説明

被覆部材

【課題】
高速度切削、高送り切削、被削材の高硬度化などの厳しい切削加工条件において長寿命を実現できる切削工具用の被覆部材の提供を目的とする。
【解決手段】
基材の表面に被膜を被覆した被覆部材において、被膜の少なくとも1層は、(Mab)Xc(但し、MはCr,Al,Ti,Hf,V,Zr,Ta,Mo,W,Yの中から選ばれた少なくとも1種の金属元素を示し、LはMn,Cu,Ni,Co,B,Si,Sの中から選ばれた少なくとも1種の添加元素を示し、XはC,N,Oの中から選ばれた少なくとも1種の非金属元素を示し、aはMとLとの合計に対するMの原子比を示し、bはMとLとの合計に対するLの原子比を示し、cはMとLとの合計に対するXの原子比を示す。)と表され、a,b,cは、それぞれ0.85≦a≦0.99、0.01≦b≦0.15、a+b=1、1.00<c≦1.20を満足する硬質膜からなる被覆部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結合金、セラミックス、cBN焼結体、ダイヤモンド焼結体などの基材の表面に被膜を被覆した被覆部材に関する。その中でも、特にチップ、ドリル、エンドミルに代表される切削工具や各種の耐摩耗工具、耐摩耗部品に好適な被覆部材に関する。
【背景技術】
【0002】
焼結合金、セラミックス、cBN焼結体、ダイヤモンド焼結体などの基材の表面にTiC、TiCN、TiN、(Ti,Al)N、Al23などの被膜を被覆してなる被覆部材は、基材の高強度、高靱性と被膜の優れた耐摩耗性、耐酸化性、潤滑性、耐溶着性などを兼備しているため、切削工具、耐摩耗工具、耐摩耗部品として多用されている。これまで被膜の特性を十分に発揮させるために、被膜の硬さや耐酸化性などについて改良されてきた。
【0003】
硬質皮膜の従来技術としては、(Ti,Al,Cr)(C,N)からなる切削工具用硬質皮膜がある(例えば、特許文献1参照。)。また、耐酸化性に優れた皮膜として、Al−Cr−N系皮膜がある(例えば、非特許文献1参照。)。しかしながら、被削材、切削条件などの変化から、これらの皮膜を被覆した切削工具では、長寿命が得られないという問題があった。
【0004】
【特許文献1】特開2003−71610号公報
【非特許文献1】井手幸夫、外3名、「耐高温酸化特性に優れたAl−Cr−N系皮膜の開発」、「まてりあ」第40巻第9号、2001年、p.815-816
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、切削加工において高速度、高送りなどの過酷な切削条件や被削材の高硬度化など厳しい加工条件が増えており、従来の被覆部材からなる切削工具では、近年の厳しい加工要求に応えられなくなってきた。本発明はこのような事情を鑑みてなされたものであり、高速度加工、高送り加工、硬さの高い被削材の加工など加工条件が厳しい切削加工において、長寿命を実現する被覆部材の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、(TiAl)N、(CrAl)N、(TiAlCr)Nなどの硬質膜を被覆した被覆部材の切削性能の向上に取り組んできたところ、硬質膜に、Mn,Cu,Ni,Co,B,Si,Sの中の少なくとも1種からなる添加元素を添加すると、硬質膜の結晶子の大きさが微細化して、結晶の安定性が増し、高温硬さが高くなり、耐摩耗性が向上するという知見とともに、硬質膜に含まれる非金属元素を多くすると耐酸化性が向上するという知見を得ることができた。本発明の硬質膜を被覆した被覆部材は、耐摩耗性および耐酸化性に優れるため、切削工具として用いると長寿命を実現できることを見出した。
【0007】
すなわち、本発明の被覆部材は、基材の表面に、(Mab)Xc(但し、MはCr,Al,Ti,Hf,V,Zr,Ta,Mo,W,Yの中から選ばれた少なくとも1種の金属元素を示し、LはMn,Cu,Ni,Co,B,Si,Sの中から選ばれた少なくとも1種の添加元素を示し、XはC,N,Oの中から選ばれた少なくとも1種の非金属元素を示し、aはMとLとの合計に対するMの原子比を示し、bはMとLとの合計に対するLの原子比を示し、cはMとLとの合計に対するXの原子比を示す。)と表され、a,b,cは、それぞれ0.85≦a≦0.99、0.01≦b≦0.15、a+b=1、1.00<c≦1.20を満足する硬質膜を含む被膜を被覆したものである。
【0008】
本発明の被覆部材の基材として、具体的には、焼結合金、セラミックス、cBN焼結体、ダイヤモンド焼結体などを挙げることができる。その中でも焼結合金は耐欠損性と耐摩耗性に優れるため好ましく、その中でも超硬合金がさらに好ましい。
【0009】
本発明の硬質膜は、(Mab)Xc(但し、MはCr,Al,Ti,Hf,V,Zr,Ta,Mo,W,Yの中から選ばれた少なくとも1種の金属元素を示し、LはMn,Cu,Ni,Co,B,Si,Sの中から選ばれた少なくとも1種の添加元素を示し、XはC,N,Oの中から選ばれた少なくとも1種の非金属元素を示し、aはMとLとの合計に対するMの原子比を示し、bはMとLとの合計に対するLの原子比を示し、cはMとLとの合計に対するXの原子比を示す。)と表され、a,b,cは、それぞれ0.85≦a≦0.99、0.01≦b≦0.15、a+b=1、1.0<c≦1.2を満足する。本発明の硬質膜は、耐摩耗性、耐酸化性に優れる。aが0.85未満になると耐酸化性が低くなり、aが0.99を超えると硬質膜の硬さが低下するので、0.85≦a≦0.99とした。bが0.01未満になるとLを添加する効果がなく結晶子が大きくなり硬質膜の硬さが低下し、bが0.15を超えると耐酸化性が向上しないので、0.01≦b≦0.15とした。cが1.00を超えて多くなると耐酸化性が向上し、cが1.20を超えると硬質膜の硬さが低下するので、1.00<c≦1.20とした。
【0010】
本発明の硬質膜は、添加元素の効果により、結晶子の大きさが微細化しており、その結晶子の大きさが5〜15nmであると、耐摩耗性が向上するため、さらに好ましい。
【0011】
なお、本発明の被膜は、本発明の硬質膜のみの単層膜、組成の異なる本発明の硬質膜を2層以上積層した複層膜、MはCr,Al,Ti,Hf,V,Zr,Ta,Mo,W,Yの炭化物、窒化物、酸化物およびこれらの相互固溶体の中の少なくとも1種からなる膜と本発明の硬質膜とを積層した複層膜とすると耐摩耗性、耐酸化性に優れるため、好ましい。その中でも本発明の硬質膜を3層以上積層した複層膜とすると、さらに好ましい。本発明の被膜の平均膜厚は、0.01μm以上になると耐摩耗性、耐酸化性が向上し、10.0μmを超えると耐欠損性が低下するため、0.01〜10.0μmの範囲が好ましい。
【0012】
被膜の組成に関しては、二次イオン質量分析装置(SIMS)、エネルギー分散元素分析装置(EDS)、グロー放電型分析装置(GDS)などの元素分析装置を使って測定することができる。
【0013】

本発明の被膜および硬質膜は、アークイオンプレーティング装置(以下、AIP装置という。)、スパッタリング装置などを用いて作製することができる。具体的には、基材の表面に、たとえばアークイオンプレーティングを使って基材温度273〜973K及び圧力0.5〜2.8Paの雰囲気中で、アーク放電電圧20〜100V、基板バイアス−30〜−200Vという条件で硬質膜を被覆すると本発明の被覆部材が得られる。なお、硬質膜の膜質を向上させるためには、アーク電圧を高くして多価イオンを多く発生させることが有効である。アーク放電の制御方法としては、定電流制御と定電圧制御がある。定電流制御はアーク電圧を高くするとアーク電流も増加するため電源が大きくなるという問題がある。そのためアーク放電の制御方法は、定電圧制御が好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の被覆部材は、耐摩耗性および耐酸化性に優れる。本発明の被覆部材を切削工具として用いると長寿命を実現するという効果を発揮する。その中でも高速度加工、高送り加工、硬さの高い被削材の加工など加工条件が厳しい切削加工において効果が高い。
【実施例1】
【0015】
基材として形状がSDKN1203AETNのK20相当超硬合金製チップを用意する。メタルボンバード用電極を含めて6極のターゲットを着装することが可能なAIP装置内に、基材を装入して圧力:1×10-3Paまで真空排気を行った後、AIP装置内のヒーターで773Kまで基材を加熱した。メタルボンバードは、圧力:1×10-2Pa、基材のバイアス電位:−600V、アーク電流:100A、時間:6分というボンバード条件で行った。表1〜3に示す膜構成の被膜を被覆した。被膜は、各膜の金属元素と添加元素の成分比を持つターゲットを用い、必要に応じてN2、O2、CH4またはこれらの混合ガスを反応ガスとして導入し、圧力:0.6〜2.5Pa、アーク電圧:DC変調30〜70V(定電圧制御)、基材バイアス電圧:−30〜−80Vというコーティング条件で被覆した。なお、比較品を作製する場合のメタルボンバードは発明品と同じボンバード条件とした。比較品は、圧力:3.0Pa、アーク電流:120A(定電流制御)、基材のバイアス電圧:−30Vというコーティング条件で被覆した。
【0016】
【表1】

【0017】
【表2】

【0018】
【表3】

【0019】
表1〜3に示した各被膜の化学組成に関しては、深さ方向の元素分析が迅速に出来るグロー放電型分析装置(GDS)を使って測定した。なお、各被膜に含まれる金属元素と添加元素の合計に対する非金属元素の原子比については、熱CVD法で作製した金属元素Tiに対する非金属元素Nの原子比:N/Ti=1のTiN膜(平均膜厚3μm)を基準にして算出した。
【0020】
発明品1〜8、比較品1〜6の被覆超硬合金工具を用いて、被削材:SCM440、切削速度:212m/min、切り込み:2.0mm、送り:0.2mm/toothの条件で乾式フライス試験を行った。工具寿命は、逃げ面摩耗量VB=0.3mmを目安とした。切削長6mまでに逃げ面摩耗量VB=0.3mmに達しない場合は、切削長6m時の逃げ面摩耗量VBを測定した。これらの結果を表4に示す。
【0021】
【表4】

寿命判定:VB=0.3mm
【0022】
表4に示されるように、発明品1〜8は、耐摩耗性に優れるため同じ切削長でも比較品1〜6よりも逃げ面摩耗量VBが小さい。表4よりも発明品1〜8は、比較品1〜6よりも寿命が長いことが分かる。
【実施例2】
【0023】
被膜の結晶子の大きさを測定するために、5×5×0.1mmの超硬合金基材を用意し、この基材の表面に発明品1と比較品1の被膜を被覆した試料を作製した。次にフォーカスイオンビーム(FIB)を使って、試料の表面に対して垂直方向に切断して被膜断面を得た。得られた被膜断面を透過型電子顕微鏡(TEM)を使って観察した。図1に発明品1の第2層(Ti0.20Cr0.20Al0.57Si0.03)N1.09膜の透過型電子顕微鏡写真と、図2に比較品1の(Ti0.50Al0.50)N1.00膜の透過型電子顕微鏡写真を示す。発明品1の第2層(Ti0.20Cr0.20Al0.57Si0.03)N1.09膜の結晶子の大きさが5〜15nmであることと、比較品1の(Ti0.50Al0.50)N1.00膜の結晶子の大きさが20〜100nmであることを確認した。
【実施例3】
【0024】
市販のモリブデン基板に(Ti0.20Cr0.20Al0.57Si0.03)N1.09膜を被覆して発明品9とした。また、市販のモリブデン基板に(Ti0.50Al0.50)N1.00膜を被覆して比較品7とした。被膜の結晶構造の安定化を評価するために、大気中にて500℃から1000℃まで加熱し、X線回折法により結晶構造の変化を調べた。(Ti0.20Cr0.20Al0.57Si0.03)N1.09膜を被覆した発明品9は、1000℃まで立方晶のみが観察され、ほとんど変化が見られなった。一方、(Ti0.50Al0.50)N1.00膜を被覆した比較品7は、800℃以上になると立方晶のX線回折ピーク強度は低下し、軟質な六方晶のX線回折ピークが確認された。
【実施例4】
【0025】
発明品9と比較品7について1100℃まで加熱可能な大気炉を用いて酸化試験を行った。化学天秤による重量変化、X線回折等による酸化物の生成、走査電子顕微鏡による被膜断面観察などから、酸化層の厚さを測定した。900℃では、発明品9の(Ti0.20Cr0.20Al0.57Si0.03)N1.09膜は酸化が見られず良好な状態を保持していた。一方、比較品7の(Ti0.50Al0.50)N1.00膜の表面には、厚さ1μmの酸化層が確認された。1000℃では、発明品9の(Ti0.20Cr0.20Al0.57Si0.03)N1.09膜の表面には、厚さ0.5μmの酸化層が確認された。一方、比較品7の(Ti0.50Al0.50)N1.00膜の表面には、厚さ2μmの酸化層が確認され被膜の一部は剥離していた。1100℃では、発明品9の(Ti0.20Cr0.20Al0.57Si0.03)N1.09膜の表面にできた酸化層の厚さは1μmになっていた。一方、比較品7は被膜全体が酸化し、被膜の一部はモリブデン基板から脱落していた。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】発明品1の第2層(Ti0.20Cr0.20Al0.57Si0.03)N1.09膜の透過型電子顕微鏡写真
【図2】比較品1の(Ti0.50Al0.50)N1.00膜の透過型電子顕微鏡写真
【図3】真空中における被膜の押込み硬さに及ぼす温度の影響

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に被膜を被覆した被覆部材において、被膜の少なくとも1層は、(Mab)Xc(但し、MはCr,Al,Ti,Hf,V,Zr,Ta,Mo,W,Yの中から選ばれた少なくとも1種の金属元素を示し、LはMn,Cu,Ni,Co,B,Si,Sの中から選ばれた少なくとも1種の添加元素を示し、XはC,N,Oの中から選ばれた少なくとも1種の非金属元素を示し、aはMとLとの合計に対するMの原子比を示し、bはMとLとの合計に対するLの原子比を示し、cはMとLとの合計に対するXの原子比を示す。)と表され、a,b,cは、それぞれ0.85≦a≦0.99、0.01≦b≦0.15、a+b=1、1.00<c≦1.20を満足する硬質膜からなる被覆部材。
【請求項2】
硬質膜の結晶子の大きさが5〜15nmである請求項1に記載の被覆部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−31517(P2008−31517A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−205769(P2006−205769)
【出願日】平成18年7月28日(2006.7.28)
【出願人】(000221144)株式会社タンガロイ (185)
【Fターム(参考)】