説明

転がり摺動部材及び鋼管成形ロール用軸受

【課題】転がり摺動強度に優れた転がり摺動部材及び鋼管成型ロール軸受を提供する。
【解決手段】転がり軸受の外輪外径面に潤滑性を有するダイヤモンドライクカーボン(DLC)層を被覆し、1)DLC層は外輪外径面の母材に被覆され、2)母材のDLC層が被覆される部分の表面粗さRaが0.006μm以上0.4μm以下で、3)DLC層は、表面側から、主に炭素(C)からなるカーボン層(D5)、複合カーボン層(D4)、中間層(D3)、複合金属層(D2)、主にクロム(Cr)からなる金属層(D1)の5つの層を順に積層してなり、4)DLC層のカーボン層(D5)の厚さが0.5μm以上3.0μm以下で、5)DLC層の等価弾性定数が100GPa以上280GPa以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は転がり摺動部材及び鋼管成形ロール用軸受に関するものであり、特に鋼板を曲げて鋼管を成型する際に軸受の外輪外径を直接案内面として用いる転がり摺動部材及び鋼管成形ロール用軸受に好適なものである。
【背景技術】
【0002】
このような鋼管成形ロールには、鋼板或いは鋼管の通板に伴う回転(転がり)と鋼板の曲げ変形に伴う摺動とが同時に発生するため、その外周面には転がり摺動部材としての強度が必要となる。このような転がり摺動強度を要求される鋼管成形ロールとしては、例えば下記特許文献1に記載されるように、工具鋼を基材とする鋼管成形ロールの表面にセラミックス被膜を成膜することで、当該鋼管成形ロールの表面強度を向上する先行技術がある。
【特許文献1】特許第3091824号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、近年の鋼管成形速度の増加に伴い、より一層、転がり摺動強度に優れる鋼管成形ロールが要求されている。
本発明は、上記のような問題点に着目してなされたものであり、転がり摺動強度に優れた転がり摺動部材及び鋼管成形ロール用軸受を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記課題を解決するため、本発明の転がり摺動部材は、外輪外径面に潤滑性を有するダイヤモンドライクカーボンが被覆されていることを特徴とするものである。
また、本発明の転がり摺動部材は、下記の5つの条件を満足することを特徴とするものである。
条件1:外輪外径面の母材に、潤滑性を有するダイヤモンドライクカーボンが被覆されている。
条件2:前記母材のうち前記ダイヤモンドライクカーボン層が被覆されている部分は、表面粗さRaが0.006μm以上0.4μm以下である。
【0005】
条件3:前記ダイヤモンドライクカーボン被膜は、表面側から、主に炭素(C)からなるカーボン層(D5)、主にタングステン(W)、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)あるいはシリコン(Si)のうち何れか一種以上の元素と炭素(C)とからなる複合カーボン層(D4)、主にタングステン(W)、シリコン(Si)、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)のうち何れか一種以上の元素からなる中間層(D3)、主にタングステン(W)、シリコン(Si)、モリブデン(Mo)あるいはチタン(Ti)のうち何れか一種以上の元素とクロム(Cr)とからなる複合金属層(D2)、主にクロム(Cr)からなる金属層(D1)の5つの層を順に積層してなる。
【0006】
条件4:前記カーボン層(D5)の厚さが、0.5μm以上3.0μm以下である。
条件5:前記ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数が100GPa以上280GPa以下である。
また、本発明の転がり摺動部材は、前記複合カーボン層(D4)中の炭素の割合が、前記金属層(D1)側から前記カーボン層(D5)に向かって徐々に増加していることを特徴とするものである。
また、本発明の転がり摺動部材は、更に下記の条件6を満足することを特徴とするものである。
【0007】
条件6:前記母材の等価弾性定数eに対する、前記ダイヤモンドライクカーボン層の各層の等価弾性定数(カーボン層(D5:e5)、カーボン複合層(D4:e4)、中間層(D3:e3)、金属複合層(D2:e2)、金属層(D1:e1)との間には、以下の関係が成り立つ。
0.6≦e5/e≦1.4且つ
0.6≦e4/e≦1.4且つ
0.6≦e3/e≦1.5且つ
0.6≦e2/e≦1.5且つ
0.6≦e1/e≦1.5
【0008】
また、本発明の転がり摺動部材は、更に下記の条件7を満足することを特徴とするものである。
条件7:前記カーボン層(D5)の厚さt5に対する、前記複合カーボン層(D4)の厚さt4と、前記中間層(D3)の厚さt3と、前記複合金属層(D2)の厚さt2と、前記金属層(D1)の厚さt1との間には、以下の関係が成り立つ。
0.1≦t4/t5≦0.3且つ
0.1≦t3/t5≦0.3且つ
0.1≦t2/t5≦0.3且つ
0.1≦t1/t5≦0.3
【0009】
また、本発明の転がり摺動部材は、前記ダイヤモンドライクカーボン層は、非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングにより形成されたものであることを特徴とするものである。
また、本発明の転がり摺動部材は、前記ダイヤモンドライクカーボン層は、その最表面の表面粗さRaが0.2μm以下であることを特徴とするものである。
また、本発明の転がり摺動部材は、前記ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数は、前記母材の等価弾性定数の0.6以上1.5倍以下であることを特徴とするものである。
【0010】
また、本発明の転がり摺動部材は、前記ダイヤモンドライクカーボン層の複合カーボン層(D4)の厚さt4と、金属層(D1)の厚さt1の比t4/t1は、0.25以上1.0以下の範囲であることを特徴とするものである。
また、本発明の鋼管成形ロール軸受は、鋼板から鋼管を成型する際に軸受の外輪外径を直接案内面として用いる転がり軸受において、その外輪を前記本発明の転がり摺動部材から形成したことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0011】
而して、本発明の転がり摺動部材及び鋼管成形ロール軸受によれば、より一層、転がり摺動強度に優れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
次に、本発明の転がり摺動部材及び鋼管成形ロール軸受の実施形態について図面を参照しながら説明する。
図1は、本実施形態の転がり摺動部材及び鋼管成形ロール軸受を用いた鋼管製造ラインの概略構成図であり、コイル2から引き出された鋼板1はエッジミラー3で端面処理された後、フォーミングゾーン5で鋼管10に成形され、高周波電縫溶接機6で突き合わせた端面同士を溶接した後、サイジングロール7で寸法調整される。図2には、フォーミングゾーン5の詳細を示す。フォーミングゾーン5には、鋼板1を送給するブレークダウンロール8、鋼板1の端部を折り曲げてあらまし鋼管10の形状に成形するケージロール4、鋼管10の形状を整えるフィンパスロール9を備えており、本実施形態の転がり摺動部材及び鋼管成形ロール軸受はケージロール4にそのまま使用されている。このケージロール4は、鋼板1の端部を折り曲げる際、鋼板1又は鋼管10の通板に伴って転がり且つ鋼板1の変形に伴って摺動する。
【0013】
図3には、ケージロール4に用いられている本実施形態の転がり摺動部材及び鋼管成形ロール軸受の一例として、複列円錐ころ軸受を示す。この複列円錐ころ軸受は、外周外径で鋼板1又は鋼管10をガイドする外輪15と、その内側に配設された内輪11と、外輪15と内輪11との間に配設された多数の円錐ころ12と、それら円錐ころ12を保持する保持器13と、円錐ころ12の軸方向外側に配設されたシール部材13とを備えて構成され、本実施形態の転がり摺動部材及び鋼管成形ロール軸受では、外輪15の外周面に潤滑性に優れ且つ極めて高硬度なダイヤモンドライクカーボン(以下、DLCとも記す)が被覆されている。
【0014】
この軸受外輪外周面に被覆されたDLCは、以下の条件を満たす。即ち、
条件1:外輪外径面の母材に、潤滑性を有するダイヤモンドライクカーボンが被覆されている。
条件2:前記母材のうち前記ダイヤモンドライクカーボン層が被覆されている部分は、表面粗さRaが0.006μm以上0.4μm以下である。
【0015】
条件3:前記ダイヤモンドライクカーボン被膜は、表面側から、主に炭素(C)からなるカーボン層(D5)、主にタングステン(W)、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)あるいはシリコン(Si)のうち何れか一種以上の元素と炭素(C)とからなる複合カーボン層(D4)、主にタングステン(W)、シリコン(Si)、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)のうち何れか一種以上の元素からなる中間層(D3)、主にタングステン(W)、シリコン(Si)、モリブデン(Mo)あるいはチタン(Ti)のうち何れか一種以上の元素とクロム(Cr)とからなる複合金属層(D2)、主にクロム(Cr)からなる金属層(D1)の5つの層を順に積層してなる。
【0016】
条件4:前記カーボン層(D5)の厚さが、0.5μm以上3.0μm以下である。
条件5:前記ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数が100GPa以上280GPa以下である。
また、本実施形態の前記DLCは、前記複合カーボン層(D4)中の炭素の割合が、前記金属層(D1)側から前記カーボン層(D5)に向かって徐々に増加している。
【0017】
また、本実施形態の前記DLCは、以下の条件を満たす。即ち、
条件6:前記母材の等価弾性定数eに対する、前記ダイヤモンドライクカーボン層の各層の等価弾性定数(カーボン層(D5:e5)、カーボン複合層(D4:e4)、中間層(D3:e3)、金属複合層(D2:e2)、金属層(D1:e1)との間には、以下の関係が成り立つ。
0.6≦e5/e≦1.4且つ
0.6≦e4/e≦1.4且つ
0.6≦e3/e≦1.5且つ
0.6≦e2/e≦1.5且つ
0.6≦e1/e≦1.5
【0018】
また、本実施形態の前記DLCは、以下の条件を満たす。即ち、 条件7:前記カーボン層(D5)の厚さt5に対する、前記複合カーボン層(D4)の厚さt4と、前記中間層(D3)の厚さt3と、前記複合金属層(D2)の厚さt2と、前記金属層(D1)の厚さt1との間には、以下の関係が成り立つ。
0.1≦t4/t5≦0.3且つ
0.1≦t3/t5≦0.3且つ
0.1≦t2/t5≦0.3且つ
0.1≦t1/t5≦0.3
【0019】
また、本実施形態の前記DLCは、非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングにより形成されたものである。
また、本発明実施形態の前記DLCは、その最表面の表面粗さRaが0.2μm以下である。
また、本実施形態の前記DLCの等価弾性定数は、母材の等価弾性定数の0.6以上1.5倍以下である。
【0020】
また、本実施形態の前記DLCの複合カーボン層(D4)の厚さt4と、金属層(D1)の厚さt1の比t4/t1は、0.25以上1.0以下の範囲である。
DLCは、その表面がダイヤモンドに準ずる硬さを有し、摺動抵抗も摩擦係数が0.2以下と二硫化モリブデンやフッ素樹脂などと同様に小さいことから、従来から潤滑性材料として使用されている。例えば、磁気ディスク装置においては、磁気素子又は磁気ディスクの表面に数十オングストロームのDLC被膜を形成することにより、磁気素子と磁気ディスクとの間の潤滑性を高めて磁気ディスクの表面を保護している。
【0021】
このような特異な表面の性質から、DLCは転がり摺動部材の新たな潤滑性材料として注目されており、近年、各種機械の軸受への潤滑性の付与に利用されている。例えば国際公開WO99/14512号公報では、軌道輪の軌道面や転動体の表面に金属を含有するDLC被膜を備えた転がり軸受が開示されており、前記DLC被膜により接触応力が緩和されるようになっている。DLC被膜の形成方法については、例えば特開平9−144764号公報、特開2000−136828号公報、特開2000−205277号公報、特開2000−205279号公報、特開2000−205280号公報、特開2003−56575号公報にあるように、CVD法、プラズマCVD法、イオンビーム形成法、イオン化蒸着法、非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリング法などが挙げられる。
【0022】
このようなDLCを用いた本実施形態の転がり摺動部材及び鋼管成形ロール軸受では、前記条件1に示すように、相手部材である鋼板1又は鋼管10との接触面において、母材に潤滑性を有するDLC層が被覆されていることから、低粘度の潤滑剤の環境下においても優れた潤滑性を発揮することができる。
また、前記条件2に示すように、母材のうちDLC層が被覆されている部分の表面粗さRaが0.006μm以上0.4μm以下であるため、母材とDLC層(金属層D1)とが十分な面積で接触できるので、DLC層の剥離が生じにくくなる。
【0023】
ここで、DLC層が被覆される母材の表面粗さRaを0.006μm以上0.4μm以下と規定した理由は、表面粗さRaが0.006μm(6nm)未満であると、母材とDLC層の金属層(D1)との接触面積が小さすぎて十分な密着力が確保できなくなる恐れがあるからである。一方、表面粗さRaが0.4μm(400nm)を超えると、その影響を受けてDLC層の最表面までも粗くなり、相手部材との接触時にDLC層の表面に油膜が形成されにくくなって、そのDLC層の剥離や音響の増大が生じる恐れがあるからである。
【0024】
従って、このような不都合をより生じにくくするためには、前記条件2で規定するように母材のうちDLC層が被覆されている部分の表面粗さRaを0.006μm以上0.4μm以下とする必要があり、更に好ましくは0.05μm以上0.2μm以下、最も好ましくは0.05μm以上0.18μm以下である。そして、このような母材の粗さを決める加工方法としては、研削加工、切削加工、ショット加工、ラップ加工、バニシング加工、バレル加工、電解研磨加工、化学研磨加工などの加工法を単独若しくは適宜組み合わせて適用できる。
【0025】
また、前記条件3の積層条件を満たすことにより、前記条件5のように、そのDLC層の等価弾性定数を100GPa以上280GPa以下とすることができる。即ち、DLC層の等価弾性定数を100GPa以上280GPa以下とすることによって、母材である鋼の等価弾性定数との差が小さくなるため、母材の変形に追従してDLC層が変形し易くなる。この結果、母材とDLC層との密着性が向上し、容易に破損や剥離などが生じなくなる。
【0026】
ここで、DLC層の等価弾性定数を100GPa以上280GPa以下と規定したのは、その等価弾性定数が280GPaを超えると鋼からなる母材よりもDLC層の法が過大な等価弾性定数を有することになるため、繰り返し応力が作用した際の母材の変形にDLC層が追従することが困難となって破損や剥離が生じ易くなるからである。また、判定に、その等価弾性定数が100GPaを下回ると、DLC層の硬さが不十分となって摩耗が生じ易くなるからである。
【0027】
また、条件3のDLC層のうちの複合金属層(D2)が、タングステン(W)、シリコン(Si)、モリブデン(Mo)あるいはチタン(Ti)のうちの何れか1種以上の元素とクロム(Cr)で構成されているので、これらの金属と炭素とが結合して金属カーバイドが生成されたとしても、金属カーバイドの脆さが小さくなるため、繰り返し応力や剪断力が負荷されてもDLC層が破損しにくくなる。
【0028】
また、このDLC層は条件4に示すように、カーボン層(D5)の厚さを0.5μm以上3.0μm以下としたため、その機能や摺動部材の材料特性を長期にわたって維持することができる。即ち、カーボン層(D5)の厚さが0.5μm未満であると、摩耗によりそのカーボン層(D5)が消失して機能を失ってしまい易くなり、反対に3.0μmを超えると荷重負荷時に表面での変形量が増加してしまうなど、摺動部材の材料特性が変化してしまうからである。従って、このカーボン層(D5)の厚さは、好ましくは0.5μm以上2.5μm以下であり、より好ましくは1.0μm以上2.2μm以下であり、更に好ましくは1.0μm以上2.0μm以下である。
【0029】
また、本発明のDLC層のような薄膜については、通常の方法では、その弾性定数を測定することができないため、以下の方法により測定された弾性定数を用いる。即ち、押し込み深さを少なくともDLC層の厚さ内として微小硬度計による測定を行い、得られた荷重−除荷重曲線により等価弾性定数を求める。例えば、DLC層の厚さが2μmである場合は、押し込み荷重を0.4〜50mNの間で適宜設定して測定を行う。
【0030】
この他の等価弾性定数の測定方法としては、フィッシャー社製の微小硬度測定装置を用いる方法がある。この方法においては、(マイクロ)ビッカース硬度計は使用せず、静電容量で制御できる微小硬度計又はナノインデンテータを用いることが望ましい。なおかつ押し込み深さはDLC層の厚さ内とする必要がある。そして、前記微小硬度計又はナノインデンテータにより得られた荷重−除荷重曲線の弾性変形量から等価弾性定数を求める。
【0031】
なお、HRC60の鋼炭素クロム鋼(SUJ2)の表面の等価弾性定数を上記の方法により求めると250GPaとなり、通常カタログなどに記載されている210GPaよりも大きい結果となる。これは、上記農法法が微小な押し込み領域に置ける測定であることから、SUJ2の表面の加工硬化層の影響を受けるためである。
また、DLC層を構成する各層は、夫々前述した成分からなるものであるが、これら成分以外に、その製造過程などにおいて不可避的に混入する不純物を含むことは言うまでもない。
【0032】
また、DLCは、複合カーボン層(D4)中の炭素の割合が、金属層(D1)側からカーボン層(D5)に向かって徐々に増加していることにより、DLC層と鋼製の母材との密着性が向上し、DLC層自体の剥離を防止することができる。
また、前記条件6を満たすことによって、DLC層と鋼製の母材との密着性が向上し、DLC層自体の剥離を防止することができる。
【0033】
また、前記条件7を満たすことによって、DLC層を構成する各層間の密着性がよくなり、高荷重が負荷された場合でも各層間で剥離が生じにくくなる。ここで、複合カーボン層(D4)の厚さt4と、複合金属層(D2)の厚さt2がカーボン層(D5)の厚さt5の0.1倍未満であると、急激に物性が変化することとなって上下各層との密着性が悪くなってしまうからであり、反対に0.3倍を超えると、これら各層が脆化し、その内部で内部起点による層間剥離が発生してしまう可能性が大きくなるからである。
【0034】
更に、中間層(D3)の厚さt3と複合金属層(D2)の厚さt2がカーボン層(D5)の厚さt5の0.1倍未満であると、複合金属層(D2)との密着が十分でなくなり、剥離が生じ易くなるからであり、反対に0.3倍を超えると、DLC層全体が厚くなりすぎて摺動部材表面の材料特性が変化してしまうからである。
また、DLC層を、非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングによって形成することにより、鋼製の母材上に前述したように5層からなるDLC層を容易且つ確実に形成することができる。
【0035】
また、DLC層の最表面の表面粗さRaが0.2μm以下であることにより、特に摺動時に生じ易い異音の発生を防止することができる。即ち、条件1のように鋼製の母材に潤滑性を有するDLC層を被覆することにより、低潤滑下や枯渇潤滑下であっても十分な潤滑作用を発揮することができるため、その表面粗さは、潤滑作用の面から特に問題とならないが、その粗さが大き過ぎると音響面で問題となる。そのため、最表面粗さRaの上限値を0.2μm以下とした。また、表面粗さRaの下限値は、特に限定はないが、おおむね、母材の表面粗さの1割程度である。これは、DLC層の成膜能力・成膜条件・母材の粗さによって決まってくる。
【0036】
また、DLC層の等価弾性定数を、母材の等価弾性定数の0.6倍以上1.5倍以下とすることにより、更に母材とDLC層との密着性が向上し、容易に破損や剥離などが生じなくなる。より好ましくは母材の等価弾性定数の0.6倍以上1.4倍以下とする。更にDLC層を形成する前記5層の何れもが、母材の等価弾性定数の0.6倍以上1.5倍以下の等価弾性定数を有することが望ましく、より好ましくは0.6倍以上1.4倍以下である。
また、DLC層の複合カーボン層(D4)の厚さt4と、金属層(D1)の厚さt1の比t4/t1を0.25〜1.0の範囲とすることにより、低粘度の潤滑剤の環境下や異物混入の可能性が高い条件下においても優れた耐久性を示す。即ち、この範囲であれば、DLC層の密着性にも、異物による表面の変形等に対する耐久性にも優れた被膜が得られる。
【0037】
前記非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングによるDLC層の被覆方法としては、例えば株式会社神戸製鋼所製のアンバランスドマグネトロンスパッタリング装置を用い、この装置に油分を脱脂した外輪を設置し、アルゴンプラズマによるスパッタリングを用いて外輪を構成する鋼製の母材の表面のうち、外径外周面にボンバード処理を15分間施す。 次いで、クロム(Cr)及びタングステン(W)或いはシリコン(Si)をターゲットとして、母材の表面のうち外径外周面にクロム(Cr)をスパッタリングして成膜し、第1の層である金属層D1を厚さ1.0〜1.5μm程度に形成した後、引き続き更にタングステン(W)とシリコン(Si)をスパッタリングして第2の層である複合金属層D2(W−Cr、Si−Cr、W−Si、W−Si−Cr)を形成する。
【0038】
次に、このターゲットの中からクロム(Cr)を除いてタングステン(W)或いはシリコン(Si)のスパッタリングを続けて第3の層である中間層D3(W、Si、W−Si)を形成した後、更に炭素(C)とチタン(Ti)とモリブデン(Mo)をターゲットとしたスパッタリングを開始する。
このようなスパッタリングによって、前記2種類の金属(W、Si)と新たな金属(Ti、Mo)と炭素(C)とが結合した金属カーバイドからなる複合カーボン層D4(W−C、Si−C、W−Si−C、Ti−C、Mo−C、Ti−Mo−C、W−Ti−C、W−Mo−C、Si−Ti−C、Si−Mo−C、Ti−Mo−Si−C、Ti−Mo−W−C、Si−Mo−W−C、Ti−Si−W−C、Mo−Ti−Si−W−C)が中間層D3の上に形成される。なお、この複合カーボン層D4は、これら4種類の金属(Mo、Ti、Si、W)と炭素(C)を用いることができるが、金属としてタングステン(W)とシリコン(Si)の何れか或いは両方だけを用いてもよい。
【0039】
更に、前記2種類の金属のスパッタ効率を徐々に減少しながら、炭素(C)のスパッタ効率を徐々に増加させる。そして、これら4種類の金属(Mo、Ti、Si、W)のスパッタリングを終了し、炭素(C)のスパッタリングのみを継続して、その複合カーボン層D4の上に第5の層であるカーボン層D5を形成する。
なお、これら各層D1〜D5の膜圧調整は、スパッタリング時間を調整することで容易に行うことができる。また、各層の等価弾性定数は、バイアス電圧を調整することで容易に制御することができる。
【0040】
そして、このようなスパッタリングによって形成されるDLC層にあっては、主にクロム(Cr)のみで構成された第1の層である金属層D1から主に炭素(C)のみで構成された第5の層であるカーボン層D5に向かって各層D1〜D5の組成が連続的に徐々に変化するようになる。従って、各層D1〜D5間の密着性が向上し、その結果、最表面に位置する潤滑製に優れたカーボン層D5と母材である鋼との密着性が大幅に向上することになる。
【0041】
また、このようなDLC層を形成するための装置は、スパッタリングに用いるターゲットを複数装着でき、各ターゲットのスパッタ電源を独立に制御することにより、各成文のスパッタ効率を任意に制御することができるので、上記のような成膜に好適或る。例えば、前記複合カーボン層D4及びカーボン層D5を成膜する工程においては、金属ターゲットのスパッタ電源(DC電源)の電力を低減させながら、同時にカーボンターゲットのスパッタ電源(DC電源)の電力を増加させればよい(このとき、外輪には負のバイアス電圧を印加する)。
【0042】
このようにして成膜されたDLC層について、各層の元素を分析すると、最表面に位置するカーボン層D5については、その炭素(C)の含有量は、全体にわたってほぼ100%に近いが、その下の層である複合カーボン層D4にあっては、その炭素(C)の割合が、深くなるに従って徐々に減少するような成分となっている。そして、この炭素(C)の割合が減少するのに反比例してタングステン(W)やシリコン(Si)などの金属の割合が増え、その下の層である中間層D3で最大となる。更に、その下の層である複合金属層D2になると、このタングステン(W)やシリコン(Si)などの金属の割合が深くなるに従って徐々に減少、それに伴ってクロム(Cr)の割合が徐々に増加し、その下の層である母材表面上の金属層D1に至っては、その組成の殆どがクロム(Cr)になっている。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の転がり摺動部材及び鋼管成形ロール軸受を用いた鋼管製造ラインの位置実施形態を示す概略構成図である。
【図2】図1のフォーミングゾーンの詳細構成図である。
【図3】図2のフォーミングゾーンにおいてケージローラとして用いられた転がり摺動部材及び鋼管成形ロール軸受の縦断面図である。
【符号の説明】
【0044】
1は鋼板、2はコイル、3はエッジミラー、4はケージロール、5はフォーミングゾーン、6は高周波電縫溶接機、7はサイジングロール、8はブレークダウンロール、9はフィンパスロール、10は鋼管、11は内輪、12は円錐ころ、13は保持器、14はシール部材、15は外輪

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外輪外径面に潤滑性を有するダイヤモンドライクカーボンが被覆されていることを特徴とする転がり摺動部材。
【請求項2】
請求項1に記載の転がり摺動部材において、下記の5つの条件を満足することを特徴とする転がり摺動部材。
条件1:外輪外径面の母材に、潤滑性を有するダイヤモンドライクカーボンが被覆されている。
条件2:前記母材のうち前記ダイヤモンドライクカーボン層が被覆されている部分は、表面粗さRaが0.006μm以上0.4μm以下である。
条件3:前記ダイヤモンドライクカーボン被膜は、表面側から、主に炭素(C)からなるカーボン層(D5)、主にタングステン(W)、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)あるいはシリコン(Si)のうち何れか一種以上の元素と炭素(C)とからなる複合カーボン層(D4)、主にタングステン(W)、シリコン(Si)、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)のうち何れか一種以上の元素からなる中間層(D3)、主にタングステン(W)、シリコン(Si)、モリブデン(Mo)あるいはチタン(Ti)のうち何れか一種以上の元素とクロム(Cr)とからなる複合金属層(D2)、主にクロム(Cr)からなる金属層(D1)の5つの層を順に積層してなる。
条件4:前記カーボン層(D5)の厚さが、0.5μm以上3.0μm以下である。
条件5:前記ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数が100GPa以上280GPa以下である。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の転がり摺動部材において、
前記複合カーボン層(D4)中の炭素の割合が、前記金属層(D1)側から前記カーボン層(D5)に向かって徐々に増加していることを特徴とする転がり摺動部材。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか一項に記載の転がり摺動部材において、更に下記の条件6を満足することを特徴とする転がり摺動部材。
条件6:前記母材の等価弾性定数eに対する、前記ダイヤモンドライクカーボン層の各層の等価弾性定数(カーボン層(D5:e5)、カーボン複合層(D4:e4)、中間層(D3:e3)、金属複合層(D2:e2)、金属層(D1:e1)との間には、以下の関係が成り立つ。
0.6≦e5/e≦1.4且つ
0.6≦e4/e≦1.4且つ
0.6≦e3/e≦1.5且つ
0.6≦e2/e≦1.5且つ
0.6≦e1/e≦1.5
【請求項5】
請求項1〜4の何れか一項に記載の転がり摺動部材において、更に下記の条件7を満足することを特徴とする転がり摺動部材。
条件7:前記カーボン層(D5)の厚さt5に対する、前記複合カーボン層(D4)の厚さt4と、前記中間層(D3)の厚さt3と、前記複合金属層(D2)の厚さt2と、前記金属層(D1)の厚さt1との間には、以下の関係が成り立つ。
0.1≦t4/t5≦0.3且つ
0.1≦t3/t5≦0.3且つ
0.1≦t2/t5≦0.3且つ
0.1≦t1/t5≦0.3
【請求項6】
請求項1〜5の何れか一項に記載の転がり摺動部材において、
前記ダイヤモンドライクカーボン層は、非平衡型マグネトロンを用いたスパッタリングにより形成されたものであることを特徴とする転がり摺動部材。
【請求項7】
請求項1〜6の何れか一項に記載の転がり摺動部材において、
前記ダイヤモンドライクカーボン層は、その最表面の表面粗さRaが0.2μm以下であることを特徴とする転がり摺動部材。
【請求項8】
請求項1〜7の何れか一項に記載の転がり摺動部材において、
前記ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数は、前記母材の等価弾性定数の0.6以上1.5倍以下であることを特徴とする転がり摺動部材。
【請求項9】
請求項1〜8の何れか一項に記載の転がり摺動部材において、
前記ダイヤモンドライクカーボン層の複合カーボン層(D4)の厚さt4と、金属層(D1)の厚さt1の比t4/t1は、0.25以上1.0以下の範囲であることを特徴とする転がり摺動部材。
【請求項10】
鋼板から鋼管を成型する際に軸受の外輪外径を直接案内面として用いる転がり軸受において、その外輪を請求項1〜9の何れか一項に記載の転がり摺動部材から形成したことを特徴とする鋼管成形ロール用軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−243619(P2009−243619A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−92504(P2008−92504)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】