説明

超硬合金およびその製造方法並びに回転切削工具

【課題】長寿命で耐折損性に優れた超硬合金製の回転切削工具並びに前記回転切削工具を実現することができる新規でかつ高性能な超硬合金及びその製造方法を提供する。
【解決手段】平均粒径が0.4μm以下の炭化タングステン粒子間を、Coを主体とする結合相により結合した超硬合金およびこの超硬合金を基体とする回転切削工具であって、波長分散型X線プローブマイクロアナライザーを用いて求めたCo濃度比をPavとしたとき、0.75≦Pav<1.00であることを特徴とする。また前記超硬合金を製造する方法を提供する。本発明の超硬合金および回転切削工具の基体のCo含有量は1〜13.5質量%であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばエンドミルやタップ等において工具寿命を大幅に改善することができる、耐欠損性および耐折損性に優れた、新規でかつ高性能な超硬合金製の回転切削工具並びに前記回転切削工具を実現することができる超硬合金およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、重量比でCo及び/又はNi:5〜12%、Cr、VC、TaC、Ru、Siのうちから選ばれる2種以上の合計量が0.1〜3%、残部がWC及び不可避の不純物からなる組成を有し、研磨面上を直径1μmのビーム径においてCoのEPMA線分析をした時に、線分析におけるCo成分強度の平均値の1.5倍をこえるCoのピークが単位長さ100μm当りで無く、飽和磁化の値がCo1%当り1.62μTm/kg以下、保磁力が27.8〜51.7kA/mである超微粒超硬合金を開示している(請求項1を参照)。
【0003】
特許文献2は、WCを主体とした炭化物相、Coを主体とした結合相、V、W、Crを含む複炭化物相を有するWC基超硬合金を試料に用いて、該複炭化物相の面積率を測定する方法であって、波長分散型X線プローブマイクロアナライザーのマッピング機能等による手段に基づくWC基超硬合金の複炭化物相の面積率の測定方法を開示している(請求項1を参照)。
【0004】
特許文献3における請求項5および段落42、表1中の試料No.1〜4では、有機溶媒および炭素粉末(炭素粉末を溶かしたメタノール)をスラリーの固形分比率が60〜80質量%になるように成形原料に添加して混合することを開示している。
【0005】
特許文献4は、コバルトを12質量%以下含有し(但し0質量%を除く)、結合相の平均厚みが0.14μm以下であり、かつ厚みのばらつきを3σ(σは厚みの標準偏差)で表すとき、3σが0.2以下である超硬合金を開示している(請求項1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004− 59946号公報
【特許文献2】特開2007− 93224号公報
【特許文献3】特開2005−133150号公報
【特許文献4】特開2009− 35810号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1および2は、いずれも、本発明に係る、(1)メディアを用いた特別な湿式混合処理を行うことにより、成形に供する混合原料中のCo粒子の形態を制御してCo粒子の均一分散性を改善できること、(2)この改善された成形原料を用いて従来よりも格段に高性能な超硬合金を製造できること、(3)この高性能な超硬合金について、波長分散型X線プローブマイクロアナライザーを用いて求めたCo濃度比をPavとしたとき、0.75≦Pav<1.00であること、について何ら記載及び示唆をしていない。
【0008】
特許文献3の表1中、試料番号2はスラリー固形分比が75wt%、粉砕時間が20hの湿式混合条件の場合を記載している。しかし、試料番号2の場合、後述表4のトレース結果から、板状のCo鱗片粒子の除去が不十分であり、改善の余地がある。
【0009】
特許文献4の表1中、試料No.2−2等では、「ATR(アトライタ)+ジェットミル」という湿式混合条件を採用し、結合相を均一に分散させた旨が記載されている。しかし、後述表4のトレース結果から、板状のCo鱗片粒子の除去が困難である。
【0010】
従って、本発明の第一の目的は、従来に比べて耐欠損性および耐折損性に優れた回転切削工具等を実現することができる、新規でかつ高性能な超硬合金を提供することにある。
本発明の第二の目的は、前記超硬合金を製造する方法を提供することにある。
本発明の第三の目的は、従来に比べて耐欠損性および耐折損性に優れた、新規で高性能な超硬合金製の回転切削工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の超硬合金は、平均粒径が0.4μm以下の炭化タングステン粒子間を、Coを主体とする結合相により結合した超硬合金であって、波長分散型X線プローブマイクロアナライザーを用いて求めたCo濃度比をPavとしたとき、0.75≦Pav<1.00であることを特徴とする。
本発明によれば、従来に比べて、新規でかつ高性能な超硬合金を提供することができる。
【0012】
本発明の超硬合金の製造方法は、平均粒径が0.4μm以下の炭化タングステン粒子間を、Coを主体とする結合相により結合した超硬合金を製造する方法であって、超硬合金用原料を湿式混合する工程、湿式混合処理後の原料を用いて成形する工程および得られた成形体を焼結する工程を有し、湿式混合工程におけるスラリー固形分比を60〜80質量%とし、メディアを用いた前記湿式混合の総時間を20〜200時間とし、および前記湿式混合の総時間あたりの当該混合原料中のCo粒子の平均粒径の減少分を0.1〜1.0μmの範囲に制御することによって、前記湿式混合処理後の混合原料は最大直径Rが10μm以上でありかつ厚みTが0.5R以下(Tは0を含まない。)であるCo鱗片粒子を含まないものとなり、この湿式混合原料を用いて得られた超硬合金について、波長分散型X線プローブマイクロアナライザーを用いて求めたCo濃度比をPavとしたとき、0.75≦Pav<1.00であることを特徴とする。
本発明によれば、従来に比べて耐欠損性および耐折損性に優れた回転切削工具を実現することができる、新規でかつ高性能な超硬合金の製造方法を提供することができる。
【0013】
本発明の回転切削工具は、平均粒径が0.4μm以下の炭化タングステン粒子間を、Coを主体とする結合相により結合したWC基超硬合金を基体とする回転切削工具であって、波長分散型X線プローブマイクロアナライザーを用いて求めたCo濃度比をPavとしたとき、0.75≦Pav<1.00であることを特徴とする。
本発明によれば、従来に比べて耐欠損性および耐折損性に優れた、新規でかつ高性能な回転切削工具を提供することができる。
【0014】
本発明において、前記超硬合金および前記基体のCo含有量が1〜13.5質量%である場合に実用性に富むものとなり、好ましい。
【発明の効果】
【0015】
(1)メディアを用いた特別な湿式混合処理を行うことにより、成形に供する混合原料中のCo鱗片粒子を消滅させることができる。
(2)この改善された成形原料を用いて従来よりも格段に高性能な超硬合金および回転切削工具を製造することができる。この高性能な超硬合金および回転切削工具の基体について、波長分散型X線プローブマイクロアナライザーを用いて求めたCo濃度比をPavとしたとき、0.75≦Pav<1.00である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明例3の超硬合金の研磨面をEPMAによりCoについて分析し、得られたCo濃度の度数分布を表示した図である。
【図2】Co濃度の最小値からX%までの測定データ数を用いて、算出したP値とX値との関係をプロットし、その曲線の傾きを示す微分値をX値との関係で図示したものである。
【図3】本発明例5において、湿式混合処理の初期段階における混合粉末を走査型電子顕微鏡(SEM)により撮影した写真である。
【図4】本発明例5において、湿式混合処理の中間段階における混合粉末を走査型電子顕微鏡(SEM)により撮影した写真である。
【図5】本発明例5において、湿式混合処理後の混合粉末を走査型電子顕微鏡(SEM)により撮影した写真である。
【図6】比較例15において、湿式混合処理後の混合粉末を走査型電子顕微鏡(SEM)により撮影した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[1]超硬合金および回転切削工具の基体の組成
本発明のWC基超硬合金および回転切削工具の基体は、平均粒径が0.4μm以下の炭化タングステン粒子間を、Co又はCoを主体とする結合相が結合してなるものである。Co含有量は1〜13.5質量%とすることが好ましい。Co含有量が1質量%未満では前記超硬合金および前記基体の靭性が不十分となる。従って、回転切削工具として使用した際、短い工具寿命で刃先が欠損し、本発明による目標切削距離に到達することはできない。また、13.5質量%を超えると硬度が不十分となり耐摩耗性が大きく低下するから、回転切削工具として使用した際、切刃部の摩耗が著しく、実用に耐えない。高い靭性および高い硬度を兼備するために、Co含有量は3〜13質量%とするのが好ましい。
【0018】
[2]超硬合金および回転切削工具の基体のPav値
本発明の超硬合金および回転切削工具の基体は、従来よりもCoを均一に分散分布させた組織を有する。そこで、その分散分布状態をEPMA装置により測定し、Co濃度比をPav値として規定することによって、このPav値を、耐欠損性および耐折損性に優れた新規でかつ高性能な超硬合金および回転切削工具の基体としての、実用に供するための基準値とすることができる。
本発明の回転切削工具の基体および超硬合金の微小領域において、Pav値によりCoの分散分布状態を厳密に管理する基準を設けたものである。即ち、EPMA装置による分析で求めたPav値により、前記の超硬合金および基体におけるCo量の分散分布状態を適正に管理することを可能とした。これによりCo量の少ない領域もPav値によって定量化されるので、分散分布状態の改善の目安となる。
【0019】
本発明の回転切削工具においては、Pav値と回転切削工具の刃先に欠損が発生するまでの工具寿命に大きな相関関係があり、Pav値が0.75≦Pav<1.00を満たすときに、刃先の欠損が発生し難い超硬合金製の回転切削工具が得られることがわかった。従って、Pav値を制御することにより工具寿命の大幅な改善が可能となる。
Pav値が、0.75≦Pav<1.00の範囲で刃先の耐欠損性が優れる理由は、従来よりも格段にCoがWC粒子間の細部にまで均一に分散した組織を有し、局所的な靭性の差が減少するからである。即ち、Pav値が0.75以上、1.00未満の範囲では、超硬合金のミクロ組織において、Coが均一に分散分布することを示し、CoがWC粒子間の細部にまで均一に分散する。そして、WC粒子同士の接触界面の割合が減少し、WC粒子が局所的に凝集した箇所が減少する。一方、Pav値が0.75未満に減少すると、Coの分散分布状態が不均一になり、WC粒子同士の接触界面やWC粒子が局所的に凝集した箇所が多く存在するようになる。すなわち、不均一な組織を有する超硬合金となり、局所的な靭性の差が大きくなる。そのため、回転切削工具として満足のいく耐欠損性が得られず、短寿命となる。エンドミルでは刃先の摩耗や刃先の摩耗幅が大きくなったり、欠損が生じ、短い工具寿命となる。また、タップとして使用する際、Pav値が0.75未満の場合、刃先に欠損が生じ、切り粉の分断が不十分となり、タップの溝に切り粉が詰まり、その結果、トルクが上昇しタップが折損してしまう。従って、Pav値を0.75以上にすることによって、刃先の欠損を発生させないようにすることは特に重要である。
本発明の回転切削工具の内、特に、エンドミルとして使用した際の目標工具寿命は、HRC50のダイス鋼を20m以上切削加工可能とすることであり、本発明のものはこの目標値を満たす。また、タップとして使用した際の目標工具寿命は、HRC50の合金工具鋼において50穴以上のねじ加工を可能とすることであり、本発明のものはこの目標値を満たす。
【0020】
本発明の超硬合金および回転切削工具において、特に回転切削工具の刃先におけるCoの分散分布状態に着目し、以下のようにしてPav値を測定した。その測定において、EPMA装置により本発明の超硬合金又は回転切削工具の回転軸に垂直な面の刃先近傍の研磨面を実効ビーム径0.4μm、電圧20kVの条件において、60μm×60μmの範囲を対象に、Coについて分析した。得られた分析結果から、以下のPavの算出方法によりPavを求めた。
(1)まず、Co平均濃度であるP値を測定する。このP値は、Co濃度を測定したデータの全数を対象にしたとき、Co濃度値の最小値から順番に数えて、データ全数の5%に相当するデータ数から平均濃度を算出し、求めた値である。
(2)次に、このP値を、超硬合金(焼結体バルク)をEPMAにてCoの定量分析を行い、そのCo分析値(質量%)で除算することにより、Pav値を算出する。具体的には、超硬合金又は回転切削工具の刃先の60μm×60μmの範囲を対象に、測定スポットを0.4μmずつ移動させて22500回について組成分析し、各測定スポットのCo濃度を測定する。このとき、22500回の測定値がCo濃度を測定したデータの全数となる。そこでP値は、これらを度数分布表示した際、Co濃度の最小値から、データの全数22500の5%にあたる1125番目までの値を平均することで得られる値とした。このP値を前記超硬合金(焼結体バルク)のCo分析値で除算することによって、Pav値を求めた。Pav値は本発明の超硬合金および回転切削工具の基体におけるCo粒子の分散性を示す指標であり、Pav値が高いほどCo粒子が均一に分散していることを示す。
【0021】
[3]超硬合金、回転切削工具の平均粒径
本発明の超硬合金および回転切削工具の基体におけるWC粒子の平均粒径は、超硬合金又は回転切削工具の回転軸に垂直な面の刃先近傍を鏡面研磨した後、村上試薬で0.5分、王水で3分間エッチングすることによりWC粒子以外の相を除去し、WC粒子の結晶粒界を明確にした後、走査型電子顕微鏡にて1万倍の写真を撮影し、次の数1に示すフルマンの式により算出し、求めた。
【0022】
【数式1】

【0023】
上記の数式1において、Nl値は、単位長さ当たりの直線が横断したWC粒子の数、Ns値は、単位面積内に存在するWC粒子の数を示す。
本発明では、WCの平均粒径を0.4μm以下とし、0.05〜0.4μmとするのが好ましく、0.1〜0.3μmとするのがより好ましい。WCの平均粒径が0.4μmを超えて大きいと、超硬合金又は回転切削工具において、微細かつシャープエッジな刃先を形成するのが困難となる。また、WC粒子の平均粒径が0.05μm未満のものは工業生産性に乏しく、実用的ではない。
【0024】
[4]超硬合金の製造方法
本発明の超硬合金の製造方法において、具備すべき混合工程と焼結工程とを、例えば以下の条件にする必要がある。これらの製造工程の処理により本発明の超硬合金および回転切削工具のPav値を上記特定範囲に制御することができる。
(A)混合工程
Co粒子を含む成形原料粉末の混合工程はアルコール等の有機溶媒中で、メディアを用いた湿式混合装置により行う。実用上直径3〜20mmの超硬合金製球体メディアを用いることが好ましい。
湿式混合装置は特に限定されないが、アトライター若しくはボールミル等を使用するか、またはそれらをニ装置以上連結して併用してもよい。
【0025】
湿式混合の総時間を20〜200時間とし、かつスラリー固形分比を60〜80質量%とすることが必要である。60質量%未満ではCo粒子の板状化が発生し、80質量%超では均一混合および粉砕がすすまないからである。
【0026】
湿式混合工程における混合原料中のCo粒子の微粒化速度(以後、Co微粒化速度ともいう。)を、湿式混合の総時間20〜200時間あたり0.1〜1.0μmの範囲に制御することにより、湿式混合によるCo粒子の板状化(扁平化)を抑えることができる。「Co微粒化速度」とは、前記湿式混合の総時間20〜200時間あたりの湿式混合開始時点から湿式混合終了時点までのCo粒子の平均粒径の減少分をいう。このCo微粒化速度未満(200時間超)では工業生産性に乏しく、このCo微粒化速度を超えると(20時間未満では)板状のCo粒子の破壊が不十分になる。
【0027】
本発明の製造方法に係る湿式混合工程では、後述の図3〜図5に示すとおり、一旦板状のCo粒子が発生するが、更に本発明に係る特有の湿式混合処理により、発生した板状のCo粒子を破壊するようにした。この結果、従来に比べて格段にCo粒子が均一分散した成形用混合原料が得られた。この有利な効果を奏する混合原料を用いて成形し、焼結して得られた超硬合金は、従来より格段にCo粒子が均一分散したものとなる。
本発明に係る湿式混合工程において、板状のCo粒子が破壊されるメカニズムは明確になっていないが、主にCo粒子に作用する衝撃力により加工硬化がすすみ、板状のCo粒子が脆化して破壊されたものと考えられる。本発明に係る湿式混合条件は、使用する装置ごとに変化し、一義的に決定困難である。このため、本発明においては、メディア材質、メディア総充填量、湿式混合時のスラリー粘度およびCo粒子に加わる衝撃力(回転型の湿式混合装置の場合はほぼ周速に比例し、振動ミル等では振幅にほぼ比例する。)等を総合的に検討し、経験則に基いて最適の湿式混合条件を設定した。
【0028】
スラリー固形分比S(質量%)は下記式により算出した。
S=(超硬合金用原料の総質量)÷(超硬合金用原料の総質量+有機溶媒の総質量)×100%
【0029】
湿式混合前又は湿式混合時に、潤滑剤又は成形用バインダーとして、金属石鹸およびワックス等を、超硬合金用原料の総質量に対して0.1〜2質量%添加することが好ましい。添加量が0.1質量%未満では添加効果が得られず、2質量%を超えると耐欠損性および耐折損性が大きく低下する。
【0030】
Co粒子の平均粒径は、湿式混合前のCo粒子および湿式混合後の成形原料中のCo粒子について、それぞれEPMAにより面分析を行い、Co粒子を特定した後、同一視野をSEM観察し、画像処理により平均円相当直径を算出することにより求める。500個以上のCo粒子を測定するのが好ましく、後述の各本発明例においては1000個のCo粒子を測定し、求めた。
【0031】
上記のとおり、本発明の超硬合金および回転切削工具を作製する際、Pav値を制御するためには板状のCo鱗片粒子が無い混合原料を用いることが必要である。上記の湿式混合条件を満たすことでCo鱗片粒子の発生を抑制することが可能となる。ここで、Co鱗片粒子とは、Co粒子が湿式混合工程で塑性変形し、板状のCo粒子に変形し、板状の形態であるCo粒子をいう。
本発明の製造方法では、湿式混合後の成形原料中にCo鱗片粒子を含まないことが必要である。Co鱗片粒子の最大直径Rは10μm以上であり、かつ、Co鱗片粒子の厚みTは0.5R以下(Tは0を含まない。)である。実用上、Rは10〜200μmであり、Tは0.5R〜0.002Rである。Rが0.1〜9μmであるか、Tが0.5Rを超える場合は、耐欠損性および耐折損性の低下が抑制され、実用性に富む。
後述の図3〜図6に示す様に、乾燥後の混合粉末をEPMAにより面分析を行い、Co粒子を特定した後、同一視野をSEM観察し、Co鱗片粒子の有無を測定することが可能である。例えば、乾燥後の混合粉末について、50μm×50μmの面積の視野を1視野として、3000倍の倍率で、10視野以上を、SEMにより観察し、Co鱗片粒子の有無を測定することが好ましい。後述の本発明例および比較例においてはそれぞれ20視野の観察を行った。湿式混合処理後の混合原料中に、Co鱗片粒子が存在するとき、Coの均一分散性が顕著に低下し、もって超硬合金及び回転切削工具の性能が大きく低下してしまうことがわかった。
【0032】
(B)乾燥、造粒工程
湿式混合処理後のスラリーを乾燥したものを成形原料としてもよい。また、成形性を向上するために、湿式混合処理後のスラリーを、スプレードライヤーにより乾燥および造粒することが好ましい。この造粒した成形原料により、高速成形化、成形体密度の均一化および高密度化、成形体寸法のばらつき低減等を実現することができる。
【0033】
(C)焼結工程
焼結工程でCoが完全に液相となる焼結温度域で一定時間保持し、その後、室温までの冷却を行うことなく、Coが一部液相である温度域でHIP処理を一定時間行うことが、Pav値を制御するために好ましい。このために、焼結とHIP処理を同一焼結炉で行うことが好ましい。
焼結温度は、Co含有量により調節する必要があるが、1320〜1450℃の焼結温度が適切である。
HIP処理は、焼結温度よりも低い温度で行うことが好ましい。焼結温度から50〜100℃低い温度に設定し、アルゴン雰囲気中でHIP処理を行うことが超硬合金中にCoを均一に分散分布させるために好ましい。この場合、アルゴンガス導入のタイミングや圧力等を最適な条件に調整する。
さらに、焼結温度からHIP処理を行う温度への冷却速度を10℃/min以上で冷却することによりWC粒子の異常粒成長を抑制できる。超硬合金中のWC粒子中のWはCoへの溶解、析出により粒成長が起きる。Coが一部液相である温度域ではWの析出が主に発生するため、冷却速度を制御することによりWC粒子の異常粒成長を抑制できる。異常粒成長したWC粒子はWC粒子が局所的に凝集した箇所と同様にCoが均一に分散していないと見なすことができる。つまり、焼結温度からHIP処理を行う温度への冷却速度を10℃/min以上で冷却することが超硬合金中にCoを均一に分散分布させるために好ましい。
また、本発明の回転切削工具において、Pav値と刃先が欠損するまでの切削距離との間に密接な関係があることに加え、さらに突発的な折損の発生率にも密接な関係があることがわかった。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を下記の実施例により詳細に説明するが、それらにより本発明が限定されるものではない。
【実施例1】
【0035】
<Co含有量、Co微粒化速度、スラリー固形分比の検討>
超硬合金用原料として、平均粒径が0.4μmのWC粉末、平均粒径が1.2μmのCo粉末、平均粒径が0.5〜1.5μmの範囲にあるCrおよびVの化合物粉末を用いて、後述の表1中に記載の本発明例1〜14、21および22並びに比較例15〜18の各組成に配合した。各配合後の粉末を、それぞれ後述の表1中に記載の湿式混合の総時間T(時間)をかけて、アルコール中で湿式混合した。湿式混合装置としてボールミルを使用し、湿式混合時におけるスラリー固形分比Sは60〜80%とした。湿式混合時に更に成形用バインダー(成型用ワックス)を、超硬合金用原料の総質量に対し1.0質量%相当量を添加した。こうして得られた湿式混合後のスラリーをスプレードライヤーで乾燥し、造粒した。
乾燥後の混合原料中のCo微粒化速度を求め、およびCo鱗片粒子の有無を測定した。
【0036】
次に、前記の造粒原料により、押出成形機にて焼結後の直径が4.2mmとなるように長尺成形体を成形した。
これらの長尺成形体を脱脂の後、10Paの真空雰囲気中、1320〜1450℃の範囲内の各焼結温度に60分間保持後、20℃/minで冷却し、各焼結温度から50〜100℃低い温度において、アルゴン雰囲気中でHIP処理を30分間行った後に冷却した。
上記の工程によって本発明例1から14の長尺丸棒状の超硬合金素材(以下、丸棒という。)を作製した。表1に、各試料の湿式混合に供する原料粉末の配合組成(焼結体組成)、湿式混合の総時間T、Co微粒化速度、Co鱗片粒子の有無、焼結温度T、HIP処理の温度T、温度差(T−T)およびPav値を示す。ここで、焼結後の各例の超硬合金の組成は、不可避的不純物を除外して、WC+Co+Cr+V=100質量%とした場合、配合組成は実質的に超硬合金の焼結体組成であったので、表1中に配合組成(焼結体組成)と記載した。
後述のとおり、本発明例1〜14、21および22並びに比較例15〜18において、採用した焼結温度TおよびHIP処理温度Tの条件は、各組成に対応した最適条件である。また、以降において単に(%)と表示した場合は(質量%)を意味するものとする。
【0037】
【表1】

【0038】
図1は、本発明例3の超硬合金の研磨面を、EPMAによりCoについて分析し、得られたCo濃度の度数分布を表示している。本発明例3のP値は、図1に示された度数分布表示において、Co濃度の最小値から測定データ数の5%までのCo濃度を平均した値であり、P値は、9.2%であった。
図2はCo濃度の最小値からX%までの測定データ数を用いて、算出したP値とX値との関係をプロットし、その曲線の傾きを示す微分値をX値との関係で図示したものである。例えば、Co濃度の最小値から測定データ全数の5%までデータ数を用いた場合、横軸のX値が5%となる。本発明において、Coの低濃度領域がミクロ組織中に多数存在しないことが特に重要である。そのため、X値はなるべく小さく取る方が好ましい。しかし、一方、P値のバラツキを抑えるため、X値によりP値の変化が少ない方が好ましい。そこで、図2を見ると、X値が5%以上で微分値の変化量が少なくなった。よって本発明では、この対象データ数が、全データ数の割合で5%としたときの平均濃度を用いるものとした。
【0039】
図3に、本発明例5の湿式混合処理の初期段階における混合粉末をSEMにより撮影した写真を示す。
図4に、本発明例5の湿式混合処理の中間段階における混合粉末をSEMにより撮影した写真を示す。
図5に、本発明例5の湿式混合処理後の混合粉末をSEMにより撮影した写真を示す。
図4より、本発明に係る湿式混合処理の中間段階ではCo鱗片粒子が生成していることがわかる。しかし、本発明に係る湿式混合処理においては、一旦生成したCo鱗片粒子が湿式混合処理の進行とともに破壊されるから、本発明に係る湿式混合処理後の混合原料中にはCo鱗片粒子は含まれないことがわかった(図5を参照)。
【0040】
得られた丸棒を加工して、直径4.0×長さ50mmの当該丸棒から外径1mm、首下長2mm、2枚刃のエンドミルを作製した。このエンドミルを用いて下記の試験条件1にて切削加工を実施し、刃先の先端部における最大逃げ面摩耗幅が0.15mmに至るまでの切削距離を測定し工具寿命とした。ただし、5mごとに刃先の状態を実体顕微鏡により観察し、刃先の先端部における最大逃げ面摩耗幅が0.15mmに至る以前に刃先に欠損が生じた場合は欠損が生じた時点での切削距離を工具寿命とした。使用した被削材は、ダイス鋼(HRC50、DAC55)である。表2に評価結果をPav値と併せて記す。
【0041】
(試験条件1)
加工方法:湿式(水溶性切削油使用)高速溝加工
被削材:ダイス鋼(HRC50、DAC55)
回転数:21,600回転/min
送り量:699mm/min
切り込み:0.05mm
【0042】
【表2】

【0043】
本発明例1〜14、21および22は何れも成形原料中にCo鱗片粒子は無く、焼結体のPav値は0.75≦Pav<1.00の範囲であり、焼結体中にCo粒子が均一に分散したものであることにより、20m切削後の刃先に欠損はなく、良好な結果を示した。
20m以降も工具寿命を測定するために切削を行ったところ、特に、本発明例の中でも、本発明例5のPav値は、0.930と最も高い値を示し、工具寿命が最も長く優れていた。また、20mを超える長い切削距離でも刃先の欠損は見られなかった。これは、超硬合金中のCoが特に均一に分散分布したためである。
本発明例6は、本発明例5と同じ焼結体組成であるが、Co微粒化速度が本発明例5より遅いため、Pav値は0.842となり、工具寿命は本発明例5よりも劣る結果となった。
【0044】
本発明例1〜4は、Pav値に顕著な影響を及ぼすCo微粒化速度の影響を見た場合である。Co含有量、スラリー固形分比Sと焼結温度Tは同じ条件とした。この場合、Pav値は、Co微粒化速度の減少に伴って大きくなる傾向を示した。この理由は、本発明に係る湿式混合処理の場合は、特定範囲のCo微粒化速度を採用したことによって、一旦生成したCo鱗片粒子が破壊され、消滅する。従って、得られた混合原料を用いて成形し、焼結してなる本発明の超硬合金のミクロ組織においては、Coが均一に分散分布し、CoがWC粒子間の細部にまで均一に分散したことによるものである。
【0045】
本発明例7〜14、21および22は、Pav値に顕著な影響を及ぼすCo微粒化速度並びに副次的な影響を及ぼすCo含有量およびスラリー固形分比Sの影響を見た場合である。ここで、焼結温度T、HIP処理温度Tは、Co含有量によって適正な条件とした。そのため、焼結温度Tは1320℃〜1450℃の範囲内で、Co含有量に合わせて適正な処理条件とした。またHIP処理温度Tは、焼結温度Tよりも60℃または50℃低い条件に設定した。
本発明例7〜14のPav値は、0.817〜0.848の範囲で略同様な値を示した。そして本発明が目標とする性能である、工具寿命が20m以上の性能を満足することができた。本発明例7、8でPav値に対して相対的に長寿命を示したが、最終的に刃先の欠損が起きた。この理由は、Co含有量が比較的少ないためと推測される。
Co含有量が本発明例1〜14より顕著に少ない本発明例21および22においてもPav値が高く、実用に耐える工具寿命を有することがわかった。
【0046】
一方、比較例15〜18は何れも、Co微粒化速度が本発明の製造方法に係る{1.0/20(μm/時間)}より大きく、成形原料中にCo鱗片粒子が存在し、Pav値が0.75未満となり、工具寿命が短く、切削距離15mの段階で刃先に欠損が生じた。
【実施例2】
【0047】
本発明例1〜5および7について、実施例1における本発明例1〜5および7とそれぞれ同様にして焼結後の直径が8.3mmになるようにした以外は、それらと同様にして焼結までを行った。こうして得られた丸棒を加工し、直径8.0mm×長さ50mmの当該丸棒から食い付き山数5、ねじ部の長さ22mm、M8×P1.25のストレートタップを作製した。
比較例15〜18については、実施例1における比較例15〜18とそれぞれ同様にして、焼結後の直径が8.3mmになるようにした以外はそれらと同様にして焼結までを行った。こうして得られた丸棒を加工し、直径8.0mm×長さ50mmの丸棒から食い付き山数5、ねじ部の長さ22mm、M8×P1.25のストレートタップを作製した。
前記各タップを用いて下記の試験条件2にて切削加工を実施し、5穴加工ごとに5箇所全ての食い付き刃の先端を観察し、刃先に欠損が生じるまでの加工ねじ穴数を測定した。ただし、刀先に欠損が生じる以前にタップが折損した場合は折損するまでの加工ねじ穴数を測定した。使用した被削材は、合金工具鋼(HRC50、SKD61)である。表3に評価結果をPav値と併せて記す。
【0048】
(試験条件2)
加工方法:湿式(水溶性切削油使用)ねじ加工
被削材:合金工具鋼(HRC50、SKD61)
回転数:12回転/min
主軸送り量:150mm/min
切削速度:3m/min
タップ深さ:16mm
下穴径:6.9mm
【0049】
【表3】

【0050】
本発明例1〜5、7の各タップは何れも0.75≦Pav<1.00の範囲内にあることから、良好な結果を示した。特に、Pav値が最も高い本発明例5のタップは加工ねじ穴数が最も多くなり優れていた。 なお、本発明例7のタップでは、最終的に刃先の欠損が起きた。この理由は、Co量が比較的少ないためと推測される。
【0051】
一方、比較例15〜18では、Pav値が0.75未満となり、タップとしての工具寿命が短くなった。
【0052】
上記のとおり、本発明の回転切削工具は、長寿命で折損、欠損が発生しにくいものであり、きわめて実用性に富むことがわかる。
【実施例3】
【0053】
<他の湿式混合装置の検討>
本発明例31として、後述の表4に示すとおり、湿式混合処理装置としてアトライターを使用し、湿式混合条件を経験則に基づき適宜設定し、湿式混合時間を表4の条件とした以外は、本発明例5と同様にして、超硬合金素材および2枚刃のエンドミルを作製し、試験条件1により切削寿命の評価を行った。
この評価結果から、本発明例31のエンドミルは、Pav値が0.899(表4を参照)であり、切削寿命は50.1mとなり、良好であった。
【0054】
(従来例32)
<特許文献3のトレース実験>
特許文献3に記載されている「炭素粉末を溶かしたメタノール」の添加は行わず、また、特許文献3に記載されていない湿式混合条件は本発明例5と同一条件とする湿式混合条件を採用し、特許文献3の表1中、試料番号2のトレース実験を行った。
このような湿式混合条件とした以外は、本発明例5と同様にして、従来例32の超硬合金素材を作製した。
この従来例32の合金素材から測定したPav値は0.728(表4を参照)であった。
【0055】
(従来例33)
<特許文献4のトレース実験>
特許文献4の表1中、試料No.2−2のトレース実験を行った。ただし、混合原料は本発明例5と同様のものを使用した。湿式混合装置として、本発明例31で使用したアトライタと同一のアトライタと市販のビーズミルとを接続したものを使用した。また湿式混合条件として、本発明例5の条件で3時間湿式混合後、これに続いて特許文献3の記載に準じたビーズミルの条件で3時間湿式混合する条件を採用した。湿式混合処理以外は本発明例5と同様にして従来例33の超硬合金素材を作製した。
この従来例33の合金素材から測定したPav値は0.713(表4を参照)であった。
【0056】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明による超硬合金および回転切削工具は、金属、非鉄金属加工用、非金属加工用のエンドミル、タップまたはドリルなどとして好適である。
また本発明による超硬合金は非回転切削型の工具基体(旋盤加工のバイト用等)としても有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均粒径が0.4μm以下の炭化タングステン粒子間を、Coを主体とする結合相により結合した超硬合金であって、
波長分散型X線プローブマイクロアナライザーを用いて求めたCo濃度比をPavとしたとき、0.75≦Pav<1.00であることを特徴とする超硬合金。
【請求項2】
請求項1に記載の超硬合金において、前記超硬合金のCo含有量が1〜13.5質量%であることを特徴とする超硬合金。
【請求項3】
平均粒径が0.4μm以下の炭化タングステン粒子間を、Coを主体とする結合相により結合した超硬合金を製造する方法であって、
超硬合金用原料を湿式混合する工程、湿式混合処理後の原料を用いて成形する工程および得られた成形体を焼結する工程を有し、
湿式混合工程におけるスラリー固形分比を60〜80質量%とし、メディアを用いた前記湿式混合の総時間を20〜200時間とし、および前記湿式混合の総時間あたりの当該混合原料中のCo粒子の平均粒径の減少分を0.1〜1.0μmの範囲に制御することによって、前記湿式混合処理後の混合原料は最大直径Rが10μm以上でありかつ厚みTが0.5R以下(Tは0を含まない。)であるCo鱗片粒子を含まないものとなり、
この湿式混合原料を用いて得られた超硬合金について、波長分散型X線プローブマイクロアナライザーを用いて求めたCo濃度比をPavとしたとき、0.75≦Pav<1.00であることを特徴とする超硬合金の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載の超硬合金の製造方法において、前記超硬合金のCo含有量が1〜13.5%質量%であることを特徴とする超硬合金の製造方法。
【請求項5】
平均粒径が0.4μm以下の炭化タングステン粒子間を、Coを主体とする結合相により結合したWC基超硬合金を基体とする回転切削工具であって、
波長分散型X線プローブマイクロアナライザーを用いて求めたCo濃度比をPavとしたとき、0.75≦Pav<1.00であることを特徴とする回転切削工具。
【請求項6】
請求項5に記載の回転切削工具において、前記基体のCo含有量が1〜13.5質量%であることを特徴とする回転切削工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−6780(P2011−6780A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−70878(P2010−70878)
【出願日】平成22年3月8日(2010.3.8)
【出願人】(000233066)日立ツール株式会社 (299)
【Fターム(参考)】