説明

表面被覆切削工具

【課題】溶着性の高い被削材の高速重切削加工で硬質被覆層がすぐれた耐欠損性と耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】工具基体の表面に、(a)下部層として、(Al,Ti)N層、(b)中間層として、層厚方向にそって、Cr最高含有点とCr最低含有点の間でCrおよびAl含有量がそれぞれ連続的に変化する組成変化(Al,Cr)N層、(c)上部層として、組成式:(Al1−αCrα)Nβで表した場合、0.05≦α≦0.50(α値は原子比)を満足する平均組成を有し、かつ、上部層における窒素含有割合(β値。但し、原子比)が、中間層側から上部層表面に向かって減少する濃度分布構造を有し、しかも、上部層表面における窒素含有割合(β値)が、0≦β≦0.35を満足する組成傾斜(Al,Cr)N層、を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、軟鋼、ステンレス鋼などのように溶着性が高い被削材の切削加工を、高い発熱を伴い、かつ、切刃に対して高負荷が作用する高送り、高切り込みなど高速重切削条件で行った場合にも、硬質被覆層がすぐれた耐欠損性と耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、被覆工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工や平削り加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるスローアウエイチップ、前記被削材の穴あけ切削加工などに用いられるドリルやミニチュアドリル、さらに前記被削材の面削加工や溝加工、肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルなどがあり、また前記スローアウエイチップを着脱自在に取り付けて前記ソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うスローアウエイエンドミル工具などが知られている。
【0003】
従来、被覆工具の一つとして、例えば、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された基体(以下、工具基体という)の表面に、
(a)組成式:(Al1-XTi)N(ただし、原子比で、0.3≦X≦0.7)、
を満足するAlとTiの複合窒化物[以下、(Al,Ti)Nで示す]層からなる下部層、
(b)組成式:(Al1−YCr)N(ただし、原子比で、0.05≦Y≦0.50)、
を満足するAlとCrの複合窒化物[以下、(Al,Cr)Nで示す]層からなる上部層、
上記(a)、(b)からなる硬質被覆層を蒸着形成した被覆工具が知られており、そして、これを各種の鋼や鋳鉄などの連続切削や断続切削加工に用いた場合にすぐれた耐欠損性を発揮することも知られている。
【0004】
さらに、上記の被覆工具が、例えば図1に概略説明図で示される物理蒸着装置の1種であるアークイオンプレーティング装置に上記の工具基体を装入し、ヒータで装置内を、例えば500℃の温度に加熱した状態で、アノード電極と所定組成のAl−Ti合金がセットされたカソード電極(蒸発源)との間に、例えば電流:90Aの条件でアーク放電を発生させ、同時に装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して、例えば2Paの反応雰囲気とし、一方上記工具基体には、例えば−100Vのバイアス電圧を印加した条件で、前記工具基体の表面に、上記(Al,Ti)N層を下部層として蒸着形成した後、Al−Cr合金がセットされたカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間にアーク放電を発生させ、上記下部層の表面に、(Al,Cr)N層を上部層として蒸着形成することにより製造されることも知られている。
【特許文献1】特開2005−262388号公報
【特許文献2】特開2005−305576号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工装置のFA化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴って切削加工は一段と高速化する傾向にあるが、上記の従来被覆工具においては、これを各種鋼、鋳鉄などの通常の切削条件下での切削加工に用いた場合には問題はないが、特に、軟鋼、ステンレス鋼などのように溶着性が高い被削材の、高熱発生を伴い、かつ、切刃に対して高負荷が作用する高速重切削加工に用いた場合には、硬質被覆層の熱伝導性・熱放散性が不十分であるため、硬質被覆層は切削時に発生する高熱によって過熱され、かなりの温度上昇が避けられず、その結果、硬質被覆層が熱塑性変形をおこしたり、あるいは、偏摩耗を生じたりして、摩耗進行が促進され、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、特に軟鋼、ステンレス鋼等の溶着性が高い被削材の切削加工を、高い発熱を伴うとともに、切刃に対して高負荷が作用する高送り、高切込みなどの高速重切削条件で行った場合にも、硬質被覆層がすぐれた耐欠損性と耐摩耗性を発揮する被覆工具を開発すべく、上記の従来被覆工具に着目し研究を行った結果、以下の知見を得た。
【0007】
(a)硬質被覆層の下部層が(Al,Ti)N層、また、上部層が(Al,Cr)N層で構成されている上記従来被覆工具において、上記(Al,Cr)N層を中間層とし、さらに、該中間層を、Cr最高含有点とCr最低含有点とが所定間隔で存在し、かつ、CrおよびAl含有量がそれぞれ連続的に変化する(Al,Cr)N層(以下、組成変化(Al,Cr)N層という)とし、また、該中間層の表面へ、中間層側から上部層表面に向かい、層厚方向に沿って、該層の構成成分であるNの含有割合が減少する組成傾斜型の濃度分布構造を有する(Al,Cr)N層(以下、組成傾斜(Al,Cr)N層という)を形成すると、組成変化(Al,Cr)N層からなる中間層は、高強度を保持した上で、高温硬さと耐熱性も具備するようになり、また、組成傾斜(Al,Cr)N層は、すぐれた熱伝導性、熱放散性、潤滑性を有するようになり、その結果、軟鋼、ステンレス鋼などのように溶着性が高い被削材の、高熱発生を伴い、かつ、切刃部に高負荷がかかる高速重切削加工においても、硬質被覆層は全体としてすぐれた高温硬さ、高温強度、耐溶着性を有するようになる。したがって、この下部層、中間層および上部層からなる硬質被覆層を蒸着形成した被覆工具は、長期の使用に亘って、すぐれた耐欠損性およびすぐれた耐摩耗性を示すこと。
【0008】
(b)そして、硬質被覆層の上記各層は、例えば、次のようにして形成することができる。
例えば、図1(a)に概略平面図で、同(b)に概略正面図で示される構造のアークイオンプレーティング装置、すなわち装置中央部に基体装着用回転テーブルを設け、前記回転テーブルを挟んで、一方側に相対的にCr含有量の高いAl−Cr合金、他方側に相対的にCr含有量の低いAl−Cr合金をカソード電極(蒸発源)としてそれぞれ対向配置し、また、これらのカソード電極からほぼ90°離れた位置にAl−Ti合金からなるカソード電極(蒸発源)を配置したアークイオンプレーティング装置を用い、この装置の前記回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部に沿って複数の基体をリング状に装着し、この状態で装置内雰囲気を窒素雰囲気として前記回転テーブルを回転させると共に、蒸着形成される硬質被覆層の層厚均一化を図る目的で基体自体も自転させながら、まず、前記のAl−Ti合金からなるカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間にアーク放電を発生させて、前記基体の表面に(Al,Ti)N層からなる下部層を所定の平均層厚(0.5〜5μm)を形成する。
【0009】
つぎに、Al−Ti合金からなるカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間にアーク放電を停止した後、アークイオンプレーティング装置内雰囲気を窒素雰囲気としたまま、前記回転テーブルを回転させつつ基体自体も自転させながら、前記の相対的にCr含有量の高いAl−Cr合金からなるカソード電極(蒸発源)と、相対的にCr含有量の低いAl−Cr合金両側からなるカソード電極(蒸発源)の両カソード電極とアノード電極との間にアーク放電を発生させて、前記下部層を形成した基体の表面に(Al,Cr)N層を形成すると、回転テーブル上にリング状に配置された前記基体が上記の一方側の相対的にCr含有量の高いAl−Cr合金のカソード電極(蒸発源)に最も接近した時点で層中にCr最高含有点が形成され、一方、上記の他方側の相対的にCr含有量の低いAl−Cr合金のカソード電極に最も接近した時点で層中にCr最低含有点が形成され、上記回転テーブルの回転によって層中には層厚方向にそって前記Cr最高含有点とCr最低含有点が所定間隔をもって交互に繰り返し現れると共に、前記Cr最高含有点から前記Cr最低含有点、前記Cr最低含有点から前記Cr最高含有点へAlおよびCr含有量が連続的に変化する成分濃度分布構造をもった組成変化(Al,Cr)N層からなる中間層が形成されること。
【0010】
つぎに、上記組成変化(Al,Cr)N層からなる中間層を蒸着形成した後、Cr含有量の高いAl−Cr合金あるいはCr含有量の低いAl−Cr合金のいずれか一方のカソード電極とアノード電極との間のアーク放電を継続させたまま、装置内雰囲気の窒素含有割合を徐々に低減しながら蒸着することにより、0.3〜1μmの平均層厚を有し、層表面の窒素含有割合が少ない組成傾斜(Al,Cr)N層からなる上部層が形成されること。
【0011】
(c)そして、上記(Al,Ti)N層からなる下部層、組成変化(Al,Cr)N層からなる中間層、組成傾斜(Al,Cr)N層からなる上部層を蒸着形成した本発明の被覆工具においては、硬質被覆層の下部層は、すぐれた高温硬さと高温強度を備えるため耐欠損性にすぐれ、また、硬質被覆層の中間層は、高強度を保持した上で、高温硬さと耐熱性も具備するようになり、また、硬質被覆層の上部層は、すぐれた熱伝導性、熱放散性、潤滑性を有するようになり、その結果、硬質被覆層は全体として、すぐれた高温硬さ、高温強度、耐溶着性を有するようになる。
したがって、本発明の被覆工具は、軟鋼、ステンレス鋼などのように溶着性が高い被削材を、高熱発生を伴い、かつ、切刃に高負荷が作用する高送り、高切り込みなどの高速重切削条件で切削加工した場合であっても、すぐれた耐欠損性とすぐれた耐摩耗性を長期の使用に亘って発揮すること。
【0012】
この発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)下部層として、0.5〜5μmの平均層厚を有し、
組成式:(Al1−XTi)N
で表した場合、0.3≦X≦0.7(但し、X値は原子比)を満足する平均組成のAlとTiの複合窒化物層、
(b)中間層として、0.5〜5μmの平均層厚を有し、かつ、層厚方向にそって、Cr最高含有点とCr最低含有点とが所定間隔をおいて交互に繰り返し存在し、かつ前記Cr最高含有点から前記Cr最低含有点、前記Cr最低含有点から前記Cr最高含有点へCrおよびAl含有量がそれぞれ連続的に変化する成分濃度分布構造を有し、さらに、
上記Cr最高含有点が、組成式:(Al1−YCr)N(但し、Y値は原子比で、0.35≦Y≦0.50)、
上記Cr最低含有点が、組成式:(Al1−ZCr)N(但し、Z値は原子比で、0.05≦Z≦0.30)、
を満足し、かつ隣り合う上記Cr最高含有点とCr最低含有点の間隔が、0.03〜0.1μmであるAlとCrの複合窒化物層、
(c)上部層として、0.3〜1μmの平均層厚を有し、
組成式:(Al1−αCrα)Nβ
で表した場合、0.05≦α≦0.50(但し、α値は原子比)を満足するAlとCrの平均組成割合を有し、かつ、上部層における窒素含有割合(β値。但し、原子比)が、中間層側から上部層表面に向かって減少する濃度分布構造を有し、しかも、上部層表面における窒素含有割合(β値)が、0≦β≦0.35を満足する組成傾斜型のAlとCrの複合窒化物層、
上記(a)〜(c)で構成された硬質被覆層を備えた表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0013】
つぎに、この発明の被覆工具の各層について、詳細に説明する。
【0014】
(a)下部層
AlとTiの複合窒化物層((Al,Ti)N層)からなる硬質被覆層の下部層におけるAl成分には高温硬さ、耐熱性を向上させ、一方、同Ti成分には高温強度を向上させる作用があり、下部層ではAl成分の含有割合を多くして、高い高温硬さを具備せしめるが、下部層の平均組成を、
組成式:(Al1−XTi)N
で表した場合、Alとの合量に占めるTiの含有割合を示すX値が割合(原子比、以下同じ)で0.3未満では、相対的にAlの割合が多くなって、すぐれた高温硬さは得られるものの十分な高温強度を確保することができないため、耐欠損性が低下するようになり、一方、Tiの割合を示す同X値が同0.7を越えると、相対的にAlの割合が少なくなり過ぎて、高温硬さが急激に低下し、この結果、摩耗進行が急激に促進するようになることから、X値を0.3〜0.7と定めた。
また、その平均層厚が0.5μm未満では、自身のもつすぐれた高温硬さ、高温強度を硬質被覆層に長期に亘って付与できず、工具寿命短命の原因となり、一方、その平均層厚が5μmを越えると、欠損が発生し易くなることから、下部層の平均層厚を0.5〜5μmと定めた。
【0015】
(b)中間層
(b−1)Cr最高含有点の組成
中間層を構成する組成変化(Cr,Al)N層の構成成分であるAl成分には硬質被覆層における高温硬さを向上させ、同Cr成分には高温強度を向上させ、また、CrとAlの共存含有によって耐熱性を向上させる作用があるが、Cr最低含有点は高温硬さがすぐれている反面、高温強度が劣るものであるため、このCr最低含有点の高温強度不足を補う目的で、Cr含有割合が相対的に高く、これによって高い高温強度を有するようになるCr最高含有点を厚さ方向に交互に介在させるものである。そして、Crの含有割合(Y値)がAlとの合量に占める割合(原子比)で0.50を超えると、所望の高温硬さを維持することができなくなり、一方、その含有割合(Y値)が0.35未満では相対的にAlの割合が多くなりすぎて、Cr最高含有点に所望の高温強度を具備せしめることができなくなることから、Y値を0.35〜0.50と定めた。
【0016】
(b−2)Cr最低含有点の組成
中間層において、Cr最低含有点でのCrの割合(Z値)がAlとの合量に占める割合(原子比)で0.05未満になると、Crの割合が少なくなりすぎて急激に高温強度が低下し、切刃に欠損などが発生し易くなり、一方、その割合(Z値)が同じく0.30を超えると、Alの割合が低くなり過ぎて、所望のすぐれた高温硬さおよび耐熱性を確保することができず、耐摩耗性が低下することから、Z値を0.05〜0.30と定めた。
【0017】
(b−3)Cr最高含有点とCr最低含有点間の間隔
その間隔が、0.03μm未満ではそれぞれの点を上記の組成で明確に形成することが困難であり、この結果それぞれの層に所望の高温特性および高温強度を確保することができなくなり、またその間隔が0.1μmを超えるとそれぞれの点がもつ欠点、すなわちCr最高含有点であれば高温硬さ不足、Cr最低含有点であれば高温強度不足が層内に局部的に現れ、これが原因で欠損が発生したり、摩耗進行が促進されるようになることから、その間隔を0.03〜0.1μmと定めた。
【0018】
(b−4)平均層厚
その平均層厚が0.5μm未満では、所望の耐摩耗性を確保することができず、一方、その平均層厚が5μmを越えると、切刃に欠損が発生し易くなることから、その平均層厚を0.5〜5μmと定めた。
【0019】
(c)上部層
上部層を構成する組成傾斜(Al,Cr)N層は、中間層側から上部層表面に向かってN含有割合(β値、ε値)が減少する濃度分布構造を有している。そのため、中間層近傍の上部層は、中間層の平均組成に近い組成を有し、中間層と上部層は組成的に連続性をもった層として形成されることから、中間層と上部層という2層構造で形成されていたとしても、層間の接合強度が高く、かつ、すぐれた高温硬さ、高温強度、耐熱性を備えた上部層が形成される。一方、上部層の表面側へ向かうにしたがって、(Al,Cr)N層中のN含有割合が減少するため、上部層の表面には、熱伝導性、熱放散性にすぐれしかも表面平滑性のすぐれた層が形成され、被削材との潤滑性が改善される。
【0020】
(c−1)上部層の組成を、
組成式:(Al1−αCrα)Nβ
で表した場合、AlとCrの合量に占めるCrの含有割合(α値)は、中間層の場合と同様な理由から、0.05≦α≦0.50(但し、α値は原子比)と定めた。
また、上部層の表面において、AlとCrの合計量を1とした場合、これに対するN成分の含有割合(β値)が0.35を超えると、上部層表面における熱伝導性、熱放散性、表面平滑性の向上効果が少なく、その結果、被削材との潤滑性、耐摩耗性が十分でなくなることから、上部層の表面におけるN成分の、AlとCrの合計量に対する含有割合(β値)を0≦β≦0.35(但し、β値は原子比)と定めた。なお、ここで、βの値が0(ゼロ)とは、上部層表面が、AlとCrの複合窒化物ではなく、AlとCrの合金で形成されていることに他ならないが、この発明では、上部層表面がAlとCrの複合窒化物であるばかりでなく、Al−Cr合金で形成される場合をも含め、便宜上、組成傾斜(Al,Cr)N層という。
【0021】
(c−2)上記組成傾斜(Al,Cr)N層の平均層厚は、0.3μm未満であると、すぐれた熱伝導性、熱放散性、潤滑性という特性を十分発揮することができず、また、その平均層厚が1μmを超えると、被削材との間で溶着を生じやすくなることから、上部層の平均層厚は0.3〜1μmと定めた。
【0022】
(c−3)上記組成傾斜型の上部層は、例えば、中間層を蒸着形成する際に使用した相対的にCr含有量の高いAl−Cr合金あるいは相対的にCr含有量の低いAl−Cr合金のいずれか一方のカソード電極を用い、装置内雰囲気の窒素含有割合を徐々に低減させつつ、アークイオンプレーティングを行うことにより、中間層側から上部層表面に向かってN含有割合が減少する濃度分布構造を有する組成傾斜(Al,Cr)N層を形成することができるが、中間層を形成するのに使用したのと同じカソード電極を用いなければならないというものではなく、新たに別のカソード電極を用いて上部層を形成することも勿論可能である。
【発明の効果】
【0023】
この発明の被覆工具は、硬質被覆層の下部層を構成する(Al,Ti)N層が、すぐれた高温硬さ、耐熱性、高温強度を有し、中間層を構成する組成変化(Al,Cr)N層がすぐれた高温硬さ、高温強度、高温耐酸化性を具備し、また、上部層の組成傾斜(Al,Cr)N層が、すぐれた熱伝導性、熱放散性、表面平滑性を備えていることから、硬質被覆層は全体として、すぐれた高温硬さ、高温強度、耐熱性、高温耐酸化性、熱伝導性、熱放散性、潤滑性を備え、その結果、軟鋼、ステンレス鋼のような溶着性の高い被削材を、高い発熱を伴い、かつ、切刃に対して高負荷が作用する高速重切削条件下で切削加工した場合にも、硬質被覆層に熱塑性変形、偏摩耗、欠損が生じることなく、長期に亘ってすぐれた耐欠損性、耐摩耗性を発揮するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
つぎに、この発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例1】
【0025】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末、TiN粉末、TaN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した後、100MPa の圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空中、温度:1400℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.03のホーニング加工を施してISO規格・CNMG120408のチップ形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A−1〜A−10を形成した。
【0026】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比で、TiC/TiN=50/50)粉末、MoC粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を2kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.03のホーニング加工を施してISO規格・CNMG120408のチップ形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体B−1〜B−6を形成した。
【0027】
(a)ついで、上記の工具基体A−1〜A−10およびB−1〜B−6のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1に示されるアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部にそって装着し、また、カソード電極(蒸発源)として、所定組成のAl−Ti合金、相対的にCr含有量が高いCr最高含有点形成用Al−Cr合金および相対的にCr含有量が低いCr最低含有点形成用Al−Cr合金を配置し、
(b)まず、装置内を排気して0.1Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつAl−Ti合金からなるカソード電極とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって工具基体表面をボンバード洗浄し、
(c)次に、装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して4Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−100Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、上記Al−Ti合金からなるカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させ、前記工具基体の表面に、表3、表4に示される目標平均組成、目標平均層厚の(Al,Ti)N層からなる下部層を蒸着形成し、
(d)次に、同じく4Paの窒素ガス雰囲気中で、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−100Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、上記Cr最高含有点形成用Al−Cr合金およびCr最低含有点形成用Al−Cr合金からなる両カソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させ、前記下部層の表面に、同じく表3、表4に示される目標組成、目標間隔および目標平均層厚の組成変化(Al,Cr)N層からなる中間層を蒸着形成し、
(e)次に、前記Cr最高含有点形成用Al−Cr合金およびCr最低含有点形成用Al−Cr合金のいずれか一方のカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間のアーク放電を継続させつつ、同時に、装置内雰囲気を窒素ガス雰囲気からアルゴンガス雰囲気へと徐々に切り替え、最終的には0.5Paの窒素−アルゴン混合ガス雰囲気中あるいはアルゴンガス雰囲気中で、上記Al−Cr合金からなるカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させて、表3、表4に示される目標組成、目標表面N量、目標平均層厚の組成傾斜(Al,Cr)N層からなる上部層を蒸着形成し、
本発明被覆工具としての本発明表面被覆スローアウエイチップ(以下、本発明被覆チップと云う)1〜16をそれぞれ製造した。
【比較例1】
【0028】
比較の目的で、
(a)上記工具基体A−1〜A−10およびB−1〜B−6を、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図1に示されるアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部にそって装着し、また、カソード電極(蒸発源)として、所定組成のAl−Ti合金およびAl−Cr合金を配置し、
(b)まず、装置内を排気して0.1Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつAl−Ti合金からなるカソード電極とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もって工具基体表面をボンバード洗浄し、
(c)次に、装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して4Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−100Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、上記Al−Ti合金からなるカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させ、前記工具基体の表面に、表5、表6に示される目標平均組成、目標平均層厚の(Al,Ti)N層からなる下部層を蒸着形成し、
(d)次に、同じく4Paの窒素ガス雰囲気中で、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−100Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、上記Al−Cr合金からなるカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させ、前記下部層の表面に、同じく表5、表6に示される目標平均組成、目標平均層厚のほぼ均一組成の(Al,Cr)N層からなる上部層(本発明でいう中間層に相当)を蒸着形成することにより、
比較被覆工具としての比較表面被覆スローアウエイチップ(以下、比較被覆チップと云う)1〜16をそれぞれ製造した。
【0029】
つぎに、上記の各種の被覆チップを、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆チップ1〜16および比較被覆チップ1〜16について、
被削材:JIS・S10Cの丸棒、
切削速度: 240 m/min.、
切り込み: 2.4 mm、
送り: 0.3 mm/rev.、
切削時間: 10 分、
の条件(切削条件A)での軟鋼の乾式高速連続高送り切削加工試験(通常の切削速度、切込みは、それぞれ、150m/min.、1.5mm)、
被削材:JIS・SUS304の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 280 m/min.、
切り込み: 1.5 mm、
送り: 0.45 mm/rev.、
切削時間: 5 分、
の条件(切削条件B)でのステンレス鋼の乾式高速断続高送り切削加工試験(通常の切削速度、送りは、それぞれ、180m/min.、0.3mm/rev.)、
被削材:JIS・S55Cの丸棒、
切削速度: 280 m/min.、
切り込み: 2.5 mm、
送り: 0.25 mm/rev.、
切削時間: 10 分、
の条件(切削条件C)での炭素鋼の乾式高速連続高切込み切削加工試験(通常の切削速度、切込みは、それぞれ、180m/min.、1.5 mm)、
を行い、いずれの切削加工試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。この測定結果を表7に示した。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
【表3】

【0033】
【表4】

【0034】
【表5】

【0035】
【表6】

【0036】
【表7】

【実施例2】
【0037】
原料粉末として、平均粒径:5.5μmを有する中粗粒WC粉末、同0.8μmの微粒WC粉末、同1.3μmのTaC粉末、同1.2μmのNbC粉末、同1.2μmのZrC粉末、同2.3μmのCr粉末、同1.5μmのVC粉末、同1.0μmの(Ti,W)C[質量比で、TiC/WC=50/50]粉末、および同1.8μmのCo粉末を用意し、これら原料粉末をそれぞれ表8に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、100MPaの圧力で所定形状の各種の圧粉体にプレス成形し、これらの圧粉体を、6Paの真空雰囲気中、7℃/分の昇温速度で1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に昇温し、この温度に1時間保持後、炉冷の条件で焼結して、直径が8mm、13mm、および26mmの3種の工具基体形成用丸棒焼結体を形成し、さらに前記の3種の丸棒焼結体から、研削加工にて、表8に示される組合せで、切刃部の直径×長さがそれぞれ6mm×13mm、10mm×22mm、および20mm×45mmの寸法、並びにいずれもねじれ角30度の4枚刃スクエア形状をもったWC基超硬合金製の工具基体(エンドミル)C−1〜C−8をそれぞれ製造した。
【0038】
ついで、これらの工具基体(エンドミル)C−1〜C−8の表面をアセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、同じく図1に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、上記実施例1と同一の条件で、表9に示される目標平均組成および目標平均層厚の(Al,Ti)N層を下部層として、同じく表9に示される目標組成、目標間隔および目標平均層厚の組成変化(Al,Cr)N層を中間層として、同じく表9に示される目標組成、目標表面N量および目標平均層厚の組成傾斜(Al,Cr)N層を上部層として蒸着形成することにより、
本発明被覆工具としての本発明表面被覆超硬製エンドミル(以下、本発明被覆エンドミルと云う)1〜8をそれぞれ製造した。
【比較例2】
【0039】
比較の目的で、上記の工具基体(エンドミル)C−1〜C−8の表面をアセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、同じく図1に示される一つのカソード電極(蒸発源)を備えたアークイオンプレーティング装置に装入し、上記比較例1と同一の条件で、表10に示される目標平均組成および目標平均層厚の(Al,Ti)N層からなる下部層、ほぼ均一組成の(Al,Cr)N層からなる上部層(本発明でいう中間層に相当)を蒸着することにより、
比較被覆工具としての比較表面被覆超硬製エンドミル(以下、比較被覆エンドミルと云う)1〜8をそれぞれ製造した。
【0040】
つぎに、上記本発明被覆エンドミル1〜8および比較被覆エンドミル1〜8のうち、
本発明被覆エンドミル1〜3および比較被覆エンドミル1〜3については、
被削材−平面寸法:100mm×250mm、厚さ:50mmのJIS・SUS304の板材、
切削速度: 80 m/min.、
溝深さ(切り込み): 3 mm、
テーブル送り: 200 mm/分、
の条件でのステンレス鋼の湿式高速高送り溝切削加工試験(通常の切削速度および切り込みは、それぞれ、50m/min.、130mm/分)、
本発明被覆エンドミル4〜6および比較被覆エンドミル4〜6については、
被削材−平面寸法:100mm×250mm、厚さ:50mmのJIS・S55Cの板材、
切削速度: 160 m/min.、
溝深さ(切り込み): 8 mm、
テーブル送り: 480 mm/分、
の条件での炭素鋼の乾式高速高切込み溝切削加工試験(通常の切削速度および切り込みは、それぞれ、100m/min.、5mm)、
本発明被覆エンドミル7、8および比較被覆エンドミル7、8については、
被削材−平面寸法:100mm×250mm、厚さ:50mmのJIS・S10Cの板材、
切削速度: 150 m/min.、
溝深さ(切り込み): 15 mm、
テーブル送り: 250 mm/分、
の条件での軟鋼の乾式高速高送り溝切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、100m/min.、10mm/分)、
をそれぞれ行い、いずれの高速溝切削加工試験でも切刃部の外周刃の逃げ面摩耗幅が使用寿命の目安とされる0.1mmに至るまでの切削溝長を測定した。この測定結果を表9、10にそれぞれ示した。
【0041】
【表8】

【0042】
【表9】

【0043】
【表10】

【実施例3】
【0044】
上記の実施例2で製造した直径が8mm(工具基体C−1〜C−3形成用)、13mm(工具基体C−4〜C−6形成用)、および26mm(工具基体C−7、C−8形成用)の3種の丸棒焼結体を用い、この3種の丸棒焼結体から、研削加工にて、溝形成部の直径×長さがそれぞれ4mm×13mm(工具基体D−1〜D−3)、8mm×22mm(工具基体D−4〜D−6)、および16mm×45mm(工具基体D−7、D−8)の寸法、並びにいずれもねじれ角30度の2枚刃形状をもったWC基超硬合金製の工具基体(ドリル)D−1〜D−8をそれぞれ製造した。
【0045】
ついで、これらの工具基体(ドリル)D−1〜D−8の切刃に、ホーニングを施し、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、同じく図1に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、上記実施例1と同一の条件で、表11に示される目標平均組成および目標平均層厚の(Al,Ti)N層を下部層として、同じく表11に示される目標組成、目標間隔および目標平均層厚の組成変化(Al,Cr)N層を中間層として、同じく表11に示される目標組成、目標表面N量および目標平均層厚の組成傾斜(Al,Cr)N層を上部層として蒸着形成することにより、
本発明被覆工具としての本発明表面被覆超硬製ドリル(以下、本発明被覆ドリルと云う)1〜8をそれぞれ製造した。
【比較例3】
【0046】
比較の目的で、上記の工具基体(ドリル)D−1〜D−8の表面に、ホーニングを施し、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、同じく図1に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、上記比較例1と同一の条件で、表12に示される目標平均組成および目標平均層厚の(Al,Ti)N層を下部層として、同じく表12に示される目標平均組成および目標平均層厚のほぼ均一組成の(Al,Cr)N層からなる上部層(本発明でいう中間層に相当)を蒸着形成することにより、
比較被覆工具としての比較表面被覆超硬製ドリル(以下、比較被覆ドリルと云う)1〜8をそれぞれ製造した。
【0047】
つぎに、上記本発明被覆ドリル1〜8および比較被覆ドリル1〜8のうち、本発明被覆ドリル1〜3および比較被覆ドリル1〜3については、
被削材−平面寸法:100mm×250mm、厚さ:50mmのJIS・S55Cの板材、
切削速度: 130 m/min.、
送り: 0.25 mm/rev、
穴深さ: 8 mm、
の条件での炭素鋼の湿式高速高送り穴あけ切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、80m/min.、0.15mm)、
本発明被覆ドリル4〜6および比較被覆ドリル4〜6については、
被削材−平面寸法:100mm×250mm、厚さ:50mmのJIS・S10Cの板材、
切削速度: 120 m/min.、
送り: 0.38 mm/rev、
穴深さ: 15 mm、
の条件での軟鋼の湿式高速高送り穴あけ切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、80m/min.、0.25mm)、
本発明被覆ドリル7、8および比較被覆ドリル7、8については、
被削材−平面寸法:100mm×250mm、厚さ:50mmのJIS・SUS304の板材、
切削速度: 120 m/min.、
送り: 0.32 mm/rev、
穴深さ: 28 mm、
の条件でのステンレス鋼の湿式高速高送り穴あけ切削加工試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、80m/min.、0.20mm)、
をそれぞれ行い、いずれの湿式高速穴あけ切削加工試験(水溶性切削油使用)でも先端切刃面の逃げ面摩耗幅が0.3mmに至るまでの穴あけ加工数を測定した。この測定結果を表11、12にそれぞれ示した。
【0048】
【表11】

【0049】
【表12】

【0050】
この結果得られた本発明被覆工具としての本発明被覆チップ1〜16、本発明被覆エンドミル1〜8および本発明被覆ドリル1〜8の硬質被覆層の下部層を構成する(Al,Ti)N層、中間層を構成する組成変化(Al,Cr)N層の組成、並びに、比較被覆工具としての比較被覆チップ1〜16、比較被覆エンドミル1〜8および比較被覆ドリル1〜8の下部層を構成する(Al,Ti)N層、上部層(本発明の中間層に相当)を構成するほぼ均一組成の(Al,Cr)N層の組成を、透過型電子顕微鏡を用いてのエネルギー分散X線分析法により測定したところ、それぞれの目標組成と実質的に同じ組成を示した。
また、上記本発明被覆工具の上部層を構成する組成傾斜(Al,Cr)N層の表面の組成を、同じく透過型電子顕微鏡を用いてのエネルギー分散X線分析法により測定したところ、表面N量は、目標β値と実質的に同じ値を示した。
【0051】
また、上記本発明被覆工具および比較被覆工具の硬質被覆層を構成する前記各層の平均層厚および本発明被覆工具の中間層のCr最高含有点とCr最低含有点の間隔を、走査型電子顕微鏡を用いて断面測定したところ、いずれも目標層厚、目標間隔と実質的に同じ平均値(5ヶ所の平均値)を示した。
【0052】
表7、表9〜12に示される結果から、本発明被覆工具は、軟鋼やステンレス鋼のような溶着性の高い被削材を、高い発熱を伴い、かつ、切刃に対して高負荷が作用する高速重切削条件で切削加工した場合でも、所定組成の(Al,Ti)N層からなる下部層が、すぐれた高温硬さ、耐熱性および高温強度を有し、組成変化(Al,Cr)N層からなる中間層が、高強度を保持した上で、高温硬さと耐熱性も有し、かつ、組成傾斜(Al,Cr)N層からなる上部層が、特にすぐれた熱伝導性、熱放散性を発揮し、硬質被覆層が過熱されることを防止し、偏摩耗、熱塑性変形の発生を抑え、さらに、すぐれた潤滑性を発揮することによって、欠損の発生もなく、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するのに対して、硬質被覆層が(Al,Ti)N層からなる下部層、ほぼ均一組成の(Al,Cr)N層からなる上部層(本発明の中間層に相当)で構成された比較被覆工具においては、特に、ほぼ均一組成の(Al,Cr)N層の高温硬さ、高温強度のいずれかが不十分であり、さらに硬質被覆層が、熱伝導性、熱放散性、潤滑性を備えていないために、高速重切削時に発生する高熱によって熱塑性変形、偏摩耗等を生じ、また、被削材と切刃部との溶着等を原因とする欠損が発生し、その結果、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【0053】
上述のように、この発明の被覆工具は、一般鋼や普通鋳鉄など通常条件での切削加工は勿論のこと、軟鋼、ステンレス鋼などのように溶着性が高い被削材の切削加工を、高い発熱を伴い、かつ、切刃に対して高負荷が作用する高送り、高切り込みなど高速重切削条件で行った場合においても、長期に亘ってすぐれた切削性能を示すものであるから、切削加工装置のFA化、並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】硬質被覆層を形成するのに用いたアークイオンプレーティング装置の概略平面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)下部層として、0.5〜5μmの平均層厚を有し、
組成式:(Al1−XTi)N
で表した場合、0.3≦X≦0.7(但し、X値は原子比)を満足する平均組成のAlとTiの複合窒化物層、
(b)中間層として、0.5〜5μmの平均層厚を有し、かつ、層厚方向にそって、Cr最高含有点とCr最低含有点とが所定間隔をおいて交互に繰り返し存在し、かつ前記Cr最高含有点から前記Cr最低含有点、前記Cr最低含有点から前記Cr最高含有点へCrおよびAl含有量がそれぞれ連続的に変化する成分濃度分布構造を有し、さらに、
上記Cr最高含有点が、組成式:(Al1−YCr)N(但し、Y値は原子比で、0.35≦Y≦0.50)、
上記Cr最低含有点が、組成式:(Al1−ZCr)N(但し、Z値は原子比で、0.05≦Z≦0.30)、
を満足し、かつ隣り合う上記Cr最高含有点とCr最低含有点の間隔が、0.03〜0.1μmであるAlとCrの複合窒化物層、
(c)上部層として、0.3〜1μmの平均層厚を有し、
組成式:(Al1−αCrα)Nβ
で表した場合、0.05≦α≦0.50(但し、α値は原子比)を満足するAlとCrの平均組成割合を有し、かつ、上部層における窒素含有割合(β値。但し、原子比)が、中間層側から上部層表面に向かって減少する濃度分布構造を有し、しかも、上部層表面における窒素含有割合(β値)が、0≦β≦0.35を満足する組成傾斜型のAlとCrの複合窒化物層、
上記(a)〜(c)で構成された硬質被覆層を備えた表面被覆切削工具。

【図1】
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【公開番号】特開2009−125831(P2009−125831A)
【公開日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−301195(P2007−301195)
【出願日】平成19年11月21日(2007.11.21)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】