説明

走査型電子顕微鏡用試料の作成方法

【課題】凹凸の少ない、平滑な試料のSEMによる観察において、像質を確認するための対象物として適当な凹凸が少なく、焦点、非点収差を調整する際、調整が困難である。
【解決手段】平滑試料面を被観察部とする走査型電子顕微鏡用試料の作成方法であって、前記被観察部近傍に非点収差補正、焦点調整用の痕を形成することを特徴とする走査型電子顕微鏡用試料の作成方法を用いることにより、高倍率の調整、観察に適したサイズの該痕を目印として非点収差補正、焦点調整をおこなうことができ、凹凸の少ない平滑面に対して観察倍率が高倍率であっても精細な像を得ることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査型電子顕微鏡用試料の作成方法に関し、特に、表面が平滑な対象物に対し、高倍率な像を得ることを目的とした走査型電子顕微鏡用試料の作成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、走査電子顕微鏡(以下、SEMと云う)は、試料の表面形状の情報を得るため、用いられる電子顕微鏡である。試料表面を電子プローブといわれる直径数nmの細い電子線で走査し、走査時に発生する電子、電磁波を検出し、像を形成する。SEMは、基本的に電子光学系、試料ステージ、検出器、表示・記録系、操作系、排気系から構成されている。
【0003】
電子光学系の基本構造は、電子ビームを出す電子銃、ビームを集束させる集束レンズ(またはコンデンサーレンズ)、集束されたビームを走査する走査コイル(または磁界型偏向器)、集束、走査されたビームを試料上に焦点を合わせて照射する対物レンズから成る。電子線は、前述の電子レンズを介して直径数nmの電子ビームとなる。試料は試料ステージに設置され、観察希望箇所に電子ビームを照射すると、試料から2次電子、反射電子等が発生する。これらの電子を検出器にて検出し、その量の違いをブラウン管上に明るさの違いとして表示し、像が確認される。分解能は、装置加速電圧やコンデンサー電流値等の条件によっても左右され、2nm以下の機器もある。
【0004】
SEMを用いて試料表面を観察するにあたり、より精細な像を得るために観察する前には調整をおこなう必要がある。調整としては、電圧軸及び電流軸の調整、非点収差補正、焦点調整があり、これらを順番におこなう必要がある(例えば、非特許文献1、非特許文献2)。
【0005】
電圧軸とは、加速電圧に変動を加えたときに像が拡大縮小するが、その拡大縮小の中心をいう。電流軸とは、対物レンズの励磁電流に変動を与えたとき像が拡大縮小するが、その拡大縮小の中心をいう。その調整としては、電圧、または電流に変動を加え、像が同心円状に変動するように調整する。自動で容易に軸調整が可能な機器もある。
【0006】
電圧軸、電流軸が合った状態で、非点収差補正をおこなう。非点収差は、対物レンズが完全な軸対称性をもたずに、電子ビームの断面が真円でないことから生じるもので、非点収差補正が不充分なときは、焦点をずらすと像が流れたような形状に表示される。非点収差補正をしたのち、焦点調整をおこなう。焦点調整は、像の線が明確にみえるか否かで判断する。焦点調整が不十分なときは、像の線がぼやける。必要に応じて、非点収差補正と焦点調整は、繰り返しおこなってもよい。
【0007】
これらの操作により像が改善されない場合は、対物レンズと試料表面までの距離、ワーキングディスタンスを変えたり、加速電圧を変えて試料に適した電圧にしたり、等の操作をおこなってこともよい。また、磁場の発生や振動等の外部環境要因による時は、環境を整えることも必要である。
【非特許文献1】“電子顕微鏡の上手な使い方講座1”日本電子顕微鏡学会電顕サマースクール実行委員会編,p.40−47(1992).
【非特許文献2】“電子顕微鏡の上手な使い方講座3”日本電子顕微鏡学会電顕サマースクール実行委員会編,p.29−32(1992).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非点収差補正、焦点調整を観察箇所から離れた箇所において行った場合、観察箇所と調整箇所の間でズレが生じてしまい高倍率の画像が得られない。また、観察箇所で調整を行った場合、試料が電子ビーム照射によるダメージを受けると、観察箇所が変形する恐れがある。
【0009】
このため、観察箇所ではなく、観察箇所近傍で、非点収差補正や、焦点調整等を行い、観察箇所に試料ステージを移動させ、最終的な焦点合わせをすることが好ましい。また、非点収差は、倍率を変更しても大きくずれることはないため、より精密に補正し、像質を上げるためにも観察する希望の倍率以上で補正をおこなう方が好ましい。また、これらの調整は、像の補正が不完全な状態でも確認できるような目印となる凹凸に対しておこなう必要がある。
【0010】
しかし、高分子フィルムの試料表面や、イオンビーム研磨後の試料等、凹凸の少ない平滑な試料を観察する際、像の歪みの確認が可能な凹凸をみつけることが困難となり、非点収差補正、焦点調整をすることが困難という問題がある。
【0011】
従来は、ゴミ等、偶然に付着しているものや、切断部の端部を像質確認の対象としていた。しかし、観察希望箇所近傍にゴミがある場合は少なく、また、端部から目的とする観察箇所は距離があるために、非点収差や焦点等のズレが生じる。特に、10万倍を越えるような高倍率観察において、目印のサイズとしては5〜100nm程度のものが必要であり、このサイズの目印を見つけることは困難であった。
【0012】
さらに、凹凸の少ない表面に対して、表面近傍の凹凸情報を得るためには、低加速電圧での観察が有効である。しかし、1kVを下回るような低加速電圧での観察では、適当なサイズの目印が無い場合、調整をおこなうことは非常に難しいという問題があった。
【0013】
本発明では、このような凹凸の少ない平滑な試料表面に対して、観察箇所近傍で、非点収差補正、焦点調整を容易におこなうことにより、観察倍率が高倍率であり、低加速電圧であっても、精細な像を得ることのできる走査型電子顕微鏡用試料の作成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために、請求項1に係る発明は、平滑試料面を被観察部とする走査型電子顕微鏡用試料の作成方法であって、前記被観察部近傍に非点収差補正、焦点調整用の痕を形成することを特徴とする走査型電子顕微鏡用試料の作成方法とした。
【0015】
また、請求項2に係る発明としては、前記痕の形成方法は、電子線の走査を止め、試料表面の一点に直進させた電子線を照射し、形成することを特徴とする請求項1記載の走査型電子顕微鏡用試料の作成方法とした。
【0016】
また、請求項3に係る発明としては、前記痕の最大径が5nm以上1μm以下であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の走査型電子顕微鏡用試料の作成方法とした。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、任意の微小領域に痕を形成することにより、高倍率の調整、観察に適したサイズの該痕を目印として非点収差補正、焦点調整をおこなうことができ、凹凸の少ない平滑面に対して観察倍率が高倍率であっても精細な像を得ることが可能である。
【0018】
また、電子線の走査を止め、一点に直進した電子線を照射することによって痕を形成することにより、装置内で容易に非点収差補正、焦点調整の目印となるような痕を形成することが可能である。
【0019】
また、該痕の大きさを5nm以上1μm以下とすることにより、高倍率測定における非点収差補正、焦点調整の目印として適した痕を得ることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明のSEMについて説明する。
【0021】
図1にSEMの電気光学系の基本構成図について図1に示した。1は電子銃であり、2は集束レンズであり、3は走査コイルであり、4は非点収差補正装置であり、5は対物レンズであり、6は試料であり、7は電子ビームを表したものである。
【0022】
電子銃1としては、チップから電子線を出す機構を有している。電子放出の機構としては、鋭い先端をもつ陰極と陽極の間に高電圧を印加させ、電極間に生じた高電界によって陰極表面から電子が放出される電界放射型のもの、陰極を加熱することで放出される熱電子を陽極に印加した高電圧により、所定のエネルギーに加速する熱電子型のもの、が挙げられる。
【0023】
集束レンズ2は、電子銃から出された電子線の電流量を調整するために設けられ、複数の偏向コイルからなる。
【0024】
走査コイル3は、電子線を水平方向、垂直方向に偏向させることにより、試料上に電子線を走査させる役目をもつ。
【0025】
非点収差補正装置4は、4極の補正コイルから成り、流す電流量を調整することで、補正量と方向を調整する。
【0026】
対物レンズ5は、電子プローブをつくる最終段縮小レンズで、焦点調整に用いられ、このレンズ性能で分解能が決まる。
【0027】
このようにして絞られた電子線は、試料表面上を走査し、試料表面から2次電子、反射電子等が放出される。この試料表面から放出された2次電子、あるいは、反射電子は、検出器で電気信号に変換され、撮影用CRTの輝度を変調し、SEM像が形成される。
【0028】
次に、SEMを用いた観察方法について述べる。
【0029】
SEM像を取得するにあたり、適切な像質にするために、観察者は加速電圧や照射電流量を調整する作業が必要になる。特に、観察倍率が10万倍を超えるような高倍率での観察をおこなう場合、調整は観察箇所ごとに、観察箇所近傍でおこなう必要がある。
【0030】
加速電圧は、照射される電子にエネルギーを与えるものなので、加速電圧が高いと、試料内部での電子の散乱が大きくなる。そのため、試料の導電性が不充分な状態で、加速電圧を高くすると、試料表面が帯電するチャージアップが起こり、観察の妨げとなる。また、加速電圧が高いと、試料内部の凹凸情報も像に反映されるため、表面ごく近傍の凹凸情報を得る場合は、加速電圧を下げることが好ましい。
【0031】
照射電流量は、コンデンサーレンズ電流量を変えたり、レンズの絞りの孔径をかえたり、エミッション電流量をかえたり、といったことをおこなうことにより調整する。試料に照射される電流量が多いと、像のざらつきが多くなるため、できるだけ少なめの照射電流量にすることが好ましい。
【0032】
非点収差が生じている場合は、焦点をずらした際に、像の線のぼやける方向があり、像が流れたような表示になる。そのため、像に与える影響が大きく、非点収差をなくすことが必要である。非点収差をもつ像の流れの方向は、焦点を上下させると、90°変化する。焦点をずらした際に発生する像の流れがもっとも起こらない位置が焦点の合っている正焦点位置であり、この正焦点位置において、線が最も鋭くなるように、非点収差補正をおこなう。
【0033】
次に本発明の調整用の目印となる痕の形成方法について示す。
【0034】
本発明において、電子ビームの走査をとめることにより、図2に示すように試料表面8に電子ビーム照射してできる痕9を形成することが可能となる。
【0035】
ビームの走査をとめる方法としては、電子顕微鏡に元素分析のためにビームの走査をとめるモードを用いたり、SEMに元素分析装置、エネルギー分散型X線分析装置(以降、EDSまたはEDXと云う)や、波長分散型X線分析装置(以降、WDSまたはWDXと云う)が付属されている場合は、元素分析装置における点分析モードを用いたりすることも可能である。このため、痕を形成したのち、再び観察させる場合も、容易に走査を始められる。
【0036】
本発明の観察方法における観察試料としては、プラスチックフィルム表面、蒸着法やスパッタリング法等の乾式成膜法で形成された膜表面、塗布法により成膜された膜表面、等を用いてもよい。これらの試料表面は平滑であるが、本発明によれば、試料表面に直径50nm程度の痕を設けること出来、その痕を目印として容易に非点収差補正、焦点調整をおこなうことができる。
【0037】
電子ビームを照射し痕が形成される時、痕の大きさは、試料の熱への耐性、導電処理の有無、試料電流、電子ビームの加速電圧、照射時間、等の要因により影響を受けることが考えられる。
【0038】
熱に弱い試料の場合は大きな痕が形成されやすい。このため、プラスチックフィルムを用いてつくられた試料は、無機物主体の試料と比較して大きな痕が形成されやすい傾向がある。
【0039】
また、熱収縮をする試料の場合は、痕の輪郭がゆるやかになったり、輪郭部分に微細な凹凸が生じて、より細かい凹凸が形成されたりすることもある。
【0040】
また、同種類の試料において、導電処理をした場合と、していない場合とでは、していない場合の方が、帯電により、大きな痕が形成されやすい。
【0041】
また、加速電圧や、試料電流を上げ、照射時間を長くすると、大きな痕が形成されやすい。
【0042】
痕は5nm以上1μm以下であることが好ましい。5nm未満の痕を形成することは、電子線のビーム径が2nm程度であることから困難である。また、痕が1μmを超える場合、10万倍以上の高倍率観察するための、非点調整、焦点調整用の痕としては大きすぎるため適さない。
【0043】
痕を高倍率観察に適切な直径1μm以下程度に形成するため、痕の形成時の加速電圧、試料電流は、試料の都度、変更することが好ましい。そのため、高倍率観察前に、中倍率程度、痕を形成する加速電圧にて、試料端等の凹凸箇所である程度の軸調整、非点調整をおこなっておくことが好ましい。中倍率程度であれば、高倍率時のときのように精密に合わせなくてもよいため、既存の手順で容易におこなうことができる。
【0044】
痕を形成したのち、高倍率観察時の加速電圧にし、形成した痕を目印にしながら、非点収差補正、焦点調整をおこなう。調整後は、痕近傍であり、痕の形成による影響の無い箇所で試料表面の像観察をおこなう。
【実施例】
【0045】
PETフィルムにアクリル系の樹脂が1μmの厚みで塗布されている試料面を観察した。
【0046】
試料が帯電すると、2次電子検出に影響が出て、SEM像取得が困難であるため、通常、白金またはタングステン、またはカーボンを用いた導電処理をおこない帯電を防ぐ処置をとる。しかし、今回は導電処理に用いた粒子の形状により、試料の凹凸情報が損なわれることがあるため、無蒸着観察をおこなった。
【0047】
チャージアップを防ぎながら非導電性試料に対して、無蒸着観察をおこなう方法のひとつとして、低加速電圧観察がある。そこで、今回は低加速電圧での高倍率観察をおこなった。
【0048】
倍率2万倍、加速電圧4kVにて、高分子フィルム上の裁断箇所の凹凸をもとに非収差補正、焦点調整をおこなった後、試料位置を目的とする観察箇所の近傍に移動させた。ここで近傍とは目的とする観察箇所から20μm離れた場所とした。
【0049】
エネルギー分散型X線分光(EDX)のソフトの点分析機能を用いて、60秒間電子ビームの走査をとめて、電子ビームを目的とする観察箇所の近傍に照射した。
【0050】
電子ビームを照射した後、倍率2万倍、加速電圧0.8kVにて、ビームの照射位置を観察したところ、直径約50nm程の円状痕の形成が確認できた。
【0051】
倍率10万倍、加速電圧0.8kVにて、形成された円痕を目印として、非点収差補正、焦点調整をおこなった。この後、電子ビームを目的とする観察箇所に移し、観察した。
【0052】
観察倍率が高倍率であり、低加速電圧であっても、非点収差補正、焦点調整を容易におこなうことができ、精細な像を得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】SEMの電子光学系の基本構成を説明する図である。
【図2】SEM像で観察中の試料表面上の痕を示した図である。
【符号の説明】
【0054】
1…電子銃
2…集束レンズ
3…走査コイル
4…非点補正装置
5…対物レンズ
6…試料
7…電子ビーム
8…試料表面
9…電子ビームを照射してできる痕

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平滑試料面を被観察部とする走査型電子顕微鏡用試料の作成方法であって、前記被観察部近傍に非点収差補正、焦点調整用の痕を形成することを特徴とする走査型電子顕微鏡用試料の作成方法。
【請求項2】
前記痕の形成方法は、電子線の走査を止め、試料表面の一点に直進させた電子線を照射し、形成することを特徴とする請求項1記載の走査型電子顕微鏡用試料の作成方法。
【請求項3】
前記痕の最大径が5nm以上1μm以下であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の走査型電子顕微鏡用試料の作成方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−139633(P2007−139633A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−335424(P2005−335424)
【出願日】平成17年11月21日(2005.11.21)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】