説明

超電導限流器の限流動作開始電流値の調整方法及び装置

【課題】 製作されたSN転移型超電導限流器の固体差として生ずる限流動作開始電流値のばらつきを、系統から要求される不動作責務から動作責務までの範囲内に収めるように調整可能とする。
【解決手段】 超電導体限流素子1を低温容器3内に収容して超電導状態に保持しているSN転移型超電導限流器において、低温容器3に冷凍機4を備え、当該SN転移型超電導限流器の臨界温度直上の抵抗に対して一定割合の抵抗を発生したときの電流値を限流動作開始電流値とし、予め測定された当該限流器の限流動作開始電流値を基準にして当該限流器が導入される箇所での動作責務と不動作責務の範囲内に限流動作開始電流値を収めるように低温容器3内の冷却流体9の温度を冷凍機4で制御するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超電導導体を用いた超電導限流器の限流動作開始開始電流値の調整方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
限流器に超電導技術を適用することにより、常時の損失を低減するとともに、系統に発生した故障を自ら検出し、第一波から限流することが可能となる。特に超電導−常電導転移を利用したSN転移型超電導限流器は原理と構造が簡単であり、構成が簡素であることから、実現が可能な機器と考えられている。
【0003】
SN転移型超電導限流器としては、金属系超電導線材、高温超電導バルク材料、高温超電導線材および高温超電導薄膜など、これまでに様々な材料で検討されてきた。その中でも、YBaCuO7−y(以下YBCOと呼ぶ)薄膜を用いたSN転移型超電導限流器は、薄膜の高臨界電流密度、常電導転移時の高抵抗の実現等により、適用への期待が高い。しかし、実規模の限流器を構成するためには、現状のYBCO薄膜の製作技術では1素子あたりの電流容量および電圧耐量が小さいため、数多くのYBCO薄膜を多数直並列接続しなければならない。しかも、臨界電流値などの超電導特性を制御できる製造技術が確立していないため、素子ごとに限流動作がばらつき、これを組み合わせて構成する限流器の特性もばらつくことから、同程度の電流値で動作する限流器を複数製作することは困難である。
【0004】
加えて、超電導体を用いた限流器は、超電導導体のマトリックスとして高電気抵抗なCu−Ni合金を用いているため、安定性が悪く、少しの導体の動きでもクエンチ(超電導状態から常電導状態への突発的な転移現象)を起こすものであり、動作が不安となる問題を有している。
【0005】
そこで、限流器に用いる超電導導体に密着または隣接するように熱を加える部分を設け、熱により超電導導体の温度を変化させ、超電導導体がクエンチする電流値を任意に低下、制御することで求める所定の限流動作開始電流値を設定することを試みたものもある(特許文献1)。限流器において熱を超電導導体に加える部分を設けることにより、加える熱の影響で限流器に用いた超電導導体のクエンチ電流を低下させ、また、加える熱量を変えることでクエンチ電流を設定通りにしようとしている。
【0006】
【特許文献1】特開平8−335525
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、超電導導体部の周りにヒータを埋め込み、加熱してクエンチ電流を調整するものであるため、クエンチ電流値の調整は一方向のみであり、最適値を得られるとは限らないものである。つまり、YBCO薄膜全体の臨界電流も、薄膜内部の各部分における臨界電流密度の分布にもばらつきがあるにもかかわらず、超電導体限流素子の限流動作開始開始電流値を下げる方向にしか調整できないため、限流動作開始開始電流値を系統から要求される不動作責務から動作責務までの範囲内に設定することができない事態を招く虞がある。
【0008】
しかも、この限流動作開始電流値調整方法では、熱量はいつも限流器に投入されているので、ジュール損失として冷媒として用いる液体ヘリウムを気化させ、損失として発生させる。したがって、超電導限流素子全体に適用する場合には損失が無視できないものとなる。他方、損失を低減させるためにヒータでの限流素子の加熱を局部的なものとしても、YBCO薄膜全体が一定の限流動作開始開始電流値に調整されることはないので、YBCO薄膜全体に同時に限流動作が起こらず、限流動作した部分のみで全電圧を分担し限流効果が少ないことから、限流動作している部分に大きな電流が流れ続け、限流動作部を焼損する虞がある。しかも、長さ方向にばらつきがあると、一斉に超電導から常電導に転移することは難しく限流動作が不安定なものとなる。
【0009】
さらに、高温超電導体は第2種超電導体に属し、磁場と超電導とが共存する混合状態(下部臨界磁場Hc1と上部臨界磁場Hc2との間)を有することから、臨界電流を超えてもすぐにクエンチせず、臨界電流の150%〜200%の電流でクエンチする。このため、クエンチ電流値即ち臨界電流値を限流動作開始電流値と想定しても、実際には限流動作を安定して起こさせることは難しいものである。このため、これまでに様々な限流器が提案され、原理検証試験等も実施されているが、実系統に導入されているものはほとんどない。
【0010】
実際の電力系統では、負荷や電力機器の他にそれらを保護するためのリレーシステムなどで構成されていることから、限流動作を確実に行う限流器の動作責務や事象によっては動作してはならない不動作責務は電力系統からの要求により細かく設計したり、調整したりする必要がある。つまり、故障などに対する動作責務だけでなく、変圧器励磁突入電流や過負荷運転時などの不動作を維持することが重要である。限流器が不動作責務に対して動作したり、動作責務に対して不動作となった場合、限流器を系統に導入する意味はなくなる。しかも、その要求は限流器が導入された場所に依存する。さらに、限流器の動作責務は保護リレーシステムの変化などに応じて容易に調整できる必要がある。そこで、限流器が導入された場所に応じて、動作開始電流値を調整し、系統から要求される不動作責務から動作責務までの範囲内に設定する技術の確立が望まれる。
【0011】
本発明は、かかる要望に応えるものであり、製作されたSN転移型超電導限流器の固体差として生ずる限流動作開始電流値のばらつきを、系統から要求される不動作責務から動作責務までの範囲内に収めるように調整する方法及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
かかる目的を達成するため、本発明者等がYBCO薄膜を用いた限流素子の交流通電時の温度や周波数(電流上昇率)を変えたときの限流動作開始電流値の影響を種々実験・研究した結果、高温超電導体の臨界温度Tc直上の限流素子の抵抗値(R)に対し一定の割合の抵抗(a%R:ノイズと分離できるレベルの抵抗)が発生したときの電流値を限流動作開始電流値と定義し、該限流動作開始電流値の温度依存性を求めたとき、臨界電流値(Ic)の温度変化と同様にほぼ線形に変化し尚かつその温度依存性が高いことが明らかにした(限流動作開始電流値の温度依存性)。そして、この特性を利用することにより、温度を変化させることによって、SN転移型超電導限流器の動作開始電流値を制御できることがわかった。
【0013】
また、常電導状態に転移する直前の限流動作開始電流値は、電流上昇率に依存しないことを明らかにした(限流動作開始電流値の電流上昇率依存性)。これは、常電導に転移する主要因が電流に支配されているためと考えられる。このことから、故障時の位相や大きさなどによって電流の上昇率が変わっても、限流動作が開始する電流は影響を受けないことが示唆された。
【0014】
したがって、限流動作開始電流値測定における電流電圧特性から、超電導−常電導転移の初期の低磁束流抵抗領域では発熱による温度上昇がきっかけとなるが、クエンチに至る高磁束流抵抗領域近傍では最終的には電流の大きさに起因して常電導転移して故障電流を限流すると考えられる。つまり、動作責務の電流値よりも小さな不動作責務領域の電流値では、故障時の位相や大きさなどによって電流の上昇率が変わっても、限流動作が開始する電流は影響を受けないが温度の変化に強く影響を受け、不動作責務の電流値より大きな電流値となる動作責務の領域においては電流値の大きさに支配されることが示唆されるものと考えられる。
【0015】
即ち、磁場と超電導とが共存する混合状態(下部臨界磁場Hc1と上部臨界磁場Hc2との間)の低磁束硫抵抗領域に限流動作開始電流値を設定することにより、これまで製膜したYBCO薄膜の臨界電流によって一意的に決まっていた動作開始電流値を調整することが可能であることを知見した。
【0016】
本発明の超電導限流器の限流動作開始電流値の調整方法は、かかる知見に基づくものであり、SN転移型超電導限流器の臨界温度直上の抵抗に対して一定割合の抵抗を発生したときの電流値を限流動作開始電流値とし、前記限流器の前記限流動作開始電流値を測定し、該測定値を基準にして低温容器内で当該超電導限流素子を冷却する冷却流体の温度を制御することによって、当該限流器が導入される箇所での動作責務と不動作責務の範囲内に、前記限流動作開始電流値を収めるように調整するものである。
【0017】
また、請求項2記載の発明にかかる超電導限流器の限流動作開始電流値調整装置は、超電導体限流素子を低温容器内に収容して超電導状態に保持しているSN転移型超電導限流器において、前記低温容器に冷凍機を備え、当該SN転移型超電導限流器の臨界温度直上の抵抗に対して一定割合の抵抗を発生したときの電流値を限流動作開始電流値とし、予め測定された当該限流器の前記限流動作開始電流値を基準にして当該限流器が導入される箇所での動作責務と不動作責務の範囲内に前記限流動作開始電流値を収めるように前記低温容器内の冷却流体の温度を前記冷凍機で制御するものである。
【0018】
さらに、請求項3記載の発明にかかる超電導限流器の限流動作開始電流値調整装置は、超電導体限流素子を低温容器内に収容して超電導状態に保持しているSN転移型超電導限流器において、前記低温容器に冷媒ガスの加圧あるいは減圧のための真空ポンプを備え、当該SN転移型超電導限流器の臨界温度直上の抵抗に対して一定割合の抵抗を発生したときの電流値を限流動作開始電流値とし、予め測定された当該限流器の前記限流動作開始電流値を基準にして当該限流器が導入される箇所での動作責務と不動作責務の範囲内に前記限流動作開始電流値を収めるように前記低温容器内の冷却流体の温度を前記真空ポンプで制御するものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明の超電導限流器の限流動作開始電流値の調整方法並びに装置によれば、限流器を製造したあとでも、超電導導体を冷却する冷却媒体の温度を変化させることにより、超電導導体限流素子全体が限流動作開始する電流値を任意に上昇あるいは低下させることで、当該限流器の動作責務と不動作責務の範囲内に、限流動作開始電流値を収めるように調整することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の構成を図面に示す実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0021】
図1に本発明の超電導限流器の限流動作開始電流値調整装置の実施の一形態を示す。この超電導限流器の限流動作開始電流値調整装置は、冷凍機を使用して冷媒を冷却する方式のものであり、限流素子1と、該限流素子1を冷却するコールドヘッド部2と、限流素子1とコールドヘッド部2とを収容すると共に冷却流体9を満たして超電導状態に保持している真空容器からなる低温容器3と、コールドヘッド部2を冷却するGM冷凍機4とを備える。そして、製作された限流素子1の限流動作開始電流値を測定するときには、シャント抵抗5と、パワーアンプ6と、任意波形発生装置7とを製作された限流素子1の限流動作開始電流値を測定するための測定機器として準備する。勿論、限流器を系統に導入する前に、基準時例えば冷媒として液体窒素を用いる場合には飽和液体窒素(77.3K)での臨界温度直上の抵抗(R)を求め、その一定割合の抵抗(a%R)時の電流値を限流動作開始電流値として予め測定している場合には、例えば製作時に測定し固有値として明示されている場合などには、任意波形発生装置7などの測定機器は不要である。尚、本発明では冷媒の温度制御により限流動作開始電流値を調整しようとするものであることから、限流素子並びに冷媒を収める低温容器3は、冷媒の温度が変化するのを防ぐために、密閉容器で断熱性に優れるものであると共に温度管理が容易なものであることが望まれる。
【0022】
ここで、コールドヘッド部2は、熱伝導性の良い物質例えば銅などで形成され、GM冷凍機に接続されて冷却流体9例えば液体窒素を冷却可能に構成される。同時に、図示していないが、その内部に監視用の温度センサとヒータとが埋設されており、液体窒素を冷却することは勿論のこと、加熱して77.3K以上の温度に制御することを可能とする構造とされている。そして、冷凍機4による冷却とヒータによる加熱とを組み合わせることにより、指定された温度にコールドヘッド部2が温度調節可能とされると共にその温度に保持される。尚、限流素子1の上には、必要に応じて限流素子1の温度を測定するための温度センサー例えばセルノックス温度素子が限流素子1に接着などにより固定される。また、図中の符号10は電圧タップである。
【0023】
冷却流体(冷媒)9としては、高温超電導体の限流素子の場合には、例えば液体窒素の使用が一般的であるが、場合によっては液体水素や液体ネオンなどの使用も可能である。限流素子1の組成に応じてに適したものが使用される。
【0024】
以上のように構成されたSN転移型超電導限流器の限流動作開始電流値調整装置によれば、まず、低温容器3内の限流素子1にシャント抵抗5と、パワーアンプ6と、任意波形発生装置7とを接続し、臨界温度の直上の抵抗値を求める。そして、この臨界温度直上の抵抗(R)に対して一定割合の抵抗(a%R)を発生したときの電流値を限流動作開始電流値Ilsと定める。ここで、本実施形態において、YBCO薄膜を用いたSN転移型超電導限流素子の限流動作開始電流値は、電流電圧特性から発生抵抗を算出し、ノイズと分離できる抵抗のレベルとして臨界温度Tc直上の限流素子の抵抗値の10%の抵抗が発生したときの電流値と定義した。10%という数値そのものには特に絶対的意義はなく、例えばそれよりも小さくともあるいは大きくとも良い。しかし、Tc直上抵抗値の10%よりも過剰に小さい値を採ると、一旦常電導転移しても交流電流のように電流が小さくなれば超電導に復帰してしまうことがことが考えられる。本発明者等の実験によると、Tc直上抵抗値の0.3%程度の小さな値を採ったときには、交流電流の変化に伴って超電導への復帰が起こることが考えられ、本発明者等の実験によると電流上昇率10A/secの上下領域で若干の電流の増加が見られるなどの変化が見られた。また、1%程度では、限流動作開始電流値の温度依存性が10%の場合に比べると低い。そこで、全体の10%程度が常電導転移すれば、限流状態での超電導状態への復帰はしない程度の大きさであると判断できた。つまり、事故継続による限流動作の確実な進展が期待できるという意味がある。尚、本明細書において、インラッシュ電流などの事象に対して、限流器が動作してはならない責務を不動作責務とし、その電流値以下では限流器は不動作が要求される。これに対して、故障電流などに対する限流器が動作しなければならない責務を動作責務と呼ぶ。動作責務の電流値は不動作責務より大きくなる。また、本実施形態において、YBCO薄膜を用いた限流素子の交流通電時の周波数即ち電流上昇率は、図2に示すように正弦波電流の立ち上がりの接線の傾きで定義した。
【0025】
次に、予め測定された当該限流器の限流動作開始電流値を基準にして当該限流器が導入される箇所での動作責務と不動作責務の範囲内に限流動作開始電流値を収めるように低温容器内の冷却流体の温度を決定し、低温容器3内がその温度に維持されるように冷凍機4で制御する。ここで、限流動作開始電流値と冷媒温度(換言すれば、限流素子温度)との間には、図8に示す温度依存性を有していることから、限流器が導入される箇所での動作責務と不動作責務の範囲内に限流動作開始電流値が収まるように、動作開始電流値を決定し、それに応じた温度を求める。例えば、実験で用いたYBCO薄膜を利用する限流素子の場合は、図8あるいはこの図から求められる以下の近似式を用いてどの程度の温度変化を与えれば良いかが簡単に得られる。尚、近似式において、Tは温度で、単位はKである。
Ils=−15T+1350 (1)
この近似式によると、1Kの温度変化により15Aの限流動作開始電流値が変化することがわかる。電流上昇率31kA/secにおける限流動作開始電流値の温度依存性を示す結果(図8)からは、85.9Kの時の限流動作開始電流値は70Aであり、89.2Kの時の限流動作開始電流値は20Aであり、1Kの温度調整に対して約20%の幅での限流動作開始電流値の調整が可能であり、限流器が導入されたほとんどの場所で対応が可能と考えられる。そこで、限流器が導入される箇所での動作責務と不動作責務の範囲内に限流動作開始電流値が収まるように、冷却流体9の温度を設定しかつ保持されるように、冷凍機4あるいは図示しないヒータを操作する。これにより、限流器の限流動作開始電流値を、製作後に実際の使用環境に応じた範囲内のもの、即ち導入される箇所での動作責務と不動作責務の範囲内に調整することができる。
【0026】
また、冷却流体9の温度制御は、特に上述のコールドヘット2を用いた冷凍機とヒータの組み合わせによらずとも、その他の適宜手段によっても実施可能である。例えば、図示していないが、気密構造の低温容器3に冷媒ガス(例えば窒素ガス)の加圧あるいは減圧のための真空ポンプを備え、冷媒ガスを加熱あるいは減圧するだけで温度調節することができる。この場合には、コールドヘッド部2は必要ない。
【実施例】
【0027】
YBCO薄膜を利用した限流素子の限流動作開始電流値の温度依存性について実験し、限流動作開始電流値の調整が冷媒の温度制御によって制御可能であるかどうかを検討した。
【0028】
(限流素子と実験装置)
測定に用いた限流素子の試料には、サファイア基板上に蒸着した1cm幅、10cm長さ、0.3μm厚さのYBCO薄膜を用いた。
この限流素子1のYBCO薄膜の臨界電流の温度依存性を、図1に示す装置を用いて測定した。限流素子1を超伝導冷却装置の真空チャンバー3内の銅製のコールドヘッド部2の上に載置し、真空中でコールドヘッド部2の温度を制御し、試料の温度を伝導冷却により変化させて測定を行った。測定のブロック図を図1に示す。温度は、試料にセルノックス温度素子を取り付け、測定した。測定された臨界温度は95Kであった。YBCO薄膜の電圧は四端子法で測定された。任意波形発生装置7で電流波形を作り、直流電源を用いて、パワーアンプ6を通して0から100Aの電流を流した。臨界電流の測定では、一定スイープ速度で電流を通電した。交流通電では交流の正極側のみの半波電流を通電した。周波数としては10から100Hzまでの交流電流を通電し、電流の立ち上がりの接線での電流上昇率dI/dtで評価した。図2にdI/dtの定義を示す。今回は最大で60kA/secまでのdI/dtを印加した。YBCO薄膜の温度はセルノックス抵抗温度センサーを用い、86から90Kの範囲で変化させた。
【0029】
(限流素子の超電導基本特性測定結果)
まず、本実験で用いる限流素子1に1mAの直流電流を通電したときの抵抗の温度特性を求めた。その結果を図9に示す。この結果から、この限流素子の臨界温度Tcが95K程度であることがわかる。室温における抵抗値は約1.1Ω、Tc直上抵抗は約0.3Ωであった。
【0030】
(実験結果)
(1)臨界電流の測定
まず、YBCO薄膜の臨界電流の温度依存性を測定した。臨界電流値は、任意波形発生装置7を用い、12 V、100 Aの直流電源を定電流制御し、一定時間で電流を0〜100Aまで上昇させて測定した。電流の上昇は、電流変化に伴う温度上昇の影響が無視できる十分ゆっくりとした時間として、約4秒かけて最大値に到達するようにした。約86Kから90Kの範囲で、電流電界特性を測定した。測定した電流−電圧特性は、図3に示すように、86.1Kから91.3Kの範囲にあり、臨界電流の定義には1μV/cmを用いた。
図3で得られた電流電圧特性から、各温度での臨界電流を図4に示した。図4から、臨界電流は温度の低下とともに直線的に増加することがわかる。1Kの温度変化に対して、約8Aの電流変化が見られる。
【0031】
(2)動作開始電流値の特性
次に、実際の限流器の使用条件下である過渡特性を把握するために、電流上昇率を変えることを目的として、直流電源の電圧設定を最大電圧12Vにし、任意波形発生装置7を用い、100Aまでの交流半波電流を通電したときの限流動作の10〜50Hzの間で周波数を変えて電圧を測定した。測定したときの温度は87Kである。各周波数での電流電圧波形を図5に示す。
一般に臨界電流値以上でのYBCO薄膜での電圧降下は電流のべき乗に比例する。図5からもそのような特性は見られるが、周波数の違いによる差は見られない。また、図5において、YBCO薄膜全体が常電導転移はしておらず、一部は超電導状態として残っている。そこで、限流動作開始電流値IlsをYBCO薄膜の臨界温度直上の抵抗値の10%の値に到達したときの電流値と定義する。そして、限流動作開始電流値として全抵抗の10%を発生したものを、電流のゼロ−ピークまでの時間で最大電流値を除したときの電流上昇率に換算したときのプロットを図6に示す。
【0032】
図6から、10から60kA/secの範囲の電流上昇率では限流動作開始電流値に差がないことがわかる。これは限流器の動作が電流の絶対値に支配されることを示している。
【0033】
次に、温度を変えて、31kA/secにおける限流動作を測定した。測定は、任意波形発生装置7を用い、直流電源を定電流制御し、一定時間で電流を0〜100Aまで上昇させて測定した。電流の上昇は、電流変化に伴う温度上昇の影響が無視できる十分ゆっくりとした時間として、約4秒かけて最大値に到達するようにした。約89.2Kから85.9Kの範囲で、電流電界特性を測定した。
各温度での電流電圧特性と限流動作開始電流値の温度依存性を図7と図8に示す。図7から、温度をわずかに変えただけでも限流動作時の電圧の立ち上がり方が大きく変わることがわかる。このことは、限流開始電流値は限流素子の温度を変えることにより、大きく制御できる可能性を示している。また、図8からも、限流開始電流値が強い温度依存性を示していることが明らかであり、図4と同様の傾向を示していることがわかる。そして、限流動作開始電流値は温度の上昇とともにほぼ直線的に減少し、1Kの温度変化に対して約15A変化していた。また、図8から、小さな温度変化により、限流動作開始電流値を大きく変化させることができることがわかる。
【0034】
以上の実験結果から、次のことが判明した。図6に示した電流電圧特性から、限流動作開始電流値は電流上昇率依存性を持たない。これは限流動作開始電流が電流の大きさの絶対値のみで決まることを示しており、故障時の位相などによって変化する電流上昇率の変化に対して変わらないことを示している。さらに、電流−電圧特性は、限流器が超電導状態から常電導状態に転移するまで、臨界電流測定時の低電界領域からクエンチ直前の高電圧領域まで連続的に変化していることがわかる。これによりクエンチ直前までの詳細な限流動作解析モデルの構築に有効な情報が得られた。
【0035】
図8は限流動作開始電流値の強い温度依存性を示している。臨界電流の強い温度依存性はこれまでに測定されていたが、限流動作開始電流値についての温度依存性は明らかになっていなかった。これは、ほとんどの限流試験が飽和液体窒素(77.3K)でのみで行われてきたためであると考えられる。図8に示すとおり、液体窒素の温度を変えることにより、限流動作開始電流値を調整することの可能性を示した。図8から、例えば以下のような近似式が得られる。Tは温度で、単位はKである。尚、例示した近似式はYBCO薄膜の特性によって変わるものと思われる。
Ils=−15T+1350 (1)
この式から、1Kの温度変化により15Aの限流動作開始電流値が変化することがわかる。85.9Kの時の限流動作開始電流値は70Aであり、1Kの温度調整に対して、限流器が導入されたほとんどの場所で対応が可能と考えられる、20%の幅での限流動作開始電流値の調整が可能である。
【0036】
(結論)
以上、様々な温度や電流上昇率での限流動作開始電流値の測定を行った結果、電流上昇率に対しては限流動作開始電流値は特に依存しないことが判明した。電流−電圧特性は、臨界電流測定範囲である低電界領域からクエンチ直前の高電圧領域までほぼ連続的に変化する。これにより、クエンチ直前までの詳細な限流動作解析モデルの作成が可能であることと示した。
【0037】
また、YBCO薄膜の臨界電流と限流動作開始電流値には強い温度依存性をもつことが示された。特に、電流上昇率が高くなると臨界電流/限流動作開始電流値の比が若干大きくなることから、低磁束流抵抗発生領域では、限流動作開始電流値が熱の影響を受け易いことを示唆していると考えられる。その反面、クエンチに至る高磁束流抵抗領域近傍では最終的には電流の大きさに起因して常電導転移して故障電流を限流すると予想される。液体窒素温度を1K調整することにより、限流動作開始電流値を15Aの幅で調整が可能であることを示した。これは限流器が導入された系統での調整幅としてはほぼ妥当と考えられる。
【0038】
そこで、温度制御による限流動作開始電流値の調整によって、導入された場所毎に求められる限流器の動作責務と不動作責務の範囲内に、限流動作開始電流値を高速かつ簡単に調整することが可能である。これによりSN転移型超電導限流器についても、限流器を製造した後でも動作を制御できる可能性を示すことができた。
【0039】
なお、上述の実施形態は本発明の好適な実施の一例ではあるがこれに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば本実施形態ではYBCO薄膜を利用した限流素子について主に説明したが、これに特に限定されるものではなく、YBCOのコイル状の限流素子を用いた限流器や、YBCO以外の第2種超電導体を利用した限流器にも適用できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の超電導限流器の限流動作開始電流値調整装置の実施の一形態を示すブロック図である。
【図2】電流上昇率(dI/dt)の定義を表す図である。
【図3】各温度での電流−電圧波形図である。
【図4】臨界電流値と温度との関係(臨界電流の温度依存性)を示すグラフである。
【図5】87Kにおける各周波数での電流電圧波形図である。
【図6】87Kにおける限流動作開始電流値の電流上昇率依存性を示すグラフである。
【図7】31kA/secにおける各温度での電流電圧特性図である。
【図8】31kA/secにおける限流動作開始電流値と温度との関係(限流動作開始電流値の温度依存性)を示すグラフである。
【図9】抵抗の温度依存性を示すグラフである。
【符号の説明】
【0041】
1 限流素子(試料)
2 コールドヘッド
3 低温容器
4 冷凍機
5 シャント抵抗
6 パワーアンプ
7 任意波形発生装置
8 温度センサー
9 冷却流体(冷媒:液体窒素)
10 電圧タップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SN転移型超電導限流器の臨界温度直上の抵抗に対して一定割合の抵抗を発生したときの電流値を限流動作開始電流値とし、前記限流器の前記限流動作開始電流値を測定し、該測定値を基準にして低温容器内で当該超電導限流素子を冷却する冷却流体の温度を制御することによって、当該限流器が導入される箇所での動作責務と不動作責務の範囲内に、前記限流動作開始電流値を収めるように調整する超電導限流器の限流動作開始電流値の調整方法。
【請求項2】
超電導体限流素子を低温容器内に収容して超電導状態に保持しているSN転移型超電導限流器において、前記低温容器に冷凍機を備え、当該SN転移型超電導限流器の臨界温度直上の抵抗に対して一定割合の抵抗を発生したときの電流値を限流動作開始電流値とし、予め測定された当該限流器の前記限流動作開始電流値を基準にして当該限流器が導入される箇所での動作責務と不動作責務の範囲内に前記限流動作開始電流値を収めるように前記低温容器内の冷却流体の温度を前記冷凍機で制御するものである超電導限流器の限流動作開始電流値調整装置。
【請求項3】
超電導体限流素子を低温容器内に収容して超電導状態に保持しているSN転移型超電導限流器において、前記低温容器に冷媒ガスの加圧あるいは減圧のための真空ポンプを備え、当該SN転移型超電導限流器の臨界温度直上の抵抗に対して一定割合の抵抗を発生したときの電流値を限流動作開始電流値とし、予め測定された当該限流器の前記限流動作開始電流値を基準にして当該限流器が導入される箇所での動作責務と不動作責務の範囲内に前記限流動作開始電流値を収めるように前記低温容器内の冷却流体の温度を前記真空ポンプで制御するものである超電導限流器の限流動作開始電流値調整装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−45267(P2010−45267A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−209396(P2008−209396)
【出願日】平成20年8月17日(2008.8.17)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】