアウェイチップをそれぞれ作製した。
【0156】
そして、これらの表面被覆切削工具について、実施例1と同様にして、切削試験を行ない、表面被覆切削工具の寿命の評価を行なった。
【0157】
(比較例5)
図4に示す回転テーブル11に基材1をセットするとともに、第1アーク蒸発源13としてCrターゲットをセットした。
【0158】
次に、装置10内を真空引きした後にアルゴンをガス導入口16から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材1を450℃まで加熱した。
【0159】
次いで、基材1にバイアス電圧を徐々に印加しながらバイアス電圧を−1000Vまで上げてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材1の表面のクリーニング処理を15分間行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置10からアルゴンを排気した。
【0160】
続いて、窒素をガス導入口16から装置10内に導入した後、基材1に−50Vのバイアス電圧を印加した状態で、第1アーク蒸発源13にアーク電流を流してアーク放電によりイオン化させ、基材1上に4.0μmの厚みのCrNからなる被覆膜を形成した。
【0161】
ここで、基材としては、実施例1と同様のものをそれぞれ用いて、それぞれの基材上に上記の被覆膜を形成し、表面被覆切削工具として、エンドミル、ドリルおよびフライス用スローアウェイチップをそれぞれ作製した。
【0162】
そして、これらの表面被覆切削工具について、実施例1と同様にして、切削試験を行ない、表面被覆切削工具の寿命の評価を行なった。
【0163】
【表1】

【0164】
【表2】

【0165】
【表3】

【0166】
【表4】

【0167】
表1〜表4に示すように、実施例1〜実施例10の表面被覆切削工具は、比較例1〜比較例5の表面被覆切削工具と比べて、高速加工およびドライ加工である上記の(i)〜(iii)の切削試験においていずれも長寿命であることが確認された。この結果は、以下の(a)〜(e)の理由によるものと考えられる。
【0168】
(a)すなわち、実施例1〜実施例10の表面被覆切削工具においては、基材上の被覆膜を構成する周期律表のIVA族元素、VA族元素、VIA族元素、AlおよびSiからなる群から選択された少なくとも1種の元素の窒化物からなるA層およびCrの窒化物からなるB層の厚みがそれぞれ0.2nm以上30nm以下であり、A層の厚みをλaとし、B層の厚みをλbとしたときに、互いに接しているA層およびB層の厚みの比であるλa/λbの値が基材に最も近い位置においては1.5よりも大きく、基材側から被覆膜の最表面側に進むにしたがって連続的および/または段階的に減少していき、被覆膜の最表面に最も近い位置においては1未満となっている。
【0169】
(b)一方、比較例1の表面被覆切削工具においては、互いに接しているA層およびB層の厚みの比であるλa/λbの値が基材に最も近い位置において1.5以下となっているだけでなく、λa/λbの値が基材側から被覆膜の最表面側に進むにしたがって一定となっている。
【0170】
(c)また、比較例2の表面被覆切削工具においては、λa/λbの値が基材側から被覆膜の最表面側に進むにしたがって減少しているものの、被覆膜の最表面に最も近い位置において1以上となっている。
【0171】
(d)また、比較例3の表面被覆切削工具においては、被覆膜を構成するA層の厚みがそれぞれ30nmよりも厚い35nmで一定であり、B層にも厚みが30nmを超えた層が含まれている。
【0172】
(e)また、比較例4および比較例5の表面被覆切削工具においては、被覆膜がA層およびB層が交互に積層された層から構成されていない。
【0173】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0174】
本発明によれば、高速加工およびドライ加工でさらなる長寿命化を達成することができる表面被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0175】
【図1】本発明の表面被覆切削工具の一例の模式的な拡大断面図である。
【図2】本発明において被覆膜を構成するA層とB層の厚みの比(λa/λb)の値が、基材から被覆膜の最表面にかけて進むにしたがって連続的に減少する場合の一例を示す図である。
【図3】本発明において被覆膜を構成するA層とB層の厚みの比(λa/λb)の値が、基材から被覆膜の最表面にかけて進むにしたがって段階的に減少する場合の一例を示す図である。
【図4】本発明の実施例1〜実施例10および比較例1〜比較例5で用いられたカソードアークイオンプレーティング装置の概略を示す図である。
【符号の説明】
【0176】
1 基材、2 被覆膜、3 A層、4 B層、10 装置、11 回転テーブル、12 ヒータ、13 第1アーク蒸発源、14 第2アーク蒸発源、15 第3アーク蒸発源、16 ガス導入口。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と前記基材上に形成された被覆膜とを備え、
前記被覆膜は、周期律表のIVA族元素、VA族元素、VIA族元素、AlおよびSiからなる群から選択された少なくとも1種の元素の窒化物からなるA層と、Crの窒化物からなるB層と、が交互に積層されて構成されており、
前記A層および前記B層の厚みはそれぞれ0.2nm以上30nm以下であり、
前記A層の厚みをλaとし、前記B層の厚みをλbとしたときに、互いに接している前記A層および前記B層の厚みの比であるλa/λbの値が、前記基材に最も近い位置においては1.5よりも大きく、前記基材側から前記被覆膜の最表面側に進むにしたがって連続的および/または段階的に減少していき、前記被覆膜の最表面に最も近い位置においては1未満となる、表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記被覆膜の全体の厚みは、0.5μm以上10μm以下であることを特徴とする、請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記被覆膜は、物理蒸着法により形成されたことを特徴とする、請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記基材は、WC基超硬合金、サーメット、高速度鋼、セラミックス、立方晶型窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体、窒化硼素焼結体、または酸化アルミニウムと炭化チタンとからなる基材のいずれかであることを特徴とする、請求項1から3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記基材と前記被覆膜との間に中間層を有しており、
前記中間層は、Ti、Cr、Tiの窒化物またはCrの窒化物からなり、
前記中間層の厚みは、0.1μm以上1μm以下であることを特徴とする、請求項1から4のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項6】
前記被覆膜の最表面上に表面保護層を有しており、
前記表面保護層は、Ti、Al、CrおよびSiからなる群から選択された少なくとも1種を含む炭窒化物からなり、
前記表面保護層の厚みは、0.1μm以上2μm以下であることを特徴とする、請求項1から5のいずれかに記載の表面被覆切削工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−111815(P2007−111815A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−304540(P2005−304540)
【出願日】平成17年10月19日(2005.10.19)
【出願人】(503212652)住友電工ハードメタル株式会社 (390)
【Fターム(参考)】