説明

車両用変速機の変速制御装置

【課題】エンジンと変速機とを搭載し、シフトマップを用いて変速機制御を行う車両において、シフトアップの変速時の変速ショックを防止して運転フィーリングの悪化を防ぎ、かつ、登坂路での車両の失速等を防止する。
【解決手段】変速機制御装置の変速段決定手段では、車両の車速とエンジンのアクセル開度とに対応して設定されたシフトマップを用いて変速段を決定する(S2)。変速機制御装置は、車両加速度の検出手段(S7)と車両駆動力の演算手段(S9)とを備えており、変速段決定手段で決定された目標変速段がシフトアップである場合は、車両加速度が略0であり、変速後の車両駆動力が現在の駆動力より大きいときに変速を実行する。シフトアップは、車両加速度が小さく変速後の車両駆動力が十分な場合に行われるため、変速の際に強い変速ショックが発生せず、登坂路においても車両の失速は生じない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の変速段を有する変速機を搭載した車両において、車両走行状態に応じて変速段を自動的に制御する変速制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
最近の車両では各種の装置の自動化が進展しており、動力伝達装置についても、車両の運転の容易化さらには運転者の疲労軽減のため、種々の自動的な車両用動力伝達装置が開発されている。トルクコンバータと遊星歯車機構を組み合わせた自動変速機がその代表的なものであり、いわゆるオートマ車(AT車)の動力伝達装置として広く普及している。自動変速機以外にも、いわゆるマニュアル車(MT車)と同様な平行軸歯車機構式変速機を使用して、これと自動操作クラッチとを組み合わせ、電子制御装置により車両の走行状態に応じて自動的に変速段を切り換える動力伝達装置が存在する。平行軸歯車機構式変速機を使用して自動的に変速を行う変速装置はAMTと呼ばれることがあり、以下では、この変速装置を「自動変速制御の平行軸歯車機構式変速機」という。
【0003】
自動変速機のトルクコンバータには伝達損失が存在し、また、遊星歯車機構及びその制御装置は複雑で高価なものである。自動変速制御の平行軸歯車機構式変速機は、自動操作クラッチと組み合わされたものでトルクコンバータの介在に伴う伝達損失がないから、自動変速機よりも車両の燃料経済性の面では優れており、変速機構の構成や制御も自動変速機に比べ簡易かつ信頼性の高いものとなる。したがって、積載重量が大きく燃料経済性を重視するトラックなどでは、アクチュエータにより自動的な変速操作を行う自動変速制御の平行軸歯車機構式変速機を用いる場合が多い。
【0004】
自動的に変速段の切り換えを実行する変速機が搭載された車両の動力伝達装置について、その概要及び各機器の制御装置の全体的な関連を、図3によって説明する。
図3に示す車両には、動力伝達装置として、エンジン1、変速機2が搭載され両者の間にクラッチ(湿式多板クラッチ)3が配置してある。この例のエンジン1は、燃料噴射ポンプを備えたディーゼルエンジンであり、運転者の操作するアクセルペダル11の踏み込み量等に応じて燃料噴射ポンプを制御し、燃料供給量を変更するエンジン制御装置(ECU)12を有している。また、この例の変速機2は、自動変速制御の平行軸歯車機構式の多段変速機であり、変速機制御装置(TCU)21で制御され変速段を切り換えるアクチュエータ22を備えている。変速機2の出力軸は最終的には車輪4に連結され、車輪4にはその回転数により車速を検出する車速センサ5が設置される。変速機2の前方に配置されたクラッチ3は、変速段の切り換え時にクラッチを自動的に断接するクラッチ制御装置(CCU)31を有する。
【0005】
なお、図3の動力伝達装置は、エンジン1とクラッチ3との間に流体継手(フルードカップリング)6を介在させたものである。流体継手6は、トルクコンバータのようにトルク増幅機能を備えたものではないが、これを介在させることにより、流体継手のポンプ61とタービン62との間の滑りを利用したスムースな車両の発進が可能となる。発進後車両が10km/h程度の所定速度に達した時点で、ポンプ61とタービン62とはロックアップクラッチ63によって一体的に締結され、エンジン1がクラッチ3に直接結合された状態となる。
【0006】
変速機制御装置21は、車両走行状態に対応して変速段を決定する変速段決定手段を備えており、変速段決定手段には、車速とエンジンのアクセル開度(運転者のアクセルペダルの踏み込み量)とにより変速段を決定する、図4に示すようなシフトマップが格納されている。シフトマップは、車速とアクセル開度とに対応する変速段の領域を定めたものであり、車両の走行状態がシフトマップにおける変速点ラインを越えて別の変速段の領域に移行したときは、変速段決定手段が変速指令を出力し、変速機制御装置21は、アクチュエータ22を操作して変速段を変更する。車両走行時における最適な変速点は、低速段から高速段に変更するシフトアップの場合と、高速段から低速段に変更するシフトダウンの場合とでは異なるため、シフトマップには、シフトアップとシフトダウンのそれぞれに対応する変速点ラインが書き込んである。換言すれば、車速とエンジンのアクセル開度とにより決定される目標の変速段の領域は、シフトアップの場合とシフトダウンの場合とで相違するものであって、シフトマップには、シフトアップ用シフトマップとシフトダウン用シフトマップとが存在することになる。
【0007】
シフトマップを使用する変速段決定手段は、図3に示すような自動変速制御の平行軸歯車機構式変速機に限らず、自動変速機でも採用されるものである。例えば、特開昭63−167162号公報には平行軸歯車機構式変速機をシフトマップにより制御する変速制御装置が、また、特開2005−308096号公報には自動変速機をシフトマップにより制御する変速制御装置が開示されている。
【特許文献1】特開昭63−167162号公報
【特許文献2】特開2005−308096号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
車両走行中に変速が行われると、エンジンから車輪に到る動力伝達系のギヤ比が変化しトルク変動が発生するので、運転者に変速ショックを与え、この変速ショックは、自動変速制御の平行軸歯車機構式変速機では自動変速機よりも大きい傾向にある。平行軸歯車機構式変速機は、図3にも示されるように、平行に配置された主軸とカウンタ軸に複数の歯車列と噛み合いクラッチとが設けられており、噛み合いクラッチの係合及びその解除により変速段を切り換えるものであって、その際には、エンジンと変速機との間のクラッチが切断され、短時間、エンジン動力の伝達が遮断される。エンジン動力の遮断により車両は減速され変速後には再加速が行われるため、こうした変速時の挙動は、運転者にいわゆるもたつき感や変速ショックを与え、「加速抜け(トルク抜け)」と称される運転フィーリングの悪化をもたらす。一方、自動変速機では、遊星歯車機構に設置された湿式多板クラッチの繋ぎ変えによって変速段を切り換えるからエンジン動力の遮断期間が短く、また、動力伝達系に介在するトルクコンバータのトルク増幅作用によりトルク変動がある程度吸収される。しかし、自動変速機のトルクコンバータは、燃料経済性の向上のため、一定の走行条件に達すると直結(ロックアップ)されてその機能が解除され、この状態では、トルク変動に伴う運転フィーリングの悪化や運転者の違和感が強くなる。
【0009】
また、シフトマップを使用し自動的に変速段を制御する変速機では、例えば、車両が登坂路を走行中にシフトアップが生じると、シフトアップにより変速機のギヤ比が低下して車輪の駆動トルクが減少し、登坂路の勾配抵抗により車両が大幅に減速して失速状態となることがある。これを図4のシフトマップで説明すると、A点の2速の走行状態にある車両の速度が、アクセル開度の増加等により上昇し3速領域(シフトアップ用マップ)にあるB点に移ると、変速段はシフトアップして3速に切り換わる。しかし、3速への切り換えにより変速機のギヤ比が低下し路面の勾配抵抗に打ち勝つ駆動トルクが不足する場合は、車速が減少して車両は失速してしまい、運転者の意図に反した走行状態となる。車速が減少して車両走行状態が再び2速領域(シフトダウン用マップ)のC点に移行したときは2速にシフトダウンされるため、シフトアップ、シフトダウンを繰り返す変速のハンチングが生じることもある。ハンチングが生じると、変速に伴う変速ショックが頻繁に発生して運転フィーリングの悪化をもたらすとともに、変速機や変速機操作装置に大きな負担をかける。
本発明は、シフトマップを使用し自動的に変速機の変速段を制御する変速機制御装置において、シフトアップの変速時の変速ショックや加速抜けを防止して運転フィーリングの悪化を防ぎ、かつ、登坂路等でのシフトアップに伴う車両の失速などを回避することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題に鑑み、本発明は、シフトマップを利用して変速段を切り換える変速機制御装置において、車両の加速度が小さく、かつ、変速後の車両の駆動力が現在の駆動力よりも大きいときにシフトアップの変速を許可するようにして、運転感覚の悪化や登坂路等での車両の失速などを防ぐものである。すなわち、本発明は、
「車両に搭載された変速機の変速段を制御する変速機制御装置であって、
前記変速機制御装置は、前記車両の車速と前記車両に搭載されたエンジンのアクセル開度とに対応して目標変速段を決定する変速段決定手段を有し、さらに、
前記変速機制御装置は、前記車両の加速度を検出する手段と、前記エンジンの出力トルク及び前記変速機の変速段に基づいて前記車両の駆動力を演算する駆動力演算手段とを備えており、
前記変速段決定手段により決定された目標変速段が現在の変速段よりも高速段である場合には、前記車両の加速度が所定値以下であり、かつ、前記駆動力演算手段により演算される、前記目標変速段における駆動力が現在の変速段における駆動力よりも大きいときに、高速段への変速を行う」
ことを特徴とする変速機制御装置となっている。
【0011】
請求項2に記載のように、前記駆動力演算手段では、前記エンジンの回転数とアクセル開度とに対応したトルクマップを用いて、前記エンジンの出力トルクを決定することができる。
【0012】
請求項3に記載のように、本発明は、前記変速機制御装置により変速段の制御を行う平行軸歯車機構式変速機に好適なものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の変速機制御装置は、車両の車速とエンジンのアクセル開度とに対応して目標の変速段を決定する変速段決定手段、つまりシフトマップによって目標変速段を決める変速段決定手段を備え、車両走行時の変速段は、基本的には車速とアクセル開度とに応じて決定される。そして、本発明の変速機制御装置には、車両の加速度を検出する手段と、エンジンの出力トルク及び変速機の変速段に基づいて車両の駆動力を演算する駆動力演算手段とが備えてあり、変速段決定手段により決定された目標変速段が現在の変速段よりも高速段である場合は、車両の加速度が所定値以下の小さい範囲で、しかも、変速段決定手段により決定された目標変速段における駆動力が現在の変速段における駆動力よりも大きいことを条件として、シフトアップの変速を行うようにしている。このように、本発明の変速機制御装置では、運転者がアクセルペダルを踏み込み車両に所定値以上の加速度が生じているときは変速が禁止される。シフトアップが許可されるのは車両加速度が小さい範囲、つまり、車両加速度が0近傍で実質的には無視できる走行状態のときである。車両の加速度が無視できるときは動力伝達系の駆動トルクも比較的小さく、シフトアップを実行してもその際に急激な減速が起こらないから、運転者に加速抜けの感覚が生じることはない。エンジン動力の遮断に伴う変速ショックも小さくなるため、運転フィーリングの悪化を回避することができる。
さらに、本発明の変速機制御装置では、シフトマップを用いて決定された目標変速段がシフトアップを要するものであっても、実際の変速は、車両の加速度が非常に小さいときに実行されるから、運転フィーリングの悪化防止の観点からシフトマップの変速点を調整する必要はない。そのため、シフトマップの変速点を決定する作業は簡略化され、シフトマップ作成に要する時間と労力が節減可能となる。
【0014】
また、本発明の変速機制御装置では、変速段決定手段により決定された目標変速段における駆動力が現在の変速段における駆動力よりも大きい、つまり、変速後に予測される車両の駆動力が現在の駆動力よりも大きいときにシフトアップが許可される。この条件を満足するときは、シフトアップを行ったとしても変速後に車両の駆動力が減少することはなく、車両に作用する走行抵抗によって車両が減速することはない。そのため、車両が登坂路を走行中で勾配抵抗が作用している場合であっても、車両が失速状態に陥ったり変速のハンチングが発生する事態を防止することが可能である。
【0015】
ちなみに、車両に作用する走行抵抗は、車両が加速されるときの慣性力に基づく加速抵抗、路面勾配に基づく勾配抵抗、走行時の車体に作用する空気抵抗及び車輪の転がり抵抗に分けることができる。車両の駆動力はこれらの抵抗を合算した走行抵抗と等しいが、加速度が0であれば加速抵抗も0であって、車両の駆動力は残りの勾配抵抗等と釣り合った状態である。換言すると、本発明の変速機制御装置においては、シフトアップが実行される以前の時点では車両の駆動力が勾配抵抗等と等しい状態であり、変速後の駆動力が登坂路における勾配抵抗を上回ることとなるから、車両が減速を起こすことはない。
【0016】
請求項2の発明は、車両の駆動力を演算する駆動力演算手段において、エンジンの回転数とアクセル開度とに対応したトルクマップを用いてエンジンの出力トルクを決定するものである。車両の駆動力は、車輪に働く駆動トルクを車輪半径で除した値であり、駆動トルクはエンジンの出力トルクに動力伝達装置(変速機、ファイナルギヤ等)のギヤ比を乗じて求めることができる。通常、車両の動力伝達装置の制御装置には、アクセル開度をパラメータとしてエンジン回転数と出力トルクとの特性を表すトルクマップが格納されており、これを利用すると、目標変速段に変速されたとき予測される駆動力も現在の変速段における駆動力も簡単に演算することができる。
【0017】
請求項3の発明は、本発明を自動変速制御の平行軸歯車機構式変速機に適用したものである。本発明は、シフトマップによって変速段を決める変速段決定手段を備えた変速機制御装置であれば自動変速機にも適用可能であるが、前述したように、平行軸歯車機構式変速機ではエンジン動力の遮断に伴う運転フィーリングの阻害が自動変速機よりも甚だしい傾向にあり、運転フィーリング悪化を防止する本発明は、自動変速制御の平行軸歯車機構式変速機に好適なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面に基づいて本発明の変速機制御装置の実施例について記述するが、この実施例は、本発明を自動変速制御の平行軸歯車機構式変速機に適用したものであって、車両の動力伝達装置の基本的な構成及び各機器の作動は、図3に示した従来のものと変わりはない。すなわち、本発明の変速機制御装置には、車両の車速センサ5からの信号とエンジンのアクセル開度(運転者のアクセルペダル11の踏み込み量)の信号が入力され、車速とアクセル開度とに対応するシフトマップにより変速段を決定する。変速機制御装置21から変速段の切り換え信号が出力されると、それに応じてアクチュエータ22が変速段を変更する。
【0019】
本発明の変速機制御装置は、シフトアップ時における運転フィーリングの悪化や登坂路等での車両の失速などを防ぐために、車両の加速度が小さく、かつ、変速後の車両の駆動力が現在の駆動力よりも大きいときにシフトアップの変速を許可するものであり、変速機制御装置の構成及び作動について図1のフローチャートにより説明する。
図1において、変速段を決定するフローがスタートすると、ステップS1では、車速センサにより検出される車速Vとアクセルセンサにより検出されるアクセル開度Aとの読み込みが行われる。次いで、ステップS2においては、制御装置に格納されたシフトマップを用い、読み込まれた車速Vとアクセル開度Aとに対応して目標とする変速段が決定される。本発明で使用するシフトマップは、従来の変速機制御装置で使用される図4に示すシフトマップと同様なマップであり、シフトアップの変速点ラインとシフトダウンの変速点ラインとが書き込まれている。目標とする変速段の領域は、シフトアップ用のシフトマップとシフトダウン用のシフトマップとでは異なるため、ステップS2では、シフトアップ用の目標変速段Ndとシフトダウン用の目標変速段Nd’とがそれぞれ決定される。ステップS1及びステップS2は、本発明の変速段決定手段を構成するものとなっている。
【0020】
ステップS3では、車両走行中の実際のギヤ段である現在の変速段Nrが読み込まれ、ステップS4及びステップS5において、変速段決定手段で決定された目標変速段Nd及びNd’と現在の変速段Nrとが比較される。ステップS4では、シフトアップ用の目標変速段Ndが現在の変速段Nrよりも大きいか否か、つまり車両走行状態がシフトアップを要するものか否かが判断される。ステップS4の判断が否である場合には、ステップS5でシフトダウン用の目標変速段Nd’がNrよりも小さいか否かが判断され、Nd’がNrより小さいときはステップS6に進んで変速機制御装置はシフトダウンの指令を出力する。ステップS5の判断が否である場合には、現在の変速段がシフトアップもシフトダウンも必要ない状態にあるので、変速指令を出力せずにフローを終了する。
【0021】
ステップS4の判断がYesであり、車速Vとアクセル開度Aとに対応して決定されたシフトアップ用の目標変速段Ndが現在の変速段Nrよりも高速段である場合には、本発明の変速機制御装置においては、車両の走行状態がシフトアップの変速が許可される範囲にあるかどうかを判断する。この判断では、まずステップS7において、車速センサからの車速信号の微分演算を行い、車両の前後方向の加速度αを求める。ステップS8では、演算された加速度αの絶対値が所定値αよりも小さいか否かの判断を実行する。所定値αは0近傍の小さい値、具体的には0.2〜0.4m/ss程度に設定されており、加速度αがこの所定値を越えているときはシフトアップの指令を出力することなくフローを終了して、シフトアップを禁止する。所定値αについては、アクセル開度Aが大きいときには少し大きくなるよう、アクセル開度の関数として設定してもよい。
【0022】
ステップS8で加速度αの絶対値が所定値αよりも小さいと判定されたときは、本発明の駆動力演算手段であるステップS9に進んで、シフトアップ前後の車両の駆動力を演算する。以下にこの演算の手順について述べる。
車両の駆動力Fは、エンジンの出力トルクをT、変速機を含む動力伝達装置のギヤ比をr、車輪の半径をRとしたときに次式で表される。
F=T×r/R
通常、車両の動力伝達装置の制御装置には、アクセル開度Aをパラメータとしてエンジン回転数nと出力トルクTとの特性を表す、図2に示すようなトルクマップが格納されている。アクセル開度Aが一定であるときのエンジンの出力トルクTは、通常の使用領域では、エンジン回転数nの増加に応じて減少する特性を有する。なお、エンジンの出力トルクは、エンジンへ供給する燃料の噴射量により略決定されるものであるから、車両の制御装置にトルクマップが備えられていないときは、エンジン制御装置(ECU)に格納された、アクセル開度とエンジン回転数とに対応して燃料噴射量を決定するマップを用いて出力トルクTを求めることができる。
【0023】
エンジン回転数nは、ギヤ比rが一定であれば車速Vに比例する。シフトアップの変速が行われ変速段が高速段に切り換わると、ギヤ比rが減少し、車速Vは短持間では殆ど変化しないから、エンジン回転数nが減少することとなる。ギヤ比rは変速段に対応して設定された既知の値であって、現在の変速段Nrのギヤ比r(Nr)、目標変速段Ndのギヤ比r(Nd)及び車速Vにより、現在のエンジン回転数n(Nr)とシフトアップされたときのエンジン回転数n(Nd)とをそれぞれ算出することができる。エンジンの出力トルクについては、図2のトルクマップにより、それぞれのエンジン回転数に対応して現在の変速段における出力トルクT(Nr)及びシフトアップ後に予測される出力トルクT(Nd)を求めることができるが、アクセル開度Aが一定であるときのシフトアップ後の出力トルクT(Nd)は、現在の出力トルクT(Nr)よりも増加したものとなる。
【0024】
ステップ10では、現在の変速段Nrにおける車両の駆動力と目標変速段Ndにおける車両の駆動力とを比較して、シフトアップ後の車両の駆動力が現在の駆動力よりも大きいかどうかを判断する。この比較は、結局、次式が成立するか否かの判断となる。
T(Nd)×r(Nd)≧T(Nr)×r(Nr)
ステップ10の判断がYesであれば、目標変速段Ndにシフトアップしても車両の駆動力が現在の駆動力を下回ることがないので、加速度が0の状態にある車両が減速することはなく、したがって、変速機制御装置はアクチュエータにシフトアップの指令を出力する(ステップ11)。ステップ10の判断が否である場合は、シフトアップの指令を出力せずにフローを終了して、シフトアップを禁止する。
【0025】
本発明の変速機制御装置においてシフトアップが許可される条件は、まず、加速度の絶対値が0近傍の小さい値のときであり、車両の速度が殆ど変化しない走行状態に限定される。このような状態では、動力伝達系における車両駆動のための伝達トルクが小さく、シフトアップの際に動力伝達状況が変化しても変速ショックが小さいため、シフトアップに伴う運転フィーリングの悪化が生じることはない。特に、クラッチを切断してシフトアップを実行する自動変速制御の平行軸歯車機構式変速機においては、エンジン動力が遮断されても急激な減速感が生じることはなく、運転者に加速抜けの感覚は与えない。
【0026】
また、本発明の変速機制御装置には、エンジンの出力トルク及び変速段に基づいて車両の駆動力を演算する駆動力演算手段が設けられ、変速後に予測される車両の駆動力が現在の駆動力よりも大きいときにシフトアップが許可される。この条件を満足し、かつ、加速度が無視できるときは、シフトアップを行ったとしても車両に作用する走行抵抗によって車両が減速することはない。そのため、車両が登坂路を走行中で勾配抵抗が作用している場合であっても、シフトアップにより車両が失速したり変速のハンチングが発生する事態を防止することができる。
【0027】
以上詳述したように、本発明は、シフトマップにより変速段を切り換える変速機制御装置において、車両の加速度が小さく、かつ、変速後の車両の駆動力が現在の駆動力よりも大きいときにシフトアップの変速を許可するようにして、運転感覚の悪化や登坂路での失速等を防ぐものである。よって、本発明の変速機制御装置が、シフトマップを利用する制御装置であれば、自動変速機又は自動変速制御の平行軸歯車機構式変速機を問わず適用できること、あるいは、ディーゼルエンジンに限らずガソリンエンジンを搭載する車両にも適用できることはいうまでもない。また、上記実施例では、現在のエンジン回転数と出力トルクについて演算やトルクマップを利用して求めているが、エンジン回転数センサ、トルク検出器により直接これらを求めるなど、上記実施例に対し各種の変更が可能であることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の変速機制御装置の作動を示すフローチャートである。
【図2】本発明の実施例で用いるトルクマップを表す図である。
【図3】車両における動力伝達装置とその制御装置を示す図である。
【図4】変速機制御装置のシフトマップを示す図である。
【符号の説明】
【0029】
1 エンジン
11 アクセルペダル
2 変速機
21 変速機制御装置
22 アクチュエータ
3 クラッチ
31 クラッチ制御装置
5 車速センサ
S1〜S11 制御フローの各ステップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に搭載された変速機の変速段を制御する変速機制御装置であって、
前記変速機制御装置は、前記車両の車速と前記車両に搭載されたエンジンのアクセル開度とに対応して目標変速段を決定する変速段決定手段を有し、さらに、
前記変速機制御装置は、前記車両の加速度を検出する手段と、前記エンジンの出力トルク及び前記変速機の変速段に基づいて前記車両の駆動力を演算する駆動力演算手段とを備えており、
前記変速段決定手段により決定された目標変速段が現在の変速段よりも高速段である場合には、前記車両の加速度が所定値以下であり、かつ、前記駆動力演算手段により演算される、前記目標変速段における駆動力が現在の変速段における駆動力よりも大きいときに、高速段への変速を行うことを特徴とする変速機制御装置。
【請求項2】
前記駆動力演算手段では、前記エンジンの回転数とアクセル開度とに対応したトルクマップにより、前記エンジンの出力トルクを決定する請求項1に記載の変速機制御装置。
【請求項3】
前記変速機が、前記変速機制御装置により変速段の制御を行う平行軸歯車機構式変速機である請求項1又は請求項2に記載の変速機制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−138873(P2009−138873A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−317130(P2007−317130)
【出願日】平成19年12月7日(2007.12.7)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【Fターム(参考)】