説明

走査運動誤差測定方法

【課題】特別な外部基準を必要としないため簡便、低コスト、迅速、低設置面積といった特徴を持つ走査運動誤差測定方法において、従来、取り除くことのできなかったスピンドル回転誤差の影響を低減できる走査運動誤差測定方法を提供する。
【解決手段】旋盤や円筒研削盤上において作製した加工対象である被加工物5をスピンドル3から取り外すことなくそのまま測定の基準として用いて、被加工物5を搭載したスピンドル3の回転中心軸4に対して工具Tと正対する位置に変位検出器Bを配置し、回転中心軸4に沿ってスライドにより走査しながら得られた変位検出器Bの出力から、回転中心軸4を基準としたスライド走査機構の持つ運動誤差を測定する装置において、回転中心軸4の整数回転分の平均を求めることにより、回転中心軸4の運動誤差の影響を低減する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、旋盤などの機上において加工機スライドの運動誤差を測定するために提案される走査運動誤差測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
対象物を加工する際、基本的な加工原理は、工作機械の動きを工作物に転写することである。従って、工作機械の指令値からのずれ、すなわち運動誤差を極限まで減少させること、並びに運動誤差を測定して数値的に補正することによって、今日の超精密加工が支えられている。従来、運動誤差は、直定規などの物理的な基準を各軸に取り付け、変位計などを用いて走査することにより、基準からの偏差を求めながら調整、補正されている。
【0003】
従来の技術を用いた方法では、運動誤差を測定するために、基準物およびそれに伴うジグなどの取り付け、調整に多大なる時間を要し、設置面積も大きい。また、より精密な測定が必要になればなるほど、基準物自体の精度もそれ以上の物が必要となるため、高価になりやすい。工作機械可動範囲全体に相当する長さが必要であり、超精密機械においては数十nmオーダの精度が必要とされることから、直定規の表面精度においてもλ/20程度が必要となる。鋼などの直定規では、重量などの面から旋盤などのスピンドルに取り付けることが困難であり、低熱膨張ガラスやセラミックなどの直定規を用いた場合、非常に高価になる。
【0004】
他にも光を基準とした方法、すなわちレーザ干渉計を用いた運動誤差測定方法などが挙げられる。レーザ干渉計を用いた運動誤差の測定においても、基準となる高精度な鏡などを測定対象軸に取り付ける必要があり、外部基準を用いる基本的な原理は同様である。運動誤差測定用の特殊な光学系が必要であり、光軸の調整などに時間を要する。また、光源などが大きいため、光路を設定する際、大きな制約となる。耐環境性についても、注意を払う必要がある。光源や鏡なども含め、光学系一式が必要となるため高価となる。
【0005】
ハードウエアを用いた基準の高精度化の一方で、基準として用いる直定規の形状精度と加工機の持つ運動誤差のオーダが同程度である場合、これらを分離測定するために変位計を複数用いたり、加工物の反転前後の測定データなどを用いたりすることにより、ソフトウエアによる基準を作り出す手法が知られている(例えば、特許文献1参照)。これらの手法は、機上における運動誤差測定においても有効な手法の一つであるが(例えば、特許文献2参照)、変位計が複数必要となることや、特殊なジグを用いるため装置が煩雑化しやすく、数値演算による計算が必要であるため、測定におけるノウハウが必要となる。
【0006】
また、旋盤などの機上において、加工機スライドの運動誤差を簡易的に計測する手法として、変位計をスピンドルの回転中心軸をはさんで工具に対して対向する位置に配置し、工作物をスピンドルで180度反転した位置で得られる変位計の出力から、スライドの運動誤差を推定する方法も開発されている(例えば、非特許文献1参照)。しかし、この方法では、スピンドルの回転誤差の影響を受けるため、スライドの運動誤差を正確に計測できない問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−327754号公報
【特許文献2】特開2008−8879号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】AlanCampbell, “Measurement of lathe Z-slide straightness and parallelismusing a flat land”, Precision engineering, 1995年7月, Vol.17, No.3, p.207-210
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、特別な外部基準を必要としないため、簡便、低コスト、迅速、低設置面積といった特徴を持つ走査運動誤差測定方法において、従来、取り除くことのできなかったスピンドル回転誤差の影響を低減できる走査運動誤差測定方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明に係る走査運動誤差測定方法は、旋盤や円筒研削盤上において作製した加工対象である被加工物をスピンドルから取り外すことなくそのまま測定の基準として用いて、前記被加工物を搭載した前記スピンドルの回転中心軸に対して工具と正対する位置に変位検出器を配置し、前記回転中心軸に沿ってスライドにより走査しながら得られた前記変位検出器の出力から、前記回転中心軸を基準としたスライド走査機構の持つ運動誤差を測定する装置において、前記回転中心軸の整数回転分の平均を求めることにより、前記回転中心軸の運動誤差の影響を低減することを、特徴とする。
【0011】
本発明においては、直定規や鏡などの外部基準を用いることなく、工作機械上にて加工された工作物そのものを基準として用いる。超精密旋盤による円筒面の切削加工を例に挙げると、加工された円筒には加工機の運動誤差が転写されている。変位計を円筒の母線をはさんで工具に対して対向する位置に取り付けると、走査した時に得られる出力は、入力される変位の方向が異なるため、転写した運動誤差と変位計を走査した際の運動誤差とが含まれる。つまり、変位計の出力の半分が求めるべき運動誤差となる。この際、工具と対向する位置に配置されている変位計にはスピンドル誤差が含まれてしまうが、回転中心軸の整数回転分の平均を求めることにより、回転軸の運動誤差の影響を低減できる。以上のように提案する手段によれば、特に外部基準を用いることなく、変位計の位置の反転および整数回転分の平均のみにより、走査スライドの持つ運動誤差を正確に求めることができる。
【0012】
本発明に係る走査運動誤差測定方法は、前記工具の代わりに変位検出器を取り付け、計2本の変位検出器を用いることにより、前記被加工物を一度、前記スピンドルから取り外し、再度搭載した際に生じる取り付け誤差を取り除きながら運動誤差測定を行ってもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、基本的に変位計が1つあればよいため、従来の運動誤差測定方法と比較して、安価で設置面積もほとんど必要としない。あわせて工作物や工具などの取り外しも必要としないため、構成によっては常時備え付けることも可能である。さらに、従来の運動誤差測定では取り除くことのできなかったスピンドル回転誤差の影響を低減できるという効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】スライドおよびスピンドルにより構成される旋盤における運動誤差を示す概略平面図である。
【図2】本発明の実施の形態の走査運動誤差測定方法の、1本の変位計を用いた運動誤差測定を示す概略平面図である。
【図3】図2に示す走査運動誤差測定方法により求められたスライド運動誤差を表すグラフである。
【図4】本発明の実施の形態の走査運動誤差測定方法の、2本の変位計を用いた運動誤差測定を示す概略平面図である。
【図5】図4に示す走査運動誤差測定方法において、加工後に円筒加工物を取り外さずに得られた変位計の出力を表すグラフである。
【図6】図5に示す走査運動誤差測定方法の出力を用いて求められたスライド運動誤差を表すグラフである。
【図7】図4に示す走査運動誤差測定方法において、円筒加工物を取り外し、再度搭載して得られた変位計の出力を表すグラフである。
【図8】図7に示す走査運動誤差測定方法の出力を用いて求められたスライド運動誤差を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面に基づき本発明の実施の形態について説明する。
図1は、Zスライド1とスピンドル3により構成される旋盤のモデルを示している。スピンドル3の回転中心軸4は、Z軸と一致している。半径方向の誤差と傾斜による誤差とを含めたスピンドル3の運動誤差を、スピンドル3の回転角θとZスライド1の位置Zとの関数として、スピンドル誤差espindle(z,θ)とする。スライドの運動誤差、スライド誤差eslide(z)は、Z軸とZスライド軸2の角度誤差αslide、およびZ軸からのX方向への変位誤差eslide_s(z)を用いて次式で表わされる。
【0016】
【数1】

今後、スピンドル誤差とスライド誤差は、繰り返すものとする。
【0017】
また、図2において、被加工物5はスピンドル3に取り付けられており、工具Tおよび変位計Bは、スピンドル3の回転中心軸4をはさんで対向する位置において、同じZスライド1上に搭載されている。提案する方法では、始めに旋盤の機能により被加工物5を加工後、スピンドル3から取り外すことなく測定を行う。スライド誤差とスピンドル誤差とを含んだ工具Tの軌跡が被加工物5に転写されるため、被加工物5の表面形状は、加工位置(z,θ)において次式のようになる。
【0018】
【数2】

【0019】
変位計Bの位置(z,θ)における出力は次式となる。
【数3】

【0020】
この時、一度加工を行っているため、スピンドル軸と被加工物中心軸6とは一致しており、取り付け誤差は含まれない。スライド誤差の変位誤差および角度誤差は、次のように評価できる。
【0021】
【数4】

【0022】
非特許文献1で示す従来の技術では、式(5)のスピンドル誤差が、スライドの計測結果に誤差として含まれてしまう。
そこで、式(5)のスピンドル誤差を取り除くために,本発明では次式のように平均処理を行う。
【0023】
【数5】

【0024】
一回転分のスピンドル誤差の平均を取ると、式(7)に示すように、ゼロに近づく。このため、式(6)が得られる。
ここで、Nは平均点数である。また、平均する回転数を増やすことで、誤差をさらに低減することができる。結果として、変位計Bの出力から、被加工物5の表面形状誤差やスピンドル誤差の影響を受けることなく、スライド誤差を評価することができる。ここでの注意点は、この方法は加工後、スピンドル3から被加工物5を取り外さないことが条件である。
【0025】
図3は、式(6)を用いて測定されたスライド誤差を示している。被加工物5は、材質がアルミニウムで、直径50 mm、長さ150 mmの円筒であり、先端半径2 mmの単結晶ダイヤモンド工具を用いて超精密旋盤により加工されている。加工後、被加工物5をスピンドル3から取り外すことなく、測定範囲100 μm、分解能1 nm、応答周波数40 kHz、電極径1 mmの静電容量型変位計を用いて、126 mmの範囲を走査した。図3に示すように、スライド誤差は約620 nmと求まり、大部分が角度誤差による影響であることがわかる。
【0026】
次に、被加工物5の脱着を行った場合でも有効な方法について記述する。図4は、2本の変位計A,Bを用いた運動誤差測定法の概略図を示している。この方法では、図1に対して工具Tの代わりに変位計Aが搭載されている。2本の変位計A,Bは、Zスライド1により同時に被加工物5を走査する。2本の変位計A,Bの位置(z,θ)における出力は、それぞれ次のように表わされる。
【0027】
【数6】

γは、スピンドル回転中心軸4に対する被加工物中心軸6の取り付け誤差である。スピンドル3を用いて円筒を180度回転させた後の、2本の変位計A,Bの位置(z,θ+π)における出力は、同様に次式で示される。
【0028】
【数7】

式(8)と式(11)から、次式を得る。
【0029】
【数8】

【0030】
式(12)から、被加工物5の表面形状誤差および取り付け誤差が取り除かれている。変位計1本による運動誤差測定方法と同様に、スピンドル誤差の影響を取り除くため平均処理を行うと次式が得られる。
【0031】
【数9】

【0032】
結果として、変位計の出力から、被加工物の表面形状誤差やスピンドル誤差のみならず、被加工物5の取り付け誤差の影響も受けることなく、スライド誤差を評価することができる。
【0033】
図2において、1本の変位計Bを用いて運動誤差を測定した後、工具Tを変位計Aに置き換え、スピンドル3から被加工物5を取り外すことなく、2本の変位計A,Bを用いて被加工物5を走査した時の出力を、図5に示す。
【0034】
得られた出力から、式(13)を用いて計算したスライド誤差を、図6に示す。求められたスライド誤差は630 nmとなり、1本の変位計を用いた際の結果との差10 nmは、運動誤差の繰り返し性の範囲内である。
【0035】
被加工物5を取り外し、再度スピンドル3に搭載して再び2本の変位計A,Bにより走査して得られた出力を、図7に示す。図5と比較して、被加工物5の脱着の影響により200 nm程度の差異が見られる。
【0036】
図8に、計算して得られたスライド誤差を示す。スライド誤差は620 nmとなり、図5とほぼ一致する。これにより、2本の変位計A,Bを用いた運動誤差測定方法により、被加工物5の脱着の影響を受けることなく、スライド誤差を測定できることが確認できる。
【符号の説明】
【0037】
1 Zスライド
2 Zスライド軸
3 スピンドル
4 回転中心軸
5 被加工物
6 被加工物中心軸
T 工具
A 変位計
B 変位計



【特許請求の範囲】
【請求項1】
旋盤や円筒研削盤上において作製した加工対象である被加工物をスピンドルから取り外すことなくそのまま測定の基準として用いて、前記被加工物を搭載した前記スピンドルの回転中心軸に対して工具と正対する位置に変位検出器を配置し、前記回転中心軸に沿ってスライドにより走査しながら得られた前記変位検出器の出力から、前記回転中心軸を基準としたスライド走査機構の持つ運動誤差を測定する装置において、前記回転中心軸の整数回転分の平均を求めることにより、前記回転中心軸の運動誤差の影響を低減することを、特徴とする走査運動誤差測定方法。
【請求項2】
前記工具の代わりに変位検出器を取り付け、計2本の変位検出器を用いることにより、前記被加工物を一度、前記スピンドルから取り外し、再度搭載した際に生じる取り付け誤差を取り除きながら運動誤差測定を行うことを、特徴とする請求項1記載の走査運動誤差測定方法。



【図3】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2010−253604(P2010−253604A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−105497(P2009−105497)
【出願日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】