説明

超純水中の水酸基による加工方法

【課題】超純水中のOH-濃度を増大させれば、このOH-を利用して充分に加工することができるとの認識に基づき、超純水中のOH-を用いて被加工物の加工面に不純物を残さずに清浄な加工が行える全く新しい超純水中の水酸基による加工方法を提供する。
【解決手段】微量の不可避不純物を除き超純水のみを用い、超純水中に間隔を置いて配設した一対又はそれ以上の電極間に電流を流し、超純水を電気分解してイオン積を増大させ、この水酸基又は水酸基イオンの濃度が増大した超純水中に浸漬した被加工物を、水酸基又は水酸基イオンによる化学的溶出反応若しくは酸化反応によって除去加工若しくは酸化被膜形成加工する。被加工物がSiであり、その表面にSi酸化膜を形成する。被加工物がCuであり、該Cuを除去加工する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超純水中の水酸基による加工方法に係わり、更に詳しくは超純水のみを用いて、そのイオン積を増大させて水酸基又は水酸基イオンによって被加工物を除去加工若しくは酸化被膜形成加工することができる加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、科学技術の発展のもとに新材料の開発が次々と進んでいるが、それらの新材料に対する有効な加工技術は未だ確立されておらず、常に新材料開発の後を追う立場となっている。
【0003】
また、最近ではあらゆる機器の構成要素において微細化且つ高精度化が進み、サブミクロン領域での物作りが一般的となるにつれて、加工法自体が材料の特性に与える影響はますます大きくなっている。このような状況下では、従来の機械加工のように工具が被加工物を物理的に破壊しながら除去していく加工法では、加工によって被加工物に欠陥を多く生み出してしまうため、被加工物の特性は劣化する。従って、いかに材料の特性を損なうことなく加工を行うことができるかが問題となってくる。
【0004】
この問題を解決する手段として先ず開発された特殊加工法に、化学研磨や電解加工、電解研磨がある。これらの加工法は従来の物理的な加工とは対照的に、化学的溶出反応を起こすことによって除去加工を行うものである。従って、塑性変形による加工変質層や転位等の欠陥は発生せず、前述の材料の特性を損なわずに加工を行うといった問題は解消される。
【0005】
そして、更に注目されているのが、原子間の化学的な相互作用を利用した加工法である。これは、微粒子や化学反応性の高いラジカル等を利用したものである。これらの加工法は、被加工物と原子オーダでの化学反応により除去加工を行うため原子オーダの加工制御が可能である。この加工法の例としては、本発明者が開発したEEM(Elastic Emission Machining)(特許文献1)やプラズマCVM(Chemical Vaporization Machining )(特許文献2等)がある。EEMは、微粒子と被加工物間の化学反応を利用したもので、材料の特性を損なうことなく原子オーダの加工を実現している。また、プラズマCVMは、大気圧プラズマ中で生成したラジカルと被加工物とのラジカル反応を利用したもので、原子オーダの加工を実現している。
【特許文献1】特開平1−236939号公報
【特許文献2】特開平1−125829号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、前述の電解加工や電解研磨では、従来は被加工物と電解液(NaCl、NaNO3、HF、HCl、HNO3、NaOH等の水溶液)との電気化学的相互作用によって加工が進行するとされている。また、電解液を使用する限り、その電解液で被加工物が汚染されることは避けられない。
【0007】
そこで、本発明者は、中性及びアルカリ性の電解液では水酸基(OH-)が加工に作用していると考え、それならば微量ながらOH-が存在している水によっても加工はできるとの仮定に至った。超純水中のOH-を利用して加工ができれば、加工面に不純物を残さない清浄な加工が行え、その用途は半導体製造分野をはじめ、非常に広いと予測される。しかし、超純水中に含まれるOH-濃度は、非常に希薄で、25℃、1気圧において10-7mol/l程度であることは周知の事実であり、例えば超純水中にSiを浸漬することで、エッチングが行われているといった内容の報告はこれまでのところない。
【0008】
本発明が前述の状況に鑑み、解決しようとするところは、超純水中のOH-濃度を増大させれば、このOH-を利用して充分に加工することができるとの認識に基づき、超純水中のOH-を用いて被加工物の加工面に不純物を残さずに清浄な加工が行える全く新しい加工方法を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、前述の課題解決のために、微量の不可避不純物を除き超純水のみを用い、超純水中に間隔を置いて配設した一対又はそれ以上の電極間に電流を流し、超純水を電気分解してイオン積を増大させ、この水酸基又は水酸基イオンの濃度が増大した超純水中に浸漬した被加工物を、水酸基又は水酸基イオンによる化学的溶出反応若しくは酸化反応によって除去加工若しくは酸化被膜形成加工することを特徴とする超純水中の水酸基による加工方法を構成した(請求項1)。
【0010】
ここで、前記被加工物を陽極とし、又は被加工物の電位を高く維持して、該被加工物の表面に水酸基イオンを引き寄せてなることが好ましい(請求項2)。
【0011】
更に、陽極とした被加工物に対して、所定のギャップを設けて回転可能な回転電極を配して陰極とし、該回転電極を回転させてギャップ間に一定な水の流れを作りながら被加工物を加工してなることがより好ましい(請求項3)。
【0012】
また、前記被加工物がSiであり、その表面にSi酸化膜を形成してなること(請求項4)、あるいは前記被加工物がCuであり、該Cuを除去加工してなること(請求項5)が好ましい。
【発明の効果】
【0013】
以上にしてなる本発明の超純水中の水酸基による加工方法によれば、以下の顕著な効果を奏する。
(1)OH-イオンと被加工物の化学的作用による加工であるため、被加工物の特性を損なうことはない。
(2)電解加工等で使用する水溶液と違い超純水中にはH+ 、OH-及びH2Oのみが存在し、金属イオン等の不純物は存在しないので、外部からの不純物の遮断が完全であれば、完全に清浄な雰囲気中での加工が可能である。
(3)超純水のみを使用するため加工コストの大幅な低減も可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の超純水を利用した各種材料の加工方法の原点は、従来の電解加工での反応機構に対する疑問にある。電解加工(Electrolytic Machining)は、電気化学的溶解作用(陽極溶出又は電解溶出)を材料の所要部に集中・制限することにより、所要の形状、寸法、表面状態を得る加工方法である。具体的には、電解液中において所要の形状に作られた陰極を被加工物である陽極とギャップ0.02〜0.7mmで対向させ、5〜20Vの直流電圧(電流密度は30〜200A/cm2)を印加させて加工を行うものである。これらの条件によって、電解溶出を陽極の極近傍に集中・制限させて起こすことにより、被加工物を工具である陰極の形状を反転した形状に加工するのである。
【0015】
次に、従来の電解加工における反応機構の定説を簡単に説明する。例えば、電解液にNaCl水溶液を用いてFeの電解加工を行った場合、その両極での反応過程は一般には以下のようになるとされている。
(陽)Fe→Fe2++2e 更に Fe2++2Cl-→FeCl2・・(1)
(陰)2Na++2H2O+2e→2NaOH+H2・・・・・・・・・(2)
こうして陰極で発生したFeCl2と陽極で発生したNaOHとが液中で反応して
FeCl2+2NaOH→Fe(OH)2 +2Na++2Cl-・・(3)
となる。こうして式(1)から式(3)を辺々加えると、前反応式は、
Fe+2H2O→Fe(OH)2+H2・・・・・・・・・・・・・(4)
となる。
【0016】
そこで、疑問とするのは、式(3)であり、この式においては、NaOHがこのままの形でFeCl2と反応しているように見える。しかし、NaOHについてNaはイオン化傾向が大きいため、電解液中においてはNaOHは次の式(5)のようにNa+とOH-とに電離していると考えられる。即ち、
NaOH→Na++OH-・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
となる。この過程を考慮すると、式(2)、式(3)は、それぞれ
2H2O+2e→2OH-+H2・・・・・・・・・・・・・・・(6)
FeCl2+2OH-→Fe(OH)2+2Cl-・・・・・・・(7)
となり、式(1)、式(6)、式(7)を辺々加えると、式(4)が同様に導かれる。
【0017】
この式(1)から式(3)の反応過程と、式(1)→式(6)→式(7)の反応過程の両者を比較すると、前者においてNaOH自身がその反応に寄与しており、一方後者においてはNaOHが電離することによって生じたOH-が反応に寄与していることが分かる。即ち、後者はOH-が存在すれば反応は進行すると考えられるのである。ここで、OH-は溶液中だけでなく、単に純水な水の中にも微量(25℃において10-7mol/l)ではあるが存在する。従って、上述の考えを基にすれば、超純水中のOH-を利用することでアルカリ溶液中と同様の材料の加工は可能だということになる。
【0018】
しかし、前述の如く、超純水中のOH-は微量であるので、実用的な加工を可能にするには、何らかの方法でOH-濃度を増大させなければならない。本発明は、他の溶液を加えることなく、超純水中のOH-濃度を増大させて、極度に清浄化された環境での材料の加工を行うことにある。従って、本発明の加工では被加工物表面の汚染は生じない。
【0019】
本発明の加工原理は、超純水中の水分子を電離し、生成された水酸基又は水酸基イオンを被加工物表面に供給し、被加工物原子と水酸基又は水酸基イオンとの反応によって、材料表面に清浄な酸化膜を形成したり、あるいは材料表面原子を除去し、その集積によって目的とする形状を得るものである。
【0020】
つまり、加工工具となる水酸基又は水酸基イオンを、被加工物表面近くに設置された電極表面やイオン交換機能又は触媒機能を有する固体表面での化学反応によって生成すれば、このような水酸基又は水酸基イオンを発生する固体材料表面近傍の被加工物表面が優先的に加工される。従って、水酸基あるいは水酸基イオンを発生させる材料の形状を被加工物表面に転写する、いわゆる転写加工が可能である。また、水酸基あるいは水酸基イオンを発生させる材料の形状が線状である場合には、板状材料の切断加工が可能である。そして、水酸基又は水酸基イオンの供給量等の加工パラメーターを調節することによって、材料表面で誘起される反応が酸化反応であるか、除去加工反応であるかを選択することが可能である。
【0021】
本発明の加工方法において、加工速度(加工能率)を高めるために、水酸基増加処理が重要である。水酸基増加処理には、熱的に平衡な状態でOH-を増加させる方法と、熱的に非平衡な(熱的平衡を利用しない)状態でOH-を増加させる方法とがある。加工という観点から水酸基増加処理を見れば、OH-を局在させて加工領域を制限するには熱的平衡を利用しない方法でOH-を増加させることが好ましいが、熱的に平衡な状態でOH-を増加させても、OH-のみを分離あるいは集積して被加工物の加工面に供給できれば同様に加工領域を制限することが可能である。
【0022】
その水酸基増加処理としては、超純水中に間隔を置いて配設した一対又はそれ以上の電極間に電流を流し、超純水を電気分解してなる処理(電解処理)、あるいは超純水を高温、高圧に維持してなる処理(高温高圧処理)、あるいは超純水を高温、高圧に維持しながら、超純水中に間隔を置いて配設した一対又はそれ以上の電極間に電流を流し、超純水を電気分解してなる処理(高温高圧・電解処理)、あるいは超純水中に配設したイオン交換機能を有する固体表面での電気化学反応を利用してなる処理(イオン交換処理)、超純水中に配設した触媒機能を有する固体表面での反応を利用してなる処理(触媒処理)、あるいは超純水に誘電損失の可及的小さな周波数の高周波電圧を印加して水プラズマを生成し、水を電離又は解離させてなる処理(プラズマ処理)が採用できる。
【0023】
そして、前述の水酸基増加処理と併用して、前記被加工物を陽極とし、又は被加工物の電位を高く維持して、電界によって該被加工物の表面に水酸基イオンを引き寄せて、被加工物近傍の水酸基イオンの濃度を高めて加工することが実用的である。また、生成したOH-とH+とが再結合してH2Oに戻るのを抑制するために、強電界をかけて被加工物にOH-を引き寄せるか、水素吸蔵合金を用いるなどでH+イオンを強制的に除外する方法が有力である。
【0024】
次に、各水酸基増加処理について説明する。先ず、電解処理は、超純水中に間隔を置いて配設した一対又はそれ以上の電極間に電流を流し、超純水を電気分解してなる処理であるが、通常は陽極側を被加工物とした一対の電極を用い、両電極間に直流バイアス電圧を印加して行うのである。ここで、被加工物表面に単位時間に作用するOH-を増加させるには、電極間の電界強度を増加させる、即ち電極間にかける直流バイアスを高くするか、電極間のギャップを小さくすれば良い。この場合、超純水中に存在するイオンはH+、OH-のみであり、よって直流バイアスを印加した場合、陽極近傍にはOH-が多数存在することになる。この陽極近傍のOH-によって、陽極となっている被加工物を加工するのである。被加工物の加工量は、一般にファラデーの法則によって決まり、被加工物の1グラム等量の元素を電解溶出させるのに必要な電気量はF(ファラデー定数)クーロンであり、電流密度が高い程、加工速度が速いことになる。
【0025】
高温高圧処理は、超純水を高温、高圧に維持してなる処理であり、液体の状態では水のイオン積が圧力及び温度に依存してその絶対量が変化することを利用するものである。図1は、100kbar (1010Pa)、1000℃までの超高温、超高圧領域において水の電気伝導度を測定することによって得られた水のイオン積Kwと密度ρの関係のグラフである。尚、イオン積とpHとの関係は、
pH(H2O)=−log〔H+〕=−logKw1/2
で与えられる。
【0026】
イオン積と圧力、温度の関係の傾向は概ね以下のようである。先ず、1〜10kbar の範囲で圧力一定の条件においては、イオン積は温度の上昇に伴い増加するが、その傾きは徐々に減少し、ある温度で極限値に達した後は温度の上昇に伴い減少する。30〜100kbar の範囲で圧力一定の条件においては、イオン積は単調増加する。次に、温度一定の条件においては、イオン積は圧力の増加に伴い増加する。また、密度一定の条件においても、イオン積は温度、圧力の上昇に伴い増加する。例えば、密度1.0g/cm3で室温(25℃)から200℃まで上昇させた場合、水のイオン積Kwは10-14から約10-10.118程度に増加する一方で圧力は3kbar (3×108Pa、約3000気圧)に上昇する。
【0027】
高温高圧・電解処理は、超純水を高温、高圧に維持しながら、超純水中に間隔を置いて配設した一対又はそれ以上の電極間に電流を流し、超純水を電気分解してなる処理であり、前述の電解処理と高温高圧処理とを組合せたものである。
【0028】
イオン交換処理は、超純水中に配設したイオン交換機能を有する固体表面での電気化学反応を利用してなる処理であり、イオン交換樹脂膜又は透水性の仕切膜間にイオン交換樹脂粒若しくは固体電解質を充填したものなどを利用できる。そして、イオン交換機能を有する固体表面の両側に陽極と陰極を配設して、固体表面で生成したOH-を陽極側に、H+を陰極側に引き寄せて分離し、陽極として用いた被加工物又は陽極の近傍に配設した被加工物をOH-によって加工するのである。また、触媒処理は、触媒機能を有する固体表面で水分子を励起若しくは活性化し、陽極と陰極間に印加した電圧によって水分子を電離若しくは解離させる処理である。
【0029】
プラズマ処理は、超純水に誘電損失の可及的小さな周波数の高周波電圧を印加して水プラズマを生成し、水を電離又は解離させてなる処理であり、典型的な非平衡状態でOH-を生成する方法である。この場合、プラズマ中のOH-を強電界をかけるなどで強制的に被加工物の加工面に作用させて加工するのである。また、水蒸気状態の超純水に高周波電圧を印加してプラズマを発生させることも考慮される。
【0030】
ここで、本発明の加工原理は、超純水中のOH-によって被加工物を加工するのであるが、加工が化学的溶出反応による除去加工であるか、あるいは酸化反応による酸化被膜形成加工であるかは、水酸基の供給量などの加工パラメーターを調節することによって選択することが可能である。しかし、この加工パラメーターは、水酸基増加処理の方法によっても異なり、現在のところ両加工を選択するための加工パラメーターの範囲は特定できない。
【実施例1】
【0031】
次に、実際に被加工物を加工した具体例に基づいて本発明を更に説明する。水酸基増加処理として、実施例1は電解処理、実施例2は高温高圧処理、実施例3はイオン交換処理を採用し、被加工物としてSiを始め、その他の数種類の金属を用いて加工の実証試験を行った。
【0032】
(実施例1−1)
図2に示すように、陽極側をSi、陰極側を回転電極とした加工装置を用いて実証試験を行った。回転電極を使用する利点としては、電極間に一定な水の流れを作ることで、安定した場での加工ができること、電極間に常に新しい水を供給することで、場を清浄に保つことができることなどが挙げられる。前者については、平板状の両電極が微小なギャップ(1mm以下)で対峙していると、両電極板の表面から発生した気泡がギャップ間に溜まってしまい、安定な場での加工が期待できないからである。この点については、従来の電解加工においても、電解液の流れを作って気泡を除去している。
【0033】
本実施例の加工装置は、図2に示すように、Si板からなる試料1と、回転電極2とをギャップを設けて水槽3に満たした超純水4中に浸漬し、試料1はXYステージ5に固定されたサポート部材6に保持され、回転電極2はZステージ7に固定されたモータ8の回転軸9(Z軸方向)の先端に固定されている。前記試料1の加工面は、XY面と直交させて配設し、例えばYZ面と平行に配設している。従って、XYステージ5とZステージ7とを駆動することによって、試料1と回転電極2とのギャップ間隔を含め相対的位置を変更できるようになっている。そして、前記試料1と回転電極2は、それぞれ電源10にリード線11,11等を介して電気的に接続され、試料1には正電圧が印加され、回転電極2は接地電位に維持されている。前記試料1と回転電極2との間に流れる電流は電流計12で測定している。また、前記水槽3を含め機構部分の殆どを気密チャンバー13内に収容し、該気密チャンバー13の内部はArガスでパージしている。
【0034】
前記回転電極2の材料としては、OH-やH+によって侵されないものを用いる必要があり、AuやPtが最も好ましい。本実施例では、Al球の表面に無電解めっきによってNiを10μmの厚さにコーティングし、その上に電解めっきによってAuをコーティングしたものを回転電極2として用いた。
【0035】
先ず、両電極間(陽極の試料1と陰極の回転電極2との間)に印加する直流バイアスを一定にし、ギャップを変化させて電界強度を増加させてSiに作用するOH-の量を増加させた場合のSiの変化の様子を観察した。加工条件及び加工結果を次の表1に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
ここで、表1中の酸化膜の膜厚は、触針式粗さ計((株)東京精密製、サーフコム)を用いて測定した。その結果、試料1に形成された酸化膜は、回転電極2が最も接近している中心部分が最も膜厚が厚く成長しており、中心から遠ざかるにつれて酸化膜の成長は小さくなっていた。これは、回転電極を用いたため、回転電極の中心から遠ざかるにつれてギャップが大きくなり、それに伴って電界強度が弱まった分布になっており、その結果としてSiに作用するOH-の単位時間当たりの量が減少したためと推測される。上記の結果、少なくとも電流密度が0.9mA/cm2程度以下では、酸化被膜形成加工であることが分かる。
【0038】
(実施例1−2)
次に、電流密度を増加させるとともに、Siに作用するOH-の濃度を一様にするために、平行平板電極を用いた加工を試みた。図3にその加工装置の概略を示している。この加工装置は、四フッ化エチレン樹脂(PTFE)製の容器20に満たした超純水21中に、両極ともSi製の平板からなる試料22,22を絶縁体のスペーサ23を介して平行に固定した状態で浸漬し、一方の試料22に電源24から正電圧を印加し、他方の試料22を零電位に維持し、前記容器20の開口部は蓋25で覆った上にガス不透過性の袋26で密閉した構造を有し、その内部をArガスでパージしている。尚、図中27は温度計である。
【0039】
前述の実施例1−1と同様に、両試料22,22に直流バイアスを印加して、加工を試みた。その加工条件と加工結果を以下の表2に示し、この電流密度でも加工は酸化被膜形成加工であった。
【0040】
【表2】

【0041】
(実施例1−3)
次に、電流密度を更に増加させる目的で、陰極を針状の電極として加工を試みた。図4は、その加工装置の概略を示す。この加工装置は、密閉容器30内に配した水槽31に超純水32を満たし、保持台33に固定したSi製の平板からなる試料34を超純水32に浸漬するとともに、金線からなる針状電極35を該試料34に垂直に所定のギャップを設けて保持台33に固定して同様に超純水32中に浸漬し、電源36から試料34に正電圧を印加するとともに、針状電極35を零電位に維持し、更に前記密閉容器30をArガスでパージする構造のものである。尚、図中37は温度計である。
【0042】
前述の実施例1−1と同様に、両試料34と針状電極35間に直流バイアスを印加して、加工を試みた。その加工条件と加工結果を以下の表3に示し、この電流密度でも加工は酸化被膜形成加工であった。
【0043】
【表3】

【0044】
以上の結果より、被加工物がSiについては、電流密度が0.11〜7.9mA/cm2の範囲では、加工は酸化被膜形成加工であった。現在、半導体工業においてSi酸化膜は、ゲート絶縁膜やキャパシタ絶縁膜などSiデバイスの製造の様々な分野に利用されている。このSi酸化膜の生成法は様々あるが、今日のデバイス製造に用いられるSi酸化膜は、主としてSiを高温の雰囲気中に曝すことで均一に形成される熱酸化膜である。これまでSi酸化膜の生成法としては、乾燥酸化、加湿酸化、水蒸気酸化、加圧酸化、プラズマ酸化、電解陽極酸化などが知られている。
【0045】
電解陽極酸化を除く他の方法では、酸化膜の特性はほぼ同様であるのに対し、電解陽極酸化による方法では酸化膜の密度は他の方法よりもかなり小さく、抵抗率も他の方法と比べて4桁も小さい。これは、電解陽極酸化法では、電解液中の電解質がSi酸化膜に大きく影響を与えるためと考えられる。本発明の加工方法で陽極に生じたSi酸化膜は、超純水中での陽極電極反応によるものである。そこで、本発明による酸化膜と熱酸化膜とをFT−IR(Fourier Transfer−Infrared Spectroscopy )(日本分光製、FT/IR−3型)と、AES(Auger Electron Spectroscopy )によって分析した。FT−IRの分析結果からは、本発明の酸化膜は、一般にデバイス製造に用いられている熱酸化膜よりもSi−O結合の量が少ないことが分かった。しかし、一方ではAESの分析結果からは、本発明の酸化膜は熱酸化膜に匹敵する構造を持つということが分かった。従って、酸化被膜形成加工の加工条件を最適にすることにより、超純水中でSiの電極反応を行えば、熱酸化膜に匹敵するSi酸化膜が得られる可能性がある。
【0046】
(実施例1−4)
前述の実施例1−3の加工装置を使用し、試料としてCu、Mo、Fe、Alの加工を試みた。その加工条件と加工結果を以下の表4に示し、この加工条件ではCu、Moは除去加工、Fe、Alは酸化被膜形成加工であった。
【0047】
【表4】

【0048】
ここで、加工終了直後に加工されたCu、Moの表面がそれぞれ茶褐色及び黒色に変化していた。これらは、Cuの酸化物CuO及びMoの酸化物MoOであると思われる。特に、Cuは加工中に緑色のもやが水中に現れ、またMoの加工終了後の水の一部に青色のもやがかかっていた。従って、加工されたCu及びMoの表面は酸化されていたと推測される。これらの結果から超純水中での電極反応による加工メカニズムの一つのモデルが考えられる。即ち、超純水中においては、物質は先ずOH-やH2 Oが関係することによって酸化が生じ、その酸化物が更にOH-やH2Oが関係した何らかの原因で脱離することで除去加工に変わるというモデルである。
【実施例2】
【0049】
本実施例では、超純水を高温、高圧に維持して超純水中のOH-濃度を増大させ、超純水中に浸漬した被加工物を加工することを試みた。図1に示すように、室温付近の温度25℃で、大気圧における密度1.0g/cm3の水を、密度を一定にしたまま200℃まで温度を上昇させると圧力は3000気圧になることが分かる。そこで、本加工装置は、図5に示すように、圧力容器40の内部反応室41内に超純水42を満たした四フッ化エチレン樹脂製の容器43を配置し、超純水42中にSi製の試料44を浸漬し、また圧力容器40の外周には加熱用のセラミックヒーター45を巻回し、更にそれを断熱材46で覆った構造のものであり、セラミックヒーター45にはスライダック47を介して電流を供給するものである。尚、温度は圧力容器40に接触させた熱電対48で測定する。前記圧力容器40は、3000気圧に耐えるように設計されており、収容空間41を有する容器本体40aと蓋体40bを8本のボルト40cで締結し、容器本体40aと蓋体40bとは銅製のガスケット40dで密閉したものである。また、容器本体40aと蓋体40bとは、ステンレス鋼(SUS304)で作製し、ボルト40cは、線膨張率がステンレス鋼よりも小さいHPM2鋼で作製し、温度が上昇したときに、熱膨張率の違いによって締付力が増加する自繋構造となっている。
【0050】
前記試料44としては、厚さ400μm、縦横の長さが1×2cmのSiウェハーを用いる。前処理として、先ずエチルアルコールでSiウェハー表面の油分やその他の汚れを拭き取り、次に5%フッ酸で30秒間洗浄して酸化膜の除去を行った。そして、最後に超純水(流水)中で10秒間洗浄を行い、十分に乾燥させた。加工前に、このSiウェハーの重量をmgオーダーで測定した。加工条件及び加工結果として加工前重量と加工後重量を次の表5に示している。
【0051】
【表5】

【0052】
ここで、加工時間については、熱電対モニターが200℃を指示してから内部反応室中の超純水の温度が200℃になるまで待ち(10分間)、それから1時間の加工を行った。また、表中の厚さ減少量は、質量差/(密度×表面積)で計算した。
【実施例3】
【0053】
図6(a)及び(b)に示すような加工装置を用いてCu板の加工を試みた。この加工装置は、容器50内に満たした超純水51中に、陰極となる白金電極板52と陽極となるCu製の試料53を一定のギャップを保持して浸漬するとともに、両電極間に陽イオン交換膜(Nafion117)54を配設し、前記容器50の全体を気密容器55内に収容して、その内部をArガスでパージする構造である。更に詳しくは、内部を開口したギャップスペーサー56の一側面側に前記陽イオン交換膜54を挟んで白金電極板52を固定し、ギャップスペーサー56の他側面側に前記試料53を固定し、この状態で超純水51中に浸漬する。この場合、ギャップスペーサー56の開口56aの内部にも超純水51が満たされる。そして、電源57から前記白金電極板52と試料53間に、加工中に電流値が一定となるように直流電圧を印加した。加工条件と加工結果を次の表6に示す。
【0054】
【表6】

【0055】
ここで、表6中の加工1においては、陽イオン交換膜を乾燥したまま超純水に浸漬して加工を行った結果、陽イオン交換膜を加工終了後に観察すると、陽イオン交換膜は超純水との接触部だけが水を吸収して試料側に膨張していた。その結果、陽イオン交換膜と試料とのギャップは殆どなかった。それに対して、表6中の加工2においては、陽イオン交換膜を予め超純水に十分な時間浸漬して膜の膨張を一様にした後、更に超純水で十分に洗浄した後にギャップスペーサーにセッティングした。その結果、加工1では40mAの電流値を確保するために印加した電圧は数10Vであったのに対し、加工2では30mAの電流値を確保するために印加した電圧は600〜1400Vになった。
【0056】
このイオン交換処理によってOH-濃度を増加させる加工方法では、イオン交換材を表面に有する特定形状の工具を陰極とし、被加工物を陽極として加工をすれば、工具の形状を被加工物に転写する加工(転写加工)や、イオン交換材を表面に有するワイヤー電極を陰極として用いれば、陽極の被加工物を切断する加工(切断加工)が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】温度と圧力をパラメーターとした水の密度とイオン積との関係を示すグラフである。
【図2】水酸基増加処理として電解処理を採用し、回転電極を用いた加工装置の簡略断面図である。
【図3】水酸基増加処理として電解処理を採用し、平行平板電極を用いた加工装置の簡略断面図である。
【図4】水酸基増加処理として電解処理を採用し、針状電極を用いた加工装置の簡略断面図である。
【図5】水酸基増加処理として高温高圧処理を採用した加工装置の簡略断面図である。
【図6】水酸基増加処理としてイオン交換処理を採用した加工装置を示し、(a)は装置の簡略断面図、(b)は電極周辺構造を示す分解斜視図である。
【符号の説明】
【0058】
1 試料(被加工物)
2 回転電極
3 水槽
4 超純水
5 XYステージ
6 サポート部材
7 Zステージ
8 モータ
9 回転軸
10 電源
11 リード線
12 電流計
13 気密チャンバー
20 容器
21 超純水
22 試料(被加工物)
23 スペーサ
24 電源
25 蓋
26 袋
27 温度計
30 密閉容器
31 水槽
32 超純水
33 保持台
34 試料(被加工物)
35 針状電極
36 電源
37 温度計
40 圧力容器
40a 容器本体
40b 蓋体
40c ボルト
40d ガスケット
41 内部反応室
42 超純水
43 容器
44 試料(被加工物)
45 セラミックヒーター
46 断熱材
47 スライダック
48 熱電対
50 容器
51 超純水
52 白金電極板
53 試料(被加工物)
54 陽イオン交換膜
55 気密容器
56 ギャップスペーサー
56a 開口
57 電源


【特許請求の範囲】
【請求項1】
微量の不可避不純物を除き超純水のみを用い、超純水中に間隔を置いて配設した一対又はそれ以上の電極間に電流を流し、超純水を電気分解してイオン積を増大させ、この水酸基又は水酸基イオンの濃度が増大した超純水中に浸漬した被加工物を、水酸基又は水酸基イオンによる化学的溶出反応若しくは酸化反応によって除去加工若しくは酸化被膜形成加工することを特徴とする超純水中の水酸基による加工方法。
【請求項2】
前記被加工物を陽極とし、又は被加工物の電位を高く維持して、該被加工物の表面に水酸基イオンを引き寄せてなる請求項1記載の超純水中の水酸基による加工方法。
【請求項3】
陽極とした被加工物に対して、所定のギャップを設けて回転可能な回転電極を配して陰極とし、該回転電極を回転させてギャップ間に一定な水の流れを作りながら被加工物を加工してなる請求項2記載の超純水中の水酸基による加工方法。
【請求項4】
前記被加工物がSiであり、その表面にSi酸化膜を形成してなる請求項1〜3何れかに記載の超純水中の水酸基による加工方法。
【請求項5】
前記被加工物がCuであり、該Cuを除去加工してなる請求項1〜3何れかに記載の超純水中の水酸基による加工方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−176885(P2006−176885A)
【公開日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−32309(P2006−32309)
【出願日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【分割の表示】特願平8−212517の分割
【原出願日】平成8年8月12日(1996.8.12)
【出願人】(596041995)
【Fターム(参考)】