説明

酸化物超電導薄膜の製造方法

【課題】高Icの厚膜化ができ、再現良く高Ic値を得ることができる酸化物超電導薄膜の製造方法を提供する。
【解決手段】フッ素を含まない金属有機化合物を用いて塗布熱分解法により超電導線材用の酸化物超電導薄膜を製造する酸化物超電導薄膜の製造方法であって、金属有機化合物の有機成分を熱分解するための仮焼成を水蒸気を含む雰囲気中で行い、さらに、結晶化熱処理のための本焼成熱処理の前に、前記本焼成熱処理を施す薄膜に含まれる炭酸塩を熱分解するための中間熱処理を行う。前記の中間熱処理は、650〜720℃の温度範囲で、10〜180分行う熱処理であり、酸化物超電導薄膜の厚さは0.3〜5μmである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物超電導薄膜の製造方法に関し、詳しくは、超電導線材の製造に用いる臨界電流値の高い酸化物超電導薄膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化物超電導薄膜を用いた超電導線材の一層の普及のため、臨界電流密度Jcや臨界電流値Icを一層高めた酸化物超電導薄膜の製造の研究が行われている。
【0003】
酸化物超電導体の製造方法の1つに、塗布熱分解法(Metal Organic Deposition、略称:MOD法)と言われる方法がある(特許文献1)。この方法は、例えば、希土類元素(RE)、バリウム(Ba)および銅(Cu)の各金属有機化合物を溶解した溶液を基板に塗布した後、500℃付近で仮焼成して各金属有機化合物の有機成分を熱分解させ、得られた熱分解物(MOD仮焼膜)をさらに高温(例えば800℃付近)で熱処理(本焼成)することにより結晶化を行って超電導体とするものであり、主に真空中で製造される気相法(蒸着法、スパッタ法、パルスレーザ蒸着法等)に比較して製造設備が簡単で済み、また大面積や複雑な形状への対応が容易である等の特徴を有している。
【0004】
しかし、結晶化の際、超電導体の結晶配向性が揃っていなければ、超電導電流はスムーズに流れず、臨界電流密度Jc(以下、単に、「Jc」とも言う)や臨界電流値Ic(Ic=Jc×膜厚×幅)(以下、単に、「Ic」とも言う)は低くなる。このため、結晶は配向基板の配向性を受け継ぐエピタキシャル成長をさせる必要があり、基板から膜表面へ向けて結晶成長を進める必要がある。
【0005】
上記塗布熱分解法としては、原料としてフッ素を含む有機酸塩を用いるTFA−MOD法(Metal Organic Deposition using TriFluoroAcetates)とフッ素を含まない金属有機化合物を用いるフッ素フリーMOD法(FF−MOD法)とがある(非特許文献1)。
【0006】
TFA−MOD法を用いると、面内配向性に優れた酸化物超電導薄膜を得ることができる(特許文献1)。しかし、このTFA−MOD法では、仮焼成時にフッ化物であるBaF(フッ化バリウム)が生成され、このBaFが本焼成時に熱分解して危険なフッ化水素ガスを発生する。そのため、フッ化水素ガスを処理する装置、設備が必要となる。
【0007】
これに対して、FF−MOD法は、フッ化水素ガスのような危険なガスを発生することがないため、特殊な処理設備が不要であり、製造設備は汎用品で対応することが可能となり、線材の低コスト化を図ることができるという利点を有している。
【0008】
しかし、FF−MOD法では、仮焼成時、アルカリ土類金属の炭酸塩であるBaCO(炭酸バリウム)が生成される。このBaCOが本焼成過程までに熱分解されていないと、超電導体の結晶化が起こらず、高いIcを得ることができない。このため、従来のFF−MOD法では、熱処理に際して、仮焼成〜本焼成までの昇温過程において温度勾配を工夫して、例えば、急加熱によってBaCOの形成を抑えたり、あるいは温度上昇を緩やかにしてBaCOを熱分解させたりしていたが、結晶の配向が乱れることがあり、十分に高いIcを得ることができなかった。
【0009】
これは、BaCOの熱分解の際に生じるCO等のガスによって膜中に空隙が生じて基板からの結晶成長を阻害したり、膜中のいたる所でBaCOが熱分解し、その部分から結晶が成長を始めたりするため、結晶の配向の乱れを招いたものと考えられる。
【0010】
この結果、特に厚さ1μm以上の厚膜をFF−MOD法を用いて製造した場合、厚さ0.1〜0.3μm程度の薄膜に比べてJcが著しく低下してIcが低い膜しか得られない、あるいは、高Jc(高Ic)が得られた膜を再現性良く安定して得ることができないなどの問題点があり、これらの問題点がFF−MOD法の実用化を阻害する要因ともなっていた。
【0011】
このような問題点は、前記非特許文献1においても解決されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2007−165153号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】熊谷俊弥、他2名著「塗布熱分解法による超伝導膜の作製」、表面技術、社団法人表面技術協会、1991年、Vol.42、No.5、P500〜507
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
このため、本発明は、超電導線材の製造に用いる酸化物超電導薄膜をFF−MOD法により製造するに際して、仮焼成膜中に含まれるBaCOの生成を抑制し、さらに生成されたBaCOを結晶化のための本焼成温度までの間に完全に熱分解して、配向性が乱れない結晶成長を実現することを可能とし、その結果、高Icの厚膜化ができ、再現性良く高Ic値を得ることができる酸化物超電導薄膜の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記課題に鑑み鋭意研究の結果、原料である金属有機化合物の有機成分を熱分解するための仮焼成を水蒸気を含む雰囲気中で行い、さらに、本焼成熱処理の前に炭酸塩を熱分解する中間熱処理を行うことにより、上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
以下、各請求項の発明について説明する。
【0016】
請求項1に記載の発明は、
フッ素を含まない金属有機化合物を用いて塗布熱分解法により超電導線材用の酸化物超電導薄膜を製造する酸化物超電導薄膜の製造方法であって、
前記金属有機化合物の有機成分を熱分解するための仮焼成を水蒸気を含む雰囲気中で行い、
さらに、結晶化熱処理のための本焼成熱処理の前に、前記本焼成熱処理を施す薄膜に含まれる炭酸塩を熱分解するための中間熱処理を行う
ことを特徴とする酸化物超電導薄膜の製造方法である。
【0017】
本請求項の発明においては、原料である金属有機化合物の有機成分を熱分解するための仮焼成を、水蒸気を含む雰囲気中で行っているため、Baの有機化合物から熱分解されたBaは水蒸気の効果によって液相のBa(OH)(水酸化バリウム)を形成し、BaCOの生成が抑制される。このため、アモルファス状態の理想的な仮焼成膜を形成することが可能となる。
【0018】
さらに本焼成熱処理の前に、本焼成熱処理を施す膜にわずかに含まれる炭酸塩を完全に熱分解する中間熱処理を行って、結晶成長を阻害する要因を完全に取り除いているため、本焼成熱処理においては、Ba−Cu−Oの液相を利用した結晶成長が行われ、その結果、配向性が向上した酸化物超電導薄膜を安定して製造することができる。
【0019】
即ち、高Ic(例えば100A/cm以上)の厚膜のMOD本焼膜を安定して製造することができるため、再現性良く高Ic値を有する酸化物超電導薄膜を製造することができる。そして、得られた酸化物超電導薄膜は、超電導線材の製造に好適に用いることができる。
【0020】
請求項2に記載の発明は、
前記中間熱処理が、650〜720℃の温度範囲で、10〜180分行う熱処理であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導薄膜の製造方法である。
【0021】
本発明者は、中間熱処理において炭酸塩の熱分解を進行し易くするためには、650〜720℃での一定温度で保持することが好ましく、これにより、炭酸塩の確実な熱分解が行われることを見出した。
【0022】
そして、熱処理時間としては、10分未満では炭酸塩の熱分解に不十分であり、一方、ミクロン級の厚膜においても180分を超える熱処理は不要であることが分かった。このように、水蒸気雰囲気下で仮焼成された膜の場合、比較的短時間で炭酸塩の熱分解を進行させることができ、より安定した高Icの酸化物超電導薄膜を効率的に製造することができる。
【0023】
請求項3に記載の発明は、
酸化物超電導薄膜の厚さが、0.3〜5μmであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の酸化物超電導薄膜の製造方法である。
【0024】
本発明は、厚さが0.3〜5μmの酸化物超電導薄膜を製造する場合に、特にその効果を発揮する。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、仮焼成膜中に含まれるBaCOの生成を抑制し、さらに生成されたBaCOを結晶化のための本焼成温度までの間に完全に熱分解しているため、配向性が乱れない結晶成長を実現することが可能となり、その結果、高Icの厚膜化ができ、再現性良く高Ic値を得ることができる酸化物超電導薄膜の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】FF−MOD法によりYBCO薄膜を作製する過程におけるTG−DTA測定結果を示す図である。
【図2】水蒸気を含む雰囲気下およびドライ雰囲気下で仮焼成されたYBCOの仮焼成膜の光学顕微鏡写真である。
【図3】水蒸気を含む雰囲気下およびドライ雰囲気下で仮焼成後、中間熱処理、本焼成熱処理して作製されたYBCO薄膜の電子顕微鏡写真(SEM写真)である。
【図4】本発明の実施例の仮焼成工程における焼成温度と時間の関係を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明を実施の形態に基づいて説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、以下の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
【0028】
[1]原料
はじめに、本発明の酸化物超電導薄膜の製造に用いる原料について説明する。
本発明においては、フッ素を含まない金属有機化合物を原料として用いる。具体的には、カルボキシル基を有する金属塩(ナフテン酸塩、オクチル酸塩、ネオデカン酸塩、イソノナン酸塩等)、アミノ基を有するアミン類金属塩、アミノ基およびカルボキシル基からなるアミノ酸金属塩、硝酸塩、金属アルコキシド、アセチルアセトナート等が用いられる。これらの内、アセチルアセトナート等のβジケトン錯体が特に好ましく用いられる。
【0029】
そして、上記金属有機化合物における金属としては、イットリウム(Y)等の希土類元素(RE)、バリウム(Ba)および銅(Cu)が用いられる。Y以外のREとしては、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、イッテルビウム(Yb)等を挙げることができる。
【0030】
[2]製造方法
次に、本発明に係る酸化物超電導薄膜の製造方法について、工程順に説明する。
1.FF−MOD溶液の調製
まず、前記金属有機化合物を溶解させたMOD溶液を調製する。前記RE元素の有機化合物、有機Ba化合物および有機Cu化合物を所定のモル比でアルコール等の溶媒に溶解させることにより、FF−MOD溶液が調製され、最終的に酸化物超電導薄膜を得ることができる。例えばRE元素の有機化合物として有機Y化合物を用いた場合にはYBCO薄膜が得られ、有機Gd化合物を用いた場合にはGdBCO薄膜が得られる。またピン止め材料となるBZO(BaZrO)などの微粒子をあらかじめMOD溶液調製の段階で混入させておくことも可能である。以下、原料としてY、Ba、Cuのアセチルアセトナート塩を用いた場合を例に採って説明する。
【0031】
2.基板および塗膜の作製
前記したY、Ba、Cuの各アセチルアセトナート塩を用いてY、Ba、CuをY:Ba:Cu=1:2:3の比率(モル比)で含むMOD溶液を調製した後、このMOD溶液を例えばスピンコート法を用いて基板上に塗布後乾燥して緑色の金属有機化合物の塗膜を作製する。
【0032】
基板としては、最上層を構成する結晶が2軸配向していることが好ましい。即ち2軸配向している基板の上に超電導層が形成されて配向性のよい結晶が成長する。このような最上層としては、例えば、CeO層を挙げることができ、基板として例えばCeO/YSZ/CeO/Ni合金や、CeO/YSZ/Y/Ni合金等の中間層付配向金属基板が好ましく用いられる。
【0033】
3.仮焼成
(1)焼成温度、雰囲気
作製した金属有機化合物の塗膜を500℃程度の温度で仮焼成して熱分解させて、YおよびCuの酸化物、Baの水酸化物および炭酸塩を含むMOD仮焼成膜を生成させる。本発明の場合、仮焼成を露点が10〜50℃の水蒸気を含む雰囲気下で行う。このように、水蒸気を含む雰囲気下で仮焼成を行うことによって、BaCOの生成を抑制することができ、この結果、本焼成熱処理時に基板からエピタキシャルに結晶成長し、より粒接合状態が良好で平坦な膜面の酸化物超電導薄膜を作製できる。
【0034】
(2)水蒸気を含む雰囲気の作用効果について
仮焼成時に起きている反応をTG−DTA測定(示差熱−熱重量同時測定)を用いて調べ、水蒸気を含む雰囲気の作用効果について考察した。以下にその内容を説明する。
【0035】
イ.TG−DTA測定結果
図1は、FF−MOD法によりYBCO薄膜を作製する過程におけるTG−DTA測定結果を示す図である。仮焼過程で抜き出した試料の分析結果より、図1の150〜240℃においてCu化合物の分解と有機物の燃焼が起きていることが分かっている。即ち、
Cu(acac)+O→Cu+HO+CO
Cu+O→Cu
の反応式で示される反応が起きている。
【0036】
なお、上記の反応式においては、両辺の反応・生成物の係数は省略して表記している。また、溶液中のCu化合物は、アセチルアセトナート錯体としてCu(acac)と表記したが、実際の配位子は、acac以外にも、使用する溶媒種類により種々の組み合わせが考えられる。溶液中の錯体の状態分析は困難であり、現時点では未解明である。しかし、Y、Ba、Cuは溶液中で有機錯体として存在し、最終的にはHOおよびCOを排出することは少なくとも分かっている。(以下の反応式も同様に表記する。)
【0037】
次に、380〜420℃においてY化合物とBa化合物の分解と有機物の燃焼およびCuの酸化が起きている。即ち、
Y(acac)+O→Y+HO+CO
Ba(acac)+O→BaCO+HO+CO
CuO+O→CuO
の反応式で示される反応が起きていることが分かっている。
【0038】
ロ.考察
ドライ雰囲気の場合、上記反応で発生したCOの放出が阻害されるために仮焼成膜が発泡する。一方、HOの存在下、即ち水蒸気を含む雰囲気下では、以下の式で示される平衡が左辺に移行し、BaCOの生成が抑制されると共に、Ba(OH)が生成すると考えられる。
【0039】
【化1】

【0040】
Ba(OH)(無水物)の融点は、408℃であり、仮焼成時にBa(OH)が生成することによって膜中に溶融相が生成する。このため、発生したCOが容易に放出されて仮焼成膜の発泡が抑制される。
【0041】
即ち、従来の加湿を行わない条件では、仮焼成膜形成時にアモルファス状態の固相(CuO、Y、BaCO)が形成されるためアセチルアセトナート錯体の分解に伴い発生するHOやCOのガス抜けが困難で発泡が生じていたが、熱処理雰囲気中のHOの存在によって液相のBa(OH)の生成が促進され、固液混合状態のアモルファス仮焼成膜になり、液相の存在によってガス抜けが容易になり発泡が抑制される。これらの副次的作用として、仮焼成時に含まれるカーボン量も少なくなり、仮焼成後に生じるBaCOの量も少なくなり、本焼成熱処理(〜770℃)直前の中間熱処理(〜680℃)においてBaCOの分解が促進される。この結果、本焼成熱処理後のYBCOの結晶形態は、基板からエピタキシャルに結晶成長し、より粒接合状態が向上しており、表面が平坦な膜となる。
【0042】
4.中間熱処理
次に、仮焼成膜の中間熱処理を行う。本発明の場合、本焼成熱処理の前に中間熱処理を行うことによって、基板からの結晶成長が良好な酸化物超電導薄膜を得ることができる。中間熱処理は、仮焼過程において生成されたBaCOを分解処理する工程であり、結晶化を防ぐために本焼過程における温度より低い温度で行う必要がある。BaCOの分解と温度との関係については、立木昌、藤田敏三編「高温超電導の科学」(裳華房、2001年発行)の387ページに示された「アルカリ土類塩の炭酸基の解離曲線」より本発明に関係するBaCOの解離曲線が掲載されている。これを参照すると、例えば、雰囲気温度700℃では、CO濃度が1〜2ppm以下の雰囲気であるとBaCOが分解してBaOになることが分かる。
【0043】
上記より、中間熱処理は、具体的には真空中あるいは低二酸化炭素雰囲気中においてBaCOの分解が始まる温度以上で超電導体の結晶化が進まない温度以下の温度範囲、即ち650〜720℃の温度範囲で行うことが好ましい。処理時間としては10分以上が好ましく、膜厚に応じて適宜設定される。本発明では、あらかじめ仮焼成の段階で炭酸バリウムの生成が最小限に抑えられているため、数ミクロンの厚膜であっても、180分以内という工業生産に適した処理時間でBaCOの分解が適切になされる。
【0044】
また、処理雰囲気としては、アルゴン/酸素混合ガス、または窒素/酸素混合ガス雰囲気が好ましく、その際の酸素濃度としては100ppm程度が好ましく、またCO濃度としては先の文献より10ppm以下であることが好ましい。このような雰囲気とすることにより、BaCOの分解が進行し易くなる。
【0045】
5.本焼成熱処理
本焼成熱処理における熱処理温度は、800℃以下であることが好ましいが、特に限定されるものではなく、使用する希土類元素の種類等により適切な温度に決定される。
【0046】
なお、BaCO生成抑制のため中間熱処理や本焼成熱処理も加湿された雰囲気下で行うことが好ましい。
【0047】
(仮焼成膜および本焼成膜の顕微鏡による観察に関する実験)
はじめに、FF−MOD溶液を用いて塗膜を形成後、加湿有り、加湿なしの雰囲気で仮焼成を行って作製したYBCOの仮焼成膜を光学顕微鏡を用いて観察した結果について説明する。また、このようにして作製したYBCOの仮焼成膜に中間熱処理、本焼成熱処理を施して作製したYBCO薄膜(本焼成膜)の電子顕微鏡による観察結果について説明する。
【0048】
1.仮焼成膜およびYBCO薄膜の作製
(1)金属有機化合物の塗膜の作製
前記したY、Ba、Cuをモル比で1:2:3の比で溶解させたMOD溶液をスピンコート法で基板上に塗布し、塗膜を形成させた。基板には、Ni配向金属基板上にCeO/YSZ/CeOの三層構造中間層を積層させた中間層付配向金属基板、YSZ(イットリア安定化ジルコニア)単結晶の上にCeOをエピタキシャルに成長させた基板(単結晶基板)、YBCOの厚膜化が可能なLAO(LaAlO)基板を用いた。
【0049】
(2)仮焼成
中間層付配向金属基板上およびLAO基板上に作製した塗膜を雰囲気炉を用いて、露点19℃の水蒸気を含む空気(以下、単に「加湿空気」ともいう)およびドライ空気のそれぞれの雰囲気下で室温から500℃に徐々に昇温して仮焼成を行い、仮焼成膜を作製した。また、単結晶基板上に作製した塗膜を露点0℃と19℃の加湿空気およびドライ空気のそれぞれの雰囲気下で仮焼成を行い、仮焼成膜を作製した。
【0050】
(3)中間熱処理、本焼成熱処理
前記した単結晶基板上に塗膜形成後、仮焼成を露点が19℃の加湿空気およびドライ空気のそれぞれの雰囲気下で行って、それぞれ1層(塗膜形成と仮焼成を1回実施)および3層(塗膜形成と仮焼成を3回繰返し実施)からなる仮焼成膜を形成した後、前記した条件で中間熱処理、本焼成熱処理を行ってYBCO薄膜(本焼成膜)を作製した。
【0051】
2.顕微鏡による観察結果
(1)仮焼成膜の観察結果
作製した仮焼成膜を光学顕微鏡により観察した。図2は、加湿空気およびドライ空気のそれぞれの雰囲気下で仮焼成されたYBCOの仮焼成膜の光学顕微鏡写真である。図2から基板に中間層付配向金属基板、単結晶基板のいずれの基板を用いた場合にも、加湿空気で仮焼成を行った場合に仮焼成膜の発泡が抑制されていることが分かる。また、加湿空気の露点を0℃よりも19℃と高くした方が、発泡が抑制されていることが確認された。
【0052】
なお、仮焼成膜の観察結果に関して、LAO基板を用いた場合もクラッド基板や単結晶基板を用いた場合と同様の結果が得られた。
【0053】
(2)YBCO薄膜の観察結果
図3は、仮焼成を加湿空気およびドライ空気のそれぞれの雰囲気下で行った後、中間熱処理および本焼成熱処理を行なって作製されたYBCO薄膜(本焼成膜)の電子顕微鏡写真(SEM写真)である。図3より、仮焼成を加湿空気で行った場合に、平坦な表面のYBCO薄膜が得られることが確認された。
【0054】
上記のように、仮焼成膜、YBCO薄膜の顕微鏡による観察により、前記水蒸気を含む雰囲気で仮焼成を行うことにより、仮焼成膜の発泡が抑制され、また、平坦な表面を有するYBCO薄膜が得られることが確認された。
【実施例】
【0055】
次に、実際にYBCOの超電導薄膜が設けられた酸化物超電導線材を作製し、超電導特性を評価した結果について説明する。
【0056】
1.基板に単結晶基板を用いた例
本実施例は、YSZ単結晶の上にCeOをエピタキシャル成長させた1cm角の基板(単結晶基板)を用いた例である。
(1)YBCO薄膜の作製
イ.実施例1〜3
a.塗膜作製と仮焼成
Y、Ba、Cuをモル比で1:2:3で含み総カチオン濃度が1mol/LのFF−MOD溶液を用意し、3000回転で30秒保持するスピンコート法で上記CeO/YSZ単結晶基板上に塗布し、塗膜を作製した。作製した塗膜を雰囲気炉を用いて545℃まで5℃/分で昇温し、仮焼成を行った。具体的には露点が20℃と40℃の2水準の加湿空気の雰囲気下において545℃で90分保持した後、室温まで約3Hで徐冷した。図4は、本実施例における仮焼成工程における焼成温度と時間の関係を模式的に示す図である。また、露点が20℃の場合は、塗膜形成と仮焼成を1回のみ実施する場合と3回繰り返し実施する場合の2種類実施し、露点が40℃の場合は3回繰り返し実施した。
【0057】
b.中間熱処理と本焼成熱処理
次に、雰囲気炉の雰囲気をアルゴン/酸素混合ガス雰囲気、具体的には酸素濃度:100ppm、露点が仮焼成と同じ加湿混合ガスに切り替えて10℃/分で昇温後、680℃×90分の中間熱処理を行った後、770℃まで10℃/分で昇温後、本焼成熱処理(770℃×90分)を実施した。本焼成熱処理終了後520℃まで約2時間で降温した時点で雰囲気を酸素濃度100%ガスに切り替えて酸素雰囲気下でアニール処理を行いつつ、約5時間かけて室温まで炉冷した。以上をそれぞれ実施例1〜3とした。実施例1〜3のYBCO薄膜の作製方法を表1にまとめて示す。
【0058】
ロ.比較例1、2
一方、比較例においては、仮焼成、本焼成熱処理を全てドライ空気の雰囲気下で行い、中間熱処理を行わずにYBCO薄膜を作製した。前記以外は実施例1(塗膜形成と仮焼成を1回のみ実施)および実施例2(塗膜形成と仮焼成を3回繰り返し実施)と同じ方法で酸化物超電導線材を作製し、それぞれを比較例1、2とした。比較例1、2のYBCO薄膜の作製方法を表1にまとめて示す。
【0059】
(2)酸化物超電導線材の評価
イ.結晶評価
XRD(X線回折)により、作製した仮焼膜中のBaCOの生成量を調べた。結果を表1に示す。
【0060】
ロ.超電導特性評価
77K、自己磁場下において作製した超電導線材の超電導特性(Jc、Ic)を測定した。結果を表1に示す。
【0061】
【表1】

【0062】
表1より、従来の製造プロセスによる比較例の仮焼膜には、BaCOの生成が認められ、特に膜厚を大きくした比較例2の場合にBaCOが多く生成されていることが分かる。一方、実施例の仮焼膜には、BaCOがほとんど生成されていないことが確認された。
【0063】
また、比較例の場合、塗布・仮焼成が1回の比較例1の場合は、5.4MA/cmと比較的高いJcが得られたが、塗布・仮焼成を3回繰り返し行って膜厚を450nmとした比較例2の場合は、Jcの大幅な低下が認められた。一方、本発明に基づき、仮焼成を水蒸気雰囲気下で行い、中間熱処理を行って作製した酸化物超電導線材では、実施例2、3の結果に示すように、YBCO薄膜の膜厚が450nmの場合でもJcは6MA/cmを超えている。そして、膜厚の増加と共にIcも向上し、実用可能な超電導特性が得られることが確認された。
【0064】
2.基板に中間層付配向金属基板を用いた例
本実施例は、線材化に必要な中間層付配向金属基板を用いた例である。具体的には1cm幅、2cm長のNi−W配向合金基板上(面内配向性Δφ=5.5°)にCeO/YSZ/CeOの3層構造中間層をエピタキシャルに成長させた中間層付配向金属基板を用いた。
【0065】
(1)酸化物超電導線材の作製
イ.実施例4〜6
使用した基板が異なる以外は、実施例1〜3と同じ方法で酸化物超電導線材を作製した。
【0066】
ロ.実施例7、8
塗布・仮焼成の繰り返し回数が異なる以外は、実施例6と同じ方法で酸化物超電導線材を作製した。
【0067】
ハ.比較例3、4
使用した基板が異なる以外は、比較例1、2と同じ方法で酸化物超電導線材を作製した。
【0068】
(2)酸化物超電導線材の評価
イ.結晶評価
XRD(X線回折)により、作製した仮焼膜中のBaCOの生成量を調べた。結果を表2に示す。
【0069】
ロ.超電導特性評価
77K、自己磁場下において作製した超電導線材の超電導特性(Jc、Ic)を測定した。結果を表2に示す。
ハ.YBCO薄膜の表面観察
SEM観察によりYBCO薄膜の膜面のc軸配向性・平滑さを調べた。
【0070】
【表2】

【0071】
表2より、従来の製造プロセスによる比較例の仮焼膜にはBaCOの生成が認められ、特に膜厚を大きくした比較例4の場合にBaCOが多く生成していることが分った。一方、実施例の仮焼膜にはBaCOがほとんど生成していない、あるいは生成している場合でも生成量が少ないことが確認された。また、SEM観察の結果、実施例のYBCO薄膜は、粒接合状態が良好であり、膜面は平滑であることが確認された。
【0072】
従来プロセスによる比較例の場合は、比較例4の結果に示すように塗布・仮焼成の3回の繰り返しでJcの大幅な低下が認められる。また、わずか2回の繰り返しでもJcが大幅に低下することが分った。一方、本発明に基づき作製した酸化物超電導線材の場合は、実施例4〜6の結果に示すように、150nmと450nmのいずれも高Jc特性を示し、線材化に必要な基板である中間層付金属基板を用いた場合にも実用可能な超電導特性が得られることが確認された。特に仮焼成時の露点を高くした実施例6の場合は、膜厚を大きくしても高Jcが維持されている結果大きなIcが得られており、優れた超電導特性が得られることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素を含まない金属有機化合物を用いて塗布熱分解法により超電導線材用の酸化物超電導薄膜を製造する酸化物超電導薄膜の製造方法であって、
前記金属有機化合物の有機成分を熱分解するための仮焼成を水蒸気を含む雰囲気中で行い、
さらに、結晶化熱処理のための本焼成熱処理の前に、前記本焼成熱処理を施す薄膜に含まれる炭酸塩を熱分解するための中間熱処理を行う
ことを特徴とする酸化物超電導薄膜の製造方法。
【請求項2】
前記中間熱処理が、650〜720℃の温度範囲で、10〜180分行う熱処理であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導薄膜の製造方法。
【請求項3】
酸化物超電導薄膜の厚さが、0.3〜5μmであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の酸化物超電導薄膜の製造方法。

【図1】
image rotate

【図4】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2011−253766(P2011−253766A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−128063(P2010−128063)
【出願日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】