説明

赤外線透過部材用シリコン材料及び赤外線透過部材

【課題】波長9μm前後の赤外線に対しても透過率が確保でき、広範囲な波長領域で使用可能な赤外線透過部材の素材として使用される赤外線透過部材用シリコン材料、及び、この赤外線透過部材用シリコン材料からなる赤外線透過部材を提供する。
【解決手段】赤外線を透過するレンズやプリズム等の赤外線透過部材の素材として使用される赤外線透過部材用シリコン材料であって、多結晶シリコンからなり、この多結晶シリコンの抵抗率が1Ωcm以上、かつ、酸素濃度が1.0×1018atoms/cc未満とされていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線レーザ装置等において、赤外線を透過するレンズ部材やプリズム部材等の赤外線透過部材の素材として使用される赤外線透過部材用シリコン材料及びこの赤外線透過部材用シリコン材料からなる赤外線透過部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
赤外線レーザ装置等において、赤外線レーザ光を透過するレンズ部材やプリズム部材等の赤外線透過部材は、例えば特許文献1に示すように、ゲルマニウム、シリコン等の半導体結晶材料を用いたものが提供されている。また、フッ化カルシウム(CaF2)やジンクセレン(ZnSe)といった化合物結晶材料も使用されている。これらの材料は、その屈折率や透過率等を考慮して、用途に併せて適宜選択して使用されることになる。
【0003】
ここで、ゲルマニウムは、波長2〜20μmの赤外線を透過し、屈折率が約4程度と比較的大きく、波長による屈折率の変化が少ないといった特性を有する材料であり、レンズ部材として適している。
しかしながら、ゲルマニウムは、埋蔵量も少なく比較的高価な材料であるため、レンズ部材やプリズム部材等の赤外線透過部材として広く使用することができないといった問題があった。また、温度が100℃程度を超えると透過率が低下することが知られており、温度が上昇する環境下では使用できなかった。
【0004】
これに対して、シリコンは、太陽電池や半導体基板として広く使用されており、ゲルマニウムに比べて安価に入手することができる材料である。また、前述のゲルマニウムと同様に、屈折率が3.5程度と比較的大きく、波長による屈折率の変化が少ないため、レンズ部材を構成するのに適している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−141993号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、前述のシリコンにおいては、波長1.2〜6μmの赤外線に対しては透過率が高いものの、波長9μm程度において大きな吸収ピークを有することが知られている。このため、シリコンは、波長1.2〜6μmといった狭い波長領域の赤外線に対する赤外線透過部材の素材としてのみ使用されていた。
【0007】
なお、特許文献1には、レンズ部材の肉厚を薄くすることによって波長8〜12μmの赤外線の吸収を抑制することが開示されているが、やはり、波長9μm前後の赤外線については大部分が吸収されてしまうことになる。また、レンズ部材の形状も、フレネルレンズ等に限定されることになる。よって、波長8〜12μmの赤外線の赤外線透過部材としてシリコンを広く使用することはできない。
【0008】
また、赤外線透過部材の素材として使用されるシリコンとしては、いわゆる単結晶シリコンが用いられている。これは、透過する赤外線が結晶粒界において散乱することを防止するためである。しかしながら、この単結晶シリコンの製造には、多くの労力と時間が必要となるため、生産効率が悪く、製造コストも増加することになる。さらに、製出される単結晶シリコンの大きさに制限があるため、大口径のレンズ部材等を製出することができないといった問題があった。
【0009】
本発明は、上述した状況に鑑みてなされたものであって、波長9μm前後(8〜12μm)の赤外線に対しても透過率が確保でき、広範囲な波長領域で使用可能な赤外線透過部材の素材として使用される赤外線透過部材用シリコン材料、及び、この赤外線透過部材用シリコン材料からなる赤外線透過部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明に係る赤外線透過部材用シリコン材料は、赤外線を透過するレンズやプリズム等の赤外線透過部材の素材として使用される赤外線透過部材用シリコン材料であって、多結晶シリコンからなり、この多結晶シリコンの抵抗率が1Ωcm以上、かつ、酸素濃度が1.0×1018atoms/cc未満とされていることを特徴としている。
【0011】
この構成の赤外線透過部材用シリコン材料は、抵抗率が1Ωcm以上、かつ、酸素濃度が1.0×1018atoms/cc未満とされている。ここで、波長9μm前後(8〜12μm)の赤外線の吸収については、シリコン結晶内に含有される酸素に起因するものである。よって、酸素濃度を1.0×1018atoms/cc未満とすることにより、波長9μm前後(8〜12μm)の赤外線の吸収を抑えることが可能となり、広範囲な波長領域で使用可能な赤外線透過部材の素材として使用できることになる。なお、酸素濃度は、5.0×1017atoms/cc未満とすることが好ましく、さらに1.0×1016atoms/cc未満とすることが好ましい。
【0012】
また、前述の波長9μm前後(8〜12μm)の赤外線の吸収については、抵抗率と相関関係があることが知られている、すなわち、抵抗率が大きくなると、赤外線の吸収係数が低くなるのである。よって、多結晶シリコンの抵抗率を1Ωcm以上に規定することにより、波長9μm前後(8〜12μm)の赤外線の吸収を確実に抑制することができるのである。
【0013】
さらに、多結晶シリコンで構成されているので、単結晶シリコンよりも酸素濃度を比較的容易に低減することができ、前述のように赤外線の吸収を抑制することが可能となる。なお、この赤外線透過部材用シリコン材料においては、内部に結晶粒界が存在することになるが、出力の比較的低い赤外線レーザであれば、結晶粒界における散乱による影響を特に考慮する必要はない。
【0014】
ここで、前記多結晶シリコンの平均結晶粒径が、3mm以上20mm以下とされていることが好ましい。
この場合、多結晶シリコンの平均結晶粒径が3mm以上とされているので、この赤外線透過部材用シリコン材料を用いて赤外線透過部材を成形した際に、赤外線透過部材内部に存在する結晶粒界の数が少なくなり、赤外線の散乱を抑制することができる。よって、赤外線レーザが高出力の場合であっても、この赤外線透過部材用シリコン材料を用いることが可能となる。
また、多結晶シリコンの平均結晶粒径が20mm以下とされているので、比較的容易にこの多結晶シリコンを製出することができる。
【0015】
さらに、前記多結晶シリコンが、一方向凝固法によって製出されたものであることが好ましい。
この場合、一方向凝固法によって多結晶シリコンを製出しているので、固液界面において、固体側から液体側へと不純物が排出されることになり、純度の高い多結晶シリコンを得ることができる。よって、赤外線透過部材用シリコン材料中の酸素濃度を確実に低減させることができ、赤外線の吸収を抑えることができる。また、一方向凝固であることから、凝固方向に向くように柱状晶が成長することになり、結晶粒径を比較的大きくすることが可能となる。
【0016】
また、前記多結晶シリコンに、B又はAlがドーピングされていてもよい。
この場合、シリコンにB又はAlがドーピングすることで抵抗率を調整することが可能となり、多結晶シリコンの抵抗率を確実に1Ωcm以上とすることができる。
【0017】
本発明に係る赤外線透過部材は、前述の赤外線透過部材用シリコン材料を用いて製造されたことを特徴としている。
この構成の赤外線透過部材においては、抵抗率が1Ωcm以上、かつ、酸素濃度が1.0×1018atoms/cc未満とされた多結晶シリコンによって構成されているので、波長9μm前後の赤外線の吸収を抑えることが可能となり、広範囲な波長の赤外線を透過可能となる。
【発明の効果】
【0018】
このように、本発明によれば、波長9μm前後(8〜12μm)の赤外線に対しても透過率が確保でき、広範囲な波長領域で使用可能な赤外線透過部材の素材として使用される赤外線透過部材用シリコン材料、及び、この赤外線透過部材用シリコン材料からなる赤外線透過部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施形態である赤外線透過部材用シリコン材料からなるレンズ部材の概略説明図である。
【図2】多結晶シリコンの平均結晶粒径の測定方法を示す説明図である。
【図3】本発明の実施形態である赤外線透過部材用シリコン材料である多結晶シリコンの製造装置の概略説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明の実施形態である赤外線透過部材用シリコン材料、及び、この赤外線透過部材用シリコン材料からなるレンズ部材(赤外線透過部材)について添付した図面を参照にして説明する。
本実施形態である赤外線透過部材用シリコン材料は、図1に示すように、赤外線を透過して集光するレンズ部材10として使用されるものである。このようなレンズ部材10においては、赤外線の透過率が良好であること、及び、屈折率が大きく、かつ、波長に対して安定していることが重要な特性となる。
【0021】
また、本実施形態である赤外線透過部材用シリコン材料は、一方向凝固法によって形成された多結晶シリコンで構成されている。すなわち、複数の柱状晶が下部から上方に向けて延びた構造とされているのである。
【0022】
この多結晶シリコンの抵抗率が1Ωcm以上とされている。ここで、多結晶シリコンの抵抗率の測定は、4探針法(JIS H 0602:シリコン単結晶及びシリコンウェーハの4探針法による抵抗率測定方法)によって測定した。
【0023】
また、酸素濃度が1.0×1018atoms/cc未満とされている。この酸素濃度の測定は、FT−IR法(JEIDA−61:赤外吸収によるシリコン中の格子間酸素原子濃度の標準測定、JEITA EM−3503(旧JEIDA―56):赤外吸収によるシリコン結晶中の置換型炭素原子濃度の標準測定)によって測定した。
なお、酸素濃度は、5.0×1017atoms/cc未満とすることが好ましく、さらに1.0×1016atoms/cc未満とすることが好ましい。
【0024】
さらに、この多結晶シリコンの平均結晶粒径は、3mm以上20mm以下に設定されている。ここで、結晶粒径の測定は、以下に示すような方法で実施する。
図2に示すように、多結晶シリコンインゴット1の高さ方向(一方向凝固方向)で下側部分、中央部分、上側部分をスライスして測定試料2,3,4を採取する。これら各測定試料の表面組織を観察し、基準直線Sに対して交差する結晶粒界6の数をカウントする。この基準直線Sに交差する結晶粒界6の数で当該基準直線Sの長さを除することで、各測定試料の平均結晶粒径を求める。そして、これら各測定試料の測定結果から、多結晶シリコンインゴット1の平均結晶粒径を算出する。
なお、本実施形態では、多結晶シリコンインゴット1の大きさが、680mm×680mmの正方形断面をなし、高さ(一方向凝固方向の長さ)が300mmとされており、底面から10mm部分、150mm部分、290mm部分から測定試料2,3,4を採取した。そして、680mm×680mmの測定試料表面に、その一辺に平行に680mmの基準直線Sを設けて、平均結晶粒径を測定した。
【0025】
次に、本実施形態である赤外線透過部材用シリコン材料を構成する多結晶シリコンインゴットの製造方法について説明する。この多結晶シリコンは、図3に示す多結晶シリコン製造装置20を用いて製造されることになる。
この多結晶シリコン製造装置20は、シリコン融液Lが貯留されるルツボ21と、このルツボ22が載置されるチルプレート22と、このチルプレート22を下方から支持する床下ヒータ23と、ルツボ21の上方に配設された天井ヒータ24と、を備えている。また、ルツボ21の周囲には、断熱材25が設けられている。
【0026】
ここで、ルツボ21は、水平断面形状が角形(四角形)又は丸形(円形)をなすシリカ製とされている。
また、チルプレート22は、中空構造とされており、供給パイプ26を介して内部にArガスが供給される構成とされている。
【0027】
この多結晶シリコン製造装置20により多結晶シリコンインゴットを作製する際には、まず、ルツボ21内にシリコン原料を装入する。このシリコン原料を、天井ヒータ24と床下ヒータ23とに通電して加熱して溶解する。これにより、ルツボ21内には、シリコン融液Lが貯留されることになる。
【0028】
次に、床下ヒータ23への通電を停止し、チルプレート22の内部に供給パイプ26を介してArガスを供給する。これにより、ルツボ21の底部を冷却する。さらに、天井ヒータ24への通電を徐々に減少させることにより、シリコン融液Lは、ルツボ21の底部から冷却されて下部から上方に向けて一方向凝固することになる。これにより、下部から上方に向けて延びる柱状晶からなす多結晶シリコンインゴットが製出される。
【0029】
このとき、一方向凝固によって、酸素等の不純物が固体側から液体側へと排出されることになり、純度の高い多結晶シリコンインゴットを得ることが可能となる。よって、酸素濃度が1.0×1018atoms/cc未満となるのである。
また、凝固速度を調整することによって、結晶粒径を粗大化させることができ、多結晶シリコンの平均結晶粒径を、3mm以上20mm以下に設定することが可能となるのである。
【0030】
このような構成とされた本実施形態である赤外線透過部材用シリコン材料およびこの赤外線透過部材用シリコン材料から構成されたレンズ部材10によれば、多結晶シリコンからなり、酸素濃度が1.0×1018atoms/cc未満、好ましくは5.0×1017atoms/cc未満、さらに好ましくは1.0×1016atoms/cc未満とされているので、シリコン結晶内の酸素に起因する波長9μm前後(8〜12μm)の赤外線の吸収を抑制することが可能となる。
【0031】
また、波長9μm前後(8〜12μm)の赤外線の吸収については、抵抗率と相関関係があることが知られているが、本実施形態では、多結晶シリコンの抵抗率を1Ωcm以上としているので、波長9μm前後(8〜12μm)の赤外線の吸収を確実に抑制することができる。
したがって、波長1.2〜14μmといった広範囲な波長領域で透過率が確保されることになり、レンズ部材10等の赤外線透過部材の素材として使用することが可能となる。
【0032】
また、本実施形態である赤外線透過部材用シリコン材料は、多結晶シリコンとされているので、単結晶シリコンよりも酸素濃度を比較的容易に低減することができ、赤外線の吸収を抑制することが可能となる。
特に、本実施形態では、一方向凝固法によって多結晶シリコンを製出しているので、固液界面において、固体側から液体側へと不純物が排出されることになり、純度の高い多結晶シリコンを得ることができる。よって、赤外線透過部材用シリコン材料中の酸素濃度を確実に低減させることができ、赤外線の吸収を抑えることができる。また、一方向凝固であることから、凝固方向に向くように柱状晶が成長することになり、結晶粒径を比較的大きくすることが可能となる。
【0033】
さらに、多結晶シリコンの平均結晶粒径が、3mm以上20mm以下とされているので、この赤外線透過部材用シリコン材料で構成されたレンズ部材10内部に存在する結晶粒界の数が少なくなり、赤外線の散乱を抑制することができる。よって、赤外線レーザの出力が高い場合であっても、この赤外線透過部材用シリコン材料からなるレンズ部材10等の赤外線透過部材を使用することが可能となる。
【0034】
以上、本発明の実施形態である赤外線透過部材用シリコン材料について説明したが、これに限定されることはなく、適宜設計変更することができる。
例えば、シリコン原料を溶融させたシリコン融液を凝固させたものとして説明したが、これに限定されることはなく、シリコン原料やシリコン融液に、ボロン(B)やアルミニウム(Al)をドーピングしてもよい。
【0035】
また、赤外線透過部材の一例として、図1に示すようなレンズ部材10(凸レンズ)を挙げて説明したが、これに限定されることはなく、凹レンズ、フレネルレンズ、メニスカスレンズ等の他のレンズ部材であってもよいし、赤外線を透過するとともに赤外線の進行方向を制御するプリズム部材等であってもよい。
【0036】
さらに、図3に示す多結晶シリコン製造装置を用いて多結晶シリコンからなる赤外線透過部材用シリコン材料を製造するものとして説明したが、これに限定されることはなく、他の多結晶シリコン製造装置を用いてもよい。
【符号の説明】
【0037】
10 レンズ部材
20 多結晶シリコン製造装置
21 ルツボ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外線を透過するレンズやプリズム等の赤外線透過部材の素材として使用される赤外線透過部材用シリコン材料であって、
多結晶シリコンからなり、この多結晶シリコンの抵抗率が1Ωcm以上、かつ、酸素濃度が1.0×1018atoms/cc未満とされていることを特徴とする赤外線透過部材用シリコン材料。
【請求項2】
前記多結晶シリコンの平均結晶粒径が、3mm以上20mm以下とされていることを特徴とする請求項1に記載の赤外線透過部材用シリコン材料。
【請求項3】
前記多結晶シリコンが、一方向凝固法によって製出されたものであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の赤外線透過部材用シリコン材料。
【請求項4】
前記多結晶シリコンに、B又はAlがドーピングされていることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の赤外線透過部材用シリコン材料。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の赤外線透過部材用シリコン材料を用いて製造されたことを特徴とする赤外線透過部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−123185(P2011−123185A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−279522(P2009−279522)
【出願日】平成21年12月9日(2009.12.9)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【出願人】(597065282)三菱マテリアル電子化成株式会社 (151)
【Fターム(参考)】