説明

車両用ブレーキ装置

【課題】車輪がロック傾向になったときに、そのロック傾向を迅速に解消し、車両の安定性を高める。
【解決手段】アンチロック制御手段による制御開始前に回生制動力を減少させて設定値に保持するとともにその回生制動力の減少分に応じて摩擦制動力を増加させ、その保持された回生制動力をアンチロック制御開始時に減少させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、制動時に車輪のロックを防止するアンチロック制御機能を付与した車両用ブレーキ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両用ブレーキ装置として、車輪に摩擦制動力を加える摩擦機構と、車輪に回生制動力を加えるモータとを備えるものが知られている。このブレーキ装置の摩擦機構は、車輪ごとに取り付けられ、一方、モータは、複数の車輪、一般には駆動輪を一括して取り付けられる。そのため、個々の車輪について車輪のロックを防止するアンチロック制御は、摩擦制動力について行なわれ、回生制動はアンチロック制御開始時に中止される。
【0003】
ここで、アンチロック制御開始時に回生制動を中止することによる車両減速度の急激な低下を抑えるために、アンチロック制御開始前に回生制動力を減少させるとともにその減少分に応じて摩擦制動力を増加させるようにしたブレーキ装置が提案されている(特許文献1)。
【0004】
しかし、このブレーキ装置を用いると、アンチロック制御開始前に回生制動力がゼロになるまで減少して摩擦制動力のみが車輪に加わった状態となることがある。その状態でアンチロック制御が開始すると、車輪のロック傾向を解消するために摩擦制動力を減少させる制御がなされるが、機械的に発生する摩擦制動力は電気的に発生する回生制動力よりも制御信号に対する応答性が低く、減少するのに時間がかかる。そのため、車輪のロック傾向を解消するのに時間を要し、車両が不安定になることがあった。また、アンチロック制御開始前に回生制動力がゼロになると、回生制動によるエネルギの回収が行なわれず、非効率である。
【0005】
【特許文献1】特開2002−356151号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この発明は、車輪がロック傾向になったときに、そのロック傾向を迅速に解消し、車両の安定性を高めることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、車輪に摩擦制動力を加える摩擦手段と、前記車輪に回生制動力を加えるモータと、前記車輪がロック傾向になったときに前記摩擦制動力を制御して車輪のロックを防止するアンチロック制御手段と、そのアンチロック制御手段による制御開始前に前記回生制動力を減少させて設定値に保持するとともにその回生制動力の減少に応じて前記摩擦制動力を増加させる制動比率調整手段と、その制動比率調整手段で前記設定値に保持された前記回生制動力を前記アンチロック制御手段による制御開始時に減少させる回生制動解除手段とを有する構成を車両用ブレーキ装置に採用した。
【0008】
この構成を採用した車両用ブレーキは、制動比率調整手段がアンチロック制御開始前に回生制動力を設定値に保持し、その保持された回生制動力を回生制動解除手段がアンチロック制御開始時に減少させる。そのため、アンチロック制御開始時の制動力の減少の応答性がよく、車輪のロック傾向を迅速に解消させることができる。また、アンチロック制御が開始されるまでの間、回生制動によるエネルギの回収を確実に行なうことができる。
【0009】
この車両用ブレーキ装置は、路面の摩擦係数を検知する摩擦係数検知手段を設け、その摩擦係数検知手段で検知した摩擦係数に基づいて前記設定値を設定すると好ましい。このようにすると、路面の摩擦係数に応じてアンチロック制御開始前に保持する回生制動力の大きさを設定するので、アンチロック制御開始時の回生制動力の減少を抑えつつ、その回生制動力の減少により車輪のロック傾向を迅速に解消することが可能となる。
【0010】
さらに、前記摩擦係数検知手段で検知した摩擦係数の路面で生じる最大摩擦力の半分を前記設定値として設定するとより好ましい。このようにすると、アンチロック制御開始時の回生制動力の減少をより小さく抑えつつ、その回生制動力の減少により車輪のロック傾向を迅速に解消することができる。
【0011】
前記制動比率調整手段は、前記車輪のスリップ率を検知するスリップ率検知手段と、前記アンチロック制御手段による制御開始前に前記スリップ率の増加に応じて前記回生制動力を減少させて前記設定値に保持する回生制動力調整手段と、その回生制動力調整手段による回生制動力の減少に応じて前記摩擦制動力を増加させる摩擦制動力調整手段とで構成すると好ましい。このようにすると、アンチロック制御開始前にスリップ率が急速に増加したときでも、そのスリップ率の増加に応じて回生制動力が減少するとともに摩擦制動力が増加する。そのため、アンチロック制御開始時の回生制動力の減少による車両減速度の急激な低下を確実に緩和することができる。
【0012】
このように前記制動比率調整手段を構成する場合、前記スリップ率の減少に応じて前記回生制動力調整手段が前記回生制動力を増加させるとともに、前記回生制動力の増加に応じて前記摩擦制動力調整手段が前記摩擦制動力を減少させるようにするとより好ましい。このようにすると、スリップ率が減少したときに、そのスリップ率の減少に応じて回生制動力が増加するので、アンチロック制御開始時までの間、回生制動によるエネルギの回収を効率的に行なうことができる。
【発明の効果】
【0013】
この発明の車両用ブレーキ装置は、アンチロック制御開始前に設定値に保持された回生制動力をアンチロック制御開始時に減少させるので、アンチロック制御開始時の制動力の減少の応答性がよい。そのため、車輪のロック傾向が迅速に解消し、車両の安定性に優れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
図1に、この発明のブレーキ装置を備えた車両の概略構成を示す。この車両は、駆動装置としてエンジン1とモータ2を用いるいわゆるハイブリッドシステムを採用する。また、この車両の前輪FL,FR、後輪RL,RRには、摩擦制動力を発生させる摩擦制動装置3FL,3FR,3RL,3RRがそれぞれ取り付けられている。
【0015】
エンジン1は、動力分割機構4と減速機5を介して前輪FR,FLに接続されている。動力分割機構4は、図2に示す太陽ギア4aと、太陽ギア4aに噛み合いながら公転する遊星ギア4bと、遊星ギア4bを内接させるリングギア4cと、遊星ギア4bを支持する遊星キャリア4dとからなり、遊星キャリア4dがエンジン1に、リングギア4cが減速機5に、太陽ギア4aが発電機6にそれぞれ接続されている。そのため、エンジン1の動力の一部が減速機5を介して前輪FR,FLに伝わり、残りの動力が発電機6に伝わる。発電機6は、減速機5を介してエンジン1から伝わった動力を電力に変換する。
【0016】
モータ2は、図1に示すように減速機5を介して前輪FR,FLに接続されており、前輪FR,FLを駆動する。また制動時は、発電機として作用することにより、前輪FR,FLに回生制動力を発生させる。このとき発生する電力は、バッテリ7に蓄えられる。バッテリ7には、バッテリ電子制御装置(以下、「バッテリECU」という)8が組み込まれており、このバッテリECU8でバッテリ7の充電状態を検知可能となっている。
【0017】
モータ2と発電機6とバッテリ7は、インバータ9を介して電気的に接続され、互いに電力のやり取りが可能となっている。インバータ9の制御は、図3に示すハイブリッド電子制御装置(以下、「ハイブリッドECU」という)10で行なわれる。
【0018】
摩擦制動装置3FL〜3RRには、図4に示す液圧系が接続されている。この液圧系は、ブレーキペダルからの入力を電気信号に変換し、その電気信号を用いてブレーキペダルの操作量に応じた摩擦制動力を車輪に加えるいわゆるブレーキバイワイヤ方式を採用する。
【0019】
この液圧系は、ブレーキペダル11の踏み込み力を液圧に変換するマスターシリンダ12を有する。マスターシリンダ12の圧力室12Aで発生した液圧は、その圧力室12Aに接続された入力管路13Aの液圧センサ14Aで検知され、他方の圧力室12Bで発生した液圧は、その圧力室12Bに接続された入力管路13Bの液圧センサ14Bで検知される。
【0020】
入力管路13Aには、ストロークシミュレータ15が取り付けられ、このストロークシミュレータ15により、ブレーキペダル11からの入力に応じたストロークがブレーキペダル11に付与される。ストロークシミュレータ15と入力管路13Aの間にはシミュレータカット弁16が設けられている。
【0021】
摩擦制動装置3FLには、摩擦部材(図示せず)を駆動するホイールシリンダ17FLが組み込まれている。このホイールシリンダ17FLには、出力管路18FLが接続されており、その出力管路18FLから供給される液圧でホイールシリンダ17FLが作動する。ホイールシリンダ17FL内の液圧は、出力管路18FLの液圧センサ19FLで検知される。
【0022】
出力管路18FLには、増圧制御弁22FLを介して増圧管路20が接続され、また、減圧制御弁23FLを介して減圧管路21が接続されている。増圧制御弁22FLおよび減圧制御弁23FLは、弁の開度が入力信号に応じて変化する比例制御弁である。その開度調節は、図3に示すブレーキ電子制御装置(以下、「ブレーキECU」という)24からの制御信号によって行なわれる。
【0023】
同様に、摩擦制動装置3FR,3RL,3RRにも、それぞれホイールシリンダ17FR,17RL,17RRが組み込まれている。また、ホイールシリンダ17FR,17RL,17RR内の液圧は、そのホイールシリンダに接続された出力管路18FR,18RL,18RRの液圧センサ19FR,19RL,19RRでそれぞれ検知される。出力管路18FR,18RL,18RRは、増圧制御弁22FR,22RL,22RRと減圧制御弁23FR,23RL,23RRを介して増圧管路20と減圧管路21にそれぞれ接続されている。
【0024】
増圧管路20と減圧管路21はポンプ25を介して互いに接続されており、このポンプ25が減圧管路21のブレーキ液を増圧管路20に送り出す。増圧管路20はリリーフ弁26を介して減圧管路21に接続されており、増圧管路20の液圧が基準を超えると、増圧管路20内のブレーキ液がリリーフ弁26を通じて減圧管路21に戻るようになっている。減圧管路21は、ブレーキ液を蓄えたリザーバタンク27に接続されている。
【0025】
増圧管路20には、増圧管路20の圧力を検知する液圧センサ28と、昇圧したブレーキ液を蓄えて増圧管路20内の圧力を保持するアキュムレータ29が取り付けられている。液圧センサ28の検知信号はブレーキECU24に送られ、増圧管路20内の圧力が所定値よりも小さくなるとブレーキECU24からの制御信号によりポンプ25が駆動される。
【0026】
入力管路13Aと出力管路18FLは、マスターカット弁30Aを介して接続されている。同様に、入力管路13Bと出力管路18FRも、マスターカット弁30Bを介して接続されている。
【0027】
前輪FL,FR、後輪RL,RRには、その車輪速度を検知する車輪速センサ31FL,31FR,31RL,31RRがそれぞれ取り付けられている。
【0028】
ブレーキECU24には、図3に示すように、液圧センサ14A,14Bからマスターシリンダ12の液圧を示す信号、液圧センサ19FL〜19RRからホイールシリンダ17FL〜17RRの液圧を示す信号、液圧センサ28から増圧管路20の液圧を示す信号、車輪速センサ31FL〜31RRから各車輪の回転速度を示す信号が入力される。また、ブレーキECU24からは、シミュレータカット弁16、マスターカット弁30A,30B、増圧制御弁22FL〜22RR、減圧制御弁23FL〜23RR、ポンプ25への制御信号が出力される。
【0029】
一方、ハイブリッドECU10には、インバータ9からモータ2と発電機6の回転速度を示す信号、バッテリECU8からバッテリ7の充電状態を示す信号が入力される。また、ハイブリッドECU10からはインバータ9、エンジン電子制御装置(以下、「エンジンECU」という)32への制御信号が出力される。ハイブリッドECU10とブレーキECU24の間においても信号の出入力がなされる。
【0030】
この車両のエンジン1、モータ2、発電機6、摩擦制動装置3FL〜3RRの動作例を説明する。
【0031】
低速走行時は、エンジン1を停止させた状態で、バッテリ7からの電力によってモータ2を作動させ、そのモータ2の動力で前輪FL,FRを駆動する。
【0032】
通常走行時は、エンジン1を作動させるとともに、そのエンジン1の作動により発電する発電機6からの電力でモータ2を作動させる。これにより前輪FL,FRは、エンジン1から動力分割機構4を介して伝わる動力と、モータ2から伝わる動力とで駆動される。急加速時は、バッテリ7からもモータ2に電力を供給してモータ2の動力を増大させる。
【0033】
制動時は、モータ2を発電機として機能させて前輪FL,FRに回生制動力を発生させる。その回生制動力の大きさはインバータ9で制御する。モータ2の発電により生じた電力は、バッテリ7に蓄えられる。また、必要に応じて摩擦制動装置3FL〜3RRも作動させて前輪FL,FR、後輪RL,RRに摩擦制動力を発生させる。
【0034】
以下、回生制動力と摩擦制動力の制御を、図5〜図12に基づいて説明する。図5は、この制御のメインルーチンを示し、図6、図8、図10〜図12はサブルーチンを示す。
【0035】
図5に示すように、まず各種変数の初期化をおこない(ステップS)、各センサからの入力信号を取り込む(ステップS)。
【0036】
つぎに、制動操作により運転者が要求する制動力(以下、「制動操作量」という)を演算する(ステップS)。この制動操作量の演算は、図6に示すサブルーチンで次のようにして行なう。すなわち、マスターシリンダ12が正常なときは(ステップS10)、図7に示すマスターシリンダ12の液圧と制動操作量の対応関係にしたがって、現在のマスターシリンダ12の液圧に対応する制動操作量を得る(ステップS11)。
【0037】
一方、マスターシリンダ12に異常があるときは(ステップS10)、制動操作量にゼロを設定する(ステップS12)。さらに、図4に示すようにマスターカット弁30A,30Bを開くとともに、シミュレータカット弁16、増圧制御弁22FL〜22RR、減圧制御弁23FL〜23RRを閉じ、これによりマスターシリンダ12の液圧を直接、ホイールシリンダ17FL,17FRに供給する(ステップS13)。
【0038】
つぎに、路面の摩擦係数μを演算する(ステップS)。この摩擦係数μの演算は、図8に示すサブルーチンで次のようにして行なう。すなわち、前輪FLに制動力が加わっていないときに(ステップS20)、前輪FLに対する駆動力と前輪FLのスリップ率を演算し(ステップS22,S23)、演算した駆動力とスリップ率のデータを記憶装置(図示せず)に記憶する(ステップS24)。前輪FLのスリップ率は、前輪FLの速度と車体速度の差の車体速度に対する比率であり、この車体速度は、路面に従動して回転する後輪RLの速度から得ることができる。駆動力とスリップ率を演算して記憶する処理は、タイマが満了するまで繰り返し行なう(ステップS21)。
【0039】
タイマが満了したときは(ステップS21)、記憶装置に記憶した駆動力とスリップ率のデータに基づいて路面の摩擦係数μを演算する(ステップS25)。摩擦係数μの演算は、図9に示すように駆動力とスリップ率の対応関係を複数の摩擦係数(たとえば高μ,中μ,低μ)について予め設定しておき、その対応関係の中から、記憶装置に記憶した駆動力とスリップ率のデータに近い対応関係を選択することにより行なう。記憶装置に記憶した駆動力とスリップ率のデータは、摩擦係数μを算出した後にクリアする(ステップS26)。
【0040】
つぎに、アンチロック制御(以下、「ABS制御」という)開始直前に保持する回生制動力(以下、「設定制動力」という)を演算する(ステップS)。この設定制動力の演算は、図10に示すサブルーチンで次のようにして行なう。すなわち、算出した摩擦係数μが小さく、路面が凍結していると考えられるときは(ステップS30)、設定制動力として低μ用制動力を設定する(ステップS31)。算出した摩擦係数μが中程度であり、路面が圧雪で覆われていると考えられるときは(ステップS32)、低μ用制動力よりも大きい中μ用制動力を設定制動力として設定する(ステップS33)。路面の摩擦係数μが低くなく、中程度でもないときは(ステップS32)、路面がアスファルトであると想定し、中μ用制動力よりも大きい高μ用制動力を設定制動力として設定する(ステップS34)。
【0041】
つぎに、摩擦制動力と回生制動力の比率の調整を開始/終了するか否かの判定を行なう(ステップS)。この判定は、図11に示すサブルーチンで次のようにして行なう。すなわち、前輪FL,FRに制動力が加わっているときは(ステップS40)、前輪FL,FRのスリップ率をそれぞれ演算する(ステップS41)。前輪FL,FRのスリップ率の演算は、たとえば前輪FL,FRの速度および後輪RL,RRの速度の中から最大のものを選択して車体速度として用い、その車体速度と前輪FL,FRの速度に基づいて行なう。
【0042】
その後、制動比率調整がまだ開始していないときは(ステップS42)、前輪FL,FRのスリップ率がしきい値を超えるか否かを判定する(ステップS43)。いずれかの前輪FL,FRのスリップ率がしきい値を超えれば、しきい値を超えたスリップ率を調整開始時スリップ率として設定するとともに(ステップS44)、直後にABS制御が実行される可能性が高いので制動比率調整を開始する(ステップS45)。
【0043】
一方、制動比率調整が既に開始しているときは(ステップS42)、前輪FL,FRのスリップ率がしきい値を下回るか否かを判定する(ステップS46)。前輪FL,FRのスリップ率のいずれもがしきい値を下回ったときは、ABS制御が実行される可能性が低くなったと考えられるので、制動比率調整を終了する(ステップS47)。また、ABS制御を開始したときも(ステップS48)、制動比率調整を終了し(ステップS49)、運転者がブレーキペダル11から足を離したときなど制動を中止したときも(ステップS40)、ABS制御が実行される可能性が低くなったと考えられるので、制動比率調整を終了する(ステップS50)。
【0044】
つぎに、前輪FL,FRに加える回生制動力と摩擦制動力を演算する(ステップS)。この演算は、図12に示すサブルーチンで次のようにして行なう。すなわち、バッテリ7が満充電状態のときなど、モータ2による回生制動が禁止されているときは(ステップS60)、回生制動力をゼロにし、摩擦制動力として制動操作量を設定する(ステップS70)。
【0045】
一方、モータ2による回生制動が許可されているときは(ステップS60)、モータ2で発生可能な回生制動力の大きさ(以下、「発生可能回生制動力」という)を演算する(ステップS62)。発生可能回生制動力の演算は、たとえば、バッテリ7の充電状態に応じた回生制動力の値をあらかじめ設定しておき、その中から、バッテリECU8で検知したバッテリ7の充電状態に対応する回生制動力の値を読み出して行なう。
【0046】
つづいて、発生を許可する回生制動力の大きさ(以下、「発生許可回生制動力」)を演算する。すなわち、制動比率調整がまだ開始していないときは(ステップS63)、発生可能回生制動力を発生許可回生制動力として設定する(ステップS66)。
【0047】
一方、制動比率調整が既に開始しているときは(ステップS63)、発生可能回生制動力の大きさに、現在のスリップ率に対する調整開始時スリップ率の比率を乗じたものを発生許可回生制動力として設定する(ステップS64)。その発生許可回生制動力が設定制動力よりも小さいときは、発生許可回生制動力として設定制動力を設定する(ステップS65)。
【0048】
このようにして得る発生許可回生制動力と制動操作量に基づいて、回生制動力と摩擦制動力の大きさを演算する。すなわち、制動操作量が発生許可回生制動力を上回るときは(ステップS67)、回生制動力として発生許可回生制動力を設定し、摩擦制動力として、制動操作量から回生制動力を差し引いたものを設定する(ステップS68)。一方、発生許可回生制動力を制動操作量が上回らないときは(ステップS67)、回生制動力として制動操作量を設定し、摩擦制動力をゼロにする(ステップS69)。
【0049】
ABS制御が開始するまでは、このように回生制動力と摩擦制動力の比率調整を行なうが、ABS制御が開始したときは(ステップS61)、回生制動力をゼロにするとともに、摩擦制動力として制動操作量を設定する(ステップS70)。
【0050】
つぎに、ABS制御を開始/終了するか否かの判定を行なう(ステップS)。ABS制御は、前輪FL,FRのいずれかがロック傾向になったときに、その前輪の摩擦制動力を制御してロックを防止するものである。このABS制御を開始/終了するか否かの判定は、図13に示すサブルーチンで次のようにして行なう。すなわち、前輪FL,FRに制動力が加わっているときに(ステップS80)、ABS制御がまだ開始していなければ(ステップS81)、ABS制御開始条件が成立しているか否かを判定する(ステップS82)。ABS制御開始条件としては、たとえば、前輪FL,FRのスリップ率がしきい値を超えたか、前輪FL,FRの減速度がしきい値を超えたか等が挙げられる。ABS制御開始条件が成立したときは、ABS制御を開始する(ステップS83)。
【0051】
一方、ABS制御が既に開始しているときは(ステップS81)、ABS制御終了条件が成立しているか否かを判定する(ステップS84)。ABS制御終了条件が成立しているときは、ABS制御を終了する(ステップS85)。また、運転者がブレーキペダル11から足を離したときなど制動を中止したときも(ステップS80)、ABS制御を終了する(ステップS86)。
【0052】
つぎに、ハイブリッドECU10からインバータ9に制御信号を出力するとともに、ブレーキECU24から増圧制御弁22FL,22FRと減圧制御弁23FL,23FRに制御信号を出力して(ステップS)、前輪FL,FRへの回生制動力と摩擦制動力が目標値となるように制御する。
【0053】
すなわち、インバータ9を制御することにより、モータ2を発電機として機能させて、目標の回生制動力を発生させる。また、増圧制御弁22FL,22FRと減圧制御弁23FL,23FRを制御することにより、ホイールシリンダ17FL,17FRの液圧を調節して目標の摩擦制動力を発生させる。
【0054】
このブレーキ装置は、ABS制御が実行されるまでブレーキペダル11を踏み込むと、図14に示すように回生制動力と摩擦制動力が変化する。
【0055】
すなわち、制動操作量が小さいうちは、制動操作量に等しい回生制動力が発生し、摩擦制動力は発生しない。制動操作量が増大して発生可能回生制動力を上回ると(時間T)、発生する回生制動力の大きさが発生可能回生制動力に等しくなるとともに、制動操作量から回生制動力を差し引いた大きさの摩擦制動力が発生する。
【0056】
さらに制動操作量が増大すると、前輪FL,FRのスリップ率がしきい値を超えて、制動比率調整が開始する(時間T)。制動比率調整が開始すると、回生制動力が減少して設定制動力に保持されるとともに、その回生制動力の減少に応じて摩擦制動力が増加する。その後、ABS制御開始条件が成立してABS制御が開始すると(時間T)、設定制動力に保持された回生制動力が減少してゼロになる。
【0057】
一方、ABS制御が実行される可能性が高まるまでブレーキペダル11を踏み込んだ後に、ブレーキペダル11を緩めると、図15に示すように回生制動力と摩擦制動力が変化する。
【0058】
すなわち、制動操作量が増大すると、前輪FL,FRのスリップ率がしきい値を超えて制動比率調整が開始し(時間T)、さらに制動操作量が増大すると、回生制動力が減少して設定制動力に保持されるとともに、その回生制動力の減少分に応じて摩擦制動力が増加する。その後、制動操作量が減少すると(時間T)、前輪FL,FRのスリップ率が減少するので、回生制動力が増加するとともに摩擦制動力が減少する。さらに制動操作量が減少すると、前輪FL,FRのスリップ量がしきい値を下回って、制動比率調整制御が終了する(時間T)。
【0059】
この車両用ブレーキ装置を用いると、図14に示すように、ABS制御開始前に回生制動力が設定制動力に保持され、その保持された回生制動力がABS制御開始時に減少する。このとき、回生制動力は、機械的に発生する摩擦制動力よりも制御信号に対する応答性に優れるので、減少の遅れを生じにくい。そのため、前輪FL,FRのロック傾向が迅速に解消し、車両が安定する。
【0060】
また、このブレーキ装置は、ABS制御開始前に回生制動力を設定制動力に保持するので、ABS制御が実行される可能性が高くなったときにも、回生制動によるエネルギの回収を確実に行なうことができる。
【0061】
また、このブレーキ装置は、ABS制御開始前にスリップ率の増加に応じて回生制動力を減少させるので、ABS制御開始前にスリップ率が急速に増加したときでも、そのスリップ率の増加に応じて回生制動力が減少するとともに摩擦制動力が増大する。そのため、ABS制御開始前のスリップ率の増加の緩急によらず、ABS制御開始時の回生制動力の減少による車両減速度の急激な低下を確実に緩和することができる。
【0062】
また、このブレーキ装置は、スリップ率が増加してABS制御が実行される可能性が高くなった後に、スリップ率が減少すると、そのスリップ率の減少に応じて回生制動力が増加する。そのため、このブレーキ装置は、ABS制御が実行される可能性が高くなったときに、回生制動によるエネルギの回収を効率的に行なうことができる。
【0063】
上記実施形態における低μ用設定制動力は、凍結路面で生じる最大摩擦力の半分の大きさとすると好ましい。このようにすると、ABS制御開始時の回生制動力の減少を抑えつつ、その回生制動力の減少により前輪FL,FRのロック傾向を迅速に解消することができる。同様に、中μ用設定制動力は、圧雪で覆われた路面で生じる最大摩擦力の半分の大きさとすると好ましく、高μ用設定制動力は、アスファルトの路面で生じる最大摩擦力の半分の大きさとすると好ましい。最大摩擦力の大きさは、路面の摩擦係数μや車輪の摩擦係数、車両の重量などにより決定される。
【0064】
上記実施形態では、前輪FLに対する駆動力と前輪FLのスリップ率を用いて摩擦係数μを演算しているが、他方の前輪FRに対する駆動力とその前輪FRのスリップ率を用いて摩擦係数μを演算してもよい。また、制動時に、前輪FLに対する制動力と前輪FLのスリップ率を用いて摩擦係数μを演算してもよい。
【0065】
上記実施形態では、ABS制御開始前に設定制動力に保持した回生制動力をABS制御開始時にゼロまで減少させているが、ABS制御開始時にゼロよりも大きい値まで減少させるようにしてもよい。要は、ABS制御開始前に保持した回生制動力をABS制御開始時に減少させればよい。ABS制御開始時にゼロよりも大きい値まで減少させる場合、その回生制動力の減少量は、最大摩擦力の半分の大きさとなるようにすると好ましい。このようにすると、ABS制御開始時の回生制動力の減少を抑えつつ、その回生制動力の減少により車輪のロック傾向を迅速に解消することができる。
【0066】
ABS制御開始前に回生制動力を減少させて保持する制御は、他の方法で行なってもよい。たとえば、制動比率調整制御が開始した後、回生制動力を一定速度で減少させて設定制動力に保持するようにしてもよい。
【0067】
上記実施形態では、前輪駆動車を例に挙げてこの発明のブレーキ装置を説明したが、この発明のブレーキ装置は、後輪駆動車や四輪駆動車にも同様に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】この発明の実施形態の車両用ブレーキ装置を備えた車両の概略構成図
【図2】図1の動力分割機構の一例を示す図
【図3】図1の車両用ブレーキ装置のブロック図
【図4】図1の車両用ブレーキ装置の摩擦制動装置に接続される液圧系の配管系統図
【図5】図1の車両用ブレーキ装置の制御を示すフロー図
【図6】図5のステップSの処理を示すフロー図
【図7】マスターシリンダの液圧と制動操作量の対応関係の一例を示す図
【図8】図5のステップSの処理を示すフロー図
【図9】駆動力とスリップ率の対応関係の一例を示す図
【図10】図5のステップSの処理を示すフロー図
【図11】図5のステップSの処理を示すフロー図
【図12】図5のステップSの処理を示すフロー図
【図13】図5のステップSの処理を示すフロー図
【図14】(a)は同上の車両用ブレーキ装置についてABS制御が実行されるまでブレーキペダルを踏み込んだときの車体速度と前輪速度の時間変化を示す図、(b)は同上の車両用ブレーキ装置についてABS制御が実行されるまでブレーキペダルを踏み込んだときの回生制動力と摩擦制動力の時間変化を示す図
【図15】(a)は同上の車両用ブレーキ装置についてABS制御が実行される可能性が高まるまでブレーキペダルを踏み込んだ後、ブレーキペダルを緩めたときの車体速度と前輪速度の時間変化を示す図、(b)は同上の車両用ブレーキ装置についてABS制御が実行される可能性が高まるまでブレーキペダルを踏み込んだ後、ブレーキペダルを緩めたときの回生制動力と摩擦制動力の時間変化を示す図
【符号の説明】
【0069】
2 モータ
3FL,3FR,3RL,3RR 摩擦制動装置
10 ハイブリッドECU
14A,14B 液圧センサ
22FL,22FR,22RL,22RR 増圧制御弁
23FL,23FR,23RL,23RR 減圧制御弁
24 ブレーキECU
31FL,31FR,31RL,31RR 車輪速センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪に摩擦制動力を加える摩擦手段(3FL,3FR)と、前記車輪に回生制動力を加えるモータ(2)と、前記車輪がロック傾向になったときに前記摩擦制動力を制御して車輪のロックを防止するアンチロック制御手段(S)と、そのアンチロック制御手段(S)による制御開始前に前記回生制動力を減少させて設定値に保持するとともにその回生制動力の減少に応じて前記摩擦制動力を増加させる制動比率調整手段(S64,S65,S68)と、その制動比率調整手段(S64,S65,S68)で前記設定値に保持された前記回生制動力を前記アンチロック制御手段(S)による制御開始時に減少させる回生制動解除手段(S61,S70)とを有する車両用ブレーキ装置。
【請求項2】
路面の摩擦係数を検知する摩擦係数検知手段(S)を設け、その摩擦係数検知手段(S)で検知した摩擦係数に基づいて前記設定値を設定する請求項1に記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項3】
前記摩擦係数検知手段(S)で検知した摩擦係数の路面で生じる最大摩擦力の半分を前記設定値として設定する請求項2に記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項4】
前記制動比率調整手段が、前記車輪のスリップ率を検知するスリップ率検知手段(S23)と、前記アンチロック制御手段(S)による制御開始前に前記スリップ率の増加に応じて前記回生制動力を減少させて前記設定値に保持する回生制動力調整手段(S64,S65)と、その回生制動力調整手段(S64,S65)による回生制動力の減少に応じて前記摩擦制動力を増加させる摩擦制動力調整手段(S68)とからなる請求項1から3のいずれかに記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項5】
前記回生制動力調整手段(S64,S65)が、前記スリップ率の減少に応じて前記回生制動力を増加させるとともに、前記摩擦制動力調整手段(S68)が、前記回生制動力の増加に応じて前記摩擦制動力を減少させる請求項4に記載の車両用ブレーキ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2007−62448(P2007−62448A)
【公開日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−248117(P2005−248117)
【出願日】平成17年8月29日(2005.8.29)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】