説明

車両用操舵装置及び車両用操舵制御方法

【課題】 ドライバが車両運動の変化を視覚情報で判定することなく、適切なカウンタ操舵角をドライバに教示するアシスト制御を提供すること。
【解決手段】 車両の強オーバステアを検知し、且つ操舵方向がカウンタステア方向と判定した場合には、操舵トルクを転舵輪側へ伝達する伝達要素内の静/動フリクションを低減またはゼロに補正するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の強オーバステアの防止、並びに強オーバステアに近い領域での操縦性向上を図る操舵力制御に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の技術としては、滑り易い路面等で車両挙動が不安定となることを抑制し得るように制御を行う電動パワーステアリング装置が開示されている。後輪に発生している横方向グリップ力が限界に近づくにつれて、電動モータによりドライバの操舵をアシストする力(以下、アシスト力と称す)を減少させる。すなわち、後輪がグリップ力を失い所謂スピン(強オーバステア)しそうな状況になると、ステアリングホイールが重くなり、車両旋回方向と反対側への操舵(カウンタステア)が促され、結果として、前輪横方向グリップ力が減少することにより、車両のスピンを防止できるようにしている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平11−048997号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら上記従来技術では、アシスト力を低減させることにより車両旋回方向と反対側への操舵方向(カウンタステア方向)に操舵を促すものの、どの程度の操舵角でハンドルを止めるべきかをこの制御はドライバに教えていない。カウンタステア方向の操舵角が大きすぎると旋回外側へ軌跡が不必要に膨らむ、または逆方向に旋回が始まる可能性がある。すなわち、カウンタステア方向の操舵角は車両の挙動に応じて変化させなければならない。これをドライバは車両のヨー運動等の視覚情報に基づいて行っているが、車両運動の変化を視覚情報で判定するのには遅れが存在する。そのため、カウンタステア操作は難しいものとなる。
【0004】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、その目的とするところは、ドライバが車両運動の変化を視覚情報で判定することなく、適切なカウンタ操舵角をドライバに教示するアシスト制御を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、本発明では、操舵トルクを転舵輪側へ伝達する伝達要素内に、操舵状況と独立して操舵を妨げる方向の力を発生させる抵抗要素と、車両のステア状態を検知するステア状態検知手段と、操舵方向が車両の旋回方向と逆側のカウンタステア方向に操舵されているか判定するカウンタステア判定手段と、ステア状態検知手段が車両の所定の条件によるオーバステア傾向を示す強オーバステアを検知し、且つ操舵方向がカウンタステア方向と判定された場合には、抵抗要素が発生させる力を低減またはゼロに補正する補正手段と、を備えた。
【発明の効果】
【0006】
本発明の車両用操舵装置にあっては、抵抗要素が発生させる力を低減またはゼロに補正し、ドライバが車両運動の変化を視覚情報ではなく反力情報で判定できる。よって、適切なカウンタ操舵角をドライバに教示することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明の車両用操舵装置を実現する最良の形態を、実施例1乃至実施例3に基づいて説明する。
【実施例1】
【0008】
まず、構成を説明する。
【0009】
図1は車両用操舵装置を搭載した車両の全体システム図である。車両用操舵装置を搭載車両は、ハンドル1側からコラムシャフト5に入力される操舵トルクを検出する操舵トルクセンサ(操舵トルク検出手段)2と、操舵トルクセンサ2よりも転舵輪10側のコラムシャフト5の回転角(以降、操舵角と称す)を検出する操舵角センサ(操舵角検出手段)3と、ドライバの操舵にアシストする力を発生させるアシストモータ(アクチュエータ)6と、車両操舵状況及び車両挙動に応じてアシストモータ6を制御するアシストコントローラ(操舵角制御手段)8とから構成されている。
【0010】
操舵トルクセンサ2は、ハンドル1とコラムシャフト5との間に設けられたトーションバーの捩れ量から、ハンドル1からコラムシャフト5へ入力される操舵トルクを検出する。なお、トーションバーが存在するため、ハンドル1とコラムシャフト5とはトーションバーの捩れの範囲で相対回転が可能となるので、ハンドル1の回転角と、コラムシャフト5の操舵角とは異なる値となる。そのため、操舵トルクセンサ2が検出したトルクと、ドライバがハンドル1に入力するトルクとは値が異なる。以下では、操舵トルクセンサ2が検出したトルクを操舵トルクと称し、ドライバがハンドル1に入力するトルクをドライバ入力トルクと称する。
【0011】
アシストモータ6は、例えば、DCブラシレスモータが用いられ、モータ出力軸が減速器7を介してコラムシャフト5に連結され、コラムシャフト5に対し、ドライバの操舵力を補助するアシスト力を出力する。
【0012】
ラック4は、コラムシャフト5の回転をラック&ピニオンにより車両左右方向の動きに変換し、転舵輪10を転舵させる。ラック軸力センサ9は、ラック4にかかる軸力を検出し、ラック軸力検出値をアシストコントローラ8へ出力する。
【0013】
アシストコントローラ8は、操舵トルクセンサ2からの操舵トルク情報と、操舵角センサ3からの操舵角情報と、ラック軸力センサ9からのラック軸力情報とに基づいて、アシストモータ6のモータ指令値を制御する。
【0014】
図2は、アシストコントローラ8の制御ブロック図である。アシストコントローラ8は車両の旋回方向と逆方向の操舵、所謂カウンタステアを検出し、フリクションフラグ出力するカウンタ制御部80と、アシストモータ6への指令信号を生成する操舵角サーボ部81と、コラムシャフト5の目標回転角である仮想ステアリング操舵角を算出する仮想ステアリングモデル部82と、ドライバ入力トルクを算出するトルク生成部(ドライバ入力トルク推定手段)83とから構成される。
【0015】
カウンタ制御部80は、車両の横滑り角速度、ドライバ入力トルク及びラック軸力等を入力して、車両が強オーバステア状態にあるか、カウンタステアであるかを判定して、後述する仮想ステアリングモデル82に入力するフリクションフラグを生成する。ここで、強オーバステアとは、車両旋回時に後輪のグリップ力が低下して旋回方向内側へ回転する方向のモーメントの増加するので、所謂スピンが生じる状態を示す。また、車両の横滑り加速度は、例えば前後G、横Gやヨーレイト等から演算よって求められるが、その演算方法については特許第3303500号広報等に記載の公知のものを用いれば良く説明を省略する。
【0016】
操舵角サーボ部81では、制御工学の一般理論に基づき、仮想ステアリングモデル部82の出力である目標操舵角に操舵角センサ検出値が追従するようにアシストモータ6のモータ指令値が演算される。演算されたモータ指令値は、図外の電流ドライバへと出力され、電流ドライバを介してアシストモータ6に電流が供給される。
【0017】
仮想ステアリングモデル部82には、ドライバ入力トルクと、ラック軸力の和を入力して、操舵角サーボ部81に出力する仮想ステアリング操舵角を演算する。図3にその一例を示す。ここでは、モデルの動特性を連続系で表しているため、積分器82a、82bは1/s(s:ラプラス演算子)で表される。また、理解を容易にするために、トルクや操舵角はすべてコラムシャフト周りに換算したものとする。乗算器82cは、入力に対し所望のステアリング慣性の逆数1/Ihを乗算した値を出力する。乗算器82dは、入力に対しChを乗算し所望のステアリング粘性を設定する。静/動フリクション信号生成部(フリクション生成手段)82eは、コラムシャフト5やラック軸4に発生する実際の静/動フリクションを模して再現するブロックである。静/動フリクション補正部82fは、カウンタ制御部80で生成したフリクションフラグが"1"のときに静/動フリクションを低減若しくはゼロにする補正を行う。スタック再現部82gは、静フリクションによりハンドル1が停止したことを再現するブロックであり、仮想モデル中の操舵角速度をゼロにセットする役割がある。
【0018】
以上の構成により、ドライバは操舵時の反力およびハンドル角の振る舞いを通して仮想ステアリングモデルの動きを味わうことができる。仮想ステアリングモデルに所望のステアリング特性を記述しておくことにより、望ましい操舵感を味わうことができる。
【0019】
トルク生成部83は、仮想ステアリングモデルに入力するドライバ入力トルクを演算する。図4にその一例を示す。
【0020】
乗算器83aは、操舵トルクtrqに操舵トルクセンサ2のねじり剛性の逆数1/Ktを乗算した値を、ねじり角trq/Ktとし、加算器83bへ出力する。
【0021】
加算器83bは、操舵角θmと乗算器83aからのねじり角trq/Ktを加算した値をハンドル角θhとし、乗算器83cへ出力する。乗算器83cは、加算器83bからのハンドル角θhに2階微分を近似した伝達関数s2/(s2+2ζωns+ωn2)を乗算した値をハンドル角加速度θh"とし、乗算器83dへ出力する。乗算器83dは、乗算器83cからのハンドル角加速度θh"にハンドル1のイナーシャの逆数1/Ih0を乗算した値を加算器83eへ出力する。加算器83eは、操舵トルクtrqと、乗算器83dの出力θh"×1/Ih0とを加算した値をドライバ入力トルクtrqgとし、仮想ステアリングモデル部82へ出力する。
【0022】
次に、作用を説明する。
【0023】
図5は、車両が強オーバステア状態になった場合に、カウンタステアを行ったとき、及び行わなかったときの車両挙動の例を示す図である。図5(a)に示すように、実線で示す位置で車両100の後輪のグリップ力が低下し、車両が強オーバステア状態になった場合にカウンタステアを行わなかったときには、後輪に旋回方向外側に発生する横力が増加する。そのため、車両100を旋回方向内側に回転させるモーメントが増加し、点線や一点鎖線で示すように、車両100は旋回方向内側に回転してしまう。一方、図5(b)に示すように、実線で示す位置で車両100の後輪のグリップ力が低下し、車両がオーバステア状態になった場合にカウンタステアを行ったときには、後輪に旋回方向外側に発生する横力とほぼ同じ大きさの横力を前輪にも発生させることができる。このとき、図5(b)で点線及び一点鎖線に示すように、旋回軌跡は旋回方向外側に膨らんでしまうものの、車両100の旋回方向内側への回転を防ぐことができる。
【0024】
車両が強オーバステア状態になったときには、従来の車両用操舵装置では、アシスト力を低減させることによりカウンタステアを促すものがある。しかし、従来の車両用操舵装置では、どの程度の操舵角でハンドルを止めるべきかをドライバに教えていない。カウンタステアを行うときの操舵角は大きすぎると逆方向に旋回が始まる可能性がある。また、そうでなくても旋回外側へ軌跡が不必要に膨らむことになる。また、小さすぎると車両の旋回方向内側への回転を防ぐことができない。すなわち、カウンタステアを行うときの操舵角は車両の挙動に応じて変化させなければならない。これをドライバは車両のヨー運動等の視覚情報に基づいておこなっているが、車両運動の変化を視覚情報で判定するのに遅れが存在する。そのため、カウンタステア操作は難しいものとなる。
【0025】
この問題を解決するために、車両運動の変化を反力で判定できるようにアシスト制御を行うことが考えられる。すなわち、カウンタステアにより車両が安定状態に移行した、もしくは移行する直前であることをドライバが反力で判断できれば、ドライバは安心してカウンタステアにより発生した操舵速度を略ゼロにし、定常保舵状態に移行することが可能となる。
【0026】
反力は視覚情報よりも正確にかつ迅速にドライバは検知できるため、ドライバはより速やかに適度な操舵角(以下、カウンタステア操舵角)を推察することが可能となり、車両操縦性が向上することが期待できる。
【0027】
しかしながら、この手法実現には解決を必要とする以下の条件が存在する。
【0028】
条件1:ドライバの操舵のハンチングを誘起しないこと
図6に示すようにドライバがステアリングを操舵している状況は、ドライバ101を、アシストコントローラ102及び車両を含む操舵系を制御対象と見なすことができる。車両を含む操舵系の特性がドライバの理解できない形で変化すると、ドライバはその変化に対応できず、操舵のハンチングを誘起することも起こりえる。
【0029】
条件2:ドライバの操舵介入を許容すること
操舵角を強制的にカウンタステア操舵角に一致させる舵角サーボ制御は、例えば、障害物を回避する操舵を阻害しかねない。よって、レーンキープ制御で用いられる舵角サーボを単純に適用することはできない。
【0030】
従来の車両用操舵装置を改良して、カウンタステア操舵角になった瞬間に段差状にアシスト力を大きくするとする。たしかに段差状にアシスト力が変化すれば、この時の反力変化から適切なカウンタ操舵角を推察することが可能になる(連続的にアシスト力を大きくした場合、当然ながら変化がなく、カウンタステア操舵角を推察することはできない)。これは操舵角を強制的に目標操舵角(カウンタステア操舵角)に一致させるものではないため、条件2は満たされている。しかしながら、アシスト力が大きくなる、つまり操舵が軽くなることは、カウンタステアを当て過ぎることを引き起こしかねない。また、アシスト力はドライバの操舵力に基づいて決まるものであるから、反力変化が一定ではない。このため、ドライバはこの反力変化の理由を理解できず、操舵のハンチングを誘起することも起こり得る。すなわち、条件1が満たされていない。
【0031】
そこで本実施例では、アシスト力を直接変化させてカウンタステア操舵角を教えるのではなく、コラムシャフト5やラック軸4に発生する静/動フリクションを変化させてカウンタステア操舵角を教えるようにした。また、本実施ではコラムシャフト5やラック軸4に発生する静/動フリクションを直接変化させるのではなく、仮想ステアリングモデル部82内の静/動フリクション発生部82eが出力するコラムシャフト5やラック軸4に発生する実際の静/動フリクションを模した値を、静/動フリクション補正部82fにおいて補正する。この補正された静/動フリクションを用いて仮想ステアリング操舵角を演算し、モータ指令値を算出してアシストモータ6を制御することにより静/動フリクションが変化したような効果を発生させる。
【0032】
[フリクションフラグの算出処理]
図7はカウンタ制御部80において実行される処理の流れを示すフローチャートであり、以下、各ステップについて説明する。
【0033】
ステップS1では、車両の横滑り角速度を読み込む。
【0034】
ステップS2では、車両の横滑り角速度が所定値以上であるか否かを判定する。これにより車両が強オーバステア状態であるのかを判定する。横滑り角速度の絶対値が所定値以上の場合、強オーバステア状態であると推定する。また、この判断部分のハンチングを防止するために、一般に用いられているヒステリシス特性を持たせても良い。横滑り角速度が所定値以上の場合にはステップS3へ移行し、横滑り角速度が所定値未満の場合にはステップS5へ移行する。このステップS2は、本発明のステア状態検知手段に相当する。
【0035】
ステップS3では、横滑り角速度の符号から操舵のいずれの方向がカウンタステアであるか判断される。次に、ドライバ入力トルク及びラック軸力等から、ドライバの操舵がカウンタステア方向か否かを判断する。ドライバの操舵がカウンタステア方向であればステップS4へ移行し、ドライバの操舵がカウンタステア方向でなければステップS5へ移行する。このステップS3は、本発明のカウンタステア判定手段に相当する。
【0036】
ステップS4では、フリクションフラグを"1"に設定し、ステップS5ではフリクションフラグを"0"に設定する。
【0037】
[ドライバ入力トルク算出処理]
トルク生成部83によるドライバ入力トルクの算出方法を説明する。
【0038】
まず、ハンドル角の演算方法の一例を下記の式(1)に示す。操舵トルクをトーションバーのねじり剛性で除してねじり角を算出し、それと操舵角を足してハンドル角とする。
θh=θm+trq/Kt …(1)
ここで、θhはハンドル角、θmは操舵角である。trqは操舵トルク、Ktはトーションバーのねじり剛性(単位は、例えば[Nm/rad])とする。
【0039】
続いて、式(1)により求めたハンドル角θhの2回微分でハンドル角加速度を得る。2回微分は、例えば下記の式(2)に示すような伝達関数で近似しても良い。
θh"=θh×s2/(s2+2ζωns+ωn2) …(2)
【0040】
例として、ζを0.9、ωnを2×π×60[rad/s]が挙げられる。これらのパラメータは高周波のノイズ除去に関連しており、角周波数ωn以上の信号は除去されることになる。また、これを小さく設定すると、操舵感を損なう可能性があるので、両者のトレードオフを考えて設定する。
【0041】
以上から、ドライバ入力トルクは、下記の式(3)で表される。
trqg=trq+Ih0×θh" …(3)
ここでtrqgはドライバ入力トルクである。
【0042】
この作用により、ドライバがハンドル1に入力するトルクのみを算出することができる。
【0043】
[仮想ステアリングモデル操舵角の演算]
図8は、アシストコントローラ8で実行される処理の流れを示すフローチャートであり、以下、各ステップについて説明する。なお、この制御処理は、あらかじめ設定された所定周期毎に実行される。
【0044】
ステップS11では、操舵角センサ3から操舵角θmを読み込み、ステップS12へ移行する。
【0045】
ステップS12では、操舵トルクセンサ2から操舵トルクを読み込み、ステップS13へ移行する。
【0046】
ステップS13では、カウンタ制御部80において、フリクションフラグの演算を行い、ステップS14へ移行する。
【0047】
ステップS14では、トルク生成部83において、式(1)を用いてハンドル角度θhを推定し、ステップS15へ移行する。
【0048】
ステップS15では、トルク生成部83において、式(2)を用いてハンドル角加速度θh"を推定し、ステップS16へ移行する。
【0049】
ステップS16では、トルク生成部83において、式(3)を用いてドライバ入力トルクを生成し、ステップS17へ移行する。
【0050】
ステップS17では、仮想ステアリングモデル部82において、ステップS16で生成したドライバ入力トルクと、ラック軸力センサ9から読み込んだラック軸力等とに基づいて、仮想ステアリングモデルによる仮想ステアリング操舵角の演算を行う。このとき、静/動フリクション補正部82fでは、フリクションフラグが"0"の場合には補正を行わず、フリクションフラグ"1"の場合には、静/動フリクションを低減若しくはゼロにして仮想ステアリング操舵角の演算を行い、ステップS18へ移行する。
【0051】
ステップS18では、操舵角サーボ部81において、実操舵角を仮想ステアリング操舵角に追従させる操舵角サーボ制御を実施し、リターンへ移行する。
【0052】
[反力の発生]
本実施例におけるカウンタ制御部80、操舵角サーボ部81、仮想ステアリングモデル部82、トルク生成部83の作用による出力は、図9の等価モデル11によって表される。ドライバは、横滑り角速度、ドライバ入力トルク、ラック軸力等の入力により操舵角の出力に応じた反力を感じることとなる。理解を容易にするため、ドライバが感じる反力を以下のように定義する。ハンドル軸周りの運動方程式によって、式(4)が得られる。
Ih*d2θ/dt2 =(ラック軸力)+(ドライバ操舵力)+(静/動フリクション) …(4)
ここで、Ihはステアリング慣性、θは操舵角、ラック軸力、ドライバ操舵力、静/動フリクションはステアリング軸周りに換算したトルクである。その他のトルクについては、ここでは省略した。ここで、ドライバが感じる反力はドライバ操舵力と等しい大きさで方向は逆であるから、(反力)= −(ドライバ操舵力)となる。よって、次の式(5)が得られる。
(反力)= −Ih*d2θ/dt2 +(ラック軸力)+(静/動フリクション) …(5)
以下では、ステアリング慣性Ihは十分に小さい仮定し、ステアリング慣性Ihをゼロに近似して説明する。
【0053】
(カウンタステア切り始めの反力)
まず、ドライバがハンドル1をカウンタステア方向に切り始めた状態、つまりドライバはカウンタステア方向に操舵力を加え始めたものの、まだハンドル1が動いていない状態において、ドライバが感じる反力について説明する。ここでは、現在車両は右旋回を行っており、カウンタステア方向は左とする。また、左方向の力を正とする。
【0054】
ドライバがハンドル1を保舵している状態で、ドライバは次の式(6)に示す反力を感じる。
(反力)=(ラック軸力)+(静フリクション) …(6)
【0055】
カウンタステア方向(左)に操舵し始める瞬間、操舵を阻む方向(右)に静フリクションが発生する。例えば、ラック軸力を10、静フリクションを"−5"とすると、ドライバは次の式(7)で示す反力"5"を感じる。
(反力)= 10 + (−5) = 5 …(7)
【0056】
横滑り角速度が所定値以上であって、ドライバがカウンタステア方向に操舵した場合、カウンタ制御部80はフリクションフラグを"1"に設定して、仮想ステアリングモデル部82の静/動フリクション補正部82fは、静フリクションを低減若しくはゼロにする。ここで、静/動フリクション補正部82fが静フリクションの大きさを"2"低減させて、静フリクションを"−3"に設定したとすると、式(8)に示すようにドライバは反力"7"を感じる。
(反力)= 10 + (−3) = 7 …(8)
【0057】
式(7)と式(8)との比較から明らかなように、本実施例の作用によってドライバが感じる反力はカウンタステア方向に大きくなり、ドライバはカウンタステア方向の操舵に誘導される。一方、カウンタステア方向と逆方向に操舵しようとした場合には、静フリクションは変化を生じないため、ドライバはカウンタステア方向と逆方向の操舵に誘導されることはない。よって、ドライバがカウンタステア方向に操舵し始めることを補助し、強オーバステアを回避することが可能となる。
【0058】
(カウンタステア中の反力)
次にドライバがハンドル1をカウンタステア方向に動かしている状態において、ドライバが感じる反力について説明する。ここでは、現在車両は右旋回を行っており、カウンタステア方向は左とする。また、左方向の力を正とする。
【0059】
ドライバがハンドル1を動かしている状態で、ドライバは次の式(9)に示す反力を感じる。
(反力)=(ラック軸力)+(動フリクション) …(9)
【0060】
仮想ステアリングモデル部82の静/動フリクション補正部82fにおいて、動フリクションの補正が行われていないときには、例えば、ラック軸力を10、動フリクションを"−4"とすると、ドライバは次の式(10)で示す反力"6"を感じる。
(反力)= 10 + (−4) = 6 …(10)
【0061】
横滑り角速度が所定値以上であって、ドライバがカウンタステア方向に操舵した場合、カウンタ制御部80はフリクションフラグを"1"に設定して、仮想ステアリングモデル部82の静/動フリクション補正部82fは、動フリクションを低減若しくはゼロにする。ここで、静/動フリクション補正部82fが動フリクションの大きさを"2"低減させて、動フリクションを"−2"に設定したとすると、式(11)に示すようにドライバは反力"8"を感じる。
(反力)= 10 + (−2) = 8 …(11)
【0062】
式(10)と式(11)との比較から明らかなように、本実施例の作用によってドライバが感じる反力はカウンタステア方向に大きくなり、ドライバはカウンタステア方向の操舵に誘導される。一方、カウンタステア方向と逆方向に操舵しようとした場合には、動フリクションは変化を生じないため、ドライバはカウンタステア方向と逆方向の操舵に誘導されることはない。よって、ドライバがカウンタステア方向に操舵し始めることを補助し、強オーバステアを回避することが可能となる。
【0063】
(カウンタステア操舵角における反力)
操舵角が適切なカウンタ操舵角に一致若しくは略一致すると、横滑り角速度が所定値以下になるので、カウンタ制御部80はフリクションフラグを"0"に設定する。仮想ステアリングモデル部82の静/動フリクション補正部82fは、静/動フリクションの補正を終了するので、静/動フリクションは通常の値に復帰する。
【0064】
以下、操舵角が適切なカウンタ操舵角に一致若しくは略一致したときのドライバが感じる反力について説明する。ここでは、現在車両は右旋回を行っており、カウンタステア方向は左とする。また、左方向の力を正とする。
【0065】
ドライバがハンドル1を適切なカウンタ操舵角に一致させる直前には、仮想ステアリングモデル部82の静/動フリクション補正部82fにおいて、動フリクションの補正が行われている。例えば、ラック軸力を10、動フリクションの大きさを"2"低減させて、動フリクションを"−2"に設定したとすると、式(12)に示すようにドライバは反力"8"を感じる。
(反力)= 10 + (−2) = 8 …(12)
【0066】
ドライバがハンドル1を適切なカウンタ操舵角に一致させると、仮想ステアリングモデル部82の静/動フリクション補正部82fにおいて、動フリクションの補正が行われない。例えば、ラック軸力を10、動フリクションを"−4"とすると、ドライバは次の式(13)で示す反力"6"を感じる。
(反力)= 10 + (−4) = 6 …(13)
【0067】
すなわち、カウンタステアへ誘導する反力が弱まる。この反力変化により、ドライバは確実に適切なカウンタステア操舵角を感じることができ、ハンドル1を保舵状態へ移行できる。ハンドル1を保舵状態へ移行した後の静フリクションも、仮想ステアリングモデル部82の静/動フリクション補正部82fにおいて、補正が行われないのでハンドル1の保舵時のドライバが感じる反力が変化し、ドライバは適切なカウンタステア操舵角を推察することができる。
【0068】
本実施例における車両用操舵装置の作用によって、前述の条件1と条件2を満たすことができる。
【0069】
条件1:ドライバの操舵のハンチングを誘起しないこと
静/動フリクションはドライバが普段から体験している特性であり、その違いは理解しやすいため、ドライバのハンチング操舵を誘起することがない。また、フリクションの左右差は他の原因では現れない本実施例による作用特有のものであり、ドライバは操舵反力を通じて明確にこの反力変化を理解できることになる。よって、条件1は満たされている。
【0070】
条件2:ドライバの操舵介入を許容すること
静/動フリクションが低減若しくはゼロに補正するのみであり、ドライバの操舵介入を妨げることにはならない。よって、条件2が満たされたことを示している。
【0071】
上記作用により、本実施例における車両用操舵装置は、適切なカウンタ操舵角をドライバに教示することができる。
【0072】
以上、上記では静/動フリクション発生部82eにおいて再現された静/動フリクションを静/動フリクション補正部82fで補正するようにし、仮想ステアリングモデル部82から仮想モデル操舵角を出力している。操舵角サーボ部81において、この仮想モデル操舵角に応じたモータ指令値を出力して、アシストモータ6を制御することで、ドライバに静/動フリクションが変化したような反力を与えている。このように再現された静/動フリクションを補正するのではなく、ラック軸4周辺に静/動フリクションを実際に発生させる抵抗体を設けて、この抵抗体が発生させる静/動フリクションを補正するようにしても良い。
【0073】
次に、効果を説明する。
【0074】
(1)車両の強オーバステアが検知され、且つドライバの操舵がカウンタステア方向であるときに、カウンタステア方向の操舵を妨げる抵抗要素である静/動フリクションを低減若しくはゼロに補正するようにした。よって、カウンタステア方向への反力が大きくなり、ドライバはカウンタステア方向へ操舵しやすくなる。
また、カウンタステア方向の操舵によって、車両の強オーバステアが検知されなくなると静/動フリクションの補正は行われなくなり、カウンタステア方向の反力は小さくなる。よって、ハンドル1の保舵時のドライバが感じる反力が変化し、ドライバは適切なカウンタステア操舵角を推察することができる。
【0075】
(2)車両の強オーバステアが検知され、ドライバの操舵がカウンタステア方向であるときに、静/動フリクションを低減若しくはゼロにするようにした。よって、静/動フリクションはドライバが普段から体験している特性であり、その違いは理解しやすいため、ドライバのハンチング操舵を誘起することがない。また、フリクションの左右差は他の原因では現れない本実施例による作用特有のものであり、ドライバは操舵反力を通じて明確にフリクションによる反力変化を理解できることになる。また、静/動フリクションが低減若しくはゼロに補正するのみであり、ドライバの操舵介入を妨げることがない。
【0076】
(3)コラムシャフト5に対し、ドライバの操舵力を補助するアシスト力を出力するアシストモータ6と、ハンドル1側からコラムシャフト5に入力される入力トルクを検出する操舵トルクセンサ2と、操舵角を検出する操舵角センサ3と、操舵トルクと操舵角とからドライバがハンドルに入力したトルクであるドライバ入力トルクtrqgを算出するトルク生成部とを備えた車両用操舵装置において、コラムシャフト5やラック軸4に発生する実際の静/動フリクションを模して再現する静/動フリクション発生部82eと、コラムシャフト5の目標回転角を算出する仮想ステアリングモデル部82と、アシストモータ6を制御するアシストコントローラ8と、車両の横滑り角速度によって強オーバステアを判定するカウンタ制御部80と、カウンタ制御部80で生成したフリクションフラグが1のときに静/動フリクションを低減若しくはゼロにする補正を行う静/動フリクション補正部82fとを備えた。よって、直接、静/動フリクションを発生させるような抵抗体を新たに設けることなく、ドライバには静/動フリクションが変化したような感覚を与えることができ、違和感のない反力を発生させることができる。
【0077】
(4)静/動フリクション発生部82eでは、ハンドル1が保舵され回転していない状態においては、静フリクションを模して再現し、ハンドル1が回転している状態においては、動フリクションを模して再現するようにした。よって、ドライバに、より違和感のない現実に近いフリクションの変化を体験させることができる。
【実施例2】
【0078】
まず、構成について説明する。
【0079】
本実施例における構成は、実施例1とアシストコントローラ8のカウンタ制御部84の構成が異なるのみであり、同様の構成については同じ符号を付して説明を省略する。
【0080】
図10は、アシストコントローラ8の制御ブロック図である。
【0081】
カウンタ制御部84は、車両の横滑り角速度、ドライバ入力トルク及びラック軸力等を入力してフリクションフラグを生成すると共に、カウンタ制御トルクを出力する。
【0082】
仮想ステアリングモデル部82には、ドライバ入力トルクと、ラック軸力と、カウンタ制御トルクの和を入力して、操舵角サーボ部81に出力する仮想ステアリング操舵角を演算する。
【0083】
次に作用について説明する。
【0084】
[フリクションフラグの算出とカウンタ制御トルクの発生処理]
図11はカウンタ制御部84において実行される処理の流れを示すフローチャートであり、以下、各ステップについて説明する。
【0085】
ステップS21では、車両の横滑り角速度を読み込む。
【0086】
ステップS22では、車両の横滑り角速度が所定値以上であるか否かを判定する。これにより車両が強オーバステアに入ろうとしているのかを判定する。横滑り角速度の絶対値が所定値以上の場合、強オーバステアに入ろうとしている状況であると推定する。また、この判断部分のハンチングを防止するために、一般に用いられているヒステリシス特性を持たせても良い。横滑り角速度が所定値以上の場合にはステップS23へ移行し、横滑り角速度が所定値未満の場合にはステップS26へ移行して、カウンタ制御トルクをOFFにしてカウンタ制御トルクを発生させないようにする。
【0087】
ステップS23では、カウンタ制御トルクをONにして、図12示すような実効値がゼロの周期性トルク信号を発生させる。図12には矩形波を示しているが、sin波を用いても良い。
【0088】
ステップS24では、横滑り角速度の符号から操舵のいずれの方向がカウンタステアであるか判断される。次に、ドライバ入力トルク、カウンタ制御トルク及びラック軸力等から、ドライバの操舵又はカウンタ制御トルクがカウンタステア方向か否かを判断する。ドライバの操舵又はカウンタ制御トルクがカウンタステア方向であればステップS25へ移行し、ドライバの操舵がカウンタステア方向でなければステップS27へ移行する。
【0089】
ステップS25では、フリクションフラグを"1"に設定し、ステップS27ではフリクションフラグを"0"に設定する。
【0090】
[保舵時の反力発生]
本実施例におけるカウンタ制御部84、操舵角サーボ部81、仮想ステアリングモデル部82、トルク生成部83の作用による出力は、図13の等価モデル12によって表される。ドライバは、横滑り角速度、ドライバ入力トルク、ラック軸力等の入力により操舵角の出力に応じた反力を感じることとなる。本実施例ではこの反力によって、適切なカウンタ操舵角へ積極的に誘導を行う。
【0091】
例えば、右に定常旋回中であって、ドライバ入力トルクとラック軸力とが等しい場合を、つまりドライバがハンドル1を一定操舵角で保舵している場合を考える。図14は、右に定常旋回中であって、ドライバ入力トルクとラック軸力とが等しいときに入力したカウンタ制御トルクと、このカウンタ制御トルク入力時の静フリクション及び反力の発生の様子を示すグラフである。
【0092】
仮想ステアリングモデル部82に、図14(a)に示すようなカウンタ制御トルクが入力されると、演算機82eでは図14(b)に示すようなカウンタ制御トルクと反対方向であって、等しい大きさの静フリクションを再現する。しかし、ドライバ入力トルクがカウンタステア方向(左方向)に発生すると、カウンタ制御部80ではフリクションフラグが"1"に設定されるので、静フリクションは低減若しくはゼロに補正される。ここでは、図14(b)に一点鎖線で示す部分の静フリクションがゼロに補正されたとする。カウンタ制御トルクと静フリクションとをあわせると図14(c)に示すように、逆カウンタステア方向(右方向)のカウンタ制御トルクは、静フリクションによって打ち消されて、アシストコントローラ8はカウンタステア方向に反力が発生するようにアシストモータ6を制御する。
【0093】
[転舵時の反力発生]
前述のような保舵時に、カウンタステア方向の反力が発生すると、ドライバ入力トルクが一定であればハンドル1はカウンタステア方向に回転する。ハンドル1の回転中には静フリクションではなくハンドル1の回転方向と逆側に動フリクションが発生する。図15は、カウンタ制御トルクの発生によって、ハンドル1がカウンタステア方向への回転中のときのカウンタ制御トルク、動フリクション及び反力の発生と、操舵角の様子を示したグラフである。
【0094】
ドライバ入力トルクとラック軸力とが等しいが、カウンタ制御トルクによってハンドル1がカウンタステア方向に操舵されている場合を考える。このとき、仮想ステアリングモデル部82には、図15(a)に示すようなカウンタ制御トルクが続けて入力される。静/動フリクション信号生成部82eでは図15(b)に示すようなハンドル1の操舵方向と逆向きであって、カウンタ制御トルクよりも小さい動フリクションを再現する。動フリクションの発生方向は、カウンタ制御トルクの発生方向に応じて変化するのではなく、ハンドル1の操舵方向と反対方向に発生する。このとき、右方向の動フリクションは、ハンドル1がカウンタステア方向(左方向)に操舵されているときに発生するので、カウンタ制御部80ではフリクションフラグが"1"に設定される。よって、動フリクションは低減若しくはゼロに補正される。ここでは、図15(b)に一点鎖線で示す部分の動フリクションがゼロに補正されたとする。カウンタ制御トルクと静フリクションとをあわせると図15(c)に示すように、カウンタステア方向のカウンタ制御トルク入力はそのまま反力として発生する。一方、逆カウンタステア方向のカウンタ制御トルク入力は、ハンドル1の操舵方向がカウンタステア方向であれば、そのまま反力として発生する。また、ハンドル1の操舵方向が逆カウンタステア方向であれば、一部は動フリクションと打ち消しあって、カウンタ制御トルク入力の値より小さな反力が発生する。
【0095】
図15(c)は、右に定常旋回中であって、ドライバがハンドル1を一定操舵角で保舵しているときの操舵角を"0"として示した操舵角の変化である。時間0〜t1においては、反力が左に発生しているので、ハンドル1は左に操舵される。時間t1〜t2においては、慣性によりハンドル1は左に操舵され続けるが反力が右に発生するので、操舵角の変化の速さは低下する。時間t2においてハンドル1の操舵方向は逆になり、右側への操舵が始まる。時間t2〜t3においては、反力が右に発生するものの、ハンドル1は右に操舵されるので、動フリクションの発生し、反力の大きさは時間t1〜t2と比べて小さくなり、操舵角の変化の速さは時間0〜t1と比べて小さくなる。時間t3〜t4においては、慣性によりハンドル1は右に操舵され続けるが反力が左に発生するので、操舵角の変化の速さは低下する。以降、時間0〜t4の操舵角変化を繰り返し、時間t13においてカウンタステア操舵角になったとすると、カウンタ制御トルクの入力を終了する。
【0096】
[操舵角シミュレーション]
図16は、本実施例における作用による操舵角変化をシミュレーションした結果であって、図16(a)はフリクションフラグの状態を、図16(b)は操舵角の状態を示す。このシミュレーションは以下の条件の基に行った。
1:右方向に定常旋回中である。
2:ドライバ入力トルクとラック軸との和はゼロ(すなわち釣合い状態)。
3:時刻0[ms]で後輪が流れ始め、横滑り角速度が所定値以上になり、カウンタ制御を開始する。
4:時刻200[ms]で、横滑り角速度が所定値未満となって、カウンタ制御が終了する。
図16(b)の操舵角は、右方向に定常旋回中の操舵角を"0"とし、左方向の操舵を正として示している。
【0097】
図16(b)に示すように、ドライバ入力トルクが変化をしなくても、操舵角が適切なカウンタステア操舵角に誘導される。しかし、カウンタ制御トルクは実効値ゼロであるため、ドライバの操舵介入を妨げることにはならない。また、カウンタ制御トルクの入力が終了すると操舵角速度がゼロになるので、操舵角がカウンタステア操舵角に対してオーバシュートすることがなく、正確にカウンタ操舵角に誘導することが可能となる。
【0098】
次に、効果を説明する。
【0099】
(5)車両の強オーバステアが検知された場合には、実効値がゼロの正負を繰り返す周期性トルクであるカウンタ制御トルクを仮想ステアリングモデル部82に入力するようにした。よって、ドライバ入力トルクが変化をしなくても、操舵角が適切なカウンタステア操舵角に誘導される。しかし、カウンタ制御トルクは実効値ゼロであるため、ドライバの操舵介入を妨げることにはならない。また、カウンタ制御トルクの入力が終了すると操舵角速度がゼロになるので、操舵角がカウンタステア操舵角に対してオーバシュートすることがなく、正確にカウンタ操舵角に誘導することが可能となる。
【実施例3】
【0100】
本実施例においては、アシストコントローラ8のカウンタ制御部84が横滑り角速度が所定値以上で、車両が強オーバステアに入ろうとしていると判定したときの車両の横滑り角速度が大きくなるほど、カウンタ制御トルクの振幅を大きくするようにした。
【0101】
[フリクションフラグの算出とカウンタ制御トルクの発生処理]
図17はカウンタ制御部84において実行される処理の流れを示すフローチャートであり、以下、各ステップについて説明する。
【0102】
ステップS31では、車両の横滑り角速度を読み込む。
【0103】
ステップS32では、車両の横滑り角速度が所定値以上であるか否かを判定する。これにより車両が強オーバステアに入ろうとしているのかを判定する。横滑り角速度の絶対値が所定値以上の場合、強オーバステアに入ろうとしている状況であると推定する。また、この判断部分のハンチングを防止するために、一般に用いられているヒステリシス特性を持たせても良い。横滑り角速度が所定値以上の場合にはステップS33へ移行し、横滑り角速度が所定値未満の場合にはステップS37へ移行して、カウンタ制御トルクをOFFにしてカウンタ制御トルクを発生させないようにする。
【0104】
ステップS33では、車両の横滑り角速度が大きくなるほど、カウンタ制御トルクの振幅を大きくするように、カウンタ制御トルクの振幅を演算する。
【0105】
ステップS34では、カウンタ制御トルクをONにして、ステップS33で演算した振幅であって、実効値がゼロの周期性トルク信号を発生させる。
【0106】
ステップS35では、横滑り角速度の符号から操舵のいずれの方向がカウンタステアであるか判断される。次に、ドライバ入力トルクtrqg、ラック軸力及びカウンタ制御トルクから、ドライバの操舵又はカウンタ制御トルクがカウンタステア方向か否かを判断する。ドライバの操舵又はカウンタ制御トルクがカウンタステア方向であればステップS36へ移行し、ドライバの操舵がカウンタステア方向でなければステップS38へ移行する。
【0107】
ステップS36では、フリクションフラグを"1"に設定し、ステップS38ではフリクションフラグを"0"に設定する。
【0108】
[操舵角シミュレーション]
図18は、本実施例における作用による操舵角変化をシミュレーションした結果であって、図18(a)はフリクションフラグの状態を、図18(b)は操舵角の状態を示す。本実施例では、実施例2で行ったシミュレーションの車両の横滑り角速度よりも大きな横滑り角速度が生じている場合におけるシミュレーションである。その他の条件については、実施例2と同様に以下の条件の基に行った。
1:右方向に定常旋回中である。
2:ドライバ入力トルクとラック軸との和はゼロ(すなわち釣合い状態)。
3:時刻0[ms]で後輪が流れ始め、横滑り角速度が所定値以上になり、カウンタ制御を開始する。
4:時刻200[ms]で、横滑り角速度が所定値未満となって、カウンタ制御が終了する。
図18(b)の操舵角は、右方向に定常旋回中の操舵角を"0"とし、左方向の操舵を正として示している。
【0109】
図18(b)では、時間200[ms]で23[deg]程度、カウンタステア方向に変化している。一方、実施例2の図16(a)では、時間200[ms]で12[deg]程度、カウンタステア方向に変化している。この作用により、車両の横滑り角速度が大きい場合にも速やかにカウンタ操舵角に誘導することができる。
【0110】
次に、効果を説明する。
【0111】
(6)車両の横滑り角速度が大きくなり、強オーバステアの程度が強いほどカウンタ制御トルクの振幅を大きくするようにした。よって、車両の横滑り角速度が大きい場合にも速やかにカウンタ操舵角に誘導することができる。
【0112】
以上、本発明の車両用操舵装置を実施例1乃至実施例3に基づき説明してきたが、具体的な構成については、この実施例に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加は許容される。
【0113】
例えば、実施例1乃至実施例3では、ハンドル1と転舵輪10とを機械的に連結して、操舵トルクをアシストモータ6によって補助をする電動パワーステアリングについて述べたが、図19に示すようにハンドル1と転舵輪10とを機械的に分離した所謂ステアバイワイヤに適用しても良い。このステアバイワイヤは、電動パワーステアリングと異なり、ハンドル1側に接続される操舵軸22と、転舵輪10側に接続される転舵軸23とが分離しており、ハンドル1側に反力を発生させる反力モータ20と、転舵輪10に転舵力を発生させる転舵モータ21と、操舵トルク及び操舵角に基づいて反力モータ20及び転舵モータ21を制御するコントローラ24とを備える。アシストコントローラ24は、ハンドル1に入力されたトルクを倍増して、転舵輪10に転舵トルクを発生させるための演算を行うアシスト制御部24aと、ドライバ入力トルク演算するトルク生成部24bと、仮想ステアリング操舵角を出力する仮想ステアリングモデル24cと、反力モータにモータ指令値を出力する操舵角サーボ24dと、操舵角に対する転舵角を算出するステアリングギヤ比演算部24eと、転舵モータ21にモータ指令値を出力する転舵角サーボ24fとを備える。ステアバイワイヤ自体の具体的な作用については、すでに公知となっているので説明を省略する。
【図面の簡単な説明】
【0114】
【図1】実施例1に係る、車両用操舵装置を搭載した車両の全体システム図である。
【図2】実施例1に係る、アシストコントローラの制御ブロック図である。
【図3】実施例1に係る、仮想ステアリングモデルの制御ブロック図である。
【図4】実施例1に係る、トルク生成部の制御ブロック図である。
【図5】実施例1に係る、カウンタステアを説明する図である。
【図6】実施例1に係る、ドライバの操舵のハンチングについて説明する図である。
【図7】実施例1に係る、カウンタ制御部において実行される処理の流れを示すフローチャートである。
【図8】実施例1に係る、アシストコントローラにおいて実行される処理の流れを示すフローチャートである。
【図9】実施例1に係る、実施例1で行われる制御の等価モデルである。
【図10】実施例2に係る、アシストコントローラの制御ブロック図である。
【図11】実施例2に係る、カウンタ制御部において実行される処理の流れを示すフローチャートである。
【図12】実施例2に係る、カウンタ制御トルクを示す図である。
【図13】実施例2に係る、実施例2で行われる制御の等価モデルである。
【図14】実施例2に係る、カウンタ制御トルクによって発生するハンドル保舵時の反力の様子を示す図である。
【図15】実施例2に係る、カウンタ制御トルクによって発生するハンドル転舵時の反力の様子を示す図である。
【図16】実施例2に係る、操舵角変化をシミュレーションした結果を示す図である。
【図17】実施例3に係る、カウンタ制御部において実行される処理の流れを示すフローチャートである。
【図18】実施例3に係る、操舵角変化をシミュレーションした結果を示す図である。
【図19】他の実施例としての、車両用操舵装置を搭載した車両の全体システム図である。
【符号の説明】
【0115】
2 操舵トルクセンサ
3 操舵角センサ
5 コラムシャフト
6 アシストモータ
8 アシストコントローラ
10 転舵輪
80 カウンタ制御部
81 操舵角サーボ部
82 仮想ステアリングモデル部
82e 静/動フリクション信号生成部
82f 静/動フリクション補正部
83 トルク生成部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵トルクを転舵輪側へ伝達する伝達要素内に、操舵状況と独立して操舵を妨げる方向の力を発生させる抵抗要素と、
車両のステア状態を検知するステア状態検知手段と、
前記操舵方向が車両の旋回方向と逆側のカウンタステア方向に操舵されているか判定するカウンタステア判定手段と、
前記ステア状態検知手段が前記車両の所定の条件によるオーバステア傾向を示す強オーバステアを検知し、且つ前記操舵方向がカウンタステア方向と判定した場合には、前記抵抗要素が発生させる力を低減またはゼロに補正する補正手段と、
を備えたことを特徴とする車両用操舵装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両用操舵装置において、
前記抵抗要素は前記操舵トルクを転舵輪側へ伝達する伝達要素内のフリクションであって、
前記補正手段は、前記フリクションを低減若しくはゼロにすることを特徴とする車両用操舵装置。
【請求項3】
請求項2に記載の車両用操舵装置において、
コラムシャフトに軸周りのトルクを与えるアクチュエータと、
前記コラムシャフトに入力される操舵トルクを検出する操舵トルク検出手段と、
前記コラムシャフトの回転角である操舵角を検出する操舵角検出手段と、
前記操舵トルクと前記操舵角とから、ドライバがハンドルに入力したドライバ入力トルクを算出するドライバ入力トルク算出手段と、
前記ドライバ入力トルクから前記コラムシャフトの目標操舵角を算出する仮想ステアリングモデルと、
前記目標操舵角に前記コラムシャフトの操舵角が追従するように前記アクチュエータの出力を制御する操舵角制御手段と、
を備え、
前記仮想ステアリングモデルは、
前記フリクションを模して再現し、フリクション信号として出力するフリクション信号生成手段と、
前記補正手段と、
を有し、
前記補正手段は、前記フリクションを低減又はゼロに補正したとき前記フリクション信号を出力することを備えたことを特徴とする車両用操舵装置。
【請求項4】
請求項3に記載の車両用操舵装置において、
前記フリクション生成手段は、ハンドル停止時に発生する静フリクション、又は前記ハンドルが回転時に発生する動フリクションの少なくとも一方のフリクション信号を生成することを特徴とする車両用操舵装置。
【請求項5】
請求項3又は請求項4に記載の車両用操舵装置において、
前記車両の強オーバステアを検知したとき、実効値がゼロの正負を繰り返す周期性トルク信号を発生させるカウンタ制御トルク出力手段を備え、
前記仮想ステアリングモデルは、前記ドライバ入力トルクと前記周期性トルクとから前記コラムシャフトの目標操舵角を算出することを特徴とする車両用操舵装置。
【請求項6】
請求項5に記載の車両用操舵装置において、
前記カウンタ制御トルク出力手段は、強オーバステアの程度が強い程、前記周期性トルクの振幅を大きくすることを特徴とする車両用操舵装置。
【請求項7】
請求項1乃至6に記載の車両用操舵装置において、
前記所定の条件は、前記車両が旋回走行中に後輪がグリップ力を失い始める状態を示していることを特徴とする車両用操舵装置。
【請求項8】
車両の強オーバステアを検知し、且つ操舵方向がカウンタステア方向と判定した場合には、操舵トルクを転舵輪側へ伝達する伝達要素内に、操舵状況と独立して操舵を妨げる方向の力を低減またはゼロに補正するようにしたことを特徴とする車両用操舵制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【公開番号】特開2007−1449(P2007−1449A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−184409(P2005−184409)
【出願日】平成17年6月24日(2005.6.24)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】