説明

被覆工具

【課題】X線回折による最強回折強度を制御して、皮膜の密着特性を犠牲にすることなく、硼化物皮膜の高硬度化への性能改善をすることである。
【解決手段】基体表面にAl、Si、Cr、W、Ti、Nb、Zrから選択される1種以上の金属元素からなる硼化物皮膜を被覆した被覆工具において、該硼化物皮膜は六方晶の結晶構造を有し、X線回折において最強回折強度を(001)面に有し、残留圧縮応力が0.1GPa以上であること、を特徴とする被覆工具である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、皮膜の密着特性を犠牲にすることなく、硼化物皮膜の高硬度化への性能改善に関する。
【背景技術】
【0002】
硼化物皮膜に関する技術は、特許文献1、2、非特許文献3に開示されている。
【0003】
【特許文献1】特開2006−26833号公報
【特許文献2】特開2002−263913号公報
【非特許文献3】N.Panich, Y.Sun, Thin Solid Films,500(2006)190−196
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願発明の目的は、X線回折による最強回折強度を制御して、皮膜の密着特性を犠牲にすることなく、硼化物皮膜の高硬度化への性能改善をすることである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願発明は、基体表面にAl、Si、Cr、W、Ti、Nb、Zrから選択される1種以上の金属元素からなる硼化物皮膜を被覆した被覆工具において、該硼化物皮膜は六方晶の結晶構造を有し、X線回折において最強回折強度を(001)面に有し、残留圧縮応力が0.1GPa以上であること、を特徴とする被覆工具である。上記の構成を採用して、X線回折による最強回折強度を制御することによって、皮膜の密着特性を犠牲にすることなく、硼化物皮膜の高硬度化への性能改善をすることができた。
【0006】
本願発明の被覆工具において、硼化物皮膜のX線回折における(001)面の回折強度をI(001)、(111)の回折強度をI(111)とし、I(001)/I(111)をIa値としたとき、7≦Ia≦25であること、また、(101)の回折強度をI(101)とし、I(101)/I(111)をIb値としたとき、0.1≦Ib≦1であることが好ましい。更に、硼化物皮膜のX線回折における(001)面の半価幅Hw値が、0.6≦Hw≦1.1であること、I(001)>I(111)>I(101)であることが好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本願発明の硼化物皮膜を被覆した被覆工具は、X線回折による最強回折強度を制御して、皮膜の密着特性を犠牲にすることなく、硼化物皮膜の高硬度化への性能改善をすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本願発明は、工具基体に被覆する硼化物皮膜の結晶配向性から、X線回折による最強回折強度を制御することにより、皮膜の密着特性を犠牲にすることなく、安定して高い残留圧縮応力を有する硼化物皮膜を被覆することである。その結果、工具の耐摩耗性を飛躍的に改善した。本願発明は、Al、Si、Cr、W、Ti、Nb、Zrから選択される1種以上の金属元素からなる硼化物皮膜であり、六方晶の結晶構造を有する。これらの金属元素は硼化物皮膜を高硬度化させるのに有効な元素であり、特に、Si、W、Tiは皮膜の高硬度化に有効である。Ti硼化物が最も高硬度であるが、耐酸化性に乏しい傾向にあるため、(Ti、Al)B2、(Ti、Cr)B2等、複合添加することが有効である。硼化物皮膜は複合硼化物であることが有効な形態である。そのほか、硼化物皮膜は、潤滑特性にも優れることから、被覆工具の耐摩耗性を改善できる。Ti、Zrの硼化物皮膜は、切削温度に相当する800から1000℃程度の高温域において、従来の窒化物皮膜や炭化物皮膜に比べて高い熱伝導性を有することから、切削時の発熱を面内方向に逃がして溶着や刃先変形等の回避にも有効である。Al、Nb、Cr、Zrは耐酸化性の改善し、Wは潤滑性の改善に有効である。Al、Wは、例えば超硬合金を基材とした場合、基材からのCo拡散の防止に有効である。また、六方晶の結晶構造を有する硼化物皮膜の最強回折強度を(001)面に制御することによって、高硬度化を図ることができる。X線回折において、最強回折強度を(001)面に制御することにより、皮膜が高硬度化する理由は、次のように考えられる。一般的に六方晶の結晶構造は、金属原子で構成される三角柱の中心に硼素原子が位置し、これら金属原子が形成する層と硼素原子が形成する層が交互に積み重なった結晶構造であり、これらの層間の結合力が比較的弱い。そこで本願発明では、硼化物皮膜が層方向に優先的に成長するように制御することにより、硼化物皮膜の著しい高硬度化を達成したものと考えられる。最強回折強度を(001)面に制御することは、(001)面と皮膜硬さの測定圧子の進入方向とを略垂直になるように制御することであり、これによって(001)面の特性である硬さを効果的に活用することができる。一方、六方晶のすべり面である(001)面が測定圧子の進入する方向と略45度傾いていると、最強回折強度は(001)面とはならず、最大せん断応力をうけ、高硬度化を図ることは困難である。本願発明における各指数付けは、JCPDSカードにより決定した。(111)面と(102)面の面間隔は夫々、0.13717nm、0.13751nmと極めて近い値であり、分離することが困難であるため、本願発明では理論強度がやや高い(111)面とした。
本願発明では、例えば、物理蒸着(以下、PVDと記す。)法により、硼化物皮膜の結晶配向性を制御し、X線回折による最強回折強度を与える面も制御することができる。本願発明の硼化物皮膜の硬さは45〜75GPaを達成することが可能である。硼化物皮膜の硬Xが45GPa未満の場合、耐摩耗性が低下する傾向にある。75GPaを超えると残留圧縮応力が高くなり過ぎて密着強度が低下し、皮膜が剥離しやすくなる。その結果、工具の摩耗が増加する傾向にある。特に硬さが65〜73GPaのとき、残留圧縮応力と皮膜硬さのバランスが最適であり、密着強度に優れ、同時に耐摩耗性にも優れる。ここで、硬さ測定は、ナノインデンテーション法で測定することができる。本願発明の残留圧縮応力が0.1GPa以上である。この理由は、結晶配向性を制御し、皮膜の密着特性を犠牲にすることなく皮膜の高硬度化をはかるためである。
【0009】
本願発明のIa値F、7≦Ia≦25、であることが好ましい。その理由は、Ia値が7〜25である場合、残留圧縮応力が高くなり、耐摩耗性に優れる。Ia値が7未満の場合は、硼化物皮膜の硬さが十分ではなく、25を超える場合は残留圧縮応力が高くなり過ぎてしまい、密着強度に乏しく剥離が生じ易い傾向にある。Ib値が0.1≦Ib≦1、であることが好ましい。その理由は、Ib値が0.1未満の場合は皮膜内に残留する圧縮応力が高く密着性が低下する傾向にあり、1を超える場合は、結晶性が低下し、皮膜の硬さが低下する傾向にある。Hw値が、0.6≦Hw≦1.1、であることが好ましい。本願発明の硼化物皮膜は、I(001)>I(111)>I(101)であることによって硼化物皮膜の高硬度化に有効であり、好ましい。
【0010】
本願発明は、単一層でも優れた耐摩耗性と潤滑特性を有する。硼化物皮膜と窒化物、炭化物を2層以上交互に積層することにより、耐酸化性を改善する他、硼化物皮膜の特性を効果的に発揮することができるため、好ましい。交互に積層する場合は、数nmの厚さで交互に積層しても良い。窒化物皮膜を硼化物皮膜と基材との界面に被覆することにより、基材との密着強度を向上させることができ好ましい。炭化物皮膜の場合は、特に潤滑性改善に有効であることから好ましい。本願発明の硼化物皮膜の表面に存在するマクロパーティクルの面積率が5%以下であることによって、工具の耐凝着性を低下させ、好ましい。PVD法の中でもスパッタリング法により、マクロパーティクルの存在比率を1%以下とすることができる。被覆処理後、皮膜表面に付着したマクロパーティクルを機械的に除去することにより、マクロパーティクルの面積率を低下させることができる。ここでいうマクロパーティクルは、皮膜表面に対して凸形状を有する付着粒子であり、その核は金属成分が主体である。マクロパーティクルの面積率は、走査型電子顕微鏡により倍率3k倍で撮影し、凸形状のマクロパーティクルの面積を画像解析処理により定量することができる。本願発明の硼化物皮膜は、Ar、Krを5原子%未満含有することが好ましい。Ar、Krを含有させることにより、被覆時のボンバードメント効果が向上し、皮膜の硬さ向上及び皮膜表面がより平滑になり、工具の耐摩耗性、耐凝着性を改善することができる。Ar、Krが結晶粒界に介在することにより、皮膜の硬さを低下させることなく、残留圧縮応力が緩和される傾向にありことから、チッピングが減少する。Ar、Krの含有量が5%を超えて多く含むと、皮膜硬さが大幅に低下し、耐摩耗性が低下する。更に高温環境下で皮膜外へ抜け出し、酸素の拡散を助長し、耐酸化性が低下する。特にAr、Kr含有量は0.01〜0.8%が好ましい。Ar、Krの存在、及び定量は、電子プローブマイクロアナライザー分析、オージェ電子分光分析により分析することができる。
【0011】
本願発明の硼化物皮膜被覆した工具は、長寿命化がはかれる。工具基材は、超硬合金、サーメット、高速度鋼、立方晶窒化硼素焼結体、ダイス鋼等が好ましい。工具としては、例えばエンドミル、ドリル、リーマ、タップ、ブローチ、ホブ、カッター、小径ドリル、ルーター、インサート等の切削工具、金型、パンチ等が挙げられる。本願発明は、基材との密着強度に特に優れ、工具の寿命延長に効果が有る。超硬合金は、Co含有量3〜12重量%未満からなる。3%未満では、突発的なチッピングや切れ刃の欠損が生じる場合がある。一方、12%を超えると、被覆効果が薄れ好ましくない。以下、本願発明を実施例に基づいて説明する。
【実施例】
【0012】
(実施例1)
本願発明は、工具基材にバイアス電圧を印加するPVD法を採用し、成膜時のイオン化率を高めながら、皮膜の結晶配向性を制御することにより、安定して高硬度な硼化物皮膜を被覆することができる。この点でスパッタリング法による被覆方法が好ましいが、アーク放電式イオンプレーティング(以下、AIPと記す。)法を併用して積層被覆することができる。スパッタリング法では、直流電源を使用して、安定した特性を有する硼化物皮膜を被覆することが出来る。スパッタ電源、バイアス電源には、直流電源、高周波電源、パルス電源から選択し、組み合わせて使用することができる。またイオン化を促進するために電極を基材近傍に配置することにより、各元素のイオン化が更に促進され、皮膜の結晶性を制御することができ好ましい。特に、成膜は、真空容器内に独立したアノードを設け、被覆することが好ましい。通常の成膜装置は、真空容器壁をアノードとしている。本願は特別に蒸発源と対向する位置に独立したアノードを設けて電子の移動距離を長くした。その結果、プラズマの活性度が高まり、硼化物皮膜の結晶性が向上し、皮膜がより高硬度化することができた。本願発明の硼化物皮膜を被覆した成膜装置を図1、2に示す。成膜装置はスパッタリング蒸発源3、4、5の3基を搭載した製膜装置であり、スパッタリング蒸発源4とアノード7には、電源6が接続され、夫々対向した位置に設置されている。また、図中には示していないが蒸発源3、5も同様に夫々別の電源に接続されている。真空容器1は、ターボ分子ポンプ、ロータリーポンプにより排気され、Arはガス供給ポート10より導入される。蒸発源4に、硼化物ターゲットを装填した。バイアス電源8は基材2に接続され、独立して基材に負のバイアス電圧を印加する。基材2は、毎分1回転し、基材2には固定冶具とサンプルホルダーが設置され、自公転する。基材2と蒸発源3、4、5に設置したターゲット表面との距離は50mmとした。皮膜の特性評価用試料は、鏡面加工を施したCo含有量10重量%の超微粒子超硬合金製SNMN432形状の試験片を準備した。また、工具試料は、Co含有量8重量%の超微粒子超硬合金製の4枚刃スクエアエンドミル、2枚刃ボールエンドミルとし、夫々脱脂洗浄を十分に実施して真空容器に設置した。被覆条件は、ヒーター加熱で基材温度を500℃、排気9を行い容器内圧力が4×10−3Paに達した後、Arガスを真空容器内に導入し、基材2に−400Vのバイアス電圧を印加してイオンによる基材のクリーニングを30分間実施した。次に、蒸発源4がカソード、電極7がアノードとなるよう電源6から電力を供給し、放電を開始した。カソード電力は4kWに設定した。同時に基材2にバイアス電圧を印加して硼化物皮膜を略2μm被覆した。本願発明の硼化物皮膜の各種特性を評価するために、硼化物ターゲット組成、バイアス電圧、成膜温度、Ar流量、アノード設置有無、を夫々変更した。冷却後、試料取り出して各種評価を実施した。表1に成膜パラメータを示す。
【0013】
【表1】

【0014】
皮膜硬さの測定には、エリオニクス製のナノインデンテーション装置を用いた。試験片を5度傾けて、鏡面研磨後、皮膜の研磨面内で最大押し込み深さが膜厚の略1/10未満となる領域を選定した。このとき略1/5でも基材の影響はなかった。押込み荷重49mN、最大荷重保持時間1秒、荷重負荷後の除去速度0.49mN/秒の測定条件で10点測定し、その平均値を求めた。本測定方法における皮膜硬さは、圧子の微細形状、測定時の温度、湿度、試料の表面状態に左右され易く、得られる数値は必ずしもビッカース硬さと一致しない。そこで、単結晶Siを同時に測定した。そのときの単結晶Siの皮膜硬さが15GPaであった。そこで測定結果をもとに相対比較することが出来る。次に、硼化物皮膜の摩擦摩耗特性を測定した。評価条件は、ボールオンディスク型の摩耗試験機を用い、荷重5N、回転半径3mm、回転速度を3cm/秒、ディスクを被覆基材、ボールを直径6mmのSUJ2とし、摩擦係数測定、また鉄の付着状態、皮膜の摩擦を測定した。更に、硼化物皮膜の密着性を評価した。被覆表面からロックウェルCスケールで圧痕つけ、圧痕周辺部の剥離状態を光学顕微鏡で観察した。剥離が観察できなかったものをA、圧痕周辺全体に剥離が観察されたものをCとし、その中間の剥離状態をBとした。これらの評価結果を表1に併記した。硼化物皮膜のX線回折による評価を行った。リガク社製X線回折装置を用い、管電圧120kV、管電流40μm、X線源Cukα、X線入射角5度、X線入射スリット0.4mm、2θを20〜90度とした。結晶構造を決定し、(001)、(101)、(002)の回折強度の和を基準とした時の回折強度比率、Ia値、Ib値、Hw値を夫々測定した。結果を表2に示す。硼化物皮膜の残留応力の測定は、X線回折の並傾法を用いて行った。測定結果、本発明例は何れの皮膜も残留圧縮応力が0.1GPa以上であった。
【0015】
【表2】

【0016】
表1、2より、最強回折強度を(001)面に有する本発明例は、硬さが47〜75GPaと高硬度を示した。一般的にチタン硼化物は(101)に最大強度を示し、30〜40GPa程度の硬さである。図3に本発明例1のX線回折結果を示すが、最強回折強度を(001)面に有していた。本発明例1は、スパッタリング蒸発源及びガスから放出した電子が対面に設置されたアノードに捕獲され、プラズマがより活性化された結果、比較例2に比べて、(001)面に強く配向した結晶性高い硼化物皮膜が成膜された。硼化物皮膜の硬さは72GPaに達し、高硬度なチタン硼化物皮膜が得られた。最強回折強度を(001)面に有することについて、I(001)/{I(001)+I(101)+I(111)}をIc値とし、このIc値を指標として考察した。即ち、Ic値が50%を超える場合、最強回折強度を(001)面に有する硼化物皮膜と考えることができる。図4より、Ic値が50%を超える場合、高硬度であることがわかった。更に、I(001)>I(111)>I(101)の関係を満足することにより、より優れた皮膜特性を有し、好ましい形態であった。
表1より、本発明例1〜4は、摩擦係数が0.24〜0.37と低い値を示した。本発明例1、3、4は、試験後の皮膜表面に付着した溶着物も目視では殆ど確認できず、試験後の皮膜表面のデプスプロフィルから摩耗による損傷も殆ど確認できなった。但し、本発明例2は、摩擦摩耗試験後、ディスクの摩耗の進行が早かった。一方、最強回折強度を(101)面に有する比較例17は、アノード電極の無い条件としたため、電子が真空容器壁に捕獲された。これより電子の飛行距離が格段に短く、プラズマの活性度が低くなり、皮膜硬さは33GPaと低い値を示した。摩擦係数は0.62であり、硼化物皮膜の摩耗進行が早かった。本発明例1と比較例17では、結晶配向性が異なり、硼化物皮膜の成長そのものが異なった。比較例21は、成膜後真空容器から取り出した段階で、層状に硼化物皮膜が剥離しており、密着強度が極めて低かった。図5にIa値と皮膜硬さの関係を示した。Ia値が7≦Ia≦25、において、高硬度な硼化物皮膜が得られ好ましい形態であった。図6にIb値と皮膜硬さの関係を示したが、0.1≦Ib≦1、の範囲において、高硬度な硼化物皮膜が得られ好ましい形態であった。図7にHw値と皮膜硬さとの関係を示した。0.6≦Hw≦1.1、の範囲において、高硬度な硼化物皮膜が得られ好ましい形態であった。また高い密着性、低摩擦係数を有していた。本発明例1と同一成膜パラメータを用いて、ターゲット材をクロム硼化物、アルミ硼化物、ジルコニウム硼化物、ニオブ硼化物、タングステン硼化物へ変更し、本発明例12から16を作成し、同様な評価を実施した。評価結果を表1、2に示した。同一成膜条件下では、チタン硼化物が最も高硬度であり、次いでクロム硼化物、ジルコニウム硼化物、アルミ硼化物の順であった。摩擦係数は、クロム硼化物、アルミ硼化物、ニオブ硼化物が比較的低い値を示した。これらは比較例17と比較しても、高硬度、低摩擦係数を示し、チタン硼化物と同様に優れた機械的特性を示した。
成膜パラメータのひとつであるバイアス電圧が、バイアス電圧が−80〜−140Vでは、最強回折強度を(001)面に有し、−100〜−140Vの本発明例は、硬さが高くなり好ましい形態であった。一方、−20〜−60Vでは、最強回折強度を(101)面に有した。成膜温度について、成膜時のヒーター電力値を指標にして考察した。ヒーター電力が10kWの状態で、基材の温度は500〜600℃の範囲であることから、蒸着源の対面にアノードを設置した状態で、ヒーター電力値を変化させたが、最強回折強度には影響が小さく、面指数は変わらなかった。しかし、成膜温度が高い程、即ちヒーター電力が高い程、硼化物皮膜は高硬度となる傾向を示した。特に、ヒーター電力が5kWの本発明例6、10kWの本発明例1は、ヒーター加熱を供給しない本発明例5よりも硬さが高く、より好ましかった。Ar流量が100〜600sccmの条件では、高硬度の皮膜が得られた。Ar流量が増加する程、高硬度となり、摩擦係数も低下する傾向にあった。Ar流量が300〜600sccmの本発明例1、9〜11は高硬度であり、好ましい被覆条件であった。Ar流量が500sccmの時、真空容器内の圧力は略0.5Paであった。一方、比較例22は、Ar流量が50sccmと最も少ない場合であるが、X線回折結果から結晶性が悪く、多数の回折ピークが認められ、結晶構造を同定することができなかった。
【0017】
(実施例2)
耐摩耗性、耐久性を評価するために、スクエアエンドミルによる工具寿命の評価を、次の試験条件で実施した。
(試験条件)
工具:4枚刃ソリッドスクエアエンドミル、直径10mm
切削方法:側面切削
被削材:ADC12、T6処理
切り込み:軸方向、10mm、径方向、2mm
主軸回転数:10kmin−1
テーブル送り:4m/min
切削油:なし、エアブロー
工具寿命の評価結果は、逃げ面摩耗幅が0.1mmに達した切削長又は著しく不安定な加工状態、例えば火花発生、異音、加工面のむしれ、バリ、焼け等の状態に達した切削長を工具寿命とした。10m未満の値は切り捨てて標記した。その評価結果を表2に併記した。
表2より、最強回折強度を(001)面に有する本発明例1〜16は、(101)面に最強回折強度を示す比較例17〜20よりも略1.6倍以上の長い耐久性を有し優れた工具寿命を示した。特に、本発明例1は比較例17の略3倍の工具寿命を示した。結晶構造の配向性の制御を行うことにより、工具寿命が格段に向上する結果が得られた。本発明例の膜硬さが47〜75GPaである場合、特に優れた工具寿命が得られることから、耐摩耗性の改善に特に有効であることが確認できた。本発明例は切削温度に相当する800から1000℃程度の高温域において、従来の窒化物皮膜や炭化物皮膜に比べて、高い熱伝導性を有することから、切削時の発熱を面内方向に逃がして溶着や刃先変形等の回避にも有効となった。鉄系被削材との親和性、耐凝着性、摺動特性などの潤滑性に優れた。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本願発明に使用した成膜装置の正面図を示す。
【図2】図2は、本願発明に使用した成膜装置の上面図を示す。
【図3】図3は、本発明例1のX線回折結果を示す。
【図4】図4は、Ic値と皮膜硬さの関係を示す。
【図5】図5は、Ia値と皮膜硬さの関係を示す。
【図6】図6は、Ib値と皮膜硬さの関係を示す。
【図7】図7は、Hw値と皮膜硬さの関係を示す。
【符号の説明】
【0019】
1:真空容器
2:基材
3:スパッタリング蒸発源
4:スパッタリング蒸発源
5:スパッタリング蒸発源
6:電源
7:アノード
8:バイアス電源
9:排気ライン
10:ガス供給ポート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体表面にAl、Si、Cr、W、Ti、Nb、Zrから選択される1種以上の金属元素からなる硼化物皮膜を被覆した被覆工具において、該硼化物皮膜は六方晶の結晶構造を有し、X線回折において最強回折強度を(001)面に有し、残留圧縮応力が0.1GPa以上であること、を特徴とする被覆工具。
【請求項2】
請求項1記載の被覆工具において、該硼化物皮膜のX線回折における(001)面の回折強度をI(001)、(111)の回折強度をI(111)とし、I(001)/I(111)をIa値としたとき、7≦Ia≦25であることを特徴とする被覆工具。
【請求項3】
請求項1又は2記載の被覆工具において、該硼化物皮膜のX線回折における(101)の回折強度をI(101)とし、I(101)/I(111)をIb値としたとき、0.1≦Ib≦1であることを特徴とする被覆工具。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3の何れかに記載の被覆工具において、該硼化物皮膜のX線回折における(001)面の半価幅Hw値が、0.6≦Hw≦1.1であることを特徴とする被覆工具。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4の何れかに記載の被覆工具において、該硼化物皮膜は、I(001)>I(111)>I(101)であることを特徴とする被覆工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−238281(P2008−238281A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−78325(P2007−78325)
【出願日】平成19年3月26日(2007.3.26)
【出願人】(000233066)日立ツール株式会社 (299)
【Fターム(参考)】