説明

酸化ストレス測定デバイスおよび関連の方法

患者における酸化ストレス成分を測定するために、光源及び光検出器を備えた光学分析装置を使用して媒体の光学的特性を測定し、光学測定データを生成する。プロセッサは、光学測定データを分析して、1つ以上の酸化ストレス成分の値を患者の酸化還元シグニチャの形式で生成する。酸化ストレス依存性疾患の存在に関する確率データを計算することができる。例えばアルツハイマー病、軽度認知障害又は血管性認知障害のような疾患の少なくとも1つの追加の臨床病状を観察することで、前記少なくとも1つの追加の病状及び前記酸化還元シグニチャを使用した診断を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の引用)
本出願は、米国仮特許出願第60/654,497号(2005年2月22日出願)の優先権を主張する。
【0002】
(技術分野)
本発明は、一般的に生物系の酸化ストレスの測定の分野に、又、アルツハイマー病、パーキンソン病、及び生体液中の酸化ストレス産物に関連するその他の疾患の検出又は診断の分野に関する。本発明は薬効の試験にも関する。
【背景技術】
【0003】
(発明の背景)
遊離基は、それらの外部軌道内に不対電子を含む原子又は分子である。遊離基の電子構造により、膜脂質、タンパク質、核酸及びその他の細胞基質に対するこれらの化学種の反応性が極めて高くなる。遊離基は、環境源に由来する場合もあれば、組織内で新たに生成される場合もある。超酸化アニオン(O2−)、過酸化水素(H2O2)、一重項酸素、次亜塩素酸(HOCl)、ペルオキシ亜硝酸(ONOO−)及びヒドロキシル基(OH)は、内因的に産生された一般的な反応性酸素種(ROS)の例である。第二鉄(Fe2+)又は第一銅(Cu1+)のような遷移金属は、H2O2を細胞毒性の高いOH基に還元することにより(Fenton触媒)、細胞酸化還元反応において極めて重要な役割を果たしている。哺乳動物組織においては、進化的に保存された抗酸化酵素(例えば、スーパーオキシドジスムターゼ、カタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼ及び種々の還元酵素)が、多数の非酵素的な低分子量抗酸化化合物(例えば、GSH、チオレドキシン、アスコルベート、トコフェロール、尿酸、メラトニン、ビリルビン)と共に作用し、酸化還元の止血を維持している。遷移金属を比較的低い酸化還元状態に維持することで、フェリチン、トランスフェリチン、ラクトフェリン、メタロチオネイン及びセルロプラスミンのような金属結合タンパク質は、組織及び生体液の抗酸化保護に実質的に寄与している。
【0004】
酸化ストレス(OS)は、「酸化促進物質/抗酸化物質のバランスが崩れて、前者が優位になり、可能性がある(組織)損傷を招く状態」として定義されている(非特許文献1)。このバランスは、生体液の1つ以上の生化学的成分に関連する可能性がある。酸化ストレスは、細胞の機能不全及び死に関する重要な共通する経路として、並びに癌、糖尿病、閉塞性肺疾患、炎症性腸疾患、虚血、糸球体腎炎、黄斑変成及び種々の神経変成疾患を含めたヒトの幅広い医学的病状における潜在的な治療標的として関与している(非特許文献2)。
【0005】
ADにおける酸化ストレス:アルツハイマー病(AD)は、進行性神経変性、並びに前脳基底部、海馬及び連合皮質の個々の領域におけるアミロイド(老人斑)の細胞内封入体(神経原線維濃縮体)及び細胞外沈着物の蓄積により特徴付けられる痴呆性疾患である(Selkoe,D.J.,The molecular pathology of Alzheimer’s disease.Neuron,1991.6(4):p.487−98)。酸化ストレス(OS)は、この状態の病原に一貫して関与している(非特許文献3;Beal, M.,Mitochondrial Dysfunction and Oxidative Damage in Neurodenerative Diseases.1995:Landes,R.G.1−128;Mattson,M.P.,Contributions of mitochondrial alterations,resulting from bad genes and a hostile environment,to the pathogenesis of Alzheimer’s disease.Int Rev Neurobiol,2002.53:p.387−409)。AD脳内のOSは、(i)損傷組織内の遊離基生成の原因と結果の両方であるミトコンドリア機能不全、(ii)年齢適合非痴呆患者に関連する、酸化修飾された脂質、タンパク質及び核酸のレベルの上昇、(iii)抗酸化酵素の濃度及び活性の摂動、(iv)鉄及びその他の酸化修飾遷移金属の沈着の増大、並びに(v)抗酸化物質、αトコフェロール(ビタミンE)、イチョウ葉エキス及びN−アセチルシステインの治療的投与後の疾患進行の意図的な緩和により証明されている(Shipper,H.M.,Redox neurology:visions of an emerging subspecialty.Ann N Y Acad Sci,2004.1012:p.342−55)。最近では、AD患者内のOSが、罹患した脳組織に限らず、脳脊髄液(CSF)及び体循環中に存在し、又検出及び定量化できることが明らかとなっている。例えば、早期及び進行性AD患者、並びに場合により軽度認知障害(MCI)患者のCSF、血漿及び血清における、イソプラスタン、8−OHdG及びタンパク質カルボニルのレベルの上昇、脂質、核酸及びタンパク質の酸化の生化学的指標、並びに抗酸化酵素の異常な活性が、文書により報告されている(Yu, H.−L., et al., Aberrant profiles of native and oxidized glycoproteins in Alzheimer plasma. Proteomics, 2003. 3: p. 2240−2248)。
【0006】
又、二次元ゲル電気泳動及び質量分析により、AD患者の脳ホモジネート、CSF及び血液中において、OS関連の修飾を特に受けやすい特定のタンパク質が単離及び同定されている(Yu, H.. −L., et al., Aberrant profiles of native and oxidized glycoproteins in Alzheimer plasma. Proteomics, 2003. 3: p. 2240−2248)。
【0007】
散発性ADの生物学的マーカー:「散発性アルツハイマー病」は、家族歴によるADの素因を持たない患者のADを指す。散発性ADのバイオマーカーの候補が幾つか同定され、商品化されているが、現在のところ、理想的な試験、即ち迅速な非侵襲的サンプリングと、特異性及び感度に優れた客観的データの取得に基づく試験が可能な基準を満たすようなバイオマーカーは存在しない(Neurobiology of Aging 19:107−167, 1998)。幾つかの研究所では、散発性AD患者のCSFにおける異常に低いA1−42レベルや、総Tau、ホスホ−Tau及び神経線維タンパク質の濃度の上昇が実証されている。
【0008】
健常な高齢者対照(NEC)の個人とADに罹患した個人とを区別することができる試験は幾つか知られているが、これらには有意な限界による不都合が存在する。例えば、CSFのA1−42とホスホ−Tauの測定の併用により、80〜85%(基準)の範囲の感度及び特異性で、早期のADとNEC及びその他の痴呆性状態とを区別することができる。しかし、腰椎穿刺によるCSF検査は比較的侵襲性であるため、ADの危険因子又は軽度記憶障害を有する高齢者のマススクリーニングには適さない(Galasko, D., New approaches to diagnose and treat Alzheimer’s disease: a glimpse of the future. Clin Geriatr Med, 2001. 17(2): p. 393−410; Ferrarese, C. and M. Di Luca, Biological markers in Alzheimer’s disease. Neurobiol Aging, 2003. 24(1): p. 191−3)。1996年には、Kennard等が、散発性ADを有するカナダ人及び日本人患者の鉄結合タンパク質p97(メラノトランスフェリン)の血漿レベルの上昇を報告した。しかし、AD対象と対照対象間の重複の程度が当初の推定よりも大きいことがその後判明した。更に、最近の研究では、p97タンパク質の測定に使用する抗血清の特異性に関して疑問が投げかけられている(Desrosiers, R.R., et al., Expression of melanotransferrin isoforms in human serum: relevance to Alzheimer’s disease. Biochem J, 2003. 374(Pt 2): p. 463−71)。尿中の高いAD7C神経線維タンパク質の測定では、高い感度及び特異性でAD対象と対照対象を意図的に区別することができる。しかし、尿中AD7Cレベルは極めて低いため(AD対象及び対照対象の平均はそれぞれ、2.5及び0.8ng/ml)、イムノアッセイの前に大規模なタンパク質精製手順が必要となる(Ghanbari, H., et al., Biochemical assay for AD7C−NTP in urine as an Alzheimer’s disease marker. J Clin Lab Anal, 1998. 12(5): p. 285−8)。
【非特許文献1】Sies,H.,「Oxidative Stress.Oxidants and Antioxidants.」1991年,New York:Elsevier.507
【非特許文献2】Hlliwell,B.およびJ.M.C.Gutteridge,「Free Radicals in Biology and Medicine.」第3版,1999年,Oxford:Oxford University Press Inc.736
【非特許文献3】Reichmann,H.およびP.Riederer,「Mitochondrial disturbances in neurodegeneration.」,D.B.Calne.編,Neurodegenerative Diseases,1994年,Philadelphia:Saunders.195−204
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って、クロマトグラフィー法及び質量分析を使用して血漿及び脳脊髄液(CSF)中の酸化ストレスを測定する技法が公知となっている。これらの分析技法は、時間を要し、通常は酸化ストレスの測定値を得るために相当量の生体液の取得することが必要となる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本明細書において「生体液」という用語は、全血、血漿、血清、尿、唾液、涙液、脳脊髄液(CSF)、羊水及び呼気を非限定的に意味するものとして意図される。
【0011】
本明細書において「患者」という用語は、研究、観察、監視又は試験するヒト又は動物の対象を意味するものとして意図される。
【0012】
本明細書において「非侵襲的」という用語は、経皮的(transdermal)、経皮的(transcutaneous)、又は膣壁を介した羊膜腔内への分光法、及び例えば少量の生体液を抽出することによる低侵襲分光法を含むものとして意図される。
【0013】
本明細書において「酸化ストレス関連疾患」という用語は、酸化ストレスを生じる、又は酸化ストレスを原因とする、又は酸化ストレスに依存する何れかの疾患を意味するものとして意図される。
【0014】
本明細書において「酸化ストレス成分」という用語は、生体液の生化学成分の酸化促進物質/抗酸化物質のバランスが崩れて、前者が優位になり、可能性がある(組織)損傷を招く状態を意味するものとして意図される。同様に、「酸化ストレス成分」という用語は、生体液の複数の生化学成分の酸化促進物質/抗酸化物質のバランスが崩れて、前者が優位になり、可能性がある(組織)損傷を招く状態を意味するものとして意図される。「酸化還元シグネチャ」という用語は、多波長光吸収分光法又はNMR分光法から得られた酸化ストレス成分又はOS生物学的副産物の集合体を意味するものとして意図される。
【0015】
(発明の要旨)
本発明は、生体液内の酸化ストレスを光学的に測定するシステム及び方法に関する。
【0016】
本発明は、生体液の多波長光吸収、ラマン散乱スペクトル又は磁気共鳴スペクトルのようなスペクトルを酸化ストレス依存性疾患と相関付けるための方法及び装置を提供する。
【0017】
臨床環境における酸化ストレス測定を、疾患発症の診断又は予想の手段として使用する方法は、当業界で知られていない。本発明は、臨床設定における使用に好適な酸化ストレスの高速測定を可能にする手段を提供する。
【0018】
薬物動態をより良好に試験することを目的に、酸化ストレスを比較的長期間にわたり(一定期間にわたり)測定する方法は、当業界で知られていない。本発明は、少数又は多数の患者への使用に好適な方法で、酸化ストレスを高速且つ非侵襲的に測定することができる装置を提供する。
【0019】
例えば重体患者や集中治療中の患者のような、厳重な監視下にある患者における感染発症を検出することを目的に、酸化ストレスを比較的長期間にわたり測定する方法は、当業界で知られていない。本発明は、重体治療施設内での使用に好適な酸化ストレスの連続測定を可能にする手段を提供する。
【0020】
本発明の第一の態様によれば、光学的分析を使用して生体液中の1つ以上の酸化ストレス成分を測定する手段が提供される。本発明により分析される生体液は、全血、血漿、血清、尿、唾液、涙液及び脊髄液(CSF)の内の何れか1つ、又はそれらの組み合わせである場合がある。光学的分析は、例えばNIR、SWNIR、及びTHz帯のような種々の帯における光学スペクトルの波長を使用して行われる場合がある。吸収スペクトルに加えて、ラマンスペクトル及び蛍光スペクトルも分析される場合がある。核磁気共鳴(NMR)スペクトル法もADの測定に使用される場合がある。
【0021】
本発明の第二の態様によれば、患者の酸化ストレス依存性疾患の存在の確率データを測定するための方法及び装置を提供する。酸化ストレス依存性疾患と、患者集団に合わせて選択した分析様式を使用して得た生体液のスペクトルの間の相関関係を確立する。確率データを測定する患者について、選択した様式を使用して生体液のスペクトルを得る。この得られたスペクトルと確立された相関関係とを使用して、患者の確率データを作成する。
【0022】
本発明の第三の態様によれば、患者の臨床診断方法が提供され、該方法では、患者の生体液中の1つ以上の酸化ストレス成分の測定値が得られ、患者の少なくとも1つの追加の病状が観察される。次に、この少なくとも1つの追加の病状と酸化ストレス成分の測定値をもとに、患者の診断の結論が下されるが、この診断は、測定値と少なくとも1つの追加の病状の何れか一方のみでは行うことができない。
【0023】
本発明の第四の態様によれば、酸化ストレス関連疾患の処置を目的とする薬物又は治療薬の効果を患者において試験する方法が提供される。この方法は、患者に薬物又は治療薬を投与し、少なくとも1つの酸化ストレス成分を一定期間にわたり測定することを包含する。
【0024】
本発明の第五の態様によれば、集中治療中の患者を監視する方法が提供される。この方法は、患者における少なくとも1つの酸化ストレス成分を連続して又は高い頻度で測定し、患者の酸化ストレス成分における変化を検出することを包含する。
【0025】
本発明の更なる特徴及び利点は、添付の図面と組み合わせた以下の詳細な説明より明らかとなるであろう。
【0026】
付随する図面全体で、同様の特徴が同様の参照番号で識別されることに留意されたい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
(好ましい実施形態の詳細な説明)
(方法)
(短波長近赤外(SWNIR)分光法による血漿のOS測定)
(試料採取方法)
以前の既往症及び試験に従って、患者を以下のカテゴリーに分類した。
【0028】
健常な高齢者対照(NEC)
軽度認知障害(MCI)
アルツハイマー病(AD)
血管性認知障害(VCI)
パーキンソン病(PD)
患者集団は、性別、年齢、薬物療法、栄養、その他の疾患(存在する場合)、及び家族性素因の点で差が見られた。
【0029】
最初の実験では、抗凝血剤(EDTA対ヘパリン)の性質、凍結及び解凍サイクルにおける変動(−80℃対+4℃での貯蔵)、遠心分離時間(1分対30分)、及びサンプルセルの前処理が全て、血漿サンプルのスペクトルシグニチャに有意な影響を及ぼすことが示された。その結果、以下のようなサンプル調製手順を確実に行う方法が開発された。
【0030】
患者から血液サンプルを採取し、遠心分離した後、EDTA及びヘパリンの何れかを抗凝血剤として使用して、分離した血漿を直ちに−80℃で貯蔵した。貯蔵時間は1日〜400日の間で差が見られた。同一の抗凝血剤を含む部類のみを互いに比較した。
【0031】
分析の前に、サンプルを1時間かけて室温に解凍してから、30分間遠心分離にかけた。そして、洗浄及び前処理のため、サンプルセルを、最初に0.1M NaOH 200μlで濯いだ後、次に3×200μlのミリポア水で濯いだ。
【0032】
(短波長近赤外(SWNIR)分光法)
対照の役割を果たす第三の洗浄水のSWNIRスペクトルを記録した。その際、サンプルは75μlをサンプルセル内に注入し、図2に示す装置を使用してサンプルのスペクトルを記録した。
【0033】
以下のプロトコールを使用して、調製した血漿サンプルから短波長近赤外スペクトルを得た。測定には、American Holographicの近赤外分光光度計が使用された。分光光度計には2つのチャネル入力ポートが搭載されており、測定サンプルと同時に基準を得ることができた。得られたスペクトルは、580〜1100nmの領域を対照としている。検出器の積分時間は100ミリ秒であった。全サンプルを50回測定し、結果を平均して、スペクトルノイズを低減させた。エッペンドルフピペットを使用して、10mmの内部光路を伴うサンプルセル内にサンプルを投入した。サンプルは約75μl使用した。スペクトルデータを取得したら、最小に0.1M NaOH 200μlを、続いて3容量のミリポア水200μlを使用して、サンプルセルを洗浄した。各サンプルに続いて、第三の洗浄水の個別の基準スペクトルを測定した。これにより、サンプルセルの汚染又は光学システムの調整の変化を監視することができた。各サンプルのスペクトルを、後の処理のために、連続する水サンプルの基準とした。
【0034】
(分析方法)
2つの異なるスペクトル分析法を使用して、血漿サンプルを識別し、神経学的分類に分けた。第一の方法では、NIR分光法で同定することができる官能基に関連した波長領域を予め選択した。次に、選択した波長領域の可能な全ての組み合わせを使用して、各分類の線形モデルを測定した。第二の方法では、600〜1100nmの256波長において得たSWNIRスペクトルのHaar変換方法を使用して、波長領域の最高の組み合わせを自動的に選択した。SWNIRスペクトルからのサンプル分類は、遺伝子アルゴリズム(GA)を使用して、ウェーブレットドメインにおける変数の最も簡易な組み合わせを決定することからなっていた。ウェーブレットドメイン内のデータを得るため、「サン」Haarウェーブレットを使用した。データ処理手順のより詳細な概説については、以下の項に示す。
【0035】
(演繹的波長選択)
SWNIRスペクトルは、種々の分子種からの吸収を含む。血漿中に存在する主要な分子種を選択するため、図3に示す通り、Heme(700nm)、CH(830nm)、ROH(940nm)、HO(960nm)、OH(980nm)及びNH(1020nm)部分に関連した波長領域(15nm幅)を同定した。次に、これらの6つの領域からの積分吸収を、以下に記載する回帰モデルにおいて使用した。
【0036】
(Haarウェーブレット変換)
Haar変換(HT)は、最も古く且つ最も簡単なウェーブレット変換である。フーリエ変換と同じく、この変換はデータ(例えばNIRスペクトル)を所定の基底関数上に投影する。しかし、基底関数としてサイン及びコサイン関数を使用するフーリエ変換とは異なり、HTはHaarウェーブレットを使用する。この試験では、計算の容易さと速度を最大限高めるため、連続ウェーブレット変換又はウェーブレットパケット変換よりも離散ウェーブレット変換(DWT)が選択した。0≦x≦1の範囲で定義されるデータの場合、DWTのHaarウェーブレットのファミリーは、以下の通りに示される。
【0037】
【数1】

HTの実行は、スペクトルをΦ、Ψ、及びΨn,kの重み付け合計に分解することからなり、ここで重み付けは、「ウェーブレット係数」として知られる。ファザーウェーブレットΦの係数を得るため、データ窓全体のシグナルを積分する。マザーウェーブレットΨの重み付けは、データ点の第一の半分を積分し、データの第二の半分の合計を除算することにより得られる。ドーターウェーブレットは、マザーウェーブレットの縮小且つ翻訳されたバージョンである。Ψn,kの記号において、nは縮尺を表し、kは翻訳を示す。従って、データのより小さい領域を合計することで、データの最小エレメントサイズにまで、ドーターウェーブレットの係数を見出すことができる。このため、ドーターウェーブレットはハイパスフィルターのような役割を果たすのに対し、ファザーウェーブレットはローパスフィルターとして機能する。全体では、得られたウェーブレット係数の数は、元のデータセット内の点の数と同じである。
【0038】
以上の説明から、Haarウェーブレットは3つの別個のレベル、即ち+1、−1又は0のみを有するため、このウェーブレットが単純な構造であることが明らかとなる。しかし、これらは、スケール関数又は「サン」ウェーブレットと呼ばれる、以下のファザーウェーブレットの縮小且つシフトされたバージョンを導入することにより、更に単純化することも可能である。
Φn,k(x)=Φ(2x−k)、0≦k≦2−1及び0≦x≦1 (4)
続いて、マザーウェーブレットは、以下のように書き換えることができる。
Ψ=Φ1,0−Φ1,1 (5)
従って、「サン」HTは、1及び0のみから構成される2z−1ウェーブレットを使用して、z点を伴うスペクトル上で行うことができる。このウェーブレット変換の基底関数は、より高い世代のサンウェーブレットがより低い世代のサブセットであるため、直行ではない。しかし、サンウェーブレットは、一方向性である、即ちプラス方向にのみ向かうという利点がある。従って、ドーターウェーブレットとは異なり、サンウェーブレットは、本来、データ処理において第一導関数を行わない。
【0039】
スペクトル分析の状況において、HTは特に適している。得られたウェーブレット係数は、周波数と波長の両方の情報を含む(ここで「周波数」は、通常の意味で使用されず、ウェーブレットが小縮尺及び大縮尺の特徴を記述するか否かを意味する)。波長情報を保持するため、FT結果よりもHT結果のスペクトルの意味を理解することの方がより容易である。更に、個別の波長の重要性のみならず、異なる大きさのスペクトルの特徴を研究することも可能になる。この性質の一般的な適用の1つには、高周波ウェーブレット係数を削除することによって、データを平坦化する方法がある。或いは、低周波ウェーブレットを取り除くことによって、傾斜したベースラインのようなデータセットの大きな傾向を修正することができる(Absi, E., et al., Decrease of 1−methyl−1,2,3,4−tetrahydroisoquinoline synthesizing enzyme activity in the brain areas of aged rat. Brain Res, 2002. 955(1−2): p. 161−3)。
【0040】
HTの別の重要な特徴として、大量の情報を極めて少数の変数に圧縮する機能がある。ドーターウェーブレットはデータ圧縮の効率が高く、本試験ではこの性質を活用して、サンプルの性質を評価するための最も簡易なモデルを見出している。それに対して、サンHTは部分的に冗長であるため、データ圧縮に関してこれほどの性能を持たないが、隣接する波長の完全な分離は可能である。従って、この基底関数は、特徴選択においてより自由でなければならない。更に、サンウェーブレットにより構築されたモデルは、解釈が容易である。n,kには2つの別個のレベルしかないため、最適化アルゴリズムによって何れかの波長領域が選択されるか、選択されない。この選択したサンウェーブレットをもとに、サンプル分析にスリット又はフィルターを使用する簡素化された機器を構築することが可能なはずである。
【0041】
ドーター及びサンHTは何れも、Matlab(The MathWorks Inc.[米国マサチューセッツ州ネーティック])で書かれたプログラムを使用して計算された。ドーターHTについては、Mallatのピラミッドアルゴリズムをベースとした高速HTプログラムは、一連の再帰的な合計及び差を導き出すことにより、ウェーブレット係数を決定した(C.E.W. Gributs, D.H. Burns, Applied Optics, 2003, 42/16, p.2923−2930)。サンHTについては、単純な合計を使用した。アルゴリズムでは、入力データ長が2の累乗であることが必要であったため、実験的スペクトルは最終データ値でパディングして、最も近い2nに到達した。ウェーブレット係数を決定し、幅広いものからより小型のウェーブレットに序列した(Φ、Ψ、Ψ1,0、・・・、Ψn,k又はΦ、Φ1,0、・・・Φn,k)。
【0042】
(遺伝的アルゴリズム)
対象となる分類を評価する最も簡易な変数サブセット(方法1の波長又は方法2のウェーブレット)は、逆最小二乗(ILS)回帰により決定した。方法1のように波長が殆ど関与しない場合は、可能な全ての組み合わせをモデリングした。分類に多数のウェーブレットが含まれる場合(即ち、方法2)は、ウェーブレットの最良の選択を決定するために、遺伝的アルゴリズム(GA)の最適化を使用した。モデルの多くは、交配、交叉及び変異のような原則を使用して評価した。各変数の組み合わせに関して、サンプル分類は、以下の方程式に従って評価した。
Y=α+α+α+...+α (6)
式中、Yは従属変数(神経分類、即ち0:健常、1:AD)であり、X、X、・・・、Xは独立変数(即ち、所定の波長の強度又はウェーブレット係数)であり、α、α、・・・、αは、Xの較正セットから決定される係数である。GAの最適化の詳細な説明は、以前に他の文献で報告されており(M.J. McShane, B.D. Cameron, G.L. Cote, C.H. Spiegelman, Applied Spectroscopy 1999, 53, p.1575−1581)、従って、本明細書ではこの方法の概要のみを示す。
【0043】
GA法を使用して、1〜15の変数を含む最良適合(最適)モデルを探索した。選択した2値変数をコード化し、これらを辞書編集的に積み重ねて、個人(即ち、モデル)の集団を形成した。前処理した2変数のスペクトルでは、2値変数のコード化にnビットを使用した。集団サイズは1000に設定した。各個人は較正セットと共に使用して、方程式6に従ってモデルを構築した。対応する標準較正誤差(SEC)の計算は、試験セットに基づいて行った。これらのSECをもとに最適な個人2名を特定し、変異のない次世代のために保持した。新たな集団の残りについては、交差確率が1で変異率が0.02である個人を無作為に交配させることにより満たした。集団を2000世代にわたり追跡した後、アルゴリズムは安定した解決に向けて収束した。
【0044】
1〜15の変数で構成されたモデルについても同じ探索を行い、それらのSECを使用して、予測残差平方和(PRESS)のグラフを作成した。hを最小PRESS値を有するモデル内のウェーブレット数とすると、最も簡易なモデルは最もウェーブレット数の少ないモデルであるため、このモデルのPRESSは、h個のウェーブレットを伴うモデルのPRESSよりもそれほど大きくはなかった(f試験、99%信頼区間)。
【0045】
評価した分類値は、0又は1の何れかであった。しかし、上記の回帰は連続した実数値を決定した。0.5を超える値は分類1の値として、0.5未満の値は分類0の値として、分類分けを決定した。各モデルの感度及び特異性を決定し、これらをモデル選択の基準として使用した。
【0046】
当業者に明らかなように、本発明は、NIR、SWNIR及びTHz領域のような種々の領域の光学スペクトルの波長で良好に機能し得ることが理解されるはずである。吸収スペクトルに加えて、図7に示すようなラマンスペクトルも使用される場合がある。図7には、NECとPDの間の平均差が示されている。蛍光スペクトルも同様に分析することができる。NMRの場合は、当業者に明らかなように、所望の酸化ストレス成分を同定するため、及び/又は所望の疾患又は病状と相関させるため、分析技法が変更されると考えられる。
【0047】
本発明は、酸化ストレスの1つ以上の値を提供することに加えて、スペクトルを疾患又は病状と相関付けるために使用できることも理解されるはずである。後者の目的の場合、本発明は、酸化ストレス成分の複数の値の重み付け平均を表す値をプロセッサが生成することができ、それによってこの重み付け平均が、患者の酸化ストレスの程度を表す値を提供することを示している。
【0048】
(好ましい実施形態の適用)
(A.予測的使用)
SWNIR領域における血漿の分光学的分析により、以下の疾患カテゴリー(アルツハイマー病型(AD)、軽度認知障害(MCI)、血管性認知障害(VCI)及びパーキンソン病(PD))の高速診断及び識別を可能にするシステムが実証されている。このシステムは、高感度で、信頼できる、迅速且つ安価なアルツハイマー病の診断を提供する。
【0049】
仮説に基づく手法によって、AD、MCI、VCI、PD又は健常な高齢者対照(NEC)カテゴリーへのこの割り当ては、SWNIR領域内の予め選択したOS関連の波長における吸収を各カテゴリーに関連付けることによって可能となった。これらの波長は、カテゴリーごとに、酸化ストレスによって異なる酸化状態にあると考えられる種々の生体分子(即ち、酸化ストレス成分)の不特定官能基を反映している。
【0050】
NECとADのサンプルを比較したところ、94%の感度と64%の特異性が達成された。MCIとADの測定では、88%の感度と72%の特異性が得られた。これらの例については、図4a及び図4bに示す。NECとMCIの比較では、それぞれ72%及び57%の結果が得られた(図5aを参照)。これらの数値は、脳脊髄液中の生物学的マーカーに関して公開されている結果に匹敵している(Blennow, K., CSF biomarkers for mild cognitive impairment. J Intern Med, 2004. 256(3): p. 224−34; de Leon, M.J., et al., MRI and CSF studies in the early diagnosis of Alzheimer’s disease. J Intern Med, 2004. 256(3): p. 205−23)。この方法は、血漿収集の簡易性に加えて、脳脊髄液を取得及び分析する遥かに侵襲的な手順に比べたこの方法の非侵襲性が浮き彫りになるつれて、その重要性がより明らかとなる。
【0051】
これらの3つ(AD、MCI及びNEC)の何れかの群とVCIとを比較すると、100%の感度及び特異性が得られることから(図5bに例示)、この方法をMCI及びADと血管認知症との区別の適用に拡大できる可能性がある。パーキンソン病に関しては、NECとPDの比較により、100%の感度及び特異性が得られた(図6a)。ADとPDの比較では、95%の感度及び84%の特異性が得られた(図6b)。
【0052】
AD群の数人の患者に処方された、アルツハイマー病の進行を減速するアセチルコリンエステラーゼ阻害剤タイプの薬物であるAriceptTMに関して、薬物療法に起因する可能性ある妨害を評価した。スペクトル応答と、この薬物の存在との間に、相関関係は全く測定されず、この薬物に関するこの方法の堅牢性が示唆されている(加えて、このことは、酸化ストレスレベルに対するこの薬物療法の効果が幾分制限される可能性があることも示唆している)。
【0053】
この分析手順は、サンプルセルのコンディショニング及びサンプルの調製に関して実証された。そして、サンプルセル壁への血漿成分の吸着の可能性を防止するために、濯ぎ手順を開発した。冷凍及び解凍サイクル並びに遠心分離時間は、スペクトル応答に多大な影響を及ぼすことが見出されたため標準化した。−80℃での全貯蔵時間に対するスペクトル応答の依存性は、全く認められなかった。サンプルに添加した抗凝血剤(EDTA対ヘパリン)の性質も、スペクトル応答に影響を及ぼすことが見出された。従って、同じ抗凝血剤を使用して調製した集団のみを考察した。
【0054】
又、サンプル及び試薬の消費量が最小限であることも言及する必要がある。機器の大きさが小さいことも、携帯性を更に容易にしている。
【0055】
(B.臨床的使用:アルツハイマー病)
(短波長近赤外(SWNIR)分光法によるAD診断)
上述の通り、この疾患の新規生物学的マーカーの開発に活用できる酸化基質修飾のエビデンスが、神経及び全身のAD組織内に豊富に見られる。本明細書において、本発明者等は、SWNIRスペクトルにより、これらの症状における循環タンパク質成分の異なる酸化をもとに、早期AD及びMCI患者並びに健常な高齢者対照(NEC)患者由来の血漿サンプルを迅速且つ効果的に区別できるというエビデンスを示している。
【0056】
本発明者等は、酸化還元シグニチャが、Ronald and Nancy Reagan Research Institute (Alzheimer’s Association)及びNational Institute on Aging (Neurobiology of Aging 19:107−167, 1998)が後援するコンセンサスレポートに定義された、散発性ADの有用な生物学的マーカーに関する下記の基準の多くを満たしていることを示している:即ち、1)SWNIR分光法は、散発性AD患者と認知機能が正常な高齢者対照とを、並びにMCI対象とNEC及び早期散発性AD患者の両方とを区別する高い感度及び特性を示しており、従って、この試験は、ADを疾患の非常に早期の段階で、及び前駆症状の(MCI)個人において検出することができる;2)SWNIR分光法に基づく試験は、比較的非侵襲的且つ安価であり、多くの病院の研究室にて容易に利用可能である;3)SWNIR分光法により導き出された酸化還元シグニチャは、血液タンパク質酸化の生物物理学的指標として、AD病態生理の内在的局面、即ち、中枢神経及び全身の酸化ストレスを反映する。
【0057】
記憶愁訴を患う一般的な患者は、家庭医の診察を受けるか、又は神経科医若しくは老人病専門医に症状の病因(原因)の評価を求める。診断評価は一般的に、(i)詳細な病歴、神経治療歴、社会歴及び家族歴、(ii)一般及び神経検査、(iii)記憶喪失及び認知症の代謝原因及び潜在的に可逆的な原因を排除する血液試験のパネル、(iv)臨床神経心理学者への正式な(定量的な)神経心理学的試験の委託、並びに(V)神経画像化手順(頭部CT又はMRI;場合によりPET又はSPECT走査)の委託からなる。極めて特異的な病因(例えば、神経梅毒、HIV脳炎)を考慮する場合を除き、CSF試験は、カナダ及び米国において認知症評価の一部として日常的に行われていない。
【0058】
AD診断のためのSWNIR分光法は、以下のプロトコールを伴ってもよい:(i)家族医診療所又はメモリークリニックにて、EDTA抗凝血剤を入れた管に静脈血10ccを引き込み、氷で冷やしてSWNIR分光試験研究所へ送る;(ii)全血をFicoll密度傾斜に積み重ね、1000gで20分間遠心分離する。上部の血漿層を収集して、等分し、−80℃で冷凍する;(iii)SWNIR分析のための調製において、サンプルを解凍し、分光器内に注入し、上述の通りSWNIRスペクトルを測定する;(iv)前述のアルゴリズムに基づき、スペクトルを「健常」、「MCI」、「AD」、「VCI/VD」として分類し、これらの各診断カテゴリーの十分に実証された患者から得た基準スペクトルと比較する。これらの診断カテゴリーの何れにも一致しないスペクトルは、「その他」又は「未確定」として分類する。研究所の責任者は、患者のスペクトルのコピーとその解釈を、委託した医師に提供する。後者は、SWNIRデータを神経心理学的、生化学的及び神経画像データと統合して、見込まれる診断を導き出し、患者及び/又は委託医師にこれを連絡する。或いは、血液を引き込む代わりに、血液を経皮測定してもよい。
【0059】
(MCIにおける予測のためのSWNIR分光法:)
本発明者等は、SWNIR分光法が、早期ADに関する重要な神経診断の提供に加え、AD発症の危険が高い異常な血液NIRスペクトルを有するMCI患者と、神経心理学的に同一の場合に、NIRスペクトルが正常範囲に現れる、初期ADに転換する危険性が低いままの患者とを区別することにより、MCIを有する対象における新規予測物として特に有用であり得ることを示している。そのようなものとして、MCI患者のNIR分析は、患者及び家族カウンセリングを容易にし得る重要な予測情報、臨床薬物試験の設計におけるサブグループの階層化、及び治療成果の測定の解釈を提供すると思われる。
【0060】
SWNIR分光法を1つ以上の更なる診断的試験と組み合わせた場合、SWNIR分光法又は他の診断モダリティ単独の性能を越えて、AD診断の正確性を有意に上昇させ得る臨床的症状が存在する。以下に2つの例を示す。
【0061】
(i)大鬱病を有する患者のAD診断:鬱病を有する患者は、多くの場合、記憶喪失を訴え、後者は、認知症の可能性について精密検査するために、神経内科医又はメモリークリニックに患者を訪問させる初期症状を構成する場合がある。記憶機能に関連した総体症状の重複により、新しいAD診断は、一般的に、鬱症状が薬理学的に又はその他の手段(通常、最小3週間を要するプロセス)により治療されるまで、如何なる程度の正確さをもっても行うことができない。その後、患者は、記憶喪失及び他の認知機能障害に関して再試験を受けることができ、AD若しくはその他の認知症、又は正常な認知の診断が行われる場合がある。AD症状を有さないが鬱病を有する患者を含む、患者からのAD血液サンプルを非ADサンプルから区別する、SWNIR分光法に基づく方法の出現は、根底にある感情障害を最初に治療する必要なく、鬱病を有する患者の即時のAD診断を可能にする場合がある。患者の評価過程中に、臨床的及び神経心理学的試験を混乱させ得る、他の不随する病状、例えば毒性又は代謝脳症(せん妄)、言語障害(失語症)又は抑圧された意識レベル(昏迷、昏睡)、を伴う可能なADについても、SWNIR分光法の同様の利益を得る場合がある。
【0062】
(ii)慢性炎症性疾患を有する患者のAD診断:上述の通り、ADを区別する血漿のSWNIRスペクトルは、AD患者の血行中の特定の血漿タンパク質の異常な酸化を表すと考えられる。想像では、血漿タンパク質酸化の潜在的に等しいパターンは、例えば関節リウマチ等の持続性全身性酸化ストレスにより特徴付けられた、慢性炎症性疾患又は代謝疾患を患者に引き起こす場合がある。従って、記憶喪失に関して検査中である患者の前記疾患の存在は、SWNIR分光法のみに基づいて行われたAD診断を混乱させる場合がある。後者の状況では、AD診断を確認又は否定するために、SWNIR分光法に加えて、第二の診断モダリティ、例えば正規の神経心理学的試験、CSFアミロイド及びtau濃度の測定又は神経画像(検査)が必要となる場合がある。
【0063】
(C.薬効:AD及びその他のOS関連の病状)
コリンエステラーゼ阻害剤は、AD症状を回復する臨床的実践において日常的に使用されているが、これらの患者の神経細胞の変性及びの疾患の進行を明白に緩和する、認可された医薬は現在存在しない。上記に論じたデータに基づき、ADにおけるOS関連の神経細胞の損傷及び消耗を遅延又は阻止する、安全且つ有効な抗酸化物質の開発に相当の興味が存在する。現在、これらの仲介の効果の監視は僅かなことではなく、労働集約型であり、高価な、また多くの場合、試験対象に高く依存する一連の神経心理学的試験及び神経画像処理を必要とする。潜在的な治療効果の指標として、SWNIR分光法を使用して、試験抗酸化化合物の経口又は非経口投与後の、AD患者及び他のOS関連の病状を有する対象の、異常な血液スペクトルの正常化(又は非正常化)を検出する場合がある。
【0064】
このような状況下で、本発明者等は、SWNIR分光法が、患者の意識レベル及び認知/行動障害の程度にかかわらず、薬物の抗酸化物質としての可能性及び薬物動態を、客観的に、非侵襲的に、迅速に、反復して、且つ再生再現可能に監視できることを示す。これらのSWNIRベースの分析から得たデータは、続く従来の臨床試験に含めるための候補医薬の迅速且つ効果的なスクリーニングに使用できる場合がある。
【0065】
酸化ストレス(遊離基の損傷)は、多数の神経及び内科疾患の病原に関与している。その結果、現在、抗酸化物質を医薬又は栄養補助食品として投与することによる、これらの病状の数個を予防、回復、阻止又は逆転するための努力がなされている。これらの処置の臨床成績を監視することは、一般的に労働集約型であり、高価であり、また主観的であることから、有効な治療的介入の代理となる生物学的マーカー開発に対する多大な必要性が存在する。現在、潜在的に有効な介入の代理マーカーとしての酸化剤の投与前、投与中、及び投与後の酸化血液タンパク質、脂質及び核酸のレベルを定量的に監視する能力は存在する。しかし、これらの生化学的測定は、複雑なサンプル調製及び分析を必要とし、これらは高価で、且つ時間及び労働集約型であり、標準化が困難で、高度に専門的な研究所に限定される傾向がある。
【0066】
血漿タンパク質の酸化を検出及び測定するSWNIR分光法は、(ADを含む)前記病状における抗酸化物質介入の臨床的及び実験的な監視を非常に容易にし得るが、これは(i)SWNIR分光法に基づくこの方法が、従来の(ELISA、HPLC)方法と比較して、血漿成分酸化を検出する遙かに迅速な方法であるためである。該方法をin vivoでの全血測定に適合するように(酸素測定に類似するように)改良すれば、薬効及び/又は成分の薬物動態をリアルタイムで反復して分析できるであろう。
【0067】
例えばADにおいて、SWNIR分光法は、抗酸化物質化合物の経口又は静脈投与前、投与中に一定の間隔を置いて、及び投与停止後に、in vivoで血漿サンプル又は全血上で実施できる場合がある。候補抗酸化物質化合物を投与した結果得られたAD特異的なスペクトルを部分的に又は完全に正規化して、医薬の効能、その生化学的効果の持続時間、及びその潜在的な抗AD薬としての大規模且つ長期の試験に対する適切性に関する基本的なデータを提供する場合がある。(ii)SWNIR分光法は、血漿酸化ストレス監視のための現存する技術と比較して、より経済的であり用途が広く、全病院及び診断施設にて容易に利用できる。
【0068】
(D.ICU監視(「レドキシメトリー」))
全身性の急性細菌性敗血症の様な所定のOS関連の病状において(Albuszies, G. and U. B. Bruckner, Antioxidant therapy in sepsis. Intensive Care Med, 2003. 29(10): p. 1632−6;Abu−Zidan, F. M., L. D. Plank, and J. A. Windsor, Proteolysis in severe sepsis is related to oxidation of plasma protein. Eur J Surg, 2002. 168(2): p.119−23)、本発明者等は、SWNIRスペクトルにおけるパターン及び異常の程度が、患者の即時の臨床状態とリアルタイムで相関し得ることを示す。ICU設定におけるそれら個人に対する看護は、疾患の重篤さ、及び、急性(薬理学的及び非薬理学的)医療的介入の効果のマーカーとしての血中の酸化ストレス成分の、一連の非侵襲的なSWNIR分光法から利益を得ると思われる。これらの患者におけるリアルタイムの「レドキシメーター」としての、新規SWNIR分光法の実施は、図8に示す通り、ICU設定において急性疾患患者のヘモグロビン飽和及び酸素化状態を監視する通常のパルス酸素濃度計の使用と類似する場合がある。
【0069】
例えば、ICU患者において酸化ストレスをリアルタイムで監視する「レドキシメーター」は、血漿タンパク質成分の酸化に対応するSWNIRスペクトルのシフトが、正常な対象値から1〜2を超える標準偏差(実験的に決定)を有する場合は常に、警告を誘発するよう設定することができる。酸化ストレスの増大を示すSWNIRの痕跡は、背景の医学的状態の悪化(例えば、糖尿病における高血糖の悪化)、併発疾患(例えば、細菌性敗血症)の発生、又は医原性効果(例えば、医薬に対する有害反応)を示す場合がある。ICU職員は、従来の試験を使用して疾患の悪化又は付随する病状の発生を確認することにより、レドキシメトリー警告に応答する場合があり、現行の治療計画及びおそらく抗酸化薬の薬物療法を再考する場合がある。SWNIRスペクトルを部分的又は完全に再正規化することで、警告が静まり、効果的な介入、疾患の回復、及び患者の安定化が提供される。
【0070】
上述の本発明の実施形態は、単に例示を目的としたものである。従って、本発明の適用範囲は、添付の特許請求の範囲によってのみ制限されることを意図している。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】健常な高齢者対照(NEC)患者及びアルツハイマー患者のスペクトルの一般的な特徴を示す、600nm〜1100nmの領域における吸収スペクトルのグラフである。
【図2】第一の光ファイバーを介して広帯域タングステンハロゲンランプからの光が供給される、光路1cmの50μLサンプルセルと、第二の光ファイバーを介してサンプルセルの反対側の端に連結され、600nm〜1100nmの領域のCW強度を検出する短波長近赤外(SWNIR)分光光度計と、分光光度計に接続され、スペクトルを記録及び分析するコンピュータとを備える酸化ストレス光学測定装置の概略図である。
【図3】600〜1000nm波長領域における種々の分子種からの吸収レベルを示すグラフである。
【図4】図4aは、NECとADのサンプルを比較したグラフである。図4bは、MCIとADのサンプルを比較したグラフである。
【図5】図5aは、NECとMCIのサンプルを比較したグラフである。図5bは、NECとVCIのサンプルを比較したグラフである。
【図6】図6aは、NECとPDのサンプルを比較したグラフである。図6bは、ADとPDのサンプルを比較したグラフである。
【図7】COOH、CH、C−C、NH及びR−OHスペクトル成分を示すPD及びNECのラマンスペクトル数を示すグラフである。
【図8】経皮使用のための反射様式に構成された酸化ストレス光学測定装置の概略図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化ストレス依存性疾患の存在に関する確率データを生成する方法であって:
生体液の得られたスペクトルを分析様式を使用して分析し;
得られたスペクトルと、酸化ストレス依存性疾患との間の相関関係を使用して、確率データ生成することを包含する方法。
【請求項2】
前記分析様式が多波長光吸収である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記分析様式が、光学的ラマン散乱及び光学的蛍光のうちの一方である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記光スペクトルが短波長近赤外線である、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
前記光スペクトルが近赤外線である、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項6】
前記光スペクトルがTHz帯にある、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項7】
前記の選択した分析様式がNMRである、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項8】
前記疾患がアルツハイマー病(AD)である、請求項1〜7の何れか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記疾患が軽度認知障害(MCI)である、請求項1〜7の何れか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記疾患がパーキンソン病(PD)である、請求項1〜7の何れか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記疾患が血管性認知障害(VCI)である、請求項1〜7の何れか1項に記載の方法。
【請求項12】
請求項1〜7の何れか1項に記載の生体液中の酸化ストレス成分の酸化還元シグニチャを取得し;
少なくとも1つの追加の臨床病状を観察し;
前記少なくとも1つの追加の病状及び前記酸化還元シグニチャを使用して診断を取得することを包含するが、この場合、前記診断が、前記測定値及び前記少なくとも1つの追加の病状の何れか一方のみでは行うことができない、臨床診断方法。
【請求項13】
酸化ストレス関連疾患の処置を目的とする薬物又は治療薬の効果を試験する方法であって:
薬物又は治療薬に従い、請求項1〜7の何れか1項に記載の方法を使用して、一定期間にわたり酸化還元シグニチャを測定することを包含する、方法。
【請求項14】
酸化ストレス成分を監視する方法であって:
請求項1〜7の何れか1項に記載の方法を使用して、少なくとも1つの酸化ストレス成分を連続して又は高い頻度で測定し;
前記1つ以上の酸化ストレス成分における変化を検出することを包含する、方法。
【請求項15】
複数の前記酸化ストレス成分の重み付け平均を表す値が計算され、前記変化の検出が、前記平均における変化を検出して、酸化ストレスの程度における変化を検出することを包含する、請求項12、13及び14の何れか1項に記載の方法。
【請求項16】
更に、前記変化の検出に応答して警告を発することを包含する、請求項14又は15に記載の方法。
【請求項17】
患者における少なくとも1つの酸化ストレス成分を測定する装置であって:
媒体の少なくとも1つの光学的特性を測定し、光学測定データを生成する、光源及び光検出器を備えた光学分析装置;
該光学分析装置を該患者の生体液と連結する経皮カプラー;及び
該光学測定データを分析して、1つ以上の酸化ストレス成分の値を該患者の酸化還元シグニチャの形式で生成するプロセッサを含む、装置。
【請求項18】
前記プロセッサが、複数の前記酸化ストレス成分の値の重み付け平均を表す値を生成し、前記平均が、該患者の酸化ストレスの程度を示す値を提供する、請求項17に記載の装置。
【請求項19】
前記光学分析装置が多波長光吸収を測定する、請求項17又は18に記載の装置。
【請求項20】
前記光学分析装置が光学的ラマン散乱及び光学的蛍光のうちの一方を測定する、請求項17又は18に記載の装置。
【請求項21】
前記光源が短波長近赤外線を放射する、請求項19又は20に記載の装置。
【請求項22】
前記光源が近赤外光を放射する、請求項19又は20に記載の装置。
【請求項23】
前記光源がTHz帯の光を放出する、請求項19又は20に記載の装置。
【請求項24】
前記光源が無線周波源である、請求項19又は20に記載の装置。
【請求項25】
前記プロセッサが、前記1つ以上の酸化ストレス成分における変化を検出し、前記変化に応答して警告シグナルを発する警告モジュールを更に備える、請求項17〜24の何れか1項に記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公表番号】特表2008−531987(P2008−531987A)
【公表日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−555724(P2007−555724)
【出願日】平成18年2月21日(2006.2.21)
【国際出願番号】PCT/IB2006/000335
【国際公開番号】WO2006/090228
【国際公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【出願人】(507281890)マギル ユニバーシティー (2)
【Fターム(参考)】